那覇地方裁判所 平成9年(ワ)75号 判決 1998年12月02日
原告
比嘉尚司
右訴訟代理人弁護士
加藤裕
同
仲山忠克
被告
琉球バス株式会社
右代表者管理人
大田朝章
右訴訟代理人弁護士
知花孝弘
主文
一 被告が、平成八年七月一九日、原告に対してした懲戒解雇処分が無効であることを確認する。
二 被告は、原告に対し、金四七四万五〇八七円及び平成一〇年一〇月一日から本判決確定に至るまで、月額金一八万〇四八八円の割合による金員を、同年一一月以降毎月八日限り支払え。
三 原告のその余の請求を却下する。
四 訴訟費用は被告の負担とする。
五 この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一当事者の請求
一 被告が、平成八年七月一九日、原告に対してした懲戒解雇処分が無効であることを確認する。
二 被告は、原告に対し、金九五万四八四〇円及び平成九年二月八日以降、毎月八日限り、月額金一八万〇四八八円を支払え。
第二事案の概要
一 本件は、バス等の一般乗合旅客運送業を営む被告から嘱託運転手として採用され、路線バスに乗務していた原告が、運賃の横領を理由に被告から懲戒解雇処分(以下「本件懲戒解雇処分」という。)を受けたことに対し、横領の事実はないとして、右懲戒解雇処分の無効確認及び賃金の支払を求めた事案である。
二 争いのない事実等
1 当事者
(一) 被告は、一般乗合旅客自動車運送事業、一般貸切旅客自動車運送事業等を目的とする株式会社である。平成六年二月二二日、那覇地方裁判所に対して会社整理の申立てをし、その後、会社整理開始決定を受け、現在、会社整理手続中である。
(二) 原告は、平成五年七月、被告に嘱託運転手として採用され、平成八年六月六日当時は、被告の具志川営業所に所属し、路線バスの運転業務に従事していた者である。
2 本件懲戒解雇処分
(一) 被告は、原告に対し、同年七月一八日、同月二二日付けで懲戒解雇する旨の意思表示をし、右意思表示は、同月一九日、原告に到達した。
(二) 懲戒解雇の理由は、原告が、同年六月六日、具志川線沖二二か一二九〇号の路線バス(以下「本件バス」という。)に乗務し、那覇バスターミナルを同日午後〇時四六分に発車し、具志川営業所に向けて運行中(以下「本件運行」という。)、降車する乗客が支払った運賃四八四〇円を業務上横領したことが、就業規則七条二三号、五七条二項一号及び八号の規定に該当するというものである。
(三) 被告の就業規則七条二三号、五七条二項一号及び八号は、以下のとおり規定されている。
第七条 従業員は次のことをしてはならない。
二十三 その他会社の諸規則、示達に違反すること。
第五十七条二項 左の各号の一に該当する場合は懲戒解雇に処す。但し、情状により論(ママ)旨退職又は降職、減給若しくは出勤停止にすることがある。
一 服務規律に違反しその情状重いとき。
八 会社及び他人の物品金銭又は金券を窃取若しくは横領し又は窃取若しくは横領しようとしたとき。
3 本件運行の経緯
(一) 原告は、平成八年六月六日、FA運賃箱(バーコードのついた整理券を投入すると自動的に運賃や釣銭等を識別する自動運賃精算機、以下「本件運賃箱」という。)の設置された本件バスに乗務し、同日午後〇時四六分に那覇バスターミナルを出発し、具志川営業所に向かった。
(二) 原告は、本件運行中に、運賃の一部を、本件運賃箱に入れずに乗客から直接手で受け取り、運転席の右横に備え付けられた私物の小物入れ(ティッシュペーパーの空箱、以下、単に「小物入れ」という。)の中に入れ、また、乗客から受け取った一〇〇〇円札一枚を四つ折りにして運転席に座ったまま右大腿部の下に挟んだ。
(三) 午後二時二〇分ころ、具志川営業所に到着する一つ前の具志川市役所前停留所において、被告の役員らが本件バスに乗り込み、本件バスの調査を行った(以下「本件調査」という。)。その際、原告は、小物入れの中に、二二三〇円(内訳一〇〇円硬貨一九個、五〇円硬貨五個、一〇円硬貨八個)及び右大腿部と運転席の間に四つ折りにした一〇〇〇円札一枚を所持しており、本件運賃箱の上には、一六一〇円(内訳一〇〇〇円札一枚、五〇〇円硬貨、一〇〇円硬貨、一〇円硬貨各一個)が置かれていた(<証拠略>)。
また、本件運賃箱には、運賃として一七四〇円、投入金額として一一三〇円が表示されており、エラーを表示するランプが点灯していた(<証拠略>)。そして、本件運賃箱の中には、現金五四九〇円と回数券一枚(六八〇円分)が入っていた(<証拠略>)。
4 原告の賃金
原告は、本件懲戒解雇処分以前に、毎月末日締め切り翌月八日支払の方法で、被告から、平成八年三月分として一五万五八二三円、同年四月分として一九万〇〇〇四円、同年五月分として一九万五六三七円の賃金の支払を受けていた。
三 争点
本件の争点は、原告が運賃四八四〇円(小物入れに入れられた二二三〇円、大腿部の下に挟まれた一〇〇〇円、運賃箱の上に置かれた一六一〇円の合計)を横領したかどうかである。
(原告の主張)
1 原告が本件運行中に乗客から支払われた運賃を運賃箱に入れずに直接手で受け取って小物入れに入れたのは、本件運賃箱が故障していたため、運賃を運賃箱に投入することができなかったからである。また、一〇〇〇円札を大腿部の下に挟んだのは、小物入れに入れていた一〇〇〇円札が風に飛ばされそうになったためである。
その後、本件運賃箱が正常に作動した際に、右金銭を運賃箱に投入しなかったのは、金銭を投入した後に再度本件運賃箱が故障することを危惧し、その場合の乗客の釣銭として使用するために保管していたためである。
2 本件運賃箱であるFA運賃箱は、頻繁に故障が発生し、リセットボタン(リセットボタンとは、バスのドアが閉まった状態のまま運賃箱の硬貨投入口や紙幣投入口のシャッターを開かせるためのボタンであり、このボタンを押すとシャッターが開く。)やダンパーボタン(ダンパーボタンとは、運賃箱の運転手側にある硬貨目視窓及び巻類目視窓のところにある硬貨及び紙幣を運賃箱内の金庫に収納させるためのボタンであり、このボタンを押すと手動で金庫に収納させることができる。)を押しても直らない場合が多い反面、ドアの開閉や発進、停止などの衝撃で正常に戻ったり、しばらく進行すると正常に作動し始めたりするなど、その態様は一様ではない。
3 被告は、運転手に対して、FA運賃箱が故障した際の対処方法として、乗客から直接運賃を収受して営業所に戻ってから被告に引き渡すという方法と、運賃を受け取らずに直ちに乗客を全て降車させて営業所まで回送する方法を指導しており、原告も、入社時に、被告の指導担当者から前者の方法の指導を受けていた。
4 原告は、本件運行においても、被告の右指導に従い、本件運賃箱が故障したので、乗客から運賃を直接手で受け取って保管し、具志川営業所到着後に、被告に引き渡すつもりであった。
5 したがって、原告が運賃を乗客から直接手で受け取ったこと及びその金銭を保管して具志川営業所到着後に被告に引き渡そうとしたことは、被告の指導に従った正当な行為であって、原告には、金銭を横領する意思など全くなかった。
6 被告が横領の証拠として提出する運行記録(<証拠略>、以下「本件運行記録」という。)は、その記載内容が原告の本件運行の記憶と全く異なっており、当日の運行記録でない疑いがある。しかも、その記載内容自体も、客観的事実と符合しない点があり、到底信用することはできない。
(被告の主張)
1(一) 被告が本件調査を行ったのは、平成八年四月二一日に、乗客から、運転手が運賃を手で受け取ったとの報告があり、調査をしたところ、その運転手が原告であったことが判明したためである。
(二) 被告は、運賃に関する事故防止のため、運転手に対し、路線バスに乗務する際、運転手が乗客から運賃を直接手で受け取ること及び自己の金銭を所持することを固く禁止していた。
被告は、運賃箱が故障した時の運転手の対応として、入社時の乗務員教育及び運行管理者に対する指導要領において、FA運賃箱にある臨時投入口に運賃を投入する方法か、又は、乗客に釣銭受皿に運賃を投入させ、釣銭を乗客自ら計算して取る方法を指導しており、また、運賃箱のエラー表示により乗客に釣銭の支払ができない場合には、乗客の住所、氏名、釣銭額を聞き、後日、会社から乗客に支払うことにしていた。したがって、原告が主張するような、乗客から直接運賃を収受し、営業所に戻ってから被告に引き渡すという方法や運賃を受け取らずに、乗客を直ちに全員降車させて営業所まで回送するという方法は指導していない。
(三) 原告は、このような指導を受けていたにもかかわらず、運賃を乗客から直接手で受け取って小物入れに入れたのである。
しかも、本件運賃箱は、本件運行中にエラー表示が点灯し、正常に作動しなくなったことがあったが、それは、リセットボタンやダンパーボタンを押せば正常に作動する単なるトラブルであって故障ではない。原告は、乗客から直接手で受け取った運賃をすみやかに運賃箱に収納せず、自己の身辺に運賃を保管し続けた上、特に、一〇〇〇円札については、四つ折りにして大腿部の下に挟んで所持していたのである。
(四) この点について、原告は、金銭を投入した後に再び運賃箱が故障することが危惧され、その場合の乗客の釣銭として使用するため保管していた旨主張するが、本件運賃箱は故障しておらず、リセットボタン等を押せば正常に作動するものであるから釣銭として金銭を保管する必要はない。
また、原告は、大腿部の下に挟んだ一〇〇〇円札について、風で飛ばされないために大腿部の下に挟んだ旨主張するが、風に飛ばされなくする方法として四つ折りにして大腿部の下に挟む行為は、不自然であるだけでなく、一〇〇〇円札は釣銭として使用されることがないのであるから、風に飛ばされそうになったのであれば、一〇〇〇円札を運賃箱に投入すれば済むことである。
(五) さらに、原告は、具志川市役所前停留所において、釣銭が必要な乗客に対して、保管していた金銭から釣銭を支払わなかった。
(六) 以上の事実からすると、運賃を直接手で受け取ったことに対する原告の弁解は不合理であり、信用することはできない。原告が、乗客から支払われた運賃を運賃箱に入れずに直接手で受け取って保管していた行為は、明らかに横領の意図で行われたものである。
2 これに加えて、本件運行は、コンピューターによってその運行状況が記録されており、その運行記録(本件運行記録)によれば、原告の横領の事実は明らかである。本件運行記録には、具志川市役所前停留所における記録がないが、これは、運賃清算前にバスの電源が切られたことによるものであって、本件運行記録と具志川市役所前停留所での運賃の支払状況を合わせれば、本件運行の運賃の支払状況が分かることになる。
(一) 本件運行記録によれば、安慶名停留所までの運賃は、投入額(運賃箱に投入された現金額)三九二〇円と支払額(釣銭として乗客に支払った額)八一〇円の差額である三一一〇円が現金で支払われた額であり、これに具志川市役所前停留所で乗客が支払った現金二六一〇円を合わせた五七二〇円が本件運行で乗客から支払われた運賃の現金額となるはずである。
しかし、実際には、本件運賃箱には現金五四九〇円が入っており、これに原告が所持していた四八四〇円を加えた一万〇三三〇円が本件運行において乗客から支払われた実際の運賃の現金額であることになる。
したがって、本件運行記録から算定される現金額と実際に支払われた現金額は明らかに異なるのであって、これは、原告が、所持していた四八四〇円を横領するために運行記録を操作したことによるものである。
(二) しかも、本件運行記録には、以下のとおりの不審な点があり、原告が現金を横領するために運行記録を操作したものであることが明白である。
(1) 本件運行記録によれば、使用された回数券は四枚であるところ、本件運賃箱の中には、美里入口で降車した乗客が使用した他社の回数券一枚のみが入っており、運賃箱の中にあるべき残り三枚は入っていなかった。これは、原告が、乗客から運賃を直接手で受け取ったにもかかわらず、運賃を横領するために不正に回数券による清算処理を行ったからである。
(2) また、本件運行記録によれば、五回にわたって定期券による清算処理が行われているが、前記に述べた運行記録による金額と実際の金額の不一致及び不正な回数券による清算処理の方法を合わせ考えると、これらの定期券による清算処理も運賃を横領する手段として不正に行われたものである。しかも、原告が大腿部の下に挟んだ一〇〇〇円札を受け取った停留所である中部病院前停留所においては、本件運行記録には、運賃を定期券による精算処理をした旨の記載はあっても、現金が支払われた旨の記載は何もない。これは、原告が運行記録を操作したことの明白な証しである。
3 以上から、原告が現金を横領したことは明らかといえる。そして、本件運行記録によれば、原告が運賃を横領した具体的な経緯は、次のように考えられる。
(一) 原告は中部病院前停留所において、県庁北口からの乗客二名から運賃として一〇〇〇円札を受け取り、同人らに対する釣銭はその後の乗客からの受け取った現金一五八〇円の中から四二〇円を渡した。ここで硬貨一一六〇円と一〇〇〇円札一枚を取得した。また、追銭として出した七〇円も取得した。
(二) その後、上平良川停留所において、手動で運賃を半額とする操作を行い、釣銭として出てきた二〇〇円を取得した。
(三) その後、安慶名停留所において、最後に降車した乗客から運賃を直接手で受領し、運行記録上は定期券による清算処理をして八〇〇円を取得した。
(四) その後、具志川市役所前停留所において、運賃一六一〇円を取得した。
4 以上から明らかなとおり、原告は、横領の意図で乗客から現金四八四〇円を直接手で受け取り、保管していたものである。
第三争点に対する判断
一 横領行為の有無について
1 運賃箱が正常に作動していない場合の対処方法について
まず、運賃箱が正常に作動していない場合に、運転手が乗客から運賃を直接手で受け取ることが禁止されていたかどうかについて検討する。
(一) (証拠・人証略)並びに原告本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。
(1) 被告は、運賃に関する事故を防止するため、運転手が私金をバス内に持ち込むことを禁止しており、私金をバス内に持ち込むときは私金所持証明を必要としている。このことは、被告の就業規則七条一八号に規定されており、被告と被告の組合との協議書の中にも合意事項として挙げられている。
これに対して、運賃箱が正常に作動していない場合の運賃の受領方法として、運転手が乗客から運賃を直接受領することを禁止した明文の規定等はない。
(2) FA運賃箱は、乗客が投入した整理券のバーコードを自動的に読みとって、運賃額を表示し、続いて乗客が運賃を投入すると自動的に投入金額を表示し、釣銭がある場合には釣銭を受け皿に戻す仕組みになっている。
(3) FA運賃箱は、バスの運行中に正常に作動しなくなることがある。その場合、リセットボタンやダンパーボタンを押すことによって正常に戻ることもあるが、ドアの開閉や発進、停止などの衝撃で正常に戻ったり、しばらく進行すると自然に正常に作動し始めたりすることもある。
(4) FA運賃箱が正常に作動しなくなった場合、バスの運転手は、運賃を乗客から直接手で受け取って、帽子や小物入れの中に入れて保管し、釣銭の必要な乗客にはその中から支払い、運行の終点の営業所において、被告の係員に、運賃箱が故障していることを報告するとともに、保管していた金銭を引き渡すか、あるいは、その係員の確認のもと運賃箱に投入していた。
他に、運賃を受け取らずに直ちに乗客をすべて降車させて営業所まで回送することが行われることもあった。
(5) バスの運転手が、営業所において帽子等に保管していた運賃を被告に引き渡すなどしても、被告から特に問題とされることはなかった。
(6) 運転手から運賃箱が故障であると報告された中には、リセットボタンやダンパーボタンを押せば正常に戻るものも多く、修理を必要とする場合は少なかった。
(二)(1) 被告は、リセットボタンやダンパーボタンを押せば正常に作動する単なる「トラブル」と修理を要する「故障」とは明確に区別されるものであり、「故障」のときは、運賃箱にある臨時投入口を利用する方法か、乗客に釣銭受皿に運賃を投入させ、釣銭を乗客自ら計算して取る方法を指導しており、乗客に釣銭の支払ができないときは、乗客の氏名や釣銭額等を聞き、後日、会社から乗客に支払うことにしており、運転手が乗客から直接運賃を受け取ることは固く禁止されている旨主張し、(証拠略)並びに(人証略)の各証言には、右主張に沿う供述部分がある。
(2) しかし、前記認定事実によれば、FA運賃箱が正常に作動しなくなったときには、リセットボタンやダンパーボタンを押しても正常に戻らないことがあり、「トラブル」であるか「故障」であるかを区別する意味はない。
また、釣銭の支払ができない場合に、乗客の住所、氏名、釣銭額を聞き、後日、会社から乗客に支払う方法も採られていることは認められる(<証拠略>)。しかし、運賃箱の臨時投入口には、ガムテープで封がされているものがあることが認められ(<証拠略>)、臨時投入口が一般に使用されているとは認め難い。
さらに、乗客が釣銭受皿に運賃を投入し、自ら釣銭を計算して取る方法は、その方法自体に無理があり、通常採用されている方法とは認め難い。
したがって、右被告の主張は採用できない。
(三) 以上によれば、運賃に関する事故の防止のため、運転手が私金をバス内に持ち込むことは明文で禁止されているものの、運賃箱が正常に作動しなくなったときの対処方法は、被告から文書等による明確な指導がなされておらず、営業所や各運転手の対応に委ねられていたものというべきである。そして、その対応として、乗客から運賃を直接手で受け取って帽子等の中に入れて保管し、営業所に戻ってから、被告係員に引き渡すか運賃箱に投入する方法が採られることが少なくないことが認められる。
2 原告の横領行為の有無について
次に、原告が横領の意思で乗客から運賃を受け取ったかどうかについて検討する。
(一) 前記争いのない事実等、(証拠略)及び原告本人尋問の結果によれば、本件運行の経緯について、以下の事実が認めれる。
(1) 原告は、平成八年六月六日、本件運賃箱の設置された本件バスに乗務し、同日午後〇時四六分に那覇バスターミナルを出発し、具志川営業所に向かったところ、中部病院前停留所において、運賃の支払のため本件運賃箱に一〇〇〇円札を投入したところ、本件運賃箱のエラーのランプが点灯し、本件運賃箱が正常に作動しなくなった。
(2) そのため、運賃を運賃箱に投入することができなくなり、原告は、同停留所で降車する乗客から運賃を直接手で受け取り、釣銭の必要な乗客に対しては、その受け取った金銭の中から支払い、残金を小物入れに入れた。
(3) 右停留所で受け取った金銭の中には、一〇〇〇円札が含まれていたところ、右一〇〇〇円札をいったん小物入れに入れた後、四つ折りにして大腿部の下に挟んだ。
(4) その後、本件運賃箱は正常に戻ったが、直接受け取った金銭を本件運賃箱に投入せず保管していた。
(5) その後、本件運賃箱は、平良川停留所において、正常に作動しなくなり、原告は、同停留所で降車する乗客から運賃を直接手で受け取った。
(6) さらに、具志川市役所前停留所において、同停留所で降車する乗客が二人分の運賃一七四〇円を支払うために一〇〇〇円札二枚を提出し、そのうち一枚が本件運賃箱に投入された際、本件運賃箱は再び正常に作動しなくなった。原告は、運賃箱が使用できなかったことから、その乗客に運賃として小銭(七四〇円)がないかを確認してもらっていたところ、被告の役員らが本件調査のために本件バスに乗り込んできた。
(7) 被告の役員らが本件バスに乗込んできた際、本件運賃箱には、右一〇〇〇円札と右乗客が小銭として提出した六一〇円が置かれていた。
(二) 以上の事実関係をもとに、原告に横領の意思があったかどうかを検討する。
(1) 原告は、中部病院前停留所、平良川停留所及び具志川停(ママ)留所において、運賃を乗客から直接手で受け取っているが、これらのいずれの場合にも、本件運賃箱が正常に作動していなかったのであり、前記認定事実によれば、運賃箱が正常に作動しなかった場合には、運賃を直接手で受け取り、それを終点の営業所において被告に引き渡すことが行われていたのであるから、この受領行為をもって、直ちに横領の意思を推認することはできない。
(2) 原告は、乗客から受け取った金銭を本件運賃箱が正常に作動した後も、運賃箱に投入せずに保管しているが、直接手で受け取った運賃を終点の営業所において被告に引き渡すことが行われていたことからすると、いったん受け取った運賃を運賃箱が正常に戻った際に運賃箱に投入しなかったとしても不自然とはいえない。しかも、運賃箱が再び正常に作動しなくなることに備えて、釣銭用に、受け取った運賃を運賃箱に投入せずに保管しておくことも不合理とはいえない。
(3) 原告が具志川市役所前停留所において、釣銭が必要な乗客に対して、釣銭用に保管していた金銭を利用しなかったことは疑問も残るところであるが、保管していた金銭を利用しなかったという事実をもって、直ちに横領の意思を推認することはできない。
(4) 原告は、乗客から受け取った一〇〇〇円札を四つ折りにして大腿部の下に挟んでいる。この点について、原告は、風に飛ばされなくするためである旨主張するが、風に飛ばされないようにする方法としては、わざわざ四つ折りにしている点で不自然さが残る。
しかし、一方で、前記認定のとおり、直接受け取った金銭を終点の営業所で被告に引き渡すことが行われていたことからすると、バスの運行中に運転手が横領の意思で運賃を領得したと認めるためには、運転手の行為が、受け取った運賃に対する被告の支配を排除し、自己の支配下に納めたものと認められるような程度に至っており、終点の営業所において被告に引き渡す意思のないことが客観的に認められるような状況が必要であるといえる。
本件では、原告は、大腿部の下に一〇〇〇円札を挟んでいるが、自分のポケットにしまい込むような場合と異なり、原告が立ち上がれば一〇〇〇円が運転席に残されるものであることからすると、いまだ被告の支配を排除して原告の支配下に納めたと認められる程度には至っておらず、終点の営業所において被告に引き渡す意思がないことが客観的に認められるとまではいえない。
そして、一〇〇〇円札は釣銭として不要であったとしても、釣銭として硬貨を保管しており、右硬貨は終点の営業所において被告に引き渡すことになるから、右硬貨とともに引き渡す趣旨で一〇〇〇円札を保管しておくことも不自然とはいえない。
したがって、原告が一〇〇〇円札を四つ折りにして大腿部の下に挟んだことから、直ちに横領の意思を推認することはできない。
(5)ア 被告は、本件運行記録から原告の横領の事実が明らかである旨主張する。すなわち、運行記録により算定される現金額と実際に存在した現金額が明らかに異なるのは、原告が横領するために運行記録を操作したこと、運行記録上は、回数券による清算処理が四回、定期券により(ママ)清算処理が五回されているが、回数券は実際には一枚しかなく、これらの操作は、原告が運賃を横領するために用いたこと、原告が現金を受領したと主張する中部病院前停留所では、運行記録上、定期券による清算処理の記載はあっても、現金受領の記載がないこと、を主張する。
イ しかし、以下に述べるとおり、本件運行記録の正確性については疑問があり、本件運行記録の記載に基づいて原告の横領の意思を推認することはできないというべきである。
(証拠略)(特に、<証拠略>添付の本件運行記録の記載内容)及び弁論の全趣旨によれば、本件運行記録が本件運行の内容を記録したものであることが認められる。しかし、本件運行記録が正確であるというためには、整理券の発行状況や運賃の支払状況が本件運賃箱により正確に管理されていることが前提であるところ、本件運行記録によれば、整理券の発行枚数が二九枚となっているのに対し、降車客が二〇人(本件運行記録の「乗停」の合計回数)となっていて、これに具志川市役所前停留所で降車した乗客数(原告主張では四人、被告主張では六人)を加えても整理券の発行枚数と客の数が合わない。また、被告の主張によれば、本件運行で支払われた額は五七二〇円(本件運行記録から算定される三一一〇円と具志川市役所前停留所で支払われた二六一〇円の合計額)となるはずである旨主張するが、実際には運賃箱に五四九〇円しか入っていなかったのであり、本件運行記録から算定される金額とも合わない。しかも、本件運賃箱は、本件運行中に数回正常に作動しなくなっているのであって、その間の操作が実際の運賃の支払状況を正確に記録したものとなっているかについても疑問がある。
加えて、本件運行記録の記載内容自体にも、具志川市役所前停留所において、本件運賃箱に表示されていた運賃額一七六〇円、投入額一一三〇円の記録がされていないことや、伊佐停留所の欄に記録されている「乗停0019」について、「乗停0019」であれば運賃は二五〇円となるはずであるが、二二〇円と記載されていることなどの不自然な点がある。
ウ したがって、本件運行記録から原告の横領の事実が明らかとなるとする被告の主張は採用できない。
(6) また、被告の主張する原告の具体的な横領行為の経緯についても、その主張が本件運行記録の記載に基づいてされていることから、採用できない。
(三) 運賃の収受はバス会社の経営の基盤となるものであり、運転手が運賃を横領することはバス会社の経営の基盤を脅かすものとなる。しかも、それだけでなく、運転手による運賃の横領は、公共的交通機関としての社会的信用性も失わせる結果につながるから、運転手としては、運賃の収受にあっては、細心の注意を払い、誤解のないようにしなければならないというべきである。その意味で、これまで認定した本件運行における原告の行為は、いささか軽卒(ママ)であったことは否めない。
しかし、一方で、懲戒解雇処分は、従業員やその家族の生活に重大な影響を及ぼすものであり、懲戒解雇処分を行うには、特に慎重な手続と解雇事由の認定を要するというべきであるところ、本件では、被告において、運賃を乗客から直接受け取ることの禁止が必ずしも徹底されていなかったこと、したがって、FA運賃箱が正常に作動していない場合の運賃の収受方法については、手取りを含めてある程度運転手に委ねられていたこと、本件運賃箱が正常に作動していなかったこと、本件運行記録の記載内容が不正確であること、原告が本件調査の当初から一貫して横領の事実を否定しており、原告の本件運行に関する供述の内容が本件調査の当初からほぼ一致していることを合わせて考慮すると、本件調査の結果のみから、原告が運賃を横領したと認めることはできず、他に、右横領を認めるに足りる証拠はない。
二 賃金支払請求について
1 原告は本訴において、本件懲戒解雇処分時から将来にわたって賃金の支払を求めているが、被告が原告に対してした懲戒解雇処分の無効を確認する判決が確定すれば、被告は、原告に対し、所定の賃金を支払うべきであり、被告の対応も現在と異なることが当然に予想されるから、原告の賃金支払請求のうち、本判決確定後の賃金の支払を求める部分は、予め請求する必要があるとはいえず、訴の利益を欠くものとして却下されるべきである。
2 原告は、本件懲戒解雇処分以前に、賃金として、毎月末日締め切り翌月八日支払の方法で、平成八年三月分として一五万五八二三円、同年四月分として一九万〇〇〇四円、同年五月分として一九万五六三七円の支払を被告から受けていたのであり、その平均給与額は一八万〇四八八円であり、この額を基準として、本件解雇処分時から口頭弁論の終結の日(平成一〇年九月三〇日)までの未払給与額を計算すると、本件懲戒処分がされた平成八年七月分(九日分)として金五万二三九九円(円未満切捨て)、同年八月分から平成一〇年九月分(二六か月分)として金四六九万二六八八円の合計金四七四万五〇八七円となる。
三 結論
以上の次第で、原告の本訴請求は、主文第一項及び第二項に記載の限度で理由があるからこれを認容することとし、その余は不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法六一条、六四条を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 喜如嘉貢 裁判官 齊藤啓昭 裁判官 井上直哉)