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那覇地方裁判所 平成13年(ワ)428号 判決 2004年10月27日

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求の趣旨

被告らは,原告に対し,それぞれ1000万円及びこれに対する被告国立大学法人a大学(以下「被告大学」という。)につき平成13年7月18日,被告Bにつき同月23日から各支払済みまで,年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,被告大学医学部附属病院(以下「本件附属病院」という。)の講師である原告が,同医学部脳神経外科学講座(以下「本件講座」という。)の教授であり本件附属病院脳神経外科(以下「本件診療科」という。)の科長である被告Bから,教授としての地位を利用して研究活動,教育活動,臨床活動の各面にわたり嫌がらせや妨害を受けたことにより,原告の学問の自由ないし人格権が違法に侵害されたとして,被告Bに対して不法行為に基づき,また,被告大学に対し,国家賠償法(以下「国賠法」という。)1条1項の国家賠償責任若しくは民法715条の使用者責任又は職場環境配慮義務違反の債務不履行責任(民法415条)に基づき,それぞれ慰謝料1000万円とこれに対する遅延損害金の支払を求めたものである。

1  前提事実(証拠掲記のない事実は当事者間に争いがない。)

(1)  当事者

ア 原告は,昭和49年3月,b大学医学部を卒業後,同年5月に医師免許を取得し,b大学医学部附属病院等における勤務を経て,平成3年4月1日以降,本件附属病院において講師を務めてきた者である。原告は,昭和56年8月,日本脳神経外科学会が実施する専門医認定制度に基づく専門医資格を取得しており,被告Bが本件講座の教授ないし本件診療科の科長に就任した平成9年5月当時,医師経験年数は約23年,脳神経外科専門医としての経験年数は約16年であった。(乙イ11の3,乙ロ17)

イ 被告Bは,昭和44年3月,c大学医学部を卒業後,同年5月に医師免許を取得し,c大学医学部附属病院等における勤務を経て,e大学医学部助教授を務めた後,平成9年5月1日,C教授の後任者として,本件講座の教授に就任するとともに,本件診療科の科長に就任した。被告Bは,昭和50年8月,日本脳神経外科学会が実施する専門医認定制度に基づく専門医資格を取得しており,本件講座の教授に就任した平成9年5月当時,医師経験年数は約28年,脳神経外科専門医としての経験年数は約22年であった。被告Bは,本件講座の教授ないし本件診療科の科長に就任すると同時に,下記(2)ウのいわゆる任意団体としてのa大学医学部脳神経外科医局(以下「本件医局」という。)の主宰者としての立場に立つことになった。(乙イ11の1,乙ロ15)

(2)  講座,診療科及び任意団体としての医局

ア 講座について

被告大学では,講座制(教育研究上必要な専攻分野を定めて設けられ,その教育研究に必要な教員を置く制度。講座には,教授,助教授及び助手を置くものとされているが,特別な事情があるときは,講師を置き,又は助教授若しくは助手を欠くことができるとされている。)を採用している。そして,本件講座においても,教授1名,助教授1名,助手3名が配置されている。

講座の教育研究は,講座の主任である教授が担当し,助教授以下の教員は,教授の学生に対する教授,研究指導又は教授の研究への従事を助け補佐するものとして置かれることとされており,講座における教育,研究の責任は,講座の主任である教授にあり,教授は,その責任において,講座を運営する立場にある。

イ 診療科について

本件附属病院は,被告大学医学部の附属の教育研究施設として開設されたものであって,a大学医学部附属病院規程に基づき,被告大学の臨床系講座に対応する診療科を置くこととされ,各診療科に,科長及び副科長を置き,科長は,当該診療科に対応する医学部の講座の教授をもって充てるほか,外来医長,病棟医長及び医局長を置くものとされている。そして,同規程において,科長は,当該診療科の業務を掌理し,副科長は,科長の職務を補佐し,外来医長,病棟医長,医局長については,いずれも科長の命を受けて業務を処理するものとされている。さらに,本件附属病院における診療は,診療科又は診療科に対応する医学部臨床講座の医師が従事するものとされ,被告大学大学院医学研究科の学生又は医学部の研究生で医師の免許を有する者は,当該科の長の指導の下に患者の診療に携わることができると定められている。

このように,診療科と大学医学部の臨床系講座は,いわば表裏一体の関係をなし,講座主任と診療科長を兼ねる教授の統制の下に,教育,研究及び診療の3機能を総合的に遂行するように組織されている。そして,本件診療科では,講座教員として置かれている教授1名,助教授1名,助手3名が,いずれも診療業務に従事しているほか,同病院に属する講師2名,助手2名が診療業務に従事しており,同病院に属する講師は,本件講座に属するものではないが,学生に対する教育及び研究指導の業務にも従事している。

ウ 任意団体としての医局について

我が国においては,戦後,医師の大量養成という背景の下,医局が規模,機能ともに発展を遂げたという経緯があり,大学を出た医師の多くが医局に入局する(大学附属病院の診療科において,医療に従事する)とともに,その他の医療機関の医療現場では医師不足が深刻化し,戦後,続々と誕生した病院の多くは,自然と大学医局に医師の供給を頼り始める(大学附属病院で修練を積んだ医師を自らの医師として迎える)こととなった。他方,医療の高度化に伴い,自己の診療科に所属する医師に多様な症例を経験させ,研さんを積ませる必要上,医師の研修先として関連病院を利用するという関係が生じ,ここに,医師の派遣,関連病院との交渉・調整等の新しい機能を担い,人的にも大学の講座及び附属病院の診療科の範囲に止まらず,関連病院で研修中の医師等を含んだ任意の組織としての「医局」が生まれた。

そして,研修先として関連病院を利用するに当たり,当該関連病院と交渉・調整をするなどの対外的な機能を果たしているのは,任意団体としての医局であり,どの医師をどの関連病院に派遣するかについては,各医師の経験,能力等を踏まえて,医局の主宰者である教授及び教授の命を受けて診療科の庶務を処理する医局長が検討し,合議制機関として医局会が設けられている場合には,その議を経て決定されている。なお,国立大学医学部附属病院において,国家公務員として診療に従事していた医師が,医局の交渉・調整に基づいて関連病院に「派遣」された場合,当該医師は,国家公務員としての職を辞した上で,当該関連病院と雇用契約を締結することになる。なお,国立大学医学部附属病院で診療に従事する医師が,附属病院における診療に従事しながらも,医局の交渉・調整に基づき,非常勤医として関連病院に派遣されることもあるが,この場合には,国家公務員の兼業の手続を執り,大学医学部附属病院及び派遣先関連病院の双方において,診療に従事することになる。

本件医局においては,医局会則等の明文化されたものはないが,本件講座及び本件診療科に属する医師のほか,同医局の交渉・調整に基づいて関連病院に派遣された医師も本件医局の医局員(構成員)として取り扱われている。このように,本件医局は,任意の組織ではあるものの,本件講座及び本件診療科に属する医師らにより構成され,講座と診療科を中核とする団体であり,臨床研修医や未だ専門医資格を取得していない医員の研修,育成の役割をも担うものであった。本件講座の教授であり本件診療科の科長である被告Bは,本件医局の主宰者としての立場にあった。(乙ロ7~10,12)

(3)  被告Bによる本件医局の運営

被告Bは,本件医局を運営するに当たり,医局員を構成員とする医局会を週に1度開催することとし,本件医局を運営するに当たって懸案事項を医局会に諮り,その協議結果を参酌して決定することとした。他方で,被告Bは,平成9年5月1日に着任後,本件講座,本件診療科及び本件医局の運営に関する事項を医局会に諮る前提として,週に1度,教授,助教授,医局長,外来医長,病棟医長(専門医資格を有する助手以上)を構成員とするスタッフミーティングを開催することとした。

(4)  外来医長の変更

原告は,平成3年4月1日から平成6年5月まで本件診療科病棟医長の地位に,平成9年6月1日から本件診療科外来医長の地位にあった。ところが,被告Bは,平成11年3月24日に行われた医局会で,本件診療科外来医長を原告から当時まだ着任していなかったD助手に代える旨を提案し,同年5月1日付けでD助手が本件診療科外来医長に任命され,原告は解任された。

(5)  脳血管障害の担当医の変更

原告は,平成3年に着任以来,本件附属病院において脳血管障害機能的脳神経外科を担当し,毎週月曜日に外来を担当していたが,被告Bは,平成11年5月1日から,外来患者のうち新規患者を原告に割り当てないようにし,原則として脳血管障害の診療担当医から原告を外した。原告の代わりに脳血管障害全般を担当することになったのは,同月着任したE助教授であった。原告は,脳血管内手術はE助教授,それ以外は原告が担当するのが適切である旨申し入れたが,被告Bはこれを拒否し,この指示は業務命令であると告げた。(原告と被告Bとの関係で,甲21,28,原告,被告B)

(6)  原告の担当講義数の変更

原告は,平成3年4月の着任以来,脳血管障害及び機能的脳神経外科の分野の担当者として,医学部において,講師として講義を担当し学生を指導していたが,被告Bは,平成12年4月,原告の担当する講義数を減らした。現在原告が担当している系統講義は1講義だけである。

(7)  薬剤クロバザムの医薬品採用願い

原告が担当している患者の中に,NN-301という治験薬も含めた多剤抗てんかん薬を投与していた難治性てんかん患者がいたが,同治験薬が製造中止になったため,薬剤の変更が必要となった。そこで,原告が平成13年6月25日,クロバザム(商品名マイスタン,大日本製薬社製)の医薬品採用願いを薬剤部に提出しようとして被告Bに許可を求めたところ,被告Bは,「クロバザムでなければいけないのか理由が不明,具体的に記載するように。書き直し B」とのメモを付けて,原告に申請書類を返却した。(原告と被告国との関係で,甲21,乙ロ57,原告,被告B)

(8)  原告の派遣要請への対応

i病院病院長F(以下「i病院長」という。)は,平成13年2月7日,被告大学長に対し,原告を非常勤医師として派遣してほしいとの要請をした。しかし,被告Bは,被告大学長に対し,i病院への派遣はできない旨回答し,それに基づき被告大学長は,i病院からの原告の派遣要請を断った。

もっとも,その後,平成14年5月27日付で,再度i病院から,兼業予定期間を「平成14年6月1日から平成15年5月31日まで」として兼業許可申請書が提出され,被告大学長は,平成14年5月28日,上記兼業を許可しており,原告は,i病院で月曜日午後の外来診療を担当するに至った。

2  争点及び争点に関する当事者の主張

(1)  法律上の争訟性

(被告らの主張)

ア 原告が被告Bの違法行為と主張する事実は,いずれも大学の自治が認められるいわゆる部分社会内部の問題であって,被告Bの執った各措置の適否を争うことは「法律上の争訟」(裁判所法3条1項)に該当せず,本件訴えは不適法であるから却下されるべきである。

イ 原告は,被告Bが,原告の研究費を校費及び病院予算から支出することを拒否していること,原告の出張旅費の支出を承認しないことをもって違法と主張する。

しかしながら,原告を含む被告大学ないし本件附属病院の教員に対し,いかなる研究費や出張旅費を支出するのかという問題は,被告大学において,研究の内容や出張目的などを勘案し,かつ,予算額や他の教員への支出状況などを踏まえながら決定されるべき事柄であり,特定の大学ないし大学医学部附属病院という組織において,特定の教員が特定の研究費ないし出張旅費の支出を受ける権利ないし法的利益が,一般市民社会において認められ,一般市民法秩序において保護された権利ないし法的利益でないことは明らかである。すなわち,原告が,被告大学ないし本件附属病院において特定の研究費や出張旅費の支出を受ける権利ないし法的利益なるものは,まさに原告が属する被告大学ないし本件附属病院という部分社会において認められているものにすぎず,この部分社会において付与されている限度で保護される権利ないし法的利益にとどまるのであって,一般市民法秩序において認められ,保護される権利ないし法的利益とみることはできない。

さらに,特定の教員に対する研究費や出張旅費の支出について,裁判所がその適否を判断することができ,判決によって被告大学に損害賠償責任を課すことができるということになれば,それは,裁判所が被告大学ないし本件附属病院に対し,原告に対する特定の研究費や出張旅費の支出を間接的に強制することができることになる。しかしながら,司法権とはいえ,国家機関の権限により,大学に対し,特定の教員に対する特定の研究費や出張旅費の支出を義務付ける結果をもたらすことは,まさに大学の自治に反するものである。

ウ また,原告は,被告Bにおいて,原告が担当してきた講義数を削減したことについても,これが不法行為法上の不法ないし国賠法上の違法になると主張する。

しかしながら,大学ないし大学医学部において,どの教員に,どのような講義を担当させるかという問題は,まさに当該大学において,学問的,専門的見地から決定されるべき事柄であり,特定の教員が,特定の大学という組織において,特定の講座が主催する講義を担当する権利ないし法的利益が,一般市民社会において認められ,一般市民法秩序において保護された権利ないし法的利益でないことは明らかである。すなわち,原告が,「a大学医学部脳神経外科学講座という具体的な講座が主催する講義を担当する権利ないし法的利益」なるものは,被告大学ないし被告大学医学部という部分社会において認められているにすぎず,上記部分社会において付与されている限度で保護される権利ないし法的利益にとどまるのであって,一般市民法秩序において認められ,保護される権利ないし法的利益ではないのである。

さらに,被告大学ないし被告大学医学部における講義担当者の決定について,裁判所がその適否を判断することができ,判決によって損害賠償責任を課すことができるとなれば,被告大学ないし被告大学医学部において,原告に,「a大学医学部脳神経外科学講座が主催する特定の講義」を担当させることを間接的に強制することができることになる。しかしながら,司法権とはいえ,国家機関の権限により,大学に対し,特定教員に特定の講義の担当を義務付ける結果をもたらすことは,大学の自治に反することが明らかであり,許されるものではない。

大学において,各教員にいかなる講義ないし実習を担当させるかは,まさに「純然たる大学内部の問題として大学の自主的,自律的な判断に委ねられるべき」問題であり,部分社会の法理が適用されるものであるから,この点に関する係争について,裁判所が,被告Bの執った措置を「不法」ないし「違法」と判断することは許されない。

エ このような部分社会の法理は,上記のほか,原告が被告Bの違法行為として主張する事実のうち,被告大学ないし本件附属病院において問題となる措置のすべてに当てはまる。

オ 以上のとおり,原告の訴えは,部分社会の法理に基づき,司法審査の対象とならず,本件は法律上の争訟とはいえないから,却下されるべきである。

(原告の主張)

ア 本件で原告が請求しているのは,個別具体的な行為につき,あるいは職場における自由な人間関係を形成する利益を不当に侵害し,研究・教育・臨床のそれぞれにおいて原告の本来の職務を取り上げ,その人格実現を妨害し,研究教育者としての人格を不当に傷付け,精神的苦痛を与えたという人格権侵害に対する不法行為あるいは職場環境配慮義務違反の債務不履行に基づく損害賠償請求である。これらは,いずれも一般市民法秩序に直接関係する権利の侵害を主張するものであるから,その侵害の有無を判断するのは,法律上の争訟を審査する裁判所の責務であり,部分社会法理が適用されるべき場面ではない。かかる権利・利益の保護は,まさに一般市民法秩序に直接関係のある事柄であって,それに対する侵害の手法が部分社会内部の規律に基づく行為であったとしても,その手段自体が自律的規範を有しておりその規範の形成と執行に自主性が認められるというのにすぎないのであって,決してそれによる市民法秩序の侵害が容認されるわけではない。

したがって,原告が指摘している個別具体的な行為について,司法審査の対象となることは否定できない。

イ この点,例えば,原告が担当する講義・実習の取り上げについて,被告らは,どの教員に,どのような講義を担当させるかという問題は,当該大学において,学問的,専門的見地から決定されるべき事柄であるなどと主張する。

しかしながら,一般的にそのような性質の事柄であるからすべて司法審査の対象外となるわけではなく,そのような決定行為自体が個人の人格的利益や研究職としての職場環境配慮請求権を侵害するかどうかは当然に司法審査の対象となるのである。被告らが主張する内容は,当該行為の裁量行為性の程度の問題として,その裁量を逸脱しているかどうかを論ずれば足りることである。

また,被告らは,司法権とはいえ,国家機関の権限により,大学に対し,特定教員に特定の講義の担当を義務付ける結果をもたらすことは,大学の自治に反することが明らかであるとも主張する。

しかしながら,本件訴えは,大学に対して何ら具体的に特定の講義を特定の教員に担当させることを義務付けるよう求めるものではなく,講師から,その肩書に反してほとんどすべての教育活動を取り上げる処置を執ったことが事後的に違法といえるかどうかの判断を求めているだけなのであり,これが大学の自治を侵害するということはあり得ない。かかる違法の判断がなされたとしても,その判断に基づいて当該講師にどの程度の専門科目教育を担当させるかについては,なお大学において然るべき裁量が残されているからである。

他方で,被告らのこのような論を進めれば,大学内部におけるその構成員に対する人格権の侵害や雇用,任用関係上の違反行為についても,すべて大学の自治の名の下に司法的救済が閉ざされることになってしまい,不当な結果を招くことになる。

(2)  被告Bの行為の違法性

(原告の主張)

被告Bは,教授としての地位を利用し,その権限を逸脱又は濫用して,原告に対し,次のとおり研究活動,教育活動,臨床活動のあらゆる面にわたり,嫌がらせや妨害行為を行い,原告の学問の自由ないし人格権を違法に侵害した。

ア 研究活動への嫌がらせ

(ア) 研究費の不支出

a 講座での研究費の財源は,講座及び診療科に配分される予算や委任経理金であり,これらの予算の支出には教授の決裁が必要であり,教授にその権限が属するものであるが,例えば講座に配分される校費が,その積算根拠として所属員の員数に応じた計算がなされることからしても,これらの予算が,講座の構成員の十分な研究活動のために公平に配分されることが当然期待されている。

しかしながら,被告Bが赴任した後,平成9年度から平成14年度まで,次のbのとおり,一部の機器修理費用等を除いては,校費及び病院予算から原告のために研究費が支出されておらず,以前から継続していた研究活動のための消耗品購入さえ認められず,すべて自己負担で研究を続行しなければならない事態に追い込まれた。かかる配分の拒否は,教授としての裁量の範囲を逸脱し,原告の研究活動に重大な支障を及ぼすものとして,違法というべきである。

b 具体的事例

(a) 平成9年度においては,原告が請求した実験室の費用のうち,ポリグラフシステム消耗品として20万円の予算執行が認められたのみで,その他の細胞培養器具等,染色器具等,生物学関連の制限酵素等消耗品については,当時原告が継続していた研究のための消耗品であったにもかかわらず,全く予算が認められなかった。一方,原告以外の者については,実験室費用として,被告Bが398万7000円,G助教授が338万円,H講師が115万円の予算を認められており,明らかに不公平な配分である。これは,校費配分の目安が教授・助教授・講師・助手が6:3:2:1とされていることからしても明らかに不均衡であり,原告の病院講師としての校費枠34万3000円よりも少額である。

(b) 被告Bは,平成10年10月21日の医局会において,動物の飼育費は費用がかかると発言し,それ以後,原告が飼っていた動物(慢性疼痛モデルラット)の購入・飼育費の支出を止めた。

なお,飼育動物が生きている間機械的に徴収支出される動物飼育管理料と,新しい動物を購入する費用は全く別のものであり,上記医局会後,原告の新規の動物購入が妨害されていることは間違いない。

(c) 原告は,実験及び手術室で使用するデータレコーダーについて,平成11年12月3日に修理依頼伝票を被告Bに提出したが,最終的に平成14年1月22日の再提出後まで修理が認められなかった。なお,当該依頼伝票は,同年3月13日受付となっており,1か月半以上も放置されているが,当該機械が実験データ処理のために必要性の高いものであることからすれば,このような受付遅延自体が嫌がらせである。

また,実験及び手術室で使用する生体電気用アンプの故障修理も,平成12年に一度修理依頼伝票を提出したが,これも平成14年1月22日の再提出後まで修理が認められなかった。

(d) 原告は,平成10年9月4日,薬品(X-galという薬剤のほか数点)の購入申請を提出して認められたが,平成11年3月25日に再度同薬品の購入申請を提出したところ,購入を認められなかった。

また,原告が平成10年3月31日付けで申請した6-ハイドロキシドーパミン2点,アスコルビン酸特級2点,アポモルフィン2点の購入申請に対し,前2品目各1点ずつしか購入が認められなかった。これらはいずれも数千円程度の廉価な消耗品であり,予算の都合で承認しないというのは不合理である。

c 原告は,被告Bによる上記b(b)ないし(d)の動物購入費,飼育費の不支出,生体電気用アンプやデータレコーダーの修理の遅延,遺伝子実験用の薬品購入拒否により,動物実験に重大な支障が生じた。すなわち,生体電気用アンプは生体(ヒト,動物から)の心電図や筋電図,神経の発火信号等を増幅する装置であり,データレコーダーはそれらの生体電気用アンプを通して記録された信号を記録し,いろいろな分析にかけるための記録装置であるが,これらの装置が同時に使用可能な状態でないと記録,保存,分析に支障が生じることになる。実際にも記録部位の制限や記録,保存,分析ができないことが起こった。またレコーダーを使用しての過去のデータの分析も障害された。

(イ) 学会出席の妨害

a 研究者にとって,日常的な研究活動と同時に,その成果を広く学会に発表して実績を積んだり,最新の研究成果を吸収して将来の研究活動の糧とすることは極めて重要な研究活動の一環である。そして,これら学会への出席のための旅費等は,公務員である原告の給与だけでは十分に賄うことができず,講座,診療科の研究費からの支援が不可欠であり,学会等への旅費等が支給されないことは,その研究者生命にとって死活的な問題の一つといえる。もちろん,講座及び診療科の長としての教授が,その限定された研究費をどのように配分するか,どの程度学会出席等の旅費に充てるかは,一定程度その裁量に委ねられていることは否定するものではない。しかし,本件では,基本的な学会や原告が発表を要する学会など原告の出席が不可欠のものにまで出張旅費の支給が拒否されており,教授の裁量権を濫用するものである。

すなわち,従来,本件講座では,研究者として出席が必要な学会等には,旅費支給が支障なく行われていたが,被告B着任後は,予算上支出が十分可能であるにもかかわらず,原告の出張については無条件に支出が制限されるようになった。例えば,委任経理金から支出される出張旅費は,平成11年に11万5500円,平成12年に10万7220円,平成13年に27万1025円支出されているだけであり,明らかに被告B着任以前よりも減少している。これにより,学会出席のための原告の出張は,被告B着任後明らかに著しく減少した。原告は,平成8年までは毎年海外出張も含めて年9ないし15回程度の出張があったのに対し,平成9年以降は,年3ないし8回となり,海外出張も極めて限定される機会にしかできなくなっている。他方,例えば校費についてみると,平成12年度は講師,助手分の積算部分が106万2000円であったのに,原告への研究費は支出されておらず,委任経理金も毎年300ないし400万円が繰り越されており,十分余裕があるのにもかかわらず支出がされていない。要するに,原告の学会出張の機会が減少してきているのは,費用がないためではなく,被告Bが旅費支出の承認をしないためである。

b 具体的事例

(a) 被告Bは,着任早々,平成9年5月28日のスタッフミーティングで,原告の平成9年度の研究費は20万円,ただし,被告Bの着任前に演題発表に応募した国際脳神経外科学会,国際定位機能神経外科学会への参加は認めるので特別に年間35万円認めよう,しかしそれ以上は出せないなどと発言した。

しかし,いずれの学会も4年に1度開催されるもので,脳神経外科医であれば出席したいと考える重要な学会であり,まして,原告の専門領域で発表する論文があったのだから,大学という教育・研究機関にあればなおさらこれらの出席には万全の配慮をすべきである。被告Bは,このような学会に出席するのに旅費がいくらかかるかわからない時点にもかかわらず条件を付けたのである。

そして,この言葉どおり,平成9年度の評議員会,世話人会,座長,学会発表のいずれか,あるいは複数のために出席しなければならなかった以下の6つの国内学会への委任経理金からの出張旅費は支出されなかった。

① 第7回九州・山口機能的神経外科セミナー(雲仙)

② 第2回日本脳腫瘍の外科研究会(長崎)

③ 第31回日本てんかん学会(京都)

④ 第36回日本定位脳手術研究会(大阪)

⑤ 第56回日本脳神経外科学会総会(大阪)

⑥ 第6回意識障害の治療研究会

従来は,学会名や期日,発表の有無,任務の有無等を記載した出張申請書類を教授宛てに提出すれば,その他に特別な手続を要することなく,交通費,宿泊費,日当が積算されて出張者の預金口座に振り込まれるという形で旅費が支給されていた。ところが,被告Bが就任して以降は,原告がこのような手続を経ても,支給されなくなった。

(b)被告Bは,平成10年初めには医局会で,旅費を年間1人26万円に制限すると述べた。他方でこの時には,「座長,評議員会,世話人会出席,発表者には出張旅費を支給する」とも発言している。しかし,原告が評議員である①日本てんかん学会,②日本脳神経外科学会(学会発表もあり),また世話人でもある,③日本定位脳手術研究会(学会発表もあり),④九州・山口機能的神経外科セミナー(座長,学会発表あり)は出張費すら認められず,原告は自費で出席した。

(c) 平成11年以降も委任経理金などがあるにもかかわらず,原告は年間の学会出張費を制限され,座長,評議員会,世話人会出席,発表者等であったにもかかわらず出張旅費を認められない学会もあり,多くの出費を強いられた。

なお,平成11年から平成13年までに原告が出席している主な学会は次のとおりである。

(平成11年)

① 不随意運動に対する脳深部刺激療法多施設間共同研究会(横浜,発表)

② 第8回意識障害の治療学会(9月13日~14日,別府,世話人会)

③ 第33回日本てんかん学会(10月22日~23日,仙台,評議員会)

④ 第38回日本定位・機能神経外科学会(10月26日,東京,発表)

⑤ 第58回日本脳神経外科学会総会(10月27日~29日,東京,発表)

(平成12年)

① 第9回意識障害の治療学会(9月13日~14日,神戸,座長・世話人会)

② 第34回日本てんかん学会(9月21日~22日,東京,評議員会)

③ 第39回日本定位・機能神経外科学会(10月21日~22日,福岡,発表・座長)

④ 第59回日本脳神経外科学会総会(10月24日~26日,福岡,発表)

(平成13年)

① 第13回国際定位機能脳神経外科学会(9月10日~14日,オーストラリア・アデレード,発表)

② 第10回意識障害の治療学会(7月12日~13日,幕張,座長・世話人会)

③ 第35回日本てんかん学会(9月26日~28日,東京,評議員会)

④ 第40回日本定位・機能神経外科学会(10月22日~23日,岡山,発表)

(d) 原告は,平成13年9月10日から14日までのオーストラリア,アデレードで4年に1度開催される原告の専門領域の一つである機能神経外科領域の国際微少電極ワークショプ及び第13回国際定位機能神経外科学会に論文発表のため参加した。被告Bは,当初学会出張旅費は出さないとしていたところ,原告代理人の要請によりようやく21万円の支出を認めたものの,その支払手続を遅延させたため,原告は一時立替えをしなければならなくなった。

(e) 平成14年度は,原告は,次のとおり,10月まで3回,5つの学会に出席したが,委任経理金からの旅費の支出がされなかった。

① 2nd International Symposium on Neurosurgical Re-engineering of the Damaged Brain and Spinal Cord(7月10日~12日,浦安,発表)

② 第11回意識障害の治療学会(7月11日~12日,浦安,世話人会)

③ 第10回九州山口機能的神経外科セミナー(7月27日~28日,久山,座長・発表)

④ 第41回日本定位・機能神経外科学会(9月30日~10月1日,松本,座長・発表)

⑤ 第61回日本脳神経外科学会総会(10月2日~4日,松本,発表)

(ウ) 備品利用妨害

脳神経外科第3研究室の備品である動物用定位脳固定装置は,脳神経外科講座では原告しか使用していなかったところ,平成12年9月26日,被告Bは,解剖学第二講座のI教授から貸出しと設置場所変更願があったとして,原告にその同意を要求してきた。これに対し,原告は,他の講座が同装置を借りるとしても場所を移動させなくても可能であり,他方で,これを移動させると原告の研究活動に多大な支障が生じることから,被告Bの要求を拒否し,結果として事なきを得た。しかしながら,結果として研究への支障が生じなかったとしても,それは原告が強く拒否することができたからにすぎず,このような研究活動への支障を生じさせようとする言動そのものが原告に精神的苦痛をもたらすものであり,原告に対する違法な嫌がらせというべきである。

イ 教育活動への嫌がらせ

(ア) 担当系統講義数の削減

a 原告は,着任以来,脳血管障害及び機能的脳神経外科の分野の担当者として,医学部において講義を担当し,平成9年度には講師として年間8講義を担当していた。被告Bは,平成10年度から平成12年度にかけてこれを理由なく7講義分削減し,新任のE助教授やJ助手に担当させるようになった。

b 被告Bの行為の不合理性

被告Bは,講義変更の理由として,脳血管障害の専門家であるE助教授が赴任してきたことと,脳外科専門医のJ助手につき,若い教官を育成するという観点で割り当てる必要があったことを主張するが,これらの理由による変更は,いずれも合理的な理由を欠くものである。すなわち,まず,次のとおり,専門外の教師への変更がなされている講義が含まれている。

(a) 神経医学講義中,原告が担当していた「脳内出血の外科」が,被告Bによる「脳梗塞の診断と治療,脳内出血の診断と治療」に変更されている。被告Bの専門は,脳腫瘍,特にその放射線治療であるにもかかわらず,わざわざ原告の専門である講義を取り上げて,専門外の被告Bが担当するようになっている。

(b)同じく神経医学講義中,原告担当の「先天性奇形」がJ助手へと変更されているが,J助手は,助手に着任して間がなく,専門領域を持たない専門医資格取得直後の立場にあった。

また,被告Bは,原告に対し,平成11年3月17日の医局会で,「てんかんとか,生理とかパーキンソンを担当すればいいではないか。」と述べ,その担当をさせていると主張しているが,「てんかんの外科治療」の講義は,専門外の被告Bが継続的に講義を担当してきている。

さらに,その他の講義はE助教授に交替させているが,E助教授と原告の専門領域が重なるとしても,その大部分をE助教授に交替させ,講師である原告に1講義しか残さないのは,極めて偏頗な行為である。

(イ) ポリクリ(臨床実習)講義数の削減

a 原告は,被告Bの前任のC教授時代には,ポリクリの責任者として学生オリエンテーションや患者割当なども任され,平成8年にはポリクリが2週間で8回あったのに,平成9年には6回,平成10年には5回,平成11年には3回,平成12年には3回,平成13年及び平成14年には各1回と漸次削減されている。

被告Bは,ポリクリの担当回数について,系統講義と同様,原告にあらかじめ通知したり協議することなどなく,独断で決定し,原告は,学生に配布される臨床履修要項で初めてその担当回数を知ることになった。したがって,原告は,なぜこのような担当回数の削減を受けたのかについて,被告Bから何の説明も受けていない。

b 医学研究者にとって,臨床教育は,その研究教育活動の不可欠の部分を構成しているといえるところ,被告Bによる上記のポリクリ担当回数配分の削減は,実質的に原告の「講師」としての教育活動を奪っているに等しい。

(ウ) 上記(ア),(イ)のとおり,原告は講師の肩書を持ってはいるものの,実質的に講義とポリクリの担当をほぼ全面的に奪われた状態に置かれており,これにより学生と接する機会もほとんどなくなり,自己が教育活動を通じてその成果を伝授することも,後継者を養成することも極めて困難な状況に置かれている。

ウ 臨床業務への嫌がらせ

(ア) 脳血管障害グループからの排除と割当患者数の減少

a 原告は,平成3年の着任以来,脳血管障害及び機能的脳神経外科に係る分野を担当してきており,同分野を重要な専門研究分野として扱い,患者も相当な数を扱ってきた。

ところが,被告Bは,平成11年5月以降,次のような措置を執り,原告を脳血管障害グループの臨床から排除して,担当患者数を減少させ,その研究活動に重大な支障を生じさせた。

b 具体的内容

(a) 本件診療科の外来医長の解任

被告Bは,平成11年3月17日の医局会において,原告に対し,何ら事前の通知や協議もなく原告を脳血管障害の治療から外すことを通告し,「てんかんとか,生理,パーキンソンをやればいいではないか。」と言った。また,同月24日の医局会では,原告に対し,同年4月30日付けでの本件診療科外来医長からの解任を通告し,「動物実験だけやればよい。」と述べた。

(b)外来割当の変更と新規患者担当からの排除

原告は,外来医長解任前は月曜日の外来診療において,第1診察室(以下「1診」という。)を担当し,第2診察室「以下「2診」という。),第3診察室(以下「3診」という。)は助手が担当していた。水曜日の外来担当は1診が被告B,2診はK講師という。),金曜日は1診はG助教授,2診はJ助手であった。

ところが,原告が外来医長を解任された後の平成11年5月からは,月曜日の1診が被告B,2診がE助教授,3診が原告で,水曜日の1診が被告B,2診がK講師,金曜日の1診がD助手,2診がJ助手となった。

このように,形式上は原告が月曜日の外来診療担当であることに変化はないものの,被告Bは,原告の外来医長解任の通告後は,新規患者は教授,助教授だけで診ると言い,新規患者の初診を原告に割り当てず,また,外来診療担当看護士にも,たとえ原告への紹介状を持参した新規患者であっても被告Bに診せるように指示し,原告に新規患者の外来診療をさせないようにした。さらに,被告Bは,原告に対して初診後の患者の割当も行わなくなった。

また,診察室の配置は,入口から見て一番奥が1診で,一番手前が3診になっており,病院での慣行としては,地位の高い医師から1診に入るという純然たる序列があり,3診は経験の浅い医師が診ることが通常であり,原告をそれまでの1診から3診に配置換えしたのは,原告に対する悪意から出たもの以外には考えられない。

(c) 外来通院患者の担当排除

被告Bは,平成11年5月以降,原告担当の外来通院患者の一部についても,原告の承諾なく担当を変更して自ら診察したり,E助教授に診察させるようになった。

具体的には,もともと原告が診ていた脳血管障害の患者のうち,一度原告が動脈瘤で開頭手術を行い,その後外来通院していた患者について,いつのまにか外来診察の担当医が変わっていたことが少なくとも4名あった。また,ある患者は担当医がE助教授に変わることを告げられたが,これを拒否したと原告に告げたこともある。

また,そもそもてんかんの患者さえ担当させられなかった症例(平成11年6月16日にてんかん発作で救急入院した40代女性患者のケース)や,他科からの紹介のパーキンソン病患者の受診を断っているケース(平成11年3月)もある。

c 被告Bの行為の不合理性

被告Bは,上記bの各措置について,「チーム医療重視」の結果であり,原告がこれに対して自己主張と不満のみ述べていると主張するが,被告Bの前記一連の措置は,悪意に基づいて原告を脳血管障害の臨床から完全に排除することだけを目指したものであり,以下の諸点に鑑みても,「チーム医療重視」というのは単なる口実にすぎず,原告の臨床研究を妨害する違法な行為といえる。

すなわち,第1に,原告は,着任以来,排除されるに至るまで8年間にわたり脳血管障害の手術責任者として多数の症例を経験してきた同分野の専門家であり,その担当患者数は,別表「受持ち患者数の変化」記載のとおりである。第2に,原告に代わって脳血管障害グループを担当するようになったのは,平成11年5月着任のE助教授であるが,同助教授の専門は脳血管障害のなかでも更に限定された脳血管内手術である。脳血管障害の治療は,主に開頭手術とカテーテルを用いた脳血管内手術とに分けられ,両者は専門性が明確に異なっている。第3に,上記のような事情があるので,前記平成11年3月17日の医局会で通告があった際,原告は,被告Bに対し,脳血管内手術以外の手術は継続的に原告に担当させてほしい旨理を尽くして要望したにもかかわらず,被告Bはこれを一顧だにしなかった。第4に,被告Bは,新規患者は教授と助教授が担当すると言いながら,一方では,水曜日,金曜日には講師や助手に新規患者を診察させるということを行ってきている。第5に,被告Bは,原告が年休が多いとか,緊急時に連絡がとれないといった問題があるというが,原告は,年休については病気,慶弔等のため常識的な範囲で取得しているにすぎず,緊急時に連絡がとれないといった話も聞いたことがない。第6に,原告を外来医長から解任した後任に当時まだ赴任していなかったD助手を充てているが,臨床現場の責任者としていきなり未経験者を任命するのは常識的な対応とはいえない。第7に,「チーム医療」を理由にした役割分担やその理念などは,本件訴訟に至るまで医局で議論されたこともないし,被告Bが従前そのような方針を提示したこともなかったのであって,これが原告排除を弁明するために訴訟上持ち出した弁解であることは明らかである。

以上の諸事情に照らせば,被告Bによる原告の脳血管障害の治療からの排除は,何ら合理的な理由がなく,原告の研究を妨害して本件講座から排除しようとした不当な目的によるものといえ,被告Bのかかる措置は違法な嫌がらせ行為というべきである。

d 原告の受けた被害

被告Bによる前記措置により,原告は,以下のとおり,研究生活上多大な被害を受けた。

すなわち,原告がこれまで専門としてきた研究分野は脳血管障害及び機能的脳神経外科であり,この分野での臨床経験が研究の基礎となっていたが,被告Bの措置によりそのほとんどの研究対象を奪われた。この点,被告Bは,原告が従前どおり毎週月曜日の外来担当医であり,また,てんかん外科,パーキンソン症候性振戦の定位脳手術の責任者に割り当てられていると主張する。しかし,てんかん外科及びパーキンソン手術は症例として極めて少なく,原告は形式的に一つの専門分野を割り当てられているものの,臨床で大変頻度の高い脳血管障害の分野の治療に全く関与させられなくなっており,実質的に臨床から排除されるという結果になっている。脳血管障害の研究者にとっては,最も症例が多く,しかも緊急を要する症例が多い脳血管障害の手術に継続的に関与し,技術の維持と熟練を図る必要性が極めて高いにもかかわらず,原告を現状に置くことは,原告の脳血管障害の専門医,研究者としての地位を奪うことに直結するのである。原告の臨床経験数の減少は,脳血管障害の別表「受持ち患者数の変化」をみれば明らかである。

(イ) 新薬導入の妨害

a 原告が担当している患者の中にNN-301という治験薬も含めた抗てんかん薬を投与していた難治性てんかん患者がいたが,同治験薬が製造中止になったため,薬剤の変更が必要となった。このため原告は,平成13年6月25日,クロバザム(商品名マイスタン,大日本製薬社製)の医薬品採用願を薬剤部に提出しようとして被告Bに許可を求めたところ,被告Bは,「クロバザムでなければいけないのか理由が不明,具体的に記載するように。書き直し B」とのメモを付けて原告に申請書類を返却してきた。

b しかし,被告Bは,てんかん外科の講義を受け持っており,抗てんかん薬の知識は十分持っていたはずであり,仮に当該薬剤の効能を知らなくても,薬剤部に効能書を要求すれば容易に入手できたはずである。それにもかかわらず,被告Bが上記のようなメモを付けて,許可を拒絶するなどという行為をしたのは,原告の診療に無用な負担を増加させるものであり,嫌がらせ目的であったといわざるを得ない。

(ウ) 学外病院派遣の妨害

a 平成13年2月7日,i病院が,被告大学に対し,ガンマナイフ(放射線治療装置)のオペレーション指導のため,原告を非常勤医師として平成13年4月から平成14年3月までの1年間の派遣要請をしてきた。しかし,被告Bは,平成13年3月30日,被告大学長に対し,支障がある旨回答し,原告の派遣を妨害した。その後,原告は,平成14年6月にようやくi病院で診療することが可能となった。

b 被告Bの行為の不合理性

(a) 本件医局の医局員は,これまで慣例的に週2回程度,1回4時間程度,非常勤で他の病院に派遣されてきており,前記要請もこの慣例の範囲内であった。

(b)被告Bは,現状の医局員,医局の教育・研究・診療体制・他病院への応援体制等を理由として支障があるとした。しかし,派遣対象となっていた原告は,当時,以前担当していた外来診療,新規患者の割当,講義担当のいずれも削減ないし停止されており,時間的に十分余裕があって,本件講座もしくは本件医局の運営に支障が生じるような客観的事情は存しなかった。なお,被告Bは,一方で原告の派遣要請を断りながら,その前後を通じて他の医局員に対する派遣要請には応えている。

(c) 被告Bは,派遣要請拒否の具体的理由として,派遣医師が欠勤したときは代診医師が必要であり,緊急手術に当たっては応援医師の派遣も必要である上,急変した患者の搬送要請があれば受け入れざるを得ないからであるとする。しかし,そもそも代診医師や応援医師を派遣するかどうかは本件医局と派遣先病院の両者間の取り決めにより,可能な範囲を明確にすれば済むことであり,急変患者の受け入れについても,医局員を派遣している関連病院からかそれ以外の病院からかの区別なく,正当な理由なくその診療を拒んではならないのであるから,理由とならない。

(d) i病院が原告の派遣要請をしたのは,同病院が平成13年度から沖縄県内初のガンマナイフの導入を予定し,県内の脳神経外科治療において極めて重要な役割が期待されていたからである。原告は,ガンマナイフ治療に不可欠な定位,機能的脳外科を専門としており,平成10年には被告Bの指示を受けて,米国でガンマナイフに類似するエックスナイフの操作・運用の研修も受けており,まさにガンマナイフ指導に適材であった。このように,原告の派遣は単なる関連病院への派遣というレベルに止まるものではなく,客観的にみて県内の最先端医療の実現にとって代え難い要請だった。

(e) 被告Bは,原告を平成12年9月までj病院の非常勤外来医として割り当てていたが,原告の勤務不良が原因で派遣取消しとなった旨主張するがそのような事実は存しない。

(f) 平成13年3月14日の医局会議において,医局長であるK講師が「k病院に週2回行くことでどうか。」「現在k病院が受け入れるかどうか照会中である。」などと発言しており,このことからも,医局員不足により原告の派遣ができないという事情がなかったことは明らかである。

以上のとおり,被告Bが原告のi病院への派遣を拒否したのは,何らの合理的理由がなく,原告に対する嫌がらせのためにしたものにほかならない。

c 原告の受けた被害

原告は,本件附属病院内において,脳血管障害の臨床に携われなくなっているのみならず,更に派遣先病院での臨床にも関与できなくなり,完全に臨床経験を積む機会を失ってしまい,研究者にとっては致命的な被害を受けた。

また,現実には,医局員にとって,関連病院から受ける報酬(本件では1回4万円)も研究者として生活を維持するために必要な所得であるのに,その機会も奪われているのである。

(エ) 学外病院での手術の妨害

a l病院への働きかけ

被告Bは,平成9年の着任後しばらくは、l病院脳外科からの原告についての手術応援派遣要請を認めていた。

しかし、平成11年のE助教授赴任前ころから、l病院からの手術応援の原告派遣要請に対し、被告Bが「今度血管の専門家が来るから、それまで手術を延期できないか」と発言したり、E助教授着任後には,一度心停止を来して蘇生された小脳AVM患者の深夜緊急開頭手術を原告が要請されて手術を行ったところ、E助教授を介して「今後は原告を手術に呼ばないように。」とl病院側に通告し、その後l病院からの原告に対する派遣要請は全くなくなった。

b k病院への働きかけ

被告Bによる上記aと同様の働き掛けは,k病院に対しても行われており,同病院で脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血患者が入院した際にも,E助教授は原告を呼ばないようにと発言している。その時は患者の家族が原告の知り合いで原告への手術の指名があったため,被告Bは仕方なくこれを認めたが、その症例以前には明らかに原告に手術させないようにと発言をしている。

c 被告Bによるこれら原告の派遣先病院での原告の手術に対する妨害は,何の正当な理由もなく,これにより原告は,臨床経験を積む機会を奪われ,また,そのような危険にさらされた。

エ 被告Bによる学会世話人の無断辞退届

原告は,原告の所属する日本脳神経外科学会の九州地方会世話人会において世話人を務めていたところ,被告Bは,平成14年6月29日にd大学医学部にて開催された第81回日本脳神経外科学会九州地方会世話人会において,原告に無断で,原告本人から世話人を辞退する旨の届出があるとの虚偽の申出をなし,原告をその世話人の地位から排除した。

学会における世話人としての活動は,学会の活動を円滑化させるために研究者間における調整の場として重要な意義を有しており,研究者である原告が,その分野での研究に貢献する一つの有意義な手段である。被告Bが原告に無断でこの活動の場を奪うということは,原告の研究発表活動の場に不当に制約をもたらすものであり,違法な嫌がらせというべきである。

(被告らの主張)

ア 研究活動に関する主張(研究活動への嫌がらせ)について

(ア) 研究費の支出拒否について

a 本件医局では,被告Bの提案に基づき,本件講座,本件診療科ないし本件医局における校費・委任経理金の使用基準である「校費・委任経理金の使用原則」が定められ,医局員の研究費等は,同原則に基づいて支出されることになっている。そして,「校費・委任経理金の使用原則」では,校費及び出張経費補助の原則として,教授,助教授,本件講座助手,本件附属病院講師及び助手について,大まかな配分割合があり,本件附属病院講師については,研究費として使用できる目安として34万3000円,出張経費として校費から使用できる目安として15万円,委任経理金から使用できる目安として36万円であることなどが確認されているが,これは,校費等がかかる割合に基づいて教授,助教授,講師,助手に直接配分されるものではなく,あくまでもこのような割合で積算されて本件講座,本件診療科ないし本件医局に配当されていることを確認したものである。また,「校費・委任経理金の使用原則」では,校費について,「原則として,教授の許可に基づいた使用であること。」及び「年度初めに研究費の使用予定の提出を義務化する。大型予算使用の年は,教授に一任する。」とされ,出張経費補助については,「スタッフは校費(旅費)使用を優先する。」とされているほか,「援助を受ける資格は,教授,出席する会の世話人(座長)以外は,学会・研究会で,発表者であること。」とされている。かかる「校費・委任経理金の使用原則」は,平成9年6月16日のスタッフミーティングにおいて,出席者から反対意見が出ることなく了承され,その後,平成11年5月12日の医局会で一部変更(委任経理金の減少に伴い,出張経費として委任経理金から補助される額がスタッフ1人当たり36万円から26万円に変更)が承認されている。なお,原告はスタッフミーティング,医局会ともに出席している。

b 原告が具体的事実として挙げている被告Bの行為について

(a) 実験室費用の予算配分について

前記「校費・委任経理金の使用原則」においては,実験室整備の原則の項目が設けられ,実験室整備に伴い,各実験室を整備するに当たって必要な装置等についての予算の確認が行われ,原告が管理責任者とされた第3実験室については,ポリグラフシステム消耗品として20万円の予算執行が認められたのであるが,その際,原告からこれに対する反対意見等はなかった。

原告は,原告及びL助手が要望した予算執行が一部しか認められなかったことをもって不公平である旨主張するが,原告らが要望した予算は,800万円という高額な機器の購入要望を含んでいた上,それ以外の予算は,主にL助手が使用していた機器に関するものであり,当時,被告Bは,L助手の臨床知識が乏しかったため,同助手に臨床に主眼を置くように指導していた経緯を踏まえ,直ちに必要な予算執行とは認めなかったのである。なお,原告は,要望していた予算が原告の研究のための消耗品についてのものであった旨主張するが,原告にとって真に必要な予算執行であればその旨述べるべきところ,自ら結論に強く反対しなかったことを認めており,その主張は矛盾している。さらに,原告は,被告Bらの予算執行額と比較して不公平,不均衡である旨主張するが,原告の主張する6:3:2:1という配分割合は,そのような割合で各教官に直接配分されるものではなく,当該割合で本件講座,本件診療科ないし本件医局に配当されていることを確認したものにすぎず,予算執行を認めるに当たっては,本件講座,本件診療科で扱う症例を踏まえつつ,被告Bが赴任した時点で不足していた装置等を補い,各実験室を整備するという目的に沿って検討がなされたのであるから,原告の主張は相当ではない。

(b)飼育費の支出について

原告は,医局会において,被告Bが「動物の飼育費は費用がかかる。」旨発言したことをもって違法と主張するようであるが,被告Bは,生物である実験用動物について,無駄な飼い方をしないようにするという極めて常識的なことを述べたまでで,何ら違法と評価されるものではない。

また,原告は,平成10年10月21日以後,原告が飼育する動物の飼育費の支出を被告Bが止めた旨主張するが,そのころから現在に至るまで,本件講座ないし本件診療科において,動物飼育費(動物飼育管理料)の支出を中止した事実はなく,少なくとも平成11年2月ないし平成12年1月分として,8万4808円が動物実験施設受益者負担額として,本件講座から動物実験施設に予算配分をすることによって支出がされている。

また,原告は,上記支出以外には,新しい動物購入費用の支出がなく,新規の動物購入が妨害されている旨主張するが,少なくとも,平成10年5月25日付けで原告が要望したラット4匹,同年7月2日に原告が要望したラット7匹については,要望どおり購入が認められているほか,平成14年10月11日に原告が要望したラット3匹についても購入が認められている。

(c) データレコーダーの修理について

原告がデータレコーダーの修理費の支出要請をした事実は存在するが,被告Bにおいて,原告から物品請求書原符の提出を受け,修理費の支出要請を受けたのは,平成14年1月22日のことであり,その際に提出された修理会社(有限会社エコテック)作成の見積書も平成13年10月19日付けのものであった。これに対し,被告Bは,平成14年3月12日に支出を認める旨の決裁をしている。

なお,原告は,平成11年12月3日に修理依頼伝票を被告Bに提出した旨主張するが,被告B及び当該事務を所管する医学部管理課用度第一係において,そのような伝票を保管している事実は確認できず,そのような依頼の事実はないといわざるを得ない。

また,原告は,平成14年1月22日付けで申請したのに対し,支出を認める決裁が同年3月13日にされていることをもって,1か月半以上も放置されており,当該機械が実験データ処理のために必要性が高いものであることからすれば,このような受付遅延自体が嫌がらせである旨主張するが,原告は修理会社作成の見積書作成(平成13年10月19日付け)後直ちに申請を行わず,約3か月も経過して申請を行っていることからすれば,その主張に理由はない。

(d) 生体電気用アンプの修理について

上記(c)のデータレコーダーと同様,被告Bにおいて,原告から物品請求書原符の提出を受け,修理費の支出要請を受けたのは,平成14年1月22日のことであり,その際に提出された修理会社(有限会社エコテック)作成の見積書も平成13年4月27日付けのものであった。これに対し,被告Bは,平成14年3月12日に支出を認める旨の決裁をしている。

なお,原告は,平成12年に修理依頼伝票を提出したかのような主張をしているが,これについても上記(b)のデータレコーダーと同様,被告B及び医学部管理課用度第一係において,そのような伝票を保管している事実は確認できず,そのような依頼の事実はない。

(e) 遺伝子実験用の薬剤購入申請について

原告の主張するように「平成10年9月4日」付けではなく,平成10年9月8日付けで,原告から「X-gal」のほか,「塩化マグネシウム」,「フェロシアン化カリウム」,「フェリシアン化カリウム」,「NN-ジメチルホルムアミド」の薬剤購入申請があり,同月22日,被告Bはその購入を認めている。また,原告が購入を認められなかった旨主張する平成11年3月25日付けの申請は,「X-gal」のほか,「フェロシアン化カリウム」,「フェリシアン化カリウム」,「キムワイプ」,「ケアラテック手袋」についてされたものであるが,被告Bは,同月30日,その購入を認めている。

(イ) 出張旅費の支出拒否(学会出席の妨害)について

a 出張旅費は,本件講座等における校費・委任経理金の使用基準である「校費・委任経理金の使用原則」に基づいて支出されることになっている。そして,「校費・委任経理金の使用原則」については,上記(ア)aのとおりであり,原告は,同原則が承認されたスタッフミーティングに出席し,その内容に何ら異議を述べていなかった。そもそも限りある校費及び委任経理金から出張旅費を支出するに当たって,一定の限度というものが存するのは当然のことであり,同原則では,本件附属病院の講師である原告のみならず,他の医局員の研究費や出張旅費についても取り決めをしている。

b 原告が具体的事実として挙げる被告Bの行為について

(a) 平成9年度の原告の出張旅費について条件を付し,同年度の6つの国内学会につき,委任経理金から出張旅費を支出しなかったことについて

原告が主張する平成9年度の「国際脳神経外科学会」(正式名称は「第11回国際脳神経外科会議」,開催場所はオランダのアムステルダム)は,平成9年7月6日に開催されており,また,同年度の「国際定位機能神経外科学会」(正式名称は「第12回世界定位的機能的脳神経外科学会」,開催場所はフランスのリヨン)は,平成9年7月1日ないし同月4日まで開催されているところ,上記2つの学会参加を合わせ,平成9年6月29日から同年7月6日までの合計8日間として旅費が算出され,その費用は,合計36万3645円と積算され,その全額が委任経理金から支出されている。

また,原告は,平成9年度の6つの国内学会について,委任経理金からの出張旅費支出が認められなかった旨を主張するが,次のとおり,その一部については,本件附属病院の職員旅費(校費)から支出されている。まず,①第7回九州山口機能的神経外科セミナー,②第2回脳腫瘍の外科研究会,③第31回日本てんかん学会の3つについては,自費研修として申請がなされ,その費用を原告が負担している。なお,平成9年当時,上記3つの学会参加費用を原告が自己負担したことについて,原告が,本件医局ないし被告Bに対し,何らかの問い合わせや支出要請などをした事実はない。次に,④第36回日本定位脳手術研究会,⑥第6回意識障害の治療研究会の2つについては,いずれも原告から研修承認願が提出されておらず,旅行命令・依頼書も存在しないことから,これらの旅費を校費や委任経理金から支出することは不可能である。次に,⑤第56回日本脳神経外科学会総会については,平成9年10月21日ないし同月25日までの5日間として旅費10万8100円が算出され,本件附属病院の職員旅費(校費)から全額支出されている。このように,原告の学会参加のための旅費は,その一部が校費から支出されている。

(b)平成10年度に原告が参加した4つの学会につき,出張旅費を支出しなかったことについて

原告は,平成10年度に参加したとする4つの学会を挙げて,いずれもその参加費用を自己負担した旨主張し,あたかも原告の出張旅費について,委任経理金や校費から一切の支出がなされていないかのような主張をする。しかし,原告が平成10年度中に参加したとする主張する①日本てんかん学会,②日本脳神経外科学会,③日本定位脳手術研究会,④九州山口機能的神経外科セミナーについては,いずれも原告から研修承認願が提出されておらず,かつ,旅行命令・依頼書も存在しない。

なお,原告については,少なくとも平成10年度中に参加した5つの学会ないし研究会(うち2つが国外開催のものである。)の旅費が委任経理金ないし職員旅費(校費)から支出されており,その総額は77万3815円となっている。

このように,平成10年度中に原告が参加した学会ないし研究会の費用については,77万円余りが職員旅費(校費)ないし委任経理金から支出されているのであって,あたかもすべての旅費を自己負担したかのような原告の主張は明らかに事実に反し,不当である。

(c) 平成11年以降も,原告の学会出張旅費の支出を認めなかったことについて

原告は,単に,平成11年以降も学会出張費を制限され,出張旅費を認められない学会があった旨主張するのみであるが,被告大学の調査によれば,平成11年度ないし平成14年度に原告が出席したと主張する学会等の旅費の大半は,職員旅費又は委任経理金から支出されている。

(d) 平成13年9月にオーストラリアで開催された学会の費用につき,支払手続を遅延させたことについて

原告が,平成13年9月9日から同月13日までの間,オーストラリア・アデレード市で開催された「第13回国際定位機能脳外科学会」に出席した際の費用については,平成13年9月8日ないし同月13日までの合計6日間として旅費合計が27万1025円と算出され,被告Bは,その支出を承認し,既に委任経理金から支払もなされている。

なお,原告は,被告Bの行為の結果,一時立替払いをしなければならなかった旨主張するが,そもそも当該出張旅費の支出承認手続が遅延したのは,専ら原告が事前に執るべき手続を執らなかったことによるものであって,被告Bの措置が違法と評価されるものではない。なお,校費・委任経理金から支出が認められた出張旅費については,必ずしも事前に(出張前に)支払がなされるものではなく,原告以外の医局員も立替払いをすることは多々ある。

(ウ) 動物用定位脳固定装置の貸出し及び設置場所変更について(備品利用妨害)

原告は,本件診療科の第3実験室の管理責任者とされており,同実験室には,原告が主張するように,備品である動物用定位脳固定装置が設置されているが,同装置の設置場所は,被告Bが被告大学に就任後,一度も変更されたことはない。

被告Bは,平成13年9月26日,被告大学医学部解剖学第二講座を担当するI教授及びL助手の連名による「借用願」と題する文書により,ラットを用いた実験に使用するため,本件講座の備品である脳固定装置を借用し,実験が終了するまでの間,解剖学第二講座実験室で保管させてもらいたい旨の要望を受けた。

被告Bは,かかる要望を受けたことについて,原告を含む本件講座及び本件診療科の全教官に確認したところ,原告から,平成13年9月28日付けの被告B宛て文書及び同日付けのI教授ら宛て文書により,重大な支障がある旨の意見が出された。そこで,被告Bは,第3実験室の管理責任者である原告の意見を尊重し,平成13年10月3日付けI教授ら宛て文書により,上記要請を断る旨回答したものである。これに対し,L助手から,同日付けで,迷惑をかけたことを許していただきたい旨及び解剖学第二講座の既存の機器を利用した研究の可否について検討する旨等を記載した文書が被告B及び研究担当者宛てに送付された。

以上のとおり,被告Bは,I教授らの要請を受け,原告を含む本件講座及び本件診療科の教官に上記要請に対する対応について打診したにすぎず,しかも,これに対する原告の意見を尊重して,上記I教授からの要請を断っているのであって,被告Bに,原告の研究を妨害する意図があったと評価することは全く不可能である。

イ 教育活動に関する主張(教育活動への嫌がらせ=原告の担当講義数の変更)について

(ア) 原告については,被告大学医学部医学科の講義のうち,平成11年度は,神経医学系の講義3講義,救急医療系の講義1講義の合計4講義を担当していたが,平成12年度は,神経医学系の講義1講義に変更されている。ただし,平成12年度は,臨床実習における講義(神経生理学的検査及び機能的脳外科)の合計2講義を原告の担当としていることから,これも併せると,合計3講義が原告の担当となる。

(イ) 被告大学医学部医学科の履修要綱は,系統講義別に,「世話人」(各講座の長ないし各診療科の診療科長を務める教授が担当する。)が各講座・診療科の状況を考慮しながら一次的に日程表(担当者を含む。)を作成し,これを受けた医学部医学科教務委員会が最終的に決定する取扱いがなされている。

被告Bは,本件講座及び本件診療科で臨床実習を行った学生に対するアンケートの結果から,臨床実習に臨む学生に対し,分かりやすく,かつ,脳神経外科に興味を持つことができるような講義を行うことを主眼として,講義日程・担当者の変更を行うことが適切であると考えた。また,変更に当たっては,若手教官の育成のため,若手教官にも講義を担当させること,脳血管障害については,統括責任者としたE助教授において講義を担当することが適切であるとの観点から,平成12年度の講義日程表(担当者を含む。)を作成し,同年2月9日に行われた医局会で医局員に配布し,その後,原告も出席した同月16日の医局会において,上記日程表を一部変更したものを配布した。

これに対し,原告以外の医局員から反対意見等は出なかったが,原告のみが,なぜ自分の講義数が削られたのか,講師より助手の方が講義数が多いのはなぜかについて説明してほしい旨要望したことから,被告Bは,上記のとおり説明するとともに,講義数が少なくても臨床実習を行う学生に対して指導を行う機会は他にもある旨説明した。

(ウ) 原告は,従前自己が担当していた講義について,平成12年度以降担当することになったE助教授,D助手,J助手,K講師が,いずれも当該講義について非専門領域である旨主張するとともに,被告大学の着任時期にあたかも問題があるかのような主張をするが,着任時期如何によって,講義担当者として不適切であるということにはならない。また,講義担当者は,いずれも専門医資格を取得し,経験を重ねてきているものであり,助手については,a大学医学部教授会において,講師に準じた教官として学生に対する講義を担当することのできる委嘱講師としての承認も受けている。すなわち,E助教授は,平成11年5月1日付けで被告大学の助教授に着任し,脳血管内手術を含む脳血管障害全般を専門分野とし,研究実績を積んできたものである。次に,D助手は,同年4月1日付けで,本件講座の助手として着任したものであり,多くの病院で臨床経験を積んできている。また,J助手については,平成9年8月から本件講座の助手を務めており,やはり多くの臨床経験を積んできているものである。さらに,K講師においても,平成10年12月に本件診療科の講師として着任したもので,卒業大学であるe大学及びその関連病院における臨床経験を積み,専門医資格も取得している。

(エ) そもそも,医学を志す学生に対する講義を担当する者は,それまで学会等で高い評価を受けてきた分野を担当する場合であっても,更なる研さんを積み,研究を重ねて,学生に教授するものである。E助教授は当然のことながら,他の助手,講師についても,本件講座の教授であり本件診療科長を務める被告Bにおいて,いずれも講義担当者として適当な者と判断できるだけの実績を有している者であり,最終的に講義日程及び担当者を決定する医学部医学科教務委員会においても,これが受け入れられている。

(オ) 以上のとおり,原告は,平成12年度以降も,原告が専門とする機能外科に関する講義1講義のほか,臨床実習における講義を担当しているのであり,被告Bは,臨床実習に臨む学生に対し,分かりやすく,かつ,脳神経外科に興味を持つことができるような講義を行うことを主眼として,講義担当者の変更を行ったまでである。かかる変更については,原告を除く医局員,更には医学部医学科教務委員会の了承を得ており,何ら違法と評価されるものではない。

ウ 臨床業務に関する主張(臨床活動への嫌がらせ)について

(ア) 脳血管障害グループの臨床からの排除について

被告Bは,原告を脳血管障害グループの臨床から排除したことはない。

a 外来医長の変更について

本件附属病院については,「a大学医学部附属病院規程」において,本件附属病院の各診療科内部の組織として,「各診療科に,科長及び副科長を置く。」(同規程6条1項)と定めるほか,「各診療科に,外来医長,病棟医長及び医局長を置く。」(同規程7条1項)と定めている。また,同規程は,「外来医長,病棟医長及び医局長は,対応講座又は当該診療科の講師又は助手をもって充てる。ただし必要がある場合は,助教授をもって充てることができる。」(同規程7条2項)と定めており,外来医長の職務内容として,「外来医長は,科長の命を受け,当該診療科の外来に関する業務を処理する。」(同規程7条3項)と定めている。

被告Bが平成9年5月1日に着任した当時,本件診療科の外来医長は,M助手が務めていたが,同年5月19日付けで外来医長を原告に変更する旨の申請が出され,以後,原告が外来医長を務めていた。その後の平成11年2月ころ,それまでm病院に勤務していたD助手が,同年4月1日付けで本件講座の助手として赴任することが被告大学医学部教授会で内定し,同年2月24日の医局会でその旨発表がなされた。D助手は,昭和59年5月に医師免許を取得し,平成3年8月には脳神経外科専門医資格を取得しているほか,平成6年3月には医学博士号を取得していたもので,平成11年当時,医師としての経験年数は約15年,専門医資格を取得後約8年であったほか,当時,既に原著論文42篇を発表するなどの業績を積んでいた。被告Bは,D助手の赴任に伴い,それまでG助教授(当時の医局長)が担当していた本件診療科の金曜日の外来診療担当者をD助手に変更するとともに,それまで原告が務めていた外来医長を平成11年5月1日付けでD助手に担当させることが適当と考え,平成11年3月24日に行われた医局会において,その旨を提案した(なお,被告Bは,平成11年3月17日に行われた医局会において,医局長をそれまで務めていたG助教授からK講師に交代する旨の提案をしている。)。外来医長の変更については,当事者である原告が反対したものの,その他の医局会出席者からは何ら反対意見が出ず,承認されたことから,平成11年5月1日付けで,D助手が外来医長を務めることとなった。

被告Bが外来医長の変更を提案したのは,それまで2年近くにわたって原告が務めていた外来医長の役割も含めて,各医局員に各種の役割を担当,経験させるとの意向に基づくもので,原告を本件診療科ないし脳血管障害グループから排除するというような意図は全く有していなかった。

b 外来新規患者の割当等について

原告は,被告Bが着任した当初から,本件診療科において,月曜日の外来診療を担当し,その後も,現在に至るまで,月曜日の外来診療を担当している(なお,本件診療科の外来診療は,月・水・金曜日の午前のみである)。

平成11年2月ないし3月初旬ころ,G助教授の後任者として,E助教授が同年5月1日付けで赴任することが被告大学医学部教授会で内定し,同年3月3日の医局会でその旨発表された。E助教授は,昭和52年3月にc大学医学部を卒業後,同年6月に医師免許を取得し,昭和58年8月には脳神経外科専門医資格を取得しているほか,昭和60年2月にe大学で医学博士号を取得し,被告大学に赴任するまでに,e大学附属病院,f大学医学部o総合病院,g大学p校等に勤務していたもので,平成11年当時,医師としての経験年数は約22年,専門医資格を取得後約16年であった。また,E助教授は,脳神経外科の中でも主に脳血管障害に関する研究業績を積んできており,脳血管障害関連学会の座長経験も豊富で,学会における評価も高く,手術成績においても,学会等における一般的な報告として,死亡率平均約5.5パーセント,合併症発症率平均約10.5パーセントとされているところ,E助教授が行った未破裂脳動脈瘤(手術前は正常生活可能者)の直達手術例23例中,死亡例は0例,合併症例は2例であり,高い技能を有していることが認められた。一方,原告については,被告Bが被告大学に着任後知る限り,未破裂脳動脈瘤の手術例は5例で,そのうち死亡例が1例,合併症例が2例であった(なお,原告は,E助教授の専門分野を脳血管内手術に限定して理解しているようであるが,E助教授は,脳血管障害全般について専門性を有している。)。被告Bは,このような事情を踏まえ,特定機能病院である本件附属病院を構成する本件診療科ないし学生に対する研究・教育を行う本件講座においては,E助教授を脳血管障害の統括責任者にすることが適切であると考え,平成11年3月17日に行われた医局会において,E助教授の赴任に伴い,同人を脳血管障害の統括責任者とするとともに,それまで原告が担当していた本件診療科の月曜日の外来診療担当者をE助教授に変更する旨提案したところ,原告以外の出席者からは何ら反対意見は出なかった。ただし,原告が被告Bの提案に反対したことから,被告Bは,月曜日の外来診療については,従前どおり原告に担当させることにした。したがって,被告Bが原告を外来診療担当者から除外したことはこれまでに一度もない。

このように,原告は,E助教授が着任した平成11年5月1日以降も,従前どおり,本件診療科の月曜日の外来診療を担当しているものであるが,外来の新規患者については,本件診療科長を務める被告B又は副診療科長を務めるE助教授において,患者の状態を把握するとともに,いかなる施設(医院,病院等)から紹介を受けてきた患者かといった情報を把握しておく必要があることから,被告B又はE助教授が初診時の診察,診療を担当することとしている。これは,被告Bが被告大学に着任後,沖縄県内の研究会や医師会の会合等の席上,本件診療科に患者を紹介した病院,医院等の医師から,当該患者の状況等を尋ねられることが多くあったため,初診時の患者の状況をできるだけ詳しく把握しておく必要を感じたことによるものである。同様の理由により,新規患者が特定の医師宛ての紹介状を持参している場合であっても,被告Bは,被告B又はE助教授において患者の診療情報を確認した上で,当該医師に患者の割り当てを行うこととしている(なお,外来の新規患者が原告宛ての紹介状を持ってくることはほとんどなく,被告Bが着任後知る限りでは,1名だけであった。)。また,紹介状を持たない外来の新規患者については,医学部に属する学生の臨床実習の一環として,被告Bの下で担当学生に割り当てていることから,被告Bが担当することとしている。

原告は,原告以外の助手等に新規患者を診察させているとして,被告Bの行為が不合理である旨主張するが,少なくとも被告Bが外来診療を担当している曜日に来院した新規患者については,被告Bが診察を行っており,また,他の曜日に助手等が担当した新規患者については,当該助手等からその都度相談や報告を受けているほか,翌週,被告B又はE助教授において更に診察を行うなどして,その診療情報を確認しているのであるから,被告Bの上記取扱いは,何ら不合理なものではない。

また,原告は,原告が従前使用していた外来診察室を,1診から3診に配置換えされたとして,かかる配置換えが被告Bの行為によるもので,原告に対する悪意から出たもの以外には考えられないなどと主張するが,被告Bは,外来診療担当看護士から1診を使用するように言われて使用してきたまでで,被告Bが,診察室の配置換えを指示したことはないし,ましてや,原告に対する悪意から診察室の配置換えを行った事実もない。なお,原告は,診察室の配置について,病院での慣行としては地位の高い医師から1診に入るという純然たる序列がある旨主張するが,被告Bがこれまで勤務した病院では,そのような「慣行」はなかった。

c 外来患者の担当医の変更について

原告は,平成11年5月以降,従来原告が担当していた外来患者について,被告Bが,原告の承諾なく担当を変更したなどと主張する。

確かに,従前原告が担当していた患者の一部について,その後,被告BあるいはE助教授が担当することになった事実はあるものの,それは,患者自らが,何らかの理由により,原告ではなく,被告BあるいはE助教授の診療を希望してきたものであり,あるいは,原告が不在の日に来院し,被告Bらが担当することになったことによるものであって,少なくとも,被告Bが,原告に対する「嫌がらせ」をするために,外来患者に指示するなどして担当医を変更した事実はない。また,原告は,被告Bが,平成11年5月以降,脳血管障害グループから原告を排除した旨主張するが,E助教授が脳血管障害の統括責任者となって以降,原告が被告Bに対し,脳血管障害の手術を担当したい旨の要望をしたことはない。

d なお,原告は,平成11年6月16日にてんかん発作で緊急入院した40代女性患者について,自己の担当とさせられなかった旨主張するが,当該患者は,同月15日にj病院に来院し,同病院の担当医師から本件診療科のK講師宛てに相談がなされた上,同講師宛ての紹介状が出されて本件診療科に入院したものであるから,原告を担当医としなかったことは,何ら不合理な取扱いではない。また,原告は,平成11年3月,「他科から紹介のパーキンソン病患者の受診を断っているケースもある。」旨主張するが,本件診療科において,紹介された患者の受診を断った事実はない。

(イ) 薬剤クロバザムの医薬品採用願の許可拒絶(新薬導入の妨害)について

a 本件附属病院では,医薬品の適切な運用を図るため,薬剤部長を委員長とする薬事委員会が設置されている(a大学医学部附属病院薬事委員会規程及びa大学医学部附属病院規程)。薬事委員会は,本件附属病院長の諮問機関として,医薬品の採用,評価及び削除に関すること,医薬品の管理,使用及び安全に関すること等を審議することとされており,本件附属病院内の診療科において新たな薬剤を導入するに当たっては,本件附属病院長宛てに「医薬品採用願」を提出して申請し,薬事委員会の審議・判定を経て,最終的に同病院長の判定により採否が決定される。

b 被告Bは,平成13年6月25日,本件診療科の外来を担当するN看護士から,申請者を原告とするクロバザム(マイスタン)に関する「医薬品採用願」を示されたが,同文書の「科長名」欄には,そのとき既に被告Bの氏名が記載され,被告Bの印が押印されていた。N看護士の説明によれば,原告がクロバザムの採用に関する「医薬品採用願」を作成し,N看護士に被告Bの署名と押印をするよう指示したため,N看護士において被告Bの氏名を「科長名」欄に記載するとともに,事務処理のために保管されている被告Bの印鑑を使用して押印したとのことであり,N看護士は,被告Bに対し,これを提出してよいかと尋ねてきたのであった。

被告Bは,それまで,原告からクロバザムの採用を希望していることを聞いたことはなく,このときN看護士から話を聞くとともに「医薬品採用願」を示されて,初めてこれを知ったものである。したがって,当然のことながら,被告Bが,原告に対し,クロバザムに関する「医薬品採用願」の作成を依頼したこともなく,また,そもそも「氏名は自筆のこと」とされている「医薬品採用願」の「科長名」欄に被告Bの署名,押印をすることを依頼したこともなかった。また,「医薬品採用願」の「申請理由」欄には,薬事委員会及び本件附属病院長において,真に当該医薬品の採用が必要であるかを判定できるよう,当該医薬品の効用,安全性,普及状況等を記載する必要があり,通常,他の医師はこれを詳細に記載しているのに,原告が記載されたとする「申請理由」欄には,単に「NN.301(治験薬)供給中止に伴う薬剤置換(しばらくは散剤でも可です)」とのみ記載されているだけであった。

そこで,被告Bは,N看護士が原告の指示に基づき記載した「科長名」欄の被告Bの署名及び押印部分を削除するとともに,「何故マイスタンでなければいけないかの理由が不明,具体的に記載するように,書き直し」とのメモを付し,N看護士に原告に渡すよう指示した。

被告Bは,原告が申請理由を具体的に記載した「医薬品採用願」を作成したときには,その内容の検討を行うこととしていた。原告が,担当患者の診療に当たり,真に当該医薬品が必要であれば,再度「医薬品採用願」を作成するはずであるが,実際には,原告は,現在に至るまで,申請理由を具体的に記載したクロバザムに関する「医薬品採用願」を作成して被告Bに示していない。

c このように,被告Bは,本件診療科長として,本件診療科で使用する医薬品の採用申請について,その理由を具体的に記載するよう原告に指示したにすぎず,何ら違法と評価されるものではない。

(ウ) i病院の派遣要請(学外病院派遣の妨害)について

a 国家公務員の兼業については,国家公務員法により,内閣総理大臣及びその職員の所轄庁の長の許可を要するとされているが,「職員の兼業の許可に関する政令」(昭和41年2月10日政令第15号)により,内閣総理大臣は,教育職俸給表の適用を受ける職員等,一定の職員に関する上記許可権限を所轄庁の長に委任することができるとされ(同政令1条1項1号),さらに,「職員の兼業の許可に関する内閣府令」(昭和41年2月10日総理府令第5号)において,内閣総理大臣及び所轄庁の長は,兼業の許可の申請があった場合においては,その職員の占めている官職と国家公務員法104条の団体,事業又は事務との間に利害関係がなく,又はその発生のおそれがなく,かつ,職務の遂行に支障がないと認めるときに限り,許可をすることができるとされ(同内閣府令1条),兼業の許可の申請は,定められた様式の兼業許可申請書でしなければならないとされている(同内閣府令2条)ほか,教育職俸給表の適用を受ける職員のうち,職務の級が一定以上の職員を除き,内閣総理大臣の上記許可権限は,当該職員の所轄庁の長に委任するとされている(同5条1項)。また,上記政令及び総理府令の運用については,「職員の兼業の許可について」(昭和41年2月11日総人局97総理府人事局長通達)が発せられている。

そして,文部科学省においては,「人事に関する権限の委任等に関する規程」(平成13年1月6日文部科学省訓令第3号)により,文部科学大臣が行う上記許可は,当該職員の属する機関の長が与えるものとするとされており(同訓令8条の2第1項),兼業の承認又は許可及び申請手続等の取扱いについて,「職員の兼業の承認及び許可の手続等について」(昭和58年3月4日文人審65文部省大臣官房人事課長通知)が発せられている。

以上により,本件附属病院に勤務する医師の兼業については,被告大学長がその許可をすることとなるが,被告大学では,特に内部規程等はないものの,本件附属病院に勤務する医師から兼業申請がなされた場合には,被告大学長から本件附属病院長に対し,差支えの有無について照会をし,さらに,本件附属病院長が回答をするに当たっては,当該医師が所属する診療科長に対しても,原議書を回付し,その意見を求める取扱いがなされている。これは,当該医師の兼業申請について,必要な判断をするための事実関係,すなわち団体等との間における利害関係及びその発生のおそれの有無,職務の遂行への支障の有無(上記「職員の兼業の許可に関する内閣府令」1条参照)については,当該職員の属する診療科長が最もよく把握しており,必要な判断をすることができることに基づくものである。

b 原告のi病院における兼業については,平成14年5月27日付けで,兼業予定期間を「平成14年6月1日から平成15年3月31日まで」として兼業許可申請書が提出され,被告大学長は,平成14年5月28日,上記兼業を許可しており,原告は,現在,同病院において,月曜日午後の外来診療を担当するに至っている。このように,原告のi病院の兼業問題については解決済みである。

c もっとも,原告は,上記の取扱いに至るまでの過程において,被告Bの違法行為があった旨主張するようであるが,その事実関係は,次のとおりである。

(a) 原告は,被告Bの着任当時から現在に至るまで,本件診療科において,月曜日の外来診療を担当しているが,他方で,本件診療科に属する他の医師と同様に,関連病院に非常勤医として勤務することに関する兼業許可がされてきており,平成10年7月から現在に至るまで,k病院において,金曜日午後の外来診療を担当しているほか,平成11年4月からは,それまでのn病院に代え,j病院において,月曜日午後の外来診療を担当してきた。

(b)ところが,平成12年10月ころ,j病院の医局長を務めるO医師から,本件医局の医局長であるK講師に対し,原告に関する苦情を申し立てる電話があった。その内容は,j病院で月曜日午後の外来診療を担当している原告が,無断欠勤,早退,遅刻することが多いため,同病院の外来患者から苦情が来ており困っている,医局長において厳重注意を願いたい,という趣旨のものであり,被告Bは,K講師からその旨報告を受けた。K講師は,同月18日に行われた医局会において,原告を名指しすることなく,某関連病院からクレームの電話があったとして,派遣先関連病院における勤務を急に休んだりすることのないよう,原告を含む各医局員に注意を促し,その際,被告Bも,かかる行為は関連病院と患者,ひいては関連病院との信頼関係を著しく損なわせるものであるとして注意をした。

その後も,原告のj病院における勤務は続いていたが,平成13年2月27日,j病院のO医師から,K講師に対し,「4月以降,原告の担当する外来診療を閉鎖したい。これは病院長の決定である。」旨の電話連絡があった。K講師が理由を尋ねたところ,O医師は言いよどみながらも,「これまでの経緯より」「遅刻,早退,欠勤が他の医師より目立つため」などと説明した。K講師は,その翌日に行われた医局会において,上記の事情を説明し,医師の勤務態度が責められている以上,反論することは困難である旨説明した。これに対し,原告は,「早退,遅刻はしていない。」旨反論したが,欠勤については何ら弁解することはなかった。また,原告は,「経済的に困るので,別の病院を1コマ斡旋してほしい。そうでなければ,個人的に探してきて兼業してよいか。」などと発言し,原告が非常勤医として勤務することのできる他の病院を斡旋してほしい旨述べたが,被告B及び医局長のK講師は,そもそも兼業は原則として経済的な目的に基づくものではないこと,現在兼業が週に1コマ又は2コマ(特定曜日の午前又は午後をもって1コマと数える。)の医師は他にも複数存在するのであり,各医局員に2コマ分の兼業先病院を斡旋する義務はないことなどを説明するとともに,兼業については,被告Bの承諾を要すること,原告が要望する別の病院における1コマ分の兼業先病院の斡旋については,関連病院に強制することはできないので,保障することはできないことなどを説明した。

(c) その後,本件医局では,原告からの上記要望を受け,本件附属病院の関連病院を対象として,原告が非常勤医として勤務することが可能な派遣先病院を検討していた。派遣先対象病院として関連病院を検討したのは,関連病院であれば,これまで本件医局から常勤医・非常勤医を派遣してきた実績があり,仮に原告が急遽欠勤等をした場合にも,当該病院に常勤医・非常勤医として勤務する他の医局員が原告の代わりを務めることが可能であるほか,原告が当該病院で担当する患者の容態が急変し,緊急手術を要する場合等に,医局員を応援医師として派遣することなどの対応を比較的柔軟に執ることが可能との理由に基づくものであった。特に原告については,上記のとおり,派遣先のj病院から,無断欠勤,早退,遅刻といった勤務態度について苦情申立てを受け,派遣を取り止めざるを得ない事情が存したことから,当然のことながら,原告の派遣先病院を検討するに当たっては,かかる事情を考慮する必要があった。

(d) そのような中,i病院長が作成した平成13年2月7日付け「非常勤医師の委嘱について」と題する文書が被告大学長宛てに送付され,原告を同病院の非常勤医師として派遣されたい旨の要望が出されたが,同文書によれば,派遣の期間は「平成13年3月1日~3月31日」とされ,勤務時間は「緊急,手術時」とされているのみであった。これを受け,被告大学長から本件附属病院長に対し,平成13年2月16日付けで,i病院からの上記依頼について,差支えの有無を回答するよう照会がなされたことから,医学部総務課職員係において,件名を「職員の兼業について(回答)」,備考欄に「脳神経外科講師A」,期間「平成13年3月1日~平成13年3月31日」,依頼先「i病院」と記載した原議書を起案し,本件診療科長である被告Bに回付した。

被告Bは,上記原議書の回付を受けて初めて,原告について,i病院から被告大学長宛てに派遣要請がなされていることを知った。本件医局では,本件診療科に勤務する医師を他の病院に非常勤医として派遣するに当たっては,当該病院との間で,派遣期間や,具体的な勤務時間(曜日・時間帯)等について,事前に交渉,調整を行い,それを前提として,派遣要請に応じる場合には,医局会に諮り,その議を経て,対応を決してきた。これは,派遣先病院における勤務時間や内容が,本件診療科における職務遂行に支障を来すものでないかを確認し,支障を来すようなものであれば調整を図る必要があること,また,派遣先病院で当該医師が欠勤等をした場合や,派遣先病院で当該医師が担当する患者につき緊急手術が必要とされる場合等に,どのように対応するかを事前に検討し,十分な支援体制を採ることができるかを確認しておく必要があることに基づくものである。ところが,原告について上記兼業要請がなされるに当たっては,i病院から事前に何らの連絡もなく,被告Bないし医局長との間における交渉,調整も行われていなかった。しかも,i病院からの要請は,上記のとおり派遣期間,勤務時間等の詳細が曖昧であったため,被告Bは,平成13年2月20日,回答を保留する旨を本件附属病院長に伝えた。なお,上記のとおり,同日時点では,j病院のO医師から,原告の外来診療を閉鎖したい旨の連絡はまだなされておらず(これがあったのは,同月27日のことである。),当時,原告は,k病院とj病院に非常勤医として派遣されている状態にあった。

その後,医学部事務部長の指示により,同学部総務課職員係において,被告Bの了解を得た上で,i病院長に対し,兼業の依頼を行う場合は,前もって書面を持参して,被告B及び医局長であるK講師に要請をしてもらいたい旨連絡し,その了解を得た。

(e) そして,平成13年3月9日,i病院長から面談の要望を受けたことから,被告B及び医局長のK講師がこれに応じた。i病院長は,被告B及びK講師に対し,原告を病院の非常勤医として派遣されたい旨要望してきたものであるが,同病院は,平成11年7月までは本件附属病院の関連病院として医師の派遣をしていたものの,上記要望のあった平成13年3月当時は,常勤医,非常勤医とも派遣しておらず,しかも,面談時のi病院長の説明によれば,常勤の脳神経外科専門医が存しないとのことであった。

このような事情を踏まえ,被告B及びK講師は,原告が休暇を取るなどの場合(特に無断欠勤や,急な休暇取得,早退,遅刻等の場合)に,対応を執ることが事実上困難であると判断し,要請を受けることは困難である旨回答した。なお,原告については,前記のとおり,平成13年2月27日,j病院から無断欠勤等の勤務態度について苦情申立てを受けていたことから,被告B及びK講師は,当然のことながら,この点を考慮して判断せざるを得なかったものである。

(f) ところが,平成13年3月9日,i病院長は,原告と共に被告大学医学部総務課職員係を訪ね,教授及び医局長に要請をしてきたとして,同月8日付けの「非常勤医師の委嘱について」と題する文書(これには,兼業の期間として「平成13年4月1日~平成14年3月31日」,勤務時間として「週1回(4時間)」と記載されていた)を改めて被告大学長に提出したい旨要望した。そこで,医学部総務課職員係において,上記文書を受領し,再度,原議書を作成し,本件診療科長である被告Bに回付してきたことから,被告Bは,承認することはできない旨回答した。医学部総務課職員係では,上記被告Bの回答を受け,i病院長に電話で事実確認をしたところ,同病院長は,同年3月9日に被告B及び医局長のK講師と面談したものの,被告Bらから原告の派遣につき,事前に内諾を受けたことはなかった旨回答した。

このような経緯を経て,原告のi病院における兼業については,不承認とする旨の平成13年3月16日付け原議書が作成され,本件附属病院長の決裁がなされ,本件附属病院長は,同月30日付けで,被告大学長宛てに,差支えがある旨の回答をした。これを受け,被告大学長は,同年4月9日付け文書により,i病院長に対し,原告に関する派遣要請については,承諾致しかねるので了解願いたい旨を伝えたものである。

(g) 一方,本件医局では,これと並行して,原告の要望に可能な範囲で応じるため,原告の派遣先病院の検討を進めていたところ,関連病院の一つであるk病院において,派遣を受けることが可能であることが明らかになった。k病院には,前記のとおり,原告が金曜日の午後に非常勤医として勤務していた他,P医師(オブザーバー医局員)が常勤医として勤務しており,同医師から,「水曜日の午後は自分が休みのため,原告が欠勤,早退等したときのフォローアップをすることができないので無理だが,他の曜日であれば,基本的に歓迎したい。」との連絡があったためである。これを受け,平成13年3月21日に行われた医局会において,原告が派遣先病院を欠勤等した場合に応援医師を派遣することが不可能な本件診療科の手術実施曜日(火・木曜日)等を考慮し,これが可能な土曜日の午前又は午後にk病院で原告が勤務することができるよう,原告に提案することとし,医局員に承認された。しかし,原告は,当日午後から年次休暇を取得し,医局会も欠席していたため,この日に原告に提案することができなかった。

その後,平成13年3月28日に行われた医局会において,原告に対し,上記内容を伝えるとともに,事前にk病院のP医師から,土曜日であれば午前中でも歓迎したい,詳細は同医師と原告の間で相談し,医局会に報告して了承を求めたい旨連絡がなされていたことから,その旨も伝えられた。

ところが,平成13年4月5日,k病院のP医師から,医局長のK講師に対し,原告が特に土曜日勤務であることを嫌がり,今回は辞退したい旨伝えてきたとの連絡がなされた。これを受け,同月25日に行われた医局会(原告は,当日も休暇を取得していたため,医局会を欠席していた。)において,今後,本件医局において原告の派遣先病院の検討を続ける必要はないとの提案がなされ,了承された。

以上のとおり,本件医局では,無断欠勤等の勤務態度に苦情申立てを受けたため,j病院への派遣を中止せざるを得なくなった原告について,可能な範囲で,別の派遣先病院を検討するなどの対応を執ってきたもので,i病院への派遣要請を拒否する合理的理由も認められるのであるから,被告Bの行為は何ら違法と評価されるものではない。

(エ) 学外病院での手術妨害について

a 原告は,被告Bが,l病院における原告の手術を妨害した旨主張するが,被告Bが,原告の手術を妨害するために,原告についてされたl病院からの応援医師の派遣要請に対し,「今度血管の専門家が来るから,それまで手術を延期できないか。」などと発言した事実はないし,E助教授を介して,「今後は原告を手術に呼ばないように。」などと通告した事実もない。なお,原告がその主張の中で挙げている「小脳AVM(動静脈奇形)患者」の手術については,原告が応援医師として派遣されて手術を担当したものの,その際の手術で病変部が完治していなかった(具体的には,AVM(動静脈奇形)の芯に相当する部分が除去しきれていなかった。)ことが判明したとして,l病院の常勤医であるQ医師(オブザーバー医局員)から,E助教授に対し,以後の治療について相談があったため,同助教授が対応し,治療に当たったものである。なお,Q医師からの上記相談について,被告BあるいはE助教授が,原告ではなくE助教授に相談するよう指示した事実はない。

b また,原告は,k病院に対しても,被告Bが働きかけをし,原告の手術を妨害した旨主張するが,k病院には,本件医局から,原告が非常勤医として派遣されているほか,E助教授も,被告大学に赴任以来,月曜日午後の外来診療を担当するために派遣されている。

被告BあるいはE助教授において,k病院関係者に対し,E助教授が本件診療科の脳血管障害の責任者であることを伝えたことはあり得るが,それは,同病院の手術のために派遣する医師をE助教授に限定するものではないのであり,被告Bらが,「原告に手術させないように。」などと「指図」した事実はない。そのことは,k病院における手術について,現在においても,度々原告を派遣してもらいたい旨の要請がされ,現に原告は,同病院における手術を度々担当していること(最近では平成14年11月末ころ,脳腫瘍患者の手術を担当している。)からも明らかである。

なお,原告がその主張の中で挙げている「脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血患者」については,k病院脳神経外科のP医師から,原告の知り合いの患者で,患者が原告の手術を希望している旨伝えてきたことから,それを了解して原告を派遣したまでのことで,被告BあるいはE助教授が「仕方なく認めた」などという事実はない。

エ 学会世話人の辞退届について

原告が世話人から外れた経緯は次のとおりである。

被告Bは,被告大学に赴任して間もなく,日本脳神経外科学会九州地方会の世話人に推薦され,世話人を務めてきたが,原告はそれ以前から世話人となっており,本件講座では,被告B,G助教授,原告の3名が世話人を務めていた。その後,G助教授がh大学教授に転任し,E助教授が被告大学に赴任したことから,被告Bは,同地方会にE助教授を世話人として推薦したところ,同地方会において承認され,その後,しばらくの間,本件講座では,被告B,E助教授,原告の3名が世話人を務めていた。

しかしながら,被告Bは,同地方会の世話人は1施設2名が務めるのが原則であると聞いたことがあったところ,平成14年3月ころ,同地方会事務局から,K講師宛てに,世話人名簿の確認依頼があったことを機に,1施設から3名の世話人を出してよいのかを確認するとともに,2名とするのであれば被告BとE助教授とし,3名でよいのであれば従前のまま被告B,E助教授,原告の3名とされたい旨の連絡をした。なお,2名とする場合に原告を外すように依頼したのは,他の大学医学部の大半が教授と助教授をもって世話人に充てていることから,自ら適切として推薦し,同地方会で承認されたE助教授を残したまでである。

これに対し,同年6月18日付け文書により,同地方会事務局から,世話人は1施設から2名とするので原告を外す旨の連絡があったため,その結果として,原告が世話人から外されることになったものである。被告Bは,同月29日に開催された同地方会世話人会を欠席しているし,原告に無断で辞退届文書を偽造して辞退を届け出た事実もない。

(3)  被告らの責任

(原告の主張)

ア 被告Bの責任

被告Bは,上記(2)(原告の主張)の一連の違法行為につき,不法行為(民法709条)に基づき損害賠償責任を負う。

被告Bは,国賠法により公務員個人は責任を負わない旨主張するが,同法による責任が発生する場合であっても,当該公務員の行為に少なくとも故意があった場合には,公務員の個人責任も肯定すべきである。なぜなら,被害者保護の観点から今日においては刑事訴訟においても損害の回復が視野に入れられるようになってきていること,そもそも慰謝料制度そのものが民事上の私的制裁の側面を持ち合わせていることは否定し得ないこと,刑事責任に該当しない不法行為の場合には公務員個人に対する刑事制裁がなされる余地がないことからすれば,国家賠償制度の目的・機能を損害の填補とのみ限定すべき理由はないからである。また,将来の公務員による違法行為の抑制のためにも,公務員関係内の懲戒処分だけであれば,そもそも内部処分にすぎず,当該違法行為について十分な制裁がなされ,抑止効果がもたらされるかどうかについては大いに疑問があるからである。

したがって,少なくとも故意による違法行為がなされた場合には,事後の公務員の公権力の行使に対して不当な抑制効果を及ぼすおそれはないのだから,公務員個人の責任を肯定すべきである。

そして,本件においては,被告Bの嫌がらせ行為は,違法性が重大,明白であり,かつ被告B自身もそのことを認識していたことは明らかであるから,被告Bの嫌がらせ行為については,被告大学だけでなく,被告B自身も損害賠償責任を負うべきである。

イ 被告大学の責任

(ア) 不法行為責任

被告Bは被告大学に任用されている公務員であり,上記(2)(原告の主張)の一連の違法行為は,被告Bが教授としての職務を行うに当たり行われたものであるから,被告大学は,国賠法1条1項又は民法715条に基づき損害賠償責任を負う。

(イ) 職場環境配慮義務の債務不履行責任

a 研究教育機関における職場環境配慮義務

職場における労働関係は,単に労務の提供と賃金の支払という対価関係が存するにとどまらず,人間にとって労働がその人格実現の重要な一つの要素となっているという本質的な問題だけでなく,現実にも実際の生活関係の多くを過ごす場として継続的な人間関係を維持することが不可欠である。このことから,労働関係において,使用者には,被用者の人格権に基づき,その生命及び健康を害しないよう配慮すべき注意義務のみならず,労務遂行に関連して被用者の人格的尊厳を侵しその労務提供に重大な支障を来す事由の発生を防止し,又はそれに適切に対処すべき義務,すなわち職場環境(労働環境)配慮義務が存すると解される。

研究教育機関においては,その労務遂行の核心は,研究,教育そのものであり,機関内における研究,教育,そして医療研究機関においては臨床という三つの側面において,職場環境の配慮をなす義務が存するといえる。

b 職場環境配慮義務の違反

被告Bは,本件講座の教授であり,その管理者として使用者である被告大学のために講座内の職場環境を整備,配慮する義務を履行しなければならない。しかし,被告Bの前記(2)(原告の主張)記載の各行為は,いずれもその職場環境配慮義務に違反し,原告の人格を違法に侵害するものであるから,被告大学は同義務の債務不履行により損害賠償責任を負うというべきである。

被告らは,被告Bが被告大学の職場環境配慮義務の履行補助者の立場にあるとはいえないと主張する。しかし,被告Bの被告大学における地位は,本件講座の主任である教授であるとともに,本件診療科の科長であり,本件講座と本件診療科を一体としてその機能を統合して遂行する責務を有している。そのため,本件講座及び本件診療科における業務内容の命令権や予算の執行は,すべて被告Bの権限に委ねられているのである。したがって,被告Bが,本件講座の講師である原告の「業務を支配管理する立場」の履行補助者であることは明らかである。

(被告らの主張)

原告の主張は,いずれも争う。

なお,原告の主張する職場環境配慮義務違反の債務不履行については,その義務内容によって履行補助者の範囲が必然的に定まり,その履行補助者の違法行為のうち当該義務の履行に関するものだけが使用者の義務違反の根拠となるものである。また,その義務の具体的内容は,公務員の場合,公務員の職種,地位及び当該義務が問題となる具体的状況等によって異なり,義務違反を主張する当事者が,その具体的内容を主張立証する責任があるものと解される。この点,原告は,被告B以外の大学関係者の行為を問題とすることなく,被告Bが講座の管理者であるというのみで,被告Bの行為をもって被告大学の職場環境配慮義務の不履行を主張するが,講座の管理者というだけで当然に被告Bが被告大学の職場環境配慮義務の履行補助者の立場にあるものとはいえない上,当該義務の具体的内容に関する主張立証もなされていない。

(被告Bの主張)

原告が主張する被告Bの不法行為なるものは,いずれも被告Bの被告大学医学部教授としての権限に基づいて行ったものであるから,「公権力の行使」に当たるというべきである。したがって,仮に被告Bの行為が不法行為に該当するとしても,国賠法1条により,被告Bが賠償義務者となることはないから,原告の被告Bに対する請求は直ちに棄却されるべきである。

(4)  原告の損害

(原告の主張)

前記(2)の(原告の主張)の被告Bの一連の違法行為により,原告は新たな症例研究の道を閉ざされ,研究論文が減少し,学会における地位や将来の研究者としての地位が大きく低下することは必至である。これにより原告の被った損害は,金銭的に評価するのは困難であるが,その精神的苦痛に対する慰謝料額は,少なくとも1000万円を下らない。

(被告らの主張)

前記(2)(原告の主張)の被告Bの一連の違法行為により原告に損害が発生したとの主張は否認し,その額については争う。

(5)  消滅時効の成否(不法行為責任又は国家賠償責任に基づく損害賠償請求権について)

(被告らの主張)

原告が訴えを提起した平成13年6月27日の前日から起算して3年より前に発生した損害についての損害賠償請求権は,消滅時効の完成によって消滅しているので,被告らは,上記消滅時効を援用する。

(原告の主張)

被告Bの原告に対する嫌がらせは,自分の意に沿わない原告を本件講座から追い出そうという目的の下に長期間にわたって執拗に行われたものである。このような継続した一連の行為を原因とする損害賠償請求権の消滅時効の起算点は,被告Bの原告に対する嫌がらせが終了した時点であると解すべきである。なぜなら,これらの行為は,いずれも同一の意図の下に行われた行為であり,相互に関連し,互いの行為により相互の違法性の有無及び程度に影響を及ぼす不可分のものという性質を有しているからである。したがって,本件訴え提起の時点において,いずれの行為についても消滅時効は完成していない。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)(法律上の争訟性)について

(1)  被告らは,前記第2の2(1)(被告らの主張)のとおり,被告Bが原告の研究費や出張旅費を支出しないこと,原告の担当講義数を削減したことなど原告が被告Bの不法行為と主張する事実のうち,被告大学ないし本件附属病院において問題となった措置は,いずれも大学の自治が認められるいわゆる部分社会の問題であって,被告Bの執った各措置の適否を争うことは「法律上の争訟」(裁判所法3条1項)に該当せず,本件訴えは不適法であるから却下されるべきであると主張する。

(2)  そこで検討するに,大学は,学術の中心として,広く知識を授けるとともに,深く専門の学芸を教授,研究して能力を展開させることを目的とする教育研究機関であって,その設置目的を達成するために必要な事項については,学則等によりこれを規定し,実施することのできる自律的,包括的な権能を有し,一般市民社会とは異なる特殊な部分社会を構成しているから,このような特殊な部分社会である大学における法律上の争訟のすべてが当然に裁判所による司法審査の対象になるものではなく,一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的な問題は,司法審査の対象から除かれるべきものである。

そして,特定の大学がどのような講座を開設し,当該講座が主催する講義ないし実習をどの教員に担当させるべきか,必要な研究費をどれだけ支出するかといった問題は,基本的には研究教育機関としての大学,具体的には,当該大学が講座制を採っている場合にあっては当該講座の責任者である主任教授の広範な裁量に委ねられるべき事柄ということができる。しかしながら他方,当該大学内の他の教員もまた,同大学内において違法な妨害を受けることなく研究教育に従事することのできる自由ないし利益を有するものであって,これは一般市民法秩序による法的保護に値する利益ということができるから,当該大学ないし主任教授がその裁量を逸脱ないし濫用して当該教員の上記のような利益を違法に侵害したか否かという問題は,純然たる学問的教育的措置に関わる問題と異なり,一般市民法秩序と直接の関係を有するものとして裁判所の司法審査の対象となるものと解するのが相当である。

本件において,原告は,被告Bが講座の教授ないし診療科の科長としての地位を利用して,原告に対して前記第2の2(2)(原告の主張)記載の各行為を行ったことにより,研究・教育・臨床の各活動についての妨害を受け,学問の自由ないし人格権を違法に侵害されて精神的苦痛を受けたと主張しているのであり,学問の自由ないし人格権は,一般市民法秩序による法的保護に値する権利,利益であることは明らかであるから,被告Bが,専ら原告に対する嫌がらせの目的その他不当な目的を実現するため,その裁量の範囲を明らかに逸脱して妨害行為を行い,原告の学問の自由ないし人格権を違法に侵害したか否かという問題は,もはや純然たる大学内部の問題にとどまるものではなく,一般市民法秩序と直接の関係を有するものとして,司法審査の対象となるというべきである。

(3)  したがって,本案前の被告らの主張は,採用することができない。

2  本案の争点について

(1)  認定事実

前記第2の1の事実に証拠(各項末尾掲記のほか,甲10の1~3,甲20,21,26,27,29,30,乙イ4,12,乙ロ1の1~8,乙ロ6,乙ロ11の1・2,乙ロ13,14の1・2,乙ロ16,原告,被告B)及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められる。

ア 当事者

(ア) 原告は,昭和49年3月,b大学医学部を卒業後,同年5月に医師免許を取得し,b大学医学部附属病院等における勤務を経て,平成3年4月1日以降,本件附属病院において講師を務めてきた者である。原告は,昭和56年8月,日本脳神経外科学会が実施する専門医認定制度に基づく専門医資格を取得しており,被告Bが本件講座の教授ないし本件診療科の科長に就任した平成9年5月当時,医師経験年数は約23年,脳神経外科専門医としての経験年数は約16年であった。

(イ) 被告Bは,昭和44年3月,c大学医学部を卒業後,同年5月に医師免許を取得し,c大学医学部附属病院等における勤務を経て,平成9年5月1日,C教授の後任者として,本件講座の教授に就任するとともに,本件診療科の科長に就任した。被告Bは,昭和50年8月,日本脳神経外科学会が実施する専門医認定制度に基づく専門医資格を取得しており,本件講座の教授に就任した平成9年5月当時,医師経験年数は約28年,脳神経外科専門医としての経験年数は約22年であった。

イ 講座,診療科及び任意団体としての医局

(ア) 講座について

被告大学では,講座制(教育研究上必要な専攻分野を定めて設けられ,その教育研究に必要な教員を置く制度。講座には,教授,助教授及び助手を置くものとされているが,特別な事情があるときは,講師を置き,又は助教授若しくは助手を欠くことができるとされている。)を採用している。そして,本件講座においても,教授1名,助教授1名,助手3名が配置されている。

講座の教育研究は,講座の主任である教授が担当し,助教授以下の教員は,教授の学生に対する教授,研究指導又は教授の研究への従事を助け補佐するものとして置かれることとされており,講座における教育,研究の責任は,講座の主任である教授にあり,教授は,その責任において,講座を運営する立場にある。

(イ) 診療科について

本件附属病院は,被告大学医学部の附属の教育研究施設として開設されたものであって,a大学医学部附属病院規程に基づき,被告大学の臨床系講座に対応する診療科を置くこととされ,各診療科に,科長及び副科長を置き,科長は,当該診療科に対応する医学部の講座の教授をもって充てるほか,外来医長,病棟医長及び医局長を置くものとされている。そして,同規程において,科長は,当該診療科の業務を掌理し,副科長は,科長の職務を補佐し,外来医長,病棟医長,医局長については,いずれも科長の命を受けて業務を処理するものとされている。さらに,本件附属病院における診療は,診療科又は診療科に対応する医学部臨床講座の医師が従事するものとされ,被告大学大学院医学研究科の学生又は医学部の研究生で医師の免許を有する者は,当該科の長の指導の下に患者の診療に携わることができると定められている。

このように,診療科と大学医学部の臨床系講座は,いわば表裏一体の関係をなし,講座主任と診療科長を兼ねる教授の統制の下に,教育,研究及び診療の3機能を総合的に遂行するように組織されている。そして,本件診療科では,講座教員として置かれている教授1名,助教授1名,助手3名が,いずれも診療業務に従事しているほか,同病院に属する講師2名,助手2名が診療業務に従事しており,同病院に属する講師は,本件講座に属するものではないが,学生に対する教育及び研究指導の業務にも従事している。

(ウ) 任意団体としての医局について

我が国においては,戦後,医師の大量養成という背景の下,医局が規模,機能ともに発展を遂げたという経緯があり,大学を出た医師の多くが医局に入局する(大学附属病院の診療科において,医療に従事する)とともに,その他の医療機関の医療現場では医師不足が深刻化し,戦後,続々と誕生した病院の多くは,自然と大学医局に医師の供給を頼り始める(大学附属病院で修練を積んだ医師を自らの医師として迎える)こととなった。他方,医療の高度化に伴い,自己の診療科に所属する医師に多様な症例を経験させ,研さんを積ませる必要上,医師の研修先として関連病院を利用するという関係が生じ,ここに,医師の派遣,関連病院との交渉・調整等の新しい機能を担い,人的にも大学の講座及び附属病院の診療科の範囲に止まらず,関連病院で研修中の医師等を含んだ任意の組織としての「医局」が生まれた。

そして,研修先として関連病院を利用するに当たり,当該関連病院と交渉・調整をするなどの対外的な機能を果たしているのは,任意団体としての医局であり,どの医師をどの関連病院に派遣するかについては,各医師の経験,能力等を踏まえて,医局の主宰者である教授及び教授の命を受けて診療科の庶務を処理する医局長が検討し,合議制機関として医局会が設けられている場合には,その議を経て決定されている。なお,国立大学医学部附属病院において,国家公務員として診療に従事していた医師が,医局の交渉・調整に基づいて関連病院に「派遣」された場合,当該医師は,国家公務員としての職を辞した上で,当該関連病院と雇用契約を締結することになる。なお,国立大学医学部附属病院で診療に従事する医師が,附属病院における診療に従事しながらも,医局の交渉・調整に基づき,非常勤医として関連病院に派遣されることもあるが,この場合には,国家公務員の兼業の手続を執り,大学医学部附属病院及び派遣先関連病院の双方において,診療に従事することになる。

本件医局においては,医局会則等の明文化されたものはないが,本件講座及び本件診療科に属する医師のほか,同医局の交渉・調整に基づいて関連病院に派遣された医師も本件医局の医局員(構成員)として取り扱われている。このように,本件医局は,任意の組織ではあるものの,本件講座及び本件診療科に属する医師らにより構成され,講座と診療科を中核とする団体であり,臨床研修医や未だ専門医資格を取得していない医員の研修,育成の役割をも担うものであることから,本件講座の教授であり本件診療科の科長である被告Bが,その主宰者として,医局の運営に必要な事柄を決定するに当たり,裁量判断をすべき立場にあった。そして,本件医局においては,医局員が構成員となり,医局長が議長を務める医局会が設けられ,教授が医局を運営するに当たり,懸案事項を医局会に諮り,その協議結果を参酌して決定するという方法が採られていた。(乙ロ7~10,12)

ウ 被告Bによる本件医局の運営

被告Bは,本件医局を運営するに当たり,医局員を構成員とする医局会を週に1度開催することとし,本件医局を運営するに当たって懸案事項を医局会に諮り,その協議結果を参酌して決定することとした。他方で,被告Bは,平成9年5月1日に着任後,本件講座,本件診療科及び本件医局の運営に関する事項を医局会に諮る前提として,週に1度,教授,助教授,医局長,外来医長,病棟医長(専門医資格を有する助手以上)を構成員とするスタッフミーティングを開催することとし,その旨本件医局の構成員である医局員にも伝えた。その際,医局員からは,これに対する反対意見などは出なかった。(乙ロ18)

エ 原告の外来医長就任

被告Bは,平成9年5月1日に着任後,医局を運営するに当たって必要な運営委員を決定することとしたが,被告Bが着任した当時,M助手が務めていた外来医長については,その後,同年6月1日付けで原告に変更する旨の申請が被告B名義で提出され,原告は,同日付けで,本件診療科の外来医長に就任した。(乙ロ19,76)

オ 「校費・委任経理金の使用原則」の策定及び変更

(ア) 被告Bは,本件講座,本件診療科ないし本件医局における校費・委任経理金の使用基準や原則について,前任者のC教授から何ら引き継がなかったことから,物品供用官又は本件講座の長としてその使用原則を定める必要があると考えた。

そこで,被告Bは,平成9年6月2日に行われた本件医局のスタッフミーティングにおいて,同年3月現在の残高(1263万4000円)を確認した上,同年6月16日に行われたスタッフミーティングにおいて,「校費・委任経理金の使用原則」を記載した文書を配布し,原告を含むスタッフミーティング出席者の了承を得た。(乙ロ20,21)

(イ) 平成9年6月16日のスタッフミーティングで了承された「校費・委任経理金の使用原則」では,校費及び出張経理補助の原則として,教授,助教授,本件講座助手,本件附属病院講師及び助手について,大まかな配分割合があり,本件附属病院講師については,研究費として使用できる目安として34万3000円,出張経費として校費から使用できる目安として15万円,委任経理金から使用できる目安として36万円であることなどが確認されている。なお,かかる校費等は教授,助教授,講師,助手に直接配分されるものではなく,あくまでも本件講座,本件診療科ないし本件医局にまとめて配分されるものである。また,「校費・委任経理金の使用原則」では,校費について,「原則として,教授の許可に基づいた使用であること。」及び「年度初めに研究費の使用予定の提出を義務化する。大型予算使用の年は,教授に一任する。」とされ,出張経費補助については,「スタッフは校費(旅費)使用を優先する。」とされているほか,「援助を受ける資格は,教授,出席する会の世話人(座長)以外は,学会・研究会で,発表者であること。」とされているところ,原告を含むスタッフミーティング出席者から,いずれの点についても反対意見は出ず,了承された。なお,上記「校費・委任経理金の使用原則」は,平成11年5月12日の医局会において,その一部が変更された「校費・委任経理金の使用原則」が配布され,原告を含む医局会出席者の了承を得ている。その内容は,委任経理金の減少に伴い,出張経費として委任経理金から補助される額がスタッフ1人当たり年間36万円であったところが26万円に変更されたほかは,おおむね平成9年6月16日のスタッフミーティングで了承された内容を踏襲するものである。(乙ロ22)

(ウ) 上記平成9年6月16日のスタッフミーティングの際,平成9年度に執行される実験室費用の予算配分について,原告が管理責任者とされる第3実験室については,ポリグラフシステム消耗品として20万円の予算執行が認められた。なお,他の実験室の予算配分は,被告Bが管理責任者とされる実験室については398万7000円,G助教授が管理責任者とされる実験室については338万円,H助手が管理責任者とされる実験室については,115万円であった。(乙ロ21。なお,平成9年6月16日のスタッフミーティングで,原告が管理責任者とされた第3実験室については,ポリグラフシステム消耗品として20万円の予算執行のみが認められたことについては,当事者間に争いがない。)

カ ラットの購入・飼育費の支出

(ア) 平成11年2月ないし平成12年1月分として,8万4808円が動物実験施設受益者負担額として,本件講座から動物実験施設に予算配分をすることによって支出された。(乙ロ24)

(イ) また,平成10年5月25日付けで原告が要望したラット4匹,同年7月2日に原告が要望したラット7匹については,原告の要望に基づいて,その購入が認められた。その後,平成14年10月11日に原告が要望したラット3匹の購入も認められた。(乙ロ77~79)

キ データレコーダー,生体電気用アンプの修理

(ア) 原告は,実験及び手術室で使用するデータレコーダーの修理について,平成14年1月22日付けで,被告Bに対し,平成13年10月19日付けの有限会社エコテックの見積書を添付して物品請求書原符を提出し,被告Bは,同年3月12日に支出を認める旨の決裁をした。(乙ロ25)

(イ) 原告は,実験及び手術室で使用する生体電気用アンプについて,平成13年4月27日付け有限会社エコテックの見積書を添付して,被告Bに対し,平成14年1月22日付けで物品請求書原符を提出し,被告Bは,同年3月12日に支出を認める旨の決裁をした。(乙ロ26)

ク 遺伝子実験用の薬剤購入

原告は,被告Bに対し,平成10年9月8日付けで「X-gal」ほか数点の薬剤購入の申請をし,被告Bは,同月22日,その購入を認めた。また,原告は,被告Bに対し,平成11年3月25日付けで「X-gal」ほか数点の薬剤購入の申請をし,被告Bは,同月30日,その購入を認めた。

また,原告が,平成10年3月31日付けで6-ハイドロキシドーパミン2点,アスコルビン酸特級2点,アポモルフィン2点の薬剤購入の申請をしたところ,被告Bは,6-ハイドロキシドーパミン1点,アスコルビン酸特級1点については購入を認めたものの,アポモルフィン2点については購入を認めなかった。(甲5の1・2,乙ロ80~82)

ケ 原告の出張旅費の支出

(ア) 平成9年度について

原告は,平成9年7月6日に開催された第11回国際脳神経外科会議,同月1日から同月4日まで開催された第12回世界定位的機能的脳神経外科学会に出席し,上記2つの学会参加を合わせ,平成9年6月29日から同年7月6日までの合計8日間として旅費が算出され,その費用合計36万3645円が委任経理金から原告に対し支出された。

原告は,第56回日本脳神経外科学会総会に出席し,平成9年10月21日ないし同月25日までの5日間として旅費が算出され,10万8100円が本件附属病院の職員旅費(校費)から原告に対し支出された。また,原告は,第7回九州山口機能的神経外科セミナー,第2回脳腫瘍の外科研究会,第31回日本てんかん学会について,自費研修として申請し,その費用を原告が負担した。なお,平成9年当時,原告から被告に対し,これら3つの学会参加費用を原告が自己負担したことについて,何らかの問い合わせや支出要請がされたことはなかった。なお,原告は,平成9年度に第36回日本定位脳手術研究会,第6回意識障害の治療研究会にも出席したが,これらについては,原告から研修承認願は提出されておらず,被告大学において,旅行命令・依頼書は作成されていない。(乙ロ27~30)

(イ) 平成10年度について

原告が平成10年度中に参加した5つの学会ないし研究会(第2回北極定位脳学会,第7回意識障害の治療研究会,第37回日本定位・機能神経外科学会,第57回日本脳神経外科学会)及びアメリカボストンにおけるエックスナイフトレーニング参加のための出張旅費として,委任経理金ないし職員旅費(校費)から,総額77万3815円が支出された。(乙ロ31~35)

(ウ) 平成11年度以降について

平成11年度ないし平成14年度において,原告が出張して出席した主な学会及びその旅費の支出状況は,次のとおりである。

(平成11年度)

① 不随意運動に対する脳深部刺激療法多施設間共同研究会

旅行日程  平成11年4月19日ないし同月20日

開催場所  横浜市

支出状況  職員旅費7万9120円(乙ロ84)

② 第8回意識障害の治療学会

旅行日程  平成11年7月28日ないし同月30日

開催場所  別府市

支出状況  委任経理金7万7420円(乙ロ85)

③ 第33回日本てんかん学会評議委員会

第33回日本てんかん学会

旅行日程  平成11年10月21日ないし同月23日

開催場所  仙台市

支出状況  委任経理金10万5460円(乙ロ86)

④ 第38回日本定位・機能神経外科学会

第58回日本脳神経外科学会総会

旅行日程  平成11年10月25日ないし同月29日

開催場所  東京都

支出状況  委任経理金11万5520円)(乙ロ87)

(平成12年度)

① 第9回意識障害の治療学会

旅行日程  平成12年9月11日ないし同月14日

開催場所  神戸市

支出状況  職員旅費10万5780円(乙ロ88)

② 第34回日本てんかん学会

旅行日程  平成12年9月20日ないし同月22日

開催場所  東京都

支出状況  職員旅費8万2020円(乙ロ89)

③ 第39回日本定位・機能神経外科学会

第23回日本てんかん外科学会

第59回日本脳神経外科学会総会

旅行日程  平成12年10月21日ないし同月26日

開催場所  福岡市

支出状況  委任経理金10万7220円(乙ロ90)

なお,本件医局では,出張経費補助を受ける資格は,学会,研究会の発表者であることなどを規定されていたところ,原告は,学会で発表しないにもかかわらず,学会旅費の請求をした。しかし,平成12年5月17日の医局会で,上記規定遵守を原告を除く医局会全員が支持したため,原告も最後には,従前の取決めに従う旨明言した。(乙ロ36)

(平成13年度)

① 第13回国際定位機能脳神経外科学会

旅行日程  平成13年9月8日ないし同月13日

開催場所  オーストラリア・アデレード市

支出状況  委任経理金27万1025円(乙ロ37,91)

② 第10回意識障害の治療学会

旅行日程  平成13年7月12日ないし同月14

開催場所  幕張市

支出状況  委任経理金8万6900円(乙ロ92)

③ 第9回九州山口機能神経外科セミナー

旅行日程  平成13年7月21日ないし同月22日

開催場所  福岡県粕屋郡久山町

支出状況  委任経理金5万6160円(乙ロ93)

④ 第35回日本てんかん学会

旅行日程  平成13年9月26日ないし同月27日

開催場所  東京都

支出状況  なし(乙ロ94)

⑤ 第40回日本定位・機能神経外科学会

第60回日本脳神経外科学会総会

旅行日程  平成13年10月22日ないし26日

開催場所  岡山市

支出状況  なし(乙ロ95)

(平成14年度)

① 2nd International Symposium on Neurosurgical Re-engineering of the Damaged Brain and Spinal Cord

第11回意識障害の治療学会

旅行日程  平成14年7月10日ないし同月12日

開催場所  浦安市

支出状況  職員旅費6万8610円(乙ロ38,96)

② 第10回九州山口機能的神経外科セミナー

旅行日程  平成14年7月27日ないし同月28日

開催場所  福岡県粕屋郡久山町

支出形態  職員旅費4万660円(乙ロ97)

③ 第41回日本定位・機能神経外科学会

旅行日程  平成14年9月29日ないし同年10月1日

開催場所  松本市

支出状況  委任経理金5万410円(甲9,乙ロ39,98)

④ 第61回日本脳神経外科学会総会

旅行日程  平成14年10月2日ないし同月4日

開催場所  松本市

支出状況  なし(乙ロ99)

なお,原告は,平成14年9月2日から同月4日まで群馬県高崎市q病院で開催された機能的疾患トレーニングに参加したが,その旅費は原告が自己負担した。(乙ロ40)

(エ) 平成13年9月の学会費用の支出の経緯について

前記(ウ)の(平成13年度)①のとおり,原告に対しては,平成13年9月にオーストラリア・アデレード市で開催された「第13回国際定位機能脳外科学会」の出張旅費として委任経理金から27万1025円が支出されているが,その支出経緯は,次のとおりである。

すなわち,原告は,上記学会に参加するため,その出張旅費の申請をしたが,前記認定のとおり,本件医局では,「校費・委任経理金の使用原則」が定められ,本件附属病院講師については,出張経費として校費から使用できる目安として15万円,委任経理金から使用できる目安として26万円であることのほか,出張経費補助について,「スタッフは校費(旅費)使用を優先する。」,「援助を受ける資格は,教授,出席する会の世話人(座長)以外は,学会・研究会で,発表者であること。」とされていたことから,被告Bは,原告に対し,秘書を通じて,論文等の発表を行うことを確認できる資料の提出を求めていた。ところが,原告は,学会参加の直前まで当該資料を提出しなかった。その後,平成13年9月3日,原告からポスター発表を行うことが明記された資料が提出されるに至り,被告Bは,原告が当該学会において発表を行うことが確認できたことから,同月4日,委任経理金から旅費の支出を認める旨の決裁をした。(甲6の1・2,甲8の1・2,乙ロ101)

コ 脳固定装置の設置場所に関する他講座からの要望

(ア) 被告Bは,平成13年9月26日,a大学医学部解剖学第二講座を担当するI教授及びL助手の連名による「借用願」と題する文書により,ラットを用いた実験に使用するため,本件講座の備品として第3実験室に設置されている脳固定装置を借用し,実験が終了するまでの間,解剖学第二講座実験室で保管させてもらいたい旨の申入れを受けた。(乙ロ43)

(イ) 被告Bは,上記申入れについて,原告を含む本件講座及び本件診療科の全教官に確認したところ,原告から,平成13年9月28日付けの被告B宛て文書及び同日付けのI教授ら宛て文書により,原告の実験に重大な支障がある旨の意見が出された。そこで,被告Bは,第3実験室の管理責任者である原告の意見を尊重し,平成13年10月3日付けI教授ら宛て文書により,上記申入れを断る旨回答した。(乙ロ44,45)

(ウ) 被告Bの上記回答に対し,L助手から,平成13年10月3日付けで,迷惑をかけたことを許していただきたい旨及び解剖学第二講座の既存の機器を利用した研究の可否について検討する旨等を記載した文書が被告B及び研究担当者宛てに送付された。(乙ロ46)

サ 本件講座における講義担当者の決定,変更

(ア) 被告大学医学部医学科の履修要綱は,系統講義別に,各講座の長ないし各診療科の診療科長を務める教授が「世話人」として,各講座・診療科の状況を考慮しながら一次的に講義担当者を含む日程表を作成し,これを受けた医学部医学科教務委員会が最終的に決定する取扱いがされており,大学5年次から行われる臨床実習(ポリクリ)のカリキュラムを作成するのも講座の教授とされている。

(イ) 原告は,被告Bが着任した平成9年度においては,神経医学系講義を5講義,救急医療系講義を3講義,臨床実習をオリエンテーションも含めて5回担当していた。

(ウ) 被告Bは,本件講座及び本件診療科で臨床実習を行った学生に対するアンケートの結果を踏まえるなどして,講義日程や担当者の決定,変更をすることが適切であると考え,①若手教官にも講義を担当させる,②脳血管障害関係の講義については,統括責任者としたE助教授に担当させるとの方針に基づき,平成12年度の講義担当者を含む日程表を作成し,同年2月9日に行われた医局会で医局員に配布した。

その後,被告Bは,原告も出席した平成12年2月16日の医局会において,上記日程表を一部変更したものを配布した。これに対し,原告以外の医局員から反対意見等は出なかったものの,原告から,原告の担当講義数が減らされたことや,講師である原告より助手の方が担当講義数が多い理由などについて不服が述べられたが,被告Bは,結局,上記日程表に基づき講義担当者の変更を行った。(乙ロ47,48)

(エ) 被告Bの本件講座における講義担当者の決定,変更の方針等を反映して,原告の担当講義数は,被告Bの着任後,次のとおり変更された。

系統講義数

臨床実習

平成9年

8講義

平成10年

6講義

平成11年

4講義

平成12年

1講義

平成13年

1講義

平成14年

1講義

その結果,原告は,平成13年度以降,原告は,神経医学系講義を1講義,臨床実習を1回担当するのみとなり,現在に至っている。

シ 本件診療科の外来医長の変更

(ア) 本件附属病院においては,a大学医学部附属病院規程において,本件附属病院の各診療科内部の組織として,「各診療科に,科長及び副科長を置く。」(同規程6条1項)と定めるほか,「各診療科に,外来医長,病棟医長及び医局長を置く。」と定めている。また,同規程は,「外来医長,病棟医長及び医局長は,対応講座又は当該診療科の講師又は助手をもって充てる。ただし必要がある場合は,助教授をもって充てることができる。」(同規程7条2項)と定めており,外来医長の職務内容として,「外来医長は,科長の命を受け,当該診療科の外来に関する業務を処理する。」(同規程7条3項)と定めている。

(イ) 上記エのとおり,被告Bが被告大学に着任した平成9年5月1日当時,本件診療科の外来医長は,M助手が務めていたが,同年6月1日付けで外来医長を原告に変更する旨の申請が被告B名義で提出され,以後,原告が外来医長を務めていた。

(ウ) その後の平成11年2月ころ,それまでm病院に勤務していたD助手が,同年4月1日付けで本件講座の助手として赴任することが被告大学医学部教授会で内定し,同年2月24日の医局会でその旨発表がされた。

D助手は,昭和59年5月に医師免許を取得し,平成3年8月には脳神経外科専門医資格を取得しているほか,平成6年3月には医学博士号を取得していたもので,平成11年当時,医師としての経験年数は約15年,専門医資格を取得後約8年であったほか,当時,既に原著論文42篇を発表するなどの業績を積んでいた。(乙ロ49,53)

(エ) 被告Bは,各医局員に各種の役割を担当,経験させることが適当であるとの考えに基づき,D助手の赴任に伴い,それまでG助教授(当時の医局長)が担当していた本件診療科の金曜日の外来診療担当者をD助手に変更するとともに,それまで原告が務めていた外来医長を平成11年5月1日付けでD助手に担当させることとし,平成11年3月24日に行われた医局会において,その旨提案したところ,原告以外の出席者から反対の意見は出なかった。なお,被告Bは,同日の医局会に先立つ同月17日に行われた医局会において,医局長をG助教授からK講師に交代する旨の提案をし,この提案に対し,出席者から反対意見等は出されなかった。

その結果,平成11年5月1日付けで,D助手が本件診療科の外来医長を,K講師が本件診療科の医局長を,それぞれ務めることになった。(乙ロ52)

ス 本件診療科の統括責任者の変更

(ア) 平成11年2月ないし3月初旬ころ,それまで助教授を務めていたG助教授の後任として,E助教授が同年5月1日付けで就任することが医学部教授会で内定し,同年3月3日の医局会でその旨発表がされた。

E助教授は,昭和52年3月にc大学医学部を卒業後,同年6月3日に医師免許を取得し,昭和58年8月には脳神経外科専門医資格を取得しているほか,昭和60年2月28日にe大学で医学博士号を取得し,被告大学に赴任するまでに,e大学附属病院,f大学医学部o総合病院,g大学p校等に勤務していたもので,平成11年当時,医師としての経験年数は約22年,専門医資格を取得後約16年を経ていた。

また,E助教授は,脳神経外科の中でも主に脳血管障害に関する研究業績を積んできており,脳血管障害関連学会の座長経験も豊富で,学会における評価も高かった。また,手術成績においても,学会等における一般的な報告として,死亡率平均約5.5パーセント,合併症発症率平均約10.5パーセントとされているところ,E助教授が行った未破裂脳動脈瘤(手術前は正常生活可能者)の直達手術例23例中,死亡例は0例(全体の0パーセント),合併症(片側麻痺等)例は2例(全体の8.7パーセント)であった。(乙イ5,6,11の2,乙ロ53)

(イ) 被告Bは,以上のような事情を踏まえて,E助教授を,本件診療科ないし本件講座における脳血管障害の統括責任者にすることが適切と考えた。

そこで,被告Bは,平成11年3月17日に行われた医局会において,E助教授の赴任に伴い,E助教授を脳血管障害の統括責任者にするとともに,それまで原告が担当していた本件診療科の月曜日の外来診療担当者をE助教授に変更する旨提案した。被告Bのこの提案については,原告以外の出席者からは反対意見等は出されなかったが,原告がこれに反対したことから,被告Bは,月曜日の外来診療については,従前同様に,原告に担当させることとし,その後も,現在に至るまでの間,原告が月曜日の外来診療を担当している。なお,本件診療科の外来診療時間は,月・水・金曜日の午前のみである。(甲12,乙ロ54)

セ 外来新規患者の担当割当の変更

(ア) 被告Bは,外来の新規患者について,診療科長を務める被告B又は副診療科長を務めるE助教授において,患者の状態を把握するとともに,いかなる施設(医院,病院等)から紹介を受けてきた患者かといった情報を把握しておく必要があるとの考えに基づいて,被告B又はE助教授が初診時の診察,診療を担当することとした。また,被告Bは,上記と同様の理由により,新規患者が特定の医師宛ての紹介状を持参している場合であっても,被告B又はE助教授において患者の診療情報を確認の上で,当該医師に患者を割り当てることとした。

さらに,被告Bは,本件附属病院に入院する新規患者については,原則として,外来時に当該患者を担当していた医師を指導医,主治医とする取扱いを行っており,緊急入院の患者等については,特に若手教官の資質向上という目的を重視しながら,各医師に割り当てを行うことにしている。なお,本件診療科では,原則として,一定の診療・研究分野を専門とする教官(専門医)を「指導医」とし,臨床実績を更に積んでいく必要のある若手教官あるいは非専門医(専門医資格を有しない医師)を「主治医」とし,研修医及び医員を「受持医」として割り当てており,特に若手教官,非専門医等が専門分野でない疾患を有する入院患者を担当する場合には,被告B又はE助教授が「指導医」として臨床教育を行っている。(甲16,乙ロ2の1~4)

(イ) なお,原告は,原告が担当する月曜日の外来診療において,原告宛ての紹介状を持参した新規患者,再診患者の診察を担当しているほか,原告が月曜日に担当していた患者が他の診察日に来院したときには,その診察も担当している。また,被告Bは,原告に対し,平成11年3月ころ,脳血管障害の統括責任者であるE助教授の下で脳血管障害の患者を担当することは構わない旨伝えたが,その後,原告から,E助教授の下で脳血管障害の患者を担当する旨の申し出がされたことはなかった。(乙ロ2の1~4)

(ウ) また,原告が担当していた患者の一部について,患者の希望により,その後の外来担当医が,被告BあるいはE助教授に変更されることがあった。

ソ 薬剤クロバザムの医薬品採用願の許可拒絶

(ア) 本件附属病院では,同病院における医薬品の適切な運用を図るため,薬剤部長を委員長とする薬事委員会が設置されている。薬事委員会は,本件附属病院長の諮問機関として,医薬品の採用,評価及び削除に関すること,医薬品の管理,使用及び安全に関すること等を審議することとされており,本件附属病院内の診療科において新たな薬剤を導入するに当たっては,本件附属病院長宛てに「医薬品採用願」を提出して申請し,第1次的には,各診療科における当該医薬品導入の必要性について,各診療科の責任者である科長の判断,決裁を仰いだ上で,薬事委員会の審議・判定を経て,最終的に同病院長の判定により採否が決定される。(乙ロ56)

(イ) 被告Bは,平成13年6月25日ころ,本件診療科の外来を担当するN看護士から,申請者を原告とするクロバザム(マイスタン)に関する「医薬品採用願」を示された(なお,同文書の「科長名」欄には,そのとき既に被告Bの氏名が記載され,被告Bの印が押印されていた。)。

被告Bは,それまで,原告からクロバザムの採用を希望していることを聞いたことはなく,当該「医薬品採用願」を示されて初めてこれを知った。また,「医薬品採用願」の「申請理由」欄には,薬事委員会及び本件附属病院長において,真に当該医薬品の採用が必要であるかを判定できるよう,当該医薬品の効用,安全性,普及状況等を記載する必要があったが,当該「医薬品採用願」の「申請理由」欄には,単に「NN.301(治験薬)供給中止に伴う薬剤置換(しばらくは散剤でも可です)」とのみ記載されているだけであった。

そこで,被告Bは,「科長名」欄の被告Bの署名及び押印部分を削除するとともに,「何故マイスタンでなければいけないかの理由が不明,具体的に記載するように,書き直し」とのメモを付し,同看護士に原告に渡すように指示した。(乙ロ57)

(ウ) その後,原告は,申請理由を具体的に記載したクロバザムに関する「医薬品採用願」を作成して被告Bに提出しなかった。

タ i病院の派遣要請

(ア) 本件附属病院に勤務する医師の兼業については,国家公務員法等の規定に基づいて,被告大学長がその許可をすることとなるが,被告大学では,これに関する特段の内部規程等は定められていない。しかし,本件附属病院に勤務する医師から兼業申請がされた場合には,被告大学長から本件附属病院長に対し,差支えの有無について照会をし,さらに,本件附属病院長が回答をするに当たっては,当該医師が所属する診療科長に対しても,原議書を回付し,その意見を求める取扱いがされている。これは,当該医師の兼業申請について,必要な判断をするための事実関係,すなわち団体等との間における利害関係及びその発生のおそれの有無,職務の遂行への支障の有無については,当該職員の属する診療科長が最もよく把握しており,必要な判断をすることができることに基づくものである。(乙ロ58~62)

(イ) i病院長は,被告大学長に対し,平成13年2月7日付け「非常勤医師の委嘱について」と題する文書を送付し,派遣期間を同年3月1日から平成14年3月31日まで,勤務時間を緊急,手術時として,原告をi病院の非常勤医師として派遣してほしい旨の要請をした。(甲19の1・2,乙ロ67)

(ウ) 原告は,平成10年7月以降,k病院において,金曜日午後の外来診療を担当するとともに,平成11年4月から,それまで派遣されていたn病院に代えて,j病院において月曜午後の外来診療を担当していたが,同病院については,平成13年3月をもって派遣終了となった。

(エ) 被告大学長は,i病院長からの要請を受けて,本件附属病院長に対し,平成13年2月16日付けで,当該要請について差支えの有無を回答するよう照会したことから,医学部総務課職員係において,原議書を起案し,本件診療科長である被告Bに回付した。被告Bは,上記原議書の回付を受けて,初めて,原告について上記のような派遣要請があることを知った。(乙ロ66)

本件医局では,本件診療科に勤務する医師を他の病院に非常勤医として派遣するに当たっては,当該病院との間で,派遣期間や,具体的な勤務時間(曜日・時間帯)等について,事前に交渉・調整を行い,それを前提として,派遣要請に応じる場合には,医局会に諮った上で,その対応を決めてきた。その理由は,派遣先病院における勤務時間や内容が,本件診療科における職務遂行に支障を来すものでないかを確認し,支障を来すようなものであれば調整を図る必要があること,派遣先病院で当該医師が欠勤等をした場合や,派遣先病院で当該医師が担当する患者につき緊急手術が必要とされる場合などに,本件医局として,どのように対応するかを事前に検討し,十分な支援体制を採ることができるかを確認しておく必要があるためであった。しかし,原告の上記派遣要請がされるに当たっては,i病院から本件医局に対して事前に何らの連絡もなく,同病院と被告Bや本件医局長との間における交渉や調整も行われていなかった。

その後,平成13年3月9日,i病院長から面談の要望を受けたことから,本件医局では,被告B及び医局長のK講師がこれに応じた。i病院長は,被告B及びK講師に対し,原告をi病院の非常勤医として派遣してほしいと要請した。しかし,その当時,本件医局からi病院に常勤医,非常勤医とも派遣していなかったことや,面談時のi病院長の説明によると,同病院に常勤の脳神経外科専門医がいないとのことであったため,被告B及びK講師は,原告が休暇等により欠勤した場合に,本件医局において,他の医師の派遣など支援体制を採ることが事実上困難であると判断し,上記派遣要請を受けることは困難である旨回答した。なお,上記判断に当たっては,平成13年2月27日,当時原告が非常勤医として派遣されていたj病院から原告の無断欠勤等の勤務態度について苦情の申出がされていたことも,その考慮要素とされた。(乙ロ64,65)

(オ) i病院長は,被告Bらと面談した当日である平成13年3月9日,原告と共に医学部総務課職員係を訪ね,被告Bらに面談して要望をしてきたとして,平成13年3月8日付けの「非常勤医師の委嘱について」と題する文書(兼業期間を「平成13年4月1日~平成14年3月31日」,勤務時間を「週1回(4時間)」と記載したもの)を,改めて被告大学長に提出したい旨を要望した。そこで,医学部総務課職員係は,上記文書を受領し,再度,原議書を作成し,本件診療科長である被告Bに回付したところ,被告Bは,これを承認することはできない旨の回答をした。医学部総務課職員係では,上記被告Bの回答を受けて,i病院長に電話で事実関係を確認したところ,同病院長は,平成13年3月9日に被告B及び医局長であるK講師と面談したものの,被告Bらから,原告の派遣について事前に内諾を受けることはできなかった旨回答した。このような経緯を経て,原告のi病院における兼業については,不承認とする旨の平成13年3月16日付け原議書が作成され,本件附属病院長の決裁がなされ,本件附属病院長は,同月30日付けで,被告大学長宛てに,差支えがある旨の回答をした。そして,これを受けて,被告大学長は,平成13年4月9日付け文書により,i病院長に対し,原告の派遣要請には応じられない旨を回答した。(乙ロ68~71)

(カ) なお,原告のi病院における兼業については,その後,平成14年5月21日付けで改めてi病院長から原告を非常勤医師として派遣されたい旨の要請が文書で出され,同月27日付けで,原告から,兼業予定期間を「平成14年6月1日から平成15年3月31日まで」として兼業許可申請書が提出され,被告大学長は,平成14年5月28日,上記兼業を許可した。その結果,原告は,現在に至るまで,同病院において,月曜日午後の外来診療を担当している。(乙イ1~3,乙ロ63)

チ 学外における手術(乙ロ104)

(ア) 原告は,E助教授が着任した後,l病院において,「小脳AVM(動静脈奇形)患者」の手術を担当したところ,その後,当該患者の追加治療をE助教授が担当した。原告は,当該手術後,l病院において,手術を担当していない。

(イ) 原告は,k病院において,被告B着任後も,度々手術を担当し,実施している。

(ウ) E助教授は,着任後,l病院及びk病院の関係者に対し,自分が本件診療科における脳血管障害の責任者である旨を伝えたことがある。

ツ 日本脳神経外科学会九州地方会の原告の世話人辞任について

(ア) 被告Bは,被告大学に赴任して間もなく,日本脳神経外科学会九州地方会の世話人に推薦され,世話人を務めてきたが,原告はそれ以前から世話人となっており,本件医局では,被告B,G助教授,原告の3名が同地方会の世話人を務めていた。(乙イ7)

(イ) その後,G助教授がh大学教授に転任し,E助教授が被告大学に赴任したことから,被告Bが同地方会にE助教授を世話人として推薦したところ,同地方会において承認され,その後,しばらくの間,本件医局では,被告B,E助教授,原告の3名が世話人を務めていた。しかし,被告Bは,同地方会の世話人は,1施設2名で務めるのが原則であると聞いたことがあったところ,平成14年3月ころ,同地方会事務局から,本件医局のK講師宛てに,世話人名簿の確認依頼があったことを機に,1施設から3名の世話人を出してよいのかを確認するとともに,2名とするのであれば被告BとE助教授とし,3名でよいのであれば従前のまま被告B,E助教授,原告の3名としたい旨連絡した。なお,2名とする場合に原告を外すように依頼したのは,他の大学医学部の大半が教授と助教授をもって世話人に当てていたため,被告B自身とE助教授とするのが適当であると判断したためであった。(乙イ8,9)

(ウ) これに対し,同年6月18日付け文書により,同地方会事務局から,世話人は1施設(各大学)から2名とすることとなっているので,原告を世話人から外す旨の連絡があり,その結果,原告は,同地方会の世話人から外されることになった。(乙イ10)

(2)  争点(2)(被告Bの行為の違法性)について

前記1(2)のとおり,特定の大学がどのような講座を開設し,当該講座が主催する講義ないし実習をどの教員に担当させるべきか,必要な研究費をどれだけ支出するかといったことなどは,基本的には研究教育機関としての大学,具体的には,当該大学が講座制を採っている場合には,当該講座の責任者である主任教授の広範な裁量に委ねられるべき事柄ということができる。

そして,前記(1)イのとおり,被告大学にあっては,講座制が採られ,被告大学附属の教育研究施設として開設されている本件附属病院においては,被告大学医学部の臨床系講座と各講座に対応設置された各診療科とは,いわば表裏一体の関係をなし,講座主任と診療科長を兼ねる教授の統制の下に,教育,研究及び診療の3機能を総合的に遂行するように組織されていること,講座及び診療科の医師に加えて関連病院派遣医師等により構成される任意団体としての医局も,合議制機関である医局会の協議結果を参酌しつつ,医局の主宰者である教授の裁量判断に基づいて運営されていることが認められ,かかる本件講座,本件診療科及び本件医局の組織構造及びその運営体制に鑑みると,上記講座における決定事項のみならず,本件診療科においてどの医師をどのように配置するか,医局に属する医師をどの関連病院へ派遣するかといった事柄についてもまた,本件講座の主任及び本件診療科の科長であり医局の主宰者でもある教授の広範な裁量に委ねられているというべきである。

したがって,本件において原告が違法であると主張する,被告Bが教授としての地位を利用して行ったとする各行為が,原告の学問の自由ないし人格権を違法に侵害するものであると評価され得るのは,その必要性,合理性が全くないのに,専ら原告に対する嫌がらせなどの不当な目的を実現する目的で,そのような措置を執るなど,その裁量の範囲を明らかに逸脱していると認められる場合に限られると解するのが相当である。

以上を前提に,原告指摘の被告Bの各行為が違法といえるかどうかについて検討する。

ア 研究活動への嫌がらせ

(ア) 研究費の不支出について

a 実験室費用の予算配分について

前記(1)オ(ウ)の事実によれば,平成9年度における実験室費用の予算配分において,原告が管理責任者とされる実験室には,他と比較して少額の予算しか配分されなかったことが認められる。

しかし他方,前記(1)オ(イ)認定のとおり,被告大学における校費等の予算は,教授,講師等に直接配分されるものではなく,本件講座,本件診療科ないし本件医局に配分されるものであって,これをどのような支出に割り当てるかは,本件講座ないし本件診療科の責任者である教授(物品供用官)の裁量に委ねられており,教授である被告Bは,物品供用官として,本件講座ないし本件診療科に配分された予算を適切に執行するとの観点から,申請のあった予算執行のうち,各実験室の研究内容,各申請品の購入金額及びその使用,整備の必要性等を考慮の上,適宜の配分をすることが認められているというべきである。しかるに,関係証拠を総合しても,被告Bが,各実験室の実情を踏まえることなく,予算配分を行ったというような事情は認められず,それ故,前記認定のとおり,当該予算配分は,原告も出席したスタッフミーティングにおいて反対意見が出ることなく承認され,原告もこれを了承していたものと考えられる。

したがって,原告が主張するように,当該予算配分について,被告Bが,裁量を逸脱して予算執行を行ったとはいえず,この点に関する原告の主張は理由がない。

b 飼育費の支出について

前記(1)カの事実によれば,原告の平成10年7月2日付けの請求に基づき7匹のラットが購入された後,本件訴訟提起後となる平成14年10月11日に原告が請求して3匹のラットが購入されたことが認められるものの,その間,原告の請求,要望に基づき,ラットの購入費,飼育費が支出されたことを認めるに足りる証拠はない。しかし,他方,原告が支出を拒否されたとする平成10年10月21日以降において,原告がラットの購入費・飼育費の支出を要望・申請したのに,原告がこれを拒否したことを認めるに足りる証拠もない。

したがって,被告Bが,原告の実験に要する動物について必要な飼育費を支出を中止した,あるいは原告から申請のあったラットの購入を被告Bが認めなかったとの事実を認めることはできず,そのような事実があったことを前提とする原告の主張には理由がない。

c データレコーダー等の修理について

原告は,実験及び手術室で使用するデータレコーダーの修理依頼伝票を平成11年12月3日に被告Bに提出したのに,平成14年1月22日に再提出するまで修理が認められず,さらに,再提出後も同年3月12日まで支出を認める決裁をしなかったのは,被告Bの原告に対する嫌がらせである旨主張する。

前記(1)キの事実によれば,原告の主張するとおり,データレコーダーの修理依頼が平成14年1月22日付けで,支出承認決裁が同年3月12日付けでなされていることが認められるが,他方,原告が,それ以前の修理依頼の根拠として提出する平成11年12月3日付物品請求書原符(甲3の1)は,本件講座ないし本件診療科が正式に受理したものに記載されるべき請求番号が記載されていないことに鑑みると,当該原符が正規に被告B宛てに提出されたものとまでは直ちに認めることができず,他に,被告Bが原告への嫌がらせのため,支出の決裁を意図的に遅らせたことを認めるに足りる証拠はない。したがって,この点に関する原告の主張は理由がない。また,原告は,生体電気用アンプの修理についても,同様の主張をしているが,原告が主張根拠資料として提出する物品請求原符(甲4)は,平成13年11月1日付けのものである上,前記同様受理の証となる請求番号が記載されていないことに鑑みると,当該原符が原告の主張どおり平成12年に被告B宛てに提出されたとまで認めるには足りず,他に,被告Bが,原告への嫌がらせのため,支出の決裁を意図的に遅らせたことを認めるに足りる証拠はない。したがって,この点に関する原告の主張も理由がない。

d 遺伝子実験用の薬剤購入申請について

前記(1)クの事実によれば,被告Bは,原告からあった薬剤購入の申請について,平成10年9月8日付け申請については,同月22日に,平成11年3月25日付け申請については,同月30日付けで,いずれも,その申請を認めて購入を許可していることが認められるのであって,被告Bが当該薬剤購入の申請を認めなかった旨の原告の主張には理由がない。

また,原告は,平成10年3月31日付けで原告が購入の申請をした薬剤のうち,一部についてその購入が認められなかったことを問題とするが,前記ア(ア)aのとおり,被告大学における校費等の予算は,本件講座ないし本件診療科の責任者である教授の裁量に委ねられているのであるから,教授である被告Bは,物品供用官として,本件講座ないし本件診療科に配分された予算を適切に執行するとの観点から,申請のあった薬剤のうち,当該薬剤の購入金額や使用の必要性等を考慮の上,その一部についてのみ承認することは当然に認められるのであり,仮に,原告の主張するように購入が認められなかった薬剤がいずれも数千円程度の廉価な消耗品であったとしても,そのことをもって,被告Bの上記裁量を逸脱した違法な行為であると評価することはできない。したがって,被告Bのこの点に係る行為が違法であるとの原告の主張は,採用することができない。

(イ) 学会出席の妨害について

前記(1)ケの事実によれば,本件医局では,被告Bの着任後,被告Bの提案に基づき,原告を含むスタッフミーティングの出席者,医局会の出席者の了解を得た上で「校費・委任経理金の使用原則」が定められ,被告Bは,同原則に基づいて,原告の出張旅費についても,適宜委任経理金あるいは校費から相当額の支出を承認していることが認められる。他方,原告が出張して出席したと認められる学会について,出張旅費が支出されていないものがあることも認められるが,これらの学会については,そもそも原告から出張旅費の支出承認申請が提出されていたことを認めるに足りる証拠はなく,被告Bから支出承認を拒否されて,原告が出張旅費の自己負担を余儀なくされたとまで推認することはできない。したがって,この点に関する原告の主張には理由がない。

また,原告が,被告Bにより旅費の支出手続を遅延させられた旨主張する平成13年9月10日から同月14日までのオーストラリア・アデレードの出張旅費についても,その支出経緯において,前記(1)ケ(エ)のとおり,被告Bが,「校費・委任経理金の使用原則」に基づき,原告に対し学会において発表を行うことを確認する資料の提出を求めたのに,原告がその資料提出を遅延したのであって,このような経緯に鑑みれば,被告Bのこの点に係る行為が,その裁量を逸脱する違法なものであるいうことはできない。なお,原告は,当該出張旅費を一時立て替えることになった点についても問題とするようであるが,仮に,その主張どおり立替えがなされていたとしても,上記認定の出張旅費が支出されるまでの経緯に照らし,また,委任経理金あるいは校費からの出張旅費の支出が常に前払いされるものではないことからしても,そのことをもって,違法と評価することはできない。

(ウ) 備品利用の妨害について

前記(1)コの事実によれば,被告Bは,解剖学第二講座のI教授らから,本件講座の備品であり原告が使用している動物用定位脳固定装置の貸出しと設置場所変更の要請を受けたため,この要請について,原告を含む本件講座及び本件診療科の全教官に確認したところ,原告から,重大な支障があるとの意見が出されたため,原告の意見を尊重して,I教授らの上記要請を断っていることが認められるのであり,被告Bのこの点に係る行為が違法であるということはできない。

イ 教育活動への嫌がらせについて

(ア) 講座制を採用する大学の教授の裁量について

大学は,学術の中心として,広く知識を授けるとともに,深く専門の学芸を教授研究し,知的,道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする専門的な教育研究機関であるところ,講座制を採っている大学において,どのような講座を開設し,誰にどの講座を担当させるかというような事項は,大学における教育研究の根幹に関わる事項であるから,最終的には大学の自治を担う最高意思決定機関である教授会の意向に基づいて決定されるべき事柄である。そして,既に開設されている講座については,その運営につき責任を負うのは当該講座の主任教授であるから,教授会としては,当該講座において当該年度にどのようなカリキュラムを組み,どの教員にどの講義・実習を担当させるかという具体的な事項に関しては,当該講座の責任者である講座主任の意向を最大限に尊重するのが通常であると考えられ,また,このことは十分な合理性を有するものである。そして,これらのことからすれば,特定の講座における講義・実習等のカリキュラムの内容及びその担当については,当該講座の主任教授及びその意向を尊重しつつ最終的にこれを決定する教授会の判断に広汎な裁量が認められるべきである。

(イ) 原告の担当講義数の変更について

前記(1)サの事実によれば,確かに,原告の本件講座における担当講義数は,被告Bの着任する以前と比較して大幅に減少している。

この点,原告は,前記第2の2(2)(原告の主張)イのとおり,そのような講義担当数の減少は,被告Bが,専ら原告に対する嫌がらせの目的で,講義担当者の変更を行ったからである旨主張するのに対し,被告らは,被告Bが,本件講座の運営責任者として,学生に対して,分かりやすく,かつ,脳神経外科に興味を持つことができるような講義を行うことを主眼として,若手教官の育成や専門家による教育といったことに配慮しつつ,学生に対するアンケート結果なども踏まえた上で,講義日程や講義担当者の決定,変更を行った結果である旨主張し,被告Bも,その本人尋問においてこれに沿った供述をしている。

なるほど,前記(1)サ認定の事実経緯において,被告Bから原告に対し,何ら事前の打診や説明なしに,医局会において講義担当者の変更が公表されたことが窺え,担当講義数の大幅な減少を来す原告がこれを不服とするのも無理からぬところがある。しかしながら,その変更された内容自体をみると,変更された講義項目や新たに講義担当者となった各医師の経歴,経験,実績等に照らしても,決して不合理なものということはできない。とりわけ,大幅な変更がなされた平成12年度の変更については,事前に,学生に対して実施したアンケート結果を踏まえてなされたものであること,新たに着任したE助教授を脳血管障害関係の統括責任者としたことと時期的に符合するものであること,新たに若手教官が登用されており,かつその講義担当数は相当限度に止まっていることなどに照らすと,原告が主張するように,当該講義担当者の変更は,専ら原告に対する嫌がらせ目的でなされたというよりは,むしろ,被告Bが本人尋問において供述するように,学生に対する教育効果の高揚等の教育目的でなされたと考える方が自然であるといえる。

したがって,被告Bのこの点に係る行為が,何らの必要性も合理的な理由もないのに専ら原告に対する嫌がらせなどの不当な目的を実現するためになされたものであるとはいえず,裁量の範囲を逸脱してなされたものと判断することもできない。

ウ 臨床活動への嫌がらせについて

(ア) 脳血管障害グループからの排除と患者割当ての減少

a 本件診療科の外来医長の解任について

前記(1)シの事実によれば,①被告Bは,本件診療科の科長として,本件診療科においてその所属医師をどのように配置するかといったことについても,広範な裁量を有していること,②被告Bが外来医長の変更を提案したのは,各医局員に各種の役割を担当,経験させることが適当であるとの考えに基づいて,D助手の赴任に伴い,それまでG助教授が担当していた医局長をK講師に,原告が担当していた外来医長をD助手に変更することにしたものであること,③被告Bは,医局会において,上記の提案をし,原告以外の出席者から反対意見等は出されなかったことが認められるのであり,このような事実に照らせば,被告Bのこの点に係る行為が,必要性も合理性もなく,原告に対する嫌がらせなど不当な目的を実現するために行われたものということはできないし,その判断が被告Bの裁量の範囲を逸脱するものと判断することもできない。

b 外来割当の変更と新患担当の排除について

前記(1)ス,セの事実によれば,①原告は,被告Bの着任当初から,本件診療科において,月曜日の外来診療を担当し,その後も,現在に至るまで,月曜日の外来診療を担当していること,②被告Bは,E助教授の赴任に伴って,原告が担当していた本件診療科の月曜日の外来診療の担当者を,E助教授に変更する旨医局に提案したものの,原告がこれに反対したため,同提案を撤回して,従前どおり月曜日の外来診療を原告に担当させることにしたこと,③被告Bは,E助教授の着任に伴い,E助教授を脳血管障害の統括責任者にするとともに,外来の新規患者について,診療科長を務める被告B又は副診療科長を務めるE助教授において,患者の状態を把握し,いかなる施設(医院,病院等)から紹介を受けてきた患者かといった情報を把握しておく必要があるとの意向の下,新規患者が特定の医師宛ての紹介状を持参している場合であっても,被告B又はE助教授において患者の診療情報を確認の上で,当該医師に患者を割り当てることとしたこと,④原告は,原告が担当する月曜日の外来診療において,原告宛ての紹介状を持参した新規患者,再診患者の診察を担当しているほか,原告が月曜日に担当していた患者が他の診察日に来院したときには,その診察も担当しているほか,派遣された関連病院においても,新規患者も含めてその診察を担当していること,⑤被告Bは,原告に対し,平成11年3月ころ,脳血管障害の統括責任者であるE助教授の下で脳血管障害の患者を担当することは構わない旨伝えていることが認められる。

このような事実関係に照らすと,被告Bは,原告が従前担当していた月曜日の外来診療の変更を医局会に提案したものの,原告の意向を踏まえて,継続して原告に担当させているのであるから,そのこと自体は何ら違法というべき筋合いのものではない。また,特定の医師への紹介状を持参した者も含めて新規患者については,一律に診療科長である被告B又は副診療科長であるE助教授が初診を行い,初診後は当該医師に患者を割り当てるとする取扱いがなされた結果,原告が本件診療科において新規患者を担当する機会がほぼ全面的に失われるに至っているものの,本件診療科において責任ある立場にある者が新規患者の状態を把握しておくという観点からすると,当該措置が直ちに合理性がないとはいえず,また,原告としても,原告宛ての紹介状を持参した新規患者,再診患者の診察を担当しているほか,原告が月曜日に担当していた患者が他の診察日に来院したときには,その診察も担当していることを併せ考慮すれば,被告Bのこの点に係る行為が,被告Bの裁量を逸脱した違法なものであると評価することはできない。

(イ) 新薬導入の妨害

前記(1)ソの事実によれば,被告Bは,原告から申請のあった薬剤クロバザムの医薬品採用願について,本件附属病院長の諮問機関である薬事委員会において,当該薬剤の採用の審議,判定に当たり,真に当該医薬品の採用が必要であることを判定するためには,「申請理由」の記載部分が不十分であると判断したため,「なぜマイスタンでなければいけないのかの理由が不明,具体的に記載するように」とその理由を明らかにした上で,本件診療科長として,「医薬品採用願」の「申請理由」を具体的記載するように原告に指示したにすぎないものである。また,被告Bは,原告が当該「申請理由」を具体的に記載した「医薬品採用願」を作成して提出した場合には,その内容を検討する予定であったことも認められるのであって,かかる事実関係に照らせば,被告Bのこの点に係る行為が,被告Bの裁量を逸脱する違法なものであると評価することはできない。

(ウ) 学外病院派遣の妨害について

前記(1)タの事実によれば,a本件附属病院に勤務する医師の兼業については,被告大学長がその許可をすることとなるが,その判断に当たっては,当該医師の兼業申請について必要な判断をするための事情,すなわち,兼業をする団体等との間における利害関係及びその発生のおそれの有無,職務の遂行への支障の有無については,当該職員が属する診療科の科長が最もよく把握しており,必要な判断をすることができるとの考えの下,被告大学長から本件附属病院長への照会を経て,本件附属病院長が当該医師の所属する診療科の科長に対して,意見を求める取扱いがされていること,b被告Bは,i病院長からの原告の非常勤医としての派遣要請について,①通常行われる当該病院との間での,派遣期間・勤務時間等に関する事前の交渉,調整が全く行われていなかった,②i病院長から派遣要請のあった当時,i病院には,本件医局から常勤医,非常勤医とも派遣しておらず,面談時のi病院長の説明によると,常勤の脳神経外科専門医はいなかった,③j病院から原告の無断欠勤等の勤務態度について苦情の申出がされていたこともあり,原告が休暇等により欠勤した場合に,本件医局において,他の医師の派遣など支援体制を採ることが事実上困難であると判断したなどの理由により,i病院長からの上記派遣要請を受けることが困難であるとの判断をしたこと,cその結果,被告Bは,i病院長からの原告についての上記派遣要請を承認することはできない旨の回答を本件附属病院長にしたことなどが認められる。

これらの事実に照らせば,被告Bがi病院からの原告の非常勤医としての派遣要請を承認しなかったことには,相応の合理的理由があるといえる。

なお,原告は,前記第2の2(2)(原告の主張)ウ(ウ)記載のとおり,被告Bが原告の派遣を承認しなかった理由自体に根拠がない旨指摘するとともに,原告の派遣の必要性等をも強調して被告Bの行為が不合理である旨主張するが,原告が指摘する諸点を考慮しても,なお,被告Bが原告の派遣を承認しなかったことが不合理で被告Bの裁量を逸脱するものであるとは判断し得ないから,この点に係る被告Bの行為を違法なものであるということはできない。

(エ) 学外病院での手術の妨害

原告は,前記第2の2(2)(原告の主張)ウ(エ)のとおり,被告Bが,自らあるいはE助教授を介して,原告を手術に呼ばないようにと学外の病院に働きかけを行った旨主張するが,前記(1)チのとおり,少なくとも,k病院においては,被告B及びE助教授が着任した後の時期において,原告が度々手術を行っていることが認められるのであり,関係証拠を総合しても,原告の主張する手術妨害の事実は認めるに足りない。なお,前記(1)チのとおり,E助教授は,着任後,l病院やk病院の関係者に対し,自己が脳血管障害の責任者である旨を告げたことがあることが認められるものの,そのこと自体は何ら手術妨害行為とはいえない上,それが被告Bの指示等に基づくものであることも認めるに足りない以上,被告Bが働きかけて,原告の学外における手術妨害を行ったと判断することはできない。

エ 学会世話人の無断辞退届

前記(1)ツの事実に照らせば,原告の主張するように,原告が世話人から外されることとなったのは,被告Bの同地方会事務局に対する世話人の人数に関する確認を契機としているということができ,被告Bから,このような確認の申出がなければ,原告が九州地方会の世話人から外れなかったであろうことは否定できない。しかしながら,同地方会事務局からは,世話人は各大学から2名とすることになっているとの回答がされており,本件講座の教授である被告B及びE助教授を世話人とし,本件診療科の講師である原告を世話人から外すという被告Bの人選についても,特段不合理なものであるとはいえない。したがって,被告Bのこの点に係る行為が,合理的理由のない原告に対する嫌がらせとして,違法なものであると評価することはできない。

オ 原告は,他にも被告Bの様々な行為について,合理的理由のない原告に対する嫌がらせであって,原告に対する不法行為又は債務不履行を構成する違法なものである旨るる主張するが,本件全証拠によっても,原告の主張する被告Bの行為が,被告Bの本件講座の教授あるいは本件診療科の科長としての裁量の範囲を明らかに逸脱して,何らの必要性も合理性もないのに,原告に対する嫌がらせのために行われたものであって,原告に対する不法行為又は債務不履行を構成する違法な行為であると判断することはできない。

カ 以上アないしオで検討したところによれば,争点(2)(被告Bの行為の違法性)に関する原告の主張は,いずれも採用することができない。

第4結論

以上の次第で,その余の点について判断するまでもなく,原告の被告らに対する請求は,いずれも理由がないこととなる。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西井和徒 裁判官 松本明敏 裁判官 岩崎慎)

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