那覇地方裁判所 平成16年(わ)14号 判決 2004年7月16日
主文
被告人を無期懲役に処する。
未決勾留日数中120日をその刑に算入する。
押収してある洋出刃包丁1丁(平成16年押第6号の1)を没収する。
理由
(認定した事実)
第1被告人の身上,経歴等
被告人は,東京都多摩市で出生し,両親の離婚等により5歳ころ母親に引き取られ,小学校3年時までは母親の,それ以降は本籍地で父親の下で養育された。工業高校卒業後,食品工業工員,パチンコ店の店員等として稼働したが,パチンコ・スロット遊技にふけるようになり,消費者金融等から借金を重ねた。平成15年5月ころには,借金返済の催促から逃れようと出奔し,横浜在住の知人を頼り,その紹介で人材派遣会社社員として勤務したが,仕事になじめず,同年12月10日ころ,勤務先から月給約25万円を受け取ると,会社を無断で欠勤し,放浪を始めた。
第2佐賀県内,長崎県内における事件(平成16年(わ)第70号事件公訴事実第1,平成16年(わ)第92号事件)被告人は,
1 平成15年12月17日午前2時ころ,佐賀県藤津郡a町大字bc番地のdI自動車工場内において,B所有の普通乗用自動車1台(時価約40万円相当)を窃取し
2 同月19日午後5時15分ころ,長崎県e市f町g番h号e市立図書館2階一般室において,C所有の現金11万5000円入りの封筒,実印1個ほか12点在中の手提げバッグ1個(時価合計約5万3000円相当)を窃取したものである。
第3沖縄県内における事件(平成16年(わ)第70号事件公訴事実第2,平成16年(わ)第14号事件)被告人は,
1 平成15年12月24日午後7時30分ころ,那覇市ij丁目k番k2号株式会社D店6階Eにおいて,同店店長F管理に係る洋出刃包丁1丁(価格100円相当)を窃取し
2 所持金に窮し,前記第3の1で窃取した洋出刃包丁を利用して,タクシー運転手を殺害して金員を強取しようと企て,同月26日午前2時58分ころ,那覇市ng丁目j2番l号Gng丁目店先路上において,A(当時64歳)運転のタクシーを見かけるや,同タクシーに乗車し,自ら指示して同タクシーを同市mh丁目j番地jH駐車場先路上まで運転走行させ,同日午前3時15分ころ,同所に停止した同タクシー車内において,同人に対し,所携の前記洋出刃包丁(平成16年押第6号の1。刃体の長さ約17センチメートル)でその前胸部及び右上肢等を数回突き刺し,よって,そのころ,同所において,同人を心臓損傷により失血死させて殺害した上,同タクシー内から同人所有又は管理に係る現金約3900円在中の料金箱1個を強取し
3 業務その他正当な理由による場合でないのに,同日午前3時15分ころ,前記駐車場先路上に停車中の前記タクシー車内において,前記洋出刃包丁1丁を携帯したものである。
(法令の適用)
罰条 第2の1,2,第3の1について 各刑法235条
第3の2について 刑法240条後段
第3の3について 銃砲刀剣類所持等取締法32条4号,22条
刑種の選択 第3の2の罪について 無期懲役刑を選択
第3の3の罪について 懲役刑を選択
併合罪の処理 刑法45条前段,46条2項本文(第3の2について無期懲役刑を選択したので,他の刑を科さない)
未決勾留日数の算入 刑法21条
没収 刑法19条1項2号,2項本文(被害者所有権放棄)
訴訟費用 刑事訴訟法181条1項ただし書(不負担)
(量刑の理由)
1 本件は,窃盗,強盗殺人,銃砲刀剣類所持等取締法違反の事案であり,その一連の経緯は次のとおりである。
被告人は,判示のとおりの経緯で放浪を始めた後,九州に赴いたが,宿泊代,遊興費などに所持金を殆ど使い果たし,判示第2の1のとおり自動車を窃取し,更に,判示第2の2のとおり図書館で現金11万5000円在中のかばんを窃取した。被告人は窃取して得た現金を使って,沖縄に赴き,その後宿泊代,食費などに所持金をほぼ使い果たしたため,空腹で所持金もなく歩き回るうちに,このまま浮浪者として惨めに人生を終わってしまいたくない,父と兄がいる東京に帰りたいなどと望郷の念にかられ,そのための旅費と食事代などを手に入れるためにタクシー強盗を思いついた。そこで,判示第3の1により窃取した洋出刃包丁を利用して,判示第3の2のとおり強盗殺人の犯行に及んだものである。
以上によれば,本件各犯行は,いずれも動機に酌むべき点はない上,その犯行自体も悪質なものである。
特に,本件強盗殺人の犯行は,極めて悪質なものである。すなわち,被告人は,東京に戻ってもう一度生活を立て直そうなどと考え,その旅費と食事代を手に入れるためにタクシー強盗を企てたが,当初より被害者を殺害することを企図していたものであり,自分がやり直すためには犠牲になってもらうしかないなどと考え,簡単に何ら関わりのない他人の生命を奪うことをいとわず,まさに目的のために手段を選ばずに犯行を行っており,その動機は誠に身勝手かつ自己中心的というほかなく,全く酌量の余地はない。犯行態様をみても,言葉をかけて被害者を振り向かせたうえ矢庭にその心臓をめがけてあらかじめ用意した包丁を突き刺し,さらに逃げようとする被害者を捕まえて引き戻し,確実に殺害すべく胸辺りをねらって何度も執拗に突き刺してとどめを刺した冷酷,残虐な犯行である。
被害者は,タクシー運転手として稼働し,一家の働き手として,良き父,良き夫として家族の生活を支えてきた者であり,近々定年を迎え,安息の日々を約束されていたにもかかわらず,被告人により,何らの落ち度なく,突然その生命を奪われたものであり,その結果はとり返しのつかない誠に重大なものである。被害者の苦痛,無念はもとより,遺族の深い悲しみも察するに余りある。被害者の妻子らは,被告人に対し極刑を求めており,その処罰感情は遺族の心情として当然のものともいえる。また,本件が地域住民に与えた不安感なども軽視しがたい。 以上によれば,被告人の刑事責任は誠に重大というほかない。
2 他方,被告人は事実を認め,被告人なりに反省していること,被告人は,十分な愛情を注がれることなく成長し,その生い立ちには気の毒な面も認められること,被告人には前科がなく,25歳と若いことなど,被告人に対し酌むべき事情も認められる。
3 しかし,被告人のため酌むべき事情を最大限考慮しても,本件,殊に判示強盗殺人の犯行は,その動機・態様・結果のいずれにおいても犯情は極めて悪質であり,被告人を主文掲記の刑に処するのが相当と判断した。
よって,主文のとおり判決する。
(検察官織田武士,国選弁護人玉城健二各出席)
(求刑 無期懲役,主文同旨の没収)
(裁判長裁判官 横田信之 裁判官 栗原正史 裁判官 北村ゆり)