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那覇地方裁判所 平成17年(わ)208号 判決 2006年3月29日

主文

被告人を懲役20年に処する。

未決勾留日数中200日をその刑に算入する。

押収してある傘1本(平成17年押第8号の1)を没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,A大学を卒業し,自衛官となり,幹部候補生学校を経て,三等陸尉となって,平成16年8月からは陸上自衛隊E駐屯地の重迫撃砲中隊の小隊長として勤務していた。被告人は,A大学在学中からスロット遊技に耽るようになり,このため,自衛官になった後も給料のみならず,サラ金や親,知人などからも借金を重ねていた。被告人は,平成17年2月26日,父親から2万5000円を送金してもらい,これを使って那覇市内のパチスロ店でスロットをしたが,手持ちの金をほとんど使い果たし,同パチスロ店を出たところ,同店の換金所付近でB(当時48歳)が5万円以上の現金を財布の中に入れているのを見た。

被告人は,同人から金員を強取しようと企て,道路際に放置されていたコンクリート片を拾った上,同人を追跡し,同人が表通りから暗く人気のない細い路地に入ったことから,同所で同人から金員を強取することとし,同日午後7時46分ころ,那覇市ab丁目c番d号先路上において,同人に対し,その頭部を持っていたコンクリート片で殴打し,更に,同所から約14.2メートル離れた同市ab丁目e番f号前Cマンション先路上において,同人の顔面を持っていた傘(平成17年押第8号の1)の先端で突き刺すなどの暴行を加えてその反抗を抑圧した上,同人から現金約10万6000円在中の財布1個を強取し,その際,前記暴行により,同人に顔面から頭蓋内腔に至る貫通創の傷害を負わせ,その場で,同人を前記傷害に基づく失血及び気道内への血液吸引による窒息により死亡させたものである。

(法令の適用)

罰条 刑法240条後段

刑種の選択 無期懲役刑を選択

酌量減軽 刑法66条,71条,68条2号,14条1項

未決勾留日数の算入 刑法21条

没収 刑法19条1項2号,2項本文

訴訟費用 刑事訴訟法181条1項ただし書(不負担)

(責任能力についての判断)

1  弁護人は,本件犯行当時,被告人はうつ状態を伴う不安神経症,深刻なギャンブル依存症に罹患しており,うつ状態を抑制するために常時服用していた抗不安薬や抗うつ薬の副作用,スロット遊技で散財したことによるストレス等が相まって,心神耗弱状態にあった旨主張する。

そこで,以下,この点について検討する。

2  関係証拠によれば,次の諸点が認められる。

①  被告人は,スロット遊技に興じて遊興費欲しさに消費者金融会社等から借り入れを重ね,本件犯行当日における被告人の借金は合計409万円余にのぼっており,これらの会社等から新たな借り入れは見込めなかった。被告人は給与等を借金の返済や生活費等に当てていたが,本件犯行の2週間ほど前からは所持金に窮し,パソコンを質入れしたり,家族から送金を受けたり,知人から金を借りるなどしてしのいでいた。そして,本件犯行当日朝の被告人の所持金は2,3万円程度になっていたところ,被告人は,翌27日から大分県での自衛隊の演習に参加する予定になっており,そのための現金及び消費者金融会社に返済する現金が必要であったため,同日,父親に金の無心をし,2万5000円を振り込み送金してもらった(なお,被告人は平成14年10月以降,本件犯行に至るまでの間,別居していた両親,姉らから借金の肩代わりなどをしてもらっており,その総額は数百万円にのぼっていた。)。被告人は,同日午後7時30分ころまでには,もともとの所持金と父から送金された金の大半をスロット遊技につぎ込んで費消してしまい,同時点での被告人の所持金は2000円程度となっていた。以上によれば,被告人は,本件犯行時金に窮していたものと認められる。

そして,パチスロ店の換金所付近でたまたま見かけた被害者がまとまった現金を所持しているのを知り,被害者を追尾し,街灯がなく,人気のない路地に被害者が入るや,追尾の道中で拾ったコンクリート片で背後から被害者の頭を殴打し,持っていた傘の先端で被害者を突き刺すなどの暴行を加えてその反抗を抑圧した上で同人の財布を奪った。その後,現場付近からタクシーに乗車して逃走し,検挙を免れるため敢えて自宅前で降車するのを避けて自宅から離れた場所で降車し,徒歩で帰宅し,帰宅後被害者の血が付着した衣類などを着替えて外出し,奪った現金を返済のために消費者金融会社のATM機に入金したり,犯行現場の様子を見に行くなどしている。

以上によれば,動機は了解可能であり,犯行時及び犯行後のいずれにおいても被告人は合理的な行動をしていたと認められ,本件犯行が人格異質的なものとは言えない。

②  被告人は,犯行前後の状況や犯行態様について,捜査段階,公判廷を通して具体的に述べており,概ね犯行時の記憶を保持している。

③  被告人には不安神経症,うつ状態の既往があり(本件犯行当時も抗不安薬を処方されていた。),被告人は本件当日も,抗不安薬と抗うつ薬(処方ではなく,通信販売で購入したものである。)を服用していた。しかし,同日の被告人の服用量は普段に比して多いわけではなく,また,平均的な服用量よりは少な目であったと認められる(なお,被告人は当日の朝ビールを350ミリリットル缶で1,2本飲んだとも供述するが,そのような事実があったとしても,飲酒時から犯行時まで6時間程度の間隔があることや,飲酒により特段に体調の変化はなかったことからすると,飲酒と服薬を併せて行ったことによる身体への影響は特にないものと認められる。また,被告人は高校生のころから,誰かに狙われているような意識があったなどと述べるが,これが仮に妄想様のものであるとしても,直接本件犯行に影響するものとはみられない。)。

④  被告人は,犯行前後を通じて部下二十数名を有する幹部自衛官として欠勤等もなく正常に勤務していた。

⑤  起訴前に被告人の簡易精神診断を行った医師Dは,被告人の責任能力について,本件犯行前後において,被告人は慢性の不安状態にあり,不安神経症の診断に基づいて抗不安薬を服用していたが,精神病状態は認められず,本件犯行当時,被告人は是非弁別能力及びそれに従って行動する能力を完全に有していたと鑑定しているが,D医師の公判廷における証言及び同人作成の鑑定書を検討しても,その診断結果に不合理な点はない。

3  以上によれば,本件犯行動機は了解可能である上,被告人の犯行時及び犯行後の行動は合理的であり,当時の記憶も概ね保持されており,また,被告人に不安神経症,うつ状態の既往があったとはいえ,服用していた薬の量等は責任能力に影響を与えるほどのものではなく,犯行前後を通じて幹部自衛官として正常に勤務しており,さらには被告人は完全責任能力を有するとする鑑定意見にも不合理な点は見い出せない。また,弁護人指摘のギャンブル依存症という概念があるとしても,被告人の前記勤務状況に照らすと,自らの社会的基盤を破壊してまでもスロット遊技を繰り返しているものとも認められない。これらの諸事情を併せ考えると,被告人は,本件犯行当時,行為の是非善悪を弁識しこれに従って行動する能力を有していたものと認められ,この点に関する弁護人の主張は採用できない。

(量刑の理由)

1  本件は,判示のとおり,幹部自衛官の職にあった被告人が,公道上で,被害者に暴行を加え金員を強取し,その際の暴行により被害者を死に至らしめたという強盗致死の事案である。

被告人は,スロット遊技に耽って所持金に窮し,たまたまスロット遊技店の換金所付近で見かけた被害者から金を奪おうとしたというのであり,その動機は誠に身勝手かつ自己中心的というほかなく,酌量の余地は全くない。

犯行態様をみても,被害者を追尾した後,街灯がなく,人気のない路地に被害者が入るや,追尾中に拾ったコンクリート片で背後から被害者の頭を殴打した上,ふらついている被害者に対し,なおもその顔面を持っていた傘の先端で突き刺すなどの暴行を加え,その反抗を抑圧した上で,路上に倒れた被害者の財布を奪ったというのであり,冷酷かつ残虐な犯行である(なお,被告人は,被害者の顔面を狙って傘を突き出したものではない旨供述するが,突き出した際の被告人と被害者の位置関係,攻撃態様等にかんがみれば,当時被告人には,少なくとも被害者の上半身に向かって突き出すとの認識はあったものと認められる。)。

被害者は,受験予備校運営の会社の代表者として,沖縄県内の人材育成に努めていたものであり,受験生や社員からも信望が厚かったのはもとより,家庭においては,子にとっては良き父,妻にとっては良き夫として家族らの生活を支えると共に,両親にとっては良き息子として孝養を尽くしていた。本件犯行のわずか8日前には次男が誕生し,家族4人で過ごす幸せな未来を思い描いていたところ,突然見ず知らずの被告人の凶行によりその未来を奪われ,苦痛の中にその生命を失ったもので,被害者の苦痛,無念さは察するに余りあり,その結果はとり返しのつかない誠に重大なものである。そして,被害者の妻,両親,親族らには計り知れない深い悲しみと衝撃を与えたもので,深い愛情を注いでいた幼い2人の子にも父親の存在を奪い去るという極めて大きな影響を与えている。それにもかかわらず,被告人には遺族らに対する真摯な謝罪や反省の態度は見受けられない。被害者の母,妻は,公判廷において,被告人に対し極刑を望む旨述べ,被害者の父らも供述調書等において同様に述べており(なお,被害者の父は,その後,死亡している。),その処罰感情は遺族の心情として当然のものといえる。また,本来国民の生命を守るべき自衛官である被告人が本件犯行をなしたことにより,付近の住民や社会に大きな衝撃,不安を与えた点も軽視できない。以上によれば,被告人の刑事責任は極めて重いものである。

2  他方,被告人は事実自体を認めていること,不安神経症,うつ状態など精神的に不安定であったことも事実であること,被告人には前科がないこと,被告人の母親が公判廷で,被告人の更生に助力する旨述べていることなども認められる。

これらの諸事情を総合考慮し,また,本件は強盗致死の事案であり,強盗殺人の事案とは自ずとその刑責に違いがあることにもかんがみると,被告人を主文の刑に処するのが相当と判断した。

よって,主文のとおり判決する(求刑 無期懲役,主文同旨の没収)。

(裁判長裁判官 横田信之 裁判官 福島直之 裁判官 北村ゆり)

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