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那覇地方裁判所 平成18年(ワ)1430号 判決 2007年5月28日

主文

1  被告沖縄県は,原告に対し,35万円及びこれに対する平成18年5月31日から支払済みまで,年5分の割合による金員を支払え。

2  原告の被告Aに対する請求及び被告沖縄県に対するその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用はこれを10分し,その7を原告の,その余を被告沖縄県の各負担とする。

4  この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告らは,原告に対し,連帯して,110万円及び平成18年5月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,原告(女性)が,被告沖縄県が管理運営する沖縄県警察の警察官である被告Aから,警察官としての職務執行中に性的に不快な言動(いわゆる「セクシュアル・ハラスメント」)を受けたとして,被告Aに対しては不法行為に基づき,被告沖縄県に対しては国家賠償法1条1項に基づき,連帯して,損害賠償及びこれに対する不法行為の日からの民法所定の遅延損害金の支払を求める事案である。

1  争いのない事実

(1)  被告Aは,平成18年5月当時,沖縄県警察B警察署刑事第一課強行犯係長の職にあった警察官である。

被告沖縄県は,沖縄県警察の管理及び運営を行う地方公共団体である。

(2)  被告Aほか沖縄県警察所属の警察官3名は,平成18年5月31日,原告の娘を被疑者とする刑事事件に関連する事件(原告の娘が偽造旅券を所持したという事件)の捜査のため,原告を,大阪府警察C警察署に参考人として呼び出して,午前から午後にかけて事情聴取を行った。

2  争点

(1)  争点1…被告Aの言動が不快な性的な言動にあたり,原告に対する不法行為を構成するか

(原告の主張)

ア 被告Aは,午前の事情聴取が終わった後,原告を,C警察署の外で昼食を食べるために飲食店に誘ったものであるが,C警察署を出た際,原告に対し,突然,「手,つなぎましょうか」と言い,原告の前に右手を差し出した。

イ 被告Aは,午後の事情聴取で,原告が,被告Aの追及を否定して沈黙が流れた際,なんの前触れもなく,原告に対し,「お母さん,パンツは何色ですか。僕は白です。」と申し向けた。

ウ これらの被告Aの一連の行為は,担当刑事と聴取を受けている被疑者の母親という立場の違いを考えれば,社会生活上あり得るやりとりの限度を超え,原告に性的不快感を感じさせる言動(いわゆる「セクシュアル・ハラスメント」)であり,不法行為にあたる。

エ 被告らは,被告Aがいかなる意図で前記のような行動や発言をしたかについて縷々主張するが,問題は,被告Aの行動や発言により原告が著しい性的羞恥心や恐怖心を感じたこと,これが,警察官と容疑者の母親という圧倒的な権力構造下で起きた点にあるのであって,被告Aの意図は不法行為の成否を判断するにあたっては事情にもならない。

(被告らの主張)

ア 被告Aが,昼休みに飲食のために外出した際,原告に対し,右手を出して手をつなごうかと声を掛けた事実はある。

しかしながら,被告Aは,被告Aの後ろにいた同僚捜査員から少し離れて原告が最後尾を歩いているのを認めたので,原告に対して機敏な行動を促す目的でこのような言動をしたものであって,性的関心から行ったものではなく,また,原告も不快感を感じている様子はなかった。

イ 原告が,事情聴取中に,「あなたのパンツも白か」「自分のパンツは白だ」と発言した事実はある。

しかしながら,被告Aは,これまでになされた捜索差押の結果から,原告が偽造旅券を隠匿した疑いが極めて濃いにもかかわらず,原告がこれを強く否認し,「私は潔白です,シロです。」と言ってきたため,もどかしさを感じて,たとえ話で追及を続けるつもりで,思わず,「あなたのパンツも白か」という発言をしたものである。また,被告Aは,すぐに不適切な発言であるのに気づき,失言をフォローするために「自分のパンツは白だ」という発言をした。

被告Aが追及の中で下着の色を引き合いに出したことは不用意であったが,あくまでも,旅券の所在追及の一環としてその発言をしたものであって,原告に対する性的興味,好奇心などから出た言動ではなく,原告に性的羞恥心や嫌悪感を与える意図は毛頭なかった。また,原告も不快感を感じていなかった。

ウ 被告Aの行為は警察官の職務として行ったものであるところ,原告は,被告A個人に対し直接損害賠償の請求をすることはできない。

(2)  争点2…損害

(原告の主張)

ア 慰謝料 100万円

被告Aの一連の言動により,原告は,性的不快感,屈辱感,嫌悪感を感じ,精神的損害を受けた。

これを金銭に評価すれば100万円を下らない。

イ 弁護士費用 10万円

原告は,本件訴訟を原告訴訟代理人に依頼したが,原告が支払を約した費用は10万円を下らない。

(被告らの主張)

いずれも争う。

第3争点に対する判断

1  争点1(被告Aの言動が不快な性的な言動にあたり,原告に対する不法行為を構成するか)について

(1)  本件において,具体的な文言はともかくとして,被告Aが,①昼休みに原告及び同僚警察官らとC警察署を出て外を歩いている際に,原告に対して右手を差し出して,手をつなぐよう誘う趣旨の発言をしたこと(以下,「本件言動①」という。),②取調中に,原告に対し,下着の色を問うような趣旨の発言をしたこと(以下「本件言動②」といい,本件行動①と②を併せて,「本件各言動」という。)自体は,当事者間に争いがない。

本件各言動は,客観的にみて,「他の者を不快にさせる性的な言動」にあたり,それによって原告が性的不快感を感じた場合には,原告に対する不法行為を構成するものと認められる。

(2)  この点,被告らは,①被告Aに性的意図はなかった,②原告も被告Aの言動を不快に感じていなかったとして,本件各言動が不法行為にあたることを否定する。

ア(ア) しかしながら,まず,被告Aの性的意図の有無を問題にする点は,ある言動が客観的にみて他の者を不快にさせる性的な言動にあたるのであれば,受け手がその言動を不快に感じた場合には不法行為が成立すると解すべきものであり,行為者の主観的事情を問題にするのは相当でない。

(イ) また,被告Aが当事者尋問において供述するところの言動の意図は,以下に述べるとおりいずれも不自然であって,信用することができず,被告Aが供述するような意図で本件各言動がなされたものとは認められない。

a まず,本件言動①の意図について,被告Aは,要旨,原告に機敏な行動を促す目的であった,また,昼休み終了後の午後1時から再度事情聴取を行う予定があったことと,当日の飛行機で沖縄に帰る予定であり,事情聴取を行う時間に制約があったことから,少し焦っていた,と供述する。

しかしながら,同時に,被告Aは,そば屋で昼食を食べ終わって,その後に喫茶店に行く途中で本件言動①を行ったと供述するところ,真実,時間に制約があって焦りを感じていたとか,機敏な行動を促す必要があるということであれば,昼食を食べ終わったら喫茶店で寄り道などせずに,C警察署に戻ればよい(昼休みの時間帯は事情聴取に利用していた相談室を使用することができないという事情があったようであるが,被告Aや原告が待機する場所は相談室には限られない。)のであって,矛盾があるといわざるを得ない。

b また,本件言動②の意図についても,被告Aは,要旨,自分たちが捜査した中で感じた疑問点,矛盾点について聞き出そうとしたが,原告は否認を続け,挙げ句の果てには開き直ったような態度をとったので,「私は,あなたは限りなく黒に近い灰色だと思っている」というたとえで話したところ,原告も,「私は潔白です,白です。」というたとえで返答したので,正直に原告に話をしてもらいたくて,本当に「白」なのかを確認するため,たとえとして「あなたのパンツも白か」と発言したものである,と供述する。

しかしながら,被告Aの供述するような流れから「あなたのパンツも白か」という発言がなされるというのはいかにも唐突といわざるを得ない。

また,この問いがいかなる答えを求めるものなのかも明らかではないし,少なくとも,この問いを受けて,原告が,被告Aのいうところの「正直な話」をするとは思われない。被告Aが本件言動②の意図として供述するところと,本件言動②の内容には,何の関連性もない。

(3)  原告の当事者尋問の結果によれば,本件各言動により,原告は,少なくない性的不快感を感じたものと認められる。

被告らは,原告が性的不快感を感じたものではないと主張し,被告Aもこれに沿う供述をするが,前記のとおり,本件各言動は客観的にみて他の者を不快にさせる性的な言動であるうえ,原告は,娘に対する刑事事件の捜査の関係で,被告Aをはじめとする沖縄県警察には少なくとも好感を抱いていなかった(このことは,被告Aも認識していた。)上に,偽造旅券を隠匿したのではないかという疑いで追及を受けていたものであるから,原告が,本件各言動を冗談として聞き流すことができるような状況にはなかったものと認められるので,性的不快感を感じたという原告の供述は信用することができる。

(4)  以上のとおりであるから,本件各言動は,いずれも,原告に対する不法行為を構成し,被告沖縄県は,国家賠償法1条1項に基づき,原告の受けた損害を賠償する責任を負う。

(5)  なお,原告は,被告沖縄県に対して国家賠償法に基づき損害賠償を請求するとともに,被告A個人に対しても,不法行為に基づき損害賠償を請求する。

しかしながら,公権力の行使に当たる地方公共団体の公務員が,その職務を行なうについて,故意または過失によって違法に他人に損害を与えた場合には,当該公務員が属する地方公共団体がその被害者に対して賠償する責任を負うのであって,公務員個人はその責任を負わないと解するのが相当である(最判昭和30年4月19日民集9巻5号534頁,最判昭和53年10月20日民集32巻7号1367頁参照)。

2  争点2(損害)について

(1)  慰謝料 30万円

前記のとおり,原告は,本件各言動によって少なくない性的不快感を感じたものと認められるところ,本件各言動は,事情聴取を担当している警察官が,刑事事件の被疑者の母親で,かつ,自身も偽造旅券隠匿の疑いで事情聴取を受けている者に対して行ったもので,行為者と相手方との間の力関係が対等ではないと認められること,被告Aの側に本件各言動に及んだ合理的な理由がないこと,他方,本件各言動は,いずれも事情聴取当日の一回的なものであること,被告Aが,後日なされた原告および原告訴訟代理人からの事実確認に対して,謝罪する趣旨の発言をしたこと,その他,本件に現れた一切の事情を考慮すれば,慰謝料の額としては上記の金額をもって相当と認める。

(2)  弁護士費用 5万円

本件に現れた一切の事情によれば,弁護士費用は上記の金額をもって相当と認める。

第4結論

よって,原告の被告沖縄県に対する請求は,損害賠償として35万円の支払を求める限度で理由があるから認容し,被告Aに対する請求は理由がないから棄却する。

(裁判官 加藤靖)

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