那覇地方裁判所 平成19年(行ウ)3号 判決 2009年3月11日
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 主位的請求
(1) 沖縄県教育委員会が原告に対し平成18年9月8日付けでした停職6か月の懲戒処分は無効であることを確認する。
(2) 沖縄県教育委員会が原告に対し平成19年3月31日付けでした免職処分は無効であることを確認する。
2 予備的請求
(1) 沖縄県教育委員会が原告に対し平成18年9月8日付けでした停職6か月の懲戒処分を取り消す。
(2) 沖縄県教育委員会が原告に対し平成19年3月31日付けでした免職処分を取り消す。
第2事案の概要等
本件は,沖縄県立学校教諭として条件附で採用され,県内の高校で勤務していた原告が,平成18年8月25日に沖縄県島尻郡a村で起きた飲酒運転による死亡事故(以下「本件事故」という。)を起こした普通乗用自動車(以下「本件車」という。)に同乗していたとして,沖縄県教育委員会(以下「県教育委員会」という。)から停職期間6か月の懲戒処分(以下「本件懲戒処分」という。)を受け,さらに,その後,免職の分限処分(以下「本件分限処分」といい,本件懲戒処分とあわせて,「本件各処分」という。)を受けたことに対し,主位的には本件各処分が無効であることの確認を求め,予備的には本件各処分の取消しを求める事案である。
1 前提事実(各掲記の証拠(すべての枝番を表す場合には,枝番の表記を省略する。)等によるほかは,当事者間に争いがない。)
(1) 原告は,平成17年3月23日にb大学大学院c研究科d専攻を修了し,臨時教員期間を経た後,平成18年4月1日付けで,県教育委員会により,教育公務員特例法12条1項(平成18年法律第80号による改正前のもの。以下同じ。),地方公務員法22条1項により条件附で沖縄県立学校教諭に採用され,e高校(以下「本件高校」という。)勤務を命じられ,以降,本件高校で初任者研修を受けていた。原告は,本件高校ではi科の教諭として勤務し,1年生の担任を任されていた。(甲5,14,15,18)
(2) 本件高校は,平成18年度の県教育委員会指定の交通安全実践指定校であり,生徒に対して交通安全に対する様々な教育活動を通じて安全意識の向上や交通ルールの遵守等を指導していた。また,本件高校の校長であったF(以下「F校長」という。)において,教職員に対して,同年4月4日の職員会議で,教育公務員としてしてはいけないこと(体罰や飲酒運転等)を厳にしないよう指導するとともに,同年8月22日の職員会議においても,教職員として学校内の整理整頓や交通法規に関して生徒の模範となるようにルールの厳守を話すなどしていた。(乙1)
(3) 本件事故の発生等(甲5ないし8,25,乙2,3,5ないし7,48,53,原告本人)
ア 本件高校に勤務していたA(実習助手。以下「A」という。)が中心となって,本件高校の同僚やAが以前勤務していた高校の同僚等によるf島キャンプ(以下「本件キャンプ」という。)が企画された。本件キャンプは,平成18年8月23日からf島で行われ,約10名が参加し,原告も本件キャンプに参加した。
イ 本件キャンプ二日目の平成18年8月24日,参加者らは,追い込み漁をしたり,海遊びをするなどして過ごし,同日夜は宿泊先のa村のg公民館でバーベキューを行った。原告ら参加者らは,ビールや泡盛を飲み,また,宮古風習のおとーり(泡盛を順番に飲んでいくもの。)を五,六回するなどした。バーベキュー終了後,参加者らは星を観に行ったり,後片付けをしたり,就寝の準備をするなどした。
ウ 平成18年8月25日午前零時30分ころ,参加者らが後片付けを終え,就寝の準備をしていたところ,Aは他の参加者であるB(以下「B」という。)に,「カラオケに行こう。」と言い出し,他の参加者らのうち数名がスナックに行くことになった。参加者らは皆かなり飲酒をしていたものの,本件キャンプを計画し,これを取り仕切っていたAから強く誘われたために断ることができず,スナックに行くこととなった。原告も,既に就寝の準備をしており,スナックに行きたくはなかったため,洗面所に歯磨きに行って誘いをやり過ごそうとしたが,Bから「C,行くよ」と,名前を呼ばれて誘われたことから,断ることはできないと考え,スナックに行くこととした。
エ 原告が準備をして公民館の外に出たところ,スナックに行く他の者ら(原告以外に5名)は既に本件車に乗り込んでおり,原告が最後に本件車に乗り込んで,本件車は出発した。
本件車を運転したのはAであったが,Aは上記のように飲酒した上での運転であった。
公民館から本件車を発進させる際,本件車の前方には参加者の一人D(以下「D」という。)が寝ていたが,Aはこれに気付かないまま本件車を発進させ,Dを約3.4キロメートル引きずって死亡させた(本件事故)。
オ Aは,平成18年8月25日,業務上過失致死罪で,さらに,同月27日,道路交通法違反(酒酔い運転,救護措置義務違反)の罪でそれぞれ逮捕され,その後,道路交通法違反(酒気帯び運転)及び業務上過失致死罪で起訴され,同年12月6日,これら罪で実刑判決を受けた。
本件キャンプの参加者のうち,原告を含む,A運転の本件車に同乗した5名については,平成18年9月1日,h警察署により,同5名はAが酒酔い運転することを承知の上,Aが運転する本件車に自ら進んで乗り込み,酒酔い運転の意思を強固ならしめ,同年8月25日午前零時30分ころ,g公民館先道路においてアルコールの影響により正常な運転ができないおそれのある状態で,本件車を運転するのを容易にし,もって酒酔い運転を幇助したとの道路交通法違反被疑事件(酒酔い運転幇助)で事件送致され,その後,不起訴処分(起訴猶予)とされた。
(4) 本件懲戒処分
ア 本件事故を受け,沖縄県教育庁県立学校教育課(以下「県立学校教育課」という。)職員が,本件事故当時に本件車に乗車していた6名の県立学校教職員から事情を聴取し,また,警察署からも事情を聴取するなどした。その後,平成18年9月5日,沖縄県教育庁教育次長や同総務課長ら合計8名で構成される県教育委員会懲戒審査委員会(以下「懲戒審査委員会」という。)が開催され,県立学校教育課において作成した資料(乙53)を基に,本件事故に関係した職員に対する処分が検討された。懲戒審査委員会は,検討結果(処分案。原告については停職6か月が相当であるとするもの。)を県教育委員会教育長(以下「教育長」という。)に報告した。(乙53,55,証人E)
イ 懲戒審査委員会の上記報告を受け,平成18年9月8日,臨時教育委員会が開催され,本件事故に関係した職員に対する懲戒処分が決定された。(乙55)
県教員委員会は,Aに対し,同日付けで,前記・※エのAの行為が業務上過失致死(刑法(平成19年法律第54号による改正前のもの。以下同じ。)211条1項前段),酒気帯び運転等の禁止(道路交通法(平成19年法律第90号による改正前のもの。以下同じ。)65条1項),救護措置義務違反(同法72条1項前段)に該当し,また,法令等に従う義務(地方公務員法32条)に違反するとともに,同法33条(信用失墜行為の禁止)の規定に抵触するとして,同法29条1項1号(法令違反)及び3号(全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあった場合)の規定に基づき,懲戒処分として免職とした。(乙2)
また,県教育委員会は,原告に対し,同日付けで,同年8月24日午後7時ころから同月25日午前零時半ころまで同僚等10名とa村のg公民館で飲酒した後,スナックに行くため飲酒運転であるAの運転する本件車に,飲酒運転を止めることもなく,自ら進んで乗り込んだ,このことは,Aの酒酔い運転の意思を強固ならしめ,アルコールの影響による正常な運転ができないおそれのある状態で,Aが本件車を運転するのを容易にし,もって酒酔い運転を幇助した,原告の同行為は,酒酔い運転の幇助(道路交通法65条1項,刑法62条1項)に該当し,法令に従う義務(地方公務員法32条)に違反するとともに,同法33条(信用失墜行為の禁止)の規定に抵触するとして,同法29条1項1号(法令違反)及び3号(全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあった場合)の規定に基づき,懲戒処分として同年9月9日から平成19年3月8日までの間停職とした(本件懲戒処分)。(甲2)
(5) 本件分限処分
ア F校長は,原告につき,平成19年2月1日時点における「新規採用教職員の評定(最終)」(乙4。以下「本件最終評定」という。)を作成し,そのころ県教育委員会に提出した。(乙4,証人E)
イ 本件最終評定の提出を受け,平成19年2月23日午後4時ころから同日午後5時45分ころまでの間,沖縄県教育庁教育次長2名らで構成される条件附採用職員の審査委員会(以下「分限審査委員会」という。)が開催された。分限審査委員会においては,条件附採用制度の趣旨や免職処分の基準,評価制度の概要等を記載した「審査に当たっての基本的な考え方」と題する文書(乙43)を踏まえ,本件最終評定や,F校長が同月9日付けで作成した原告についての「職務遂行状況評価書(最終)」(乙5。以下「本件職務遂行状況評価書」という。),また,F校長が平成18年10月1日時点における評価として作成した原告についての「新規採用教職員の評定(中間)」(乙46。以下「本件中間評定」という。)も参考にして,原告の職務遂行能力が審査された。審査の概要は以下のとおりであり,審査の結果は教育長に報告された。(乙42,43,49,55,証人E)
(ア) 本件事故において,原告が自らも飲酒し,飲酒運転を制止することもせず,同乗者として,県民の教育に対する信頼を裏切る行為を行った事実は,教員に求められる資質能力を勘案すると,社会通念上許される行為ではない。
(イ) 学校長においても,そのことを理由として,「その職務を良好な成績で遂行した」とはいえず,不採用が適当としている。
(ウ) それが,新聞報道による不起訴処分の理由とされる「目上の関係にあった者からの誘いを断り切れず乗車した状況もあった」としても,社会的責任を自覚し,法令や社会モラルに沿った行動をとることを期待される教育公務員としての資質能力は疑わざるを得ない。
(エ) 学校長の最終評定は使命感,規律は劣る等とし,他の項目は評定不能としているが,仮に他の項目が普通以上で,教科指導や生徒指導の実践能力があったとしても,使命感,規律の評価の低いことは,教諭の職務の特殊性を勘案すると,教育に直接携わる者としての倫理性や使命感,責任感等を疑わざるを得ない。
(オ) したがって,原告については正式採用として引き続き任用することは適当でないといえる。
ウ 教育長は,平成19年2月27日,原告に対し,原告は,地方公務員法22条1項及び教育公務員特例法12条1項の規定に基づき,現に条件附採用期間中であるが,倫理性や使命感,規律等は,その職に必要とされる水準を満たしているとはいえず,その職務を良好な成績で遂行したとはいえないとの理由により,その職に引き続き任用しておくことが適当でないと認められるので同年3月31日付けをもって免職とし,その旨通知するとの免職通知をした。(甲3の2)
県教育委員会は,原告に対し,同年3月31日付けで,分限処分として免職とした(本件分限処分)。(人事異動通知書。甲3の1)
原告は,同年2月27日,沖縄県庁において,上記免職通知(甲3の2)及び人事異動通知書(甲3の1)を受領した。(甲22)
(6) 原告に対する評価について
ア 沖縄県においては,条件附採用の教職員の正式採用の可否の決定は,地方公務員法40条1項に基づく沖縄県立学校職員に係る教職員評価システムに関する規則(沖縄県教育委員会規則第7号。乙51)4条3項の規定による特別評価により行われる。特別評価は,10月1日現在での中間評定及び2月1日現在での最終評定の2回の評定からなり,学校長が,評価項目の評定と勤務状況及び健康状況を加味して評価する。最終評定においては,これらの評定を基にした職務遂行状況の全般的な所見を基に評価し,正式採用の適否の判断が行われる。評価項目は,教員としての使命感,生徒理解,積極性・創造性,規律,協調性,情緒の安定及び勤務態度の7点であり,評価の程度は,優秀(5点),やや優秀(4点),普通(3点),やや劣る(2点)及び劣る(1点)の5段階である。(乙43,51)
イ 本件中間評定の内容は,以下のとおりである。(乙46)
(ア) 教員としての使命感
a 評定
やや劣る(2点)
b 今後の指導方針等
授業やホームルーム運営を計画的に行うなど使命感がある。しかし,夏期休暇中の事故で飲酒運転幇助で停職となる。
(イ) 生徒理解
a 評定
普通(3点)
b 今後の指導方針等
生徒の相談相手になり,生徒の意欲向上に取り組んだ。
(ウ) 積極性・創造性
a 評定
やや優秀(4点)
b 今後の指導方針等
口数は少ないが積極性がある。野球部活動で5月には自費で九州遠征にも参加する。
(エ) 規律
a 評定
劣る(1点)
b 今後の指導方針等
先輩教師や同僚の話を聞き,規律を守り教育活動を行う。しかし,夏期休暇中の事故で飲酒運転幇助で停職となる。
(オ) 協調性
a 評定
やや優秀(4点)
b 今後の指導方針等
行事においても生徒とともに動き,職員間の協調性もある。
(カ) 情緒の安定
a 評定
やや優秀(4点)
b 今後の指導方針等
高校時代に野球の部活動で鍛えられているのか,精神的に落ち着いて勤務している。
(キ) 勤務態度
a 評定
やや優秀(4点)
b 今後の指導方針等
服務態度は,良い。
(ク) 上記各項目の合計得点
22点
(ケ) 勤務状況
欠勤(0)日,病休(0)日,遅刻(0)回,早退(0)回
年休(12・1/8)日,出張(33)日,職専免(0)日
特休・※日
(コ) 健康状況
きわめて良好
ウ 本件最終評定の内容は,以下のとおりである。(乙4)
(ア) 教員としての使命感
a 評定
やや劣る(2点)
b 所見
社会規範を守れず8月の不祥事を起こした行為は,生徒を教える立場にある者として使命感が足りないと判断する。
(イ) 規律
a 評定
劣る(1点)
b 所見
8月の不祥事は生徒を教える立場にある者として,法令を犯した行為であり規律は劣る。
(ウ) 生徒理解,積極性・創造性,協調性,情緒の安定,勤務態度の5項目
a 評定
いずれも記載なし。
b 所見
半年の停職のために年間の評定は不能である。
(エ) 上記各項目の合計得点
3点
(オ) 勤務状況
欠勤(0)日,病休(0)日,遅刻(0)回,早退(0)回
年休(12・1/8)日,出張(33)日,職専免(0)日
特休(4)日,停職日数(145)日
(カ) 健康状況
きわめて良好
エ 本件職務遂行状況評価書の内容は,以下のとおりである。なお,本件職務遂行状況評価書には,記入上の留意点として,① 正式採用については,第1回目の評価を加味しながらも最終評価を中心に判定すること,② 原則として総合得点が21点未満の者は正式採用については,不適とすること,ただし,勤務状況及び健康状態も加味すること,③ 最終評定において「1」の評定が1項目でもある場合には,正式採用を「不適」とすることとの記載がされている。(乙5)
(ア) 総合所見
8月中旬までは普通に勤務していたが,飲酒運転による交通人身死亡事故に関係し,平成18年9月9日から平成19年3月8日までの6か月の停職となった。
原告は,夏季休暇を取り,旅行先のa村g公民館で平成18年8月24日の午後7時ころからバーベキューをし,飲酒も行った。午前零時30分ころ,再度飲酒をするため原告を含む6名の教職員は,本件車で4キロメートル離れたスナックに行き飲酒した。運転は実習助手が行ったが,そのとき本件車の前で寝ていた同僚職員に気付かず本件車を発進させ,3.4キロメートル引きずり死亡させてしまった。この飲酒運転による交通人身死亡事故にかかわり,原告は,警察から事情聴取を受け,酒酔い運転の幇助により書類送検された。そのため,地方公務員法29条1項1号(法令違反)及び3号(全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあった場合)の規定により懲戒処分として6か月の停職処分を受けた。
(イ) 評価(正式任用の適否を含む。)
条件附採用期間中に,飲酒運転による交通人身死亡事故にかかわり,停職の懲戒処分を受けたこと,処分理由が,飲酒後,同僚職員が運転する車に乗り込み4キロメートルも移動し,さらに飲酒をし,飲酒運転の幇助であることから,教師としての適格性を欠くと判断せざるを得ない。条件附採用期間中,その職務を良好な成績で遂行したとはいえず,不採用が適当と考える。
よって,正式採用については,否である。
(7) 本訴提起
原告は,平成19年3月8日,沖縄県を被告として,本件懲戒処分及び本件分限処分の各無効確認又は取消しを求め,本件訴えを提起した。(当裁判所に顕著な事実)
2 争点及び争点に対する当事者の主張
(1) 本件懲戒処分の違法性
(原告の主張)
ア 裁判所が懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分の適否を審査するに当たっては,懲戒権者と同一の立場に立って懲戒処分をすべきであったかどうか又はいかなる処分を選択すべきであったかについて判断し,その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく,懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当を欠き,裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法であると判断すべきものである(最高裁判所昭和47年(行ツ)第52号同52年12月20日第三小法廷判決・民集31巻7号1101頁参照)。
イ 酒酔い運転幇助の成否
本件懲戒処分においては酒酔い運転幇助が懲戒事由とされているので,まずその成否が問題となる。なお,幇助犯は犯罪成立の限界が不明確になりがちであり,また,幇助犯自体正犯処罰の例外的な拡張事由であることから,その成立は制限的であるべきである。
ここで,飲酒運転の車両同乗者に刑事上の幇助行為(酒酔い運転罪の幇助)が成立する場合とは,飲酒運転を援助・助長し,又は飲酒運転を勧めた場合であって,具体的には,運転者の飲酒量及び酩酊度,同乗者の積極性,運転者と同乗者の関係,運転開始前後の運転状況とこれに対する同乗者の態度などから総合して酒酔い運転の積極的な容認ないし利用といえる場合に限られると解するべきである。
本件懲戒処分においては,原告がAの運転する本件車に,飲酒運転を止めることもなく,自ら進んで乗り込み,Aの酒酔い運転の意思を強固ならしめ,酒酔い運転を容易にしたと認定されているが,事実の誤認がある。原告は,もともとスナックに飲み直しに行く気はなく,先輩のBから名指しで呼ばれたため,仕方なく参加したにすぎない。また,原告は本件車に一番最後に乗り込んだにすぎず,原告の乗車行為そのものがAの飲酒運転の意思を更に強固ならしめることはあり得ない。したがって,原告にAによる酒酔い運転への幇助行為は存在しない。
また,本件懲戒処分においては,Aの飲酒運転行為を止めることなく同乗したという不作為をとらえて幇助行為と解されているが,原告にはAの酒酔い運転を止める法的義務まではなく,黙って同乗していたことが幇助行為になることはない。
さらに,原告は,最後の同乗者として本件車に乗り込んだときも,だれが運転者であるか等を把握しておらず,むしろ,飲酒していない者が運転している可能性もあると考えていた。そして,原告が乗り込んだ後すぐに本件車は出発している。また,車内ではDが見当たらないことが問題になっており,原告はだれが運転しているかを確認することもすぐには不可能であった。したがって,原告は,同乗した際に酒酔い運転がされている認識がなく,運転開始直後もすぐにはだれが運転しているか気が付くこともできなかったので,幇助の故意がない。
ウ 罪刑法定主義違反
県教育委員会が本件懲戒処分をした当時,「沖縄県教育委員会懲戒処分の基準」(平成14年10月24日教育長決裁)(乙8。以下「本件基準」という。)には酒酔い運転幇助を懲戒する明文の規定は存在せず,県教育委員会は概括的規定を利用して酒酔い運転の懲戒を参考に本件懲戒処分をしている。ここで,懲戒処分にも罪刑法定主義の適用があると解すべきであるところ,概括規定の適用は,列挙行為と非違の程度が同等と判断される場合に限られると解すべきである。そして,懲戒処分は,被懲戒者が自ら行った行為に対して下されるものであるから,同乗者が問われる責任は,原則として酒酔い運転という交通法規違反を容易にした点に限られ,その後に生じた交通事故結果の責任まで当然には負わないと解すべきである。本件の場合,原告の同乗行為は酒酔い運転幇助に当たらず,仮に当たるとしても,原告に生じる責任は交通法規違反の限度にとどまるから,酒酔い運転自体とは全く非違の程度が異なる。したがって,概括規定があるからといって,酒酔い運転の基準を参考として処分を下すことは,罪刑法定主義の趣旨に反する。
エ 不遡及の原則違反
前記ウのように,懲戒処分にも罪刑法定主義の適用があると解すべきであり,その派生原理としての不遡及の原則も適用されると解すべきところ,本件では,酒酔い運転幇助を懲戒する明文の規定はなく,かつ,概括規定を適用することも違法で許されない状況であったこと,酒酔い運転幇助を懲戒する規定が設けられたのは本件懲戒処分がされたわずか2週間ほど後であること,本件懲戒処分は改正後の基準と同じような内容になっていること,また,本件懲戒処分は学校長の事故報告書が提出される前にされている唯一の例であることからすると,県教育委員会は,本件事故後にあわてて酒酔い運転幇助を罰する基準規定を設けることに決め,その規定を制定前に本件懲戒処分に適用したものといえ,これは不遡及原則に反する。
オ 相当性の原則違反
前記ウのように,懲戒処分にも罪刑法定主義の適用があると解すべきであり,相当性の原則も適用されると解すべきところ,本件では,原告の同乗行為は酒酔い運転幇助に当たらず,また,原告に生じる責任は交通法規違反の限度にとどまるのに対し,原告に対してされた停職6か月という懲戒処分はいかにも過大であり,原告が被る不利益は非常に大きいものであって,本件懲戒処分は相当性の原則に反する。
カ 比例原則・平等原則違反
懲戒処分においては,同様な事案に対しては同等の処分がされ,異なる事案に対しても過去の事例と比較して不当に軽重があってはならず,客観的合理性のある範囲内でなければならない。この点,飲酒運転の同乗者が処分された唯一の事例(乙10)は,多くの点で本件に類似しているばかりか,むしろ違法性や社会への信用失墜の程度からいえば本件より強く非難されるべき事案であるが,同乗者への処分は停職1か月にとどまっており,停職6か月の本件とは処分内容が大きく異なっている。したがって,本件懲戒処分は,過去の事例と比較して過度に重い処分をしたものであり比例原則に反する。
キ 審査の不備
前記イのとおり,酒酔い運転幇助の成立には積極的な行為が必要であり,原告には酒酔い運転幇助は成立しないのに,県教育委員会はそれが成立するとの思い込みで認定した事実を前提に本件懲戒処分をしている。
(ア) 本件では,過去の懲戒処分事例と異なり,事実確認に不可欠なはずの事故報告書が提出される前に懲戒処分がされている。県教育委員会の事実確認は,① 原告が二次会の情報(店の場所及び店までの交通手段等)を認識していなかった事実や,② 状況を把握する間もなく本件車に乗り込まざるを得なかった事実,③ 原告は運転者が飲酒者であることの認識がなかった事実等の確認すべき事項が欠けている。
(イ) 懲戒審査委員会で検討された資料は,上記の確認すべき事項の意識を欠いたままでされた不十分な事実確認の下に作成されている。また,過去の懲戒処分事例の資料として懲戒審査委員会に提出されたのは,事案を抜粋した表にとどまっている。また,懲戒審査委員会には,本件車に同乗した5人にそれぞれ異なる事情があること,特に原告には幇助が成立しない可能性もあることを示す資料はほとんど提出されなかった。
(ウ) 以上からすれば,県教育委員会は,本件車の同乗者それぞれを区別せず,酒酔い運転幇助の成立を疑うことのないまま,その成立を前提に本件懲戒処分をしたものといえ,その審査には不備があったといわざるを得ない。
ク 信用失墜を理由とする責任の程度
被告は,原告の行為が幇助犯を構成しないとしても重大な信用失墜行為に当たるから本件懲戒処分は妥当であると主張するが,本末転倒であり,刑法上の違法行為に該当するからこそ重大な信用失墜行為に当たるというべきである。本件では原告に酒酔い運転幇助行為はないため,処分理由に挙げられるような信用失墜行為があったとはいえないはずである。
(被告の主張)
ア そもそも,本件懲戒処分は,原告の行為が酒酔い運転の幇助に当たることのみならず,信用失墜行為の禁止(地方公務員法33条)にも抵触するものであるとしてされたものである。本件事故の経緯・内容,社会への影響からして信用失墜行為であることは明白である。
また,生徒を指導すべき教員が飲酒運転を助長するような行為を行い,悲惨な交通死亡事故につながったことは,生徒,保護者,県民の教育に対する信頼を大きく損ねた。原告の責任は重大であり,また,日々教育に情熱を傾けている他の教職員の信頼性をも大きく失ったものであって,社会的影響は計り知れない。
以上より,本件懲戒処分は,適法である。
イ 酒酔い運転幇助の成否について
原告の酒酔い運転幇助についても,幇助犯は,正犯の実行を容易にすれば足り,原告の主張するような要件は不要であるところ,原告にはかかる行為が認められ,また,その故意も認められることから,原告に酒酔い運転幇助は成立する。
ウ 本件懲戒処分の手続及び内容について
(ア) 懲戒審査委員会における審査
本件事故後,県立学校教育課人事係職員8名で,本件キャンプ参加者10名から事情を聴取して事情聴取事項書を作成し,うち8名(原告を含む。)から事故報告書の提出を求め,また,沖縄県警察本部に赴いて情報を収集するなど慎重に事実確認を行った。
平成18年9月5日の懲戒審査委員会においては,県立学校教育課職員が審査資料(乙53)を読み上げるなどして説明し,質疑応答の上,事実確認が行われた。その後,飲酒に関係する前例を検討した結果,本件が過去に類をみないほどの重大な事故であるとして意見が一致した。また,本件基準には飲酒運転の同乗者に対して直接定めた基準は存在しなかったが,「1 基本事項」になお書きとして,「基準に掲げられていない非違行為についても,処分の対象となり得るものであり,これらについては基準に掲げる取扱いを参考としつつ判断する。」とあることから,これを適用して処分ができるとされた。本件事故の重大性からすれば,上記なお書きを適用したことは何ら違法ではない。以上の審議を経て,懲戒審査委員会は,原告につき停職6か月とする処分案を作成した。
(イ) 教育委員会における審議
平成18年9月8日午後3時ころ,臨時教育委員会が開催されたが,それに先立ち,同日午後1時30分ころから県立学校教育課職員による本件事故についての説明が行われた。臨時教育委員会においては,活発な議論が行われ,懲戒審査委員会の処分案どおりの処分が決定された。
(ウ) 以上のように,本件懲戒処分は,十分な事実確認と審議を経てされており,手続及び内容において,何ら違法はない。
なお,原告は,原告に酒酔い運転の幇助が成立するか否かや,本件車の同乗者それぞれの個別事情についての検討が不十分であった旨主張するが,県教育委員会は原告に酒酔い運転の幇助が成立するか否かにこだわっていたのではなく,また,本件事故の性格からして乗車の順序によって責任に差異が出る事案でもなく,仮に個別事情についての検討が多少不十分としても,処分の適法性を左右するものではない。
(1) 本件分限処分の違法性
(原告の主張)
ア 最高裁判所昭和43年(行ツ)第95号同48年9月14日第二小法廷判決(民集27巻8号925頁参照。以下「昭和48年判決」という。)からすれば,分限処分は,職員の身分保障の観点から全くの自由裁量ではなく,処分事由の有無の判断が恣意にわたることは許されず,考慮すべき事項を考慮しなかったり,その判断が合理性をもつ判断として許容される限度を超えた不当なものであるときは,違法であるといえる。
また,最高裁判所昭和47年(行ツ)第89号同49年12月17日第三小法廷判決(裁判集民事113号629頁参照)からすれば,条件附採用期間中の職員についても,正式採用職員と程度の差はあるが,地方公務員法上の公正取扱い(同法27条1項),平等取扱い(同法13条)の適用があり,身分保障が及ぶため,条件附職員に対する分限処分についても,純然たる自由裁量ではなく,その判断が合理性をもつものとして許容される限度を超えた不当なものであるときは,違法であるといえる。そして,具体的にいかなる場合に許容される限度を超えた不当なものとなるかは,昭和48年判決で挙げられた基準により判断すべきである。
イ 本件最終評定の不当性
(ア) 本件最終評定においては,評価項目七つのうち五つが評定不能とされたため,総合得点が3点となり,正式採用が「否」とされた。かかる評価をした理由につき,F校長は原告が1年のうち半分以上の停職であったからとするが,評定不能とする勤務期間について明文の規定は存在しないし,条件附採用期間は1年間であり延長できないことからすれば,正式採用の可否を検討するに当たり,期間不足を理由に評価項目を評定不能とすることは許されない。また,原告が本件事故前までに約5か月勤務していたことなどから,評価は十分可能であったし,F校長は,原告が6か月の停職処分を受けたことが多数の項目で評定不能となった原因としているが,前記(1)(原告の主張)のとおり,本件懲戒処分は違法で無効又は取り消されるべきものであり,そうであるならば,停職期間を除外して勤務期間だけを前提に評価すべきである。さらに,評価項目のうち二つは評価がされているが,なぜほかの五つについては評価がされていないのか不明である。
(イ) また,本件最終評定において評価がされた2項目についても低評価となっている(「教員としての使命感」は2点,「規律」は1点)が,過去の事例において,飲酒運転事故に関与した条件附採用職員の最終評定で,これらの項目が本件のように低く評価されたことはない。これは,事故関与行為のみでなく,事故前後を通じた勤務状況を基に純粋に教職員としての資質を評価しているためである。ところが,F校長は,本件車に同乗した行為のみを理由に評価を下したものであり,また,後記・※のように,誤った情報に基づく先入観によって,原告の正式採用は難しいとの判断をあらかじめ有していた。さらに,上記の2項目については,違反行為をしたことのみで評価されるべきであり,発生結果によって過度の差異が生じるのは不当である。
(ウ) F校長は,原告が本件車に同乗した経緯についてほとんど確認しておらず,「交通関係事件検挙報」(乙3)やマスコミ報道から,原告は酒酔い運転の幇助が成立するだけの行為を行ったとの強い先入観をもっていた。その結果,不当な内容の本件最終評定がされた。
ウ 分限審査委員会での検討資料が不十分であること
分限審査委員会に提出された資料のうち,本件最終評定については前記イのとおりの不当なものであったところ,そのほかの資料のうち,本件中間評定については本件最終評定の前提となったものにすぎないし,本件職務遂行状況評価書については本件最終評定に基づきF校長が作成したものにすぎないのであるから,結局,分限審査委員会に提出された資料は不当な本件最終評定のみであったということができる。また,県教育委員会は,作成が義務付けられている業績評価書を欠いたまま本件分限処分をしており,不当である。さらに,原告は,本件事故前,優秀な教員活動を行っていたが,このことは分限審査委員会に提出された資料に含まれていない。
エ 分限審査の不備
分限審査委員会で検討された資料は,前記ウのとおり,不十分なものであったが,この点ついては同委員会で何の指摘もされておらず,原告の本件事故前の勤務状況等が全く審査されていないといえる。
また,分限審査委員会では,条件附採用職員の酒酔い運転事故についての過去の3件の事例を,本件事故と類似していないとして比較検討をしていないが,これらの事例は,その内容からして本件事故との類似性を否定できないはずであり,不当である。
分限審査委員会の構成員は,懲戒審査委員会の構成員と同じであり,前記(1)(原告の主張)キのとおり,不十分といえる本件事故に関する事実確認や資料について,改めてこれを訂正・補完するような情報や資料なども提出されておらず,分限審査委員会においても,原告の酒酔い運転幇助の事実が間違いないとの誤った認識のままであった。
このように,分限審査委員会では,不十分な資料と認識のまま審査がされたものといえる。
オ 処分の不当性
本件分限処分は,結局のところ,原告が本件懲戒処分を受けたこと及び本件最終評定の内容を理由とするものであるが,本件懲戒処分については前記(1)(原告の主張)のとおり違法であるし,本件最終評定についても,そのような本件懲戒処分を前提とするもので裁量権を逸脱する違法なものであるから,これらを前提とする本件分限処分も違法である。
また,本件分限処分は,一度懲戒をした事実と全く同じ事実をもって行われたものであり,二重処罰(処分)の禁止の法則に反し,違法である。
さらに,原告以外の本件車の同乗者は,懲戒処分のみで分限処分は問題となっていないにもかかわらず,原告のみを分限処分し,しかも免職としたのは法の下の平等にも反する。
カ 結論
以上のとおり,本件分限処分は,不当な本件最終評定を中心とする不十分な検討資料に基づき,不十分な審査が行われた結果された不当なものであり,その審査資料や,審査状況,処分内容等を考慮すれば,もはや合理性をもつものとして許容される限度を超えた不当なものであるといわざるを得ず,違法である。
(被告の主張)
ア 条件附採用職員の分限免職処分については,任命権者に比較的広い裁量が認められるところ,県教育委員会は,懲戒処分の原因である事実を含めた特別評価を基に正式採用の可否を審査し,免職処分としたものであり,教員の職務遂行能力,すなわち,教員としての使命感不足,規律が劣ることが教員としての適格性を有しないと判断されたのであり,何ら裁量権の行使を誤ったとはいえず,その処分に何ら違法はない。また,原告の行った行為の社会的影響は計り知れず,この点からも,本件分限処分は違法でない。
イ 本件最終評定について
条件附採用職員の最終評定は,学校教育に精通した学校長の専門的判断であり,明らかな事実誤認又は著しく不合理な判断がなければ裁量の逸脱はないというべきである。F校長は,校内研修記録簿(甲14),初任者研修記録簿(甲15),指導報告書(乙57),毎週1回の管理職の集まり等により,原告が1学期において十分に初任者研修をこなし,資格取得講座も担当し,熱心に野球部の指導をしていたことを十分把握していた。その上で,「生徒理解」等の5項目については,1学期だけのものから1年間全体を判断するのはできないとの判断から評定不能としたものであり,何ら事実誤認又は不合理な判断はない。
他方,「教員としての使命感」については「やや劣る」と,「規律」については「劣る」と評定しているが,F校長は,本件事故について事実を十分に把握の上,酒酔い運転の幇助が成立するか否かに拘泥することなく,教育公務員としての適格性という観点から評定しているのであり,本件事故の重大性,本件高校が交通安全指定校であり,本件事故の直前に原告を含む職員に対し飲酒運転を行わないように指導したことなどを考慮すれば,何ら裁量逸脱は認められない。
ウ 分限審査委員会での審査及び本件分限処分について
本件最終評定の提出後,分限審査委員会が開催され,本件懲戒処分までに慎重に確認された本件事故の事実を踏まえ,原告が正式採用に適するかが慎重に審議された。その際の資料としては,原告の経歴(乙42の2),「特別評価について」と題する書面(乙47),本件最終評定(乙4),本件職務遂行状況評価書(乙5),本件中間評定(乙46),原告代理人からF校長にあてた文書,「審査に当たっての基本的な考え方」と題する文書(乙43),被告顧問弁護士との法律相談結果,新聞記事(乙48),関係法令,審査委員会設置要綱(乙49),停職処分中の反省日誌や反省文,原告のボランティアの資料も提出された。審議の結果,他府県の例も含めて考えても,条件附採用職員に係る処分事例で本件事故ほど重大な例はないということで,委員の意見は一致し,原告を正式採用しないという審査案となった。
上記審査案を受け,教育長は,原告を免職するとの通知を出した。
以上のように,本件分限処分は,十分な事実確認と審議を経てされており,その手続及び内容に何ら違法はない。
なお,原告は,業績評価書の作成,提出がないことを問題にするが,業績評価書は毎年4月1日から翌年3月31日までの期間実施される定期評価の際に作成されるものであるところ,条件附採用職員には定期評価は行われないため,本件で原告の業績評価書の作成,提出がないことは不当ではない。
エ 処分の不当性の主張について
懲戒処分は非違行為の事実を理由とし,分限処分は非違行為の事実を含めた資質能力の評価に基づく処分であり,二つの処分は本質的に性質を異にするから,懲戒処分に加え分限処分をすることもでき,そのことは何ら二重処罰の禁止に当たらない。
原告に対する正式採用の可否は,新規採用職員の評定,職務状況評価書のみならず,様々な資料を基にして,本件事故のみならず,それまでの勤務状況を含めて総合的かつ慎重に判断され,原告は,教員としての使命感不足,規律が劣ることが教員としての適格性を有しないと判断されたのである。したがって,本件は二重処罰に当たらない。
また,条件附採用期間中はいまだ職員として正式採用されるまでの選択過程であり,適格を有するとの任命権者の最終判断を受けた正式採用者と身分は当然異なるものであり,正式採用者と処分が異なっても,法の下の平等には反しない。
第3当裁判所の判断
1 本件懲戒処分について
(1) 原告に対する懲戒事由について
ア 県教育委員会は,本件懲戒処分における懲戒事由につき,前提事実
(4)イのとおり,原告の行為は地方公務員法32条(法令に従う義務)に違反するとともに同法33条(信用失墜行為の禁止)の規定に抵触するとして,同法29条1項1号(法令違反)及び3号(全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあった場合)に該当する事由が認められるとしている。
イ そこで検討するに,前提事実(3)のとおり,原告は,本件キャンプ2日目の夜,他の参加者らとともにビールや泡盛を飲み,また,宮古風習のおとーり(泡盛を順番に飲んでいくもの。)を五,六回するなどの飲酒をした後,深夜,スナックに行くため,飲酒をしていたAが運転する本件車に他の参加者である教職員4名とともに同乗したものであるが,Aにおいて,本件車の前方で寝ていたDに気付かないまま本件車を発進させ,Dを約3.4キロメートル引きずって死亡させたという事故(本件事故)が起きたものである。
これに対し,原告は,飲酒運転に係る原告の認識について,本件車への乗車時や発進後もすぐにはだれが運転しているか気が付くことができなかったなどと主張し,原告本人尋問においても同旨の供述をする。しかしながら,原告は,本件事故の数日後である平成18年8月29日にされた,警察官からの道路交通法違反幇助被疑事件での取調べにおいて,本件車に乗車した際,運転席を見てみるとAが座っていたことを覚えている旨などを供述しているところ(乙7),原告は,本件車の2列目シートのドア側に座ったというのであり(乙7,53),乗車の際や席に着く際にだれが運転席に座っているかも容易に分かる状況にあったといえることや,原告は,本件事故後の県立学校教育課の担当者らからの事情聴取(同月31日)の際にも,本件車に乗車時には本件車をだれが運転するのかは分からなかったといった話はしていないこと(乙53)からすれば,原告は,本件車に乗車した当初からAが運転することを認識していたものと認めるのが相当であって,これに反する上記原告の供述は採用できない。
この点を措いても,上記飲酒は,本件キャンプに参加していた教職員全員がしていたものであること(原告本人)からすると,原告は,本件車に乗車する際,少なくとも飲酒した同僚の教職員が運転することについての認識は有していたものというべきである。この点,原告は,バーベキューの後半からAの教え子で,地元に住んでいる者も参加しており,同人は飲酒をしておらず,また,バーベキューの後同人が車を運転して星を観に行き,戻ってからも同人はそのまま外にいた状態であったから,同人が運転をする可能性もあるとは思った旨供述する(原告本人)。しかしながら,原告は,本件車に乗り込むまでは飲酒していない者が運転するということを意識していなかったとも供述するところ(原告本人),原告やAを含む数人が上記Aの教え子が運転する本件車で星を観に行って戻った後,原告ら本件キャンプに参加した教職員らは,バーベキューの後片付けをし,寝室部屋に戻って布団を敷くなど就寝の準備をしていたときに,Aが「カラオケに行こう。」と言い出し,パンフレットでスナックを探してスナックに飲みに行くこととなったものであり(甲5,7,8,乙7,53),このような経過からすると,Aの教え子がそのまま外で待っていたとは考え難いこと,原告からの事情聴取も踏まえて作成されたと思われる平成18年8月30日付け「交通事故の報告について」と題する書面(甲8。なお,原告は,証拠説明書において,同書面の作成者を原告としているが,同書面の記載内容から,同書面が原告の作成によるものであるかどうかは明らかでない。)においても,Aの教え子とその子供(幼児)2名はその時点で帰宅した旨記載されていることからすると,原告が本件車に乗り込む際,飲酒をしていない者(Aの教え子)が運転する可能性を認識していたものとは認められず,これに反する上記原告の供述は採用できない。
ウ イ記載のとおり,原告は,本件車に乗り込む際,Aが運転者であることを認識し,あるいは,少なくとも原告とともに飲酒した同僚職員が運転者であると認識していたものというべきであるから,このような場合,原告としては,Aやほかの教員に対し,飲酒運転を止め,又は止めさせるように働きかけるべきであり,かつ,そのことが十分可能であったといえる。この点,Aが原告の先輩であり,また,本件キャンプを企画したものであったとしても,そのことをもって,上記のような働きかけが不可能ないし著しく困難であったということはできない。それにもかかわらず,原告は上記のような飲酒運転を止めさせるための働きかけをせず,Aは原告が乗り込んだ後本件車を発車させて酒気帯び運転を行い,本件事故が発生したものであるから,上記イに認定したような原告の行為は,公務員,とりわけ生徒に対し交通規範等の遵守を指導すべき立場にある教員としての信用を著しく失墜させる行為に当たり,地方公務員法33条に違反するというべきである。なお,原告は,刑法上の違法行為(酒酔い運転幇助行為)に該当するからこそ重大な信用失墜行為に当たるというべきである旨主張するが,同条にいう信用失墜行為が刑法上の違法行為に該当する場合に限られると解することはできないことから,原告の上記主張は採用できない。
エ 以上からすれば,原告の本件車への同乗行為が刑事上の酒気帯び運転又は酒酔い運転の幇助行為に当たるか否かの点はさておいても,原告の行為は,地方公務員法33条に違反するものとして,同法29条1項1号に該当するものと認められる。
さらに,上記のような原告の行為は,全体の奉仕者たるにふさわしくない非行であるということができるから,同項3号にも該当するものと認められる。
(2) 本件懲戒処分の違法性について
ア 公務員に対する懲戒処分は,全体の奉仕者として公共の利益のために勤務することをその本質的な内容とする勤務関係の見地において,公務員としてふさわしくない非行がある場合に,その責任を確認し,公務員関係の秩序を維持するため科される制裁である。そして,地方公務員につき地方公務員法所定の懲戒事由がある場合に,懲戒処分を行うかどうか,懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかは,平素から組織内の事情に通暁し,職員の指揮監督の衝に当たる懲戒権者の裁量に任されているものというべきであり,懲戒権者は,懲戒事由に該当すると認められる行為の原因,動機,性質,態様,結果,影響等のほか,当該公務員のその行為の前後における態度,懲戒処分等の処分歴,選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等,諸般の事情を総合的に考慮して,懲戒処分をすべきかどうか,また,懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきかを,その裁量的判断によって決定することができるものと解される。したがって,裁判所が懲戒処分の適否を審査するに当たっては,懲戒権者と同一の立場に立って懲戒処分をすべきであったかどうか又はいかなる処分を選択すべきであったかについて判断し,その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく,懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当性を欠き,裁量権の範囲を逸脱しこれを濫用したと認められる場合に限り,違法であると判断すべきものである。(最高裁判所昭和47年(行ツ)第52号同52年12月20日第三小法廷判決・民集31巻7号1101頁,最高裁判所昭和59年(行ツ)第46号平成2年1月18日第一小法廷判決・民集44巻1号1頁参照)
イ これを本件についてみるに,前提事実のとおり,原告は公立高等学校の教諭であって,生徒に対し,交通規範を含めた法規範,社会規範の遵守を教育,指導していく立場にある者であったこと,特に本件高校は交通安全実施指定校として,交通安全に関する様々な教育活動を実施していたものであって,原告を含む本件高校の教職員に対しても,本件キャンプ初日の前日の職員会議の場を含め,厳に飲酒運転等を行わないようにとの指導がされていたこと,原告を除く本件車に乗車していた者(運転者を含む。)5名についても,いずれも教育公務員としての立場にある者であったこと,原告の本件車への同乗行為は,相当量の飲酒がされた後に,さらに,スナックに行こうとしてされたものであったこと,Aによる飲酒運転行為の結果は,同僚職員の命を奪う悲惨なものであったこと,さらには,本件事故は大きく報道され,社会にも大きな影響を与えたこと(甲25,乙22)に照らすと,原告自身は積極的にスナックに行きたかったものではなく,むしろ行きたくなかったものの,先輩の職員から名指しで呼ばれたために参加することになったことや,原告にはそれまで懲戒処分等の処分を受けたことがなかったこと(乙53)などの事情を考慮してもなお,信用失墜行為の程度(法規違反の程度)及び全体の奉仕者たるにふさわしくない非行の程度はいずれも決して低いものとはいえず,原告を停職6か月とした本件懲戒処分が社会観念上著しく妥当性を欠き,県教育委員会の有する裁量権の範囲を逸脱しこれを濫用したものということはできない。
ウ(ア) これに対し,原告は,本件懲戒処分は本件基準の概括的規定を根拠とするところ,酒酔い運転車両への同乗行為は本件基準に列挙された酒酔い運転の基準と非違の程度が異なることから,同基準を参考とすることは罪刑法定主義の趣旨に違反する旨主張する。
この点,本件基準は,県教育委員会の任命に係る職員が非違行為を行った場合において,当該職員に対して懲戒処分をする際の準則となるべきものであるところ,「1 基本事項」には,本件基準が代表的な事例を選び,それぞれにおける標準的な処分量定を掲げたものであること,個別の事案の内容によっては,基準に掲げる量定以外とすることもあり得ること,また,基準に掲げられていない非違行為についても,処分の対象となり得るものであり,これらについては基準に掲げる取扱いを参考としつつ判断することなどが規定されている(乙8)。そして,本件基準は,「(4) 交通事故・交通法規違反関係」として,以下のとおり規定しており,飲酒運転車両に同乗していた場合については,特に規定していない(乙8)。
① 飲酒運転での交通事故(人身事故を伴うもの)
酒酔い又は酒気帯び運転で人身事故を起こした職員は,免職とする。
② 飲酒運転以外での交通事故(人身事故を伴うもの)
ア 人を死亡させ,又は重篤な傷害を負わせた職員は,免職,停職又は減給とする。
イ 人に傷害を負わせた職員は,減給又は戒告とする。この場合において措置義務違反をした職員は,停職又は減給とする。
③ 交通法規違反
ア 酒酔い運転をした職員は,免職又は停職とする。
イ 酒気帯び運転,著しい速度超過等の悪質な交通法規違反をした職員は,停職又は減給とする。
そうであるところ,本件基準が基本事項として掲げる規定内容に照らせば,本件基準が交通事故・交通法規違反関係として上記のような規定をする趣旨が,飲酒運転者のみに対して懲戒処分を行うべきものであって,同乗者については懲戒処分の対象から除外するとの趣旨に出たものと解することはできず,飲酒運転車両の同乗者に対して,上記基準を参考として懲戒処分を行うことをも許容するものと解するのが相当である。
また,ア記載のとおり,懲戒処分は,懲戒権者において,懲戒事由に該当すると認められる行為の原因,動機,性質,態様,結果,影響等を含む諸般の事情を総合的に考慮して,懲戒処分をすべきかどうか,また,懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきかを,その裁量的判断によって決定することができるものと解すべきであるから,懲戒事由該当行為と関連する結果についてもその判断の考慮要素に含めることができるものというべきところ,本件においては,Aは酒気帯び運転の上で本件事故を起こしたものであって,懲戒権者において,原告が飲酒運転車両である本件車に同乗した行為について,当該飲酒運転車両が起こした本件事故の結果をも斟酌して原告の責任を判断することが認められるものというべきである。
そうであるとすれば,上記のとおり,酒酔い又は酒気帯び運転で人身事故を起こした職員は免職とし,また,酒酔い運転をした職員は免職又は停職,酒気帯び運転をした職員は停職又は減給とする旨を規定する本件基準を参考として,原告につき停職処分を選択し,停職期間を6か月としたことが,本件基準を逸脱するものであるということはできず,原告の上記主張は理由がない。
(イ) また,原告は,本件懲戒処分が不遡及の原則,相当性の原則及び比例・平等原則に違反する旨も主張する。
しかしながら,前記(ア)記載のとおり,本件懲戒処分は,本件基準に基づくものであるということができるのであって,本件事故後に新たに設けられた基準をさかのぼって適用したものであるとは認められない。また,前記イ記載のとおり,本件懲戒処分が懲戒対象行為の内容に比して過大に重い処分であるということもできない。
さらに,原告は,県教育委員会が飲酒運転車両の同乗者である職員を処分した事例に照らして過度に重い処分である旨主張するところ,証拠(乙10,13,14)によれば,原告が主張する事例として,平成10年8月ころ,条件附採用職員である被処分者が,飲酒運転である他の教諭の車に同乗し,スナックで飲酒後,再度飲酒運転である同教諭の車に同乗して送ってもらう途中,同教諭が男子中学生二人が乗った自転車をはねる人身事故を起こし(被害者のうち1名は全治6週間の右足骨折,ほかの1名は全治3週間の右足打撲),被害者を放置して立ち去った件に関し,被処分者は,同車両に同乗後に寝てしまい,同事故には気付かなかったという事案について,停職1か月との処分がされた事例が存することが認められる。この点,同事例における被処分者である同乗者の飲酒運転への関与の度合いの方が,本件における飲酒運転車両である本件車への同乗者である原告の飲酒運転への関与の度合いよりも,より大きいのではないかとも解されるところであるが,既述のような,本件の飲酒運転車両への同乗に関連する結果としての本件事故の重大性や悲惨さ,それに伴い本件事故が大きく報道され,社会にも大きな影響を与えたこと,さらには,上記事例が起きた平成10年以降,飲酒運転等による悲惨な事故に対応するために,危険運転致死傷罪(刑法208条の2)が新設(平成13年法律第138号)されるなど,飲酒運転を取り巻く社会的環境も変化してきていることなどにかんがみれば,本件懲戒処分が,上記事例と比較して不当に重い内容であるということもできない。
(ウ) また,原告は,県教育委員会は原告に酒酔い運転幇助が成立するとの思い込みから事実を認定したなどとして,本件懲戒処分には審査に不備があるとし,県教育委員会の事実確認は,① 原告が二次会の情報(店の場所及び店までの交通手段等)を認識していなかった事実や,② 状況を把握する間もなく本件車に乗り込まざるを得なかった事実,③ 原告は運転者が飲酒者であることの認識がなかった事実等の確認すべき事項が欠けている旨主張する。しかしながら,前記アで説示したとおり,本件においては,原告の行為は,それが酒酔い運転の幇助に当たるか否かはさておいても,地方公務員法29条1項1号及び3号の各懲戒事由に該当するものと認められるものであるところ,原告が県教育委員会において確認すべきであったとする上記①及び②の各点については,たとい県教育委員会がこれら各点の確認を欠いていたとしても,それが本件懲戒処分の認定に係る審査手続の違法を招来するような瑕疵に当たるものということはできないし,上記③の点については,前記(1)イ記載のとおり,原告は本件車への乗車時に,運転者が飲酒をしていた者であることを認識していたと認められるものであって,その前提を異にするものといえる。他に,本件懲戒処分の審査手続に,本件懲戒処分を違法とするような瑕疵が存するものと認めるに足る的確な証拠もない。
エ 以上からすれば,本件懲戒処分は,違法であるとは認められない。
2 本件分限処分の違法性について
(1) 地方公務員法22条1項は,職員の採用は,臨時的任用又は非常勤職員の任用の場合を除き,すべて条件附のものとし,その職員がその職において6月を勤務し,その間その職務を良好な成績で遂行したときに正式採用になるものとする旨規定するところ,教育公務員特例法12条1項は,公立の高等学校等の教諭等の採用については,上記地方公務員法22条1項の規定中「6月」との期間を「1年」として同項の規定を適用する旨定めている。
このような条件附採用制度の趣旨,目的は,職員の採用に当たり行われる競争試験又は選考(以下「試験等」という。)の方法が,なお,職務を遂行する能力を完全に実証するとはいい難いことにかんがみ,試験等によりいったん採用された職員の中に適格性を欠く者があるときは,その排除を容易にし,もって,職員の採用を能力の実証に基づいて行うとの成績主義の原則を貫徹しようとするにあると解され,条件附採用期間中の職員は,いまだ正式採用に至る過程にあるものということができる(最高裁判所昭和47年(行ツ)第89号同49年12月17日第三小法廷判決・裁判集民事113号629頁参照)。
(2) 地方公務員法27条は,分限及び懲戒の基準として,すべて職員の分限及び懲戒については,公正でなければならないとし(同条1項),職員は,同法で定める事由による場合でなければ,その意に反して,降任され,若しくは免職されず,同法又は条例で定める事由による場合でなければ,その意に反して,休職されず,又,条例で定める事由による場合でなければ,その意に反して降給されることがない(同条2項),職員は,同法で定める事由による場合でなければ,懲戒処分を受けることがない(同条3項)としている。そして,同法28条は,分限処分としての降任,免職,休職等について規定し,同法29条1項は,懲戒処分に関し,① 同法若しくは同法57条に規定する特例を定めた法律(教育公務員特例法等)又はこれに基づく条例,地方公共団体の規則若しくは地方公共団体の機関の定める規程に違反した場合,② 職務上の義務に違反し,又は職務を怠った場合,③ 全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあった場合の一に該当する場合においては,これに対し懲戒処分として戒告,減給,停職又は免職の処分をすることができる旨規定している。
この点,地方公務員法29条の2第1項1号において,条件附採用期間中の職員については,同法の分限処分に関する規定(同法27条2項,28条1項ないし3項)を適用しないものとされているところ,これは,(1)記載のような条件附採用制度の趣旨,目的に基づくものにほかならない。
もっとも,条件附採用期間中の職員といえども,既に試験等という過程を経て,現に給与を受領し,正式採用されることに対する期待を有するものであるから,条件附採用期間中の職員に対する分限処分については,上記条件附採用制度の趣旨,目的に照らして,任命権者に相応の裁量権が認められるものであるものの,これは純然たる自由裁量ではなく,その判断が合理性をもつものとして許容される限度を超えた不当なものであるときは,裁量権の行使を誤った違法なものとなるというべきである((1)掲記の最高裁判所判決参照)。
ところで,被告においては,条件附採用期間中の職員の分限について定めた条例は制定されていないところ,このような場合,国家公務員法が条件附採用期間中の職員の分限について人事院規則で必要な事項を定めることができる旨規定し(同法81条),これを受けて人事院規則11-4(職員の身分保障)第9条が,条件附採用期間中の職員の特例として,同職員は,同法78条4号に掲げる事由に該当する場合又は勤務実績の不良なこと,心身に故障があることその他の事実に基づいてその官職に引き続き任用しておくことが適当でないと認める場合には,何時でも降任させ,又は免職することができる旨規定していることに照らし,被告における条件附採用期間中の職員の分限についても,上記人事院規則の規定に準じて分限事由を検討するのが相当である。
(3) 以上を踏まえて検討するに,県教育委員会は,本件分限処分の理由として,原告に係る倫理性や使命感,規律等は,その職に必要とされる水準を満たしているとはいえず,その職務を良好な成績で遂行したとはいえないとするものであるところ(前提事実(5)ウ),前記1(2)イ記載のとおり,原告は公立高等学校の教諭であって,生徒に対し,交通規範を含めた法規範,社会規範の遵守を教育,指導していく立場にある者であったこと,特に本件高校は交通安全実施指定校として,交通安全に関する様々な教育活動を実施していたものであって,原告を含む本件高校の教職員に対しても,本件キャンプ初日の前日の職員会議の場を含め,厳に飲酒運転等を行わないようにとの指導がされていたこと,原告の本件車への同乗行為は,相当量の飲酒がされた後に,さらに,スナックに行こうとしてされたものであったこと,Aによる飲酒運転行為の結果は,同僚職員の命を奪う悲惨なものであったことなどに照らすと,原告自身は積極的にスナックに行きたかったものではなく,むしろ行きたくなかったものの,先輩の職員から名指しで呼ばれたために参加することになったこと,原告には,本件キャンプにおける上記飲酒した上での飲酒運転車両への同乗行為以外には,特に教員としての資質が問題視されるような行為は指摘されていないことなどの事情を考慮してもなお,条件附採用期間中であった原告について,倫理性や使命感,規律等は,その職に必要とされる水準を満たしているとはいえず,その職務を良好な成績で遂行したとはいえないことから,教員として引き続き任用しておくことが適当でないとして,分限処分としての免職処分(本件分限処分)を行ったことが,合理性をもつものとして許容される限度を超えた不当なものということはできない。
(4)ア これに対し,原告は,本件分限処分は,違法な本件懲戒処分及びそれを前提とする本件最終評定を前提としていることから違法である旨主張するが,そもそも,後記イのとおり,公務員に対する懲戒処分と分限処分とは性質を異にする別の処分であるから,懲戒処分が違法であるからといって直ちに分限処分が違法になるものとはいえないし,この点を措いても,前記1のとおり,本件懲戒処分は違法であるとはいえないことから,いずれにせよ,原告の上記主張は採用できない。
イ 次に,原告は,本件分限処分は,一度懲戒をした事実と全く同じ事実をもって行われたものであり,二重処罰(処分)の禁止の法則に反し,違法である旨主張する。
しかしながら,地方公務員法29条1項所定の停職等の懲戒処分は,公務員関係における秩序を維持するという観点から,職員にその個々の義務違反に対する責任を問うものであるのに対し,条件附採用期間中の職員に対する分限処分は,職員の採用に当たり行われる試験等の結果だけでは職務を遂行する能力を完全に実証するとはいい難いことから,いったん採用された職員の中に適格性を欠く者があるときは,これを排除し,もって職員の採用を能力の実証に基づいて行うという成績主義の原則を実現しようとする観点から,その官職に引き続き任用しておくことが適当でないと認められる職員に対しされるものであって,上記二つの処分の性質は本質的に異なるものである(最高裁判所昭和56年(行ツ)第121号同60年5月20日第二小法廷判決・裁判集民事145号21頁参照)。
そうすると,前述のように,同僚らで飲酒した上,さらに,スナックに行こうとして,一緒に飲酒した者のうちの1名が飲酒運転をしようとする本件車に同乗したという原告の行為は,公務員,とりわけ生徒に対し交通規範等の遵守を指導すべき立場にある教員としての信用を著しく失墜させる行為であって,このような原告の義務違反行為に対する懲戒処分として停職処分がされ,懲戒処分としての免職処分がされなかったからといって,このことをもって,上記行為を行った原告の教員としての適格性を肯定したものということはできないのであって,条件附採用期間中に上記行為を行った原告について,倫理性や使命感,規律等は,その職に必要とされる水準を満たしているとはいえず,その職務を良好な成績で遂行したとはいえないことから,教員として引き続き任用しておくことが適当でないとして,分限処分としての免職処分(本件分限処分)を行うことが,二重処罰の禁止に反し許されないものと解することはできない。そして,上記のような懲戒処分と分限処分の性質の違いにかんがみれば,たとい分限処分を行うに当たって問題とされた行為が懲戒処分の対象とされた行為と同一の行為に限られるとしても,そのことゆえに当該行為について懲戒処分がされた後の分限処分が許されなくなるものと解することはできない。
ウ さらに,原告は,原告以外の本件車の同乗者は,懲戒処分のみで分限処分は問題となっていないにもかかわらず,原告のみを分限処分し,しかも免職としたのは法の下の平等にも反する旨主張する。
しかしながら,原告は条件附採用期間中であったのに対し,他の同乗者も条件附採用期間中であったとは認められないから,他の同乗者に対し,懲戒処分とは別個に分限処分がされなかったとしても,これをもって他の同乗者との間での処分の公平を欠くものとして,本件分限処分が裁量の範囲を超え,違法となるということはできない。
エ なお,原告は,本件最終評定において不当な評定がされ,それに基づき分限審査委員会では不十分な資料と認識のまま審査がされたなどとして,本件分限処分においてされた審査手続に不備がある旨も主張しているが,前提事実(5)のとおり,本件分限処分は,職務成績の不良を理由に原告をその職に引き続き任用しておくことが適当でないと認められるとしてされたものであり,免職通知によりその旨を原告に説明し,さらに,人事異動通知書を交付しているものであるから,条件附採用期間中の職員に対する分限処分の手続としては適正であったと認められ,手続上の瑕疵は認められない。また,原告は,本件分限処分の資料の一つとされた本件最終評定について,内容が不当である旨を主張しているが,前提事実のような原告の本件事故へのかかわりや本件懲戒処分によって条件附採用期間1年間のうち6か月間は勤務できなかったことなどに照らせば,本件最終評定が不当な内容のものであるということもできない。さらに,原告は,分限審査委員会には提出されるべき業績評価書が提出されておらず,不当であるとも主張するが,業績評価書は,県立学校に勤務する職員に係る定期評価において,3月1日を基準日として作成されるものであるところ(乙51,52),前提事実(6)アのとおり,条件附採用職員の評価は定期評価ではなく,特別評価の方法で行われており,業績評価書は提出されないことから,原告の上記主張は前提を欠き,採用できない。
(5) 以上より,本件分限処分は,違法であるとは認められない。
3 以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田中健治 裁判官 加藤靖 裁判官 渡邉康年)
<編注:『※』部分は原文のとおり。>