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那覇地方裁判所 平成15年(行ウ)15号 判決 2004年8月24日

主文

1  本件訴えをいずれも却下する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告が別紙物件目録(省略)記載の各土地について,平成14年10月23日付け沖縄県指令土第1623号をもってしたAに対する開発行為許可処分を取り消す。

第2事案の概要

1  本件は,沖縄県八重山郡B町のC島に居住する原告らが,被告の行ったAによる同島におけるリゾートホテル建設を目的とする開発行為の許可処分について,都市計画法(以下「法」という。)に違反する違法があるとして,その取消しを求めた事案である。

2  争いのない事実

(1)  原告らは,いずれも沖縄県八重山郡B町のC島に居住している。

被告は,沖縄県内において法29条2項の規定に基づき,都市計画区域及び準都市計画区域外の区域内において,それにより一定の市街地を形成すると見込まれる規模として政令で定める規模(法施行令22条の2の規定により1ヘクタール)以上の開発行為をしようとする者に対し,開発行為の許可を行う権限を有する者である。

(2)  Aは,C島のD浜近くの別紙物件目録(省略)記載の各土地(以下「本件各土地」という。)において,鉄筋コンクリート造地上4階建141室のリゾートホテル(以下「本件ホテル」という。)の建設,開業を計画した(以下「本件計画」という。)。

(3)  Aは,被告に対し,平成14年7月1日付けで,本件各土地について法29条2項の規定に基づく開発行為許可申請を行い,被告はAに対し,同年10月23日付け沖縄県指令土第1623号をもって開発行為許可処分(以下「本件許可処分」という。)を行った。

(4)  本件ホテルの規模は,開発区域の面積が1万4787.44平方メートル,建築確認申請部分の面積が8172.61平方メートル,建築物の最高の高さが16.3メートルに及ぶ。

(5)  原告らは,平成14年12月24日,沖縄県開発審査会に対し,本件許可処分の取消しを求める審査請求を提起したが,同審査会は平成15年3月31日,同審査請求を却下する旨の裁決をした。

3  原告らの主張

本件許可処分は,以下のとおり法に違反しており,違法である。

(1)  給水施設の不備

法33条1項4号は,開発許可の基準として,水道その他の給水施設が当該開発区域について想定される需要に支障を来さないような構造及び能力で適当に配置されるように設計が定められていることを要求している。

しかし,B町が認可したAの給水計画は,浄水場の給水能力からすると渇水被害の発生が十分予測される杜撰なものであり,B町もこれを是正する措置を講じていない。

よって,本件許可処分は同条項に違反し,違法である。

(2)  廃棄物処理体制の不備

Aは,本件ホテルの営業開始に伴って発生する多量の廃棄物について,独自の処理施設を設置して処理を行う旨説明しているが,ゴミ処理の場所等について度々変更しており,廃棄物処理問題に対する具体的な対策をすべて後回しにしたまま本件ホテルの建設を強行しているもので,このままでは処理しきれない大量の廃棄物が生じ,C島の廃棄物処理能力を大幅に超えて,分別されないままB町指定のゴミ捨て場等に大量に投棄せざるを得ない状況になることは目に見えている。そして,上記ゴミ捨て場ではこれまで無分別投棄から生じる悪臭等のためゴミに火をつけて燃やそうとする者が後を絶たず,ゴミが野焼きされてダイオキシン等の有害物質が発生し,地域住民らの生命,健康を害するおそれが顕著である。

そうすると,本件計画には廃棄物処理体制に不備があるから,本件許可処分は健康で文化的な都市生活の確保という都市計画の基本理念(法2条)に反し,違法である。

(3)  自然環境破壊

C島には特別天然記念物であるイリオモテヤマネコが,D浜周辺からE川河口域に続く海岸林一帯の低地林にはカンムリワシ,キンバト,ヤエヤマセマルハコガメ,キシノウエトカゲなどの希少な野生生物が生息するなど,貴重な自然環境が保持されている。本件計画は,そのような地域に大規模なリゾートホテルを建設しようとするものであり,多数の観光客,宿泊客らが訪れることにより必然的に自然環境の破壊がもたらされるので,本件許可処分は健康で文化的な都市生活の確保という都市計画の基本理念(法2条)に反し,違法である。

(4)  排水施設の不備

法33条1項3号は開発許可の基準として,排水路その他の排水施設が当該地域における降水量等を勘案して開発区域内の下水を有効に排出するとともに,その排出によって開発区域及びその周辺の地域に溢水等による被害が生じないような構造及び能力で適当に配置されるように設計が定められることを要求している。

Aは,本件ホテルの汚水処理施設からの処理済み放流水を芝生等の散水用水とし,本件ホテルの敷地内に降った雨水を敷地内で地下浸透処理すると説明しているが,AとB町との開発協定書では,上記の方法で処理しきれなかった処理排水が海浜に放流されることが想定されていて,散水用水への利用だけでは十分な排水能力がないことを自認しており,さらに,処理済み放流水の量や降水量に照らすと,膨大な排水があふれて海浜に流入することは明らかである。

よって,本件計画は十分な排水能力の要件を満たし得ないことが明らかであり,本件許可処分は同条項に違反し,違法である。

(5)  景観破壊

本件ホテルは地上4階建,建築物の最高の高さ16.3メートルに及ぶ大規模なものであり,これにより海辺の景観が著しく害されることが明らかであり,本件許可処分は,健康で文化的な都市生活の確保という都市計画の基本理念(法2条)に反し,違法である。

(6)  住民の同意の欠如

B町は,Aによる本件計画の開発行為許可申請を沖縄県に進達する際,同計画予定地に隣接するE公民館の同意を得ていない。

よって,本件許可処分は,地域住民の同意を得ないままなされたものであり,開発許可の要件として当該開発行為の施行又は工事の実施の妨げとなる権利を有する者の相当数の同意を必要とする法33条1項14号の趣旨に反し,違法である。

4  被告の主張

(1)  本案前の答弁

ア 原告適格の欠如

行政事件訴訟法9条所定の「法律上の利益を有する者」とは当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され,又は必然的に侵害されるおそれがある者をいい,当該処分を定めた行政法規が不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収,解消させるに止めず,それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には,かかる利益も法律上保護された利益に当たると解され,この趣旨を含むか否かの判断に際しては,当該行政法規の趣旨・目的,当該行政法規が当該処分を通じて保護しようとしている利益の内容・性質等を考慮すべきである。

しかるに,原告らが指摘する法2条ないし法33条1項の各号は,私人の権利ないし具体的利益を直接保護したものではないから,原告らは「法律上の利益を有する者」に当たらず,原告適格を有しない。

イ 訴えの利益の消滅

法29条による許可を受けた開発行為に関する工事が完了し当該工事の検査済証の交付がされた後においては,同許可の取消しを求める訴えの利益は失われる。

本件において,平成16年2月13日に開発行為に関する工事が完了した旨の工事完了届出等が開発行為許可申請者であるAから被告に提出され,当該開発行為に関する工事完了の検査済証の交付が検査済証番号平成16年3月12日第2190号で行われているから,本件許可処分についてその取消しを求める訴えの利益は失われた。

(2)  本案の答弁(原告らの主張に対する認否等)

本件許可処分が法に違反するとする原告らの主張はいずれも争う。

ア 法33条1項4号については,開発許可申請の審査に関する開発許可制度運用指針(平成13年5月,国土交通省総合政策局宅地課民間宅地指導室)によれば,開発行為を行おうとする者が当該開発区域を給水区域に含む水道事業者から給水を受けるものであるときは,両者の協議が整うことをもって同号の許可基準に適合しているものと取り扱って差し支えないところ,本件については開発許可申請時既に水道事業者であるB町長とAとの協議が整っているので,本件許可処分は同条項の許可基準に適合しており,違法ではない。

イ 法33条1項の許可基準には,廃棄物処理体制に関する規定,貴重生物の保護や環境基準に対する具体的な規定,景観に関する規定はなく,そして同条項によれば申請が同条項の許可基準に適合していると認められるときはこれを許可しなければならず,被告はこれに従って許可したのであるから,本件許可処分は違法ではない。

ウ 本件計画において,開発区域内の下水については,町と事業者で散水等への再処理を図ることが協議されており,合併処理浄水槽により処理された水を敷地内で貯留した上,散水により敷地内で処理する計画になっている。法施行令26条2号によれば下水の接続先が仮に海域であっても違法ではないが,本件では開発区域の敷地内で処理されるものであるから,適法である。

エ 住民の同意については,法33条1項14号がその同意を必要としている対象者は,土地について所有権,永小作権,地上権,質権,抵当権,先取特権等を有する者と解されるところ,本件許可処分に係る土地の所有者であるB町の同意が得られているので,本件許可処分に違法性はない。

5  本案前の答弁に対する原告らの反論

(1)  原告適格について

被告が前提とする行政事件訴訟法9条の解釈は,国民の裁判を受ける権利を不当に奪うものであり,理論的にも破綻を来している。むしろ,同条の合理的解釈としては,法的(裁判上)保護に値すると考えられる利益をもって「法律上の利益」と解すべきであり,この解釈に立てば,原告らは本件ホテルの建設,開業によって,自然生態系破壊による不利益,渇水被害,排水体制の不備による被害,ゴミの野焼きから生じる有害物質の排出による被害などの不利益を受けるおそれがあるから,原告適格が認められる。

また,仮に被告の見解を前提としても,法33条1項3号,4号は,溢水等や水不足により害される周辺住民の個別具体的な利益を保護したものと解されるのであり,しかも,本件各土地の近くにおいて染織業,エコツーリズム業を営む原告F,ペンション,宿泊施設を営むその余の原告ら2名は,本件許可処分に基づいて本件ホテルが建設されると,生活上重大な不利益を被ることになるから,いずれも原告適格が認められるべきである。

(2)  訴えの利益の消滅について

本件許可処分については,平成15年11月6日被告により,沖縄県指令土第1828号をもって,沖縄県八重山郡B町字G番Hほか4筆の開発行為の変更を許可する処分がなされており(以下「訴外変更許可処分」という。),本件許可処分と訴外変更許可処分は実体的に一体的なものとして取り扱われるべきであるから,変更許可処分については訴えの利益が消滅していない以上,本件訴えについても訴えの利益は消滅していないというべきである。

第3当裁判所の判断

1  訴えの利益について

(1)  法29条に基づく開発行為の許可は,あらかじめ申請に係る開発行為が法33条所定の要件に適合しているかどうかを公権的に判断する行為であり,これを受けなければ適法に開発行為を行うことができないという法的効果を有するものであるが,開発行為に関する工事が完了し,検査済証の交付もされた後においては,上記の法的効果は既に消滅しており,他にその取消しを求める法律上の利益を基礎付ける理由も存しないことになるから,開発許可の取消しを求める訴えは,その利益を欠くに至るというべきである(最高裁判所第二小法廷平成5年9月10日判決民集47巻7号4955頁参照)。

(2)  証拠(乙2,3,20の1及び2,乙21)及び弁論の全趣旨によれば,本件許可処分の後である平成15年11月6日に訴外変更許可処分がされていること,上記両処分に係る開発行為について,平成16年2月17日付けでAから被告に対して工事完了届出書及び公共施設工事完了届出書が提出され,同月24日受け付けられたこと,被告がAに対し,同年3月11日(沖縄県公報(乙21)上の日付による。)に上記両処分に係る開発行為に関する工事が完了したものとして,法36条2項に基づき,検査済証番号平成16年3月12日第2190号の検査済証を交付したことの各事実が認められる。

以上の事実によれば,両処分に係る開発行為に関する工事が完了し,検査済証の交付もなされたから,既に,本件許可処分の取消しを求める法律上の利益は失われたものと認めるのが相当である。訴外変更許可処分について訴えの利益が消滅していないことを前提とする原告らの主張は採用できない。

2  よって,本件訴えはいずれも不適法であるからこれを却下することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法65条1項本文,61条をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 窪木稔 裁判官 鈴木博 裁判官 野澤晃一)

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