那覇地方裁判所 平成17年(わ)405号 判決 2006年11月16日
主文
被告人を懲役13年に処する。
未決勾留日数中300日を上記刑に算入する。
押収してある自動装填式けん銃1丁(平成18年押第5号の1)、実包3個(同号の2)並びに弾頭及び薬きょう各2個(同号の3)を没収する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、
第1 かねてからA(当時69歳)に金員を貸し付けるなどしていたところ、平成17年8月12日夕方ころ、沖縄県宜野湾市ab丁目c番d号所在のFビル被告人方を訪れた同人と金銭貸借の件で諍いとなり、同人に対し、その背部及び右前腕部等を鈍器様のもので複数回殴打するなどの暴行を加えて同人に体幹部打撲傷及び右前腕骨骨折の傷害を負わせ、よって、そのころ、同所において、同人を上記傷害に基づく外傷性ショックにより死亡させ、
第2 Cと共謀の上、同日午後9時過ぎころ、上記A及びBの死体2体を、上記被告人方から上記Fビル屋上に運び出し、同ビル南西側地面に降ろした上、同ビル南東側路上に運んで同所に駐車した普通乗用自動車後部トランク内に積載して、同所から同県国頭郡e村字fg番地のh南方約1キロメートル地点付近の雑木林まで運搬し、同月13日明け方ころ、上記死体2体を同所付近の斜面に前記車両ごと転落させて投棄し、もって死体を遺棄し、
第3 法定の除外事由がないのに、同月22日、上記被告人方において、自動装填式けん銃1丁(平成18年押第5号の1)をこれに適合する実包5発(同号の2及び3。ただし、同号の3はいずれも鑑定のために試射されたもの。)と共に保管して所持し
たものである。
(補足説明)
1 判示第1の犯行(以下「本件犯行」という。)について、(1)検察官は、被告人が殺意をもってAに暴行を加えた旨主張するのに対し、(2)弁護人は、判示第1記載のとおり、Aが死亡したこと及びその死因が体幹部打撲傷及び右前腕骨骨折に基づく外傷性ショックであることについては争わないものの、①被告人がAに暴行を加えた事実はなく、また、②本件犯行について殺意の証明がないなどと主張し、被告人も弁護人の主張に沿う供述をするので、以下、これら諸点について検討する。
2 Aに暴行を加えた犯人が被告人であるか否かについて
(1) 関係証拠によれば、本件犯行の一連の経緯、顛末について、次の事実が認められる。
ア 被告人とA及びその夫B(以下、Aと併せて「AB夫婦」という。)は、約10年前からの知り合いで、被告人は、AB夫婦と知り合った当初から同夫婦に対して金員を貸すなどしており、AB夫婦は、平成16、17年ころ、那覇地方裁判所沖縄支部において、多額の債務を抱えてそれぞれ破産宣告及び免責決定を受けたが、Aは、約60万円の債務を負っていた被告人の氏名を債権者一覧表に記載せず、その後も被告人との間で借入れと弁済を繰り返していた。
イ 本件当時、Aはスナック「G」を経営し、Bはタクシー運転手として稼働していたが、夫婦で日掛金融業者約15社から合計約194万円の借入れがあり、毎日取立てを受けていたほか、居住していたアパートの賃料を滞納するなど金員に困窮していた。
ウ Aは、平成17年8月12日正午過ぎころ、上記「G」において、外出から戻った従業員のCに対し、「被告人が来て怒られた」「支払のお金を払わないと、ちゃんとしないと怒られる。」などと言っていた。
エ Aは、同日午後5時ころ、Cほか1名を連れてHに行き、同所でBと合流し、Bに対して「ちゃんと説明してよ。」などと申し向け、その後、Cと共にBの運転する自動車で被告人方に向かう途中で、Bに対して「お金を返しに行く「あなたか。」らちゃんと説明してよ。」などと言っていた。
オ AB夫婦とCは、同日午後6時前ころ、被告人方の前の駐車場に到着し、Aは、Cに「10分くらいしたら戻るから車で待つように。」と言い残してBと共に被告人方に向かったが、その際、AB夫婦に思い詰めた様子や切羽詰まった様子は見られず、また、夫婦喧嘩をするような気配もなかった。
カ その後、AB夫婦は被告人方を訪れたところ、Aは、被告人とAB夫婦の3人しかいない状況の下で、体幹部打撲傷及び右前腕骨骨折に基づく外傷性ショックにより死亡した。
キ AB夫婦が被告人方に向かってから1時間余り経過したころ、被告人は、Bの運転してきた自動車のところに行き、自動車内で待っていたCに対し、「Aが呼んでいるから。」などと申し向け、Cを被告人方に連れ込んだところ、AB夫婦の死体が3人掛けのソファーに座った状態で置かれ、AB夫婦の死体の顔面には、それぞれ、約10センチメートル四方のサランラップが鼻と口を覆うように掛かっていた。
ク Cは、サランラップが動いていなかったことから、2人とも息をしていないと思い、2人のサランラップをはぎ取り、「起きて」などと言ったが返事はなかった。また、Aの鼻の下とズボンの右足の部分には血が付いていた。
ケ 被告人は、Cが救急車を呼ぶように言ったところ、「もう死んでる。」「いつもなら、Aが文句を言っていたが、今度は、Bも突っ掛かってきた。」「これでぶん殴った。」などと言い、「店を開けないといけないし、変に思うから帰してください。」などと言うCに対し、「お前も殺されたいか。」などと申し向け、その後、けん銃を手に持ち布で拭きながら、「刑務所に行くぐらいなら自殺したほうがいい。」「最初は、殺すつもりじゃなかった。」「自分は短気だから何をするか分からない。」などと言っていた。
コ そして、被告人は、Cに対し、「死体を運ぶ。」「手伝えば1000万か2000万やる。」「近いうち、不動産のお金が1億円入る。」などと言って、死体の運搬を手伝うよう依頼し、Cと共にAB夫婦の死体をそれぞれ毛布でくるみ、ゴムホースを巻き付けるなどし、午後9時過ぎころ、被告人方から運び出して自動車のトランクに積み込み、被告人が自動車を運転して判示第2の遺棄現場に向かい、同月13日の明け方ころ、同所で自動車ごとAB夫婦の死体を遺棄した。
サ 被告人は、Cと共に、その後、ヒッチハイクやバス、タクシーを利用して被告人方に戻り、翌14日もCを自宅に呼び付け、Cと共に、被告人方の血の付いたカーペットを張り替え、部屋を掃除し、人工芝を張り替え、通路に付いた血を拭くなどし、同日夜、再度Cと合流し、翌朝までの間に、沖縄県島尻郡i町字jのk港内、沖縄県沖縄市lのl漁港内、沖縄県うるま市m所在のn大橋上に赴き、被告人及びCの犯行当時の着衣等を入れたビニール袋、人工芝、鈍器様のものなどを海中に捨てた。
(2) これに対し、弁護人は、上記(1)ケの点に関し、Cは当公判廷において、本件当時被告人方で被告人が「Aが色々文句を言って突っ掛かってくるけど、今回はBも突っ掛かってきた。これでぶん殴った。」「最初は殺すつもりじゃなかった。」などと言った旨供述するが、①逮捕前後のD(Cの実妹)や取調官に対する供述にはそのような内容は出てきておらず、また、②被告人が「これでぶん殴った。」と言ったことや、Cが死体遺棄を手伝うことについて被告人と報酬の約束をしたという点について、取調べの途中まで故意にその事実を秘匿し、あるいは虚偽の供述をしており、さらに、③Cは、自らの死体遺棄被告事件における被告人質問の際には、被告人の「これでぶん殴った。」という発言について記憶がない旨の供述をし、死体遺棄に加担した動機についてもそれまでの供述と異なる供述をしているのであって、このように、被告人方に入ってから死体遺棄を手伝うことを承諾するまでの経緯に関するCの公判供述が変遷に変遷を重ねていることに徴すると、Cの公判供述を信用することはできないなどと主張する。
しかしながら、まず、上記①の点についてみると、Cは、同一事項について内容が矛盾、相反する供述をしているわけではないから、これらをもって、供述の変遷とまでいうべきものではない。また、上記②の点についてみても、Cは同人の平成17年9、月13日付け(弁12)、同月16日付け(弁13)各検察官調書及び同日付け警察官調書(弁14)において、多額の報酬欲しさから死体遺棄に及んだことをDや取調官に隠していたことを肯認した上で、その理由につき、「大金に目がくらんで世話になったAB夫婦の死体を捨てた自分が恥ずかしくて仕方がなかったし、そんなことを言えば、自分はどんなに重い刑罰を受けるのだろうと思い、それがとても怖かったからです。」と説明し、また、供述変更の理由として、「平成17年9月11日に警察官を案内して本件死体遺棄現場に行った夜、AB夫婦が夢枕に立ち、私に笑いかけた。」ことなどから、「過ちを犯した理由を隠している自分にこれ以上耐えられなくなった。」などと説明しており、また、Cの平成17年10月18日付け警察官調書(弁16)において、被告人が本件当時被告人方で「いつもならAが色々文句を言ってくるけど、今日はBも一緒になってつっかかってきた。」「これでぶん殴った。」などと述べたとの点について、「私は、起訴前の取調べを受けているときも、被告人が『これでぶん殴った。』という話をしていたことは覚えていましたが、このことを話したら、被告人が道具を使ってAB夫婦を殴ったことを私が知っていることになり、私も被告人と同じようにAB夫婦を殺した犯人と疑われるのではないかと思い、隠していました。」などと告白した上で、供述変更の理由について、「このことを意識的に隠していることで日を増すごとに辛くなり、これまで世話になったAB夫婦を成仏させるためには、このことも刑事さんや検事さんに正直に話さないといけないと思い直し、自分から話すことにしました。」などと説明しているのであって、これらの説明が供述変更の理由として首肯し得るものであることを考慮すると、Cが捜査段階の途中で、一時、事実を秘匿したり、虚偽供述をしたことによって、上記公判供述の信用性が減殺されるとは解されない。さらに、上記③の点についてみても、確かにC自身の死体遺棄被告事件での被告人質問の際の供述には、あいまいな点やそれまでの供述と異なる面が見られるものの、自己の刑責の有無、軽重を決する公開の刑事手続において、このような供述回避的な態度をとることは少なからずあり得ることであって、このような供述が必ずしも真実を吐露したものとは断じ難いことに鑑みると、これによって、直ちにCの公判供述の信用性が左右されるとはいえない。
Cの公判供述は、AB夫婦と共に被告人方付近の駐車場に行き、自動車内で同夫婦の帰りを待っていたところ被告人に呼ばれて被告人方に行き、同所でAB夫婦が死亡したことを知り、被告人から死体の運搬を手伝うよう依頼され、被告人に対する恐怖心もあって、被告人と共にAB夫婦の死体を遺棄するに至った経緯について具体的かつ詳細に述べるものであり、内容的にも自然で特段不合理な点も見当たらず、上記事実経過については、他の客観的証拠や被告人の供述とも概ね符合している上、Cが平成18年4月13日に自らの死体遺棄被告事件について一審の執行猶予付き有罪判決を受け、同月20日に控訴の申立てをしながら、あえて同月25日に実施された当公判廷での証人尋問(主尋問)に出頭し、その際、「控訴をしているのでこの裁判で証言をしたくないと検察官に言っていたが、やはり証言することにした。」「被告人のことを怖いという気持ちと、AB夫婦に対する償いをしたいという気持ちを比べてみて、AB夫婦に対する償いをしたいという気持ちのほうが強かったので証言した。」などと供述していること、同年5月23日の反対尋問の際、自分の罪は認めているので一審判決に不満はなく、控訴の取下げを検討している旨述べていることなどに照らすと、高度の信用性を肯認することができる。
また、弁護人は、上記のほか、Cの公判供述につき、Cは視力が弱く、暗いところではほとんどものが見えないにもかかわらず、被告人が所持していたとするけん銃の色や形状について詳細な証言をしているのは不自然である、被告人がCに対してベッドに座るよう合図をした際けん銃を持っていなかったとしているのに、被告人がベッドの側に座った際けん銃を拭いていたとする供述はあまりにも唐突かつ不自然であり、不合理である、死体遺棄の翌日の罪証隠滅行為や被告人にキャッシュカードを預けたこと、自己の借金の額などに関するCの供述は度々変遷し、変遷の理由について当公判廷で合理的に説明できていないなどとして、その信用性には重大な疑問があるなどとも主張するが、いずれもC供述の片言をとらえて論難するものといわざるを得ず、C供述全部の信用性が左右されるとは認められない。
(3) そこで、上記に認定した事(1)実を前提として、Aに暴行を加えた犯人が被告人であるか否かについて検討するに、①Aは、AB夫婦及び被告人のみが在室する被告人方において、体幹部打撲傷及び右前腕骨骨折に基づく外傷性ショックにより死亡していること、②被告人は、自宅からAB夫婦の死体を運び出し、自動車で判示第2の遺棄現場まで運んで遺棄し、その翌日には被告人方の血の付いたカーペットを張り替え、部屋を掃除し、人工芝を張り替え、通路に付いた血を拭くなどし、被告人及びCの犯行当時の着衣等を入れたビニール袋や人工芝、鈍器様のものなどを海中に捨てるなどの入念な罪証隠滅工作をしていること、③AB夫婦は借金返済のため被告人方に行ったところ、AがBに対して「お金を返しに行く。」「あなたからちゃんと説明してよ。」などと言っていたことや、当時AB夫婦が金員に困窮していたことなどに照らし、弁済金の全部を用意できず、被告人と口論やトラブルに発展したとしてもあながち不自然ではない状況があったと考えられること、④現に、被告人は、Cに対し、「いつもなら、Aが文句を言っていたが、今度は、Bも突っ掛かってきた。」「これでぶん殴った。」「最初は、殺すつもりじゃなかった。」などと犯行を自認する内容の発言をしていること、他方で、⑤被告人方に向かう際、AB夫婦に思い詰めた様子や切羽詰まった様子は見られず、夫婦喧嘩をするような気配もなかったことや、関係証拠から認められるBの性格、AB夫婦の夫婦仲などに照らし、BがAに対し、死に至らしめるような暴行を加えたとは考え難いことなどに徴すると、本件犯行の犯人が被告人であることは明らかである。
(4) これに対し、被告人は、捜査段階において、「本件当日の夕方ころ、AB夫婦が自宅に来て、Aから5万円貸してほしいと頼まれたが断った。Aはしつこく頼んできたが、なおも断っていたところ、Aは、興奮した様子で『家賃を払わないと店が開けられない。店開けられなかったら生活もできないし、もう疲れたから殺してくれ。』などと言ってきた。そのうち、BがAに『もう止めなさい。』と言ったところ、AはBにも食ってかかった。うんざりしてその場を離れ、浴室兼便所に入り、ドアを閉めてたばこを1本吸ったところ、居間の方からAが『生きていてももうどうしようもないから。じゃあ、あなたが殺してくれ。』と大声で言い、Bが『じゃあ2人で死のう。』と大声で言うのが聞こえた。約10分間弱浴室兼便所にいた後、居間に戻ると、ソファーにAB夫婦が座って死んでいた。その際、Bは右手に鉄パイプを持ち、鉄パイプの先を右肩にのせていた。すぐに警察に電話をしようと思いついたが、自宅で2人の人間が死に、しかも自分が前科者なので、警察が自分の言うことを信じるはずがないと思い、Cに手伝ってもらって死体を遺棄した。」などと供述する。しかしながら、借金を申込みに来て断られた夫婦が、その場で夫婦喧嘩の末、夫が妻を撲殺する方法で自殺するという弁解内容自体が著しく不自然である上、被告人のCに対する発言内容など当裁判所の認定した上記(1)の事実経過とも全く整合しないこと、被告人は、死体遺棄の事実につき、勾留された当初、事実無根であるなどとして否認し、「Bの車の助手席や後部座席に乗ったことがあるので、そのときに付いた指紋だと思う。」「それ以外に、AB達の死体を乗せた車の中から検出された指紋が私の指紋と一致する理由はあり得ません。」「トランクを開けて中から物を取り出したような記憶もあるので、トランク内からは私の指紋が出ることもあるかもしれません。」などと、前述の供述とは異なる弁解を述べていたものであり、かつ、その後前述の内容に弁解を変遷させた理由についても説得的な説明をなし得ていないことなどに照らすと、その信用性は低く、被告人の弁解を採用することはできない。
また、弁護人は、被告人がAに暴行を加えたというのであれば、Bの死体に強度の打撃の痕跡が認められないことの説明がつかないのであって、被告人が犯人であることに合理的な疑いが残るなどとも主張する。しかし、Bの死体に強度の打撃の痕跡が認められるかどうかということと、被告人がAに暴行を加えた可能性の有無、大小は、必ずしも関連するものではないし、また、Bが強度の打撃の痕跡を残すことなく死亡したことが被告人の弁解の信用性を補強するわけでもないのであるから、Bの死体に強度の打撃の痕跡が認められないことは、被告人が犯人であるとの認定を左右するものではないというべきである。
3 本件犯行が殺意に基づくものであるか否かについて
(1) 関係証拠によれば、次の事実が認められる。
ア 死因等
Aの体幹部(四肢、頭部以外の部分)には、後記のとおり、皮下血腫があり、胸部において、胸鎖関節の脱臼を伴い、右前腕には骨折があり、周囲に厚層の血腫を伴っており、これらの損傷が生じれば、速やかに循環障害をきたして死亡することが考えられ、全身諸臓器の血量は少なく、循環血液量が減少した状態であったと認められる上、全身にこれを上回って死因を形成すると考えられる致命的な疾患や損傷は認められないことを考慮すると、その死因は、体幹部打撲傷及び右前腕骨骨折に基づく外傷性ショックであると認められるところ、健常人が本件と同様の傷害を負った場合、数時間程度で死亡するのが一般と考えられるが、Aの心臓の冠動脈に動脈硬化が認められ、冠状動脈左前下行枝に90パーセント、右冠動脈に30パーセントの内腔狭窄を伴っているため、健常人と比較して、生命の維持能力が低く、ショック状態に陥りやすく、上記内腔狭窄の影響もあり、死期が早まった可能性があり、Aの受傷から死亡までの時間は数十分から1時間程度であったと考えられる。
これに対し、弁護人は、Aの受傷は健常人であれば当然に死に至る程度のものとは認められず、Aは冠状動脈の狭窄によりショックへの耐性が弱いという特殊事情があったため死亡したなどと主張するが、これは専ら医学文献上の一般的知見を根拠とするものであるのに対し、この点に関する証人Eの証言は、骨折や出血量等、Aの具体的な状態を踏まえた上での専門家としての判断であるから、上記主張を直ちに採用することはできない。
イ Aの死体の損傷状況等
Aの死体に残された損傷及び考えられる成傷機序は次のとおりである。
(ア) 上背部右側、肩甲上部から右三角筋部にわたる範囲に32×16センチメートルの紫赤色の皮膚変色があり、皮下に厚層の血腫を伴っている。同損傷は、肩に近い部位では限局的な厚層の血腫を形成し、腰に近い部位ではびまん性の厚層の出血を伴っている。これらの厚層の皮下血腫は打撲傷である。また、前胸郭において、右第2肋骨が骨折し、周囲に出血を伴っている。さらに、左胸鎖関節が脱臼し、周囲に出血を伴っている。胸鎖関節の脱臼から生じた出血は、頚部器官周囲に及んでいる。
上記肩に近い部位の打撲傷は、幅の狭い表面の平滑な、棒状物などの鈍体が3回程度かなり強い力で作用したことにより生じたものと認められる。
他方、腰に近い部位の打撲傷は、比較的面のある鈍体が、Aの背中側から前側に向かって強く打撲、圧迫したことにより生じたものであり、この打撲傷によって、上記左胸鎖関節の脱臼が生じたものと考えられる。また、同打撲傷によって、上記肋骨骨折が生じた可能性もある。このような力が作用する場合としては、うつぶせの状態のAに対し、背中側から体重をかけて踏みつけた場合なども考えられる。
(イ) 左肩甲部の12×19センチメートルの範囲内に大きさが3×8センチメートル、4.5×5センチメートル、1.5×3.5センチメートルの紫赤色の皮膚変色が3個あり、いずれも皮下に薄層の出血を伴っている。これらの皮下出血は打撲傷であり、その程度は軽傷である。
この打撲傷は、表面が平滑、堅固で幅が比較的狭い棒状物などの鈍体が比較的弱い力で1回作用したことにより生じたものと考えられる。
(ウ) 左側胸部の10×11センチメートルの範囲内に、大きさが1×1センチメートル、3×1センチメートル、1.5×0.5センチメートル、9×6センチメートルの紫赤色の皮膚変色が4個あり、いずれも皮下に中等層の出血を伴っている。同皮下出血は打撲傷であり、その程度は軽傷である。
この打撲傷は、Aが腕を上げるなどして脇が開いた状態で、幅が2、3センチメートル程度の表面が平滑な棒状物などの鈍体が、(エ)よりは弱く、(イ)よりも強い力で作用したことにより生じたものと考えられる。
(エ) 右前腕後面、手関節から中枢側5センチメートルの部位を下端として、10×10センチメートルの淡紫色の皮膚変色があり、皮下に厚層の出血があり、橈骨及び尺骨の骨折を伴っている。橈骨は橈骨末梢端から10センチメートル、尺骨は尺骨末梢端から11センチメートルのところでそれぞれ完全に骨折している。骨折周囲の筋肉には厚層の血腫を伴っている。上記右前腕の皮下出血は打撲傷であり、この打撲傷によって、橈骨と尺骨の骨折が生じたものと考えられる。骨折の周囲には厚層の血腫が認められ、その程度は重傷である。
この打撲傷や骨折は、比較的表面の平滑な、堅固な幅の狭い棒状物などの鈍体が、Aの右前腕の手の甲側から手のひら側に向けてかなり強い力で1回作用したことにより生じたものと認められる。一般に、同部位に直達外力が加えられて生じた損傷は、防御創であることが多いとされている。
(オ) 左大腿前面に14×19センチメートルの紫赤色の皮膚変色があり、皮下に中等層の出血を伴っている。同皮下出血は打撲傷であり、その程度は中等傷である。
この打撲傷は作用面の広、い表面の平滑な鈍体が強い力で作用したことにより生じたものと考えられる。このような力が作用する場合としては、正対している状態で、足で強くAを蹴りつけた場合なども考えられる。
(カ) 左大腿内側に7×6センチメートルの紫赤色の皮膚変色があり、皮下に中等層の出血を伴っている。同皮下出血は打撲傷であり、その程度は中等傷である。
この打撲傷は、表面が平滑な面を持った鈍体が強い力で作用したことにより生じたものと考えられる。このような力が作用する場合としては、Aに対し、正面から立ったまま、かなり強い力で足蹴にした場合なども考えられる。
(キ) (ア)のうち、肩に近い部位の打撲傷、(イ)、(ウ)、(エ)の成傷器と考えられる棒状物などの鈍体として、鉄パイプの可能性も考えられる。(ア)のうち、肩に近い部位の打撲傷及び(エ)の右前腕の打撲傷は、いずれも皮下に厚層の血腫を生じているところ、成傷器が鉄パイプであると仮定した場合、力を込めて振り下ろした場合に厚層の血腫が生じ得る。
(2) 以上の認定事実を前提として、以下、本件犯行が殺意に基づくものであるか否かについて検討する。
まず、Aの上背部右側の肩に近い部位、左肩甲部、左側胸部及び右前腕部の各打撲傷を生じさせた凶器は、表面が平滑で、幅の狭い堅固な棒状物などの鈍体であって、長さや重量にもよるものの、使用方法によっては十分な殺傷能力を有すると思料され、被告人は、このような凶器を用いて、69歳と相当高齢のAに対し、少なくともその上背部右側の肩に近い部位に3回、右前腕に1回、力を込めて振り下ろす程度の力で打撃を加えると共に、左側胸部に1回比較的強い力で、左肩甲部に1回比較的弱い力で打撃を加え、さらに、Aの上背部右側の腰に近い部位、左大腿前面及び内側に対しても、比較的面のある、又は表面が平滑な鈍体により強く打撲、圧迫するなどの攻撃を加えたと考えられる上、被告人がAに上記攻撃を加えた後、Aが死亡するまで数十分から1時間程度の時間があったと考えられるにもかかわらず、この間に何らかの救命措置をとった形跡は窺われない。これらの事情に照らすと、被告人が相当程度の加害意思を有していたことは明らかである。
しかしながら、Aが受けた傷害は、全体としてみれば健常人であっても死に至る危険性が高いものの、主要臓器の損傷は認められず、個々の傷害は、それ自体が当然に致命傷となり得るものではなく、被告人の攻撃態様は上記の程度に止まっており、頭部等の致命傷となり得る部位を狙って打撃を加えることも極めて容易であったと考えられるにもかかわらず、このような攻撃に及んだ形跡も窺われない上、犯行の動機について見ても、被告人が、本件当日、被告人方を訪問したAと借金の返済等に関して諍いとなり、激昂したことなどが窺われるものの、これが、直ちにAに対する殺意を抱くまでの動機になるとは考え難い。これらの諸事情を考慮すると、被告人がAに攻撃を加えた時点の加害意思を殺意というにはなお合理的な疑いが残るというべきである。
なお、検察官は、被告人がCに対して「お前も殺されたいか。最初は、殺すつもりじゃなかった。自分は短気だから何をするか分からない。」などと述べたことをもって、犯行時の殺意を自認しているなどとも主張するが、同発言の趣旨は、「殺すつもりはなかったのに死んでしまった。」など、殺意を否定する趣旨にも解し得るのであって、直ちに犯行時の殺意を自認したものとみるのは相当でない。
また、検察官は、Aの右前腕の打撲傷及び骨折が防御創であることを前提として、同傷害を加えた打撃も体幹部に対して加えられたものである旨も主張するところ、一般に、同部位に直達外力が加えられて生じた損傷は防御創であることが多いことが認められるものの、Aの右前腕の傷害が防御創であるか否かは、なお明らかではない。よって、上記各主張は採用しない。
以上によれば、被告人が殺意を有していたとの検察官の主張は採用することができず、被告人については傷害致死の限度で犯罪が成立するというべきである。
(累犯前科)
被告人は、平成14年9月30日那覇地方裁判所沖縄支部で売春防止法違反、職業安定法違反、貸金業の規制等に関する法律違反並びに出資の受入れ、預り金及び金利等の取締りに関する法律違反の各罪により懲役1年10月及び罰金30万円に処せられ、平成16年5月1日その懲役刑の執行を受け終わったものであって、この事実は前科調書(乙14)によって認める。
(法令の適用)
1 罰条
(1) 判示第1の所為につき刑法205条
(2) 判示第2の所為につき同法60条、190条
(3) 判示第3の所為のうち、①けん銃を適合実包とともに所持した点につき銃砲刀剣類所持等取締法31条の3第2項、1項、3条1項、②けん銃実包を所持した点につき同法31条の8、3条の3第1項
2 科刑上一罪(観念的競合)の処理
判示第3につき刑法54条1項前段、10条(重いけん銃加重所持罪の刑で処断)
3 累犯加重
同法56条1項、57条(判示各罪の刑につきそれぞれ再犯の加重。ただし、判示第1及び同第3の罪についてはそれぞれ同法14条2項の制限内)
4 併合罪の処理
同法45条前段、47条本文、10条(刑及び犯情の最も重い判示第1の罪の刑に同法14条2項の制限内で法定の加重)
5 宣告刑の決定
懲役13年
6 未決勾留日数の算入
同法21条(未決勾留日数中300日を上記刑に算入)
7 没収
同法19条1項1号、2項本文(判示第3のけん銃加重所持の犯罪行為を組成した物で被告人以外の者に属しない自動装填式けん銃1丁〔平成18年押第5号の1〕、実包3個〔同号の2〕並びに弾頭及び薬きょう各2個〔同号の3〕につき)
8 訴訟費用の不負担
刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑の理由)
本件は、被告人が、判示第1の被害者の背部及び右前腕部等を鈍器様のもので複数回殴打するなどの暴行を加えて死亡させた(判示第1)上、被害者及びその夫の死体を自動車のトランク内に積載して山中の雑木林まで運搬し、斜面に車ごと転落させて遺棄した(判示第2)という傷害致死及び死体遺棄各1件、自宅で適合実包とともに自動装填式けん銃を所持したという銃砲刀剣類所持等取締法違反1件(判示第3)からなる事案である。判示第1の傷害致死の犯行態様は、抵抗した形跡の窺われない被害者に対し、凶器を用いて体幹部等を複数回強打するなどの危険かつ悪質なものであり、被害者の死亡という結果が極めて重大であることはいうまでもない。被告人は、被害者が死亡するや、自己保身のみを考え、その刑責を免れるため、第三者であるCをも巻き込んで判示第2の死体遺棄や証拠物の投棄等種々の罪証隠滅工作に及んでおり、殊に死体遺棄の犯行態様は、被害者及びその夫の死体を自動車のトランク内に積み込んだ上、人里離れた山中の雑木林まで運搬して自動車ごと遺棄するという死者に対する弔悼の念は微塵も見られないものである。被害者は、何ら落ち度と見るべき事情はないのに、激しい肉体的、精神的苦痛の内にその生命を絶たれたのみならず、同じころ死亡した被害者の夫と共に自動車のトランク内で数日間炎天下にさらされながら放置され、その死体はいずれも見るも無惨に腐乱し朽ち果てているのであって、被害者やその夫の無念さは察するに余りあり、遺族らの処罰感情が峻烈で、被告人の厳重処罰を望むのも当然である。判示第3のけん銃加重所持の犯行についてみても、社会公共の安全をかえりみない悪質な犯行であり、その態様、動機に酌むべき点は存しない。被告人は、上記累犯前科を含む多数の前科を有しており、遵法精神の欠如は甚だしい上、本件においても傷害致死の点について不合理な弁解に終始し、反省の態度は全く見られない。これらの事情に照らすと、被告人の刑事責任は重大である。
そうすると、傷害致死に関し、個々の傷害自体はそれ自体が直ちに致命傷となり得るものではなかったこと、被告人が死体遺棄、銃砲刀剣類所持等取締法違反の点については事実を認めていることなど、被告人のために酌むべき事情を考慮しても、被告人を主文掲記の刑に処するのが相当である(求刑 懲役25年、没収)。
(裁判長裁判官 吉井広幸 裁判官 福島直之 裁判官 徳井真)