那覇地方裁判所 平成17年(行ウ)7号 判決 2008年11月19日
主文
1 甲事件の訴えのうち,平成20年4月23日までに終了した中城湾港(泡瀬地区)公有水面埋立事業・臨海部土地造成事業に関する一切の公金の支出,契約の締結又は債務その他の義務の負担行為の差止めを求める部分を却下する。
2 甲事件の訴えのうち,被告県知事に対し債務者Aに対する損害賠償請求を求める部分中,別紙「中城湾港(泡瀬地区)臨海部土地造成事業特別会計 支出内容一覧」記載中の平成12年度ないし平成14年度の支出負担行為及び支出命令に係る部分並びに平成15年度の中城湾港(泡瀬地区)企業用地周辺環境資料作成業務委託費中の支出負担行為に係る部分をいずれも却下する。
3 被告県知事は,中城湾港(泡瀬地区)公有水面埋立事業・臨海部土地造成事業に関して,本判決確定時までに支払義務が生じたものを除く一切の公金を支出し,又は,契約を締結し若しくは債務その他の義務を負担してはならない。
4 被告市長は,沖縄市東部海浜開発事業に関して,一切の公金を支出し,契約を締結し,又は債務その他の義務を負担してはならない。
5 甲事件原告らの被告県知事に対する差止請求中,本判決確定時までに支払義務が生じたものに係る平成20年4月24日以降の公金の支出の差止めを求める部分を棄却する。
6 甲事件原告らの被告県知事に対し債務者Aに対するその余の損害賠償請求を求める部分及び債務者国に対する損害賠償請求を求める部分を,いずれも棄却する。
7 訴訟費用のうち,甲事件原告らに生じた費用と被告県知事に生じた費用は,これを2分し,その1を甲事件原告らの負担とし,その余は被告県知事の負担とし,乙事件原告らに生じた費用と被告市長に生じた費用は,被告市長の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の申立て
1 請求の趣旨
(1) 甲事件
ア 被告県知事は,中城湾港(泡瀬地区)公有水面埋立事業・臨海部土地造成事業に関して,一切の公金を支出し,契約を締結し,又は債務その他の義務を負担してはならない。
イ 被告県知事は,債務者A及び同国に対し,連帯して,20億円及びこれに対する平成17年4月1日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を支払うよう求める損害賠償請求をせよ。
(2) 乙事件
被告市長は,沖縄市東部海浜開発事業に関して,一切の公金を支出し,契約を締結し,又は債務その他の義務を負担してはならない。
2 答弁
(1) 被告県知事(甲事件関係)
甲事件原告らの請求をいずれも棄却する。
(2) 被告市長(乙事件関係)
ア 本案前の答弁
乙事件の訴えを却下する。
イ 本案の答弁
乙事件原告らの請求を棄却する。
第2事案の概要
1 本件は,沖縄県(甲事件)又は沖縄市(乙事件)の住民である原告らが,中城湾港(泡瀬地区)公有水面埋立事業・臨海部土地造成事業(以下「本件埋立事業」という。)及び沖縄市東部海浜開発事業(以下「本件海浜開発事業」といい,本件埋立事業と併せて「本件埋立事業等」という。)に関する各被告の財務会計上の行為が地方自治法2条14項及び地方財政法4条1項に違反する,また,被告県知事のした本件埋立事業に関する埋立免許及び承認(公有水面埋立法2条1項及び同法42条1項。以下,両者を併せて「本件埋立免許及び承認」という。)が公有水面埋立法4条1項1号ないし3号(国の埋立てに対する承認について同法42条3項により準用)に違反するなどとして,① 被告県知事に対し,地方自治法242条の2第1項1号に基づき,本件埋立事業に関する一切の公金の支出,契約の締結,又は債務その他の義務の負担(以下「甲事件財務会計行為」という。)の差止めを求めるとともに,同項4号に基づき,(ⅰ) 沖縄県が平成12年度から平成16年度までに本件埋立事業に関してしたこれら違法な公金の支出(以下,甲事件財務会計行為のうち,これらの支出に関する支出負担行為及び支出命令を併せて,「本件支出負担行為等」という。)により沖縄県に損害が生じているとして,その一部20億円につき,当該職員としての当時の沖縄県知事(A(以下「A」という。))に対して損害賠償請求をすることを求め,また,(ⅱ) 本件埋立事業に関して実施された環境影響評価(以下「本件環境影響評価」という。)等が違法であり,そのために,被告県知事の判断を誤らせて本件埋立免許及び承認を行わせ,沖縄県に本件埋立事業に対する本件支出負担行為等を行わせ,沖縄県に同額の損害を生じさせたとして,その一部20億円につき,怠る事実に係る相手方としての国に対して損害賠償請求をすることを求め(甲事件),② 被告市長に対し,同項1号に基づき,本件海浜開発事業に関する一切の公金の支出,契約の締結,又は債務その他の義務の負担(以下「乙事件財務会計行為」といい,甲事件財務会計行為と併せて「本件各財務会計行為」という。)の差止めを求めた(乙事件)事案である。
2 前提事実(各掲記の証拠(すべての枝番を表すときは,枝番の記載を省略する。以下同じ。)及び弁論の全趣旨によるほかは,当事者間に争いがない(争うことを明らかにしない事実も含む。)。)
(1) 当事者等
ア 甲事件原告らは,沖縄県の住民である。
乙事件原告らは,沖縄市の住民である。
イ 被告県知事は,沖縄県の公金の支出,契約の締結又は債務その他の義務の負担などの行為につき最終権限を有する者である。
また,被告県知事は,中城湾港の港湾管理者である沖縄県の長として,本件埋立免許及び承認を行う権限を有する者である(港湾法58条2項)。
被告市長は,沖縄市の公金の支出,契約の締結又は債務その他の義務の負担などの行為につき最終権限を有する者である。
ウ Aは,本件埋立事業に係る本件支出負担行為等当時,沖縄県知事の職にあった。
国(その機関である沖縄総合事務局。以下「総合事務局」ともいう。)は,本件埋立事業の環境影響評価手続(本件環境影響評価)を行った。
(2) 本件埋立事業等が行われる泡瀬地区の概要(甲8,58)
中城湾港は,沖縄島(沖縄本島)中南部の東海岸に位置し,北の勝連半島と南の知念岬に囲まれた天然の湾形を有し,港湾区域約2万4000ヘクタールの海域を有する湾港である。このうち,本件埋立事業等が行われる泡瀬地区は,中城湾港の北部に存し,沖縄島中部に存する沖縄県第2の都市である沖縄市の東部に位置している。本件埋立事業に係る埋立地及びその周辺海域は,約265ヘクタールの干潟(泡瀬干潟)及び約353ヘクタールの藻場が大規模に存在する浅海域となっており,海藻草類,底生生物及びトカゲハゼ等の生息・生育の場となっているとともに,干潮時には多くのシギ・チドリ類,サギ類等が飛来し,良好な採餌,休憩の場ともなっている。
(3) 本件埋立事業等の概要
ア(ア) 本件埋立事業(乙4)
本件埋立事業は,総合事務局及び沖縄県が事業者となり,泡瀬干潟とその周辺海域の公有水面合計約187ヘクタール(以下「本件埋立計画地」という。)を出島方式によって埋め立てるものであり(埋立面積の内訳は,総合事務局が約178ヘクタールであり,沖縄県が約9.2ヘクタールである。),埋立てが完了した後,沖縄県は,総合事務局から,その施行部分の一部(約55ヘクタール)につき管理の委託を受け,その残部を買い受けた上で,地盤改良し,約90ヘクタールを沖縄市に,その残部を基盤整備して民間に売却することなど(なお,埋立後の沖縄県による上記基盤整備事業は,(イ)記載の「マリンシティ泡瀬」建設事業の一部であると解されるが,本件埋立事業という場合,上記基盤整備事業を含むものとする。)が計画されている。
本件埋立事業のうち,埋立てに係る事業費は,総合事務局が約308億円,沖縄県が約181億円とされている。
(イ) 本件海浜開発事業
本件海浜開発事業は,沖縄市が,本件埋立事業によって埋め立てられた土地(本件埋立計画地)のうち約90ヘクタールを沖縄県から購入し,その基盤整備を行うなどして,沖縄県とともに,「マリンシティ泡瀬」というマリーナ・リゾートを建設しようとするものである。
イ 事業目的(乙2ないし6)
(ア) 総合事務局が企図するもの
本件埋立事業予定地の北東に隣接する中城湾港新港地区の整備のための航路等浚渫工事(以下「新港地区航路等浚渫工事」という。)に伴って発生する浚渫土砂を処理(人工島(本件埋立計画地)の造成に利用)すること
(イ) 沖縄県及び沖縄市が企図するもの
本件埋立計画地に,マリーナ・リゾートとしてマリンシティ泡瀬を建設すること
マリンシティ泡瀬は,国際交流や海洋性レクリエーション活動の拠点,地域における情報・教育・文化の拠点となることを目的とするものであり,別紙「土地利用計画図」記載のとおり,本件埋立計画地に宿泊施設や商業施設,人工ビーチ,野鳥園,埠頭,マリーナなどを建設することが計画されている。
ウ 埋立工事計画の概要(甲6,8,乙2,4)
埋立工事は,国(総合事務局)施行区域(約178ヘクタール)と沖縄県施行区域(約9.2ヘクタール)に分けられている。
国施行区域の埋立てに関する工事の竣功には当初,約6年を要することが見込まれたが,埋立てに用いる土砂の発生時期(新港地区航路等浚渫工事の実施時期)と埋立工事の効率性,交流展示施設用地や宿泊施設用地等の早期利用を考慮して,別紙「区域分割図」記載のとおり,二つのブロック(第Ⅰ区域,第Ⅱ区域)に区分し,順次竣功させることとした。なお,沖縄県施行区域は,第Ⅰ区域に含まれている。
第Ⅰ区域の面積は,沖縄県施行区域と併せて約96ヘクタールであり,第Ⅱ区域の面積は,約91ヘクタールである。
エ 埋立完了後の土地利用(マリンシティ泡瀬の建設)(甲7,8,乙4)
(ア) 埋立完了後,総合事務局は,自らの施行部分のうち約55ヘクタールについては道路や岸壁等の公共用地として沖縄県に管理を委託し,その余については沖縄県に売却する。沖縄県は,造成後の土地のうち約90ヘクタールを沖縄市へ売却し,沖縄県と沖縄市がそれぞれ基盤整備事業を担当する。
被告県知事と被告市長は,平成15年3月28日,本件埋立事業等に関して,概要以下のような協定(以下「本件協定」という。)を締結(中城湾港泡瀬地区開発事業に関する協定書の締結)した。
a 同事業を円滑に推進するため,被告県知事及び被告市長は協力して事業の執行に当たるものとする。(第1条)
b(a) 区画道路,公園,上下水道等の基盤施設の整備については,被告県知事及び被告市長は協力して国庫補助事業の導入に努め,被告市長が実施主体となり整備するものとする。なお,国庫補助対象外の事業については,同協定書添付の処分区分に基づき,各々で整備するものとする。(2条1項)
(b) (a)に基づき被告県知事が整備した基盤施設については,被告市長に譲渡するものとする。(同条2項)
c(a) 被告県知事は,被告県知事が整備した港湾施設のうち,臨港道路以外の施設については,被告市長に管理を委託するものとする。(3条1項)
(b) 海浜緑地,人工ビーチの管理委託に要する経費については,被告市長の負担とし,その他の施設については,被告県知事の予算の範囲内で被告県知事が被告市長に委託料を支払うものとする。(同条2項)
(c) (a)の規定にかかわらず埠頭及び人工干潟の管理委託については,両者協議して決定するものとする。(同条3項)
d 被告県知事は,被告市長が予算において債務負担行為を設定し,被告県知事と被告市長において,同協定書添付の国有地取得区分に基づき,被告市長が被告県知事から土地を購入する時期及び価格等について協議書を締結した後,国と国有地譲渡に係る協議を行い,国より土地の譲渡を受けるものとする。(4条)
e(a) 被告市長は,d記載の協議書に基づき速やかに被告県知事から土地を購入するものとし,被告県知事は必要に応じて地盤改良を行うものとする。(5条1項)
(b) 譲渡価格については,国からの土地の購入費,土地の整備,各種調査等に要する諸費用を含めるものとする。(同条2項)
f 埋立後のマリーナ施設の整備,管理運営方法等については,両者協議して決定するものとする。(6条)
g 企業誘致は,両者協力して行うものとする。(7条)
(イ) 埋立完了後の土地利用に想定される事業費は,次のとおりである。
a 沖縄県
国からの埋立地取得費 約213億円
地盤改良費 約42億円
基盤整備費 約32億円
b 沖縄市
沖縄県からの埋立地取得費 約184億円
基盤整備費 約91億円
(ウ) 沖縄県及び沖縄市とも,上記の事業資金は基本的には起債によってまかない,最終的には沖縄市が約90ヘクタール,沖縄県が約40ヘクタールを民間に売却して返済資金を回収する独立採算事業としている。
また,用地の処分については,あらかじめ沖縄県と沖縄市で協力して企業誘致を実施し,沖縄県が国から埋立地の譲渡を受けるまでに進出企業のめどを付けることとされている。
(エ) 埋立地の土地利用計画の内容は,別紙「土地利用計画図」記載のように,以下のとおりである。
a 埠頭用地
(a) 旅客船埠頭 約2.0ヘクタール (沖縄県施行)
大型クルーズ船が寄港できる施設整備を行う必要があるため,旅客船埠頭として約2.0ヘクタールを整備する。
(b) 小型船だまり用地 約2.9ヘクタール (国及び沖縄県施行)
将来増加する遊漁船に対応するため,遊漁船が利用する小型船だまりとして約2.9ヘクタール(国1.6ヘクタール,沖縄県1.3ヘクタール)を整備する。また,本地区が国際交流リゾート及び海洋性レクリエーション拠点となることに伴い,中城湾内の遊覧を行う旅客不定期船が就航する予定であり,これに対応した埠頭用地も併せて整備する。
b マリーナ施設用地 約2.9ヘクタール (国施行)
プレジャーボート隻数は年々増加傾向にあり,現況の不足分及び将来需要に対応するため,マリーナ施設用地として2.9ヘクタールを整備する。
c 交流・展示施設用地 (国施行)
(a) 交流施設用地 約2.0ヘクタール
会議室やイベントホール,研修室等を備えた交流施設のための用地として約2.0ヘクタールを整備する。
(b) 展示施設用地 約3.5ヘクタール
近接する新港地区の貿易・産業分野における経済レベルの交流を支援するとともに,当該地区における国際交流リゾート拠点の形成を図る上で中核施設となる展示施設のための用地として約3.5ヘクタールを整備する。
d 宿泊施設用地 (国施行)
(a) 宿泊施設用地1(ホテル) 約30.4ヘクタール
当該地区の宿泊需要を一部受け持つとともに,各種イベントや学術会議等が可能なホテル,各種リゾートホテルのための用地として約30.4ヘクタールを整備する。
(b) 宿泊施設用地2(コンドミニアム) 約3.8ヘクタール
観光をはじめ保養・休養等を主な目的とし中長期滞在可能なコンドミニアムのための用地として約3.8ヘクタール整備する。
(c) 宿泊施設用地3(コテージ) 約3.1ヘクタール
観光をはじめ保養・休養等を主な目的とし中長期滞在可能なコテージのための用地として約3.1ヘクタール整備する。
e 観光商業施設用地
(a) 観光商業施設用地1(複合商業施設用地) 約12.7ヘクタール (国施行)
当該地区の賑わい施設の中核となる複合商業施設のための用地として約12.7ヘクタール整備する。
(b) 観光商業施設用地2(臨海商業施設用地) 約1.6ヘクタール (沖縄県施行)
当該地区の港や海,船への期待感と賑わいを演出し,小型船だまり及び人工海浜の利用者などを主な対象者とした海の雰囲気を楽しめるショッピング,飲食ゾーンとして約1.6ヘクタール整備する。
f 業務・研究施設用地 (国施行)
(a) 業務・研究施設用地1(業務施設用地) 約8.9ヘクタール
新港地区にて整備が進められている産業支援団地を補完し,当該地区のリゾート的環境の中で研究開発や人材育成,情報提供,交流等,様々な活動が共同して行える業務・研究施設のための用地を約8.9ヘクタール整備する。
(b) 業務・研究施設用地2(海洋研究施設用地) 約0.7ヘクタール
沖縄周辺海域において活動を行っている海洋調査研究の支援施設として,調査研究船が採取したサンプル等の整理・分析を行う海洋研究施設のための用地を約0.7ヘクタール整備する。
(c) 業務・研究施設用地3(栽培漁業施設用地) 約7.0ヘクタール
中城湾港内のつくる漁業を先導する資源生産や研究施設を展開する栽培漁業施設のための用地を約7.0ヘクタール整備する。
(d) 業務・研究施設用地4(海洋療法施設用地) 約2.3ヘクタール
海を活用した健康づくりのための支援施設として,海洋療法施設のための用地を約2.3ヘクタール整備する。
g 教育・文化施設用地 (国施行)
(a) 教育・文化施設用地1(生涯学習センター用地) 約3.0ヘクタール
沖縄県の教育・文化活動の中核施設として,生涯学習活動の拠点となる生涯学習センターのための用地を約3.0ヘクタール整備する。
(b) 教育・文化施設用地2(専門学校用地) 約4.5ヘクタール
当該地区の交流リゾート,海洋性レクリエーション,情報・研究機関等の立地特性を活用した人材育成の場としての専門学校のための用地を約4.5ヘクタール整備する。
(c) 教育・文化施設用地3(海洋文化施設用地) 約1.2ヘクタール
本地区の周辺でかつて行われていた製塩の歴史など,海の文化や歴史とのふれあい,製塩の過程を学習できる海洋文化施設のための用地を約1.2ヘクタール整備する。
h 住宅用地(住宅用地1,2) 約26.0ヘクタール (国施行)
「職・住・遊・学」が一体となった良好なリゾート環境を形成するため,当該地区就業者のための住宅用地を約26.0ヘクタール整備する。
i 緑地
(a) 緑地1(海浜緑地) 約13.1ヘクタール (国及び沖縄県施行)
前面に整備される人工海浜と一体的に利用される緑地として約13.1ヘクタール(国9.5ヘクタール,沖縄県3.6ヘクタール)を整備する。
(b) 緑地2(外周緑地) 約11.0ヘクタール (国施行)
埋立地は出島形式の形状であることから,外周部において周囲の環境と調和,水路環境の保全,さらには防風・防潮のための緑地2を約11.0ヘクタール整備する。緑地2には,野鳥・干潟観察地,散策路等も整備する。
(c) 緑地3(中央緑地) 約5.3ヘクタール (国施行)
埋立地の賑わいのあるゾーンと落ち着きのあるゾーンの緩衝的な役割を果たす緑地3を約5.3ヘクタール整備する。緑地3(中央緑地)には,散策路,自転車道等も整備する。
(d) 緑地4(野鳥園) 約1.0ヘクタール (国施行)
当該地区の西側には,泥質性干潟や内水面等があり,トカゲハゼ等の貴重な生物や野鳥が見られる。こうした環境を保全しつつ,さらに,干潟環境を新たに創造し,野鳥等の生息空間となる緑地4を約1.0ヘクタール整備する。
j 多目的広場用地 約17.8ヘクタール (国施行)
沖縄市に要請の上げられているサッカー場,ソフトボール場,イベント広場など,地域住民や地区内就業者が休息・散策・スポーツなど総合的に楽しめる多目的広場を約17.8ヘクタール整備する。
k 道路用地 (道路用地1)(国及び沖縄県施行),(道路用地2,3)(国施行) 約16.2ヘクタール
各用地から発生する交通量を道路別に配分・集計した道路別発生交通量等から決定される必要規模に基づき,道路用地(臨港道路1~3号線)を約16.2ヘクタール(国15.6ヘクタール,沖縄県0.6ヘクタール)整備する。
l 管理施設用地 (国施行)
(a) 管理施設用地 約0.4ヘクタール
当該地区の緑地,道路等を含む公共施設の運営,維持管理を行う管理施設のための用地を約0.4ヘクタール整備する。
(b) 交通施設用地 約0.2ヘクタール
当該施設への交通の拠点として,路線バスの乗降ホームなど交通施設のための用地を約0.2ヘクタール整備する。
m 護岸用地 約3.0ヘクタール (国及び沖縄県施行)
当該埋立地の外周本護岸の敷地で,埋立潮位線と護岸天端先端との間に発生する用地であり,約3.0ヘクタール(国2.8ヘクタール,沖縄県0.2ヘクタール)となる。
(4) 本件埋立事業等の経緯
ア 中城湾港の概要
泡瀬干潟が存在する中城湾港は,港湾区域約2万4000ヘクタールの海域を有する湾港であり,沖縄の本土復帰に伴い,琉球政府から沖縄県に移管され,昭和49年4月には重要港湾に指定されている。
中城湾港において現在進められている主要なプロジェクトには,① 流通加工港湾整備のための北部の新港地区における埋立事業(以下「新港地区埋立事業」という。なお,新港地区航路等浚渫工事は,同事業に含まれる。),② 港湾施設と都市基盤施設を一体的に整備するために行われている南部の西原,佐敷,知念等の海岸線におけるマリンタウンプロジェクト,そして,③ 本件埋立事業等がある。
イ 計画の経緯(甲8,24,乙2ないし4)
(ア) 本件埋立事業等は,そもそも市域の3割以上を軍用地が占めている沖縄市が,基地依存経済からの脱却を目指し,昭和62年3月に策定した東部海浜地区開発計画の中での構想に端を発している。
沖縄市は,基地依存経済から脱却し,自立経済への転換を図るため,市の将来像を国際文化観光都市とし,地域振興を図ることとした(昭和62年沖縄市新総合計画)。そして,その方策の一つとして,中南部圏の核都市としての機能充実を図り,国際文化観光都市を形成する上での戦略拠点の必要性が議論され,軍用地や過密化が進展している市街地など既存の陸域にまとまった開発用地を求めることは難しいことや,海浜リゾートを目指すためには海辺が望ましいこと等から,その適地として東部海浜地区が考えられた。また,その具体化のために,沖縄市東部海浜地区振興開発懇談会が設置されるなどし,沖縄市の内部組織としても,昭和62年12月には沖縄市東部海浜地区開発プロジェクトチームが設置され,昭和64年1月には沖縄市東部海浜開発局が設置されるなどした。
一方,沖縄県では,昭和63年から中城湾港の港湾計画改訂作業に着手しており,新港地区の一部見直し,マリンタウンプロジェクト(西原町,与那原町,佐敷町及び知念村各地先の開発計画)の位置付け等が予定されていた。そして,沖縄市東部海浜開発計画も,基本計画が平成元年3月までにまとめられ,被告市長や,沖縄市議会などによって沖縄県に対し港湾計画へ位置付けの要請がされた結果,沖縄県の進める港湾計画調査作業の中で検討されることとなった。この中城湾港港湾計画調査は,平成2年3月にはまとめられ,沖縄市東部海浜開発計画は,泡瀬地区として整理された。
(イ) 沖縄市は,泡瀬地区の計画に関し,地元協議を進め,平成元年5月には関連2漁協の計画基本同意を取り付けるなどしたが,地元泡瀬復興期成会から埋立形状の変更の要請が出され,平成2年6月の地方港湾審議会までに合意形成が図れない状況となった。このため,沖縄県では,計画熟度が不十分として,泡瀬地区の港湾計画への位置付けを見送り,その他のプロジェクトの位置付けを図った港湾計画改訂を同年8月に行った。
沖縄市は,計画の推進を図るべく,その後1年余りにわたり,地元との協議を重ね,平成3年5月には当初計画した陸続きの埋立てを海岸線を残した出島方式とすることで泡瀬復興期成会等から計画に関する基本合意を取り付けた。その成果を得て,港湾計画への位置付け(一部変更)を行うための協議が総合事務局,沖縄県及び沖縄市の間で持たれ,平成3年8月には,「沖縄県のプロジェクトへの位置付けを検討し,平成5年度に港湾計画の一部変更を行う方向で進める」ことが確認された。
その後,3者のワーキングがもたれたが,そこで,海洋性レクリエーション拠点形成という位置付けのみで港湾計画へ位置付けることは厳しいと判断され,実現性の高い手法として土砂処分場としての位置付けを図るべきであるとの考え方で進めることに合意し,そのための計画調査,環境調査を進めるべく準備がされた。
(ウ) 平成5年度以降,環境影響評価に向けた調査が開始された。
平成7年11月,中城湾港港湾計画が変更され,泡瀬地区の上記出島方式による埋立計画案が港湾計画に位置付けられた。
(エ) その後,平成11年3月,沖縄振興開発特別措置法(昭和46年法律第131号。附則3条1項により,平成14年3月31日失効。現在の沖縄振興特別措置法(平成14年3月31日法律第14号)。)に定める特別自由貿易地域(Special Free Trade Zone。以下,単に「FTZ」ともいう。)に新港地区が指定され,総合事務局が新港地区の港湾整備に積極的に関与することとなった。
ウ 本件環境影響評価の実施(甲8,乙3,11ないし23)
総合事務局は,本件埋立事業につき,昭和59年8月28日に閣議決定された「環境影響評価の実施について」(以下「閣議アセス」という。)及び環境影響評価法(平成9年法律第81号。平成11年6月12日施行)に基づく環境影響評価(本件環境影響評価)を実施した(なお,環境影響評価に向けた調査自体は,総合事務局が事業者として関与する前である平成5年度から開始されていた。)。
(ア) 本件環境影響評価は,当初(平成5年度以降)は閣議アセスに基づき実施されていたが,環境影響評価法が施行された平成11年6月12日以降は同法に基づき実施された(なお,閣議アセスにおいては,環境影響評価方法書(以下,単に「方法書」ともいう。)の制度は定められていないため,本件において方法書は作成されていない。)。
(イ) 総合事務局は,平成11年3月30日,本件埋立事業につき,環境影響評価準備書(以下「本件準備書」という。)を作成し,被告県知事に送付し,同年4月9日に本件準備書を作成した旨を公告し,その後同年5月10日まで本件準備書を縦覧に供し,また,同年4月24日及び同月28日に本件準備書の説明会を開催し,同年5月28日に関係地域住民から提出された意見の概要を被告県知事及び関係市町村長へ送付した。
(ウ) 被告県知事は,平成11年6月25日から同年9月30日までの間,5回にわたって開催された専門委員会の検討結果を踏まえ,同年10月12日ころ総合事務局に意見書を提出した。
(エ) 総合事務局は,平成11年11月,環境影響評価書を作成し,中城湾港港湾管理者の長(被告県知事)からの同評価書についての平成12年2月23日付け意見を踏まえ,補正を行った後,「中城湾港(泡瀬地区)公有水面埋立事業に係る環境影響評価書」(甲8)(以下「本件評価書」という。)として,平成12年3月22日に被告県知事に提出し,同月23日に本件評価書を作成した旨公告し,その後同年4月24日まで同評価書を縦覧に供した。
エ 沖縄県は,平成12年5月10日,中城湾港港湾管理者(沖縄県)に対し,本件埋立事業についての埋立免許を出願した。その要領は,同月23日に告示され,出願書面及び関係図書は,その後同年6月12日まで縦覧に供された。その後,中城湾港港湾管理者である沖縄県(代表者被告県知事)は,同年12月4日付けで主務大臣(運輸大臣(当時))への認可申請を行い,同月18日にその認可を得て,本件埋立事業につき,同月19日付けで,沖縄県に対し,公有水面の埋立てを免許した。
また,総合事務局は,同年5月10日付けで本件埋立事業についての埋立承認を出願し,中城湾港港湾管理者(沖縄県)は,同年12月19日付けで公有水面の埋立てを承認した(本件埋立免許及び承認は,上記沖縄県への免許及び上記総合事務局への承認を併せたものである。)。
当時の計画では,平成13年8月より護岸工事から着手された後,2年次から埋立工事が開始され,7年次半ばで完了する予定であった。
第Ⅰ区域の埋立工事については,国は,平成14年度から中城湾港土砂処分場護岸築造等の海上工事に着手しており,平成18年度までに仮設橋梁,仮設桟橋,余水吐を完成させ,平成19年度に外周護岸と作業用航路の整備を進め,平成20年度後半からは,新港地区航路等浚渫工事に着手し,その土砂を第Ⅰ区域に運搬・搬入することにより,平成24年度に埋立工事(国施行分約87ヘクタール)の竣功を予定している。そして,第Ⅰ区域の工事が完了した後に,第Ⅱ区域の工事が着手されることになる。(甲1ないし6,乙11,24ないし35,弁論の全趣旨)
(5) 本件埋立事業等に伴う沖縄県の債務負担行為及び支出行為
ア 沖縄県は,本件埋立事業費として,平成12年度から平成15年度までの間,以下の金額を支出した。
平成12年度 20億0240万8834円
平成13年度 2487万7996円
平成14年度 1656万4378円
平成15年度 712万9500円
沖縄県は,本件埋立事業費として,平成16年度及び平成17年度において,以下の金額を予算に計上した。
平成16年度 2億2000万円
平成17年度 2億6630万1000円
イ 本件支出負担行為等
沖縄県は,本件埋立事業に関し,平成12年度から平成16年度にかけて別紙「中城湾港(泡瀬地区)臨海部土地造成事業特別会計 支出内容一覧」のとおりの支出負担行為をし,同記載の支出命令により同記載の支出のとおり合計20億7768万3450円の支出をしている(これらの支出に関する支出負担行為及び支出命令が本件支出負担行為等である。)。
甲事件原告らは,このうち,① 平成12年度の漁業補償費19億9800万円中の19億1831万6550円と,② 平成12年度の中城湾港泡瀬地区企業立地基礎調査費1186万5000円,③ 平成13年度の土地処分形態調査費689万8500円,④ 平成13年度の泡瀬地区環境監視調査業務委託費1224万3000円,⑤ 平成14年度の泡瀬地区環境監視調査業務委託費1155万円,⑥ 平成15年度の中城湾港(泡瀬地区)企業用地周辺環境資料作成業務委託費712万9500円及び⑦ 平成16年度の中城湾港(泡瀬地区)環境調査業務費2999万7450円の合計20億円(ただし,これらを合計すると,20億円ではなく,19億9800万円となる。)について,被告県知事に対し損害賠償請求の履行を求めている。
(6) 監査請求
ア 沖縄県監査委員に対する住民監査請求(甲45,47)
甲事件原告らは,平成17年3月23日付けで沖縄県監査委員に対し,地方自治法242条1項に基づき,本件環境影響評価や本件埋立免許及び承認が環境影響評価法及び公有水面埋立法等に反し違法である,また,本件埋立事業に係る公金支出は地方自治法2条14項,地方財政法4条1項等に反し違法であるなどとして,① A及び国に対して,本件埋立事業につき支出された公共工事関連費用相当額の損害賠償を請求すること,② 本件埋立事業に関して,一切の公金の支出を禁止すること,③ 本件埋立事業に関し,国の埋立地を購入する契約の締結を含む一切の契約の締結を禁止することを被告県知事に勧告するよう求める住民監査請求(以下「甲事件住民監査請求」という。)をした。これに対し沖縄県監査委員は,同年4月21日,請求人の主張は,環境アセスメントの実施方法の違法性と,本件埋立事業の事業計画の計画立案の合理性の有無及びその実行可能性に問題があるとして,公金支出の差止めを求めているものと解されるが,これは地方公共団体の長の政策判断に係る事業執行に関する請求人の主観を述べているにすぎず,沖縄県の財務会計上の行為の違法性,不当性を具体的かつ客観的に示しているものとは認められないとし,甲事件住民監査請求は地方自治法242条1項の要件を欠く不適法な請求であるとして,同監査請求を却下した。
イ 沖縄市監査委員に対する住民監査請求(甲46,48)
乙事件原告らは,平成17年3月23日付けで沖縄市監査委員に対し,地方自治法242条1項に基づき,沖縄市が計画する本件海浜開発事業は,環境影響評価法及び公有水面埋立法等に違反する国と沖縄県の本件埋立事業へ沖縄市が参加するものであり,本件海浜開発事業も違法性を免れない,また,本件海浜開発事業に係る公金支出は地方自治法2条14項,地方財政法4条1項等に反し違法であるなどとして,被告市長に対し,① 本件海浜開発事業に関して,一切の公金の支出を禁止すること,② 本件海浜開発事業に関し,沖縄県から埋立地を購入する契約の締結を含む一切の契約の締結を禁止することを被告市長に勧告するよう求める住民監査請求(以下「乙事件住民監査請求」という。)をした。これに対し沖縄市監査委員は,同年4月25日,地方自治法第242条に規定する住民監査請求の制度は,市の監査機関が国・県の行為まで監査することを予定しているのではないのであるから,国や沖縄県の行為が違法であるとし,その違法性が本件海浜開発事業に承継しているとする乙事件監査請求は,住民監査請求になじまない,また,本件海浜開発事業は,沖縄市においてはいまだ具体的実施計画に至っておらず,予算措置も講じられていないのであるから,差止めの対象たる財務会計上の行為は存在しないとし,同監査請求は地方自治法242条1項の要件を欠く不適法な請求であるとして,同監査請求を却下した。
(7) 本訴提起(当裁判所に顕著な事実)
甲事件原告らは,平成17年5月20日,当裁判所に甲事件の訴えを提起した。
乙事件原告らは,同日,当裁判所に乙事件の訴えを提起した。
3 法令等の定め
(1) 公有水面の埋立てに係る免許ないし承認
公有水面の埋立てには都道府県知事の免許を受けることを要するところ(公有水面埋立法2条1項),都道府県知事による同免許は,① 国土利用上適正かつ合理的であること(1号),② 同埋立が環境保全災害防止につき十分配慮されたものであること(2号),③ 埋立地の用途が土地利用又は環境保全に関する国又は地方公共団体(港務局を含む。)の法律に基づく計画に違背しないこと(3号)など,同法4条1項各号所定の基準に適合することが必要とされている。なお,国が公有水面の埋立てをしようとする場合には,都道府県知事の承認を受けることとされている(同法42条1項)。
また,港湾区域内又は港湾区域内の公有水面の埋立てに係る埋立地については,公有水面埋立法の規定による都道府県知事の職権は,港湾管理者(港務局ないし地方公共団体(港湾法2条1項。33条)。本件の中城湾港の港湾管理者は沖縄県(前提事実(1)イ)。)が行うものとされている(同法58条2項)。
(2) 環境影響評価
ア 土地の形状の変更,工作物の新設等の事業を行う事業者がその事業の実施に当たりあらかじめ環境影響評価を行うことが環境の保全上極めて重要であることにかんがみ,環境影響評価について国等の責務を明らかにするとともに,規模が大きく環境影響の程度が著しいものとなるおそれがある事業について環境影響評価が適切かつ円滑に行われるための手続その他所要の事項を定め,その手続等によって行われた環境影響評価の結果をその事業に係る環境の保全のための措置その他のその事業の内容に関する決定に反映させるための措置をとること等により,その事業に係る環境の保全について適正な配慮がなされることを確保し,もって現在及び将来の国民の健康で文化的な生活の確保に資することを目的として,平成9年に環境影響評価法(平成9年法律第81号。平成11年6月12日施行。以下,同法の記載は,平成11年法律第160号による改正前のものをいう。)が制定されている。そして,公有水面埋立法による公有水面の埋立て及び干拓その他の水面の埋立て及び干拓の事業で,同埋立て又は干拓に係る区域の面積が50ヘクタールを超えるものは,第一種事業として,環境影響評価の対象事業とされている(同法2条2項1号ト,4項。環境影響評価法施行令(平成9年12月3日政令第346号。平成15年政令第321号による改正前のもの。)1条,同別表第一。)。
なお,環境影響評価法制定前には,昭和59年8月28日に閣議決定された「環境影響評価の実施について」(閣議アセス)が定める環境影響評価実施要綱に基づく環境影響評価の手続が規定されていた。閣議アセスにおいても,埋立て及び干拓に係る事業で,規模が大きく,その実施により環境に著しい影響(公害又は自然環境に係るものに限る。)を及ぼすおそれがあるものとして主務大臣が環境庁長官(平成13年1月の中央省庁再編後は,環境大臣。以下同じ。)に協議して定めたものは対象事業とされ(同要綱第一の一),また,環境影響評価に関する手続として,環境影響評価準備書や環境影響評価書の作成等が定められていた(同要綱第二)。なお,閣議アセスにおいては,方法書の制度は定められていない。そして,環境影響評価法附則2条は,同法施行の際,当該施行により新たに対象事業となる事業について,条例又は行政指導等の定めるところによって作成された書類を,同法所定の書類とみなすこと等の経過措置を定めている。
前提となる事実(4)ウ記載のとおり,本件埋立事業に係る本件環境影響評価は,当初は閣議アセスに基づいて実施され,その後,環境影響評価法の施行に伴い,同法に基づいて実施されている。そして,閣議アセスにおいては,方法書の制度は定められていなかったことから,本件環境影響評価においては,方法書は作成されていない。
イ(ア) 公有水面の埋立て又は干拓の事業に係る環境影響評価に関し,「公有水面の埋立て又は干拓の事業に係る環境影響評価の項目並びに当該項目に係る調査,予測及び評価を合理的に行うための手法を選定するための指針,環境の保全のための措置に関する指針等を定める省令」(平成10年6月12日農林水産省・運輸省・建設省令第1号。同日施行。平成15年3月28日農林水産・国土交通省令第1号による改正前のもの。以下「本件省令」という。)が定められている。
(イ) 本件省令においては,対象埋立て又は干拓事業に係る環境影響評価の項目を選定するに当たり,対象埋立て又は干拓事業に伴う環境影響を及ぼすおそれがある要因(以下「影響要因」という。)が当該影響要因により影響を受けるおそれがある環境の構成要素(以下「環境要素」という。)に及ぼす影響の重大性について客観的かつ科学的に検討しなければならないものとしているが(本件省令6条2項),同検討は環境要素を適切に区分して行うべきものとし,このうち,生物の多様性の確保及び自然環境の体系的保全を旨として調査,予測及び評価されるべき環境要素として,動物,植物,生態系を挙げている(同条3項)。
そして,① 動物及び植物に係る選定項目については,陸生及び水生の動植物に関し,生息種又は生育種及び植生の調査を通じて抽出される学術上又は希少性の観点から重要な種の分布状況,生息状況又は生育状況及び学術上又は希少性の観点から重要な群落の分布状況並びに動物の集団繁殖地その他の注目すべき生息地の分布状況について調査し,これらに対する環境影響の程度を把握できること(本件省令7条2号),② 生態系に係る選定項目については,地域を特徴づける生態系に関し,①の調査結果その他の調査結果により概括的に把握される生態系の特性に応じて,上位性(生態系の上位に位置する性質をいう。),典型性(地域の生態系の特徴を典型的に現す性質をいう。)及び特殊性(特殊な環境であることを示す指標となる性質をいう。)の視点から注目される動植物の種又は生物群集を複数抽出し,これらの生態,他の動植物との関係又は生息環境若しくは生育環境を調査し,これらに対する環境影響その他の生態系への環境影響の程度を適切に把握できること,をそれぞれ踏まえて,環境影響評価の調査,予測及び評価の手法を選定すべきものとされている(本件省令7条)。
(ウ) 環境影響評価の調査及び予測の手法を選定するに当たっては,各標準項目ごとに本件省令別表第二に掲げる標準的な調査及び予測の手法(以下「標準手法」という。)を基準として選定しなければならないものとされ(本件省令8条1項),事業者は,必要に応じ,当該標準項目に関する環境影響の程度が小さいことが明らかである場合等,同条2項各号に該当する場合には標準手法より簡略化された調査又は予測の手法(以下「簡略化手法」という。)を,事業特性により,当該標準項目に関する環境影響の程度が著しいものとなるおそれがある場合等,同条3項各号に該当する場合には,標準手法より詳細な調査又は予測の手法(以下「重点化手法」という。)を選定するものとされている(同条1項)。
本件省令別表第二には,以下の各標準項目に係る標準手法として,以下のとおり定められている。
a 環境要素「土砂による水の濁り」について(影響要因は「堤防及び護岸の工事並びに埋立ての工事」)
(a) 調査の手法
ⅰ 調査すべき情報
(ⅰ) 濁度又は浮遊物質量の状況(河川にあっては,その調査時における流量の状況を含む。)
(ⅱ) 流れの状況
(ⅲ)土質の状況
ⅱ 調査の基本的な手法
文献その他の資料及び現地調査による情報(浮遊物質量の状況については,水質汚濁に係る環境基準に規定する浮遊物質量の測定の方法を用いられたものとする。)の収集並びに当該情報の整理及び解析
ⅲ 調査地域
対象埋立て又は干拓事業実施区域及びその周辺の区域
ⅳ 調査地点
水域の特性及び土砂による水の濁りの変化の特性を踏まえて調査地域における土砂による水の濁りに係る環境影響を予測し,及び評価するために必要な情報を適切かつ効果的に把握できる地点
ⅴ 調査期間等
水域の特性及び土砂による水の濁りの変化の特性を踏まえて調査地域における土砂による水の濁りに係る環境影響を予測し,及び評価するために必要な情報を適切かつ効果的に把握できる期間及び時期
(b) 予測の手法
ⅰ 予測の基本的な手法
浮遊物質の物質の収支に関する計算又は事例の引用若しくは解析
ⅱ 予測地域
調査地域のうち,水域の特性及び土砂による水の濁りの変化の特性を踏まえて土砂による水の濁りに係る環境影響を受けるおそれがあると認められる地域
ⅲ 予測地点
水域の特性及び土砂による水の濁りの変化の特性を踏まえて予測地域における土砂による水の濁りに係る環境影響を的確に把握できる地点
ⅳ 予測対象時期等
工事に伴う土砂による水の濁りに係る環境影響が最大となる時期
b 環境要素「重要な種及び注目すべき生息地」について(影響要因は,「堤防及び護岸の工事並びに埋立ての工事」と「埋立地又は干拓地の存在」)
(a) 調査の手法
ⅰ 調査すべき情報
(ⅰ) 鳥類その他主な陸生動物及び主な水生動物に係る動物相の状況
(ⅱ) 動物の重要な種の分布,生息の状況及び生息環境の状況
(ⅲ)注目すべき生息地の分布並びに当該生息地が注目される理由である動物の種の生息の状況及び生息環境の状況
ⅱ 調査の基本的な手法
文献その他の資料及び現地調査による情報の収集並びに当該情報の整理及び解析
ⅲ 調査地域
対象埋立て又は干拓事業実施区域及びその周辺の区域
ⅳ 調査地点
動物の生息の特性を踏まえて調査地域における重要な種及び注目すべき生息地に係る環境影響を予測し,及び評価するために必要な情報を適切かつ効果的に把握できる地点又は経路
ⅴ 調査期間等
動物の生息の特性を踏まえて調査地域における重要な種及び注目すべき生息地に係る環境影響を予測し,及び評価するために必要な情報を適切かつ効果的に把握できる期間,時期及び時間帯
(b) 予測の手法
ⅰ 予測の基本的な手法
動物の重要な種及び注目すべき生息地について,分布又は生息環境の改変の程度を踏まえた事例の引用又は解析
ⅱ 予測地域
調査地域のうち,動物の生息の特性を踏まえて重要な種及び注目すべき生息地に係る環境影響を受けるおそれがあると認められる地域
ⅲ 予測対象時期等
動物の生息の特性を踏まえて重要な種及び注目すべき生息地に係る環境影響を的確に把握できる時期
c 環境要素「重要な種及び群落」について(影響要因は,「堤防及び護岸の工事並びに埋立ての工事」と「埋立地又は干拓地の存在」)
(a) 調査の手法
ⅰ 調査すべき情報
(ⅰ) 河川又は湖沼にあっては種子植物その他主な植物に係る植物相及び植生の状況,海域にあっては海藻類その他主な植物に係る植物相及び植生の状況
(ⅱ) 植物の重要な種及び群落の分布,生育の状況及び生育環境の状況
ⅱ 調査の基本的な手法
文献その他の資料及び現地調査による情報の収集並びに当該情報の整理及び解析
ⅲ 調査地域
対象埋立て又は干拓事業実施区域及びその周辺の区域
ⅳ 調査地点
植物の生育及び植生の特性を踏まえて調査地域における重要な種及び群落に係る環境影響を予測し,及び評価するために必要な情報を適切かつ効果的に把握できる地点又は経路
ⅴ 調査期間等
植物の生育及び植生の特性を踏まえて調査地域における重要な種及び群落に係る環境影響を予測し,及び評価するために必要な情報を適切かつ効果的に把握できる期間,時期及び時間帯
(b) 予測の手法
ⅰ 予測の基本的な手法
植物の重要な種及び群落について,分布又は生育環境の改変の程度を踏まえた事例の引用又は解析
ⅱ 予測地域
調査地域のうち,植物の生育及び植生の特性を踏まえて重要な種及び群落に係る環境影響を受けるおそれがあると認められる地域
ⅲ 予測対象時期等
植物の生育及び植生の特性を踏まえて重要な種及び群落に係る環境影響を的確に把握できる時期
d 環境要素「地域を特徴づける生態系」について(影響要因は,「堤防及び護岸の工事並びに埋立ての工事」と「埋立地又は干拓地の存在」)
(a) 調査の手法
ⅰ 調査すべき情報
(ⅰ) 動植物その他の自然環境に係る概況
(ⅱ) 複数の注目種等の生態,他の動植物との関係又は生息環境若しくは生育環境の状況
ⅱ 調査の基本的な手法
文献その他の資料及び現地調査による情報の収集並びに当該情報の整理及び解析
ⅲ 調査地域
対象埋立て又は干拓事業実施区域及びその周辺の区域
ⅳ 調査地点
動植物その他の自然環境の特性及び注目種等の特性を踏まえて調査地域における注目種等に係る環境影響を予測し,及び評価するために必要な情報を適切かつ効果的に把握できる地点又は経路
ⅴ 調査期間等
動植物その他の自然環境の特性及び注目種等の特性を踏まえて調査地域における注目種等に係る環境影響を予測し,及び評価するために必要な情報を適切かつ効果的に把握できる期間,時期及び時間帯
(b) 予測の手法
ⅰ 予測の基本的な手法
注目種等について,分布,生息環境又は生育環境の改変の程度(環境要因「埋立地又は干拓地の存在」に係るものについては,地形の変化に関する計算又は事例の引用若しくは解析により把握された地形の変化の程度を含む。)を踏まえた事例の引用又は解析
ⅱ 予測地域
調査地域のうち,動植物その他の自然環境の特性及び注目種等の特性を踏まえて注目種等に係る環境影響を受けるおそれがあると認められる地域
ⅲ 予測対象時期等
動植物その他の自然環境の特性及び注目種等の特性を踏まえて注目種等に係る環境影響を的確に把握できる時期
(エ) このほか,本件省令は,調査,予測,評価の各手法を定め(本件省令9条ないし11条),また,環境保全措置に関する指針を定めている(本件省令13条ないし17条)。
第3争点及びこれに対する当事者の主張
1 本案前の争点(乙事件関係)
(1) 差止請求の対象の特定の有無
(乙事件原告らの主張)
乙事件の差止請求の対象は,本件海浜開発事業に関する一切の公金の支出,契約の締結又は債務その他の義務の負担として特定しており,これに関する公金の支出等の範囲を識別することは可能であるし,個々の公金の支出等を全体として一体とみてその適否を判断することも可能である。
また,乙事件の訴訟要件は,甲事件の勝敗とは別個独立に判断されるべきものであって,この点に関する被告市長の主張は失当である。
(被告市長の主張)
乙事件においては違法な財務会計上の行為の特定がない。
乙事件の請求の要件は,甲事件の勝敗いかんに左右されることになるが,このように他の訴訟の勝敗を条件とする事前の差止請求は,財務会計行為としての特定性に欠ける。
(2) 財務会計行為がなされることが相当の確実さをもって予測されるか否か
(乙事件原告らの主張)
沖縄県と沖縄市は,本件協定において,将来,国が埋め立てた埋立地を沖縄県が国から購入した後,さらに,これを沖縄市が沖縄県から購入することを約束しており,国と沖縄県は,埋立地を国が沖縄県に売却するとの処分方法を前提として,現在も埋立工事等を継続している。また,沖縄市が本件海浜開発事業を積極的に推進してきた経緯もある。
したがって,沖縄県が本件埋立事業を,沖縄市が本件海浜開発事業をそれぞれ継続し,沖縄県が国から埋立地を相当額にて購入する,沖縄県が沖縄市に対し同埋立地の一部を売却する,沖縄県において埋立地の基盤整備事業等を推進する,沖縄市も購入後の土地の基盤整備事業等を推進するなどの債務負担行為をし,公金が支出されることは,相当の確実性をもって予想される。
(被告市長の主張)
国及び沖縄県の埋立事業が完成した後に90ヘクタールの土地の購入計画があるが,具体的に土地の単価,区域も決まらないし,売買契約とその代金に関する議会の予算決議もないし,契約の成否の見通しもはっきりしない。したがって,沖縄市がどのような売買契約を締結し,どの程度の公金支出をするのかの債務負担行為が相当の確実性をもって予測されるということはない。
沖縄市の前市長は,国及び沖縄県と一体となって本件埋立事業を進めてきたが,その後,沖縄市長選挙において,本件海浜開発事業について,経済社会の変化,土地利用や企業立地の見通し,将来にわたる市民負担等,これらの情報を今一度精査し,市民に情報公開することを掲げた現市長が当選した。現市長は,事業の重大性にかんがみ,東部海浜開発検討委員会(仮称)を設置し,情報の精査・公開を行うこととしている。同委員会の委員には,学識経験者や市民等を予定している。現市長の下では,本件海浜開発事業に関し,沖縄市が沖縄県から埋立地を相当額で購入し,同埋立地の基盤整備事業等を推進するなどの債務の負担をし,公金が支出されることが相当の確実性をもって予想されるというものではない。よって,このような状況下での乙事件に係る差止請求は,住民訴訟の要件を充足するとはいえず不適法である。
2 甲事件財務会計行為の違法性の有無
(甲事件原告らの主張)
(1) 泡瀬干潟の貴重性等
ア 泡瀬干潟は,最大干出面積290ヘクタールと広大な面積を誇り(海草と海藻を併せた海草藻場については沖縄最大の350ヘクタール),河川と無関係に発生したという特殊性があり,底質も,泥質性干潟,細砂質性干潟,粗砂質性干潟,礫質性干潟と多様である。
イ 底生生物相としては,泡瀬干潟には,ミナミコメツキガニなどの甲殻類に加え,ホソスジヒバリガイ,リュウキュウアオイガイ,ハボウキガイなどの貝類(これまで約300種が確認されている。)など,南西諸島特有の生物地理的特徴を示す生態系が広がっている。
泡瀬干潟の海草藻場では,これまでの調査により,13種類の海草の存在が報告されている。そのうち,ヒメウミヒルモは環境省指定のレッドデータブック(以下「環境省レッドデータブック」という。)で絶滅の危険性が増大している種絶滅危惧Ⅱ種(VU)と指定されるほど貴重な種となっており,他の海草7種も準絶滅危惧種に指定されている。
泡瀬干潟とその周辺域で観察された鳥類は,平成17年3月までに全部で14目39科165種であり,環境省レッドデータブック(平成14年)掲載種25種,「沖縄県の絶滅のおそれのある野生生物レッドデータおきなわ」(以下「沖縄県レッドデータブック」という。)(平成8年)掲載種26種が確認されている。また,泡瀬干潟では,特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約(以下「ラムサール条約」という。)登録湿地である漫湖よりもシギ・チドリの飛来数が多く,平成12年に1987羽,平成13年に1968羽が観測されている。ムナグロの越冬数は,日本全体の53パーセントと日本最大となっている。
泡瀬干潟では,緑藻のイワズタ属において,リュウキュウズタ(新種),リュウキュウズタの1新品種,クビレズタの1新品種,タカノハズタの1新品種が確認され,ウミヒルモ属については,ホソウミヒルモ(新種),オオミヒルモ,ヒメウミヒルモの3種が新たに確認された。ウミウチワ属についても,新たに新種あるいは日本新産の4種が生育していることが確認されている。
ウ 本件埋立計画地は,多くの種の渡り鳥や干潟生物の生息地と重なっており,また,近傍陸地境界付近にはオカヤドカリの生息地もあり,埋立てによって影響を受けるおそれがある。
また,本件埋立事業によってサンゴ群集分布域が約47ヘクタール消滅する。
日本におけるトカゲハゼは中城湾にだけ分布している貴重種であるが,本件埋立事業によってトカゲハゼの生息域が縮小する危険がある。
(2) 泡瀬干潟に対する法的保護
ア ラムサール条約
ラムサール条約は,国際的に重要な湿地を国際間の協力で保全することを目的とし,湿地が人間にとって,経済・文化・科学上等の様々な価値を有する資源であることから,この資源を将来にわたり持続させることの必要性と,そのための努力を求めている。日本は,昭和55年に同条約の締結国となった。
同条約上の「湿地」とは,「天然のものであるか人工のものであるか,永続的なものであるか一時的なものであるかを問わず,更には水が滞っているか流れているか,淡水であるか汽水であるか鹹水であるかを問わず,沼沢地,湿原,泥炭地又は水域をいい,低潮時における水深が6メートルを超えない海域を含む」(1条)と定義されているので,泡瀬干潟は,同条約上の「湿地」といえる。
同条約上,登録の条件として,8基準のうち少なくとも1基準を満たすこととされているところ,泡瀬干潟は,① 適当な生物地理区内に,自然の又は自然度が高い湿地タイプの代表的,希少又は固有な例を含む湿地がある場合には,当該湿地を国際的に重要とみなす(基準1),② 危急種,絶滅危惧種若しくは近絶滅種と特定された種,又は絶滅のおそれのある生態学的群集を支えている場合には,国際的に重要な湿地とみなす(基準2),③ 特定の生物地理区における生物多様性の維持に重要な動植物種の個体群を支えている場合には,国際的に重要な湿地とみなす(基準3),④ 水鳥の一の種又は亜種の個体群において,個体数の1パーセントを定期的に支えている場合には,国際的に重要な湿地とみなす(基準6)の少なくとも4基準に明らかに該当する。
泡瀬干潟は,現時点では同条約に登録されていないが,同条約は,登録湿地だけではなく,締約国内に存在するすべての湿地を保護の対象とし(4条1項),湿地の「賢明な利用」を要求している。この「賢明な利用」については,第3回締約国会議(1987年)において,「生態系の自然財産を維持し得るような方法で,人類の利益のために湿地を持続的に利用することである」と定義している。
イ 生物の多様性に関する条約(以下「生物多様性条約」という。)
日本国は,生物多様性条約について,平成4年6月に署名をし,平成5年5月に批准している。同条約にいう「生物の多様性」とは,「すべての生物(陸上生態系,海洋その他の水界生態系,これらが複合した生態系その他生息又は生育の場のいかんを問わない。)の間の変異性をいうものとし,種内の多様性,種間の多様性及び生態系の多様性を含む」としている。泡瀬干潟の生態系も対象となる。
そして,同条約での義務として,8条で保護地域の設定等,生物の多様性の構成要素をその生息地域内において保全するための措置,14条で生物の多様性への著しい悪影響を回避し,又は最小にするため,事業計画案に対する環境影響評価を行うことが定められている。
ウ 世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約(以下「世界遺産条約」という。)
世界遺産条約は,同条約の適用上,「自然遺産」とは,「無生物又は生物の生成物又は生成物群から成る特徴のある自然の地域であって,観賞上又は学術上顕著な普遍的価値を有するもの」,「地質学的又は地形学的形成物及び脅威にさらされている動物又は植物の種の生息地又は自生地として区域が明確に定められている地域であって,学術上又は保存上顕著な普遍的価値を有するもの」,「自然の風景地及び区域が明確に定められている自然の地域であって,学術上,保存上又は景観上顕著な普遍的価値を有するもの」をいうとしており(2条),これに泡瀬干潟は含まれる。
そして,締約国は,文化遺産及び自然遺産を認定し,保護し,保存し,整備し及び将来の世代へ伝えることを確保することが第一義的には自国に課された義務であることを認識し,自国の有するすべての能力を用いて最善を尽くすものとされ(4条),文化遺産及び自然遺産の認定,保護,保存,整備及び活用のために必要な立法上,学術上,技術上,行政上及び財政上の適当な措置をとることが努力義務として課されている(5条d)。
エ 二国間渡り鳥条約
日本は,二国間渡り鳥条約について,それぞれ,アメリカ(1974年),オーストラリア(1981年),中国(1981年)及び旧ソ連(ソ連崩壊後はロシアに引き継がれる)(1988年)との間で締結している。上記のすべての条約で,泡瀬干潟を越冬地とするムナグロが対象とされており,適用対象になる。
また,同条約は,各政府は,絶滅のおそれのある鳥類の種又は亜種の保存のため,適当な場合には,特別の保護措置をとる旨規定し,日本国の保護義務を定めている。
オ 環境基本法
環境基本法は,「生態系が微妙な均衡を保つことによって成り立っており人類の存続の基盤である限りある環境」が維持されなければならない(3条),「環境の保全は,社会経済活動その他の活動による環境への負荷をできる限り低減すること(中略),環境への負荷の少ない健全な経済の発展を図りながら持続的に発展することができる社会が構築されることを旨とし,及び科学的知見の充実の下に環境の保全上の支障が未然に防がれることを旨として,行われなければならない」(4条),国は,これら各条等に定める環境の保全についての基本理念にのっとり,環境の保全に関する基本的かつ総合的な施策を策定し,及び実施する責務を有する(6条)等と規定して,国や地方公共団体に「持続可能な発展」を実現するための法制度の整備,施策の実施等を義務付けている。
カ 文化財保護法
泡瀬干潟に生息するオオヤドカリ科のムラサキオオヤドカリ,ナキオカヤドカリは,同法に規定されている国の天然記念物に指定されている。
そして,文化財保護法3条は,政府及び地方公共団体は,天然記念物を含む文化財の保存が適切に行われるように,周到の注意をもってこの法律の趣旨の徹底に努めなければならないとし,125条1項は,史跡名勝天然記念物に関しその現状を変更し,又はその保存に影響を及ぼす行為をしようとするときは,文化庁長官の許可を受けなければならないとしている。
キ 絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律(以下「種の保存法」という。)
泡瀬干潟には種の保存法により指定された国内希少野生動植物種(コアジサシ),国際希少野生動植物種(ミサゴ等猛禽類3種)の出現・生息が確認されているが,同法2条は,国は,野生動植物の種(亜種又は変種がある種にあっては,その亜種又は変種とする。)が置かれている状況を常に把握するとともに,絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存のための総合的な施策を策定し,及び実施するものとする,としている。
ク 生物多様性国家戦略
生物多様性条約は,締約国に,生物多様性の保全及び持続可能な利用を目的とする「生物多様性国家戦略」の策定・実施を義務付け(6条),国は,平成8年に旧戦略を,平成14年に新戦略を策定した。新生物多様性国家戦略は,湿地について,我が国湿地の置かれている危機的状況を踏まえ,湿地の保全が緊急の課題であること,また,その連続性や生息空間の適切な配置などの視点から質の高い生態的ネットワークの形成の必要性等を打ち出している。
生物多様性国家戦略は,生物多様性の保全と持続可能な利用に関する国の基本方針ととるべき施策の方向を定めたものであり,生物多様性条約,ラムサール条約等で我が国に課せられた生物多様性保全義務や課題について国際的に公約したものであるとともに,国内的には,例えば環境基本法14条2号に規定する生態系の多様性の確保等を実現するための具体的方策を定めたもので法規範性を有するものである。
ケ 日本の重要湿地500(環境省)
環境省は,干潟の重要性にかかわらず,日本の湿地が人為の影響により減少し,環境の変化をもたらしてしまった事実を反省し,さらに,ラムサール条約第7回締約国会議において登録湿地の倍増を目指す決議が採択され,湿地保全の機運が高まっていることから,平成13年12月に,湿地に生育・生息する生物分類群ごとの専門家22名からなる検討委員会を設置し,日本の重要な湿地を500か所選定した。
環境省は,泡瀬干潟を重要湿地500に選定し,保全地域の指定等に活用するとともに,重要湿地及びその周辺地域における開発計画等に際して事業者に保全上の配慮を促すこととした。
コ 沿岸域における自然環境の保全に関する指針(沖縄島編)
泡瀬干潟は,「沿岸域における自然環境の保全に関する指針(沖縄島編)」において,自然環境の厳正な保護を図る区域である評価ランクⅠ及び自然環境の保護・保全を図る区域である評価ランクⅡに位置付けられている。
(3) 本件環境影響評価の問題点(環境影響評価法及び本件省令違反)
本件環境影響評価は,調査,予測,評価(影響の回避・低減)及び環境保全措置(代償措置)のいずれもがずさんであり,法が要求する環境影響評価がされたと評価できるものではない。
ア 鳥類について
泡瀬干潟は,野鳥類にとって特に重要な干潟となっている。泡瀬干潟に飛来する鳥は,確認されているだけでも百数十種類に上り,特にシギ・チドリ類が多い。沖縄県レッドデータブックで準絶滅危惧種に指定されているシロチドリや,環境省レッドデータブック及び沖縄県レッドデータブックで絶滅危惧Ⅱ類に指定されているコアジサシなども繁殖活動をしている。
本件評価書では,鳥類の生息環境について,相当程度保全されると予測されているが,その予測は,以下のとおり,客観的,科学的とはいえない。
(ア) まず,環境影響評価の前提として,干潟生態系を支える底生生物相や,これを捕食する高次の捕食生物(例えば鳥類)の生態・動向調査(干潟のどの海域をどのように利用しているかなど),繁殖種については営巣場所,繁殖活動域,採餌域も含む動向調査をしなければ,正確な予測及び評価はできない。
(イ) 本件評価書記載の泡瀬干潟の鳥類の出現種類数は66種とされているが,沖縄野鳥の会によれば,平成12年までに確認した野鳥は125種(ただし,比屋根湿地周辺や干潟の一部での調査にとどまっていた段階での調査結果である。),泡瀬干潟全域的な調査を行った平成12年から平成17年3月までに記録された種数は175種であり,多いときには1日に70種以上の種が確認されたこともあった。
(ウ) 本件環境影響評価の調査方法は,調査回数が少なすぎ,渡り鳥飛来状況を基礎として適切に調査時期・回数を設定しておらず,また,定量調査と併行して種ごとの生態・動向調査(干潟域や後背地の利用状況調査等)が全く行われていないなど,調査精度に大きな問題がある。どの種の鳥類が干潟のどの場所でどの程度の採餌をしており,干潟周辺域をどのように利用しているかを調査しなければ,当該個体群が本件埋立事業後に残される周辺干潟を利用して生息を維持することが可能となるのかについて予測ができないことは明らかであるが,本件環境影響評価では,このような調査は全く行われておらず,単に周辺海域に干潟が残るなどの理由から,「鳥類の生息環境は相当程度保全される。」とされている。
また,本件環境影響評価の予測及び評価は,科学的な基礎資料を前提としない主観的かつ非科学的な予測にすぎず,保全のための定量的な予測や科学的な解析は全く示されていない。
(エ) 本件評価書には,埋立計画地と既存域との間に幅150メートルから250メートルの海域が存在し,海岸環境が保全される旨記載されているところ,この水路状に残される海岸部でシギ・チドリ類は採餌行動を活発に行っており,同干潟域は水鳥の餌となる底生生物が豊富であると思われるが,埋立ての完了後に同海岸域に潮流の速度及び方向の変化が生じることは明らかであり,その変化が残存干潟及び周辺干潟の生態を激変させるのではないか懸念される。
(オ) 泡瀬干潟で繁殖する鳥類については,営巣場所と採餌場などとの関係でも調査・解析されるべきであるが,本件環境影響評価では,同地域で繁殖していることが明らかなシロチドリやコアジサシの繁殖調査が行われていない。
(カ) 本件環境影響評価では,前例の検証もされていない。
本件埋立事業に先立ち,出島方式で行われた新港地区埋立事業において作成された環境影響評価書(以下「新港地区評価書」という。)においては,「勝連半島沿いと泡瀬周辺には採餌・休憩可能な干潟域がまだ残ること,埋立計画地の北東側の干潟域を中心とした約20ヘクタール水域及び外周緑地…鳥類の生息環境に及ぼす影響は軽微である。」などとされていたが,その予測は完全に外れ,鳥類の個体数は激減し,鳥類相も単純化している。本件埋立事業に関する環境影響評価においては,先行する新港地区埋立事業における環境影響評価の予測がその後の経過と大きな齟齬を来した理由を解明し,その上で科学的に影響予測をすべきであった。
イ サンゴ類について
サンゴ礁生態系は海洋総面積のわずか約0.3パーセントを占めるにすぎないが,海洋生物種の4種に1種,海に生息する魚種の少なくとも65パーセントがサンゴ礁に生息しており,地球上では熱帯雨林に次いで2番目に豊かな生物種の宝庫となっている。サンゴ礁に生息する魚類は世界の漁獲量の約10パーセントを占め,途上国においては25パーセントに上っている。また,サンゴは進化生物学的にも非常にユニークな生物であるということが判明している。そして,サンゴ礁及びサンゴ群集自体の貴重性に加え,泡瀬に現存するサンゴ群集は,内湾に位置しているにもかかわらず高い被度のサンゴ群集が観測されるなど,希少性,学術的価値の高さという意味からしても特に貴重である。しかし,サンゴ類に関する本件環境影響評価は,以下のとおり,調査,予測,評価及び環境保全措置(影響の回避・低減)のいずれにおいてもずさんである。
(ア) 事業者が実施したサンゴ調査の問題点
a 事業者が実施したサンゴの調査は,平成8年5月21日から同月29日にかけて,調査区域内において,56地点でスポット調査(10メートル×10メートルごと)を行い,その結果並びに航空写真も判読しながら分布状況の把握を行ったというものであるが,以下のような問題点が存在する。
(a) 本件埋立計画地内の調査地点はわずか10地点のみ(合計1000平方メートル)であり,本件評価書は,その調査結果をもって,約187ヘクタール(約187万平方メートル)の中にサンゴ群集分布域は約47ヘクタールしか存在しないとし,また,サンゴ群集分布域全域の被度を10パーセント未満と判断している(本件評価書5-423頁)。
また,本件埋立計画地までの航路を造るために浚渫される周辺区域についても,本件埋立計画地内同様,サンゴ類,海藻草類にとっては生息基盤が完全に消失することになるが,この区域についてのサンゴ類,海藻草類の調査ポイントはわずか3ポイントしか設定されていない(本件評価書5-367頁,413頁)。
(b) サンゴ群集の生息状況の調査については,1年を通じての季節の変動をみなければ,当該群集の具体的な状態を正確に把握することは不可能であるし,産卵能力を有するか否かも,サンゴの種類ごとにその生活史を把握し,当該サンゴの産卵時期を把握しなければ,調査時期の設定すら不可能であるのに,本件環境影響評価では,平成8年5月21日から同月29日までの1期間しか調査をしていない。
(c) さらに,事業者の調査実施後である平成9年10月から平成10年11月までの4か月間に,世界のサンゴ礁の40パーセントないし50パーセントが,白化により深刻な又は壊滅的な被害を受けるという状況が発生したが,このような白化現象が調査区域にあるサンゴ群集分布域に生息するサンゴにどのような影響を与えているのか,より詳細な再度の調査をすべきであったことは法律上当然の要請であるのに,再度の調査は行われていない。
(d) 事業者が用いている調査方法は,特定の区域を一定期間継続的に,経年的に把握することを前提として,その分調査1回当たりの負担を軽減するために採用されている簡便な調査方法であり,そもそも短期間1回のみですべてを把握できるような調査方法ではない。
(e) 海藻草類の調査結果をみると,被度の算出方法,被度の定義が全く不明であり,本件埋立計画地内のサンゴ類の分布域で被度が10パーセントを超える区域はないとする判断は全く信用することができない。
(f) 以上より,本件環境影響評価において,法が要求している調査が実施されたなどとは到底評価できない。
b 実際,泡瀬干潟を守る連絡会が,平成17年4月16日及び同月17日に実施した調査では,事業者が実施した調査で発見されなかったサンゴ群集(最大被度50パーセント以上の密生域を含む分布面積約2500平方メートル以上のサンゴ群集,最大被度50パーセント以上の密生域を含む分布面積約400平方メートル以上のサンゴ群集等)が確認されている。
その後,事業者も,平成17年5月31日から同年6月3日までの間に,上記泡瀬干潟を守る連絡会の調査によってサンゴ群集が確認されたポイントにつき確認調査を実施しているが,環境影響評価実施時に用いた調査方法とは異なる調査方法を用いている点,また,個々の群集や群落ごとの被度を一切明らかにしていない点に,事業者側の作為的な意図もうかがわれる。
上記サンゴ群集は,事業者による平成8年当時の調査によって見落とされた可能性が高く,事業者の実施した調査がずさんなものであることは明白である。
(イ) 予測がずさんであること(サンゴ類について)
サンゴ類に係る本件環境影響評価の予測は,いずれもでたらめである。
a 工事の実施に係る予測について
(a) 本件評価書では,「サンゴ類(生息被度0パーセントから10パーセント)は,埋立工事により一部がやむを得ず消滅することになるが,残存域では埋立工事による水質(SS(浮遊物質の意))の影響はSS発生ピーク時においてもSS濃度は概ね2ミリグラム/リットル以下となっている。工事の進捗によるSS発生位置の移動ならびにSS発生継続時間も考慮すると,間接的影響も含めて,サンゴ類の分布域への影響は少ないものと考えられる。」としているが,このような予測の前提として用いられているSS濃度は,全工事期間を通じたSS発生ピーク時におけるものである。これを予測の一つの材料として用いること自体は是認できるが,それだけでは法が予定している予測が適正にされたと評価できるものではない。
(b) サンゴ礁が海の濁りに対し脆弱であることについては,本件省令8条3項2号イに該当し,サンゴ礁を海の濁りから守ることを目的とした条例が制定されていることについては,本件省令8条3項2号ロに該当するし,世界的な白化現象等により既にサンゴが壊滅的なダメージを受けていること及び航路浚渫により浚渫区域に係るサンゴ群集自体が消失し,その近傍のサンゴ群集も濁りに対し非常に脆弱であるためサンゴ群集の生息環境が著しく悪化するおそれがあることについては,本件省令8条3項2号ハに該当する。
したがって,本件ではサンゴ礁の予測については,法律上,重点化手法を用いることが要請されているというべきであり,具体的には,SSのサンゴ群集分布域に対する影響を予測するに際して,当該サンゴ群集分布域に最も近接する工事か所にて発生する浮遊物質発生ピーク時の濃度をも予測し,当該浮遊物質がサンゴ群集分布域に対し与える影響についても予測すべきである。本件埋立計画地東側海域に存在するサンゴ群集分布域は,新港地区に近接しているところ,新港地区航路等浚渫工事が実施される期間及び当該分布域の中央部分を横断する泡瀬地区の航路浚渫工事が実施される期間こそが,当該分布域におけるSS発生ピーク時となることが予測され,その浚渫工事期間中のピーク時のSS濃度は10ミリグラム/リットル程度と考えられる。
(c) そうすると,上記浚渫工事の実施により,事業者の調査によっても調査区域最大規模とされるサンゴ群集分布域(被度30パーセント以上40パーセント未満の区域を含む。)が重大なダメージを受けることは明白である。
b 土地又は工作物の存在に係る予測について
本件評価書における,「サンゴ類の分布域(生息被度0パーセントないし10パーセントの区域)が埋立てによりやむを得ず一部消失するが,周辺にはまだかなりの分布域が残っている。」などという前提自体が誤りである。辛うじて影響がそれほど大きくないと考えられるのは,本件埋立計画地南南西の沖合にあるサンゴ群集分布域のみであるが,当該分布域にしても,調査区域内に残された唯一のサンゴ群集分布域として孤立してしまえば,遺伝的多様性を確保できず,他のサンゴ群集分布域からの卵の供給もなく,むしろ,早晩衰退していくことが予測される。
(ウ) 予測がずさんであること(サンゴ礁生態系について)
a 工事の実施に係る予測について
本件評価書においては,「埋立工事の実施に,サンゴ群集分布域(ここでは被度10パーセント未満)が約47ヘクタール消失することになるが,埋立区域を既存陸域から150メートルないし250メートル程度離した人工島方式の埋立形状にしたことにより,やや沖合における生息被度10パーセント以上のサンゴ生息域を含むサンゴ礁の保全は図られている。」と記載されているが,約47ヘクタールのサンゴ群集分布域の消失が沖合における生息被度10パーセント以上のサンゴ生息域とどのような関係にあり,その消失が残存するサンゴ群集分布域にどのような影響を与えるのか(又はそもそも別個の生態系でありそれぞれの生態系間の関係,影響など存在しないのか)という記載は全くなく,予測の過程や結果は一切記載されていない。また,「サンゴ礁の保全は図られている」との記載はあるが,当該記載は評価の結果にすぎず,予測の結果とはなっていない。
b 土地又は工作物の存在に係る予測について
本件評価書においては,サンゴ群集分布域についての予測の結果はそもそも何ら記載されていない。「埋立地を可能な限り沖合へ出す計画としており,概ね150メートルないし250メートル幅の海域が残存している。」との結論らしき記載があるが,この残存する海域とは,既存の陸地と埋立てによって生じる人工島との間の海域を意味しており,当該海域には,そもそもサンゴ群集分布域が存しないこととされているため,なぜこの結論がサンゴ礁生態系についての予測の結果になるのか全く理解できない。結局,土地又は工作物の存在に係るサンゴ礁生態系についての予測の結果は一切記載されていないこととなる。
(エ) 評価がずさんであること(サンゴ類について)
a 本件評価書においては,本件埋立計画地内のサンゴ類については被度10パーセント未満のためそもそも評価の対象としておらず,環境影響評価法に違反している。
すなわち,本件省令7条は,対象埋立て又は干拓事業に係る環境影響評価の調査,予測及び評価の手法は,事業者が,同条1号ないし6号に掲げる事項を踏まえ,選定項目ごとに本件省令8条から12条までに定めるところにより選定するものとする旨規定し,本件省令7条2号は,本件省令6条3項2号イ及びロに掲げる環境要素(動物及び植物)に係る選定項目については,陸生及び水生の動植物に関し,生息種又は生育種及び植生の調査を通じて抽出される学術上又は希少性の観点から重要な種の分布状況,生息状況又は生育状況及び学術上又は希少性の観点から重要な群落の分布状況並びに動物の集団繁殖地その他の注目すべき生息地の分布状況について調査し,これらに対する環境影響の程度を把握できることと規定している。
そして,本件埋立計画地内においては,サンゴ類分布域が見事なまでに海藻草類の分布域と重なっており,このようなサンゴの個体群は,希少性が高い個体群といえる。また,サンゴ礁修復技術を検討するという意味でも,サンゴと海草海藻との共生という他に類をみない希有な生息状況・環境を研究することは,未知の部分が多いサンゴの生態を明らかにするという点で非常に有益であり,研究上の重要性は極めて高い。
よって,本件埋立計画地内のサンゴ群集分布域は,「学術上又は希少性の観点から重要な種の分布状況,生息状況又は生育状況」(本件省令7条2号)に当たり,この貴重なサンゴ群集分布域を評価の対象とすべきことは明白である。
しかし,本件評価書においては,このような評価の対象とすべき貴重なサンゴ群集分布域につき何ら評価をしていない。
b 当初設定した環境保全目標を満たしているか否かという観点からの評価が一切されていない。
事業者は,自らが実施する環境影響評価の中で,「植物及び動物(海域)に係る環境保全目標は,植物の生育状況及び動物の生息状況に及ぼす影響を努めて最小化すること,また,海藻草類(濃生・密生域),サンゴ類(生息被度10パーセント以上の区域)及びトカゲハゼについては生育・生息基盤を維持し,環境要素を相当程度保全することとする。」とし,上記「影響を努めて最小化すること」との環境保全目標は,保全の対象が「市町村的価値に値するもの」(Cランク=3段階の一番下)に対して設定し,「環境要素を相当程度保全すること」との環境保全目標は,保全の対象が「都道府県的価値に値するもの」(Bランク)に対して設定することとしている。上記によると,海藻草類(濃生・密生域),サンゴ類(生息被度10パーセント以上の区域)及びトカゲハゼについては,Bランクである「都道府県的価値に値するもの」として環境保全目標を設定していることとなる。しかし,本件評価書の結果は,「工事の実施」及び「土地又は工作物の存在」が環境に及ぼす影響というものである。事業者は,当初「都道府県的価値」を有するものとして「環境要素を相当程度保全する」と設定したはずの環境保全目標に対し,評価の時点では,「市町村的価値」を有するものとして価値のランクをワンランク下げ,「影響は小さい」(前述「影響を努めて最小化する」と同義のものと思われる。)との評価をしているにすぎない。結局,本件環境影響評価では,サンゴ類(生息被度10パーセント以上の区域)について事業者が当初設定した環境保全目標を満たしているかどうかについての判断は一切されていないこととなる。
(オ) 評価がずさんであること(サンゴ礁生態系について)
本件評価書には,サンゴ礁生態系を代表するサンゴ礁生態系注目種の記載は皆無であり,上記は,サンゴ礁生態系に対しては何ら評価の結果とはなっていない。トカゲハゼ,ムナグロは,本件環境影響書にそれぞれ「干潟生態系注目種」と記載されているとおり,干潟生態系の注目種であって,サンゴ礁生態系の注目種ではない。
(カ) 以上より,本件環境影響評価は,サンゴ群集,サンゴ礁生態系に関する部分のみを検討しても,調査が極めて不十分であり,予測及び評価については全くのでたらめであり,到底,法が要求するあるべき環境影響評価がされたなどと評価できるものでないことは明白である。
ウ 海藻・海草について(ただし,クビレミドロは除く)
(ア) 海草藻場は,生産性が高く,かつ,多様な動植物の生息場所となっていることから,沿岸生態系において重要な役割を担っている。泡瀬の海草藻場は,沖縄島全体の海草藻場面積の9.2パーセントの面積を有し,海草の種類数については世界屈指で,現在3科6属12種を数え,特に被度の高さには特筆すべきものがある。
(イ) 環境影響評価手続上の問題点
a 本件省令7条3号違反
本来,本件評価書には,藻場の重要性に照らし,典型性種として実態を反映した種を掲記して,本件省令7条3号に従って,藻場の「生態,他の動植物との関係又は生息環境若しくは生育環境を調査し,これらに対する環境影響その他の生態系への環境影響の程度を適切に把握できる」調査,予測の手法を選定すべきであったが,実際には,そもそも海草藻場に生息する希少種や典型性種の記載がないばかりか,影響予測についても,各レッドデータブック登載種や豊富に生息する底生生物に対する環境影響の程度は全く記載されていないに等しく,本件省令7条3号の「これらに対する環境影響その他の生態系への環境影響の程度を適切に把握できる」調査・予測及び評価の手法が選定されたとは到底いえない。
b 調査の不十分さ
海草のうち,ホソウミヒルモは,本件環境影響評価が行われた後の平成15年6月に発見され発表されたものであり,本件評価書には記載されていなかった。事業者は,環境影響評価手続に際して,海草の種類について,十分な調査をしていなかった。
c 本件省令8条1項違反
本件評価書では,注目種(地域を特徴づける生態系に関し,上位性,典型性及び特殊性の視点から注目される動植物の種又は生物群集をいう。)として挙げられているリュウキュウアマモ等の海草類で構成されている藻場について,埋立工事による消失の影響は大きいとある(5-423頁)が,このような地域を特徴づける生態系に対し,どのような内容の環境影響がどの程度あるのか全く分からず,標準手法について定める本件省令8条1項に違反する。
d 代償措置の検討
(a) 環境影響評価法制定に伴って平成9年12月12日に環境庁(当時。以下同じ。)が作成した「環境保全措置指針に関する基本的事項」や本件省令の規定からすれば,環境影響評価においては,まず事業による環境に対する影響の回避・低減を検討し,なお回避・低減しきれない部分について最後の手段として代償措置の検討が許されるにすぎず,かつ,代償措置をとる場合には,代償措置が可能であるということの相当な確実性が法律上要求されていると考えるべきである。
したがって,環境影響評価書においては,環境保全措置の検討に当たり,環境影響の回避低減を優先しなければならないこと及び環境保全措置の効果の不確実性が検討されなければならないことが記載されていなければならないが,本件環境影響評価においては,上記の点が満たされていない。
(b) しかし,本件評価書では,環境影響の回避低減の措置に関して,「③藻場(大型海草による藻場の保全)」で「埋立工事中は海藻草類が生育している海域の水質環境の保全に努め,本事業の進捗によっても相当程度の生育地が維持されるように,影響の低減に努める。」としているのみであり,環境影響の回避・低減が困難であることについて,全く検討がされていない。
e 海草移植実験の不確実性について
(a) 本件評価書では,埋立てにより消失する藻場(密生・濃生域)のうち主要な構成要素で埋立計画地周辺一帯に多く生育している大型海草種であるリュウキュウアマモ及びボウバアマモを用いて,埋立計画地の東側の現況において砂質底で海藻草類の生育被度が50パーセント未満の疎生域にできる限り移植し,藻場生態系の保全に努めることとするとされている(6-5頁)が,海草移植は,現在の段階においても技術的には確立されていない。
本件においては,海草の移植が確実にされることが環境影響評価手続上も要求されており,それがされない限り,海草に対しての環境保全は不十分なものであると考えなければならない。
(b) 総合事務局は,平成10年7月から手植え移植の実験を行い,平成14年12月16日の「中城湾港(泡瀬地区)公有水面埋立事業にかかる海草移植計画」において,手植え移植は適用性が高いと結論付けている。同計画では,上記の手植え移植実験では泡瀬干潟のSt.Ⅰ,St.Ⅱ,St.Ⅲという3か所で移植実験が行われ,株数が以下のような結果になったと報告している。
移植時の株数 平成14年9月段階の株数
St.Ⅰ 6255 290
St.Ⅱ 4567 2万2176
St.Ⅲ 5494 6680
しかしながら,上記移植計画のうち,良好とされたSt.Ⅱにおいても,測定範囲はわずか18平方メートルにすぎず,藻場の移植が必要となる25ヘクタールについて移植の妥当性を主張することは過大評価である。また,前記の実験結果からみても明らかに成功しているのはSt.Ⅱだけであり,結局成功の前提としては「適切な環境が維持される場所」での「手植え」でなければならないのであって,実際にこのような海域が移植の予定海域にどの程度広がっているかは全く未知数といわざるを得ない。また,事業者が良好な結果と判断したSt.Ⅱについては,平成17年1月31日の海藻草類専門部会での報告で,壊滅的状況であるとの報告がされている。
(c) 平成17年6月13日の「平成17年度中城湾港泡瀬地区環境保全・創造検討委員会 第1回 海藻草類専門部会 手植え移植の評価」においては,リュウキュウアマモとボウバアマモの被度(海底面に占める藻場の面積の割合)が移植直後から減少している。また,海草移植実験における手植え移植藻場の現況については,平成15年1月の段階での生育被度が30パーセントであったところが平成17年1月には10パーセントまで減少した。その後,最新の調査である平成19年11月の調査では,10パーセントの被度が5パーセントまで低下した。
(d) 機械移植は,1日当たりの単価34万2870円/72平方メートルであるのに対し,手植え移植は,1日当たりの単価50万5000円/8平方メートルであることから,25ヘクタールもの海草移植を手植えの方法で行うことは,予算面及び実行面から不可能である。
(ウ) 小括
海草移植についてはいまだに技術的に確立されたとは到底いえない状況にあり,海草の移植は不可能な状況にある。事業者は海草移植が不可能である場合には,環境保全措置を検討するに際して,環境影響の回避低減を検討し,それが不可能である場合には他の代償措置を検討すべきであったが,本件環境影響評価手続においては,本来は不可能であるはずの海草移植が可能であることを前提として環境保全措置が検討されており,このことは,環境保全措置の効果の不確実性について検討することを要求した基本的事項,環境保全措置指針,配慮事項に明らかに違反している。海草について,本件環境影響評価は,環境影響の回避低減が不可能であるのかどうかについての検討を一切することなく,知見が確立されていない海草の移植が可能であることを前提として環境保全措置の検討をしている点で,本件環境影響評価は,環境影響評価法及び基本的事項,環境保全措置指針,配慮事項で定められた要件を満たさないものであり違法なものである。
また,海草藻場の工事による消失による生態系等への影響は大きいとしながら,その影響の具体的内容と程度については全く調査・予測及び評価されていない。これについては前記のとおり本件省令違反といえる。
被告県知事はこの本件省令等の違反についても看過して許認可をしており,この点からも本件埋立許可及び承認は違法である。
エ クビレミドロについて
クビレミドロは,環境省レッドデータブック(平成12年発行)において絶滅危惧Ⅰ類に,沖縄県レッドデータブック(平成10年発行)及び水産庁によるレッドデータブック(平成10年発行)において絶滅危惧種に,それぞれ指定されている。クビレミドロは生物学的にも重要な種であり,その保護を図ることが学問上も極めて重要な意味を持つ。クビレミドロの持続的な生存のためには,① 閉鎖環境であること,② 十分な広さの干潟が確保できること,③ 潮汐流によって清澄な海水のスムーズな流れが確保できること,④ 海流の面でも,細砂質底が持続的に維持されること,⑤ クビレミドロの移植先やその周辺に小型海草の生育を確保できることの条件が具備されなければならない。
(ア) 環境影響評価手続との関係について
a 環境影響評価においては,環境の影響の回避低減をまず検討すべきであって,代償措置は飽くまで最後の手段であり,また,代償措置の検討においてはその不確実性の程度まで検討することが要求されている。特に,クビレミドロはその生育に不明確な点が多く,代償措置が本当に可能かどうかの判断は慎重を期する必要がある。しかしながら,本件評価書では,回避低減の方法を検討しようとはしていない。
また,事業者は,いまだ技術的に確立できたとはいえないクビレミドロの移植の可否について十分な検討をしておらず,本件評価書には目標が実現可能なのかについての具体的な記載はない。
そして,かかる環境影響評価書を受けた被告県知事の承認の際にも,クビレミドロの移植が本当に可能であるのかについての検討が不十分なまま,単なる留意事項としてクビレミドロ移植技術の確立や新たな環境整備方法などの検討を要求したにとどまっており,公有水面埋立法4条1項2号の「其ノ埋立ガ環境保全…ニ付十分配慮セラレタルモノナルコト」の要件を満たしたとは到底いえない。
b また,本件環境影響評価におけるクビレミドロに関する調査も,非常に不十分なものである。すなわち,本件準備書にはクビレミドロに関する記載がなく,被告県知事や沖縄県からの意見を経て,初めて本件評価書にクビレミドロの調査,評価及び保全が検討されることになったものであり,環境影響評価手続は適切に行われていなかった。
(イ) クビレミドロの移植の現状
クビレミドロの移植は,今なお確立されていない。事業者は,具体的にクビレミドロの保全のために,① 泡瀬地区のクビレミドロの屋慶名地区等への移植,② 移植したクビレミドロの泡瀬地区人工干潟への再移植,③ クビレミドロの室内増殖技術開発試験の実施を行うとし,それに伴う実験によって得られた結果としては,屋慶名地区,勝連地区への藻体移植では,移植後,複数年にわたる再生産を確認し,フラスコ内では,受精卵から群体形成までの培養が可能であるとしている。
しかしながら,室内移植実験について,全生活史が解明されたとし,人工的に卵や藻体を作ることは成功しているが,移植に使える大量に生産をすることが可能かどうかという点についてはいまだ知見が得られていない。現地移植実験については,環境影響評価当時は,移植株由来からの群落の分布や密度は経年的に安定しているとはいえないため,移植したクビレミドロが長期的に維持されるのかどうかについては,何らの成果も得られておらず,その後の現地移植実験においても,移植したクビレミドロは経年的には安定していない。
(ウ) 小括
以上より,本件環境影響評価手続において,クビレミドロに関する調査が極めてずさんであったという点,環境影響の回避低減が不可能であるのかどうかについての検討を一切することなく,知見が確立されていないクビレミドロの移植が可能であることを前提として環境保全措置の検討をしている点で,本件環境影響評価は,環境影響評価法や本件省令等で定められた要件を満たさないものであり,違法である。
オ トカゲハゼについて
トカゲハゼは,環境省レッドデータブック及び沖縄県レッドデータブックで絶滅危惧種(絶滅危惧ⅠA類)にランクされている。トカゲハゼ生息海域は中城湾内の各生息地がほぼ唯一であるが,いずれも不安定な状況であり,トカゲハゼはますます種の絶滅のおそれが高まっている。生物多様性の保全は,平成4年の国連環境会議で採択された生物多様性条約(平成5年加盟)によりようやく我が国でも意識的に取り組まれるようになったが,この前提としては生物多様性ないし生態系による人類社会への各レベルのサービスには莫大な価値があることが認識されている。トカゲハゼやその生息する生態系についても,その遺伝的情報を含め絶滅・破壊により失われる価値は計り知れない。
(ア) 本件評価書は,本件埋立てによるトカゲハゼへの影響の「予測」及び「評価」の両面について,「工事」及び「工作物の存在」双方ともトカゲハゼへ与える影響は軽微であり,生息環境は相当程度保全されるものと考えられるとしている(5-402頁ないし405頁)。また,代償措置として埋立地南西側に人工干潟を作るとし(5-406頁),「第6章環境保全措置」の項では,「④トカゲハゼ生息圏への配慮」として,施工時期を限定する旨などの記載がある(6-3頁)。
しかし,これらは,新港地区評価書と同内容の予測・評価であり,新港地区埋立事業の実施と残された干潟域の経過からみて,到底環境影響評価の名に値しない。以下,新港地区埋立事業について詳述する。
a 新港地区における公有水面埋立事業(新港地区埋立事業)の概要は,次のとおりである。
第1次 昭和58年~平成4年 約180ヘクタール
第2次 平成4年~平成7年 約146.6ヘクタール
第3次 平成7年~平成10年概成~現在 約66.4ヘクタール
b 新港地区評価書のうち,第2次埋立計画の際に作成されたもの(平成4年1月)(甲58)は,工事による影響は軽微(4-88頁),埋立地の存在による影響は少なく,新たなトカゲハゼ生息地の創出も図られる,トカゲハゼ仔稚魚の分散・移動への影響も少ないなどとしている(4-199頁ないし201頁)。新港地区評価書のうち,第3次埋立計画の際に作成されたもの(平成6年7月)(甲59)も,ほぼ同様である(4-79頁,180頁ないし182頁)。
c しかしながら,新港地区(当時の川田干潟)における1980年代初頭の成魚生息数は1000尾程度であったが,新港地区の埋立工事が始まった後の生息数は,平成元年3月363尾,平成3年5月227尾,平成5年9月48尾,平成6年3月73尾,平成6年4月48尾,平成6年9月18尾となり,自然干潟のトカゲハゼ生息数は壊滅状態となった。生息地面積の経年変化でも,平成元年3月から平成5年4月までは3000平方メートル台から8000平方メートル台で推移してきたが,平成5年9月1871平方メートル,平成6年3月1000平方メートル,平成6年4月880平方メートル,平成6年9月220平方メートルと激減している。
新港地区トカゲハゼの生息数が激減した原因が埋立工事にあることは,極めて明白である。結局,新港地区評価書による埋立工事及び埋立地(人工島)の存在によるトカゲハゼへの影響予測は,現実の結果とは大きく齟齬したのである。
第3次埋立計画の際に作成された新港地区評価書は,平成6年7月に縦覧に付されており,それまでに新港地区のトカゲハゼ生息数が激減した上記平成5年9月の調査結果は当然把握されていたはずであるが,あえて同評価書にはその結果は記載せず,その直前である平成5年4月の調査結果である228尾までしか記載されていない。予測及び評価は平成4年1月時点の評価書とほぼ同じ記述がされている。また,被告県知事が真にトカゲハゼの保全を志向しているのであるならば,上記生息数の激減の事実を指摘し,アセスの段階でその原因を検討するよう意見を述べなければならないのであるが,これを履行していないということは,トカゲハゼの保全について真摯に思考していなかったものと解さざるを得ない。
(イ) 本件環境影響評価で検討すべきであった事項
泡瀬干潟の泥質干潟でのトカゲハゼ生息数は,平成元年の6尾から,工事着工(海草移植,海上工事等)前の平成13年9月の21尾までの範囲を推移しているが,工事着工後は平成15年4月に生息数が確認されないなど,減少傾向にある。平成18年3月は12尾と若干回復しているが,今後の本格的な工事の進行により,その生息が危ぶまれる。
前記新港地区での結果からみると,果たして本件評価書記載の予測のように,泡瀬干潟に生息しているトカゲハゼに対する影響が「軽微」であるのかは大変疑わしい。本件埋立事業も新港地区埋立事業と同様の人工島方式での埋立てであり,その水路部のトカゲハゼ生息地の環境は変化しないことが前提とされているが,新港地区では現実には大きな環境変化が起こっている。とすれば,この新港地区の自然干潟におけるトカゲハゼの壊滅状況に至った原因を究明し,これと対比して泡瀬地区での予測をしなければ到底科学的な知見に基づく予測とはいえない。
本件評価書には,代償措置として人工干潟を造成するとあるが,新港地区における人工干潟での保全は成功していないし,本件における人工干潟造成予定地は,評価書の段階では埋立地南西側であったが,同所はトカゲハゼ保全の適地にはならず,その後埋立地北西側の深堀れ地側に変更され,なお適地となるための条件が検討されなければならないなど,人工干潟造成の課題は多い。
また,人工干潟でのトカゲハゼの保全は人工増殖・放流が不可欠であるところ,本件評価書では,稚魚の放流については何も記載されていない。
カ 貝類について
泡瀬干潟には300種を超える貝類が生息しており,生息量(生物量)も非常に大きい。泡瀬干潟の貝類のうち,101種が沖縄県レッドデータブック(平成17年改訂版)に登載されている。さらに,泡瀬干潟では,最近になり新種・日本新記録種が続々と発見されている。
(ア) 貝類につき実施された環境影響評価の問題点
a 海洋底生生物の調査手法,調査範囲・調査ポイントの不備
本件環境影響評価における海洋底生生物の調査は,底生生物調査(採泥法)と干潟生物調査(目視観察,坪刈り=コドラート法,生物相分布=目視観察)によって行われているが,本件埋立計画地内の定点で行われた調査は,底生生物調査において2地点,干潟生物調査の目視観察と坪刈りにおいて6地点にすぎず,泡瀬干潟の広さに比して,調査地点数が少なすぎる。
本件埋立計画地面積187ヘクタールのうち,干潟域(潮間帯域)を55ヘクタールとして計算すると,残りの130ヘクタール(埋立面積の70パーセント)が浅海域(潮下帯域)となるが,同浅海域での底生生物調査は,St.1とSt.2の2か所のみで,採泥法によって行われているにすぎない(本件評価書5-333頁)。このような調査で,130ヘクタールの浅海域の底生生物相を把握できるとは到底考えられず,実際にも同浅海域の底生生物相を全く反映していない調査結果になっている。
第Ⅰ区域の約95パーセントを占める浅海域の底生生物調査地点はSt.2だけである。この第Ⅰ区域の浅海域には,非常に多くの底生生物が生息しているが,本件評価書では,この第Ⅰ区域の浅海域に貝類や甲殻類がいることさえ記載されていない。底生生物調査の調査手法としては,定点を増やすと同時に,目視観察調査(定性調査)が行われるべきであったと考えられるが,本件において,底生生物の目視観察調査は,干潟域で行われているだけである。
b 調査時期・期間の不備
干潟生物調査の目視観察の調査期日は平成8年2月7日から同月9日まで(冬季)と同年8月28日から同月30日まで(夏季)であり,また,干潟生物調査の生物相分布の調査の調査期日は平成5年9月14日から同月17日までであり,干満差の大きい春季にも調査がされていない。このように,干満差の小さい時期に調査が行われているため,泡瀬干潟の低潮帯の生物相が全く把握されていない。
また,干潟生物調査に使われた日数は,わずか10日間であり,泡瀬のような広大な干潟域に対する調査日数としては不十分である。
このように,本件環境影響評価における底生生物調査は不備である。
c 本件評価書の内容
本件評価書に具体的な科・属・種名が挙げられた貝類は,わずか26種にすぎず(5-342頁ないし353頁,409頁),さらに,その中には,琉球列島には分布していないものもあり,誤同定があると考えられる(例えば,タマエガイは琉球列島には分布しておらず,ヒナタマエガイの誤同定と考えられる。)など,生物分析のずさんさが示されている。
また,前記のような調査手法の不備のため,本件評価書には中潮帯下部から低潮帯に生息する貝類が記載されていない。
第Ⅰ区域の浅海域には,ニライカナイゴウナ,トウカイタママキ,ウミエラの1種などの希少な種などが生息しているにもかかわらず,本件評価書では,第Ⅰ区域の浅海域に貝類や甲殻類がいることさえ記載されていない。
d 以上のように,本件評価書では,海洋底生生物の生息状況の把握が全く不十分であるため,その評価・保全策は極めてずさんなものになっている。
(イ) 新種・希少種の発見
本件評価書の作成後,市民や研究者によって,泡瀬干潟の新種・絶滅危惧種・貴重種生物の生息などが何度も報告され,そのたびに総合事務局は事実確認調査を行い,「中城湾港(泡瀬地区)公有水面埋立事業に係る環境影響評価書(平成12年3月)に記載されている動植物以外の種の存在等について」という文書を出して,幾つかの保全策を施してきた。しかし,保全策としては埋立回避ではなく,埋立進行を前提としており,現在まで着々と埋立工事が行われている。
また,沖縄県レッドデータブック(平成17年改訂版)が出版されたことによって,泡瀬には絶滅危惧種の海洋動物が大量に存在することが明らかになった。
泡瀬干潟の生態系の国際的価値と,国内の干潟生態系の減少という問題を総合的にとらえた場合,泡瀬干潟の埋立ては可能な限り回避されるべきである。本件埋立事業の最大の問題点は,埋立てにより破壊される生態系の貴重性が余りにも高いこと,そして,この生態系の豊富さ,貴重性が環境影響評価書に反映されず,しかも許認可権者もこの不備を見抜けなかったところにある。
キ 浚渫土砂による埋立てについて
本件評価書においては,埋立工事の概要として,新港地区航路等浚渫工事によって生じる土砂については,「浚渫船に連結した排砂管を一部海底に沈設するなど船舶航行上の配慮をしながら埋立地まで敷設し,浚渫土砂を圧送排出して埋立地に投入する」とされ,また,泡瀬地区における航路泊地等の浚渫工事によって生じる土砂については,「グラブ浚渫船により採取した土砂を台船で運搬し,埋立地に揚土機械で投入する」とされ(2-9頁),新港地区における浚渫土砂量は710万立方メートル,泡瀬地区における浚渫土砂量は220万立方メートルとされる(2-39頁)。新港地区航路等浚渫工事によって生じる土砂は,直線距離にして1.5キロメートルないし3キロメートルの距離を,排砂管で圧送排出される。
(ア) 新港地区航路泊地の浚渫土砂の粒度組成,工事に係る水質調査について
本件評価書には,浚渫予定地の粒度組成として,新港地区については,泊地部分の5地点が示されているだけであり,航路部分の粒度組成は何も示されていない。泡瀬地区については,St.B-1からB-5(本件評価書5-130頁及び131頁)により泊地部分及び航路部分各1か所の粒土組成が示されているが,それだけで航路全体の粒土組成は判明していない。浚渫土砂がどのような粒度組成の土砂か,またどのような物質(有機,無機化合物)を含んでいるのかを調査分析することは,極めて重大なことであるのに,調査もされておらず,極めてずさんな手続である。
(イ) ポンプ浚渫・パイプ輸送法の問題点
新港地区航路泊地の浚渫土砂については,ポンプ浚渫船に連結した排砂管(パイプ)を埋立地まで敷設し,浚渫土砂を圧送排出して埋立地に投入する工法(以下「ポンプ浚渫・パイプ輸送法」という。)がとられるが,排砂管の敷設位置や敷設方法,土砂の圧送時のパイプの震動・移動の大小などによっては,泡瀬干潟に近接する浅海域の海底環境や同所に生息する生物の生息状況を大きく変える可能性がある。
また,排砂管を一部海底に沈設する場所は,サンゴの1種ヒメマツミドリイシと海草(主にリュウキュウスガモ)が約2万9000平方メートル群生している場所であり,同工事がサンゴ礁及び海草藻場に与える影響も大きいことが予想されるが,本件環境影響評価では,この海域のサンゴ礁の被度を10パーセント以下として保全の対象としておらず,上記工事が環境に与える影響の予測及び評価も行っていない。
また,排砂管を一部海底に沈設する場所のうちには広大な砂州も含まれ,そこはコアジサシの産卵,育雛の場所であり,この工事がコアジサシの繁殖に大きな影響を与えることは必至である。しかし,本件評価書ではその環境影響評価もされていない。
(ウ) 汚濁防止膜設置の欺瞞性
ところで,ポンプ浚渫・パイプ輸送法での工事実施に当たって,設計概要説明書では,「工事実施による濁りの拡散を防ぐ必要があり,護岸工事中,埋立工事中はその周辺にナイロン製の汚濁防止膜を設置する。」とあり,本件評価書でも,「工事区域外への濁りの流出を防止するため汚濁防止膜を設置する」として,それにより「濁りの拡散を防ぐ」ことができるとされている(5-404頁等)。なお,汚濁防止膜敷設による浮遊物質拡散防止効果は5割とされている(本件評価書5-137頁)。
しかし,実際には,汚濁防止膜の設置だけでは,濁りの拡散は防止できない。また,汚濁防止膜は,完全に機能した場合であっても,発生したシルト(濁りの主成分である微小な粒子のこと)を工事期間中,汚濁防止膜内に閉じ込めておくだけであり,工事中断中(4月ないし7月)は汚濁防止膜が撤去され,シルトが工事区域外に拡散する。このことは本件評価書には記載されていない。なお,実際に,汚濁防止膜は,破れたり,海底との間にすき間を生じていたりなど,シルト拡散防止の役目を全く果たしていなかったことが判明している。また,浚渫土砂を埋立地護岸内に投入すれば,浚渫土砂に含まれる海水とともにシルトも護岸外に流出することが予想される。
(エ) 沈澱池の欺瞞性
埋立てに使われる浚渫土砂から発生する大量のシルトによる濁りの拡散に対する対策として,設計概要説明書では,沈澱池の設置が構想されている。しかし,第Ⅰ区域86ヘクタール(既埋立地約10ヘクタールを除く)の沈澱池としては規模が余りにも小さく,到底その用を足さない。
(オ) 小括
本件評価書には,「SS発生量のピーク時においても,SSの影響は工事海域近傍に限られていることから,埋立工事期間全体を通してみても,海域の水質保全は図られるものと考えられる。」とあるが(5-144頁),以上のような不備を前提とした上記予測は信用できず,本件環境影響評価は極めて不備であることは明らかである。
ク 環境影響評価法(本件省令)違反についてのまとめ
以下のとおり,本件環境影響評価において,事業者は,本件省令に規定された必要な調査,予測及び評価を履践せず,しかも,免許権者である被告県知事も,あえて又は不注意でこれを看過した。
(ア) 本件評価書全体についての本件省令違反
本件埋立事業は,本件省令8条3項が標準手法より詳細な調査又は予測の手法(重点化手法)を選定する場合として掲げる要件に当てはまるから,本件環境影響評価においては,より詳細な調査,予測の手法が採用されるべきであった。
しかしながら,本件評価書の内容は,新港地区評価書と同程度の極めておおざっぱないいかげんなものであり,この点で本件省令8条3項に違反している。
(イ) 鳥類,トカゲハゼ及び貝類に関する本件環境影響評価についての本件省令違反
a 本件省令8条1項及び別表第二では,「重要な種及び注目すべき生息地」及び「地域を特徴づける生態系」に関する工事や埋立地の存在の「予測の手法」の欄に,「事例の引用又は解析」が規定されている。この趣旨は類似事例の引用又は解析を指すところ,これに最もふさわしい類似例は新港地区埋立事業である。
しかし,鳥類についても新港地区の事例を全く顧慮しなかったことは前記のとおりである。また,トカゲハゼについても,本件評価書は,ほとんど新港地区評価書と同趣旨の理由により影響は軽微としているが,新港地区埋立事業の経過に照らせば,なぜ影響は軽微といえるのか全く分からない。
新港地区埋立事業という類似事例について引用又は解析をしていない本件評価書は,本件省令8条に違反している。
b 本件省令9条1項2号は,「調査の基本的手法」として,「国又は関係する地方公共団体が有する文献その他の資料の入手,専門家等からの科学的知見の聴取,現地調査その他の方法により調査すべき情報を収集し,その結果を整理し,及び解析する手法」を採用することを要求している。
沖縄県等行政当局はコアジサシ等の繁殖について情報を把握していたであろうし,専門家である沖縄野鳥の会では以前からコアジサシ等の繁殖活動を確認していたのであるから,事業者が本件省令9条の規定を履践していたならば,容易に絶滅危惧種であるコアジサシ等の繁殖活動と基礎的な情報を入手し得たはずであるが,これを怠った結果,これらの情報が本件評価書に記載されず,免許権者である被告県知事もこれを看過している。また,トカゲハゼについても,新港地区埋立事業によるトカゲハゼの生息状況の経過に対する資料を全く検討せず,専門家からの科学的知見の聴取をしたとの記載もない。
これらの経緯から,鳥類及びトカゲハゼに関する本件環境影響評価は,本件省令9条1項2号に違反している。
c 本件省令9条1項2号に加え,同項4号は,調査地点について,「調査すべき情報の内容及び特に環境影響を受けるおそれがある対象の状況を踏まえ,地域を代表する地点その他の調査に適切かつ効果的であると認められる地点」と規定している。
しかし,貝類及び底生生物調査において,事業者が浅海域の調査に当たり,文献その他の資料の入手に努力したり,専門家から情報提供を受けたり,地域を代表する地点その他の調査に適切かつ効果的であると認められる地点を適切に調査したとは到底考えられない。
前記浅海域では,本件評価書作成途中である平成11年ごろから底生生物の専門家らの調査も開始されていたのであるから,その状況を専門家に問い合わせることも可能であったのであり,事業者がもし真剣にその努力をしていたならば,今回沖縄県レッドデータブックに登載された絶滅危惧種の全部又は一部の生息を把握し得たはずである。
これらの作業をしなかったことは,本件環境影響評価は,貝類に関して本件省令9条に違反しているというべきである。
(ウ) 鳥類についての本件省令違反
a 本件省令7条2号違反
本件省令7条(調査,予測及び評価の手法)は,手法の選定に当たり,2号で,動物及び植物について,重要な種の分布状況,生息状況又は生育状況並びに動物の集団繁殖地その他の注目すべき生息地の分布状況について調査し,これらに対する環境影響の程度を把握できることを要求している。
本件評価書では,重要な種の例として,貴重種等の状況としてカイツブリ以下11種を列挙し(5-298頁),工事及び埋立地の存在によるこれらを含む鳥類への影響については,いずれについても生息環境は相当程度保全されるとしている(5-327頁,328頁)が,その理由とするところは,埋立予定地の周辺域に干潟や浅場が残ることを挙げているにすぎず,例えば重要な種とされているシロチドリやコアジサシについて,なぜその生息環境は相当程度保全されるのか全く記載されておらず,本件省令7条2号に違反する。
b 本件省令7条3号違反
本件省令7条3号は,地域を特徴づける生態系に関し,上位性,典型性,特殊性の視点から注目される動植物の種又は生物群集を複数抽出し,これらの生態,他の動植物との関係又は生息環境若しくは生育環境を調査し,これらに対する環境影響その他の生態系への環境影響の程度を適切に把握できること,を要求している。
本件評価書では,生態系について「上位性」欄にムナグロを記載し(5-409頁),工事による影響予測として「影響の程度は低減されている」,埋立地の存在による影響予測として「影響は比較的小さい」としている(5-423頁,424頁)が,なぜ影響は比較的小さいといえるのか全く分からない。ムナグロについては,極めておおざっぱな生息環境,食性が記述されているが(5-420頁),本件省令7条3号の要求する「生態,他の動植物との関係又は生息環境若しくは生育環境」はほとんど調査されておらず,したがって,ムナグロに対する環境影響その他の生態系への環境影響の程度を適切に把握できる調査がされたとは到底いえない。その他,本件評価書における鳥類の出現種類数が少ないなど,現況を十分反映していないことも,結局は調査回数,調査時期の選定などに誤りがあったためであり,これは本件省令9条(調査の手法)1項5号(調査期間,時期又は時間帯について適切かつ効果的でなければならない),同条3項(調査について季節変動を考慮する必要がある場合には適切に調査期間を選定すること)などの要求に従っていないことに起因している。
以上から,本件で行われた鳥類調査は,本件省令7条3号等に違反している。
(エ) 貝類についての本件省令違反
カ記載のとおり,本件埋立計画地面積の70パーセントに当たる130ヘクタールの浅海域(潮下帯)について,底生生物調査はわずか2か所しか行われていない。そのうち現在埋立てが進行している第Ⅰ区域についてはわずか1か所の調査である。このような調査方法の誤りにより,調査結果自体,現況を反映していないものとなっている。しかも,本件埋立免許及び承認後の事業者調査によっても,これら浅海域から沖縄県レッドデータブックに登載された絶滅危惧種が113種(このうち底生生物は,甲殻類11種,貝類99種を含む。)見つかっており,同海域は希少種が多く生息している貴重な生態系であることが明らかとなっている
a 本件省令7条違反
本件省令7条2号では,動植物について「学術上又は希少性の観点から重要な種の分布状況,生息状況又は生育状況…並びに動物の集団繁殖地その他の注目すべき生息地の分布状況について調査し,これらに対する環境影響の程度を把握できること。」とし,同条3号では,生態系について「前号の調査結果その他の調査結果により概括的に把握される生態系の特性に応じて…,典型性…及び特殊性…の視点から注目される動植物の種又は生物群集を複数抽出し,これらの生態,他の動植物との関係又は生息環境若しくは生育環境を調査し,これらに対する環境影響その他の生態系への環境影響の程度を適切に把握できること。」と規定している。
しかし,前記のとおり,底生生物調査が余りにもずさんな結果,上記本件省令7条2号及び3号の要求を満たす調査は行われておらず,環境影響の程度等を把握できる水準に達していない。
b 本件省令8条違反
(a) 本件省令8条1項は,事業者は,対象埋立て又は干拓事業に係る環境影響評価の調査及び予測の手法(標準項目に係るものに限る。)を選定するに当たって,本件省令別表第二に掲げる標準手法を基準として選定しなければならないとするところ,別表第二は,「重要な種及び注目すべき生息地」及び「地域を特徴づける生態系」に対する環境影響について,第2の3(2)イ(ウ)記載のとおり規定している。
ここで,「重要な種」とは,学術上又は希少性の観点から重要なものをいい,「注目すべき生息地」とは,学術上若しくは希少性の観点から重要である生息地又は地域の象徴であることその他の理由により注目すべき生息地をいい,「注目種等」とは,地域を特徴づける生態系に関し,上位性,典型性及び特殊性の視点から注目される動植物の種又は生物群集をいう,とされている。
(b) 本件埋立計画地内の浅海域には,前記のとおり,沖縄県レッドデータブック登載種が100種以上生息することが確認されており,これらレッドデータブック登載種やその生息地である本件埋立計画地内の浅海域が,「重要な種及び注目すべき生息地」や「複数の注目種等」に該当することは明らかである。
したがって,自然環境の調査に当たっては,「動物相の状況」,「動物の重要な種の分布,生息の状況及び生息環境の状況」,「注目すべき生息地の分布並びに当該生息地が注目される理由である動物の種の生息の状況及び生息環境の状況」,「複数の注目種等の生態,他の動植物との関係又は生息環境若しくは生育環境の状況」などの調査項目を調査するために,別表第二が調査地点として掲げる「環境影響を予測し,及び評価するために必要な情報を適切かつ効果的に把握できる地点」を適切に調査すべきであったにもかかわらず,本件環境影響評価においては,本件埋立計画地のうち約130ヘクタールの浅海域においてわずか2か所で底生生物調査を行ったのみであり,これが本件省令8条の規定に従った自然環境調査であるとは到底いえない。
(4) 本件埋立事業等の合理性の欠如
ア 公有水面埋立法は,免許及び承認の要件として,「国土利用上適正且合理的ナルコト」との要件を要求している(同法4条1項1号,42条3項)。また,地方自治法及び地方財政法の規定も,地方公共団体の事務について,経済的な合理性を要求している(地方自治法2条14項,地方財政法4条1項等)。
しかし,本件埋立事業等の目的とされる,① 浚渫土砂の処理,及び,② マリンシティ泡瀬というマリーナ・リゾートの建設は,いずれも法が要求する合理性を有するものとはいえない。
イ 浚渫土砂処理目的の合理性の欠如
(ア) 新港地区東埠頭浚渫工事(新港地区航路浚渫工事)に要求される必要性の程度
政府が新港地区東埠頭浚渫工事の土砂捨場として泡瀬の埋立てを行うという形で直轄工事として参加するということを決めた経緯及び工事の計画状況から,二つの工事は不可分一体であることが明らかである。そして,本件埋立事業等の対象が極めて貴重・重要な自然環境である泡瀬干潟であることを考慮すると,これらと密接不可分の関係にある東埠頭浚渫工事に要求される必要性の程度も高度のものでなければならない。
(イ) 新港地区埋立事業の問題点と東埠頭浚渫工事の必要性
新港地区埋立事業は,土地の分譲について極めて不成績な状態となっている。また,東埠頭の浚渫工事は,13メートルの深さを要する大型船の航路確保を目的としているが,大型船を必要とする企業は新港地区にはない。西埠頭においても13メートルの深さがあり,大型船の来航が可能であるが,大型船は来航していない。さらに,特別自由貿易地域指定用地では,独立採算制であるにもかかわらず赤字分を県債で調達し,分譲するはずの工場を賃貸とし,しかも値引きをしている。
このような状況において,大型船の航路確保を目的とする東埠頭の浚渫工事を行う必要性はない。
(ウ) 自由貿易政策の観点と東埠頭浚渫工事の必要性
また,東埠頭浚渫工事を必要とする理由として,特別自由貿易地域政策を将来にわたって推進する点が挙げられるところ,この自由貿易地域振興モデルの成否のポイントは,関税免除という恩恵が輸入と輸出を拡大するほどの効果をもたらすものであるか否かという点にある。
しかし,そもそも我が国の関税品目は限られており,また,沖縄県の輸入額は元々大きくなく,関税免除という恩典だけで,輸入額・輸出額の増加は見込めない。沖縄のように,本土からの移入がほとんどを占め,他のアジア諸国に比して労賃コストが高く国際競争力が弱く,元々関税免除メリットが乏しい地域を自由貿易地域に指定したこと自体が間違いである。
先行事例として那覇地区の自由貿易地域があるが,多大な費用を掛けたにもかかわらず,失敗に終わっている。
よって,新港地区の特別自由貿易地域政策が失敗に終わることは,平成12年の埋立免許承認当時,既に予測できたことであるから,自由貿易政策の観点からも,東埠頭の浚渫工事は不要である。
(エ) 地域振興目的と東埠頭浚渫工事の必要性
さらに,東埠頭浚渫工事・泡瀬地区埋立工事における浚渫・埋立作業は,海上での機械・重機・運搬車による土砂搬出と運搬作業が主で,そのオペレーターと補助要員程度の労働力で作業が可能であるため,浚渫・埋立工事による雇用効果は小さい。
また,東埠頭浚渫工事・泡瀬地区埋立工事において,浚渫・埋立工事を受注する業者は,浚渫能力の高いポンプ浚渫船を保有する本土の一部の大手港湾建設会社に限られる。主要な工事以外の岸壁築造や運搬仮設道路,埋立後の基盤整備工事など比較的小規模の工事は,沖縄県内の企業が受注する可能性が高いが,沖縄県内の経済波及効果や雇用効果は小さい。
上記のような,東埠頭浚渫工事・泡瀬地区埋立工事について沖縄県内の経済波及効果や雇用効果は小さいことは,平成12年当時,容易に予測できたことである。よって,地域振興目的からも,東埠頭浚渫工事・泡瀬地区埋立工事は不要である。
(オ) 小括
そもそも,浚渫土砂を生じさせる新港地区のFTZ構想そのものに合理性が存しないのであり,新港地区から発生する浚渫土砂を,極めて重要な自然環境である泡瀬干潟に廃棄(埋立て)しなければならないような合理性・必要性が存しないことは明らかである。
ウ マリーナ・リゾート建設の合理性の欠如
(ア) 本件埋立必要理由書記載の宿泊需要の欺瞞性
本件埋立事業等の土地利用計画の中心となるのは,約187ヘクタールの埋立後の利用面積のうち,最大の37万2886平方メートルを占める,四つのホテルやコンドミニアム,コテージで構成される宿泊施設建設用地である。
この点につき,本件埋立事業等に関する埋立必要理由書(甲25。以下「本件埋立必要理由書」という。)は,「当該(泡瀬)地区の宿泊施設用地は,平成18年に沖縄本島中部地域(浦添市及び西原町以北から,読谷村及び石川市(当時。以下同じ。)以南の13市町村)で不足する157千人分の需要量のうち,107千人分を受け持つものである。」とし(1-69頁),平成18年には,沖縄本島中部地域において,15万7000人分の不足する宿泊の需要があるとしている。
しかし,本件埋立必要理由書が引用する「重点整備地区整備計画調査報告書」(以下「本件整備計画調査報告書」という。)にあるデータに基づいて,本件埋立必要理由書がよって立つ考え方・計算方法を正しく用いた場合,以下のとおり,そもそも平成18年に沖縄本島中部地域で15万7000人分の不足する宿泊需要量なるものは発生しない。
a 本件埋立必要理由書において,不足するとされる宿泊需要15万7000人分の計算の過程は,おおむね以下のとおりである。
① 平成18年度における沖縄県全体の入域観光客数を616万人と推計した。
② 中部地域における入域観光客数を,沖縄県全体の20.14パーセントとして,124万1000人(616万人×20.14パーセント)と推計した。
③ 中部地域における平成13年フレーム(本地区分を除く)によれば,108万4000人を受け入れる施設があるので,中部地域において不足する宿泊施設供給力は,15万7000人分となる(124万1000人-108万4000人)。
④ 平成18年度の沖縄市入域観光客数17万8000人のうち約60パーセントが泡瀬地区に来ると仮定して,平成18年度の泡瀬地区入域観光客数は,10万7000人(17万8000人×60パーセント)と推計した。
⑤ 以上から,中部地域で施設が不足する需要人数15万7000人のうち,10万7000人を泡瀬地区が受け持つとしている。
そして,平均滞在日数を5.27泊として,入域観光客数10万7000人に乗じ,泡瀬地区年間利用人数を56万3890人泊と算定し,これに基づき1275室という推定をしている。
b 本件整備計画調査報告書は,バブル経済絶頂期である平成2年に策定された「リゾート沖縄マスタープラン」や,平成3年11月に承認された総合保養地域整備法(通称「リゾート法」)に基づく「基本構想」を,具体的な地域においてどのように展開していくかを検討したものであり,「塩谷・奥間海岸地区」,「本部地区」,「北部東海岸地区」,「与勝海岸地区」及び「南部海岸地区」の5地区についての開発の基本的な方向を検討したものであって,埋立工事の対象となる「泡瀬地区」を直接の検討の対象としたものではない。また,同報告書が作成された平成4年3月ころは,バブル経済の崩壊が景気に与える影響について軽視されており,バブル経済の余韻をそのまま引きずっていた時期である。現に同報告書には,バブル経済の崩壊という文言は一言も出てきておらず,バブル経済絶頂期に策定された「リゾート沖縄マスタープラン」の見直しに言及する記載も皆無である。
c 本件整備計画調査報告書の「Ⅳ.開発フレーム」項目には,「平成12年を目標とするリゾート沖縄マスタープラン(平成2年 沖縄県)では,観光・リゾート入込客の計画フレームを基本構想は各プロジェクトとの整合を図りつつ,500~600万人と設定した。しかしながら,県下市町村においてはリゾート法に基づく特定民間施設以外にもリゾート開発計画が旺盛を極めている状況にあることから,平成12年における観光・リゾート宿泊施設の供給過剰が見込まれる。これらの計画プロジェクトを全て認めることとなると,地域キャパシティ(水やゴミ処理等生活関連インフラ,地域特性をいかしてバランスのとれた産業振興を図る上で必要な産業別の労働力の確保等)を超えることが懸念されるとともに,観光リゾート市場の需給バランスが大幅に崩れ,新規事業者のみならず,既存業者にも深刻な影響を及ぼすことが懸念される。以上の実情に鑑み,計画フレーム500~600万人に対応した適正規模のリゾート開発を推進するためには,各市町村が持つ受入容量(キャパシティ)に十分配慮した施策展開が肝要であるので,それに見合った宿泊客数もしくは宿泊施設に関するフレームを検討し,調和と秩序のとれたリゾート開発に努める必要がある。」と記載されている。
上記は,要するに,このままだと宿泊施設が供給過剰の状態となってしまうので,ある程度整理をして,供給過剰にならないようにコントロールをする必要がある,という内容である。
ここでは,本件埋立事業等に関する本件埋立必要理由書に記載されているような,不足する宿泊需要(入込客に対し宿泊施設の方が不足する事態を意味する)なるものは全く念頭に置かれていない。
d そして,本件整備計画調査報告書は,建設中又は計画中のリゾート計画について,重点整備地区の特定民間施設,公共団体が推進するリゾート計画,メインコア(メインコア整備計画調査(平成3年3月沖縄県)において,各重点整備地区の整備目標との整合を図りつつ,メインコアベルトゾーンにおける各プロジェクトに係る宿泊需要の配分を行ったもの,とされている。),これら以外のリゾート計画などに分類をし,地区別リゾートフレームについて下記のとおり九つのシミュレーションケースに基づき地区別の入込客数を算出している(入込客数の算出方法は,既存又は計画されている宿泊施設ごとの収客可能数に一定の稼働率を乗じ,更に一定の平均滞在泊数を乗じる方法で算出している。)。
記
① シミュレーションケース1
既存ホテル+許可済プロジェクト
② シミュレーションケース2
既存ホテル+許可済プロジェクト+特定民間施設
③ シミュレーションケース3
既存ホテル+許可済プロジェクト+特定民間施設+公共プロジェクト(30パーセント)
④ シミュレーションケース4
既存ホテル+許可済プロジェクト+特定民間施設+公共プロジェクト(30パーセント)+本申請中プロジェクト
⑤ シミュレーションケース5
既存ホテル+許可済プロジェクト+特定民間施設+公共プロジェクト(30パーセント)+本申請中プロジェクト+メインコア
⑥ シミュレーションケース6
既存ホテル+許可済プロジェクト+特定民間施設+公共プロジェクト(30パーセント)+本申請中プロジェクト+メインコア+事前協議済プロジェクト
⑦ シミュレーションケース7
既存ホテル+許可済プロジェクト+特定民間施設+公共プロジェクト(100パーセント)+本申請中プロジェクト+メインコア+事前協議済プロジェクト
⑧ シミュレーションケース8
既存ホテル+許可済プロジェクト+特定民間施設+公共プロジェクト(100パーセント)+本申請中プロジェクト+メインコア+事前協議済プロジェクト+事前協議中プロジェクト
⑨ シミュレーションケース9
既存ホテル+許可済プロジェクト+特定民間施設+公共プロジェクト(100パーセント)+本申請中プロジェクト+メインコア+事前協議済プロジェクト+事前協議中プロジェクト+事前協議に向けて申請中+計画内容を把握せず
e 本件埋立必要理由書は,平成18年における沖縄県全体の入域観光客数に占める中部地域の入域観光客数割合20.14パーセントについて,本件整備計画調査報告書の平成12年における推計比率(上記ケース6とケース9の平均)を用いたとしている。
ケース6とケース9の平均を用いて推計比率を算出するということは,dの⑥と⑨の平均,すなわち,既存ホテル(100パーセント),許可済プロジェクト(100パーセント),特定民間施設(100パーセント),公共プロジェクト(65パーセント=(30パーセント+100パーセント)÷2),本申請中プロジェクト(100パーセント),メインコア(100パーセント),事前協議済プロジェクト(100パーセント),事前協議中プロジェクト(50パーセント),事前協議に向けて申請中(50パーセント),計画内容を把握せず(50パーセント)という,既存又は計画されていた宿泊施設について,地区別の入込客数を算出(その際上記各割合を乗じる)した合計(これにより沖縄県全体の入込客数が算出される。)のうち,中部地区が占める割合を算出することを意味している。
そうであるところ,本件整備計画調査報告書の数字をもとに計算すると,ケース6とケース9の平均は以下のとおり20.2パーセントとなる。
(a) 沖縄県全体 664万0500人
((566万2000人+761万9000人)÷2=664万0500人)
(b) 中部地区(地域) 134万1500人
((111万6000人+156万7000人)÷2=134万1500人)
(c) 沖縄県全体の入域観光客数のうち中部地域が占める割合 20.2パーセント
(134万1500人÷664万0500人×100≒20.20)
f 本件埋立必要理由書では,上記割合が平成18年にも妥当するものとの前提に立った上で,推計した平成18年の沖縄県全体の入域観光客数616万人に上記割合を乗じて,平成18年の中部地域入域観光客数を124万1000人と推計している。
g ところで,本件整備計画調査報告書では,公共プロジェクトの中に既に東部開発計画(本件埋立事業等に相当する。)が含まれているため,上記124万1000人の中には,東部開発計画において計画されている宿泊施設の収客可能数に一定の稼働率を乗じ,更に一定の平均滞在泊数を乗じる方法で算出した入込客数のうちの65パーセント(ケース6(30パーセント)とケース9(100パーセント)の平均)が計算の過程の中で含まれていることになる。
しかるに,本件埋立必要理由書は,この点について何ら言及することなく,中部地域における平成13年フレーム(本地区分を除く)は108万4000人であり,将来入域観光客数124万1000人に対し,15万7000人分の宿泊施設が不足すると結論付けている。124万1000人の中に既に東部開発計画において計画されている宿泊施設をもとに算出される入込客数が一定の割合で含まれているときに,これを考慮に入れない入込客数との差を求めれば,上記入込客数が不足することは当然である。
この点に関し,本件埋立必要理由書は,中部地域における入込客数のうち東部開発計画において計画されている宿泊施設をもとに計算した入込客数を控除した入込客数を意図的に操作することにより,いかにも不足する宿泊需要が存在するかのようなごまかしをしている。
h 本件埋立必要理由書によれば,平成18年に中部地域で不足する宿泊需要のうち10万7000人を泡瀬地区で受け持つというのであり,結局,泡瀬地区は泡瀬地区自体の魅力で10万7000人という宿泊客を集客しなければならないこととなるが,そのような検討は全くされていない。
i 本件埋立必要理由書の論理構成は,平成18年の中部地域の将来入域観光客数である124万1000人を計算するときにはケース6とケース9の平均を用いて計算しておきながら,他方では,平成18年までには,ケース6以上の宿泊施設は一切実現しない,仮に実現したとしても,泡瀬地区以外の新規の宿泊施設には全く観光客は宿泊せず,そのすべてを泡瀬地区に宿泊させるという前提に立つものであり,よって立つ前提が矛盾している,又は全く根拠がなく妥当でない。
j 以上より,本件埋立必要理由書が引用する本件整備計画調査報告書にあるデータに基づいて,本件埋立必要理由書がよって立つ考え方に倣い,明らかに不合理な計算方法を是正した場合には,そもそも平成18年に沖縄本島中部地域で15万7000人分の不足する宿泊需要量なるものが発生しないことは明白である。
(イ) 埋立必要理由書記載の沖縄市の将来入域観光客数(平成18年)の欺瞞性
本件埋立必要理由書は,将来入域観光客数124万1000人に対し,15万7000人分の宿泊施設が不足するとした上で,これら将来不足する宿泊需要を市町村別入域客増加数を参考に推計すると,平成18年における中部地域全体での入域観光客数124万1000人のうち沖縄市の入域観光客数は17万8000人と推計されるとしている。
しかし,この17万8000人という数字については,その推計の過程が不明であり,全く根拠のない数字といわざるを得ない。
また,本件埋立必要理由書では,上記の根拠不明の沖縄市入域観光客数17万8000人のうち60パーセントが泡瀬地区に入域することを前提として,泡瀬地区入域観光客数を10万7000人と推計しているが,この60パーセントの根拠が不明であるため,泡瀬地区入域観光客数を10万7000人と推計することはできない。
(ウ) 平均滞在日数の欺瞞性
本件埋立必要理由書は,入域観光客につき一人当たり5.27泊の平均滞在日数(泊数)を見込んでいるとしている。しかし,バブル経済絶頂期の平成2年の実績をもとに設定された平均滞在泊数を,その後の時代の変化,平均滞在泊数の減少傾向という厳然たる事実を考慮することもなく,平成12年の申請の際にも漫然と採用していることに合理性などあるはずがなく,本件埋立必要理由書が用いている平均滞在日数には合理性はない。
(エ) その余の土地利用計画も成り立たないこと(施設の設置主体がないこと)
沖縄市による埋立地への立地予定希望調査アンケートの結果によれば,平成5年は回答のあった115社のうち立地希望は33社であり,平成8年は回答のあった84社のうち立地希望数は公開拒否されており,平成12年は18社のうち立地希望者は2社と公表されている。
また,本件埋立必要理由書では,設置主体等として,栽培漁業施設用地については中城湾沿岸漁業推進協議会,海洋研究施設用地については琉球大学などと記載されているところ,平成13年7月ごろの調査によると,中城湾沿岸漁業振興推進協議会は,「今の組織で管理運営は厳しい。資金面も無理」と否定的であり,琉球大学施設部では,「そのような施設計画はない」と否定しているなど,施設の設置主体がなく,本件埋立必要理由書の記載は架空である。
(オ) 「中城湾港泡瀬地区開発事業の推進にかかる確認作業結果について」の欺瞞性
沖縄県及び沖縄市が平成14年3月に作成した「中城湾港泡瀬地区開発事業の推進にかかる確認作業結果について」(乙7)は,「将来の観光客数予測については,既存のリゾート地の場合は,過去の実績を基にある程度予測可能であるが,新設されるリゾート地の場合は,関連施設整備等の魅力創出の在り方等によって比較的優位性も異なってくることから,既存のリゾート地に比べ難しいのが実情である。そのため,現計画においては,便宜的な方法として,沖縄県の入域観光客数616万人のうち,107千人を泡瀬地区に配分し,一人当たり目標平均滞在日数5.27泊を乗じて年間56万人泊の需要を設定し,稼働率を勘案の上,必要宿泊室数を1275室と算定している。」としている。沖縄県と沖縄市は,同書において,本件埋立必要理由書記載の土地利用計画における需要は,便宜的な方法によって作出したものであること,また,平均滞在日数5.27泊も単なる目標値であることを自白しているのである。
さらに,同書は,「しかし,昨今の観光パックツアー等の実情では,1回の旅行で複数の県内観光地に宿泊する場合も多く,単に入域観光客数に平均滞在日数を乗じて年間宿泊需要を算出する従来の方法は,必ずしも観光の実態に即したものとはいえない面がある。このため,今回の確認作業においては,宿泊施設用地規模の算定に直接関連する年間宿泊需要56万人泊及び宿泊施設計画室数1275室を対象として検証することとする。」としている。本件埋立必要理由書で行った需要の推計が時間的経過を踏まえても正しいか否かを再確認するのが主目的であるのであるから,本件埋立必要理由書にて需要を推計した手法に時的要因(時間が経過したことから生じた要因)を加味して再検証するという手法が本来とるべき手法のはずであるが,沖縄県と沖縄市は,本件埋立必要理由書にて需要を推計した手法をもはや放棄してしまっている。その検証の中身についても,同書では,56万人泊及び宿泊施設計画室数1275室については努力すれば実現の可能性はあるとの論調に終始するだけで,どのようなデータに基づきどのような宿泊需要があるため,56万人泊及び宿泊施設計画室数1275室という規模の宿泊施設を建設する必要があるのかという検討は全くされていない。
(カ) 沖縄市の財政負担
a 本件埋立事業等と中部圏経済の活性化等について
本件埋立事業等は,国際リゾート拠点の形成,海洋性レクリエーション活動拠点の形成を目指していることや,本件埋立事業等の土地利用計画においても宿泊施設用地と観光商業施設用地の割合が高いことを考えると,被告らは,こうした宿泊・集客施設を誘致することで本島中部経済圏の活性化及び新たな雇用を確保し,沖縄県の均衡ある発展を目指そうとしていると考えられる。しかし,現状では,沖縄県の宿泊施設は那覇市を中心とする南部地域と名護市,恩納村などの北部に集中しており,沖縄本島の収容人員約5万人のうち,中部圏は1万人弱,沖縄市は1500人(約3パーセント)でしかなく,元々沖縄市に宿泊の需要は少ない。
また,いわゆる格安パックなど宿泊単価を低額化することで宿泊客を誘致する方法があるが,この方法による集客は沖縄県全域で進んでおり,観光客数だけみれば昭和51年と平成13年を除いて順調に伸びており,平成17年には550万人に達しているが,一方,平成13年ころから観光収入は頭打ちであり,観光客一人当たりの消費額についても,ピーク時の9万円(平成10年)に比べ現在は2万円近くも減少している。
さらに,市中心部から離れた所に新たな用地を造成し施設を誘致しようとする施策は,市経済の発展にとってマイナスとなる可能性が高い。
b 本件埋立事業等の沖縄市財政へ及ぼす危険性について
約184億円が埋立地の購入費用として予定されているが,これは,沖縄市の地方債残高約402億円の約46パーセント,税収約97億円の約2倍,歳出総額412億円の約45パーセントに当たる金額であり(いずれも平成16年度),沖縄市にとって極めて負担の大きな金額である。沖縄市の財政状態をみると,地方債残高が年々増加しており,平成2年度には161億6254万円であったのが,平成16年度には402億0058万円と2倍以上に増加している。本件埋立事業等が失敗し,埋立地の購入費を沖縄市の一般会計で負担することとなった場合,沖縄市は財政再建団体になる可能性が高い。その場合,生活保護等,沖縄市の福祉サービスに依拠している住民に多大な影響を及ぼすことになる。このような危険性は,平成12年における本件埋立免許及び承認の当時,既に予測できたことである。
(キ) 小括
以上より,本件埋立必要理由書の宿泊需要の予測は全くでたらめであり,その余の土地利用計画のうち,少なくとも海洋研究施設用地等については架空の利用計画と評価せざるを得ない。そして,そのような用地で新規に創出される雇用に対する就業者を当て込んだ住宅用地の需要についてもでたらめと評価せざるを得ない。このようなでたらめな本件埋立必要理由書記載の土地利用計画を目的とする本件埋立事業等が,公有水面埋立法4条1項の「国土利用上適正且合理的ナルコト」との要件を欠き,また,地方自治法,地方財政法の規定から要求される,経済的な合理性を欠くものであることは明白である。また,以上に述べたようなでたらめさを全く看過してされた本件埋立免許及び承認には,単なる違法というにとどまらず,重大かつ明白な違法があることは明らかである。
(5) 甲事件財務会計行為の違法性について
ア 地方自治法2条14項及び地方財政法4条1項違反
地方自治行政の基本的原則等を定めた地方自治法2条14項は,地方公共団体は,その事務を処理するに当たっては,住民の福祉の増進に努めるとともに,最少の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならない旨規定している。そして,この最少の経費による最大の効果の原則を予算執行の立場から表現した規定が地方財政法4条であり,同条1項は,地方公共団体の経費は,その目的を達成するための必要かつ最少の限度をこえてこれを支出してはならない旨規定している。
しかし,(4)記載のとおり,本件埋立事業等が経済的な合理性を欠いているものであることは明らかであり,本件埋立事業に関する公金の支出,契約の締結ないし債務その他の義務の負担(甲事件財務会計行為)は,地方自治法2条14項及び地方財政法4条1項に反する。
イ 公有水面埋立法違反について
(ア) 公有水面埋立法4条1項1号ないし3号違反
本件埋立免許及び承認は,以下のとおり,公有水面埋立法4条1項1号ないし3号に違反している。
a 公有水面埋立法4条1項1号違反
本件埋立計画地は,自然環境上極めて価値が高く,他にかけがえのない干潟及び浅海域である。また,地元住民が自然と触れ合う地域・海域であり,環境教育にとっても重要である。生物多様性条約,ラムサール条約,各二国間渡り鳥条約による生物多様性の保全や湿地の保全,渡り鳥の保護確保の要請や,生物多様性国家戦略などの国内政策の観点からも,本件埋立事業等はこれらと相容れない。
また,被告県知事等が本件埋立事業等の根拠としている観光客誘致等の構想や,その他,本件埋立事業等に合理性が欠けることについては,(4)記載のとおりである。
以上から,本件埋立免許及び承認は,公有水面埋立法4条1項1号に違反している。
b 公有水面埋立法4条1項2号違反
(3)記載のとおり,本件環境影響評価は,動植物,生態系を中心とした環境影響評価の各環境要素について,調査,予測及び評価のいずれの段階でもずさんであり,非科学的,主観的であり,本件省令等の規定に違反し,適正な環境影響評価がされたとはいえない。被告県知事の環境保全に関する審査もずさんであり,免許権限の行使を誤った違法がある。
本件環境影響評価においては,準備書の段階で専門委員の意見を聞いているとされているが,評価書段階では専門的な知見に基づく評価書の審査はされていない。また,その後,免許審査に際しても,本件評価書に関する専門的・実質的な「環境配慮」に関する審査はされていない。
環境影響評価法33条1項及び3項は,免許権者は環境影響評価書の記載事項等に基づいて環境の保全についての適正な配慮がされるものであるかどうかを審査する旨規定しているが,この趣旨は,免許権者は評価書等に基づいて,対象事業が環境の保全について適正な配慮がされるものであるかどうかについて審査し,その結果を免許に反映する旨を定めるものとされ,適正な配慮がされるものであるかどうかの判断の具体的な内容は,① 環境保全上の支障を生ずるおそれがないかどうかという水準においてされるものであり,環境保全上の支障とは,具体的には,保全すべき自然環境が保全されないことといったものがこれに当たるとされている。また,② 評価書作成までの一連の手続の瑕疵により重要な環境情報が見落とされ,その情報への配慮を欠く結果,環境保全上の支障が生じるおそれがある場合等には,手続の適否も免許に反映されることとなる。
同法33条による「環境の保全についての適正な配慮」についての審査は実質的なものであり,審査に当たっては専門的知識と知見が必要であるが,本件環境影響評価においては,評価書段階でも,免許審査に際しても,本件評価書に関する専門的・実質的な環境配慮に関する審査はなかった。また,前記のとおり,本件環境影響評価における調査・予測においても,本件省令の規定に違背する手続の瑕疵があり,この結果重要な環境情報が見落とされ,その情報への配慮を欠き,環境保全上の支障が生じるおそれがある状況となっており,したがって手続の適否も免許等に反映されることとなる。
以上のとおり,本件においては,公有水面埋立法4条1項2号の免許要件である「環境保全…ニ付十分配慮セラレタル」について必要な審査がされているとはいえず,本件埋立免許及び承認は同号に違反している。
c 公有水面埋立法4条1項3号
本件埋立計画地の海域は,環境省指定に係る重要湿地500選に指定される重要な干潟であり,また,沖縄県「沿岸域における自然環境の保全に関する指針(沖縄島編)」において,自然環境の厳正な保護を図る区域である評価ランクⅠ及び自然環境の保護・保全を図る区域である評価ランクⅡに位置付けられている。
これらは直接的な法律や条例による指定ではないが,前者は環境基本法に基づく環境基本計画上の1施策であり,後者は沖縄県環境基本条例(平成12年4月1日施行)により沖縄県が推進する自然環境保全の施策の一つであり,いずれも法律や条例に根拠を有している。
しかも,同海域は各種法制度により保全が図られなければならない海域であることは明らかである。
これらからは,本件埋立事業等による埋立地の用途が環境保全に関する国の法律に基づく計画に違背しないとの公有水面埋立法4条1項3号所定の要件を欠くというべきであり,本件埋立免許及び承認は同号に違反している。
(イ) 財務会計上の行為の違法性
a 財務会計上の行為の違法性について
(ア)記載のとおり,公有水面埋立法4条1項1号ないし3号に違反してされた本件公有水面埋立免許及び承認には,違法又は重大かつ明白な違法があり,公有水面埋立法に違反する本件埋立事業等に関する財務会計上の行為も違法となる。
b 違法性の承継について
先行する原因行為に違法事由が存する場合,後行行為である財務会計上の行為に際し,財務会計法規上の義務違反(長の場合には当該地方公共団体に対して負担する誠実執行義務違反で足りると解される。)がありさえすれば,当該財務会計上の行為が違法となる。
この点,被告県知事は,先行行為に重大かつ明白な違法がなければ,これを原因とする財務会計上の行為が違法となるわけではない旨主張するが,このような「重大かつ明白な瑕疵(違法)」の要件は不要であって,財務会計上の行為の原因となる行政行為に違法な瑕疵があり,かつ,同財務会計上の行為の主体がその原因行為たる行政行為の主体(処分庁)に対して,当該行政行為の取消等を求め得る立場にあるのに,これを経ないでなされる財務会計上の行為は,処分庁が当該行政行為の取消権をもはや行使できないなどの特段の事情がない限り,それ自体違法性を帯びるものと解するのが相当である(佐賀地方裁判所平成11年3月26日判決・判例地方自治191号60頁参照)。本件では,本件埋立事業の免許及び承認権者は,港湾管理者である沖縄県の長たる被告県知事である。そして,同じく沖縄県の長たる被告県知事には,公有水面埋立法32条1項等により,免許及び承認の取消権が与えられている。したがって,本件においては,本件埋立免許及び承認の違法(公有水面埋立法違反)により,本件埋立事業に係る甲事件財務会計行為自体が違法性を帯びることとなる。
また,仮に,被告県知事がいうような「重大かつ明白な瑕疵(違法)」の要件が必要としても,これまで主張したように,本件埋立事業並びに本件埋立免許及び承認における公有水面埋立法違反や,地方自治法及び地方財政法違反等は,重大かつ明白な瑕疵に当たるものである。
(6) 甲事件各請求について
ア 被告県知事に対する損害賠償請求の義務付け請求(4号請求)
(ア) 前沖縄県知事Aに対する損害賠償請求について
上記記載のとおり,甲事件財務会計行為は違法であるところ,甲事件原告らは,被告県知事に対し,甲事件財務会計行為のうち,本件支出負担行為等中の20億円(前提事実(5)イ)について,「当該行為」を行った「当該職員」としての前沖縄県知事Aに対する損害賠償請求の義務付けを求める。
なお,別紙「中城湾港(泡瀬地区)臨海部土地造成事業特別会計 支出内容一覧」のとおり,本件支出負担行為等の決裁者は,港湾課長若しくは中城湾建設事務所長となっているが,損害賠償請求の相手方となる「当該職員」には,その適否が問題とされている財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するとされている者も含まれるのであり,法令上の本来的権限者である前沖縄県知事Aを「当該職員」として損害賠償請求の履行を求めることに何ら問題はない。
この場合,前沖縄県知事Aが損害賠償責任を負う要件として,専決若しくは委任により各支出負担行為若しくは各支出命令をした職員に対する指揮監督上の帰責事由が必要となるが,当時沖縄県知事であったAは,本件埋立事業を遂行するために不可欠となる違法な本件埋立免許及び承認を自ら行い,本件埋立事業を監督する権限(公有水面埋立法32条等)を自ら有していたものであり,また,本件埋立事業の実施主体である沖縄県の長であったのであるから,本件埋立事業が違法であることを当然承知しており,若しくは違法であることを容易に知ることができたのであり,その場合,違法な本件埋立事業のために必要となる各財務会計上の行為も違法となることを当然承知しており,若しくは違法となることを容易に予見できたものである。にもかかわらず,Aは,自らが有する指揮監督権限を適切に行使することなく,本件支出負担行為等を漫然とさせていたのであり,Aには,違法な財務会計上の行為をさせた指揮監督上の義務違反が認められる。
(イ) 国に対する損害賠償請求について
本件埋立事業については,国の機関である総合事務局が事業者として行った本件環境影響評価手続に基づいて本件埋立免許及び承認がされている。本件環境影響評価手続における予測及び評価では本件埋立事業による自然環境への影響は少ない旨の結果となっているが,前記のとおり,この環境影響評価手続における調査,予測及び評価の仕方は極めてずさんであった。総合事務局は,沖縄県に対し,信義則上,誠実に環境影響評価手続における調査,予測及び評価を実施する義務が存するが,総合事務局にはこの義務に違反した重大な過失があり,ずさんな環境影響評価手続により免許及び承認権者である被告県知事の審査につき誤った環境情報を提供してその判断を誤らせ,沖縄県に対し本件埋立ての免許を与えさせ,その事業について公金を支出させ,もって沖縄県に同額の損失を与えた。
よって,沖縄県は,国に対し,本件支出負担行為等に係る公金の支出として沖縄県が支出した公金相当額のうち少なくとも20億円を下らない金額について国家賠償法上の損害賠償請求権ないし民法上の一般の不法行為に基づく損害賠償請求権を有しているから,同損害賠償請求権の行使を「怠る事実に係る相手方」である国に対する損害賠償請求の義務付けを求める。
イ 被告県知事に対する差止請求(1号請求)
前記のとおり甲事件財務会計行為は違法であるから,被告県知事に対し,本件埋立事業に係る一切の公金の支出,契約の締結,又は債務その他の義務の負担の差止めを求める。
(被告県知事の主張)
(1) 地方自治法2条14項及び地方財政法4条1項違反の主張について
原告らは,本件埋立事業は,経済的合理性を欠いているとして,地方自治法2条14項及び地方財政法4条1項に違反する旨主張する。
しかし,以下のとおり,本件埋立事業は,経済的合理性を有している。
ア 沖縄市の社会経済状況
沖縄本島中部圏は,約7200ヘクタールの米軍施設が存在している。そして,沖縄市においては,米軍施設が市域面積の約36パーセントを占めている。沖縄本島中部圏における米軍施設の存在は,国内最大規模である。
沖縄市は,人口約12万5000人(平成17年度国勢調査結果)を擁し,人口規模では,那覇市に次ぐ沖縄第2の都市である。また,平成7年から平成17年までの10年間で,約1万0500人の人口増があり,沖縄県で最も多い人口増を記録している。
ところが,沖縄本島中部圏東海岸地域に位置する沖縄市やうるま市は,沖縄県内における他の市町村と比較して,高い失業率を示している。なお,沖縄県における失業率自体,全国で最も高い状況で推移している。
また,沖縄市の純生産額は,約10年前から減少傾向が続いている。
これら沖縄本島中部圏東海岸地域を活性化するためには,雇用の場を確保するとともに,集客性の高い機能を導入するなどし,都市機能が集積した都市核を形成することが必要である。また,若者が進んで働ける環境を作ることが中部圏の魅力を高め,那覇周辺西海岸都市への一極集中を緩和することにもつながる。
イ 沖縄市の観光状況
沖縄県には,毎年多くの観光客が訪れており,観光及びリゾート産業は沖縄県経済を支える重要な産業となっている。
そして,沖縄市及び周辺地域には,コザミュージックタウン,沖縄こども未来ゾーン,東南植物楽園,伊計島,勝連城跡及び中城城跡等といった観光施設が存する。
ところが,沖縄市などの沖縄本島中部圏東海岸地域は,ホテル等の観光リゾート産業の集積が少ないため,通過型観光地にとどまっており,観光による地域への経済効果が少ない状況にある。
このような状況は,地域活力の低下を招く一因となっており,観光・リゾート産業を核とした産業振興策が必要である。
ウ 本件埋立事業
かかる状況下において,沖縄県本島中部圏東海岸地域の中核を担う沖縄市の泡瀬地区に,集客性の高い観光・リゾートや商業などの都市機能が集積した拠点地区を形成し,新たな雇用の場を確保し,地域の活性化を図り,県土の均衡ある発展に資することを目的として実施されているのが本件埋立事業であり,本件埋立事業に経済的合理性が認められることは明らかである。
エ 行政裁量
普通地方公共団体は,その事務を処理するに当たっては,最少の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならず(地方自治法2条14項),また,地方公共団体の経費は,その目的を達成するための必要かつ最少の限度をこえて支出してはならないとされている(地方財政法4条1項)。
しかしながら,経費の支出において,目的に従った最大効果を達成するために何をもって必要かつ最少の限度というべきかは,当該事務ないし事業の目的,当該経費の額,経済状況等の諸事情の下において,社会通念に従って決定されるべきものであるから,第一次的には,当該事業を執行する行政機関の社会的,政策的又は経済的見地からする裁量にゆだねられていると解するのが相当である。
オ 原告らの主張について
(ア) 新港地区の浚渫土砂を本件埋立事業に活用することについて
本件埋立地に隣接する新港地区の浚渫土砂を活用することにより,安価な土地の造成が可能となることから,経済的合理性が認められる。
(イ) 新港地区の東埠頭の浚渫工事(新港地区航路浚渫工事)の経済的合理性について
そもそも,原告らが主張する新港地区の東埠頭の浚渫工事に経済的合理性が認められないとの点については,本件埋立事業等の経済的合理性とは関連しない。
なお,平成14年当時における西埠頭地区の分譲率は99.6パーセントであり,平成12年時点においても,高い達成率を示していた。ただ,東埠頭の浚渫工事が進んでおらず,大型貨物船が東埠頭に入港できないなどの事情から,新港地区全体としての達成率が37.6パーセントにとどまっていたにすぎない。
(ウ) 本件埋立事業等の目的について
沖縄市役所東部海浜開発局が平成5年3月に作成した中城湾港泡瀬(沖縄市東部海浜)地区基礎調査概要版(甲24)には,「沖縄市では,これまで基地依存経済から脱却し,自立経済への転換を図るため,沖縄市の将来像を『国際文化観光都市』として,地域振興を図っている」旨記載されており,前述した沖縄本島中部圏の社会経済的状況にもかんがみれば,沖縄市が本島中部圏東海岸地域の活性化を図るために本件海浜開発事業を進めていたことは明らかである。同文書には,「土砂処分場」との記載があるが,これは,国側の視点であって,沖縄県及び沖縄市は,浚渫工事による土木建築費を取得する目的で本件埋立事業等を実施しているわけではない。
(エ) 本件埋立必要理由書における宿泊施設計画数の需要予測について
本件埋立必要理由書は,沖縄県を訪れる観光客が将来増加した場合,沖縄市の宿泊施設がどの程度不足するかの観点から調査を行っているものである。沖縄市及び周辺地域には,コザミュージックタウン,沖縄こども未来ゾーン,東南植物楽園,伊計島,勝連城跡及び中城城跡等といった観光施設が存する。さらには,沖縄全島エイサーまつり,ピースフルラブ・ロックフェスティバルなどの催しが毎年盛んに開催されている。将来増加が見込まれる観光客の多くが,沖縄市に宿泊しないと断言することはできない。
(オ) 沖縄市の観光地としての魅力について
沖縄市の宿泊施設は,沖縄県全体の約3パーセント程度であるのが現状であるが,これは,沖縄市に観光地としての魅力がないからではなく,沖縄本島中部圏東海岸地域には,ホテル等の観光リゾート産業の集積が少ないため,通過型観光地にとどまっているからである。沖縄市及び周辺地域には,・※記載のように,複数の観光施設が存在し,催しも毎年盛んに開催されている。沖縄市及び周辺地域に充実したリゾートホテルが存すれば,観光客らが上記観光施設を訪れたり,各種催しに参加することが容易になる。とりわけ,沖縄県においては,公共交通機関がバスやモノレールしか存しないため,那覇市あるいは恩納村などからタクシーで移動するよりも容易であることは明らかである。そして,与那原,佐敷,知念から勝連半島を結ぶ中城湾は,日本でも大きな湾で,海上から見る陸地は風光明媚であり,観光資源たり得るものである。また,本件埋立事業等を推進しても,沖縄市の中心街地と泡瀬地区との共存共栄は十分可能であり,沖縄市の中心市街地が空洞化することにはならない。
(カ) 泡瀬干潟を埋め立てるのではなく,泡瀬干潟の固有価値を活用すべきとの点について
本件埋立事業等の計画は,既存海岸線から沖合約200メートルに展開する出島方式を採用し,約187ヘクタールを埋め立てる計画内容となっている。そのため,全体計画で干潟が残るのは82パーセントであり,当面事業を実施する第Ⅰ区域では98パーセントの干潟が残ることになる。それゆえ,残った干潟の固有価値を活用することは十分可能である。
(キ) 沖縄市の経済活性化の必要性と政策の裁量性
沖縄市は,沖縄県において,那覇市に次ぐ第2の地方都市であるにもかかわらず,多数の生活保護受給者を生み出しているのが現状である。
沖縄市の経済は停滞している。いかにして沖縄市の経済を活性化させるかは極めて政策的な判断を要し,様々な選択肢の中から,行政機関等がこれを決定し遂行していかなければならない。沖縄本島中部圏東海岸地域の活性化を図るために,中核を担う沖縄市の泡瀬地区に,集客性の高い観光・リゾートや商業などの都市機能が集積した拠点地区を形成し,新たな雇用の場を確保し,地域の活性化を図り,県土の均衡ある発展に資することを目的として本件埋立事業等を実施することは,行政の裁量の範囲内の行為であって,違法な行為であると評価することはできない。
(2) 公有水面埋立法違反の主張について
ア 公有水面埋立法4条1項1号違反の主張について
原告らは,本件埋立事業は,公有水面埋立法4条1項1号に違反する旨主張するが,以下のとおり,本件埋立事業は,「国土利用上適正且合理的」(同条1項1号)なものと認められる。
(ア) 沖縄振興計画は,沖縄振興特別措置法に基づいて策定する総合的な計画であり,沖縄振興の向かうべき方向と基本施策を明らかにしたものである。そして,沖縄振興計画は,国,沖縄県及び各市町村等において,その施策の基本となるものである。また,港湾計画は港湾審議会で審議がされ,港湾管理者が作成するところ,港湾の目的は地域の発展のみならず,国全体の経済成長や総合的な交通体系の確立に寄与するものであるとともに,国土の均衡ある発展に資するものでなければならない。
(イ) 本件埋立事業は,平成7年に第3次沖縄振興開発計画及び第3次沖縄県観光振興基本計画を具体化した「中城湾港港湾計画」に位置付けられている。そして,本件埋立事業は,中核を担う沖縄市の泡瀬地区に,集客性の高い観光・リゾートや商業などの都市機能が集積した拠点地区を形成し,新たな雇用の場を確保し,地域の活性化を図り,県土の均衡ある発展に資することを目的としている。
また,埋立地の利用計画は,埠頭用地,マリーナ施設用地,交流・展示施設用地,宿泊施設用地,観光商業施設用地,業務・研究施設用地,教育・文化施設用地,多目的広場用地,道路用地等を配置するものであるところ,良好な環境を作るために緑地を背後に配置し,国(総合事務局)施行分及び沖縄県施行分を併せ,国際交流リゾート拠点,海洋性レクリエーション活動拠点,情報・教育・文化の拠点が一体となった機能的な土地利用計画となっている。この土地利用計画,規模及び位置は平成7年11月港湾審議会計画部会の審議を経ている。
(ウ) 他方,本件埋立計画地及びその近傍は,天然の景勝地,歴史上の名所旧跡でもなく,古来からの景勝地を変ぼうさせるものでもない。また,本件埋立計画地及びその周辺は,水産資源保護法,自然公園法,自然環境保全法,鳥獣保護及び狩猟に関する法律及び文化財保護法等の規制を受ける地域に該当しない。そして,本件埋立事業は,既存海岸線から沖合約200メートルに展開する出島方式を採用し,全体計画で82パーセントの干潟が残る計画内容となっており,干潟の保全を図るとともに,埋立区域における動植物にも適正な配慮を示している。
(エ) 以上から,本件埋立事業は,「国土利用上適正且合理的」なものと認められる。
イ 公有水面埋立法4条1項2号違反の主張について
原告らは,本件埋立事業は環境影響評価手続が適正に実施されておらず,環境保全に十分な配慮がされていないとして,公有水面埋立法4条1項2号に違反する旨主張するが,以下のとおり,本件埋立事業は,環境保全に十分配慮しており,同号に違反しない。
(ア) 環境影響評価法は,事業者が事業の実施が環境に及ぼす影響について調査,予測及び評価等を行う環境影響評価を実施することとし,方法書,準備書,評価書の順を踏んで,地方公共団体や環境の保全の見地からの意見を有する者,許認可等を行う者,環境庁長官から意見を聴取した上で最終的な書面を作成し,これを事業に係る許認可等に反映するという手続を定め,この手続を通じて,その事業に係る環境の保全について,適正な配慮がされることを確保することを目的として制定された法律である。つまり,環境影響評価法は,手続法であり,手続の履行を通じて,その事業に係る環境の保全について適正な配慮がされることを確保しようとする法律である。そして,環境の保全に適正な配慮をして事業を実施するという場合,その配慮の仕方としては,様々な方法が考えられるところであり,特に事業や環境保全措置の代替案がある場合に,いずれを選択するかは事業者の自主的な判断にゆだねられるべきものである。同法は,このような考え方に立ち,その定める手続を履行することによって,事業者において,自主的に環境の保全に適正な配慮がされるというセルフコントロールの考え方を基礎としている。
本件において,環境影響評価の手続は,適正に実施されている。それゆえ,本件埋立事業は,公有水面埋立法4条1項2号に違反しない。
(イ) これに対し,原告らは,本件評価書がずさんである旨をるる述べているが,以下のとおり,本件評価書は,決してずさんなものではない。
a 本件評価書は,一般的手法に基づき作成された合理的なものである。そして,手続を行うに際し,いかなる調査方法等を採用するかは,当該事業の目的,経費の額等の諸事情の下において,社会通念に従って決定されるべきものであるから,第一次的には,当該事業を執行する行政機関(本件の場合は国)の社会的,政策的又は経済的見地からする裁量にゆだねられていると解するのが相当である。調査方法等については様々な考え方があり,原告らが主張する調査方法等を採用しなければ手続が違法になるというものではない。
b 本件評価書には,知事意見が付されているが,この知事意見は,沖縄県文化環境部が所管する専門委員会の専門的知見を反映して作成されており,環境への影響をできる限り低減するよう努めることを求めるなど,事業者に対し,更なる環境への配慮を要求する内容となっている。事業者は,本件評価書にかかる知事意見を反映させ,さらに,環境の保全を図るものとしており,本件評価書の内容がずさんなものであるということはできない。
なお,上記知事意見は,環境保全の見地から,環境影響評価法20条に基づき作成されたものである。
c 本件評価書は,鳥類,オカヤドカリ類,海藻草類,サンゴ類及びトカゲハゼ等の陸生・海生生物等に対する影響が少ないと予測しつつ,知事意見を踏まえ,影響予測について不確実性を示し,工事中及び土地又は工作物の存在に係る監視調査や予測結果の検証を行うものとしている。実際,専門家等で構成する委員会及び部会へ当該監視調査結果を報告するとともに,指導及び助言を受けながら事業を実施している。
d 本件評価書は,当時の科学的知見に基づき作成されるものであって,後日,新種等が発見されたとしても本件評価書に不備があるということはできない。
しかし,本件評価書には,工事中に貴重な動植物が確認された際は,関係機関に報告するとともに,適切な措置を講じることとの知事意見が付されている。
これを受け,工事中に天然記念物指定種や各レッドデータブック等の掲載種,その他貴重種・重要種に相当する種で,環境影響評価書に記載されている動植物種以外の種の存在が埋立てに関する工事の施行区域内若しくはその近傍で確認された場合には,関係機関へ報告するとともに十分な調整を図り,その保全に必要な措置を適切に講じる旨の事業者の見解が示されている。
実際に,専門家等で構成される環境監視委員会,環境保全・創造検討委員会が設置されており,本件埋立事業は,新種等にも十分配慮した上で事業実施がされている。
e 本件評価書には,クビレミドロ及び海草移植についても知事意見が付されており,これを受け,現在,海藻草類専門部会において移植試験が実施されている。なお,本件評価書では,クビレミドロの移植が可能との判断であり,技術的に確立しているとの認識ではない。その上で,専門家の指導,助言を受けつつ移植を中心とした措置を講じるとともに,クビレミドロの増殖技術を確立するために,室内増殖技術開発試験を実施するものとしている。
(ウ) なお,原告らは,環境保全について適切な審査がされておらず,環境影響評価法33条に違反するとも主張するが,以下のとおり,本件埋立事業は,同条に違反しない。
a 環境影響評価法33条は,評価書の記載事項及び同法24条の書面に基づいて審査をしなければならない旨を定めているところ,本件埋立事業は,本件評価書の記載事項及び同法24条の書面(中城湾港港湾管理者の長(被告県知事)の総合事務局長に対する平成12年2月23日付け「中城湾港(泡瀬地区)公有水面埋立事業に係る環境影響評価書の免許を行う者の意見について」)に基づいて,当該対象事業につき,環境の保全について適正な配慮がされているかを審査し,事業を実施する利益等を総合的に判断した上で,本件埋立免許及び承認がされており,これを違法なものと評価することはできない。
b 専門家等の意見を反映させ,より環境の保全に配慮した環境影響評価書の内容とするために作成されたのが,知事意見(環境影響評価法20条)であり,手続を通じて事業者により高い環境保全を促すのが法の構造である。つまり,原告らの主張は,環境影響評価法の手続構造を無視した内容となっており,妥当ではない。
c また,「適正な配慮がされるものであるかどうか」の判断は,環境保全上の支障を生じるおそれがないかどうかという水準においてされるべきものである。そして,「環境保全上の支障」とは,規制等の国民の権利義務に直接かかわるような施策を講じる目安となる程度の環境の劣化が生じることをいう。本件において,上記水準に至るまでの環境の劣化が生じるとは認められず,本件埋立免許及び承認が違法であるということはできない。
e 本件環境影響評価の手続は適正に実施されており,手続の瑕疵は認められず,また,手続の瑕疵により重要な環境情報が見落とされたとの事実も認められない。
ウ 公有水面埋立法4条1項3号違反の主張について
原告らは,本件埋立事業は,ラムサール条約等に違反しているとして,公有水面埋立法4条1項3号の要件を充足しない旨主張するが,以下のとおり,本件埋立事業は,ラムサール条約等に違反していない
(ア) ラムサール条約
ラムサール条約は「各締約国は,その領域内の適当な湿地を指定するものとし,指定された湿地は,国際的に重要な湿地に係る登録簿に掲げられる。」(同条約2条1項)旨定めており,登録制度を採用している。そして,本件埋立計画地及びその周辺地域は,ラムサール条約上の登録簿に登録されていない。よって,本件埋立事業は,ラムサール条約に違反しない。
(イ) 生物多様性条約
我が国は,生物多様性条約の実施のために新たな立法措置は行わず,技術移転等に関する条約上の義務を履行するため,関係省庁より関係政府機関及び関係業界に対し,行政上又は政策上の措置を講じるという対応をとっている。
そして,同条約6条は,締約国は,その個々の状況及び能力に応じ,「生物の多様性の保全及び持続可能な利用を目的とする国家的な戦略若しくは計画を作成し,又は当該目的のため,既存の戦略若しくは計画を調整し,特にこの条約に規定する措置で当該締約国に関連するものを考慮したものとなるようにすること」を行う旨定めている。
同条約6条を受けて,我が国は生物多様性国家戦略を策定している。また,同条約8条についても,国は生物多様性国家戦略を策定することによって,その指針を示している。しかし,生物多様性国家戦略は,国の施策の目標と指針を示したものであり,法的拘束力を有するものではない。
さらに,同条約14条1項(a)は,「生物の多様性への著しい悪影響を回避し又は最小にするため,そのような影響を及ぼすおそれのある当該締約国の事業計画案に対する環境影響評価を定める適当な手続を導入し,かつ,適当な場合には,当該手続への公衆の参加を認めること。」と規定しており,環境影響評価を定める手続の導入を要請する内容となっている。そして,我が国では,平成9年6月,環境影響評価法が公布されている。また,環境影響評価法は,住民の手続参加を定めており(同法7条,8条,16条,17条及び18条等),同条約14条1項(a)に違反しない。
(ウ) 世界遺産条約
世界遺産条約11条2項は,「世界遺産委員会は,…締約国が提出する目録に基づき,…文化遺産又は自然遺産の一部を構成する物件であって,同委員会が自己の定めた基準に照らして顕著な普遍的価値を有するものと認めるものの一覧表を『世界遺産一覧表』の表題の下に作成し,常時最新のものとし及び公表する。」旨定めており,登録制度を採用しているところ,本件埋立計画地及び周辺地域は,世界遺産一覧表に登録されておらず,本件埋立事業は,世界遺産条約に違反しない。
(エ) 二国間渡り鳥条約
a 二国間渡り鳥条約の概要は次のとおりである。
(a) 渡り鳥の捕獲及び卵の採取を原則として禁止している。また,生死の別を問わず,不法に捕獲され,若しくは採取された渡り鳥若しくは渡り鳥の卵又はそれらの加工品などの販売又は購入等を禁止している(日米渡り鳥条約3条,日豪渡り鳥条約2条,日ソ渡り鳥条約2条及び日中渡り鳥条約2条)。
(b) 絶滅のおそれがある鳥類については,特別の保護が望ましい旨規定している(日米渡り鳥条約4条,日豪渡り鳥条約3条及び日ソ渡り鳥条約3条)。
(c) 生息環境については,生息環境の管理及び保護のために保護区等を設けるように努める旨定められている(日豪渡り鳥条約5条,日ソ渡り鳥条約5条及び日中渡り鳥条約4条)。また,鳥類の環境を保全し改善するため,適当な措置をとるように努める旨定められている(日米渡り鳥条約6条,日豪渡り鳥条約6条,日ソ渡り鳥条約6条及び日中渡り鳥条約4条)。
b 以上のように,(a)と異なり,(b)では「望ましい」旨,また,・※では「努める」旨規定されている。つまり,上記条文の文言及び他の規定との関連からすれば,(b)及び・※は,努力規定と解するのが相当である。
c なお,泡瀬干潟は,鳥獣保護及び狩猟に関する法律の規制を受ける地域に該当しない。また,本件埋立事業は,既存海岸線から沖合約200メートルに展開する出島方式を採用し,鳥類の採餌及び休憩の場となる干潟域や浅瀬を広く残し,希少種及び渡り鳥等の鳥類の環境保全に配慮した計画内容となっている。
(オ) 環境基本法
環境基本法7条は,「地方公共団体は,基本理念にのっとり,環境の保全に関し,国の施策に準じた施策及びその他のその地方公共団体の区域の自然的社会的条件に応じた施策を策定し,及び実現する責務を有する」旨規定する。
沖縄県が実施する約9.2ヘクタールの埋立事業は,環境影響評価法に基づく対象事業に相当しない。しかし,本件においては同法の趣旨に従って沖縄県施行部分も含めた上で環境影響評価手続を実施しており,同法に違反しない。
(カ) 文化財保護法
文化財保護法125条1項は,史跡名勝天然記念物に関し,その現状を変更し,又はその保存に影響を及ぼす行為をしようとするときは,文化庁長官の許可を受けなければならない旨規定する。
しかし,同項但し書において,保存に影響を及ぼす行為であっても,その影響が軽微である場合には許可を要しない旨定められている。そして,オカヤドカリの生息地となっている海岸付近は,埋立工事による直接の改変がなく,沿岸域の浅瀬・干潟は連続性を保持しており,かつ,沿岸干潟域は保全されることから,オカヤドカリの生息環境は相当程度保全されるものと考えられる。したがって,オカヤドカリの保存に及ぼす影響は軽微であり,文化庁長官の許可を要しない。
(キ) 種の保存法
種の保存法34条は,土地の所有者等は,その土地の利用に当たっては,国内希少野生動植物種の保存に留意しなければならない旨定めている。
そして,本件埋立事業は,既存海岸線から沖合約200メートルに展開する出島方式を採用し,全体計画で82パーセントの干潟が残るとともに,海岸環境が保全され,本件埋立計画地西側の沖縄県総合運動公園地先や本件埋立計画地北側の泡瀬半島先端部付近には,鳥類の採餌及び休憩の場となる干潟域や浅瀬が広く残る計画内容となっている。このように,本件埋立事業は国内希少野生動植物種の保存に留意したものとなっている。
・※ 生物多様性国家戦略
生物多様性条約6条を受け,平成7年10月に地球環境保全に関する関係閣僚会議において,我が国の「生物多様性国家戦略」が決定された。生物多様性国家戦略は,毎年実施状況を点検しており,平成19年11月には「第3次生物多様性国家戦略」が閣議決定されている。
第3次生物多様性国家戦略は,第1部「戦略」及び第2部「行動計画」の2部構成となっており,第1部では① 生物多様性を社会に浸透させる,② 地域における人と自然の関係を再構築する,③ 森・里・川・海のつながりを確保する,④ 地球規模の視野を持って行動する旨の国の施策の方向性が示され,第2部ではラムサール条約湿地を増やすなどの数値目標が設定されている。
このように,生物多様性国家戦略は,国の施策の指針を示したものであり,法的拘束力を有するものではない。
なお,本件埋立計画地及びその周辺は,ラムサール条約の地域指定を受けていない。
・※ 重要湿地500への選定
重要湿地500への選定は,何らかの法的拘束力を有するものではない。なお,本件埋立事業は,既存海岸線から沖合約200メートルに展開する出島方式を採用し,全体計画で82パーセントの干潟が残る計画内容となっており,干潟の保全に十分な配慮を示している。
・※ 沿岸域における自然環境の保全に関する指針(沖縄島編)
沿岸域における自然環境の保全に関する指針(沖縄島編)は,自然の特性及び現状を把握し,これを評価し,保全すべき自然を明らかにするとともに,それらの保護と節度ある利用についての指標とするものであり,法的拘束力を有するものではない。
エ 原告らは,本件埋立免許及び承認が公有水面埋立法に違反する旨主張するところ,このような原因行為の違法が支出行為の違法となるのは,原因行為と当該支出が密接不可分の関係にある場合や,原因行為があれば特段の支出負担行為がなくとも支出が義務付けられるような関係がある場合といった極めて限定的な場合に限られる。地方自治法242条の2第1項4号の規定に基づき当該職員に対する損害賠償責任を問うことができるのは,先行する原因行為に違法事由が存する場合であっても,同原因行為を前提としてされた当該職員の財務会計上の行為自体が財務会計法規上の義務に違反する違法なものであるときに限られる(最高裁昭和61年(行ツ)第133号平成4年12月15日第三小法廷判決・民集46巻9号2753頁参照)。違法性の根拠は,財務会計上の行為義務として取消・変更等の事後的是正義務があるのにこれに違反してそれらの措置をとらなかったことであるから,前提として具体的な是正義務が発生した事実がなければならないところ,本件で埋立ては適法に行われており,原告らの主張するような法令違反の事実はない。
また,長の行為義務の基準として,「重大かつ明白性の基準」は重要であるところ,本件における原告らの主張立証は,重大かつ明白な瑕疵の存在を具体的事実に基づいて行っているものとはいえない。
(3) 以上のとおり,本件埋立事業は,中核を担う沖縄市の泡瀬地区に,集客性の高い観光・リゾートや商業などの都市機能が集積した拠点地区を形成し,新たな雇用の場を確保し,地域の活性化を図り,県土の均衡ある発展に資することを目的とし経済的合理性を有しており,また,既存海岸線から沖合約200メートルに展開する出島方式を採用することによって,全体計画で82パーセントの干潟が残る計画内容となっており,干潟の保全を図るとともに,埋立区域における動植物にも適正な配慮を示しているものであって,地方自治法,地方財政法及び公有水面埋立法に違反しないから,甲事件財務会計行為に違法はなく,甲事件財務会計行為中本件支出負担行為等に係る当該職員である前沖縄県知事Aに対する損害賠償請求の義務付け及び本件埋立事業に係る公金の支出等の差止めを求める甲事件原告らの主張は理由がない。
また,前記のとおり,本件環境影響評価の手続は適正に実施されており,国の違法行為は何ら存しないから,国に対する損害賠償請求を怠っているとして,同損害賠償請求の義務付けを求める甲事件原告らの主張は理由がない。
3 乙事件財務会計行為の違法性の有無
(乙事件原告らの主張)
(1) 乙事件財務会計行為の違法性について
争点2についての甲事件原告ら主張のとおり,本件埋立事業等は経済的な合理性を欠くものであり,本件海浜開発事業に関する公金の支出,契約の締結ないし債務その他の義務の負担(乙事件財務会計行為)は,地方自治法2条14項及び地方財政法4条1項に反する。
また,争点2についての甲事件原告ら主張のとおり,本件埋立免許及び承認は,公有水面埋立法4条1項1号ないし3号に違反する違法なものであるところ,違法・無効な本件埋立免許及び承認に基づき埋め立てられた違法な埋立地を購入することを前提とする沖縄市の本件海浜開発事業もまた違法又は重大かつ明白な違法を有するものといわざるを得ない。
(2) 乙事件請求について
(1)記載のとおり乙事件財務会計行為は違法であるから,被告市長に対し,本件海浜開発事業に係る一切の公金の支出,契約の締結,又は債務その他の義務の負担の差止めを求める(1号請求)。
(被告市長の主張)
本件海浜開発事業は,沖縄振興計画及び中城湾港港湾計画へ位置付けられており,さらには,沖縄市国土利用計画及び沖縄市総合計画へと位置付けられているのであって,沖縄市にとって極めて必要不可欠なプロジェクトである。
沖縄市の基本構想は一貫して推進されており,マリンシティ泡瀬の目的とする海洋レクリエーション活動拠点,国際交流リゾート拠点等の実現は,本件埋立事業によって形成される泡瀬地区埋立地を活用することによって達成されるものである。
沖縄市が譲渡を受ける予定の約90ヘクタールの土地の価格は約184億円である。土地を購入する時期及び価格等については沖縄県と沖縄市の間で協議書を締結するとされており,一括購入によってもたらされる沖縄市の財政へのリスクはない。
沖縄県と沖縄市は,平成14年3月,各種の条件整備と努力を前提とすれば現計画の実現可能性はあることを確認した。なお,もし埋立前から誘致企業が決定されていれば,企業自らが埋立事業を実施することになる。行政はデベロッパーではなく,行政の実施する埋立ては,「ある政策を遂行する。」という目的行為である。
第4当裁判所の判断
1 本訴各請求の適法性(本案前の争点等)
(1) 甲事件関係
ア 適法な監査請求前置の点について
(ア) 甲事件原告らは,被告県知事に対し,① 本件埋立事業に関する一切の公金の支出,契約の締結,又は債務その他の義務の負担(甲事件財務会計行為)の差止めを求める(1号請求)とともに,② 甲事件財務会計行為のうち,本件支出負担行為等中の20億円(前提事実(5)イ)について,「当該行為」を行った「当該職員」としての前沖縄県知事Aに対する損害賠償請求の義務付けを求め(4号請求),さらに,③ 「怠る事実に係る相手方」である国に対する損害賠償請求の義務付けを求めている(4号請求)。
そして,甲事件原告らは,平成17年3月23日付けで沖縄県監査委員に対する甲事件住民監査請求をしているところ,沖縄県監査委員は,同年4月21日,同監査請求を却下している(前提事実(6)ア)。
そこで,甲事件原告らの本訴請求について,適法な監査請求を経たものといえるか否かが問題となる。
(イ) 沖縄県監査委員は,甲事件住民監査請求却下の理由として,請求人(甲事件原告ら)の主張は,環境アセスメントの実施方法の違法性と,本件埋立事業の事業計画の計画立案の合理性の有無及びその実行可能性に問題があるとして,公金支出の差止めを求めているものと解されるが,これは地方公共団体の長の政策判断に係る事業執行に関する請求人の主観を述べているにすぎず,沖縄県の財務会計上の行為の違法性,不当性を具体的かつ客観的に示しているものとは認められないとしている(前提事実(6)ア)。
しかしながら,前提事実(6)ア記載のとおり,甲事件原告らは,本件環境影響評価や本件埋立免許及び承認が環境影響評価法及び公有水面埋立法等に反し違法である,また,本件埋立事業に係る公金支出は地方自治法2条14項,地方財政法4条1項等に反し違法であるなどとして,① A及び国に対して,本件埋立事業につき支出された公共工事関連費用相当額の損害賠償を請求すること,② 本件埋立事業に関して,一切の公金の支出を禁止すること,③ 本件埋立事業に関し,国の埋立地を購入する契約の締結を含む一切の契約の締結を禁止することを被告県知事に勧告するよう求める甲事件住民監査請求を行っているところ,証拠(甲47)によれば,甲事件住民監査請求の請求書(沖縄県職員措置請求書。甲47の1)において,上記環境影響評価法及び公有水面埋立法違反の点については,本件埋立事業について国が実施した環境アセスメント(本件環境影響評価)は,その前提たる事実調査の段階で多数の貴重種が抜けおちている,環境影響評価法が要求する環境への影響の回避・低減に対する検討が極めて不十分であり,本来最後の手段である代償措置が安易に採用されている,代償措置とされる藻場等の移植は現在も移植実験の成功が確認されていないなど極めてずさんなものであって,法が求める環境アセスメントが実施されたものと評価することはできず,本件埋立免許及び承認は違法であるとの主張がされ,また,地方自治法,地方財政法違反の点については,本件埋立事業等に関し沖縄県や沖縄市が投資する費用は,それぞれ埋立地の売却代金によって回収することを予定しているが,本件埋立事業等が元にしている推計は,1990年代初めのバブル期に作成されたものであって,現在の経済状況に合致しておらず,進出企業の目処は全く立っていない状況であり,このまま本件埋立事業等が続行された場合には回収不能な投資が行われることになるとの主張がされていること,そして,これらを証する書面として,泡瀬干潟の重要性,本件埋立事業等の目的の合理性の欠如や実現の困難性,本件環境影響評価の問題点等を記載した日本弁護士連合会の2002年(平成14年)3月15日作成に係る「泡瀬干潟埋立事業に関する意見書」(甲47の3)が添えられていることが認められる。
以上によれば,甲事件住民監査請求は,本件埋立事業に係る甲事件財務会計行為の違法性や国が行った本件環境影響評価の違法性を具体的に指摘するとともに,これを証する書面を添えて行われているものと認められるのであって,後記監査請求期間の点を別とすれば,適法な監査請求と認められる。
(ウ) 甲事件原告らは,被告県知事に対する前県知事Aへの損害賠償請求の義務付け請求(4号請求)として,別紙「中城湾港(泡瀬地区)臨海部土地造成事業特別会計 支出内容一覧」記載の本件埋立事業に係る平成12年度から平成16年度にかけての支出負担行為及び支出命令(本件支出負担行為等)のうち,① 平成12年度の漁業補償費19億9800万円中の19億1831万6550円と,② 平成12年度の中城湾港泡瀬地区企業立地基礎調査費1186万5000円,③ 平成13年度の土地処分形態調査費689万8500円,④ 平成13年度の泡瀬地区環境監視調査業務委託費1224万3000円,⑤ 平成14年度の泡瀬地区環境監視調査業務委託費1155万円,⑥ 平成15年度の中城湾港(泡瀬地区)企業用地周辺環境資料作成業務委託費712万9500円及び⑦ 平成16年度の中城湾港(泡瀬地区)環境調査業務費2999万7450円の合計20億円(ただし,これらを合計すると,20億円ではなく,19億9800万円となる。)を挙げている。
ところで,住民監査請求は,当該行為のあった日又は終わった日から1年を経過したときはすることができないところ(地方自治法242条2項本文),前記のとおり,甲事件住民監査請求が行われたのは平成17年3月23日である。そうであるところ,本件支出負担行為等がされた日は,別紙「中城湾港(泡瀬地区)臨海部土地造成事業特別会計 支出内容一覧」記載のとおりであるから,本件支出負担行為等のうち,平成16年4月19日に支出命令がされた平成15年度の中城湾港(泡瀬地区)企業用地周辺環境資料作成業務委託費712万9500円並びに平成16年8月19日及び平成17年3月23日に支出負担行為がされ,同年4月22日に支出命令がされた平成16年度の中城湾港(泡瀬地区)環境調査業務費2999万7450円を除くその余の支出負担行為ないし支出命令については,当該行為のあった日又は終わった日から1年を経過した後に住民監査請求がされているものであって,この点に関する正当な理由(同項但し書)の主張立証もないから,監査請求期間を徒過したものとして不適法というべきである。
イ 差止請求について
甲事件原告らによる被告県知事に対する甲事件財務会計行為の差止めを求める訴えのうち,本件口頭弁論終結日である平成20年4月23日までに終了した中城湾港(泡瀬地区)公有水面埋立事業・臨海部土地造成事業(本件埋立事業)に関する一切の公金支出,契約締結,又は債務その他の義務の負担行為の差止めを求める部分は,訴えの利益を欠いており,不適法である。
(2) 乙事件関係
ア 監査請求前置の点について
乙事件原告らは,被告市長に対する,本件海浜開発事業に関する一切の公金の支出,契約の締結又は債務その他の義務の負担の差止めを求めている(1号請求)。
そして,乙事件原告らは,平成17年3月23日付けで沖縄市監査委員に対する乙事件住民監査請求をしているところ,沖縄市監査委員は,同年4月25日,同監査請求を却下している(前提事実(6)イ)。
そこで,乙事件原告らの本訴請求について,適法な監査請求を経たものといえるか否かが問題となる。
この点,乙事件原告らは,沖縄市が計画する本件海浜開発事業は,環境影響評価法及び公有水面埋立法等に違反する国と沖縄県の本件埋立事業へ沖縄市が参加するものであり,本件海浜開発事業も違法性を免れない,また,本件海浜開発事業に係る公金支出は地方自治法2条14項,地方財政法4条1項等に反し違法であるなどと主張して乙事件住民監査請求を行っているところ,沖縄市監査委員は,国や沖縄県の行為が違法であるとし,その違法性が本件海浜開発事業に承継しているとする乙事件住民監査請求は,住民監査請求になじまない,また,本件海浜開発事業は,沖縄市においてはいまだ具体的実施計画に至っておらず,予算措置も講じられていないのであるから,差止めの対象たる財務会計上の行為は存在しないとして,乙事件住民監査請求を不適法として却下している(前提事実(6)イ)。
しかしながら,本件海浜開発事業に係る乙事件財務会計行為の違法の前提として国や沖縄県の行為の違法をいう点も,これら違法により乙事件財務会計行為が違法(ないし不当)と認められるか否かという観点から,沖縄市監査委員において監査をすることができるものというべきであって,これをもって乙事件住民監査請求が不適法であるということはできない。
また,乙事件住民監査請求が不適法とする上記後段の点についても,ウ記載のとおり,本件においては,当該行為がなされることが相当の確実さをもって予測される場合に当たると解されるから,やはり乙事件住民監査請求が不適法ということはできない。
イ 差止請求の対象の特定の有無について
地方自治法242条の2第1項1号の規定による住民訴訟の制度は,普通地方公共団体の執行機関又は職員による同法242条1項所定の財務会計上の違法な行為を予防するため,一定の要件の下に,住民に対し当該行為の全部又は一部の事前の差止めを裁判所に請求する権能を与え,もって地方財務行政の適正な運営を確保することを目的としたものである。このような事前の差止請求において,複数の行為を包括的にとらえて差止請求の対象とする場合,その一つ一つの行為を他の行為と区別して特定し認識することかできるように個別,具体的に摘示することまでが常に必要とされるものではない。この場合においては,差止請求の対象となる行為とそうでない行為とが識別できる程度に特定されていることが必要であることはいうまでもないが,事前の差止請求にあっては,当該行為の適否の判断のほか,さらに,当該行為か行われることが相当の確実さをもって予測されるか否かの点及び当該行為を差し止めることによって人の生命又は身体に対する重大な危害の発生の防止その他公共の福祉を著しく阻害するおそれがあるか否かの点に対する判断が必要となることからすれば,これらの点について判断することが可能な程度に,その対象となる行為の範囲等が特定されていることが必要であり,かつ,これをもって足りるものというべきである。
これを本件についてみるに,乙事件に係る差止請求は,本件海浜開発事業に関して被告市長のする一切の公金支出,契約の締結又は債務その他の義務の負担等の包括的な差止めをその趣旨とするものであり,本件海浜開発事業の違法性等を理由とし,本件海浜開発事業に関する一切の公金の支出等も違法となるとしてその差止めを求めるものであって,差止請求の対象となる財務会計上の行為の範囲を識別することは可能であるから,乙事件について,差止請求の対象の特定として欠けるところはないと解するのが相当である。
ウ 財務会計行為がなされることが相当の確実さをもって予測されるか否かについて
地方自治法242条の2第1項1号の差止請求の要件として,当該行為がなされることが相当の確実さをもって予測される場合であることが必要であると解される(同法242条1項参照)。
そこで検討するに,本件埋立事業等の概要は前提事実(3)記載のとおりであって,本件埋立事業は,国(総合事務局)及び沖縄県が事業者となり,泡瀬干潟とその周辺海域の公有水面合計約187ヘクタール(本件埋立計画地)を出島方式によって埋め立てるものであり(埋立面積の内訳は,総合事務局が約178ヘクタール,沖縄県が約9.2ヘクタール),埋立てが完了した後,沖縄県は,総合事務局から,その施行部分の一部(約55ヘクタール)につき管理の委託を受け,その残部を買い受けた上で,地盤改良し,約90ヘクタールを沖縄市に,その残部を基盤整備して民間に売却するというものであり,本件海浜開発事業は,上記のとおり本件埋立事業によって埋め立てられた土地のうち約90ヘクタールを沖縄市が沖縄県から購入し,その基盤整備を行うなどして,沖縄県とともに,「マリンシティ泡瀬」というマリーナ・リゾートを建設しようとするものである。そして,本件埋立事業は,別紙「区域分割図」記載のとおり,第Ⅰ区域と第Ⅱ区域の二つのブロックに分割されて順次工事が行われる予定であるところ(前提事実(3)ウ),前提事実(4)エ記載のとおり,本件埋立事業のうち,第Ⅰ区域の埋立工事については,国は,平成14年度から中城湾港土砂処分場護岸築造等の海上工事に着手しており,平成18年度までに仮設橋梁,仮設桟橋,余水吐を完成させ,平成19年度に外周護岸と作業用航路の整備を進め,平成20年度後半からは,新港地区航路等浚渫工事に着手し,その土砂を第Ⅰ区域に運搬・搬入することになっており,現在第Ⅰ区域の工事が進行中である。
本件埋立事業の進捗状況は上記のとおりであるところ,前提事実(4)イ記載のとおり,本件埋立事業等は,沖縄市が昭和62年3月に策定した東部海浜地区開発計画の中での構想に端を発しているものであって,沖縄市が基地依存経済から脱却し,自立経済への転換を図るための地域振興策として,中心となってその推進を図ってきたものである。そして,前提事実(3)エ記載のとおり,被告県知事と被告市長は,平成15年3月28日,本件埋立事業等に関し,本件協定を締結し,本件埋立事業等の円滑な推進のために両者が協力して事業の執行に当たることを約するとともに(本件協定1条),本件埋立計画地を沖縄県(被告県知事)が国から購入し,さらに,これを沖縄市(被告市長)が購入することについて,被告県知事は,被告市長が予算において債務負担行為を設定し,被告県知事と被告市長において,被告市長が被告県知事から土地を購入する時期及び価格等について協議書を締結した後,国と国有地譲渡に係る協議を行い,国より土地の譲渡を受けるものとする(本件協定4条),被告市長は,同協議書に基づき速やかに被告県知事から土地を購入するものとし,被告県知事は必要に応じて地盤改良を行うものとする,譲渡価格については,国からの土地の購入費,土地の整備,各種調査等に要する諸費用を含めるものとする(本件協定5条)などといった協定を結んでいる。
以上のように,本件埋立事業等は,沖縄市が沖縄県とともにマリーナ・リゾート(マリンシティ泡瀬)を建設するなどして,沖縄市の地域振興を図る目的で積極的に推進してきたものであるが,被告市長(平成18年に沖縄市の新市長に就任した現沖縄市長)は,賛否両意見の分かれる本件埋立事業等の今後の在り方を検討するために東部海浜開発事業検討会議を発足させて検討をするなどした上で,平成19年12月に,① 第Ⅰ区域は,環境などへの影響も指摘されていることは承知しているが,工事の進捗状況からみて,今はむしろ沖縄市の経済活性化へつなげるため,今後の社会経済状況を見据えた土地利用計画の見直しを前提に推進せざるを得ないと判断した,② 事業着手前である第Ⅱ区域の現行計画については,その約3分の1が保安水域にかかることから新たな基地の提供になり得るとともに土地利用に制約が生じることや,クビレミドロが当該保安水域に生息していること,また,残余の部分は大半が干潟にかかる中で,環境への更なる配慮が求められることから,推進は困難と判断した,しかしながら,第Ⅰ区域へのアクセスや干潟の保全など,国や沖縄県と協力して解決しなければならない課題があることから,第Ⅱ区域については,具体的な計画の見直しが必要と考えているなどとする方針を表明した(以下「本件方針表明」という。)(甲130)。
これらからすれば,本件協定においても,本件埋立事業等において沖縄市が沖縄県から購入する土地の購入単価は決められておらず,また,その購入時期も未定であって,購入する土地の正確な位置や面積も確定しておらず,土地購入に関する沖縄市議会の予算決議も存しないことに加え,被告市長は,上記本件方針表明を出して,計画の見直しを表明しているところである。しかしながら,上記認定の本件埋立事業の進捗状況に加え,従前沖縄市も本件埋立事業等を積極的に推進してきたものであって,被告市長は被告県知事との間で締結した本件協定において,本件埋立事業に係る本件埋立計画地を沖縄市が沖縄県から購入する旨合意していること,本件方針表明も,土地利用計画の見直しを要するとしながらも,見直しについての具体的な検討結果を提示することなく,本件埋立事業の進捗状況に照らして第Ⅰ区域の事業自体は推進せざるを得ないとし,第Ⅱ区域についても,推進は困難としつつ,第Ⅰ区域へのアクセス等の解決しなければならない課題があるとして,計画の見直しを表明するに止まっていることに照らせば,今後本件埋立事業に係る工事が更に進むことによって,被告県知事との間で本件協定を締結している被告市長が,本件海浜開発事業について公金の支出や契約の締結又は債務その他の義務の負担行為(乙事件財務会計行為)を行うことは,相当の確実さをもって予測されるものと認めるのが相当である。
2 本件環境影響評価における環境影響評価法及び本件省令違反の有無
(1) 本件環境影響評価の内容(本件評価書の記載内容)
本件環境影響評価においては,原告らがその内容に問題があると主張する項目及びその関連項目につき,以下のとおりの調査,予測及び評価が行われている(甲8。末尾のかっこ内の数字は,本件評価書(甲8)の該当頁数を表す。)。
ア 調査,予測及び評価の手法
(ア) 環境要素の選定(4-1頁,2頁)
本事業計画(本件埋立事業)の実施による環境影響要因は,埋立工事においては岸壁・護岸・物揚場工事,浚渫工事,埋立造成工事等であり,埋立地の存在においては,埋立地の出現であると考えられる。
予測及び評価項目は,本事業計画の実施により生じる環境影響要因により影響を受ける可能性のある環境の要素を,下記のように選定した。
記
a 環境の自然的構成要素の良好な状態の保持
大気質,騒音,振動,悪臭,水質,海水の流れ,地形,地質
b 生物の多様性の確保及び自然環境の体系的保全
植物,動物,生態系
c 人と自然との豊かな触れ合い
景観,人と自然との触れ合いの活動の場
d 環境への負荷
廃棄物等
工事の実施に係る環境の要素としては,大気質,騒音,振動,悪臭,水質,植物,動物,生態系,人と自然との触れ合いの活動の場,廃棄物等を選定した。
土地又は工作物の存在に係る環境の要素としては,海水の流れ,地形,植物,動物,生態系,景観,人と自然との触れ合いの活動の場を選定した。
(イ) 選定した予測及び評価項目(環境要素「生物の多様性の確保及び自然環境の体系的保全」について)
a 工事の実施に係る予測及び評価項目(4-4頁)
(a) 植物
水生植物に係る貴重な種,貴重な群落及び貴重な植生の消滅の有無及び改変の程度
(b) 動物
ⅰ 陸生動物,水生動物に係る貴重種の生息域の消滅の有無及び改変の程度
ⅱ 貴重種の生息状況への影響
(c) 生態系
上位性,典型性,特殊性の観点から選定した注目種の生態
b 土地又は工作物の存在に係る予測及び評価項目(4-5頁)
(a) 植物
陸生植物,水生植物に係る貴重な種,貴重な群落及び貴重な植生の消滅の有無及び改変の程度
(b) 動物
ⅰ 陸生動物,水生動物に係る貴重種の生息域の消滅の有無及び改変の程度
ⅱ 貴重種の生息状況への影響
(c) 生態系
上位性,典型性,特殊性の観点から選定した注目種の生態
(ウ) 調査の手法(4-7頁)
a 植物・動物(陸域)
(a) 調査すべき情報
ⅰ 鳥類その他の主な陸生動物に係る動物相の状況
ⅱ 動物の重要な種の分布,生息の状況及び生息環境の状況
(b) 調査地域・地点(鳥類)
埋立計画地背後陸域:6地点,2ライン
(c) 調査期間等(鳥類)
平成8年2月,5月,7月,11月
b 植物・動物(海域)
(a) 調査すべき情報
ⅰ 水生動物に係る動物相の状況
ⅱ 海藻草類その他の主な植物に係る植物相及び植生の状況
(b) 調査地域・地点
ⅰ 底生生物
埋立計画地周辺海域:5地点
ⅱ 干潟生物:目視観察,坪刈り
埋立計画地周辺海域:15地点
ⅲ 干潟生物:生物相分布
泡瀬地区海域一帯
ⅳ 干潟生物:干潟浄化機能
埋立計画地周辺海域:10地点
ⅴ サンゴ類,海藻草類
泡瀬地区海域一帯
ⅵ トカゲハゼ
中城湾全体
ⅶ クビレミドロ
泡瀬地区海域一帯
(c) 調査期間等
ⅰ 底生生物
平成8年2月,同年5月,同年8月,同年11月
ⅱ 干潟生物:目視観察,坪刈り
平成8年2月,同年8月
ⅲ 干潟生物:生物相分布
平成5年9月
ⅳ 干潟生物:干潟浄化機能
平成5年11月
ⅴ サンゴ類,海藻草類
平成8年5月
ⅵ トカゲハゼ
トカゲハゼの生態調査:昭和63年度以降
ⅶ クビレミドロ
平成12年1月から同年2月
c 生態系
(a) 調査すべき情報
ⅰ 動植物その他の自然環境に係る概況
ⅱ 複数の注目種等の生態系,他の動植物との関係又は生息環境若しくは生育環境の状況
(b) 調査地域・地点
(植物・動物(陸域,海域)欄を参照)
(c) 調査期間等
(植物・動物(陸域,海域)欄を参照)
(エ) 予測の手法(4-8頁,9頁)
a 植物・動物(陸域及び海域)
(a) 予測の手法
動物の重要な種及び注目すべき生息地について,分布又は生息環境の改変の程度を踏まえた事例の引用又は解析
(b) 予測地域・地点
調査地域のうち,動物の生息の特性を踏まえて重要な種及び注目すべき生息地に係る環境影響を受けるおそれがあると認められる地域
(c) 予測対象時期
動物の生息の特性を踏まえて重要な種及び注目すべき生息地に係る環境影響を的確に把握できる時期
b 生態系
(a) 予測の手法
ⅰ 工事中
注目種等について,分布,生息環境又は生育環境の改変の程度を踏まえた事例の引用又は解析
ⅱ 埋立地の存在時
注目種等について,分布,生息環境の改変又は生育環境の改変の程度(地形の変化に関する計算又は事例の引用若しくは解析により把握された地形の変化の程度を含む。)を踏まえた事例の引用又は解析
(b) 予測地域・地点
調査地域のうち,動植物その他の自然環境の特性及び注目種等の特性を踏まえて注目種等に係る環境影響を受けるおそれがあると認められる地域
(c) 予測対象時期
動植物その他の自然環境の特性及び注目種等の特性を踏まえて注目種等に係る環境影響を的確に把握できる時期
c 水質(土砂による濁り)
(a) 予測の手法
浮遊物質の収支に関する計算又は事例の引用もしくは解析
(b) 予測地域・地点
水域の特性及び土砂による水の濁りの変化の特性を踏まえて,予測地域における土砂による水の濁りに係る環境影響を的確に把握できる地点
(c) 予測対象時期
工事に伴う土砂による水の濁りに係る環境影響が最大となる時期
(オ) 評価の手法(環境要素「生物の多様性の確保及び自然環境の体系的保全」及び「水質」について)(4-10頁,13頁,14頁)
環境に及ぼす影響の評価に当たっては,環境基準や環境保全の観点からの施策によって各項目に関する基準等が示されている場合は,当該基準等と調査及び予測の結果との比較検討を行うこと及び実行可能な範囲内でできる限り影響が回避・低減されており,必要に応じ環境の保全についての配慮が適正にされているかどうかの視点も踏まえて,以下の環境保全目標を設定し評価を行うものとする。環境保全目標は,選定した予測及び評価の対象とする項目ごとに以下のとおり設定する。ただし,環境保全目標を満たす場合においても,事業者として実行可能な範囲内において影響の回避,低減に努めることとする。
a 植物・動物(陸域)
植物及び動物に係る環境保全目標は,「植物の生育状況及び動物の生息状況に及ぼす影響を努めて最小化すること。また,貴重種・重要種については地域全体としての生息基盤を維持し,環境要素を相当程度保全すること」とする。
b 植物・動物(海域)
植物及び動物に係る環境保全目標は,「植物の生育状況及び動物の生息状況に及ぼす影響を努めて最小化すること。また,海藻草類(濃生・密生域),サンゴ類(生息被度10%以上の区域)及びトカゲハゼについては生育・生息基盤を維持し,環境要素を相当程度保全すること」とする。
c 生態系
生態系を構成する主要な注目種等が体系的に保全され,バランスが保持されることを目標とする。
d 水質
水質汚濁に係る環境保全目標は,SSは「水産生物,日常生活において支障がない程度」とする。
イ 鳥類について(「植物・動物(陸域)」項目)
(ア) 調査の概要
a 6個の定点調査地点及び2個のラインセンサス調査ラインを設定し,冬季から秋季にかけて定点カウント及びラインセンサスによる現地調査を行った。定点カウントでは,識別可能範囲内(半径300メートル程度)で観察できる鳥類の種類と個体数を記録した。調査は満潮及び干潮(各々最大干・満潮時前後の3時間以内)に行った。ラインセンサスは,早朝時に時速1.5キロメートルないし2キロメートルのゆっくりした速度で歩き,確認された鳥類の種類と個体数を記録した。調査実施期日は,冬季は平成8年2月17日(定点調査)及び平成9年2月12日(ラインセンサス調査),春季は平成8年5月8日及び同月9日,夏季は同年7月18日及び同月19日,秋季は同年11月18日及び同月19日であった。(5-280頁,284頁ないし288頁)
b 四季調査で確認された鳥類は,8目20科66種であった。
冬季調査により確認された鳥類は,計50種であり,定点カウントでは1地点当たり干潮時で4種ないし23種,12個体ないし344個体,満潮時で3種ないし26種,8個体ないし269個体であり,優占種は,ムナグロ,シロチドリ,コガモ等であった。ラインセンサスでは計23種が確認され,優占種は,スズメ,シロガシラ,メジロ等であった。
春季調査により確認された鳥類は,計38種であり,定点カウントでは1地点当たり干潮時で3種ないし11種,4個体ないし120個体,満潮時で2種ないし13種,2個体ないし158個体であり,優占種は,ムナグロ,キョウジョシギ,キアシシギ等であった。ラインセンサスでは計21種が確認され,優占種は,シロガシラ,キジバト,セッカ等であった。
夏季調査により確認された鳥類は,計28種であり,定点カウントでは1地点当たり干潮時で4種ないし9種,8個体ないし66個体,満潮時で3種ないし8種,6個体ないし41個体であり,優占種は,キアシシギ,シロチドリ,コアジサシ等であった。ラインセンサスでは計15種が確認され,優占種は,スズメ,シロガシラ,キジバト等であった。
秋季調査により確認された鳥類は,計49種であり,定点カウントでは1地点当たり干潮時で6種ないし15種,21個体ないし210個体,満潮時で3種ないし18種,5個体ないし335個体であり,優占種は,ムナグロ,シロチドリ,コガモ,ハマシギ等であった。ラインセンサスでは計19種が確認され,優占種は,スズメ,シロガシラ等であった。
春季から夏季にかけての調査で,沖縄県内で繁殖する留鳥や夏鳥は15種出現している。大半は陸鳥であり,水鳥ではクロサギ,オシドリ,シロチドリ,コアジサシの4種がいる。このうち調査地沿岸で繁殖の行動が確認されたのはシロチドリ1種であった。(5-280頁,281頁)
貴重種等としては,カイツブリ,チュウサギ,リュウキュウヨシゴイ,ミサゴ,サシバ,チョウゲンボウ,オシドリ,セイタカシギ,シロチドリ,アカアシシギ及びコアジサシの計11種が挙げられる。(5-298頁)
(イ) 予測の結果
a 工事の実施に係る予測
埋立計画地付近の干潟を採餌・休憩の場として利用するシギ・チドリ類,サギ類の水鳥類や沿岸陸域を生息の場とする鳥類は,埋立工事に伴う環境要因の変化により,分布域の一部を回避することが予想されるが,埋立計画地西側の沖縄県総合運動公園先や埋立計画地北側の泡瀬半島先端部付近には,採餌・休憩の場となる干潟域や浅場が広く残ること,サシバ,チョウゲンボウ等の沿岸陸域の樹林地に飛来しやすい鳥類や内陸性水鳥については,埋立工事に関連した陸域の改変は行わないこと,埋立てに関する工事の施行区域内に営巣している鳥類(水鳥)は確認されていないことなどから,鳥類の生息環境は,相当程度保全されるものと考えられる。工事による影響は,工事区域周辺に限られ,かつ,工事中の一時的なものであることから,生息状況の変化は比較的小さく,この地域の鳥類相の変化に結びつくことはないものと考えられるが,本予測に関しては不確実性の要素があることから,工事中においては監視調査を行い,予測結果を検証していくこととする。(5-327頁)
b 土地又は工作物の存在に係る予測
埋立計画地付近の干潟を採餌・休憩の場として利用するシギ・チドリ類,サギ類の水鳥類や沿岸陸域を生息の場とする鳥類は,埋立地の存在によって生活域の一部が消失することになるが,埋立計画地と既存陸域との間には幅150メートルないし250メートルの海域が存在し,海岸環境が保全されること,埋立計画地の西側及び北側には採餌・休憩の場となる干潟が広く残ること,サシバ,チョウゲンボウといった内陸性鳥類については生息環境の改変はないこと,埋立区域内には鳥類の営巣は確認されていないことなどから,鳥類の生息環境は,相当程度保全されるものと考えられる。(5-328頁)
(ウ) 評価の結果
a 工事の実施が環境に及ぼす影響の評価
埋立工事区域周辺では,ミサゴ,サシバ,チョウゲンボウ,チュウサギ,オシドリ,セイタカシギ,アカアシシギ,コアジサシ,カイツブリ,リュウキュウヨシゴイ及びシロチドリといったワシントン条約記載種や環境庁及び沖縄県による選定種(希少種等)が確認されていることを勘案し,干潟域及びその周辺の野鳥生息地に対して,都道府県的価値を当てはめて評価する。(イ)a記載のとおり,鳥類の生息環境は,相当程度保全されるものと考えられることなどから,事業者の実行可能な範囲内で影響が低減されており,環境保全についての配慮が適正にされているものと考えられる。(5-329頁)
b 土地又は工作物の存在が環境に及ぼす影響の評価
(イ)b記載のとおり,鳥類の生息環境は,相当程度保全されるものと考えられる。また,できる限り影響を回避,低減するため,港湾計画策定段階より自然環境に配慮した計画の策定に努め,鳥類の主な分布域の保全(干潟域の陸寄り,特に沖縄県総合運動公園付近や泡瀬通信施設の先端付近は鳥類の採餌・休息場所となっていることから,これら鳥類の主な分布域の埋立てを回避した。)等を計画に反映した(平成7年11月の港湾計画(一部変更)時点)。さらに,できる限り影響を低減するため,自然海浜に類似した海浜を整備する環境保全措置を実施する。以上のように,事業者の実行可能な範囲内で影響が低減されており,環境保全についての配慮が適正にされているものと考えられる。(5-330頁,331頁)
ウ サンゴ類及び海藻・海草(海藻草類)について(「植物・動物(海域)」項目)
(ア) 調査の概要
サンゴ類及び海藻草類については,同時に,平成8年5月21日から同月29日まで,調査区域内において,56地点でスポット調査(10メートル×10メートルごと)を行い,その結果及び航空写真も判読しながら分布状況の把握を行った。
サンゴ類は,調査海域全体で13科62種類が確認された。サンゴ類の分布がみられたのは主に礁縁の部分であり,7地点で生息被度10パーセントないし40パーセントが観察された。また,本調査海域には生息被度40パーセントを超える区域は確認されなかった。生息被度の高い種類はショウガサンゴ(30パーセント),ヤッコアミメサンゴ(35パーセント),塊状ハマサンゴ類(15パーセント,20パーセント)などであった。(5-366頁,369頁)
海藻草類は,調査海域全体で38科100種類が確認された。ホンダワラ類による藻場は,奥武岬の東側でみられた。藻場を構成する種類は,ヤバネモク,アツバモク,ホンダワラ属,ラッパモクであった。海藻による藻場は,礁縁の内側に広く分布がみられた。藻場を構成する種類は,リュウキュウスガモ,ベニアマモ,リュウキュウアマモ,マツバウミジグサ,ウミジグサ,ボウバアマモ,コアマモであった。藻場は,魚介類の生息場,特にそれらの幼稚仔魚の保育場としての役割,魚介類の産卵場としての役割,漂砂を防止して砂底質を安定化させる役割,生物の多様な生息環境を提供する役割,光合成による二酸化炭素吸収に伴う地球環境保全上の役割などの重要な役割を果たしていると考えられる。(5-375頁)
(イ) 予測の結果
a 工事の実施に係る予測
海藻草類(濃生・密生域)やサンゴ類(生息被度0パーセントないし10パーセントの区域)は,埋立工事により一部がやむを得ず消滅することになるが,残存域では埋立工事による水質(SS)の影響は,SS発生ピーク時においてもSS濃度はおおむね2ミリグラム/リットル以下となっている。工事の進捗によるSS発生位置の移動及びSS発生継続時間も考慮すると,間接的影響も含めて,海藻草類やサンゴ類の分布域への影響は少ないものと考えられる。また,海藻草類については,消失区域内での主要な構成要素である大型海藻種の濃生・密生域についてその一部を現況において砂質底で海藻草類の生育被度が50パーセント未満と低い疎生域に移植することにより,新たな藻場環境の創出にも努めることとしている。(5-402頁)
b 土地又は工作物の存在に係る予測
海藻草類の濃生・密生域やサンゴ類の分布域(生育被度0パーセントないし10パーセントの区域)が埋立てによりやむを得ず一部消失するが,周辺にはまだかなりの分布域が残っている。さらに,消失藻場区域内での主要な構成要素である大型海藻種の濃生・密生域については,その一部を移植することにより,新たな藻場環境の創出にも努めることとしている。移植の対象種としては,埋立計画地周辺一帯に多く生育しているボウバアマモやリュウキュウアマモとする予定である。(5-402頁)
(ウ) 評価の結果
a 工事の実施が環境に及ぼす影響の評価
海藻草類については,礁縁部から礁斜面にかけて濃生・密生域があること,サンゴ類についてはごく狭い範囲ではあるが,生息被度のやや高い区域がみられることから,海藻草類(濃生・密生域)とサンゴ類(生息被度10パーセント以上の区域)を評価対象とした。価値レベルについては,海藻草類(濃生・密生域)とサンゴ類(生息被度10パーセント以上の区域)は,分布状況や被度の状況を考慮し,市町村的価値を当てはめて評価する。(イ)a記載のとおり,海藻草類やサンゴ類の分布域への影響は少ないものと考えられ,また,できる限り影響を低減するため,海藻草類が生息している海域の水質環境の保全に努め,本事業の進捗によっても相当程度の生育地が維持されるように,消失区域内での主要な構成要素である大型海草種の濃生・密生域についてその一部を移植することにより,影響の低減に努めるなど,事業者の実行可能な範囲内で影響が低減されており,環境保全についての配慮が適正にされているものと考えられる。(5-404頁)
b 土地又は工作物の存在が環境に及ぼす影響の評価
(イ)b記載のとおり,海藻草類やサンゴ類の生育・生息地への影響は少ないものと考えられる。また,できる限り影響を低減するため,港湾計画策定段階より自然環境に配慮した計画の策定に努め,サンゴ類の保全(沿岸部のリーフ外縁付近において相対的に高被度である生息被度10パーセント以上40パーセント未満の区域について埋立てを回避)等について計画に反映し(平成7年11月の港湾計画(一部変更)時点),さらに,埋立事業区域外の藻場の保全に万全を期し,大型海草種の移植により藻場の拡大に努めるなどの環境保全措置を実施し,事業者の実行可能な範囲内で影響が低減されており,環境保全についての配慮が適正にされているものと考えられる。(5-405頁ないし407頁)
(エ) 環境保全措置
a できる限り影響を回避・低減させるための環境保全措置(サンゴ類及び藻場(大型海草による藻場)の保全)
(a) サンゴ類の保全
沿岸部のリーフ外縁付近には,一般的な造礁サンゴ類が主に生息被度10パーセント未満で分布しており,局所的には生息被度10パーセント以上40パーセント未満の区域も見られる。やむを得ず生息被度10パーセント未満の区域が一部消失することになるが,当該区域において相対的に高被度である生息被度10パーセント以上40パーセント未満の区域については埋立てを回避することにより,全体としてサンゴ類への影響の軽減を図る。(6-2頁)
(b) 藻場(大型海草による藻場)の保全
埋立工事中は海藻草類が生育している海域の水質環境の保全に努め,本事業の進捗によっても相当程度の生育地が維持されるように,影響の低減に努める。(6-3頁)
b 環境影響の回避・低減が困難であることから代償措置を検討したもの
泡瀬地区における生育被度50パーセントを超える藻場(密生・濃生域)がやむを得ず約25ヘクタール消失することになる。そこで,埋立てにより消失する藻場(密生・濃生域)のうち主要な構成要素で埋立計画地周辺一帯に多く生育している大型海草種であるリュウキュウアマモ及びボウバアマモを用いて,埋立計画地の東側の現況において砂質底で海藻草類の生育被度が50パーセント未満の疎生域にできる限り移植し,藻場生態系の保全に努めることとする。なお,熱帯性海草の大規模な移植及びその管理については,不確実性を伴うため,実施に当たっては専門家の指導・助言を受け,慎重に行うこととする。(6-5頁)
エ クビレミドロについて(「植物・動物(海域)」項目)
(ア) 分布調査結果
被告県知事は,本件準備書に対する意見として,本件埋立事業で消失する部分の北側には,環境庁が作成した「藻類レッドリスト」及び沖縄県が作成した「レッドデータおきなわ」において絶滅危惧Ⅰ類及び絶滅危惧種とされているクビレミドロの生育が確認されているが,この種は1属1種で,現在では当該地区を含む沖縄島の3か所でしか生息していないため,保護・保全を図る見地から特別な対応が望まれるとし,クビレミドロの生息・生育について,専門家等の指導・助言を得て事後調査を実施し,その内容を評価書に記載することとする意見を提出した。(甲8,乙20)
上記沖縄県知事意見を受け,専門家の指導の下,総合事務局が泡瀬地先を対象にクビレミドロの分布状況を調査した。
調査方法は,マツバウミジグサやウミジグサの生育する干潟域やサンゴ礁域の小礫混じりの砂泥・細砂帯,湿地状又は浅いタイドプール内にクビレミドロが生育するとされていることから,泡瀬地先の干潟域から浅海域の範囲内において,12月以降の大潮期の日中干潮時に,干潟域のタイドプール及び海藻草類の繁茂域周辺を踏査した。クビレミドロとみられる藻類群体を発見した場合は,一部を採取し,現場に携行した実体顕微鏡によって観察し,同定した。クビレミドロと確認された場合は,陸上の起点から光波測距儀を用いて測量を行い,分布範囲の位置と大きさを調査した。現地調査は,総合事務局が平成11年12月22日に1回目の調査を行ったが,確認することはできなかった。次いで,平成12年1月20日及び同月21日に2回目の,同年2月21日に3回目の調査を行ったところ,クビレミドロの生育が確認された。分布面積としては約0.9ヘクタールであった。(6-6頁)
(イ) クビレミドロに対する環境保全措置
今回生育が確認されたクビレミドロは,おおむね埋立計画区域内に分布しているため,その生育地を現状のまま保全することは実行不可能である。一方,泡瀬地区のクビレミドロの分布面積は約0.9ヘクタール程度とわずかであるとともに,移植試験を実施した結果,技術的にも移植することが可能であると判断される。このため,専門家の指導,助言を受けつつ移植を中心とした次の措置を講じることにより,泡瀬地区のクビレミドロを保全するものとする。(6-8頁)
a 屋慶名地区への移植
中城湾港に隣接した金武湾港の屋慶名地区においては,クビレミドロが広く分布(約106ヘクタール)しているため,泡瀬地区のクビレミドロをまず屋慶名地区へ移植する(中城湾内で移植可能な場所があれば,そこへも移植する。)。移植は,受精卵が落ちる前の母藻を移植する方法(藻体移植),又は受精卵が落ちた後に母藻周辺の砂泥を採取し,受精卵の存在を確認した後に当該砂泥を移植する方法(砂床移植)により,屋慶名地区等のクビレミドロ点在域の間に補植するように行うものとする。
b 移植したクビレミドロの泡瀬地区人工干潟への再移植
地域個体群の保全に配慮して,屋慶名地区等に移植したクビレミドロは,泡瀬地区に再移植する。再移植の予定地としては,泡瀬地区の埋立周辺に沖縄県が整備を予定する人工干潟の細砂質性干潟域に再移植する(中城湾内で移植可能な場所があれば,そこへも再移植する。)。
c クビレミドロの室内増殖技術開発試験の実施
絶滅が危惧されるクビレミドロの増殖技術を確立するため,室内増殖技術開発試験を実施する。
オ トカゲハゼについて(「植物・動物(海域)」項目)
(ア) 調査の概要及びトカゲハゼの生態
トカゲハゼの生態調査については,昭和63年度以降中城湾全体を対象にして継続的に行われており,相当な知見が集積されている。
分類学上,トカゲハゼ属には4種が知られている。日本におけるトカゲハゼは,沖縄島中城湾だけに分布し,世界でも北限に位置している。沖縄のトカゲハゼは,かなり以前に他の地域のものと遺伝的交流を絶たれたものであると考えられ,トカゲハゼの保全は,生物地理学上,沖縄島の地史を解明するために大きな価値をもたらす。中城湾のトカゲハゼは,ここ2年間で1000尾ないし2000尾の成魚生息数が確認されているが,この生息数は,1種の種族が維持されるにはかなり少ない数と考えられ,また,複数の場所での安定的な生息が確認されていないことから,将来的にも本種の生息数増加は見込まれない。トカゲハゼの保全のためには,人間活動の盛んな陸域に接する干潟域から湾中央部までの連続した広い範囲の環境を健全な状態で維持していくことが必要である。
トカゲハゼの生活史は,干潟での着底生活期と海域での浮遊生活期に大きく分けられる。繁殖期は,毎年3月上旬から7月下旬に及ぶが,産卵のピークや着底のピークは年ごとの気象や海象,成魚の成熟状況に左右されるようである。トカゲハゼの寿命は,おおむね3年であることが推察されているが,生息数の調査結果によると,繁殖期後,成魚の生息数が大幅に減少することがあるから,2年目の産卵期以降の大半の個体は死滅するものと予想される。
干潟域においてトカゲハゼが生息できるためには,シルトと粘土の中間的性質を示す泥質干潟の存在と,安定した生息孔を掘ることができる20センチメートル以上の泥厚が必要である。さらに,トカゲハゼが好んで生息するみお筋沿いや,ごく浅い水たまりが存在しなければならない。
泡瀬地区においてトカゲハゼ成魚の生息している場所は,干潟域の北西端で,道路沿いの泥質性干潟域であり,この地点以外には泥質性干潟域は分布しておらず,トカゲハゼ成魚の生息地もこの地点に限られる。中城湾におけるトカゲハゼのうち,多くの稚仔魚は港南部の佐敷東地区から供給されていることは確実で,接岸・着底に際しては多くが佐敷東地区へ移動し,一部が新港地区,泡瀬地区,熱田地区及び浜漁港の各泥質性干潟域へ回避しているものと想定される。泡瀬地区において,トカゲハゼの生息地となっている干潟域の面積の推移は,一時期600平方メートルになったこともあるが,それ以外には300平方メートルを超えたことはなく,10平方メートルないし50平方メートルになった時期もある。現状における泡瀬地区での均衡のとれた泥質面積は150平方メートルないし200平方メートル程度と考えられる。このように,泡瀬地区での泥質性干潟の面積がほぼ横ばいであり,トカゲハゼの個体数は最近はほとんど10尾以下(2尾ないし8尾)である。(5-332頁,383頁,389頁,391頁,399頁)
(イ) 予測の結果
a 工事の実施に係る予測
現状のトカゲハゼ生息地は埋立工事による直接の改変はないこと,繁殖期である3月ないし7月においては,トカゲハゼの繁殖等に影響を及ぼすおそれのある海上工事を行わないことから,トカゲハゼへ与える影響は軽微であり,生息環境は,相当程度保全されるものと考えられる。(5-402頁)
b 土地又は工作物の存在に係る予測
現状のトカゲハゼ生息地は埋立工事による直接の改変はないこと,埋立計画地と既存陸域との間には幅150メートルないし250メートルの海域が存在し,海岸環境が保全され,海水の流れも良好であることから,トカゲハゼへ与える影響は軽微であり,生息環境は,相当程度保全されるものと考えられる。(5-402頁,403頁)
(ウ) 評価の結果
a 工事の実施が環境に及ぼす影響の評価
トカゲハゼについては,生息数は少ないものの,その貴重性を勘案し,都道府県的価値を当てはめて評価する。(イ)a記載のとおり,トカゲハゼへ与える影響は軽微であり,生息環境は,相当程度保全されるものと考えられる。また,できる限り影響を低減するため,トカゲハゼ生活史の中でも最も微妙な仔魚の行動時期である4月ないし7月の海上工事は,仔魚の分散上支障を及ぼさないと考えられる工事にとどめ,トカゲハゼ仔魚が中城湾央域から沿岸域へ移動・着底する6月ないし7月については,沖合海域と干潟域の自然の連続性を確保できなくなるような浚渫工事や汚濁防止フェンスを張りめぐらす海上工事は行わないこととするなど,工事時期や工法等に留意する(「トカゲハゼ保全計画」(平成7年,沖縄県)の遵守)など,事業者の実行可能な範囲内で影響が低減されており,環境保全についての配慮が適正にされているものと考えられる。(5-404頁,405頁)
b 土地又は工作物の存在が環境に及ぼす影響の評価
(イ) b記載のとおり,トカゲハゼへ与える影響は軽微であり,生息環境は,相当程度保全されるものと考えられる。また,できる限り影響を低減するため,港湾計画策定段階より自然環境に配慮した計画の策定に努め,トカゲハゼ生息地及び海域と連続するみお筋の保全(埋立てを回避)等について計画に反映し(平成7年11月の港湾計画(一部変更)時点),さらに,水路部における良好な干潟環境の保全を目的として,沖合海域と水路部における良好な海水交換を確保し,また,埋立地南西側に人工干潟を創造し,トカゲハゼ等干潟生物の生息環境を創出し,維持管理を行うことにより学術的に貴重であるトカゲハゼの生息環境の保全・拡大に努め,「トカゲハゼ保全計画に係る監視調査計画」(平成10年,沖縄県)に基づき,生息地機能(泥質保持,滲出水,地盤高等),干潟底質,滲出水水質,干潟生物等の追跡調査を実施するなど,事業者の実行可能な範囲内で影響が低減されており,環境保全についての配慮が適正にされているものと考えられる。(5-405頁ないし407頁)
カ 貝類について(「植物・動物(海域)」項目)
(ア) 調査の概要
a 埋立計画地周辺における海生生物(底生生物及び干潟生物)の生息・生育状況については,次のとおり,沖縄県土木建築部及び沖縄市が現地調査を実施している。(5-332頁)
(a) 底生生物
調査時期「冬季:平成8年2月,春季:平成8年5月,夏季:平成8年8月,秋季:平成8年11月」,調査位置「5地点」,調査方法等「採泥法」とされた。
(b) 干潟生物
調査項目のうち,「目視観察」については,調査時期「冬季:平成8年2月」及び「夏季:平成8年8月」,調査位置「15地点」,調査方法等「目視観察」とされ,「坪刈り」については,調査時期「冬季:平成8年2月」及び「夏季:平成8年8月」,調査位置「15地点」,調査方法等「コドラート法」とされ,「生物相分布」については,調査時期「平成5年9月」,調査位置「泡瀬地区海域一帯」,調査方法等「目視観察法」とされた。
b(a) 底生生物の調査結果
種類数及び総個体数は,季節間及び地点間で差異が大きく,0.1平方メートル当たり,2種類から59種類まで,また,3個体から269個体まで変化があった。全体の個体数からみた主要種は,冬季は軟体動物門のタマエガイである。(5-342頁)
(b) 干潟生物の調査結果
ⅰ 目視観察
動物は,冬季調査では調査海域全体で93種類が確認され,調査地点別では4種類ないし24種類の範囲にある。また,夏季調査では,調査海域全体で90種類が確認され,調査地点別では5種類ないし26種類の範囲にある。主な出現種は,冬季では軟体動物のカンギクガイ,シマベッコウバイであり,夏季では軟体動物のカンギクガイである。(5-347頁)
ⅱ 坪刈り
動物は,冬季調査で確認された種類数は,5種類ないし41種類,個体数は0.09平方メートル当たり7個体ないし551個体の範囲にある。また,夏季調査で確認された種類数は,6種類ないし26種類,個体数は0.09平方メートル当たり12個体ないし171個体の範囲にある。(5-347頁)
ⅲ 生物相分布
最も広く分布するのは,カンギクガイやシマベッコウバイ等の小型巻貝類等が生息等する砂礫・転石性の生物群集であった。タマガイ類,ムシロガイ類等がみられる細砂質性の生物群集は,泡瀬半島の南側にみられた。イボウミニナ,ヘナタリガイ等が多く生息等する砂泥質性の生物群集は,埋立計画地の西側の道路沿い干潟に分布していた。また,奥武岬の南側では,泥岩に穴を掘って生息するオニニオガイ等の泥岩質性の生物群集もみられた。(5-348頁)
(イ) 予測の結果(工事の実施に係る予測)
海藻草類やサンゴ類,トカゲハゼ以外の海生生物については,埋立工事や浚渫により影響を受けるものもあるが,残存域もあり,また,SS予測結果(ウ(イ)a参照)からみて埋立工事による影響は少ないものと考えられる。(5-402頁)
(ウ) 評価の結果(工事の実施が環境に及ぼす影響の評価)
(イ) 記載のとおり,埋立工事による影響は少ないものと考えられる。(5-404頁)
キ 生態系について
(ア) 調査の概要
a 埋立計画地周辺における地域を特徴づける生態系としては,当海域が亜熱帯内湾域の潮間帯又は潮下帯に類型区分されることを踏まえ,基質からみて干潟,藻場(アマモ場),サンゴ礁(サンゴ群集)が該当する。そこで,これらの生態系ごとに,その機能(役割)及び分布状況,注目種の選定により,その生態及び他の動植物との関係について,既存の文献資料及び現地調査結果により把握することとした。(5-408頁)
b(a) 注目種等を把握する上で必要となる動植物その他の自然環境に係る概況
注目種とは,地域を特徴づける生態系の特性として,上位性(栄養段階の上位に位置するもの),典型性(地域の生態系の特徴をよく現すもの),特殊性(占有面積が小規模で,周囲にはみられない特異なもの)の観点から抽出した種をいう。(5-408頁)
(b) 代表的な注目種
トカゲハゼ,ムナグロ,リュウキュウアマモ,ボウバアマモ等の海草類(5-414頁ないし422頁)
(イ) 予測の結果
a 工事の実施に係る予測
埋立工事の実施により,干潟が約49ヘクタール,藻場が約79ヘクタール,サンゴ群集分布域(被度10パーセント未満)が約47ヘクタール消失することになるが,埋立区域を既存陸域から150メートルないし250メートル程度離した人工島方式の埋立形状にしたことにより,トカゲハゼ生息地を含む沿岸干潟域(ここではムナグロ等のシギ・チドリ類も比較的多い。)の保全,やや沖合域における生息被度10パーセント以上のサンゴ生息域を含むサンゴ礁の保全は図られている。
埋立工事では,トカゲハゼの生活史を考慮して,繁殖期である3月ないし7月においては,トカゲハゼの繁殖等に影響を及ぼすおそれのある海上工事を行わないこととしており,トカゲハゼの生態に及ぼす影響は総じて少ないと考えられる。
また,ムナグロ等の水鳥類は,埋立工事中には工事現場を回避することが予想されるが,現状において鳥類の多い沿岸干潟域は極力残存しており,水鳥類の生態に影響を及ぼすことは避けられないが,その程度は沖合人工島方式の埋立工事であることから,影響の程度は低減されていると考えられる。
一方,リュウキュウアマモ,ボウバアマモ等の海草類で構成されている藻場については,埋立区域内に生育被度が50パーセントを超える密生・濃生域が約25ヘクタールあり,埋立工事による回避,低減は困難である。藻場の生態系としての役割は重要であることから,埋立工事による消失の影響は大きいものがある。したがって,埋立事業者として実行可能な範囲内で,埋立工事区域内のこれら熱帯性海草類のうち,リュウキュウアマモとボウバアマモを現況において砂質底で海草類の生育被度が50パーセント未満の低い疎生域に移植させることとしている。(5-423頁)
b 土地又は工作物の存在に係る予測
埋立地の存在により,干潟が約49ヘクタール,藻場が約79ヘクタール,サンゴ群集分布域(被度10パーセント未満)が約47ヘクタール消失することになるが,干潟域の消失を最小限にし,かつ,トカゲハゼ生息地を含む既存陸域と埋立地との間の海域における海水交換等を良好に維持するため,埋立地を可能な限り沖合へ出す計画としており,おおむね150メートルないし250メートル幅の海域が残存している。
トカゲハゼの仔魚が,浮遊生活から変態着底する過程については,仔魚が干潟に近づくときは,上げ潮時の海水の流れ(潮流)に乗って接岸することが明らかになっている。現況では,個体数が10尾前後であること及び周辺が礫質性干潟のため明瞭なみお筋がみられないことから,主要な回避ルートの限定は困難であるが,潮流に乗って前面の海域全体から接岸するものと考えられる。将来も同様に,潮流に乗って埋立地の周囲の幅150メートルないし250メートルの海域を通過して泥質性干潟へ至るものと考えられる。ただし,浮遊仔魚が中城湾の湾央付近から浮遊してくることを考慮すると,沖合により近い埋立地の南西側の海域を回避ルートとする仔魚の割合が多くなる可能性が考えられる。
トカゲハゼの繁殖期における仔稚魚の中城湾内での行き来において埋立地の存在が障害にならないか,という点については,新港地区における本種に対する保全対策とその効果の発現が非常に参考になる。これまでの調査から,埋立地に囲まれ水路部となった生息地でも生息が可能であること,また,トカゲハゼの繁殖期には繁殖行動に支障を及ぼすような海上工事を行っていないことも反映して,トカゲハゼ成魚生息域(泥質性干潟域)への稚仔魚の戻りも相当数確認されている。さらに,埋立地の南西側にはトカゲハゼ等干潟生物の生息環境を拡大するための人工干潟を創出するので,トカゲハゼの生息環境保全は図られるものと考えられる。
次に,ムナグロ等の水鳥類は,これまで利用してきた約49ヘクタールの干潟域は利用できなくなり,残存する干潟域での鳥類の収容力にもよるが,周辺域への生息地の移動が起こることになる。なお,現況において残存干潟域に同種の鳥類が広く利用しており,また,潮汐に応じて現状においても生息場所をかなり移動していることから,干潟における鳥類の収容力に関する科学的根拠が明確になっていない現状ではあるが,現況において鳥類の多い場所を極力残しているので,影響は比較的小さいと考えられる。
一方,リュウキュウスガモ,ボウバアマモ等の海草類で構成されている藻場については,埋立地の存在による回避,低減は困難であることから,工事の実施に併せて実行可能な範囲内で移植し,生態系の機能(役割)を果たすようにその維持管理を図ることとしている。(5-423頁,424頁)
(ウ) 評価の結果
a 工事の実施が環境に及ぼす影響の評価
地域を特徴づける生態系として干潟,藻場,サンゴ礁のうち,注目種として抽出したトカゲハゼ(干潟生態系の干潟魚類)とムナグロ(干潟生態系の水鳥類)に代表される干潟生態系注目種は,実行可能な範囲内で埋立工事による影響の回避若しくは低減がされている。また,リュウキュウアマモとボウバアマモに代表される藻場生態系注目種は,埋立工事による消失面積が多く,回避や低減が困難であることから,やむを得ず移植という代償措置を講じることとしている。
以上のとおり,生態系に関する環境の保全についての配慮が適正にされていると考えられる。(5-425頁)
b 土地又は工作物の存在が環境に及ぼす影響の評価
地域を特徴づける生態系として干潟,藻場,サンゴ礁のうち,注目種として抽出したトカゲハゼとムナグロに代表される干潟生態系注目種は,埋立地の存在によっても残存域での環境の保全は図られるとみられることから,影響の低減がされている。また,リュウキュウアマモとボウバアマモに代表される藻場生態系注目種は,工事の実施に併せて実行可能な範囲内での移植保全がされる。
以上のとおり,生態系に関する環境の保全についての配慮が適正にされていると考えられる。(5-425頁)
ク 水質について
(ア) 予測の結果(水質汚濁)
a 予測の方法
本埋立工事の実施に伴う濁り(SS)の影響の程度と範囲について,工事計画等を基にSS発生に寄与する工程の施行時期ごとにSS発生量を算定し,SS発生量がピークとなる時期を対象として数値シミュレーション手法により予測を行った。予測モデルは,移流・拡散方程式に沈降項を加えた式を基本に,差分式に直して数値計算を行った。(5-125頁,126頁)
b 予測時点の設定
本埋立工事の実施に伴ってSSの発生が予想される工種(工事内容)は,① サンドコンパクション打設(サンドドレーン),② 床堀,③ 基礎捨石投入,④ 被覆石投入,⑤ 裏込石投入,⑥ 砂投入,⑦ 中詰砂投入,⑧ 浚渫,⑨ 余水である。
埋立工事の実施に伴うSS発生量の変化から,SS負荷ピーク時となる1年次1か月目前半と5年次1か月目前半の状態の2ケースを予測対象時点とした。(5-127頁)
c 予測時点におけるSS発生源条件
1年次1か月目前半におけるSS発生位置及び発生量は,① え護岸 141トン/日(床堀),② い2物揚場 141トン/日(床堀),③ C護岸 13.9トン/日(捨石)である。
5年次1か月目前半におけるSS発生位置及び発生量は,① 第Ⅱ区域余水吐 18.0トン/日(余水),② か護岸 5.8トン/日(砂投入),③ い1物揚場 70.4トン/日(床堀),④ B-1護岸 1.0トン/日(サンドコンパクション),⑤ 岬護岸6.1トン/日(被覆石),⑥ 突堤西 4.8トン/日(被覆石),⑦ 防波堤(南) 4.6トン/日(捨石),⑧ 浚渫(航路) 141トン/日(グラブ),⑨ 浚渫(新港地区) 171トン/日(ポンプ)である。(5-134頁)
d 予測結果
SS発生量ピーク時において発生したSSが工事周辺海域へ拡散した場合を想定して予測計算を実施した。その結果によれば,1年次1か月目前半は,SS濃度は護岸等の床堀工事施行地点付近で最大濃度(SS:20ミリグラム/リットル程度)を示しているが,2ミリグラム/リットル以上の区域は工事施行地点の近傍にとどまっている。また,5年次1か月目前半は,SS濃度は余水吐,物揚場の床堀及び泡瀬航路の浚渫工事施行地点付近で最大濃度(SS:10ミリグラム/リットル程度)を示しているが,2ミリグラム/リットル以上の区域は工事施行地点の近傍にとどまっている。その他の工事によるSSの影響は極めて狭い範囲に限られるものと考えられる。したがって,SS発生量のピーク時においても,SSの影響は工事海域近傍に限られていることから,埋立工事期間全体を通してみても,海域の水質保全は図られるものと考えられる。(5-144頁)
(イ) 評価の結果(水質汚濁)
浚渫・埋立工事に伴うSSの影響は工事施行地点の近傍に限られ,寄与濃度2ミリグラム/リットルの地域はおおむね埋立工事施行区域内に限られている。また,主要なサンゴの生息域及び周辺の藻場分布域での寄与濃度は2ミリグラム/リットル以下であることから,水産生物,日常生活において支障はないものと考えられる。
また,できる限り影響を低減するため,以下の環境保全措置を実施する。
a 床堀,浚渫等の各工事が一時期に集中しないよう工事工程を調整するとともに,工事区域外への濁りの流出を防止するため,工事区域周辺に汚濁防止膜を設置することとする。
b 埋立てに当たっては,土砂が海域へ流出しないように護岸等外周施設の締切工事を先行し,埋立地を締め切った後に投入する施行手順とする。
したがって,事業者の実行可能な範囲内で影響が低減されているものと考えられる。(5-205頁)
(2) 環境影響評価法及び本件省令における環境影響評価の在り方について
ア 環境影響評価法の目的は,第2の3(2)ア記載のとおりであるが,同法は,事業者において,自主的に事業の実施が環境に及ぼす影響(環境影響)について環境の構成要素(環境要素)に係る項目ごとに調査,予測及び評価を行うとともに,これらを行う過程においてその事業に係る環境の保全のための措置(環境保全措置)の検討を行う(同法2条1項)ものとした上で,許認可権者や環境庁長官,都道府県知事あるいは国民一般といった外部の者からの意見をも踏まえ(「勘案」又は「配意」。環境影響評価法10条3項,11条1項,21条1項,24条,25条1項等),環境影響評価の結果を事業に係る許認可等に反映するという手続を定めるものであり,かかる手続が履践されることによって,当該事業に係る環境の保全について適正な配慮がなされることを確保しようとするものである。
そして,公有水面の埋立て又は干拓の事業に係る環境影響評価については,「公有水面の埋立て又は干拓の事業に係る環境影響評価の項目並びに当該項目に係る調査,予測及び評価を合理的に行うための手法を選定するための指針,環境の保全のための措置に関する指針等を定める省令」(本件省令)が定められている。
イ 環境影響評価法及び本件省令の下における環境影響評価の具体的手続についてみるに,事業者は,本件省令別表第一に掲げる標準項目に対し,必要に応じて項目の削除又は追加を行うことにより環境影響評価の項目を選定する(本件省令6条1項)。次に,事業者は,本件省令別表第二に掲げる標準手法を基準として選定し(ただし,必要に応じ簡略化手法又は重点化手法を選定する。)(本件省令8条),かつ,本件省令9条1項各号に掲げる調査の手法に関する事項及び本件省令10条1項各号に掲げる予測の手法に関する事項について,当該選定項目の特性,事業特性及び地域特性を勘案し,当該選定項目に係る予測及び評価において必要とされる水準が確保されるよう選定しなければならない(本件省令9条,10条)。さらに,事業者は,本件省令11条各号に掲げる事項に留意して評価の手法を選定しなければならない(本件省令11条)。(以上につき,環境影響評価法11条)
ここでいう調査とは,予測及び評価に必要な程度において,選定項目に係る現状及び調査地域における自然的社会的条件に係る情報を,既存の資料等の収集,現地調査等の手法により収集し,これを整理・解析するものをいう。また,予測とは,調査結果を踏まえ,数理モデルによる数値計算や既存事例の引用又は解析により,事業の実施が環境に及ぼす影響を定量的又は定性的に明らかにすることをいう。さらに,評価とは,予測及び評価の結果を踏まえ,各種の環境保全施策における基準・目標を考慮するとともに,環境の保全のための措置の効果を勘案して,個々の事業者にとって実行可能な範囲内で環境への影響をできる限り回避し,低減するものかどうかという観点で当該事業に伴う環境影響の程度を明らかにすることをいう。
そして,本件省令別表第二並びに本件省令9条1項及び10条1項においては,調査の手法として,「調査すべき情報」,「調査の基本的な手法」,「調査地域」,「調査地点」及び「調査期間等」について基準となるべき事項が掲げられ,また,予測の手法として,「予測の基本的な手法」,「予測地域」及び「予測対象時期等」について基準となるべき事項が掲げられているものの,具体的な調査又は予測の手法については規定されていない。
環境影響評価法上,事業者が調査,予測及び評価の具体的な方法を決定するについては,個々の事案ごとに,方法書による絞り込み(スコーピング)の手続を経て行うこととされているが(環境影響評価法5条以下参照),本件においては,前提事実(4)ウ記載のとおり,当初(環境影響評価法施行前)は,方法書の手続についての定めを有しない閣議アセスに基づいた環境影響評価がされており,環境影響評価法施行前の段階で既に本件準備書が作成され,縦覧供与,説明会の開催を経て,関係地域住民から提出された意見の概要等が被告県知事及び関係市町村長へ送付されていたものであり,それが,平成11年6月12日の環境影響評価法の施行とともに,同法19条の手続を経たものとして扱われることになったものである(同法附則2条1項5号)。
なお,事業者は,関係都道府県知事等の意見を踏まえ,準備書の記載事項の修正を必要と認めるときは,改めて環境影響評価を行うこととされている(環境影響評価法21条)。
以上からすれば,事業者が環境影響評価を実施するに当たって,調査,予測及び評価の具体的な方法を決定することについては,本件省令の規定を踏まえつつ,事業者の自主的な判断にゆだねられているものと解される。
なお,当該事業に係る免許等を行う者は,当該免許等の審査に際し,評価書の記載事項及び同法24条の書面(免許等を行う者等の意見書)に基づいて,当該対象事業につき,環境の保全についての適正な配慮がされるものであるかどうかを審査しなければならず,当該免許等に係る基準と上記環境の保全に関する審査の結果を併せてその許否等の判断を行うものとされている(環境影響評価法33条ないし37条。いわゆる横断条項)。
(3) 原告らが主張する本件環境影響評価の問題点について
本件環境影響評価について,被告県知事は,一般的手法によってされたものである旨主張するのに対し,原告らは,本件環境影響評価における各評価項目について,第3の2(甲事件原告らの主張)(3)記載のような問題点があり,環境影響評価法及び本件省令に違反する旨主張する。
そこで,以下,原告らが問題があると主張する各評価項目ごとに検討する。
ア 鳥類に関する本件環境影響評価について
(ア) 本件環境影響評価において選定された項目及び手法(鳥類関係)は,(1)ア(「動物(陸域)」及び「生態系」に関する項目)記載のとおりであり,調査の手法として,調査すべき情報は,鳥類その他の主な陸生動物に係る動物相の状況,動物の重要な種の分布,生息の状況及び生息環境の状況,動植物その他の自然環境に係る概況,複数の注目種等の生態系,他の動植物との関係又は生息環境若しくは生育環境の状況と,調査地域・地点は,埋立計画地背後陸域の6地点,2ラインと,調査期間等は,平成8年2月,5月,7月,11月などとされている。そして,(1)イ記載のとおりの調査,予測及び評価が行われている(以下,同記載の調査を「本件鳥類調査」といい,同記載の予測を「本件鳥類に対する予測」という。)。
(イ) 本件鳥類調査について
本件鳥類調査については,定点調査(半径300メートル程度の識別可能範囲内で観察できる鳥類の種類と個体数を記録)として6地点を設定し,ラインセンサス調査(早朝時に時速1.5キロメートルないし2キロメートルのゆっくりした速度で歩き,確認された鳥類の種類と個体数を記録)として2ラインを設定して行われている(前記(1)イ)。
a 原告らは,本件鳥類調査について,調査回数が少なすぎる,渡り鳥飛来状況を基礎として調査時期及び回数を設定していない,種ごとの生態・動向調査が行われていないなどとし,そのため調査の精度に大きな問題があるが,これは,本件省令9条等に従った調査が行われていないことに起因するものであり,また,本件省令7条2号及び3号に違反する旨など主張する。そして,証人Bは,沖縄の水鳥の飛来状況については,月々,いろいろな種群が別グループで渡ってくることから,少なくとも最低月1回,できれば月3回程度の調査をしなければ鳥類の飛来状況の把握はできないと思う旨証言する。
b この点,確かに,本件環境影響評価において確認された鳥類は,8目20科66種であったのに対し,証拠(甲114,証人B)によれば,沖縄野鳥の会が,平成12年まで内陸部の比屋根湿地及び泡瀬干潟の一部を対象に行っていた調査で確認した野鳥は125種であり,同年以降泡瀬干潟全域(泡瀬干潟周辺の陸域も含む。)を対象に行った調査で確認した鳥類は平成17年3月までに14目39科165種(帰化種及びかご抜け種である10種を除く。)に上っており,2倍ないしそれ以上の差がみられること,また,本件評価書には,オオメダイチドリ,オバシギ,ベニアジサシ,ハヤブサ,カワセミ,ツバメ,ツメナガセキレイ,ノゴマなど,毎年飛来していると考えられる種の記載もないことが認められる。
これらのことからすれば,本件鳥類調査は,結果として,泡瀬干潟で確認できる鳥類相の一部を示したものにとどまるものといわざるを得ず,このことは,同調査の精度が不十分なものであったことをうかがわせるものといえる。
c しかしながら,本件省令の規定によれば,環境要素の区分「重要な種及び注目すべき生息地」又は「地域を特徴づける生態系」に対する標準手法のうち,調査期間等については,「動物の生息の特性を踏まえて調査地域における重要な種及び注目すべき生息地に係る環境影響を予測し,及び評価するために必要な情報を適切かつ効果的に把握できる期間,時期及び時間帯」又は「動植物その他の自然環境の特性及び注目種等の特性を踏まえて調査地域における注目種等に係る環境影響を予測し,及び評価するために必要な情報を適切かつ効果的に把握できる期間,時期及び時間帯」とされている(第2の3(2)イ(イ))ところ,このように,本件省令の規定上,調査すべき期間等について具体的な指定はされておらず,その具体的な調査回数やその他の調査方法についての決定は,本件省令の規定を踏まえつつ,事業者が自主的に判断するところにゆだねられているものと解される。
そうであるところ,「財団法人港湾空間高度化センター 港湾・海域環境研究所」発行の「港湾分野の環境影響評価ガイドブック1999」(甲132)によれば,鳥類に関する現地調査方法の事例として,ラインセンサス調査(あらかじめ定められた調査ルート上を踏査し,目撃ないし鳴き声により生息種を調査する方法であり,通常対象区域の全域における種構成,分布,相対密度を把握する。)又は定位置記録調査(見晴らしのよい地点において望遠鏡,双眼鏡等を用いて種類,個体数を調査する。)の手法が一般的であり,両手法を併用する場合が多いとされているところ(ただし,これは過去の事例を示したものであり,事業特性や地域特性等に応じて個別に調査手法を選定する必要があるとされる。),本件鳥類調査においても,同様の方法が採用されている。そして,本件鳥類調査は,(1)ア(イ)及び(ウ)記載のとおりの選定項目に係る調査すべき情報の調査として,1年を四つの季節に分け,各季節ごとに調査を行うことで,泡瀬干潟に飛来する鳥類相について,年間を通じた変化を踏まえて把握しようとしたものといえ,これは,その調査目的に照らし,調査期間の設定としては一応合理的であるということができる。また,前記のとおり,具体的な調査方法についての決定が事業者の自主的な判断にゆだねられているものと解されることにも照らすと,本件省令の解釈として,必ず,種ごとの生態・動向調査や月1回以上の調査を行うべきであり,そのような調査を行わない限り,環境影響評価法及び本件省令に違反するとまで解することは困難である。
d 以上より,本件鳥類調査における手法の選定については,b記載のようにその精度に不十分なところが存したものというべきであるものの,なお本件省令にいう環境影響評価の調査として許容されるものであるといえ,環境影響評価法及び本件省令に反する違法なものであるとまで認めることはできない。
(ウ) 本件鳥類に対する予測について
a 原告らは,本件鳥類に対する予測について,主観的・非科学的であり,保全のための定量的な予測や科学的な解析は全く示されていない,また,新港地区埋立事業という前例の検証がされておらず,本件省令8条に違反するなどと主張する。
この点,本件鳥類に対する予測において,埋立工事の実施や埋立地の存在によっても,鳥類の生息環境は相当程度保全されるものと考えられるとする根拠として,「埋立区域内に鳥類の営巣が確認されなかったこと」が挙げられているところ,(イ)b記載のように,調査の精度の不十分さがうかがわれることを前提とする限り,かかる根拠もまた不十分なものであったことがうかがわれる。
また,新港地区埋立事業についても,中城湾において,出島方式で行われた埋立事業であるという点では,本件埋立事業との共通性を有しているといえることから,かかる事例についても引用し,検討の材料とすることが望ましかったといえる。
b しかしながら,(イ)d記載のとおり,本件鳥類調査における手法の選定が違法とまではいえないことに加え,予測及び評価の具体的な方法の決定も事業者の自主的な判断にゆだねられているものと解されるところ,本件環境影響評価における鳥類に関する予測の内容は,(1)イ記載のとおりであり,これは,一応の根拠を示して,定性的に予測がされているものということができる。なお,予測の基本的な手法として,環境の状況の変化又は環境への負荷の量を,理論に基づく計算,模型による実験,事例の引用又は解析その他の手法により,定量的に把握する手法を選定すべきものとされている(本件省令10条1項1号)が,この予測の基本的な手法について,定量的な把握が困難な場合にあっては,定性的に把握する手法を選定するものとするとされている(同条2項)上,証拠(証人B)によれば,国内において,環境容量などについての定量的な予測として十分といえる例は,現時点においても見当たらないとのことであるから,本件環境影響評価において,定量的な予測がされていないことをもって違法ということはできない。
(エ) なお,原告らは,本件環境影響評価全体に対する主張として,本件省令8条3項により重点化手法を採用すべきであり,より詳細な調査,予測の手法が採用されるべきであったが,本件環境影響評価の内容は極めておおざっぱであるなどとして,本件省令8条3項に違反する旨も主張している。重点化手法とは,標準手法より詳細な調査又は予測の手法をいい(同条1項),重点化手法を選定するか否か,また,重点化手法を選定する場合に具体的にどのような手法をとるかについては,第一義的には事業者の判断にゆだねられているものであるところ,本件において,かかる重点化手法がとられなかったことによって,本件環境影響評価が違法になるものとまで認めることはできない。
(オ) 以上より,鳥類に関する本件環境影響評価は,環境影響評価法及び本件省令に違反する違法なものであるとは認められない。
イ サンゴ類に関する本件環境影響評価について
(ア) 本件環境影響評価において選定された項目及び手法(サンゴ類関係)は,(1)ア(「動物(海域)」及び「生態系」に関する項目)記載のとおりであり,調査の手法としては,調査すべき情報は,水生動物に係る動物相の状況(植物・動物(海域)),あるいは,動植物その他の自然環境に係る概況,複数の注目種等の生態系,他の動植物との関係又は生息環境若しくは生育環境の状況(生態系),調査地域・地点は,泡瀬地区海域一帯,調査期間等は,平成8年5月などとされている。そして,(1)ウ及びキ記載のとおりの調査,予測及び評価が行われている(以下,当該サンゴ類に対する調査,予測及び評価を,順に「本件サンゴ類調査」,「本件サンゴ類に対する予測」及び「本件サンゴ類に対する評価」といい,当該サンゴ礁生態系に対する予測及び評価を,順に「本件サンゴ礁生態系に対する予測」及び「本件サンゴ礁生態系に対する評価」という。)。
(イ) 本件サンゴ類調査について
a 原告らは,本件サンゴ類調査について,選択された調査の方法自体が不適当である,調査地点及び調査回数が少なすぎる,調査後にサンゴの白化現象が生じたにもかかわらず再調査を行っていないなどとして,法が要求する調査が行われていない旨主張する。
b しかしながら,本件サンゴ類調査は,海藻草類の調査と同時に,平成8年5月21日から同月29日まで,調査区域内において,56地点でスポット調査(10メートル×10メートルごと)が行われ,その結果及び航空写真の判読も踏まえて分布状況の把握が行われているところ(前記(1)ウ),このようなスポット調査の方法は,「港湾分野の環境影響評価ガイドブック1999」(甲132)において,サンゴ分布調査の一例として,スポット調査(サンゴ類の分布する区域の中からスポット調査地点を複数選定し,各地点とも10メートル×10メートルのコドラートを設定して区画内に生息しているサンゴ類の種類と被度について記録するなどの方法による調査)が挙げられていることからすれば,一つのとり得る調査方法であると認められる。
これに対し,原告らは,スポット調査法は,短期間かつ1回のみですべてを把握できるようなものではないから不適当である旨主張し,証人Cも,同方法について,同じ海域を長期間にわたって調査することを前提に使われる簡便で表面的な方法であって,1回だけの調査の場合とは目的を異にしていると思う旨証言するが,上記文献の記載内容に照らせば,本件サンゴ類調査においてスポット調査法を採用したことが不相当ということはできない。また,調査区域全体の面積に比してスポット調査が行われた面積が小さすぎるとの点についても,どの程度の面積を調査すべきかについて確たる基準が存するものともいえず,上記本件サンゴ礁調査で行われた56地点が,環境影響評価法ないし本件省令の趣旨に反する程度に過少に過ぎるものとまでいうことはできない。
この点,原告らの主張するように,事後的に泡瀬干潟を守る連絡会が行った調査により,本件サンゴ類調査では発見されなかったサンゴ群集が発見されたことからすれば,本件サンゴ類調査でより多くの地点をスポット地点として採用すれば,本件サンゴ類調査の時点においても同サンゴ群集を発見し得た可能性はもちろん否定できないが,上記のように確たる基準が存しない中において,事後的な調査で未発見のサンゴ群集が発見されたことをもって,本件サンゴ類調査の方法が違法性を帯びるものということはできない。
c さらに,原告らは,調査回数に関して,1年を通じての季節の変動をみなければサンゴ群集の生息状況を把握できないなどとも主張する。しかしながら,上記調査すべき情報に照らしてサンゴ類の分布状況や生息環境等を調査するについては,必ずしも季節による変動を把握する必要が高いものともいえず(なお,証人Cも,沖縄リーフチェック研究会がサンゴ礁の生態系を調査する場合には,年に1回の頻度で,同一シーズンに行う旨証言している。),1回より多い調査をしなければ環境影響評価法及び本件省令に違反するとまでいうことはできない。
d このほか,原告らは,白化現象が生じた後に再調査を行うべきであった旨も主張するが,本件において,この点についての再調査を行っていないことが環境影響評価法ないし本件省令に反し違法とまでいうことはできない。
(ウ) 本件サンゴ類に対する予測について
a 原告らは,本件サンゴ類に対する予測(埋立工事の実施に係るもの)について,重点化手法(本件省令8条)が用いられるべきであり,それゆえ,SS(浮遊物質)のサンゴ群集分布域に対する影響を予測するに際しては,当該サンゴ群集分布域(本件埋立計画地東側海域に存在するサンゴ群集分布域)に最も近接する工事か所(新港地区及び泡瀬地区における航路等の浚渫工事)にて発生する浮遊物質発生ピーク時の濃度をも予測し,当該浮遊物質がサンゴ群集分布域に対し与える影響についても予測すべきである旨主張する。
b そこで検討するに,重点化手法とは,標準手法より詳細な調査又は予測の手法をいい,事業特性により,当該標準項目に関する環境影響の程度が著しいものとなるおそれがある場合など,本件省令8条3項1号又は2号のいずれかに該当すると認められる場合に必要に応じて選定するものとされているところ(同条1項,3項),泡瀬地区航路の浚渫予定区域は,本件埋立計画地東側に確認された被度10パーセント未満のサンゴ類の群集分布域を横断し,被度10パーセント以上20パーセント未満のパリカメノコキクメイシの群集分布域に接し,かつ,被度30パーセント以上40パーセント未満のヤッコアミメノサンゴの群集分布域にも近接している場所が予定されており(本件評価書(甲8)5-413頁),仮に,SS拡散計算において,泡瀬地区航路泊地等浚渫工事によるSS発生位置の基準を同工事東端付近に設定した場合には,上記パリカメノコキクメイシやヤッコアミメノサンゴの各群集分布域について,改めて予測及び評価すべき影響が認められる可能性も考えられるところではある。
しかしながら,重点化手法を選定するか否か,また,重点化手法を選定する場合に具体的にどのような手法をとるかについては,第一義的には事業者の判断にゆだねられているものといえるところ,本件において行われた水質汚濁に係る予測(前記(1)ク)は,新港地区及び泡瀬地区における各航路等浚渫工事(本件評価書(甲8)2-39頁,40頁)を共にSS発生源条件に含めてSS拡散計算を行っているものであり(同5-134頁,136頁。それぞれ各浚渫工事区域の中央部分付近にSS発生位置の基準を設定している。),同予測結果自体には特に合理性を疑うべき事情は見当たらない。そして,サンゴ類に対する本件環境影響評価について行われた予測においては,上記水質汚濁に係る予測の結果を踏まえ,SS発生ピーク時においてもSS濃度はおおむね2ミリグラム/リットル以下となっている,としたものと認められる(同5-144頁,146,402頁)から,その予測にも一定の合理性が認められ,したがって,それが違法であるとはいえない。
c なお,埋立地の存在により,既存のサンゴ類の群集分布域が孤立化し,それによって各サンゴ類の群集への影響が生じるのではないかとの点については,本件環境影響評価で予測の検討内容に含まれていない。この点,上記のようなサンゴ類の群集分布域の孤立化等の変化によって,各サンゴ類の群集が衰退するのではないかとのおそれは懸念されるものの,b記載のように一応の根拠に基づく予測がされていることからすると,サンゴ類の群集分布域の孤立化等による影響についての記載がないことをもって,直ちに当該予測結果が環境影響評価法ないし本件省令に違反するものであるということはできない。
(エ) 本件サンゴ礁生態系に対する予測について
原告らは,本件サンゴ礁生態系に対する予測について,埋立工事の実施によって約47ヘクタールのサンゴ群集分布域が消失することによる,残存する沖合のサンゴ生息域に生じる影響の有無及び程度の記載がない,また,埋立地の存在に係るサンゴ群集分布域に対する予測の結果の記載がないとして,上記予測がずさんである旨主張する。
しかしながら,本件環境影響評価において,埋立工事の実施によって消失しない沖合のサンゴ類分布域について,消失する被度10パーセント未満の分布域との関連性について検討されることが望ましいとしても,この点についての検討がないことをもって直ちに違法であるということはできない。
本件サンゴ礁生態系に対する予測の結果としては,埋立工事の実施及び埋立地の存在により,約47ヘクタールの被度10パーセント未満のサンゴ類分布域が消失することになるとする部分がこれに該当すると解されるところであり,その当否については環境影響評価法の予定するところではなく(当該消失の程度が,事業の実施による利益等を含む諸要素を総合考慮した結果,許容されないものであるかどうかといった判断は,最終的に免許権者等が行うことであり,環境影響評価制度はそのような判断のための一資料を提供するための制度であるといえる。),本件における上記予測の結果が,それ自体として環境影響評価法及び本件省令に違反するものであるとはいえない。
(オ) 本件サンゴ類に対する評価について
原告らは,本件環境影響評価におけるサンゴ類に対する評価について,そもそも消失するサンゴ類分布域を被度10パーセント未満であるとして評価の対象としておらず,環境影響評価法に違反する,また,当初設定した環境保全目標を満たしているか否かという観点からの評価が一切されていないなどと主張する。
しかしながら,本件環境影響評価においては,工事の実施や埋立地の存在による影響の評価として,サンゴ類の生息被度10パーセント以上の区域を評価対象としたとされるが(本件評価書(甲8)5-404頁,405頁),サンゴ類の生息が認められるすべての区域ではなく,一定程度以上の被度が認められる区域に限って環境影響評価を行うことも許容されるというべきである。なお,・※記載のとおり,被度10パーセント未満のサンゴ類分布域が消失するとの前提に立つことの当否については,環境影響評価法の予定するところではない。
また,本件環境影響評価においては,当初,評価に際して設定された環境保全目標では「サンゴ類(生息被度10パーセント以上の区域)…については生育・生息基盤を維持し,環境要素を相当程度保全すること」とされ,その後,工事の実施や埋立地の存在による影響の評価として,「分布状況や被度の状況を考慮し,市町村的価値を当てはめて評価する」とされ,「評価対象としている…サンゴ類の分布域への影響は少ないものと考えられる。」とされているが(本件評価書(甲8)5-404頁),「影響は少ない」との評価が,当初設定された「相当程度保全すること」と齟齬しているものともいえないことから,原告らの前記主張は前提を欠き,採用できない。
(カ) 本件サンゴ礁生態系に対する評価について
原告らは,本件環境影響評価において,サンゴ礁生態系に対しては何ら評価がされていないなどと主張する。
しかしながら,本件環境影響評価においては,サンゴ礁生態系の注目種として,サンゴ礁を形成する造礁サンゴ類として,ショウガサンゴ,ヤッコアミメサンゴ,塊状ハマサンゴ類等を挙げ,また,サンゴ礁を生息場とする動物として,スズメダイ類,ブダイ類,ベラ類,ナガウニ,ナマコ類等を挙げているところ(本件評価書(甲8)5-409頁),サンゴ類は,埋立て等により,生息被度10パーセント未満の分布域約47ヘクタールがやむを得ず消失し,沖合に生息する群集については残存すると予測されており(同5-402頁,423頁),かかる予測結果と併せみれば,消失するサンゴ類分布域においてはサンゴ礁生態系も消失し,他方,残存・保全されるサンゴ類分布域においてサンゴ礁生態系も保全されるとしているものとの把握が可能であり,評価の結果として明示していない点において不十分な記載となっている点は否めないとしても,サンゴ礁生態系に対して全く評価がされていないものとして,環境影響評価法ないし本件省令に違反する違法なものとまでいうことはできない。
ウ 海藻草類に関する本件環境影響評価(クビレミドロは除く。以下同じ。)について
(ア) 海藻草類に関する本件環境影響評価において選定された項目及び手法は,(1)ア(「植物(海域)」及び「生態系」に関する項目)記載のとおりであり,(1)ウ及びキ記載のとおりの調査,予測及び評価並びに環境保全措置の検討が行われている(以下,同記載の調査を「本件海藻草類調査」という。)。
(イ) 調査,評価及び予測の手法の選定について
原告らは,本件評価書には,海草藻場に生息している希少種や典型性種の記載がないことなどから,本件省令7条3号にいう調査,予測及び評価の手法が選定されたとは到底いえない,また,ホソウミヒルモについては,本件環境影響評価当時に発見されておらず,十分な調査がされていないなどと主張する。
しかし,海藻草類に関する本件環境影響評価における調査,予測及び評価の手法は,それぞれ,項目として,本件省令の規定に沿ったものであると認められ,さらに,具体的な方法の選定としても,本件海藻草類調査において用いられた調査方法は,「港湾分野の環境影響評価ガイドブック1999」(甲132)に藻場分布調査の方法として挙げられているなど,海藻草類に係る植物相及び植生の状況の調査方法として合理的なものといえるし,そのほかの点についても,特に手法として不合理なものが選定されたとは認められない。したがって,事後的にみて,本件海藻草類調査で確認されなかった種が存在するとしても,そのことをもって,海藻草類に関する本件環境影響評価が違法となるものではない。
(ウ) 海藻草類の生態系に対する予測の結果について
原告らは,本件環境影響評価における生態系に対する予測の結果として,藻場について埋立工事による消失の影響は大きいものがあるとされている点(本件評価書(甲8)5-423頁)について,環境影響の内容及び程度の記載がなく,本件省令8条1項に反する旨主張する。
しかしながら,より正確な環境影響評価を行うべきとの観点から,詳細な記載が望ましいとしても,本件省令8条や同別紙第二の規定に照らしても,原告らの主張するような記載がなければ,予測の手法の選定について規定する本件省令8条に違反するものであると解することは困難であり,原告らの主張は採用できない。
(エ) 海藻草類の生態系に対する環境保全措置について
a 原告らは,環境影響評価書においては,環境保全措置の検討に当たり,環境影響の回避低減を優先しなければならないこと及び環境保全措置の効果の不確実性が検討されなければならないことが記載されていなければならないとし,本件評価書にはその記載がないとする。
しかしながら,本件省令14条は,「事業者により実行可能な範囲内で選定項目に係る環境影響をできる限り回避し,又は低減すること」及び「必要に応じ損なわれる環境の有する価値を代償すること」等を目的として環境保全措置を検討しなければならない旨規定するところ,本件環境影響評価では,「できる限り影響を回避・低減させるための環境保全措置」として,埋立工事中は海藻草類が生育している海域の水質環境の保全に努め,本事業の進捗によっても相当程度の生育地が維持されるように,影響の低減に努めるとされ(本件評価書(甲8)6-2頁,3頁),次いで「環境影響の回避・低減が困難であることから代償措置を検討したもの」として,埋立てにより消失する藻場(密生・濃生域)のうち主要な構成要素で埋立計画地周辺一体に多く生育している大型海草種であるリュウキュウアマモ及びボウバアマモを埋立計画地東側の現況において砂質底で海藻草類の生育被度が50パーセント未満の疎生地にできる限り移植し,藻場生態系の保全に努めることとするとされ,また,熱帯性海草の大規模な移植及びその管理については,不確実性を伴うため,実施に当たっては専門家の指導・助言を受け,慎重に行うこととするとされており(同6-5頁),上記本件省令の規定に沿って環境保全措置の検討がされていると評価することができるのであって,原告らの上記主張は採用できない。
b また,原告らは,海草移植は技術的に確立されていない,海草の移植が確実にされない限り,環境保全措置としては不十分であるなどとも主張する。
この点,本件環境影響評価においても,熱帯性海草の大規模な移植及びその管理については,不確実性を伴うため,実施に当たっては専門家の指導・助言を受け,慎重に行うこととするとされているが(本件評価書(甲8)6-5頁),環境影響評価法は,事業者において,自主的に事業の実施による環境影響に関する調査,予測及び評価や環境保全措置の検討等を行うものとした上で,外部の者からの意見をも踏まえた(勘案又は配意した)上で環境影響評価の結果を事業に係る許認可等に反映するという手続を定めるものであって,海草移植が技術的に確立していないことが,環境影響評価の結果を踏まえた事業実施の当否の判断の事情となり得るとしても,環境影響評価自体の違法事由となるものではない。したがって,原告らの上記主張は採用できない。
エ クビレミドロに関する本件環境影響評価について
(ア) 本件環境影響評価においては,(1)エ記載のとおり,沖縄県知事意見に対応して,クビレミドロの生育分布調査が行われ,その結果に基づく環境保全措置が検討されている。
(イ) クビレミドロの生育分布調査について
a 本件環境影響評価におけるクビレミドロの生育分布調査は,泡瀬地先の干潟域から浅海域の範囲内において,12月以降の大潮期の日中干潮時に,干潟域のタイドプール及び海藻草類の繁茂域周辺を踏査し,発見された藻類群体がクビレミドロと確認された場合は,陸上の起点から光波測距儀を用いて測量を行い,分布範囲の位置と大きさを調査するという方法で行われている。
証拠(甲56,証人D)によれば,泡瀬地域におけるクビレミドロ藻体の季節的変化については,12月下旬に小団塊(径の長さ約0.8センチメートル)の直立部(株)として出現し,その後,増大,成長していき,翌年2月には生卵器と造精器をつけた株がみられるようになり,3月ないし4月にはすべての株が受精卵を持ち,4月の最盛期(径の長さ約2センチメートル)に受精卵を放出した後は,藻体は次第に枯死し始め,6月には完全に消失するといったものであることが認められる。
本件環境影響評価におけるクビレミドロの生育分布調査の方法は,上記のようなクビレミドロ藻体の季節変化の状況等に照らし,合理的であるといえる。
b なお,原告らは,上記クビレミドロの調査につき,本件環境影響評価において,被告県知事や沖縄県からの意見を経て初めて本件評価書にクビレミドロの調査,評価及び保全が検討されることになったことなどを理由に,調査が不十分又は手続が適正に行われていないなどと主張するが,環境影響評価においては,事業者による自主的な調査等の実施を基本とし,外部の者からの意見をも踏まえた上で最終的な環境影響評価の結果を作成し,それを当該事業に係る許認可等に反映するというものであり,手続の当初の段階でクビレミドロに関する記載がなく,途中から検討されるようになったかったからといって,そのことから直ちに同手続が違法になるというものではない。
(ウ) クビレミドロについての環境保全措置
a 本件環境影響評価において,クビレミドロについての環境保全措置としては,生育が確認されたクビレミドロは,おおむね埋立計画区域内に分布しているため,その生育地を現状のまま保全することは実行不可能であるとした上で,移植試験を実施した結果,技術的にも移植することが可能であると判断され,専門家の指導,助言を受けつつ移植等の措置を講じるとされている。
b この点,原告らは,本件環境影響評価において,クビレミドロについての環境保全措置を検討するに当たり,回避低減の方法を検討しようとはしていないなどと主張するが,a記載のとおり,本件環境影響評価においては,泡瀬地区海域で生育が確認されたクビレミドロは,おおむね埋立計画区域内に分布しているため,その生育地を現状のまま保全することは不可能としたものであって,これは回避・低減の方法は不可能との判断であると解されるが,その当否は別として(その当否を含む最終判断は,当該事業に係る許認可権者等が行うことになる。),上記事業者の判断自体が,環境影響評価として違法であるとはいえない。
また,原告らは,いまだ技術的に確立できていないクビレミドロの移植について,本件環境影響評価においては,かかる移植が可能であることを前提として環境保全措置が検討されており,「環境保全措置の効果の不確実性」についての検討がなく,本件省令等に違反している旨主張する。この点,本件省令16条は,事業者は,環境保全措置の検討を行ったときには,環境保全措置の効果及び当該環境保全措置を講じた後の環境の状況の変化並びに必要に応じ当該環境保全措置の効果の不確実性の程度(同条2号)について,明らかにできるよう整理しなければならない旨規定している。これは,当該事業に係る許認可等に当たっての判断に資するための資料を広く提供する趣旨に出たものと解されるところ,同趣旨に照らしても,上記不確実性の程度については本件評価書に記載されるべきであり,本件環境影響評価には不十分な面があることは否めないものの,かかる記載を欠くことによって本件環境影響評価が違法となるとまでいうことはできない。
オ トカゲハゼに関する本件環境影響評価について
(ア) 本件環境影響評価において選定された項目及び手法(トカゲハゼ関係)は,(1)ア(「動物(海域)」及び「生態系」に関する項目)記載のとおりであり,(1)オ及びキ記載のとおりの調査,予測及び評価が行われている。
(イ)a 原告らは,本件環境影響評価におけるトカゲハゼに対する予測及び評価として,「トカゲハゼへ与える影響は軽微であり,生息環境は相当程度保全されるものと考えられる。」とされている点(本件評価書(甲8)5-402頁ないし405頁)について,新港地区評価書と同内容の予測・評価であり,新港地区埋立事業の実施と残された干潟域の経過からみれば,到底環境影響評価の名に値しないなどとして,本件省令8条に違反するなどと主張している。
b この点,新港地区評価書のうち,第2次埋立計画の際に作成されたもの(平成4年1月)(甲58)には,「工事による影響は軽微なものと考えられる。」(4-88頁),「埋立地の存在による現状でのトカゲハゼ成魚の生息地への影響は少な」い,また,「埋立地の存在によるトカゲハゼ仔稚魚の分散・移動への影響は少ないものと考えられる。」と記載されており(4-200頁,201頁),第3次埋立計画の際に作成されたもの(平成6年7月)(甲59)も,ほぼ同様である(4-79頁,180頁ないし182頁)。
そうであるところ,沖縄県観光商工部企業立地推進課及び国土環境株式会社作成の平成18年3月付け「平成17年度中城湾港新港地区トカゲハゼ生息状況等監視調査委託報告書」(甲60)によれば,新港地区におけるトカゲハゼ成魚の生息個体数及び生息地面積並びに着底幼稚魚数は,次のように変化したことが認められる。なお,新港地区における工事の実施状況については,平成4年9月に第2次埋立工事に着工,平成7年6月には第3次埋立工事に着工し,いずれも平成15年3月31日終了となっている。
すなわち,トカゲハゼ成魚の生息個体数については,平成2年ないし平成6年にかけて減少傾向がみられ(各年の最初の調査結果は,平成2年7月518尾,平成3年5月227尾,平成4年6月285尾,平成5年3月223尾,平成6年1月観察されず,である。),平成6年9月には18尾まで減少し,その後平成9年まで21尾ないし281尾と少ない数が続き,平成8年ないし平成10年にかけては放流による増加とわずかな自然加入によって個体群が維持され,平成10年以降はこれらが産卵群となり,放流群と併せて増加傾向がみられ,平成12年以降はほぼ1000尾以上を維持していた。なお,放流数については,平成8年に302尾,平成10年に508尾,平成11年に1300尾,平成12年に550尾などとなっている。
トカゲハゼ成魚の生息地面積については,天然生息地(試験造成地を除いた面積)は,平成元年度から平成4年度にかけて3110平方メートルないし8610平方メートルであったが,次第に減少し,平成8年度から平成9年度は12平方メートルないし602平方メートルであった。平成11年度の後半から平成16年度にかけては,752平方メートルないし2045平方メートルの範囲にあった。
着底幼稚魚数については,平成3年度に約3000尾であり,平成4年度以降平成9年度までは50尾程度にまで減少したが(平成6年度は観察されず。),その後,平成10年度に100尾,平成11年度に700尾,平成12年度に1500尾と増加している。なお,平成6年度の監視調査結果からトカゲハゼの生息地の前面やみお筋に汚濁防止膜が展張されていた場合,着底の障害となることが考えられたため,平成7年度からトカゲハゼの繁殖時期における工事を制限するとともに,汚濁防止膜の設置方法に配慮するなど,分散・着底期のルートを確保する対策が図られた。このことから,平成7年度以降は着底幼稚魚の円滑な加入を得ることができ,近年の着底幼稚魚数の増加は,このような対策の効果があったと考えられる,とされている。
以上のような状況にかんがみると,新港地区におけるトカゲハゼは,埋立工事及び埋立地の存在の影響によってその数を減少させたものと推認され,結果として,新港地区評価書における,トカゲハゼ成魚の生息地への影響や,トカゲハゼ仔稚魚の分散・移動への影響について,少ないとした予測は,外れたものというべきである。
c しかしながら,本件環境影響評価におけるトカゲハゼに対する予測及び評価(前記(1)オ及びキ)については,一応の根拠を示して検討がされているものということができるし,新港地区埋立事業と本件埋立事業とでは,いずれも出島方式による埋立てである点などで共通しているとはいえ,既存陸域と埋立地との間の幅や埋立地の港湾内部における位置などの点において異なり,それにより,流量変化の程度も異なると考えられ,さらに,トカゲハゼ生息域が埋立工事により直接改変されるものであるか否か(生息域と工事か所との近接度合い)の点についても異なるなど,トカゲハゼの生息環境保全の前提となるべき事情は,一定程度異なっているものといえる。
これらのことからすれば,新港地区評価書における予測が外れたことを踏まえ,新港地区埋立事業によるトカゲハゼへの影響をも検討した上で,それと比較しつつ,本件埋立事業によるトカゲハゼへの影響を検討することがより望ましかったということはできるが,そのような検討を欠いたことをもって,上記予測及び評価が本件省令8条に違反するとまでいうことはできない。
カ 貝類に関する本件環境影響評価について
(ア) 本件環境影響評価において選定された項目及び手法(貝類関係)は,(1)ア(「動物(海域)」に関する項目)記載のとおりであり,(1)カ記載のとおりの調査,予測及び評価が行われている(以下,同記載の調査を「本件貝類調査」という。)。
(イ)a 原告らは,本件貝類調査について,泡瀬干潟の広さに比して,調査地点数が少なすぎる,目視観察調査は,干潟域だけでなく,浅海域においても行うべきであり,かつ,春季においても行うべきであった,干潟生物に対する目視調査の調査期間は短すぎる,また,本件評価書に記載されていない種が存在しているなどとして,本件貝類調査に不備があり,本件省令7条ないし9条に違反する旨主張する。
b そこで検討するに,(1)カ記載のとおり,本件貝類調査は,次のとおりの方法で行われた。
すなわち,底生生物調査においては,調査期間は冬季として平成8年2月,春季として同年5月,夏季として同年8月,秋季として同年11月とされ,調査位置は5地点と,調査方法等は採泥法とされた。
また,干潟生物調査においては,① 「目視観察」については,調査時期は冬季として同年2月,夏季として同年8月とされ,調査位置は15地点と,調査方法等は目視観察とされ,② 「坪刈り」については,調査時期は冬季として同年2月,夏季として同年8月とされ,調査位置は15地点と,調査方法等はコドラート法とされ,③ 「生物相分布」については,調査時期は平成5年9月とされ,調査位置は泡瀬地区海域一帯と,調査方法等は目視観察法とされた(なお,当該生物相分布調査は,平成5年9月14日から同月17日まで行われたものであるが(本件評価書(甲8)5-353頁),具体的にどのような方法で行われたかについては記載がない。)。
環境影響評価における具体的な調査方法についての決定は,本件省令の規定を踏まえつつ,事業者が自主的に判断するところにゆだねられているものと解されるところ,上記底生生物調査としてとられた方法(採泥法)については,「港湾分野の環境影響評価ガイドブック1999」(甲132)にも底生生物調査の一般的な方法であるとして挙げられているところであり,干潟生物調査としてとられた各方法についても,これらを総合してみた場合,(1)ア(ウ)記載の「調査すべき情報」(動物(海域):「水生動物に係る動物相の状況」)の調査として,特に不合理であるといった事情も見当たらない。これらのことからすると,本件貝類調査においてとられた調査方法が環境影響評価法及び本件省令の規定に反する違法なものであるとは認められない。
そして,上記のように本件貝類調査の調査時点においてとられた方法が違法なものであったとは解されない以上,事後的な調査によって本件貝類調査で確認されなかった種が確認されたとしても,そのことをもって,本件貝類調査が違法であるとすることはできない。
また,原告らは,底生生物調査として目視観察調査も行うべきであった旨も主張するが,上記のとおり,採泥法も合理性を有する手法といえるのであって,原告らの主張する手法を併用しなかったことで,本件貝類調査が違法なものとなると解することはできない。
以上から,本件貝類調査が違法であるとする原告らの主張は採用できない。
キ 浚渫土砂による埋立てについて
(ア) 原告らは,本件環境影響評価における水質汚濁の予測(以下「本件水質汚濁に対する予測」という。)結果について,新港地区浚渫予定航路の粒度組成調査が行われていない,ポンプ浚渫・パイプ輸送法により海底環境等を大きく変える可能性がある,排砂管を沈設する場所に存在するサンゴ礁等について保全の対象とされていない,汚濁防止膜の設置だけでは濁りの拡散は防止できないなどの不備な点を前提としていることから,本件水質汚濁に対する予測の結果も不備のあるものとなっている旨主張する。
(イ) 本件水質汚濁についての予測の結果は,(1)ク記載のとおりであり,SS発生に寄与する工程の施行時期ごとにSS発生量を算定し,SS発生量がピークとなる時期(1年次1か月目前半と5年次1か月目前半)を対象として数値シミュレーション手法により予測を行い,予測モデルは,移流・拡散方程式に沈降項を加えた式を基本に,差分式に直して数値計算を行ったというものであり,かかる計算結果をもとに,定量的な予測がされている。
この点,本件省令別表第二において,土砂による水の濁りに対する予測の基本的な手法として,浮遊物質の物質の収支に関する計算又は事例の引用若しくは解析が,予測地域として,調査地域(対象埋立て又は干拓事業実施区域及びその周辺の区域)のうち,水域の特性及び土砂による水の濁りの変化の特性を踏まえて土砂による水の濁りに係る環境影響を受けるおそれがあると認められる地域が,予測地点として,水域の特性及び土砂による水の濁りの変化の特性を踏まえて予測地域における土砂による水の濁りに係る環境影響を的確に把握できる地点が,予測対象時期等として,工事に伴う土砂による水の濁りに係る環境影響が最大となる時期が,それぞれ規定されているところ,本件水質汚濁に対する予測でとられた上記手法は,かかる本件省令の規定に沿うものであるといえる。
これに対し,原告らは,浚渫予定地の粒度組成について十分に示されていないなどとするが,本件水質汚濁に対する予測においては,新港地区及び泡瀬地区各5地点で得られた土質調査の結果から,シルト・粘土分の重量百分率の各地区ごとの平均値を算出した上,それを踏まえて各工種別のSS発生原単位を算出しているものであり(本件評価書(甲8)5-127ないし132頁),一応の合理性を認めることができるのであって,原告らの指摘するように,新港地区における航路浚渫予定地等についても土質調査を行わなかったからといって,そのことにより上記計算が根拠を欠き,本件水質汚濁に対する予測が違法となるものではない。
また,原告らは,本件環境影響評価において汚濁防止膜敷設によるSS拡散防止効果を5割とみなしている点について,実際には汚濁防止膜の設置だけでは濁りの拡散は防止できないなどとするが,上記本件環境影響評価における取り扱いは,「しゅんせつ埋立による濁り等の影響の事前予測マニュアル」(昭和57年3月,運輸省第四港湾建設局)に基づくものとされ(本件評価書(甲8)5-137頁),本件省令の規定に沿ったものといえることから,仮に事後的にみて実際には汚濁防止膜の効果が十分でなかったとしても,汚濁防止膜敷設によるSS拡散防止効果を5割とみなしている点について違法であるとはいえない。
その他,原告らが本件水質汚濁に対する予測結果について主張する点は,いずれも同結果を違法とする事由とはならず,原告らの主張は採用できない。
(4) 以上のように,本件環境影響評価には不十分な部分も散見されるものであるが,これが環境影響評価法ないし本件省令に違反する違法なものであるとまでいうことはできない。
3 本件埋立事業等の合理性の有無
(1) 本件埋立事業等の概要は,前提事実(3)及び(4)記載のとおりである。すなわち,本件埋立事業等は,市域の3割以上を軍用地が占めている沖縄市が,基地依存経済から脱却し,自立経済へ転換することを目指し,昭和62年3月に策定した東部海浜地区開発計画の中での構想に端を発したものであり,中南部圏の核都市としての機能充実を図り,国際文化観光都市を形成する上での戦略拠点の必要性に加え,軍用地や過密化が進展している市街地など既存の陸域にまとまった開発用地を求めることは難しいことや,海浜リゾートを目指すためには海辺が望ましいこと等から,その適地として東部海浜地区(泡瀬地区)が考えられたものである。その後,海洋性レクリエーション拠点形成という位置付けのみで港湾計画に位置付けることは厳しいとの判断がされ,国(総合事務局)が行う新港地区航路等浚渫工事に伴い発生する土砂の処分場(土砂を人工島(本件埋立計画地)の造成に利用)との位置付けも加味して,計画が進められていった。本件埋立事業は,総合事務局及び沖縄県が事業者となり,泡瀬干潟とその周辺海域の公有水面合計約187ヘクタール(本件埋立計画地)を出島方式によって埋め立てるものであり,同埋立てが完了した後,沖縄県は,総合事務局から,その施行部分の一部(約55ヘクタール)につき管理の委託を受け,その残部を買い受けた上で,地盤改良し,約90ヘクタールを沖縄市に,その残部を基盤整備して民間に売却することなどが計画されている。埋立工事は,別紙「区域分割図」記載のとおり,二つのブロック(第Ⅰ区域(約96ヘクタール),第Ⅱ区域(約91ヘクタール))に区分され,順次竣功されることとなっている。また,本件海浜開発事業は,沖縄市が,本件埋立事業によって埋め立てられた土地のうち約90ヘクタールを沖縄県から購入し,その基盤整備を行うなどして,沖縄県とともに,「マリンシティ泡瀬」というマリーナ・リゾートを建設しようとするものである。本件埋立計画地の利用計画(マリンシティ泡瀬の概要)は,別紙「土地利用計画図」記載のとおりであり,埠頭用地,マリーナ施設用地,交流・展示施設用地,宿泊施設用地,観光商業施設用地,業務・研究施設用地,教育・文化施設用地,住宅用地,緑地,多目的広場用地,道路用地,管理施設用地,護岸用地などからなっている。なお,埋立完了後の土地利用に係る事業費は,沖縄県が約287億円(国からの埋立地取得費約213億円,地盤改良費約42億円,地盤整備費約32億円),沖縄市が約275億円(沖縄県からの埋立地取得費約184億円,基盤整備費約91億円)と想定されており,沖縄県や沖縄市はこれら事業資金は基本的には起債によってまかない,最終的には沖縄市が約90ヘクタール,沖縄県が約40ヘクタールを民間に売却して返済資金を回収する独立採算事業としている。
(2) 原告らは,本件埋立事業等は合理性を有しないものであるとし,その理由として,浚渫土砂処理目的の合理性の欠如とマリーナ・リゾート建設の合理性の欠如を挙げているので,以下検討する。
ア 浚渫土砂処理目的の合理性の欠如の主張について
原告らは,本件埋立事業等は新港地区埋立事業と不可分一体であり,かつ,新港地区埋立事業は実施する必要性がないとして,本件埋立事業において新港地区航路等浚渫工事によって生じる土砂を処理する必要性や合理性はない旨主張する。
この点,(1)記載のとおり,本件埋立事業等は,新港地区航路等浚渫工事によって発生する浚渫土砂の処理も目的の一つとするものではある。しかしながら,同記載のとおり,本件埋立事業等は,沖縄市が中心となって,本件埋立計画地に「マリンシティ泡瀬」というマリーナ・リゾートを建設し,これによって沖縄市の活性化を図ろうというものであって,新港地区埋立事業とは別個の事業であるから,本件埋立事業等の合理性を検討するに当たっては本件埋立事業等自体の合理性,すなわち,本件埋立事業等により実現しようとするマリーナ・リゾート計画の合理性を検討すべきものであり,たとい新港地区埋立事業の必要性がなく,そのための新港地区航路等浚渫工事の必要もないものであったとしても,そのことから直ちに本件埋立事業等の合理性を否定することはできない。
したがって,以下では,本件埋立事業等自体の合理性について検討する。
イ 本件埋立事業等(マリーナ・リゾート建設)の合理性について
(ア) 原告らは,本件埋立事業等が前提とする宿泊需要等の欺瞞性を指摘する。
a この点,中城湾港港湾管理者(沖縄県)に対し,本件埋立事業についての埋立承認の申請をした国(総合事務局)が同申請の添付書類として作成した本件埋立必要理由書(甲25)では,概要以下のような宿泊需要等の予測がされている。
(a) まず,平成18年次における沖縄県の入域観光客数として,昭和61年から平成7年までの現況の推移に,平成13年の将来計画フレーム(平成13年までにおける,沖縄県において予定されている開発計画が実施された場合の予測結果)を考慮した時系列により推計を行い,約616万人と推計している。
(b) 次に,平成18年次における中部地域(浦添市及び西原町以北から読谷村及び石川市以南の13市町村)の入域観光客数として,沖縄リゾート計画共同企業体が平成4年3月に作成した本件整備計画調査報告書(甲64)の平成12年における推計比率を用い,沖縄県全域に占める中部地域の比率として20.14パーセントとした上,同比率を前記平成18年次における沖縄県の入域観光客数の推計結果616万人に乗じて,同年次における中部地域の入域観光客数を124万1000人と推計している。なお,上記推定比率20.14パーセントは,本件整備計画調査報告書において検討されている九つのシミュレーションケース(各ケースの内容は,第3の2(甲事件原告らの主張)(4)ウ(ア)d記載で原告らが主張するとおりである。)のうち,ケース6(既存ホテルのほか,平成12年までに許可済のプロジェクト(既に開発許可を受けたプロジェクト),特定民間施設(重点整備地区における宿泊施設の建設計画),公共プロジェクト(部瀬名開発計画,東部開発計画及びマリンタウンプロジェクトとして公共団体が推進するプロジェクト)(30パーセント),本申請中プロジェクト,メインコア(平成3年3月に沖縄県が作成したメインコア整備計画調査に基づく宿泊施設の建設計画),事前協議済プロジェクトがいずれも開花した(実現するの意と解される。)と想定するシミュレーションケース)と,ケース9(既存ホテルのほか,平成12年までに許可済のプロジェクト,特定民間施設,公共プロジェクト(100パーセント),本申請中プロジェクト,メインコア,事前協議済プロジェクト,事前協議中プロジェクト,事前協議に向けて調整中のもの,計画内容を把握しないもののすべてが開花したと想定したシミュレーションケース)の各比率の平均(ケース6における比率19.71パーセント(中部圏域入込客111万6000人÷全体入込客566万2000人)とケース9における比率20.57パーセント(中部圏域入込客156万7000人÷全体入込客761万9000人)の平均値)として算出されたものである。
(c) さらに,中部地域における平成13年フレーム(本地区分を除く)は108万4000人であるとして,将来入域観光客数124万1000人に対し,15万7000人分の宿泊施設が不足するとし,これら不足する宿泊需要を,市町村別入域客増加数を参考に推計すると,平成18年次における沖縄市の入域観光客数は17万8000人と推計され,このうち,泡瀬地区ではその約60パーセントに当たる10万7000人を受け持つとしている。
(d) そして,上記推計結果に,平均滞在日数を5.27泊(本件整備計画調査報告書(甲64)において,平成2年実績における平均滞在日数は,新規リゾート施設が5.27泊,既存施設が3.27泊とされている。)としてこれを乗じ,泡瀬地区の年間利用人数を56万3890人泊と推計した(10万7000人×5.27)。
そして,上記年間利用人数を本件埋立計画地(マリンシティ泡瀬)に建設予定の六つの宿泊施設で受け持つとし,以下のとおり,合計計画客室数1275室としている(なお,本件整備計画調査報告書において,ホテルの稼働率は65パーセント,コンドミニアム及びコテージの稼働率は30パーセントとされている。)。
ⅰ 宿泊施設用地1
(ⅰ) ホテル1
計画収容人数 500人
1室当たり収容人数 2人
計画客室数 250室
計画年間利用人数 11万8700人
(ⅱ) ホテル2
計画収容人数 500人
1室当たり収容人数 2人
計画客室数 250室
計画年間利用人数 11万8700人
(ⅲ) ホテル3
計画収容人数 400人
1室当たり収容人数 2人
計画客室数 200室
計画年間利用人数 9万5000人
(ⅳ) ホテル4
計画収容人数 500人
1室当たり収容人数 2人
計画客室数 250室
計画年間利用人数 11万8700人
ⅱ 宿泊施設用地2(コンドミニアム)
計画収容人数 825人
1室当たり収容人数 3人
計画客室数 275室
計画年間利用人数 9万0200人
ⅲ 宿泊施設用地3(コテージ)
計画収容人数 200人1
室当たり収容人数 4人
計画客室数 50戸
計画年間利用人数 2万2600人
ⅳ 合計
計画収容人数 2925人
計画客室数 1275室
計画年間利用人数 56万3900人
b また,沖縄県及び沖縄市が平成14年3月に作成した「中城湾港泡瀬地区開発事業の推進にかかる確認作業結果について」(乙7。以下「本件推進確認作業結果」という。)においては,泡瀬地区年間宿泊需要及び宿泊施設計画室数について,以下のとおり検証がされている。
(a) 将来の観光客数予測については,既存のリゾート地の場合は,過去の実績を基にある程度予測可能であるが,新設されるリゾート地の場合は,関連施設整備等の魅力創出の在り方等によって比較優位性も異なってくることから,既存のリゾート地に比べ難しいのが実状である。
そのため,現計画においては,便宜的な方法として,沖縄県の入域観光客数616万人のうち10万7000人を泡瀬地区に配分し,一人当たり目標平均滞在日数5.27日を乗じて年間56万人泊の需要を設定し,稼働率を勘案の上,必要宿泊室数を1275室と算定している。
しかし,昨今の観光パックツアー等の実状では,1回の旅行で複数の県内観光地に宿泊する場合も多く,単に入域観光客数に平均滞在日数を乗じて年間宿泊需要を算出する従来の方法は,必ずしも観光の実態に即したものとはいえない面がある。
このため,宿泊施設用地規模の算定に直接関連する年間宿泊需要56万人泊及び宿泊施設計画室数1275室を対象として検証することとする。
(b) 年間宿泊需要については,次期沖縄県観光振興基本計画(案)における平成23年度ころの沖縄県全体の宿泊需要は約1900万人泊とされており(現状約1200万人泊),泡瀬地区の現計画56万人泊を含む沖縄市全体の宿泊需要の占有率は,約4パーセントを受け持つことになる。
沖縄市の宿泊需要の占有率は,現状では1.1パーセントであるがこれを高めることの妥当性について検証した結果は,以下のとおりである。
ⅰ 沖縄県における観光・リゾートの宿泊施設整備は,昭和50年代までは,那覇市と恩納村を始めとする西海岸に集中し,那覇市と西海岸の2大宿泊拠点が形成された。その後,石垣,宮古を始めとする先島地域や名護市で宿泊収容力が急激に増加し,新たな観光リゾート拠点が形成されるに至っている。このうち,昭和60年代ころ以降,地元一体となった取組のもと,新たなリゾート地の形成を進めてきた宮古地区では,最近約10年間に沖縄県全体の客室数に対する宮古地区の比率を4パーセント程度から7パーセント程度に引き上げてきた実績がある。また,名護市においては,3パーセント程度から6パーセント程度に上昇している。
泡瀬地区を含む沖縄市は,いまだ,観光・リゾートの宿泊施設整備が進んでいないが,沖縄県下第2の人口規模(県人口の約9パーセント),各種経済活動の集積,多彩な各種観光資源など,観光・リゾート拠点の形成に有利な条件を有しており,宮古地区や名護市の事例を勘案すれば,地域を挙げた宿泊拠点化の取組を行うことにより,沖縄県全体の宿泊需要に占める当該地域の比率を高めることができると考えられる。
ⅱ 中部圏には,東南植物園や中城城跡・勝連城跡,伊計島など多彩な観光資源があり,多くの観光客(平成8年で沖縄県全体の入域観光客数の4割と推計される。)が訪れているが,宿泊施設整備が十分でないために,観光客のほとんどは立ち寄るのみで,中部圏で宿泊するには至っていないのが実情である。
そこで,中部圏の活性化を図り,県土の均衡ある発展を図る観点から,中部圏において宿泊する観光客の立ち寄り客に対する比率を高めることが求められ,今後,中部圏の中心に位置する沖縄市において,宿泊施設整備や誘客に対する地域の魅力向上を促進させることによって,その実現の可能性はあるものと考えられる。
ⅲ 今後の観光客の増加に対応した宿泊施設整備の望ましい県内地域配分の在り方については,地域住民の生活の安定,周辺環境の適正な保全等を考慮する必要があり,宿泊施設の集積が進んでいない地域にその整備の重点を移していくことが適切であると考えられる。
この観点から,各種経済活動の集積,多彩な観光資源などに恵まれているものの,宿泊施設の集積が進んでいない地域における宿泊需要占有率を増加させていくことが適当と考えられ,沖縄市の場合は,入域観光者数700万人台のときには,5.5パーセント程度を受け持つことが適当という試算もされている。
ⅳ 沖縄県の宿泊施設整備においては,那覇市や西海岸地域に多くみられるような,都市型ホテル,ビーチリゾートホテル等を中心に入域観光客の宿泊需要に対応してきたが,近年,スポーツ合宿やエコツーリズムの活発化,ウィークリーマンションの普及など旅行目的の多様化が進む中,これらの新たなニーズに対応したコンドミニアムやリゾートマンション等,体験・長期滞在型観光に適した多彩な形態の宿泊施設整備が必要となっている。
これらの新たな宿泊形態の施設整備は,既存の宿泊拠点では対応が困難なものも多いが,新たに整備する宿泊拠点においては,それらに対応することが比較的容易である。このため,今後の宿泊施設の整備においては,従来宿泊施設集積は小さかったが,各種の施設や機能は集積している中部圏東海岸地域において地域特性をいかした多様な施設整備が進む可能性はあるものと考えられる。
(c) また,計画室数については,観光振興基本計画(案)において,今後,平成23年度までに宿泊施設を6000室から8000室程度新たに確保する必要があるとされているが,泡瀬地区の1275室を含め,沖縄本島において構想されている宿泊施設整備予定室数は4000室程度にとどまっており,泡瀬地区における現計画室数の整備が沖縄県全体の施設過剰につながることはないものと考えられる。
(d) 泡瀬地区に計画どおりの観光客誘客が可能か否かは,今後の関連施設整備等,企業立地環境の整備に向けた地元の取組や立地企業の営業努力に負うところが大きいが,地域を挙げた受入体勢の整備により,昭和59年以降,沖縄県全体の宿泊需要に対する比率を大幅に増加させてきた宮古地区の事例からも,泡瀬地区においても地元の努力によって,観光・リゾート地の形成は可能であると考えられる。
(e) これらを総合的に勘案すると,本事業の想定する年間宿泊需要及び宿泊施設計画室数は,地域魅力向上に向けた地元の取組や関連インフラの先行的な整備などを前提として,おおむね妥当な目標値であると考えられる。
c(a) これに対し,沖縄県包括外部監査人弁護士Eが平成17年3月に作成した「平成16年度包括外部監査結果報告書」(甲26,80。以下「本件外部監査結果報告書」という。)においては,泡瀬地区開発事業の構想内容及び土地利用計画についての監査結果として,以下のような土地利用上の疑問点を挙げている。
すなわち,本事業は,集客性の高い観光・リゾートや商業などの都市機能が集積した拠点地区の形成を目指しているが,当該地区は観光・リゾート地の成立要件を満たしているのかが問題とされている。沖縄市が,現在,観光・リゾート面からみて通過点となっているのは,観光・リゾート地としての魅力に欠けるからではないかとも考えられる。そのような地区にリゾートホテルを建設したからといって,宿泊客がどの程度増えるかは未知数である。宿泊施設が西海岸に立地するのは,観光・リゾート業界にとっては必然性があり(例,サンセットの魅力),東海岸に立地するのは余程の風光明媚なロケーションでないと難しい。しかるに,当該地は埋立地であり,東北側には加工物流港を中心に展開しようとする新港地区がある。南西側には西原地区の工業団地等があり,風光明媚とはいえない,とされている。
(b) また,本件外部監査結果報告書は,監査意見として,以下のような指摘をしている(甲26)。
すなわち,現計画における「海洋性レクリエーション拠点」,「国際交流リゾート拠点」形成の根拠が明確でない。本件推進確認作業結果は,沖縄県全体の宿泊需要に対する比率を大幅に増大させてきた宮古地区の事例からも,泡瀬地区においても地元の努力によって観光・リゾート地の形成は可能であると考えられるとする(前記b(d))が,余りに希望的観測が強いのではないか。宮古地区においては,平良市(当時)が観光関連施設用地として埋め立てたトゥリバー地区の土地がいまだに売却の目途が立たず,市の財政を圧迫しているのは周知の事実である。現計画において,年間宿泊需要56万人泊及び宿泊施設設計計画1275室を前提とした土地利用計画を立てているが,その根拠が不十分であり,宮古・石垣・名護でできたから沖縄市でもできるはずだ,という安易な根拠になっていないか。企業立地も進まず埋立地が放置された状態になっている地区が沖縄県内に存在することも周知の事実である。このような状態を勘案してみると,当該計画の需要予測は甘く,事業計画の見直しが必要である,とされている。
d そこで検討するに,b記載のとおり,本件埋立事業等が前提とする泡瀬地区の宿泊需要等の根拠については,本件埋立必要理由書に記載されているものであるところ,本件埋立必要理由書における,平成18年次の泡瀬地区宿泊施設の年間利用人数56万3890人泊との推計は,統計データに基づく沖縄県全体の入域観光客数の推計や,沖縄県におけるリゾート開発計画に関する調査報告書による将来計画を踏まえた予測結果など,一応の根拠となる資料を基に算出されているものといえる。
もっとも,平成18年の中部地域における宿泊施設の不足分の算出について,本件整備計画調査報告書(甲64)を基に,平成18年における中部地域の将来入域観光客数の推計(124万1000人)から,「中部地域における平成13年フレーム(本地区分を除く)」(108万4000人)(リゾート開発計画の進展による,平成13年次における中部地域(泡瀬地区を除く)の入込客数の予測)を控除して算出しているところ,このように,平成18年次における中部地域の将来入域観光客数の推計から控除するものとして「平成13年フレーム」を用いることは,供給される宿泊施設に係る予測数を少なくし,それだけ不足分に係る予測数が多くなることになるものといえ,予測の精度に疑問が生じることになる。
また,かかる将来不足する宿泊需要を,市町村別入域客増加数を参考に推計したとする,平成18年における沖縄市の入域観光客数の推計17万8000人及び泡瀬地区がその60パーセントに当たる10万7000人を受け持つとする点についても,根拠が明確とはいい難い。
さらに,平均滞在日数5.27泊との点については,本件整備計画調査報告書における「新規リゾート施設が5.27泊,既存施設を3.27泊(平成2年実績)」との記載(甲64)によったと思われるが,他方,沖縄県が平成14年5月に作成した「沖縄県観光振興基本計画」(甲65)によれば,沖縄県観光要覧を基にした数値として,沖縄県の観光客の平均滞在泊数(ただし,新規施設と既存施設との区別はない。)は暫時減少傾向にあり,平成2年に3.31泊であったのが,平成12年には2.68泊とされており,10年間で0.63泊減少していることにもかんがみれば(上記資料自体は平成14年5月発行であるが,平均滞在泊数が減少傾向にあることや,上記資料の基となった沖縄県観光要覧等の統計資料については,本件埋立必要理由書作成当時においても把握可能であったといえる。),平成12年に作成された本件埋立必要理由書が,平成4年作成の本件整備計画調査報告書における新規リゾート施設の平均滞在日数5.27泊(平成2年実績)の数値をそのまま用いていることは,予測の正確性に疑問を抱かせるところである。
そしてこれら問題点は,平成14年3月に沖縄県及び沖縄市が作成した本件推進確認作業結果(前記b)によっても,解消されているものとはいえないし,逆に,平成17年3月に作成された本件外部監査結果報告書(前記c)の内容に照らしても,平成12年に作成された本件埋立必要理由書における泡瀬地区の宿泊需要等の推計の正確性には疑義が存するものといわざるを得ず,これに基づき,本件埋立計画地(マリンシティ泡瀬)にホテル4棟とコンドミニアム1棟,コテージ50戸の宿泊施設(合計客室数1275室,収容人数2925人)の需要が見込まれるとの本件埋立必要理由書の見込み(前記b(d))についても,問題があるものといわざるを得ない。
以上の検討結果に照らせば,平成12年にされた本件埋立免許及び承認の時点において,本件埋立事業等による事業計画の前提となる泡瀬地区の宿泊需要等の予測は,同時点においても,種々の疑問点が存する内容であったものといわざるを得ないが,将来の需要予測には不確実さが伴うものであることに加え,上記のように,上記宿泊需要予測の根拠となった数値等は,当時の統計データや調査報告書等,一応の根拠を有する資料を基に算出されているものであって,何らの根拠を持たず,およそとり得ないものということはできないから,このように算出された数値を基にした本件埋立事業等について,その宿泊需要等予測の点において合理性を欠くものとまでいうことはできない。
(イ) 次に原告らは,本件埋立計画地の立地予定施設の設置主体がなく,宿泊施設用地以外の土地利用計画も成り立たない旨主張する。
a この点,沖縄県や沖縄市は,立地企業のめどについては,今後,沖縄県及び沖縄市による誘致活動が展開されることで埋立地の具体的な企業が定まっていくことになるとしている(乙2,4)ところ,具体的な企業の誘致活動やその結果としての立地企業の確定が本件埋立計画地の埋立後にされること自体は,沖縄県や沖縄市のいうとおりであろう。しかしながら,他方,埋立後の企業立地による土地利用を念頭におき,多額の公金を支出して埋立てやそれに続く整備事業等を行おうとする以上,埋立事業を行うに先立って,その実現の見通しについて検討をしておくべきことは当然必要と解されるところである。
b 本件埋立計画地の土地利用計画の内容は,前提事実(3)エ・※記載のとおりであり,業務・研究施設用地として,業務施設用地(約8.9ヘクタール),海洋研究施設用地(約0.7ヘクタール),栽培漁業施設用地(約7.0ヘクタール),海洋療法施設用地(約2.3ヘクタール)が計画されている。
そして,本件埋立必要理由書(甲133)は,上記業務・研究施設用地について,以下の検討をしている(なお,甲133号証は,本件埋立必要理由書の抜粋であるところ,業務・研究施設用地4(海洋療法施設用地)部分は同号証に含まれていない。)。
(a) 業務・研究施設用地1(業務施設用地)について
現在,新港地区にて整備が進められている産業支援団地を補完し,当該地区のリゾート的環境の中で研究開発や人材育成,情報提供,交流等,様々な活動が共同して行える業務・研究施設のための用地を整備する。
当該施設の対象である頭脳立地法関連産業の従業者数は,今後増加するものと予測され昭和61年の約7000人に対し平成12年では約1万2000人に達する見込みである。新港地区ではこれら増加する頭脳立地法関連産業の一部を集積する産業支援団地を整備している。当該施設では,今後増加する頭脳立地法関連産業従業者数の一部を受け持ち,新港地区の産業支援団地を補完し,拠点性を高めたリサーチリゾートの具体化を図る。
そして,本件埋立必要理由書は,総務庁(当時。以下同じ。)統計局による「平成3年 事業所統計調査報告 第2巻沖縄県」や,沖縄県資料による平成12年目標値を基に,平成18年次の頭脳立地法関連産業(特定事業業種)従業者数の推計を行い,これを基に,泡瀬地区の特定事業従業者数を2900人と推計し,以下のような算定式によって,必要面積を9万0354平方メートルと算出している。
(算定式)
必要面積=当該地区特定事業従業者数×敷地面積原単位÷(1-公共用地率)
敷地面積原単位は,財団法人日本立地センター,地域産業高次機能促進調査委員会による「頭脳立地構想推進調査報告書」による。
公共用地率は,社団法人日本都市計画学会による「都市計画マニュアル」により,0.25とする。
(b) 業務・研究施設用地2(海洋研究施設用地)について
沖縄周辺海域において活動を行っている海洋調査研究の支援施設として,調査研究船が採取したサンプル等の整理・分析を行う海洋研究施設のための用地を整備する。
海洋研究施設の導入施設は,琉球大学の施設計画によると,研究実験棟2268平方メートル,研究員宿泊所349平方メートル,船具作業棟390平方メートルなど合計3329平方メートルとなるようであり,当該施設の必要面積は,5548平方メートルとなるようである(必要面積=建築面積÷建物占有率=3329平方メートル÷0.6=5548平方メートル)。
これに,必要な道路用地(約319平方メートル)と緑地帯(約1558平方メートル)を加えた利用面積(埋立面積)は,7425平方メートルとなる。
(c) 業務・研究施設用地3(栽培漁業施設用地)について
中城湾港内のつくる漁業を先導する資源生産や研究施設を展開する栽培漁業施設のための用地を整備する。
栽培漁業施設としては,中城湾沿岸漁業推進協議会の施設計画によると,管理運営施設として,管理棟,実験棟,作業棟,設備棟など合計1390平方メートル,水槽施設として,親魚水槽,飼育水槽,飼育培養水槽など合計5420平方メートルとなるようである。そうすると,管理運営施設の必要面積は,建物占有率を考慮し,約2317平方メートルとなり,施設従業者のための駐車場用地として180平方メートルが必要となる。また,水槽施設の必要面積は,水槽面積を水槽占有率(0.25)及び建物占有率(0.6)でそれぞれ除して,約3万6133平方メートルとなる。以上から,栽培漁業施設必要面積は,合計3万8630平方メートルとなる。
このほか,沈澱池(合計7200平方メートル),護岸敷(合計473平方メートル),道路(合計1万1535平方メートル),緑地帯(1万2393平方メートル)が必要となり,利用面積の総合計は7万0231平方メートル(埋立面積の総合計は7万0016平方メートル)となる。
c 一方,沖縄市東部海浜開発局企業誘致対策課が平成12年9月に作成した「中城湾港(泡瀬地区)に関する企業動向調査(アンケート調査)調査結果報告書」(甲126)によれば,調査対象企業108社,有効回答企業18社のうち,参画意向企業(東部開発への事業参画の可能性について,「やや可能性がある」と回答した企業)が2社,その他の企業(「あまり可能性がない」及び「可能性がない」と回答した企業)が16社という結果になっている。
また,平成13年7月14日付け沖縄タイムスの新聞記事(甲128)によれば,栽培漁業施設(業務・研究施設用地3)を管理運営すると計画されている中城湾沿岸漁業振興推進協議会の事務局は「今の組織で管理運営は厳しい。資金面も無理」とその管理運営に否定的であり,また,海洋研究施設(業務・研究施設用地2)を管理運営すると計画されている琉球大学の施設部は「そのような施設計画はない」と否定したとの報道がされている。
d これに対し,沖縄県及び沖縄市が平成14年3月に作成した本件推進確認作業結果(乙7)においては,海洋研究施設用地及び栽培漁業施設用地について,以下のような検証結果が示されている。
(a) 海洋研究施設用地について
沖縄近海では,与那国の海底遺跡調査等深海調査船による調査活動が活発に行われており,最近では石垣島南方のメタンハイドレード等海底資源に関する調査も進められる等,沖縄近海を対象とした海洋科学研究が注目を集めている。
当該施設については,調査・研究機関による調査船の泡瀬地区への寄港要請があったことや,学識者からサンプル等の整理・分析を行うための施設も必要であるとの提案があったことから,計画に位置付けたところであり,沖縄近海を対象とした海洋科学研究の重要性が認識される中で,今後その必要性はより一層高まっていくものと考える。
また,「新たな沖縄振興に向けた基本的な考え方」においても「ニーズに即した研究開発を進めるとともに,産・学・行政における試験研究機関の整備を拡充する」としていることから,本施設は沖縄県の振興策にも沿ったものとなっている。
今後の当該施設整備の実現に向けては,沖縄市と沖縄県が連携して誘致に取り組んでいくこととしており,現在,沖縄市と沖縄県が連携して誘致に向けて,大学の研究機関と改めて調整しているところである。
(b) 栽培漁業施設用地について
中城湾においては,年々漁獲高が減少しており,地元漁業協同組合等により,将来の漁業資源の安定的確保や漁業振興策の推進が累次にわたって沖縄県などに要請されている。
栽培漁業施設については,中城湾は,その湾口部がリーフに囲まれ,内海が深く,放流魚の歩留まりが高くなるなど,栽培漁業等に対し,地形的優位性を有することから,その特性をいかした水産業の新たな展開を図るとした地元漁業振興協議会の構想に基づいて現計画に位置付けたものであるが,当該施設の重要性は,将来の漁業資源の安定的確保や水産業振興上の観点から一層高まっており,当該施設の必要性は十分認められるものと考えられる。
今後の本施設の整備実現については,沖縄市が中心となって推進し,沖縄県も強力に支援を行う考えである。
e 以上を踏まえ検討すると,沖縄市が実施したアンケート調査(前記c)の結果からは,同調査がされた平成12年段階においても,本件埋立計画地に,その計画に見合うだけの企業の進出が見込まれるかについては厳しい状況にあったものと見受けられるところであるが,具体的な企業の誘致活動自体は埋立後にされるものであって,上記アンケート調査の結果も一つの資料となるにとどまるといえることからすれば,本件埋立計画地への企業立地として,総務庁や沖縄県のデータを基に必要面積等の数値を算出してした,今後増加する頭脳立地法関連産業の立地計画(前記b)が,実現可能性をおよそ欠くようなものであるということはできない。
また,海洋研究施設用地や栽培漁業施設用地に係る本件埋立必要計画書の記載内容(前記b)に照らせば,これら計画は,琉球大学の施設計画や中城湾沿岸漁業推進協議会の施設計画を基に数値を導いているものであって,その前提として,琉球大学や中城湾沿岸漁業推進協議会からの施設計画案の聴取等が存したものと推測されるところであって,c記載のような新聞報道によって,これらの実現可能性がおよそ存しないものということもできない。
以上からすれば,本件埋立計画地の立地予定施設の設置主体がなく,宿泊施設用地以外の土地利用計画が成り立たないものとまでいうことはできない。
(ウ)a 原告らは,本件埋立事業等によるマリーナ・リゾートの建設は,沖縄市経済の発展にとってマイナスとなる可能性が高いものであり,また,地方債残高が年々増加する等している沖縄市の財政に与える危険性は大きい旨主張する。
b そこで検討するに,本件埋立事業等によって本件埋立計画地にマリーナ・リゾート(マリンシティ泡瀬)を建設することが,沖縄市経済に及ぼす影響については,雇用機会を増大させるとともに,新港地区や沖縄市内陸部の中心市街地等と連動して沖縄市の活性化につながるとする見方(沖縄市,沖縄県,総合事務局による平成18年3月作成の「中城湾港(泡瀬地区)人工島事業の理解のために-沖縄市東部海浜開発計画-」(乙2)や,沖縄市が平成17年に作成した「マリンシティー泡瀬 なんでもQ&A」(乙4))がある一方で,沖縄市の中心部から離れた泡瀬地区にマリーナ・リゾート(マリンシティ泡瀬)を建設することは,沖縄市中心部から泡瀬地区に人が流れてしまい,現在でも空店舗の増加,シャッター通り化が進んでいる沖縄市中心部の空洞化を加速するとの見解(甲49,証人F)も存するところであり,この点は,一概に決し難いものというほかない。
c また,本件海浜開発事業が沖縄市の財政に与える影響についてみるに,沖縄市の地方債残高は,平成2年度は220億ないし230億円程度であった(同年度の沖縄市の歳出総額は300億円を下回る程度)のが,平成12年度は360億円ないし370億円程度となり(同年度の沖縄市の歳出総額は420億円程度),さらに,平成15年度以降は400億円前後(沖縄市の歳出総額は420億円から430億円程度)で推移しているものであって,沖縄市の地方債現在高比率(地方債残高を分子とし,標準財政規模(地方税や普通交付税等毎年経常的に入り,使い道が自由な収入)を分母とするもの。)は,平成2年度は168.6であり,その後,140台から150台を推移していたものが,平成12年度は172.3となり,平成15年度には201.7となっているなど,沖縄市の財政状況は悪化しているものといえる(甲124,証人F)。そうであるところ,前提事実(3)エ記載のとおり,本件海浜開発事業により想定される事業費は,沖縄県からの埋立地取得費が約184億円,基盤整備費が約91億円であって,その合計額は約275億円となるところ,上記事業資金は基本的には起債によってまかない,最終的には沖縄市がその取得した約90ヘクタールの土地を民間に売却して返済資金を回収することが予定されているのであり,民間への売却がスムーズに進まなかった場合に沖縄市が負うことになる財政的な負担は,相当大きいものになることが予想される。
d 以上のように,本件海浜開発事業が沖縄市の財政に大きな影響を与えかねないことは,原告らも指摘するとおりであるといえるが,上記のように平成12年の段階における本件埋立事業等の計画が一応の根拠を有するものであって,企業等の立地計画の実現可能性も,これを欠くものとまではいえないこと等に照らせば,平成12年時点における本件埋立事業等の計画が沖縄市の財政に大きな危険性を与えるものとして,その経済的合理性が存しないものとまでいうことはできない。
(エ) 以上からすれば,本件埋立事業等が,平成12年の本件埋立免許及び承認の時点において,経済的合理性を欠くものであったとまでいうことはできない。
(オ)a 一方,1(2)ウ記載のとおり,被告市長(平成18年に沖縄市の新市長に就任した現沖縄市長)は,平成19年12月に,① 第Ⅰ区域は,環境などへの影響も指摘されていることは承知しているが,工事の進捗状況からみて,今はむしろ沖縄市の経済活性化へつなげるため,今後の社会経済状況を見据えた土地利用計画の見直しを前提に推進せざるを得ないと判断した,② 事業着手前である第Ⅱ区域の現行計画については,その約3分の1が保安水域にかかることから新たな基地の提供になり得るとともに土地利用に制約が生じることや,クビレミドロが当該保安水域に生息していること,また,残余の部分は大半が干潟にかかる中で,環境への更なる配慮が求められることから,推進は困難と判断した,しかしながら,第Ⅰ区域へのアクセスや干潟の保全など,国や沖縄県と協力して解決しなければならない課題があることから,第Ⅱ区域については,具体的な計画の見直しが必要と考えているなどとする方針を表明している(本件方針表明)。被告市長による本件方針表明は,第Ⅰ区域については,工事の進捗状況からみて推進せざるを得ないが,土地利用計画は見直しが必要である,第Ⅱ区域は,第Ⅰ区域へのアクセス等の点についての検討は必要であるものの,計画自体の見直し(すなわち,計画の撤回)が必要であるとするものであると解される。
そうであるところ,本件埋立事業等のうち,第Ⅰ区域に係る事業について,被告市長あるいは沖縄市としてどのような見直しを行い,第Ⅰ区域に係る本件埋立計画地において,どのような土地利用を行うのか,また,その新たな土地利用計画に係る経済的合理性等についてどのように検証したのか等,何ら明らかにされておらず(被告市長は,本訴においても,現時点における土地利用計画等を明らかにするための立証活動は何ら行っていない。),本件方針表明は,具体的な土地利用計画が何ら定まらず,したがって,当然のことながら,その経済的合理性についても何ら明らかでないまま,第Ⅰ区域における埋立工事が相当程度進んでいるという事業の進捗状況を追認する形で,第Ⅰ区域に係る事業を推進しようとするものというほかない。
また,本件方針表明は,第Ⅱ区域については,基本的に見直す(計画を撤回する)というものであり,現時点において,第Ⅱ区域に係る事業について,その経済的合理性を認めることはできない。
以上のような本件方針表明の内容や,本件方針表明において推進が表明された第Ⅰ区域についても,具体的な土地利用計画は何ら明らかでないことに加え,これまで検討したように,平成12年時点における本件埋立事業等の計画自体,経済的合理性を欠くものとまではいえないものの,その実現の見込み等について,疑問点も種々存することをも併せ勘案すると,現時点においては,沖縄市が行う本件海浜開発事業について,経済的合理性を欠くものと解するのが相当である。
b 次に,沖縄県が行う本件埋立事業についてみるに,本件埋立事業等の概要は,(1)記載のとおりであって,基地依存経済から脱却し,自立経済へ転換することを目指して,泡瀬地区にマリーナ・リゾート(マリンシティ泡瀬)を建設しようとの沖縄市の施策実現がその中心目的と認められるところ,aで検討したように,現時点において,沖縄市による本件埋立計画地の具体的な土地利用計画は何ら明らかでなく,本件海浜開発事業が経済的合理性を欠く状態にある以上,それとは別個に沖縄県による本件埋立事業についての経済的合理性を認めることもできないものと解するのが相当である。
4 本件各請求について
(1) 甲事件各請求について
ア 被告県知事に対する損害賠償請求の義務付け請求(4号請求)
(ア) 前沖縄県知事Aに対する損害賠償請求について
a 甲事件原告らは,甲事件財務会計行為は,地方自治法2条14項及び地方財政法4条1項に反し違法である,また,本件埋立免許及び承認は公有水面埋立法4条1項1号ないし3号に違反するところ,このように公有水面埋立法に違反する本件埋立事業等に関する財務会計上の行為も違法となる旨主張する。
b まず,地方自治法2条14項及び地方財政法4条1項違反の点についてみるに,これら各規定は,いずれも地方公共団体や地方行財政の運営の在り方にかかわる基本的指針を定めたものであり,最も少ない経費で最大の効果を挙げるよう努めるべきであるとの,また,最も少ない額で目的を達するよう努めるべきであるとの執行機関に課されている義務を示したものであるが,他方,具体的な予算の執行や予算を伴う契約の締結等に際しては,執行機関に予算執行等に係る裁量権があるものと解すべきであるから,執行機関が,合理的な理由もなく不当に多額の支出をするなど,その裁量権を逸脱し,あるいはこれを濫用したと認められる場合に限り,執行機関の行為が上記義務に反するものと解するのが相当である。
本件埋立事業等は,3で検討したように,その実現の見込み等について,疑問点も種々存するものではあるものの,これに基づく計画の基となった宿泊需要予測等は,本件埋立免許及び承認当時の統計データや調査報告書等,一応の根拠を有する資料を基に算出されているものであって,同時点において経済的合理性を欠くものであったとまでいうことはできず,本件支出負担行為等(ただし,1(1)ア記載のとおり,監査請求期間を徒過したものとして不適法とされる部分を除く,平成16年4月19日に支出命令がされた平成15年度の中城湾港(泡瀬地区)企業用地周辺環境資料作成業務委託費712万9500円並びに平成16年8月19日及び平成17年3月23日に支出負担行為がされ,同年4月22日に支出命令がされた平成16年度の中城湾港(泡瀬地区)環境調査業務費2999万7450円に限る。)がされた時点においても,同様にその経済的合理性を欠くものであったということはできないから,執行機関の有する裁量を逸脱又は濫用したものとは認められず,本件支出負担行為等(同上)が地方自治法2条14項や地方財政法4条1項に違反する違法なものということはできない。
c 次に,公有水面埋立法4条1項1号ないし3号違反の点について検討する。
(a) 公有水面埋立法4条1項1号違反の主張について
原告らは,本件埋立事業等には法が要求する合理性は認められず,本件埋立免許及び承認には公有水面埋立法4条1項1号が定める「国土利用上適正且合理的ナルコト」との要件を満たさない違法がある旨主張する。
しかしながら,2で検討したように,本件環境影響評価には不十分な部分も散見されるものの,これが環境影響評価法ないし本件省令に違反する違法なものであるとまでいうことはできず,また,3で検討したように,本件埋立免許及び承認の当時においては,本件埋立事業等が経済的合理性を欠くものであったとは認められないことからすれば,本件埋立免許及び承認が同条1項1号に違反するものということはできない。
(b) 公有水面埋立法4条1項2号違反の主張について
原告らは,本件環境影響評価は環境影響評価法及び本件省令に違反しており,適正な環境影響評価がされたとはいえないことなどから,本件埋立免許及び承認には公有水面埋立法4条1項2号が定める「其ノ埋立ガ環境保全及災害防止ニ付十分配慮セラレタルモノナルコト」との要件を満たさない違法がある旨主張する。
しかしながら,前示のとおり,本件環境影響評価が環境影響評価法及び本件省令に違反する違法なものであるとまでいうことはできないし,本件環境影響評価における環境保全措置としては,2(1)各記載のほか,「自然環境に配慮した港湾計画の策定」,「できる限り影響を回避・低減させるための環境保全措置」及び「環境影響の回避・低減が困難であることから代償措置を検討したもの」などに分けて,それぞれ検討されており(本件評価書(甲8)6-1頁ないし11頁),事業者において把握した本件埋立事業に伴う環境影響上の問題に対し,事業者の実行可能な範囲内で講じられていたものといえる。さらに,その上で,予測の不確実性を伴うと考えられるものについては事後調査を行うとされている(本件評価書(甲8)7-1頁ないし8頁)。
これらによれば,本件埋立免許及び承認時において,本件埋立事業に係る埋立てがその当時として環境保全に十分配慮されたものとはいえなかったとまでいうことは困難である。
したがって,本件埋立免許及び承認が同条1項2号に違反するものということはできない。
(c) 公有水面埋立法4条1項3号違反の主張について
原告らは,本件埋立計画地の海域が,環境省指定に係る重要湿地500選に指定される重要な干潟であることなどから,本件埋立計画地の用途が環境保全に関する国の法律に基づく計画に違背するものであり,本件埋立免許及び承認には公有水面埋立法4条1項3号が定める「埋立地ノ用途ガ土地利用又ハ環境保全ニ関スル国又ハ地方公共団体(港務局ヲ含ム)ノ法律ニ基ク計画ニ違背セザルコト」との要件を満たさない違法がある旨主張する。
この点,前提事実(3)記載のとおり,本件埋立計画地の用途は,マリーナ・リゾート(マリンシティ泡瀬)の建設にあるところ,本件評価書の記載によれば,環境基本法に基づく環境基準の類型のうち中城湾港に関係するものは,大気汚染,水質汚濁及び騒音に係るものとされるほか,自然環境保全法や自然公園法に基づく地域地区の指定はされておらず,また,文化財保護法に基づく史跡名勝天然記念物の指定状況としては,本件埋立計画地を分布位置とするものはなく,地域を定めず指定されている動物として,オカヤドカリなどが挙げられている(本件評価書(甲8)3-92頁ないし116頁)。そして,本件環境影響評価においては,オカヤドカリを含む貴重又は重要な動植物の種について,それぞれ,事業者の実行可能な範囲内で影響の低減等が図られているものということができるのであって(なお,オカヤドカリについては,「生息地となっている海岸付近は,埋立工事による直接の改変がなく,沿岸域の浅瀬・干潟は連続性を保持しているため,オカヤドカリの生息環境は相当程度保全されるものと考えられる。」等の評価がされている(本件評価書(甲8)5-329頁,330頁)。),これらにかんがみると,本件埋立計画地の用途が,環境保全に関する国又は地方公共団体の計画に違背しないとの要件を満たさないものであるということはできない。
したがって,本件埋立免許及び承認が,公有水面埋立法4条1項3号に違反するものということはできない。
(d) 以上のとおり,本件埋立免許及び承認が公有水面埋立法4条1項1号ないし3号に違反するものということはできないから,同違反を前提として本件埋立事業等に係る財務会計行為の違法をいう原告らの主張は,その余の点について判断するまでもなく,理由がない。
d 以上から,本件支出負担行為等(b記載のとおり監査請求期間を徒過し,不適法とされる部分を除く。)が違法とは認められないから,被告県知事に対し,前沖縄県知事Aに対する損害賠償請求の義務付けを求める甲事件原告らの請求は理由がない。
(イ) 国に対する損害賠償請求について
原告らは,本件環境影響評価がずさんであり,埋立てについての免許及び承認権者である被告県知事の審査につき誤った環境情報を提供してその判断を誤らせ,沖縄県に対し本件埋立事業に関する免許を与えさせ,その事業について本件支出負担行為等をさせ,もって沖縄県に同額の損失を与えた旨を主張する。しかしながら,前示のとおり,本件環境影響評価が環境影響評価法や本件省令に違反する違法なものであるとまでいうことはできず,また,本件埋立免許及び承認も違法とはいえないから,この点に関し,国が沖縄県に対して損害賠償義務を負うものとは認められず,したがって,被告県知事に対し,国に対する損害賠償請求の義務付けを求める甲事件原告らの請求は理由がない。
イ 被告県知事に対する差止め請求(1号請求)
甲事件原告らは,甲事件財務会計行為は違法であるとして,被告県知事に対し,本件埋立事業に係る一切の公金の支出,契約の締結,又は債務その他の義務の負担の差止めを求めるところ,3(2)イ(オ)bで検討したように,現時点においては,沖縄県による本件埋立事業についての経済的合理性を認めることはできないから,被告県知事による本件埋立事業に係る将来の甲事件財務会計行為は,地方自治法2条14項及び地方財政法4条1項に違反する違法なものというべきであり,この差止めを求める甲事件原告らの請求は理由がある。ただし,公金支出の前提となる契約の締結等の支出負担行為が存在しているものについては,それが私法上無効でなく,かつ,本判決確定時までに支払義務が生じた部分については,沖縄県は支払義務を負うものと解されるから,その部分についての公金支出の差止めを求めることはできず,同部分については請求を棄却すべきこととなる。
(2) 乙事件請求(1号請求)について
乙事件原告らは,乙事件財務会計行為は違法であるとして,被告市長に対し,本件海浜開発事業に係る一切の公金の支出,契約の締結,又は債務その他の義務の負担の差止めを求めるところ,3(2)イ(オ)aで検討したように,現時点においては,沖縄市による本件海浜開発事業についての経済的合理性を認めることはできないから,被告市長による本件海浜開発事業に係る将来の乙事件財務会計行為は,地方自治法2条14項及び地方財政法4条1項に違反する違法なものというべきであり,この差止めを求める乙事件原告らの請求は理由がある。
5 よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田中健治 裁判官 加藤靖 裁判官 渡邉康年)
<編注:『※』部分は原文のとおり。>
(別紙) 甲事件原告目録
(別紙) 乙事件原告目録
(別紙) 「中城湾港(泡瀬地区)臨海部土地造成事業特別会計 支出内容一覧」
(被告県知事の準備書面(11)の別紙)
(別紙) 「土地利用計画図」(乙4の図面)
(別紙) 「区域分割図」(甲8の2-10)