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那覇地方裁判所 平成16年(行ウ)8号 判決 2005年3月16日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告が平成16年6月15日にした,原告の選挙人名簿の登録に関して被告補助参加人がした異議申出(以下「本件異議申出」という。)を認容した決定(以下「本件認容決定」という。)を取り消す。

第2事案の概要

本件は,原告が,沖縄県八重山郡竹富町(以下「竹富町」という。)における原告の選挙人名簿の登録に関して被告補助参加人がした本件異議申出について,原告が竹富町に生活の本拠を有しているとは認め難いとしてこれを認容した本件認容決定を不服として,公職選挙法25条1項に基づき,その取消しを求めたものである。

1  前提事実(証拠掲記のないものは,当裁判所に顕著である。)

(1)  当事者等

ア 原告は,平成16年6月1日の時点で,竹富町の選挙人名簿に登録されていた者である。(乙8)

イ 被告は,竹富町選挙管理委員会である。

ウ 被告補助参加人は,竹富町の住民であり,本件異議申出をした者である。

(2)  本件訴訟に至る経緯等

ア 原告の住民登録

原告は,平成13年11月21日,同月20日に沖縄県宮古郡a村字bc番地から竹富町字de番地に転入したとして,同町の住民票に登録の届出をした。そして,同日から平成16年12月17日まで竹富町の住民票に登録していた。(甲4,5)

イ 本件異議申出

被告補助参加人は,平成16年6月5日付けで,被告に対し,竹富町の平成16年6月1日現在における選挙人名簿から原告の登録を抹消するよう本件異議申出をした。(甲1,乙8)

ウ 本件認容決定

被告は,平成16年6月15日,「人の住所は生活の本拠であり,何処がその人の生活の本拠であるかは,生活の本拠と認むべき客観的事情の存否によって決すべきものであると思われる。当人は本町を行き来している事実は認められるが,生活の本拠を有しているとは認めがたい。」との理由で,本件異議申出は正当であるとして,本件認容決定をし,同月16日付けの通知書面で,原告に対し,その旨通知した。(乙9,10)

エ 本件訴えの提起

原告は,平成16年6月24日,本件認容決定に不服があるとして,本件訴えを提起した。

2  争点及び争点に関する当事者の主張

本件の争点は,原告の住所(生活の本拠)が竹富町字de番地(以下「本件住所地」という。)といえるかどうかである。

(原告の主張)

(1) 原告の住所の複数性

ア 原告が最も多く寝泊りをしているのは,東京都渋谷区である。しかしながら,原告は,同所において食事をすることがほとんどなく,ほぼ毎日外食をしており,同所は,まさに「寝る」ためのみの場所であるにすぎない。このため,疑問はあるものの,原告の訪れる回数で単純に考えると,その住所は一応同所にあると解することも可能である。

イ 他方,原告は,株式会社A(旧商号株式会社B)のオーナー兼代表取締役として,沖縄県内を中心としてホテル等のリゾート事業の推進の陣頭指揮を執り,少なくとも平成11年ころからは,小浜島のホテルCのオープンへ向けて事業活動の大半を割き,小浜島の現地にも幾度となく足を運び,沖縄県や竹富町の行政機関と様々な折衝を行ったり,前記ホテルの建設現場で具体的な指示を出す等の活動を行うようになった。そして,平成13年9月に前記ホテルのオープン後は,こうした実態に合わせる形で,原告の現在の住所地にて住民票登録を行い,以後毎年多額の税金を竹富町に納めているのである(原告の住所地を実質的に判断するに当たっては,住民登録後の事情も,客観的な居住事実を裏付けるものとして当然に考慮すべき事実であり,納税の事実もまさにこうした事実の一つである。)。

ウ 原告は,それまでDグループという企業集団の総責任者として,Dグループ全体の経営に事業面での全精力を注ぎ込んできたが,平成13年にEという貸金業部門を売却した後は,Dグループ全体の経営よりも,原告の長年の夢である南国リゾートを実現することが大きな関心事となり,必然的に原告の事業活動においても大きな比重を有することとなった。したがって,原告の事業活動面に目を転じれば,現住所地の竹富町に住所があると考えられるのである。

エ 加えて,原告が現住所地において宿泊する場所は,常にホテルCの特定の一室であり,宿泊に際して原告がチェックインやチェックアウトの手続をすることはなく,宿泊代金も一切支払っていない。このように,原告は,一般の宿泊客とは明らかに異なる態様で前記ホテルを使用している。また,前記ホテルも,原告が訪れる場合にその連絡を受けるだけで,滞在中の原告の業務スケジュール等については一切把握しておらず,原告の業務とは切り離されている。

このように,原告は,前記ホテルの一室をまさに自宅として使用しているのである。

オ 以上,原告の全活動を考慮すると,原告の住所は,その着目すべき要素に応じて,「東京都渋谷区」と現住所地の「竹富町」の少なくとも2か所あるものである。

(2) 公職選挙法上の「住所」の決定

ア 原告のように複数の住所が成立し得る場合には,その選択に際しては,個人の意思が相応に考慮されるべきである。この点,個人の意思を考慮するべきか否かについては,客観説と主観説の争いがあるとされているが,客観説においても本人の意思が補充的に考慮されることを認め,主観説においても定住の事実がありながら「定住の意思がない」と主張する者の定住意思を否定するものではなく,両者の実質的な違いは大きくない。さらに,複数の住所が成立し得る場合,最終的にいずれの住所を選択すべきかについては,個人の自己決定権(憲法13条)にも関わってくる問題であり,選挙管理委員会(行政)や司法が介入すべき問題ではない。かかる点からも,複数の住所が成立し得る場合においては,個人の意思が考慮されるべきである。

イ 本件において,原告は,東京都渋谷区においては過去10年以上選挙権を行使したことがなく,同所における国政選挙・地方選挙ともに現職議員はおろか候補者の氏名も知らない。また,同所において,原告は,専ら寝泊りをするだけであり,食事をとることさえ稀である。これに対し,本件住所地の竹富町においては,原告は,小浜島でのリゾート計画の実現に加え,竹富町から西表島でのリゾート計画の推進の依頼を受けた経緯もあって,竹富町の議員や竹富町長らと,竹富町の自然を生かした未来の創造について率直な意見交換をする機会もあるといった状況にあり,竹富町はまさに原告の「政治的地縁関係」が最も深い場所であるといえるのである。

加えて,原告自身,竹富町を愛し,自分のこれからの主たる活動目的を沖縄県の離島を中心とした環境に優しいリゾートの実現と定め,このために住民票を竹富町dに置くなど,竹富町dに居住する意思を明確に示している。

ウ 以上の諸点を考慮すれば,原告の公職選挙法上の住所は,本件住所地の竹富町にあるものといわねばならない。

(被告の主張)

被告は,本件住所地が原告の「生活の本拠」であるかどうかを判断するに当たり,原告が代表者を務める株式会社Bの関係者から事情聴取をしたが,原告は,本件住所地には月平均3,4日しか滞在しておらず,また,原告の家族が同居していたとの事実も確認することはできなかった。したがって,原告が本件住所地で継続して起居寝食をしているとはいえず,本件住所地を原告の「生活の本拠」と認めることはできないから,被告は,原告が竹富町に生活の本拠を有しないとして,選挙人名簿から抹消するよう求めた被告補助参加人の本件異議申出を認容する決定をしたものである。

(被告補助参加人の主張)

本件において,原告の「住所」すなわち「生活の本拠」がどこにあるかについて検討するに,以下の事実を総合すると,原告の「生活の本拠」は竹富町にはなく,原告の妻子が住民登録している東京都渋谷区上原f丁目g番h号にあるというべきである。

(1) 原告は,平成13年11月20日,沖縄県宮古郡a村字bc番地から本件住所地に転入したとして同月21日転入届を提出した。

(2) 本件住所地は,原告が代表取締役である株式会社Bの経営に係るリゾートホテル「C」であり,一般的な生活をなし得る住居ではなく,当地にいわゆる原告の家財も財産もない。

(3) 被告が調査のために上記ホテル宛に電話した際,原告は不在で,いつ戻るかも不明という状態であって,居住実態として不安定である。

(4) 被告が株式会社Bの関係者から聴取した結果では,原告は,せいぜい月平均3,4日しか滞在していないというものであるが,原告がいくつもの会社を経営している実態からして,実際は更に少ないのではないかと推察される。また,滞在というのも宿泊を伴うものかどうかも疑わしい。

(5) 原告が同ホテルに滞在するとしても,それは同社の業務としてであり,いわゆるプライベートでの滞在ではない。

(6) 原告には妻子がいるが,同人らは本件住所地には居住せず,原告は東京都渋谷区上原f丁目g番h号の住居で,家族と日常生活をしているとみられる。

(7) 原告が統括する株式会社FほかDグループの主要企業の本社は,いずれも東京都港区ij丁目k番l号にあり,原告は,そのほとんどの会社の代表取締役として日常業務を同所で行っている。

第3当裁判所の判断

1  選挙人名簿の登録要件と原告の登録要件の有無

(1)  公職選挙法は,選挙人名簿の登録について,①当該市町村の区域内に住所を有する年齢満20年以上の日本国民で,②その者に係る当該市町村の住民票が作成された日から引き続き3か月以上当該市町村の住民基本台帳に記録されている者について,これを行うものとし(同法21条1項),当該市町村の選挙管理委員会は,登録月(同法19条2項の規定により毎年3月,6月,9月及び12月とされている。)の1日現在により,当該市町村の選挙人名簿に登録される資格を有する者(上記①,②の各要件を満たす者)を当該登録月の2日に選挙人名簿に登録しなければならないと規定する(同法22条1項)。

(2)  そして,選挙人名簿に登録されるためには,上記(1)①の要件,すなわち当該市町村の区域内に住所を有することが必要であるが,ここにいう「住所」とは,各人の生活の本拠,すなわち,その人の生活に最も関係の深い一般的生活,全生活の中心を指すと解するのが相当であり,私生活面の住所,事業活動面の住所,政治活動面の住所等を分離して判断すべきものではなく,一定の場所がある者の住所であるか否かは,客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かにより決すべきものと解するのが相当である(最高裁判所大法廷昭和29年10月20日判決,民集8巻10号1907頁,最高裁判所第三小法廷昭和35年3月22日判決,民集14巻4号551頁等参照)。

2  原告の住所である生活の本拠について

(1)  これを本件についてみるに,前記第2の1(2)ア認定のとおり,原告は,平成13年11月21日から平成16年12月17日まで竹富町の住民票に登録していたことが認められるものの,証拠(甲3,乙1,3~5,7)及び弁論の全趣旨によると,本件住所地には,原告が経営する会社が運営するリゾート施設が存し,原告は,同施設に月に1,2回訪れ,1回当たり2,3日間滞在する程度であることが認められるにすぎず,本件住所地が,客観的に原告の生活の本拠たる実体を有しているとは認めるに足りない。

(2)  また,証拠(甲4,5)によると,原告は,本件訴訟係属中の平成16年12月17日に,本件住所地から沖縄県宮古郡a村字bc番地の新住所地に転出する旨届出をし,同日,原告の竹富町における住民票の登録が消除されていることが認められるものの,本件全証拠によっても,上記転出届出の前後で,原告の本件住所地あるいは新住所地における生活実態,活動状況に何らかの変化が生ずるなど,原告の生活の本拠が移転したことを窺わせる事情は,これを認めるに足りない。

(3)  なお,本争点に関し,原告は,自己の住所が本件住所地である旨縷々主張するが,いずれも独自の見解であり,到底採用することができない。

(4)  したがって,原告は,竹富町における選挙人名簿の登録要件を欠いているというべきである。

3  結論

以上の次第で,原告の選挙人名簿の登録を抹消すべきであるとして本件異議申出を認容した被告の本件認容決定は正当であって,原告の本件請求は理由がない。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西井和徒 裁判官 松本明敏 裁判官 岩崎慎)

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