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那覇地方裁判所 平成21年(ワ)1816号 判決 2011年2月08日

主文

1  被告は、原告に対し、金1692万9414円及びこれに対する平成22年1月14日から支払済みまで年6パーセントの割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

主文1項と同旨

第2事案の概要

本件は、原告が沖縄県中小企業振興資金融資制度要領に定める創業者支援資金融資制度に基づいて、融資を行った2口の金銭消費貸借契約から生ずる債務の履行について、被告が原告に対し保証したと主張して、保証契約に基づく履行請求権に基づき、1692万9414円(上記2口の金銭消費貸借契約の残元本及び未払利息の合計額)及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成22年1月14日から支払済みまで商事法定利率である年6パーセントの割合による遅延損害金の支払を求めたのに対し、被告が、原告と被告との間の保証契約は、錯誤により無効であると主張して、原告の請求を争う事案である。

1  前提事実(争いのない事実、各末尾記載の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)

(1)  原告は、預金または定期積金の受入れ、貸金の貸付け、手形の割引、為替取引、債務の保証、手形の引受け、その他の銀行業務に付随する業務を目的とする株式会社であり、沖縄県中小企業振興資金融資制度における取扱金融機関である。

(2)  被告は、中小企業等のために信用保証の業務を行い、もってこれらの者に対する金融の円滑化を図ることを目的とする法人である。

(3)  原告と主債務者らによる金銭消費貸借契約の締結

ア 訴外A

原告は、訴外A(以下「A」という。)との間で、平成20年4月28日、銀行取引契約を締結するとともに、次のとおりの内容で、金銭消費貸借契約を締結し、同日、Aに対し、下記貸付金額を貸し渡した(甲1ないし甲3)。

(ア) 貸付金額 860万円

(イ) 使途 設備・運転資金

(ウ) 最終弁済日 平成27年4月5日

(エ) 弁済方法 平成20年5月5日に13万4000円

平成20年6月から平成27年4月まで、毎月5日限り10万2000円ずつ

(オ) 利率 年2.60パーセント(年365日の日割計算)

(カ) 利息支払方法 平成20年5月から平成27年4月まで、毎月5日限り元本とともに支払う。

(キ) 損害金 支払うべき金額に対し、年18.25パーセントの割合(年365日の日割計算)

(ク) 期限の利益の喪失 債務者が原告に対する債務の一部でも履行を遅滞したときは、原告からの請求により、債務者は原告に対するいっさいの債務について期限の利益を失い、直ちに債務を弁済するものとする。

イ 訴外B

原告は、訴外B(以下「B」といい、AとBをまとめて「債務者ら」という。)との間で、平成20年7月18日、銀行取引契約を締結するとともに、次のとおりの内容で、金銭消費貸借契約を締結し、同日、Bに対し、下記貸付金額を貸し渡した(甲4ないし甲6)。

(ア) 貸付金額 838万円

(イ) 使途 創業設備資金及び運転資金

(ウ) 最終弁済日 平成27年7月5日

(エ) 弁済方法 平成21年8月から平成27年6月まで毎月5日限り11万7000円ずつ

平成27年7月5日限り7万3000円

(オ) 利率 年2.60パーセント(年365日の日割計算)

(カ) 利息支払方法 平成20年8月から平成21年7月までは、利息のみ、同年8月から平成27年7月まで、毎月5日限り元本とともに支払う。

(キ) 損害金 支払うべき金額に対し、年18.25パーセントの割合(年365日の日割計算)

(ク) 期限の利益の喪失 債務者が原告に対する債務の一部でも履行を遅滞したときは、原告からの請求により、債務者は原告に対するいっさいの債務について期限の利益を失い、直ちに債務を弁済するものとする。

(4)  保証契約の締結

被告は、原告との間で、前記(3)ア及びイの各金銭消費貸借契約により、債務者らが原告に対して負う債務の履行について、次のとおりの内容で、原告に対する各信用保証書の交付により、保証契約を締結した(甲7ないし甲9、以下「本件各保証契約」という。)。

被告は、被保証債務について、債務者が最終履行期限(期限の利益喪失の日を含む。)後90日を経てなお、その債務の全部または一部を履行しなかったときは、原告の請求により、原告に対し保証債務の履行をなすものとする。ただし、特別の事由があるときは、90日を経ずして被告に対し、保証債務の履行請求を行うことができる。

この保証債務の履行の範囲は、主たる債務に利息及び最終履行期限後120日以内の延滞利息を加えた額を限度とする。

(5)  債務者らの期限の利益の喪失(甲10ないし甲14の2)

ア(ア) Aは、原告に対し、平成20年5月分から同年8月分までの元本合計44万円、利息合計5万9755円及び遅延損害金28円を支払ったが、同年9月分以降の元利金の支払を遅滞した。

(イ) 原告は、平成21年4月4日、Aに対し、平成21年4月13日までに前記(3)アの金銭消費貸借契約から生ずる債務の全部を支払うよう請求したが、同人による支払はされず、同人は、同日期限の利益を喪失した。

イ(ア) Bは、原告に対し、平成20年8月から同年11月分までの利息合計6万6256円を支払ったが、同年12月分以降の利息の支払を遅滞した。

(イ) 原告は、平成21年6月2日、Bに対し、平成21年6月5日までに、前記(3)イの金銭消費貸借契約から生ずる債務の全部を支払うよう請求したが、同人による支払はされず、同人は、同日期限の利益を喪失した。

(6)ア  Aは、平成21年6月3日、返済の意思及び能力がないにもかかわらず、これがあるかのように装い、原告から前記(3)アの金銭消費貸借契約に基づく融資金を詐取したとして、那覇地方裁判所により、懲役2年2月に処せられ、この判決は、同月18日、確定した(乙34の1)。

イ  Bは、平成21年3月30日、返済の意思及び能力がないにもかかわらず、これがあるかのように装い、原告から前記(3)イの金銭消費貸借契約に基づく融資金を詐取したとして、那覇地方裁判所により、他の3つの罪と併合して、懲役2年8月に処せられ、この判決は、同年4月6日、確定した(乙33の1)。

(7)  原告の被告に対する代位弁済請求

原告は、本件各保証契約に基づき、被告に対し、A分につき平成21年6月3日に、B分につき同月22日に、原告に対する以下の債務を弁済するよう請求した(甲15、甲16)。

ア Aについて

(ア) 元本 816万円

(イ) 利息 19万1234円

合計 835万1234円

イ Bについて

(ア) 元本 838万円

(イ) 利息 19万8180円

合計 857万8180円

(8)  被告は、平成21年9月28日ころ、原告に対し、本件各保証契約は、次の理由により無効となる旨通知した(甲17、甲18)。

ア Aの債務について

Aは、中古車販売を創業すると見せかけ、虚偽の書類等を提出し、創業者支援のための融資金を詐取したことで詐欺罪に処せられている。創業の実体がない先への融資であることから、本件保証は、要素の錯誤があり、民法95条により保証契約無効となる。

イ Bの債務について

Bは、鉄筋工事業を創業すると見せかけ、虚偽の書類等を提出し、創業者支援のための融資金を詐取したことで詐欺罪に処せられている。創業の実体がない先への融資であることから、本件保証は、要素の錯誤があり、民法95条により保証契約無効となる。

2  争点及び当事者の主張

本件における争点は、本件各保証契約における被告の意思表示が要素の錯誤によるもので無効となるかであり、この争点についての当事者の主張の要旨は以下のとおりである。

(被告の主張)

(1) 本件各保証契約において、沖縄県中小企業振興資金融資制度要領に定める創業者支援資金融資制度(以下「本件融資制度」という。)に係る融資が、実体のある事業者に対してされたか否かについては、保証契約の重要な内容であり、これにつき、次のとおり、錯誤がある場合には、保証契約の意思表示には要素の錯誤があるものとして無効となるというべきである。

ア 本件各保証契約は、本件融資制度に係る融資の保証であり、保証の対象となる者は、本件融資制度の要件である「創業に着手していることが客観的に明らかで、かつ、事業を開始する者」であることが当然かつ必須の条件である。このことは、保証依頼書や保証書等にも本件融資制度に係る融資の保証である旨明記され、本件各保証契約の内容となっている。しかるに、債務者らは、本件融資制度を悪用して融資金を詐取したものであって、創業着手の事実も事業開始の事実もなく、本件融資制度の要件に該当する者ではなかった。被告は、債務者らが本件融資制度の要件に該当する者である旨を信じて、本件各保証契約を締結したものであり、債務者らが本件融資制度の要件に該当しない旨を知っていれば、当然、本件各保証契約を締結しなかった。したがって、本件各保証契約は、要素の錯誤により無効であり、被告は、これらの契約に基づく責任を負わない。

イ 上記アの被告の錯誤を動機の錯誤ととらえた場合であっても、本件融資制度の対象者に対する融資の保証をするという被告の動機は明確に表示されている。すなわち、本件各保証契約が、本件融資制度の融資対象者に対する融資の保証に限定されていることは制度上当然の前提であり、融資申込書や保証依頼書、保証書等に本件融資制度に基づく融資対象者に対する融資保証である旨が明示され、これらの書類は、原告を介して被告に提出されるものであるから、保証の際の動機は、原告に対し明らかに明示され、原告も熟知しているものといえる。

(2) 後記原告の主張(2)に対する反論

ア 原告は、被告が錯誤無効の主張をするのは、信義則に反し許されない旨主張するが、次のとおりの事実関係からすれば、原告のこの主張も理由がない。①本件融資制度に基づく融資保証においては、創業の着手及び事実という要件を満たすことは基本的かつ重要な要素である。②本件融資制度に基づく融資保証であることは、保証依頼書、保証書に明示されている。③債務者らに対する融資の適否を審査するのは原告であり、原告は、本件融資制度に見合うかどうかの該当性等について審査を尽くす義務を負う。④被告は、原告の貸付けを相当とする旨の意見を受けて、保証したものである。⑤本件のような特異ないし非正常なケースを想定して、原告被告間の約定等に予め規定するのは困難である。⑥創業の着手及び事業開始の事実は、債務者らの内心のみの問題ではなく、債務者らの創業の意思や、創業に向けた計画及び準備行為等が相まって判断されるべきである。

(原告の主張)

(1) 被告の錯誤無効の主張に対する反論

ア 被告が主張する錯誤は、本件各保証契約についての要素の錯誤に該当しない。すなわち、本件融資制度に基づく融資は、その定めのとおり、客観的にみて創業準備行為に着手している者に対しされるものであって、それに尽きる。したがって、客観的に見て創業の準備行為に着手している者への貸付がされることが主債務の成立の前提条件であって、債務者らは客観的に見て創業の準備行為に着手していたのであるから、融資の前提条件に欠けることはなかった。したがって、被告が主張する錯誤は、主債務の成否の重要な部分に錯誤はなく、要素の錯誤に該当しない。

イ 被告の主張は、本件融資制度の要件として、真に創業の意思を有する者に対しされることが当然の前提となると主張していることと同じである。しかしながら、その準備行為に主観を伴っているか否か、つまり、真に創業の意思を有するか否かについては、本件各保証契約締結時において客観的に把握できない事項である。したがって、これは動機の錯誤に過ぎないし、それが明示的に表示されていない以上、本件各保証契約の意思内容となっているとは認められない。動機の表示があるというためには、保証により引受けの対象とならないリスクを予め告知しておく必要があるというべきである。

ウ 債務者らに対する融資のように、本件融資制度の趣旨に則り、商工会又は商工会議所が審査した上で融資が相当であると判断して原告に対して融資を斡旋してきた場合には、融資を拒絶することは、制度上、極めて困難である。特に、本件融資制度のように、これから新たに事業を始める者への融資の場合には、過去の事業実績等の資料が存在せず、実地調査も必要とされず、判断材料に乏しいことから、本件のような詐欺事案が紛れ込むのはやむを得ないというべきであり、これを完全に排除することは、本件融資制度の円滑な実施との関係上困難である。したがって、本件融資制度のもとにおいては、本件のような詐欺被害に遭うリスクは、他の貸し倒れリスクと同様、制度に内在するリスクといえる。被告は、信用保証を主たる業務とする法人であり、個人保証の場合と異なり、冷静なリスク計算のもとに、保証料を徴収することとの引き換えに、この制度に内在するリスクを引き受けて、本件各保証契約を締結したのであるから、要素の錯誤に該当するか否かについては、厳格に判断すべきであり、錯誤無効の主張を許すのは妥当でない。

エ 本件のような詐欺事案の場合においては、資金使途違反の場合と客観的に区別できず、これと同じように、免責の成否によって解決されるべきであり、原告の故意、過失に関わりなく、本件各保証契約を無効に帰す錯誤の成否によって解決すべき問題ではない。

(2) 仮に、本件各保証契約の締結について、要素の錯誤にあたるといえるとしても、上記の各事情に、被告が原告に対し、実体のない創業者に融資を実施しないよう通知をした事実がないこと、被告に錯誤による無効の主張を許せば、同じく詐欺の被害者でありながら、原告のみが全てのリスクを負担することになることを併せて考慮すれば、被告が錯誤による無効を主張することは信義則に反し許されないというべきである。

第3当裁判所の判断

1  事実関係

証拠(各末尾掲記のもの)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

(1)  本件融資制度の根拠である沖縄県中小企業振興資金融資制度(以下「県融資制度」という。)の要綱は次のとおり規定している(抜粋、甲19)。

第1条 この要綱は、中小企業の事業活動に必要な資金の融資の円滑化を図って、沖縄県内中小企業の振興に寄与することを目的とする。

第5条1項 知事は、この要綱に定める県融資制度の運用資金を予算の範囲内において取扱金融機関に預託するものとし、その預託条件は、別途預託契約書において定めるものとする。(以下、省略)

第7条1項 取扱金融機関は、第5条の規定により、当該年度において県又は中央会から預託を受けた金額に、次の表に掲げる融資倍率を乗じた金額に相当する額を超えることを目標として融資を行わなければならない(表略。本件融資制度については、3倍とされている。)。

2項 取扱金融機関は、融資の申込みを受けたときは、速やかに審査して融資を行わなければならない。

5項 取扱金融機関は、県融資制度に係る融資のあっせんを受けた場合においてこれを拒絶しようとするときは、沖縄県中小企業振興資金融資拒絶書に当該拒絶に係る申込書類を添えて、その旨を拒絶決定後15日以内に保証協会、中央会、沖縄県産業振興公社、市町村、商工会又は商工会議所を経由して知事に報告しなければならない。

第9条 県融資制度に係る融資については、原則として保証協会の保証を要するものとする。ただし、取扱金融機関がその必要がないと認めたときは、保証を付けないことができる。

(2)  本件融資制度の内容等(乙1、乙2、乙33の6、乙34の3)

本件融資制度は、前記(1)の県融資制度の中の1つであり、制度の内容等は、以下のとおりである。

ア 保証の対象

被告の保証の対象となるものであって、沖縄県内に居住し、所要資金の20パーセント以上を自己資金で賄えるものであって、商工会、商工会議所、県中小企業支援センターの創業者支援資金創業計画作成指導を受け、創業者支援資金創業計画書を作成したもので、次のいずれかに該当するもの。

(ア) 沖縄県内で創業に着手していることが客観的に明らかで、かつ、事業を開始する者で、次の①から③のいずれかに該当する者。

① 事業を開始する業種と同一の業種での勤務年数が、通算3年以上の者。

② 創業を実行する能力を有すると斡旋機関が判断した者。

③ 商工会等の創業セミナーの受講を修了したもの。

(イ) 沖縄県内で事業を開始した後、1年を経過しない者。

イ 保証条件

(ア) 資金使途

① 運転資金

② 設備資金

③ 運転設備資金

(イ) 保証限度額 1企業あたり 1000万円以内

(ウ) 保証期間 7年以内 ただし、1年以内の据置期間を設けることができる。

ウ 保証人 必要に応じて徴求する。

エ 担保 原則として無担保

(3)  本件融資制度に係る創業者支援資金取扱要領には、概要、次のとおり定められている(抜粋。甲20)。

ア 創業者支援資金における「創業」とは、次のいずれかに該当するものをいう。

(ア) 事業を営んでいない者が新たに事業を始めること。

(イ) 事業を営んでいる者が現在の事業を廃止し、それと異なる事業を開始すること。

(ウ) 個人が現在の事業とは別に、新たに会社を設立し、現在の事業と異なる事業を開始すること。

(エ) 法人が現在の会社とは別に、新たに会社を設立し、現在の事業と異なる事業を開始すること。

イ(ア) 「県内に居住し」とは、融資斡旋申込時において、県内の市町村に住所を有する者をいう。

(イ) 「創業準備に着手していることが客観的に明らかで、かつ、事業を開始しようとする者」とは、次の①から④のいずれかに該当するものをいう。

① すでに当該事業に係る店舗、事業所又は工場等の建物を完備しているもの

② 店舗、事業所又は工場等の建築について、具体的に進行中であるもの

③ 当該事業に必要な設備等を完備もしくは準備中であるもの

④ 商品の仕入れが終わっているか、又は仕入れ中など開業に向けた準備の事実があるもの

ウ(ア) 次に掲げるもののうち、当該創業予定の事業に充てるために用意したものに限り、自己資金として取り扱うものとする。

① 普通預金、定期預金等残高の証明ができるもの

② 敷金及び入居保証金

③ 申込前に導入した当該事業用設備(不動産を除く。)

④ その他客観的に評価が可能な資産(不動産を除く。)

(イ) 自己資金額は、融資斡旋機関で、下記に掲げる資料により、原本を確認するものとし、融資斡旋機関による原本と相違ない旨の印のある写しを添付資料とする。

① 普通預金にあっては、預金通帳(照合表)等預金残高推移がわかるもの

② 定期預金にあっては、預入日、満期日が表示された証書及び預金残高推移がわかるもの

③ 敷金及び入居保証金にあっては、賃貸借契約書、預り証等の差入金額の確認ができるもの

④ 当該事業用設備にあっては、領収書等当該事業用設備導入のために支出した金額の確認ができるもの。また、どのような事業用設備を購入したか確認できる、製品のカタログ、現物写真などを添付する。

(4)  本件融資制度の手続の概要(甲19、乙1、乙2、乙33の3ないし6、乙34の3ないし7)

ア 本件融資制度による融資を希望する者は、商工会や商工会議所等において担当者に事業概要を説明し、助言指導を受けて、創業者支援資金創業計画書、融資あっせん申込書等を作成するとともに、本件融資制度の条件が満たされていることを証明する資料を提出する。商工会、商工会議所等は、それらの書類をもとにして融資の必要性、妥当性、償還能力の審査を行い、これらが認められ、融資が適当と判断された場合には、商工会、商工会議所等は、融資依頼書、意見書等を作成し、関係書類とともに実際に融資を行う金融機関にこれらを送付して融資の依頼をする。

イ 融資の依頼を受けた金融機関は、商工会、商工会議所等から送付された各書類及び融資希望者本人からの聞き取り等の自己審査を行い、融資が適当であると判断した場合には、信用保証依頼書を作成して、関係書類とともにこれを被告に送付して、被告に対し融資の信用保証を依頼する。

ウ 被告は、融資申込者、商工会、商工会議所等、金融機関が作成した関係書類をもとに信用保証の適否について独自に審査を行うが、特異な事情がない限り、融資申込者に対して直接、面接等により聞き取りを行うことはない。被告は、創業事業の概要や資金計画、収支予想、事業リスク等が記載された創業者支援資金創業計画書、その内容を裏付ける領収書や見積書の各種資料を中心にして、創業する事業が本件融資制度の対象事業か、所要資金の20パーセントを自己資金でまかなえるか、融資金の使途目的が適切か、償還可能か等を検討し、信用保証の適否について判断をする。被告による、信用保証実行の決定を待って、金融機関による融資が実際に実施される。

エ 本件融資制度においては、担保や保証人は必要条件とされていないため、被告による信用保証が必須条件とされており、被告が信用保証をしなければ、たとえ金融機関の審査において融資適当との判断がされても融資は実行されない。

(5)  債務者らによる融資の申し込み及び本件各保証契約締結の経緯

ア Aについて(甲1ないし甲3、甲7、乙3ないし乙16、乙34の1ないし9)

(ア) Aは、沖縄県うるま市に居住するCから本件融資制度が存在及びその申込手続の内容等を聞かされ、金に困っていたことから、同人と共謀して、金融機関から融資金名目に金をだまし取る計画を立てた。

Aは、平成20年1月24日から同年2月22日までの間、数回にわたりa町商工会を訪れ、担当者に対し、自分は、以前関西方面で不動産業の営業を営んでおり、営業トークや相手の気持ちを掴む術は身につけていること、インターネットを利用した中古車販売業を営み、沖縄でのハイブリッドカーの中古車店の先駆けのショップを出したいという希望を持っているなど、真実に反する内容を話した。

Aは、Aの話を真実と信じた同商工会の担当者の説明に従って、次のような内容が記載されている創業者支援資金創業計画書を作成したが、Aには創業の意思はなく、この計画書に記載された内容は真実に反するものであった。

① 開業の動機、目的

長年車店頭販売で培った、セールス技術と流通業者とのコネクションも十分に確保できましたので、開業を決めました。低燃費車(ハイブリッドカー)を中心とした、ショップの売上げが上がってきている事から、今のうちからショップを開き、沖縄での先駆けになりたいと思っているからです。

② 事業内容

中古車販売、中古車買い取り、整備

③ セールスポイント、事業戦略等

ガソリンの値が高騰する傾向から、購入希望の増加が見込まれる、ハイブリッドカーや、軽自動車を中心とした、ショップ作りを考えています。お客様の維持コストの低いハイブリッドカーや軽自動車の専門ショップ

④ 経営理念

環境問題に取り組み、CO2排出を削減し、少しでも地球温暖化防止に協力していく。人気車種を販売し、売れ残りを作らない。

(イ) Aは、平成20年3月19日、a町商工会の担当者と共に原告X1支店に行き、融資あっせん申込書及びその添付書類、同商工会の原告X1支店宛の意見書を提出した。この意見書には、Aの申告に基づき、次のような内容が記載されていた。

① 資金使途及び必要性

申込人は、自家用車販売の開業を計画し、同事業資金として本件申請となった。総所要額1077万2000円のうち、20パーセント以上となる215万4000円を自己資金(預金、領収書)にて賄っており、申込要件を満たしている。借入金860万円は、別紙創業者支援資金創業計画書のとおり、運転資金及び設備資金に充当する計画であり、必要性が認められる。

② 償還能力

開業初年度は、売上高4230万円、仕入高及び諸経費控除後の利益を583万8000円、返済余力を241万円と見込んでおり、償還能力はあるものと予想される。2年目以降については、別紙のとおり利益を計上し、返済余力が見込まれることから、本件申込について償還できるものと予想される。

③ 総合意見

申込人は、約10年間の車両販売を経験し、開業に向けて応援する関連事業所を有している。同事業者と差別化を図るべく、固定客を確保するためコミュニケーションを重視した、事前の営業活動を展開しており、事業意欲のみならず人との接客にも好感があり、事業の成長が見込まれる。

(ウ) 前記(イ)の融資あっせん申込書の添付書類のうちの、自己資金を証明する残高証明書については、見せ金とするためにAがCから借り受けた149万7995円をA名義の原告の預金口座に振り込んだ結果が記載されたものであり、同添付書類のうち、車両購入代金50万円及びパソコン購入代金22万1000円の各領収書、見積書は、AとCが偽造したものであり、虚偽の内容を記載したものであった。

(エ) Aは、平成20年4月10日、再度原告X1支店を訪れ、正式に本件融資制度による融資を申し込んだ。この時、Aは、担当した原告の職員に対し、平成9年4月から平成19年5月まで中古車販売店で担当販売などの業務を行ってきたこと、セールスの技術と流通業者とのコネクションも十分に確保できたので開業を決めたこと、売上げの上がっているハイブリッドカーや軽自動車を中心とした、沖縄で先駆けとなるショップ作りを考えている等虚偽の説明をし、資金使途を設備・運転資金、返済財源を事業収入金とする借入金額860万円の借入申込書を提出した。

(オ) 原告X1支店の担当者らは、Aが破産者、債務超過対象者、暴力団等に所属している者のいずれにも該当せず、自己資金として原告に149万7995円の預金があり、開業のために車両やパソコンを購入した際の領収書が提出され、Aが他の金融機関からの借入れがない旨申告し、A作成の各書面及びAによる説明に不審な点もなかったことから、Aに対する融資を積極的に検討することとした。同担当者らは、Aが事業所予定場所と申告したアパートを訪問し、ドアに店名が記載されたプレートが貼られていることや部屋の中にAが開業準備として購入した旨申告していたパソコン、冷蔵庫、テーブルがあることを確認した。

原告X1支店の支店長は、平成20年4月14日、担当者らによる報告及び貸付稟議書の記載内容等を審査し、Aに対する融資実行が可能である旨の決済をし、同日、被告に対し、Aについて、審査の結果、貸付を適当と認めるので、保証制度要綱及び同事務取扱要領を遵守のうえ信用保証を依頼する旨記載された信用保証依頼書と関係書類を送付した。

(カ) 被告担当者は、創業者支援資金創業計画書、その裏付け資料となる領収書、見積書、Aの自己資金の裏付け資料、融資あっせん申込書、a町商工会の意見書、貸付稟議書、信用保証委託申込書、信用保証依頼書等の内容を審査した上、これらの書類の記載内容が、本件融資制度の融資条件をみたしていると判断し、平成20年4月22日、信用保証を実行することを決定した。その際、被告は、Aに対する融資が焦げ付くリスクを9段階のうちの5と評価し、これに相当する0.8パーセントの割合の信用保証料率を融資金額に乗じた26万4880円の信用保証料を請求することとした。なお、原告において、Aが同人名義にて古物商の許可証を所得したことの確認をすることが、被告による信用保証の条件とされた。

(キ) Aは、古物商の免許証の交付を受け、それを原告に提示した。原告X1支店は、被告による信用保証が得られたことから、平成20年4月28日、原告から原告のX1支店に開設されていたA名義の普通預金口座に振込送金させる方法により、Aに対し、融資金860万円を交付した。

Aは、この融資金のうち、314万9000円を詐欺の指南料及び借入金の返済として、Cに支払ったほか、この融資金を家電製品や自動車の購入、知人への貸金、バカラ賭博等の遊行費、株の購入、生活費等に充てて、そのほとんどを費消した。

イ Bについて(甲4ないし甲6、甲8、乙17ないし乙33の8)

(ア) Bは、自由に使える金が欲しかったところ、平成20年5月ころ、ある人物から、本件融資制度の存在及びこの融資制度を使って金をだまし取れることを教えられた。そこで、Bは、真実は創業の計画等がないのにもかかわらず、これがあるかのように装って、本件融資制度による融資金をだまし取ることとした。

(イ) Bは、平成20年5月13日、b市商工会を訪れ、担当者に対し、自分は、中学校卒業後、2か所の鉄筋業者で働いていたが、今度は是非自分で鉄筋業の会社を持ちたい、自分が会社を持ったら従業員を雇い、従業員と一緒に仕事をがんばって成功させたい、自分は、これまで続けた鉄筋工の仕事で知り合った人との人脈は確実にあるので、鉄筋業の会社をもつことができたら更に人脈を広げることができるなどと、真実に反する内容の説明をして、本件融資制度の利用を希望する旨申し入れた。同商工会の担当者は、Bに対し、手続等の説明をして、Bが記載すべき事業計画書を交付した。その後、Bは、同年6月16日までの間、数回にわたって、同商工会を訪れ、担当者の指導を受けながら、本件融資制度の申込みに必要な添付書類の準備及び事業計画書の作成を行った。この事業計画書には、真実に反する、次のような記載がされていた。同日、同商工会は、Bによる本件融資制度の融資あっせんを正式に受け付けた。

① 開業の動機と目的

これまで同業種で勤めてきて、人脈も広がり又技術も身に付いたので、独立を決意しました。地域貢献できる会社作りをし、若い従業員の人材育成に努めます。

② 事業内容

建物の鉄筋基礎工事、建築時の足場の組立て及び解体作業、鉄筋の加工及び壁、柱等の組立て

③ セールスポイント

工期厳守、安全第一をモットーに親切丁寧な仕事をし、お客様から信頼されるよう常に心がける。経験も豊富で若くて体力もあり、他社より低コストでスピーディーに仕事ができる。

④ 主要仕入先

當山鉄筋

⑤ 主要販売先

大田鉄筋、當山鉄筋、神谷工務店

(ウ) 同商工会は、B提出に係る事業計画書及びその他の必要書類を審査し、平成20年6月16日、融資あっせんを行うことを決済した。

Bは、同月17日、同商工会の担当者と共に原告X2支店を訪れ、この支店の担当者に対し、事業計画書、同商工会作成の意見書、融資依頼書等の必要書類を提出して、本件融資制度による融資申込みを行った。このとき原告X2支店の担当者に交付された意見書には、Bの申告に基づき、次のような内容の記載がされていた。

① 資金使途及び必要性

申込人は、建設業の開業を計画し、同事業資金として本件申請となった。総所要額1063万1000円のうち、20パーセント以上となる225万1000円を自己資金(預金+領収書)にて賄っており、申込要件を満たしている。借入金838万円は、別紙創業者支援資金創業計画書のとおり、運転資金及び設備資金に充当する計画であり、必要性が認められる。

② 償還能力

開業初年度は、売上高2580万円、仕入高及び諸経費控除後の利益534万1000円、返済余力512万5000円と見込んでおり、償還能力はあるものと予想される。2年目以降についても、別紙のとおり利益を計上し、返済余力が見込まれることから、本件申込みについて償還できるものと予想される。

③ 総合意見

申込人は、これまで建設業一筋でがんばっている。真面目で仕事に対する意欲は貪欲である。人脈もあり周囲からは信頼されている。若い従業員を雇用する予定になっているが、技術等を指導し人材育成に努める。申込人は20代前半と若いが、これまでの知識と経験を活かしての創業であり、意欲もあることから、事業の成長性が見込まれる。

(エ) 前記(イ)の融資あっせん申込みに必要な添付書類のうちの、自己資金を証明する残高証明書については、Bが知り合いから借り受けた100万円とB自身の所持金1000円をB名義の原告の預金口座に振り込んだ結果が記載されたものであり、同添付書類のうち、ユニック車両購入代金80万円及びバイク購入代金15万円、材料仕入費30万円の各領収書は、Bが偽造したものであり、虚偽の内容を記載したものであった。Bが設備費用として実際に支出したのは、店舗の賃貸借契約締結の費用とエアコンの購入代金のみであった。

(オ) 原告X2支店の担当者は、平成20年6月18日、Bから提出された、同商工会の融資依頼書及び意見書、融資あっせん申込書、事業計画書、残高証明書等の各書類、Bによる、自分は中学を卒業してからずっと鉄筋工として働いてきた、技術にも自信があるし、いろいろな業者も知っているなどの説明内容からBに対して融資を実行すべきとの意見を借入申込聴取兼事前協議書及び副申書に記載して決裁を仰ぐこととした。原告同支店支店長は、平成20年7月2日付で、被告による信用保証を条件にBに対する融資を実行する決済を行った。原告同支店担当者は、同日、被告に対し、Bについて、審査の結果、貸付を適当と認め、保証制度要綱及び同事務取扱要領を遵守のうえ信用保証を依頼する旨記載された信用保証依頼書及び関係書類を送付した。

(カ) 被告担当者は、事業計画書、その裏付け資料となる領収書、見積書、Bの自己資金の裏付け資料、融資あっせん申込書、b市商工会の意見書、貸付稟議書、信用保証委託申込書、信用保証依頼書等の内容を審査した上、これらの書類の記載内容が本件融資制度の融資条件をみたしていると判断し、平成20年7月18日、信用保証を実行することを決定した。その際、被告は、Bに対する融資が焦げ付くリスクを9段階のうちの5と評価し、これに相当する0.8パーセントの割合の信用保証料率を融資金額に乗じた28万8272円の信用保証料を請求することとした。

(キ) 原告X2支店は、被告による信用保証が得られたことから、平成20年7月18日、原告から原告のX2支店に開設されていたB名義の普通預金口座に振込送金させる方法により、Aに対し、融資金860万円を交付した。

Bは、この融資金のうち、134万円及び300万円をそれぞれ知人に振込送金したが、これらの金が実際に開業のために使われたことはなかった。Bは、融資金のうち、その余の約400万円を飲食代や遊行費として費消した。

2  検討

(1)  被告は、本件各保証契約の意思表示にあたって重要な事実である本件融資制度の要件の「創業に着手していることが客観的に明らかで、かつ、事業を開始する者」について、錯誤があると主張する。

まず、前記第2、1前提事実及び前記3、1事実関係を踏まえると、被告の主張する錯誤の要素性に関し、次の点を指摘することができる。

ア 本件各保証契約の内容

前記第2、1前提事実(4)のとおり、被告は、原告に対し、債務者らが原告に対して負うべき各債務について、その不履行の場合には、債務者らに代わってこれらを履行することを約している。この本件各保証契約において、債務者らが債務不履行に陥った原因、理由については、何らの限定もされておらず、広く、債務者らによる不履行が生じた場合には、被告に当然に履行義務が生ずるものとして、原告被告間の約定が交わされている。

イ 本件融資制度の特質

前記第3、1(1)、(2)のとおり、本件融資制度は、中小企業の事業活動に必要な資金の融資の円滑化を図って、沖縄県内中小企業の振興に寄与するという沖縄県中小企業振興資金融資制度の目的を融資申込者の創業の場面で実現することを図る制度であるといえる。ここにおいて、被告による信用保証の対象となるのは、創業に着手していることが客観的に明らかで、かつ事業を開始する者とされているが、具体的には、前記同(3)のとおり、①すでに当該事業に係る店舗、事業所又は工場等の建物を完備しているもの、②店舗、事業所又は工場等の建築について、具体的に進行中であるもの、③当該事業に必要な設備等を完備もくしは準備中であるもの、④商品の仕入れが終わっているか、又は仕入れ中など開業に向けた準備の事実があるものであり、創業のための融資であるという性質から、開業に向けた準備行為が認められれば基本的に融資を受ける資格を有するものとされている。したがって、原告及び被告における融資申込者に対する融資ないし信用保証を実行するか否かの審査においても、自己資金や償還能力の他は、もっぱらこのような開業に向けた準備行為が行われているかという点をもって、融資申込者が真実創業の資金にするために本件融資制度を利用しているかの判断をするほかないものといえる。

ウ 被告による信用保証実行の判断の態様

前記第2、1前提事実(2)のとおり、被告は、専門機関として、中小企業等のために信用保証の業務を行い、もってこれらの者に対する金融の円滑化を図ることを目的とする法人である。被告が、本件融資制度において信用保証を実行するかについての判断をするにあたっては、前記第3、1(4)ウのとおり、創業事業の概要や資金計画、収支予想、事業リスク等が記載された創業者支援資金創業計画書、その内容を裏付ける領収書や見積書の各種資料を中心にして、創業する事業が本件融資制度の対象事業か、所要資金の20パーセントを自己資金でまかなえるか、融資金の使途目的が適切か、償還可能か等を検討し、保証機関として独自に判断をしている。前記同エのとおり、本件融資制度においては、担保や保証人は必要条件とされていないため、被告による信用保証が必須条件とされており、被告が信用保証をしなければ、たとえ金融機関の審査において融資適当との判断がされても融資は実行されないことから、被告が最終的な融資決定を行う機関であるといえる(乙33の6、乙34の7)。

本件各保証契約の締結の審査についても、前記第3、1(5)ア(カ)及び同イ(カ)のとおり、被告は、事業計画書、その裏付け資料となる領収書、見積書、債務者らの自己資金の裏付け資料、融資あっせん申込書、各商工会の意見書、貸付稟議書、信用保証委託申込書、信用保証依頼書等の内容を被告において独自に審査し、債務者らに対する融資が焦げ付くリスクをいずれも9段階のうちの5と評価し、これに相当する0.8パーセントの割合の信用保証料率を融資金額に乗じた額の信用保証料を請求するとした上で、さらに、平成19年10月から採用されている責任共有制度により、代位弁済の負担割合が被告8割、金融機関側2割とされたこと(乙33の6、乙34の7)を考慮して、信用保証を実行することを決定している。

(2)  そこで、検討するに、前記(1)ア及びイによれば、本件融資制度は、創業資金を融資するものであるという性質から、その融資及び信用保証の実行についての審査は、自己資金の額及び償還能力の他は、融資申込者の開業準備行為を対象にするほかなく、融資申込者らにおいて営業の実態を有するか否かを対象とすることができないものであって、融資後、融資金が実際に創業及びその後の営業のために使われない事案を事前に排除しえないものというべきである。

被告は、このような、本件融資制度に特有なリスクを認識した上で、前記同ウのとおり、債務者らに対する融資の信用保証の適否について、独自に審査し、貸し倒れのリスク判断をした上で、信用保証すべきとの判断をしているといえ、被告において、直ちに本件各保証契約の意思表示をするにあたり、重要な前提事実に誤信があったとまではいえない。

また、本件各保証契約の締結に至る過程において、原告が、債務者らにおいて、創業の意図がなく、融資金を詐取する目的で融資ないし信用保証の申込みをしていると認識していながら、あえてこれを被告に伝えなかったというような事情は認められないし、債務者らにおいて、そのような意図の下に融資ないし信用保証の申込みをしていることをうかがわせるような事情を知りながら、これを被告に伝えなかったというような事情も認めることができない。むしろ、前記第3、1(5)の認定事実からすれば、債務者らにおいて、創業の意図の下に本件融資制度に基づく融資を得ようとしているのか、あるいは、開業準備を仮装して融資金を詐取しようとしているのかについての判断に資する資料、情報のほとんどは、原告と被告間において共有されていたといえるのであり、この点の判断についての情報が原告に偏在していたというような事情も認めることはできない。そして、被告が原告に対し、開業準備を仮装して融資金を詐取する案件を本件融資制度の対象から除外すべく、融資申込者が真実創業のために融資及び信用保証の申込みをしているかについて、慎重な審査をすることを申し入れていたというような事情も認めることができない。

さらに、原告と被告との間の本件各保証契約の約定書には、被告は、原告が保証契約に違反したときは、保証債務の履行につきその全部又は一部の責を免れる旨の定めが設けられており(甲9)、融資申込者による資金使途違反が生じた場合は、この「保証契約に違反したとき」に該当するものと解されており、原告の故意又は過失による資金使途違反が生じた場合に限り、被告において、保証債務の免責を主張することができるとされている(甲22)。

本件における債務者らのように、当初から創業の意図はなく、融資金を詐取する意図の下に開業準備を仮装して融資金の交付を受けるような事案も、上記融資後、融資金が創業及びその後の営業のために使われない事案の1類型に属するものであることを併せて考慮すれば、本件融資制度のもとにおいて、融資申込者において、真実創業の意図はなく、開業準備を仮装してされた融資の申込みについては、被告による信用保証の対象にはならないことが、本件各保証契約の当然の前提になっており、法律行為の内容となっていたとまで認めることはできないから、本件各保証契約における被告の意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったものということはできない。

(3)  したがって、被告の主張には理由がなく、これを採用することはできない。

3  結語

よって、前記第2、1前提事実(1)ないし(5)及び前記第3、2の被告の錯誤無効の主張についての検討結果からすれば、原告の請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を、仮執行の宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 平田直人 裁判官 澤井真一 早山眞一郎)

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