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那覇地方裁判所 平成18年(ワ)894号 判決 2007年3月01日

沖縄県●●●

原告

●●●

沖縄県●●●

原告

●●●

上記両名訴訟代理人弁護士

金高望

東京都千代田区大手町一丁目2番4号

被告

プロミス株式会社

同代表者代表取締役

●●●

同訴訟代理人弁護士

●●●

主文

1  被告は,原告●●●に対し,167万4961円及びうち152万5298円に対する平成18年8月5日から,うち10万円に対する同月22日から各支払済みまで年5分の各割合による金員を支払え。

2  被告は,原告●●●に対し,56万3893円及びうち53万3317円に対する平成18年8月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

4  訴訟費用は,原告●●●と被告との間では,これを4分し,その1を原告●●●の負担とし,その余を被告の負担とし,原告●●●と被告との間では,これを40分し,その1を原告●●●の負担とし,その余を被告の負担とする。

5  この判決は,第1項及び第2項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  原告●●●(以下「原告●●●」という。)

被告は,原告●●●に対し,217万8624円及びうち170万6303円に対する平成18年8月5日から支払済みまで年6分の,うち40万円に対する平成18年8月22日から支払済みまで年5分の各割合による金員を支払え。

2  原告●●●(以下「原告●●●」という。)

被告は,原告●●●に対し,57万8087円及びうち54万0769円に対する平成18年8月5日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,原告らが被告に対し,継続的に貸付けが繰り返されることを予定した契約(以下「基本契約」という。)に基づく貸付けに係る債務の弁済金のうち利息制限法1条1項所定の利息の制限額を超えて支払われた部分を元本に充当すると過払金が生じているとして,不当利得返還請求権に基づき,過払金及びこれに対する年6分(商事法定利率)による民法704条前段所定の利息(以下「過払利息」という。)の支払を求めるとともに,原告●●●が貸金業者である被告が取引履歴の開示義務があるのに,開示要求に応じなかったとして,不法行為に基づき,慰謝料及び弁護士費用の支払を求める事案である。

1  争いのない事実等(証拠を挙げていない事実は当事者間に争いがない。)

(1)  被告は,貸金業の規制等に関する法律(以下「貸金業法」という。)3条所定の登録を受けた貸金業者である。

(2)  被告は,別表1の「年月日」,「借入金額」及び「弁済額」欄のとおり,昭和58年7月28日から平成18年4月24日まで,原告●●●に金銭を貸し付けるとともに,同原告から弁済を受けた(昭和58年7月28日より前の取引がどのようなものであったかは争いがある。)。なお,原告●●●と被告の取引は,昭和62年2月14日から平成7年11月13日までの間(以下,同期間のことを「本件中断期間」という。),中断しており,中断前の取引(以下「本件第1取引」という。)と再開後の取引(以下「本件第2取引」という。)とは,別個の基本契約に基づくものである(弁論の全趣旨)。

(3)  被告は,別表2の「年月日」,「借入金額」及び「弁済額」欄のとおり,平成7年2月23日から平成18年5月25日まで,原告●●●に金銭を貸し付けるとともに,同原告から弁済を受けた。これらの取引は,1個の基本契約に基づくものである(弁論の全趣旨)。

(4)  上記(2)及び(3)の貸付けの約定利率は,いずれも利息制限法1条1項所定の制限利率を超過するものであった。

(5)  原告●●●は,被告に対し,取引履歴の開示を求めたところ,被告は,昭和58年7月28日以降の取引履歴は開示したが,同日より前の取引履歴については,コンピュータ化する前の取引であって,コンピュータには入力されておらず,また紙媒体の記録も返還又は廃棄したとして,開示に応じていない。

2  当事者双方の主張の要旨及び争点

(1)  原告●●●は,被告との第1回目の取引を取引履歴が開示されている昭和58年7月28日の貸付け及び弁済とした上,本件中断期間を含む,全取引について,いわゆる一連計算(以下,単に「一連計算」という。)をすべきであると主張し,また,被告は悪意の受益者であり,過払利息の利率は商事法定利率(年6分)であると主張して,別表3の過払金の元金170万6303円及び未払過払利息7万2321円並びに上記元金に対する最終取引日の後である平成18年8月5日から支払済みまで年6分の割合による過払利息の支払いを求めるほか,被告による昭和58年7月28日より前の取引履歴の不開示は不法行為に当たるとして,慰謝料20万円及び弁護士費用20万円の合計40万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成18年8月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている。

これに対し,被告は,原告●●●との第1回目の取引は昭和58年7月18日の20万円の貸付けであり,また,原告●●●との取引は本件第1取引と本件第2取引とに区分して一連計算をすべきであり,本件第1取引から生じた過払金(別表5の過払金17万5039円及び過払利息1360円)は時効により消滅しているから,被告が原告●●●に支払うべき過払金は別表6の17万2120円のみである,被告は悪意の受益者には当たらず,仮に当たるとしても,過払利息の利率は民法所定の年5分である,被告が原告●●●に取引履歴の一部しか開示していないのは,取引履歴に関する記録が存在しないためにすぎないから,不法行為は成立しないと主張している。

(2)  また,原告●●●も,被告との全取引について,一連計算をした上,被告は悪意の受益者であり,過払利息は商事法定利率(年6分)であると主張して,別表4のとおり,過払金の元金54万0769円及び未払過払利息3万7318円並びに過払金の元金に対する最終取引日の後である平成18年8月5日から支払済みまで年6分の割合による利息の支払を求めている。

これに対し,被告は,原告●●●に対して返還すべき過払金は,別表7のとおり,49万9883円であり,また,上記のとおり,被告は悪意の受益者には当たらず,仮に当たるとしても,過払利息の利率は民法所定の年5分であると主張している。

(3)  したがって,本件の争点は,①原告●●●と被告との間の昭和58年7月28日より前の取引がどのようなものであったか(被告が原告●●●に昭和58年7月18日に20万円を貸付けたか),②原告●●●について過払金の計算をするに当たり,本件第1取引と本件第2取引とを別個の取引として,それぞれについて一連計算をすべきか,それとも全体を1個の取引として一連計算をすべきか(被告の消滅時効の主張の当否),③被告は悪意の受益者に当たるか,仮に当たるとした場合,過払利息の利率はいくらか,④被告が原告●●●に対し取引履歴を一部開示しなかったことが不法行為に当たるかである。

3  争点に関する当事者双方の主張

(1)  原告●●●と被告との間の昭和58年7月28日より前の取引がどのようなものであったか(被告が原告●●●に昭和58年7月18日に20万円を貸付けたか)について

ア 被告の主張

原告●●●と被告との第1回目の取引は,昭和58年7月18日の20万円の貸付けであり,この事実は,被告の営業帳簿(乙ハ1。以下「本件帳簿」という。)の同月28日の記録に「計上日 昭和58年7月28日」,「利用日数 10日」,「変動元金 3万円」,「残高 23万円」と記載されていることから,推認することができる。

昭和58年7月28日より前の取引は,コンピュータ化以前のものであるため,コンピュータに入力されておらず,契約書は完済に伴って原告に返還し,領収書等も廃棄したため,紙媒体の記録も存在していない。

なお,原告●●●との取引は,被告の浦添支店でされたものであるが,同支店が開設されたのは昭和58年4月28日である。

イ 原告●●●の主張

原告●●●が被告との取引を開始したのは昭和57年11月ころであるが,被告が昭和58年7月28日より前の取引履歴を開示しようとしないため,取引内容は不明であるから,同日の3万円の貸付け及び2600円の弁済を第1回目の取引として,過払金を計算すべきである。

被告は,昭和58年7月18日を第1回目の取引日と主張するが,被告が原告との取引履歴を隠匿していることは明白であって,このような不誠実な被告が主張する上記アの推認には合理性がない。貸付けの事実は被告が主張立証責任を負うものであるから,被告の立証が不十分である以上,昭和58年7月28日より前の取引はなかったものとして,過払金を計算すべきである。

(2)  原告●●●について過払金の計算をするに当たり,本件第1取引と本件第2取引を別個の取引として,それぞれについて一連計算をすべきか,それとも全体を1個の取引として一連計算をすべきか(被告の消滅時効の主張の当否)について

ア 被告の主張

本件第1取引と本件第2取引とは,別個の基本契約に基づくものであり,会員番号も異なっていること,中断期間が8年9か月もの長期に及んでいること,当事者(特に被告)の意識としても別個の取引であることなどから,本件第1取引と本件第2取引は別個の取引と評価されるべきであり,過払金の計算についても両取引を区分して計算すべきである。

そして,過払金返還請求権の法的性質は不当利得返還請求権であり,不当利得返還債務は期限の定めのない債務であるから,同債務の発生時が消滅時効の起算点となる。

本件第1取引は,昭和62年2月13日に終了しており,原告●●●は,同取引により生じた過払金返還請求権を行使することができたところ,本件訴えが提起された平成18年8月4日までに10年以上が経過しているから,上記過払金返還請求権は時効により消滅している(被告は,平成18年12月14日の本件第4回口頭弁論期日において,上記時効を援用する旨の意思表示をした。)。

なお,本件第1取引から過払金が生じた時点では,本件第2取引はされておらず,充当すべき債務は存在していなかったのであるから,上記過払金を本件第2取引の貸付金に充当することはできない。

イ 原告●●●の主張

過払金の計算をするに当たっては,契約の形式・個数云々の議論に拘泥することなく,借主の意思を尊重すべきであるところ,借主は全体として借入総額が減少することを望み,複数の権利関係が発生するような事態が生ずることは望まないのが通常であるから,本件第1取引及び本件第2取引を通算した一連計算がされるべきである。このことは,本件のように長期の中断期間があったとしても,異なることはないと解すべきである。なぜなら,同一当事者間に消費貸借契約に伴う債権債務関係が残存していれば,その精算を行った上,再開後の取引を継続するというのが当事者の合理的な意思であると解されるからである。

また,本件第1取引から過払金が生じた時点では,本件第2取引はされておらず,充当すべき債務は存在していなかったが,本件第1取引と本件第2取引とは,同一の当事者間における継続的な金銭消費貸借契約に基づくものであるのに,本件第1取引により生じた過払金については商事法定利率である年6分の割合による過払利息が発生するにすぎないのに対し,本件第2取引による貸付金には,これを大幅に上回る利息が発生すると解するのは,衡平に反することなどからすると,本件第1取引により生じた過払金は,本件第2取引の貸付金に当然充当されると解すべきである。

したがって,取引の継続中に過払金が消滅時効にかかることはなく,過払金返還請求権は,最終取引の後にはじめて行使することができることになるから,消滅時効は,原告●●●と被告の最終取引日の翌日である平成18年4月25日から進行すると解すべきである。

(3)  被告は悪意の受益者に当たるか,仮に当たるとした場合,過払利息の利率はいくらかについて

ア 原告らの主張

被告は,利息制限法1条1項所定の制限利率を超過する約定利率で貸付けを行っており,過払金が生じうることについては当初から認識していたはずである。また,被告は,原告に過払金を返還しないまま,これを他の顧客に対する貸付けの原資等に利用し,更なる運用利益を上げているのに対し,原告らは返還を受けるまで過払金を利用することができないでいるところ,被告は,このような事態を生ずることも,当初から認識していたものである。

したがって,被告は,最初の過払金が生じた時から悪意の受益者に当たるというべきである。

なお,過払利息の利率は,利得者が商人であり,利得物を営業のために利用し収益を上げた場合には,商事法定利率である年6分とすべきである。

イ 被告の主張

被告は,正当な営業による受取利息として原告らから弁済金を受領して,会計処理を行い,税務上も受取利息から経費を控除した残額を所得として法人税等を課税されており,法律上の原因なく,利息を受領しているとの認識は有していなかった。

また,本件において,民法704条所定の「悪意」とは,利息制限法1条1項所定の制限利率を超過した利息を受領するについて,貸金業法43条1項所定のみなし弁済が成立しないことを知っていたことを意味するところ,被告は,みなし弁済が成立すると信じて原告らからの弁済を受領していたのであるから,悪意の受益者には当たらない。

仮に,被告が悪意の受益者に当たるとしても,過払利息の利率は,民法所定の年5分とすべきである。

(4)  被告が原告●●●に対し取引履歴を一部開示しなかったことが不法行為に当たるかについて

ア 原告●●●の主張

原告●●●は,被告に対し,取引履歴の開示を求めたが,被告は,平成17年7月19日の最高裁判所の判決が,「貸金業者は,債務者から取引履歴の開示を求められた場合には,特段の事情のない限り信義則上これを開示すべき義務を負う」と判示した後も,昭和58年7月28日より前の取引履歴の開示を拒否しているから,上記不開示は原告●●●に対する不法行為に当たり,これにより,原告●●●は債務整理に必要以上の時間と労力をかけることとなり,精神的苦痛を被ったものであり,その苦痛を慰謝するためには,20万円が相当である。

また,貸金業者が取引履歴の一部しか開示しない場合,全部が開示されている場合と比較して,事実主張及び法的主張が困難なものとなり,弁護士に依頼しなければ,過払金の返還を求める訴えを提起・維持することは困難であるから,弁護士費用も上記不法行為と相当因果関係のある損害に当たり,その報酬としては20万円が相当である。

イ 被告の主張

被告は,上記(1)アのとおり,昭和58年7月28日より前の取引については,コンピュータに入力しておらず,紙媒体の記録も存在しないため,取引履歴を開示することができないにすぎず,合理的な理由なく原告●●●との取引履歴の一部を開示していないわけではないから,不法行為は成立しない。

第3判断

1  争点(1)について

被告は,昭和58年7月18日の20万円の貸付けが原告●●●との第1回目の取引であると主張し,その根拠として,本件帳簿の同月28日の記載を挙げ,同日より前の取引履歴については,コンピュータ化以前の記録であるため,コンピュータに入力されておらず,紙媒体の記録も返還又は廃棄したと主張する。

しかしながら,被告の従業員作成の報告書(乙ハ5)は,「処理端末導入後最初の取引記録は昭和58年8月2日であり,昭和58年7月19日時点における原告●●●の借入残債務は10万円である。」としており,被告の上記主張は,上記報告書の内容と全く異なっているのであって(なお,本件帳簿には,昭和58年8月2日の取引記録は記載されていない。),被告は,本件帳簿とは異なる取引履歴に関する記録を所持しているものと考えられるから,本件帳簿の上記記載が正確な取引履歴であるのか極めて疑わしいというほかない。

また,被告の主張によれば,浦添支店を開設したのは昭和58年4月28日であり,取引履歴に関する記録のある原告●●●との最初の取引は,同年7月28日(上記報告書によれば,同年8月2日)であるというのであるから,この間の浦添支店の取引データは約3か月分にすぎないはずであり,顧客の管理(取引実績に応じた営業方法の策定・貸倒率の見積り等)にとって取引履歴の保管が重要であることも併せ考えると,浦添支店の開設時からコンピュータ化までの取引データをコンピュータに入力しないまま,被告が紙媒体の記録を廃棄したというのは,いかにも不自然である。

さらに,被告は,上記のとおり,浦添支店を開設した日を昭和58年4月28日と主張しているが,被告が提出した建物賃貸借契約書(乙ハ10)では,同支店のための建物の賃貸借契約の期間は,昭和61年6月15日から2年間とされており,上記契約書のとおり2年ごとに賃貸借契約が更新されていたとすると,賃貸借契約が初めて締結された時期は,昭和57年6月ころと考えられるのであり,開設の準備のためにある程度の日数を要するとしても,上記契約の締結から約10か月も後の昭和58年4月28日になってようやく浦添支店の開設に至ったというのも不自然と言うほかなく,他に浦添支店が開設された時期が被告の主張どおりであることを認めるに足りる証拠はない。

以上のとおり,被告の主張は不自然であって採用することはできず,昭和58年7月28日より前の取引内容を明らかにする証拠もないから,原告●●●の主張するとおり,本件では,昭和58年7月28日の3万円の貸付け及び2600円の弁済を第1回目の取引として過払金の計算をするほかないというべきである。

2  争点(2)について

貸主と借主との間で基本契約が締結され,貸付けが繰り返されている場合において,第1の貸付けに係る債務の各弁済金のうち利息制限法所定の制限利率を超えて利息として支払われた部分を元本に充当すると,過払金が発生し(以下,この過払金を「第1貸付け過払金」という。),その後,同一の貸主と借主との間に第2の貸付けに係る債務が発生したときには,第1貸付け過払金は,第2の貸付けに係る債務に充当されると解するのが相当である。

なぜなら,民法488条1項は,「債務者が同一の債権者に対して同種の給付を目的とする数個の債務を負担する場合において,弁済として提供した給付がすべての債務を消滅させるのに足りないときは,弁済をする者は,給付の時に,その弁済を充当すべき債務を指定することができる。」と規定して,弁済者に充当すべき債務を指定する第一次的な権限を認めており,同法489条2号も,弁済をする者及び弁済を受領する者がいずれも弁済充当の指定をしないときは,債務の中に弁済期にあるものと弁済期にないものとがあるときを除いて,「債務者のために弁済の利益が多いものに先に充当する」と規定しているところ,借主が同一の貸主から複数の貸付けを受けており,しかもこれらの貸付けが基本契約に基づき繰り返されているものであるときには,借主は全体として借入総額が減少することを望み,複数の権利関係が発生するような事態が生ずることは望まないのが通常と考えられるから,過払金が発生した後に別口の借入金が発生したときであっても,借主はその別口の借入金の弁済に過払金を充当する意思を有していると推認されるからである(なお,過払利息が後記3のとおり年5分にすぎないのに対し,第2の貸付けの約定利息がこれを大幅に上回る本件のような場合において,第1貸付け過払金の存在を知った借主が不当利得としてその返還を求めたり,第1貸付け過払金の返還請求権と第2の貸付けに係る債権とを相殺するといったことは通常考えられない。)。そして,この理は,一定期間,取引の中断があったとしても,異なるものではないというべきである(仮に期間の長短により,結論が異なるとすれば,その期間を何年とするかについて,消滅時効の期間を除いて,明確な基準は見当たらない。)。

もっとも,本件では,争いのない事実等(2)のとおり,中断前の本件第1取引と再開後の本件第2取引とは,別個の基本契約に基づくものであることが認められるが,①貸金業者に対する貸金債務をいったん完済した後,再び同一の貸金業者からの借入れを繰り返す借主が少なくないことは裁判実務上,顕著な事実であり,貸金債務をいったん完済した借主を優良な顧客として新たな貸付けを行う貸金業者も多いと考えられるから,本件第1取引が終了した時点においても,将来,再び取引がされることは十分想定されていたということができること,②上記のとおり,一定期間,取引の中断があったとしても,同一の基本契約が締結されている場合には,借主はその別口の借入金の弁済に過払金を充当する意思を有していると推認されるところ,別個の基本契約が締結された場合であっても,借主は,全体として借入総額が減少することを望み,複数の権利関係が発生するような事態が生ずることは望まないのが通常と考えられることなども考慮すると,本件第1取引と本件第2取引とは別個の基本契約に基づくものではあるが,本件第1取引から生じた過払金は,本件第2取引に係る債務に充当されると解するのが相当である。

以上のとおり,原告●●●について過払金の計算をするに当たっては,本件第1取引と本件第2取引の全体を1個の取引として一連計算をするのが相当である。そして,別表1によれば,本訴が提起された平成18年8月24日より10年前の平成8年8月23日の時点で発生していた過払金46万0229円及び過払利息1142円は,その後の貸付けに係る借入金債務に順次,充当され,被告が消滅時効を援用した平成18年12月14日の時点では存在していないことが明らかであるから,被告の消滅時効の抗弁は失当である。

3  争点(3)について

利息制限法1条1項本文は,「金銭を目的とする消費貸借上の利息の契約は,その利息が左の利率により計算した金額をこえるときは,その超過部分につき無効とする。」と規定し,同項所定の制限利率を超える利息の約定は,その超過部分につき無効である旨を明確に規定しており,貸金業者である被告は,上記規定を当然知っていたものと推認されるところ,原告らに対する貸付けの約定利率は,いずれも上記の制限利率を超過するものであった(争いのない事実等(3))のであるから,被告が上記の制限利率を超過した約定利率による利息を受領するについて法律上の原因がないことを知っていたことは明らかであり,被告は,民法704条所定の「悪意の受益者」に当たるというべきである。

これに対し,被告は,民法704条所定の「悪意」とは,貸金業法43条1項所定のみなし弁済が成立しないことを知っていたことを意味すると主張するが,上記のみなし弁済の規定は,上記の制限利率を超過した利息の約定が無効であることを当然の前提とした上で,貸金業法43条1項1号及び2号の要件に該当するときは,当該超過部分の支払は,利息制限法1条1項の規定にかからず,有効な利息の債務の弁済とみなすとしたものにすぎないから,被告が原告らとの取引において,みなし弁済が成立すると誤信していたとしても,上記の結論を左右するものではないというべきである。

そして,商行為である貸付けに係る債務の弁済金のうち利息制限法の制限利率を超えて利息として支払われた部分を元本に充当することにより発生する過払金を不当利得として返還する場合において,悪意の受益者が付すべき過払利息の利率は,民法所定の年5分と解するのが相当である。なぜなら,商法514条の適用又は類推適用されるべき債権は,商行為によって生じたもの又はこれに準ずるものでなければならないところ,上記過払金についての不当利得返還請求権は,高利を制限して借主を保護する目的で設けられた利息制限法の規定によって発生する債権であって,営利性を考慮すべき債権ではないので,商行為によって生じたもの又はこれに準ずるものと解することはできないからである(最高裁判所第三小法廷平成19年2月13日判決・最高裁判所のホームページ参照)。

4  争点(4)について

貸金業者は,債務者から取引履歴の開示を求められた場合には,その開示要求が濫用にわたると認められるなど特段の事情のない限り,貸金業法の適用を受ける金銭消費貸借契約の付随義務として,信義則上,保存している業務帳簿(保存期間を経過して保存しているものを含む。)に基づいて取引履歴を開示すべき義務を負うものと解すべきであり,貸金業者がこの義務に違反して取引履歴の開示を拒絶したときは,その行為は,違法性を有し,不法行為を構成するものというべきである(最高裁判所第三小法廷平成17年7月19日判決・民集59巻6号1783頁参照)。

原告●●●は,被告に対し,取引履歴の開示を求めたところ,被告が,昭和58年7月28日以降の取引履歴は開示したが,同日より前の取引履歴については,コンピュータには入力されておらず,また紙媒体の記録も返還又は廃棄したとして,開示していないことは争いのない事実等(5)のとおりである。しかして,取引履歴に関する記録についての被告の主張が不自然であり,被告が本件帳簿と異なる取引履歴に関する記録を所持していると考えられることは,上記1で説示したとおりであるから,被告は,顧客である借主に返還すべき過払金の額を減少させるため,上記のような主張をしているにすぎないと推認するのが相当である。

したがって,被告は,昭和58年7月28日より前の取引履歴について,上記の開示義務に違反して,原告●●●の開示要求を合理的な理由なく拒絶しているものであり,これが違法性を有し,不法行為を構成するものであることは明らかである。

そして,いわゆる多重債務者は,できる限り速やかに債務整理を行い,平穏な生活を取り戻したいと考えるのが通常であり,「被告が取引履歴を開示していれば全ての事件が終わり,裁判から解放されていたはずである。」,「一日も早く被告との件が決着することを願っている。」旨の原告●●●の陳述書(甲5)の記載なども考慮すると,原告●●●が被った精神的苦痛に対する慰謝料としては,5万円が相当である。

また,取引履歴が一部しか開示されていない場合,全部が開示された場合と比較して,事実主張及び法的主張が困難となることは明らかであるから,原告が本件訴訟において負担する弁護士費用のうち5万円は,被告の上記違法行為による損害と相当因果関係があるものと認められる。

5  以上によれば,被告が原告●●●に支払うべき過払金は,別表1のとおり計算されるから,原告●●●の請求は,過払金の元金152万5298円,未払過払利息4万9663円及び上記元金に対する最終取引日の後である平成18年8月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による過払利息並びに慰謝料5万円及び弁護士費用5万円の合計10万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成18年8月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,被告が原告●●●に支払うべき過払金は,別表2のとおり計算されるから,原告●●●の請求は,過払金の元金53万3317円及び未払過払利息3万0576円並びに上記元金に対する最終取引日の後である平成18年8月5日から支払済みまで年5分の割合による過払利息の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 大野和明)

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