那覇地方裁判所 平成19年(ヨ)51号 決定 2007年4月05日
債権者
合資会社八汐港運
同代表者
産業港運株式会社
産業港運株式会社代表者代表取締役
A
同代理人弁護士
与世田兼稔
同
新見研吾
同
中西良一
債務者
Y
同代理人弁護士
新里恵二
前記当事者間の頭書事件について、当裁判所は、債権者に50万円の担保を立てさせて、次のとおり決定する。
主文
1 本案判決の確定(ただし、本案の第一審又は第二審において債務者勝訴の判決が言い渡されたときはその言渡し)に至るまで、債権者において、債務者は、業務執行社員の職務を執行してはならない。
2 前項の職務執行停止期間中、職務代行者をして業務執行社員の職務を代行させ、次の者を職務代行者に選任する。
沖縄県宮古島市<省略> 宮古島ひまわり基金法律事務所
弁護士 中村昌樹
理由
1 一件記録及び審尋の全趣旨によれば、債権者合資会社八汐港運(以下、「債権者会社」という。)について、以下の事実が一応認められる。
(1) 債権者会社の社員の構成は以下のとおりであり、債務者が、債権者会社の唯一の無限責任社員である。
無限責任社員 債務者
有限責任社員 有村産業株式会社 産業港運株式会社
(以下、両社を表記するときは「株式会社」の呼称は省略する。)
(2) 債権者会社の定款には、本社の業務は無限責任社員をもって執行し(5条)、有限責任社員には本社の業務を執行することができない(10条)との定めがあり、これにより、債務者が債権者会社の唯一の業務執行社員となる。
定款に、支配人の選任及び解任の決定方法に関する規定はない。
(3) 債務者は、平成19年2月3日に重症急性心筋梗塞で倒れ、入院中であり、自己の意思を発声して表示することはできない情況にある。
(4) 現在、債務者の長男であるBと債務者の義弟であるCが、債務者により債権者会社の支配人に選任されたと主張し、債権者会社の業務を行っている。有限責任社員である有村産業と産業港運は、現在まで、BとCの支配人選任に同意を与えていない。
2 まず、債務者の体調は前記認定のとおりであって、債務者による債権者会社の業務執行は困難であると一応認めるのが相当であり、債権者会社の業務執行社員である債務者について、「持分会社の業務を執行し、または持分会社を代表することに著しく不適任なとき。」にあたる事由が存在することが一応認められ(Bの陳述書(乙1)第4項に記載するような情況で、債務者に業務執行の能力があるということは到底できない。)、被保全権利の疎明はあるものと認められる。
3 次いで、保全の必要性について検討する。
(1) まず、真実、前記BとCが有効に債権者会社の支配人として選任されたのであれば、同人らによって債権者会社の業務執行は可能であるから、保全の必要性はないということも可能である。
(2)ア この点、旧商法においては、無限責任社員のみが合資会社の業務執行権を有し、有限責任社員の業務執行が明文で禁止されていた(旧商法156条)ことから、支配人の選任及び解任は無限責任社員の過半数で決するものとされていた(旧商法152条)。
イ しかしながら、会社法では、社員の責任と業務執行権限や代表権の所在との間に関連性を持たせることをせず、原則として全社員に業務執行権を認めることとした上で、定款でその制限を認めるという規律をすることとされた(会社法590条)。
また、定款で業務執行社員を定めた場合であっても、支配人の選任及び解任は社員の過半数をもって決定するとした上で、定款で別段の定めを許容することとされた(会社法591条2項。なお、この点について、旧商法の71条に対する152条に相当する、合資会社に関する特則は設けられていない。)。
このように、会社法では、合資会社を含む持分会社について、原則として全社員が業務執行権限を有するとした上で、業務執行権について大幅な定款自治を取り入れたものと解される。
ウ 債権者会社においては、業務執行社員は、定款の規定により唯一の無限責任社員である債務者であるが、支配人の選任及び解任に関する定款の定めはないので、支配人の選任は社員の過半数をもって決することとなり、債務者が単独で行った支配人選任は無効である。
(3) なお、会社法の規定の解釈について何点か付言する。
ア 支配人の選任及び解任は会社の業務執行の一環であり、本来であれば業務執行社員がその権限に基づいて行う(業務執行社員が複数存在するときはその過半数をもって決する。)ものであるが、支配人の地位・権限に鑑み、会社法は、特に、支配人の選任及び解任について要件を加重する特別の規定を置いているものと解される(この点については旧商法71条、152条も同様である。)。
その趣旨と、会社法により原則として全ての社員に業務執行権が認められたことからすれば、会社法591条2項本文でいう「社員」とは、定款による業務執行権の定めや社員の責任にかかわらず、全ての社員を指すものと解するのが相当であり、また、同項ただし書にいう定款による別段の定めは、単に、業務執行権を有する社員を定めるだけのものでは足りず、支配人の選任及び解任の決定方法についての明示の定めをいうものと解するのが相当である。
イ 会社法591条2項は「前項の規定にかかわらず」とあり、債務者は、同項にいう「前項の規定」とは、定款で定めた業務執行社員が2人以上存在するときの定めを指すものであって、債権者会社のように業務執行社員が1人しか存在しない場合には会社法591条2項の適用はなく、1人の業務執行社員が支配人の選任及び解任を決することができると主張する。
しかしながら、債務者が主張するように解すると、業務執行社員が2人以上存在するときは会社法591条2項により支配人の選任及び解任を業務執行社員以外の社員を含めた社員の過半数をもって決することになるのと比較して不均衡であるし、また、業務執行社員が1人の場合と2人以上の場合とで別異に扱う合理的理由もない。会社法591条2項は、支配人の地位・権限に鑑み、人数にかかわらず業務執行社員を定めた場合全般に適用があるものと解するのが相当である。
ウ また、持分会社の規定は、特則がない限り合名会社、合資会社、合同会社全てに適用があるものであって、会社法591条2項について、旧商法152条に相当する合資会社の特則がないので、会社法591条2項が合名会社及び合同会社にのみ適用がある規定ということもできない。
(4) さらにいうと、本件においては、そもそも、債務者による支配人選任行為があったということの疎明があるかどうかも疑問であるといわざるを得ない。
(5) これに加え、B(前記のとおり、有効に選任された支配人ではない。)は、審尋において、これまで債権者会社が行ってきた、有村産業の船舶に対する荷役業務を今後は拒否することを明言しているところ、そのような事態に至れば、債権者会社の信用失墜、売り上げの減少、ひいては損害賠償義務は免れないところであって、速やかに、債務者の職務を停止した上、職務代行者を選任して、有効に選任されていない支配人を排除し、債権者会社の業務を正常化する必要がある。
(6) よって、その余の点について判断するまでもなく、保全の必要性の疎明があるものと認められる。
(裁判官 加藤靖)