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那覇地方裁判所 平成15年(ワ)916号 判決 2007年3月14日

主文

1  被告Y1は,原告らに対し,それぞれ別紙認容額一覧表の各原告氏名欄に対応する認容額欄記載の各金員及びこれに対する平成13年11月28日から各支払済みまで,年5分の割合による金員を支払え。

2  原告X31を除くその余の原告らの被告Y1に対するその余の請求及び原告らの被告沖縄県に対する請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は,原告X31に生じた費用の2分の1と被告Y1に生じた費用の88分の1を被告Y1の負担とし,原告X31を除くその余の原告らに生じた費用の2分の1と被告Y1に生じた費用の88分の87はこれを2分し,その1を原告X31を除くその余の原告らの負担とし,その余は被告Y1の負担とし,原告らに生じた費用の2分の1と被告沖縄県に生じた費用は,原告らの負担とする。

4  この判決は第1項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告らは,連帯して,各原告に対し,別紙原告損害額一覧の当該原告に係る合計額欄記載の各金員及びこれに対する平成13年11月28日から各支払済みまで,年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,原告らが,被告Y1が経営していた産業廃棄物処分場(以下「本件処分場」という。)において平成13年11月28日に発生した火災事故(以下「本件火災」という。)について,被告Y1に対しては,民法709条の不法行為あるいは民法717条の工作物の設置,保存の瑕疵による不法行為責任に基づき,被告沖縄県に対しては,沖縄県知事が廃棄物の処理及び清掃に関する法律(平成13年法律第138号による改正前のもの。以下「廃棄物処理法」という。)等に基づく被告Y1の業務に対する監督権限の適正な行使を怠り,本件処分場における被告Y1の日常的な違法操業行為を看過し,その結果,本件火災の発生につながったとして,国家賠償法1条1項等に基づき,原告らが本件火災によって被った損害の賠償及び不法行為の日から民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

1  前提事実(当事者間に争いがないか,弁論の全趣旨により認められる。)

(1) 当事者

原告らは,本件火災当時,本件処分場の北西約1.3キロメートルに存するa市b(a市は,平成17年10月1日合併により成立。合併以前は,a市bは,b市であったため,合併以前の事実については,以下特に断りなく「b市」と記載する。)字c(以下「c地区」ともいう。)に居住していた者である。

被告Y1は,本件火災当時,Aの名称で,本件処分場において,産業廃棄物の収集運搬及び処分等を業として行っていた者である。

(2) 本件火災の発生

平成13年11月28日午後零時25分ころ,本件処分場内で火災が発生し,原告らが居住するc地区へ,本件火災によって生じた煙が大量に流れてきた。

2  争点及び争点に対する当事者の主張

(1) 被告Y1の責任

(原告らの主張)

ア 民法709条に基づく不法行為責任

(ア) 出火原因について

a 本件火災の出火原因は,本件処分場内において日常的に行われていた野焼きの残り火が本件処分場内に無秩序に山積みされた可燃性廃棄物に引火したことによるものと推定される。その理由は次のとおりである。

(a) 「火のないところに煙は立たない」ということわざのとおり,元々火の気のないところに火災は起きないのが経験則である。したがって,本件火災出火時において,出火地点に火の気があったと推定すべきことになる。

(b) 本件処分場においては,本件火災の直前まで日常的に野焼きが行われており,燃え残りをそのままショベルカーで北東側の水たまり方向に押し込み,空いた場所でまた野焼きをするという作業を繰り返していた。このような野焼きを繰り返していた場所及びそこで生じた燃えがらを押し込んだ場所には,当然,相当の長時間にわたって,火の気が残存することになる。

(c) 上記野焼きが日常的に行われていた場所と本件火災の出火地点とはほぼ同一の地点と推定することができる。

(d) 野焼きの頻度はまさに日常的であり,その対象もほとんどすべての品目に及んでいた。本件処分場内に存する焼却炉も行政が見回りに来るときなどに,形だけ使用していたにすぎない。

(e) d消防組合消防長のBによれば,本件火災の出火場所は,山積みしたごみの下部であり,そのため消火の際,上に被さっているごみを取り除かなければならなかったものであるが,これは,着火に必要な火の気がごみの下部に存在していたことを意味する。

以上のように,本件火災は,本件処分場内において日常的に行われていた野焼きによる残り火が種火となって出火したものと推定するのが相当であり,これに対する反証が一切されていない本件においては,野焼きの事実を認定すべきである。

b 仮に,本件火災の出火原因が明確に特定されなくても,本件処分場が,出火当時被告Y1の5名の従業員により維持管理されていた状況にあり,他の第三者が介入する余地がなかったことは明らかであるから,被告Y1は,本件処分場における火災発生がないように厳重に管理する責任を負っていたものであり,その出火による被害の責任は,一次的には,被告Y1にある。

いずれにしても,火災発生地点に何らかの火種があったことは事実であり,その火種が野焼きによるものであろうが,あるいは,他の原因によるものであろうが,本件処分場のように大量の可燃物を山積みしている中に火種を残存させておくこと自体,本件処分場を全面的に管理下においている被告Y1の重大な過失である。

(イ) 被告Y1は,本件火災の煙害による被害は,延焼による被害と同視すべきであり,失火ノ責任ニ関スル法律(以下「失火責任法」という。)の適用があると主張する。

しかしながら,失火責任法の立証趣旨は,木と紙でできた燃焼しやすい家屋,住宅の密集事情などを考慮して,類焼や延焼等による被害の拡大が我が国では日常的に見られることから,被害者(火元責任者)の負担を軽減する趣旨と解されるところ,このような失火責任法の立法趣旨からも,同法は火災によって財物等が焼却されて滅失毀損した場合の被害に対してのみ適用され,類焼でも延焼でもない被害には適用されないのであって,火元の近隣家屋が燃えやすい材料でできていることとは全く関係がない煙害被害には同法は適用されない。

(ウ) 本件火災に失火責任法の適用があるとしても,本件火災は,被告Y1の完全な排他的支配,管理の下で発生した火災であるから,被告Y1に失火の責任があることは当然であり,また,重大な過失であることも疑問の余地がない。

すなわち,本件処分場のような廃棄物最終処分場,特に安定型処分場内には可燃性のものが多量に搬入されるのが常であり,かつ,本件処分場内には受け入れが禁止されている廃木材まで大量に搬入されていたのであるから,火気に注意し,野焼きのように火災の原因になる行為は絶対にやってはならないものであることはいうまでもない。しかも,野焼きは廃棄物処理法で禁止されている。日常的に本件処分場内で野焼きを繰り返していた被告Y1の行為が,火災を惹起すべき故意に近い重大な過失であることは明らかである。

また,被告Y1は,火災発生現場に火種を残存させていたのであり,この点でも被告Y1の重過失の存在は争う余地はない。

イ 民法717条に基づく不法行為責任

(ア) 被告Y1の管理運営する本件処分場内には2基の焼却炉と安定型処分場及び破砕機が存在した。これらのうち,火災が発生したのは,安定型処分場内であって,その原因は,上記廃棄物焼却炉ではないと考えられる。

本件処分場は,「一般廃棄物の最終処分場及び産業廃棄物の最終処分場に係る技術上の基準を定める省令」(昭和52年3月14日総理府・厚生省令第1号。平成14年3月29日環境省令第7号による改正前のもの。以下「共同命令」という。)によってその構造基準,維持管理基準が定められている「土地の工作物」(民法717条1項)であって,その設置,保存に瑕疵があるときは,その所有者又は占有者は無過失責任を負うべきものである。

(イ) 廃棄物処理施設においては,その場内に常に廃棄物が貯留される。被告Y1は,産業廃棄物の埋立,焼却,破砕のほかに,産業廃棄物の収集運搬をも業としていたものであり,本件処分場内では,あちこちに多数の廃棄物が山積みされ,かつ,それらの廃棄物の中には,廃プラスチック,アスファルトなどの石油を原料とした燃焼カロリーの高いものが大量に存在していた。

廃棄物処分場には,このように処理施設及びその周辺に多量の廃棄物が集積するものであり,かつ,それらは多くの場合可燃性のものをたくさん含むので,その施設の設置,運営,管理には高度の注意義務が要求される。そして,廃棄物処分場による周辺への影響は,悪臭,粉塵の飛散,騒音,土壌汚染,大気汚染,地下水汚染など多岐にわたるが,可燃性の廃棄物が多量に存在するのが常であるから,火気に注意し,高度の注意義務をもって万一にも火災の発生することのないようにすべきであることも当然である。

火災の発生防止に関しては,共同命令は,火災の発生を防止するために必要な措置を講ずるとともに,消火器その他の消火設備を備えておくものとしている(共同命令2条2項,1条2項3号)。また,共同命令が,処分場内及びその周辺への廃棄物の大量保管を禁じ,通常の処理量の14日分を超える保管を禁じているのは,例えば火災事故等が発生した場合の被害の拡大を防止する趣旨である。

(ウ) そして,本件処分場においてみられた,①可燃性のごみがむき出しに,かつ,大量に積まれている,②覆土がされていないので,いったん着火すれば,その火は下積みになっている大量の廃棄物にまで広がるのは確実な状況が常時見られた,③安定型最終処分場には埋立てを禁止されている木材なども多量に野積みのまま処分場内に長期間放置されていた,といった各事実が,被告Y1の過失と相まって,本件火災に重要な寄与をしたことは疑いがない。すなわち,本件処分場の設置保存の瑕疵が,本件火災の発生と拡大,鎮火の遅れの要因である。

(エ) 本件処分場は,その設置,運営,管理に関する専門業者たる被告Y1が沖縄県知事の指導監督の下に,他のものの介入を許さず,排他的にその設置,運営,管理を行ってきたものである。原告ら付近住民は,本件処分場への一切の立入を拒否され,違法操業,山積みする廃棄物の周辺への飛散等による被害に関しても,権限がないために我慢するしかなかったのが実情である。本件火災事故発生後も,その事故原因の究明,証拠資料の収集等に関しては,被告Y1及び被告沖縄県担当者,地元消防署関係者以外は一切関知しない状況で行われ,その収集された証拠資料等は,上記関係者において管理しているため,原告らは,その内容を知り得べき立場にはない。

以上の事実を前提にすると,本件火災事故の具体的な発生の態様については,被告Y1に主張立証責任があると解すべきである。

(オ) なお,被告Y1は,失火責任法の適用も主張するが,民法717条は,危険な物(土地の工作物)を占有又は所有する者に対して,その結果として生じた損害について当然に責任(無過失責任)を負うべしとするいわゆる危険責任の法理に基づいて定められているものであるから,これと失火責任法の立法趣旨とを比較すれば,失火責任法は,民法717条に基づく不法行為責任には適用されないものと解するのが相当である。

(被告Y1の主張)

ア 民法709条の責任について

(ア) 原告らは,本件火災原因について,野焼きを主張するが,本件処分場において,平成6年以降,野焼きが行われたことはない。

本件処分場には,1か月に1,2回以上,2名の保健所職員による抜き打ちの立入検査がされていたが,平成6年以降は,保健所により野焼きについて注意,指導を受けたことは一度もなく,平成9年3月から平成13年11月までの本件処分場における保健所の指導経緯の記録においても,他の事項についての指導の記録はあっても野焼きについて指導,注意等の記録は一切ない。

(イ) また,原告らは,本件火災原因について,焼却炉から出た焼却灰を埋め立てたことにより,その残り火が引火した可能性をも指摘する。

しかし,本件火災当時,焼却灰の埋立てをした事実はない。

確かに,平成11年1月,本件処分場で燃えがらを埋め立てていたことはあったが,これは,焼却炉から排出された燃えがらのうち,タイヤのワイヤー類等の金属部分(その他の燃えがらは,b市最終処分場に搬出していた。)を埋め立てていたものであった。これも,保健所の抜き打ち検査で指摘を受けて,同年4月までに改善され,すべてb市最終処分場へ搬出されるようになった。

なお,燃えがらの埋立てといっても,焼却炉からの燃えがらは,コンクリート升の中に落とされる仕組みになっており,このコンクリート升の中には,焼却炉附属のタンクからの給水により,常時水が張ってあり,燃えがらは必ず水の中にはいることになり,仮にこれを埋め立てたとしても,万が一にも発火のおそれはないものである。

(ウ) 被告Y1は,本件処分場の設置届出書において,廃棄物層の厚さを3メートルにつき50センチメートルの割合で随時埋立てを行う(いわゆるサンドイッチ構造での埋立方法)としているが,これはそ族,昆虫等の対策のためであって,火災防止とは全く無関係である。被告Y1としては,ねずみ,昆虫の発生は特になかったため,これらの対策としてのサンドイッチ構造をとらなかったにすぎず,本件処分場における埋立方法について,サンドイッチ構造が採られていなかったことをもって本件火災に関し被告Y1に責任があるということはできない。

(エ) 本件処分場のような安定型処分場における「処分」とは,すなわち埋立てであり,本件処分場は,巨大な窪地に廃棄物を受け入れて,これを順次,ユンボ(ショベルカー)で平らに均していくものである。そして,安定型処分場においては,廃プラスチックなど可燃性の廃棄物の埋立てが予定されている。

したがって,可燃性の廃棄物が大量に存在するのは,本件のような安定型処分場において何ら不当違法なことではない。また,本件処分場(巨大な窪地である。)内で,これら廃棄物が山状に積まれていようと,平らに均されていようと,そのことが火災発生やその拡大に影響を与えるものでないことは当然である。

なお,ここに「可燃性」というのは,単に燃えるという意味にすぎず,「燃えやすい」あるいは「出火性が高い」という意味ではない。元々,これら廃棄物は,一般商店や事務所などで用いられたプラスチック等が用を廃したものにすぎず,それ自体出火,燃焼の危険性の高いものではない。

また,木くずの存在が本件火災の発生,拡大に寄与したとも考えられない。確かに木くずは埋立禁止であるが,埋立ての可否は科学的に安定か否かという観点から決められているものであって,燃焼可能性の有無,程度とは全く別の観点である。そもそも本件処分場には木くずよりもよほど燃焼カロリーの高い廃棄物(廃プラスチックなど)が適法に存在するのであって,木くずの存在は本件火災の発生拡大とは無関係である。

(オ) 本件処分場内には,焼却炉に付属して消火器が設置され,また,常時水を満載したバキュームカーが置かれていたほか,被告Y1は常日頃から従業員に対して事務所内以外での喫煙を禁じ,搬入業者に対してもこれを徹底するように指示していた。

また,焼却炉については,燃えがらが排出される部分には,コンクリート升が設置され,同升内には,焼却炉付属のタンクから常時水が供給されて燃えがらは必ずその水に浸かるような構造になっていた。

なお,本件処分場においては,昭和59年の開業以来本件火災まで,他に火災やぼやが生じたことは一度もない。

そして,本件処分場自体,その周辺には,海岸や林,畑があるのみで,人家は全くなく(c集落まで1.3キロメートル以上),まさに人里離れた場所にある。

したがって,被告Y1は,本件処分場においても,必要な防火施設,対策を十分施していたといえ,この点での瑕疵も到底認められない。

(カ) 失火責任法の適用について

a 本件火災による被害は,延焼,類焼によるものではなく,煙害によるものであるが,本件処分場の火災によって,このような広範囲な煙害が生じることは,被告Y1はおろか誰も予想し得なかったことであり,その点で延焼による被害の場合と同様である。

このような予想外の損害を被告Y1に賠償させることが酷であるのは,失火責任法が想定した事態そのものである。

また,失火の際の煙やガスによる被害に失火責任法の適用がないとすれば,火災で人が死亡した場合にその死因が焼死なら失火責任法により軽過失が免責されるのに,煙を吸い込んだことによるガス中毒による死亡であれば同法の適用がないこととなるが,このような帰結が不当であることは明らかである。

また,本件処分場の廃棄物は,原告らも認めるように特に発火しやすい危険物ではなく,通常の事業所や家庭にも存在する物が用を廃して廃棄物となったものにすぎず,爆発物の取扱いのような高度の注意義務が課せられるべき物ではない。

確かに,本件処分場には,可燃物を含む多量の廃棄物が集積されていたが,仮に火災が起こった場合を想定しても,本件処分場は人里離れた場所にあり,周辺には延焼を危惧させるような人家等は全くなく,本件のように多量の煙が発生して,それが約1.3キロメートル以上も離れた原告らの部落に到達して被害を及ぼすなどといった事態は全く想定外であった。

さらに,爆発事故と異なり,本件火災は失火そのものであり,文言上も失火責任法の適用を排除すべき理由はない。

したがって,失火責任法が適用されないという原告らの主張は理由がない。

b 前記aのとおり,本件火災について失火責任法が適用されるが,失火責任法の重過失とは,ほとんど故意に近い著しい注意状態の欠如とされるところ,被告Y1には,重過失は認められない。

すなわち,本件処分場には,廃プラスチック,廃アスファルトなどの可燃物が存在していたとはいえ,そのこと自体は産業廃棄物の安定型処分場として当然のことであり,また,これら廃棄物は通常の事業所や一般家庭で用いられたプラスチックなどが用を廃して廃棄物と化したものにすぎず,それ自体,出火性の高いものではなく,実際,本件処分場において本件火災以前にぼや等が生じたということも一切ない。また,被告Y1は,本件処分場内に消火器を設置し,4トンバキュームカーに水を積んで不測の事態に備えていたほか,従業員に対し,事務所以外ではたばこを吸わないよう注意をしていた。

なお,原告らは,被告Y1従業員による野焼きが本件火災の原因であると主張するが,出火当日もそれ以前も野焼きが行われたことがないことは,前記(ア)のとおりである。

したがって,被告Y1には,本件火災についてほとんど故意に近いような著しい注意状態の欠如が認められないことは明らかである。

イ 民法717条の責任について

(ア) 責任原因について

a 原告らは,本件処分場が「工作物」であり,本件火災は,「工作物」の設置保存の瑕疵による火災だと主張する。しかし,まず,本件火災は処分場内のごみの出火であり,土地の工作物とは無関係である。

b また,原告らは,設置保存の瑕疵の具体的内容として,①可燃性のごみがむき出しに,かつ多量に積まれていたこと,②覆土がされていなかったこと,③木材なども多量に野積みのまま長期間放置されていたこと,の各事実を主張する。

しかし,仮に上記のような事実があったとしても,これらはごみの保存の瑕疵でしかあり得ず,本件処分場自体の設置保存の瑕疵とはいえない。

さらに,可燃性のごみが,大量に,覆土されない状態で存在していたことは,産業廃棄物の安定型処分場では当然に予定されている状態であり,瑕疵とはいえない。

すなわち原告らが指摘する廃プラスチックや廃アスファルトはいずれも安定型の産業廃棄物として安定型処分場に持ち込まれることが当然に予定されたものであり,産業廃棄物の安定型処分場においては,大量の廃プラスチック,廃アスファルトが存在することはいわば当たり前のことである。そして,安定型処分場における廃プラスチック,廃アスファルトなどの処分とはすなわち埋立てであり(本件処分場は巨大な窪地であり,埋立ては,廃棄物を順次ユンボ等で地ならししていく。),その際法令上覆土(サンドイッチ方式)は要求されていない(なお,サンドイッチ方式は,前記ア(ウ)のとおり,そ族,昆虫等の対策のためであって,火災防止とは無関係である。)から,安定型処分場においては,大量の廃プラスチック等がむき出しのまま存在することになるのである。

以上のとおり,本件火災は,土地工作物の設置保存の瑕疵による火災ではなく,民法717条の適用の余地はない。

(イ) 失火責任法の適用について

本件火災が土地工作物の設置保存の瑕疵によるものであるとしても,失火責任法の適用が認められるべきである。

そもそも,土地工作物の設置保存の瑕疵による失火の場合に失火責任法の適用を否定しようとする見解の基礎には,土地工作物には高度の危険を内在するものが多く,かかる危険の発現たる火災には,危険責任の法理からこれを管理する者に責任を負わせるべきとの考え方が存する。

これに対し,本件処分場及びそこに集積された廃棄物は,それ自体発火しやすい危険物ではなく,更に原告らの集落とは約1.3キロメートル以上離れた場所にあるので,火災予防上特に著しい危険性を持つとはいえないのであるから,本件では失火責任法が適用されるべきである。

また,工作物の設置保存の瑕疵による失火の場合に失火責任法の適用を制限する立場にあっても,延焼の場合にはなお同法の適用を肯定する見解が有力であるところ,本件火災は,火災現場から約1.3キロメートル以上も離れた原告らの部落まで達した煙による損害である点で,延焼による損害拡大の事例と同様であるから,本件では失火責任法が適用されるべきである。

そして,その場合の重過失の有無についても,可燃性の廃棄物がむき出しのまま大量に存在するという状態は,安定型処分場にあっては当然の状態であって瑕疵とはいえないはずであるし,ましてや被告Y1に重過失が認められるものではあり得ない。

(2) 被告沖縄県の責任

(原告らの主張)

ア 本件処分場の日常的な管理が法令,特に廃棄物処理法及び関連法令の趣旨にのっとって適切にされておれば,火災自体発生しなかったと思われるし,仮に火災が発生したとしても,ごく小規模な火災にとどまり,長期間にわたってくすぶることなどあり得なかった。

本件処分場においては,法令等の規定に直接に違反し,又は法令等の趣旨に違反して,でたらめな管理が,被告Y1だけでなく,廃棄物処分場管理の監督官庁である沖縄県知事との協働により行われてきたものである。

イ 被告Y1に対する沖縄県知事の許可等の経緯と違法な維持管理など

(ア) 被告Y1には,次のとおりの許可が与えられている。

a 産業廃棄物処分業の許可

上記許可を受けた処分業の範囲

中間処理 汚泥の天日乾燥,焼却,破砕

最終処分 安定型埋立(安定5品目)

b 特別管理産業廃棄物処分業の許可

中間処理 感染性廃棄物の焼却

c 施設の設置許可

(a) 産業廃棄物安定型最終処分場

敷地面積 12974平方メートル

埋立容量 112820立方メートル

取扱品目 金属くず,ガラス・陶磁器くず,ゴムくず,がれき類,廃プラスチック(安定5品目)

(b) 産業廃棄物焼却施設その1

許可年月日 平成10年2月27日

取扱品目 紙くず,木くず,動物の死体,汚泥,動物性残さ

処理能力 1.6トン/日

(c) 産業廃棄物焼却施設その2

許可年月日 平成10年10月22日

取扱品目 廃プラスチック類,感染性廃棄物

処理能力 0.8トン/日

被告Y1には,上記aないしcの許可しかないから,本件処分場内の被告Y1の業務はその範囲内でしかできないはずであるが,現実は全く異なっていた。

上記aないしcは,d保健所の文書によるものであるが,これが現実と大きくかい離していることはもちろん,被告Y1が被告沖縄県に提出している廃棄物処理法(同法施行令,同法施行規則等も含む。)に基づく各種届出文書,許可申請書などの内容とも全く整合性がない。

ウ(ア) 沖縄県知事の被告Y1に対する指導監督権限は,廃棄物処理法を遵守させ,廃棄物の適正な処理を確保するために存するものであり,その権限の内容は極めて広い。

したがって,沖縄県知事は,その権限を適正に行使し,被告Y1の違法行為を許さず,その行為が廃棄物処理法等に則していないと認めるときは,直ちにその是正を命じ,それが実現しないときは,業の許可の取消し,業務の一時停止等を命じ,更には,改善命令,措置命令等を発令して,当該不適切な処理,違法な処理による生活環境の保全に係る支障の除去又はその改善等を命じる義務があった(廃棄物処理法14条,15条,14条の3,15条の3,19条の3,19条の4等)。

ところが,沖縄県知事は,上記権限を全く行使せず,効果のない形だけの行政指導を繰り返し,被告Y1の違法行為を事実上野放しにしてきた。

被告沖縄県の指導記録によると,平成9年3月から平成13年11月までの4年8か月間に被告沖縄県が被告Y1に指導した回数は,74回と多数に上る。

指導した回数が多いということは,効き目のない指導ばかりであったということであり,純然たる法違反,廃棄物処理法上は犯罪行為として重い罰則が規定されている違法事実までも単なる行政指導で間に合わせ,刑事告発,業の許可の取消し,施設の使用停止命令などの廃棄物処理法等の定める権限の行使をけ怠したものにほかならない。

(イ) 無許可で設置された焼却炉の使用を放置

被告Y1が無許可で設置された焼却炉を使用していたことに関して,是正の行政指導をした回数は,平成9年5月から平成10年10月までの間に少なくとも4回に及ぶ。

廃棄物焼却炉については,まず設置許可申請書を提出し,それに対する設置許可があるまで,そもそも建設工事それ自体ができない。これに反する行為は,廃棄物処理法上最も重い罰則が適用されるのであり,このような重大な違法行為に関しては,即時に同焼却炉の使用停止命令だけでなく,業の許可取消しをもって臨むのが当然であり,当時の国の見解も同様であった。

しかし,被告沖縄県は,行政指導しかせず,単なる注意を繰り返すのみで実に1年5か月も犯罪実行状態を放置したのである。

沖縄県知事が,上記犯罪行為に対して,本来とるべき措置をとっていれば,本件火災は決して発生しなかったのである。

(ウ) 焼却灰の不法投棄,違法処理を放置

被告Y1が,焼却灰を野ざらしにし,あるいは燃えがらを埋め立てる違法行為をしていたことに関しては,被告沖縄県の指導記録だけでも10回に及び,時期的にも平成9年から平成13年までの長期に及ぶ。これら野ざらしや燃えがらの埋立ては明白に不法投棄に該当し,廃棄物処理法上最も重い罰則が適用される。

自己所有地であっても,あるいは地主の承諾があっても,これらの不法投棄は成立するというのが裁判上確定した扱いであり,国の見解も同様である。

このような重大な犯罪行為に対しては,業の許可の取消し,業務停止命令など断固たる措置をとるべきであり,更には刑事告発もちゅうちょなく行うべきであって,国の見解も同様である。

沖縄県知事が,これらの犯罪行為に対して,本来とるべき措置をとっていれば本件火災は決して発生しなかったのである。

(エ) 埋立禁止廃棄物の埋立てを放置

被告Y1が,安定型処分場に埋立てが禁止されている廃棄物(木くず,紙くず,燃えがら,鉛を含む配線板,ブラウン管石膏ボード等)を日常的に埋め立てていた事実は共同命令に明らかに違反するものであり,また,廃棄物処理法の埋立基準(同法施行令6条)に違反するものであるから,これに対しては,沖縄県知事としては,改善命令や既に埋め立てたものに関する措置命令を発令すべきである。

これら埋立基準違反に対して行政指導を繰り返すだけでは,事実上違法状態が重大になり,取り返しのつかない事態になりかねないことから,同違反に対しては,行政指導ではなく,速やかに行政処分を行い,厳格な対応をすべきである。沖縄県知事がそのような厳格な対応を欠くことにより違法状態を維持継続させたことは重大な任務懈怠である。

(オ) 特別管理産業廃棄物の無許可営業を放置

被告Y1は,特別管理産業廃棄物の処分業については,前記イのとおり,感染性廃棄物の焼却処理の許可しか有せず,かつ,特別管理産業廃棄物の収集運搬業の許可は一切有していなかったのに,無許可で特別管理産業廃棄物を繰り返し収集運搬しており,このことは,被告沖縄県の指導記録の記載だけでも平成11年4月から平成12年1月に及んでいるにもかかわらず,沖縄県知事は,単に注意する程度の行政指導を行うのみで,この重大な違法状態を放置した。

無許可営業は,廃棄物処理法上,最も重い罰則が適用されるのであり,このような重大な違法行為に関しては,即時に業務の停止を命じ,刑事告発などもちゅうちょなく行うべきであり,当時の国の見解も同様である。

沖縄県知事は,これほどの重大な違法行為に対して,単に注意だけで違法行為の継続を容認している。これだけの多数回にわたる犯罪行為の積み重ねがあれば,被告Y1のほかのすべての許可を取り消し,本件処分場の使用を許さないのが常識的な対応であり,国の見解も同様である。

沖縄県知事が,これらの犯罪行為に対して,本来とるべき措置をとっていれば本件火災は決して発生しなかったのである。

エ 前記ウのとおり,被告Y1の無数のかつ重大な違法行為に対して,沖縄県知事は,遅くとも平成12年までに,被告Y1の業務を停止し,本件処分場の使用停止命令,関連するすべての廃棄物処理業の許可の取消しなどの措置をとるべき義務があり,当該義務を尽くしていれば,そもそも本件火災の発生それ自体があり得なかった。沖縄県知事の重大な任務懈怠が本件火災の主要な原因である。

そして,沖縄県知事が,被告Y1と協働して,本件処分場の乱脈管理を行ってきたことは前記ウのとおりである。この協働の意味は,被告沖縄県と被告Y1が相互に協力し,綿密な連携の下にともに手を携えて様々な重大な違法行為,本件処分場の乱脈な管理を実行してきたことをいう。

さらに,本件火災による被告沖縄県の責任としては,当該火災を発生させた責任と当該火災の規模の拡大,被害の拡大に関する責任とが区別されるが,被告沖縄県の責任は,その両者にまたがるものである。

本件処分場の乱脈な管理,とりわけ可燃性廃棄物の山積み,放置,散乱,即日覆土,中間覆土に関する維持管理上の不作為は,本件火災の発生と被害の拡大に決定的な役割を果たした。なお,火種の存在は,主として被告Y1の責任と考えられるが,その直接の発火原因を作出した責任と,可燃性の廃棄物を大量に山積みし,放置,散乱させた責任とは,本件火災による被害に責任を負う立場として,いずれもその優劣はつけがたいほど重要である。

したがって,被告沖縄県は,民法709条,719条,又は同法717条,719条,更には国家賠償法1条1項により,本件火災により原告らに生じた被害に係る損害賠償責任を負うものである。

(被告沖縄県の主張)

ア 国家賠償法1条1項の違法とは,公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背することをいうから,原告ら主張の規制権限行使義務や行政指導義務も,当然被告沖縄県の公務員が原告ら個別の国民に対して負担する職務上の法的義務でなければならない(最高裁昭和53年(オ)第1240号同60年11月21日第一小法廷判決・民集39巻7号1512頁参照)。

そして,公務員に規制権限行使義務があるといえるためには,その前提として,当該公務員において,当該規制権限を行使することが可能であること,具体的には,①当該公務員が当該規制権限を有していること,②当該規制権限を行使するための具体的要件が充足されていること,③当該公務員が上記具体的要件充足の事実を認識し又は認識し得ることが必要である。

イ また,当該規制権限が直接に個別の国民の権利利益を保護することを目的としない場合,当該規制権限を行使しなかったことが損害発生の原因となったとしても,規制権限を行使することによって損害発生を免れることができるのは,いわば本来の規制目的のための規制権限行使に基づく反射的利益といえるものであり,国家賠償法上かかる反射的利益の保護までが当然に予定されているわけではない(最高裁昭和61年(オ)第1152号平成元年11月24日第二小法廷判決・民集43巻10号1169頁,同平成元年(オ)第825号同2年2月20日第三小法廷判決・判時1380号94頁参照)。

本件においても,仮に被告Y1の不注意で本件火災が発生したとしても,そのことにより原告らが損害を被ったこと自体は,被告沖縄県の直接の行為によるものではないことは明らかであるのみならず,廃棄物処理法が一定の場合に規制権限の行使を求めているとしても,それにより直ちに同法が周辺に居住している原告ら個別の国民の利益を直接に保護しているものと評価することはできない。

そうすると,原告らの受けた損害は一次的には被告Y1に対する不法行為請求などで補填されるべきものである。

したがって,仮に被告沖縄県が規制権限を行使していれば原告らの損害が生じなかったとしても,それは規制権限の行使による反射的利益にすぎず,原則として被告沖縄県が損害賠償責任を負うべき筋合いではない。

ウ ところで,一般に,当該規制権限は,個別の国民の権利利益を保護することを目的とするものではなく,その根拠法規においてこれを行使すべきことが一義的に規定されているものでもないから,当該公務員は当該規制権限を行使するか否かについて,一定の裁量権を有しているものと認められる。

したがって,このような裁量行為として,ある行為をするか否かに判断の幅がある権限について,当該規制権限の行使が義務化する,すなわち裁量の余地がない状態となり,当該公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務を負うものと評価されるためには,更にそのための特別な事情として作為義務を発生させる事実が必要である。

この点,国家賠償法上の違法も民法の不法行為上の違法と実質的には同じ性質のものであるから,当該公務員の当該規制権限の不行使が違法となるか否か(すなわち,当該公務員に当該規制権限行使の作為義務があるか否か)は,基本的には,民法の一般不法行為におけると同様に,侵害行為の態様との相関関係に基づき決すべきである。

そして,規制権限の不行使は,なすべきことをしなかったという不作為形態の侵害行為の違法性を問うものであるところ,一般に,不作為は作為に比して侵害行為としての違法性が低いから,上記判断が違法となるのは,当該公務員が当該具体的事情の下において当該規制権限を行使しなかったことが当該規制権限の根拠法規の趣旨・目的のみならず,慣習,条理等に照らして著しく不合理と認められる場合に限られるものというべきである。

そして,その判断に当たっては,①当該個別の国民の生命,身体及びこれに匹敵するような重要な財産に対して具体的危険が切迫していたといえるか(危険の切迫),②当該公務員が上記危険を知り又は容易に知り得る状態にあったといえるか(予見可能性),③当該公務員が当該規制権限の行使により容易に結果を回避し得たといえるか(結果回避可能性),④当該公務員が当該規制権限を行使しなければ結果発生を防止し得なかったといえるか(補充性),⑤国民が当該公務員による当該規制権限の行使を要請ないし期待している状況にあったといえるか(国民の期待)等の諸点を総合考慮し,いずれの観点から見ても規制権限の不行使が著しく不合理であるかを検討して決すべきである。

エ 以上のとおり,本件において,被告沖縄県の国家賠償法上の賠償義務を判断するには,当該規制権限を行使するための具体的要件の充足,規制権限の不行使が著しく不合理であること(作為義務の発生),損害の発生及び数額並びに作為義務違反事実と損害との相当因果関係の各点につき,原告らの主張とこれを裏付けるに足る十分な証拠の提出が必要であるものというべきであるが,規制権限不行使についての原告らの主張,立証活動はきわめて不十分である。

原告らは,沖縄県知事は,遅くとも平成12年以降は,被告Y1に係る廃棄物処分業及び収集運搬業の業の許可の取消しが可能であったと主張するが,なぜ,同日以降,業の許可の取消しが可能であったと主張するのか明らかではない。

なぜ,上記期日に許可の取消しが可能であったのか,仮にそうであったとして,その要件(規制権限不行使)の充足性について全く主張がない。

また,原告らは,本件火災発生前に処分業等の許可を取り消すべきであったと主張しているが,これについても同様にその要件(規制権限不行使)の充足性について全く吟味していない。

さらに,原告らの主張する許可等の取消しと本件火災の発生回避との因果関係について,原告らの主張は極めて短絡的である。公式の火災事故報告書では本件火災の出火原因は不明とされているところから,放火や自然発火の可能性も否定できず,これをもっぱら被告Y1の責任とすることはできないことをも考慮すると,被告沖縄県において,原告らが主張するような指導監督権限を行使したとしても,本件火災が発生した可能性もある。また,仮に,放火であれば,当然のことながらそれを予想しての被告沖縄県の指導監督などできるはずもない。

(3) 損害

(原告らの主張)

ア 本件訴訟における原告らの請求の内容は具体的には次のとおりである。

① 本件火災による一時避難,火災発生時の煙害などに関する精神的,肉体的苦痛に対する慰謝料

② 本件火災による農作業,家事等において支障が生じたことによる損害

③ 避難生活後も長期間にわたってくすぶり続ける煙害,悪臭等により,窓を閉め切った生活を強いられ,その間気管支,のど等の不調,発疹,かゆみ等の症状に悩まされ,更には健康を害して通院や投薬を受けたことなどによる経済的被害,精神的苦痛に関する損害

イ 前記①について

本件火災による猛煙により,b市の一時避難勧告が原告ら及びその家族に対して出され,それに応じて原告らは避難したが,家の中が一寸先も見えないほどに煙に包まれた住居もあり,家族とともに住居を追われ,不安な数日を過ごしたことに対する精神的,肉体的苦痛は,言い知れぬものがある。このような苦痛は,それ自体本来金銭で慰謝できる性格のものではないが,原告らとしての最少限度の請求額として,避難した日と,その翌日の2日間の慰謝料として少なくとも10万円を下ることはない。

ウ 前記②について

本件火災は,長期間くすぶり続けた覆土の下での酸素不足状態における燃焼だったため,ばいじんもひどく,原告らのうち農作業に従事する者は,呼吸困難,激しいせき込み,ぜんそくの発作などによって,仕事に従事できなかった。また,農作業以外の業務や家事などについても,多かれ少なかれ,多くの原告らに支障を来したのである。

それらの休業損害に相当するのがこの部分である。一時避難の日々はもちろん,原告らは農作業,職場での勤務などのほか,家事などもやりたくてもできないという状況であった。折しも,砂糖きびの収穫に向けて剥葉作業が始まる時期に当たる。言語に絶する苦痛の中で,原告らは砂糖きびの収穫などの農作業等に従事した。このような作業困難な状況は,火災の翌年5月ころまでは継続した。この間の農作業等困難な状況における損害額は,原則として次のとおり計算した。

(ア) 損害算定の期間は,平成13年11月30日から平成14年3月31日までの122日間

(イ) 砂糖きび等の農作業に関しては,男性の場合は,1日当たり6000円(通常の砂糖きび作業アルバイト日当の約半分)の100日分,女性の場合は,1日当たり4000円(通常の砂糖きび作業アルバイト日当の約半分)の100日分とした。作業の支障の程度を考慮して,通常の日当を半分に見積もり,かつ,作業日数をも考慮したものである。

(ウ) 家事労働に関しては,上記(ア)の期間を基礎とし,家事労働も必ずしも毎日行うとは限らないこと,支障の程度も砂糖きび作業ほどではないと考えられることから100日間で10万円とした。

なお,上記と異なる算定方法を用いた場合には,別表「原告損害額算定の事情一覧」に記載された事情及び算定方法のとおりである。

エ 前記③について

原告らは,前記イ,ウのとおり,2日間の避難生活後も長期間にわたってくすぶり続ける煙害,悪臭等により,窓を閉め切った生活を強いられ,その間気管支,のど等の不調,発疹,かゆみ等の症状に悩まされ,更には健康を害して通院や投薬を受けた。また,洗濯物の汚れ,家畜の死などの損害も受けた。このような生活妨害のほか,外出も思うようにできない生活などによる精神的苦痛も大きい。

このような,火災後の長期間にわたる有形,無形の損害を包括的に評価して,最低限の慰謝料として算定したものである。その額としては30万円とした。

オ 各原告の個別事情について

前記イないしエは,各原告の損害額の標準的な算定方法を示したものであるが,同算定方法が当てはまらない原告らの事情及び算定方法は,別表「原告損害額算定の事情一覧」のとおりである。

カ 以上より,原告らの損害額は,別表「原告損害額一覧」のとおりである。

(被告Y1の主張)

ア ①について

原告らは,当初2日間の避難等による慰謝料として1人あたり10万円を主張するが,そもそもc地区住民のうち,避難したのはその一部にすぎず大部分の住民は自宅にとどまっていた。

また,避難は火災当日の午後6時半ころのb市の避難勧告に基づいてされたが,翌日午後5時ころには,同避難勧告は解除され,避難していた者も全員自宅に戻っており,避難時間は実質1日足らずにすぎない。また,避難した者の中には家の中で宴会を続け,午後11時ころ消防にうながされてやっと避難した者もいた。

さらに,避難先のe公民館では,被告Y1の依頼により地元婦人会の炊き出しも実施されており,避難者の中には,翌日午後5時ころの避難勧告解除後も炊き出しによる夕食を食べて帰宅した者もあったほどである。

したがって,原告らのうち,避難をした者についても,その期間は実質1日足らずであり,かつ,その1日の避難生活の実態が上記のようなものであったことからすれば,避難によっては,慰謝料発生の根拠となるような精神的損害は生じていないというべきである。

なお,自動車事故に関する自賠責保険の支払基準では,傷害慰謝料は,1日4200円である。明らかな身体傷害もない本件において,仮に慰謝料が認められるとしても,最大で1人あたり1日2000円(2日で4000円)が限度というべきである。

イ ②について

農業従事者に関していえば,現実の減収について具体的な主張,立証はされておらず(むしろ原告らは,期限までにすべての収穫を終えたという。),この点での原告らの主張には理由がない。

また,主婦等の家事労働者に関しても,家事労働ができなかったことについて,具体的な主張立証は何らされておらず(むしろ原告らは,家の中では窓を開けていなければにおいはほとんど感じられなかったという。),この点でも原告らの主張には理由がない。

したがって,②の損害は認められない。

ウ ③について

原告らは,本件火災により健康被害等の煙害を被ったことの根拠として,原告らの陳述書,本人尋問の結果のほかに,平成14年3月にC,Dらが実施したc地区住民に対するアンケート調査の結果,原告X19が平成14年8月から10月に実施したアンケート調査の結果を援用するが,これらは,いずれも原告らの被害を立証するものではない。

確かに,火災後しばらくの間,原告らの居住するc地区や畑ににおいがただよったことがなかったわけではなく,被告Y1もこの点について争うものではない。

しかし,それは四六時中というものではなく,当然ながら風向きに大きく左右され,においがただようのは,処分場からc方面への風,すなわち南東の風のときに限定される。

そして,d気象台の風配図によれば,南東の風及び東南東の風は,前者が6.1パーセント(過去4年平均),後者が5.9パーセント(同)で,合計しても年間わずか12パーセントにすぎない。さらに,この12パーセントには夜間に吹く風も含まれるところ,冬期の夜間は窓を閉めて就寝等するので,実際に原告らが風によってにおいを感じる割合は,より低率であったはずである。

実際,d保健所の記録によれば,火災直後の平成13年12月から翌年3月ころまで,同保健所職員がc地区に臨場して実際に調査しているが,c地区で悪臭がしていたことはほとんどなかった。

また,悪臭の程度も実際にはさほどでなかったと考えられる。

そもそもにおいは主観的感覚であり,その程度を正確に把握することは困難であるが,本件におけるにおいの程度を判断するに当たっては,以下の事実が参考とされるべきである。

すなわち,においは,c地区にただよってきた場合でも家の中にいれば窓を閉めることによって対処可能な程度であり,実際に,自宅内でマスクをつける者はいなかった。また,砂糖きび畑での作業中のにおいについても,本件処分場近隣の畑では,風向きによってはある程度のにおいがあったと考えられるが,マスクをする,あるいは,風向きによって作業する場所を変える等で対処した結果,すべての収穫は期限までに完了している。砂糖きび畑での作業は,12月から1月中旬までの剥葉期と,1月中旬からの収穫期に分けられるところ,火災直後の剥葉期の作業は,マスクをすることによって十分対処可能であったと考えられる。

なお,d島では毎年4月にトライアスロンの大会が開催され,本件処分場東側のすぐ横を通って北西に向かう県道が自転車のコースとなっており,例年,1000名以上の参加者がここを2回通過することになる。本件火災後の平成14年4月にも,同年1月の主催者による現地調査を経た上で,例年どおりトライアスロンの大会が開催されている。このことは,平成14年1月の段階では,本件処分場付近の煙,臭気がトライアスロンの大会の開催に支障がない程度になっていたことを示すものである。

また,火災後の平成13年12月,原告らc地区の住民は,被告Y1と,被告Y1は本件処分場を閉鎖し第三者への転売をしない,原告らは本件火災も含め過去のことは水に流す(ただし,診断書で健康被害が確認された場合の医療費等は別。)との内容で覚書を締結する方針を固めていた。結局,上記覚書は締結されなかったが,以上のような事実は,当時原告らc地区の住民は,本件火災による煙害について,ことさら慰謝料等の損害賠償請求をするほどでもないとの認識であったことを示すものである。

エ 以上のとおり,原告らの主張する火災後の煙害によっては,慰謝料の根拠となるほどの精神的損害は発生していないというべきである。なお,仮に慰謝料が認められるとしても,火災後の煙害については,その期間はせいぜい平成14年1月ころまで,その頻度は風配等から期間の5パーセント程度と限定して認定されるべきである。

そして,自賠責保険の支払基準において,傷害慰謝料が1日4200円であることからすれば,明確な健康被害もない本件においては,最大で1人あたり1日2000円,2か月の5パーセントすなわち3日分で6000円が限度というべきである。

(被告沖縄県の主張)

ア 原告らが損害の②として主張する農作業,家事等の支障の損害は,経済的利益としてのいわゆる逸失利益を主張しているのか否か不明である。

仮にこれが①及び③と同じように慰謝料であるとすれば,これを①ないし③のように細分化して,当初の2日分とそれ以後を分け,また,②と③を区分してそれを加算することは不当である。

また,仮に②が逸失利益とすれば,それについての立証がされていない。休業損害等を請求する趣旨ならば,それを証明するための証拠を提出すべきである。

イ 原告らが主張する損害は,本件火災による煙害か否か不明である。

すなわち,被告Y1は,平成4年から焼却炉を設置して,恒常的に焼却を行っていたことから,原告らの主張する損害は,本件火災前の焼却炉からの煙害の可能性が大である。

また,仮に原告らが主張するとおり,被告Y1が恒常的に野焼きをしていたとすると,この野焼きから生じる煙害の可能性も否定できない。

さらに,仮に原告らが主張するとおり,本件火災消火の際,覆土したことが原因で長期にわたってくすぶり続けていたとすると,この煙害の可能性も十分に考えられるところである。

そして,この覆土による消火は,被告Y1の独断でしたものであることは被告Y1が自認するところであるから,被告沖縄県には,その責任がない。

ウ 原告らは,本件火災による健康被害として,ダイオキシンによる健康被害も含むような訴訟活動をしているが,本件火災によって原告らに対してダイオキシンによる健康被害を受けたとは認められない。

なお,被告沖縄県は,原告ら住民の血中ダイオキシン濃度を調査するために血液検査をしようとしたが,原告らの反対にあって実施できなかったものである。

第3当裁判所の判断

1  証拠(各項掲記のもののほか,被告Y1本人,甲1,14,15,31,乙イ1,乙ロ4)及び弁論の全趣旨によれば以下の各事実が認められる。

(1) 本件処分場の概要

ア 本件処分場は,沖縄県b市字eに所在し,b市の中心地より北東に位置し,f地区,g地区,c地区,国立療養所Eに囲まれ,d島の東海岸を走る県道F号線に面する場所に位置している。

原告らが居住するc地区は,本件処分場から北西方向に約1.3キロメートルほど離れている。また,e地区は,本件処分場の西北西に位置している。

イ 被告Y1は,昭和50年ころ,本件処分場の土地を購入し,圃場整備事業に客土として売却するために同土地から重機を用いて土(粘土)を採っていたが,土を採って窪地となった同土地を用いて産業廃棄物処分業を営むこととして,下記のような届出ないし許可を経て,同土地を産業廃棄物処理施設とした。

ウ 許可等の概要

本件処分場に係る処分業及び施設に関する許可等の概要は以下のとおりである(甲2ないし8,乙ロ1)。

(ア) 業の許可

a 産業廃棄物処分業

(a) 事業の範囲

① 中間処理

天日乾燥(汚泥),焼却,破砕

② 最終処分

安定型埋立

(b) 許可年月日

昭和59年4月4日

(c) 許可期限

平成14年2月6日

b 特別管理産業廃棄物処分業

(a) 事業の範囲

感染性廃棄物の焼却(中間処理)

(b) 許可年月日

平成10年7月16日

(c) 許可期限

平成15年7月15日

(イ) 施設の許可等

a 産業廃棄物処理施設(設置の届出)

(a) 届出年月日

昭和59年1月27日

(b) 施設の種類

安定型最終処分場

(c) 敷地面積

1万2974平方メートル(埋立面積。埋立容量は11万2820立方メートル)

なお,設置届出をした当初は,埋立面積が3103平方メートル,埋立容量が3万9773立方メートルであったが,平成3年10月19日に上記のとおり,施設規模を拡大した。

(d) 処理する産業廃棄物の種類

金属くず,ガラスくず,陶磁器くず,ゴムくず,がれき類,廃プラスチック類

(e) 被告Y1が沖縄県知事に届け出た産業廃棄物処理施設設置届(乙ロ1)添付の埋立処分計画書によれば,廃棄物の処理方法については,シャボ(ショベルカー),ブルドーザ,ユンボ等で破砕,圧縮等の処理を行い,空隙を少なくし,廃棄物層の厚さを3メートルにつき覆土50センチメートルの割合で随時埋立てを行うという,いわゆるサンドイッチ方式による埋立てとされている。また,同計画書には,埋立地維持管理対策について,そ族,昆虫等の対策として,薬剤散布の実施とともに,随時覆土を行い発生源の除去に努めるとされている。

b 産業廃棄物焼却施設1

(a) 許可年月日

平成10年2月27日

(b) 処理する産業廃棄物の種類

紙くず,木くず,動物の死体,汚泥,動植物性残さ

(c) 処理能力

1.6トン/日

c 産業廃棄物焼却施設2

(a) 許可年月日

平成10年10月22日

(b) 処理する産業廃棄物の種類

廃プラスチック類,感染性廃棄物

(c) 処理能力

0.8トン/日

(2) 本件火災前の本件処分場の状況

本件処分場は,前記(1)イのとおり,埋立面積が1万2974平方メートルとなり,焼却炉も2基設置された。

本件処分場には,①がれき類(アスファルト,コンクリートがら),②金属くず(鉄筋くず,廃電線),③ガラス・陶磁器くず(生コンクリート残さ),④廃プラスチック(農業用廃プラスチック類,廃タイヤ,発泡スチロール,廃電線)のほか,⑤一般廃棄物系粗大ゴミ(廃家電,タンス,テーブル等),医療系廃棄物(注射筒,ガラス瓶等。平成3年まで),エンジン類をのぞいた廃自動車(平成4年まで),雑木・雑草,建築廃材,地下ダム建設残土等が埋め立てられている。なお,医療系廃棄物については,平成3年までは埋立処分されていたが,平成4年7月の廃棄物処理法の改正により特別管理産業廃棄物として埋立処分が禁止され,被告Y1は,同年に設置した焼却炉(前記(1)イ(イ)abの焼却炉以前に設置していた施設)で焼却処分するなどしていた。また,本件処分場では,焼却施設の助燃料として,廃タイヤも焼却していたことがある。

本件処分場では,平成4年から平成12年度末までに,建設廃材,金属くず,ガラス・陶磁器くず,廃プラスチック,残土,汚泥など約11万1000トンが埋立処分され,建設廃材,廃プラスチック類,木・紙くず,医療廃棄物など約1万2000トンが中間処理(破砕又は焼却処分)されていた。このほか,平成9年10月から平成13年7月までの約4年間に,b市の依頼を受けて,一般廃棄物粗大ごみ約508トンが本件処分場に搬入されている。(甲14)

また,平成10年に設置された2台の焼却炉の焼却能力は,前記(1)イ(イ)bcのとおりであり,しかも,毎日焼却するのではなく,天気の悪い日等には焼却をしていなかった。本件処分場内には,搬入されたものの,焼却ないし埋立ての処分がされず,また,分別もされていない廃棄物が,数メートルの高さまで山積みされるなどしていた。(証人F,甲10ないし12)

さらに,前記(1)イ(イ)a(e)のとおり,埋立処分計画書ではサンドイッチ方式による埋立てを行うものとされていたが,実際には同方式による埋立てはされていない。

(3) 本件処分場に関する被告沖縄県の指導状況

平成6年にd保健所が本件処分場を監視中に野焼きを確認したため,その禁止を指導した。その後,d保健所の監視では本件処分場における野焼きは確認されていない。(甲14)

また,被告沖縄県(d保健所)は,平成9年3月から平成13年11月にかけて,以下のとおり指導を行っている。(甲9)

ア 焼却施設について

(ア) 指導内容焼却炉の設置許可を受けること(無許可で焼却施設を設置していた。)

指導年月,回数 平成9年5月,9月 合計4回

指導後の状況 平成10年10月22日に設置許可を取得

(イ) 指導内容焼却灰の適正処理

a 焼却灰はb市の最終処分場へ搬入すること

指導年月,回数 平成9年11月,12月,平成10年1月,2月,3月 5回

指導後の状況 平成10年4月にb市最終処分場への搬入により改善済み

b 燃えがらを埋め立てないこと

指導年月,回数 平成11年1月 1回

指導後の状況 平成11年4月に改善済み

c 焼却灰は野ざらしにしないこと,適正に保管すること

指導年月,回数 平成11年12月,平成12年1月,3月,平成13年3月 4回

指導後の状況 未改善(焼却灰置場のふたがない)

(ウ) 指導内容 維持管理基準の遵守

a 焼却炉投入口のふたの改善(修理)をすること

指導年月,回数 平成9年12月 1回

指導後の状況 改善済み

b 木くずの焼却炉での廃プラスチック焼却禁止,焼却処分を適正に行うこと

指導年月,回数 平成10年6月,7月 2回

指導後の状況 改善済み(平成12年12月)

c 温度計の設置,温度を800度以上,その他維持管理基準の遵守

指導年月,回数 平成11年1月,6月ないし10月,平成12年6月 7回

指導後の状況 未改善

(エ) 指導内容 ダイオキシン類の測定を行うこと(年1回の測定義務)

指導年月,回数 平成11年1月 1回

指導後の状況 改善済み(測定年月日 平成11年3月,平成12年6月,10月,平成13年10月)

(オ) 指導内容 ダイオキシン類の測定結果を報告すること

指導内容,回数 平成11年4月ないし6月,平成12年8月ないし11月 7回

指導後の状況 改善済み(報告済み)

イ 最終処分場について

a(ア) 指導内容 分別の徹底及び安定型5品目(金属くず,がれき類,ガラスくず及び陶磁器くず,廃プラスチック,ゴムくず)以外の埋立禁止

指導年月,回数 平成9年8月ないし11月,平成11年1月,12月,平成12年1月,3月,4月,8月ないし11月,平成13年3月,4月,6月,7月,8月,10月,11月 21回

指導後の状況 一定の改善がされた

(イ) 指導内容 地下水,浸透水の水質検査を行うこと(地下水は年に1回,浸透水は月に1回)

指導年月,回数平成11年1月,4月,5月,8月ないし11月,平成12年3月,4月,9月,10月,平成13年1月 13回

指導後の状況 改善済み(平成13年4月)

(ウ) 指導内容 地下水,浸透水の水質検査結果を報告すること

指導年月,回数 平成11年6月,7月,平成12年8月,11月 4回

指導後の状況 改善済み(報告済み)

ウ その他

指導内容 収集運搬量,処分量等に関する帳簿を備え付け,記載,保存すること

指導年月,回数 平成11年4月ないし6月 4回

指導後の状況 未改善

(4) 本件火災の状況(原告X19本人,同X81本人,同X25本人,同X71本人,同X5本人,同X2本人,同X66本人,同X13本人,同X47本人,証人F,甲11,19ないし21,22の1,23,25の37,25の41,25の42,25の43,25の62,25の85,35ないし43,48の1の1,48の2ないし11,48の22,48の30,50,乙イ2の1ないし8,乙ロ5,6)

ア 平成13年11月28日午前中,本件処分場では,被告Y1の従業員が稼働しており,医療廃棄物の焼却や木くず,紙くずの焼却,がれきの破砕施設への運搬等の作業が行われていた。その間,本件処分場には,9台の車が廃棄物を搬入した。同日午前11時43分に,午前中最後の廃棄物を搬入した車の計測を終えた。同日午後0時25分ころ,本件処分場内の廃棄物付近から煙が上がっているのを被告Y1の従業員が発見し,現場にいた従業員らで消火活動を開始した。

本件火災発生時の風の状況は,風向が東南東,風速4.3メートルであった。

本件火災発生当初は,被告Y1の従業員らが,本件処分場内に防火用として備え置いていたバキュームカーから放水し,いったんは鎮火したように見えたが,またバキュームカーに水をくみに行って戻ってくると,当初出火していた場所とは別の場所から出火しており,バキュームカーで放水をして消火活動を行ったが,消火できなかった。

d広域消防組合消防本部(以下「消防本部」という。)には,同日午後1時11分ころ,火災が発生したとの通報がされた。第1出動車両(2台)は午後1時23分ころ本件処分場に到着し,放水を開始したが,出火している2地点のうち1地点の火勢が強まり,南側,北側,西側に燃え広がっていたため,さらに車両と隊員の出動要請をし,第2出動,第3出動とあわせ,合計10台の車両が出動して消火活動にあたった。出動延べ人数は消防吏員62人,消防団員15人であった。この間,被告Y1の従業員は,燃え移りそうな廃棄物をユンボで移動させるなどした。

イ 本件火災現場からは煙が立ちこめ,同日午後2時ころには,c地区を煙が覆い始め,午後3時ころには,窓を閉めても煙が部屋に入ってくる等の苦情電話が数件,消防本部へかかるようになり,午後4時ころには,のどや頭の痛みを訴える住民が出始めた。

b市は,同日午後6時30分ころ,b市長を本部長に災害対策本部を設置するとともにc地区の住民に対し避難勧告を発令し,隣接するe自治会の公民館への避難措置をとった。その結果,原告らを含むc地区の住民のうち,e公民館へ53人が避難し,その他の者は,親戚宅等へ避難するなどした。なお,原告X5は,避難勧告が出ていることは知っていたが,自宅が新築だったため自宅をおいて避難することはせず,戸を閉め切って自宅にいた。また,原告X2は,同日,同じくc地区で自宅を新築した息子宅で,親戚等が集まって落成の祝いの会を行っていたため,煙やにおいがひどくなってきたものの,避難せずに祝いの会を続けていたが,同日午後11時ころ,消防吏員からうながされて親戚宅へ避難した。このほか,原告X41及び同X25子夫妻,同X85,同X43,さらに同X62も,窓を閉め切った自宅にいて,避難はしなかった。また,原告X37及び同X81は,いずれも消防団員であったため,両日は本件火災の消火活動にあたっていた。

ウ 本件火災は,消防等の消火活動により,同月29日午前5時ころに火勢が弱まったことから,一斉放水を行い,同日午前6時ころには鎮圧した。鎮圧後も防御態勢を継続したが,同日午後6時,延焼拡大のおそれなしと判断して,部隊の一部は解散し,以後,翌30日午前9時ころまで,タンク車1隊(隊員4名)により監視活動が行われた。

c地区の住民に対して出されていた避難勧告は,同月29日午後5時ころ解除された。

エ 上記のように同月29日朝には鎮火したものの,依然として,本件処分場からは煙が出ている状態であったところ,被告Y1は,知人から,覆土をするしか煙は押さえられないのではないかとの助言を受け,同日午前8時ころから覆土を開始した。煙は,同日夕方ころまでには少なくなったものの,なお噴出していたため,被告Y1は,その後約1か月間,継続的に覆土を行った。

しかしながら,本件処分場からの煙の噴出は,平成14年3月ころも続いていた。b市は,同年3月,c地区の住民に対して,防塵マスクや防臭木炭を配布するなどした。

オ 消防本部やd警察署は,火災鎮火後,出火原因について調査したものの,消火活動の際に重機を用いて廃棄物を掘り起こしながら消火活動にあたったことや,大量の土で覆土を行ったことなどから,本件火災の現場は出火時の現況を残しておらず,火災の原因を特定することは困難な状況にあるとの見解を示しており,平成14年1月には,消防本部から被告沖縄県に対し,本件火災について原因不明との報告がされている。

・<編注:原文のとおり> 本件火災後の状況

ア b市は,平成14年3月,本件火災に関する調査委員会(b市産業廃棄物処理場火災に関する調査委員会。委員長C)を設置した。同委員会は,c地区186人88戸,E167人128戸,h地区127人58戸,e地区1088人393戸,f地区161人62戸を調査地区として健康アンケート調査を行い,また浸出水の調査やリーフ内の生態調査等を行うなどし,同年10月,最終報告書(甲1)をb市長に提出した。(原告X19本人,証人D,同C,甲30の1,33,34の1,46,47の1ないし19,58の1ないし49)

イ 沖縄県知事は,平成14年1月15日,被告Y1に対し,平成13年度のダイオキシン類調査結果で基準値が超過したとして,焼却施設2基の施設使用停止命令を行うとともに,産業廃棄物処分業の一部停止(焼却処分)及び特別管理産業廃棄物処分業(感染性廃棄物の焼却処分)の全部停止の各業務停止命令を行った。

d保健所長は,被告Y1に対し,同月30日,焼却施設における産業廃棄物処理施設の維持管理違反を理由として,産業廃棄物焼却施設の維持管理基準に適合するよう改善することとの改善命令を行い,また,同年3月29日には,最終処分場であることを表示する立札を設置すること及び囲いを設置することを内容とする改善命令を,同年4月9日には,本件処分場内の廃プラスチック類を適正に処理すること,本件処分場内の木くず,紙くず,金属くず等を適正に分別し処理すること,本件処分場内のがれき類については,有害物質等の調査測定を行った後,適正に処理することを内容とする改善命令を行った。

被告Y1は,同年2月5日には産業廃棄物処分業許可更新申請をしていたが,同年3月11日,埋立・焼却処分業の許可更新申請を取り下げ,さらに,同月19日には焼却施設の廃止届出をした。

ウ 被告沖縄県は,同年5月及び10月に,c地区の住民に対して健康診断を実施し,また,本件処分場内のボーリング調査や,大気中のダイオキシン検査等を行うなどし,平成16年2月,これらの調査結果等を「d産廃処分場調査の検討評価等に関する報告書」(乙イ1)としてまとめた。

2  争点(1)(被告Y1の責任)について

(1) 本件火災の原因について

ア 原告らは,本件火災について,本件処分場における野焼きが原因である旨主張する。

この点,平成6年には,d保健所が本件処分場を監視中に野焼きを確認したとされていることは,前記1(3)のとおりであるところ,原告らを含め,本件処分場の周辺に居住し,あるいは,本件処分場に出入りしたことがあるとする複数の者らが,上記以後も本件火災に至るまで本件処分場において野焼きが行われていた,本件処分場内に野焼きが行われた跡があった,あるいは,消防団員として本件火災の消火活動を行った際に他の消防団員から普段から野焼きをしていたようであるとの話を聞いた等とする陳述,証言ないし供述をしていること(原告X81本人,同X13本人,証人H,同I,甲17,18,35,42)に加え,前記1(1)(2)の本件処分場における廃棄物の状況や,本件処分場に設置されている焼却炉2基の処理能力等をも勘案すると,本件処分場においては,これら焼却炉2基が設置された後も,本件処分場内に大量に搬入され,山積みとなった廃棄物を処分するために野焼き行為が行われていた可能性は否定できない。

しかしながら,他方,被告Y1は本件処分場での野焼き行為を否認するところ,被告Y1及びその従業員らも同行為を否定する旨の陳述,証言ないし供述をしている(被告Y1本人,証人F,乙ロ4ないし6)。そして,前記1(3)のとおり,d保健所は,平成6年に本件処分場での野焼きを確認したことから,被告Y1に対し,野焼きの禁止を指導しているが,同認定のとおり,その後のd保健所の監視でも本件処分場における野焼きは確認されておらず,また,平成9年3月から平成13年11月にかけての本件処分場に対する指導内容をみても,分別の徹底や安定型5品目の埋立禁止等,繰り返し指導されている項目があるのに対し,野焼きについての指導は全くされていない。このd保健所による検査は,月に一,二度,事前の連絡なく抜き打ち検査として行われるものである(被告Y1本人,証人F,乙ロ4ないし6)。また,d保健所が,本件火災当日に本件処分場に廃棄物を搬入した車両の運転手に対してした聞き取り調査の結果でも,複数の運転手から,焼却炉以外の廃棄物の置き場所から煙が出ているのは見たことがない旨の回答がされているのに対し,これを肯定する旨の回答をした運転手はいなかった(甲14)。さらに,原告X25は,焼却炉ができてからは,焼却炉で燃やされており,焼却炉以外ではなかった旨供述し(原告X25本人),原告X5も,焼却炉設置後は,煙突からの煙に悩まされたが,焼却炉を使わないで燃やしている状況は見ていない旨供述している(原告X5本人)。

以上の検討結果に照らせば,上記のとおり本件処分場に焼却炉2基が設置された後も,本件処分場内で野焼き行為が行われていた可能性は否定できないものの,少なくともそれが日常的に行われていたものと認めることはできず,前記1(4)オのとおり,平成14年1月に消防本部から被告沖縄県に対してされた報告においても,本件火災の原因は不明とされていることをもあわせかんがみると,本件火災の原因についても,本件処分場内における野焼きの可能性は否定できないものの,野焼きによるものであるとの認定まですることはできないものというべきである。

イ 次に,本件処分場内の焼却炉で廃棄物が焼却処分された後の焼却灰について,d保健所からたびたびその適正処理の指導がされていたことは,前記1(3)記載のとおりである。すなわち,被告Y1は,平成9年3月から平成13年11月にかけて,①焼却灰をb市の最終処分場に搬入すること(5回),②燃えがらを埋め立てないこと(1回),③焼却灰は野ざらしにしないこと,適正に保管すること(4回)といった指導を受けている。このうち,①及び②の点については改善済みとされている(①については,平成10年4月にb市最終処分場への搬入により改善済みとされている。)が,③の点については未改善とされている。また,②の指摘は,①の指摘が改善済みであるとされた平成10年4月以降の平成11年1月における指摘である。これらからすると,本件処分場における焼却後の焼却灰等の取扱いはずさんなものであったというほかなく,このことに加え,原告ら提出の「Y1処分場火災前の状況」(甲10)の写真からも,焼却灰等が本件処分場にそのまま放置されている状況がうかがわれることからすれば,d保健所からの指導により焼却処分後の焼却灰等をb市の最終処分場に搬入するようになった後も,被告Y1は,その全量を最終処分場に搬入するのではなく,少なくとも一部は本件処分場内にそのまま放置する等していたものと推測されるのであって,このように焼却炉で焼却処分した後の焼却灰等のずさんな処理が原因となって本件火災が発生した可能性も否定できない。

また,本件処分場内には,搬入されたものの,焼却ないし埋立ての処分がされず,また,分別もされていない廃棄物が,数メートルの高さまで山積みされるなどしていたという,前記1(2)認定の本件火災前の本件処分場の状況に照らせば,このように処分がされないまま山積みされた廃棄物からの自然発火が本件火災の原因となった可能性も否定できない。

これに対し,本件各証拠によっても,被告Y1の従業員や本件処分場に廃棄物を搬入する業者ら以外の第三者が,本件処分場に入り込んで本件処分場内で火を放ち,これが本件火災の原因となったことを疑わせるに足る証拠は全く存しない(本件火災が発生したのは平日の昼間であり,被告Y1の従業員らも本件処分場内にいたものであるところ,このことからも,外部の第三者による放火は考え難い。)。

ウ 以上の検討結果によれば,本件火災の原因を的確に認定することはできないものの,本件処分場における廃棄物の野焼き行為,焼却炉で焼却処分された後の焼却灰等のずさんな処理あるいは本件処分場内に処分されないまま山積みされた廃棄物からの自然発火等の可能性が考えられるところであって,他方,本件処分場関係者以外の外部の第三者による放火によるものとは考え難いことから,本件火災の原因は,本件処分場における廃棄物の管理,処分に関して生じたものである可能性が高いものといえる。

(2) 民法717条の工作物責任について

ア まず,本件処分場が,民法717条にいう「土地の工作物」に該当するか否か検討するに,同条にいう土地の工作物とは,土地に接着して人工的作業を加えることによって成立したものをいうと解すべきである。そして,前記1(1)イ及びウに加え,証拠(乙ロ1,3)によれば,本件処分場は,元々存した土地から重機を用いて土(粘土)を採ったことによって生じた部分であって,廃棄物の埋立処分を行う場所として用いられる窪地と,2基の焼却炉や事務所,計量器等からなる産業廃棄物処理施設と認められるから,上記土地の工作物に該当するものといえる。

イ そこで,本件処分場の設置又は保存に瑕疵があるといえるか否かについて,以下検討する。

民法717条の設置又は保存の瑕疵とは,土地の工作物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい(国家賠償法2条1項の営造物の設置又は管理の瑕疵に関する最高裁昭和42年(オ)第921号同45年8月20日第一小法廷判決・民集24巻9号1268頁参照),土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があったとみられるかどうかは,当該工作物の構造,用法,場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的,個別的に判断すべきである(国家賠償法2条1項の営造物の設置又は管理の瑕疵に関する最高裁昭和53年(オ)第76号同年7月4日第三小法廷判決・民集32巻5号809頁参照)。

これを本件についてみるに,前記2(1)のとおり,本件火災の原因を的確に認定することはできないものの,本件処分場における廃棄物の野焼き行為,焼却炉で焼却処分された後の焼却灰等のずさんな処理あるいは本件処分場内に処分されないまま山積みされた廃棄物からの自然発火等の可能性が考えられるところであって,他方,本件処分場関係者以外の外部の第三者による放火によるものとは考え難いことから,本件火災の原因は,本件処分場における廃棄物の管理,処分に関して生じたものである可能性が高いものといえる。そして,本件処分場は,上記のように,元々存した土地から重機を用いて土(粘土)を採ったことによって生じた部分であって,廃棄物の埋立処分を行う場所として用いられる窪地と,2基の焼却炉や事務所,計量器等からなる産業廃棄物処理施設であって,本件火災は,このような産業廃棄物処理施設における廃棄物の処理の過程ないしは処理前の廃棄物の保管の過程で発生した可能性が高いものといえるところである。

そうであるとすれば,上記で認定したよう産業廃棄物処理施設である本件処分場の構造や用法あるいは利用状況等諸般の事情を総合考慮すると,本件火災が発生したのは,可燃性を有するものを含め大量の廃棄物が搬入され,これの焼却ないし埋立処分を行うという産業廃棄物処理施設が通常有すべき安全性を欠いていたためである,すなわち,本件処分場の保存に瑕疵があると認めるのが相当である。

これに対し,被告Y1は,本件火災は本件処分場内のごみの出火であるから,土地の工作物の設置・保存の瑕疵には当たらない旨主張する。

しかしながら,被告Y1の主張のように本件火災が本件処分場内のごみ,すなわち,本件処分場内に山積みされていた廃棄物からの出火であったとしても,上記のとおり,本件処分場は,産業廃棄物処理施設であって,搬入された廃棄物の焼却ないし埋立処分を行うための施設であるから,当該処理施設として,搬入された廃棄物について,これを分別して焼却ないし埋立処分をする過程において,その廃棄物を保管すべきこととなるのであって,産業廃棄物処理施設として,当然このような廃棄物を適切に保管する必要があるのである。したがって,本件処分場内に搬入され,本件処分場内に山積みにされていた廃棄物からの出火であることをもって,土地の工作物の設置,保存の瑕疵に当たらないということはできない。

また,被告Y1は,可燃性のごみが大量に覆土されない状態で存在することは,産業廃棄物の安定型処分場では当然に予定されている状態であって,瑕疵とはいえない旨主張する。しかしながら,本件処分場のような産業廃棄物の安定型処分場に可燃性の廃棄物が大量に搬入されること自体は当然予定されている状態であったとしても,そのことから,当該搬入された廃棄物を適切に保管することなく,分別もせず,また,焼却ないし埋立てもしないまま長期間山積みにすることが当然に予定されている状態であるということは到底できないのであり,この点に関する被告Y1の主張も失当である。

ウ 次に,被告Y1は,本件火災が土地工作物の設置保存の瑕疵によるものであるとしても,失火責任法の適用が認められるべきである旨主張する。

しかしながら,失火責任法は,失火の場合,失火者自身が自己の財物を焼失してしまっており,宥恕すべき事情があることや,建物が密集していて被害が極めて広範囲に及び,この賠償を失火者に負担させるのは酷であること,また,軽過失の場合に失火者の責任を問わないのは慣習であること等にかんがみて,民法709条の規定は,失火者に重大な過失ある場合を除き,失火の場合には適用しない旨定めたものであって,同条の特則であると解されるところ,同条と異なり,危険責任の観点から土地の工作物を管理又は所有する者に対し,その設置又は保存の瑕疵により他人に与えた損害につき無過失責任を負わせる同法717条の趣旨に照らせば,工作物の設置又は保存に瑕疵があり,それに起因して火災が発生した場合には,失火責任法は適用されないものと解するのが相当である。

なお,仮に民法717条の工作物責任にも失火責任法の規定が及ぶとしても,この場合に問題となる同法所定の重過失は,工作物の設置,保存についての重過失と解すべきところ,イで認定したところによれば,被告Y1には,本件処分場の保存について重過失が認められるものというべきである。

エ 以上から,被告Y1には,本件火災について,民法717条の工作物責任が認められる。

3  争点(2)(被告沖縄県の責任)について

(1) 原告らは,被告Y1の無数のかつ重大な違法行為に対して,沖縄県知事は,遅くとも平成12年までに,被告Y1の業務を停止し,本件処分場の使用停止命令,関連するすべての廃棄物処理業の許可の取消しなどの措置をとるべき義務があり,当該義務を尽くしていれば,そもそも本件火災の発生それ自体があり得なかった旨主張する。このような原告らの主張は,沖縄県知事が有する規制権限の不行使の違法をいうものと解されるところ,国又は公共団体の公務員による規制権限の不行使は,その権限を定めた法令の趣旨,目的や,その権限の性質等に照らし,具体的事情の下において,その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは,その不行使により被害を受けた者との関係において,国家賠償法1条1項の適用上違法となるものと解するのが相当である(最高裁昭和61年(オ)第1152号平成元年11月24日第二小法廷判決・民集43巻10号1169頁,最高裁平成元年(オ)第1260号同7年6月23日第二小法廷判決・民集49巻6号1600頁,最高裁平成13年(オ)第1194号,同年(オ)第1196号,同年(受)第1172号,同年(受)第1174号同16年10月15日第二小法廷判決・民集58巻7号1802頁参照)。また,国家賠償法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに,国又は公共団体がこれを賠償する責任に任ずることを規定するものである(最高裁昭和53年(オ)第1240号同60年11月21日第一小法廷判決・民集39巻7号1512頁参照)。

(2) 以上を前提に,本件において被告沖縄県が国家賠償法1条1項に基づく国家賠償責任を負うか否か,以下検討する。

廃棄物処理法の目的は,廃棄物の排出を抑制し,及び廃棄物の適正な分別,保管,収集,運搬,再生,処分等の処理をし,並びに生活環境を清潔にすることにより,生活環境の保全及び公衆衛生の向上を図ることにある(同法1条)ところ,沖縄県知事は,廃棄物処理法14条4項に基づいて産業廃棄物処分業の許可を与える権限を有するとともに,一定の事由が存する場合には,その許可を取り消し,又は期間を定めてその事業の全部若しくは一部の停止を命ずる権限を有していた。また,沖縄県知事は,同法15条1項に基づいて産業廃棄物処理施設の設置許可を与える権限を有する(なお,平成3年法律第95号による改正により,従来の届出制から許可制に移行したものである。)とともに,一定の事由が存する場合には,当該産業廃棄物処理施設に係る産業廃棄物処理施設の設置の許可を取り消し,又はその設置者に対し,期限を定めて当該産業廃棄物処理施設につき必要な改善を命じ,若しくは期間を定めて当該産業廃棄物処理施設の使用の停止を命ずる権限を有していた。

このように、沖縄県知事は,産業廃棄物処分業の許可を取り消したり,事業の停止を命じ,また,産業廃棄物処理施設の設置の許可を取り消したり,使用の停止を命ずる権限を有していたものであるが,沖縄県知事にその権限行使するか否かについて一定の裁量権を与えていたことは条文上からも明らかである。そして,前記1(3)のとおり,被告沖縄県は,被告Y1に対し,本件処分場に関し繰り返し行政指導を行っていたものであって,被告Y1も,同指導に対し,これらへの対応が迅速であったか否かはさておいても,概ね改善措置を採る等の対応をしていたものと認められる。

しかるところ,本件は,本件火災により原告らが受けた損害について被告沖縄県に国家賠償を求めるものであるから,公共団体である被告沖縄県の公権力の行使に当たる公務員である沖縄県知事が本件処理場における火災の発生により原告らのような本件処分場の周辺に居住する者らに対する被害の発生ないしその拡大を防ぐべき職務上の注意義務に違反したことが必要であるが,本件処分場においては,本件火災の以前には火災は発生しておらず,また,前記1(3)のとおり,平成6年にd保健所が本件処分場を監視中に野焼きを確認したため,その禁止を指導したことがあるものの,その後は,d保健所の監視では本件処分場における野焼きは確認されておらず,平成9年3月から平成13年11月にかけての被告沖縄県による指導の内容も,野焼きについての指導は存しない。さらに,前記1(2)のとおり,本件処分場内には,分別もされていない廃棄物が,数メートルの高さまで山積みされるなどしていたものであって,本件処分場に搬入された廃棄物の保管状況は適切さを欠くものであったというほかないが,そのような状況が直ちに火災を惹起するような状況であったとまではいえない。

そうであるとすれば,沖縄県知事が,原告らが主張するような遅くとも平成12年までに,あるいは,本件火災が発生した平成13年11月までに,その有する権限を行使して,被告Y1の産業廃棄物処分業の許可の取消しや事業の停止,あるいは,本件処分場に係る産業廃棄物処理施設の設置許可の取消しや使用の停止等を命じなかったという規制権限の不行使が,その許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くものと認めることはできない。

(3) なお,原告らは,沖縄県知事が,被告Y1と協働して,本件処分場の乱脈管理を行ってきたとして,被告沖縄県は,民法709条,719条,又は同法717条,719条の責任も負う旨主張するが,上記検討結果に照らせば,被告沖縄県に原告ら主張のような民法上の共同不法行為責任を認めることもできない。

(4) 以上から,被告沖縄県に対する原告らの請求は理由がない。

4  争点(3)(損害)について

(1) 原告らは,本件火災による損害として,①本件火災による一時避難,火災発生時の煙害などに関する精神的,肉体的苦痛に対する慰謝料,②本件火災による農作業,家事等において支障が生じたことによる損害,③避難生活後も長期間にわたってくすぶり続ける煙害,悪臭等により,窓を閉め切った生活を強いられ,その間気管支,のど等の不調,発疹,かゆみ等の症状に悩まされ,更には健康を害して通院や投薬を受けたことなどによる経済的被害,精神的苦痛に関する損害がそれぞれ生じているとして,その賠償を求めている。

(2) まず,原告ら主張の損害①について検討する。

本件火災によるc地区の状況は,前記1(4)のとおりである。すなわち,本件火災が発生した平成13年11月28日の午後2時ころには,原告らが居住するc地区を煙が覆い始め,午後3時ころには,窓を閉めても煙が部屋に入ってくる等の苦情電話が数件,消防本部へかかるようになり,午後4時ころには,のどや頭の痛みを訴える住民が出始めた。同日午後6時30分ころにはc地区の住民に対し避難勧告が発令され,隣接するe自治会の公民館への避難措置がとられた結果,原告らを含むc地区の住民のうち,e公民館へ53人が避難し,その他の者は,親戚宅等へ避難するなどした。本件火災は,翌同月29日朝には鎮圧されたものの,依然として本件処分場からは煙が出ている状態であった。c地区の住民に対して出されていた避難勧告は,同日午後5時ころ解除された。

原告らも,本件火災が発生した同月28日の午後から夕方にかけて,大量の煙や異臭が原告らが居住するc地区に流入し,のどや頭の痛みを感じながら,b市による避難勧告を受けて,e自治会の公民館や親戚宅等へ避難し,避難先で不安な一夜を過ごしたものであって,避難勧告を受けてからおよそ1日が経過した翌日の午後5時ころになってようやく避難勧告が解除され,それぞれの自宅に戻ることができたものである(原告X19本人,同X81本人,同X25本人,同X71本人,同X66本人,同X13本人,同X47本人,甲23,25の1,25の3ないし28,25の30ないし34,25の36ないし52,25の55ないし76,25の79ないし83,25の85,25の87ないし94,36,38ないし40,43)が,このように,突然,大量の煙や異臭に襲われ,体に不調を覚えながら,自宅を離れて避難せざるを得なかった原告らが受けた精神的,肉体的苦痛は,相当程度大きかったものということができ,これを慰謝するための慰謝料としては,原告1人につき10万円を認めるのが相当である。

この点,前記1(4)イ記載のとおり,原告X5は,避難勧告が出ていることは知っていたが,自宅が新築だったため自宅をおいて避難することはせず,戸を閉め切って自宅にいたもの,また,原告X2は,同日,同じくc地区で自宅を新築した息子宅で,親戚等が集まって落成の祝いの会を行っていたため,煙や異臭がひどくなってきたものの,避難せずに祝いの会を続けていたが,同日午後11時ころ,消防吏員からうながされて親戚宅へ避難したもの,さらに,原告X41及び同X25子夫妻,同X85,同X43,同X62も,窓を閉め切った自宅にいて避難はしなかったもの,原告X37及び同X81は,消防団員として本件火災の消火活動にあたっていたものであるが,同原告らも,本件火災による煙や異臭の影響を受けなかったというものではなく,新築の自宅を守るためや,新築祝いの最中であったこと,体が不自由であったことなどから自宅にとどまっていたもの(しかも,原告X2は,このような新築祝いの最中でありながら,結局,親戚宅への避難を余儀なくされている。),あるいは,消防団員として,煙や異臭の強い本件火災現場付近で消火活動に当たる等していたものであるから,同原告らに係る慰謝料についても,上記同様に各10万円を認めるのが相当である。

なお,原告X12については,本件火災当日は入院していた,原告X78についても,本件火災当日には那覇市内にいたとして,両原告については,原告ら主張の損害①に係る慰謝料は請求されていない。

(3) 次に,原告ら主張の損害②について検討するに,原告らがここで主張する損害は,本件火災により農作業や家事等に支障が生じたことによる損害であって,原告ら主張の損害額の算定内容に照らしても,これはこれら支障により生じた財産的損害をいうものと解される(これに対し,農作業や家事を行う上で被った精神的,肉体的苦痛に対する慰謝料については,後記損害③で検討するのが相当である。)。

しかしながら,原告らが,本件火災後長期間にわたって,本件火災による煙や異臭による影響を受けたことは,後記(4)説示のとおりであるが,これにより,原告らが,どのような具体的な財産的損失を受けたかについては,明らかでないというほかなく,かえって,原告らのうち,農作業に従事していた者については,砂糖きびの脱葉作業,収穫作業については期限どおり行ったことが認められる。

したがって,原告らが損害②として主張する財産的損害については,認められない。

(4) さらに,原告ら主張の損害③について検討する。

本件火災が発生した翌日の平成13年11月29日の朝には鎮火したものの,依然として,本件処分場からは煙が出ている状態であったこと,そのため,被告Y1は,知人から,覆土をするしか煙は押さえられないのではないかとの助言を受け,覆土を開始したこと,煙は,同日夕方ころまでには少なくなったものの,なお噴出していたため,被告Y1は,その後約1か月間,継続的に覆土を行ったこと,本件処分場からの煙の噴出は,平成14年3月ころも続いており,b市は,同年3月,c地区の住民に対して,防塵マスクや防臭木炭を配布するなどしたことは,前記1(4)エで認定したとおりである。

そして,証拠(原告X19本人,同X81本人,同X25本人,同X71本人,同X5本人,同X2本人,同X66本人,同X13本人,同X47本人,甲1,23,25の1ないし94,26,27の1及び2,28,29,34の1,35ないし44,46,47の1ないし19,48の11,48の16の1,48の22,48の23,48の28,48の30,48の31の1,48の35ないし39,48の41の1,48の43,49,58の1ないし49,乙イ1)によれば,本件火災後の平成13年12月から平成14年3月にかけは,砂糖きびの脱葉と,それに続く収穫の時期であり,原告らの多くは,本件処分場の周辺に有する砂糖きび畑で砂糖きびの脱葉や収穫の作業を行っていたものであること,これら作業の際も風向きによって本件処分場からの煙や異臭が畑にまで達していたため,マスクを着けて作業をするなどしたが,頭痛や目の痛み,息苦しさ,のどがカラカラするなど,これら作業は苦痛を伴うものであったこと,また,c地区の原告ら居宅にも上記期間,風向きによって本件処分場からの煙や異臭が届くような状況が続き,原告らは,このような状況のときは窓等を開けることはできず,洗濯物も室内で干すなどしたこと,本件火災後の原告らを含むc地区や他の周辺地区の住民に対する健康調査結果では,c地区の住民から,のどや眼の不調や諸症状,頭痛やめまい,吐き気・おう吐,呼吸の困難や,皮膚のかゆみ等の訴えが,他の地区の住民からの訴えに比して有意に高いものとなっていること,本件火災後に行われた調査結果として,平成13年11月29日の測定結果は,化学物質で高濃度に発生したガスは眼,鼻,のど等に粘膜刺激を起こすアクロレインとベンゼンであり,アクロレインは,作業環境基準0.1ppmに対し,本件処分場中の覆土部分のガス濃度は17ppmであり,ベンゼンは,大気環境基準の0.003mg/m3を上回る100mg/m3以上の濃度であったこと,覆土部分のガスからは平成14年2月14日にもアクロレイン,ベンゼン,トルエン,エチルベンゼン,メタンなどが検出され,ベンゼンは敷地境界でも検出されたほか,同月のc農村集落センターの測定ではベンゼン類等が痕跡的に検出されたこと,同年3月には,b市から,c地区の住民に対して,防塵マスクや防臭木炭が配布されるなどしたことがそれぞれ認められる。

なお,本件火災後,ダイオキシン濃度が基準値を上回っているとの調査結果が存するところであるが(甲1,48の52,乙イ1),これらは,本件処分場前の道路の街路樹であるリュウキュウアカマツや,本件処分場境界付近の水たまりからの採取試料によるものであるところ,これら調査結果から直ちに本件火災の結果発生したダイオキシンが原告らの健康に被害を与えたものとまでいうことはできない(なお,原告らは,被告沖縄県が実施を打診した血中ダイオキシン検査を受けていない(原告X19本人,証人C,乙イ4,5))。

以上の検討結果によれば,原告らは,本件火災後も長期間にわたり,本件火災の結果本件処分場から発生し続けた煙や異臭により,その日常生活や農作業に深刻な影響を受けていたものと認められるのであって,これにより原告らが受けた精神的,肉体的苦痛も,相当程度大きかったものといえるところ,これを慰謝するための慰謝料としては,原告1人につき20万円を認めるのが相当である。

なお,原告X12(原告番号29番)は,本件火災前の平成13年10月31日に交通事故で入院し,翌平成14年1月19日に退院している(甲23,25の29,58の17)ところ,同原告は,その後自宅に戻ってからの慰謝料を請求しているものであり,同原告についての慰謝料は,10万円をもって相当と認める。

また,原告X25子は,主として年金生活であり,また,砂糖きびの栽培を少々行っているものである(甲23,25の41)ところ,同原告は,③の損害についての慰謝料を15万円として請求していることから,同金額の限度で認めることとする。

このほか,原告X5,同X10,同X25,同X37,同X43及び同X83について,本件火災による症状が重いこと等を理由として,③の損害について,他の原告らよりも10万円上乗せして40万円の慰謝料を請求しているところ,本件火災後長期間にわたりその日常生活や農作業を行う上で受けた影響の内容,程度には各原告ごとにそれぞれ差が存するものではあるが,これに基づく慰謝料の額に差を設けるべきものとまではいえず,慰謝料の額は,その余の原告らと同様に(上記個別に検討した原告らを除く。),一律20万円の限度で認めるのが相当である。

・<編注:原文のとおり> よって,各原告らに認められる損害額は,別紙認容額一覧表記載のとおりとなる。

第4結論

以上から,その余の点について判断するまでもなく,被告Y1の不法行為(民法717条の工作物責任)に基づく損害賠償として,被告Y1との関係で,各原告らについて,別紙認容額一覧表の各原告に対応する認容額欄記載の各金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,原告X31(同原告については被告Y1との関係では全額の認容となる。)を除くその余の原告らの被告Y1に対するその余の請求及び原告らの被告沖縄県に対する請求をいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中健治 裁判官 加藤靖 裁判官 北村治樹)

別紙原告目録 省略

別紙

認容額一覧表

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別紙損害額一覧 省略

別紙損害額算定の事情一覧 省略

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