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那覇地方裁判所 昭和58年(ワ)366号 1986年2月26日

原告

澤岻一男

右訴訟代理人弁護士

池宮城紀夫

右同

島袋勝也

被告

社会福祉法人 袋中園

右代表者理事

武田奝彦

右訴訟代理人弁護士

高江州歳満

右同

平田清司

主文

一  被告が原告に対して昭和五七年八月一七日付でなした解雇は無効であることを確認する。

二  被告は、原告に対し、昭和五七年八月一八日から、毎月末日限り一か月金一五万五三二六円の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文第一ないし第三項と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、援護、育成又は更生の措置を要する者等に対して援助する目的で、乳児院及び精神薄弱児施設を設置経営して福祉事業を行うために、昭和五一年七月三日設立された社会福祉法人である。

2  原告は、昭和五二年四月一日、被告との間で雇用契約を締結し、指導員として業務に従事していたものである。

3  ところが、被告は、昭和五七年八月一七日に、「原告は、昭和五七年六月一五日午後二時ころ、袋中園内そよ風寮風呂場において、正座を命ぜられていた甲野一郎(一四歳)が入浴しているのを認め、同人が正座の命に従わずに入浴しているものと速断して憤慨し、やにわに右手拳で同人の眼窩下部を一回殴打し同人に対し加療一週間を要する顔面挫傷の傷害を負わせた。右行為は、被告の就業規則第一九条、第二一条、表彰および懲戒規程第八条、第九条にそれぞれ該当し、懲戒の対象とされるものであり、更に過去に二度にわたる譴責処分に処せられている。」という理由で原告を懲戒解雇に付した(以下「本件解雇」という。)。

4  しかし、原告は、右就業規則並びに表彰および懲戒規程の各規定に該当する行為をしたことはなく、本件解雇は無効である。

5  ところが、被告は、本件解雇の行われた昭和五七年八月一七日以降、原告の就労を拒み、同月一八日以降の賃金を支払わない。

6  原告の昭和五七年八月一七日当時の賃金額は、月額平均金一五万五三二六円であった。

7  よって、原告は、被告との雇用契約上の権利に基づき、被告との間において、本件解雇が無効であることの確認及び被告に対し、昭和五七年八月一八日以降の賃金として、毎月金一五万五三二六円の割合による金員の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の事実は認める。

2  同4は争う。

3  同5の事実は認める。

4  同6の事実は不知。

三  抗弁

1  就業規則第四五条による懲戒解雇

(一) 被告の就業規則(以下「規則」という。)第四五条第四号は、不都合な行為をしたとき、被告は、当該職員を懲戒に付す旨を規定し、同第四六条は懲戒の種類として訓戒、譴責、減給、出勤停止及び懲戒解雇を定めている。

(二) 原告は、昭和五七年六月一五日午後二時ころ、糸満市字阿波根五六七番所在の被告が設営する精神薄弱児収容施設である「そよかぜ寮」の風呂場において、被収容児童の甲野一郎(当時一四歳、以下「甲野」という。)に対し、右手拳で同人の右眼窩下部を一回殴打し、もって、同人に対し加療約一週間を要する顔面挫傷の傷害を負わせた(以下「本件殴打行為」という。)。

(三) 被告は、これまで職員に対し体罰の禁止を指示してきており、本件殴打行為の直前にも、職員に対して、右趣旨を周知徹底させていた。

(四) 本件殴打行為は、反則行為により宿直室で正座を命ぜられていたはずの甲野がシャワーを浴びているのを発見した原告が、命令に従わずに迷惑をかける甲野に対して憤慨し、身体の枢要部である顔面に対してなしたもので、一週間の加療を要する顔面挫傷の結果を生ぜしめている。そのうえ、原告は、あらかじめ甲野に対し、具体的にその行為を説諭するなどの指導をすることなく本件殴打行為に及んでおり、事後に指導記録簿である「ケース記録」にも本件殴打行為について記載をしていなかった。

(五) 更に、原告は、本件殴打行為直後には自ら殴打した事実を否定しており、また、被害者やその保護者に対して謝罪する意思も有しておらず、被告が懲罰委員会及び被告理事長代理において、重ねて原告の改悛の情について調査した結果からも、原告には本件殴打行為についての反省の情を窺うことはできず、かえって反抗的態度が認められた。

(六) よって、原告の本件殴打行為は規則第一九条の業務に誠実に従事する義務に違反し、その結果、被告の信用、名誉を傷つけて規則第二一条にも違反しているので、被告は、諸事情を勘案のうえ、同第四五条第四号、第四六条第五号に基づき原告を懲戒解雇に付したものである。

2  規則第一五条による解雇

(一) 規則第一五条第一項第五号は、職員が懲戒処分を三回以上受け、かつ改悛の見込みがないとき、被告は、三〇日前に解雇の予告をするか、平均賃金の三〇日分を支給したうえで、当該職員を解雇することができる旨定めている。

(二) 原告は、過去に昭和五二年七月五日及び同五七年四月二八日にいずれも譴責の懲戒処分に付せられている。

従って、原告は、本件殴打行為による懲戒処分により、規則第一五条第一項第五号にいう三回以上懲戒処分に付された者に該当するうえ、前記1(五)記載のとおり原告には改悛の見込みがないと判断されたので、被告は、規則第一五条第一項第五号に基づき、原告に対し、平均賃金の三〇日分を支給して、原告を解雇した。

なお、右規則第一五条第一項第五号は、被告法人運営の立場から、職員の不適格性と被告法人の業務遂行上の必要性を解雇事由として定めているところ、職員の不適格性とそのために生じる被告法人の業務遂行上の支障を判断するためには、現在効力を有している懲戒処分だけでなく、撤回されて現に効力を持たない懲戒処分も考慮の対象になるということができる。そうであると、原告は、前記二回の懲戒処分の他に、昭和五三年一二月一七日に譴責、同五五年一月二三日に出勤停止一〇日間、同年六月一九日に譴責の各懲戒処分に付せられているから、規則第一五条第一項第五号に該当するというべきである。

四  抗弁に対する認否及び原告の主張

1  抗弁1(一)及び(二)の事実は認める。

2  同1(三)及び(四)の事実は否認する。

本件殴打行為は、一連の指導業務を誠実に遂行してゆく過程において生起した偶発的事故である。

3  同1(五)の事実のうち、懲罰委員会及び被告理事長代理による事情聴取があったことは認める。但し、これらはいずれも、原告を処分することを前提に、形式的に手続を履践したものにすぎない。その余の事実は否認する。

4  同2(一)の事実は認める。

5  同2(二)の事実は否認する。

被告は、昭和五七年四月二八日、原告との示談により、原告に対する昭和五三年一二月一四日付の譴責処分、同五五年二月一日付の出勤停止処分、及び同年六月一九日付の譴責処分をいずれも撤回した。

五  再抗弁

1  不当労働行為

原告は、昭和五三年三月二六日に被告従業員で組織する労働組合である袋中園労働組合が結成されて以後、同組合の委員長を務め、労働条件の改善を図る同組合の活動において、中心的役割を果たしてきた。

しかるに、被告は、右組合の存在を嫌悪し、組合員に対して、組合加入の理由を問い質し、原告及び他の同組合役員に対しても、退職勧誘、給与についての不利益な取扱をした上、規則を改定して、懲戒規定を強化し、原告を、その理由がないのに、昭和五三年一二月一四日付譴責、同五五年二月一日付出勤停止、同年六月一九日付譴責の各懲戒処分に付し、更に、本件殴打行為を、必要以上に過大に取り上げようとしている。右事実からするならば、本件解雇は、原告が、組合に加入し、同組合の労働条件改善を求める等の正当な行為において、中心的役割を果たしていることの故をもってなされた不当労働行為というべきで無効である。

2  懲戒解雇権の濫用

仮に、本件殴打行為が懲戒事由に該当するとしても、以下の事情を考慮するなら、被告が、懲戒解雇処分を選択するのは、裁量の範囲を超えた懲戒解雇権の濫用であり、本件解雇は無効である。

(一) 本件殴打行為は、甲野が通学先の学校から行方不明になる騒ぎを起こした後、その行為を反省させるために正座させられていたところ、更に、そこから抜け出してシャワーを浴びていたことから重なる行為に対して反省を促すために、教育上の配慮から行われたものであり、また、顔面に対する殴打となったのは、原告が頭部に手拳を加えようとしたのを甲野が身を避けようとしたためである。更に、甲野は、受傷について特別の治療行為を要することなく、通常の生活に復し、障害児のオリンピックで元気に聖火リレーにも出場している。

また、甲野の保護者も、原告の教育的見地からの本件殴打行為を理解し、原告を宥恕しているのであって、本件殴打行為のため原告と収容児及びその保護者との間の信頼関係が損われたことはなく、被告の名誉、信用に与える影響も最小限にとどまった。

(二) 本件殴打行為発生時まで、被告職員らがした収容児に対する多数の体罰事例が存在したにもかかわらず、これらは放任されたままであり、懲戒処分の対象とされるどころか、注意さえされていなかった。特に、山本牧生及び瀬戸口弘訓は、被告の管理職の地位にありながら、収容児に対して体罰を加えていたにもかかわらず懲戒処分を受けていないことと比較すると、本件解雇は不均衡というべきである。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1の事実のうち、袋中園労働組合の設立及び原告が右組合で占める役割については不知、その余の事実は否認する。

被告が原告に対してした定期昇給停止及び懲戒の各処分はいずれも理由があり、被告は原告が右組合に加入し、組合活動したことの故をもって本件解雇をしたのではない。

2  再抗弁2の事実のうち、本件殴打行為の動機、態様、傷害の結果について治療を要しなかったことは否認する。本件解雇が懲戒解雇権の濫用であるとの主張は争う。

山本牧生及び瀬戸口弘訓については、本件解雇後に、同人らが行った体罰事件が明らかとなったので、いずれも責任をとって退職している。

第三証拠

証拠関係は本件記録中の書証目録、証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  被告が、原告主張のとおりの社会福祉法人で、原告が、昭和五二年四月一日以来被告に雇用され指導員として勤務していたところ、同五七年八月一七日付で原告主張のとおりの理由で懲戒解雇処分に付されたことは当事者間に争いがない。

二  懲戒事由について

1  原告が、被告主張のとおり、本件殴打行為により、甲野に対して加療約一週間を要する顔面挫傷の傷害を負わせたことは、当事者間に争いがない。

2  そこで、本件殴打行為に至る経緯について検討するに、(証拠略)を総合すると、以下の事実が認められる。

(一)  甲野は、知能指数がIQ四三の精神薄弱児で、動きが多く静止がきかない特徴を有し、義務教育年齢時であるので中学校に通学していたが、登下校時には、通学路をそれて付近を徘徊するなどかなり問題行動を起こす児童であった。

(二)  原告は、昭和五七年六月一五日午後一時ごろ、甲野の通学していた中学校から、被告袋中園(以下「園」という。)に対し、同人が登校していない旨の連絡があったため、指導員の嵩西正明と共に学校周辺及び糸満市内を捜したが、甲野を発見できないまま一旦帰園した。その後、通報により甲野の所在が判明し、他の職員が甲野を園に連れ戻して宿直室で罰として正座させていたので、原告は、甲野を諭したうえで職員研修に参加したが、再び、甲野の所在がわからなくなった旨の知らせを受け、園内を捜したところ、風呂場でシャワーを浴びている甲野を発見した。原告は、叱られて罰を受けているはずの甲野が、のんびりシャワーを浴びているのを見るに至って憤慨し、「叱られていることが分からないのか」と言って、右手拳で同人の頭部を殴打しようとしたが同人がよけたので、右眼窩下部を一回殴打する結果になった。その後、原告は、甲野に対し、直ちに着衣をしたうえ元の場所に戻って正座を続けるように指示した。

3  ところで、精神薄弱者の保護収容施設における指導員と収容児とのかかわりあいについては、施設の秩序維持の観点から決せられるものではなく、また、一般の教育現場における教育者と児童又は生徒との関係とも異なり、全人格的つながりを保ちながら、収容児の保護、教育に援助する特殊な配慮を必要とするものであるから収容児に対する言語による指導が功を奏さないことが多いからといって、体罰を加えて矯正をはかることが指導上許容された範囲の行為であると速断することはできない。

そこで、本件殴打行為についてみるに、前記認定のとおり、原告が体罰をもって禁止しようとしたのは、徘徊癖のある児童の勝手気ままな行動であったのに、加療約一週間を要する傷害を負わせる結果になったことに徴すると、本件殴打行為は、収容児に対する保護、教育の手段、方法として許容される範囲を逸脱した行為であると言わねばならない。

そうすると本件殴打行為をもって規則第四五条第四号にいう「不都合な行為」に該当するものとして、懲戒事由にあたると判断することが、不合理ということはできない。

三  懲戒解雇権の濫用について

1  規則第四五条は懲戒事由を、同第四六条は、訓戒、譴責、減給、出勤停止、懲戒解雇の五段階の懲戒の種類を定めていることは、当事者間に争いがないところ、懲戒事由該当行為につき、いかなる種類の処分を選択するかの判断は、原則として使用者の自由裁量に属するが、全面的にその恣意に委ねているものではなく、行為の動機、態様、被害の程度、使用者に及ぼした影響、他の同種事案についての処理等の諸般の事情に照らして、合理的、客観的な範囲に制限されるのであって、右範囲を逸脱し、より軽い処分を選択すべきであるのに、より重い懲戒解雇処分に付したような場合には、右解雇は解雇権の濫用として無効になると解される。

2  そこで、被告による本件解雇の選択が、右裁量権の範囲内にあるかどうかを検討するに、(証拠略)によれば、以下の事実が認められる。

(一)  教育指導上の観点から、園では、指導員らが収容児に対し手拳又は平手で打ち、尻を叩く等の体罰を加えることが、少なからず行われていたにもかかわらず、被告が、収容児に対する体罰を理由に職員を懲戒処分に付したのは、懲戒解雇はもとより、より軽い訓戒、譴責、減給、出勤停止の例もなく、本件解雇が最初であった。

園の福祉部長であった瀬戸口弘訓及び保健部長であった山本牧生は、他の体罰事件によって、結局は退職しているものの、右は、瀬戸口弘訓については、昭和五六年七月及び昭和五七年七月の体罰行為を理由に、山本牧生については、昭和五三年の体罰行為を理由に、原告に対する本件解雇につき原告が地位保全の仮処分を申請して本件解雇の効力を争っている審理の途中である昭和五八年三月一〇日に、右両名から進退伺が提出され、更に右審理中の同年六月山本牧生から退職願が提出されたため、それに応じてのことであった。右両名は、いずれも懲戒処分に付せられていない。

(二)  被告は、園の指導方針として、体罰の禁止を打ち出してはいたが、本件殴打行為前には、昭和五七年六月七日の管理委員会や同月一一日の主任会議で職員に対する伝達事項として取り上げられたにすぎず、体罰の禁止を具体的なものとして職員に周知徹底したのは、本件殴打行為後に各職員に対して体罰禁止についての書面を配布し、その基準について討議の上、手直しを加え、同年七月二〇日に「指導上の矯正について」と題する指導要領にまとめ、各職員に配布してからである。

(三)  原告は、本件殴打行為直後、瀬戸口弘訓から甲野の右顔面の傷害について問われた際に、自分が殴打したことを告げ、当日、甲野の母が、甲野の所在がわからないのを案じて園を訪れたのに対しても本件殴打行為の経緯を説明して謝罪し、その場で甲野の母から「甲野が悪い事をしたのだから気にしないで下さい」との宥恕を得ている。その後、本件殴打行為が、瀬戸口弘訓や甲野の保護者らによって取り沙汰されたことはなく、右行為により原告と甲野及び同人の保護者との間において、従来の信頼関係が揺るぐこともなかった。

(四)  甲野は、本件殴打行為により傷害を受けたものの、特別の治療行為を必要とすることなく、通常の生活を営み、その五日後には、元気に障害児のオリンピックに出場して、聖火ランナーの役を果たしている。

(五)  原告は、本件殴打行為後、昭和五七年六月二一日に園の施設長である山本有綱から福祉部長である瀬戸口弘訓を介して、顛末書の提出を命じられたが、これを拒み、山本有綱に面談して、事案経過の説明を拒むとともに、懲戒処分を前提にした顛末書の提出要求は不当労働行為である旨を主張したが、その翌日に顔末書を提出している。被告は、同年七月三日懲罰委員会で原告から事情を聴取したうえ、同月六日理事長代理が原告から事情聴取をし、理事小委員会の懲戒解雇処分相当との答申に基づいて、原告を懲戒解雇処分に付した。

3  右認定の各事実及び前記認定の本件殴打行為に至る経緯を総合して、本件解雇が被告の裁量の範囲を逸脱したものであるか否かにつき検討する。

原告の本件殴打行為は、その態様、結果に加え、原告が精神薄弱児に対する指導員の立場にあったことをも考慮すると、決っして軽視されるべきものではない。

しかしながら、原告は、持前の徘徊癖から度重ねて規律に違反する甲野に対して、口頭による説諭をしながら、本件殴打行為に及んでおり、その心中には憤慨の情があったにしても、甲野に対する規律指導の目的もあったことが明らかである。甲野の母は、原告の真意を知り、これを宥恕しているうえ、原告は、本件殴打行為をその直後に福祉部長である瀬戸口弘訓に対し明らかにし、甲野の母に対して謝罪しているなど、その反省の態度を窺うこともでき、本件殴打行為後、原告は、甲野及びその保護者との信頼関係も損なうことがなかった。

確かに本件殴打行為により顔面挫傷の結果は生じているが、甲野は、特別の治療を受けることなく、通常の生活を続けており、これまで体罰事案に対して、懲戒処分がなされていないことに照らすと、原告に対する懲戒解雇は著しく均衡を失するということができる。

山本牧生及び瀬戸口弘訓が、体罰行為を理由に、結局退職するに至っているとしても、右両名は懲戒処分に付せられたわけでもなく、体罰行為と退職の時期に照らすと、体罰に対する処分としてなされたというより、原告に対する本件解雇との均衡を計りこれを正当化するためのものと推認できるのであるから、右退職例をもって、本件解雇が相当であることの理由とすることはできない。

なお、原告は、施設長である山本有綱から顛末書の提出を求められ、園の担当者らから事情聴取を受けた際、誠実に応対することなく改悛の情を窺わせるような態度をとらなかったことが認められ、その姿勢には芳しくない一面もあるが、右は、原告が園当局から一方的に懲戒処分されることを警戒したためであると認められるからそのことをもって原告が本件殴打行為を反省していないということはできない。

以上の観点に立って考慮するならば、本件殴打行為には情状酌量すべき点も少なくなく、被告が、原告を、他のより軽い懲戒処分に付するのはともかく、最も重い懲戒解雇処分に付して、同人から反省や再起の機会を奪い、生活の基盤を揺るがす結果まで受忍させるのは、苛酷に過ぎるというべきであって、本件解雇は、被告の裁量の範囲を逸脱した不相当なものと認められる。

四  規則第一五条第一項第五号による解雇について

被告主張の原告に対する昭和五二年七月五日付及び同五七年四月二八日付の懲戒処分については、(証拠判断略)、他に、これらの存在を認めるに足る証拠はない。更に、被告は、その余の原告に対する過去三回の懲戒処分を主張するが、成立に争いのない(証拠略)によれば、右各懲戒処分は、被告が昭和五七年四月二八日の原告との示談により撤回していることが認められるので規則第一五条第一項第五号の適用について、撤回済みの右各懲戒処分を考慮することはできない。右の点に関する被告の主張は採用できない。

なお、被告は、三〇日分の平均賃金を支給して原告を解雇した旨主張するが、本件全証拠によるも、被告が原告に対し、三〇日分の平均賃金を支給したうえで解雇したことを認めるに足りない。

したがって、いずれにしても、本件解雇が規則第一五条第一項第五号により有効であると解することはできない。

五  以上のとおり、本件解雇は、情状の判定を誤り被告の裁量権の範囲を逸脱したものであって懲戒権の濫用に該当し、又就業規則の適用を誤ったものであって、無効であると認められるから原告は、引き続き被告の従業員であるというべきである。

六  賃金 成立に争いのない(証拠略)によれば、本件解雇当時、原告は、毎月月額平均金一五万五三二六円の賃金の支払を受けていたことが認められる。

被告は、昭和五七年八月一八日以降、本件解雇を理由に、原告の就労を拒否していることは当事者間に争いがないから、被告は、原告に対し、昭和五七年八月一八日以降、毎月末日限り金一五万五三二六円の割合による給与を支払うべき義務がある。

七  結論

よって、原告の請求はすべて理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担については民訴法八九条を、仮執行の宣言については、同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 比嘉正幸 裁判官 山口雅髙 裁判官 後藤眞理子)

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