那覇地方裁判所 平成15年(行ウ)16号 判決 2006年3月29日
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求の趣旨
1 被告が平成15年7月15日に行った,原告医療法人A(以下「原告A」という。)に対する保険医療機関の指定を同月22日付で取り消すとの処分は,これを取り消す。
2 被告が平成15年7月15日に行った,原告Bに対する保険医の登録を同月22日付で取り消すとの処分は,これを取り消す。
第2事案の概要
本件は,無診察診療,振替請求,診療録の改ざん等を理由として行われた保険医療機関の指定,保険医の登録の各取消処分について,処分の対象となった原告らが,処分を行った被告に対し,上記各処分の取消しを求めるものである。
1 前提事実(証拠掲記のないものは,当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
原告Bは,原告Aの理事長であり,保険医の登録を受けた者であるが,その経歴は,昭和50年3月にC大学医学部を卒業し,同年6月に医師国家試験合格後,C医学部附属内科研修,D病院内科研修,E病院外科研修,その後,F病院整形外科,G病院整形外科,H病院整形外科,I病院整形外科の各勤務を経て,平成元年5月,J整形外科を開設し,平成11年11月12日,原告Aが経営するKクリニックの院長に就任し,現在に至っている。
原告Aは,原告Bによって平成3年8月19日に設立され,同年10月1日から平成11年10月31日までの間はJ整形外科の名称で,同年11月1日以降は,Kクリニックの名称で診療所を経営する保険医療機関の指定を受けた医療法人である。
(2) 原告らに対する個別指導・監査の実施経緯,本件各処分に至る経過等
ア 平成14年4月22日及び同年5月1日,沖縄社会保険事務局に対し,Kクリニックに関して,保険薬局であるL薬局の事務職員が,Kクリニックの待合室において,薬局名の印刷された薬袋を患者に配達しているという内容の匿名電話があった。(甲3)
そこで,沖縄社会保険事務局では,上記匿名情報に基づき,Kクリニックの診療報酬明細書(レセプト)を収集するとともに,Kクリニックの患者37名(老人保健対象者27名,医療保険対象者10名)に対する患者調査を実施することとし,同年9月2日及び同月3日にかけて,患者を戸別訪問する方法により聞き取り調査を実施した。
上記調査の結果,老人保健対象患者27名のうち18名が,薬剤の受領方法について,Kクリニックの会計窓口で,あるいはKクリニックに出向いてきた薬局職員より薬剤を受け取った旨回答し,うち9名は,Kクリニックの窓口においてL薬局で薬剤を受け取るよう指示された旨回答した。また,前記老人保健対象患者のうち14名が,Kクリニックでは処方せんを交付されていない旨回答した。(甲3,乙11,44,53)
イ 前記アの調査結果より,原告Aが経営するKクリニックにおける特定薬局への誘導,処方せんの取扱いについて疑義が生じたため,被告は,原告らに対し,同年10月7日付け文書により,同月31日に個別指導を実施する旨通知した上,同日,個別指導を実施した。(乙12)
個別指導を担当した沖縄社会保険事務局の職員は,原告Bに対してKクリニックにおいて薬剤を受領している患者についての事実確認をしたところ,沖縄社会保険事務局が行った前記アの調査結果と異なるものであったため,同日,個別指導を中断した。(甲3)
ウ 沖縄社会保険事務局保険課長は,平成14年11月5日,原告らに対し,Kクリニック内で薬剤を受け取っている患者のリストを提供するよう文書により通知した。これに対し,同月14日,原告らから該当者20名分のリストが提出された。(乙13,14)
しかし,同リストに記載された患者と,沖縄社会保険事務局が把握している患者リストの患者の中で符合する患者は3名にすぎなかった。(乙11,14)
そこで,沖縄社会保険事務局保険課長は,同月26日,再度,原告らに患者リストの提出を求めた。(乙15)
これを受けて,原告らは,同年12月10日,11名の患者名が記載されたリストを追加提出したが,同リストに記載された11名の患者名も,沖縄社会保険事務局が把握している患者リストとは符合しなかった。(乙16,17)
エ また,沖縄社会保険事務局では,Kクリニックのレセプトを調査したところ,皮膚,皮下腫瘍摘出術の診療報酬請求について疑義が生じたため,Kクリニックの患者25名を対象に皮膚腫瘍に関する調査を実施した。すると,事情聴取ができた患者18名全員について,切除,縫合による術創痕を認めることができず,患者自身も切除,縫合を受けていない旨回答した。(乙18の1~3)
オ 沖縄社会保険事務局は,平成14年12月19日,原告らに対して,平成15年1月9日に個別指導を再開する旨通知した。(乙19)
沖縄社会保険事務局は,同日午前10時ころから個別指導を再開したが,同日午前11時ころ,監査通知文書を原告Bに手交し,監査に移行した。(甲3,乙20,52,56)
カ 被告は,平成15年5月9日,原告らに対して,別紙1及び2記載のとおりの不利益処分の原因となる事実を明らかにして,同月23日に行政手続法13条による聴聞を行う旨通知したところ(乙21),原告らから,聴聞延期の申出があったことから,聴聞期日を同年6月4日に変更し,その旨を原告らに通知を行い,同日聴聞を実施した(乙22)。その際,原告らからもう一度弁明の機会がほしいとの申し入れがなされたため,聴聞を続行することとし,あらかじめ再開日時等を原告らに通知した上,同年7月2日,聴聞を再開して実施した(乙23)。
キ 被告は,平成15年7月15日,沖縄地方社会保険医療協議会に対し,原告Aに対する保険医療機関の指定の取消し及び原告Bに対する保険医の登録の取消しについて諮問したところ,同日,同協議会より,いずれも諮問のとおり了承する旨の答申を受けた(乙24,25)。
ク 被告は,平成15年7月15日付けで,原告Aについて,健康保険法80条1号,2号,3号及び6号に基づき,同月22日を取消年月日として,保険医療機関の指定の取消処分(以下「本件保健医療機関指定取消処分」という。)を,原告Bについて,同法81条1号及び3号に基づき,同日を取消年月日として,保険医の登録の取消処分(以下「本件保険医登録取消処分」といい,この処分と本件保健医療機関指定取消処分を併せて,「本件各処分」という。)をそれぞれ行った(甲1,2,乙26,27)。本件各処分の理由は,原告Aについて別紙1記載のとおりであり,原告Bについて別紙2記載のとおりであった。
(3) 本件に関連する各種規定
ア 健康保険法
(ア) 70条1項
保険医療機関又は保険薬局は,当該保険医療機関において診療に従事する保険医又は当該保険薬局において調剤に従事する保険薬剤師に,第72条第1項の厚生労働省令で定めるところにより,診療又は調剤に当たらせるほか,厚生労働省令で定めるところにより,療養の給付を担当しなければならない。
(イ) 72条1項
保険医療機関において診療に従事する保険医又は保険薬局において調剤に従事する保険薬剤師は,厚生労働省令で定めるところにより,健康保険の診療又は調剤に当たらなければならない。
(ウ) 73条1項
保険医療機関及び保険薬局は療養の給付に関し,保険医及び保険薬剤師は健康保険の診療又は調剤に関し,厚生労働大臣の指導を受けなければならない。
(エ) 80条
厚生労働大臣は,次の各号のいずれかに該当する場合においては,当該保険医療機関又は保険薬局に係る第63条第3項第1号の指定を取り消すことができる。
一 保険医療機関において診療に従事する保険医又は保険薬局において調剤に従事する保険薬剤師が,第72条第1項(第85条第9項,第86条第13項,第110条第7項及び第149条において準用する場合を含む。)の規定に違反したとき(当該違反を防止するため,当該保険医療機関又は保険薬局が相当の注意及び監督を尽くしたときを除く。)。
二 前号のほか,保険医療機関又は保険薬局が,第70条第1項(第85条第9項,第86条第13項,第110条第7項及び第149条において準用する場合を含む。)の規定に違反したとき。
三 療養の給付に関する費用の請求又は第85条第5項,第86条第3項若しくは第110条第4項(これらの規定を第149条において準用する場合を含む。)の規定による支払に関する請求について不正があったとき。
六 この法律以外の医療保険各法による療養の給付若しくは被保険者若しくは被扶養者の療養又は老人保健法による医療,入院時食事療養費に係る療養若しくは特定療養費に係る療養に関し,前各号のいずれかに相当する事由があったとき。
(オ) 81条
厚生労働大臣は,次の各号のいずれかに該当する場合においては,当該保険医又は保険薬剤師に係る第64条の登録を取り消すことができる。
一 保険医又は保険薬剤師が,第72条第1項(第85条第9項,第86条第12項及び第13項,第110条第7項並びに第149条において準用する場合を含む。)の規定に違反したとき。
二 保険医又は保険薬剤師が,第78条第1項(第85条第9項,第86条第12項及び第13項,第110条第7項並びに第149条において準用する場合を含む。以下この号において同じ。)の規定により出頭を求められてこれに応ぜず,第78条第1項の規定による質問に対して答弁せず,若しくは虚偽の答弁をし,又は同項の規定による検査を拒み,妨げ,若しくは忌避したとき。
三 この法律以外の医療保険各法又は老人保健法による診療又は調剤に関し,前2号のいずれかに相当する事由があったとき。
イ 国民健康保険法
(ア) 40条1項
保険医療機関若しくは保険薬局(以下「保険医療機関等」という。)又は保険医若しくは保険薬剤師(健康保険法第64条に規定する保険医又は保険薬剤師をいう。以下同じ。)が,国民健康保険の療養の給付を担当し,又は国民健康保険の診療若しくは調剤に当たる場合の準則については,同法第70条第1項及び第72条第1項の規定による厚生労働省令の例による。
(イ) 41条1項
保険医療機関等は療養の給付に関し,保険医及び保険薬剤師は国民健康保険の診療又は調剤に関し,厚生労働大臣又は都道府県知事の指導を受けなければならない。
ウ 医師法
(ア) 20条
医師は,自ら診察しないで治療をし,若しくは診断書若しくは処方せんを交付し,自ら出産に立ち会わないで出生証明書若しくは死産証書を交付し,又は自ら検案をしないで検案書を交付してはならない。但し,診療中の患者が受診後24時間以内に死亡した場合に交付する死亡診断書については,この限りでない。
(イ) 22条
医師は,患者に対し治療上薬剤を調剤して投与する必要があると認めた場合には,患者又は現にその看護に当つている者に対して処方せんを交付しなければならない。ただし,患者又は現にその看護に当つている者が処方せんの交付を必要としない旨を申し出た場合及び次の各号の一に該当する場合においては,この限りでない。
エ 老人保健法26条
保険医療機関等及び保険医等は,第30条第1項の医療の取扱い及び担当に関する基準に従い,医療を取り扱い,又は担当しなければならない。
オ 「保険医療機関及び保険医療養担当規則」(以下「療養担当規則」という。乙1)
(ア) 2条2項
保険医療機関が担当する療養の給付は,被保険者及び被保険者であった者並びにこれらの者の被扶養者である患者の療養上妥当適切なものでなければならない。
(イ) 2条の3
保険医療機関は,その担当する療養の給付に関し,厚生労働大臣又は地方社会保険事務局長に対する申請,届出等に係る手続及び療養の給付に関する費用の請求に係る手続を適正に行わなければならない。
(ウ) 2条の4
保険医療機関は,その担当する療養の給付に関し,健康保険事業の健全な運営を損なうことのないよう努めなければならない。
(エ) 2条の5
保険医療機関は,当該保険医療機関において健康保険の診療に従事している保険医の行う処方せんの交付に関し,患者に対して特定の保険薬局において調剤を受けるべき旨の指示等を行ってはならない。
2項 保険医療機関は,保険医の行う処方せんの交付に関し,患者に対して特定の保険薬局において調剤を受けるべき旨の指示等を行うことの対償として,保険薬局から金品その他の財産上の利益を収受してはならない。
(オ) 8条
保険医療機関は,第22条の規定による診療録に療養の給付の担当に関し必要な事項を記載し,これを他の診療録と区別して整備しなければならない。
(カ) 22条
保険医は,患者の診療を行った場合には,遅滞なく,様式第1号又はこれに準ずる様式の診療録に,当該診療に関し必要な事項を記載しなければならない。
(キ) 23条の2
保険医は,その行った診療に関する情報の提供等について,保険医療機関が行う療養の給付に関する費用の請求が適正なものとなるよう努めなければならない。
カ 「保険医療機関等及び保険医等の指導及び監査について」(平成7年12月22日付け保発第117号厚生省保険局長通知。平成12年5月31日付け保発第105号厚生省保険局長通知「保険医療機関等及び保険医等の指導及び監査について」により一部改正。乙3)の別添1「指導大綱」(以下「指導大綱」という。)及び別添2「監査要綱」(以下「監査要綱」という。)は,概要以下のとおり定める。
(ア) 指導大綱第3 指導の形態は,集団指導,集団的個別指導又は個別指導(都道府県個別指導,共同指導,特定共同指導)の形態とする。
(イ) 指導大綱第4の4(1)⑦ 「その他特に都道府県個別指導が必要と認められる保険医療機関等」は原則として全件都道府県個別指導を実施する。
(ウ) 指導大綱第6の3(1) 個別指導の対象となる保険医療機関等を決定したときは,地方社会保険事務局はあらかじめ①個別指導の根拠規定及び目的,②指導の日時及び場所,③出席者,④準備すべき書類等を,文書により,当該保険医療機関等に通知する。
(エ) 指導大綱第7の1(2) 個別指導後の措置としては,「概ね妥当」,「経過観察」,「再指導」又は「要監査」の措置がとられる。
(オ) 指導大綱第7の1(2)④ 個別指導の結果,監査要綱に定める監査要件に該当すると判断した場合は,後日速やかに監査を行う。なお,指導中に診療内容又は診療報酬の請求について,明らかに不正又は著しい不当が疑われる場合にあっては,指導を中止し,直ちに監査を行うことができる。
(カ) 指導大綱第7の2(2) 地方社会保険事務局は,個別指導の結果及び指導後の措置について文書により当該保険医療機関等に通知する。
(キ) 監査要綱第3 監査は,①診療内容に不正又は著しい不当があったことを疑うに足りる理由があるとき,②診療報酬の請求に不正又は著しい不当があったことを疑うに足りる理由があるとき,③度重なる個別指導によっても診療内容又は診療報酬の請求に改善がみられないとき,④正当な理由がなく個別指導を拒否したときに,地方社会保険事務局及び都道府県又は厚生労働省並びに地方社会保険事務局及び都道府県が共同で行う。
(ク) 監査要綱第4 監査は,原則として地方社会保険事務局にあっては,地方社会保険事務局長が指名する技官及び事務官並びに非常勤の医師,歯科医師,薬剤師及び看護婦が(…中略…)担当する。
(ケ) 監査要綱第5の2 監査の対象となる保険医療機関等を決定したときは,地方社会保険事務局は,あらかじめ①監査の根拠規定,②監査の日時及び場所,③出席者,④準備すべき書類等を文書により,当該保険医療機関等に通知する。
(コ) 監査要綱第6の1 監査後の行政措置として,「取消処分」,「戒告」又は「注意」の処分がなされる。このうち,「取消処分」となるのは,①故意に不正又は不当な診療を行ったもの,②故意に不正又は不当な診療報酬の請求を行ったもの,③重大な過失により,不正又は不当な診療をしばしば行ったもの,④重大な過失により,不正又は不当な診療報酬の請求をしばしば行ったものである。
(サ) 監査要綱第6の2 地方社会保険事務局長は,監査の結果,当該保険医療機関等又は保険医等が取消処分に該当すると認められる場合には,監査後,取消処分予定者に対して,行政手続法の規定に基づき聴聞を行わなければならない。
キ 老人保健法の規定による医療並びに入院時食事療養費及び特定療養費に係る療養の取扱い及び担当に関する基準(昭和58年1月20日厚生省告示第14号。以下「老人担当基準」という。乙2)
(ア) 2条の3 保険医療機関等は,その担当する医療及び特定医療費に係る療養に関し,厚生労働大臣又は都道府県知事に対する必要な申請,届出その他の手続並びに医療及び特定療養費に係る療養に要する費用の請求に係る手続を適正に行わなければならない。
(イ) 2条の4 保険医療機関等は,その担当する医療及び特定医療費に係る療養に関し,老人保健事業の健全な運営を損なうことのないよう努めなければならない。
(ウ) 2条の5 保険医療機関等は,当該保険医療機関等において医療及び特定療養費に係る療養を担当する医師又は歯科医師(保険医)の行う処方せんの交付に関し,患者に対して特定の保険薬局において調剤を受ける旨の指示等を行ってはならない。
第2項 保険医療機関等は,保険医の行う処方せんの交付に関し,患者に対して特定の保険薬局において調剤を受けるべき旨の指示等を行うことの対償として,保険薬局から金品その他の財産上の利益を収受してはならない。
(エ) 8条 保険医療機関等は,第22条の規定による診療録に,医療及び特定療養費に係る療養の取扱いに関し必要な事項を記載し,これを他の診療録と区別して整備しなければならない。
(オ) 19条の3
保険医は,処方せんの交付に関し,患者に対して特定の保険薬局において調剤を受けるべき旨の指示等を行ってはならない。
第2項 保険医は,処方せんの交付に関し,患者に対して特定の保険薬局において調剤を受けるべき旨の指示等を行うことの対償として,保険薬局から金品その他の財産上の利益を収受してはならない。
(カ) 22条 保険医は,患者の診療を行った場合には,健康保険の例により,遅滞なく,診療録に当該診療に関し必要な事項を記載しなければならない。
(キ) 23条の2 保険医は,その行った診療に関する情報の提供等について,保険医療機関等が行う医療及び特定療養費に関する療養に要する費用の請求が適正なものとなるよう努めなければならない。
ク 保険薬局及び保険薬剤師療養担当規則(以下「薬担規則」という。乙8)
3条 保険薬局は,被保険者及び被保険者であった者並びにこれらの者の被扶養者である患者から療養の給付を受けることを求められた場合には,その者の提出する処方せんが健康保険法63条3項各号に掲げる病院又は診療所において健康保険の診療に従事している医師又は歯科医師が交付した処方せんであること及びその処方せん又は被保険者証によって療養の給付を受ける資格があることを確かめなければならない。
ケ 「処方せん受入れ準備態制の整備のためのファクシミリの利用について」(平成元年11月15日付け薬企第48号・保険発第107号厚生省薬務局企画・保険局医療課長連名通知。以下「平成元年通知」という。乙9)は,以下のとおり定める。
(ア) 平成元年通知別添2-1 調剤は,患者等が持参する処方せんを受け取って内容を確認することにより完結するものであり,ファクシミリで電送された処方内容に基づいて行う薬剤の調製等は,患者等が持参する処方せんの受領,確認により,遡って調剤とみなされるものであること。
(イ) 平成元年通知別添2-2 ファクシミリにより処方内容をあらかじめ電送することは,患者の調剤待ち時間の短縮及び患者の住居地近くの薬局における薬歴管理,薬物の相互作用の防止等の観点からの処分内容の十分なチェックの実施,在庫医薬品の有無の事前チェック等,専らいわゆる地域分業による患者サービスの向上に資することを目的として行うものであること。
コ 「ファクシミリを利用した処方せん受入れ態制と患家での薬剤の受渡しについて」(平成10年12月25日付け医薬企第90号厚生省医薬安全局企画課長通知。以下「平成10年通知」という。乙10)は,患者等が薬局を来訪することが困難な場合におけるファクシミリで電送された処方内容に基づいて行う薬剤の調製等の取扱いについて,以下のとおり定める。
(ア) 患者が寝たきり又は歩行困難である場合,患者が老人で一人暮らし又は看護者が開局時間中に来訪できない場合,連続携行式自己腹膜透析療法(CAPD)透析液等容積・重量の面で患者等が運搬することが困難なものが処方された場合及び遠隔診療に基づき薬剤が処方された場合には,ファクシミリで電送された処方内容に基づいて行う薬剤の調製等は,薬剤師が患家を訪問し,処方せんを受領して内容を確認することにより,遡って当該処方せんによる薬局での調剤とみなされること。また,当該薬剤師は,薬剤師法25条の2に基づき,患者等に対し必要な情報提供を適切に行うこと。
(イ) (ア)の場合において,調剤される薬剤が前回と同一であるため薬剤師が対面により薬剤師法25条の2に基づく情報提供を行う必要がないと判断し,患者が薬剤師以外の者による配達に同意していること,配達を行う薬局の従業者が,患家において,処方せんがファクシミリで電送されたものと同一であることを確認することが担保されていること,当該薬局が当該患者の薬歴を有していることの各条件を全て満たし,かつ,薬剤師以外の薬局の従業者により薬剤の配達が行われた場合には,ファクシミリで電送された処方内容に基づいて行う薬剤の調製等は,配達を行った従業者が回収した処方せんを当該薬剤師が受領して内容を確認することにより,遡って当該処方せんによる薬局での調剤とみなされること。
また,当該薬剤師は,薬剤師法25条の2に基づき,患者等に対し電話等により必要な情報提供を適切に行い,患者の質問等に応じること。
サ 「社会保険医療担当者の監査について」(昭和28年6月24日保険発第134号厚生省医療課長通知。以下「昭和28年通知」という。乙5)は,監査後の行政上の措置について,「重大な過失」とは,「医療担当者として守るべき注意義務を欠いた程度の重いものをいう」と定め,「しばしば」とは,「1回の監査において件数からみてしばしば事故のあった場合及び1回の監査における事故がしばしばなくとも監査を受けた際の事故がその後数回の監査にあって同様の事故が改められない場合をいう」と定める。
2 争点及び争点に対する当事者の主張
(1) 本件各処分に至る手続における違法性の有無
(被告の主張)
保険医療機関の指定取消し及び保険医の登録取消しについては,健康保険法80条,81条において,厚生労働大臣が取消しをすることができる場合が定められているほか,同法82条1項において,厚生労働大臣が保険医療機関の指定及び保険医の登録を取り消すときは,政令の定めるところにより,地方社会保険医療協議会に諮問するものとすると定められている。なお,厚生労働大臣の上記各権限は,健康保険法施行令により,地方社会保険事務局長に委任されている。
そして,保険医療機関の指定取消し及び保険医の登録取消しを行う際の準則として指導大綱及び監査要綱が定められており,指導大綱においては,「指導の結果『監査要綱』に定める監査要件に該当すると判断した場合 この場合は,後日速やかに監査を行う。」と定められているほか,「なお,指導中に診療内容又は診療報酬の請求について,明らかに不正又は著しい不当が疑われる場合にあっては,指導を中止し,直ちに監査を行うことができる。」とされている(指導大綱第7の1(2)④)。原告らに対する監査は,指導大綱の上記規定に基づき,個別指導の再開後すなわち指導中に,診療報酬の請求について明らかに不正又は著しい不当が疑われたため,指導を中止して監査に移行したものであって,その手続には,何ら違法と評価されるべき点はない。
(原告らの主張)
ア 我が国の国民皆保険制度の下では,保険医療機関の指定,保険医の登録が取消しになると,医業を営むことは事実上不可能と言っても過言ではない。いわば,保険医療機関の指定,保険医の登録の取消しは,医療機関,医師にとって死刑判決に等しいものである。
それ故,療養担当規則は,保険医療機関の指定及び保険医の登録取消手続につき,行政の指導,監査等の極めて慎重な手続を履践するよう定めている。
すなわち,指導,集団指導,集団的個別的指導,共同指導,特定共同指導がなされ,その指導結果が,保険医等に文書で交付され,その内容によって「経過観察」又は「再指導」となり,不正請求があったと疑うに足りる事由があった場合には,「要監査」となる。監査は,①保険医が行った保険診療及び診療報酬請求に,不正又は著しい不当があったと疑うに足る理由がある場合,②度重なる個別指導によっても診療内容,診療報酬請求に改善が認められないとき,③正当な理由がないのに個別指導を拒否したときに実施される。
イ ところで,監査の実施は,公文書によって監査期日及び提示書類などを約2週間くらい前に通知してなされるべきものである。
本件では,個別指導及び指導結果等の通知をなさず,当初,指導名目で調査に入り,事前の公文書による通知なしに即日監査に切り替え,本件各処分を企図して処分根拠事実を原告Bに無理矢理承認させ,本件各処分を強行している。
この一連の手続は,前記の慎重かつ厳格な手続に反し,意図的に原告らの保険医等の取消しのみを目的とした極めて不当,違法な監査手続と解するほかないから,この違法監査手続を理由として,本件各処分は取り消されるべきである。
(2) 無診察での理学療法の有無
(被告の主張)
被告が,原告Bに対して行った本件保険医登録取消処分の原因となる事実として認定したのは,原告Bが,理学療法を受ける再診の患者について,無診察で理学療法を実施している患者が1日数名程度いることを認識しながら放置していたというものである。
医師法20条は,無診察治療等を禁止している。
原告らは,原告Bの診断を受け,同人の指示で理学療法を実施された患者のうち,再診を希望した患者で病状が安定しており,患者本人の強い希望で原告Bの診察を受けるまでもないという再来患者で,原告Bが指示済みの理学療法の実施を希望してきた場合に限定して理学療法を行ってきたなどと主張するが,医師法は,まさに再診を希望した患者の病状が安定しているかどうか,あるいは,原告Bの診察を受けるまでもない再来患者について,真に理学療法を行う必要があるのかどうかを,医師自ら診察すべきことを規定しているのであって,その主張は明らかに失当である。
原告Bは,医師であり,無診察治療が医師法により禁じられていることを当然認識しながら,あえてこれに違反していることが明白であるだけでなく,自ら診察をしていないにもかかわらず,自らが開設者及び管理者であるKクリニックにおいて,理学療法の費用に加えて診察の費用まで診療報酬請求を行っていたもので,故意に準ずる「重大な過失」が認められることも明らかである。
なお,被告が無診察治療と認めた患者10名に対する患者調査を行った結果,患者が原告Bの診察を受けるまでもないという「強い希望」を申し出ていた事実を確認することはできなかったものである。
また,原告らは,患者10名について,診療録の記載を引用した上,理学療法を実施した日に診察が行われていたとも主張するが,その診療録の記載を見ても,診療を行ったものとは認められない。
(原告らの主張)
原告Bは,自己の診断なしに,理学療法を実施した患者は1人もいない。原告Bの診断を受け,原告Bの指示で理学療法を実施された患者のうち,再診を希望した患者で病状が安定しており,患者本人の強い希望で原告Bの診察を受けるまでもないという再来患者で,原告Bが指示済みの理学療法の実施を希望してきた場合に限定して,相当な長時間待合室で待機してもらうより,患者にとって最良であるとの判断にて,理学療法を実施したのである。このような療法の実施は,実質的観点よりすれば,前回の診察に基づく理学療法と解すべきである。全国の大病院のみならず小規模な病院,整形外科医院において,このような方式は常態化している。Kクリニックにおいては,再診患者がリハビリだけを希望し,当該患者の従前の診察の結果や看護婦の報告などによって,医師の医学的知識経験に照らし,患者に特別の変化が予想されず,医師が診察室内で直接問診等をする必要がないと認められる場合に,診察室内での直接の問診等を経ずに理学療法を実施していたにすぎない。
被告は,医師が治療当日に診察室内で直接診察を行わなかったことをもって,直ちに医師法で禁止される無診察治療となると考えているようであるが,医師が従前より診察を行っている患者について,従前の診察の結果,患者の要望,看護婦の報告などに基づいて治療したとしても必ずしも無診察治療とはいえないのであり,被告が無診察治療として摘示する各患者に対する理学療法についても,当該患者の従前の診察の結果や患者の要望等に基づいて行ったものであるから,無診察治療には該当しない。
したがって,理学療法当日に診察していないという形式的な事実のみを過度に強調して,無診察での理学療法実施であるとする判定には問題がある。
また,原告Bは,Mら10名についても,適宜診察をし,その中で患者の状況を確認して理学療法を実施していた。
仮に,被告認定が正当であるとしても,原告らに対して,まずは個別指導をなし,その指導にもかかわらず,無診察での理学療法を反復した場合に「注意」,「戒告」,そして最終段階において取消事由とすべきであり,かかる手続を省略して本件各処分の根拠とすることは違法である。
(3) 皮膚,皮下腫瘍摘出術の不正請求の有無
(被告の主張)
ア Kクリニックでは,実際はいぼ焼・法及び創傷処理,皮膚切開術を行っていたにもかかわらず,これを保険点数の高い皮膚,皮下腫瘍摘出術を行ったとして,診療報酬の請求をしていた。原告らは,各患者の手術内容等を主張しているが,被告が監査時に確認した診療録には,これらの点について何ら記載がなかったものである。
なお,健康保険法の規定による療養に要する費用の算定方法については,昭和33年6月厚生省告示第177号「健康保険法の規定による療養に要する費用の額の算定方法」(平成6年3月16日厚生省告示第54号により改正されたもの)に定められており,上記告示の別表第1医科診療報酬点数表(以下「医科点数表」という。)では,「皮膚・皮下腫瘍摘出術」の点数は,露出部では1660点ないし4360点,露出部以外では1280点ないし4160点と定められているが,これが「いぼ焼灼法」では,「1 3か所以下 200点,2 4か所以上 250点」,「創傷処理」では,最も低いもので「筋肉,臓器に達しないもの(長径5センチメートル未満) 470点」,最も高いもので「筋肉,臓器に達するもの(長径10センチメートル以上) 2000点」と大幅に低くなる。
原告らは,大半の患者に対して行ったのは,最新のガスレーザー医療機器及び一部金属メスを用いた皮膚,皮下腫瘍摘出術であったと主張するが,仮にそうだとしても,そもそも「レーザー治療」そのものは,医科点数表上,限られた治療しか算定が認められていないし,炭酸ガスレーザー治療については,算定自体が認められていない。
医療器具の保険適用については,「医療用具の保険適用等に関する取扱いについて」(平成14年2月13日医政発0213012・保発0213011)が発せられており,これを受けて発せられた「特定診療報酬算定医療用具の定義等について」(平成14年3月18日保医発0318006)では,「1 特定診療報酬算定医療用具の定義について」の(1)において,「局長通知(上記平成14年2月13日付け通知をいう。)の1のA2に規定する別に定める特定診療報酬算定医療用具の区分は,別表の左欄に定めるものとし,その定義は,それぞれ同表の中欄に定める類別及び一般的名称並びにその他の条件とする。」とされ,別表「手術」の欄には,「皮膚・皮下腫瘍摘出術」を「対応する診療報酬項目」とする炭酸ガスレーザーについて定められていないことから,仮に炭酸ガスレーザーを使用した場合には,医科点数表に掲げられていない「特殊な処置の処置料」あるいは「特殊な手術の手術料」として,「その都度当局に内議し,最も近似する処置として準用が通知された算定方法により算定する。」と定められているところ,原告らは内議をすることも通知を受けることもなく,皮膚,皮下腫瘍摘出術として請求していたもので,これが療養担当者に要求される注意義務を果たしていないことは明らかである。
イ また,皮膚,皮下腫瘍摘出術は,皮膚,皮下に及ぶ腫瘍に対して皮膚を切開して患部の切除(摘出)を行い,切開部の縫合を要する手術に対して設定された術式と解するのが保険診療上妥当である(これは所轄庁である厚生労働省の見解である。)。この点,医科点数表では,第10部「手術」第1節「手術料」第1款「皮膚・皮下組織」区分「(皮膚・皮下組織)」の項では,「K000創傷処理」から「K008腋臭症手術」に至るまで(皮膚,皮下腫瘍摘出術は,K005,K006として挙げられている。),そこに挙げられている手術はすべて観血的手術である。このことからすれば,保険診療上,皮膚,皮下腫瘍摘出術についても,被告が主張しているとおり,皮膚,皮下に及ぶ腫瘍に対して皮膚を切開して患部の切除(摘出)を行い,切開部の縫合を有する手術に対して設定された術式と解すべきである。そして,K005皮膚,皮下腫瘍摘出術の項において,鶏眼・胼胝に対して,麻酔を使用し,切除縫合を行う場合は皮膚,皮下腫瘍摘出術により算定することが明記されている。このように,いぼ焼灼法に比し,皮膚,皮下腫瘍摘出術の方が局所麻酔の使用量が多くなるが,Kクリニックでは,麻酔の使用量が少なく,皮膚,皮下腫瘍摘出術を行ったと認めることはできない。
なお,原告Bは,監査担当者に対して,「昔はいぼ焼灼法で請求していたが,医科点数表が新しくなって(改定されて),いぼ焼灼法という算定方法がなくなったと思っていた。」旨の発言をしたが,医科点数表では,「皮膚レーザー照射療法」の次の欄に「いぼ焼灼法」について定められているのであるから,「いぼ焼灼法」という算定方法がなくなったと思っていた旨の上記発言は,信用することができなかったものである。一方で,原告Bは,以前は「いぼ焼灼法」で請求していたことを自認していることから,本来「いぼ焼灼法」で請求すべきことを認識していたことは明らかである。
(原告らの主張)
ア 被告は,原告Bが実施した皮膚,皮下腫瘍摘出術133件の医療処置について,「いぼ焼灼法」又は「創傷処理」であると認定し,原告Aの皮膚,皮下腫瘍摘出術での保険請求は不正請求であると断定した。この根拠は,原告Bが皮膚,皮下腫瘍摘出術を実施したとする患者の調査をしたところ,「手術痕及び手術による縫合痕が認められない」ので,皮膚,皮下腫瘍摘出術には該当しないとするものであった。
ところで,本件各処分の根拠となっている「医科点数表の解釈」によれば,皮膚,皮下腫瘍摘出術の定義中に「金属メスで手術をなし,かつ,手術の縫合痕が残るものでなければ手術」に該当しない旨の記載は全くない。
保険診療上の皮膚,皮下腫瘍摘出術について縫合が必要不可欠な要件となるものではない。
イ 原告Bは,133件のうち120件については,いずれの患者に対しても最新のガスレーザー医療機器及び一部金属メスを用いた皮膚,皮下腫瘍摘出術を行った。
原告Bが実施した皮膚,皮下腫瘍摘出術は,炭酸ガスレーザー療法でなされているため,「手術創や手術創に対する縫合痕」が残っていないのである。金属メスによる治療法より格段に優れた治療効果となっているから,患者にとって最善,最有効な治療法であった。
したがって,原告らの皮膚,皮下腫瘍摘出術での保険請求は,極めて正当なものである。
ウ その他133件のうち12件については,いずれも金属メスを使用しての手術であったから,皮膚,皮下腫瘍摘出術であることに何らの問題もない。
なお,原告Bは,12名のうちの1名を除き,患者の要望を考慮し,縫合をしない手技(傷口を小さくする,サージカルテープの使用やガーゼを厚くして傷口を圧迫する等)で手術を行っている。
エ 残りの患者1名については,原告らは,平成15年1月19日に行われた被告からの事情聴取の際に,創傷処理で算定すべきを皮膚,皮下腫瘍摘出術で算定したことを認めたが,カルテを検討すれば明白なとおり,カルテ上も創傷処理であるが,経理職員の単純な請求事務処理のミスにより創傷処理として請求すべきを皮膚,皮下腫瘍摘出術として請求したものである。これは典型的な軽過失であるから,この事実をもって処分根拠とすることはできない。
(4) 特定保険薬局への誘導の有無(原告Aについて)
(被告の主張)
被告による調査の結果,原告AがKクリニックにおいて,L薬局の所在場所を示す案内板を掲示していたことが判明した。しかし,被告は,原告Aが主張するように,表示板の掲示のみをもって原告Aについて療養担当規則等の違反を認定したわけではない。すなわち,被告の行った患者調査の結果によれば,Kクリニックの患者は,「会計で支払後,L薬局で薬をもらうように指示された」,「L薬局の図面を渡され,ここで薬を受け取ってくださいと言う」などと回答していた。また,原告らは,「診療所受付カウンターにはL薬局の所在を示した地図だけではなく,那覇市内の処方薬局の所在を示した地図も常備していた」と主張するが,被告が個別指導を行った際,L薬局以外の「那覇市内の処方薬局の所在を示した地図」を確認することはできなかったものである。
(原告Aの主張)
原告らとL薬局の開設者とは,親族等の身分関係はもとより,出資者である等の経済的利害関係は全くない。したがって,厚生労働省の基本方針である医薬分業の推進という理念に反して,L薬局に患者を誘導しようという意図,目的を,原告らは全く有していなかった。
Kクリニックの受付窓口の事務員は,患者からの「近隣の薬局は,どこですか。」という質問に対し,L薬局の所在場所を教えていた(質問されれば回答するのは当然の義務である。)ところ,このような質問が反復継続して,L薬局の所在場所を教えるのが面倒であるという事務員の苦情がL薬局の耳に入り,L薬局が受付事務員の苦情解消を目的として,Kクリニックに表示板を掲示した。しかるに被告は,表示板掲示の事実のみをもって,「特定の保険薬局への誘導」と断じている。
また,Kクリニックでは,那覇地区薬剤師会から配布された那覇地区全体の薬局を示す地図をコピーし,窓口内に常備していた。患者が自宅や勤務先付近の薬局で薬の受け取りを希望する場合に,当該地図を使用して説明し,これを交付するなどしていた。
療養担当規則の趣旨からすると,上記表示板の掲示等Kクリニックの状況は,まずは,医薬分業の規定に反しているのではないかと解される行為の除去や表示板の撤去等の個別指導で容易に改善できることであり,実際に,被告による監査がなされたことにより,直ちにL薬局に表示板を撤去させ,かつ,案内図等の交付も中止しており,明白な改善となっている。
以上のとおりであるから,個別指導なしに,療養担当規則19条の3違反として,本件各処分の根拠事実とするのは,表示板の設置事情等についての十二分な調査を欠いた極めて不当かつ不公正な処分であるのみならず,初歩的な手続違反ゆえに無効と解すべきである。
(5) 職員及びその家族に対する一部負担金の免除の有無(原告Aについて)
(被告の主張)
Kクリニックでは,職員及びその家族等に対し,一部負担金を免除していた。保険医療機関及びその管理者で保険医である原告らが,厚生労働省令で定めるところにより療養の給付あるいは健康保険の診療に当たらなければならないことは健康保険法70条,72条が明確に規定しており,これを受けて定められた省令である療養担当規則について「無理解」があったなどとする原告らの弁解は,到底通用するものではない。
さらに,被告は,平成11年7月8日,原告Aが開設運営していたJ整形外科に対する個別指導を行っているところ,その際,「従業員からの一部負担金が徴収されていない。また院長の知人について一部負担金が一部免除されている。一部負担金は適正に徴収すること」との指導を行い,これに対し,原告A及びその管理者で保険医でもある原告Bは,同月26日付けで「一部負担金は適正に徴収します」として改善した旨の報告書を提出しているのである。
また,被告が平成15年1月9日に行った監査の際,原告Bの妻であるNは,会計業務日報中の摘要欄に医療費免除等の記載があることにつき,担当調査官に対して,福利厚生費として払い戻している旨弁明し,その点に関連して,会計上福利厚生費として認められるかどうかという観点から顧問税理士よりアドバイスを受け,Kクリニックにおいて職員等が受診した際にのみ,いったん受領してから職員へ返還するという方式に変更した旨供述していた。しかし,被告が上記監査において,会計業務日報(現金・預金仕訳書)を確認したところ,Kクリニックでは,原告Aの職員及び家族のみならず,Nが事業主である有限会社メディカルオアシスの職員や「隣人」とされる者,その他原告らとの関係が不明な者についても,医療費の患者負担金が免除されていることが認められた。
これらのことから,被告は,「福利厚生費として払い戻している。」旨のNの弁明は認められず,実質的にみて一部負担金の免除があったものと判断したものである。
なお,医療機関の職員及びその家族が当該医療機関で受診した場合についてのみ,一部負担金を受領し,その相当額を福利厚生費として助成することは,実質的にみて,当該医療機関が一部負担金の免除をしていたことと何ら変わりないため,療養担当規則違反となる。
以上より,顧問税理士に責任を転嫁して一部負担金の免除を争う原告Aの主張は,到底認められるものではない。
(原告Aの主張)
原告A職員及びその被扶養者に対しては,医療費の患者負担金が免除されているのではなく,福利厚生の一環として負担相当額を見舞金として支給する取扱いをしていたにすぎない。
原告Aは,その顧問税理士より,診療報酬の患者一部負担金について,職員についても病院窓口で一部負担金を徴収した上で,後に福利厚生の一環として同額を助成するということであれば,福利厚生費としての処理が可能である旨の助言を受け,平成11年ころから,かかる取扱いをしてきた。
しかしながら,原告Aの経理担当であり原告Aの事務長であるNは,日々の会計業務日報記入の事務処理において,特に文言の有する法的な意味の違いを気にかけることもなく,簡単な仕訳メモとして,福利厚生費としての助成につき,「免除」や「戻し」という記載をしていた。
Nは,平成15年1月9日に実施された被告による監査において,監査担当職員より上記日報摘要欄に「医療費免除」などのメモ書きがあることを指摘され,これが患者一部負担金の免除ではないかとの質問を受けた際,同担当職員に対して「職員から窓口徴収した金額を福利厚生費として払い戻した分である。」旨の説明をした。しかし,同担当職員は「福利厚生費というのは認めない。」などとして,原告経理担当者の説明を全く聞き入れず,また,窓口会計において職員らから患者一部負担金の徴収が実際に行われているかを他の帳簿等により確認することもなく,同日報中の「免除」という記載をもって,上記原告A職員らの一部負担金に関する処理を療養担当規則で禁止されている「一部負担金の免除」であることを認めるよう強く求めてきた。
Nは,それまで顧問税理士の指導により福利厚生費として一部負担金相当額を助成するという扱いをしてきたものの,監査担当職員が福利厚生費というのは認めないとして,原告Aが行ってきた職員らへの患者一部負担金の助成が,「一部負担金の免除」に該当する旨明言したことから,原告Aの取扱いが実質的には療養担当規則で禁止されている「一部負担金の免除」に該当するものと誤解するに至ったものである。
(6) 診療録の改ざん等の有無
(被告の主張)
原告Bは,個別指導中断後再開までの間に,診療録に症状を追記し,更に患者であるKクリニック職員に,当時の本人の体重,理学療法の開始時刻及び終了時刻を追記させ,診療録の改ざんを行った。被告は,理学療法の開始時刻及び終了時刻の追記だけを問題として診療録の改ざんと認めたのではなく,他に「症状」,「体重」の追記がなされたことも併せ,診療録の改ざんと認めたものである。
また,原告らは,リハビリ患者のリハビリ開始時刻及び終了時刻を全く記録していなかったのではなく,リハビリ室に備え付けの台帳に記入記載しており,ただそれを診療録に転記することを怠っていたにすぎないとして台帳を提出しているが,各患者のいずれについても時刻は1つしか記載されておらず,これが開始時刻か終了時刻かも不明である。そもそも医科点数表上,理学療法の算定要件として20分以上訓練を行った場合にのみ算定するものであることが要求されており,実施時間が20分以上であるかを判断することができるように,医科点数表において各区分におけるリハビリテーションの実施に当たってはすべての患者の機能訓練の内容の要点及び実施時刻(開始時刻と終了時刻)の記録を診療録等へ記載することとされているのであって,開始時刻か終了時刻かも不明な時刻を一方だけ記載していても不十分であることは明らかである。
さらに,この点についても,平成11年7月8日,原告Aが開設運営するJ整形外科に対する個別指導において,「理学療法に関する事項」として,「開始時間と終了時間を記載することになっているが,一部その記載が不十分である」との指導を行い,これに対し,原告らは,「開始時刻と終了時間を記入します」と改善報告していたもので,原告らの主張は到底認められるものではない。
(原告らの主張)
ア リハビリ開始時刻,終了時刻の診療録への不記載について
原告Bらは,リハビリ患者のリハビリ開始時刻及び終了時刻を全く記録していなかったのではなく,リハビリ室備え付けの台帳に記入し記録していた。ただ,それを診療録に転記することを怠っていたにすぎない。
医科点数表の解釈(平成14年4月版)によると,リハビリテーション料の算定要件としては,リハビリテーションの内容の要点及び実施時刻(開始時刻と終了時刻)の記録を診療録「等」へ記載することとされており,記録媒体は診療録に限定されていない。
原告らは,リハビリ実施時刻をリハビリ室備え付けの台帳に記録した上で保険請求していたから,「診療録等」への記録という算定要件を充足しており,その診療報酬請求は適法である。
イ 診療録の改ざんについて
原告らは,被告の個別指導手続段階において,診療録へのリハビリ開始時刻と終了時刻等の記載不備を指摘されたことから,指導の趣旨を厳粛に受け止め,台帳に記録していたリハビリ開始時刻等を診療録に転記した。証拠隠滅などの悪意の意図の下にかかる転記を行ったものではない。そもそも,被告は,当初の指導の際に,診療録及びリハビリ室備え付けの台帳のコピーをとって,不当請求の証拠として保全していたのであるから,その後の原告らの転記行為によって原告らが有利な結果を得ることは不可能であり,かかる観点からも上記転記行為が悪意の意図の下に行われたものではないことは明らかである。
また,被告は,上記転記行為をもって「改ざん」と断定し,療養担当規則8条違反であるとしている。しかしながら,同規定は,定められた様式の診療録に必要事項を記載し,他の診療録と区別して整備することを定めた規定にすぎず,同規定に診療録に記載不備の事項を後に転記する行為を禁止する趣旨が含まれていないことは明らかである。
したがって,原告らの上記転記行為をもって,同規定違反として不利益処分をなすことは許されないというべきである。
(7) 処方せんの患者への交付の有無(原告Aについて)
(被告の主張)
医師法22条は,「医師は,患者に対し治療上薬剤を調剤して投与する必要があると認めた場合には,患者又は現にその看護に当たっている者に対して処方せんを交付しなければならない。」と定めており,「健康保険法の規定による療養に要する費用の額の算定方法」では,医科点数表の処方せん料の説明として,「保険薬局で保険調剤を受けさせるために,患者に療養担当規則に定められている様式の完備した処方せん(院外処方せん)を交付した場合に限り算定し,その処方せんに処方した剤数,投与量(日分数)等のいかんにかかわらず,1回として算定する」と定められている。また,健康保険法70条1項及び同法72条1項に基づき,保険薬局ないし保険薬剤師について定めた薬担規則3条において,保険薬局は,患者から療養の給付を受けることを求められた場合には,その者の提出する処方せんが保健医療機関に従事している保険医等が交付した処方せんであること及び処方せん又は被保険者証によって療養の給付を受ける資格があることを確かめなければならないことを規定している。
そして,ファクシミリを利用した場合にも,平成元年通知により,「調剤は,患者等が持参する処方せんを受け取って内容を確認することにより完結するものであり,ファクシミリで電送された処方内容に基づいて行う薬剤の調製等は,患者等が持参する処方せんの受領,確認により,遡って調剤とみなされるものであること。」とされているのである。
このように,法令上,処方せんを「患者」あるいは少なくとも「現にその看護に当たっている者」に交付しなければならないことは明白であり,処方せん料の算定において最も重要なのは,医師が必要な記載事項をすべて記載した処方せんを発行することであるなどとする原告らの主張は,独自の見解であり到底認められるものではない。
また,原告らは,薬局職員に処方せんを交付したのは,歩行困難等の事情により薬局に薬を配達してもらってほしい旨の希望が表明されたごく一部の老人患者等についてのみであり,かかる患者の了承のもとに行っていたと主張するが,KクリニックとL薬局とは約35メートル程度しか離れておらず,通常1分もあれば移動できる位置関係にあり,Kクリニックまで通院してきている患者がL薬局に行くことができないなどとする主張はにわかに信用し難く,また,このような短距離を移動できない患者については,通常であれば,現に看護に当たっている者の付き添いがあるはずであるから,その者に処方せんを交付すれば足りる。さらに,被告が行った患者調査の結果によれば,Kクリニックの患者らは,「診察あるいはリハビリが終了するまでに薬が準備されている。」,「待合室で待っていると薬が届いている。」などと回答しており,本人の希望が表明されたことによるとの原告らの主張は,認めることができない。
(原告Aの主張)
処方せん料の請求のためには「患者に処方せんを現実的に手渡すこと」が必要であるという被告の見解は,あまりにも形式的に過ぎて妥当でない。そもそも,原告らが処方せんを患者に現実に手渡すことなく,薬局職員に渡したというのは,歩行困難等の事情により薬局に薬を配達してもらってほしい旨の希望が表明されたごく一部の老人患者等についてのみであり,かかる患者の了承のもとに行っていたのであるから「現実の手渡し」がなくとも,法的には患者に交付し,患者から薬剤師らに交付されたと解して何ら問題はない。そうでなければ,ファクシミリを利用して処方内容を送付することは不可能である。
加えて,処方せん料の算定において最も重要なのは,患者が保険薬局において調剤を受けるため,医師が処方せんとして必要な記載事項をすべて記載した処方せんを発行することであり,かかる処方せんを患者に対して現実に手渡すことではない。本件において一部患者に処方せんを現実に手渡さなかったことについて,それが特定保険薬局との関係に対して疑念が生じる事実として指摘されるならともかく,原告らが処方せんとして必要な記載事項のすべてを記載した処方せんを発行し,その処方せんに基づいて保険薬局が薬の調剤を行い,患者がその調剤薬を受領しているにもかかわらず,処方せんをいったん患者に手渡さなかったことをもって保険医療機関指定の取消し及び保険医登録の取消しという重大なる不利益処分の原因となる不正請求に該当するというのは,処方せん料の請求根拠についての法的評価を誤った事実誤認による不当処分と評するほかない。
(8) 処方内容のファクシミリ送信と薬剤の配達の可否(原告Aについて)
(被告の主張)
前記(7)(被告の主張)のとおり,L薬局による薬剤の配達は,患者本人の希望が表明されたことによるものと認めることはできない。
また,被告が行ったL薬局のO薬剤師らに対する事情聴取の結果,O薬剤師は,原告Bから依頼を受けてKクリニックに薬剤を配達していたこと,このような取扱いは,平成13年3月ころから行われていたと述べているほか,被告がL薬局に対して行った監査の結果,老人保健の対象患者のうち579件について薬剤を同薬局からKクリニックに届ける取扱いが行われていたことが認められ,その割合は,被告が行った患者調査の対象となった老人保健対象患者を基礎とすれば,約7割に達していたもので,KクリニックとL薬局との間において,このような仕組みが確立していたことが明らかである。
原告Aは,療養担当規則には薬の配達自体を禁止した規定は存在しないなどと主張するが,上記のとおり,被告は,単に配達だけを問題としているものではなく,患者調査やO薬剤師らからの聴取結果等も踏まえ,Kクリニックの管理者である原告Bが,診療所からファックスで薬局に処方せんを送付し,それに基づき調剤された薬剤を薬局から診療所に届ける仕組みをL薬局のO薬剤師に要請し,平成13年3月ころから実施していたという事実を認めたのであって,これが特定の薬局へ誘導に当たることは明らかである。
ファクシミリによる処方内容の送付による調剤の取扱いについては,前記(7)(被告の主張)のとおりであり,患者の選択により,患者が保険薬局にファクシミリで処方内容を電送することは認められると記載されているところである。
このように,ファクシミリによる処方内容の電送が認められるためには,平成10年通知の要件を満たしている必要があるところ,Kクリニックでは,患者が通常自由に出入りできる場所である待合室ロビーにファクシミリ送信機は設置されておらず,患者の自由な意思によってファクシミリを送信できるようにしていたとは到底認めることができない。原告Bは,Kクリニック職員によってL薬局に対して処方内容を電送し,それに基づき調剤された薬剤を薬局から診療所に届ける仕組みをL薬局の薬剤師に要請し,平成13年3月ころから実施していたのであって,これは,特定薬局への誘導以外の何ものでもない。
(原告Aの主張)
ア 被告の掲げた「不利益処分の原因となる事実」には,原告AがL薬局に薬を配達してもらっていた点及びKクリニックの会計カウンターでL薬局にて薬を受け取るよう指示していた点が「不正請求」の項目に挙げられている。
しかしながら,原告Aは,薬の配達及び処方薬局の指示によって何らかの保険請求を行ったわけではないので,これらの摘示事実が不正請求に該当するものではない。
また,療養担当規則に薬の配達自体を禁止した規定は存在しない。被告が独立の項目として掲げた薬の配達については,それ自体が処分対象行為となるものではなく,あくまで特定の保険薬局への誘導の事実を推認する事情の一つとして考慮できるにすぎないというべきである。
イ さらに,被告の行った患者調査においても,L薬局以外の処方薬局にて薬を受け取っている旨回答した者が多数存在することからも,原告らが処方せんを交付した患者を積極的にL薬局に誘導した事実はないと解すべきである。
また,L薬局による薬の配達の点についても,あくまでも歩行困難な老人患者等に対する医療上の配慮及び患者サービスとして行っていたにすぎず,受診患者全般について行っていたものではない。薬の配達の事実をもって療養担当規則で禁止されている特定保険薬局への誘導が行われていたと評価することはできない。
また,被告は,処方内容をL薬局にファクシミリ送信したことを問題にしているようであるが,ファクシミリによって送信された処方内容の写しにより調剤を行うことは,公立病院等指定病院においても認められている。かかりつけ薬局であれば,患者が歩行困難である場合などに薬剤を宅配しその後に処方せんの原本を受け取る方法による調剤も認められている。
そして,患者の選択により,患者が保険薬局にファクシミリで処方内容を電送することは認められており(平成元年通知),患者が寝たきり又は歩行困難な場合には,医療機関で患者サービスの一環として薬を宅配することが認められている(平成10年通知)。なお,同通知における「患家」とは,患者が所在し,若しくは患者が指定し,適切に薬剤の授受が可能な場所という意味であり,それ以上に限定的な解釈は求められない。
ウ 本件では,歩行困難等の事情が認められる老人患者等から薬剤を配達してもらいたいとの申出があった場合,診察後に原告Aが作成した処方内容を原告Aの受付事務職員がL薬局にファクシミリ送信し,L薬局がこれに基づき薬剤を調剤し,O薬剤師若しくはL薬局職員が薬剤をKクリニックまで持参し,患者が薬剤の交付を受けていた。また,処方せんは,患者自身若しくは原告A職員が薬剤を持参したL薬局関係者に交付していた。
このように,原告Aでは,ファクシミリ送信機自体は受付に置かれていたものの,あくまでも患者が選択し,患者の自由な意思に基づいて処方内容をファクシミリ送信し,これによる薬剤の受け取りが行われていたものである。
また,原告Aが患者からの依頼を受け,処方内容をファクシミリ送信した薬局は,L薬局に限られていない。
以上のとおり,原告Aでは,L薬局だけに限定して処方内容のファクシミリ送信を実施していたものではなく,患者の希望に応じて,患者が選択する薬局にファクシミリ送信が行える態勢が確保されていたのであって,原告Aが,特定の薬局に誘導していたものではない。
エ 以上のとおりであるから,原告Aについて,保険医療機関指定の取消処分に該当するような特定保険薬局への誘導禁止違反の事実は存在しない。仮に,特定保険薬局への誘導禁止規定を極めて形式的に適用し,同規定違反を疑われるような行為が若干例あったとしても,上述のような老人患者等に対する医療上の配慮及び患者サービスという事情に鑑みれば,保険医療機関指定の取消し等の重大な不利益処分に相当するような違法性はないというべきである。
(9) 重大な過失の有無
(被告の主張)
被告は,原告Aについては,監査要綱における行政措置の運用基準「重大な過失により,不正又は不当な診療報酬請求をしばしば行ったもの」に該当すると判断したものであり,原告Bについては,上記運用基準「重大な過失により,不正又は不当な診療をしばしば行ったもの」に該当すると判断したものである。監査要綱でいう「重大な過失」とは,医療担当者として守るべき注意義務を欠いた程度の重いものを,「軽微な過失」とはその程度の軽いものをいい,また,不正,不当の診療又は報酬請求を行ったものの「しばしば」とは,1回の監査において,件数からみてしばしば事故のあった場合及び1回の監査における事故がしばしばなくとも監査を受けた際の事故がその後数回の監査にあって同様の事故が改められない場合をいうものとして運用されている。
被告は,単に皮膚,皮下腫瘍摘出術の問題だけではなく,他の問題も含めて「不正又は不当な診療」を「しばしば」行ったものに該当すると判断したものである。
(原告らの主張)
仮に,被告が主張するとおり,実際に行った保険診療を,保険点数の高い,別の診療に振り替えて診療報酬を不正に請求したと解する余地があるとしても,それは重大な過失による請求ではない。
前記(3)(原告らの主張)のとおり,原告らは,現在の臨床現場において,確固たる治療法として確立している炭酸ガスレーザーを用いた治療法が皮膚,皮下腫瘍摘出術に該当すると判断していたものである。
また,処方せん料の請求については,原告らは,所定の様式にて薬剤の処方をしているから,この処方せん料を請求することは問題ないと思料していた。仮に,被告が指摘するとおり,「交付」すなわち「手渡し」がないという点が問題であったとすれば,それは保険請求の事務手続上の問題であり,被告において指導し,今後の請求から改めさせれば足りる程度の違反であった。
以上のとおり,原告らには,いずれの不正請求問題についても「重大な過失」が存在していないことが明白であるから,被告による本件各取消処分の誤りは明白というべきである。
第3当裁判所の判断
1 認定事実
前記第2の1の前提事実,証拠(甲16,19,34,35,乙52,証人P,同N,同Q,原告B)及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められる。
(1) 当事者
原告Bは,昭和50年3月にC大学医学部を卒業し,同年6月医師国家試験に合格した後,C大学医学部附属内科研修,D病院内科研修,E病院外科研修,その後,F病院整形外科,G病院整形外科,H病院整形外科,I病院整形外科の各勤務を経て,平成元年5月,J整形外科を開設し,平成11年11月12日,Kクリニックの院長に就任し,現在に至っている。
原告Aは,原告Bによって平成3年8月19日に設立され,同年10月1日から平成11年10月31日までの間は,J整形外科の名称で,同年11月1日以降は,Kクリニックの名称で保険医療機関の指定を受けた医療法人である。
(2) J整形外科当時の個別指導
被告は,平成11年7月8日,原告Aが経営するJ整形外科に対し,個別指導実施調査を行った。
その際,原告らに対して,以下のとおりの指摘がなされた。
ア 診療に関する事項
診療録における終了年月日の記入漏れが散見されるので,改めること。
病状経過の記載がやや乏しいので,必要事項は診療の都度遅滞なく丁寧に記載すること。
特定疾患療養指導料の算定に当たっては,単に「Diet」とだけ記載するのではなく,その内容の要点をもう少し具体的に示すこと。
保険診療上窓口で徴収できる金額は,法に定める一部負担金や特定療養費等に限られているので,その規定を遵守して,混合診療の疑義のないよう留意すること。
イ 理学療法に関する事項
(ア) 開始時間と終了時間を記載することになっているが,一部その記載が不十分である。
(イ) 6か月を超えて実施する場合は,実施計画の内容を説明しその要点を診療録に記載することになっているが,一部その記載が不十分である。
(ウ) 初診日から6か月を経過した入院中の患者以外の患者に対しては,「6月超」で算定すべきところを,誤って「6月以内」で算定されている。
上記(ア)と(イ)については早急に改めること。(ウ)については,審査支払機関よりの過誤調整の求めに応じること。
ウ 一部負担金に関する事項
従業員からの一部負担金の徴収がなされていない。また院長の知人について一部負担金が一部免除されている。一部負担金は適正に徴収すること。
これらの指摘事項について,原告Aは,平成11年7月17日付けの指摘事項改善報告書により,いずれも指摘どおり指導に従う旨の内容を記載し,改善したと報告した。(乙7の1・2)
しかし,一部負担金に関しては,原告B,Nらは,税理士に相談の上,いったん一部負担金を徴収するが,領収書を持参すれば,一部負担金と同額の金員を返還するという方法に変更した。また,Kクリニック職員だけではなく,職員の家族や親戚,原告Bの知人等も同様に領収書を提示すれば一部負担金と同額の金員を返還するという方法をとっていた。(甲17,18の1~4)
(3) L薬局に対するファクシミリによる処方内容の送信
L薬局は,平成12年8月に,Kクリニックから約30メートルほど離れた場所に開設された。なお,KクリニックとL薬局との間には建物があり,Kクリニックの正面出入口を出ても,直ちにL薬局が目に入るという位置関係にはない。そのため,Kクリニック職員に対して,患者が,近い薬局はどこかと尋ねるようになり,そのことに関してKクリニック職員から不満を述べられたL薬局職員は,L薬局の案内板(乙54)をKクリニックの受付窓口に設置した。
原告Bは,L薬局のO薬剤師に対して,KクリニックからL薬局に処方内容をファクシミリで送信し,それに基づきL薬局で調剤し,Kクリニックへ配達するという方法を提案し,平成13年3月ころから,平成14年8月ころまで,同様の方法で薬剤を配達することを行っていた。
具体的には,Kクリニックに設置されたファクシミリからL薬局に処方内容がファクシミリで送信されると,O薬剤師は,その処方内容に従って調剤し,調剤が終わると,主にL薬局事務職員がKクリニックへ配達し,会計窓口等で患者に薬剤を交付していた。なお,Kクリニックのファクシミリは,待合室,ロビー等には設置されてはおらず,患者自身が操作できるものではなかった。また,ファクシミリの設置してある場所の近くに,その地域の処方せん応需薬局の一覧表等を掲示するなどの措置(平成元年通知別添2の3(2))はとられていなかった。
Kクリニック職員は,薬剤を配達したL薬局職員に対し,処方せん原本を交付したり,後日まとめて交付することもあった。O薬剤師は,処方せん原本とファクシミリ送信されたものとを照合すると,ファクシミリ文書を廃棄していた。(甲48~50)
(4) 本件各処分に至る経緯(本項目について,甲3,51)
ア 平成14年4月22日及び同年5月1日,薬剤師と名乗る男から,沖縄社会保険事務局に対し,Kクリニックに関して,保険薬局であるL薬局の事務職員が,Kクリニックの待合室において,薬局名の印刷された薬袋を患者に配達しているという内容の匿名電話があった。
そこで,沖縄社会保険事務局では,上記匿名情報に基づき,Kクリニックの診療報酬明細書(レセプト)を収集するとともに,Kクリニックの患者37名(老人保健対象者27名,医療保険対象者10名)に対する患者調査を実施することとし,同年9月2日及び同月3日にかけて,患者を戸別訪問する方法により聞き取り調査を実施した。
上記調査の結果,老人保健対象患者27名のうち18名が,薬剤の受領方法について,Kクリニックの会計窓口で,あるいはKクリニックに出向いてきた薬局職員より薬剤を受け取った旨回答し,うち9名は,Kクリニックの窓口において,L薬局で薬剤を受け取るよう指示された旨回答した。また,前記老人保健対象患者のうち14名が,Kクリニックでは処方せんを交付されていない旨回答した。(乙11,44,53)
イ 沖縄社会保険事務局は,前記アの調査結果より,原告Aが経営するKクリニックにおいて特定薬局への誘導が行われているのではないかとの疑いが生じ,また,処方せんの取扱いについても疑義が生じたため,平成14年9月30日,指導大綱第4の4(1)⑦「その他特に都道府県個別指導が必要と認められる保険医療機関」に該当するとして,指導大綱第4の1の個別指導対象の保険医療機関等の選定を行う選定委員会に諮問し,個別指導を行うことが適当であるとの答申を得た。
そこで,被告は,原告らに対し,同年10月7日付け文書により,同月31日に健康保険法73条1項等に基づく個別指導を実施する旨通知した。(乙12)
ウ 沖縄社会保険事務局は,平成14年10月31日午後1時30分より,原告らに対して個別指導を実施した。(乙12)
個別指導を担当した沖縄社会保険事務局の職員は,原告Bに対し,Kクリニックにおいて薬剤を受領している患者について事実確認をしたところ,原告Bからは,1日に2,3名程度歩行困難な老人保健の患者について行っているとの回答があり,沖縄社会保険事務局が行った前記アの調査結果と異なるものであったため,再度調査が必要であると判断して,同日は,個別調査を中断した。
エ 沖縄社会保険事務局保険課長は,平成14年11月5日,原告らに対し,健康保険法78条に基づく照会として,同年8月以前にKクリニック内で薬剤を受け取っている患者のリストを提供するよう文書により通知した。これに対し,同年11月14日,原告らから該当者20名分のリストが提出された。(乙13,14)
しかし,同リストに記載された患者と,沖縄社会保険事務局が把握している患者リストの患者の中で符合する患者は3名にすぎなかった。(乙11,14)
そこで,沖縄社会保険事務局保険課長は,同月26日,再度,原告らに患者リストの提出を求めた。(乙15)
これを受けて,原告らは,同年12月10日,11名の患者名が記載されたリストを追加提出したが,同リストに記載された11名の患者名のうち,沖縄社会保険事務局が把握している患者リストと符合した者は,1名しかいなかった。(乙11,16,17)
オ また,沖縄社会保険事務局では,前記ウのとおり,個別指導を中断した後,Kクリニックのレセプトも調査した。すると,皮膚,皮下腫瘍摘出術の診療報酬請求について,キシロカインの使用量が少ないこと,処置後の抜糸のための再来院が少ないことから振替請求の疑義が生じたため,平成13年8月分から平成14年7月分までの1年分のレセプトを点検したところ,いぼ焼灼法,冷凍凝固法の処置による請求が1例もなく,すべて皮膚,皮下腫瘍摘出術での請求となっており,振替請求の疑義が更に深まった。
そこで,沖縄社会保険事務局は,同年11月7日から12月6日の間に,Kクリニックの患者25名を対象に皮膚腫瘍に関する調査を実施した。その結果,事情聴取ができた患者18名全員について,切除,縫合による術創痕を認めることができず,患者自身も切除,縫合を受けていない旨回答した。(乙18の1~3)
カ 沖縄社会保険事務局は,以上のような調査を行った結果,原告らに対する振替請求等の疑義が更に深まったことから,平成14年12月19日,原告らに対して中断していた個別指導を,平成15年1月9日に再開する旨決定し,その通知を行った(乙19)。
沖縄社会保険事務局は,同日午前10時ころから,原告らに対する個別指導を再開した。そして,沖縄社会保険事務局のQ医療管理官(以下「Q管理官」という。)が,原告Bに対し,前記エのとおり,沖縄社会保険事務局が行った調査と原告らから提出された患者リストが一致しない理由について確認したが,原告Bからは明確な説明がなされなかった。そして,前記オのとおり,レセプトについても疑義が生じていたこともあり,Q管理官は,診療内容及び診療報酬の請求に関して,不正又は著しい不当が疑われる場合に該当すると判断し,指導大綱第7の1(2)④「なお,指導中に診療内容又は診療報酬の請求について,明らかに不正又は著しい不当が疑われる場合にあっては,指導を中止し,直ちに監査を行うことができる。」との定めに基づき,同日午前11時ころ,沖縄社会保険事務局職員が,監査通知文書を原告Bに手交し,監査に移行した。(乙20,52,56)
キ 本件監査は,Q管理官,P指導医療官ら沖縄社会保険事務局職員8名,沖縄県福祉保健部職員3名が担当し,沖縄県医師会のXが立会人として立ち会った。そして,まず,Q管理官が,原告Aの事務長であるNに対して質問し,Nがそれに答えるという形で開始された。
Q管理官は,Nに対し,まず,処方せんの流れや,処方内容をファクシミリでL薬局へ送信し,L薬局から薬剤が配達されていたことや,理学療法患者の診察状況について質問を行った。Nは,処方内容をファクシミリで送信し,L薬局から薬剤を配達することについては,高齢で足の悪い患者に対するサービスとして,L薬局が行ったことが一部にあるなどと答え,前記アの調査と原告らから提出された患者リストが一致しないことについては分からない,L薬局についての案内板についても受付担当職員でないと分からない,理学療法患者の診察状況についても受付担当職員に聞いてくれなどと答えた。
そこで,Q管理官は,次に,Kクリニックの受付事務担当職員であるRに対して,Nに対するのと同様の質問を行った。すると,Rは,処方内容をファクシミリで送信していることについて,原告Bの指示により,希望する患者についてはL薬局に処方内容をファクシミリで送信するようになった旨述べた。また,Rは,Kクリニックの受付カウンターに設置されていたL薬局の案内板については,おそらくL薬局が置いたものだと思う旨,理学療法患者で原告Bの診察を受けずにリハビリのみ行う患者は1日に10人程度いた旨を発言した。
次に,Q管理官らは,原告Bに対して,質問を行った。その際,原告Bは,ファクシミリで処方内容を送信している患者が,アの調査で認められた患者を含めて存在し,その割合は,原告Bの認識としては,老人保健の被保険者である患者のうち3割程度である,原告Aの職員やその家族がKクリニックで受診した場合は,一部負担金を福利厚生費としてその日のうちに払い戻すという取扱いをしており,そのような取扱いであれば認められると思っていた,原告Bの隣人にも一部負担金を隣近所の付合いの中で返還するなどしていた旨を述べた。また,原告Bは,Q管理官の質問に対して,理学療法患者の中には原告Bの診察を受けずに理学療法を受けている患者がいることは認識しているが,理学療法士が理学療法の記録を診療録に記載しているので,それを確認していると答えた。さらに,原告Bは,いぼ焼灼法,創傷処理,皮膚切開術で算定すべきところを皮膚,皮下腫瘍摘出術で算定していることは認めるが,皮膚,皮下腫瘍摘出術で請求するためには縫合が必要であるとは認識していなかった,新しい医科点数表についてはよく見ておらず,いぼ焼灼法はなくなったものと思っていたなどと述べ,結果的には振替請求となっていることは,本件監査の時点では認めるが,診療報酬を請求した段階では容認されると思っていたなどと述べた。その他,患者から一部負担金について高いと文句を言われた場合には,一部負担金を軽減したこともあったことも述べた。(乙52,56)
原告B,N,Rは,聴取書に自己の発言内容を記載し,署名・押印しているが,その内容は,いずれも,監査事項を認める内容となっている。そして,原告Bは,監査事項に対する弁明,意見として,忙しい診療の中で管理不行き届きがあり,又診療報酬等に対する知識の不十分さ,誤解があった,今後はこのようなことがないように努力する旨記載した。(乙36)
また,原告Bは,患者個別調書において,個々の患者についての監査の結果,不正請求,不当請求とされるものについても,保険医の弁明として,理学療法に関する患者個別調書分を除きいずれも「認めます」と記載した上,すべて「上記のとおり相違ありません。」として署名ないし記名押印している。(乙28の2,乙29の2,乙30の2,乙33の2,乙34の2)
本件監査の結果,社会保険,国民健康保険,老人健康保険の不正請求,不当請求が患者数で合計708名,診療報酬明細書の枚数で合計1843枚,合計683万0150円に上った。(乙28~34の2)
ク 被告は,上記キの監査の際に,Kクリニックの患者の中に,原告Bの診察を受けていないが理学療法を受け,診療報酬請求が原告Aからなされている患者がいることを発見したため,平成15年4月24日と同月25日,診察を拒否した患者のものとして原告らから提出を受けた診療録を基に,患者10名について面談調査を行った。面談調査の結果,強く診察を拒否するようなことを述べた患者はいなかったこと,それにもかかわらず,同人らの中で常に診察を受けている者は1名のみであり,患者の方から希望しないと診察は行われず,そのまま理学療法を受けている者が多いことが判明した。(乙37)
ケ 社会保険事務局の担当者は,平成15年4月28日に,原告Bに対して再度の確認を行った。その際に,被告國吉は,上記クの患者10名について,再診時に無診察で理学療法を行っていたことを認め,再診料を不正請求した事実に関する患者個別調書の保険医の弁明欄に「認める」と記載して,署名押印した。(乙28の2)
コ 被告は,前記キの監査結果を基に,厚生労働省保険局長に対し,原告Aについては保険医療機関の指定取消し,原告Bについては保険医の登録取消しに係る内議をし,同局長は,平成15年5月8日付けで,同処分が相当である旨通知した(乙24)。
サ 被告は,平成15年5月9日,原告Aについては保険医療機関の指定の取消事由が認められ,原告Bについては保険医の登録の取消事由が認められたとして,監査要項第6の2に基づき,原告らに対して,別紙1及び2の内容の不利益処分の原因となる事実を明らかにして,同月23日に行政手続法13条による聴聞を行う旨通知したところ(乙21),原告らから,聴聞延期の申出があった。そこで,被告は,聴聞期日を同年6月4日に変更し,その旨を原告らに通知し,同日午前11時から,沖縄社会保険事務局において聴聞を実施した。(乙22)
その際,原告らから再度弁明の機会がほしいとの申入れがなされたため,聴聞を続行することとし,あらかじめ再開日時等を原告らに通知した上,同年7月2日午後1時から,聴聞を再開して実施した(乙23)。
シ 被告は,平成15年7月15日,沖縄地方社会保険医療協議会に対し,原告Aに対する保険医療機関の指定の取消し及び原告Bに対する保険医の登録の取消しについて諮問した。そして,同日,同協議会より,いずれも諮問のとおり了承する旨の答申を受けた(乙24,25)。
被告は,平成15年7月15日付けで,原告Aについて,健康保険法80条1号ないし3号及び6号に基づき,同月22日を取消年月日とする保険医療機関の指定の取消処分(本件保険医療機関指定取消処分)を,原告Bについて,同法81条1号及び3号に基づき,平成15年7月22日を取消年月日とする保険医の登録の取消処分(本件保険医登録取消処分)をそれぞれ行い,その旨を原告らに通知した(甲1,2,乙26,27)。
2 争点(1)(本件各処分に至る手続における違法性の有無)について
本件各処分に至る手続経過は,前記1(4)のとおりであるが,その手続に違法な点は特段見出せない。
この点,原告は,被告が,指導名目で調査に入り,事前の公文書による通知なしに即日監査に切り替え,本件各処分を企図した処分根拠事実を原告Bに無理矢理承認させ,本件各処分を強行しており,違法な手続であると主張する。
しかし,指導大綱第7の1(2)④では,指導中に診療内容又は診療報酬の請求について,明らかに不正又は著しい不当が疑われる場合にあっては,指導を中止し,直ちに監査を行うことができると定められている。
本件では,前記1(4)オのとおり,沖縄社会保険事務局は,第三者からの情報提供を受けた後,関係書類を収集し,患者調査を実施した上でそれらを分析し,原告らに対して個別指導を実施し,さらに,原告らに対して2回にわたり照会を行ったものの,原告らが沖縄社会保険事務局の調査結果と明らかに異なる内容の回答を繰り返していたものである。
そして,再開後の個別指導の際に,Q管理官が,原告らに対して,沖縄社会保険事務局が行った調査と原告らから提出された患者リストが一致しない理由について確認したが,原告Bからは明確かつ合理的な説明がなされなかったことや,レセプトの内容について疑義があることが認められていたことから,診療内容及び診療報酬の請求に関して,不正又は著しい不当が疑われる場合に該当すると判断し,指導大綱第7の1(2)④「なお,指導中に診療内容又は診療報酬の請求について,明らかに不正又は著しい不当が疑われる場合にあっては,指導を中止し,直ちに監査を行うことができる。」との規定に基づいて,監査に移行したものと認められ,かつ,沖縄社会保険事務局担当者らの上記判断は相当なものといえる。
したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
3 争点(2)(無診察での理学療法の有無)について
(1) 前記1(4)のとおり,本件監査において原告Bから聞き取り調査を実施した際,原告B自身,診察を拒否する患者がおり,それは1日に4,5名程度だと思うと回答していること,監査時に作成した患者個別調書の保険医の弁明欄にも「認めます」と記入して署名押印していること,本件監査の際,Rも無診察で理学療法を受けている患者が1日に10名程度いることを自認していることが認められる。そして,社会保険事務局は,監査後の平成15年4月24日,25日に,診察を拒否した患者のものとして原告らから提出を受けた診療録に基づき,患者10名について面談調査をしたところ,強く診察を拒否するような患者が確認されず,同月28日に,原告Bに対して行われた再度の確認の際に,原告Bは,患者10名について,再診時に無診察で理学療法を行っていたことを認め,再診料を不正請求した事実に関する患者個別調書の保険医の弁明欄に「認める」と記載して,署名押印しているものである。
これらの事実に照らすと,原告らは,医師法20条に違反して,再診時に無診察で理学療法を行い,しかも再診料を不正請求していたものと認められる。
(2) この点について,原告らは,Mら患者10名について,別紙3のとおり診療録の記載を指摘して,診察がなされていたと主張するところ,確かに,証拠(甲20~29)には,原告指摘のような記載があることが認められる。
しかしながら,診療録は,保険請求の根拠となるものであって,「既往症・原因・主要症状・経過等」の欄については,受診者の病歴,受診に係る傷病の原因,傷病に関する主要症状及び受診中の経過等について必要な事項を記載すること,「処方・手術・処置等」欄について,受診者に対し行った診療行為について内容を記載することとされており(乙45),診療録の記載が乱雑であったり,不明確であるといった,診療取扱手続が実質的に妥当を欠く行為が診療内容の不当に該当するとされていること(乙46)等に照らせば,診療録の「既往症・原因・主要症状・経過等」欄には,患者の主訴や自他覚的所見等の診断結果が記載されているべきところ,原告らの指摘する記載箇所を見ても,そのような記載は見当たらないか,あるいは,不明確な記載にとどまるのであって,原告Bによる診察がなされたことを示す記載であるとまでは認めるには足りないというべきである。また,Mら10名は,無診察診療との指摘に対する診察拒否の弁明の具体例として原告らが提出した診療録に該当する者であり,これらの者も診察していたとする原告らの主張は,矛盾するものといわざるを得ない。
したがって,この点に関する原告らの上記主張は,採用することができない。
(3) その他,原告らは,実質的観点よりすれば,前回の診察に基づく理学療法と解すべきであるとか,医師が従前より診察を行っている患者について,従前の診察の結果,患者の要望,看護婦の報告などに基づいて治療したとしても必ずしも無診察診療とはいえないなどと,るる主張を試みているが,いずれも独自の見解であり,採用の限りでない。
4 争点(3)(皮膚,皮下腫瘍摘出術の不正請求の有無)について
(1) 証拠(各項掲記のほか,甲4,5,32,乙49,50,証人P,原告B)及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められる。
ア 健康保険法の規定による療養に要する費用の算定方法については,医科点数表で定められている。そのうち本件に関連する部分は,以下のとおりである。(乙6)
(ア) 皮膚,皮下腫瘍摘出術は,医科点数表の第10部 手術,第1 手術料,第1款 皮膚・皮下組織,区分(皮膚,皮下組織)の中のK005(露出部),K006(露出部以外)に定めがある。
そして,K005の皮膚,皮下腫瘍摘出術(露出部)の部分に鶏眼・胼胝に対する麻酔を使用した切除後縫合について記載があり,鶏眼・胼胝に対して,麻酔を使用し,切除後縫合を行う場合は,K005皮膚,皮下腫瘍摘出術(露出部)又はK006皮膚,皮下腫瘍摘出術(露出部以外)により算定するとされている。
また,皮膚腫瘍冷凍凝固摘出術についてもK006の欄に記載があり,良性又は悪性の皮膚腫瘍に対する冷凍凝固摘出術は,K006に準じて算定するとされている。
皮膚,皮下腫瘍摘出術の点数は,露出部では1660点ないし4360点,露出部以外では1280点ないし4160点と定められている。
(イ) いぼ焼灼法は,第9部 処置のJ055に定めがあり,3か所以下 200点,4か所以上 250点と定められている。
臍肉芽腫切除術についてもいぼ焼灼法の部分に記載があり,同術を行った場合は,いぼ焼灼法の3か所以下に準じて算定するとされている。
(ウ) そして,医科点数表に掲げられていない処置であって特殊な処置の処置料は,同節に掲げられている処置のうちで最も近似する処置の各区分の所定点数により算定するとされている。この場合,平成14年3月8日付け保医発0308001通知により,特殊な処置の処置料は,その都度当局に内議し,最も近似する処置として準用が通知された算定方法により算定するとされている。(乙50,51)
イ 原告Bは,不正請求と指摘された133名のうち120名については,炭酸ガスレーザーを用い,いぼ,黒子等を切除している。
他の13名のうち12名は,金属製メスを使用して,いぼ,黒子等を切除しており,縫合はせずに,サージカルテープを用いて傷口を塞ぐなどの方法を用いている。
その他の1名については,創傷処理としてカルテにも記載があり,創傷処理として診療報酬を請求すべきところを皮膚,皮下腫瘍摘出術として請求したものである。
なお,炭酸ガスレーザーとは,波長10.6μmの中赤外線の不可視光線であり,炭酸ガスレーザー光をレンズで集光すると焦点部が約1500度に達することを利用し,組織を一瞬にして蒸散させて切開を行うものである。焦点をずらして照射するとエネルギー密度が低下して,組織の凝固,蒸散が可能となり,周辺部の組織が熱作用により変性凝固するため,血管が閉鎖されて止血することができるというものである。(甲6~12)
炭酸ガスレーザーを用いた処置ないし手術については,医科点数表には定めがない。
(2) また,前記1(4)のとおり,原告Bは,本件監査の際,133名の患者について,皮膚,皮下腫瘍摘出術には該当しない旨指摘されて,皮膚,皮下腫瘍摘出術には該当しないことを認めながら,診療報酬請求をした際には,いぼ焼灼法がなくなったと思っていたので,皮膚,皮下腫瘍摘出術に該当するものと思っていたと述べている。
(3) そこで,前記(1),(2)の事実を基に検討するに,皮膚,皮下腫瘍摘出術は,医科点数表の第10部 手術,第1 手術料,第1款 皮膚・皮下組織,区分(皮膚,皮下組織)の中のK005(露出部),K006(露出部以外)に定めがあるところ,同じ区分(皮膚,皮下組織)には,K000創傷処理,K001皮膚切開術,K007皮膚悪性腫瘍切除術も分類されており,これらはいずれも観血的手術である。そして,鶏眼・胼胝に対する麻酔を使用した切除後縫合を行う場合は,皮膚,皮下腫瘍摘出術により算出すると定められており,そこでは縫合が要件とされている。
他方,いぼ焼灼法は処置の項目に分類されており,手術の項目に分類されている皮膚,皮下腫瘍摘出術とは非常に大きな点数の差があり,これは,処置が比較的簡単な手当て,治療で行えるものであり,手術はそれよりも技能が必要であるからこそ点数にも大きな差が設けられているものであると理解することができる(証人P)。
そうすると,皮膚,皮下腫瘍摘出術は,皮膚又は皮下に及ぶ腫瘍に対して,皮膚を切開して患部の切除(摘出)を行い,切開部の縫合を要する手術に対して設定された術式であると解されるから,原告らが皮膚,皮下腫瘍摘出術に該当しないとされた133名については,そもそも創傷処理で請求すべきであった1名以外の患者についても,いずれも縫合がなされておらず,皮膚,皮下腫瘍摘出術に該当するということはできない。
(4) この点について,原告らは,炭酸ガスレーザーについては,最新の医療機器であり,前記(1)イのとおり,止血もできることから縫合を要件としなくとも皮膚,皮下腫瘍摘出術に該当すると主張する。
確かに,原告ら主張のとおり,炭酸ガスレーザーについては,金属製メスを使用した場合に比して,出血の程度も少なく,いぼ,黒子等の治療に有効であること,また,炭酸ガスレーザーを利用した治療について,皮膚,皮下腫瘍摘出術として請求している医療機関が他にも存在すること(調査嘱託の結果)が認められる。
しかしながら,そもそも,炭酸ガスレーザーを利用した治療法については,医科点数表に記載がないところ,前記(1)ないし(3)のとおり,医科点数表の定め方に照らせば,皮膚,皮下腫瘍摘出術は縫合まで要件としていると解すべきであるが,炭酸ガスレーザーによる切除では,縫合は行っていないのであるから,これは皮膚,皮下腫瘍摘出術には当たらないと判断することが合理的である。また,前記(1)ア(ウ)のとおり,平成14年3月8日付け保医発0308001通知により,特殊な処置の処置料は,その都度当局に内議し,最も近似する処置として準用が通知された算定方法により算定するとされているところ,原告らが炭酸ガスレーザーを用いた治療法を実施した場合の処置料について,沖縄社会保険事務局等に内議を申し入れたような事情は本件証拠上窺われない。さらに,原告Bは,本件監査の際に,レーザーを用いた治療について,以前はいぼ焼灼法で請求していた旨述べているところ,これは明らかに前記原告らの主張と矛盾するものである。
これらの事情に照らせば,炭酸ガスレーザーを使用した治療について,皮膚,皮下腫瘍摘出術に該当する旨の原告の上記主張は,相当でなく,採用することができない。
5 争点(4)(特定保険薬局への誘導の有無)について
前記1(3)のとおり,KクリニックとL薬局とは30メートル程度の距離に位置しているが,両建物の間には別の建物が存在し,Kクリニックの正面出入口を出た時には,直接L薬局を目視することはできないこと,Kクリニックの会計カウンター内にL薬局の場所などを記載した案内図(乙54)が置かれており,これは,原告A職員が,近くの薬局を説明するのが面倒であるため,L薬局に対して要求して設置させたものであること,前記1(4)アのとおり,被告の行った患者調査の際,患者らは,原告A職員からL薬局へ行くように指示されたと述べていること等の事実が認められる。
これらの事実によれば,原告らがL薬局という特定の保険薬局に患者を誘導していたことは,明らかである。
この点に関し,原告Aは,Kクリニックでは那覇地区薬剤師会から配布された那覇地区全体の薬局を示す地図(甲30)を窓口内に常備し,患者が自宅や勤務先付近の薬局で薬の受け取りを希望する場合に,当該地図を使用して説明し,これを交付するなどしていたと主張する。しかし,原告Aが常備していたと主張する甲30号証には,本件病院付近にL薬局の記載が見当たらず,同地図は,L薬局が営業を開始した平成12年(甲48)よりも前に使用されていたものと考えられる。そして,その他にL薬局を含めた那覇市内の処方薬局の所在を示した地図をKクリニックが設置していたことを認めるに足りる証拠はない。したがって,原告Aの上記主張は採用することができない。
また,原告Aは,個別指導なしに,L薬局への案内板の設置等を本件各処分の根拠事実とするのは,極めて不当かつ不公正な処分であるのみならず,初歩的な手続違反ゆえに無効と解すべきであるなどと主張する。しかし,特定薬局への誘導は,医薬分業の趣旨を没却するものであり,これに関する本件の前記諸事実に鑑みると,原告Aの上記主張は失当といわざるを得ない。
6 争点(5)(職員及びその家族に対する一部負担金の免除の有無)について
前記1(2)のとおり,原告Aは,平成11年の被告の個別指導以前は,原告A職員がKクリニックで受診する場合,一部負担金を徴収しない扱いをしていた。しかし,上記個別指導の際,被告から,従業員からの一部負担金の徴収がなされていない,院長の知人について一部負担金が一部免除されているとの指摘を受け,一部負担金を適正に徴収するよう指導がなされたため,税理士と相談の上,いったん職員らからも一部負担金を徴収するが,職員が領収証を持参したときには,徴収した一部負担金と同額を返還するという扱いをしていた。そして,原告Aの職員だけでなく,その家族,親戚についても職員と同様に一部負担金と同額の金員を返還するという扱いをしており,平成11年の個別指導の際にも指摘された原告Bの知人についても,職員と同様の扱いを続けていたものである。
これらの事実に照らすと,原告Aにおける上記のような一部負担金の取扱いは,関係者に対する一部負担金の免除にほかならず,原告Aの主張するような,原告A職員及びその被扶養者に対する福利厚生費の一環としての一部負担金相当額の見舞金の給付と解することはできない(このことは,原告Aの職員の親戚や原告Bの知人といった,原告Aの職員以外の人間についても同様の扱いがされていたことからも,明らかである。)。
この点に関し,原告Aは,原告Aの事務長であるNが,平成11年の個別指導後,顧問税理士の指導に従って上記のような扱いに変更し,そうすれば福利厚生費としての払い戻しであって,一部負担金の免除には当たらないと考えていたなどとるる主張するが,いずれも上記認定・判断を左右するものではない。
7 争点(6)(診療録の改ざん等の有無)について
(1) 証拠(乙32,33)及び弁論の全趣旨によれば,原告Bは,理学療法患者のリハビリ開始時刻及び終了時刻を診療録に記載しておらず,個別指導で指摘されたため,その後,リハビリ開始時刻を記入したが,それだけでなく,体重,症状についても記入をしたこと,それについて本件監査において確認がなされたことが認められる。
このような原告Bの行為は,原告Aについては療養担当規則8条,老人担当基準8条に違反し,及び原告Bについては療養担当規則22条,老人担当基準22条に違反するものといえる。
(2) また,医科点数表においては,各区分におけるリハビリテーションの実施に当り,全ての患者の機能訓練の内容の要点及び実施時刻(開始時刻と終了時刻)の記録を診療録等へ記載すること(甲5)とされているが,前記理学療法患者の診療録には,リハビリ実施時刻の記載はない。
この点,原告らは,診療録ではなく,リハビリ台帳(甲14)にリハビリ開始時刻が記載されていると主張するところ,確かに,原告らの主張するように,リハビリ台帳(甲14)に時刻の記載がされているものの,一つの時刻しか記載されておらず,同記載からは,それが開始時刻か終了時刻かさえも不明といわざるを得ない。
そもそも,診療録等にリハビリ実施時刻を記載するのは,医科点数表上,理学療法の算定要件として「20分以上訓練を行った場合にのみ算定する」とされているところ(乙6),実際に20分以上リハビリを行ったか否かを判断するために,実施時刻として開始時刻と終了時刻の記載が要求されているものと解される。
そうすると,リハビリの実施時刻が20分以上であったか否かを判断するためには,リハビリの開始時刻又は終了時刻のいずれか一方のみを記載するだけでは不十分であり,このような記載をもとに診療報酬を請求することは不当請求に該当するといえる。
なお,原告らは,開始時刻さえ記入すればリハビリの単位は20分間なので,終了時刻までは記入しなくてもよい旨主張するが,上記のとおりの医科点数表の記載に照らせば,原告らの上記主張は,失当である。
(3) その他,原告らは,個別指導の中断後再開までの間に診療録に追記したことを「改ざん」に当たるとして,本件各処分の理由に挙げることの不当性をるる主張するが,いずれも採用の限りでない。
8 争点(7)(処方せんの患者への交付の有無)について
(1) 前記1(3)のとおり,原告Bの提案により,Kクリニックで診療を受けている患者について,L薬局に処方内容をファクシミリで送信し,薬剤をKクリニックに配達させるようになった。上記措置は,当初は歩行困難な患者を対象としていたが,やがて,その他の一般の患者についても同様の取扱いをするようになり,Kクリニックの職員が,L薬局に対して処方内容をファクシミリで送信すると,それを基にO薬剤師が調剤し,主にL薬局職員がKクリニックへ配達し,会計窓口などで患者に薬剤が交付され,薬剤を配達した者がKクリニック職員から処方せんの原本をその日,あるいは後日まとめて受け取っていたものである。
原告Aは,上記のようなファクシミリ送信された処方内容による調剤を行っていたのは,歩行困難な患者,あるいは薬剤を配達してもらいたいとの希望を述べた患者のみである旨主張するが,証拠(甲48~50,乙47,48)によると,必ずしもそのような患者のみに限定されていたものではないから,原告Aの上記主張は,採用することができない。
(2) ところで,医師法22条は,「医師は,患者に対し治療上薬剤を調剤して投与する必要があると認めた場合には,患者又は現にその看護に当たっている者に対して処方せんを交付しなければならない。」と定めている。
そして,平成元年通知は,「調剤は,患者等が持参する処方せんを受け取って内容を確認することにより完結するものであり,ファクシミリで電送された処方内容に基づいて行う薬剤の調製等は,患者等が持参する処方せんの受領,確認により,遡って調剤とみなされる」と定めており,薬剤師が患者又はその看護者が持参する処方せんの原本を受け取って内容を確認することが要件とされている。また,薬担規則3条において,保険薬局は,処方せんが保険医等が交付したものであること及び処方せん又は被保険者証によって療養の給付を受ける資格があることを確認することとしている。
しかし,前記(1)のとおり,ファクシミリで処方内容が電送された後に,処方せんの原本はKクリニック職員から薬剤を配達したL薬局の職員に渡されるのであり,患者又は現にその看護に当たっている者に対して処方せんが交付されていないことは明らかである。
この点,原告Aは,直接患者に交付がなされていなくとも,患者の了承の下に行っていたのであるから法的には患者に交付されたと解してよいなどと主張するが,薬担規則3条,平成元年通知の規定に照らせば,かかる原告Aの主張を採用することができないことは明らかである。
(3) そうすると,Kクリニックで行われていたような処方せんによらないファクシミリによる調剤は,医師法22条,薬担規則3条等に違反するものというべきである。この点についても原告Aは,るる反論を試みているが,いずれも独自のものであり採用することができない。
9 争点(8)(処方内容のファクシミリ送信と薬剤の配達の可否)について
(1) 前記8のとおり,平成元年通知は,「調剤は,患者等が持参する処方せんを受け取って内容を確認することにより完結するものであり,ファクシミリで電送された処方内容に基づいて行う薬剤の調製等は,患者等が持参する処方せんの受領,確認により,遡って調剤とみなされるものであること」と定めており,ファクシミリで処方内容を電送すること自体は想定しているものの,患者等が持参する処方せんの受領,確認により遡って調剤とみなされるのであって,原告Aが行っていたように,L薬局へ処方内容をファクシミリ送信し,L薬局職員が薬剤を調剤した上でKクリニックに配達し,処方せんを原告A職員から受け取るという方法まで許容するものでないことは,既に前記8で判示したとおりである。加えて,平成10年通知は,患者が薬局を来訪することが困難な場合について,「薬剤師が患家を訪問し,処方せんを受領して内容を確認すること」を許容しているが,同通知の対象患者が,寝たきり又は歩行困難などの理由で薬局を来訪することが極めて困難な患者であることは,その規定からも明らかである。
そうすると,平成10年通知の「患家」とは,患者が日常生活を営んでいる場所と解するのが相当である。
原告Aは,病院も患家に該当すると主張するが,上記のとおり,平成10年通知は,来院している患者を対象としているものでなく,病院が患家に当たらないことは明らかである。
(2) そして,前記1(3)のとおり,ファクシミリに関しても,患者等が自由に使えるような場所に設置されていたわけではないこと,ファクシミリ送信した処方内容による調剤について,他の薬局に対して送信した事例においても,L薬局に対して行っているのと同様に調剤後の薬剤のKクリニックへの配達が行われていたとは認め難いことなどの事情に照らすと,前記のようなKクリニックとL薬局との間におけるファクシミリ送信した処方内容による調剤及び配達は,特定薬局への誘導に該当するといわざるを得ない。
原告Aは,本争点に関してもるる主張を試みているが,いずれも採用の限りでない。
10 争点(9)(重大な過失の有無)について
原告らは,いずれも重大な過失がない旨主張するが,前記1(4)のとおり,本件監査で発覚した,原告らによる不正請求,不当請求は,社会保険,国民健康保険等の不正請求,不当請求が患者数で合計708名,診療報酬明細書の枚数で合計1843枚,合計683万0150円にも上っており,原告らには前記3~9のとおりの行為が認められるのであって,原告らが守るべき法令上の注意義務を欠き,その程度は重いものであるといわざるを得ない。そして,上記のような不正請求,不当請求の回数等に照らすと,原告らは,少なくとも重大な過失により不正又は不当な診療報酬請求をしばしば行っていたといえる。
この点についても原告らはるる主張を試みているが,いずれも上記判断を左右するものではない。
第4結論
以上の次第で,原告らに対して被告が行った本件各処分は適法であって,原告らの本件請求は,いずれも理由がないこととなる。
よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 西井和徒 裁判官 岩﨑慎 裁判官 北村治樹)
答弁書添付別紙1,2(省略)