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那覇地方裁判所 平成19年(行ウ)16号 判決 2009年1月20日

甲事件原告 X1

甲事件原告 X2

乙事件原告 X3 外3名

上記6名訴訟代理人弁護士 井口博

甲事件及び乙事件被告 沖縄県

同代表者知事 仲井眞弘多

処分行政庁 沖縄県八重山支庁建築主事 宮城理

同訴訟代理人弁護士 兼島雅仁

同訴訟復代理人弁護士 山下裕平

同指定代理人 田里豊彦 外6名

主文

1  甲事件原告X2及び乙事件原告らの本件各訴えをいずれも却下する。

2  甲事件原告X1の請求を棄却する。

3  訴訟費用は甲事件原告ら及び乙事件原告らの負担とする。

事実及び理由

第1  請求

処分行政庁は,甲野太郎(以下「甲野」という。)に対し,別紙建築計画につき建築基準法6条1項に基づく建築確認処分をしてはならない。

第2  事案の概要

甲野は,別紙物件目録記載の土地(以下「本件敷地」という。)において,別紙建築計画のとおり7階建ての賃貸マンションの建築を計画(以下,この計画を「本件建築計画」といい,同計画に係る建築物を「本件マンション」という。)し,処分行政庁に対し建築確認申請(以下「本件確認申請」という。)をした。

本件は,本件敷地の近隣住民である甲事件及び乙事件原告ら(以下,まとめて「原告ら」という。)が,本件建築計画について,処分行政庁が建築基準法6条1項に基づいてする建築確認処分(以下「本件建築確認処分」という。)の差止めを求める事案である。

1  関係法令の定め

(1)建築基準法(平成18年法律第92号による改正前のもの)

ア (目的)

第1条 この法律は,建築物の敷地,構造,設備及び用途に関する最低の基準を定めて,国民の生命,健康及び財産の保護を図り,もって公共の福祉の増進に資することを目的とする。

イ (用語の定義)

第2条 この法律において次の各号に掲げる用語の意義は,それぞれ当該各号に定めるところによる。

一 建築物 土地に定着する工作物のうち,屋根及び柱若しくは壁を有するもの(これに類する構造のものを含む。),これに附属する門若しくは塀,観覧のための工作物又は地下若しくは高架の工作物内に設ける事務所,店舗,興行場,倉庫その他これらに類する施設(鉄道及び軌道の線路敷地内の運転保安に関する施設並びに跨(こ)線橋,プラットホームの上家,貯蔵槽その他これらに類する施設を除く。)をいい,建築設備を含むものとする。

(以下略)

ウ (建築物の建築等に関する申請及び確認)

第6条 建築主は,第一号から第三号までに掲げる建築物を建築しようとする場合(中略)又は第四号に掲げる建築物を建築しようとする場合においては,当該工事に着手する前に,その計画が建築基準関係規定(この法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定(以下「建築基準法令の規定」という。)その他建築物の敷地,構造又は建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定で政令で定めるものをいう。以下同じ。)に適合するものであることについて,確認の申請書を提出して建築主事の確認を受け,確認済証の交付を受けなければならない(中略)。

一 別表第一(い)欄(略)に掲げる用途に供する特殊建築物で,その用途に供する部分の床面積の合計が100平方メートルを超えるもの

二 (略)

三 木造以外の建築物で2以上の階数を有し,又は延べ面積が200平方メートルを超えるもの

四 前三号に掲げる建築物を除くほか,都市計画区域若しくは準都市計画区域(いずれも都道府県知事が都道府県都市計画審議会の意見を聴いて指定する区域を除く。)若しくは景観法(平成16年法律第110号)第74条第1項の準景観地区(市町村長が指定する区域を除く。)内又は都道府県知事が関係市町村の意見を聴いてその区域の全部若しくは一部について指定する区域内における建築物

2  (略)

3  建築主事は,第1項の申請書が提出された場合において,その計画が建築士法第3条から第3条の3までの規定に違反するときは,当該申請書を受理することができない。

4  建築主事は,第1項の申請書を受理した場合においては,同項第一号から第三号までに係るものにあってはその受理した日から21日以内に,同項第四号に係るものにあってはその受理した日から7日以内に,申請に係る建築物の計画が建築基準関係規定に適合するかどうかを審査し,審査の結果に基づいて建築基準関係規定に適合することを確認したときは,当該申請書に確認済証を交付しなければならない。

5  建築主事は,前項の場合において,申請に係る計画が建築基準関係規定に適合しないことを認めたとき,又は申請書の記載によっては建築基準関係規定に適合するかどうかを決定することができない正当な理由があるときは,その旨及びその理由を記載した通知書を同項の期限内に当該申請者に交付しなければならない。

6  第一項の確認済証の交付を受けた後でなければ,同項の建築物の建築,大規模の修繕又は大規模の模様替の工事は,することができない。

7  (略)

エ (敷地の衛生及び安全)

第19条 建築物の敷地は,これに接する道の境より高くなければならず,建築物の地盤面は,これに接する周囲の土地より高くなければならない。ただし,敷地内の排水に支障がない場合又は建築物の用途により防湿の必要がない場合においては,この限りでない。

2 湿潤な土地,出水のおそれの多い土地又はごみその他これに類する物で埋め立てられた土地に建築物を建築する場合においては,盛土,地盤の改良その他衛生上又は安全上必要な措置を講じなければならない。

3 建築物の敷地には,雨水及び汚水を排出し,又は処理するための適当な下水管,下水溝又はためますその他これらに類する施設をしなければならない。

4 建築物ががけ崩れ等による被害を受けるおそれのある場合においては,擁壁の設置その他安全上適当な措置を講じなければならない。

オ (災害危険区域)

第39条 地方公共団体は,条例で,津波,高潮,出水等による危険の著しい区域を災害危険区域として指定することができる。

2 災害危険区域内における住居の用に供する建築物の建築の禁止その他建築物の建築に関する制限で災害防止上必要なものは,前項の条例で定める。

カ (景観地区)

第68条 景観地区内においては,建築物の高さは,景観地区に関する都市計画において建築物の高さの最高限度又は最低限度が定められたときは,当該最高限度以下又は当該最低限度以上でなければならない。ただし,次の各号のいずれかに該当する建築物については,この限りでない。

一  (略)

二  特定行政庁が用途上又は構造上やむを得ないと認めて許可したもの

2 景観地区内においては,建築物の壁又はこれに代わる柱は,景観地区に関する都市計画において壁面の位置の制限が定められたときは,建築物の地盤面下の部分を除き,当該壁面の位置の制限に反して建築してはならない(ただし書略)。

3 景観地区内においては,建築物の敷地面積は,景観地区に関する都市計画において建築物の敷地面積の最低限度が定められたときは,当該最低限度以上でなければならない。ただし,次の各号のいずれかに該当する建築物の敷地については,この限りでない。

一  (略)

二  特定行政庁が用途上又は構造上やむを得ないと認めて許可したもの

4 第53条の2第3項の規定は,前項の都市計画において建築物の敷地面積の最低限度が定められ,又は変更された場合に準用する。この場合において,同条第3項中「第1項」とあるのは,「第68条第3項」と読み替えるものとする。

5 景観地区に関する都市計画において建築物の高さの最高限度,壁面の位置の制限(道路に面する壁面の位置を制限するものを含むものに限る。)及び建築物の敷地面積の最低限度が定められている景観地区(景観法第72条第2項の景観地区工作物制限条例で,壁面後退区域(当該壁面の位置の制限として定められた限度の線と敷地境界線との間の土地の区域をいう。)における工作物(土地に定着する工作物以外のものを含む。)の設置の制限(当該壁面後退区域において連続的に有効な空地を確保するため必要なものを含むものに限る。)が定められている区域に限る。)内の建築物で,当該景観地区に関する都市計画の内容に適合し,かつ,敷地内に有効な空地が確保されていること等により,特定行政庁が交通上,安全上,防火上及び衛生上支障がないと認めるものについては,第56条の規定は,適用しない。

6 (略)

(2)建築基準法施行令(平成19年政令第49号による改正前のもの)

第9条 (建築基準関係規定)

法第6条第1項(法第87条第1項,法第87条の2並びに法第88条第1項及び第2項において準用する場合を含む。)の政令で定める規定は,次に掲げる法律の規定並びにこれらの規定に基づく命令及び条例の規定で建築物の敷地,構造又は建築設備に係るものとする。

一  消防法(昭和23年法律第186号)第9条,第9条の2,第15条及び第17条

二  屋外広告物法(昭和24年法律第189号)第3条から第5条まで(広告物の表示及び広告物を掲出する物件の設置の禁止又は制限に係る部分に限る。)

三  港湾法(昭和25年法律第218号)第40条第1項

四  高圧ガス保安法(昭和26年法律第204号)第24条

五  ガス事業法(昭和29年法律第51号)第40条の4

六  駐車場法(昭和32年法律第106号)第20条

七  水道法(昭和32年法律第177号)第16条

八  下水道法(昭和33年法律第79号)第10条第1項及び第3項並びに第30条第1項

九  宅地造成等規制法(昭和36年法律第191号)第8条第1項及び第12条第1項

十  流通業務市街地の整備に関する法律(昭和41年法律第110号)第5条第1項

十一  液化石油ガスの保安の確保及び取引の適正化に関する法律(昭和42年法律第149号)第38条の2

十二  都市計画法(昭和43年法律第100号)第29条第1項及び第2項,第35条の2第1項,第41条第2項(同法第35条の2第4項において準用する場合を含む。),第42条(同法第53条第2項において準用する場合を含む。),第43条第1項並びに第53条第1項

十三  特定空港周辺航空機騒音対策特別措置法(昭和53年法律第26号)第5条第1項から第3項まで(同条第5項において準用する場合を含む。)

十四  自転車の安全利用の促進及び自転車等の駐車対策の総合的推進に関する法律(昭和55年法律第87号)第5条第4項

十五  浄化槽法(昭和58年法律第43号)第3条の2第1項

十六  特定都市河川浸水被害対策法(平成15年法律第77号)第8条

(3)景観法(平成17年法律102号による改正前のもの)

ア (目的)

第1条 この法律は,我が国の都市,農山漁村等における良好な景観の形成を促進するため,景観計画の策定その他の施策を総合的に講ずることにより,美しく風格のある国土の形成,潤いのある豊かな生活環境の創造及び個性的で活力ある地域社会の実現を図り,もって国民生活の向上並びに国民経済及び地域社会の健全な発展に寄与することを目的とする。

イ (定義等)

第7条 この法律において「景観行政団体」とは,地方自治法(昭和22年法律第67号)第252条の19第1項の指定都市(以下この項において「指定都市」という。)の区域にあっては指定都市,同法第252条の22第1項の中核市(以下この項において「中核市」という。)の区域にあっては中核市,その他の区域にあっては都道府県をいう。ただし,指定都市及び中核市以外の市町村であって,都道府県に代わって第二章第一節から第四節まで,第四章及び第五章の規定に基づく事務を処理することにつきあらかじめその長が都道府県知事と協議し,その同意を得た市町村の区域にあっては,当該市町村をいう。

2 この法律において「建築物」とは,建築基準法(昭和25年法律第201号)第2条第1号に規定する建築物をいう。

ウ (景観計画)

第8条 景観行政団体は,都市,農山漁村その他市街地又は集落を形成している地域及びこれと一体となって景観を形成している地域における次の各号のいずれかに該当する土地(水面を含む。以下この項,第11条及び第14条第2項において同じ。)の区域について,良好な景観の形成に関する計画(以下「景観計画」という。)を定めることができる。

一  現にある良好な景観を保全する必要があると認められる土地の区域

二  地域の自然,歴史,文化等からみて,地域の特性にふさわしい良好な景観を形成する必要があると認められる土地の区域

三  地域間の交流の拠点となる土地の区域であって,当該交流の促進に資する良好な景観を形成する必要があると認められるもの

四  住宅市街地の開発その他建築物若しくはその敷地の整備に関する事業が行われ,又は行われた土地の区域であって,新たに良好な景観を創出する必要があると認められるもの

五  地域の土地利用の動向等からみて,不良な景観が形成されるおそれがあると認められる土地の区域

2 景観計画においては,次に掲げる事項を定めるものとする。

一  景観計画の区域(以下「景観計画区域」という。)

二  景観計画区域における良好な景観の形成に関する方針

三  良好な景観の形成のための行為の制限に関する事項

四  第19条第1項の景観重要建造物又は第28条第1項の景観重要樹木の指定の方針(当該景観計画区域内にこれらの指定の対象となる建造物又は樹木がある場合に限る。)

五  次に掲げる事項のうち,良好な景観の形成のために必要なもの

イないしホ(略)

六  その他国土交通省令・農林水産省令・環境省令で定める事項

3 前項第3号の行為の制限に関する事項には,政令で定める基準に従い,次に掲げるものを定めなければならない。

一  第16条第1項第四号の条例で同項の届出を要する行為を定める必要があるときは,当該条例で定めるべき行為

二  次に掲げる制限であって,第16条第3項若しくは第6項又は第17条第1項の規定による規制又は措置の基準として必要なもの

イ 建築物又は工作物(建築物を除く。以下同じ。)の形態又は色彩その他の意匠(以下「形態意匠」という。)の制限

ロ 建築物又は工作物の高さの最高限度又は最低限度

ハ 壁面の位置の制限又は建築物の敷地面積の最低限度

ニ その他第16条第1項の届出を要する行為ごとの良好な景観の形成のための制限

4ないし10(略)

エ (届出及び勧告等)

第16条 景観計画区域内において,次に掲げる行為をしようとする者は,あらかじめ,国土交通省令(第四号に掲げる行為にあっては,景観行政団体の条例。以下この条において同じ。)で定めるところにより,行為の種類,場所,設計又は施行方法,着手予定日その他国土交通省令で定める事項を景観行政団体の長に届け出なければならない。

一  建築物の新築,増築,改築若しくは移転,外観を変更することとなる修繕若しくは模様替又は色彩の変更(以下「建築等」という。)

二  工作物の新設,増築,改築若しくは移転,外観を変更することとなる修繕若しくは模様替又は色彩の変更(以下「建設等」という。)

三  都市計画法第四条第十二項に規定する開発行為その他政令で定める行為

四  前三号に掲げるもののほか,良好な景観の形成に支障を及ぼすおそれのある行為として景観計画に従い景観行政団体の条例で定める行為

(2項以下略)

オ (景観地区に関する都市計画)

第61条 市町村は,都市計画区域又は準都市計画区域内の土地の区域については,市街地の良好な景観の形成を図るため,都市計画に,景観地区を定めることができる。

2 景観地区に関する都市計画には,都市計画法第8条第3項第一号及び第三号に掲げる事項のほか,第一号に掲げる事項を定めるとともに,第二号から第四号までに掲げる事項のうち必要なものを定めるものとする。この場合において,これらに相当する事項が定められた景観計画に係る景観計画区域内においては,当該都市計画は,当該景観計画による良好な景観の形成に支障がないように定めるものとする。

一  建築物の形態意匠の制限

二  建築物の高さの最高限度又は最低限度

三  壁面の位置の制限

四  建築物の敷地面積の最低限度

(4)都市計画法(平成18年法律第46号による改正前のもの)

第8条 (地域地区)

都市計画区域については,都市計画に,次に掲げる地域,地区又は街区で必要なものを定めるものとする。

一ないし五号(略)

六  景観法(平成16年法律第110号)第61条第1項の規定による景観地区

(以下略)

(5)石垣市風景づくり条例(平成19年6月1日施行)

ア (目的)

第1条 この条例は,本市の貴重な風景資産を保全・創出するために必要な事項及び景観法(平成16年法律第110号。以下同条例において「法」という。)の規定に基づく手続について必要な事項を定めることにより,市民参加の下,自然風景と調和した安らぎとうるおいのあるまちづくりの実現に寄与することを目的とする。

イ (用語の定義)

第2条 この条例において,次の各号に掲げる用語の意義は,それぞれ当該各号に定めるところによる。

(1)風景 長い歴史の流れの中で,人々の五感によってその価値を共有されてきた自然,田畑,建造物,まちなみ及び人々の営みによって形成された景観をいう。

(2)風景づくり 現在の石垣島の風景を遠く先人から受け継いだ大切な財産と位置づけ,その風景の状態を良好なものに保ち,直し,新たな価値として創造し,かつ,次の世代へ引き継ぐ行為をいう。

(3)建築物 建築基準法(昭和25年法律第201号)第2条第一号に規定する建築物をいう。

(4)建築物の建築等 法第16条第1項第一号に規定する行為をいう。

(5)ないし(7) (略)

(8)事業者等 第三号,第五号及び第七号に掲げるものの新築,新設,増改築,掲出,表示その他これらに類する行為を行う者及び土地の開墾その他の土地の形質の変更を行う者並びにこれらの行為に係わる設計を業として行う者をいう。

(9)建築行為等 第4号及び第6号に該当する行為をいう。

(10)開発行為等 都市計画法(昭和43年法律第100号)第4条第十二号に規定する開発行為及び土地の開墾その他区画形質の変更をいう。

ウ (事業者等の責務)

第6条 事業者等は,事業活動の実施に当たっては,積極的に風景づくりに努めなければならない。

2 事業者等は,自らの行為が風景づくりに影響を与えるものであることを認識し,積極的に風景づくりに努めなければならない。

3 事業者等は,この条例の目的を達成するため,市が実施する風景づくりの施策に協力しなければならない。

エ (土地及び建築物等の所有者の責務)

第7条 土地並びに建築物,工作物及び広告物(以下「建築物等」という。)の所有者は,土地及び建築物等が風景を構成する要素であることを認識し,その利用等に当たっては風景づくりに貢献するものとなるよう努めなければならない。

オ (景観計画の策定)

第9条 市長は,法第8条第1項各号に該当する土地の区域について,風景づくりを総合的かつ計画的に推進するための計画(以下「景観計画」という。)を定めるものとする。

2 前項の景観計画は,法第8条第1項に規定する景観計画をいう。

カ (景観計画への適合)

第12条 建築行為等を行うに当たっては,何人であっても,その内容を景観計画に適合させるように最大限配慮しなければならない。

キ (届出対象行為)

第16条 法第16条第1項第四号に規定する良好な景観の形成に支障を及ぼすおそれがある行為としてあらかじめ届出を要する行為は,次に掲げるとおりとする。

(1)土地の造成その他一団の土地の形質の変更で,当該行為に係る土地の面積が,500平方メートル以上の場合

(2)土石,砂類の採取,鉱物の掘採で,当該行為に係る土地の面積が,500平方メートル以上の場合

(3)樹木の伐採で,規則に定める要件を満たす場合

(4)屋外における次に掲げる物件の堆積のうち,規則で定めるものを除くほか,当該行為に係る土地の面積が,500平方メートル以上の場合

ア 貨物用コンテナその他これに類するもの

イ プレハブ,鉄筋その他の建築用資材

ウ 古タイヤ,廃棄自動車その他の廃棄物(廃棄物の処理及び清掃に関する法律(昭和45年法律第137号)第2条第1項に規定する廃棄物をいう。)及び再生資源(資源の有効な利用の促進に関する法律(平成3年法律第48号)第2条第4項に規定する再生資源をいう。)

エ 土砂,砂利その他これに類するもの

オ その他市長が,良好な景観の形成に支障を及ぼすおそれがある行為として,規則に定めるもの

(6)石垣市自然環境保全条例(平成19年3月26日改正)

ア (目的)

第1条 この条例は,本市の良好な自然環境を保全することによって,自然と人の共生を推進し,もって豊かな自然の恵みを享受するとともに,現在及び将来の市民(滞在者及び旅行者を含む。以下同じ。)の暮らしにうるおいと安らぎを確保することを目的とする。

イ (事業者の責務)

第5条 本市において開発行為を行おうとする者(以下「事業者」という。)は,その開発行為の実施に際し,常に自然環境が適切に保全されるよう配慮し,必要な措置を講ずるとともに,市が実施する施策及び措置に協力するものとする。

ウ (開発行為の届出)

第16条 普通地域内において,次に掲げる開発行為を行う者は,あらかじめ市長に届け出なければならない。

(1)建築物の建築又は特定工作物の建設の用に供する目的で行う500平方メートル以上の一団の土地の造成その他土地の区画形質を変更する行為

(2)建築物の建築又は特定工作物の建設の用に供さない目的で行う500平方メートル以上3000平方メートル未満の一団の土地の造成その他の区画形質を変更する行為

(3)赤土の流出により河川,海域その他自然環境を損なうおそれのある行為

(4)前3号に掲げるもののほか,自然環境を損なうおそれのある行為

2 前項の規定は,営農行為又は通常の管理行為及び非常災害のために必要な応急措置として行う行為については,これを適用しない。

エ (同意)

第18条 市長は,届出のあった開発行為が適切であると認めたときは,同意するものとする。

2 市長は,前項の同意をするときは,開発行為に関する条件を付すことができる。

3 市長は,虚偽その他不正な手段により同意を受けたと認められる者若しくは同意に付した条件に違反した者に対し,同意を取り消すことができる。

(7)農業振興地域の整備に関する法律(平成19年法律第48号による改正前のもの。以下「農振法」という。)

ア (目的)

第1条 この法律は,自然的経済的社会的諸条件を考慮して総合的に農業の振興を図ることが必要であると認められる地域について,その地域の整備に関し必要な施策を計画的に推進するための措置を講ずることにより,農業の健全な発展を図るとともに,国土資源の合理的な利用に寄与することを目的とする。

イ (農業振興地域の指定)

第6条 都道府県知事は,農業振興地域整備基本方針に基づき,一定の地域を農業振興地域として指定するものとする。

2 農業振興地域の指定は,その自然的経済的社会的諸条件を考慮して一体として農業の振興を図ることが相当であると認められる地域で,次に掲げる要件のすべてをそなえるものについて,するものとする。

一  その地域内にある土地の自然的条件及びその利用の動向からみて,農用地等として利用すべき相当規模の土地があること。

二  その地域における農業就業人口その他の農業経営に関する基本的条件の現況及び将来の見通しに照らし,その地域内における農業の生産性の向上その他農業経営の近代化が図られる見込みが確実であること。

三  国土資源の合理的な利用の見地からみて,その地域内にある土地の農業上の利用の高度化を図ることが相当であると認められること。

3項(以下略)

ウ (農業振興地域整備計画の変更)

第13条 都道府県又は市町村は,農業振興地域整備基本方針の変更若しくは農業振興地域の区域の変更により,前条第1項の規定による基礎調査の結果により又は経済事情の変動その他情勢の推移により必要が生じたときは,政令で定めるところにより,遅滞なく,農業振興地域整備計画を変更しなければならない。市町村の定めた農業振興地域整備計画が第九条第1項の規定による農業振興地域整備計画の決定により変更を必要とするに至つたときも,同様とする。

2 前項の規定による農業振興地域整備計画の変更のうち,農用地等以外の用途に供することを目的として農用地区域内の土地を農用地区域から除外するために行う農用地区域の変更は,次に掲げる要件のすべてを満たす場合に限り,することができる。

一  当該農業振興地域における農用地区域以外の区域内の土地利用の状況からみて,当該変更に係る土地を農用地等以外の用途に供することが必要かつ適当であって,農用地区域以外の区域内の土地をもつて代えることが困難であると認められること。

二  当該変更により,農用地区域内における農用地の集団化,農作業の効率化その他土地の農業上の効率的かつ総合的な利用に支障を及ぼすおそれがないと認められること。

三  当該変更により,農用地区域内の第3条第三号の施設の有する機能に支障を及ぼすおそれがないと認められること。

四  当該変更に係る土地が第10条第3項第二号に掲げる土地に該当する場合にあっては,当該土地が,農業に関する公共投資により得られる効用の確保を図る観点から政令で定める基準に適合していること。

3 以下(略)

2 前提となる事実(証拠を挙げていない事実は,当事者間に争いがない。)

(1)当事者

ア 原告ら

(ア)甲事件原告ら(いずれも石垣市の吉原地区に居住している。)

a 甲事件原告X1(以下「原告X1」という。)は,本件敷地のほぼ西側に隣接する土地に居住するものである(甲4,13)。

b 甲事件原告X2(以下「原告X2」という。)は,本件敷地の南西側約600ないし700mのところに所在する土地に居住するものであり,吉原地区の吉原自治公民館の館長である(甲4,13)。

(イ)乙事件原告ら(いずれも石垣市の山原地区に居住している。)

乙事件原告X3(以下「原告X3」という。),同X4(以下「原告X4」という。)及び同X5(以下「原告X5」という。)は,本件敷地の東側約200ないし300mのところに所在する土地に,同X6(以下「原告X6」という。)は本件敷地の東側約400ないし500mのところに所在する土地に,それぞれ居住するものである(弁論の全趣旨)。

イ 被告

被告は地方公共団体であり,建築基準法6条1項の規定による建築確認に関する事務をつかさどらせるために,八重山支庁建築主事(処分行政庁)を置いている。

ウ 甲野太郎

甲野は,処分行政庁に対し,同敷地に係る本件建築計画について,本件確認申請をした者である。

(2)川平湾の景観及び本件敷地の状況等

ア 川平湾の景観

石垣島は日本列島の最南西端に位置し,19の島々からなる八重山群島の拠点であり,沖縄県内最高峰の於茂登岳を中心に八重に連なる山系を背にして,南に平坦地が広がっている。同島では,河川が発達し,湾岸と半島や岬などの多様な地形が織りなす自然風景に恵まれている。

川平湾は,石垣島北西の内陸に入り込んだ湾であり,川平湾及びその周辺は,隆起珊瑚礁などの島嶼からなる海浜と,亜熱帯樹林に覆われた於茂登岳などの山岳とが一体となって美しい景観をなしていることから,国の名勝に指定されている。

(甲15,公知の事実)。

イ 本件敷地の状況等

本件敷地は,川平湾を臨む石垣市字川平山原<番地略>(吉原地区)に所在する1834㎡の土地であり,同土地は甲野花子が所有している。本件敷地の登記記録上の地目は原野であるが,現況は雑種地である。

本件敷地の前面は,県道79号線に面しており,同敷地の形状は,間口に比して奥行きが狭く,同敷地の上記県道に面する先端部は刀の先様をした狭小な地形となっている。

本件敷地は,農業振興地域の農用地区域内の土地であったところ,平成13年ころ,石垣島の農業振興地域の総合的な見直しがされた際,八重山支庁土木建築課から,県道拡張用地に利用する目的で農用地区域から除外してほしい旨の要望があった。調査の結果,本件敷地の周辺の土地が既に農用地区域から除外されており,本件敷地を農用地として周辺の土地と一体的に利用することができなくなっていることが判明したため,本件敷地は,農用地区域から除外(以下「農振除外」という。)された。

(枝番を含む甲1,7ないし8)

(3)石垣市風景づくり条例及び石垣市風景計画の制定経緯

ア 端緒

景観法が制定されたことにともない,石垣市は,平成18年1月20日,沖縄県内で初めて同法に基づく景観行政団体となり,貴重な景観を市民,事業者,行政が相携えて保全することとし,景観法8条に基づく景観計画の策定に着手することとした(甲15)。

イ 石垣景観計画策定検討委員会の発足と石垣市風景計画の策定

石垣市は,石垣市景観計画策定検討委員会を発足させた。

同委員会には,同市各地区の自治公民館の館長をはじめ市民団体も参加し,平成18年9月から平成19年1月にかけて,景観計画案を策定するため景観形成基準等について議論がされ,これに基づき,同委員会は,石垣市景観計画案を策定することとした。

同委員会は,石垣らしい島の風景の秩序が乱れつつあるとの問題認識を示し,その内的要因に①風景づくりへの無関心,②風景支配への無配慮,③風景基本の未確立などを挙げるとともに,外的要因に①郊外型建築の進行,②高層建築の進行,③画一的建築の進行,④大規模開発の進行などを挙げた。そして,同委員会は,景観計画区域を,石垣島全域と島を取り巻くリーフ(サンゴ礁)を含む区域とし,同区域の基本風景域を,A自然風景域,B農村風景域,C市街地景観域に分け,それぞれの風景域について風景地区を定め,かつ,それぞれの風景地区における景観形成基準を策定した。

石垣市は,平成19年2月,景観規制審議会を発足させ,同審議会において,上記計画案についての審議がされ,同年4月25日,石垣市風景計画が告示された(同年6月1日施行)。

(甲15ないし19)

ウ 石垣市風景づくり条例の制定

石垣市風景計画の策定とあわせ,従前の石垣市景観形成条例を発展的に継承するものとして,石垣市風景づくり条例が策定された。同条例は,平成19年3月,石垣市議会において可決され,同年6月1日に施行された(甲6の1,甲22)。

エ 景観計画区域と景観地区

上記のとおり,石垣市は,石垣市風景計画を策定して景観計画区域を定めるとともに,石垣市風景づくり条例を策定した。石垣市風景計画は,景観行政団体である石垣市が,景観法8条の景観計画として策定したものであり,石垣市風景づくり条例は,石垣市が石垣市風景計画を定めて指定した景観計画区域内における建築物等についての制限を定めたものであって,これらの規制の適合性を担保する手段としては,景観法上,届出・勧告という緩やかな規制が予定されている。

一方,景観法61条は,景観地区に関する都市計画について規定しているが,これは市町村が景観地区に関する都市計画において,当該地区内の建築物の高さの最高限度又は最低限度,壁面の位置の制限若しくは建築物の敷地面積の最低限度などの制限を定めた場合,同地区内の建築物の建築は上記制限に適合して行われるべき義務があり,当該建築物が上記制限に適合するかは建築基準法6条1項の建築確認において審査されることとなる。

なお,上記のとおり景観計画区域における規制と景観地区における規制とは異なるものであるが,石垣市は,現在まで,本件敷地を含む区域について景観地区に関する都市計画は定めていない(甲29)。

オ 本件敷地にかかわる石垣市風景計画の内容

本件敷地は,石垣市風景計画の景観計画区域(基本風景域)のうち「自然風景域」(「サンゴの海浜地区」)に該当するところ,同地区の建築物に関する景観形成基準は以下のとおりとされている(枝番を含む甲6,15)。

(ア)高さ

a 「自然風景域では,建築物の地盤面から最上部までの高さをそれぞれ次のとおりとします。

サンゴの海浜地区……原則7m以下とし,良好な景観形成のための方針に則り,周辺の自然風景と調和するように工夫がなされていること」

(イ)屋根

a 形状

「・山並や稜線の輪郭と調和するように,屋根形状は可能な限り勾配屋根を採用することとします。

また,伝統的なまちなみ,歴史文化や風土と調和した風景を創出するため,屋根は可能な限り勾配寄棟造りとし,その場合の勾配は4寸~5寸程度を目安とします。

全面的な赤瓦勾配屋根の採用が困難な場合であっても部分的に用いるなど,積極的に意匠として採用するよう心がけることとします。」

b 屋根材や外観の意匠

「勾配屋根にする場合は,可能な限り沖縄赤瓦葺きを採用し,固定方法も漆喰を使用するなど伝統的風景の創出に心がけるようにします。」

c 陸屋根等

「陸屋根にする場合であっても,周辺の状況との調和を第一にし,具体的には背景の山並や稜線を越えないことや,地形や植生に対する違和感が生じず,かつ,緑化修景と一体となった和らいだ印象となるようにします。」

(ウ)外壁

a 材料や仕上げ

「可能な限り木材や石材などの自然素材を用いるようにする。

ブロック造とする場合は,むき出しとせず漆喰やモルタル,或いは,塗装などにより景観上の配慮をすることとします。

コンクリートの打ち放しの場合であっても,屋根その他の形態意匠が周辺と調和し,かつ周囲の緑化や修景と一体となって良好な佇まいを出すようにします。」

b 色相

「原色を避け,白系,ベージュ系,クリーム系,アイボリー系を基調とし,背景の自然風景と調和するか,溶け込むようにします。」

c 彩度及び明度

「彩度を2以下とし,背景に対して違和感が生じないような中間の明度を採用するようにします。」

(エ)付属施設

a 高さ

「付属施設の高さは,主屋の軒の高さ以下とします。」

b 意匠

「付属施設の意匠は,主屋と一体性ならびに統一感のあるものとします。」

c 配置

「道路側は境界線ぎりぎりに付属施設を設けず,1.5m以上後退し,後退した空間には植栽や芝張りをほどこして,風景づくりのための空間とします。」

d しつらえ

「開放された空間の植栽には,地元で親しまれている植物を用いるなどして,石垣らしさの創出に配慮するようにします。」

(オ)外構

a 道路側や隣地側に設ける垣,柵や塀等

「柵等を設ける際には,生垣や芝張りなど緑化や空地による開放感の創出や,琉球石灰岩の石積みなど歴史文化や風土と調和した材料を用いることによる石垣らしさの創出などに配慮することとします。

前面道路側に柵等を設ける場合は道路境界線から1.5m以上後退し,開放された公共性ある空間として,見られることを意識した風景づくりのための空間として活用するようにします。

ブロック塀やコンクリート塀,または金網など自然素材以外の無機質な感じのする材料を使用する場合は,漆喰や塗装,または,壁面緑化などによる修景をすることとします。

ブロック塀や石垣を設ける際は,近隣の人々が散歩や散策中に腰掛けることができる程度の高さ(目安としてブロック3段程度の60㎝から70㎝程度)にして自然のベンチをこしらえるようにしましょう。また,そうでない場合でも高さ1.5mを超えないようにします。」

b 緑化や修景がなされた空間の確保

「敷地内の建築物以外の部分には,植栽や芝張り,花壇や菜園などのガーデニング,その他修景された空間(以下,「有効空間」という。)を設けることとし,安らぎとうるおいの感じられる風景づくりを心がけるようにします。」

c 割合

「緑豊かな町並の創造に寄与するためにも,有効空間の割合は50%以上になるようにします。」

(カ)建築設備

a 配置

「空調,配電等に必要な設備は道路や海岸その他の公共空間から見えないような場所に配置します。」

b 意匠

「上記が困難な場合は,建築物本体と一体化し,同調して目立たないような工夫をすることとします。」

c 色彩

「設備の色は外壁の色と同一色か同色系,或いは調和色を用い,彩度や明度も同程度にするなどして違和感が生じないようにすることとします。」

(キ)水槽

「(構造)貯水槽は高架にしないこととします。」

(ク)建築物の壁面の位置

「屋敷に対する主たる前面道路側は,道路と壁面までの間に有効空間を確保するため,後退距離を設けることとし,その場合の距離を5m以上とします。

建築物は隣接境界線ぎりぎりに配置せず,隣接地側(主たる前道路以外の道路に面する側を含む)には,有効空間が確保できるよう後退距離を設けることとし,その場合の距離を2m以上とします。

ただし,土地の形状や面積などの現況,北側に主たる前面道路がある敷地において地域の特性に応じた建物の配置をする必要がある場合など,土地の有効活用や風土に根ざした家づくりへの配慮などの理由から上記後退距離を一律で確保することが困難な場合は,道路等の公共空間から容易に眺めることのできる場所において可能な限り後退距離を設けることとします。」

(4)事実経過

ア 甲野は,本件敷地において,別紙建築計画のとおり7階建ての賃貸マンション(建築物の高さ24.850m,床面積合計1774.15㎡)を建築する計画(本件建築計画)をし,建築確認に必要な手続を乙山大介一級建築士(以下「乙山建築士」という。)に委任した(甲2の1ないし3,乙1,3)。

イ(ア)甲野は,平成18年6月ころ,八重山支庁土木建設課に対し,本件建築計画についての相談を行い,同年8月2日,吉原公民館で,八重山支庁土木建設課,同都市計画課及び施工業者出席の下,住民に対し本件建築計画の説明会を行ったが,これに出席したすべての住民から反対を受けた(甲5の1,2)。

(イ)八重山支庁土木建築課は,関係部署と石垣市自然環境保全条例に基づく開発調整会議を開き,関係する課等から意見を聴取するとともに,本件敷地の近隣住民から本件建築計画に対する意見,要望等を聴取した。そして,八重山支庁土木建築課は,これらの意見,要望等を踏まえて,本件建築計画が周囲の景観や周辺住民の生活環境等に配慮したものとなるよう,甲野と建築計画の内容を協議したが,甲野は,本件建築計画どおり建築物を建築する旨を強く主張した(甲5の2)。

(ウ)甲野は,石垣市長に対し,平成18年6月5日付けで,本件敷地について赤土流出対策工事の施工のため,石垣市自然環境保全条例12条(平成19年条例第9号による改正前のもの。内容は,同改正後の16条とほぼ同じ。)に基づき開発同意申請をしたが,石垣市長は,同年12月13日付けで,本件建築計画は,景観行政を推進する同市の方針に適合しないとして,以下の意見により,上記開発に不同意とする旨の通知をした。

「当該計画地は,県道に面しており,間口に比して奥行きが狭く,敷地の先端部は刀の先形をした狭小な地形である。現計画どおり建築物が建設されると県道側からの圧迫感が生じるおそれがあるが,それを減じる為の措置としての建築物の後退等も敷地狭小のため不可能である。従って,当該敷地での高層・大規模建築物の建設は周辺自然景観とのバランスを阻害するとの判断をせざるを得ない。」(甲7の1,2)

(エ)他方で,原告X2は,沖縄県知事及び石垣市長に対し,本件敷地が従前,農業振興地域の農用地区域に指定されていたことから,本件敷地を農用地区域に再編入するようそれぞれ申し入れたが,沖縄県知事及び石垣市長は,平成19年5月又は6月ころ,本件敷地を農用地区域に再編入するのは適当でないとそれぞれ回答した(甲8の2,3)。

(オ)原告X2らは,石垣市長に対し,平成19年3月20日付けで,本件建築計画の中止を求める要望をしたが,石垣市長は,原告X2に対し,平成19年5月7日付けの「川平<番地略>に於ける『7階建てマンションの建設計画』中止に関する件について(回答)」と題する書面において,本件建築計画について「現地での現計画による建築行為は関係諸法令に照らして特に問題がなく,建築基準法に基づく建築確認が取れ次第着工可能な状況になるものと思われます。また,ご指摘の給水や歩道設置等に係わる件につきましても,当然関係する市水道部或いは沖縄県八重山支庁との個別協議が今後とも続いて行くものと思慮いたしますが,そのことが直接に建築確認の凍結等に結びつくものでもありません。したがいまして,今般の『7階建てマンション建設差し止め』に関する要望については,法令に基づく行政を行う立場として,現時点ではこれ以上のご要望に沿うことができない状況であります。尚,当該建築物の着工の時期によっては石垣市風景計画(4月25日告示,6月1日施行)に基づく再協議の余地があることを申し添え,本要望に対する回答といたします。」と回答した(甲5の1,2)。

ウ 甲野は,処分行政庁に対し,平成19年6月19日付けで本件確認申請をした。

これに対し,処分行政庁は,甲野に対し,同年7月9日付けで,「構造計算書において,告示規定(平成19年国土交通省告示第594号)に適合しているか判定できない。」として,建築基準法6条5項の規定に基づき同条4項所定の期限内に建築確認をすることができない旨の理由を記載した通知書を交付し,併せて構造計算に関する資料の追加提出を指示した。

甲野は,その後,上記資料を提出せず,本件確認申請に係る手続は,中断している。

(乙1,3)

エ 石垣市議会は,平成19年9月14日,本件建築計画に反対し,同計画が石垣市風景づくり条例及び石垣市風景計画に適合するものになるよう変更することを求める旨の決議をした(甲27)。

3 争点及び争点に関する当事者双方の主張

(1)争点(1)(本案前の抗弁─差止めの訴えの訴訟要件)

(原告らの主張)

ア 本件建築確認処分がされるがい然性

本件建築計画については,マスコミ等でも報道され,同計画に反対する運動も活発にされているが,甲野は,既に平成19年6月19日に本件確認申請をしており,処分行政庁が本件建築確認処分をするがい然性が高いことは客観的状況に照らし明白である。

被告が主張するとおり,本件確認申請に係る手続は,現時点で中断した状態にあるが,手続が再開された場合には,建築基準法6条4項に定める期限からして手続再開後10日程度で本件建築確認処分がされることが予想されるから,本件建築確認処分がされるがい然性が高いことは明白である。

イ 重大な損害

処分行政庁により本件建築確認処分がされると,建築主である甲野は直ちに本件マンションの建築に着工する可能性が高く,これにより原告らの生活環境,景観等に重大な損害が生ずることは明らかである。

(被告の主張)

ア 本件建築確認処分がされるがい然性について

建築確認は,当該建築計画が建築基準法及び建築基準法施行令9条で定める建築基準関係規定に適合するか否かを判断する裁量性のない覊束行為である。そして,建築主事は,建築確認申請書を受理した日から建築基準法6条4項に定める期限内(21日)に,確認済証,建築計画が建築基準関係規定に適合しない旨の通知書又は建築基準関係規定に適合するかどうかを期限内に決定できない旨の通知書のいずれかを交付しなければならない。

本件において,処分行政庁は,平成19年6月19日,甲野から本件確認申請を受理した後,同人に対し,同年7月9日,本件建築計画が建築基準関係規定に適合するか否かを期限内に確認できない旨の通知書を交付し,本件確認申請に係る手続は現在まで(本件訴訟の口頭弁論終結時において約1年4か月間)中断した状態にある。

したがって,現時点において,本件建築確認処分がされるがい然性は,客観的状況に照らして低いといわざるを得ない。

イ 重大な損害について

差止めの訴えは,司法権が行政権の第一次的判断を待たず,事前に一定の処分を差し止めることを認める例外的な制度であるから,処分がされることにより原告の受ける不利益の程度が極めて大きな場合に限ってこれを認めるのが相当である。しかるに,本件建築確認処分がされ,甲野に対し確認済証が交付されたとしても,本件マンションの建築工事に着手することが可能となるにすぎない。したがって,上記建築確認がされることによって,原告らの生活環境,景観等に極めて大きな不利益が直ちにもたらされることはなく,原告らに重大な損害が生ずるおそれはない。

(2)争点(2)(本件建築計画の違法性)

(原告らの主張)

ア 建築基準法違反

本件敷地は,地震,台風等による建物倒壊,土砂流出,地すべり等が発生する危険性が大きい土地であるにもかかわらず,本件建築計画は,本件敷地の安全性を確保する措置を講じていないから,建築基準法19条4項に違反する。

イ 石垣市風景づくり条例及び石垣市風景計画違反

石垣市は,平成19年6月1日から景観法に基づき石垣市風景づくり条例及び石垣市風景計画を施行した。これによると,本件敷地は石垣市風景計画の景観計画区域(基本風景域)のうち自然風景域(サンゴの海浜地区)に該当し,同地区の景観形成基準では,①建築物の高さは7m以下とし,周辺の自然風景と調和するように工夫がされていること,②形状は山並や稜線の輪郭と調和し,屋根は周辺の状況との調和を第一にし,背景の山並や稜線を越えないことや,地形の植生に対する違和感が生じず,かつ,緑化修景と一体となった和らいだ印象となるようにすること等が規定されているが,本件マンションは,極めて狭小な敷地の上の高さ約25mにも及ぶ「ついたて状」の建築物で,周辺の自然風景と調和する工夫は全くされていない。また,本件マンションの形状は周囲の山並や稜線に調和せず,屋根等はあらゆる者に周囲の地形や植生との違和感を生じさせるものである。

したがって,本件建築計画は,石垣市風景づくり条例及び石垣市風景計画に違反する。

ウ 石垣市自然環境保全条例違反

本件建築計画は,石垣市長が甲野の石垣市自然環境保全条例(平成19年条例第9号による改正前のもの)に基づく開発同意申請に対し平成18年12月13日付けで「当該地での高層・大規模建築物の建設は周辺自然景観とのバランスを阻害すると判断せざるを得ない」として上記開発に不同意とする旨の通知したことからも明らかなように,石垣市自然環境保全条例に違反する。

エ 農業振興地域の整備に関する法律違反

本件建築計画に係る本件敷地は,平成13年ころ,県道拡張用地に利用する目的で農振除外されたが,現時点で,県道拡張用地として利用するという目的の実現が不可能となっているのであるから,本件敷地についての農振除外は無効である。

したがって,本件敷地については,農振法の規制が及ぶところ,同法において農用地区域における開発行為は制限されているから,本件建築計画は農振法に違反する。

オ 地域伝承文化を破壊する違法

本件建築計画に基づき本件マンションが建築されると,同マンションからの排水が,本件敷地の前面を通る県道79号線に沿って設置されたU字構を通って,本件敷地付近を流れるヒウッタ川(ヒウツク川)に流入し,これを汚染する可能性がある。そして,同川が汚染されると,同川河口の吉原海岸で旧暦3月3日に行われる伝統行事である「浜下り」の実施に支障が生じる。

したがって,本件建築計画は,貴重な地域の伝承文化を破壊するものであって違法である。

カ 被告は,上記イないしエの条例等の規定は建築基準関係規定に当たらないと主張するが,建築基準法施行令9条は,建築基準法の目的である「建築物の敷地,構造,設備及び用途に関する最低の基準を定め,国民の生命,健康及び財産の保護を図り,もって公共の福祉の増進に資するため」(同法1条)に規定されたものであり,同法施行令9条の定める規定だけが建築確認審査の対象となると解するのは,同法の目的に反するものであり,各規定の内容を検討した上で,建築基準関係規定に該当するか否かを個別的に検討すべきである。

(被告の主張)

否認又は争う。

ア 建築基準法19条4項違反について

本件敷地は,建築基準法39条1項に基づく沖縄県建築基準法施行条例3条の災害危険区域に指定されていない。よって,本件建築計画は,建築基準法19条4項に違反しない。

イ 石垣市風景づくり条例及び石垣市風景計画違反について

石垣市が,平成19年6月1日から景観法に基づき石垣市風景づくり条例を施行したこと,同計画の景観形成基準で定められている内容については認めるが,建築確認は,建築基準関係規定に適合するか否かを判断する裁量性のない覊束行為であり,建築基準法施行令9条の定める建築基準関係規定以外は,建築確認審査の対象とはならない。

石垣市風景づくり条例及び石垣市風景計画は,建築基準関係規定として定められていないし,上記条例等の上位法である景観法にもこれらの規定を建築基準関係規定にみなす旨の規定もない。

そもそも,景観法に基づいて景観規制を行う場合,景観計画及び条例等で定める届出・勧告による緩やかな手法と,景観地区に関する都市計画を定めて建築確認審査の対象とする厳しい手法があるが,石垣市風景づくり条例及び石垣市風景計画は,届出・勧告による緩やかな手法によるものであって,景観地区に関する都市計画を定めるものではない。もっとも,石垣市風景づくり条例の規制内容の一部については,石垣市が景観地区に関する都市計画を定めることによって建築基準関係規定とすることも可能であるが,石垣市は,本件敷地を含む地域について,景観地区に関する都市計画は定めていないのであるから,原告らの主張は失当である。

ウ 石垣市自然環境保全条例違反について

甲野が,本件建築計画につき,石垣市自然環境保全条例(平成19年条例9号による改正前のもの。)に基づく開発同意申請をしたところ,石垣市長が平成18年12月13日付けで上記申請に不同意とする旨の通知を発したことは認めるが,石垣市自然環境保全条例は,建築基準関係規定ではないから,原告らの主張は失当である。

エ 農振法違反について

本件敷地が,平成13年ころに農振除外されたことは認めるが,農振法は建築基準関係規定ではないから,原告らの主張は失当である。

オ 地域の伝承文化を破壊する違法について

地域の伝承文化は,建築基準関係規定とは関係がないから,原告らの主張は失当である。

第3  判断

1  争点(1)(本案前の抗弁─差止めの訴えの訴訟要件)について

(1)原告適格について

ア 差止めの訴えは,一定の処分又は裁決がされることにより重大な損害を生ずるおそれがある場合に限り,提起することができる(行政事件訴訟法37条の4第1項本文)ものであるが,その前提として,原告らが,処分の差止めを求めるにつき法律上の利益を有する者であることを要するものである(同条3項,同条4項本文,同法9条2項)。

そこで,本件においても,原告らが,本件建築確認処分の差止めを求めるにつき法律上の利益を有する者であるか否かをまず検討する必要がある。

イ(ア)建築基準法は,建築物の敷地,構造,設備及び用途に関する最低の基準を定めて,国民の生命,健康及び財産の保護を図り,もって公共の福祉の増進に資することを目的とする(同法1条)ものであるところ,同法は容積率規制(同法52条),建ぺい率規制(同法53条)及び高さ規制(同法52条,55条,56条,56条の2等)などを定めており,これらの規定は,本来,建築密度,建築物の規模等を規制することにより,建築物の敷地上に適度な空間を確保し,もって,当該建築物及びこれに隣接する建築物等における日照,通風,採光等(以下「日照等」という。)を良好に保つことを目的とするとともに,当該建築物が倒壊したり,火災その他の災害が発生した場合に隣接する建築物等に延焼するなどの被害が及ぶ危険を抑制することも,その目的に含むものと解される。

そして,建築確認が,建築基準関係規定に違反する建築物の出現を未然に防止し,国民の生命,健康及び財産の保護を図り,もって公共の福祉の増進に資することを目的とするものであることからすれば,建築基準法6条1項は,建築処分に係る当該建築物により日照等を阻害されたり,当該建築物の倒壊,炎上等による被害が直接に及ぶことが想定される周辺の一定地域に存する住民の生命,身体及び財産を,個々人の個人的利益としても保護する趣旨を含むものと解するべきである(最高裁平成14年1月22日第三小法廷判決・民集56巻1号46号,同裁判所同年3月28日第一小法廷判決・民集56巻3号613頁参照)。

(イ)前提となる事実(1)アで認定したとおり,原告X1は,本件敷地のほぼ西側に隣接する土地に居住するものであるところ,本件建築計画に係る建築物(本件マンション)により日照等が阻害されるおそれがあることは否定できないし,本件建築計画が建築基準法19条4項に違反するものであり,地震,台風等による建物倒壊,土砂流出及び地すべり等に対する敷地の安全性を確保する措置を講じていないものであるとすれば,本件マンションが上記災害により倒壊する等した場合には,原告X1の生命,身体及び財産に直接被害が及ぶ可能性があることは,明らかであるというべきである。

したがって,原告X1は,本件建築確認処分の差止めを求めるにつき法律上の利益を有する者に該当するというべきである。

(ウ)これに対し,原告X2は,本件敷地の南西側約600ないし700mのところに所在する土地に居住する者であり,原告X3,原告X4及び原告X5は,本件敷地の東側約200ないし300mのところに所在する土地に,原告X6は本件敷地の東側約400ないし500mのところに所在する土地に,それぞれ居住する者であることは前提となる事実(1)アで認定したとおりである。そして,上記原告らが,上記のとおり本件敷地から相当程度離れたところに居住していることからすれば,本件マンションの建築により日照等を阻害されたり,その倒壊等により,その生命,身体及び財産に被害が直接及ぶことはにわかに想定できない。

したがって,原告X2,原告X3,原告X4,原告X5及び原告X6は,建築確認の差止めを求めるにつき法律上の利益を有する者に該当しない。

ウ(ア)もっとも,原告らは,良好な景観の恵沢を享受する利益(以下「景観利益」という。)も本件建築確認処分の差止めを求める法律上の利益に含まれると主張しているものと解されるところ,都市の景観は,良好な風景として,人々の歴史的又は文化的環境を形作り,豊かな生活環境を構成する場合には,客観的価値を有するものというべきであり,景観法は,「良好な景観は,美しく風格のある国土の形成と潤いのある豊かな生活環境の創造に不可欠なものであることにかんがみ,国民共通の資産として,現在及び将来の国民がその恵沢を享受できるよう,その整備及び保全が図られなければならない。」と規定(2条1項)した上,国,地方公共団体,事業者及び住民の有する責務(3条から6条まで),景観行政団体がとり得る行政上の施策(8条以下)並びに市町村が定めることができる景観地区に関する都市計画(61条),その内容としての建築物の形態意匠の制限(62条),市町村長の違反建築物に対する措置(64条),地区計画等の区域内における建築物等の形態意匠の条例による制限(76条)等を規定しているが,これも,良好な景観が有する価値を保護することを目的とするものである。そうすると,良好な景観に近接する地域内に居住し,その恵沢を日常的に享受している者は,良好な景観が有する客観的な価値の侵害に対して密接な利害関係を有するものというべきであり,これらの者が有する良好な景観の恵沢を享受する利益(景観利益)は,法律上保護に値するものと解するのが相当である(最高裁判所平成18年3月30日第一小法廷判決・民集60巻3号948頁参照)。

(イ)そこで,建築基準法が,景観利益を個々人の個人的利益として保護する趣旨を含むものであるか検討するに,上記イ(ア)のとおり,建築基準法は,建築物の敷地,構造,設備及び用途に関する最低の基準を定めて,国民の生命,健康及び財産の保護を図り,もって公共の福祉の増進に資することを目的とするものであるが,同法68条1項本文は,「景観地区内においては,建築物の高さは,景観地区に関する都市計画において建築物の高さの最高限度又は最低限度が定められたときは,当該最高限度以下又は当該最低限度以上でなければならない」とし,同条2項本文は,「景観地区内においては,建築物の壁又はこれに代わる柱は,景観地区に関する都市計画において壁面の位置の制限が定められたときは,建築物の地盤面下の部分を除き,当該壁面の位置の制限に反して建築してはならない。」とし,同条3項本文は,「景観地区内においては,建築物の敷地面積は,景観地区に関する都市計画において建築物の敷地面積の最低限度が定められたときは,当該最低限度以上でなければならない。」とそれぞれ規定しているものである。

そして,景観法は,美しく風格のある国土の形成,潤いのある豊かな生活環境の創造及び個性的で活力ある地域社会の実現を図り,もって国民生活の向上並びに国民経済及び地域社会の健全な発展に寄与することを目的(同法1条)とするものであるところ,同法61条1項は,「市町村は,都市計画区域又は準都市計画区域内の土地の区域については,市街地の良好な景観の形成を図るため,都市計画に,景観地区を定めることができる。」とし,同条2項は,「景観地区に関する都市計画には,都市計画法第8条第3項第一号及び第三号に掲げる事項のほか,第一号(建築物の形態意匠の制限)に掲げる事項を定めるとともに,第二号から第四号(第二号 建築物の高さの最高限度又は最低限度,第三号 壁面の位置の制限,第四号 建築物の敷地面積の最低限度)までに掲げる事項のうち必要なものを定めるものとする。」としている。

上記の建築基準法68条各項の各規定は,景観法の制定に伴い改正されたものであり,これらの規定によれば,景観地区内の建築物の建築に当たっては,景観地区に関する都市計画で定めた建築物の高さの最高限度又は最低限度,壁面の位置の制限若しくは建築物の敷地面積の最低限度などの制限に適合させる義務があるものである。そして,当該建築物が上記制限に適合するか否かは,建築基準法6条1項の建築確認審査の対象となるものであるから,建築基準法68条各項の規定は,建築確認審査を通じて,良好な景観を保全することをもその趣旨及び目的とするものであると解することができる。

(ウ)以上のような建築確認に係る建築基準法の各規定の趣旨及び目的,これらの規定が保護しようとしている利益の内容及び性質等に,上記に摘示した景観法の規定の趣旨及び目的を参酌すれば,建築基準法は,良好な景観に近接する地域内に居住し,その恵沢を日常的に享受している者が有する良好な景観の恵沢を享受する利益(景観利益)をも,個々人の個人的利益として保護する趣旨を含むと解するのが相当である。

(エ)そこで検討するに,本件敷地は国の名勝である川平湾を臨む土地に所在するところ,原告X1は本件敷地のほぼ西側に隣接する土地に,原告X2は,本件敷地の南西側約600ないし700mのところに所在する土地に,原告X3,原告X4及び原告X5は,本件敷地の東側約200ないし300mのところに所在する土地に,原告X6は本件敷地の東側約400ないし500mのところに所在する土地に,それぞれ居住する者であることは前提となる事実(1)アで認定したとおりである。

そうすると,原告らは,良好な景観を有する川平湾に近接する地域内に居住している者であって,その恵沢を日常的に享受している者に該当するというべきである。

(オ)したがって,原告らは,本件建築確認処分の差止めを求める法律上の利益を有する者に該当するというべきである。

(2)本件建築確認処分がされるがい然性

上記のとおり,原告らは,本件建築確認処分の差止めを求めるにつき法律上の利益を有する者であるが,行政事件訴訟法は,行政庁により「一定の処分」等が「されようとしている場合において」,差止めの訴えを提起できる旨規定し(行政事件訴訟法3条7号,同法37条の4第1項本文),同訴えの訴訟要件として,一定の行政処分がされる蓋然性があることを規定しているものである。

前提となる事実(4)ウで認定したとおり,処分行政庁は,甲野に対し,平成19年7月9日付けで,「構造計算書において,告示規定(平成19年国土交通省告示第594号)に適合しているか判定できない。」として,建築基準法6条5項の規定に基づき同法所定の期限内に建築確認をすることができない旨の理由を記載した通知書を交付し,併せて構造計算に関する資料の追加提出を指示したが,甲野は,その後上記資料を提出せず,本件確認申請に係る手続は,現在まで中断している。

しかしながら,建築確認は,建築基準法6条1項の建築物の建築等の工事に着手がされる前に,当該建築計画が,建築基準関係規定に適合するものであることを公権的に判断する行為であって,裁量性のない覊束行為であると解される。

そして,建築基準法6条4項は,建築主事は,建築確認申請書を受理した場合においては,受理した日から21日以内に建築基準関係規定に適合することを確認したときは,当該申請者に確認済証を交付しなければならない旨規定しているところ,証拠(甲28,乙3)によれば,甲野は,平成20年6月の時点において,本件確認申請をした乙山建築士を解任し,別の建築士に本件確認申請に係る手続を委任したことが認められる。

これによれば,甲野が委任した別の建築士が本件確認申請に係る所定の補正をし,上記申請が建築基準関係規定に適合することが確認された場合には,速やかに本件建築確認処分がされる可能性が高いというべきである(被告も,本件訴訟の第1回口頭弁論期日において,甲野から建築確認に係る追加資料が提出された場合には,提出された日から10日程度で本件建築確認処分がされることとなる旨陳述している。)。

したがって,本件においては,処分行政庁が本件建築確認処分をするがい然性が相当程度あるというべきであり,行政庁により「一定の処分」が「されようとしている場合」に当たるというべきである。

(3)重大な損害について

ア 行政事件訴訟法37条の4第1項本文は,差止めの訴えは,「重大な損害を生ずるおそれがある場合に限り,提起することができる」と規定し,同条2項は,「裁判所は,前項に規定する重大な損害を生ずるか否かを判断するに当たっては,損害の回復の困難の程度を考慮するものとし,損害の性質及び程度並びに処分又は裁決の内容及び性質をも勘案するものとする。」と規定し,当該処分により重大な損害が生じるおそれがあることを同訴えの訴訟要件としている。

イ 前記のとおり,原告X1は,本件敷地のほぼ西側に隣接する土地上の建物に居住するものであるところ,本件マンションが建築されることにより日照等を阻害されるおそれがあることや,本件建築計画が建築基準法19条4項に違反するものであり,本件マンションが上記災害により倒壊する等した場合には,原告X1の生命,身体及び財産が侵害される可能性があるものである。

そして,これらの利益が重大なものであることは明らかであるから,原告X1は,本件建築確認処分がされることにより重大な損害が生ずるおそれがあるというべきであるし,上記損害を避けるため他に適当な方法がある(同法37条の4第2項ただし書)と認めることもできない。

ウ これに対し,被告は,本件建築確認処分がされ,甲野に対し確認済証が交付されたとしても,本件建築計画に係る建物の建築工事に着手することが可能となるにすきず,重大な損害が生ずるおそれがあるわけではない旨主張する。

しかしながら,建築確認がされた場合,建築主は同建築確認に基づく建築工事に速やかに着工するのが通常であるし,仮に,甲野が速やかに建築工事に着手しなかったとしても,本件建築確認処分により,甲野は,いつでも本件建築計画に係る建物の建築工事に着手することが可能な状態になり,原告X1に上記損害を生ずるおそれが本件確認処分前より飛躍的に高まることにかんがみれば,被告の主張は採用することができない。

エ他方で,原告X2,原告X3,原告X4,原告X5及び原告X6は,良好な景観に近接する地域内に居住し,その恵沢を日常的に享受している者であるところ,本件建築計画に基づき本件マンションが建築されると,景観利益が侵害されると主張するものである。

しかしながら,上記のとおり景観利益は,法律上保護に値するものと解されるが,景観利益の内容は,景観の性質,態様等によって異なり得るものであるし,社会の変化に伴って変化する可能性のあるものでもあるところ,現時点においては,私法上の権利といい得るような明確な実体を有するものとは認められないこと(前記最高裁判所平成18年3月30日判決参照)に加え,前提となる事実(3)エで認定したとおり,石垣市は,現在まで,本件敷地を含む区域について景観地区に関する都市計画を定めていないことや,上記原告らが本件敷地から相当程度離れたところに居住しているものであること(前記1(1)イ(ウ))などの諸般の事情にかんがみると,本件建築確認処分により,上記原告らの有する景観利益が一定程度制限される可能性があることは認められるものの,それが具体的にどの程度侵害されるものであるかは明らかではなく,本件全証拠によっても,上記原告らに重大な損害が生ずるおそれがあると認めることは困難である。

(4)以上のとおり,原告X1の本件訴えは,差止め訴えの各訴訟要件を具備した適法なものというべきであるが,原告X1を除く原告らの本件各訴えは,本件建築確認処分により重大な損害が生ずるおそれがあると認めることはできず,差止めの訴えの訴訟要件を欠き,いずれも不適法なものといわざるをえない。

2  争点(2)(本件建築計画の違法性)について

(1)建築基準法19条4項は,「建築物ががけ崩れ等による被害を受けるおそれのある場合においては,擁壁の設置その他安全上適当な措置を講じなければならない。」と規定するところ,原告X1は,本件敷地は,地震,台風等による建物倒壊,土砂流出及び地すべり等が発生する危険性が大きい土地であるにもかかわらず,本件建築計画は,本件敷地の安全性を確保する措置を講じておらず,建築基準法19条4項に違反する旨主張する。

しかしながら,本件建築計画に係る建物(本件マンション)に「がけ崩れ等による被害を受けるそれ」があるとか,本件建築計画が本件敷地の安全性を確保する措置を講じていないことを認めるに足りる証拠はない(なお,前提となる事実(4)ウのとおり,処分行政庁は,甲野に対し,「構造計算書において,告示規定に適合しているか判定できない。」として,構造計算に関する資料の追加提出を指示しており,甲野が上記資料の追加提出をするまで本件建築確認処分はされないことになっている。)。

したがって,本件建築計画が建築基準法19条4項に違反すると認めることはできない。

(2)ア原告X1は,本件建築計画は,①石垣市風景づくり条例及び石垣市風景計画,②石垣市自然環境保全条例及び③農振法にそれぞれ違反する旨主張するところ,建築確認は,建築基準法6条1項の建築物の建築等の工事に着手がされる前に,当該建築物の計画が建築基準関係規定に適合するものであることを公権的に判断する行為であり,ここでいう建築基準関係規定とは,建築基準法施行令9条所定の各規定をいい,同条所定の各規定は前記第2の1(2)で摘示したとおりであるところ,上記①ないし③の条例等は,同法施行令9条において建築基準関係規定として定められておらず,これらを建築基準関係規定とみなす旨の規定もない。

イ(ア)原告X1は,建築基準法施行令9条の定める規定だけが建築確認審査の対象となると解するのは,建築基準法の目的に反するものであり,各規定の内容を検討した上で,建築基準関係規定に該当するか否かを個別的に検討すべきである旨主張するので,この点について,以下検討するが,建築確認は,建築基準法6条1項の建築物の建築等の工事に着手がされる前に当該建築物の計画が建築基準関係規定に適合するものであることを公権的に判断する覊束行為であり,これに係る建築基準関係規定は一義的に明確である必要があることから,同法施行令9条は,建築基準関係規定となる法令の規定を詳細に限定列挙したものと解するのが相当であり,同法施行令の定めていない規定を特別の根拠なく,建築基準関係規定に当たると解することはできないものである。

(イ)石垣市風景づくり条例及び石垣市風景計画について

前提となる事実(3)エで認定したとおり,石垣市風景計画は,風景行政団体である石垣市が,景観法8条の景観計画として策定したものであり,石垣市風景づくり条例は,石垣市が石垣市風景計画を定めて指定した景観計画区域内における建築物等についての制限を定めたものであって,これらの規制の適合性を担保する手段としては,景観法上,届出・勧告という緩やかな規制が予定されるにとどまっている。

他方,景観法は,市町村が景観地区に関する都市計画において,当該地区内の建築物の高さの最高限度又は最低限度,壁面の位置の制限若しくは建築物の敷地面積の最低限度などの制限を定めた場合,同地区内の建築物の建築は上記制限に適合して行われるべきであり,当該建築物が上記制限に適合するかは建築基準法6条1項の建築確認審査の対象となるものである。

そうすると,石垣市風景づくり条例の規制の一部については,石垣市が景観地区に関する都市計画において定めることによって建築確認審査の対象とすることができるが,前提となる事実(3)エのとおり,石垣市は,本件敷地を含む地域について,景観地区に関する都市計画を定めていないものであるから,石垣市風景づくり条例及び石垣市風景計画が,建築基準関係規定に当たり建築確認審査の対象となると解することはできない。

(ウ)石垣市自然環境保全条例について

関係法令の定め(6)のとおり,石垣市自然環境保全条例は,石垣市において,良好な自然環境を保全することを目的として,一定の開発行為を行う際にその届出を義務づけるものであって,建築物の敷地,構造,設備及び用途に関する最低の基準自体を定めるものではないから,同条例が,建築基準関係規定に当たり建築基準法6条1項の建築確認の審査の対象となると解することはできない。

(エ)農振法について

関係法令の定め(7)のとおり,農振法は,自然的経済的社会的諸条件を考慮して総合的に農業の振興を図ることが必要であると認められる地域について,その地域の整備に関し必要な施策を計画的に推進するための措置を講ずることにより,農業の健全な発展を図るとともに,国土資源の合理的な利用に寄与することを目的とするものであり,同法により農業振興地域の農用地区域に指定された場合には,当該土地における開発行為等は制限される。

しかしながら,農振法は上記目的のために制定されたものであり,建築物の敷地,構造,設備及び用途に関する最低の基準を定めるものではないから,同法が,建築基準関係規定に当たり建築基準法6条1項の建築確認の審査の対象となると解することはできない。

なお,原告X1は,本件建築計画に係る本件敷地は,平成13年ころ,県道拡張用地に利用する目的で農振除外されたが,現時点で,県道拡張用地として利用するという目的の実現が不可能となっているから,本件敷地についての農振除外は無効であると主張するが,独自の見解というほかないものである。

ウ  以上のとおり,①石垣市風景づくり条例及び石垣市風景計画,②石垣市自然環境保全条例及び③農振法は,いずれも建築基準関係規定には当たらず,建築基準法6条1項の建築確認審査の対象となるものではないから,原告X1の主張は採用することができない。

(3)また,原告X1は,本件建築計画は地域の伝承文化を破壊する違法があるとも主張するが,上記の事由は,そもそも法令に関するものではなく,建築物の敷地,構造,設備及び用途に関する最低の基準を定めるものでもないから,建築基準法6条1項の建築確認審査においては,考慮することができないものといわざるを得ない。

3  結論

よって,原告X1を除く原告らの本件各訴えは不適法であるからいずれも却下することとし,原告X1の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大野和明 裁判官 田邉実 裁判官 小西圭一)

別紙

建築計画<省略>

物件目録<省略>

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