那覇地方裁判所 平成3年(行ウ)1号 判決 1991年10月01日
原告 花城清喜
被告 那覇労働基準監督署長
代理人 新垣栄八郎 新垣誠栄 玉城淳 ほか五名
主文
一 本件訴えを却下する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求の趣旨
一 被告が、平成二年七月五日付けで原告に対してなした労働者災害補償保険法による療養補償給付及び休業補償給付を支給しない旨の処分は、これを取り消す。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
第二事案の概要及び争点
一 原告は、昭和五一年八月二六日、労災事故により傷害を負った者であるが、労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づき、昭和六二年六月一日以降の期間に係る療養補償給付及び休業補償給付を被告に請求した。これに対し、被告は、昭和五四年一二月二〇日の治癒認定後に係る期間であることを理由に、平成二年七月五日付けで右各給付をしない旨の決定(以下「本件処分」という。)を、原告に対してなした。原告は、これを不服として、同月一六日、沖縄労働者災害補償保険審査官に審査請求をしたが、その決定がなされない間の平成三年一月二五日、本件処分の取消しを求めて本件訴えを提起したものである。
二 本件の争点は、労働保険審査会の裁決を経ないで提起された本件訴えの適法性の有無であり、被告は、「原告は本件処分について労働保険審査会の裁決を経ておらず、本件訴えは、行政事件訴訟法八条一項但書、労災保険法三七条に違反した不適法なものである。」旨主張し、一方、原告は、「沖縄労働者災害補償保険審査官に審査請求をした日から三か月を経過しても決定がないため本件訴えを提起したもので、行政事件訴訟法八条二項一号により本件訴えは適法であり、また、本件処分は、昭和五四年一二月二〇日治癒認定後に係る期間であることを理由とするものであるが、労働保険審査会は、既に、昭和五七年四月二〇日付け裁決において、原告の症状は昭和五四年一二月二〇日に固定したことを認定しているのであって、本件について労働保険審査会の裁決を経てもその結果は明らかで救済の見込みはなく、右裁決を経ないことにつき同項三号にいう『正当な理由があるとき』に該当する。」旨主張している。
第三争点に対する判断
一 労災保険法の保険給付に関する処分は大量に行われ、それに対する不服申立事案も多数に及ぶところ、被災者に対するより迅速かつ公正な統一的処理を図る必要があり、その審査に当たっては専門技術的知識が要求される等の特殊性を有するため、同法は、第一審たる審査請求に簡易迅速な処理を期待し、第二審たる再審査請求に厳格慎重な統一的処理を要請する二審制度を採用し(同法三五条)、労働保険審査会における裁決の前置主義を規定していること(同法三七条)からすれば、行政事件訴訟法八条二項一号の「審査請求」は労災保険法にいう「再審査請求」を指すものと解するのが相当である。したがって、沖縄労働者災害補償保険審査官に審査請求をした日から三か月を経過しても決定がないことを理由に同号に該当するとの原告の主張は採用できない。
二 更に、原告は、労働保険審査会がした昭和五七年四月二〇日付け裁決の内容からして、本件について労働保険審査会の裁決を経てもその結果は明らかである旨主張するが、本件における給付請求は、右昭和五七年の裁決以降の期間に係る療養補償給付及び休業補償給付の請求であって、右裁決後に作成された新たな資料の存在も当然予想されるなど、右裁決の存在のみをもって、本件についての労働保険審査会の裁決の結果が客観的に明らかであるとは言い難い。そして、他に原告が労働保険審査会の裁決を経ないことにつき正当な理由があるものとは認められない。
三 よって、本件訴えは不適法であるからこれを却下することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 土肥章大 河野清孝 山田明)
【参考】 第二審(福岡高裁那覇支 平成三年(行コ)第三号 平成三年一二月二四日判決)
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一申立て
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が、平成二年七月五日付けで控訴人に対してなした労働者災害補償保険法による療養補償給付及び休業補償給付を支給しない旨の処分は、これを取り消す。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文同旨
第二主張
次のとおり付加するほかは、原判決の「第二 事案の概要及び争点」に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する(ただし、原判決二丁裏七行目の「但書」を「ただし書」と改める。)。
一 控訴人
1 労災保険法が、第一審たる審査請求に簡易迅速な処理を期待し、第二審たる再審査請求に厳格慎重な統一的処理を要請する二審制度を採用し(同法三五条)、労働保険審査会における裁決の前置主義を規定していること(同法三七条)を理由として、直ちに行政事件訴訟法八条二項一号の「審査請求」は労災保険法にいう「再審査請求」を指すものと解するのが相当であるとした原判決の解釈は到底納得できない。
労災保険法が二審制度を採用し、労働保険審査会における裁決の前置主義を規定していることは、第一審たる労働者災害補償保険審査官の決定に対して、労働保険審査会への再審査請求をすることなく直ちに出訴することを禁止しているに過ぎないのであって、第一審が三か月を経過しても決定をしないときにまで出訴することを禁止するものではない。
2 現行の行政事件訴訟法八条は、原則として審査請求と取消訴訟との自由選択主義を採用し、審査請求前置はあくまでも例外にしかすぎない。したがって、審査請求前置が採用されている場合においても、それがいたずらに出訴を制限するような弊害を生じないように配慮する必要がある。
行政事件訴訟法八条二項一号が、「審査請求のあった日から三箇月を経過しても裁決がないとき」には、審査請求前置を緩和し、原則にかえって直ちに出訴することを認めているのは、「裁決庁の裁決の遅延によって、国民の司法救済が遅れることを防止するための規定である」(別冊法学セミナー基本法コンメンタール「行政救済法」二二八頁)と説明されている。そうであるなら、たとえ行政内部の見直しの道として労災保険法のように二審制度を採用している場合においても、原判決のように、行政事件訴訟法八条二項一号の「審査請求」を労災保険法にいう「再審査請求」を指すものと解する合理的な理由は何一つ見いだせない。原判決も「第一審たる審査請求に簡易迅速な処理を期待し」と判示しているのに、本件の場合、現時点において既に一年以上も経過してなお第一審の決定がない。
仮に、行政事件訴訟法八条二項一号を原判決のように解するとしても、裁決庁の裁決の遅延によって、国民の司法救済が遅れることを防止するためには、第一審たる審査請求のあった日から三か月を経過しても決定がないときは、直ちに第二審たる労働保険審査会への再審査請求ができる道がなければならない。しかし、そのようなことも認められていないので、行政庁の怠慢による裁決遅延によって、国民の権利救済が遅れることのないように法の解釈がなされるべきである。
二 被控訴人
控訴人の右主張は争う。
第三証拠 <略>
理由
一 当裁判所も、控訴人の本件訴えは却下すべきものと判断する。その理由は、原判決の「第三 争点に対する判断」で説示するとおりであるから、ここにこれを引用する(ただし、原判決四丁表一行目の「更に」を「さらに」と、同八行目の「言い難い」を「いい難い」とそれぞれ改める。)。
二 よって、原判決は正当で、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 西川賢二 宮城京一 喜如嘉貢)