那覇地方裁判所沖縄支部 平成12年(ワ)92号 判決 2005年2月17日
原告 X1 ほか5540名
被告 国
主文
1 原告らの請求のうち、航空機の離発着等の差止め及び航空機騒音の到達の差止めを求める請求をいずれも棄却する。
2 原告らの請求のうち、被告にアメリカ合衆国との間で外交交渉をする義務があることの確認を求める訴えをいずれも却下する。
3 原告らの請求のうち、平成16年7月2日(本件口頭弁論終結の日の翌日)以降に生じるとする将来の賠償を求める請求をいずれも却下する。
4 被告は、「賠償額一覧表」(<略>)記載の原告らに対し、それぞれ次の(1)ないし(3)各記載の金員を支払え。
(1) 「損害賠償額(合計)」欄記載の各金員。
(2) 「A期間慰藉料額」欄記載の各金員に対する、それぞれ平成12年7月18日から支払済みまで年5分の割合による金員。
(3) 「期間種別」欄にBと記載された各期間に対応する「B期間基本慰藉料額」欄記載の各月額に対する、それぞれ発生する月の翌月1日から支払済みまで年5分の割合による金員。
5 原告らの平成16年7月1日までに生じたとする損害の賠償請求につき、第3項記載の原告らのその余の請求及びその余の原告らの請求をいずれも棄却する。
6 訴訟費用は、主文第4項記載の原告らに生じた費用及び被告に生じた費用の5541分の3881については、これを2分し、その2分の1を主文第4項記載の原告らの、その余を被告の負担とし、その余の原告らに生じた費用及び被告に生じた費用のうち5541分の1660については、全部その余の原告らの負担とする。
7 この判決は、本判決が被告に送達された日から14日を経過したときは、主文第4項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1章 当事者の求めた裁判
第1請求の趣旨
1 被告は、原告らのために
(1) (主位的請求)
アメリカ合衆国をして、
ア 嘉手納飛行場において、毎日午後7時から翌日午前7時までの間、一切の航空機を離発着させてはならず、かつ、原告らの居住地において55ホンを超える騒音となるエンジンテスト音、航空機騒音等を発する行為をさせてはならない。
イ 嘉手納飛行場の使用により、毎日午前7時から同日午後7時までの間、原告らの居住地内に65ホンを超える一切の航空機騒音を到達させてはならない。
(2) (予備的請求)
地位協定18条5項の処理として、アメリカ合衆国に対する前項記載の請求を実現させるために、地位協定25条1項に基づき設置された合同委員会において、アメリカ合衆国と外交交渉をする義務があることを確認する。
2 被告は、
(1) 別紙原告目録<略>の旧原告欄に1を付した各原告に対し、80万5000円及びこれに対する平成12年7月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 別紙原告目録<略>の旧原告欄に0を付した各原告に対し、金115万円及びこれに対する平成12年7月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は、原告らに対し、平成12年7月から前記1(1)ア及びイ記載の各行為がなくなるまでの間、当該月末限り1か月当たり3万4500円及びこれに対する当該月の翌月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2請求の趣旨に対する答弁
1 請求の趣旨3のうち、将来の請求に係る訴えをいずれも却下し、その余の請求をいずれも棄却する。
2 請求の趣旨1(2)記載の訴えについて
(本案前の答弁)
同訴えをいずれも却下する。
(本案の答弁)
原告らの上記請求をいずれも棄却する。
3 請求の趣旨1(1)及び2各記載の請求をいずれも棄却する。
第2章 事案の概要
第1事案の概要
本件は、嘉手納飛行場(以下「本件飛行場」という。)周辺に居住する住民らが、本件飛行場を安保条約及び地位協定によってアメリカ合衆国軍隊(以下「米軍」という。)に提供している被告に対し、航空機騒音による被害を主たる理由として、人格権、環境権及び平和的生存権に基づき、<1>主位的に、夜間(午後7時から翌日午前7時までの間)における航空機の離発着等の差止め及び昼間(午前7時から同日午後7時までの間)における原告らの居住地内への65ホンを超える航空機騒音の到達の差止め(以下、まとめて「本件差止請求」ということがある。)を求めるとともに、<2>本件差止請求の予備的請求として、本件飛行場における飛行の差止め等を実現させるために、日米合同委員会において、アメリカ合衆国と外交交渉をすべき義務があることの確認を求め(以下「本件外交交渉義務確認請求」という。)、更に、<3>民事特別法1条、2条、国賠法1条、2条に基づき、過去及び将来における騒音等による精神的苦痛に対する各損害賠償(以下、まとめて「本件損害賠償請求」ということがある。)並びに本件不法行為後の日である各請求の趣旨記載の日以降の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
第2前提となる事実
以下の事実については、当事者間に争いがないか又は証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認めることができる。
1 本件飛行場の概要
(1) 本件飛行場の現況
本件飛行場は、那覇市から北に約20キロメートルの沖縄本島中部に位置し、沖縄市、嘉手納町、北谷町の3市町村にまたがり(ただし、那覇市所在の航空自衛隊那覇基地内にも、本件飛行場管轄の施設が一部存在する。)、別紙「FAC6037嘉手納飛行場の概要」(<略>)記載のとおりの区域から成る、総面積約1995万平方メートルの広大な米軍基地である。本件飛行場には、その北側部分に、長さ約3700メートル、幅約90メートルの滑走路(これに接続して西に約300メートルのオーバーラン部分が設けられている。)とその南側に位置する長さ約3700メートル、幅約60メートルの滑走路(これに接続して東西にそれぞれ約300メートルのオーバーラン部分か設けられている。)、これに付属する誘導路、格納庫、整備施設等があり、南側部分には、司令部、兵舎、通信施設、住宅、学校、診療所等の施設が存在する。
(2) 本件飛行場の設置、管理の経緯
ア 本件飛行場は、旧日本陸軍が昭和18年9月に建設を開始し、昭和19年9月に中飛行場として開設したものである。当時の飛行場の規模は、長さ約1000メートルの滑走路1本を有するものであった。しかし、昭和20年4月に沖縄本島に上陸した米軍がこれを占領し、整備、拡張して使用するようになった。
イ 戦後、沖縄県は、昭和21年1月29日付け連合国最高司令官総司令部の「若干の外郭地域を政治上、行政上日本から分離することに関する覚書」によって、本土から政治上、行政上分離され、更に、昭和27年4月28日発効の「日本国との平和条約」3条によって、アメリカ合衆国の施政下に置かれることになり、このような経過で、本件飛行場も同国が管理することになった。
ウ 沖縄は、昭和47年5月15日、同日発効の「琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定」によって我が国に復帰した。
これに先立ち、被告は、「沖縄における公用地等の暫定使用に関する法律(昭和46年法律第132号)」(なお、後に、「沖縄県の区域内における位置境界不明地の各筆の土地の位置境界の明確化等に関する特別措置法(昭和52年法律第140号)」付則6項によって、使用期間を、前記法律の施行の日から起算して5年を超えない期間から10年を超えない期間と改める旨改正された。)により本件飛行場の使用権原を取得した上、本土復帰に伴い、本件飛行場を安保条約6条及び地位協定2条1項による施設及び区域としてアメリカ合衆国に提供し、同国が地位協定3条1項に基づき、運営、管理し、航空機の運航等に使用するようになった。本件飛行場は、上記提供の際、旧「嘉手納飛行場」、「キャンプ・サンソネ」及び「陸軍住宅地区」が統合され、現在の「FAC―6037嘉手納飛行場」となっている。
なお、現在、被告は、本件飛行場のうち、国有地となっている部分以外の土地について、それらの土地を所有している県、市町村及び私人らと賃貸借契約を締結するか、又は、「日本国とアメリカ合衆国の間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法(昭和27年法律第140号)」に基づき、それらの土地の使用権原を取得し、アメリカ合衆国に提供している。
(3) 本件飛行場の基地機能の変遷
ア 本件飛行場は、昭和20年4月の米軍占領後、第316爆撃飛行隊が使用するようになったが、昭和25年6月の朝鮮戦争の勃発に伴い、グアム島のアンダーソン基地から第19爆撃飛行群、フロリダ州のマクディル基地から第307飛行群がそれぞれ本件飛行場に移動し、昭和28年7月の朝鮮戦争休戦協定まで、同戦争のための爆撃部隊の基地として使用された。
イ その後、昭和29年11月には、第18戦闘爆撃航空団(後の第18戦術戦闘航空師団)が韓国から本件飛行場に移動してきた。
昭和30年、沖縄の空軍部隊を統括していた第20空軍に代わり、第313航空師団が編成された。その主力は、前記第18戦術戦闘航空師団である。
ウ 本件飛行場は、逐次基地機能が拡大強化され、昭和42年5月ころには2本の滑走路が完成し、ベトナム戦争当時は、出撃、補給中継基地として重要な役割を果たした。昭和43年から昭和45年にかけてはB―52戦略爆撃機が常駐している。また、昭和45年には、空中給油等を行う第376戦略航空団も本件飛行場を使用するようになった。
エ 昭和54年から昭和56年にかけて、それまでの主力戦闘機F―4ファントム戦闘機に代わり、F―15イーグル戦闘機が配備され、昭和55年には、E―3空中早期警戒管制機が配備された。
オ 平成3年には、フィリピンのクラーク空軍基地の閉鎖に伴い、第353特殊作戦航空団と航空機C―130並びに輸送空軍と航空機C―12が、本件飛行場に移動してきている。
カ 現在は、横田基地にある第5空軍の麾下にある第18航空団(平成3年10月、第313航空師団と第376戦略航空団が統合され、第18航空団となった。)が管理し、F―15イーグル戦闘機、KC―135空中給油機、E―3空中早期警戒管制機、P―3C対潜哨戒機、HC―130救難輸送機及びHH―3救難ヘリコプターなど多数の航空機が常駐し、戦闘支援、空中給油、偵察、航空管制、通信、救難、物資及び旅客の輸送等を主たる任務として、空軍を中心に海軍及び海兵隊等が共同使用する、米軍の東アジア地域における重要基地となっている。
2 旧訴訟の提起及び判決
本件飛行場の周辺に居住する住民907名は、国に対し、航空機騒音による被害を主たる理由として、夜間における航空機の離発着等の差止め等を求める訴訟を当裁判所に提起し(旧訴訟)、同裁判所は、平成6年2月24日、将来分の損害賠償を求める請求を却下するとともに、離発着等の差止めを求める請求を棄却し、他方、生活環境整備法の区域指定におけるW値80以上の地域に居住し又は居住していた住民について、その被った被害が受忍限度を超えると判断し、この限度で損害賠償を認める旨の判決をした。また、福岡高等裁判所那覇支部は、平成10年5月22日、受忍限度を環境基準における類型Iの地域(主として住居の用に供される地域)においてはW値75以上、類型II地域(類型Iの地域以外の地域であって、通常の生活を保全する必要のある地域)においてはW値80以上と判断してその限度で過去の損害賠償を認める旨の判決をし、同判決は確定した。
3 原告らの居住関係等
原告らの居住関係、すなわち、居住地、居住開始及び終了時期、居住地に係る生活環境整備法上の区域指定におけるW値などの詳細は、別紙「全原告の住居移転歴、各住居地のW値及び各原告につき被告が実施した住宅防音工事施工実績等表」(<略>)記載のとおりである(弁論の全趣旨)。
なお、以上の居住関係のうち、原告らが前記居住地に居住している期間について争いがある原告ら(原告X1(1―90)、X2(1―782)、X3(4―1020)及びX4(3―1788)の4名については、後記「居住期間等に争いのある原告らに対する判断」(第10の2(2))において個別的に判断する。
第3当事者の主張の要旨
当事者の主張は、別紙「原告ら最終準備書面」(<略>)及び「被告最終準備書面」(<略>)各記載のとおりであるから、その要旨は、次のとおりである。
1 原告らの主張の要旨
(1) 侵害行為
ア 航空機騒音
米軍は、第二次世界大戦終了後、今日に至るまで本件飛行場を継続して使用してきたが、この間、原告らを含む本件飛行場周辺住民は、航空機の離発着や飛行演習等によってもたらされる激しい騒音に日夜曝されてきた。この騒音は、航空機が離発着する際に発生するものだけではなく、タッチアンドゴー演習やフライト・パス演習の際に発生するものもある。そして、昼夜を問わず駐機場等で行われる航空機のエンジンテストによって発生する騒音や、航空機の移動及び飛行前のエンジン調整によって発生する騒音等の地上音も含まれている。
その結果、北谷町砂辺や嘉手納町屋良といった嘉手納基地に近接する地域では、60ホンを超える騒音が1日に数時間も持続し、90ホンを超える騒音も1日に数十回以上発生し、時には120ホン以上にも達するという激しい騒音に曝されている。更に、日中のみならず夜間や早朝の騒音発生回数も異常に多く、原告らの快適な安眠等が妨げられている。
こうした原告らの騒音被害の実態については、騒音コンター図(等音線図)に依拠して認定するのが、これまでの航空機騒音訴訟において確立した手法である。本件においても、被告は、生活環境整備法に基づいて騒音激甚区域の指定告示を行っており、その前提として、騒音コンター図(等音線図)を作成しているから、このコンター図によって、原告らの騒音曝露状況を認めるべきである。
そして、旧訴訟の控訴審判決においては、沖縄県による騒音測定記録や市町村による騒音測定記録等を具体的に検討し、本件飛行場周辺住民の騒音曝露の実態について、生活環境整備法上の前記区域指定においてW値90とされた北谷町砂辺公民館では、相当激しい騒音が発生している、W値90とされた嘉手納町屋良では、かなり激しい騒音が発生している、W値85とされた各地点についても、以上の地点ほどではないにしても、その騒音曝露の程度はかなり激しいものがある、W値80とされた各地点についても、区域指定におけるW値85以上とされた地点より更に低いとはいえ、地点や年度によっては、それにさほど劣らない程度の騒音が発生しているものとみることができる、W値75とされた各地点についても、W値80以上とされた地点よりも更に低いとはいえ、少なからざる騒音が発生している旨認定している。このように、昭和50年代以降の騒音曝露量は、旧訴訟の控訴審判決も認めるように、ほぼ横ばいの状態で推移してきており、旧訴訟の控訴審判決以降も騒音曝露量は減少しておらず、原告らは、現在も激しい航空機騒音に曝されている。
被告は、本件飛行場周辺の騒音曝露豊は減少していると主張するが、沖縄県および嘉手納飛行場周辺自治体による平成14年度までの騒音測定結果によれば、15測定地点のいずれにおいても、最大レベル、騒音発生回数、累積騒音継続時間、平均騒音レベルなど騒音曝露指標のすべてにわたって、平成9年以降に騒音曝露の減少傾向は認められず、しかも、平成15年度においても平成14年度と遜色のない騒音が発生しているのであるから、原告らが曝されている騒音は軽減されておらず、今後も減少するとの兆候は認められない。
イ 航空機の墜落等の危険
本件飛行場に配備された航空機の墜落事故や飛行中の航空機からの落下物による事故が多発している。すなわち、昭和34年には、石川市の宮森小学校にジェット戦闘機が墜落し、授業中の児童11名を含む住民17名が死亡し、多数の児童や住民が負傷した事故、昭和36年には具志川村(当時)の住宅にジェット戦闘機が墜落し、死者2名、負傷者4名の犠牲者を出した事故、昭和40年にはパラシュート投下訓練中にトレーラーが落下し、少女が圧死した事故、昭和43年には本件飛行場におけるB52戦略爆撃機の爆発炎上事故など、住民を巻き込んだ事故が多発している。更に、昭和47年5月の本土復帰後においても、平成10年12月末までの間、実に131件もの墜落等の航空機事故が報告されており、これらの墜落等の事故は、原告らを含む沖縄県民の記憶に今もなお消えることのない恐怖感を植え付けている。原告ら本件飛行場周辺住民は、このような墜落事故等の危険に昼夜を問わず曝されており、そのことが、航空機の騒音に対する不安感や嫌悪感を増幅させる一因となっている。
ウ 排気ガス、振動等の侵害
航空機の飛行やエンジン調整等の際には大量の排気ガスがまき散らされる。また、航空機の飛行は、原告らの居住家屋に強い振動を与えている。
エ 基地汚染などその他の基地公害と騒音への影響
そのほかにも、本件飛行場の使用に伴うPCB汚染、山火事など様々な基地公害が生じている。また、米軍人による犯罪が多発して本件飛行場の周辺住民に不安を与えている。原告ら沖縄本島の中部地域住民は、本件飛行場を含む多数の米軍施設の存在によって様々な迷惑を被っており、これらによる被害感情が本件航空機騒音等による不快感、嫌悪感を一層増大させている。
(2) 被害
ア はじめに
原告らの居住する本件飛行場周辺には、本件飛行場をはじめとする広大な米軍基地が存在し、原告ら本件飛行場周辺住民は、残された狭隘な土地にひしめき合うように居住している。また、基地が存在するために地域開発も阻害され、そのことだけでも劣悪な住環境の下での生活を余儀なくされている。その上、本件飛行場を離発着する航空機による騒音や、航空機の墜落の危険等によって、原告ら本件飛行場周辺住民は一層劣悪な環境の下での生活を強いられている。これらにより、原告らは、甚大な身体的、精神的被害あるいは日常生活全般にわたる生活妨害など深刻かつ多様な被害を被っており、快適な環境で人間として平和かつ文化的な生活を営む権利(人格権、環境権、平和的生存権)が著しく侵害されている。
そして、本件飛行場周辺住民の健康被害等については、いくつかの調査がなされているが、その最大かつ詳細なものが、沖縄県が実施した健康影響調査である。すなわち、沖縄県は、財団法人沖縄県公衆衛生協会(以下「沖縄県公衆衛生協会」という。)に委託して、平成7年度から平成10年度の4か年にわたり、本件飛行場や普天間飛行場周辺の航空機騒音が住民に与える身体的、精神的影響の調査を実施した。沖縄県から上記調査の委託を受けた沖縄県公衆衛生協会は、D大学名誉教授E(以下「E教授」という。)を会長とする「航空機騒音健康影響調査研究委員会」(以下「研究委員会」という。)を設置し、THI(東大式自記健康影響調査)等のアンケート調査、聴力影響調査等の調査を実施した(以下、これらの調査を総称して「沖縄県調査」という。)。
研究委員会の見解は、最終的に、平成11年3月に発行された「航空機騒音による健康への影響に関する調査報告書」(以下「99年調査報告書」という。)として明らかになった。そして、99年調査報告書は、次のとおり、航空機騒音による聴力損失者12名が検出されるなど、本件飛行場周辺の住民は、航空機騒音による健康被害をはじめとした各種の被害を被り、日常生活上の妨害を受けていることを報告している。
イ 聴力損失及び耳鳴り(身体的被害その1)
(ア) 聴力損失に関する沖縄県調査の内容及びその意義
航空機騒音が騒音性聴力損失を発生させるか否かについては、従来から肯定論と否定論が存在しているが、近年においては、航空機騒音が騒音性聴力損失を発生させることを肯定する研究報告が相次いでなされており、航空機騒音による聴力損失が見出されなかったとする報告は少ない。研究委員会は、このような議論状況を踏まえ、本件飛行場周辺に居住する者の中に、一見して明白な航空機騒音に起因する騒音性聴力損失者が検出されるか否かを検証することを目的として、北谷町砂辺区及び嘉手納町屋良区に居住する年齢25ないし69歳の男女2035名を対象とする聴力検診を実施した。
まず、研究委員会は、一次検診として、居住年数、既往歴、職業性等の騒音曝露歴などを含む問診と純音聴力検査(気導、5dBステップ)を各区の公民館で実施したところ、一次検診を受診した343名中、高音域に加齢を伴う聴力の低下を上回る聴力損失が認められ、既往歴や職業性の騒音曝露歴がない者が40名検出されたので、これらの者を二次検診の対象とした。次に、二次検診では、鼓膜の異常の有無をチェックした後、純音聴力検査(気導・骨導、1dBステップ)、SISI検査、ティンパノメトリ、オージオスキャン・オージオメトリの各検査を行い、その成績を、<1>鼓膜所見による所見がなく、ティンパノグラムがA型で、かつ純音聴力検査で気導骨導差が認められず、伝音性の障害が否定されること、<2>SISI検査によりリクルートメント現象が陽性で、後迷路性ではなく内耳性の障害であると推定されること、<3>純音聴力検査及びオージオスキャン・オージオメトリの結果、高周波域にdipあるいはdipから更に進行したと考えられる聴力損失が認められること、<4>問診により、聴力低下の原因となるような既往歴や職業性等の騒音曝露歴のないことが確認されることという4条件を満たすことを基本として総合的に評価した結果、航空機騒音に起因すると考えられる感音性聴力損失の症例を北谷町砂辺区で10例、嘉手納町屋良区で2例の合計12例確認した。
このように、集団における聴力レベルや耳の聞こえに関する自覚症状の割合を集団間で比較するにとどまらず、個々の被験者の聴力レベル測定、感音性・内耳性聴力損失の確認、多原因の排除といった個別的・具体的な症状及び個別的な因果関係まで踏み込んだ調査を行っていることが、前記聴力検査の大きな特徴である。また、聴力検査の目的が、一見して明白な航空機騒音に起因する騒音性聴力損失者の有無を確認することにその主眼があったことから、騒音性聴力損失の診断に当たっても、一般的な検査方法より更に精密な検査方法を用いるとともに、その診断に当たっても、労災認定における基準と比較しても、精密かつ厳格な検査手法及び判断基準を採用している。具体的には、<1>問診によって被験者の既往歴、耳毒性薬物の使用歴、騒音作業歴、音響関連の趣味・噂好を聞き取った上、問診において航空機騒音以外に聴力低下に影響を与えた可能性のある事項が判明した場合には、たとえオージオグラムにおいてc5-dipが認められる者でも除外する、<2>加齢の影響が疑われる症例を徹底的に検出対象者から除外するたや、一次検診の対象者は69歳までの住民とし、検出対象者をオージオグラムにおける聴力像がc5-dip型又は明らかにその進行型と考えられる者に限定し、オージオスキャンによってディップの有無及びその位置を確認し、特定するという厳密な手法を採用する、<3>オージオスキャンのみならず、顕微鏡下における鼓膜視診、ティンパノグラム、SISI検査という精密な検査方法を導入しているのであるから、前記聴力検査の信用性は明白である。
そして、これら12例の騒音性聴力損失と航空機騒音との間の因果関係についても、研究委員会は、<1>本件飛行場周辺における騒音性聴力損失の発症について地域集積性が認められるか否かについて、量反応関係の検定と地理的分布の検定という2つの観点から厳格な統計的分析を行ったところ、騒音性聴力損失を有する者とW値の区分との間には有意な量反応関係が認められ、かつ、騒音性聴力損失を有する者が航空機騒音のより激甚な飛行経路あるいはフェンスに近い位置に偏る地理的分布の傾向性が有意であるという結果が得られたこと、<2>沖縄県調査において、THI調査の中で、本来の質問項目とは別に「耳の聞こえ」に関する質問項目を追加して、聴力に関するアンケート調査を実施したところ、W値の区分と「耳の聞こえ」が悪いと回答した者との間に有意な量反応関係が認められ、W値の増大と聴力損失者の増加との間に有意な関連が認められたこと、<3>研究委員会がベトナム戦争当時の騒音測定資料を入手して推定した当時の騒音曝露の実態や、沖縄県が設置したモニタリングシステムによる測定結果によれば、北谷町砂辺や嘉手納町屋良は、ベトナム戦争当時はもとより、それ以後も、高レベルの航空機騒音に曝露され続けてきたのであり、このような騒音曝露の実態は、EPAの聴力保護基準、日本産業衛生協会(現在は日本産業衛生学会。以下「産衛協」という。)の許容濃度等委員会が定めた聴力保護基準、昭和46年の環境庁長官の「緊急対策指針」の警告する基準値を大きく上回っており、騒音性聴力損失を発生させるに十分であること、<4>一過性の聴力損失(NITTS)は永久性の聴力損失(NIPTS)の基礎となるというのが定説であるところ、ベトナム戦争時の北谷町砂辺における騒音曝露の実態や嘉手納町屋良における騒音曝露の実態に基づくNITTSの推定値は、NIPTSの存在を示すものであるし、北谷町砂辺におけるベトナム戦争時10年間における騒音曝露によるNIPTSの推定値、ベトナム戦争以降30年間における騒音曝露によるNIPTSの推定値、ベトナム戦争時10年間とベトナム戦争後30年間を併せた騒音曝露による推定値に照らすと、98パーセンタイルに当たる者、すなわち聴力受傷性の高い者は最大で27dBものNIPTSを生じることが推定されること、<5>前記聴力検査で検出された12名の騒音性聴力損失者は、他の騒音要因の排除という視点からも、騒音性あるいは航空機騒音起因性が厳格に判断された者であること、<6>12名の騒音性聴力損失者は、いずれも騒音の激甚地区に相当年数の居住歴を有することから、聴力検査で検出された騒音性聴力損失12症例の主要因は、本件飛行場を離発着する飛行機の航空機騒音曝露であると結論づけている。また、研究委員会は、アメリカ公衆衛生局長諮問委員会が「喫煙と健康」の検討に際して用いた判断条件、すなわち、関連の整合性、関連の特異性、関連の強固性、関連の一致性、関連の時間性という条件からしても、12症例の騒音性聴力損失者と航空機騒音には強い関連性が認められ、疫学的因果関係を肯定することができるとしている。
航空機騒音のような間欠騒音は、エネルギー量が等しければむしろ定常騒音よりも聴力にとって有害なのであり、また、航空機騒音による聴力損失の危険を示す疫学調査も存在するところである。上記の研究委員会の報告に加えて、これらの知見を加味すれば、本件飛行場の航空機騒音が12例の騒音性聴力損失を発症させたことについて高度の蓋然性をもって証明がなされたというべきであるから、本件飛行場の航空機騒音と12例の騒音性聴力損失との間には法的因果関係が認められる。
(イ) 航空機騒音による聴力損失発生の危険性についてのその他の知見
更に、本件飛行場を離発着する航空機騒音と上記12症例の騒音性聴力損失との間に因果関係を肯定する沖縄県調査の結論は、次のとおり、航空機騒音による聴力損失の危険性を示す各種の知見によっても補強されているというべきである。
a EPAの聴力保護基準
EPAは、環境騒音に関する聴力保護の基準値を、40年間、1日24時間、年間365日の騒音曝露という条件設定の下において、Leq(24)で70dBと定めている。この基準は、環境騒音によって住民の聴力に影響を与えることがあってはならないという理念に基づき、実質的に全ての住民を保護するという観点から、96%の人のNIPTSをテスト周波数4000Hzで5dB以内にとどめることを目標として設定されたものである。EPAが、環境騒音が間欠騒音であり、聴力への影響が職場騒音と比較して緩やかであるとしたことについては異論があるものの、間欠騒音である環境騒音によっても聴力損失が生じることは、一般的にも承認されているのである。
b 小松基地騒音についての疫学調査結果(F調査)
医師F(以下「F医師」という。)は、「騒音被害医学調査班」を構成し、本件飛行場と同様に航空機騒音による被害が続く小松基地周辺において、昭和58年9月1日から昭和62年10月31日までの間、自衛隊機の訓練飛行による周辺住民の騒音被害に関する調査及び検診を実施した。その結果、小松基地周辺の騒音曝露地域の住民は、難聴・耳鳴りの自覚症状を高率で訴えており、その中の約80%の者に30dB以上の聴力閾値の上昇(聴力損失)が認められたこと、非騒音地域住民に比べて聴力閾値の上昇の程度や頻度が統計学的にみて有意に高いこと、量的な評価をみても、六分法による平均純音聴力損失値が非騒音地域住民よりも有意に高いことが統計学的に認められ、騒音地域住民は非騒音地域住民に比べて、年齢、性別に関わりなく約6dBの平均純音聴力損失が認められることが明らかになった。
c 横田基地騒音についての疫学調査結果(H調査)
G大学名誉教授H(以下「H教授」という。)は、聴力検査によって、横田基地飛行コース直下の小学校の児童と対照校である小学校の児童の聴力損失の度合いを比較すると、飛行コース直下の小学校の方が平均値では1000Hzと8000Hzを除いて全周波数にわたって損失が大きく、c5dipを示す者が児童の2分の1から3分の1に及んでいることを明らかにした。また、H教授は、横田基地周辺地区に住む成人についても、対照地区と比べて聴力損失度が高いことも指摘している。
d 昭和46年環境庁長官告示
環境庁(当時、以下同じ。)は、昭和46年、「環境保全上緊急を要する航空機騒音対策指針」という勧告を発し、W値85以上の地域においては緊急に防音対策、音源対策を講じる必要があるとした。この対策指針におけるW値85という数値は、聴力損失に関するE教授の研究結果が大いに参考にされ、採用された数値であるから、実質的には国も承認した聴力損失の危険性を示す数値にはかならない。
e 間欠騒音の危険性
E教授らの研究結果によれば、間欠騒音は、エネルギー量が等しいとすれば、定常騒音よりも騒音レベルが大きく(刺激の強さ)、立ち上がり速度が速く(刺激の強まり方)、これらが刺激時間の短さよりも有力に働き、聴力にとってより有害である。したがって、環境騒音は間欠騒音であるから聴力への影響は緩やかであり、職場騒音と比較して聴力保護基準を緩和してもよいなどと誤解してはならず、むしろ、聴力にとってより有害性の強い環境騒音であるからこそ、最低でも、EPAの聴力保護基準であるLeq(24)の70dBという基準値は絶対に守られなければならない。
(ウ) 聴力損失に関する要約
以上によれば、本件飛行場を離発着する航空機の騒音により12名の聴力損失者が生じたことは明らかというべきである。しかし、上記の聴力検査では、精密な検査方法や厳格な判断基準を採用した結果、実際には騒音性聴力損失であるにもかかわらず、症状が進行してしまったためにディップが不明確になってしまった被験者など検出対象者から除外されてしまった被験者が多数存在していると推測されるのであるから、上記12例の騒音性聴力損失者はまさに本件飛行場の周辺住民のうち氷山の一角にすぎない。
そして、99年調査報告書及び上記(イ)の各種知見によれば、少なくともW値90以上の地域に居住する原告らが訴える難聴は騒音性聴力損失であることが強く推定されるのであり、これを覆す反証は一切存在しない。強大かつ頻繁な航空機騒音によりNITTSの発生が反復されることは疑いのない事実であるから、現時点で難聴を訴えていない原告らについても、少なくともW値90以上の地域に居住する者については、確実に日々繰り返しNITTSが生じていることは明らかであり、この蓄積が将来的に聴力損失を生じさせることは高度の蓋然性をもって予測しうるところである。加えて、EPAの聴力保護基準であるLeq(24)70dBがほぼW値85に相当することを併せ考慮すれば、W値85以上の高曝露地域に居住する原告らについては、極めて高度の蓋然性をもって聴力損失の危険性が発生しているというべきであって、これが上記原告らに共通する損害にはかならない。
ウ 低出生体重児(身体的被害その2)
航空機の騒音が妊婦に影響を与え、低出生体重児の出生率が有意に高くなっている。航空機騒音等の騒音によって低出生体重児の出生率が増加することが、これまで行われていたいくつかの動物実験や疫学調査等によって明らかになっていた。沖縄県の上記健康影響調査も、これを実証するものとなった。即ち、爆音の激しい嘉手納町では、低出生体重児の出生率が非常に高率であることが判明したのである。爆音は、低出生体重児の増加という形の健康被害を与えていることはもはや疑いようがない。
エ 幼児問題行動(身体的被害その3)
航空機騒音等の騒音によって、幼児の健康や行動等に影響が及ぶことが各種調査で明らかにされている。そこで、今回の沖縄県健康影響調査においては、嘉手納基地の爆音が基地周辺の幼児の健康と行動に影響を及ぼすか否かについての調査が実施された。その結果、本件飛行場周辺の嘉手納町等の幼稚園や保育園に通う幼児は、航空機騒音非曝露群における幼児と比較すると、問題行動がより高率に認められ、風邪を引きやすい、落ち着きがない、気が散りやすい、ぐずぐずしがちである、友達づくりに手間取るなどの傾向があることが判明した。すなわち、沖縄県調査により、爆音が幼児をはじめとした児童・生徒に対して様々な悪影響を与えていることが明白となったのである。したがって、子供達に悪影響を与え続けている爆音は直ちに停止されなければならない。
オ その他の健康被害(身体的被害その4)
沖縄県調査において、THI調査(東大式自記健康調査)が行われた。その結果、航空機の爆音によって自覚的健康感の低下が認められること、尺度によっては比較的低曝露であっても影響が認められること、高曝露ではその影響が重大であること、問題ある自覚的健康感の中には、精神的自覚症状だけでなく、身体的自覚症状も含まれることが明らかとなった。
カ 日常生活の妨害
本件飛行場を離発着する航空機の騒音によって、実に様々な日常生活上の妨害が生じている。これらは枚挙にいとまがないが、その一例を挙げると次のとおりである。
(ア) 会話及び電話妨害
航空機の騒音によって、家庭、職場及び学校等での会話や電話の通話等が妨害されている。
(イ) テレビ・ラジオ等の聴取妨害
テレビやラジオが現代社会において必要不可欠な情報獲得手段であることはいうまでもないが、航空機の騒音によってこれらが妨害されている。
(ウ) 趣味生活の妨害
航空機の騒音によって、原告らの音楽鑑賞、楽器演奏、無線通信等の趣味を行うことが妨害されている。
(エ) 家庭生活の破壊
航空機の騒音によって、家庭生活の会話が中断され、親子や夫婦間の緊張が生じ、不和の原因となっている。
(オ) 交通事故の危険性
航空機の騒音によって、車のクラクションが聞こえないとか運転者や歩行者の注意力が妨げられ、交通事故の危険に曝されている。
(カ) 学習、思考妨害
航空機の騒音によって、学習や読書等の思考力を要する作業が妨害され、重大な被害を被っている。
(キ) 職業生活の妨害
航空機の騒音によって、職場での意思伝達が妨害され、精神集中が妨げられるなど職業生活が妨害されている。
(ク) ノイローゼ、神経衰弱等
航空機の騒音、墜落や落下物の危険等によって原告らが日夜受けているいらいら、不快感、恐怖感等の精神的・情緒的被害は、まさに原告らの健康で平和的かつ文化的な生活を脅かす深刻で重大な被害である。そして、この被害が、精神的ストレスとなって、ノイローゼ、神経衰弱等の身体的影響を惹起し、原告らの精神的被害を増幅させている。
キ 睡眠妨害
原告らは、陳述書において、本件飛行場の爆音によって睡眠を妨げられた旨を訴えている。そして、このような訴えは、W値の区分が高くなるにつれてその頻度が多くなっており、航空機騒音と原告らの訴える月当たりの睡眠妨害との間に顕著な量反応関係が認められ、低曝露地域においても看過することのできない睡眠妨害が生じている。
また、原告らが訴えるこのような睡眠妨害は、沖縄県調査によっても裏付けられている。すなわち、研究委員会は、生活の質を評価し、騒音曝露の存在が地域住民の生活質にどのような影響を与えるかを知ることを目的として、睡眠妨害など四側面に関し「地域の環境と生活に関する調査」似下「生活質・舞境質調査」という。)を実施した。そして、研究委員会は、端的に航空機騒音による睡眠妨害の有無を質問することにより、航空機騒音と睡眠妨害の関係を検討するとともに、原因を航空機騒音とは限定しないで質問した5種類の「睡眠障害」に関する回答結果について分析し、曝露群における睡眠障害の増加を対照群のそれと比較した。その結果、航空機騒音と睡眠妨害との間に顕著な量反応関係が認められ、高曝露群において深刻な睡眠妨害が認められるほか、低曝露群における睡眠妨害も看過できない状況にあり、とりわけ、特定の航空機騒音との関係でいえば、W値85以上の群では、飛行機等による睡眠妨害が顕著であり、本件飛行場近傍の高曝露地域においては、エンジン調整音による睡眠妨害が深刻であることが明らかとなった。また、日常の睡眠障害一般について、航空機騒音との間に量反応関係が認められ、とりわけ、高曝露群において深刻な睡眠障害が認められるほか、比較的重度の睡眠障害はW値85以上の群において生じており、比較的軽度の睡眠障害は全曝露群において生じていると結論づけられた。このような結果は、原告らに航空機騒音による睡眠妨害の被害が生じていること、とりわけ、W値85以上の地域に居住する原告らに比較的重度の睡眠障害が認められること、W値75や80といった区域においても比較的軽度の睡眠障害が認められることを裏付ける。
ク その他の被害
原告らは、航空機の騒音をはじめとする基地公害によって、そのほかにも様々な被害を被っている。
(ア) 落下物等による被害
航空機の機上からの落下物によって、人身事故を含めて多数の被害が生じている。
(イ) 振動による家屋、家財の損傷、排気ガスによる洗濯物の汚染
航空機の騒音や排気によって、家屋が震動して家屋や屋内の家財が損傷されている。また、排気ガスによって洗濯物が汚染されている。
(ウ) 地価の低下、家屋賃貸の困難
航空機の騒音等によって、原告らが所有する土地の価格が下落し、賃貸が困難になっている。
(エ) 療養生活の妨害
航空機の騒音によって不眠や疲労が生じ、療養中の者に対して安静を奪うという被害を与えている。
(オ) 教育環境の破壊
航空機の騒音によって児童や生徒の教育環境が破壊されている。
(カ) 地域自治、経済的・社会的環境の破壊
本件飛行場が沖縄本島の中部地域のほぼ中央部に広大な面積を占め、このことによって、周辺自治体の都市形成、産業の振興、交通・土地利用の大きな障害となり、中部地域の有機的かつ統一的な地域開発を阻害している。
ケ 被害に関する被告の主張に対する反論
被告は、原告らに身体的被害等が具体的に発生しているのであれば、個々の原告について各種被害が具体的に発生していることを個別具体的に主張・立証する必要があると主張する。しかし、原告らは、本件飛行場の航空機騒音等によって、原告ら各人に存する個別の事情を捨象してもなお原告らに共通の被害が発生していることから、原告らは、このような必要最小限度の損害を主張し、請求している。例えば、健康被害についてみると、原告らは、本件飛行場の航空機騒音によって12名(うち本件原告らは4名)の騒音性聴力損失者が検出されたことを主張しているが、これは、騒音性聴力損失又はその危険という現実の健康被害が個々の原告に生じており、これに対する賠償を求めるという主張ではなく、原告らは、騒音性聴力損失を発生させる蓋然性の高いというような激しい騒音に原告らが共通して曝されていることを、原告ら全員に共通する損害として主張しているのである。また、低出生体重児についても、沖縄県調査の結果、嘉手納町に居住する住民については、総体として、低出生体重児の割合が非騒音地域に比べて高いという結果が出ていることにかんがみ、そのような激甚な騒音に暴露されていることを原告らに共通する被害として主張している。そして、原告らも、共通損害であるが故に民事訴訟法における立証の程度が緩和・軽減されるなどと主張しているのではなく、ただ、共通損害であるために、その立証の方法及び程度は一定の集団的・地域的な立証で十二分に足りることを主張しているにすぎないのである。したがって、被告の前記主張は、個別損害論の同語反復にすぎず、各種基地・空港騒音公害訴訟に関する最高裁判決等により解決済みの問題の蒸し返しと評すべきであって、本件において原告らが主張する共通損害の主張・立証に関しては全く当てはまらない。
また、被告は、原告らが主張する被害のうち、教育環境の破壊や職業生活の妨害を挙げて、損害の性質上、原告らのうち一定のグループにのみ生じ得るが、原告ら全員に共通して生じるはずのない損害が存在すると主張する。しかしながら、原告らが主張している共通被害としての教育環境の破壊や職業生活の妨害とは、当該児童及び家族又は当該就労者に現実に発生している個別損害を指すものではなく、そのような教育環境の破壊等が発生するような環境に置かれていることが、地域住民にとって共通被害となるという趣旨にすぎない。被告の前記主張は、個別損害の主張・立証を、共通損害の主張・立証にすり替えているものであり、失当である。
(3) 侵害行為の違法性
ア 受忍限度論批判
原告らは、本件飛行場の航空機騒音によって、聴力損失等の身体的被害はもとより、生活妨害や睡眠妨害、精神的被害等の広範かつ深刻な被害を被っており、その環境権、人格権、平和的生存権を侵害されている。具体的には、本件飛行場を離発着する航空機騒音によって、特にW値85以上の地域に居住する原告らは、日常生活に何らかの支障が生じるほどの聴力低下を来しており、そのほかにも、原告らは、胎児及び母胎への影響や血圧への影響など深刻な身体的被害を受けている。また、精神的被害についても、W値95以上の地域やW値90の地域に居住する原告らが受ける精神的被害の程度が深刻であることはもとより、W値85、80及び75の各地域に居住する原告らが受ける被害の程度も顕著である。
原告らが被っている上記各被害のうち、生活妨害、睡眠妨害、精神的被害等について、これまでの航空機騒音公害訴訟は、生命・身体の被害と質的に異なるという理解に立ち、これらの被害に関しては利益衡量が許されるとしているが、このような理解は、身体的、精神的及び社会的要素の各要素を、人間が生きる上で互いに密接不可分の等しく価値ある要素として把握し、このような「健康」、更には「生活の質」や「環境の質」を人間の本質であると理解する近時における世界的な趨勢に照らし、前近代的なものといわざるを得ない。したがって、原告らが受ける被害が、生活妨害、睡眠妨害、精神的被害であっても、身体的被害と同等又はそれ以上に保護されるべき利益であると把握すべきであって、これらの被害が生じていること自体によって、航空機騒音等の侵害行為が違法性を帯びる。
また、被告は、本件飛行場を離発着する米軍機又は米軍の活動が公共性を有することに関し、何ら具体的な主張・立証を行っていないのであるから、そもそも本件飛行場の存在に公共性が認められる旨判断することは許されないはずである。そして、民間空港についてはその存在が社会経済活動にとって有益であることを万人が認めているところであるのに対し、本件飛行場のような軍事基地については、むしろその有益性を全く否定する国民が相当多数存在しているし、特に、沖縄における米軍基地は、まさに住民や土地所有者の意思を暴力と権力によって踏みにじって建設され、維持されてきたものであり、更にはその存在が沖縄の経済発展の大きな阻害要因となっていることも明白である。
このように、原告らの被侵害利益の重大性や侵害行為の公共性の欠如にかんがみれば、違法性の判断に当たってはおよそ利益衡量になじまないのであるから、原告らの被害があれば直ちに違法性が肯定されるべきである。
イ 各種環境基準等の規範性
仮に、違法性を判断するに当たって受忍限度論を用いるとしても、その判断に当たっては、昭和48年12月27日に環境庁長官が告示した「航空機騒音に係る環境基準について」(以下「昭和48年環境基準」という。)において策定された数値を重視すべきであって、原則として、環境基準における数値か違法性を画する数値とされるべきである。
すなわち、昭和48年環境基準の策定過程をみると、我が国及び諸外国における航空機その他の騒音による身体に対する影響や生活妨害に関する研究、調査結果を詳細に検討した結果、飛行場の周辺住民に対する身体的影響や生活妨害等が生じない最低限度の数値としては、本来、「専ら住居の用に供する地域(類型I)」についてはW値65、「その他の通常の生活を保全する必要がある地域(類型II)」についてはW値70がそれぞれ望ましい数値であるとされたが、技術的にエンジン騒音を低減することが困難であるという制約や、輸送の国際性、安全性等の種々の政策的要素を考慮した上、住民側にとって危険な方向へその数値を引き上げ、類型IについてはW値70、類型IIについてはW値75がそれぞれ基準値とされた。このように、昭和48年環境基準を策定するに当たっては、受忍限度を判断する上で通常検討される「加害態様」、「被侵害利益の性質・程度」、「地域性」、「被害の特殊事情」、「公共性」、「防止措置」、「公法的な基準」といった要素を全て斟酌した上で上記の各数値が定められているのであり、被害実態という観点からしても、上記の各数値は、住民の生活妨害等が著しく発生する数値なのである。また、本件飛行場周辺においては、生活環境整備法に基づき、防音工事助成措置が必要な第一種区域が指定されているところ、その基準値は、当初W値85であったところ、その後、80、更に75に改正された。上記指定は、被告自らが「航空機の離陸、着陸等のひん繁な実施により生ずる音響に起因する障害が著しいと認め」(同法4条)た結果、防音工事など諸種の騒音対策の実施のためにしたものであるから、被告自らも、W値75以上の地域においては航空機の騒音による障害が著しいと認めている。のみならず、昭和48年環境基準においては、飛行場の区分に応じて達成期間が設けられており、防衛庁は、昭和53年5月に本件飛行場を昭和48年環境基準における第一種空港として扱うことと定めているから、本件飛行場の周辺地域においては、昭和58年5月までにW値が85未満に、昭和63年5月までにW値が75未満にされるべきであり、W値75以上となる地域においては、屋内でW値60以下とされることが目標となったにもかかわらず、未だにこの目標は達成されておらず、基準値達成の目標期間を遙かに超過している。
そうすると、昭和48年環境基準における基準値をもって、航空機騒音の違法性を画する数値とすべきことは明白である。そして、アメリカやイギリスなど欧米主要国においては、航空機騒音による生活妨害から市民の生活を保護するという目的から、騒音曝露レベルの評価によって区域を設定し、一定のレベルの騒音区域から住宅建築に防音措置を義務づける、住宅の建築を禁止する等の措置を講じており、各国における航空機騒音の評価単位は異なっているものの、それらをW値に換算すると、ほぼW値70から75の騒音レベルから前記措置の対象とされているのであるから、この点からしても、昭和48年環境基準における前記数値は、良好な生活環境を既に超えた数値であるというべきであり、この数値を超えた航空機騒音に暴露されている原告らが受ける被害は、受忍限度を超えるものというべきである。
被告は、昭和48年環境基準の目的・性格について、人の健康を保護し、環境を保全する上で維持されることが望ましい基準であるから、受忍限度の考慮要素にはなり得ない旨主張する。そして、航空機騒音に関する過去の判決例においても、昭和48年環境基準について「行政上の指針」という程度の位置づけしか与えないものが少なくない。しかし、「行政上の指針」として昭和48年環境基準の未達成が直ちに違法とならないのは、公害防止政策や技術上、予算上等の種々の制約から、昭和48年環境基準の達成までにある軽度の期間が必要であるという点を考慮しているからであり、このため、昭和48年環境基準においては、目標達成期間を定めているのである。したがって、前述のとおり、昭和48年環境基準が定める目標達成期間を既に大きく徒過している現在にあっては、もはや政策上、技術上、予算上等の種々の制約を考慮する必要はなく、昭和48年環境基準の基準値そのものが違法性を画する基準値というべきである。
ウ 被告が主張する周辺対策と受忍限度
被告は、本件飛行場の周辺対策として、騒音対策等の措置を講じてきたことにより、本件飛行場周辺に居住する住民らの騒音被害が相当程度防止又は軽減されている旨主張するが、被告が主張する騒音対策等の措置は、いずれも原告らの騒音被害を軽減するに足りる有効な対策となり得ておらず、航空機騒音等の侵害行為の違法性を何ら減殺するものではない。
まず、住宅防音工事についてみると、被告が助成する住宅防音工事の室数に制限が設けられているから、そもそもその効果には一定の限界がある。そして、被告が主張する計画防音量は、理想的な建物について理想的な工事を施工した場合に初めて得られるものであり、現実に有する防音量は、建物の老朽化や防音工事自体の耐用年数の経過等により、防音工事の施工時よりも相当程度防音量が減じている。また、被告が主張する防音効果は、窓を閉めてロックし、ドアもしっかりと閉め切った状態で初めて得られるものであるところ、沖縄においては、窓を開ければクーラーを使用しなくても過ごしやすいというのが気候的特質であり、部屋を一日中閉め切ってクーラーを使用すれば電気料金が過大なものとなって現実的ではなく、このような住民の生活実態からすれば、被告が主張するような計画防音量に値する防音効果が得られるはずもないというのが実情である。実際、沖縄県調査において住宅防音工事の効果及び満足度を調査したところ、防音工事を実施した群において必ずしも防音工事の効果や満足度を認めているわけではない。更に、住民は防音工事を施工した室内でのみ生活しているわけではなく、防音室以外での生活が大半を占めていることにも留意すべきである。したがって、被告が主張する住宅防音工事の効果を過大視することはできないというべきである。
また、被告が主張するその他の各種騒音対策についても、いずれも個々の原告らの実生活における騒音被害を軽減するものではないから、およそ騒音対策と呼べるものではないことは明白である。
次に、被告が主張する音源対策については、いずれも極めて不十分な措置であって、何ら実証的な裏付けがあるわけではない。被告は低騒音機へ機種変更させた旨主張するが、本件飛行場に常駐する機種のうち、最も機数が多く、騒音の激しい戦闘機については低騒音機への機種変更がなされておらず、全体としての騒音曝露量に大きな変化はない。そして、本件飛行場においては、エンジン調整は平日はもちろん土曜日、日曜日にも行われており、これに被告が主張する消音装置が用いられることはなく、本件飛行場周辺の住民に深刻な被害を与えるエンジン調整音は従前と全く変わらないのが実情である。
被告が主張する日米合同委員会における平成8年の合意などの運航対策についても、米軍機の飛行時間や飛行コースが他の基地よりも緩やかであるなど内容的に極めて不十分な規制措置であり、しかもこれが遵守される裏付けがないから、有名無実な規制措置というべきである。実際、前記合意の後も、夜間・早朝における騒音の発生が後を絶たず、土曜日や日曜日の飛行も行われるなどしており、騒音の発生を抑制するどころか、昼間の騒音を正当化する結果を招来している。
エ 受忍限度の具体的数値
以上によれば、W値75以上の地域における航空機騒音は、受忍限度を超えた違法な状態と評価すべきである。
そして、受忍限度の判断に当たっては、昭和48年環境基準が定める地域類型に即してその具体的数値に差異を設けることは不当である。なぜなら、昭和48年環境基準が地域類型を定め、それぞれ基準値を異なる数値に設定しているのは、地域によっては生活騒音、産業騒音、道路騒音など生活・産業と密接不可分な騒音が必然的に発生する場合があり、かつ、これにより住民が一定の利便を得ている状況があるため、このような地域においては、生活・産業に利用する航空機騒音についても一定程度受忍しなければならないという趣旨に基づくものであって、このような地域類型ごとに異なる基準値を定めることが許されるのは、生活・産業に利用する「民間」航空機の場合に限られるべきであって、およそ住民の生活・産業とは無関係であり、むしろ地域の発展を阻害し、住民を様々な危険に曝している米軍機の騒音については、かかる地域類型の趣旨が妥当しないからである。しかも、沖縄においては、他の都道府県では類型Iとされている「住居地域」が類型IIとされており、住民に対する保護がより薄くなっている現状にある。したがって、本件においては、昭和48年環境基準が定める地域類型によって、W値75以上の地域に居住する原告らを区別すべきではない。
(4) 本件差止請求及び本件外交交渉義務確認請求の法的根拠
ア 本件差止請求について
(ア) 根拠たる権利(人格権、環境権ないし平和的生存権)
原告らは、憲法13条及び25条に基づき、<1>個人の生命、身体、精神及び生活利益といった人間としての生存に基本的かつ不可欠な利益の総体としての人格権、<2>国民が健康で快適な生活を維持しうる外的条件であるところの良好な環境を享受し、かつ支配しうる権利としての環境権、<3>平和的手段によって平和状態を維持し、その下で快適な生活をする権利としての平和的生存権を保有している。他方、被告は、国民の生命、自由及び幸福追求に対する権利(憲法13条)及び国民が健康で文化的な生活を営む権利(同法25条)を積極的に保証すべき義務を負い、更に、国民の健康を保護し、より良き生活環境を保全するために公害の防止に関する基本的かつ総合的な施策を策定し、これを実施する責任を有する(公害対策基本法4条)。しかも、被告は、本件飛行場の提供者として、航空機の離発着等に伴う被害の防止に必要な施設の整備その他必要な措置を実施し、航空機の騒音による被害防止等に努めなければならない義務と責任を負っている。
ところが、被告は、米軍により、本件飛行場周辺の原告ら住民を長期にわたり激甚な騒音に曝し、その健康を害し、生活環境を破壊してきた。これは、原告らの居住地域における健康で快適な生活を維持し、かつ、静謐な環境の下で幸福を追求する権利(人格権、環境権ないしは平和的生存権)を著しく侵害するものである。そして、本件飛行場の騒音被害が違法であると判断した判決が既に確定しているにもかかわらず、これを改善するような動きは一切みられない。すなわち、被告は、裁判所の判決によって本件飛行場の騒音が違法であることが明確にされたにもかかわらず、これを放置したままなのであり、このような状況では、今後も違法な状態が継続されることは明らかである。
特に、本件においては、沖縄県調査によって、騒音性聴力損失者が12名確認され、原告のうち少なくとも4名の原告らについて聴力損失という現実の健康被害が発生していることが明らかにされており、人の生命・身体・健康という身体的な意味における人格権が直接的に侵害されている。このほかにも、本件飛行場の航空機騒音等は、将来更に聴力損失という被害が拡大する高度の危険性、人間の健康な生存に対して重大な脅威となる睡眠妨害、円満な日常生活全般の破壊をもたらすのであって、原告らは、人格権の中でも特に重要度の高い身体的人格権又はそれに直結する人格権を侵害している。のみならず、本件飛行場周辺に居住する子供達は、米軍機の騒音のために健全に成長する権利や教育を受ける権利を奪われているのであり、著しく人格権を侵害されている。
このように、本件飛行場の航空機騒音等によって、原告らの人格権等は現に侵害され又は侵害される危険が差し迫っているのであり、このような場合には、人格権等に基づき直ちにその違法行為の差止めを求めることができるというべきである。殊に、上記のとおり、被告は、本件飛行場の航空機騒音による被害が違法である旨判断され、しかも、原告らが種々の身体的被害等を被っていることが明らかにされているにもかかわらず、原告ら周辺住民の身体被害の発生、拡大を防止するために特段の対策を取らず、深刻な騒音被害を放置、容認しているにとどまらず、自ら、積極的かつ能動的に沖縄の米軍基地の維持に努めることによって、騒音被害の発生拡大に大きく関与してきた。このような事情にかんがみれば、原告らの本件差止請求が許容されるべきことはもとより、裁判所が差止めを認める以外に原告らの被害を救済する手段はないのであるから、差止めの必要性は非常に高い。
(イ) 被告に対する差止請求の根拠
本件において、直接に航空機騒音等を発生させ、侵害行為を行っている者は米軍であるが、次の理由から、本件飛行場の提供者である被告に対する差止請求を認めるべきである。
<1> 被告は、単に騒音被害を放置、容認するにとどまらず、被害の発生・拡大に積極的かつ能動的に関与してきた。このような被告の姿勢は、米軍と共に一体となって本件飛行場周辺の住民の人格権侵害を現実に惹起していると評価することができる。したがって、被告は、米軍と並ぶ「共同妨害者」として、騒音被害の差止請求の相手方となりうるものというべきである。
<2> 仮に、被告自身が米軍との共同妨害者といえないとしても、そのことから直ちに被告に差止責任(妨害排除義務)が成立しなくなるわけではない。すなわち、違法な権利侵害を生じさせるような施設・区域である本件飛行場は、それ自体が欠陥施設であるというべきであり、被告が当該欠陥施設を提供して米軍が騒音被害を発生させている以上、被告は米軍による権利侵害状態の誘引者であるから、被告は権利侵害状態を除去すべき義務を負っており、差止請求(妨害排除請求)の相手方となると解すべきである。
(ウ) 最高裁判決批判
ところで、最高裁平成5年判決は、「(国は)条約ないしこれに基づく国内法令に特段の定めのない限り、米軍の本件飛行場の管理運営の権限を制約し、その活動を制限しうるものではなく、関係条約及び国内法令に右のような特段の定めはない。」と判示しているが、これは明らかに誤った理解である。<1>国際法における領域主権の原則、<2>合衆国軍隊の構成員に対し日本法令を遵守する義務を負わせている地位協定16条、<3>合衆国軍隊に対し公共の安全に対する妥当な考慮を要求している地位協定3条3項、<4>不法行為から生じる周辺住民の請求を処理するために設けられた地位協定18条5項、<5>航空特例法は航空法97条(航空管制権)を適用除外にしていないことにかんがみれば、被告は、国際法上はもとより国内法上も、米軍機に対して国内法の適用を及ぼすことは理論的に十分に可能なのである。
イ 本件外交交渉義務確認請求について
被告に対して米軍の行為の制限を求めることは、その支配の及ばない第三者の行為の差止めを求めるものであって、これらをなしうる条約や法令が存在しないために認められる余地がないとしても、被告は、このような違法状態の解消を求めるべく、アメリカ合衆国と外交交渉をすべきである。そして、地位協定18条5項の請求権について、被告が義務を負うべき「処理」の一つの方法として、地位協定25条に基づき設置された日米合同委員会におけるアメリカ合衆国との外交交渉があり、被告は、この外交交渉を通じて、米軍の夜間、早朝の飛行制限を求めることができるのである。
よって、原告らは、人格権、環境権又は平和的生存権に基づき、前記差止請求に対する予備的請求として、被告に対し、前記外交交渉を行う義務があることの確認を求める。
(5) 原告らの損害
ア 慰藉料
原告らが被っている損害は広範で複雑であるので、総体としての被害のうち全ての原告らに共通して認められる損害として、<1>第1次訴訟で原告となっていた原告ら(別紙「原告ら目録」(<略>)の原告欄に1を付した者。以下「旧原告」という。)については、第1次訴訟によって損害賠償の支払を受けた最終月(平成9年12日)の翌月1日(平成10年1月1日)から本件訴状の送達の日(平成12年7月17日)の属する月の前月末日までの間に生じた損害のうち70万円、<2>第1次訴訟で原告となっていなかった原告ら(上記目録の原告欄に0を付した者。以下「旧原告」という。)については、沖縄の本土復帰の日(昭和47年5月15日)から本件訴状送達の日の属する月の前月の末日までの間に生じた損害のうち100万円、<3>全ての原告らについては、本件訴状が送達された日が属する月から1か月当たり3万円の各支払を求める。
イ 弁護士費用
原告らは、本件訴訟の追行を原告ら訴訟代理人弁護士に委任したが、本件訴訟の専門性にかんがみれげ、原告らの損害額の15%に相当する金員は、本件不法行為と相当因果関係のある損害である。よって、原告らは、弁護士費用として、<1>旧原告については10万5000円、<2>新原告については15万円、<3>前記ア<3>の請求についてはそれぞれ1か月当たり4500円の支払をそれぞれ求める。
ウ 将来の損害賠償請求の訴え
前記ア<3>及びイ<3>の各損害のうち、本件口頭弁論終結の日の翌日である平成16年7月2日以降に生ずべき損害についての賠償請求に係る訴えは、将来の給付の訴えであるが、被告は、前記のとおり、過去長期間にわたり原告ら本件飛行場周辺住民に対し広範かつ甚大な被害を与え続け、加害行為を中止するどころか、軍事空港としての機能を拡大強化し、侵害行為を継続してきたのであるから、本件口頭弁論終結後においても違法な侵害行為が継続することは必至である。
そうすると、現在において原告らの請求の基礎たる事実関係が存在しているといえるのであるから、被告によって近い将来における侵害行為の消滅が立証されない以上、民事訴訟法135条にいう「あらかじめその請求をする必要がある場合」に該当するというべきである。
エ 遅延損害金
原告らは、<1>旧原告の本件訴状の送達の日の属する月の前月末日までの損害賠償金80万5000円(弁護士費用を含む。以下同じ。)に対する本件訴状送達の日の翌日から支払済みまで、<2>新原告の沖縄の本土復帰の日(昭和47年5月15日)から本件訴状送達の日の属する月の前月の末日までの損害賠償金115万円に対する本件訴状送達の日の翌日から支払済みまで、<3>本件訴状送達の日の翌日から本件口頭弁論終結の日までの損害賠償金1か月当たり3万4500円に対する各月の翌月1日から支払済みまで、<4>本件口頭弁論終結の日の翌日以降の損害賠償金1か月当たり3万4500円に対する各月の翌月1日から支払済みまで、それぞれ民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める(なお、いずれも不法行為後の日からの請求である。)。
オ よって、原告らは、被告に対し、民事特別法1条若しくは2条又は国賠法1条若しくは2条に基づき、上記アないしエの各金具の支払を求める。
2 被告の主張の要旨
(1) 本件差止請求の法的根拠について
本件差止請求の法的根拠に関する原告らの主張のうち、まず「環境権」については、<1>それを直接根拠づける実定法規が存在せず、意味内容も提唱する論者によって異なり、実定法上の請求権としての発生要件も効果も明らかではないこと、<2>原告らが環境権の実定法上の根拠として挙げる憲法13条及び25条は、いずれも、基本的人権の尊重を一般的に定めた包括的な人権宣言規定か立法や施策のための綱領的規定にすぎないから、これらの規定をもって環境権の実体法上の根拠条項ということはできないこと、<3>「環境権」の権利性を未だ認めた裁判例が存しないこと等の問題点があるから、原告らの本件差止請求の根拠たりえない。
また、「平和的生存権」についても、<1>環境権と同じく、これを直接根拠づける実定法規が存在せず、その意味内容も曖昧、抽象的であり、また、その発生要件も効果も明らかではないこと、<2>原告らが実定法上の根拠として挙げる憲法前文、9条、13条は、いずれも憲法が原告らの主張するような実体的権利としての「平和的生存権」を定めているということはできないこと等の問題点がある。
更に、人格権は、人の生命、身体、名誉等人間にとって重要であり構成要件の明確ないくつかの権利が個別的人格権としてその権利性を主張し得るものであることは今日広く承認されているとはいっても、最高裁判所においてこれまで人格権に基づく差止請求が是認されたことはなく、どのような要件の下に差止請求権が成立するかは明らかにされていないから、本件においては、原告らについて差止請求権は成立しない。
(2) 差止請求に係る訴えの不適法性(本案前の主張1)
ア 原告らの米軍機の飛行等の差止請求は、次のとおり、被告に対してその支配の及ばない第三者の行為の差止めを請求するものであるから、主張自体失当として棄却されるべきである。すなわち、本件飛行場は、昭和47年5月15日、地位協定2条1項(a)に基づく施設及び区域としてアメリカ合衆国に提供されているものであるから、米軍は、提供された本件飛行場を所定の目的の範囲内で自由に使用することができる。そして、本件飛行場における航空機の離着陸、航空機のエンジン作動、航空機誘導等は、その使用権限の範囲内の行為であるから、米軍は、提供目的を達成するために本件飛行場を使用する限り、その判断と責任に基づいて本件飛行場において航空機の離着陸等を行い得る。このような、本件飛行場に係る被告と米軍の法律関係は、条約に基づくものであるから、被告は、条約ないしこれに基づく国内法令に特段の定めのない限り、本件飛行場における米軍の活動を制限し得ないところ、関係条約及び国内法令に右のような特段の定めはない。したがって、原告らが米軍機の離着陸等の差止めを請求するのは、被告に対してその支配の及ばない第三者の行為の差止めを請求するものであるから、上記請求は、その余の点を論ずるまでもなく、主張自体失当として棄却を免れない。
そして、最高裁平成5年判決でも、同内容の判示がなされているのであるから、本件においても同様に判断されるべきである。
イ 原告らは、本件飛行場の場合、その周辺住民には身体的・精神的被害が生じているのであるから、許容されるべきであると主張するが、最高裁平成5年判決は、差止めの判断をするに当たって、被告が騒音源を規制したり制限することができる立場にない場合には、周辺住民の被害の存否について判断するまでもなく、主張自体失当として棄却を免れないとしているところ、仮に、本件飛行場と厚木・横田基地とを比較して、本件飛行場の周辺住民には、厚木・横田基地の周辺住民にはない健康被害が存在するとしても、被告が、米軍機の運航等を規制し、制限することのできる立場にないことにおいて何らの違いもないから、米軍機の飛行差止めが認容される余地はない。
ウ 原告らは、被告が本件飛行場をアメリカ合衆国に提供していること及び被告が米軍に対し様々な便宜を提供していることをもって、被告は違法な権利侵害状態の惹起に積極的に関与するだけではなく、現に権利侵害状態を生じさせている者、あるいは権利侵害状態の誘引者であるから、原告らに対し米軍の活動を差し止めるべき義務を負い、差止請求の相手方になる旨主張する。
しかしながら、被告は、前記アで述べたとおり、そもそも米軍の本件飛行場の管理、運営の権限を制約し、その活動を制限し得るものではなく、米軍の行為の停止を請求し得る地位にはないので、妨害状態を除去し得る立場にある者には当たらない。したがって、被告が違法な権利侵害状態の惹起に積極的に関与し、現に権利侵害状態を生じさせていると評価し得るか否か、権利侵害状態の誘引者か否かについて問題とするまでもなく、被告は差止請求権の相手方となるものではない。
エ 原告らは、国際法における領域主権の原則等を挙げて、最高裁平成5年判決は不当で根拠がない旨主張するが、誤りである。
(ア) まず、国際法における領域主権の原則についていえば、被告は、条約に基づき、米軍に本件飛行場を提供し、米軍に対しその管理、運営の権限を全て委ねているから、条約ないしこれに基づく国内法令に特段の定めがない限り、被告は米軍の管理、運営を尊重すべき国際法上の義務を負うことは当然であり、被告がこれに反する主権の行使を一方的に行うことは到底許されない。
(イ) 原告らが根拠として挙げる地位協定3条3項については、その規定の構造からして、いわゆる訓示規定に当たるものであるから、この規定に違反した場合であっても、我が国が一方的に米軍の行動を規制することができることを意味するものではない。同様に、地位協定16条は、その文言からすれば米軍を規制するものではないことは明らかである上、この規定も、合衆国軍隊の構成員等が我が国の法秩序を尊重擁護すべき一般的義務を定めたものにすぎないから、我が国が同条を根拠として一方的に米軍の行為を規制することはできない。
(ウ) 原告らが根拠として挙げる地位協定18条5項は、外国国家に対する民事裁判権免除に関する国際慣習法を前提として、外国の国家機関である合衆国軍隊による不法行為から生ずる請求の処理に関する制度を創設したものであるところ、同項は、公務執行中の米軍の構成員等が第三者に与えた損害について、被害者保護のため、日本国政府が処理すべき方法を主として金銭賠償の観点から規定したものであり、差止請求については何ら規定していないから、同項に定める「請求」に差止請求が含まれないことは明らかである。
(エ) 航空特例法は、地位協定2条1項により米軍が専権的に本件飛行場の管理、運営を行えるとされていることを前提として、航空法第6章のうち、米軍が使用する飛行場及び米軍機等の運航に関する規定を適用除外とすることにより、米軍が本件飛行場を専権的に管理、運営することと、これに伴う安全保持の調和を図ったものである。原告らが根拠として挙げる航空法97条は、まさに、我が国領空における航空機航行の安全保持の観点から我が国に航空管制権を留保したものであり、航空機の航行に係る安全保持以外の観点から、我が国が航空管制権を行使し、米軍の本件飛行場の管理、運営に係る権限を制限することは予定されていない。
(3) 外交交渉義務確認に係る訴えの不適法性等(本案前の主張2)
原告らは、予備的に、米軍機の一定の時間帯における離着陸等の差止め及びその余の時間帯における音量規制を実現するため、地位協定25条1項に基づき設置された合同委員会において、アメリカ合衆国と外交交渉をする義務が被告にあることを確認することを求めている。そして、原告らは、前記予備的請求は民事訴訟に係る請求であり、かつ、その訴訟物は、人格権、環境権ないし平和的生存権に基づく差止請求権である旨主張している。
しかし、前記請求に係る外交交渉は、内閣の職務の一つであり(憲法73条2号)、行政権の行使そのものである。すなわち、前記予備的請求は、その実質において、行政権の行使を求め、あるいは行政権の行使をすべき義務があることの確認を求める、いわゆる無名抗告訴訟の一種か、そうでなければ公法上の法律関係に関する訴訟としての当事者訴訟(行政事件訴訟法4条)である。したがって、このような行政権の行使又はその発動を求め、あるいはその義務があることの確認を求める請求を包含する請求を民事訴訟の方法ですることは不適法である。加えて、無名抗告訴訟である場合は、求められる行政権の行使(本件では合同委員会における協議)をする行政庁を被告として提起すべきであり(行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)11条1項準用)、国を被告とする訴えは不適法である。したがって、原告らの予備的請求の訴えは不適法であり、却下を免れない。
また、仮に原告らの請求が適法とされる余地があるとしても、被告が原告ら主張のような外交交渉をするかどうかは、内閣が政策的判断に基づいて行う権限を有するのであり、これについて被告が原告らと法律上の権利義務関係に立つことはないから、原告らの予備的請求も理由がない。
(4) 将来の損害賠償を求める訴えの不適法性(本案前の主張3)
民事訴訟法135条は、あらかじめ請求する必要がある場合に限り、将来の給付の訴えを許容しているが、同条は、およそ将来に生じる可能性のある給付請求権の全てについて前記要件の下に認めたものではなく、既に権利発生の基礎を成す事実上及び法律上の関係が存在し、ただ、これに基づく具体的な給付義務の成立が将来における一定の時期の到来や債権者において立証を必要としないか又は容易に立証し得る別の事実の発生にかかっているにすぎず、将来具体的な給付義務が成立したときに改めて訴訟により上記請求権成立の全ての要件の存在を立証することを必要としないと考えられるようなものについて、例外として将来の給付の訴えによる請求を可能ならしめたにすぎない。そして、たとえ同一態様の行為が将来も継続されることが予想される場合であっても、それが現在と同様に不法行為を構成するか否か及び賠償すべき損害の範囲如何等が流動性をもつ今後の複雑な事実関係の展開とそれらの法的評価に左右されるなど、損害賠償請求権の成否及びその額をあらかじめ一義的に明確に認定することができず、具体的に請求権が成立したとされる時点において初めてこれを認定することができるとともに、その場合における権利の成立要件の具備については当然に債権者においてこれを立証すべく、事情の変動を専ら債務者の立証すべき新たな権利成立阻却事由の発生と捉えて、その負担を債務者に課するのは不当であると考えられるようなものについては、本来例外的にのみ認められる将来の給付の訴えにおける請求権としての適格性を有するものとすることはできない。
しかるに、本件においては、本件飛行場に離発着する米軍機により発生する将来の航空機騒音による侵害行為が違法性を帯びるか否か、これによる原告らの損害の有無、内容、程度は、将来における本件飛行場の使用状況の変化、住宅防音、移転補償措置など被告による被害の防止、軽減のための諸方策の内容とその実施状況、個々の原告らに生じる種々の生活事情の変化等の複雑多様な諸因子により変化し得るものであるから、たとえ同一態様の行為が将来も継続されることが予想される場合であっても、それが現在と同様に不法行為を構成するか否か及び賠償すべき損害の範囲の如何等流動性をもつ今後の複雑な事実関係の展開とそれらの法的評価に左右されるなど、損害賠償請求権の成否及びその額をあらかじめ一義的に明確に認定することができない。したがって、将来の損害賠償請求権は、少なくとも口頭弁論終結後については権利保護の要件を欠くから、不適法なものとして却下を免れない。
(5) 損害賠償請求の根拠法条及び民事特別法2条適用の問題点
ア 損害賠償請求の根拠法条に関する問題点
原告らは、本件損害賠償請求の根拠法条として、国賠法1条1項、2条1項及び民事特別法1条及び2条を挙げる。しかし、本件につき国賠法1条1項、2条1項及び民事特別法1条の適用の余地はない。
すなわち、原告らが被告に対し国賠法1条1項、民事特別法1条に基づきその責任を問うには、遵法行為をしたとする我が国の「公務員」(国賠法1条1項)又は「アメリカ合衆国の陸軍、海軍又は空軍(中略)の構成員又は被用者」(民事特別法1条)を特定し、職務上の違法行為の内容及び故意、過失の内容を具体的に明らかにすべき必要があるが、原告らはこれらの点を何ら明らかにしていないのであるから、本件について国賠法1条1項、民事特別法1条を適用する余地はない。
また、本件飛行場の「設定」及び「管理」(地位協定3条1項)はアメリカ合衆国がしており、被告は、安保条約、地位協定に基づき、本件飛行場及び附帯設備を提供しているにすぎないのであるから、本件飛行場が被告の設置、管理する「公の営造物」に当たらないものであることは明らかで、国賠法2条1項の適用の余地もない。
イ 民事特別法2条の適用の問題点
(ア) 本件における物的性状瑕疵の不存在
民事特別法2条にいう「土地の工作物その他の物件の設置又は管理」の瑕疵とは、本来的には、当該工作物を構成する物的施設について通常有すべき安全性を欠く状態が生じている場合(以下「物的性状瑕疵」という。)というものと解すべきところ、本件飛行場は、航空機の離着陸の用に供されることを本来の目的としており、その目的達成のために、飛行場が通常備えるべき性質及び設備を有し、本来持つべき安全性を完全に具備しそいるものであるから、本件飛行場には物的性状瑕疵は存しない。
(イ) 供用関連瑕疵の判断基準
最高裁昭和56年大法廷判決は、国賠法2条1項にいう「営造物の設置又は管理の瑕疵」とは、物的性状瑕疵にとどまらず、「その営造物が供用目的に沿って利用されることとの関連において危害を生せしめる危険性がある場合」(以下「供用関連瑕疵」という。)も含むとし、「本件空港の供用のような国の行う公共事業が第三者に対する関係において違法な権利侵害ないし法益侵害となるかどうかを判断するにあたっては、上告人の主張するように、侵害行為の態様と侵害の程度、被侵害利益の性質と内容、侵害行為のもつ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度等を比較検討するほか、侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況、その間にとられた被害の防止に関する措置の有無及びその内容、効果等の事情をも考慮してこれを決すべきものである」旨判示した。したがって、本件においても、民事特別法2条により供用関連瑕疵が問題とされるとしても、上記判示に記載の事項を総合的に判断してその違法性が判断されるべきである。これを具体的に述べると、次のとおりである。
(6) 違法性の判断基準
ア 受忍限度論
原告らは、本件飛行場に離発着する米軍機の騒音の違法性を判断するに当たり、利益衡量による受忍限度論を採用することは誤りであり、米軍機騒音が発生する地域に居住する住民は、等しく損害賠償請求が認められるべきである旨主張するが、誤りである。
一般に、法令に基づきあるいはこれに依拠して行われる公共事業等の公共性ないし公益性を有する行為が第三者に対する関係において違法な権利侵害ないし法益侵害となるかどうかを判断するに当たっては、侵害行為の態様と侵害の程度、被侵害利益の性質と内容、侵害行為のもつ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度等を比較検討するほか、侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況、その間に採られた被害の防止に関する措置の有無及びその内容、効果等の諸事情をも考慮し、これらの諸要素を全体的、総合的に考察してこれを決すべきである。この点は、最高裁昭和56年大法廷判決で明確に判示されており、上記判断基準については、その後の最高裁判決でも認められている。
したがって、本件における違法性(受忍限度)の判断に当たっても、上記諸要素を全体的、総合的に考察してこれを決しなければならない。
イ 周辺対策の実施基準と受忍限度
そして、原告らに対する本件航空機騒音の影響の有無、程度については、各原告らごとに確定されるべきである。すなわち、被告が周辺対策を行うために本件飛行場周辺地域について告示した際の基準(騒音コンター)は、直ちに違法性判断における受忍限度を意味するものではない。
すなわち、生活環境整備法は、防衛施設周辺地の生活環境等の整備について必要な措置を講じ、もって関係住民の生活の安定及び福祉の向上に寄与することを目的として制定されたものである。同法による措置は、防衛施設周辺の関係住民の生活の安定及び福祉の向上に寄与することを目標とする政策的補償措置という性質も有しており、ある数値のコンター内に居住しているからといって、実際に曝露されている航空機騒音のW値がその数値ということにはならない。したがって、原告らについて発生したとされる被害が受忍限度を越えているか否かは、居住する場所における騒音発生の実態、実測値に即して判断しなければならないのであり、上記に述べた諸事情により指定され、告示されたコンターは、いかなる意味からも受忍限度の基準となる性質のものではない。
ウ 環境基準と受忍限度
受忍限度を画する基準として原告らが挙げる昭和48年環境基準は、次のとおり、政府が航空機騒音に対する総合的施策を進める上で達成されることが望ましい基準にすぎず、差止請求権や損害賠償請求権の成立を基礎づける受忍限度の判断要素となったり、健康被害や環境破壊等の事実を推認させる基準になるものではない。
(ア) 環境基準の法的性格
航空機騒音については、公害対策基本法(昭和42年法律第132号、以下「旧対策法」という。)9条に基づいて、昭和48年環境基準が設定され、政府の航空機騒音に対する総合的施策を進める上での指標とされていた。この旧対策法は、平成5年11月19日に廃止され、新たに施行された環境基本法(平成5年法律第91号)は、その16条1項において、政府は、騒音等に係る環境上の条件について、人の健康を保護し、生活環境を保全する上で維持されることが望ましい基準を定めるものとする旨規定しており、昭和48年環境基準は、環境基本法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(平成5年法律第92号)2条により、新たに施行された環境基本法16条1項の規定によって定められた基準とみなされている。そして、昭和48年環境基準は、自衛隊等(自衛隊法2条1項に規定する自衛隊及び安保条約に基づき我が国に駐留するアメリカ合衆国軍隊をいう。以下同じ。)が使用する飛行場周辺においても適用され、防衛施設庁は、本件飛行場の周辺地域についても環境基準の達成を目指して各種の対策を実施している。
しかし、昭和48年環境基準は、その策定経過からすれば、いわば理想的な生活環境を造出するために行政上の改善目標として設定されたものであり、各種の調査結果からほとんどの人が苦情を言わないという望ましい環境基準値を設定し、これが現実に可能かどうかは別として、とにかくこれを達成することを目標として対策を講じていこうという性質を有するものである。そして、その設定に当たっては、健康被害との関係は念頭に置かれておらず、専ら飛行場周辺住民が受ける感覚的なうるささの訴えの強弱によって定められているのである。要するに、環境基準が想定している騒音被害は、瞬間的な騒音曝露に対して人が感じる不快感程度のものまでを含めた幅の広いものであり、人の生活環境を造出するための行政上の努力目標としての意味合いが一層強いものである。したがって、環境基準は、空港の重要性、公共性、航空機騒音が住民生活に与える影響、騒音軽減のための音源対策等の諸施策実施の可能性等を総合的に考慮した上で、その数値の示す程度であれば堪え忍ぶべき騒音として設定されたものではなく、人の健康の保持及び生活環境を保全する上で維持することが望ましい基準として設定されたものであり、政府が公害の防止に関する施策を総合的かつ有効適切に講ずることにより(旧対策法4条、9条4項)、確保されるよう努力していく上での行政上の目標としての指針である。そして、このことは、平成5年に制定された環境基本法においても、環境基準が維持されることが望ましい基準であり行政上の政策目標である点に特色があるとされていることからも、一層明らかである。
このように、環境基準は、純粋に望ましい環境の保全という観点から定められたものであるから、空港の重要性、公共性、航空機騒音が住民に与える影響、騒音軽減のための音源対策等の諸施策の可能性等を総合的に考慮した上で判断すべきであるという差止請求権や損害賠償請求権の発生を基礎づけるような違法性の判断基準ではあり得ない。また、環境基準の数値を引合いに出して、これを上回る騒音量を受けているならば、それらの者が当核騒音によって一般的に環境破壊による被害を受けていると推認したり、更には具体的、個別的にそれらの者が一律にその被害を被っているなどと推認することは到底許されない。
以上のとおりであるから、違法性判断に当たって、環境基準値をそのまま受忍限度とすることができないことは明白である。
(イ) 自衛隊等の使用する飛行場に環境基準を適用する上での問題点
更に、本件飛行場のような自衛隊等の使用する飛行場については、次に述べるような環境基準適用上の問題がある。
すなわち、航空機騒音に係る環境基準は、W値で示されているが、W値は、そもそもICAO(国際民間航空機関)で採用された一般民間航空機の騒音のもたらす「うるささ」をとらえるための評価単位であり、我が国でも、昭和46年12月6日、中央公害対策審議会によって採択されたものである。ところで、昭和48年環境基準は、民間飛行場のみならず広く自衛隊等が使用する飛行場の周辺地域にも適用されるものとされているところ、民間航空機と自衛隊等の航空機では、その機種の特性及び運航形態に大きな差異があるところから、環境基準においても、特に「自衛隊等が使用する飛行場周辺においては、平均的な離着陸回数及び機種並びに人家の密集度を勘案し、民間の公共用飛行場の区分に準じて、環境基準の維持達成に努めるものとする。」旨の定めがされ、その定められた範囲内での飛行回数の取り方、飛行場の区分け及びこれらを基にした環境基準達成の方法等について、自衛隊等の飛行場についての特殊性を考慮し、実態に即した無理のない施策を行うように求められている。
そして、防衛施設庁においては、本件飛行場について基準値の大小が騒音軽減対策を実施すべき範囲を直接左右することとなること、生活環境整備法の精神に則した周辺対策行政の見地からすれば、対策を採るべき範囲をあまり小さく限定すべきでないということ等の事情を勘案した上、過去の実測データを基礎にして1日の飛行回数の少ない方からの累積度数曲線を求め、当該累積度数の90%に当たる回数をもって本件飛行場における標準的な1日当たりの平均飛行回数とするという累積度数方式を採用した。その結果、飛行回数の把握については、算術平均による回数を大幅に上回ることとなる。更に、タッチアンドゴー等の取扱いについても、公共用飛行場では、基準値の計算に勘案していないが、自衛隊等が使用する飛行場ではタッチアンドゴー等の訓練があること、また、すべての自衛隊等が使用する飛行場において、平均してタッチアンドゴー等の訓練が行われていることを勘案し、その回数を基準値算定の基礎となる飛行回数の中に加えるものとしている。
このように、自衛隊等が使用する飛行場の場合の基準値は、公共飛行場の場合と同じ基準値の算式を基本的に採用しながらも、実際には、前記のとおりその算式に当てはめるべき飛行回数をかなり大きく見込んでいるため、必然的にその算式によって算出される数値も大きいものとならざるを得ない。したがって、このような防衛施設庁方式による基準値(W値)は、公共用の飛行場の場合に算出されるW値に比べ、その実質的な「うるささ」の価値は小さくなる。
以上のとおり、航空機騒音に係る環境基準は、それ自体、航空騒音の曝露行為の受忍限度の判断基準となるものではなく、その環境基準に基づき各種の行政上の施策を講じる指標になるにすぎない。
(7) 侵害行為の有無、程度
ア 航空機騒音
(ア) 航空機騒音の特色
原告らが主張する侵害行為のうち、その中心となるものは、航空機が発する騒音である。
およそ航空機は、発進準備時ないし離着陸に際してある程度の騒音を発するものである。そこで、航空機騒音による影響を問題とする際には、特に航空機騒音の特色、曝露時間、航空交通量など、他の騒音と異なる航空機騒音の特殊性を総合的に考察する必要がある。
まず、航空機騒音は、持続時間も短く、一過性の間欠的なものであることが大きな特色である。特に、離発着時のピークレベル音の持続時間はほとんど瞬時でしかない。すなわち、ある地点で受ける航空機騒音の伝達の様子は、航空機の接近に伴って小さな音から徐々に高まり、瞬時にピークを迎え、通過とともに急激に減衰していくというものであり、ピークレベル値ないしこれに近い値の音のみが継続するものではない。そして、その時間は、全体としてみても十数秒から二十数秒程度であり、仮に、航空機騒音により飛行場周辺住民の生活上の利益に何らかの影響があったとしても、この影響は騒音の終了と同時に速やかに消失し、生活上の利益は直ちに回復するのが通常である。したがって、本件飛行場における航空機騒音の程度を判断するに当たっても、ピークレベル音が長時間にわたって持続する定常騒音による研究結果を基礎とすることは正当ではない。
現在までの間に、航空機騒音を評価する方法について種々の研究がなされ、現在では、W値が国際標準として採用され、最も妥当な評価方法とされている。したがって、本件飛行場周辺における航空機騒音の状況を把握するに当たっても、その評価はW値によるべきであり、この航空機騒音の特色に顧慮することなく、単に騒音のピークレベルとその発生回数のみによって騒音状況を把握することは正当ではない。
また、航空機騒音による影響は、飛行場からの距離により著しく異なるのは当然として、航空機の種類、離発着の方向、離着陸の別、飛行経路によっても異なるものである。例えば、航空機の離発着は、いずれも風上に向かって行われるため、航空機の離発着の方向は、本件飛行場においては、時々の風向により南西又は北東に変更され、同じ風向の下においては、離陸機と着陸機が同一の地域上を通過することはあり得ない。そして、一般に、航空機は、離陸の場合は高出力で一気に高度を上げるが、着陸の場合はエンジン出力を最低にして徐々に高度を下げることから、同じ航空機の場合、着陸の際の航空機騒音は離陸の際のそれよりも低いものである。したがって、本件飛行場における航空機騒音の程度を判断するに当たっても、本件飛行場に離着陸する航空機の全体としての離着陸の回数ないしその総音量そのものの合計を基準にすることは正当ではない。なぜなら、そのような総音量に曝露される地点は現実には存在しないからである。かえって、前述した騒音影響の実態に照らすならば、当然のことながら、原告らに対する航空機騒音の影響の有無、程度は、各原告ごとに把握されなければならない。
加えて、原告らが問題としている被害は、ほとんど建物内のものであるが、屋内においては、建物の遮音効果により、その影響は当然のことながら相当程度緩和される。したがって、騒音による侵害行為の程度について判断するに当たっては、この騒音の影響が建物の内外のいずれで問題とされるかを峻別し、屋内における影響であるならば、建物の遮音効果(防音工事が実施されている建物であれば、同工事による遮音効果も含む。)が当然考慮されなければならない。これは、騒音評価値についてW値を用いる場合であっても同様である。そして、被告が周辺対策の基礎としているW値は屋外値であり、屋外でのW値が環境基準を超える地域であっても、住宅防音工事の施工されている屋内では環境基準が達成されたのと同等の屋内環境が保持されていることに十分留意しなければならない。
以上のとおり、航空機騒音の影響を把握するためには、概観しただけでも上記のような特殊事情があるから、各原告らに対する騒音の影響を判断するに当たっては、前述した具体的諸条件の相違を十分踏まえ、更に、各原告らの年齢、職業、地位その他の生活実態を個別的に検討した上で、その影響の有無、程度を個別的に確定するのでなければ、到底適正な事実認定とはいえない。
(イ) 本件飛行場周辺の騒音状況
原告らは、被告が生活費境整備法に基づき作成、告示したコンター図に基づいて原告らの騒音曝露状況を認めるべきである旨主張するが、被告が生活環境整備法に基づき周辺対策を行うために本件飛行場周辺地域について告示した際の基準に基づき、ある数値のコンター内に居住しているからといって、実際に曝露されている航空機騒音のW値がその数値ということにはならない。なぜなら、生活環境整備法は、防衛施設周辺地の生活環境等の整備について必要な措置を講じ、もって関係住民の生活の安定及び福祉の向上に寄与することを目的として制定されたものであって、同法による措置は、防衛施設周辺の関係住民の生活の安定及び福祉の向上に寄与することを目標とする政策的補償措置という性質をも有していることにかんがみれば、ある数値のコンター内に居住しているからといって、実際に曝露されている航空機騒音のW値がその数値ということにはならないからである。すなわち、原告らに対する本件航空機騒音の影響の有無、程度については、本来、各原告らごとに確定されるべき事柄である。
そして、防衛施設としての本件飛行場の特質から、その周辺におけるW値は一定性がなく、航空機の運航状況に応じて日々著しく変化する。原告らが騒音被害として主張するところのものは、おおむね1日を単位として生じる種々の生活妨害として把握できるものと、日々の騒音の蓄積によって生ずるものとに大別できるところ、各被害の原因としての騒音発生状況が上記のとおり変化することにかんがみると、まず各原告ごとに、かつ、1日を単位として、その曝露されているという航空機騒音のW値がどの程度であるかが明らかにされなければならないのに、原告らは、旧訴訟第一審判決及び控訴審判決に用いられた沖縄県、北谷町及び嘉手納町が測定した騒音記録等を引用し、旧訴訟以降も騒音曝露量は減少していないから、今日においてもなお原告らの爆音被害は軽減されておらず、旧訴訟と同様に受忍限度を超えるものとして救済されなければならないと主張するにすぎない。
しかしながら、被告は、別紙「嘉手納飛行場周辺常時測定設置場所」(<略>)記載のとおり、沖縄市字倉敷など本件飛行場周辺地域の地点において自動騒音測定点を設置しているが、それらの測定点で測定された昭和60年度ないし平成13年度の常時測定地点における測定の結果得られたデータに基づき、本件飛行場周辺の騒音曝露状況を検討すると、そのほとんどの地域において、年間のうちの相当日数は環境庁が定める環境基準値のW値以下となっていることや、屋外の騒音圭がW値90であっても、防音室内においては、住宅防音工事の効果により環境基準が達成されたと同様の屋内環境(屋内においてW値60以下)が保持されていることなどは明らかである。更に、W値75以上の区域において実施している住宅防音工事は、住宅防音工事希望世帯に対しては追加工事も含めて100%完了しており、本件飛行場周辺地域の原告らの住宅も含む大半の住宅には、住宅防音工事が施工されている。
そうすると、本件飛行場周辺の航空機騒音の程度は、原告らが主張するような被害をもたらすほど強度なものであるとは到底認められないことはもとより、多くの地域において、近年騒音の減少傾向が認められているのであるから、原告ら主張の被害も相当程度緩和されていることは明らかというべきである。
イ 航空機の墜落等の危険
本件飛行場は、我が国の航空関係法規によって安全性が確保されている民間飛行場よりはるかに広大な敷地を有しており、滑走路の位置、長さ、幅員にも欠陥がなく、航空管制に必要な設備も具備されている。また、米軍は、自ら各種の基準を定めてその安全性の確保に努めており、飛行経路については人口の多い地域を避けるなどの配慮がなされている。
このように、本件飛行場における航空機の運航は、安全性の確保について可能な限りの配慮を尽くしてなされているものであるから、通常の社会生活上支障となる程度の墜落等の恐怖感を与えるものではない。
(8) 被侵害利益の有無、程度
ア 原告らの主張・立証の誤り(個別立証の必要性)
原告らは、損害について、総体としての被害のうちすべての原告らに共通して認められる損害を請求するので、その損害の立証については、個別立証は不要であるなどと主張するが、このような共通損害論及び個別立証は不要であるとの原告らの主張は、明らかに誤りである。
すなわち、本件は、各原告の被告に対する個別の損害賠償請求が単純に併合されたものにすぎない。そして、航空機騒音による障害は、日常生活の妨害及び精神的不快感という個人の主観的条件により異なるものであり、その内容、性質からのみでは違法な法益侵害と判断すべき客観的基準を定めがたいものであるのみならず、空港が存在する以上は、その周辺においてある程度の騒音障害の発生は不可避のものである。他方、航空交通による利便は政治、経済、文化等の多方面にわたり社会生活上多大な効用をもたらしていることから、一定の範囲の騒音障害は周辺住民としても受忍すべきものである。これを当然の前提として、侵害行為、被害、公共性、空港利用の経緯及び空港管理者の実施した騒音軽減方策の適否等の諸事情も総合的に考慮して、当該空港の供用に起因する騒音障害が空港周辺住民全体にとっても周辺住民各個人にとっても社会的に妥当とされる範囲を超えているか否かを慎重かつ適正に、全体的・総合的に判断すべきである。したがって、原告らは、原告ら各自が被っている被害につき、それぞれに固有な権利として損害賠償の請求をしているのであるから、本件飛行場の供用が違法であるかどうかを判断するに当たっては、原告らの侵害されているとする被侵害利益の性質と内容が明らかにされることが必要であり、本件のような集団訴訟においても、各原告ら各人がそれぞれ主張するような被害を被っていることを主張・立証しなければならない。
そして、各人の性別、年齢、職業、健康状態、気質、体質、騒音等に対する感受性や慣れの程度、騒音等の発生源に対する利害関係、居住地域、防音工事実施の有無等による家屋の遮音性、居住期間、勤務地、通勤通学先等々、身体的、心理的、社会的な条件や生活の態様が異なるのに従って、各人の受けるであろう精神的被害(心理的不快感)、生活妨害、身体的被害の性質・内容・程度も個々に異なるから、精神的被害、生活妨害、身体的被害のそれぞれについて、個々の原告ごとにどのような被害を受けているか、その内容、程度を個別的、具体的に明らかにする必要がある。すなわち、本件訴訟において原告らが主張しているのは、原告らに「身体的被害」、「精神的被害」、「睡眠妨害」、「日常生活の妨害」、「教育環境の悪化」等が具体的に発生しているから、嘉手納飛行場を離着陸する航空機の飛行の差止めや慰藉料を請求するというものであるべきであり、個々の原告にその主張に係る各種健康被害が具体的に発生していることを個別具体的に主張・立証する必要がある。
ところが、原告らは、この点に関する具体的な主張・立証を何ら行っていないのであるから、その意味で原告らの主張は失当であり、また立証もないというほかない。
イ 共通損害の主張・立証方法
最高裁昭和56年大法廷判決は、いわゆる「共通損害」のみを損害として一律に慰藉料を請求する手法のあることを認めているが、損害の立証の程度について一定の軽減ないし緩和を認めたものではない。損害賠償請求においては、原告ら各自が被った損害の内容や程度を個別的に立証した上で、その損害全部についての賠償を求めるのが通常であるが、そうではなく、原告全員に共通する損害が存在する場合に、当該共通する損害についてのみ賠償を求めるというのであれば、その賠償を求める共通した損害を立証すれば足りるのは当然のことであり、前記最高裁判決は、このことを前提として当該事案における請求を許されないではないとしたにすぎない。したがって、このような請求方式による場合であっても、原告各自が個別に共通損害を被ったことを立証する必要があることは当然である。
したがって、原告らが共通損害のみを損害として主張することは、特に否定されるべきものではないが、その場合でも、損害の立証の程度は一般的な損害賠償請求のそれと基本的に変わりはなく、原告らは、まず、何を共通損害として捉えるのかを主張した上で、原告ら全員が上記共通損害を被っていることを立証する必要がある。すなわち、共通損害として認められるためには、<1>原告らの一部の者にそのような被害が発生しているという主張・立証では足りず、<2>被害の性質が現に他の原告らにも生じていると認められるような性質・程度の被害であることの主張・立証が必要であるというべきである。
以下、原告らが共通損害と主張する被害のうち主要なものについて、その問題点を指摘する。
ウ 身体的被害について(一般論)
少なくとも身体的被害に関する限り、原告らが主張するいわゆる共通被害(原告ら全員に共通する被害)の主張・立証方法を認める合理的理由は全くないというべきである。原告らが共通損害と主張する各損害のうち、例えば、聴力に対する被害、低出生体重児、健康に対するその他の影響などを含む身体的被害は、個別損害の典型的な場合である。
すなわち、身体的被害が生ずるためには、まず現実に身体的影響が生じたことが大前提であるが、ある原告に現実の身体的影響が生じたという事実は、その原告に特有の事実であって、その事実を他の原告と共有することはありえない。また、現実に身体的影響が生じたという事実を具体的に主張・立証することなしに、抽象的に身体的被害を主張することは無意味である。少なくとも、身体的被害に関する限り、共通損害の主張・立証方法を認める合理的理由は全くない。したがって、原告らは、身体的被害を損害の一つとして主張するのであれば、原告らのうち誰がどのような被害を受けているかを具体的に主張すべきであるし、これを裏付ける診断書、医学文献その他の客観的資料によって、上記被害を立証すべきである。しかしながら、本件において、原告らは、一部の原告を除いて原告らのうちの誰がどのような被害を受けているかについて具体的に主張していないし、これを裏付ける診断書その他の客観的資料を提出しておらず、このような原告らの主張方法は、原告ら自身が健康及び身体に対する具体的被害を主張し得ない事実を示すものというべきである。
のみならず、現在までの調査研究結果によれば、飛行場周辺で航空機騒音を最大に受けることにより、一般的な意味での肉体的、精神的に深刻な影響を受けるということを示す明確な証拠は現在のところないとされており、通常のジェット機の離着陸に伴う航空機騒音のレベル及び頻度の程度では、聴力損失等の健康及び身体被害が生じる可能性はほとんどないとするのが、今日の医学上の定説というべきである。本件飛行場周辺の航空機騒音レベルは、深刻な身体影響を与えるほどのレベルには至っておらず、周辺住民に対する影響としては、心理的負担感が認められるにすぎない。
エ 特に聴力損失について
(ア) 原告らは、99年調査報告書を援用して、本件飛行場周辺に居住する12名が、本件飛行場の航空機騒音により聴力損失を来しており、更にはW値85以上の地域に居住する原告らについても、同様に聴力損失に至る高度の危険性がある旨主張する。
しかし、99年調査報告書の中間報告書及び99年調査報告書の記載自体が、「検査結果から騒音性難聴が強く疑われる者が見いだされても、ただちに航空機騒音がその原因であるとは特定できない。」などとしているのであるから、聴力損失の原因となる既往歴や職業性騒音曝露歴がある場合には、本件飛行場による騒音性聴力損失と判断することはできない。
(イ) 99年調査報告書の診断ないし認定の問題点
のみならず、原告らが根拠として挙げる99年調査報告書の内容についても、上記騒音性聴力損失者の診断ないし認定に当たり、次のような疑問があるから、聴力損失者の認定は杜撰であって信用できない。
<1> 検査の対象者には、騒音性聴力損失が発生するために必要な期間の騒音曝露の要件を満たしていないと考えられる25ないし40歳の若年層が一部含まれているなど、検査対象者の選定が不適切である。
<2> 対象者に対する十分な問診がなされなかったため、騒音性聴力損失を認定するに当たって必要不可欠な事項に関する問診結果が欠落してしたり、具体的な騒音曝露状況が不明であるまま騒音性聴力損失者と認定された者がいるなど、問診や聴力損失者の認定が杜撰である。
<3> 一般的に、気導聴力検査と骨導聴力検査の結果に15dB以上の変動がみられる場合には、検査結果の信頼性が疑わしいとされているところ、99年調査報告書において騒音性聴力損失者と認定された12例のうち2例について誤差とはいえない15dB以上の気導・骨導差が存在し、その誤差が15dB以下の者は更に多数存在していることを考慮すると、聴力損失者と認定された者の中には、伝音性聴力損失(外耳道、鼓膜中耳に障害があることから起こる聴力損失)又は混合性聴力損失の者が含まれている可能性が大いにある。
<4> c5-dip型の聴力損失者は、通常の一般成人の中にも一定割合で存在するものであるから、オージオグラムにおいてc5-dip型を示したとしても、それだけで騒音性聴力損失と断定することはできない。また、騒音性聴力損失は騒音曝露当初には聴力低下は著明であるが、騒音曝露歴が10年以上になると、その進行は緩慢となり、老人性難聴では、高齢になると聴力の低下は急速となるから、両者の鑑別は、数年にわたるオージオグラムの比較によってのみ可能であるとする見解があることに照らせば、騒音性聴力損失と加齢による聴力損失の区別は困難である。ところが、99年調査報告書において騒音性聴力損失者と認定された12例のうち4例の症例は、c5-dip型の進行型か加齢による聴力低下か判別しにくいオージオグラムを示しているところ、報告書においては、年齢別の50パーセンタイル値又は90パーセンタイル値を差し引いて加齢による影響を補正したとするが、このような補正手法は今回の沖縄県調査において初めて採られた手法であって、騒音性聴力損失を認定する場合に一般的に認められた手法ではないから、99年調査報告書は、加齢による聴力損失との区別が十分ではない。
<5> 航空機騒音等の環境騒音の場合は、通常、左右両耳において等しく騒音曝露を受けるため、気導聴力は左右等しく失われるといわれている。しかし、99年調査報告書は、左右の気導聴力が大きく異なる症例も騒音性聴力損失者と認定しているが、このような症例については、聴力損失の原因としては航空機騒音曝露以外の原因が疑われる。
(ウ) 因果関係に関する99年調査報告書の問題点
また、原告らは、因果関係につき疫学的手法を重視する99年調査報告書を根拠として、4名の原告を含む12名の聴力損失と本件飛行場の航空機騒音には法的因果関係がある旨主張する。しかし、この点についても、次のような問題点がある。
a 聴力損失のように発生機序が明らかな被害は集団的観察になじまないから、航空機騒音との法的因果関係を疫学調査によって認めること自体が誤りであるし、疫学的因果関係は、あくまで、個々の患者とは別に人間集団を対象とするものであるから、疫学上因果関係が認められたとしても、それは訴訟において要求される法的因果関係とは次元の異なるものである。したがって、疫学的因果関係が肯定されれば法的因果関係が肯定されるとする原告らの主張は、誤りである。また、疫学の観点から因果関係を検討するに当たっては、仮説要因の存在又は曝露が健康影響の発生に先行することを必要とするが、航空機騒音の健康影響に関する疫学調査の大半は、航空機騒音の曝露を受けた時期と疾病が発生した時期の先後関係を考慮せずに調査を行った横断的研究であり、時間的な関係が明確ではないから、その原因究明度は低い。沖縄県調査において用いられた調査手法も横断的研究であり、時間的な前後関係の検討が不十分であるから、これにより原告らの個別損害との法的因果関係を認定することはできない。
b 例えば、環境騒音の純音聴力への影響の有無について実証的に調査した研究結果は、我が国における最も騒音の多い飛行場周辺の住民の聴力に特段に有意な差がないことを明らかにしているから、航空機の整備などで職業的に曝露される場合は別として、空港・基地周辺住民に騒音性聴力損失が見られることはまずないというのが定説である。
そして、99年調査報告書が引用し、あるいは原告らが因果関係の根拠として挙げる研究結果に対しても、許容される暗騒音のレベルを超える環境において聴力測定が行われた疑いがあることなど測定方法や検査精度に問題があり、また、測定結果についても、聴力像が騒音性聴力損失の聴力像を示していないことなどいずれも問題点を指摘できるから、因果関係の根拠たり得ない。
c 99年調査報告書は、量反応関係や地域集積性を因果関係の根拠とするが、前述のとおり、そもそも沖縄県調査における聴力損失者の認定が杜撰であるから、聴力損失者の存在を前提とする騒音性聴力損失の地域集積性を認めることができない。仮に、沖縄県調査における聴力損失者の認定が正しいと仮定したとしても、量反応関係ないし地域集積性は認められない。
まず、聴力損失が航空機騒音曝露量の多少によって影響があるとするならば、騒音性聴力損失者と認められた12名の間で、W値が上昇するに従って聴力損失者の割合が増加するという関係が認められるだけでなく、騒音性聴力損失者と認められなかった者をも含めた者の間においても、W値が上昇するに従って平均聴力損失のレベルが上昇するという関係が認められるはずである。しかしながら、被告が、沖縄県調査における聴力検査の一次検査の結果について、W値ごとに7周波数の各聴力レベル平均値とSD値(標準偏差)を求め、t検定を行う方法により解析したところ、騒音性聴力損失者と認められなかった者を含めた場合においても、W値が上昇するに従って平均聴力損失のレベルが上昇するという関係は認められなかった。したがって、本件飛行場周辺における航空機騒音は、航空機騒音曝露が大きいグループの聴力損失には影響がないのであり、騒音性聴力損失者と認められた12名の間であたかもW値が上昇するに従って聴力損失者の割合が増加するという関係が認められたのは偶然にすぎない。
また、99年調査報告書は、聴力損失が航空機騒音曝露によるとする理由として、WECPNLの区分とTHI調査の「日ごろ耳のきこえがわるいほうですか」との問いに対する回答が「はい」と答えたものの比率に量反応関係が認められることを挙げるが、THIは、調査対象者の主観に基づく訴えであって医師の診断ではないし、THIはあくまで自己申告に基づくものであるから、先入観や利害関係等のバイアスを避ける周到な準備が必要である。したがって、99年調査報告書が、WECPNLの区分とTHI調査の「はい」と答えたものの比率に量反応関係が認められるから、W値の区分と聴力損失との間に量反応関係ありとするのであれば誤りである。
そして、99年調査報告書は、W値85以上の群からW値95以上の群にかけて、オッズ比の上昇傾向が認められるため、W値90以上の群から耳の聞こえへの影響が生じている可能性もあるとするが、実際にオッズ比の上昇が認められるのは、W値95のみであり、W値90以下のオッズ比は、いずれも1を下回っているから、W値85以上の群からW値95以上の群にかけて、オッズ比の上昇傾向が認められるということはできない。したがって、THI調査の結果からも、W値が上昇するに従い耳の聞こえが悪くなるという関係は成り立たず、これをもって99年調査報告書における聴力損失と本件飛行場からの騒音曝露との間の因果関係を認める要素とはなり得ない。
d 99年調査報告書は、ベトナム戦争当時の航空機騒音が住民の聴力に影響を及ぼす危険性は否定しがたいとしているが、その根拠はない。
そもそも、99年調査報告書が前提とした測定資料が何を指すかが不明であるから、上記判断は信用できない。
また、ベトナム戦争後は騒音状況が低減しており、更にその後の防音工事による防音効果により屋内において受ける騒音量は減少していることからすると、本件飛行場を離発着する航空機の騒音によって聴力損失が生じたというのであれば、その聴力損失はベトナム戦争当時から始まっているはずである。ところが、99年調査報告書において聴力損失者と認定された12名のうち、本人尋問が実施された4名が聴力損失を自覚した時期をみると、いずれも比較的最近であるから、上記4名についてはベトナム戦争当時の騒音曝露が聴力損失に影響を与えているとはいえないし、原告本人尋問を実施していない8症例については、いずれもその発症時期が不明であるから、このような時間的関係を確認することさえできない。更に、99年調査報告書のとおりであるならば、ベトナム戦争当時本件飛行場周辺に居住していた幼少期の者(99年調査報告の当時は30歳代の者)は当時激甚な騒音に曝露していたことから、騒音性聴力損失となった者が多数存在するはずであるが、30歳代において騒音性聴力損失と認定された者はわずか1名(症例12(X5))しか存在しない。
e 99年調査報告書において騒音性聴力損失者と認定され、原告本人尋問が実施された4名の原告の聴力損失と本件飛行場周辺の航空機騒音の因果関係を肯定するためには、これらの原告がこれまで曝露してきた航空機騒音の物理量を特定する必要がある。しかし、個人曝露量の特定自体が困難であるし、家屋による遮音量や個人それぞれの生活様式等を考慮すべきであるから、4名の原告が、県の測定点K8砂辺の常時測定点における測定結果と同量の航空機騒音に曝露されているものとして、聴力損失量を推計することは誤りである。そして、聴力損失を引き起こす量の騒音に曝露したか否かは、純粋な騒音のエネルギー量(Leq)により判断されるべきであるが、被告が設置した自動測定装置の測定結果によれば、4名の原告方に近接する測定点におけるLeq(24)の値は、EPAの基準値を下回るか、わずかに上回るだけである。したがって、4名の原告が、沖縄県の常時測定地点における測定結果と同量の航空機騒音に曝露されているものとして、聴力損失量を推定することは誤りである。
f そうすると、本件では、疫学的因果関係立証の基準のほとんどを満たしていないことは明らかであり、99年調査報告書は、公衆衛生学の観点から、政策的判断として因果関係を肯定しようと試みたものにすぎず、これを法的な因果関係を認定するための資料として用いることはできないことは明らかである。
(エ) 原告らが根拠として挙げる研究結果等に対する批判
原告らは、<1>EPAの聴力保護基準における安全限界値Leq(24)70dB、<2>TTS2仮説、<3>E教授らが提唱する騒音の臨界帯域の中心周波数におけるスペクトルレベルと曝露及び休止時間とによる単位階段関数に基づくTTS2の予測に関する研究により、一定レベルを超える航空機騒音に曝露された場合、NITTSが生じ、かつその曝露が反復されることにより、NIPTSが生じることは一点の疑いを入れない事実となっており、これを否定する調査研究は一切存在しない旨主張する。
しかし、聴力保護の点から提唱されている基準の大部分は、工場等の職場騒音におけるものである。そして、職場騒音として研究の対象となった工場騒音と、本件飛行場周辺の航空機騒音を比較すると、工場騒音は、労働者が直接曝露される騒音であるのに対し、航空機騒音は、少なくとも建物内にいる限りでは、建物の防音・遮音効果により直接曝露されることのない騒音であるし、その大きさ・性状についても、両者は、その性質、曝露回数及び時間において大きく異なった騒音であるから、これを同列に論じることはできない。原告らが根拠とするEPAの聴力保護基準も、職場における連続騒音曝露についての知見から環境騒音である航空機騒音についての基準を導くものであるから、このような問題点を孕むものであり、しかも、航空機騒音により聴力損失となった事例についての実証的研究があるわけではないから、個別原告の聴力損失と航空機騒音との間の因果関係を論ずるための基準として用いることはできない。仮にこの点を措くにしても、本件飛行場における騒音量(1日の合計曝露時間の年平均)は、最も騒音の激しい地点の1つである沖縄市字倉敷ないし同市字池原(W値95以上の区域)における測定結果によっても、昭和60年度から平成4年度までの1日平均の騒音(70dB以上)累積時間は、11分33秒ないし30分34秒であるから、例えば日本産業衛生協会許容濃度等委員会による騒音許容基準をはるかに下回っている。加えて、家屋の減音効果や防音工事による防音効果を考慮すると、本件飛行場周辺の住民に航空機騒音による聴力障害が起きることは考えられない。
また、原告らは、騒音と聴力損失(NIPTS)との間には定量的な関係があり、科学的に明らかである旨主張する。しかし、前述のとおり、職場騒音と環境騒音を同列に論じることはできないのであり、のみならず航空機騒音のような間欠騒音については、連続騒音に関する予測式をそのまま使うことができないとされているのであるから、そのようなものについて「定量的関係が確立」しているということはできない。
更に、一定レベルを超える騒音に曝露された場合に、NITTSが生じ、これが反復されることでNIPTSが生じるとの仮説は一般に承認されてはいるものの、いかなるレベルを超える航空機騒音にどの程度反復して曝露した場合にNIPTSが生じるかは未だ明らかにされてはいない。NITTSは、騒音への曝露が終了すれば速やかに回復するとの研究結果や、航空機騒音のような間欠的な騒音曝露については、NIPTSを生じるに至らないという研究結果もあり、NIPTSとNITTSとの関係は必ずしも明確ではなく、両者の関係について確定的な見解は存在しないといわれている。したがって、TTS2仮説に依拠する原告らの主張は、そもそもその前提において成り立たない。
そして、原告らが因果関係の根拠として挙げるE教授の所税は、エネルギーが等しければ定常騒音(連続騒音)よりも非定常騒音(間欠騒音)の方が有害であるとして、間欠騒音である航空機騒音が定常騒音(職場騒音)より聴力保護にとってより有害であるとするものであるが、このような見解は通説ではなく、かえって、間欠騒音への曝露によるTTSは通常過大評価される傾向があるし、EPA自身も前記保護基準を変更していないことからしても、航空機騒音が連続騒音よりも聴力にとって有害であることはあり得ない。
そうすると、EPAの安全限界値やTTS2仮説、E名誉教授の所見等からでは、本件飛行場を離発着する米軍機の騒音と騒音性聴力損失との法的因果関係は、直ちには肯定されないというべきである。
(オ) 以上検討したところに加えて、本件飛行場周辺に長期間居住している住民でも聴力損失を起こしていない者も多数存在すること等の事情にかんがみれば、99年調査報告書において騒音性聴力損失者と認定された12名は、特に本件飛行場の航空機による騒音性聴力損失ではなく、一般的な社会的難聴である蓋然性が高いから、本件飛行場による騒音曝露と聴力損失との間に因果関係があるとはいえないし、ましてこれをもって原告らの共通損害といえないことは極めて当然である。
オ その他の身体的被害について
原告らは、航空機騒音による「聴力損失以外の健康被害」として、「血圧上昇・胃腸障害」、「頭痛・肩こり、目まいなどの身体的自覚症状」、「低出生体重児の出生率増加」、「幼児の問題行動」等を主張している。
しかしながら、前述のとおり、そもそもこれらの被害は個別原告ごとに主張・立証されるべきものであるところ、その主張・立証は全く不十分と言わざるを得ない。殊に、「低出生体重児の出生率増加」や「幼児の問題行動」という被害は、その性質上共通損害とはなりえず、そもそも原告らの中に、自らがこのような被害を受けていると主張するものはいないのであるから、主張自体失当である。また、百歩譲って前記被害の主張・立証がなされているとしても、騒音の健康に対する影響については、不十分な知見しかなく、これらの症状は航空機騒音以外によっても生じ得るものである。そうすると、原告らが主張する前記被害は、本件飛行場に起因する騒音等によって生じたものとは到底いうことができない。
カ 日常生活の妨害等について
航空機騒音は、一般的にいえば、各種の生活妨害及び心理的不快感など日常生活に望ましくない影響を与える可能性があろう。
しかしながら、本件で問題となっているのは、単に航空機騒音の日常生活に及ぼす一般的影響ではなく、本件飛行場供用の違法性判断の際の最も重要な考慮要素の一つである被害としての航空機騒音の影響の内容、程度である。換言すれば、本件飛行場供用を違法と判断するに足りる程度の騒音障害があるか否かが問題となっているのであり、上記被害の内容、程度は、航空機騒音による障害がある程度存在するというのでは足りないのであって、それが一般通常人の社会生活に耐えられないような重大かつ深刻な程度のものでなければならない。すなわち、飛行場に航空機が離着陸する場合に常にある程度の騒音が発生することはやむを得ないところであり、本件飛行場供用による社会的効用が多大であることを考慮すれば、飛行場周辺住民は、ある程度の航空機騒音については不可避的なものとしてある程度までは甘受すべきものであって、その騒音による被害が一般通常人の社会生活上耐えられないような重大かつ深刻な程度に至ったときに初めて飛行場供用の違法性判断の対象となる被害ということができると考えるべきである。
また、社会調査等の結果により飛行場周辺において上記の騒音障害が発生すること自体は大部分の者について認められることがあるが、それが耐えられないという程度の強い訴えとして大部分の者に発生するというのは相当に高い騒音レベルの場合である。そして、本件のように飛行場供用の違法性が問われるような場面において問題となるのは、まさにそのような重大かつ深刻な部類の騒音障害なのである。環境基準を設定する場合のように将来の騒音問題を解消するという見地からであれば、比較的低い程度の訴えすら生じないという望ましい騒音レベルを定立することが目的であるので、単に騒音障害の訴えが当該地域の何割の者に生ずるかを検討すれば足りるが、飛行場供用の違法性判断の場面においては、単に騒音障害の訴えがあるか否かということにとどまらず、耐えられないという程度の強い訴えがどの位の割合の人々に生じているかを検討し、これにより被侵害利益の内容、程度を確定しなければならないはずである。このような判断をしないままに共通被害を認定するとすれば、一部の者にしか生じていない最大限の被害を全員に共通する被害として認定する重大な誤りを犯す危険性があるのである。
したがって、原告らが日常生活の妨害について共通被害として主張するのであれば、まずもって、各人の受けている被害のうち、どのような部分ないし範囲において共通しているものを共通被害として把握するのかを明確にした上で、耐えられないという程度の強い訴えが原告等の中のどの位の割合の人々に生じているかを明らかにしなければならない。しかし、原告らは、共通被害の内容を明らかにする主張を全くしていないから、各原告本人の被害が立証されているとは到底いえない。
なお、日常生活の妨害として原告らが共通損害と主張するその他の被害については、その性質上原告らのうち一定のグループにのみ生じ得るが、原告ら全員に共通して生じるはずのない損害が存在する。
すなわち、原告らが主張する諸損害から例を挙げれば、教育環境の破壊は、就学中の子供がいる場合にのみ発生することは明白である(なお、これはそもそも就学中の子供本人に生じる損害であり、かかる生活条件を有する家族に生じる損害は、教育環境の悪化を理由とする精神的損害というべきである。)。また、職業生活の妨害は、就業中の原告でなければ発生し得ない。
つまり、これらは、およそ被害が発生する前提となる生活条件のない原告には発生しようのない損害であるから、原告らがこれらを損害の一部として主張するのであれば、原告らのうちどの範囲の者が上記のような損害の生じ得るグループに含まれるのかを明らかにする必要がある。そして、その上で、これをそのグループの原告らの共通損害ととらえるのであれば、まず、何を当該原告グループの共通損害としてとらえているかを明示した上で、上記グループに属する原告らが実際に上記共通損害を被っていることを立証すべきであるが、本件においてこのような主張・立証はなされていないのであるから、原告らの主張はそもそも失当である。
キ 睡眠妨害について
原告らは、本件飛行場の航空機騒音によって原告らが睡眠妨害を受けている旨主張するが、どの程度の騒音であれば、人の睡眠を妨げるものであるかを判定する確たる証拠は存在せず、しかも、屋外において発生した騒音が人の睡眠にいかなる影響を及ぼすのかについて客観的な資料は何ら存在しない。
そもそも、睡眠は本来個人差が顕著であり、人によっては客観的には眠っていても、不眠を訴える者もいるから、主観的な訴えのみから睡眠妨害の有無を論じることは慎まなければならないし、慣れによる影響の緩和、老化による脳の血管の動脈硬化等の事情にも留意すべきである。現時点の科学的知見からは、航空機騒音と睡眠妨害の間の関連性は必ずしも明確ではないといわざるを得ない。
また、本件飛行場周辺における航空機騒音に起因する睡眠妨害の有無ないし程度を判断するにあたっては、睡眠が本来人間の夜間の生活の営みであることに照らして、まず第一に、本件飛行場における航空機の夜間の運航状況と周辺住民の生活時間との関係を明らかにする必要があり、このことを離れて、騒音一般あるいは航空機騒音一般について睡眠への影響を論ずることは無意味である。そして、本件飛行場周辺における夜間の騒音量については、本件飛行場周辺における最も騒音の激しい地点の1つである測定点14(北谷町砂辺)においても、人が通常睡眠に使用する時間帯である午後10時から翌日午前7時までの間の騒音発生回数は、1日平均1.8回ないし3.2回にすぎない。しかも、これは屋外における測定記録に基づくものであるところ、旧訴訟の第一審裁判所が昭和61年11月6日に実施した検証結果によれば、防音工事実施済みの住宅内では、最大30dB(A)程度の防音効果が認められ、防音工事が実施されていない住宅でも、窓を閉めればかなりの減音効果が認められるところ、一般に、深夜、早朝においては、人は窓を閉めて睡眠をとるから、仮に前記時間帯に航空機騒音が発生しても、就寝中の居室内に到達する騒音量は相当程度減衰しているものである。そうすると、これらの防音又は減音効果に加え、冷暖房機及び換気扇を取り付ける空調工事が併せて実施されていることからすれば、ごく短時間に窓を開放せざるを得ない場合が生じ、たまたま睡眠を妨げる程度の騒音に曝露されたとしても、それは、もはや受忍限度内のものと評価するのが相当である。
原告らは、本件飛行場における航空機騒音により原告らが睡眠妨害を受けている証拠の一つとして、99年調査報告書を挙げる。しかし、99年調査報告書は、曝露群の相対的危険度を図る方法としてオッズ比を用いているが、そもそもオッズ比を相対的危険度と同定するのが相当ではない場面にまで、オッズ比を用い、これを根拠に量反応関係ありとの結論を導いており、分析方法上問題があるから、その根拠とはなり得ない。
ク その他の精神的被害について
原告らは、本件飛行場の航空機騒音による精神的被害を主張し、沖縄県調査の結果等をその証拠としている。
しかしながら、好ましくない音か否か、その程度はいかなる程度であるかは極めて主観的かつ心理的なものであるから、ある音が騒音であるか否かの判断は、個人個人の主観的、心理的性向に依存することが大きく、同一人であっても、時、場所、状態によって違ってくる。すなわち、うるささは、騒音妨害として述べられているものに対する人間の主観的な反応であり、特に、騒音源に対する人間の評価、態度が、うるささの反応を増大させる重要な要因として働く可能性が示唆される。したがって、このような主観的な影響は、それが認められるとしても、法によって保護するに値する利益に当たるか否かについては慎重な検討を要するというべきである。また、一般的にいえば、本件飛行場周辺の航空機騒音の発生は1日の生活時間帯の極めて限定された部分にすぎないのであり、しかも、それらは、住民の社会生活へ妨害を極力少なくするように十分に配慮されているから、これによりある程度の精神的不快感はあるとしても、社会生活上受忍限度の範囲内のものであって、原告らの主観的反応を過大に評価すべきではない。
そして、原告らが根拠として援用する沖縄県健康調査における生活質・環境質調査は、調査方法、解析方法及び結果解釈の妥当性のいずれについても、調査対象者が調査目的を告げられ、あるいは推知し、これらの要因がバイアスとなった可能性があること、調査内容により、対照群を挙げているものと挙げていないものが混在しており、解析方法に一貫性がないことなどその信頼性に種々の問題点が含まれていることから、航空機騒音によって精神的情緒的被害を認定するに足る証拠にはなり得ない。
(9) 本件飛行場の公共性等
ア 本件飛行場の公共性
今日、我が国は、自由と民主主義を基本理念とする先進自由主義国家の一つとして繁栄と発展の道を歩んでいるが、国の存立は、国民の生活と福祉の不可欠の基盤であり、国の平和と安全を確保し続けていくことは、国民の幸福を守り、増進させるために必須の要件である。我が国は、武力紛争がほとんど絶えることのない厳しい国際情勢の中で、戦後幸いにして他国の侵略を受けることはなかったが、将来万が一にも我が国が他国から侵略されるなどの事態が発生すれば、国民の安全が重大な危機に直面することはもとより、これまでのような自由と幸福を追求することは到底不可能となる。
そして、自ら適切な防衛力を保持するとともに、日米安全保障体制の下に国の防衛を全うしようとする我が国において、在日米軍等の使用する防衛施設は、その目的遂行上不可欠のものである。冷戦終結後においても、宗教や民族などに根ざす対立が紛争として顕在化するなど、国際情勢は依然として不透明・不確実な要素を孕んでおり、アジア太平洋地域においても様々な不安定要因が存在している。このような国際社会にあっては、日米安全保障体制の意義はいささかも減じていない状況にある。したがって、今日においても、米軍に提供される防衛施設の機能が十分に発揮され、かつ、安定的な使用が確保されることは、我が国の平和と独立を守り、国民生活の安全を守るため必要不可欠なことといわなければならない。
在日米軍は、世界各地に展開している米軍と有機的に結合し、広く極東の平和と安全を維持するため極めて重要かつ不可欠の役割を果たしているものであるが、本件飛行場にあっても、安保条約に基づく日米安全保障体制の下において、日本本土における重要な位置を占める施設の一つであって、その使用の必要性は、格段に高い優先順位を占めるものであって、本件飛行場の公共性が極めて高度であることは明らかである。
イ 本件飛行場の適地性及び重要性
一般に、飛行場の立地条件として、地形的に山岳地帯から離れた平坦な地にあり、高層建築物等障害物がないこと、気象的には年間の悪天候の発現日数が少ないこと、風向がほぼ一定であることが必要であるが、本件飛行場は、右の条件を満たしている。更に、地理的条件からしても、本件飛行場の位置は、アジア大陸に近く、日本列島の南端にあるため、我が国の安全及び極東における国際の平和・安全に寄与するという安保条約の目的達成からいって、地理的条件も満たしているものである。
そして、昭和48年1月の在日米軍が使用する沖縄における施設・区域の整理統合計画に基づき、かつて在日米軍の使用していた中城村所在の久場崎学校地区、那覇地域に所在した那覇空軍・海軍補助施設及び牧港住宅地区が我が国に変遷される(返還に係る土地面積は約562万7000平方メートルである。)に至ったことから、その後那覇地域における在日米軍の使用する施設・区域は本件飛行場に集約されており、現時点において、他に本件飛行場と同規模、同条件の施設・区域を沖縄県に求め、その機能を代替させることは、不可能な状況にあるから、本件飛行場は我が国の存立上重要な地位を占めていることは疑いを入れない。
(10) 周辺対策等
被告は、本件飛行場周辺において、本件飛行場の存続によってもたらされる公益の重大性と本件飛行場を維持するために影響を受ける住民の生活上の利益との調和を図るため、以下に述べるような種々の周辺対策等を検討し、積極的に実施してきた。この周辺対策等は、当初、個別の事例ごとに行政(予算)措置に基づいて実施されていたものであるが、その後、周辺整備法、生活環境整備法が制定されたことにより、主としてこれらの法律に基づいて実施されているものである。そして、前記のとおり、違法性の存否は、侵害行為の持つ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度等を比較検討するほか、侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況、その間に取られた被害の防止に関する措置の有無及びその内容効果等の事情をも考慮し、これらを総合的に考察してこれを決すべきであるから、被告が被害の防止に関して取った措置、内容、その効果等についても、違法性の判断に当たり十分考慮されるべきである。本件飛行場周辺において実施されている騒音対策を概説すると、次のとおりである。
なお、被告は、米軍機の運航活動を規制する権限を全く有していないので、米軍機の運航方式を直接規制することはできないが、アメリカ合衆国は、日米合同委員会の合意等に基づいて、本件飛行場の使用方法について規制を設け、周辺住民に対する航空機騒音の影響の軽減に認めている。また、航空機騒音について、周辺住民等から苦情があった場合、被告は機会あるごとに米軍に対しその旨を申し入れており、米軍は騒音量を最小限にとどめるべく努力している。
ア 周辺対策
(ア) 住宅防音工事の助成
住宅防音工事に対する被告の助成措置は、生活衆境整備法によって新たに採用された周辺対策であって、防衛施設の運用の特殊性に着目した上で、望ましい生活環境を確保することにより防衛施設と周辺地域の共存を図る趣旨の下に、(イ)で述べる移転補償措置とともに、周辺住民の生活の本拠における航空機騒音の防止、軽減を図ろうというものである。
住宅防音工事の助成対象となるのは、生活環境準備法4条に基づく第一種区域指定の際、前記区域内に現に所在する住宅であるが、被告は、区域指定に先立ち、被告は、昭和50年度から、本件飛行場周辺のうち航空機騒音の影響が著しいと思料される蓋然性の高い地域に所在する住宅を対象として住宅防音工事を実施してきた。その後、被告は、昭和56年7月18日にはW値80以上の区域について、昭和58年3月10日にはW値75以上の区域についてそれぞれ第一種区域の追加指定を告示し、以後は、生活環境整備法4条の規定に基づく住宅防音工事の対策を精力的に実施してきている。また、被告は、このように第一種区域を段階的に拡大したことに伴い、当初の告示の時点で現に所在しなかった住宅に対しても、沖縄県では、全国に先駆けて、行政措置として防音工事の助成措置を講じているし、第一種区域内において、前記昭和58年の告示以降に建築された住宅(告示後住宅)についても、一定の区域に所在する住宅に対しては、平成13年度から、行政措置として防音工事の助成措置を講じている。被告は、そのほか、平成11年度からは、住宅防音工事により外部開口部に設置した防音建具で、設置後2年以上経過し、現にその機能の全部又は一部を保持していないものの機能復旧工事を実施した際の助成措置や、バリアフリー対応住宅など新しい様式の住宅に対しても防音工事(防音区画改善工事)を実施し、制度の充実化を図っている。更に、被告は、平成14年度からは、前記告示後住宅と同様、騒音の著しいW値85以上の区域に所在する住宅について、住宅全体を一つの防音区画として、その外郭について実施する外郭防音工事の助成を行っており、平成15年度からは、住宅防音工事で設置した空気調和機器(冷暖房機等)の電気料金の負担を軽減するための新たな施策として、太陽光発電システムに係るモニタリング事業(調査事業)を実施している。
本件飛行場周辺における住宅防音工事の助成事業の実施状況は、昭和50年度から平成15年度までの間、合計7万2869世帯について、補助額約1397億9010万6000円の措置が採られている。
被告が助成する住宅防音工事は、W値80以上の区域においては25dB以上、W値75の区域においては20dB以上の計画防音量を目標とするものであるが、被告は、個々の防音工事が完了すると、それらの工事が住宅防音工事仕方書のとおりに施工されていることを確認しているから、住宅防音工事施工後の屋内は前記のとおりの防音効果が生じているということができ、現に、本件における検証の結果によっても、23dBから31dBの軽減が認められているところである。
(イ) 移転補償措置
被告は、本件飛行場周辺において、生活環境整備法5条に基づくいわゆる第二種区域の指定が行われる前の昭和50年度から、飛行場に近接し、航空機の離発着等の頻繁な実施に伴う航空機騒音等の影響により居住等の環境として適切でないと思われる区域に建物等を所有する者について、移転措置対策の実施を開始し、生活環境整備法に基づく前記措置を引き続き実施している。この措置は、第二種区域に居住等する住民を一層好ましい環境の地域に移転させるとともに、その跡地を買い入れて緑地緩衝地帯とすることによって、周辺住民の生活環境の整備を図り、併せて飛行場の安全確保に資することを目的とするものである。被告は、説明会を開催するなどして、その内容の周知を図り、その結果、平成15年度までに移転済みの建物戸数時238戸であり、また、買入れ済みの宅地は約7万8000平方メートルとなっている。被告は、前記移転措置の実施により、合計約61億1134万円を支出した。
なお、この制度を利用するか否かは、居住者の任意の意思に委ねられており、居住者としては、航空機騒音等の影響を抜本的に解消することを希望する場合にはこの措置を利用することができるが、これを希望せずあえて居住を継続しようとする場合には、立ち退きを強制されることはなく、また、住宅防音工事の助成を受けることもできるのである。このように、移転補償制度を利用するか否かは、居住者の意思に委ねられているのであるから、これを利用せず居住を継続するというのであれば、その居住者は、航空機騒音の影響があっても当該地域に居住する利便を選択しているものというべきである。したがって、居住者がこの措置を利用するか否かにかかわらず、すなわちこの制度の利用実績如何に関わらず、このような施策が採られていること自体が、空港供用の違法性判断に当たって考慮されるべきである。
(ウ) 緑地帯整備
被告は、昭和58年度から、移転措置実施後の跡地について、生活環境整備法6条及び同条の趣旨に基づき、緑地整備事業を行ってきた。この措置は、航空機の運航上の支障を軽減するとともに、その跡地を整備し、植樹等によって緑地化し、飛行場に近接した地域を好ましい環境保全地帯として整えようとするものである。その結果、被告は、平成15年度までに、約7万3000平方メートルの土地区域を緩衝緑地帯として樹木等を植栽し、そのために約4億8251万円を支出した。このように、被告は、本件飛行場周辺において航空機騒音殊に地上音を防止、軽減するとともに、好ましい景観を維持すべく努力している。
(エ) その他の周辺対策
騒音による人々の主観的な反応を軽減させるためには、飛行場周辺に対する全体的、地域的対策及び各個人に対する助成ないし補償的対策を含めた総合的対策こそが最も効果的なものであるから、被告は、本件飛行場周辺における住民の生活環境の向上、周辺住民の生活の安定及び福祉の向上等のため、<1>民生安定措置の助成措置、<2>特定防衛施設周辺整備調整交付金の交付のほか、行政(予算)措置による周辺対策として、<3>テレビ受信料の減免及び助成措置、<4>騒音用電話機の設置、<5>防音事業関連維持費の補助及び<6>空気調和機器稼働費の補助等を行っている。更に、被告は、<7>国有提供施設等所在市町村助成交付金及び施設等所在市町村調整交付金を交付しており、被告の諸対策に伴う補助金の支出等と相まって、助成を受ける地方公共団体の財政に多大な貢献をしている。
イ 音源対策
米軍の軍用機については、騒音証明制度の適用はなく、特にジェット戦闘機にあってはその性能技術上、騒音の軽減低下は期待し得ないところであるが、本件飛行場においては、平成3年3月から同年8月にかけて空中給油機KC―135A型機(J57ターボエンジン装備)を、今日の大型民間航空機に求められている静粛性を達成しているKC―135R型機(CFM56ターボラァンエンジン装備)に交替させた。
このような音源対策に加え、地上における航空機のエンジンテストに伴う騒音については、本件飛行場内に従来から米軍が設置し、運用してきた6基の消音装置に加えて、被告が6基の消音装置を設置し、これら合計12基の消音装置によって、相当の騒音軽減効果を上げている。
ウ 運航対策
被告は、音源対策に準ずるものとして、日米合同委員会の下部機関である航空機騒音対策分科委員会等において、米軍に対し本件飛行場における騒音の軽減を要請しており、米軍では、本件飛行場において騒音軽減のため騒音軽減計画をたて、<1>飛行場の場周経路の輪郭は、できる限り人口ちょう密地域の飛行を避けるようにすること、<2>低空飛行(飛行パターン高度よりも低いもの)は、任務がかかる飛行を必要とする場合を除き避けるようにすること、<3>日本上空の超音速飛行は、戦術的任務あるいは緊急のためのものを除き陸地上空については禁止されていること、<4>アフターバーナーの使用は任務の遂行もしくは運用上の必要性のために必要な場合だけに制限し、離陸時のアフターバーナーの使用は、安全な高度及び速度になり次第、停止されることになっていること、<5>午後10時から午前6時までの間、可能な場合、飛行活動及び地上活動とも最小限に抑えるものとし、夜間飛行訓練は、付与任務を遂行し、乗組員の練度を維持するために必要なものに限られており、またできるだけ早く夜間飛行を終えるべく努力すること、<6>着陸訓練を行う場合、場周経路に同時に入る航空機の数は、訓練所要との整合を図りつつ最小限に抑えること、<7>日曜日の訓練飛行は抑えること等の運航対策を行っている。
更に、沖縄県民の負担を軽減するため、平成7年11月に日本国政府及び米国政府によって「沖縄に関する特別行動委員会」(SACO)が設置され、日米合同委員会において集中的な協議を行った結果、平成8年3月28日に「嘉手納飛行場における航空機騒音規制措置」が日米合同委員会で合意された。この措置は、嘉手納飛行場周辺地域社会の航空機騒音レベルへの懸念を軽減するため、在日米軍の任務に支障を来すことなく航空機騒音による望ましくない影響を最小限にすべく設定されたものであり、これまでに米軍により既に行われてきた措置を含むものである。
具体的には、<1>日曜日の飛行訓練は差し控え、任務の所要を満たすために必要と考えられるものに制限される、<2>2時から翌朝6時の間の飛行及び地上での活動は、米国の運用上の所要のために必要と考えられるものに制限される、<3>進入及び出発経路を含む飛行場の場周経路は、できる限り学校、病院を含む人口ちょう密地域上空を避けるよう設定する、<4>本件飛行場の場周経路内で着陸訓練を行う航空機の数は、訓練の所要に見合った最小限に抑える、<5>本件飛行場近傍(飛行場管制区域として定義される区域、すなわち、飛行場の中心部より半径5陸マイル(8キロメートル)内の区域)において、航空機は、海抜1000フィート(305メートル)の最低高度を維持するなどというものである。
また、SACO最終報告(平成8年12月2日)において、騒音軽減イニシアティブの実施として、本件飛行場における海軍航空機及びMC―130航空機の運用の移転並びに遮音壁の設置の措置等が合意され、そのうちMC―130航空機については平成8年12月に海軍駐機場から主要滑走路の北西隅へ移転し、また遮音壁についても平成11年12月に本件飛行場の北側に新たな遮音壁が設置されたところである。
(11) 危険への接近
ア 仮に被告に損害賠償義務が認められる余地があるとしても、沖縄が本土に復帰した昭和47年5月15日以降本件飛行場周辺地域に居住を開始した原告らについては、危険への接近の法理に基づき、上記原告らの損害賠償請求は棄却されるべきである。
すなわち、<1>危険に接近した者が侵害行為の存在を認識しながらあえてそれによる被害を容認して居住を開始したこと、<2>被害が精神的苦痛ないし生活妨害の程度にとどまり、直接生命、身体に係わるものでないこと、<3>侵害行為に相当高度の公共性が認められることという各要件を充足する場合には、<4>実際の被害が入居時の侵害行為からの推測を超える程度の事情が認められない限り、そのような被害は入居者において受忍すべきであり、この被害を理由とする慰藉料請求は認められないと解すべきである。
そして、前記<1>の要件については、少なくとも昭和47年5月15日以降(以下、この日を「基準日」という。)に本件飛行場周辺地域に居住を開始した原告らについては、航空機騒音による被害の発生状況を認識して居住を開始したと推定することができ、更に、昭和57年に旧訴訟が提起され、平成6年2月24日にはこれに対する第一審判決が出されたことは、当時、新聞等で大きく報道され、そのころ、本件飛行場の航空機騒音が改めて重大な社会問題として広く国民の注目を集めるようになっていたのであるから、遅くとも、平成6年2月24日以降に本件飛行場周辺地域に居住を開始した原告らについては、より航空機騒音による被害の発生状況を認識して居住を開始したと推定することができる。したがって、本件においては、原告らのうち昭和47年5月15日以降に本件飛行場周辺に転居してきた原告ら、すなわち、別紙「全原告の住居移転歴、各住居地のW値及び各原告につき被告が実施した住宅防音工事施工実績等表」(<略>)の「類型」欄に「I」等の類型の記載がある者については、被害の容認があったものと推定される。
そして、その他の要件についても、本件においては、原告らに対する被害が精神的苦痛ないし生活妨害の程度にとどまり、直接生命、身体に係わるものではなく(上記<2>)、侵害行為に相当高度の公共性が認められるほか、本件飛行場周辺における騒音状況は減少傾向が認められ(上記<3>)、そのほか特段の事情ありとすべき事情は認められないから(上記<4>)、上記原告らに対しては、「免責の法理としての危険への接近」により、その損害賠償請求を棄却すべきである。
イ 仮に、基準日以降にコンター内に転入したという事実のみでは、前記被害の容認を推定するには不十分であるという立場に立つとしても、基準日以降において本件飛行場周辺地域に居住を開始するに際し、本件飛行場の騒音を認識していたことが明らかな者、すなわち、<1>基準日以降において本件飛行場周辺に居住した経験があり、その後、一旦本件飛行場周辺地域外に転居したにもかかわらず、再び本件飛行場周辺地域に居住を開始するに至った者、<2>基準日以降に本件飛行場周辺において居住した経験を有しながら、その後、より騒音レベルの高い区域に転居した者、及び<3>基準日以降にコンター内で複数回転居を繰り返した者については、その騒音による被害の容認の有無に関し、上記転居が選択の余地のないものであったか否か等の転居の事情が明らかにされなければならず、上記事情の存在が明らかにされない限りは、「免責の法理としての危険への接近」が適用されると解すべきである。
本件において上記各類型に該当する原告らを具体的に指摘すると、上記<1>の類型に該当するのは、別紙「全原告の住居移転歴、各住居地のW値及び各原告につき被告が実施した住宅防音工事施工実績等表」<略>の「類型」欄に「II―<1>」と記載した原告らであり、上記<2>の類型に該当するのは、同表の「類型」欄に「II―<2>」と記載した原告らであり、上記<3>の類型に該当するのは、同表の「類型」欄に「II―<3>」と記載した原告らである。これらの原告らのうち、一部の者については、原告本人尋問が実施され、陳述書等が提出されているものの、いずれも当該転居が選択の余地のないものとは認められず、その余の原告らについて、当該転居が選択の余地のないものであったか否か等の転居の事情に関する原告らの主張・立証はないから、上記原告らに対しては、「免責の法理としての危険への接近」が適用されるべきである。
ウ 危険への接近の法理によって免責が認められない場合にも、具体的な事情の如何により、過失相殺の法理に準じ、損害賠償額の算定に当たり、これを減額事由として考慮すべきことは当然である。そして、この場合の減額の要件としては、危険(騒音の存在)の認識又は予見可能性で足り、それによる損害の容認までは必要がなく、過失によって危険の存在を認識しなかった場合も含めるべきである。
これを本件に即していえば、基準日たる昭和47年5月15日以降に本件飛行場周辺地域に居住を開始した原告らは、仮に本件飛行場の航空機騒音を容認していなかったとしても、その騒音についての認識を有し、又はこれを予見し、あるいは、過失によってこれを認識しないでコンター内に転入してきたことが明らかであるから、「減額の法理としての危険への接近」が適用され、少なくとも、損害賠償額の算定に当たり、相当額の減額がされて然るべきである。
また、基準日前から本件飛行場周辺地域に居住していた者であっても、その後にコンター外に転出しながら再びコンター内に転入した者、その後にコンター内の転居をしている者など基準日以降にコンター内に居住を開始した者については、その居住開始後の期間に係る損害賠償請求について、免責が認められないにしても、「減額の法理としての危険への接近」が適用されて然るべきである。
エ なお、被告が上記「全原告の住居移転歴、各住居地のW値及び各原告につき被告が実施した住宅防音工事施工実績等表」<略>において「危険への接近」が適用されるべき旨主張した原告らのうち、特に、原告X6(原告番号1―452)、同X7(同1―459)、同X8(同1―460)、同X9(同1―461)、同X10(同1―462)、同X11(同1―532)、同X12(同1―533)、同X13(同1―651)、同X14(同1―652)、同X15(同1―653)、同X16(同1―554)、同X17(同1―553)、同X18(同1―555)、同X19(同1―556)、同X20(同1―561)、同X21(同1―703)、同X22(同1―704)、同X23(同1―250)、同X24(同1―251)、同X25(同1―252)、同X26(同1―253)、同X27(同2―280)、同X28(同2―281)、同X29(同2―282)、同X30(同2―283)、同X31(同2―284)、同X32(同4―436)、同X33(同4―605)、同X34(同4―1024)、同X35(同4―1167)、同X36(同4―1168)、同X37(同4―91)、同X38(同4―92)、同X39(同4―1016)、同X40(同4―1017)、同X41(同4―1018)、同X42(同4―1106)、同X43(同4―1107)、同X44(同5―255)、同X45(同5―256)、同X46(同3―9)、同X47(同3―8)、同X48(同3―10)、同X49(同3―11)、同X50(同3―12)、同X51(同3―13)、同X52(同3―114)、同X53(同3―572)、同X54(同3―573)、同X55(同3―680)、同X56(同3―681)、同X57(同3―682)、同X58(同3―683)、同X59(同3―684)、同X60(同3―1717)、同X61(同3―1718)、同X62(同3―1719)、同X63(同3―1740)、同X64(同3―1739)、同X65(同3―1983)、同X66(同3―1984)、同X67(同3―1985)、同X68(同3―2001)、同X69(同3―2002)、については、原告本人尋問等によっても、当該転居が選択の余地のないやむを得ないものであったという特段の事情は認められないから、「免責の法理としての危険への接近」が適用されるべきであり、少なくとも、「減額の法理としての危険への接近」が適用されるべきである。
オ ところで、旧訴訟控訴審判決は、結論において、「免責の法理としての危険への接近」及び「減額の法理としての危険への接近」の適用を、いずれも否定した。
しかし、同判決は、沖縄ないし本件飛行場周辺地域の特殊事情、特に中部地域において騒音による影響を受けずに居住することのできる地域がもともと極めて限られていることを前提に、免責及び減額の法理としての危険への接近の法理の適用を否定したものであるが、そもそも、上記事情は一般化できる事柄ではなく、本件においては、改めて、各原告ごとにかかる事情の存否を判断すべきである。本土復帰後における中部地域の人口増加は沖縄県外ないし同県内の他の地域からの転入者が多数にのぼるものと推認され、これらの転入者の全てが移転について相当の理由があるものといえるかは極めて疑問であるから、同判決が個別事情を十分検討することなく一律に危険への接近を排斥したことは適切なものとはいい難い。
また、同判決が沖縄ないし本件飛行場周辺地域に特殊事情があるとした点は、前提事実の認識を誤ったものである。すなわち、本件飛行場周辺市町村の人口密度は、北部地域を除く他地域と比較しても過密ではなく、具体的な住居として選択できる場所も存在しているのであって、中部地域における居住の選択肢は広いといえるから、中部地域には、航空機騒音の影響を受けない地域を選択する余地が少ないという事情は存在しないというべきである。したがって、同判決が沖縄県の特殊性等を理由に、免責の法理及び減額の法理としての「危険への接近」双方の適用を否定したことは誤りであり、同判決が確定していることをもって、本件訴訟の原告らについて、危険への接近の法理の適用が当然に排除されるものではない。
(12) 消滅時効の抗弁
本件におけるような騒音被害による損害賠償請求権について、日々発生する被害ごとに消滅時効の成立を認めることは、既に確立した法理であるから、仮に、原告らに何らかの損害が生じているとしても、弁護士費用も含めて、原告らが訴えを提起した平成12年3月27日から起算して3年以前の損害についての賠償請求権は消滅時効の完成によって消滅したところ、被告は、右消滅時効を援用する。したがって、前記請求部分は失当である。
3 被告の主張に対する原告らの反論の要旨
(1) 将来の損害賠償を求める訴えの適法性
被告は、大阪空港事件に関する最高裁大法廷判決を引用して、将来の損害賠償を求める訴えは不適法である旨主張する。
しかし、本件における原告らの上記訴えは、上記大法廷判決が示した要件に照らしても適法というべきである。なぜなら、<1>今日においては、全国各地における数次にわたる基地騒音訴訟により、過去における損害賠償請求がことごとく認容されており、航空機騒音による被害が違法という法的評価はもはや確立しているのであって、損害賠償の成否は一義的かつ明確に認定できるのであるし、<2>損害賠償の額についても、現在では全国各地における基地騒音訴訟において損害賠償請求が認容されているため、他の訴訟における認容額を参考にした上で、控えめに見積もった金額を賠償額として認容すれば足りるのであるから、損害賠償の成否及び額をあらかじめ明確に認定することができないという事情は存在しないからである。のみならず、<3>被告が損害賠償義務を免れるためには、原告が第一種区域から転居したことを主張・立証すれば足りるのであり、この転居の事実は、住民票の記載等から容易に立証できるのであるから、将来の不法行為の成否に関し債務者に立証責任を負わせることが不当であるとの事情も存しない。
そして、本件飛行場周辺においては、その運用開始時から現在に至るまでの間、違法な騒音による侵害行為が継続しており、近い将来にも同一の内容、程度の違法な騒音被害が継続することが明確に予測される。したがって、原告らの上記請求が「あらかじめその請求をする必要がある場合」に該当することは当然である。
(2) 危険への接近の法理に対する反論
ア 被告は、原告らが自らの自由な意思決定によってあえて事故の法益を危険に晒したにもかかわらず、これによる損害を他に転嫁することは衡平に反する結果になるとして、「危険への接近」により原告らの損害賠償請求は否定され、又は原告らの賠償額を減額すべき旨主張する。しかしながら、以下の事情にかんがみれば、「危険への接近」を理由として、原告らの損害賠償請求を棄却するか又はその賠償額を減額することは、かえって衡平の理念に反するものであるから、到底是認できるものではない。
すなわち、本件飛行場の形成過程等をみると、本件飛行場の基となった旧日本軍の中飛行場は、戦前において日本軍が住民の土地を事実上強制収容して建設されたものであり、戦後においても、沖縄に上陸した米軍は、住民を強制的に収容所に収容し、各地の収容所を転々とさせる一方で(特に、北谷町、嘉手納町及び読谷村は、町村全体が米軍に接収された。)、誰もいなくなった土地に勝手に軍用地の指定をして占有使用してきた。その結果、原告らを含む沖縄の住民は、戦前は日本軍に、戦後は米軍にそれぞれ土地を奪われ、望まない土地に強制的に移住させられ、少しずつ解放された土地にひしめくように居住してきた。このような歴史的経緯からすれば、少なくとも沖縄本島については、「危険への接近」などという事態はあり得ない。「危険」は、住民が望まないにもかかわらず、住民の故郷を奪う形で一方的にやってきて、そのまま居座っているのであって、言うなれば「危険」の方から「接近」してきたのである。
また、こうした歴史的背景に加えて、沖縄本島には本件飛行場以外にも米軍施設がかなりの面積を占めていることや、騒音問題のない沖縄本島の北部又は中南部地域に居住することは、原告らにとって地価や通勤・通学等の理由から実際問題として容易ではないこと等の事情にかんがみれば、本件飛行場が所在する沖縄本島中部地区においては、本件飛行場の騒音の影響を受けずに居住できる地域はもともと極めて限られている。したがって、原告らが本件航空機騒音の影響を受けない地域を選択しようとしても、その選択の余地は少ない。
そして、被告は騒音コンターを一切公表していないし、被告が根拠として挙げる旧訴訟の第一審判決に関する新聞報道も、具体的な騒音地域とW値を特定して報道しているわけではないから、原告らとしては、本島中部に転入し、あるいは転居するに当たり、自分が居住しようとする場所がいかなる航空機騒音の被害を受ける地域に所在するのか、全く了知することができないのである。
更に、被告は、本件飛行場の騒音被害を違法とする旧訴訟の控訴審判決が確定した後も、本件飛行場のもたらす甚大な被害を何ら改善せず放置し続けているばかりか、自ら定めた昭和48年環境基準における環境基準達成期間も遵守していないし、平成8年には、被告と米軍との間で騒音防止協定が成立したものの、この協定は現実には全く遵守されていない。それにもかかわらず、被告には騒音被害を解消しようとする意思が全くなく、被害住民の直接の訴えにも耳を傾けず、騒音被害の状況を放置する態度をとり続けている。このような被告には、「危険への接近」による免責又は賠償額の減額を主張する資格すらないというべきである。
イ また、原告らが本件飛行場周辺地域に転入した事情を検討すると、原告らは、<1>生まれ育った実家に戻ったり、結婚後配偶者の実家に転居した、<2>子供の進学や融資を受ける等の理由で住民票を移転させたにすぎず、生活の本拠は変わっていない、<3>自らが生まれ育った実家がある地域に転入した、<4>実家ではないものの、自ら又は配偶者等の出身地の近くに転入した、<5>住宅の売買価格や賃料など生活上の事情があった、<6>結婚のため転居した、<7>相続や、先祖から伝えられてきた土地を譲り受け又は借り受けて住宅を建築した、<8>転勤に伴い転居したり、通勤の利便を考慮して転入した、<9>老人ホームに入所したなどといういずれも原告らなりの固有の生活利益に基づき本件飛行場周辺地域に転入したのであるから、何ら非難されるべきいわれはない。加えて、沖縄においては、地縁・血縁関係の結びつきが強く、地元に回帰する意識が強いことから、原告らは、本件飛行場等の基地が建設される前にあった元の居住地又はその近くに転入するなどしたものであるから、原告らは、本件飛行場の航空機騒音等による被害を容認する動機などない。被告が特に「危険への接近」の適用を求める上記(4)の原告らも、同様に、各原告ら固有の生活利益に基づいて騒音コンター内に転入したのである。
ウ 被告は、原告らが一定程度の航空機騒音の存在を認識しながら相当期間にわたる間の住居としてあえてその住居を選択したのであるから、騒音による被害の容認があったと推定される旨主張する。しかし、上記の事情にかんがみれば、原告らは、仮に転入に当たり本件飛行場の航空機騒音を認識していたとしても、それによる被害を「容認」したことはなかったから、被告主張の「免責の法理としての危険への接近」が認められないことは当然である。同様に、原告らは、転入に当たり航空機騒音による被害を認識していなかったのであるし、これについて過失もない。したがって、「減額の法理としての危険への接近」が認められないことも当然である。
なお、「危険への接近」については、旧訴訟の控訴審判決において、上記<1>及び<2>等を理由として、免責及び賠償額の減額のいずれをも否定する判断がなされ、確定している。そして、本件訴訟も、旧訴訟と同一の争点を内容とするものであるから、「危険への接近」を否定した上記判決の判断内容は、本件訴訟をも法的に拘束すると解すべきである。したがって、この点からも、「危険への接近」を主張する被告の主張は、許されるべきものではない。
第4本件の主要な争点
以上によれば、本件における主要な争点は、次のとおりである。
<1> 本件差止請求及び本件外交交渉義務確認請求の可否。
<2> 本件飛行場を離発着する航空機による騒音等の実態、程度。
<3> 原告らの被害の内容、程度。とりわけ、本件飛行場を離発着する航空機の騒音によって、原告らに聴力損失等の身体的被害が生じ、又は生じる危険性があるといえるか否か。
<4> <2>の侵害行為や<3>の被害の認定に基づき、更に、被告主張に係る本件飛行場の公共性等の事情を勘案した上で、本件飛行場を離発着する航空機の騒音等の侵害行為が受忍限度を超えた違法なものと評価されるか否か。
<5> いわゆる危険への接近の法理の適用の可否。
<6> 被告主張に係る消滅時効の成否。
<7> 将来の損害賠償請求に係る訴えの適否。
<8> 原告らの具体的な損害賠償額の算定及びその金額。
第3章 争点に対する判断
第1本件差止請求について
1 原告らは、米軍機の運航等に伴う航空機騒音等による被害を主張して、人格権、環境権及び平和的生存権に基づき米軍機の離発着の差止めを請求するところ、原告らの主張する被害を直接に生じさせている者が被告ではなく米軍であることはその主張自体から明らかである。したがって、被告に対して上記差止請求ができるためには、被告が米軍機の運航等を規制し、制限することのできる立場にあることを要するものというべきである。
2 そこで、本件において被告が米軍機の運航等を規制し、制限することのできる立場にあるか否かを検討すると、前記前提となる事実(第2章第2)及び弁論の全趣旨によれば、本件飛行場は、被告が、本土復帰に伴い、我が国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するという安保条約6条の目的を達成するため、地位協定2条1項(a)による施設及び区域として本件飛行場をアメリカ合衆国に提供し、その使用を許した施設であること、地位協定3条1項は、本件飛行場に係る提供施設及び区域内において、アメリカ合衆国がそれらの設定、運営、警護及び管理のため必要な全ての措置を執ることができる旨定めていること、航空特例法によっても航空機の航行の安全に重要な航空交通管制に関する規定等は適用を除外されていないものの、航空交通管制業務についても、地位協定6条1項により、基本的に米軍が行うことが日米合同委員会で合意されたこと、その結果、米軍は、本件飛行場内の離着陸、本件飛行場の管制圏又は進入管制区内の航行については、米軍機のみならず我が国の民間航空機も含め全てこれを管制することとなったことが認められる。
このように、本件飛行場に係る被告と米軍との法律関係は条約に基づくものであるから、被告は、条約ないしこれに基づく国内法令に特段の定めのない限り、米軍の本件飛行場の管理運営の権限を制約し、その活動を制限し得るものではなく、安保条約等の関係条約及び国内法令に上記のような特段の定めはない。そうすると、原告らが米軍機の離着陸等の差止めを請求するのは、被告に対してその支配の及ばない第三者の行為の差止めを請求するものというべきであるから、本件差止請求は、その余の点について判断するまでもなく、主張自体失当として棄却を免れないというべきである(最高裁昭和56年大法廷判決参照)。
3 この点、原告らは、被告が本件飛行場をアメリカ合衆国に提供していること及び被告が米軍に対し様々な便宜を提供していることをもって、被告が現に侵害状態を生じさせている者又は権利侵害状態の誘引者であるから、原告らに対し、米軍の活動を差し止めるべき義務を負い、差止請求の相手方になる旨主張する。
しかしながら、上記のとおり、被告は、米軍の本件飛行場の管理運営の権限を制約し、その活動を制限し得る法的地位にはないから、そもそもその妨害状態を除去しうる立場にある者には当たらないというべきである。そうすると、原告主張に係る、被告が違法な権利侵害状態の惹起に積極的に関与し、現に権利侵害状態を生じさせていると評価できるか否かという点や、権利侵害状態の誘引者か否かという点について判断するまでもなく、被告は本件差止請求の相手方とはならないといわざるを得ない。
4 なお、原告らが、被告が米軍の活動を制約し得る法的地位にあることの根拠として主張するところについて検討する。
(1) 原告らは、国際法における領域主権の原則を挙げて、国内に駐留する外国軍隊を受入国の国内法令の適用から除外する一般国際法の原則は存在せず、条約などによる特別の制限がない限り、領域内にある外国の軍用機に対しても領域主権は当然に及び、国内法が適用される旨主張する。
しかしながら、前判示のとおり、被告は、地位協定2条1項(a)、3条1項等に基づき、米軍に本件飛行場を提供し、米軍に対し本件飛行場の運営、管理等のため必要な全ての措置を執ることができる権限を与えたところ、条約が国家間の合意であることにかんがみれば、被告が上記条約により合意した事項に反する主権の行使を一方的に行うことができないことは当然であって、原告らの主張は理由がない。
(2) 原告らは、「日本国において、日本国の法令を尊重し、及びこの協定の精神に反する活動、特に政治的活動を慎むことは、合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族の義務である。」と定める地位協定16条や、「合衆国軍隊が使用している施設及び区域における作業は、公共の安全に妥当な考慮を払って行わなければならない。」と定める地位協定3条3項を根拠として、本件飛行場に対しても日本法が適用される旨主張するが、これらの規定は、その文言上、合衆国軍隊の構成員等に対し、我が国の法秩序を尊重擁護すべき一般的義務を定めたものにすぎないと解すべきであるから、上記規定をもって、被告に米軍の本件飛行場を管理運営する権限を制約する権限を付与したものと解することはできず、原告らの主張は理由がない。
(3) 原告らは、不法行為から生じる周辺住民の請求を処理するために設けられた地位協定18条5項には差止請求を制限する規定はないから、被告はこれを根拠として米軍の活動を制約することができる旨主張する。
しかしながら、同項は、外国国家に対する民事裁判権免除に関する国際慣習法を前提として、外国の国家機関である合衆国軍隊による不法行為から生ずる請求の処理に関する制度を創設したものと解されるから(最高裁平成14年判決参照)、そもそも、上記規定をもって、被告に対し、米軍の本件飛行場の管理運営を制約する権限を付与したものと解することには疑問があるというべきである。のみならず、同項は、公務執行中の合衆国軍隊の構成員等による不法行為から生じる請求権について、日本国が処理する旨定める一方(同項本文)、日本国は、裁判等により決定された額の支払を日本円で行うものとされ(同項(a))、請求を満たすために要した費用の分担等について具体的な定めが置かれていること(同項(e))にかんがみれば、同項が予定する請求は金銭賠償に係る請求を指し、差止請求を含まないと解すべきであるから、原告らの主張は理由がない。
(4) 原告らは、航空特例法が航空法97条(航空管制権)を適用除外にしていないことを根拠として、被告は米軍機の運航等を規制することができる旨主張する。
しかしながら、確かに、航空特例法によっても航空交通管制に関する規定等は適用を除外されていないものの、前判示のとおり、航空交通管制業務についても、地位協定6条1項により、基本的に米軍が行うことが日米合同委員会で合意され、その結果、米軍は、本件飛行場内の離着陸、本件飛行場の管制圏又は進入管制区内の航行については、米軍機のみならず我が国の民間航空機も含め全てこれを管制することとなったのであるから、このような合意の存在及び内容にかんがみれば、航空法97条をもって、被告に対し米軍の本件飛行場の管理運営の権限を制約し、その活動を制限し得る法的地位を付与したものと解することはできず、原告らの主張は理由がない。
5 また、原告らは、後述する沖縄県調査によって、本件飛行場周辺に居住する住民のうち12名に騒音性聴力損失が生じていることが確認され、原告らが本件航空機騒音により聴力損失又はその危険性といった身体的被害を現に受けていることが確認されたのであるから、本件差止請求は認容されるべきである旨主張する。
しかしながら、後記「聴覚被害(聴力障害及び耳鳴り)」(第5の2)において説示するとおり、本件全証拠を総合しても、本件飛行場周辺に居住する原告らが本件航空機騒音により聴力損失又はその危険性という身体的被害を受けていると認めることはできないから、原告らの上記主張はそもそもその前提において理由がない。
第2本件外交交渉義務確認請求について
原告らは、本件差止請求の予備的請求として、被告に対し、本件飛行場における飛行の差止め等を実現するため、日米合同委員会においてアメリカ合衆国と外交交渉をすべき義務があることの確認を請求している。そして、原告らは、本件外交交渉義務確認請求の法的根拠は、本件差止請求と同様、人格権、環境権及び平和的生存権に基づく差止請求権であり、その性質は民事訴訟である旨主張する。
しかしながら、原告らが確認を求める外交交渉は、内閣において行うべき事務と定められているから(憲法73条2号、3号)、行政権の行使にほかならず、本件外交交渉義務確認請求は、その実質において、行政権の行使又は発動の義務があることの確認を求める請求に該当するというべきである。そうすると、本件外交交渉義務確認請求を民事訴訟の手続ですることは不適法というべきであるから、却下を免れない(最高裁昭和56年大法廷判決参照)。
第3本件損害賠償請求の根拠法条について
原告らは、本件損害賠償請求の根拠法条として国賠法1条1項、2条1項、民事特別法1条及び2条を選択的に主張するところ、被告は、これらの法条のうち、国賠法1条1項、2条1項及び民事特別法1条が適用されない旨主張するので、本件損害賠償請求の根拠法条について検討する。
1 民事特別法2条について
民事特別法2条は、合衆国軍隊の占有し、所有し、又は管理する土地の工作物その他の物件の設置又は管理に瑕疵があったために日本国内において他人に損害を生じたときは、国の占有し、所有し、又は管理する土地の工作物その他の物件の設置又は管理に瑕疵があったために他人に損害を生じた場合の例により、国がその損害を賠償する責に任ずる旨規定している。上記「設置又は管理に瑕疵」がある場合とは、当該工作物等を構成する物的施設自体に存する物理的、外形的な欠陥ないし不備によって一般的に他人に危害を及ぼす危険性がある場合(以下「物的性状瑕疵」という。)のみならず、その工作物等が供用目的に沿って利用されることとの関連において危害を生じさせる危険性がある場合(以下「供用関連瑕疵」という。)をも含み、当該工作物等の利用の態様及び程度が一定の限度にとどまる限りにおいてはその施設に危害を生じさせる危険性がなくても、これを超える利用によって危害を生じさせる危険性がある状況にある場合には、そのような利用に供される限りにおいて工作物等の設置、管理に瑕疵があるというを妨げず、したがって、工作物等の設置、管理者において、かかる危険性があるにもかかわらず、これにつき特段の措置を講ずることなく、また、適切な制限を加えないままこれを利用に供し、その結果利用者又は第三者に対して現実に危害を生じさせるときは、それが上記設置、管理者の予測し得ない事由によるものでない限り、上記規定による責任を免れることができないと解すべきである(最高裁昭和56年大法廷判決参照)。
被告は、本件飛行場は本来持つべき安全性を完全に具備しているとして、物的性状瑕疵は存しない旨主張する。しかしながら、上記のとおり、民事特別法2条は、物的性状瑕疵のみならず供用関連瑕疵をも含むと解されるところ、前記「本件飛行場の概要」(第2章第2の1)において判示した事実に照らせば、本件飛行場が米軍の占有、管理する土地の工作物に該当することは明らかであるから、本件飛行場に離発着する航空機の騒音等によって原告ら周辺住民が受忍限度を超える被害を受けており、これについて米軍に前記のような一定の要件が備わったときには、原告らは同条を根拠として被告に対し損害賠償請求をすることができるというべきである。したがって、供用関連瑕疵があれば、物的性状瑕疵の存否如何に関わらず、原告らは被告に対し損害賠償請求をすることができるのであるから、被告の主張は理由がない。
2 その他の根拠法条について
(1) 国賠法1条1項について検討すると、違法行為に係る我が国の「公務員」を特定した上で、不法行為の内容を具体的に主張・立証すべきであるが、原告らの主張によってはこれらの点が十分に特定されたとは認め難いから、同条の適用を肯定することは困難というべきである。
(2) 次に、国賠法2条1項について検討すると、前記のとおり、本件飛行場は米軍が占有、管理するものであり、被告が設置、管理する「公の営造物」と認めることはできないから、国賠法2条1項の適用の余地はないというべきである。
(3) 更に、民事特別法1条の適用について検討する。被告は、同条所定の不法行為者等が特定されていない旨主張するが、同条は、米軍の構成員又は被用者がその職務を行うについて日本国内において違法に他人に損害を加えた場合の規定であるところ、本件航空機騒音等が、米軍の構成員又は被用者がその職務を行うことにより発生しているものであることは当事者間に争いがないから、国賠法1条1項の場合とは異なり、不法行為者等が特定されていないとまではいうことができない。
しかしながら、同条を適用して被告の損害賠償責任を肯定するためには、米軍の構成員又は被用者による航空機の運航等によって原告らに受忍限度を超えた被害が発生していることが必要であると解されるところ、後述するような本件における侵害行為の内容、態様等の事実関係に照らせば、このような判断は、民事特別法2条の「設置又は管理に瑕疵」があるか否かの判断とほぼその基礎を同一にすると理解することができ、したがって、本件において「設置又は管理に瑕疵」があると判断される場合には、同時に民事特別法1条の要件を満たすことになると解される。そして、後述する事実関係の下では、民事特別法2条に基づく被告の損害賠償義務の範囲と、民事特別法1条に基づく被告の損害賠償義務の範囲に差異があるとは認められない。
このことに、本件損害賠償請求の法的根拠に関する原告らの主張が選択的主張であると解されることを考え併せれば、本件においては、民事特別法1条の適用は肯定されるものの、被告の損害賠償義務の有無を定めるに当たっては、民事特別法2条所定の要件のみを検討すれば必要にして十分であるといえるから、更に被告の民事特別法1条の責任を負うか否かという点について判断を加える必要はないというべきである。
第4侵害行為
1 航空機騒音
(1) 基本的視点
原告らは、本件飛行場を離発着する航空機による騒音(以下、単に「本件航空機騒音」という。)により原告らが聴覚障害等の被害を受けている旨主張するところ、航空機騒音が原告ら周辺住民に及ぼす影響を検討するに当たっては、まず、航空機騒音の特質を検討する必要がある。すなわち、一般に、航空機騒音が周辺住民に対して及ぼす影響は、航空機が発する騒音の音量、音質、発生頻度、原告ら住民と本件飛行場との距離、飛行経路との位置関係等の諸事情に左右され、更に、風向、気温、地形等の自然的条件によっても変化しうることは経験則上明らかである。そして、本件飛行場は、米軍が占有し、管理、使用する軍事飛行場であるから、飛行経路や飛行回数がほぼ一定と考えられる民間飛行場と異なり、本件飛行場を離発着する航空機の運航は不定期である上、米軍機の日常の飛行回数、飛行経路などその飛行実態を個別具体的に認定しうる資料は提出されていないから、本件飛行場を離発着する航空機が発する騒音の実態を具体的かつ正確に把握することは困難であるといわざるを得ない。そして、個々の原告らの住居に到達する騒音の程度についてみても、本件飛行場と原告らの住居の距離だけから単純に推認することができるものではなく、前述のとおり、飛行経路との位置関係や地形など様々な諸条件によって相当変わりうると考えられるところ、このような諸条件やその影響が明らかになるような資料も提出されておらず、また、原告らの各住居の存する地点ごとに、各原告らが曝露されている騒音の内容、程度を個別具体的に明らかにする資料も十分ではない。
ところで、侵害行為の認定の在り方に関する当事者の主張をみると、前記「当事者の主張の要旨」(第2章第3)において示したとおり、原告らが、騒音曝露状況は被告が作成、告示した騒音コンター図に基づき認定されるべきであり、原告らは今なおこの騒音コンター図に記載されたW値により示された騒音に曝露されている旨主張しているのに対し、被告は、原告らが生活環境整備法に基づき周辺対策を行うために本件飛行場周辺地域について告示した際の基準に基づき、ある数値のコンター内に居住しているからといって、実際に曝露されている航空機騒音のW値がその数値ということにはならない、本件飛行場周辺の騒音曝露状況はほとんどの地域において軽減されているなどと反論している。したがって、このような本件における当事者の主張にかんがみれば、本件においては、被告が生活環境整備法に基づき告示した基準に基づき原告ら周辺住民の騒音曝露状況を認定することの適否と、被告主張のとおり原告らの騒音曝露状況が軽減されていると評価することができるか否かの2点を特に検討する必要があるというべきであるが、いずれにせよ、当事者が提出した各種騒音測定の結果等を踏まえ、本件飛行場周辺における航空機騒音の実態をできる限り明らかにすることが必要不可欠というべきである。
そして、本件飛行場を離発着する航空機騒音の状況を明らかにするために当事者が提出した証拠をみると、原告が提出した<1>沖縄県が設置した委員会による航空機騒音曝露の推定等の結果、<2>沖縄県が設置したモニタリングシステムによる測定結果に加えて、被告が提出した<3>被告設置にかかる測定局における測定結果がほぼ最新の、しかも長期間にわたり計測された測定結果であり、その内容も比較的よく整理されていて信用性が高いと考えられる。そこで、以下、これらの測定結果等に加え、当裁判所が実施した検証の結果を踏まえ、本件飛行場周辺における航空機騒音曝露の状況につき検討する(なお、原告らの騒音曝露状況に関し、被告が住宅防音工事による防音効果ないし減音効果を主張する点については、後に「周辺対策」(第6の3(2))で判断する。)。
(2) 沖縄県調査に基づく検討
(以下の事実は、<証拠略>に基づき認める。)
ア ベトナム戦争当時の騒音曝露
沖縄県は、沖縄県公衆衛生協会に対し、本件飛行場及び普天間飛行場周辺住民に対する健康影響の調査を委託した。同協会は、E教授を会長とする研究委員会を組織し、平成7年度から平成10年度までの間、THIアンケート部会など合計6の部会を設置し、航空機騒音曝露の実態のほか、航空機騒音曝露が聴力に与える影響や、その他の精神的、身体的影響等について調査を行った。
そして、研究委員会は、航空機騒音が空港周辺の住民の健康に及ぼす影響は、過去から現在までの騒音曝露の積分値の結果として発現すると考え、過去の測定資料を入手した上、ベトナム戦争(昭和35年ないし昭和50年)当時から研究時に至るまでの騒音曝露量の推定を試みた。この騒音曝露の実態調査を担当したのは、研究委員会のうち、航空機騒音曝露実態調査部会(部会・I大学生活環境学部教授J(以下「J教授」という。))である。
J教授ら研究委員会は、地方公共団体等から入手したベトナム戦争時の測定資料のうち、嘉手納村(当時、以下同じ。)が昭和41年3月9日から昭和43年6月25日までの間に嘉手納消防庁舎等の場所で測定した資料と、防衛施設庁が昭和47年11月1日から昭和48年3月31日までに嘉手納村屋良及び北谷町砂辺において測定した資料については、24時間を通した測定が行われており、両資料からW値等の騒音指標を推定することが可能であるとして、これらの資料を利用して、W値等の騒音指標の算出を行った。なお、嘉手納消防庁舎及び屋良は本件飛行場の駐機場の近傍に位置し、砂辺は離発着コース下に位置する。
(ア) ベトナム戦争時の騒音曝露(昭和43年)
昭和43年2月に嘉手納消防庁舎で測定されたデータは、ベトナム戦争でいわゆる北爆が行われていた時期の資料にあたる。研究委員会によれば、測定は窓を開いた室内で行われており、測定資料には、騒音の発生時刻、ピーク騒音レベル、70dB以上の騒音継続時間が記載されているほか、エンジン調整音と飛行中の騒音が区別して記載されていた。そして、研究委員会は、1か月間の測定資料から、連続して測定が行われていた2月12日から17日の6日間の測定データを用い、当時のW値や、Leq(24)等の騒音指標の推定を行った。その結果は、次表に示すとおりである。
月日
Lmax別発生回数
Lmax
WECPNL
Leq,24h
-110
-100
-90
-80
-70
最大値
環境庁
施設庁
(dB)
1968/2/12
0
13
27
49
7
107
96
100~106
79~86
1968/2/13
0
19
33
64
9
107
97
101~110
80~89
1968/2/14
1
7
34
46
4
110
95
100~110
83~93
1968/2/15
0
1
12
26
9
100
85
88~92
68~73
1968/2/16
0
12
29
45
13
104
95
199~109
80~88
1968/2/17
3
20
49
54
5
110
99
99~107
79~87
平均
0.7
12
31
47
8
96
99~108
80~88
(イ) ベトナム戦争時の騒音曝露(昭和47年)
次に、研究委員会は、防衛施設庁の嘉手納村屋良及び北谷町砂辺における前記資料に基づき、W値等の推定を行った。この測定時期も、ベトナム戦争が激しかった時期に相当する。測定は民家の軒下などの屋外で行われており、研究委員会が入手した資料には日別の騒音レベルの最大値と各騒音レベル帯域ごとの累積時間が集計されているが、騒音発生回数や発生時刻等は記載されていなかった。
研究委員会は、昭和47年11月から昭和48年3月までの測定資料のうち、70dB以上の騒音が集計対象となっている11月の測定資料を利用して、W値等の騒音指標を推定した。この推定の過程は、次のとおりである。すなわち、<1>研究委員会が入手した資料に記載された各騒音レベル帯域ごとの累積時間に基づき、Leq(24)(24時間の等価騒音レベル)を計算する。<2>A特性の騒音レベルに13を加算することにより近く騒音レベル(PNL)を得られると仮定し、前記<1>で求めたLeq(24)に13を加算することによってECPNLを求める。<3>昭和43年の嘉手納消防庁舎における時間帯別騒音発生比率を利用すれば、夜間の騒音に対する重み付けは前記<2>で推定したECPNLに7程度の値を加算することに相当すると仮定し、最終的に前記Leq(24)に20を加算することでW値を推定する。<4>防衛施設庁のW値の算出方法では、標準飛行回数を求める際に総飛行回数の90パーセンタイル値を利用することから、防衛施設庁のW値は、前記<3>で推定したW値の90パーセンタイル値で近似することができると仮定し、この値を求める。
以上の方法により研究委員会が求めた騒音指標は、砂辺の測定地点については、次のとおりである。
月日
最大
レベル帯域別累積暴露時間(秒)
施設庁
Leq,24h
レベル
-110
-100
-90
-80
-70
計
WECPNL
(dB)
1972/11/1
109
0
160
1,310
3,470
3,655
8,595
100
80
1972/11/2
123
25
700
1,565
2,910
1,980
7,180
105
85
1972/11/3
116
85
675
1,435
3,185
3,275
8,655
106
86
1972/11/4
106
0
80
1,660
6,105
6,985
14,830
100
80
1972/11/5
108
0
105
920
2,865
3,165
7,055
99
79
1972/11/6
117
15
25
735
3,970
4,220
8,965
99
79
1972/11/7
103
0
165
1,485
4,685
4,685
11,020
100
80
1972/11/8
106
0
150
1,410
4,200
3,220
8,980
100
80
1972/11/9
112
15
530
1,340
3,450
2,245
7,580
104
84
1972/11/10
118
60
1,015
1,830
3,550
2,970
9,425
107
87
1972/11/12
106
0
465
1,735
5,285
4,685
12,170
103
83
1972/11/13
119
10
300
1,585
4,900
4,895
11,690
102
82
1972/11/14
109
0
85
1,370
4,975
3,010
9,440
99
79
1972/11/15
118
40
1,115
1,960
2,890
1,590
7,595
107
87
1972/11/16
120
65
405
1,375
3,100
4,295
9,240
105
85
1972/11/17
107
0
130
1,565
6,155
4,605
12,455
100
80
1972/11/18
111
10
240
1,740
4,420
3,685
10,095
102
82
1972/11/19
113
35
300
2,125
5,485
3,945
11,890
104
84
1972/11/20
110
5
190
1,620
5,085
5,300
12,200
101
81
1972/11/21
124
50
285
1,530
6,610
6,480
14,955
104
84
1972/11/22
105
0
245
1,515
5,040
6,775
13,575
101
81
1972/11/23
110
5
130
1,025
3,460
4,145
8,765
99
79
1972/11/24
108
0
345
1,915
4,530
5,630
12,420
102
82
1972/11/25
108
0
265
1,990
5,505
4,965
12,725
101
81
1972/11/26
110
5
75
935
2,640
4,805
8,460
98
78
1972/11/27
113
5
320
1,520
6,385
9,500
17,730
102
82
1972/11/28
113
5
520
1,805
4,725
5,885
12,940
103
83
1972/11/29
109
0
325
1,340
4,695
5,085
11,445
102
82
平均
16
334
1,512
4,438
4,489
10,788
103
83
また、同様の手法により、研究委員会が屋良の測定地点について求めた騒音指標は、次のとおりである。
月日
最大
レベル帯域別累積暴露時間(秒)
施設庁
Leq,24h
レベル
-110
-100
-90
-80
-70
計
WECPNL
(dB)
1972/11/1
116
60
395
2,710
9,790
8,145
21,100
105
85
1972/11/2
116
220
1,115
2,690
9,660
16,960
30,645
100
89
1972/11/5
105
0
445
3,050
6,860
9,865
20,220
104
84
1972/11/6
106
0
230
2,995
6,545
7,880
17,650
102
82
1972/11/7
108
0
300
2,985
6,975
4,330
14,590
103
83
1972/11/8
108
5
545
2,090
7,490
3,045
13,175
104
84
1972/11/10
108
0
305
2,440
12,520
12,975
28,240
103
83
1972/11/11
107
0
400
5,450
8,890
3,155
17,895
105
85
1972/11/12
108
0
610
1,910
5,175
2,855
10,550
103
83
1972/11/13
110
5
530
2,680
11,765
7,500
22,480
104
84
1972/11/16
109
0
130
2,035
6,850
6,970
15,985
101
81
1972/11/17
109
0
200
1,690
5,075
6,275
13,240
101
81
1972/11/18
108
0
645
2,100
4,700
4,490
11,935
104
84
1972/11/19
111
15
1,545
3,625
7,595
7,035
19,815
108
88
1972/11/20
104
0
85
1,390
5,480
3,485
10,440
99
79
1972/11/21
105
0
55
995
5,020
1,870
7,940
98
78
1972/11/22
106
0
450
1,905
10,995
7,460
20,810
103
83
1972/11/23
106
0
140
970
3,660
3,465
8,235
98
78
1972/11/24
105
0
85
740
3,935
2,850
7,610
97
77
1972/11/25
111
50
770
1,365
5,395
3,355
10,935
107
87
1972/11/26
106
0
130
885
9,520
6,650
17,185
100
80
1972/11/27
103
0
75
815
6,245
3,905
11,040
98
78
1972/11/28
109
0
260
1,505
8,585
7,785
18,135
102
82
1972/11/29
109
0
695
2,625
9,270
10,010
22,600
105
85
平均
15
423
2,152
7,416
6,346
16,352
104
84
イ 防衛施設庁コンター作成当時における騒音曝露状況の検討
次に、J教授ら研究委員会は、昭和52年12月に防衛施設庁が嘉手納、普天間飛行場周辺において実施した大規模な航空機騒音の測定結果を踏まえ、防衛施設庁コンター作成当時における航空機騒音曝露状況を検討した(なお、防衛施設庁が、Lに委託して行ったこの航空機騒音測定の内容等については、「周辺対策」(第6の3(2))で認定する。)。研究委員会は、<1>Lが作成した資料においては、防衛施設庁方式の算出方法に基づいて、各測定点でのW値が求められているが、騒音コンターについては、W値が85、90、95の各コンターが示されているのみであるとして、W値が75および80の場合を含め、同資料のデータに基づいて新たに騒音コンターを作成することとし、<2>Lが年間の標準総飛行機数を求めるために使用した累積度数曲線が0.5日ずれてプロットされており、得られた値が総飛行機数の90パーセンタイル値ではなく、約83パーセンタイル値に相当していた。このため、飛行機数を訂正した上で各測定点のW値を再計算するなどして新たにW値のコンターを作成したところ、研究委員会は、本件飛行場に関しては、全てのW値の値において非常に良く一致していることから、防衛施設庁の騒音コンターは、本件飛行場については、昭和52年の実測値に基づき忠実に求められている旨評価している。
ウ 沖縄県及び周辺市町村による測定結果に基づく航空機騒音の経年変化
また、研究委員会が、沖縄県及び本件飛行場周辺の市町村による航空機騒音の測定結果を踏まえ、本件飛行場近傍に位置する嘉手納町役場や、本件飛行場の離発着経路下に位置すると考えられる北谷町砂辺及び石川市美原の測定地点について、W値(環境庁方式)、1日の騒音発生回数及び夜間の騒音発生回数の経年変化(昭和53年から平成9年まで)を検討したところ、その結果は、以下の各図に示すとおりである(なお、研究委員会は、嘉手納町役場における昭和56年ないし58年の測定結果については、観測された騒音発生回数が極端に少なかったことから、この期間の測定値は信用性が低いと判断し、欠測扱いとしている。)。
図2―3 WECPNLの経年変化<省略>
図2―4 騒音発生回数の経年変化<省略>
図2―5 夜間の騒音発生回数の経年変化<省略>
そして、研究委員会は、これらの結果を踏まえ、<1>嘉手納町役場では、昭和62年以降、W値、1日の騒音発生回数、夜間の騒音発生回数のいずれの値も低下する傾向が認められ、この測定点ではエンジン調整音が卓越する騒音であったが、基地内での防音施設の設置やエンジン調整場所の移動などにより、騒音曝露量が低下してきていると推測される、<2>北谷町砂辺での測定結果では、W値と夜間の騒音発生回数の値に大きな変化はみられず、1日の騒音発生回数は少なくなっている傾向がみられるが、夜間の騒音発生回数が変化していないため、時間帯補正を行った騒音発生回数への影響は少なく、W値の値には変化が現れていない、<3>石川市美原においては、平成2年までW値の値に大きな変化は認められないが、平成3年以降においてW値が若干低下している年度があり、同様に、1日の騒音発生回数も若干少なくなっていると評価している。
更に、研究委員会は、上記の測定地点のほか、主要な飛行経路から離れた地点である読谷村伊良皆及び北谷町上勢頭における測定結果についても検討したところ、これらの地点においては、上述した滑走路延長上の離着陸経路下の測定地点と異なり、W値が減少している可能性があるとしている。
エ モニタリングシステムの結果に基づく検討
更に、研究委員会は、沖縄県が設置した航空機騒音測定に関するモニタリングシステムの測定結果(平成9年9月から平成10年8月末までのもの)を用いて、本件飛行場周辺に設置された測定局における各種騒音指標を集計した。このうち、W値及びLdnに関する各種統計量は、次表のとおりである(ただし、読谷村伊良皆(K9)は平成10年4月から正式な測定が開始されており、北谷町桑江(K10)及び沖縄市山内(K11)についても、平成10年9月に測定が始まっているため、これらの測定局については、測定開始から平成10年11月末までの集計結果によっている。以下同じ。)。なお、表中の「最大」、「98%」、「90%」、「平均」は、それぞれ、最大値、98及び90パーセンタイル値、エネルギー平均値を示している。98パーセンタイル値は、W値の1日値が年間約1週間以上その値を超えることを意味する。また、90パーセンタイル値は、年間約1か月以上その値を超えることを意味する。W値の「施設庁」は、研究委員会ができる限り防衛施設庁方式に沿ってW値を計算した結果であり、継続時間の補正、着陸音の補正を行い、飛行回数の年間の90パーセンタイル値を用いてW値を算出している。残りのW値は環境庁方式で求めた値である。研究委員会は、この結果について、W値、Ldnのいずれの指標においても非常に大きな日変動があり、平均値と最大値との間には7ないし18の差があることや、本件飛行場近傍の砂辺の測定地点では、W値の最大値が100を超えていることを指摘している。
コード
測定局
騒音
測定日数
WECPNL
Ldn
コンター
最大
98%
90%
平均
施設庁
最大
98%
90%
平均
K1
美原
85―90
357
91
86
85
81
84
77
75
72
68
K2
昆布
85―90
337
88
83
81
77
80
74
71
68
64
K3
上勢
85―90
293
86
83
76
73
78
70
68
62
58
K4
宮城
85―90
342
84
82
79
75
79
71
69
65
61
K5
北美
85―90
346
84
80
77
73
77
70
67
64
60
K6
八重島
80―85
315
77
74
71
66
71
61
59
55
50
K7
屋良
90―95
281
85
83
81
77
81
74
70
68
64
K8
砂辺
95―
297
101
98
95
91
95
87
82
79
75
K9
伊良皆
75―80
177
82
76
68
67
70
69
60
53
51
K10
桑江
―
79
80
79
74
69
75
64
63
58
54
K11
山内
75―80
60
74
72
67
64
68
59
57
53
50
これをみると、W値及びW値95以上の区域に属する砂辺の測定地点は、環境庁方式で求めたW値が最大で101という極めて高い数値が記録されているほか、年間の約1か月においてW値95を記録し、平均でも91である。また、Ldnについても、最大で87、年間平均でも75という高い数値を記録しているから、相当激しい騒音に曝露されていると認められる。他方、W値75以上の測定地点(伊良皆、山内)をみると、W値の最大値が82(伊良皆)となっているものの、年間平均については64(伊良皆)ないし67(山内)であり、防衛施設庁方式で求めた場合であっても、68(山内)ないし70(伊良皆)と比較的低い。また、Ldnについても、年間平均でそれぞれ50(山内)ないし51(伊良皆)であって、やはり比較的低い数値となっている。
次に、研究委員会がLdn(昼夜別)の1日値について、1年間の変動の各種統計量を求めた結果は、次表のとおりである(なお、Leq,day,Leq,nightは、昼間(7~22時)及び夜間(0~7、22~24時)のLeqである。)。そして、研究委員会は、この結果について、Leqの1日値は、W値、Ldnと同様に大きな変動があり、平均値と最大値との間には昼間で7ないし15、夜間は14ないし21の差があること、砂辺(K8)のLeq,dayの最大値は87dBとなっており、夜間においても最大値は80dBという値が観測されていること、美原(K1)でも75dB以上のLeq,dayが観測されていることを指摘している。
コード
測定局
騒音
測定日数
Leq,day
Leq,night
コンター
最大
98%
90%
平均
最大
98%
90%
平均
K1
美原
85―90
357
75
74
72
67
72
68
62
58
K2
昆布
85―90
337
72
71
68
64
68
63
56
53
K3
上勢
85―90
293
72
69
63
59
62
57
40
45
K4
宮城
85―90
342
72
69
67
62
64
58
51
48
K5
北美
85―90
346
69
68
65
60
64
58
50
48
K6
八重島
80―85
315
63
61
57
52
49
44
36
32
K7
屋良
90―95
281
72
70
68
64
68
62
54
52
K8
砂辺
95―
297
87
84
81
76
80
74
66
63
K9
伊良皆
75―80
177
65
60
52
50
64
49
37
43
K10
桑江
―
79
66
65
60
56
36
35
―
20
K11
山内
75―80
60
61
59
55
51
47
42
―
31
また、研究委員会が、昼夜別の最大騒音レベルについて1年間の変動の各種統計量を求めた結果は、次表のとおりである。研究委員会は、この結果について、昼間の最大騒音レベルにおいては、離着陸経路の近傍に位置する砂辺(K8)で120dB近い騒音が記録されており、最大値が110dBを超える日が30日程度あること、美原(K1)においても最大値が100dBを超える日が30日以上あること、上勢(K3)、八重島(K6)のような滑走路延長線上から2Km以上離れた測定局でも、100dBを超える騒音が観測されており、これらの地域上空においても、低空での飛行が行われているものと考えられるとしている。また、研究委員会は、夜間の最大騒音レベルについて、特に、砂辺(K8)、美原(K1)では、夜間の最大騒音レベルの年平均値が90dBを超えており、110dBの騒音も観測されていることを指摘している。
コード
測定局
騒音
測定日数
Lmax,day
Lmax,night
コンター
最大
98%
90%
平均
最大
98%
90%
平均
K1
美原
85―90
357
113
107
103
100
109
106
95
94
K2
昆布
85―90
337
111
103
99
96
107
94
89
86
K3
上勢
85―90
293
112
105
97
95
92
88
75
76
K4
宮城
85―90
342
108
103
98
95
97
90
85
80
K5
北美
85―90
346
107
99
94
91
92
88
83
79
K6
八重島
80―85
315
102
98
93
89
87
81
75
70
K7
屋良
90―95
281
104
102
99
95
100
95
86
85
K8
砂辺
95―
297
118
115
113
109
115
111
106
100
K9
伊良皆
75―80
177
102
96
91
87
96
85
75
77
K10
桑江
―
79
104
103
97
92
70
68
―
54
K11
山内
75―80
60
100
95
89
86
79
77
―
64
更に、研究委員会が、昼夜別の騒音発生回数について、1年間の変動に関する各種統計量を求めた結果は、次表のとおりである(なお、この表における「平均」は、発生回数の算術平均値を示す。)。研究委員会は、この結果について、昼間、夜間ともに騒音発生回数には大きな変動があり、最大値は平均値に対して昼間で4ないし7倍、夜間では6ないし77倍にも上っていること、砂辺(K8)では、昼間の騒音発生回数の最大値が500回を上回っていることを指摘している。また、研究委員会は、夜間について、砂辺(K8)では最大で58回の騒音が観測されており、年平均値も約5回となっていること、美原(K1)、昆布(K2)、屋良(K7)など離着陸コース及び滑走路近傍の測定局においても、比較的高い頻度で騒音が観測されているとしている。
コード
測定局
騒音
測定日数
騒音発生回数(昼間)
騒音発生回数(夜間)
コンター
最大
98%
90%
平均
最大
98%
90%
平均
K1
美原
85―90
357
211
143
103
51
23
13
6
2.4
K2
昆布
85―90
337
179
98
75
40
13
9
5
1.9
K3
上勢
85―90
293
191
133
90
36
20
6
2
0.6
K4
宮城
85―90
342
200
141
95
43
11
8
3
1.2
K5
北美
85―90
346
141
71
51
23
19
8
3
1.2
K6
八重島
80―85
315
69
62
29
11
10
1
1
0.2
K7
屋良
90―95
281
351
261
191
88
22
15
9
3.5
K8
砂辺
95―
297
545
463
343
128
58
30
10
4.7
K9
伊良皆
75―80
177
43
28
14
6
7
5
1
0.3
K10
桑江
―
79
82
75
48
15
1
1
0
0.0
K11
山内
75―80
60
80
70
45
18
3
2
0
0.1
オ 防衛施設庁コンターとの関係の検討
研究委員会は、エの検討を踏まえ、防衛施設庁が定めているW値の地域区分(コンター)と、沖縄県のモニタリングシステムの測定結果を踏まえてできる限り防衛施設庁方式により求めたW値の実測値との対応関係を検討した。その結果は、次図のとおりである(なお、研究委員会は、この対応関係を検討するに当たり、平成10年4月以降に測定を開始した測定局を除外している。)。
画像<省略>
この図のうち、○が本件飛行場周辺に設置された測定局における測定結果を示し(なお、●は普天間飛行場周辺における測定結果を指す。)、網のかかった部分にプロットされている実測値は、防衛施設庁のコンターと整合していることになる。
そして、この測定値による限り、本件飛行場周辺では、滑走路の延長上で離着陸経路下にあたる砂辺(K8)、美原(K1)を除いて、実測値がコンターよりも低い値となっている。ただし、研究委員会は、屋良(K7)の実測値について、エンジン調整音を含めて集計すれば、ここで示した値より若干高くなると考えられるとしている。
カ 評価
(ア) 研究委員会による以上の航空機騒音曝露調査に対し、被告は、研究委員会が推定したベトナム戦争当時における騒音曝露の状況(前記(2))については、その基礎となった原資料が不明であるから信用できない旨主張する。
そして、この点につき、証人Jは、被告が指摘する原資料は嘉手納町役場から入手した旨証言するところ、前記認定のとおり、研究委員会がした騒音曝露状況の推定は相当具体的かつ詳細なものであり、その数値自体又は推定の過程に一見明らかに不合理なところはないと認められるほか、研究委員会がJ教授ら音響学等の専門家によって構成され、データを改ざんしたりねつ造したりすることは通常考え難いことを併せ考慮すれば、J教授の前記供述は合理的な説明として理解することができるところである。また、本件においては、研究委員会がした前記推定以外にベトナム戦争当時における騒音曝露の状況を明らかにする資料はないことにかんがみれば、研究委員会がしたベトナム戦争当時における騒音曝露の状況に関する推定については、当時の騒音曝露状況を推知するための資料として用いること自体は許されると解すべきであって、この点では、被告の前記主張は理由がないというべきである(これに対して、「沖縄県調査と法的因果関係の検討」(第5の2(7))において説示するとおり、J教授らの前記推定結果は、原告らが共通損害として主張する聴力損失又はその危険との法的因果関係を判断するに当たっては、一応の参考資料となるにとどまると解すべきである。)。
(イ) そこで、騒音曝露状況に関する研究委員会の検討結果を踏まえて、本件飛行場周辺における騒音曝露の程度を検討すると、まず、ベトナム戦争当時における騒音曝露の状況は、昭和43年の時点では、嘉手納消防庁舎の測定結果を踏まえたW値が平均で96(環境庁方式)又は99ないし108(防衛施設庁方式)という相当高い数値となっており、Leq(24)も80ないし88というかなり高い数値を示している。また、昭和47年当時の状況をみても、最大騒音レベルが123dB(砂辺)又は116(屋良)という激しいものであり、防衛施設庁方式で求めたW値も平均で103(砂辺)又は104(屋良)という極めて高い数値を記録し、騒音のエネルギーについても、Leq(24)が平均83(砂辺)又は84(屋良)という相当高い値となっているから、相当強いということができる。そうすると、ベトナム戦争当時においては、北谷町砂辺及び嘉手納町屋良という本件飛行場の離発着経路に該当し又は近傍に位置する地点は、極めて激しい騒音に曝露されていたことがうかがわれる。
次に、防衛施設庁コンターの基礎となったと認められるLによる航空機騒音の測定が実施された昭和52年の時点でも、研究委員会がLの測定結果を踏まえ独自に再計算したところによっても、防衛施設庁が作成した騒音コンターは、本件飛行場周辺に関しては全てのW値の値において非常に良く一致していたのであるから、この時点における騒音曝露の状況は、防衛施設庁が作成した騒音コンターに示されたとおりと評価することができ、したがって、例えば前記の北谷町砂辺や嘉手納町屋良など高曝露地域は、この時点においても相当激しい騒音に曝露されていたことが推認できる。
また、研究委員会が昭和53年度から平成9年度までの固定測定点における航空機騒音曝露状況を調査したところによれば、本件飛行場近傍の離発着経路下にある北谷町砂辺の測定地点では、騒音発生回数こそ減少傾向にあるものの、夜間の騒音発生回数及びW値(環境庁方式)には大きな変化がみられない。他方、砂辺と同様、本件飛行場の離発着経路下に当たる石川市美原の測定地点は、平成2年度まではW値の値に大きな変化が認められないが、平成3年度以降は若干W値が低下している年度があり、1日の騒音発生回数も若干少なくなっている。嘉手納町役場の測定地点も、昭和63年度以降、W値、1日の騒音発生回数及び夜間の騒音発生回数のいずれの指標も低下する傾向が認められる。したがって、この時期における本件飛行場周辺の騒音曝露状況については、北谷町砂辺についてはほぼ変わりなく相当激しい騒音に曝露されていたと認めるべきであるが、それ以外の美原及び嘉手納町役場の測定地点では、若干騒音曝露の程度が減少する傾向がうかがわれる。そして、本件飛行場の離発着経路から離れた読谷村伊良皆等の測定地点においては、W値が漸次減少する傾向にある。
更に、研究委員会がモニタリングシステムによる測定結果を踏まえて検討したところによっても、砂辺の測定地点は、最大W値が101であり、年間のおよそ1か月程度はW値91(環境庁方式。以下、特に断らない限り「カ 評価」において同様である。)という激しい騒音に曝されており、防衛施設庁方式で求めたW値も95となっている。これをベトナム戦争当時における数値と比較すれば若干低いものの、それでもなお相当高い数値を維持しているというべきである。Ldnをみると、最大87dB、年間のおよそ1か月程度には79dBの騒音に曝露され、平均でも75dBとなっており、研究委員会が推定したベトナム戦争当時における数値はLeq(24)であるから単純な比較はできないものの、Ldnが夜間(22時ないし7時)の騒音のエネルギーに10倍の重み付けをして評価した1日の等価騒音レベルであり、したがって、通常はLdnの数値はLeqを上回ると考えられること(弁論の全趣旨)にかんがみれば、この時期におけるLeqの数値をベトナム戦争当時における前記数値と比較すれば、Leqは相当減少していることが予想されるというべきである。ただし、そうであっても、Ldnの前記数値自体、決して低い数値と評価することはできない。
屋良の測定地点をみると、W値の最大値が85とやはり高く、年間の約1か月はW値81であり、防衛施設庁方式で求めたW値平均値も81となっているから、やはりうるささの程度は高いというべきであるが、研究委員会がベトナム戦争当時につて推定した数値と比較すれば、かなり減少しているとみることができるし、Ldnについても同様であって、最大値こそ74dBであるものの、年間の約1か月に68dB、平均で64dBとなっている。一方、美原の測定地点については、W値の区分は屋良より低いものの、W値が最大91、年間の約1か月が85、平均が81という高い数値となっており、防衛施設庁方式で求めたW値も84と高い。Ldnについても、同様に、最大77dB、年間の約1か月について72dB、平均で68dBであり、屋良の測定地点より高い数値を記録しており、平成9年までの測定結果と比較しても、必ずしも減少しているということはできない。
他方、W値75の区域に属する伊良皆及び山内の各測定地点についてみると、W値の最大値が82(伊良皆)ないし74(山内)となっているものの、平均すれば67(伊良皆)ないし64(山内)という低い値にとどまっている。防衛施設庁方式で求めたW値を見ても、平均70(伊良皆)ないし68(山内)であり、更に、Ldnについては、最大値でも69(伊良皆)ないし59(山内)であって、平均すれば51(伊良皆)ないし50(山内)という比較的低い数値となっている。また、各測定地点について防衛施設庁方式で求めたW値とコンターとの対応関係を検討すると、滑走路の延長上で離発着経路下に当たる砂辺及び美原の測定地点を除いて、実測値がコンターよりも低い数値となっており、かなり低い測定地点も少なくない。
(ウ) 以上を総合すれば、本件飛行場周辺における騒音曝露状況については、研究委員会の検討結果によって、おおよそ、全体として次のような傾向を認めることができる。
すなわち、本件飛行場の近傍に位置し、離発着経路下に位置する北谷町砂辺においては、ベトナム戦争当時から相当激しい騒音に曝露されており、近時においては若干減少しているとはいえ、なお、騒音の曝露はかなり激しい。同じく離発着経路下に位置する美原の騒音曝露は、砂辺と比較すればかなり劣るものの、W値等の数値はかなり高く、しかも、必ずしも減少傾向にあるとはいえない。また、屋良の測定地点における騒音曝露は、ベトナム戦争当時と比較すればかなり減少しており、最近では美原に劣る数値を示しているが、それでもW値の数値はかなり高い。そして、これらの測定地点においては、Leq,night等に示される夜間における騒音のエネルギーも比較的高く、夜間における騒音発生回数も多い。したがって、これらの高曝露地域においては、ベトナム戦争当時と比較すれば減少しているとはいえ、近時においてもなおかなり激しい騒音に曝露されている。
これに対して、前記伊良皆などW値75の地域については、W値は漸次減少傾向を示しており、その最大値こそ比較的高い数値を示しているものの、W値の平均値やLdnの平均値は必ずしも高いとはいえないから、うるささの程度や騒音の強さは低い。また、Leq,nightや夜間の騒音発生回数をみても、夜間における騒音のエネルギーは必ずしも強いとはいえず、騒音発生回数もおよそ数日に1度という程度にすぎない。
そこで、以上説示した傾向を更に具体的に検証するため、以下、項を改めて、<1>沖縄県のモニタリングシステムによる測定結果、<2>被告が設置した測定地点における測定結果、<3>当裁判所が実施した検証の結果を順次検討する。
(3) 沖縄県のモニタリングシステムによる測定結果等に基づく検討
(以下の事実は、<証拠略>によって認める。)
ア モニタリングシステムの概要等
沖縄県は、昭和53年度から、周辺の市町村とともに本件飛行場周辺等において騒音測定を実施してきた。昭和53年度から平成5年度までのW値のパワー平均値は、別紙「沖縄県の調査による嘉手納飛行場周辺の航空機騒音推移状況(一)」(<略>)記載のとおりであり、同期間における1日当たりの70dB(A)以上の騒音発生回数、深夜及び早朝の騒音発生回数、騒音累積時間の各平均値は、別紙「沖縄県の調査による嘉手納飛行場周辺の航空機騒音推移状況(二)」(<略>)記載のとおりである。
更に、沖縄県は、平成8年度からは、米軍が使用する本件飛行場及び普天間飛行場と、民間航空及び自衛隊が共用する那覇国際空港を対象として、航空機騒音自動監視測定システム(リモートモニタリングシステム)を導入し、順次その整備拡充を進めてきた。平成14年度末の時点における測定局の数は、周辺の市及び町が設置した測定局を含め合計28であり、うち本件飛行場周辺には15の測定局が置かれている。本件飛行場周辺の測定局名、設置場所、設置年月日、測定形態及び管理者は、別紙「測定局一覧表」(<略>)記載のとおりであり、また、本件飛行場周辺における各測定地点の位置関係は、別紙「航空機騒音測定局配置図」(<略>)記載のとおりである。
モニタリングシステムによる測定方法の概要は、別紙「航空機騒音自動測定システムの概要」(<略>)記載のとおりであるが、モニタリングシステムの設置以前における測定方法と比較すると、次のような利点を有する。すなわち、以前の測定方法は、測定結果が記録紙による出力のみであり、測定機器が出力する環境庁方式のW値、発生回数などの情報が得られるにとどまり、それ以外の立ち入った分析が困難であったり、測定点によっては、航空機騒音以外の騒音が排除されずに解析されている可能性が否定できないという問題点を抱えていた。これに対し、モニタリングシステムは、全ての測定データがオンラインで計算機に蓄積され、各種の分析を比較的容易に行うことができ、また、騒音が暗騒音のレベルを一定時間以上継続して超過し、かつ、航空機の発する電波の電解強度が設定レベルを超えた場合に、その騒音を航空機騒音とみなすという測定機能を備えているため、航空機からの騒音であるか否かを識別することが可能となる。
したがって、モニタリングシステムの導入により、測定結果の信頼性は大きく向上していると考えられ、しかも、平成5年度までの上記測定結果の多くが年間において1週間程度の騒音測定を実施するにすぎなかったのに対し、後に各測定地点ごとに認定するとおり、このモニタリングシステムによる測定結果は、測定局の設置時期により差があるものの、基本的には平成9年度から平成14年度(平成15年3月31日まで)という長期間にわたり継続的に行われたものであって、本件飛行場周辺における騒音測定結果としてほぼ最新のものということができ、その測定結果も良く整理されているから(ただし、測定結果のうち、Leq欄に記載された数値の信用性について争いがあることについては、後述するとおりである。)、信用性が高いと評価することができる。
そこで、以下、沖縄県及び本件飛行場周辺の市町村が上記モニタリングシステムにより実施した騒音測定結果に基づき、各測定地点における測定結果を検討する(各測定局の名称の後に、生活環境整備法に基づく区域指定のW値の値を示した。)。
イ 美原(W値85以上)
(ア) 測定結果
この測定地点は、平成9年3月1日、オンライン化測定局として沖縄県が設置したものであり、それまでは、近隣の石川市美原公民館に常時測定局が設置されていた。
そこで、オンライン化された後の騒音測定結果について、まず、1日平均70dB(A)以上の騒音発生回数の推移をみると、34.3回(平成8年度(ただし、平成9年3月1日から同月31日まで。以下、この測定地点について同じ。))、41.1回(平成9年度)、48.3回(平成10年度)、71.2回(平成11年度)、62.6回(平成12年度)、73.5回(平成13年度)、83.4回(平成14年度)で、年々増大する傾向にあり、特に平成14年度には平成9年度の約2.4倍もの騒音が発生しているといえる。夜間(22時ないし24時の数値(深夜)及び0時ないし7時(早朝)の数値を合計したものをいう。以下同じ。)における1日平均騒音発生回数をみても、1.5回(平成8年度)、2.0回(平成9年度)、2.2回(平成10年度)、2.5回(平成11年度)、3.4回(平成12年度)、7.9回(平成13年度)、6.7回(平成14年度)であって、かなり増大する傾向にあるということができる。
次に、70dB(A)以上の1日平均騒音継続累積時間を検討すると、1126秒(平成8年度)、896秒(平成9年度)、1472秒(平成10年度)、2089秒(平成11年度)、1843秒(平成12年度)、2137秒(平成13年度)、2392秒(平成14年度)であり、非常に長時間であるばかりか、年々増大する傾向にあると評価することができる。
そして、70dB(A)以上の騒音の年間パワー平均値(以下、単に「パワー平均値」ということがある。)をみると、88.9(平成9年度)、87.4(平成10年度)、86.0(平成11年度)、85.1(平成12年度)、84.9(平成13年度)、87.6(平成14年度)であり(単位はいずれもdB(A))、平成10年度から平成13年度にかけて若干減少の傾向がみられたものの、逆に平成14年度には増大しているのであり、全体としても、おおむね85を超えるかなり高い数値を計測している。
また、年間の平均W値は、81.0(平成8年度)、80.6(平成9年度)、79.2(平成10年度)、79.0(平成11年度)、78.5(平成12年度)、79.7(平成13年度)、82.7(平成14年度)であり、おおむね80前後の高い値を計測しているほか、いわゆる防衛施設庁方式によるW値をみても、84.1(平成9年度)、82.7(平成11年度)、81.7(平成12年度)、82.6(平成13年度)、86.5(平成14年度)であり(なお、平成10年度の測定結果はない。)、全体として80を超える高い値となっており、特に平成14年度には非常に高い数値を計測している。
更に、この測定地点は、航空機騒音に係る環境基準の地域類型指定Iの地域に属し、その環境基準値はW値70以下であるが、測定期間内にこの環境基準値を超えた日数は、平成10年度が306日(対測定日数比約83.8%。以下の数値は同比率を示す。)、平成11年度が301日(約82.9%)、平成12年度が282日(約78.1%)、平成13年度が284日(約79.6%)、平成14年度が337日(約93.6%)であり、いずれの年度も極めて高い割合で環境基準を超える騒音が発生しているということができる。
(イ) 検討
この測定地点における騒音の状況について検討すると、パワー平均値がおおむね85を超える高い値で推移しており、W値85の区域に属する測定地点の中でも最も大きな値を計測しているから、この測定地点における騒音は非常に強いと評価することができる。そして、年間のW値の平均値をみても、おおむね80前後の高い値を計測しているばかりか、防衛施設庁方式により計算した測定結果も、全体として80ないし85の間という高い領域で推移しており、特に平成14年度には85を超える値を示しているから、この測定地点における騒音のうるささの程度も非常に強いと評価すべきである。そして、騒音発生回数や騒音累積時間については、非常に高い値を計測しているばかりか、著しく増大する傾向が見受けられ、環境基準を超えた割合も非常に高い。
そうすると、この測定地点における騒音の程度は非常に激しく、かつ頻繁であると評価すべきであって、しかも、こうした状況に格段減少の傾向は認められないというべきである。
ウ 昆布(W値85)
(ア) 測定結果
この測定地点は、平成9年3月1日、オンライン化測定局として沖縄県が設置したものであり、それまでは、字昆布のうち別個の地点に具志川市による常時測定局が設置されていた。
そこで、まず、オンライン化された時点以降における1日平均の70dB(A)以上の騒音発生回数をみると、36.8回(平成8年度(ただし、平成9年3月1日から同月31日まで。以下、この測定地点において同じ。))、25.9回(平成9年度)、40.1回(平成10年度)、40.9回(平成11年度)、45.7回(平成12年度)、51.7回(平成13年度)、55.1回(平成14年度)であり、美原や他のW値85以上の区域に属する測定地点よりは劣るとはいえ、多数回の騒音が測定されており、しかも年々増大する傾向にあるということができる。夜間の騒音発生回数についてみても、1.5回(平成9年度)、1.9回(平成10年度)、2.0回(平成11年度)、2.0回(平成12年度)、4.2回(平成13年度)、3.7回(平成14年度)と比較的多数の数値を記録しており、やはり、美原には劣るものの、全体として増加傾向にあるということができる。
次に、騒音累積時間をみると、1140秒(平成8年度)、630秒(平成9年度)、1321秒(平成10年度)、1407秒(平成11年度)、1619秒(平成12年度)、1929秒(平成13年度)、2008秒(平成14年度)となっており、この点でも、美原や他のW値85の区域に属する測定地点には及ばないものの、それでも長時間の騒音というべきであり、しかも、年々増大する傾向にあるということができる。
そして、年間パワー平均値は、84.8(平成9年度)、85.5(平成10年度)、84.5(平成11年度)、83.8(平成12年度)、84.1(平成13年度)、83.6(平成14年度)であり、いずれの年度も85ないしこれに比較的近似した高い数値を記録しており、また減少の傾向はみられないというべきである。
また、年間の平均W値は、78.3(平成8年度)、76.3(平成9年度)、76.4(平成10年度)、75.5(平成11年度)、75.3(平成12年度)、77.0(平成13年度)、76.4(平成14年度)であり、この点でも、美原の測定地点よりは劣るものの、いずれの年度でも75を超える比較的高い値を記録しているほか、いわゆる防衛施設庁方式によるW値は、79.4(平成9年度)、79.2(平成11年度)、79.1(平成12年度)、81.0(平成13年度)、80.2(平成14年度)であり(なお、平成10年度の測定結果はない。)、やはり、美原の測定地点には若干劣るものの、それでもなお全体として80程度の高い値となっているということができる。
更に、この測定地点は、航空機騒音に係る環境基準の地域類型指定Iの地域に属し、その環境基準値はW値70以下であるが、測定期間内にこの環境基準値を超えた日数は、平成10年度が239日(約66.2%)、平成11年度が213日(約61.0%)、平成12年度が235日(約65.3%)、平成13年度が245日(約69.0%)、平成14年度が241日(約68.1%)であり、美原の測定地点よりは劣るとはいえ、いずれの年度もかなり高い割合で環境基準を超える騒音が発生しているということができる。
(イ) 検討
以上によれば、この測定地点におけるパワー平均値は、おおむね85に近似した高い数値を記録しているから、美原の測定地点には劣るとはいえ、騒音は非常に強いというべきであり、また、W値の年間平均値も、いずれの年度でも75を超える比較的高い値を記録しているほか、防衛施設庁方式によるW値も、全体として80程度の高い値となっているから、騒音のうるささの程度も高いと評価することができる。そして、騒音発生回数や騒音累積時間は、美原や他のW値85の区域に属する測定地点よりは劣るとはいえ、それでも高い数値を計測しており、環境基準を超えた日数の割合もかなり高いといえる。
そうすると、この測定地点は、美原よりは劣るとはいえ、大きな騒音に頻繁に曝されているというべきであって、かつ、各測定年度において、格段減少の傾向は認められない。
エ 上勢(W値85)
(ア) 測定結果
この測定地点は、平成9年3月1日、オンライン化測定局として沖縄県が設置したものである。
そこで、まず、平成9年3月1日以降における騒音発生回数をみると、38.2回(平成8年度(ただし、平成9年3月1日から同月31日まで。以下、この測定地点において同じ。))、31.2回(平成9年度)、40.4回(平成10年度)、53.5回(平成11年度)、84.4回(平成12年度)、89.6回(平成13年度)、90.8回(平成14年度)であり、平成14年度は平成8年度の約2.4倍もの騒音の発生が認められ、全体としてかなりの増大傾向にあるということができる。また、平成14年度の数値は、前記美原の測定地点よりも高く、区域指定のW値の値がより高い屋良Aの測定地点とほぼ同じ数値を記録している。夜間の騒音発生回数をみても、0.8回(平成9年度)、1.3回(平成10年度)、1.3回(平成11年度)、1.6回(平成12年度)、3.4回(平成13年度)、2.8回(平成14年度)であり、全体としてみればやはり増加傾向にあるといえる。
次に、騒音累積時間をみると、797秒(平成8年度)、639秒(平成9年度)、1127秒(平成10年度)、1598秒(平成11年度)、2204秒(平成12年度)、4165秒(平成13年度)、2329秒(平成14年度)となっており、この点でも、平成14年度は平成8年度の約2.9倍もの数値を記録し、全体としてかなり増大する傾向にあるということができ、しかも、平成14年度の数値は前記美原の測定地点とほぼ同様の結果を示しているから、相当長時間の騒音に曝されているというべきである。
他方、この測定地点における70dB(A)以上の騒音の年間パワー平均値をみると、81.4(平成9年度)、80.6(平成10年度)、80.3(平成11年度)、77.2(平成12年度)、77.4(平成13年度)、77.5(平成14年度)であり、全体として減少傾向が認められるほか、美原など他のW値85の区域における測定結果より相当小さい結果となっており、特に平成13年度及び平成14年度には、W値75の山内及び伊良皆の数値とほぼ匹敵する程度となっている。
また、年間の平均W値は、68.7(平成8年度)、72.5(平成9年度)、70.6(平成10年度)、71.4(平成11年度)、70.5(平成12年度)、71.4(平成13年度)、71.3(平成14年度)であり、平成9年度に一旦若干増大したものの、その後はおおむね70ないし71程度にとどまり、格段減少傾向はみられないが、桑江を除く他のW値85の区域の測定地点よりも低く、八重島の測定地点(W値80)における測定結果に比較的近似した数値となっている。そして、防衛施設庁方式によるW値も、76.9(平成9年度)、71.4(平成11年度)、74.3(平成12年度)、75.3(平成13年度)、75.1(平成14年度)であり(なお、平成10年度の測定結果はない。)、やはり、おおむね75前後の値を継続して示しており、格段の減少傾向はみられないとはいえ、区域指定におけるW値85とは大きな差があるばかりか、W値85の区域に属する測定地点の中でも比較的低い値となっている。
更に、この測定地点は、航空機騒音に係る環境基準の地域類型指定Iの地域に属し、その環境基準値はW値70以下であるが、測定期間内にこの環境基準値を超えた日数は、平成10年度が139日(約38.8%)、平成11年度が132日(約37.1%)、平成12年度が100日(約27.8%)、平成13年度が138日(約38.4%)、平成14年度が125日(約34.7%)であり(なお、平成8年度及び平成9年度のデータは存しない。)、全体としては減少傾向はみられないというべきであって、また、宮城を除く他のW値85の区域に属する測定地点における数値よりは低いとはいえ、それでも年間の約3分の1の日数で環境基準を超える騒音が発生しているということができる。
(イ) 検討
以上によれば、この測定地点で測定された70dB(A)以上の騒音の年間パワー平均値及び年間のW値の平均値が、全体として減少傾向が認められるほか、美原など他のW値85以上の区域における測定結果より相当小さい結果となっていることからすれば、この測定地点における騒音の強さ及びうるささの程度は、他のW値85以上の区域に属する測定地点よりは低いといわざるを得ない。しかしながら、パワー平均値が80に比較的近い数値を記録していることにかんがみれば、この測定地点は比較的高い強さの騒音に曝露されていると評価すべきであるし、しかも、この測定地点における70dB(A)以上の騒音発生回数及び騒音累積時間が非常に高く、また年々増大する傾向にあることは、この測定地点が頻繁に騒音に曝されていることを示すというべきである。のみならず、環境基準の点でも、他のW値85の区域に属する測定地点よりは大きく劣るとはいえ、年間の約3分の1もの日数で環境基準を超える騒音が測定されている状況にある。
そうすると、この測定地点は、他のW値85の区域に属する測定地点よりは劣るとはいえ、やはり相当程度の騒音に曝露されているというべきである。
オ 宮城(W値85)
(ア) 測定結果
この測定地点は、平成9年3月1日、オンライン化測定局として沖縄県が設置したものである。
そこで、まず、平成9年3月1日以降における1日平均の騒音発生回数をみると、49.9回(平成8年度(ただし、平成9年3月1日から同月31日まで。以下、この測定地点において同じ。))、37.4回(平成9年度)、46.2回(平成10年度)、57.7回(平成11年度)、80.3回(平成12年度)、90.9回(平成13年度)、73.1回(平成14年度)であり、平成14年度は平成8年度の約1.5倍の騒音の発生が認められ、全体としてかなりの増大傾向にあるということができる。また、平成14年度には美原の測定地点に劣ったものの、逆に平成12年度及び平成13年度にはかなり高い数値を記録している。夜間の騒音発生回数をみても、0.8回(平成9年度)、1.2回(平成10年度)、1.4回(平成11年度)、1.8回(平成12年度)、3.8回(平成13年度)、2.8回(平成14年度)であり、やはり、全体として増加傾向にあるというべきである。
次に、70dB(A)以上の騒音の1日当たり累積時間をみると、1058秒(平成8年度)、707秒(平成9年度)、1101秒(平成10年度)、1600秒(平成11年度)、2452秒(平成12年度)、2882秒(平成13年度)、2331秒(平成14年度)となっており、この点でも、平成14年度は平成8年度の約2.2倍もの数値を記録し、全体としてかなり増大する傾向にあるということができ、しかも、騒音発生回数と同様、平成14年度の数値は前記美原の測定地点よりも若干劣るとはいえ、逆に平成12年度及び平成13年度にはこれをかなり上回る数値を記録している。
他方、この測定地点における70dB(A)以上の騒音の年間パワー平均値をみると、83.1(平成9年度)、83.3(平成10年度)、83.9(平成11年度)、79.1(平成12年度)、79.2(平成13年度)、79.8(平成14年度)であり、平成12年度以降は若干の減少傾向が認められ、全測定地点の中でも比較的下位となっているが、それでもおおむね80程度の数値を記録しているといえる。
また、年間の平均W値は、73.8(平成8年度)、74.9(平成9年度)、74.1(平成10年度)、75.6(平成11年度)、72.4(平成12年度)、73.6(平成13年度)、73.2(平成14年度)であり、全体としてみれば格段の減少傾向はみられないものの、平成12年度を除けば、おおむね72ないし74程度の比較的低い値にとどまっており、上勢を除く他のW値85の区域における測定地点よりも若干低い。そして、防衛施設庁方式によるW値も、79.3(平成9年度)、79.7(平成11年度)、76.8(平成12年度)、77.6(平成13年度)、77.9(平成14年度)であり(なお、平成10年度の測定結果はない。)、必ずしも減少傾向にあるということは困難であるが、上勢を除く他のW値85の区域における測定地点よりも若干低く、区域指定のW値とはかなり差があるといわざるを得ない。
更に、この測定地点は、航空機騒音に係る環境基準の地域類型指定IIの地域に属し、その環境基準値はW値75以下であるが、測定期間内にこの環境基準値を超えた日数は、平成10年度が115日(約31.6%)、平成11年度が107日(約29.9%)、平成12年度が59日(約16.3%)、平成13年度が92日(約25.6%)、平成14年度が69日(約19.2%)であり(なお、平成8年度及び平成9年度のデータは存しない。)、全体としては若干の減少傾向にあると評価でき、また、他のW値85の区域に属する測定地点における数値よりはかなり低いとはいえ、それでも、おおむね年間の約4分の1ないし約5分の1程度の日数で環境基準を超える騒音が発生しているということができる。
(イ) 検討
この測定地点における年間平均W値の値及びその推移にかんがみれば、この測定地点におけるうるささの程度が、上勢を除く他のW値85の区域における測定地点よりもやや低いといわざるを得ない。しかしながら、前記W値の年間平均値(殊に、防衛施設庁方式で計算したもの)それ自体をみると、全体としては高い数値を記録しているというべきであるから、この測定地点のうるささの程度はやはり高いと評価すべきであるし、また、70dB(A)以上のパワー平均値がおおむね80程度の値を記録していることや、騒音発生回数や騒音累積時間の各数値が相当高いことにかんがみれば、この測定地点はかなり強い騒音に曝されており、しかもその頻度も高いというべきである。のみならず、この測定地点において環境基準を超える騒音が測定された日数も少なくない。
そうすると、この測定地点は、上勢と同様、他のW値85の区域における測定地点よりは若干劣るとはいえ、なお少なからぬ騒音に曝露されているというべきである。
カ 北美(W値85)
(ア) 測定結果
この測定地点は、平成9年9月1日、オンライン化測定局として沖縄県が設置したものである(したがって、上記の各測定地点と異なり、平成8年度の測定結果はない。)。
そこで、まず、平成9年9月1日以降における1日平均の70dB(A)以上の騒音発生回数をみると、28.2回(平成9年度)、23.2回(平成10年度)、28.8回(平成11年度)、31.3回(平成12年度)、45.0回(平成13年度)、37.3回、(平成14年度)であり、全体としてみれば、多数回であって、やや増大する傾向にあるということができるものの、他のW値85の区域における測定地点と比較すれば、最も低い数値となっている。ただし、夜間の騒音発生回数については、1.3回(平成9年度)、1.1回(平成10年度)、2.7回(平成11年度)、2.1回(平成12年度)、5.2回(平成13年度)、3.4回(平成14年度)と全体として増加傾向を示し、美原には劣るものの、他のW値85以上の区域に属する測定地点とほぼ同等か、やや多い結果となっている。
次に、1日当たり騒音累積時間をみると、686秒(平成9年度)、651秒(平成10年度)、766秒(平成11年度)、828秒(平成12年度)、1339秒(平成13年度)、1018秒(平成14年度)となっており、上記の各測定地点と比較すれば相当低い値となっているが、それでも短時間であるとはいい難く、また、全体としては増加傾向にあると評価すべきである。
他方、この測定地点における70dB(A)以上の騒音の年間パワー平均値をみると、83.6(平成9年度)、84.8(平成10年度)、83.9(平成11年度)、82.9(平成12年度)、83.3(平成13年度)、82.9(平成14年度)であり、この点では、かなり高い値を示しており、しかも、全体としてみれば、必ずしも減少傾向にあるということは困難である。
また、年間の平均W値は、73.1(平成9年度)、73.1(平成10年度)、73.8(平成11年度)、73.0(平成12年度)、75.8(平成13年度)、74.3(平成14年度)という比較的高い数値で推移しており、特段減少の傾向はみられない。そして、いわゆる防衛施設庁方式によるW値も、77.7(平成9年度)、78.0(平成11年度)、76.9(平成12年度)、79.5(平成13年度)、78.4(平成14年度)であって(なお、平成10年度の測定結果はない。)、区域指定のW値とはかなり差があり、美原及び昆布の各測定地点には劣るといわざるを得ないものの、それでも比較的高い数値を継続的に記録しており、しかも、全体としてみれば減少しているとはいい難い。
更に、この測定地点は、航空機騒音に係る環境基準の地域類型指定Iの地域に属し、その環境基準値はW値70以下であるが、測定期間内にこの環境基準値を超えた日数は、平成10年度が186日(約51.0%)、平成11年度が180日(約50.0%)、平成12年度が184日(約50.7%)、平成13年度が132日(約65.0%)、平成14年度が214日(約59.4%)であり(なお、平成8年度及び平成9年度のデータは存しない。)、おおむね年間の約半分もの日数において環境基準を超える騒音が発生しており、しかも、平成13年度及び平成14年度においては若干増加の傾向が認められる。
(イ) 検討
騒音に関する以上の各指標のうち、この測定地点においては、他のW値85の区域における測定地点と比較して、騒音発生回数及び騒音累積時間が比較的少ないから、この測定地点が曝される騒音の頻度という点では、他の測定地点にやや劣るといわざるを得ない。しかしながら、この測定地点における70dB(A)以上の騒音の年間パワー平均値が相当高く、年間の平均W値が比較的高いことは、この測定地点が相当強い騒音に曝されており、しかも、そのうるささの程度も比較的高いことを示していると評価すべきであって、このことは、年間のおおむね半分程度の日数で環境基準を超える騒音が発生しているという事実からも裏付けられるというべきである。
そうすると、この測定地点における騒音の程度は相当大きいというべきである。
キ 八重島(W値80)
(ア) 測定結果
この測定地点は、平成9年9月1日、オンライン化測定局として沖縄県が設置したものである(したがって、この測定地点においても、平成8年度の測定結果はない。)。
そこで、まず、平成9年9月1日以降における1日平均の70dB(A)以上の騒音発生回数をみると、16.1回(平成9年度)、7.8回(平成10年度)、11.4回(平成11年度)、21.4回(平成12年度)、20.0回(平成13年度)、17.9回(平成14年度)であり、全体としてみれば必ずしも減少傾向にあるとは認められないものの、かなり少ない回数であって、W値75の区域に属する山内の測定地点よりも少ない回数となっている。ただし、夜間の騒音発生回数は、0.3回(平成9年度)、0.1回(平成10年度)、0.8回(平成11年度)であったのに対し、2.4回(平成12年度)、2.8回(平成13年度)、2.6回(平成14年度)とかなり増加している。
次に、1日当たり騒音累積時間をみると、214秒(平成9年度)、101秒(平成10年度)、178秒(平成11年度)、247秒(平成12年度)、339秒(平成13年度)、474秒(平成14年度)となっており、平成14年度には平成9年度の約2.2倍もの累積時間となっているものの、全体としてみれば、全測定地点の中で最も少ない時間となっている。
他方、この測定地点における70dB(A)以上の騒音の年間パワー平均値をみると、81.0(平成9年度)、84.3(平成10年度)、84.2(平成11年度)、80.5(平成12年度)、81.0(平成13年度)、80.7(平成14年度)であり、この点においては、いずれの年度も80を超える比較的高い数値を示しており、しかも、全体としてみれば減少の幅もごくわずかであると評価することができる。
また、年間の平均W値は、67.5(平成9年度)、67.8(平成10年度)、69.3(平成11年度)、69.8(平成12年度)、70.3(平成13年度)、70.0(平成14年度)であり、若干の増加傾向がみられるものの、最大でもおおむね70程度の比較的低い値となっている。そして、防衛施設庁方式によるW値も、71.7(平成9年度)、73.3(平成11年度)、72.3(平成12年度)、73.2(平成13年度)、73.6(平成14年度)であって(なお、平成10年度の測定結果はない。)、全体としてみれば減少しているとはいい難いものの、比較的低い数値にとどまり、区域指定のW値とはかなり差があるといわざるを得ない。
更に、この測定地点は、航空機騒音に係る環境基準の地域類型指定IIの地域に属し、その環境基準値はW値75以下であるが、測定期間内にこの環境基準値を超えた日数は、平成10年度が8日(約2.2%)、平成11年度が15日(約4.1%)、平成12年度が18日(約5.0%)、平成13年度が26日(約7.3%)、平成14年度が17日(約5.1%)という極めて少ない日数にとどまっている(なお、平成8年度及び平成9年度のデータは存しない。)。
(イ) 検討
この測定地点における70dB(A)以上の騒音の年間パワー平均値は、いずれの年度も80を超える比較的高い数値を示しているものの、騒音発生回数はもとより、騒音累積時間は全測定局の中で最も少ない数値を記録している。のみならず、年間の平均W値をみても、最大でもおおむね70程度の低い数値となっているほか、防衛施設庁方式で算出した平均W値も、最大でも73.6(平成14年度)であって、区域指定におけるW値とはかなりの差が認められる。そして、この測定地点において環境基準値を超えた日数は、年間で数%にとどまっているのであるから、年間のほとんどの日数において環境基準が満たされていると評価すべきである。
以上によれば、この測定地点における騒音の程度は、かなり低いといわざるを得ない。
ク 屋良A(W値90)
(ア) 測定結果
この測定地点は、平成9年9月1日、沖縄県がオンライン測定局として新たに設置したものである。
そこで、まず、平成9年9月1日以降における1日平均の騒音発生回数をみると、78.3回(平成9年度)、74.9回(平成10年度)、92.4回(平成11年度)、80.1回(平成12年度)、100.4回(平成13年度)、90.4回(平成14年度)であり、それ自体相当高い値となっているほか、その傾向は必ずしも一定していないものの、全体としてみれば若干上昇しているというべきである。夜間の騒音発生回数についても、2.4回(平成9年度)、3.1回(平成10年度)、4.5回(平成11年度)、4.3回(平成12年度)、8.5回(平成13年度)、7.2回(平成14年度)とかなり多数であって、増加傾向もみられる。
次に、1日当たり騒音累積時間をみると、1607秒(平成9年度)、2185秒(平成10年度)、2652秒(平成11年度)、2345秒(平成12年度)、3111秒(平成13年度)、2832秒(平成14年度)となっており、やはり相当高い値となっているほか、全体としてみても増加傾向にあるというべきである。
そして、年間パワー平均値をみると、83.0(平成9年度)、83.9(平成10年度)、84.2.(平成11年度)、83.4(平成12年度)、83.9(平成13年度)、84.2(平成14年度)であり、いずれの年度においても83ないし84というかなり高い値を示しており、減少の傾向は認められない。
また、年間の平均W値は、77.4(平成9年度)、82.0(平成10年度)、78.8(平成11年度)、77.7(平成12年度)、79.6(平成13年度)、79.5(平成14年度)であり、平成10年度を除けばおおむね80に近いという高い数値を記録しており、この点でも減少傾向は認められない。そして、防衛施設庁方式によるW値についても、81.0(平成9年度)、80.5(平成10年度)、82.5(平成11年度)、81.2(平成12年度)、82.9(平成13年度)、82.8(平成14年度)であって、区域指定のW値とはかなり差があるといわざるを得ないものの、それでもなお相当高い値を継続して記録しているというべきである。
更に、この測定地点は、航空機騒音に係る環境基準の地域類型指定Iの地域に属し、その環境基準値はW値70以下であるが、測定期間内にこの環境基準値を超えた日数は、平成10年度が265日(約72.6%)、平成11年度が273日(約78.4%)、平成12年度が271日(約75.1%)、平成13年度が292日(約81.6%)、平成14年度が277日(約81.0%)という極めて高い数値であって(なお、平成8年度及び平成9年度のデータは存しない。)、全体として増加の傾向を示しており、平成13年度及び平成14年度には年間のおおむね5分の4もの日数で環境基準を超える騒音が計測されるという結果になっている。
(イ) 検討
以上のとおり、年間パワー平均値及び年間の平均W値(いわゆる防衛施設庁方式により計算した数値も含む。)のいずれの指標も、かなり高い数値を示していることは、この測定地点が相当強い騒音に曝されており、しかもそのうるささの程度も相当高いことを指し示すものと評価すべきであって、また、この測定地点における騒音発生回数及び騒音累積時間が相当高い数値となっていることは、この測定地点が、このような騒音に頻繁に曝されていることを意味するというべきである。のみならず、この測定地点においては、特に平成13年度及び平成14年度では、年間のおおむね5分の4もの日数において環境基準を超える騒音が測定されている。
そうすると、この測定地点における騒音の程度は、相当強いと評価すべきである。
ケ 砂辺(W値95以上)
(ア) 測定結果
この測定地点は、平成9年9月11日、北谷町によりオンライン測定化された測定地点である。
そこで、まず、1日平均の騒音発生回数をみると、88.2回(平成9年度)、106.8回(平成10年度)、94.4回(平成11年度)、63.1回(平成12年度)、105.7回(平成13年度)、111.2回(平成14年度)であり、平成12年度に一旦減少したものの、その後は再び著しく増加し、極めて多数の騒音が計測されている。夜間の騒音発生回数については、2.2回(平成9年度)、3.9回(平成10年度)、4.4回(平成11年度)、1.6回(平成12年度)、6.1回(平成13年度及び平成14年度)であり、日中の騒音発生回数と比較すればかなり減少しているとはいえ、それでもなおかなり多数の騒音が夜間にも発生しているというべきであり、しかも、平成13年度からは再び増加している。
次に、1日当たり騒音累積時間をみると、1633秒(平成9年度)、4205秒(平成10年度)、3097秒(平成11年度)、1833秒(平成12年度)、2885秒(平成13年度)、2963秒(平成14年度)となっており、騒音発生回数と同様、平成12年度に一旦減少したものの、その後は再び著しく増加し、非常に長時間となっていることが認められる。
そして、騒音の年間パワー平均値をみると、94.5(平成9年度)、95.9(平成10年度)、95.2(平成11年度)、96.4(平成12年度)、94.1(平成13年度)、94.1(平成14年度)であり、いずれの年度においても90を超える極めて高い数値を示しており、減少の傾向は認められない。
また、年間の平均W値は、90.0(平成9年度)、91.2(平成10年度)、89.7(平成11年度)、88.8(平成12年度)、89.6(平成13年度)、89.9(平成14年度)であり、おおむね90前後という極めて高い数値を記録しており、この点でも減少傾向は認められない。そして、防衛施設庁方式によるW値についても、94.0(平成9年度)、95.4(平成10年度)、93.3(平成11年度)、93.4(平成12年度)、93.8(平成13年度)、94.3(平成14年度)であって、平成10年度を除けば、区域指定のW値には達しないものの、それでもなお90を超える極めて高い値を継続して記録しているというべきである。
更に、この測定地点は、航空機騒音に係る環境基準の地域類型指定IIの地域に属し、その環境基準値はW値75以下であるが、測定期間内にこの環境基準値を超えた日数は、平成10年度が309日(約84.7%)、平成11年度が285日(約78.7%)、平成12年度が305日(約84.5%)、平成13年度が310日(約86.4%)、平成14年度が284日(約85.0%)という極めて高い数値であって(なお、平成8年度及び平成9年度のデータは存しない。)、平成11年度を除けば、年間のおおむね5分の4を超える日数で環境基準を超える騒音が計測されるという結果になっており、しかもこうした傾向に変化はみられない。
(イ) 検討
以上のとおり、騒音の年間パワー平均値及び年間のW値の平均値は、いずれも極めて高い値となっているから、この測定地点は極めて強い騒音に曝されており、そのうるささの程度も相当高いと評価すべきである。そして、この測定地点における騒音発生回数および騒音累積時間が、いずれも相当高い数値となっていることは、この測定地点で騒音に曝される頻度が相当高いことを示しているというべきであるし、しかも、この測定地点は、年間のおおむね5分の4を越える日数で環境基準を超える騒音に曝されていることを考え併せれば、この測定地点における騒音の程度は極めて激しいと評価すべきである。
(ウ) オンライン化される以前の測定結果との比較
なお、この測定地点は、平成9年9月11日にオンライン化される以前にも、沖縄県(平成3年12月まで)及び北谷町(平成4年1月以降)により、航空機騒音に関する年間常時測定が実施されてきた。
このうち、年間常時測定による結果のうち、主要な指標である年間W値の平均値の推移をみると、83.9(昭和56年度)、86.8(昭和57年度)、87.2(昭和58年度)、87.2(昭和59年度)、87.1(昭和60年度)、87.5(昭和61年度)、87.9(昭和62年度)、88.0(昭和63年度)、88.0(平成元年度)、83.3(平成2年度)、88.0(平成3年度)、87.6(平成4年度)、87.8(平成5年度)、86.9(平成6年度)、87.7(平成7年度)、88.1(平成8年度)であった。これを前記のオンライン化された平成9年度以降における常時測定の結果と比較すると、むしろ平成9年度以降における測定結果が若干高い数値を示しているといえるから、この点からしても、この測定地点におけるうるささの程度がそれ自体極めて高いだけではなく、近時においても減少しているとはいえないことを示しているというべきである。
コ 伊良皆(W値75)
(ア) 測定結果
この測定地点は、平成9年3月31日、沖縄県によりオンライン測定局として設置された測定地点である。
そこで、まず、この測定地点における1日平均の70dB(A)以上の騒音発生回数をみると、17.8回(平成10年度)、8.6回(平成11年度)、26.1回(平成12年度)、27.1回(平成13年度)、23.5回(平成14年度)であり、全体として減少傾向にあるということはできないものの、全測定地点の中では、相対的に少ない発生回数となっている。
次に、70dB(A)以上の騒音の1日当たり累積時間をみると、518秒(平成10年度)、95秒(平成11年度)、770秒(平成12年度)、846秒(平成13年度)、727秒(平成14年度)となっており、騒音発生回数と同様、全体として減少の傾向はみられないが、全測定地点の中では、やはり相対的に短時間となっている。
そして、この測定地点における70dB(A)以上の騒音の年間パワー平均値をみると、81.4(平成10年度)、86.7(平成11年度)、79.5(平成12年度)、77.8(平成13年度)、77.2(平成14年度)であり、平成11年度を境として減少傾向がみられ、殊に平成14年度においては全測定地点中最も小さな数値となっている。
また、年間の平均W値は、70.8(平成10年度)、72.4(平成11年度)、68.5(平成12年度)、66.4(平成13年度)、65.3(平成14年度)であり、この点でも平成11年度を境として減少傾向が認められ、平成12年度以降はいずれの年度も70に満たない数値となっている。そして、防衛施設庁方式によるW値についても、平成11年度が76.7という比較的高い値を計測したものの、その後は、72.9(平成12年度)、71.0(平成13年度)、70.3(平成14年度)であって(なお、平成10年度のデータは存しない。)、いずれの年度においても、区域指定のW値よりもかなり低い値を示している。
更に、この測定地点は、航空機騒音に係る環境基準の地域類型指定Iの地域に属し、その環境基準値はW値70以下であるが、測定期間内にこの環境基準値を超えた日数は、平成10年度が17日(約5.3%)、平成11年度が13日(約14.8%)、平成12年度が14日(約3.9%)、平成13年度が12日(約3.3%)、平成14年度が8日(約2.2%)であって(なお、平成8年度及び平成9年度のデータは存しない。)、平成11年度を除けば、いずれの年度においても、環境基準を超える騒音が発生した日数は、数%にとどまっている。
(イ) 検討
この測定地点における70dB(A)以上の騒音の年間パワー平均値には減少傾向が認められ、平成14年度には全測定局の中で最も少ない値となっているほか、騒音発生回数及び騒音累積時間の数値もかなり少ない。また、年間の平均W値をみても、平成12年度はいずれの年度も70に満たない数値となっているだけでなく、防衛施設庁方式で算出した平均W値も区域指定におけるW値よりかなり低い値となっている。のみならず、この測定地点において環境基準値を超えた日数は、年間で数%にとどまっているのであるから、年間のほとんどの日数において環境基準が満たされていると評価すべきである。
以上によれば、この測定地点における騒音の程度は、かなり低いといわざるを得ない。
サ 桑江(W値85)
(ア) 測定結果
この測定地点は、平成10年9月8日、北谷町によりオンライン測定局として設置された測定地点である。
そこで、まず、この測定地点における1日平均の70dB(A)以上の騒音発生回数をみると、18.0回(平成10年度)、17.8回(平成11年度)、16.5回(平成12年度)、20.1回(平成13年度)、14.6回(平成14年度)であり、相対的に極めて少ない数値で推移しており、殊に平成14年度は全測定地点中最も小さな数値となっている。
次に、70dB(A)以上の騒音の1日当たり累積時間をみると、510秒(平成10年度)、554秒(平成11年度)、532秒(平成12年度)、869秒(平成13年度)、491秒(平成14年度)となっており、平成13年度を除けば、騒音発生回数と同様、全体として相対的に相当低い数値を示しているといえる。
そして、この測定地点における70dB(A)以上の騒音の年間パワー平均値をみると、84.5(平成10年度)、84.4(平成11年度)、82.3(平成12年度)、82.2(平成13年度)、81.7(平成14年度)であり、若干減少の傾向がみられるとはいえ、この点では、いずれの年度においても80を超える高い数値を示しているといえる。
他方、年間の平均W値は、70.2(平成10年度)、70.1(平成11年度)、67.7(平成12年度)、68.7(平成13年度)、66.8(平成14年度)であり、全体として若干の減少傾向にあるといえるほか、平成12年度以降は連続して70を割る結果となっている。また、防衛施設庁方式によるW値についても、75.3(平成10年度)、74.9(平成11年度)、72.9(平成12年度)73.3(平成13年度)、71.4(平成14年度)であって、全体として若干減少傾向にあるほか、それ自体としてみれば必ずしも小さいとはいい難いものの、区域指定におけるW値からは相当かけ離れた結果になっている。
なお、この測定地点については、米軍との共同使用地域に位置するため、環境基準が当てはめられておらず、したがって、環境基準を超えた日数に関する測定結果はない。
(イ) 検討
以上によれば、この測定地点における70dB(A)以上の騒音の年間パワー平均値は、いずれの年度においても80を超えているから、騒音の強さはかなり高いと認められるものの、他方、年間の平均W値は、平成12年度以降は連続して70を割る結果となっており、防衛施設庁方式によるW値についても、全体として若干減少傾向にあるほか、それ自体としてみれば必ずしも小さいとはいい難いものの、区域指定におけるW値からは相当にかけ離れた結果になっているのであるから、この測定地点におけるうるささの程度は必ずしも高いとは認められない。そして、騒音発生回数および騒音累積時間のいずれについても、相対的に比較的少ない数値を示しているから、この測定地点において騒音に曝される頻度も必ずしも高いとは認められない。
そうすると、この測定地点における騒音の程度は、必ずしも高いとはいえないといわざるを得ない。
シ 山内(W値75)
(ア) 測定結果
この測定地点は、平成10年9月8日、沖縄市によりオンライン測定局として設置された測定地点である。
そこで、まず、この測定地点における1日平均の70dB(A)以上の騒音発生回数をみると、22.1回(平成10年度)、22.8回(平成11年度)、23.1回(平成12年度)、23.5回(平成13年度)、16.6回(平成14年度)であり、平成13年度まではW値が同一である伊良皆の測定地点よりも若干多かったものの、いずれも相対的にかなり少ない回数であって、平成14年度にはかなり減少するという傾向が認められる。
次に、70dB(A)以上の騒音の1日当たり累積時間をみると、487秒(平成10年度)、519秒(平成11年度)、569秒(平成12年度)、563秒(平成13年度)、516秒(平成14年度)となっており、騒音発生回数と同様、全体として減少の傾向はみられないが、全測定地点の中では、やはり相対的に短時間となっている。
そして、この測定地点における70dB(A)以上の騒音の年間パワー平均値をみると、平成10年度に85.1という高い値を計測したものの、その後は、77.9(平成11年度)、75.5(平成12年度)、77.1(平成13年度)、78.0(平成14年度)であり、おおむね78程度の値を計測しているということができる。
また、年間の平均W値は、平成10年度に71.9であったものの、その後は、65.3(平成11年度)、63.2(平成12年度)、64.9(平成13年度)、64.1(平成14年度)という低い値で推移している。そして、防衛施設庁方式によるW値についても、平成10年度に76.4という比較的高い値を計測したものの、その後は、69.6(平成11年度)、67.4(平成12年度)、68.4(平成13年度)、67.2(平成14年度)であって、平成11年度以降は、いずれの年度においても、70に達した年度はなく、区域指定のW値よりもかなり低い値を示している。
更に、この測定地点は、航空機騒音に係る環境基準の地域類型指定Iの地域に属し、その環境基準値はW値70以下であるが、測定期間内にこの環境基準値を超えた日数は、平成10年度が25日(約12.2%)、平成11年度が28日(約7.7%)、平成12年度が16日(約4.4%)、平成13年度が20日(約5.6%)、平成14年度が16日(約4.4%)であって、平成10年度を除けば、いずれの年度においても、環境基準を超える騒音が発生した日数は、数%にとどまっているということができる。
(イ) 検討
この測定地点における70dB(A)以上の騒音の年間パワー平均値は必ずしも低いと評価することはできないが、騒音発生回数及び騒音累積時間をみると、いずれもかなり低い数値となっている。また、年間の平均W値をみても、おおむね64程度のかなり低い数値で推移しており、防衛施設庁方式で算出した平均W値も区域指定におけるW値よりもかなり低い数値となっている。のみならず、この測定地点において環境基準値を超えた日数は年間で数%にとどまっているのであるから、年間のほとんどの日数において環境基準が満たされていると評価すべきである。
以上によれば、この測定地点における騒音の程度は、かなり低いといわざるを得ない。
ス 嘉手納(W値90)
(ア) 測定結果
この測定地点は、昭和53年7月から嘉手納町により常時騒音測定が実施されている測定局であるが、上記の各測定局と異なり、オンライン化されているわけではない。しかし、この測定局についても、上記の各測定局と同様、継続して航空機騒音の測定が実施されてきたので、ここでは、その測定結果を基にして、この測定地点における航空機騒音の把握を試みる。
そこで、まず、同日以降における1日平均の70dB(A)以上の騒音発生回数をみると、58.1回(平成9年度)、56.5回(平成10年度)、60.1回(平成11年度)、55.1回(平成12年度)、66.7回(平成13年度)、60.3回(平成14年度)となっており、その傾向は必ずしも一定ではないが、全体としてかなりの多数となっている。
次に、70dB(A)以上の騒音の1日当たり累積時間をみると、1165秒(平成9年度)、1273秒(平成10年度)、1573秒(平成11年度)、1065秒(平成12年度)、1328秒(平成13年度)、1284秒(平成14年度)となっており、騒音発生回数と同様、必ずしも一定の増加傾向は示していないものの、全体としてみれば相当長時間の指数となっている。
そして、この測定地点における年間の平均W値は、74.5(平成9年度)、75.7(平成10年度)、76.3(平成11年度)、75.4(平成12年度)、77.0(平成13年度)、76.2(平成14年度)であり、平成10年度より後は、いずれの年度も75を超える比較的高い数値となっており、しかも全体としてみれば、ごくわずかであるが増加する傾向にあるというべきである。なお、この測定地点については、他の測定地点と異なり、70dB(A)以上の騒音の年間パワー平均値及び防衛施設庁方式による年間の平均W値を直接認定することのできる証拠が提出されていない。しかしながら、まず、騒音の年間パワー平均値については、<証拠略>(嘉手納町が測定した航空機騒音測定データ月報)には、70dB(A)以上の騒音の年間パワー平均値は記載されていないが、月間パワー平均値は記載されており、この推移をみると、おおむね80ないし84という高い数値で推移していると評価することができ、特段減少の傾向はみられないから、年間パワー平均値についても、前記数値に相応したかなり高い値を継続的に示していることが推認される。また、防衛施設庁方式による年間のW値の平均値については、前記の各測定地点における測定結果によれば、防衛施設庁方式によるときは、おおむね3ないし5程度高い数値が記録されるといえるから、この測定地点については、防衛施設庁方式による年間平均のW値は、平成10年度以降においては、80に比較的近い数値となると推認することができる。ただし、そうであっても、区域指定におけるW値90以上という値よりはかなり小さな結果となるといわざるを得ない。
更に、この測定地点は、航空機騒音に係る環境基準の地域類型指定Iの地域に属し、その環境基準値はW値70以下であるが、測定期間内にこの環境基準値を超えた日数は、平成11年度が260日(約73.2%)、平成12年度が240日(約68.4%)、平成13年度が272日(約77.5%)、平成14年度が253日(約73.1%)という極めて高い数値であって(なお、平成9年度及び平成10年度のデータはない。)、全体としては必ずしも増加傾向は示していないものの、おおむね年間の4分の3程度の日数で環境基準を超える結果となっている。
(イ) 検討
前述のとおり、この測定地点については、他の測定地点と異なり、70dB(A)以上の騒音の月間パワー平均値を認定することのできる資料が提出されていないから、騒音の強さについては的確に把握することが困難であるものの、年間の平均W値が、平成10年度より後は、いずれの年度も75を超える比較的高い数値となっていることにかんがみれば、たとえ区域指定におけるW値に及ばないにしても、この測定地点における騒音のうるささの程度はかなり高いというべきである。そして、騒音発生回数及び騒音累積時間が、いずれも相当高い数値となっているので、この測定地点が頻繁に騒音に曝されていると評価することができるし、環境基準の点からしても、おおむね年間の4分の3程度の日数で環境基準を超える騒音が記録されている。
そうすると、この測定地点における騒音の程度はかなり強いと評価すべきである。
(ウ) 上記測定以前の測定結果との比較
なお、この測定地点は、昭和53年7月から、嘉手納町により航空機騒音の常時測定が行われてきた。騒音に関する主要な指標と認められる年平均のW値について、平成2年度以降の測定結果をみると、79.7(平成2年度)、76.7(平成3年度)、77.6(平成4年度)、77.3(平成5年度)、78.2(平成6年度)、76.2(平成7年度)、75.1(平成8年度)であり、これを前記認定の平成9年度以降の測定結果と比較すれば、前述のとおり、年平均のW値が、平成9年度以降においてもおおむね75を超える結果となっていることに照らすと、必ずしも減少傾向にあると認めることはできない。
セ 兼久(W値90)
(ア) 測定結果
この測定地点は、平成9年4月1日、嘉手納町によりオンライン測定局として設置された測定地点である。
そこで、まず、1日平均の70dB(A)以上の騒音発生回数をみると、47.8回(平成9年度)、46.7回(平成10年度)、30.9回(平成11年度)、25.3回(平成12年度)、38.7回(平成13年度)、24.8回(平成14年度)であり、その傾向は必ずしも一定しないものの、全体として少なからざる騒音が発生しているといえる。
次に、70dB(A)以上の騒音の1日当たり累積時間をみると、886秒(平成9年度)、929秒(平成10年度)、973秒(平成11年度)、829秒(平成12年度)、1007秒(平成13年度)、980秒(平成14年度)となっており、全測定地点の中で相対的に比較すれば、比較的短いグループに属するとはいえ、それでも比較的長時間の騒音に曝されているということができる。
そして、年間の平均W値は、72.8(平成9年度)、73.8(平成10年度)、72.7(平成11年度)、73.6(平成12年度)、74.6(平成13年度)、74.4(平成14年度)であり、全体として若干増加傾向が見受けられるほか、特に平成13年度及び平成14年度には75に比較的近い数値を記録しているといえる(なお、この測定地点についても、70dB(A)以上の騒音の年間のパワー平均値及び防衛施設庁方式により求めた年間の平均W値を認定することのできる資料が提出されていない。しかしながら、後者については、前述のとおり、前記年間の平均W値におおむね3ないし5を加えた値になると推認できるから、いずれの年度も、おおむね75ないし80の間の数値となると考えられ、決して小さい数値ということはできない。ただし、そうであっても、この測定地点が属する区域指定におけるW値には大きく及ばないといわざるを得ない。)。
更に、この測定地点は、航空機騒音に係る環境基準の地域類型指定IIの地域に属し、その環境基準値はW値75以下であるが、測定期間内にこの環境基準値を超えた日数は、平成11年度が91日(約25.2%)、平成12年度が60日(約18.1%)、平成13年度が108日(約30.8%)、平成14年度が96日(約27.8%)であり、嘉手納や屋良など他のW値90の区域に属する測定地点と比較すれば相当劣るとはいえ、それでも、年間におけるかなりの割合で、環境基準を超える騒音が発生しているというべきである。
(イ) 検討
前述のとおり、この測定地点では、70dB(A)以上の騒音の年間のパワー平均値を把握することのできる証拠が提出されていないから、この測定地点における騒音の強さを的確に把握することは困難であるといわざるを得ない。しかしながら、この測定地点における年間のW値の平均値が、区域指定におけるW値の値には大きく及ばないとはいえ、それでもなお決して小さな値ということはできないのであるから、この測定地点におけるうるささの程度は比較的強いというべきである。そして、騒音発生回数及び騒音累積時間の点からみても、この測定地点が騒音に曝露される頻度も、屋良や嘉手納の測定地点には劣るものの、やはり少なくないというべきである。のみならず、この測定地点では、年間におけるかなりの割合で、環境基準を超える騒音が発生しているといえる。
そうすると、この測定地点は、全体として屋良や嘉手納の測定地点には劣るとはいえ、それでもなお、少なからざる騒音に曝露されていると評価すべきである。
ソ 栄野比(W値85)
(ア) 測定結果
この測定地点は、平成2年8月27日、具志川市により設置されたものである(ただし、測定形態が移動である点で、固定測定である他の測定地点と異なる。また、この測定地点も、オンライン化された測定局ではない。)。そして、この測定地点は、W値85の区域に属すると認められる(弁論の全趣旨)。
そこで、この測定地点における平成9年度以降の測定結果のうち、まず、70dB(A)以上の騒音の1日当たり平均発生回数をみると、27.7回(平成9年度)、40.4回(平成10年度)、30.9回(平成11年度)、25.3回(平成12年度)、38.7回(平成13年度)、24.8回(平成14年度)であり、他のW値85の区域における測定地点よりは若干低い値となっているものの、それでも比較的大きな値となっているというべきであり、しかも、全体としてみれば、格段減少の傾向はみられない。
次に、70dB(A)以上の騒音累積時間をみると、1065秒(平成9年度)、1134秒(平成10年度)、1166秒(平成11年度)、2624秒(平成12年度)、1350秒(平成13年度)、783秒(平成14年度)であり、平成12年度に全測定地点中最も高い値を記録した後は、急激に減少し、W値75の区域に属する伊良皆の測定地点とほぼ同等の数値となっている。
また、この測定地点における年間平均のW値は、77.6(平成9年度)、77.8(平成10年度)、72.7(平成11年度)、74.7(平成12年度)、76.8(平成13年度)、75.7(平成14年度)であり、平成11年度に一旦減少したものの、その後は再び上昇し、平成13年度及び平成14年度は75を超える高い値となっている(なお、この測定地点についても、70dB(A)以上の騒音の年間パワー平均値及び防衛施設庁方式で算定した年間の平均W値を認定できる資料が提出されていないが、後者については、前述のとおり、前記認定の年間平均W値におおむね3ないし5程度を加えた値となると考えることができるから、区域指定におけるW値の85以上という値には及ばないものの、それでもなお、この測定地点ではおおむね80程度の高い数値が記録されていると推認できるというべきである。)。
そして、この測定地点は、航空機騒音に係る環境基準の地域類型指定Iの地域に属し、その環境基準値はW値70以下であるが、測定期間内にこの環境基準値を超えた日数は、平成11年度が121日(約66.5%)、平成12年度が103日(約64.0%)、平成13年度が93日(約69.9%)、平成14年度が102日、(約64.6%)であり(なお、平成9年度及び平成10年度のデータはない。)、年間のおおむね3分の2程度もの日数において、環境基準を超える騒音が発生しているということができる。
(イ) 検討
前述のとおり、この測定地点では、70dB(A)以上の騒音の年間のパワー平均値を把握することのできる証拠が提出されていないから、この測定地点における騒音の強さを的確に把握することは困難であるといわざるを得ない。しかしながら、この測定地点における年間のW値の平均値が、区域指定におけるW値には及ばないとはいえ、それでもなお高い数値が計測されているのであるから、この測定地点におけるうるささの程度は強いというべきである。そして、騒音発生回数及び騒音累積時間の点からみても、この測定地点が騒音に曝露される頻度も比較的大きいというべきであるし、年間において環境基準を超える騒音が測定される割合も高い。
そうすると、この測定地点において曝露される騒音の程度は強いと評価すべきである。
タ 屋良B(W値90)
(ア) 測定結果
この測定地点は、平成11年7月1日、嘉手納町によって設置された常時測定地点であり、前記の屋良Aの測定地点と比較すれば、更に本件飛行場の滑走路に近い場所に位置すると認められる。ただし、この測定地点も、嘉手納町が設置した嘉手納の測定地点と同様、オンライン化測定局ではないが、嘉手納町は、継続的に航空機騒音の測定を行ってきたので、ここでは、その結果を踏まえ、この測定地点における航空機騒音の把握を試みることとする。
まず、70dB(A)以上の騒音の1日平均発生回数をみると、114.4回(平成11年度)、97.6回(平成12年度)、113.1回(平成13年度)、116.1回(平成14年度)といずれも極めて多数回となっており、全測定地点中最も大きな数値となっている。
次に、70dB(A)以上の騒音の1日平均における累積時間をみても、2518秒(平成11年度)、2334秒(平成12年度)、2868秒(平成13年度)、3668秒(平成14年度)であり、平成12年度には一旦若干減少したものの、その後は再びかなり増加しており、平成14年度には全測定地点中最も長時間となっている。
また、年間平均のW値の値をみると、82.0(平成11年度)、81.2(平成12年度)、82.9(平成13年度)、83.0(平成14年度)となっており、全体として若干増加しているばかりか、W値が90以上95未満の区域に属する他の測定地点(屋良A、嘉手納)と比較してもかなり高い数値となっている。もっとも、この測定地点についても、70dB(A)以上の騒音の年間パワー平均値及び防衛施設庁方式で求めた年間平均のW値の値を認定することのできる証拠は提出されていないが、前述のとおり、防衛施設庁方式により求めた年間平均のW値は、おおむね、前記年間平均のW値に3ないし5程度加えた値となる旨推認されるから、この測定地点において防衛施設庁方式により求めた年間平均のW値は、おおむね80台後半というかなり高い値となると考えられる。
更に、この測定地点は、航空機騒音に係る環境基準の地域類型指定Iの地域に属し、その環境基準値はW値70以下であると認められるが、測定期間内にこの環境基準値を超えた日数は、平成11年度が250日(約92.6%)、平成12年度が317日(約90.6%)、平成13年度が324日(約93.1%)、平成14年度が335日(約96.8%)であり、全体として増加傾向にあるのみならず、全測定地点中最も高い割合となっており、年間のほとんどの日数で環境基準を超える騒音が測定されているといえる。
(イ) 検討
前述のとおり、この測定地点では、70dB(A)以上の騒音の年間のパワー平均値を把握することのできる証拠が提出されていないから、この測定地点における騒音の強さを的確に把握することは困難であるといわざるを得ない。しかしながら、この測定地点における年間のW値の平均値が、区域指定のW値には若干及ばないとはいえ、それでもなお相当高い値が計測されているのであるから、この測定地点におけるうるささの程度は相当強いというべきである。そして、騒音発生回数及び騒音累積時間の点からみても、この測定地点が騒音に曝露される頻度も相当高いというべきである。のみならず、この測定地点では、年間のほとんどの日数において、環境基準を超える騒音が測定されている。
そうすると、この測定地点は、全体として、相当激しい騒音に曝露されていると評価すべきである。
チ 各測定結果におけるLeqの数値に関する検討
ところで、以上の測定地点について原告らが提出した「嘉手納基地周辺航空機騒音測定結果 年報」(<略>)には、Ldenのほか、Lep(変動騒音の評価量の一つで、音のエネルギーの時間平均値をレベルで表したものであり、一般環境騒音の評価量として国際的に広く用いられている。<証拠略>)。の数値が記載されており、例えば、砂辺の測定地点については、平成9年度が84.7(平均値。以下同じ。)であった後、88.6(平成10年度)、88.5(平成11年度)、86.5(平成12年度)、平成13年度が84.9とかなり高い数値となっている(<証拠略>)。そして、原告らは、測定結果年報の各Leq欄に記載されたこれらの数値は、いずれもLeq(24)の数値を表している旨主張する。
しかしながら、そもそも、Ldnは、環境騒音を評価する場合、昼間より夜間の方が騒音の影響が大きいという考え方に基づいて、夜間(22時ないし7時)の騒音のエネルギーに10倍の重み付けをして評価した1日の等価騒音レベルであるから(<証拠略>)、Ldnの数値がLeqの数値を超えることは通常考え難いところ、例えば、前掲の証拠によれば、同じく砂辺の測定地点においては、Ldnは74.7(平成9年度)、75.4(平成10年度)、73.6(平成11年度)、73.2(平成12年度)、73.5(平成13年度)であり、いずれも前記Leq欄に記載された数値よりも相当低い値となっている。また、<証拠略>の各Leq欄に記載された数値は、被告が沖縄県から入手して提出した<証拠略>のLeq欄に記載された数値と異なっている。そうすると、<証拠略>の各Leq欄に記載された数値の信用性には疑問があるといわざるを得ず、この数値をもって本件飛行場周辺における航空機騒音の状況を認定することはできないから、原告らの主張は理由がない。
ツ 小括
以上の測定結果を踏まえて、生活環境整備法に基づく区域指定の類型ごとに、騒音曝露状況の傾向を検討する。
まず、W値95以上の区域に属する測定地点は、砂辺であるが、この測定地点においては、年間の平均W値はもとより、パワー平均値についても、いずれの年度においても90を超える極めて高い数値が継続して計測されており、これらの数値は、研究委員会が推定したベトナム戦争当時における数値と比較すれば減少しているものの、現在においてもなおかなり高い。前述のとおり、原告らが提出した測定結果年報に記載されたLeqの数値は信用することができないものの、Ldnの数値に関する記載には格別問題がないと認められるところ、砂辺におけるLdnの数値(平均値)は、おおむね73ないし75という高い数値で推移しており、格別減少傾向にあるとは認められない。そして、砂辺においては、おおむね年間の80%以上もの多数の日数において環境基準を超える騒音が計測されているのであるから、現在においてもなおかなり激しい騒音に曝露されていると認められる。
次に、W値90以上の区域に属する測定地点は、屋良A、嘉手納、兼久及び屋良Bである。これらの測定地点における測定結果をみると、例えば兼久の測定地点における年間の平均W値のように、W値85の区域に属する測定地点における測定結果よりも劣るものが含まれるなど、その測定結果には大きな幅が認められ、このことは、同じ区域に属する測定地点であっても、本件飛行場との位置関係や飛行ルートの関係で、騒音曝露状況に差があることを指し示すものというべきであるが、そうであっても、全体としてみれば、年間の平均W値や騒音発生回数、騒音累積時間等の数値は、W値95以上の砂辺に比べればかなり劣るとはいえ、それでもかなり高い数値となっており、しかも、このような傾向に格別減少があったとは認められない。のみならず、この区域に属する測定地点において衆境基準を超える騒音が測定された日数は、やはりかなり高い割合となっているから、この区域においても、なお激しい騒音に曝露されていると認められる。
更に、W値85以上の区域に属する測定地点は、美原、昆布、上勢、宮城、北美及び栄野比であるが、これらの測定地点における測定結果をみると、例えば美原のようにW値90の区域に属する測定地点とほぼ匹敵するかなり高い数値を記録した測定地点もあれば、桑江のように、項目によってはW値80に属する八重島の測定結果よりも劣る数値を示した測定地点もあり、殊に、年間の平均W値やLdnの平均値についてみると、美原と桑江の両測定結果の間にはおおむね10以上の差が認められ、この結果は、美原が本件飛行場の滑走路に対し東側のほぼ延長線上に位置するというその位置関係や、本件飛行場を離発着する航空機の飛行ルートによると推測され、同じくW値85の区域に属する測定地点であっても、本件飛行場との位置関係等の事情によって、その騒音曝露状況にかなりの相違があることをうかがわせるというべきである。しかしながら、そうであっても、これらの測定地点における測定結果を全体としてみれば、年間の平均W値や騒音発生回数等の指標は、W値90の区域における測定結果には劣るものの、高い数値となっており、また、環境基準を超える騒音が測定された日数も、全体として、年間のかなりの日数に及んでおり、しかもこうした傾向が格別減少したとは認められない。そうすると、この区域は、現在においてもなお、強い騒音に曝露されていると認められる。
以上に対して、W値80及び75の各区域における騒音曝露状況を検討すると、まず、W値80の区域に属する測定地点は、八重島のみである。この測定地点においては、騒音の年間パワー平均値は比較的高いと認められるものの、他方、全体の騒音発生回数や1日当たりの騒音累積時間はかなり少ない値を記録しているだけではなく、年間の平均W値も低い値にとどまっており、区域指定におけるW値とは大きな差が認められる。のみならず、環境基準値を超えた日数をみても、おおむね年間の数%にとどまっているから、年間の大多数の日数において環境基準が満たされていると評価できる。そうすると、この区域における騒音の程度は、かなり低いといわざるを得ない。
また、W値75の区域に属する測定地点は、伊良皆及び山内である。これらの測定地点は、いずれも本件飛行場の滑走路に対し南北の垂直方向に位置する測定地点であって、その測定結果には若干の差異が認められる。しかし、両測定地点における測定結果は、おおむね低い値で推移しており、殊に、年間のW値の推移をみると、平成12年度以降は、両測定地点ともに70に満たない数値であって、殊に山内の測定地点については、W値65にすら満たなかったから、区域指定におけるW値とは大きな差が認められる。また、環境基準値を超えた日数をみても、おおむね年間の数%にとどまっているから、年間の大多数の日数において環境基準が満たされていると評価できる。そうすると、この区域の騒音の程度は、W値80の区域と同様、かなり低いといわざるをえない。
以上のとおり、沖縄県のモニタリングシステムによる測定結果を検討したところによれば、W値85以上の各区域とW値80及び75の各区域における騒音曝露状況には明確な差が認められ、W値85以上の各区域は現在もなお激しい騒音に曝されていると認められるが、W値80及び75の各区域における騒音の程度は減少傾向が認められ、現時点においてはかなり低いと評価すべきである。
(4) 被告が設置した測定地点における自動測定結果に基づく検討
(以下の事実は、<証拠略>によって認める。)
ア 被告が設置している自動測定地点の所在位置等
被告は、以下の各地点(別紙「嘉手納飛行場周辺常時測定設置場所」(<略>以下、単に「位置図」ということがある。)参照)に測定機器を設置し、本件飛行場を離発着する航空機による騒音を測定している。そして、この騒音測定は、昭和60年度から平成13年度という比較的長期間にわたり継続して実施されているものであり(ただし、騒音累積時間が記録として残っているのは、昭和60年度から平成4年度まで及び平成13年度である。)、以下、これらの各測定地点で測定された騒音発生回数、騒音累積時間等の測定結果を順次検討する。なお、その前提となる、各測定地点の所在や生活環境整備法におけるW値の区域等については、以下のとおりである。
(ア) 沖縄市字倉敷(測定点No6、別紙位置図<6><略>)
この測定地点は、本件飛行場の南側滑走路東端から北東へ約2.5キロメートルに位置し、W値95以上の区域内に所在する。ただし、この測定地点の周辺のW値95の区域には、住人が居住する住宅は1軒しか存在せず、主に畜産業等施設が所在している区域である。
なお、測定点N06は、平成2年度(平成2年8月から)ないし平成13年度の測定点として選定しており、昭和60年度ないし平成2年度(平成2年7月まで)においては、沖縄市字池原(別紙位置図<6>’<略>)のW値95の区域内に存在していた。
(イ) 北谷町砂辺(測定点No14、別紙位置図<14><略>)
この測定地点は、本件飛行場の南側滑走路西端から南西へ約1キロメートルに位置し、W値90の区域内に所在する。
(ウ) 嘉手納町字嘉手納(測定点No4、別紙位置図<4><略>)
この測定地点は、本件飛行場北側滑走路中央部から北西へ1.1キロメートルに位置し、W値85の区域内に所在する。
(エ) 具志川市字昆布(測定点No11、別紙位置図<11><略>)
この測定地点は、本件飛行場の南側滑走路東端から北東へ約7キロメートルに位置し、W値85の区域内に所在する。
(オ) 石川市字東恩納(測定点No12、別紙位置図<12><略>)
この測定地点は、本件飛行場の南側滑走路東端から北東へ約7キロメートルに位置し、W値85の区域内に所在する。
(カ) 北谷町字吉原(測定点No3、別紙位置図<3><略>)
この測定地点は、本件飛行場の南側滑走路西端から南へ約3.5キロメートルに位置し、W値80の区域内に所在する。
(キ) 沖縄市山内(測定点No7、別紙位置図<7><略>)
この測定地点は、本件飛行場南側滑走路中央部から南へ約3キロメートルに位置し、W値80の区域内に所在する。
なお、測定点No7については、平成11年度(平成12年1月から)ないし平成13年度の測定点として選定しており、昭和60年度ないし平成11年度(平成12年1月まで)においては、沖縄市字美里(別紙位置図<7>’<略>。W値75の区域内)に存在していた。
(ク) 沖縄市字知花(測定点No8、別紙位置図<8><略>)
この測定地点は、本件飛行場南側滑走路東端から東へ約2.7キロメートルに位置し、W値80の区域内に所在する。
(ケ) 石川市字山城(測定点No10、別紙位置図<10><略>)
この測定地点は、本件飛行場南側滑走路端から北東へ約5.8キロメートルに位置し、W値80の区域内に所在する。
(コ) 読谷村字座喜味(測定点No5、別紙位置図<5><略>)
この測定地点は、本件飛行場北側滑走路中央部から北へ約5.5キロメートルに位置し、W値75の区域内に所在する。
なお、測定点No5は、平成11年度(平成12年1月から)ないし平成13年度の測定点として選定されており、昭和60年度ないし平成11年度(平成12年1月まで)においては、読谷村字比謝(別紙位置図<5>’、<5>’’<略>)。W値75の区域内。なお、字比謝の測定点は平成元年7月以降は字比謝において変更されている)。に存在した。
(サ) 具志川市字西原(測定点No9、別紙位置図<9><略>)
この測定地点は、本件飛行場南側滑走路東端から東へ約6.5キロメートルに位置し、W値75の区域内に所在する。
なお、石川市字東山(測定点No13、別紙位置図<13><略>)にも測定点があり、同測定点は、本件飛行場南側滑走路東端から北東へ約9キロメートルに位置し、指定区域外に所在する。
イ 沖縄市字池原及び字倉敷(測定点No6、W値95)について
(ア) 騒音発生回数等
まず、この測定地点における70dB(A)以上の騒音発生回数をみると、詳細は別紙「航空機騒音測定結果集計表」(<略>)記載のとおりであるが(平成2年度の7月までは沖縄市字池原、同年度の8月からは沖縄市字倉敷の各測定地点で測定した数値である。なお、平成2年の欄におけるカッコ内の数値は、沖縄市字池原の測定地点における数値を示す。)、これを具体的にみると、沖縄市字池原に測定地点が存在した昭和60年から平成2年7月までにおいては、1日平均109.4回(昭和60年度)、107.8回(昭和61年度)、119.8回(昭和62年度)、117.0回(昭和63年度)121.6回(平成元年度)、111.2回(平成2年度の7月まで)であり、いずれの年度においても極めて高い数値を記録しているほか、平成元年には1日当たり121.6回もの最高値を記録している。そして、測定地点が沖縄市字倉敷となった平成2年度の8月以降の騒音発生回数をみても、1日平均78.7回(平成2年度)、82.5回(平成3年度)、75.1回(平成4年度)、87.1回(平成5年度)、83.7回(平成6年度)、80.0回(平成7年度)、83.5回(平成8年度)、86.4回(平成9年度)、87.1回(平成10年度)、67.0回(平成11年度)、41.1回(平成12年度)、49.9回(平成13年度)であって、全体として、沖縄市字池原の測定地点で計測された騒音発生回数よりは低く、殊に、平成11年度を境として減少傾向が認められるが、これらの数値を前提としてもなお、この測定地点における騒音発生回数は少なくないというべきである。
次に、70dB(A)以上の騒音累積時間をみると、沖縄市字池原に測定地点が置かれていた前記時期の測定結果は、1日平均1706.0秒(昭和60年度)、1635.8秒(昭和61年度)、1770.9秒(昭和62年度)、1744.0秒(昭和63年度)、1834.1秒(平成元年度)、1664.9秒(平成2年度の7月まで)であって、いずれも極めて長時間となっている。そして、測定地点が沖縄市字倉敷となった前記時期の測定結果をみても、999.8秒(平成2年度の8月以降)、999.5秒(平成3年度)、857.1秒(平成4年度)、693.8秒(平成13年度)となっており(なお、前述のとおり、平成5年度ないし12年度の測定記録はない。)、沖縄市字池原の時期と比較すれば全体としておおむね半分程度であるほか、平成13年度の数値は平成4年度までの数値よりは少ないといえるが、それでもなお高い数値を示しているというべきである。
そして、70dB(A)以上の月間パワー平均値を利用して年間の平均値(ただし、パワー平均値ではなく、算術平均値である。以下、この指標について同じ。)を求めると、沖縄市字池原に測定地点が置かれていた時期については、98.2(昭和60年度)、98.7(昭和61年度)、97.5(昭和62年度)、97.5(昭和63年度)、97.8(平成元年度)、95.8(平成2年度)であって、いずれの年度においても極めて高い数値となっている。また、測定地点が沖縄市字倉敷となった平成2年度の8月以降についても、98.2(平成2年度)、97.6(平成3年度)、99.0(平成4年度)、97.4(平成5年度)、96.5(平成6年度)、96.9(平成7年度)、96.8(平成8年度)、97.1(平成9年度)、96.3(平成10年度)、96.1(平成11年度)、95.1(平成12年度)、96.6(平成13年度)であり、池原の数値と比較すれば若干低く、かつ、平成4年度や平成9年度、平成13年度を除けば、全体として若干の減少傾向にあるとみることができるが、それでもなお相当高い数値を記録しているというべきである。
更に、W値の月間パワー平均値をみても、沖縄市字池原に測定地点が置かれていた時期については、93.0(昭和60年度)、93.3(昭和61年度)、92.9(昭和62年度)、92.8(昭和63年度)、93.2(平成元年度)、91.9(平成2年度)であって、いずれの年度においても90を超える極めて高い数値となっている。そして、測定地点が沖縄市字倉敷となった平成2年度の8月以降についても、91.4(平成2年度)、91.1(平成3年度)、92.5(平成4年度)、91.6(平成5年度)、90.5(平成6年度)、91.0(平成7年度)、91.2(平成8年度)、92.0(平成9年度)、92.1(平成10年度)、89.6(平成11年度)、88.2(平成12年度)、89.4(平成13年度)であり、池原の数値と比較すれば若干小さいとはいえるものの、平成6年度から平成10年度にかけてはわずかではあるが上昇する傾向がみられ、平成11年度以降はいずれの年度においても90を下回る数値となっているとはいえ、それでもなお、88ないし89という高い数値を記録している。
(イ) 環境基準との関係
上記測定地点は、航空機騒音に係る環境基準の地域類型指定Iの地域に属し、その環境基準値はW値70以下である。
そこで、屋外におけるW値の測定値が上記環境基準を満たしているか否かについて検討すると、別紙「屋外日別WECPNLランク別日数集計表」(<略>)記載のとおりである(なお、同集計表中「欠測日数」とあるのは、機器の故障や台風等により測定データのない日数を指す。以下の測定地点においても同様である。)。
これを具体的にみると、この測定地点において環境基準を超える騒音が発生した日数は、沖縄市字池原の測定時期をみると、年間で343日(昭和60年度)、361日(昭和61年度)、354日(昭和62年度)、319日(昭和63年度)、356日(平成元年度)、121日(平成2年度)であって、測定日数に対する割合は、実に約99.4%(昭和60年度)、100%(昭和61年度)、約99.4%(昭和62年度)、約99.4%(昭和63年度)、約98.9%(平成元年度)、約99.2%(平成2年度)を占めているから、年間のほとんど又は全ての日数において環境基準を超えているというべきである。また、沖縄市字倉敷となった平成2年8月以降についても、231日(平成2年度)、290日(平成3年度)、260日(平成4年度)、336日(平成5年度)、324日(平成6年度)、342日(平成7年度)、329日(平成8年度)、325日(平成9年度)、356日(平成10年度)、309日(平成11年度)、330日(平成12年度)、347日(平成13年度)となっており、測定日数に対する割合は、それぞれ約99.1%(平成2年度)、約98.6%(平成3年度)、約97.4%(平成4年度)、約99.4%(平成5年度)、約99.4%(平成6年度)、約97.7%(平成7年度)、約99.4%(平成8年度)、約99.1%(平成9年度)、約99.4%(平成10年度)、約96.3%(平成11年度)、約92.4%(平成12年度)、約96.7%(平成13年度)であって、平成12年度以降は若干減少したとはいえ、それでも年間のほとんどの日数で環境基準を超えているというべきである。
更に、W値が実際に95を超える日数(同集計表の「屋外環境基準を超す日数」のうち「95W超100以下」の欄の数字と「100W超」の欄の数字を合計したもの)は、昭和60年度が84日(約24.3%)、昭和61年度が99日(約27.4%)、81日(約22.8%)、昭和63年度が72日(約22.4%)、平成元年度が90日(25%)、平成2年度が12日(沖縄市字池原。約9.8%)及び40日(沖縄市字倉敷。約17.2%)、平成3年度が52日(約17.7%)、平成4年度が60日(約22.5%)、平成5年度が65日(約19.2%)、平成6年度が21日(約6.4%)、平成7年度が41日(約11.7%)、平成8年度が54日(約16.3%)、平成9年度が69日(約21.0%)、平成10年度が69日(約19.3%)、平成11年度が31日(約9.7%)、平成12年度が10日(約2.8%)、平成13年度が24日(約6.7%)であり(カッコ内の%は対測定日数比を示す。以下同じ。)、特に平成11年度以降は著しく減少しているということができる。しかし、上記認定の基礎となったW値は、環境基準に基づく算定方法によって算定されており、生活環境整備法に基づく区域指定における算定方法と異なるため、W値が若干低くなる傾向があるといえるから(弁論の全趣旨。なお、沖縄県報告書(<証拠略>)は、両者の算定方法に3ないし5程度の差が生じる旨を指摘している。)、環境基準との関係を検討するに当たっては、この点を考慮すべきであって、上記認定の数値に更に1ランク下がった「90超95以下」の数値を加えて検討すべきである。そうすると、昭和60年度が202日(約58.6%)、昭和61年度が230日(約63.7%)、昭和62年度が194日(約54.5%)、昭和63年度が186日(約57.9%)、平成元年度が217日(約60.3%)、平成2年度が53日(沖縄市字池原。約43.4%)及び113日(沖縄市字倉敷。約48.5%)、平成3年度が121日(約41.2%)、平成4年度が151日(約56.6%)、平成5年度が162日(約47.9%)、平成6年度が142日(約43.6%)、平成7年度が145日(約41.4%)、平成8年度が148日(約44.7%)、平成9年度が135日(約41.2%)、平成10年度が167日(約46.6%)、平成11年度が111日(約34.6%)、平成12年度が96日(約26.9%)、平成13年度が121日(約33.7%)となり、平成11年度以降は若干減少の傾向がみられるものの、平成13年度にあっても、年間のおおむね3分の1の日数を占めていることになる。
(ウ) 小括
以上によれば、この測定地点における騒音が生活環境整備法に基づく区域指定のW値を超えた日数は、特に平成11年度以降においてはおおむね年間の3分の1程度にとどまるといわざるを得ない。しかしながら、この測定地点における70dB(A)以上のパワー平均値が相当高い数値を示しているのであるから、この測定地点における騒音のパワーは相当強大であると認められ、また、W値のパワー平均値も、いずれの年度においても相当高い数値を示していることにかんがみれば、この測定地点におけるうるささの度合いも相当高いと認めるべきである。そして、騒音発生回数や騒音累積時間からしても、この測定地点がこうした騒音に曝される頻度も相当頻繁であると考えられる。のみならず、この測定地点は、年間のほとんどの日数において環境基準を超える騒音が発生しているといえる。
そうすると、この測定地点における騒音の程度は、相当激しいと評価すべきである。
ウ 北谷町砂辺(測定点No14、W値90)について
(ア) 騒音発生回数等
この測定地点については、平成11年度ないし平成13年度の騒音測定結果のみが証拠として提出されているから、前記イの測定地点と比較すると、騒音の状況を把握できる程度は自ずから限定的なものとならざるを得ない。しかし、別紙「航空機騒音測定結果集計表」(<略>)に基づいて、まず70dB(A)以上の騒音が発生した回数をみると、1日平均70.7回(平成11年度)、52.8回(平成12年度)、55.4回(平成13年度)という数値が認められ、騒音発生回数はやはり多数であるといえる。
次に、70dB(A)以上の騒音累積時間をみると、前述のとおり、平成11年度及び平成12年度の測定結果はないものの、平成13年度には1日当たり762.4秒であって、この点ではむしろ前記の沖縄市字倉敷における同一年度の測定結果を上回る数値となっている。
更に、70dB(A)以上の騒音の月間パワー平均値を用いて年間の平均値を求めると、86.9(平成11年度)、86.4(平成12年度)、86.6(平成13年度)であって、いずれの年度においても、前記沖縄市字倉敷の測定結果とはおおむね10程度の差が生じているが、それでもやはり高い数値と評価すべきであって、しかも、全体としては格段の減少傾向にあるとは認められない。
そして、W値の月間パワー平均値を用いて年間の平均値を求めると、80.8(平成11年度)、78.4(平成12年度)、79.4(平成13年度)であって、平成12年度以降は80を割る数値となっており、全体として前記沖縄市字倉敷における測定結果とおおむね10程度の差があると認められるが、それでも比較的高い数値であると評価することができるし、平成11年度から平成12年度にかけては若干減少したものの、逆に平成12年度から平成13年度にかけては若干増加しているから、全体として減少傾向にあるとは認められないというべきである。
(イ) 環境基準との関係
上記測定地点は、航空機騒音に係る環境基準の地域類型指定IIの地域に属し、その環境基準値はW値75以下である。
そこで、屋外におけるW値の測定値が上記環境基準を満たしているか否かについて検討すると、詳細は別紙「屋外日別WECPNLランク別日数集計表」(<略>)記載のとおりであるが、これを具体的にみると、前記環境基準を超える騒音が計測された日数は、58日(平成11年度)、178日(平成12年度)、192日(平成13年度)であり、対測定日数比における割合は、それぞれ約63.7%(平成11年度)、約49.6%(平成12年度)、約53.5%(平成13年度)となるから、この測定地点においては、おおむね年間の約半数の日数において環境基準を超える騒音が計測されているということができる。
次に、上記測定地点の区域指定におけるW値は90であるから、W値が実際に90を超えた日数(上記集計表の「屋外環境基準を超す日数」のうち「90W超95W以下」の欄の数字)を検討すると、平成11年度及び平成13年度がそれぞれ2日にすぎず(平成11年度が測定日数のうち約3.4%、平成13年度が約0.6%)、平成12年度は計測されなかった。もっとも、この点については、イ(イ)で説示したところと同様、環境基準におけるW値の算定方法と生活環境整備法におけるW値の算定方法の相違を考慮に入れるべきであり、したがって、この測定地点においても、一段階下がった「85W以上90W以下」の数値をも含めて検討する必要があるが、そうであるとしても、この測定地点においてW値が実際に85を超えた日数は、平成11年度が8日(約13.8%)、平成12年度が28日(約7.8%)、平成13年度が30日(約8.4%)にすぎない。
(ウ) 小括
まず、この測定地点において70dB(A)以上の月間パワー平均値を用いて求めた年間の平均値は、沖縄市字倉敷の測定地点と比較すれば10程度低いものの、それでも前後3年度にわたり80前後の数値を計測しているから、この測定地点における騒音のパワーは比較的強大であるというべきである。そして、W値の平均値をみても、パワー平均値と同様、沖縄市字倉敷の測定地点よりは10程度低いものの、おおむね80程度の高い数値となっているから、この測定地点におけるうるささの度合いも高いと認められる。そして、騒音測定回数は沖縄市字倉敷の測定地点より劣るものの、逆に騒音累積時間は同測定地点よりも長い結果となっているのであるから、この測定地点における騒音の程度は高いと認められ、かつ、これらの指標にかんがみれば、こうした騒音の程度には特段の減少傾向は認められないというべきである。ただし、この測定地点においてW値が実際に生活環境整備法に基づく区域指定値を超えた日数は、最大でも平成13年度の30日(測定日数の約8.4%)にすぎない点は、この測定地点の騒音の程度を考慮する上で無視できない結果といわざるを得ない。
他方、この測定地点においては、おおむね年間の約半数の日数においてその環境基準を超える騒音が計測されているという事実は、その騒音の程度、ひいて受忍限度を検討する上で重要な事実というべきである。
エ 嘉手納町字嘉手納(測定点No4、W値85の区域)について
(ア) 騒音発生回数等
まず、この測定地点において70dB(A)以上の騒音が発生した回数をみると、詳細は別紙「航空機騒音測定結果集計表」(<略>)記載のとおりであるが、これを具体的にみると、1日当たり84.2回(昭和60年度)、95.0回(昭和61年度)、102.7回(昭和62年度)、95.1回(昭和63年度)、73.7回(平成元年度)、73.9回(平成2年度)、71.5回(平成3年度)、73.5回(平成4年度)、63.3回(平成5年度)、68.3回(平成6年度)、64.9回(平成7年度)、56.2回(平成8年度)、51.1回(平成9年度)、49.6回(平成10年度)、45.3回(平成11年度)、42.3回(平成12年度)、51.9回(平成13年度)となっており、昭和62年度をピークとして、その後は減少傾向にあると評価することができるが、なお、上記の各測定地点にはやや劣るとはいえ、その発生回数は相当多数であるということができる。
そして、70dB(A)以上の騒音累積時間(1日平均)をみると、1713.9秒(昭和60年度)、1796.7秒(昭和61年度)、1819.9秒(昭和62年度)、1846.9秒(昭和63年度)、1448.7秒(平成元年度)、1415.4秒(平成2年度)、1400.1秒(平成3年度)、1246.7秒(平成4年度)、1240.2秒(平成13年度)となっており(なお、前述のとおり、平成5年度ないし平成12年度の測定結果はない。)、騒音発生回数と同様、減少傾向が見られるが、この点に関しては、特に平成13年度の数値を比較すれば、沖縄市字倉敷の測定結果よりも長時間となっているから、相当高い数値というべきである。
次に、70dB(A)以上の騒音の月間パワー平均値を用いて各年度における年間の平均値を算出すると、85.2(昭和60年度)、84.9(昭和61年度)、86.7(昭和62年度)、84.2(昭和63年度)、86.5(平成元年度)、84.8(平成2年度)、83.2(平成3年度)、81.6(平成4年度)、80.7(平成5年度)、81.4(平成6年度)、80.5(平成7年度)、80.9(平成8年度)、81.2(平成9年度)、82.5(平成10年度)、82.8(平成11年度)、81.2(平成12年度)、81.2(平成13年度)となっており、平成2年度から平成5年度にかけて緩やかに減少した後、平成9年度から若干増加し、更に平成11年度から再び若干減少するという傾向が認められるが、全体としてみれば、平成2年度以降もおおむね80dB(A)を超える高い数値を継続して示しているというべきである。
また、W値の月間パワー平均値を用いて各年度における年間の平均値を求めると、79.5(昭和60年度)、79.7(昭和61年度)、75.6(昭和62年度)、79.1(昭和63年度)、79.9(平成元年度)、78.5(平成2年度)、76.8(平成3年度)、75.3(平成4年度)、74.2(平成5年度)、74.8(平成6年度)、74.1(平成7年度)、73.4(平成8年度)、73.3(平成9年度)、74.3(平成10年度)、74.5(平成11年度)、73.1(平成12年度)、74.2(平成13年度)となっており、パワー平均値と同様、平成2年度を境として減少傾向が認められ、殊に平成5年度以降は連続して75を下回る結果となっている。
(イ) 環境基準との関係
上記測定地点は、航空機騒音に係る環境基準の地域類型指定IIの地域に属し、その環境基準値はW値75以下である。
そこで、屋外におけるW値の測定値が上記環境基準を満たしているか否かについて検討すると、詳細は別紙「屋外日別WECPNLランク別日数集計表」(<略>)記載のとおりであるが、これを具体的にみると、屋外における測定値が前記環境基準値を超えた日数は、228日(昭和60年度)、238日(昭和61年度)、250日(昭和62年度)、232日(昭和63年度)、277日(平成元年度)、250日(平成2年度)、187日(平成3年度)、136日(平成4年度)、83日(平成5年度)、122日(平成6年度)、106日(平成7年度)、78日(平成8年度)、69日(平成9年度)、121日(平成10年度)、109日(平成11年度)、79日(平成12年度)、110日(平成13年度)と認められる。そして、この日数を基に対測定日数における割合を計算すると、それぞれ68.1%(昭和60年度)、68.8%(昭和61年度)、75.8%(昭和62年度)、65.7%(昭和63年度)、77.6%(平成元年度)、72.3%(平成2年度)、約55.5%(平成3年度)、約39.5%(平成4年度)、約24.6%(平成5年度)、約33.8%(平成6年度)、約29.6%(平成7年度)、約23.4%(平成8年度)、約20.4%(平成9年度)、約33.9%(平成10年度)、約32.5%(平成11年度)、約22.4%(平成12年度)、約31.1%(平成13年度)となっており、平成元年度ないし平成2年度から平成5年度にかけて急激な減少を示したが、その後の傾向は一定しているとはいえず、増加する年度もあれば減少する年度も認められ、平成13年度においてもなお、おおむね年間の約3分の1の日数で環境基準を超える騒音が発生していると評価することができる。
また、上記測定地点の区域指定におけるW値は85であるから、W値が実際に85を超えた日数(上記集計表の「屋外環境基準を超す日数」のうち「85W超90W以下」欄及び「90W超95W以下」欄の数字を合計したもの)を検討すると、12日(昭和60年度)、17日(昭和61年度)、43日(昭和62年度)、10日(昭和63年度)、12日(平成元年度)、7日(平成2年度)、10日(平成3年度)、2日(平成5年度)、1日(平成9年度及び平成11年度)となっており、平成4年度、平成6年度ないし平成8年度、平成10年度、平成12年度及び平成13年度には実際に85を超えた日数は認められない。もっとも、この点についてはイ(イ)で説示したところと同様、環境基準におけるW値の算定方法と生活環境整備法に基づく区域指定におけるW値の算定方法の相違を考慮に入れるべきであり、したがって、この測定地点においても、一段階下がった「80W以上85W以下」の数値をも含めて検討する必要があるが、そうであるとしても、昭和60年度ないし平成元年度にはそれぞれ109日(昭和60年度)、128日(昭和61年度)、135日(昭和62年度)、106日(昭和63年度)、117日(平成元年度)となっていたのに対し、平成2年度には73日、平成3年度には45日、平成4年度には18日、平成5年度には11日、平成6年度には17日、平成7年度には8日、平成8年度には4日、平成9年度には7日、平成10年度及び平成11年度には13日、平成12年度には8日、平成13年度には12日となっていることが認められるのであるから、平成2年度ないし平成3年度を境として急激な減少傾向が認められ、特に平成4年度以降においては、おおむね、年間で十数日程度の日数にとどまっているというべきである。
(ウ) 小括
この測定地点の生活環境整備法における区域指定のW値を実際に超えた日数が、一段階下がった「80W以上85W以下」の数値をも含めて検討したとしても、平成2年度からは著しい減少傾向が認められ、特に平成4年度以降は、おおむね、年間で十数日程度にとどまっていることは、この測定地点におけるうるささの程度を検討するに当たって無視することができない事情である。しかしながら、この測定地点における騒音発生回数や騒音累積時間は、前記砂辺の測定地点よりもかなり高い数値を示しており、年度によってはW値コンターが遙かに高い沖縄市字倉敷の数値に匹敵する程度となっている。加えて、70dB(A)以上のパワー平均値を用いて算出した年間の平均値はおおむね81前後という高い数値で推移しているといえる。
更に、環境基準との関係をみても、平成3年度までは年間の半分以上の日数で環境基準を超える騒音が発生しており、近時においても、おおむね年間の約3分の1の日数で環境基準を超える騒音が発生しているのであるから、この測定地点は、程度は沖縄市字倉敷及び北谷町字砂辺の測定地点より相当劣るとはいえ、比較的高い騒音に頻繁に曝されていると評価すべきである。
オ 具志川市字昆布(測定点No11、W値85)について
(ア) 騒音発生回数等
この測定地点については、平成11年度ないし平成13年度の騒音測定結果のみが証拠として提出されているから、騒音の状況を把握できる程度は自ずから限定的なものとならざるを得ない。しかし、別紙「航空機騒音測定結果集計表」(<略>)によって、まず70dB(A)以上の騒音発生回数をみると、1日平均23.5回(平成11年度)、15.1回(平成12年度)、18.3回(平成13年度)となっており、前記嘉手納町字嘉手納の測定地点における測定結果よりは相当少ない回数となっている。
そして、70dB(A)以上の騒音累積時間をみると、前述のとおり、平成11年度及び平成12年度には測定結果がないものの、平成13年度においては、1日平均446.2秒であり、同一年度における前記嘉手納町字嘉手納の測定地点における測定結果に対しておおむね3分の1程度にすぎない。
しかし、70dB(A)以上の月間パワー平均値を用いて各測定年度における平均値を求めると、86.1(平成11年度)、84.8(平成12年度)、84.5(平成13年度)となり、若干減少する傾向が認められるものの、その程度はわずかであり、いずれの年度においても80を超える高い数値が記録されているのであって、この点では、前記嘉手納町字嘉手納の測定地点における測定結果よりも高いということができる。
また、W値の月間パワー平均値を用いて各測定年度における平均値を求めると、平成11年度は75.5であったものの、平成12年度が71.7、平成13年度が73.2となり、平成11年度は前記嘉手納町字嘉手納の測定地点における測定結果を上回ったものの、平成12年度及び平成13年度には若干下回る結果となっている。
(イ) 環境基準との関係
上記測定地点は、航空機騒音に係る環境基準の地域類型指定Iの地域に属し、その環境基準値はW値70以下である。
そこで、屋外におけるW値の測定値が上記環境基準を満たしているか否かについて検討すると、詳細は別紙「屋外日別WECPNLランク別日数集計表」(<略>)記載のとおりであるが、これを具体的にみると、屋外における測定値が上記環境基準を超えた日数は、58日(平成11年度)、166日(平成12年度)、191日(平成13年度)であった。これを基に対測定日数における割合を算出すると、約74.4%(平成11年度)、約46.5%(平成12年度)、約53.2%(平成13年度)となっており、前記嘉手納町字嘉手納の測定地点よりも相当高く、前記北谷町字砂辺の測定地点とほぼ同等の測定結果となっている。
これに対して、上記測定地点の区域指定におけるW値は85以上であるが、W値が実際に85を超えた日数はなかった。もっとも、この点については、イ(イ)で説示したところと同様に、環境基準におけるW値の算定方法と生活環境整備法におけるW値の算定方法の相違を考慮に入れるべきであり、したがって、この測定地点においても、一段階下がった「80W以上85W以下」の数値をも含めて検討する必要があるが、そうであるとしても、平成11年度に7日、平成13年度に18日測定されたのみであり、平成12年度にはW値の値が80を超えた日も測定されていない。
(ウ) 小括
この測定地点における平成11年度ないし13年度の測定記録を検討すると、実際に測定された騒音のW値が区域指定におけるW値を超えた日数は、区域指定における値よりも一段階下がった範囲の値を考慮しても、最大でも年間18日にとどまり、年度によっては全く測定されなかった年度もあった。また、各年度における月間W値のパワー平均値の平均は、おおむね70台前半の値にとどまっているだけではなく、騒音発生回数や騒音累積時間の点を含めても、嘉手納町字嘉手納の測定地点における測定結果よりも若干低い数値を示している。
しかしながら、この測定地点における70dB(A)以上のパワー平均値は、いずれの年度においても80を超える高い指数を示しているし、環境基準との関係をみても、この測定地点では年間の約半数の日数において環境基準を超える騒音が発生しているのであって、これらの指標については、むしろ嘉手納町字嘉手納よりも高い数値を示している。
そうすると、この地点は、嘉手納町字嘉手納の測定地点ほど頻繁ではなく、かつ、人間が感じるうるささの程度では若干劣るといわざるを得ないが、騒音の程度という点では、嘉手納町字嘉手納と同等か、あるいは若干強大な騒音に曝露されているというべきである。
カ 石川市字東恩納(測定点No12、W値85)について
(ア) 騒音発生回数等
この測定地点については、平成11年度ないし平成13年度の騒音測定結果のみが証拠として提出されているから、騒音の状況を把握できる程度は自ずから限定的なものとならざるを得ない。しかし、そこで、別紙「航空機騒音測定結果集計表」(<略>)によって、まず70dB(A)以上の騒音発生回数をみると、1日平均32.2回(平成11年度)、23.1回(平成12年度)、32.9回(平成13年度)となっており、嘉手納町字嘉手納の測定地点における測定結果よりは相当劣るものの、具志川市字昆布の測定地点よりは高い数値を示している。
次に、70dB(A)以上の騒音累積時間をみると、前述のとおり、平成11年度及び平成12年度の測定結果はないものの、平成13年度には1日平均694.3秒であり、この点でも、嘉手納町字嘉手納の測定地点における測定結果に対しおおむね半分程度にとどまるものの、前記具志川市字昆布の測定地点よりはかなり長時間となっている。
そして、70dB(A)以上の月間パワー平均値を用いて各測定年度における年間の平均値を求めると、89.7(平成11年度)、88.3(平成12年度)、86.6(平成13年度)であり、若干ではあるが減少傾向がみられるものの、具志川市字昆布の測定地点はもとより、嘉手納町字嘉手納の測定地点における測定結果より相当高い数値を示しており、むしろ区域指定におけるW値の値がより高い北谷町字砂辺の測定地点における測定結果にほぼ匹敵する結果となっている。
また、W値の月間パワー平均値を用いて各測定年度における年間の平均値を求めると、79.9(平成11年度)、76.0(平成12年度)、77.3(平成13年度)であって、この点でもやはり、具志川市字昆布の測定地点はもとより、嘉手納町字嘉手納の測定地点における測定結果より高く、北谷町字砂辺の測定地点における測定結果に比較的近い数値を示しているということができる。そして、平成13年度の数値を平成11年度と比較すれば若干減少しているとはいえるものの、逆に平成12年度と比較すれば若干増加しているのであるから、W値の年間の平均値が全体として減少していると認めることはできない。
(イ) 環境基準との関係
上記測定地点は、航空機騒音に係る環境基準の地域類型指定Iの地域に属し、その環境基準値はW値70以下である。
そこで、屋外におけるW値の測定値が上記環境基準を満たしているか否かについて検討すると、詳細は別紙「屋外日別WECPNLランク別日数集計表」(<略>)記載のとおりであるが、これを具体的にみると、屋外における測定値が上記環境基準を超えた日数は、73日(平成11年度)、271日(平成12年度)、302日(平成13年度)であった。これを基に対測定日数における割合を算出すると、約93.6%(平成11年度)、約77.4%(平成12年度)、約84.1%(平成13年度)となっており、いずれの年度においても、少なくとも年間の約4分の3もの日数において環境基準を超える騒音に曝されているというべきであり、こうした結果は、同一の区域指定に属する嘉手納町字嘉手納及び具志川市字昆布の各測定地点における測定結果を大幅に超えることはもとより、北谷町字砂辺の測定地点における測定結果さえも大きく超えていると評価することができる。しかも、この測定地点における平成13年度の測定結果を平成11年度と比較すれば若干減少しているものの、逆に平成12年度よりは若干増加しているのであるから、全体として減少傾向にあると認めることはできない。
また、上記測定地点の区域指定におけるW値は85であるが、W値が実際に85を超えた日は、平成11年度及び平成13年度がそれぞれ2日であり、平成12年度にはなかった。もっとも、この点については、イ(イ)で説示したところと同様に、環境基準におけるW値の算定方法と生活環境整備法に基づく区域指定におけるW値の算定方法の相違を考慮に入れるべきであり、したがって、この測定地点においても、一段階下がった「80W以上85W以下」の数値をも含めて検討する必要があるが、この場合には、平成11年度が22日(約28.2%)、平成12年度が34日(約9.7%)、平成13年度が67日(約18.7%)であって、こうした結果も、嘉手納町字嘉手納及び具志川市字昆布の各測定地点における測定結果を超えていると評価することができる。そして、この測定地点における平成13年度の数値を平成11年度と比較すれば確かに減少しているということはできるが、平成12年度と比較すれば逆に増加しているのであるから、全体として減少傾向にあるとまでは認めることはできない。
(ウ) 小括
以上によれば、この測定地点の騒音発生回数や騒音累積時間は、嘉手納町字嘉手納の測定地点における測定結果よりは劣るものの、70dB(A)以上の月間パワー平均値を用いて求めた年間の平均値や、W値の月間パワー平均値を用いて求めた各測定年度における年間の平均値は、いずれも、具志川市字昆布の測定地点はもとより、嘉手納町字嘉手納の測定地点における測定結果より相当高い数値を示しており、むしろ区域指定におけるW値がより高い北谷町字砂辺の測定地点における測定結果にほぼ匹敵するか、又は比較的近い数値を示していると評価することができる。そして、W値が生活環境整備法に基づく区域指定におけるW値を超えた日数も、嘉手納町字嘉手納及び具志川市字昆布の各測定地点における測定結果を超える結果となっている。そうすると、この測定地点においては、頻度という点では嘉手納町字嘉手納の測定地点に劣るものの、より強大な騒音に曝露されており、かつ、人がうるさいと感じる度合いもより高いと認められ、こうした結果には大きな変化はみられないというべきである。
のみならず、この測定地点においては、実に年間の約4分の3もの日数において環境基準を超える騒音が測定されているのであるから、この点は、騒音の程度を考える際はもとより、受忍限度を判断するに当たっても、無視することはできない。
キ 北谷町字吉原(測定点No3、W値80)について
(ア) 騒音発生回数等
まず、この測定地点において70dB(A)以上の騒音が発生した回数をみると、詳細は別紙「航空機騒音測定結果集計表」(<略>)記載のとおりであるが、これを具体的にみると、1日平均14.7回(昭和60年度)、24.7回(昭和61年度)、24.7回(昭和62年度)、26.1回(昭和63年度)、59.4回(平成元年度)、41.4回(平成2年度)、21.3回(平成3年度)、25.3回(平成4年度)、5.2回(平成5年度)、16.8回(平成6年度)、20.0回(平成7年度)、24.2回(平成8年度)、24.7回(平成9年度)、24.0回(平成10年度)、16.8回(平成11年度)、6.5回(平成12年度)、7.1回(平成13年度)となっており、平成元年度及び平成2年度は高い数値となっているものの、その後はより低い数値となっており、特に平成11年度以降は減少傾向にあるといえる。
次に、70dB(A)以上の騒音累積時間をみると、1日当たり217.8秒(昭和60年度)、349.2秒(昭和61年度)、358.7秒(昭和62年度)、357.0秒(昭和63年度)、1398.7秒(平成元年度)、601.4秒(平成2年度)、270.3秒(平成3年度)、314.6秒(平成4年度)、114.6秒(平成13年度)であり(前述のとおり、平成5年度ないし平成12年度の測定結果はない。)、騒音発生回数と同様、平成元年度及び平成2年度がいずれもかなり高い数値となった後は比較的低い数値となっており、特に平成13年度の数値はそれまでと比較してかなり低い計測結果となっている。
そして、70dB(A)以上の月間パワー平均値を用いて年平均のパワー平均値を求めると、83.7(昭和60年度)、82.0(昭和61年度)、81.3(昭和62年度)、82.4(昭和63年度)、86.8(平成元年度)、80.8(平成2年度)、80.9(平成3年度)、81.1(平成4年度)、86.9(平成5年度)、83.1(平成6年度)、81.0(平成7年度)、80.6(平成8年度)、81.2(平成9年度)、81.1(平成10年度)、81.1(平成11年度)、79.9(平成12年度)、78.9(平成13年度)であり、平成5年度に一旦高い数値を計測したほかは、おおむね80台前半の数値を記録しており、平成12年度及び平成13年度には連続して80を割る数値を示しているが、それでも、全体としてみれば、80前後の比較的高い数値を連続して記録していると評価すべきである。
また、W値の月間パワー平均値を用いて年間のパワー平均値を求めると、68.8(昭和60年度)、70.3(昭和61年度)、70.2(昭和62年度)、71.4(昭和63年度)、81.0(平成元年度)、72.0(平成2年度)、69.6(平成3年度)、69.6(平成4年度)、67.9(平成5年度)、68.0(平成6年度)、69.1(平成7年度)、69.5(平成8年度)、70.0(平成9年度)、69.8(平成10年度)、68.0(平成11年度)、62.7(平成12年度)、62.7(平成13年度)であり、平成元年にかなり高い数値を示した後は、おおむね減少傾向にあり、平成9年度を除けば70未満という比較的低い数値で推移し、特に、平成12年度及び平成13年度は62.7という相当低い数値を示していると評価することができる。
(イ) 環境基準との関係
上記測定地点は、航空機騒音に係る環境基準の地域類型指定Iの地域に属し、その環境基準値はW値70以下である。そこで、屋外におけるW値の測定値が上記環境基準を満たしているか否かについて検討すると、詳細は別紙「屋外日別WECPNLランク別日数集計表」(<略>)記載のとおりであるが、これを具体的にみると、屋外における測定値が上記環境基準を超えた日数は、79日(昭和60年度)、109日(昭和61年度)、125日(昭和62年度)、157日(昭和63年度)、207日(平成元年度)、155日(平成2年度)、89日(平成3年度)、94日(平成4年度)、69日(平成5年度)、77日(平成6年度)、84日(平成7年度)、73日(平成8年度)、92日(平成9年度)、104日(平成10年度)、63日(平成11年度)、21日(平成12年度)、21日(平成13年度)であった。これを基に対測定日数における割合を算出すると、約29.1%(昭和60年度)、約36.6%(昭和61年度)、約34.6%(昭和62年度)、43.1%(昭和63年度)、約64.3%(平成元年度)、約43.8%(平成2年度)、約26.3%(平成3年度)、約28.8%(平成4年度)、約20.2%(平成5年度)、約21.3%(平成6年度)、約23.5%(平成7年度)、約21.3%(平成8年度)、約26.8%(平成9年度)、約29.4%(平成10年度)、約18.6%(平成11年度)、約5.8%(平成12年度)、約5.8%(平成13年度)となり、平成元年度に相当高い割合となった後、平成3年度にかけて急激に減少し、平成10年度までおおむね20%台の数値で推移し、その後平成12年度及び平成13年度に再び大きく減少していると評価することができる。
また、上記測定地点の区域指定におけるW値は80以上であるが、W値が実際に80を超えた日(上記集計表の「屋外環境基準を超す日数」のうち「80W超85W以下」、「85W超90W以下」、「90W超95W以下」、「95W超100W以下」の各欄の数字を合計したもの)は、2日(昭和62年度)、5日(昭和63年度)、46日(平成元年度)、7日(平成2年度)、1日(平成4年度ないし平成6年度)、3日(平成7年度)、5日(平成8年度)、3日(平成9年度及び平成10年度)、4日(平成11年度)にすぎず、昭和60年度、昭和61年度、平成3年度、平成12年度及び平成13年度には実際にW値80を超えた日は計測されていない。もっとも、この点については、イ(イ)で説示したところと同様に、環境基準におけるW値の算定方法と生活環境整備法におけるW値の算定方法の相違を考慮に入れるべきであり、したがって、この測定地点においても、一段階下がった「75W以上80W以下」の数値をも含めて検討する必要があるが、そうであるとしても、昭和60年度が12日(約4.4%)、昭和61年度が29日(約9.7%)、昭和62年度が27日(約7.5%)、昭和63年度が38日(約10.4%)、平成元年度が105日(約32.6%)、平成2年度が43日(約12.1%)、平成3年度が22日(約6.5%)、平成4年度が18日(約5.5%)、平成5年度が14日(約4.1%)、平成6年度が12日(約3.3%)、平成7年度が21日(約5.9%)、平成8年度が16日(約4.7%)、平成9年度が30日(約8.7%)、平成10年度が24日(約6.8%)、平成11年度が16日(約4.7%)、平成12年度が3日(約0.8%)、平成13年度が3日(約0.8%)にすぎず、環境基準を超えた日数と同様、平成元年度以降及び平成10年度以降の減少が顕著であるということができる。
(ウ) 小括
この測定地点における騒音の状況を検討すると、70dB(A)以上の騒音の年間パワー平均値は、比較的高いと認められるものの、騒音発生回数及び騒音累積時間はいずれも減少傾向が認められ、かなり低い数値となっている。また、W値の年間平均値は、おおむね70未満という低い数値で推移しており、特に、平成12年度及び平成13年度では62.7という極めて低い数値にとどまり、W値75の区域に属する測定地点における測定結果にほぼ匹敵する程度の低い数値を記録しているにすぎない。のみならず、この測定地点において区域指定におけるW値を超える騒音が記録された日数には減少傾向が顕著に認められ、近時においては、区域指定におけるW値を超える騒音は全く記録されていないか又は年間で数%程度の日数において記録されているにすぎないから、この測定地点における実際の騒音は区域指定におけるW値と大きく異なっていると評価すべきである。そして、環境基準の関係を検討しても、この測定地点において環境基準を超える騒音が記録された日数には大きな減少傾向が認められ、平成12年度及び平成13年度においては年間で数%となっているから、この測定地点においては、近時は年間のほとんどの日数において環境基準が満たされていると評価すべきである。
そうすると、この測定地点における騒音の程度はかなり低いといわざるを得ない。
ク 沖縄市字美里及び山内(測定点No7、W値75(美里)又は80(山内))について
(ア) 騒音発生回数等
まず、この測定地点において70dB(A)以上の騒音が発生した回数をみると、詳細は別紙「航空機騒音測定結果集計表」(<略>)記載のとおりであるが、これを具体的にみると、沖縄県字美里の測定地点で測定された昭和60年度ないし平成11年度(平成12年1月まで)の測定結果は、1日平均12.9回(昭和60年度)、19.6回(昭和61年度)、14.1回(昭和62年度)、11.1回(昭和63年度)、15.0回(平成元年度)、25.4回(平成2年度)、6.6回(平成3年度)、6.3回(平成4年度)、5.7回(平成5年度)、6.5回(平成6年度)、18.0回(平成7年度)、19.0回(平成8年度)、12.5回(平成9年度)、11.8回(平成10年度)、10.2回(平成11年度)であった。そして、沖縄市山内の測定地点で測定された平成11年度ないし平成13年度の測定結果をみると、14.2回(平成11年度)、7.0回(平成12年度)、12.5回(平成13年度)であり、北谷町吉原の測定地点と比較すると、若干多い数値となっている。
次に、70dB(A)以上の騒音累積時間をみると、沖縄県字美里の測定地点で測定された昭和60年度ないし平成11年度(平成12年1月まで)の測定結果は、1日平均187.7秒(昭和60年度)、289.5秒(昭和61年度)、215.1秒(昭和62年度)、160.2秒(昭和63年度)、222.8秒(平成元年度)、401.0秒(平成2年度)、98.2秒(平成3年度)、101.7秒(平成4年度)となっている(なお、前述したとおり、平成5年度以降の測定結果は提出されていない。)。また、沖縄市山内の測定地点で測定した70dB(A)以上の騒音累積時間は、158.9秒(平成13年度)であり(なお、平成11年度及び平成12年度の測定結果は提出されていない。)、騒音発生回数と同様、北谷町吉原の測定地点よりも多い数値となっている。
そして、70dB(A)以上の月間パワー平均値を用いて年平均のパワー平均値を求めると、沖縄県字美里の測定地点で測定された昭和60年度ないし平成11年度(平成12年1月まで)については、それぞれ、83.7(昭和60年度)、82.0(昭和61年度)、81.5(昭和62年度)、83.4(昭和63年度)、83.6(平成元年度)、83.6(平成2年度)、81.7(平成3年度)、83.9(平成4年度)、83.3(平成5年度)、83.0(平成6年度)、78.6(平成7年度)、77.2(平成8年度)、79.2(平成9年度)、78.7(平成10年度)、80.1(平成11年度)となり、沖縄市山内の測定地点で測定された平成11年度ないし平成13年度については、81.1(平成11年度)、81.7(平成12年度)、80.0(平成13年度)となり、測定地点がW値75の区域にある美里に置かれていた平成11年度までの年度においては、例えば平成2年度ないし平成4年度のように北谷町吉原の測定地点における数値を上回っていた時期がある一方、平成6年度以降は、おおむね減少傾向にあると認められるが、平成10年度以降は、逆に若干の増加傾向がみられるというべきであり、平成12年度及び平成13年度の数値は北谷町吉原の数値を若干上回る結果となっている。
また、W値の月間パワー平均値を用いて年間のパワー平均値を求めると、沖縄県字美里の測定地点で測定された昭和60年度ないし平成11年度(平成12年1月まで)については、それぞれ、68.7(昭和60年度)、69.8(昭和61年度)、67.4(昭和62年度)、68.4(昭和63年度)、70.0(平成元年度)、73.8(平成2年度)、64.0(平成3年度)、66.6(平成4年度)、65.0(平成5年度)、65.4(平成6年度)、66.5(平成7年度)、65.0(平成8年度)、65.5(平成9年度)、64.5(平成10年度)、64.9(平成11年度)、沖縄市山内の測定地点で測定された平成11年度ないし平成13年度については、68.2(平成11年度)、64.8(平成12年度)、65.9(平成13年度)となる。したがって、平成2年度から平成3年度にかけて著しく減少した後、おおむね65前後の数値で推移しているということができ、平成12年度及び平成13年度の数値は北谷町吉原の数値を上回っている。
(イ) 環境基準との関係
上記測定地点は、航空機騒音に係る環境基準の地域類型指定Iの地域に属し、その環境基準値はW値70以下である。
そこで、屋外におけるW値の測定値が上記環境基準を満たしているか否かについて検討すると、詳細は別紙「屋外日別WECPNLランク別日数集計表」(<略>)記載のとおりであるが、これを具体的にみると、屋外における測定値が上記環境基準を超えた日数は、75日(昭和60年度)、78日(昭和61年度)、51日(昭和62年度)、78日(昭和63年度)、84日(平成元年度)、74日(平成2年度)、19日(平成3年度)、31日(平成4年度)、28日(平成5年度)、31日(平成6年度)、34日(平成7年度)、22日(平成8年度)、22日(平成9年度)、23日(平成10年度)、19日(平成11年度。沖縄市山内の測定地点では12日)、28日(平成12年度)、41日(平成13年度)であった。これを基に対測定日数における割合を算出すると、約20.9%(昭和60年度)、約21.6%(昭和61年度)、約14.6%(昭和62年度)、21.4%(昭和63年度)、約23.8%(平成元年度)、約22.9%(平成2年度)、約5.7%(平成3年度)、約9.7%(平成4年度)、約8.2%(平成5年度)、約8.7%(平成6年度)、約9.8%(平成7年度)、約6.9%(平成8年度)、約7.0%(平成9年度)、約6.4%(平成10年度)、約7.2%(平成11年度。沖縄県山内の測定地点では約15.6%)、約7.8%(平成12年度)、約11.4%(平成13年度)となり、平成2年度から平成3年度にかけて著しく減少し、その後は、平成13年度に若干上昇したものの、おおむね10%に満たない数値で推移していると評価することができる。
また、上記測定地点の区域指定におけるW値は75以上(美里)又は80以上(山内)であるが、W値が実際に75又は80を超えた日(上記集計表の「屋外環境基準を超す日数」のうち、「70W超75W以下」、「75W超80W以下」、「80W超85W以下」、「85W超90W以下」、「90W超95W以下」、「95W超100W以下」の各欄の数字をそれぞれの基準に則して合計したもの)をみると、沖縄市字美里の測定地点(W値75以上)については、18日(昭和60年度)、24日(昭和61年度)、13日(昭和62年度)、18日(昭和63年度)、24日(平成元年度)、40日(平成2年度)、2日(平成3年度)、12日(平成4年度)、5日(平成5年度)、12日(平成6年度)、9日(平成7年度)、2日(平成8年度)、7日(平成9年度)、3日(平成10年度)、4日(平成11年度)であり、沖縄市山内の測定地点(W値80以上)については、平成11年度ないし平成13年度の間に、W値が実際に80を超える日は測定されていない。もっとも、これらの点については、イ(イ)で説示したところと同様に、環境基準におけるW値の算定方法と生活環境整備法におけるW値の算定方法の相違を考慮に入れるべきであり、したがって、この測定地点においても、一段階下がった「70W以上75W以下」(美里)又は「75W以上80W以下」(山内)の数値をも含めてそれぞれ検討する必要があるが、そうであるとしても、沖縄市字美里の測定地点については、要するに、同測定地点における環境基準(W値70)を超える日数と同一の日数ということになるから、既に説示したとおり、昭和60年度から平成11年度までの間において測定日数に占める割合は、最大でも平成元年度の約23.8%にとどまるのであって、平成3年度以降は、いずれも10%以下の数値で推移しているというべきである。そして、沖縄市山内の測定地点については、前判示のとおり、実際にW値80を超える騒音が測定された日はないのであり、「75W以上80W以下」の数値をも含めたとしても、平成11年度に3日(約3.9%)、平成12年度に13日(約3.6%)、平成13年度に15日(約4.2%)それぞれ計測されたにすぎず、北谷町吉原の測定地点と同様、極めて少ない数値で推移しているというべきである。
(ウ) 小括
この測定地点における騒音の状況を検討すると、70dB(A)以上の騒音の年間パワー平均値は、比較的高いと認められるものの、騒音発生回数及び騒音累積時間については必ずしも高い数値が記録されていると評価することはできない。のみならず、W値の年間平均値をみると、平成2年度及び平成3年度以降減少傾向が認められ、おおむね65程度という低い数値で推移しているにすぎない。また、この測定地点において区域指定におけるW値を超える騒音が記録された日数にも減少傾向が認められ、近時においては、区域指定におけるW値を超える騒音は全く記録されていないか又は年間で数%程度の日数において記録されているにすぎないから、この測定地点における実際の騒音は区域指定におけるW値と大きく異なっていると評価すべきである。そして、環境基準の関係を検討しても、この測定地点において環境基準を超える騒音が記録された日数には、平成2年度及び平成3年度を境として大きな減少傾向が認められ、近時においてはおおむね年間で10%に満たない数値で推移しているから、この測定地点においては、近時は年間のほとんどの日数において環境基準が満たされていると評価すべきである。
そうすると、この測定地点における騒音の程度はかなり低いといわざるを得ない。
ケ 沖縄市字知花(測定点No8、W値80)について
(ア) 騒音発生回数等
この測定地点において70dB(A)以上の騒音が発生した回数をみると、詳細は別紙「航空機騒音測定結果集計表」(<略>)記載のとおりであるが、これを具体的にみると、1日平均50.8回(昭和60年度)、54.2回(昭和61年度)、64.8回(昭和62年度)、60.2回(昭和63年度)、48.5回(平成元年度)、38.2回(平成2年度)、35.1回(平成3年度)、33.0回(平成4年度)、43.8回(平成5年度)、43.1回(平成6年度)、41.0回(平成7年度)、40.4回(平成8年度)、36.0回(平成9年度)、37.3回(平成10年度)、29.2回(平成11年度)、18.2回(平成12年度)、23.8回(平成13年度)となっており、昭和63年度を境として若干減少の傾向がみられるものの、それでも、最低でも1日平均18.2回(平成12年度)という比較的多数の騒音が測定されており、北谷町吉原及び沖縄市字美里・字山内の各測定地点における測定結果を上回っているといえる。
次に、70dB(A)以上の騒音累積時間をみると、1日当たり910.5秒(昭和60年度)、958.4秒(昭和61年度)、1117.2秒(昭和62年度)、1047.4秒(昭和63年度)、848.2秒(平成元年度)、662.0秒(平成2年度)、629.6秒(平成3年度)、664.6秒(平成4年度)、489.5秒(平成13年度)であり(前述のとおり、平成5年度ないし平成12年度の測定結果はない。)、騒音発生回数と同様、昭和62年度及び昭和63年度において1000秒を超える長時間を記録した後は減少の傾向を示しているとはいえ、平成13年度においても比較的長時間であると評価すべきであり、例えばより区域指定におけるW値の数値が高い具志川市字昆布の同一年度における数値とはぼ匹敵する程度となっている。
そして、70dB(A)以上の月間パワー平均値を用いて年平均のパワー平均値を求めると、86.7(昭和60年度)、85.9(昭和61年度)、85.5(昭和62年度)、85.3(昭和63年度)、85.2(平成元年度)、83.7(平成2年度)、84.4(平成3年度)、84.2(平成4年度)、82.9(平成5年度)、83.4(平成6年度)、82.7(平成7年度)、82.4(平成8年度)、82.7(平成9年度)、83.4(平成10年度)、81.8(平成11年度)、81.1(平成12年度)、82.2(平成13年度)となっており、平成11年度以降における値はそれまでと比較すれば若干低い値となっているものの、それでも80を超えるパワー平均値となっている。
また、W値の月間パワー平均値を用いて年間のパワー平均値を求めると、78.2(昭和60年度)、77.6(昭和61年度)、78.3(昭和62年度)、77.8(昭和63年度)、76.7(平成元年度)、74.0(平成2年度)、74.3(平成3年度)、74.1(平成4年度)、73.9(平成5年度)、74.5(平成6年度)、73.6(平成7年度)、73.3(平成8年度)、73.3(平成9年度)、74.2(平成10年度)、71.4(平成11年度)、68.9(平成12年度)、71.3(平成13年度)であり、平成12年度に70を割る数値となった以外は、ほぼ70台前半で推移しているということができ、北谷町字吉原及び沖縄市字美里・字山内の各測定地点における数値を上回っていることはもとより、特に平成3年度から平成10年度及び平成13年度には、嘉手納町字嘉手納の測定地点の数値さえも上回る結果となっている。
(イ) 環境基準との関係
上記測定地点は、航空機騒音に係る環境基準の地域類型指定IIの地域に属し、その環境基準値はW値75以下である。
そこで、屋外におけるW値の測定値が上記環境基準を満たしているか否かについて検討すると、詳細は別紙「屋外日別WECPNLランク別日数集計表」(<略>)記載のとおりであるが、これを具体的にみると、屋外におけるW値の測定値が上記環境基準を超えた日数は、178日(昭和60年度)、182日(昭和61年度)、162日(昭和62年度)、188日(昭和63年度)、159日(平成元年度)、76日(平成2年度)、81日(平成3年度)、69日(平成4年度)、68日(平成5年度)、86日(平成6年度)、63日(平成7年度)、66日(平成8年度)、64日(平成9年度)、73日(平成10年度)、44日(平成11年度)、22日(平成12年度)、37日(平成13年度)であった。これを基に対測定日数における割合を算出すると、約49.9%(昭和60年度)、約50.1%(昭和61年度)、約52.9%(昭和62年度)、約53.3%(昭和63年度)、約43.7%(平成元年度)、約23.9%(平成2年度)、約24.0%(平成3年度)、約20.8%(平成4年度)、約20.2%(平成5年度)、約23.8%(平成6年度)、約17.6%(平成7年度)、約19.3%(平成8年度)、約18.7%(平成9年度)、約20.4%(平成10年度)、約12.9%(平成11年度)、約6.1%(平成12年度)、約14.2%(平成13年度)となり、平成元年度から平成2年度にかけてほぼ半減し、平成10年度にかけてはおおむね20%程度の値で推移し、その後は再び若干の減少傾向がみられる。
また、上記測定地点の区域指定におけるW値は80以上であるが、W値が実際に80を超えた日(上記集計表の「屋外環境基準を超す日数」のうち、「80W超85W以下」、「85W超90W以下」、「90W超95W以下」、「95W超100W以下」の各欄の数字を合計したもの)は、92日(昭和60年度)、70日(昭和61年度)、57日(昭和62年度)、77日(昭和63年度)、55日(平成元年度)、19日(平成2年度)、22日(平成3年度)、23日(平成4年度)、26日(平成5年度)、25日(平成6年度)、19日(平成7年度)、11日(平成8年度)、14日(平成9年度)、23日(平成10年度)、8日(平成11年度)、4日(平成12年度)、2日(平成13年度)であり、平成7年度を境として若干の減少傾向がみられ、殊に平成11年度以降においては、その傾向が顕著というべきである。もっとも、この点については、イ(イ)で説示したところと同様に、環境基準におけるW値の算定方法と生活環境整備法におけるW値の算定方法の相違を考慮に入れるべきであり、したがって、この測定地点においても、一段階下がった「75W以上80W以下」の数値をも含めて検討する必要があるが、この場合には、要するに、屋外におけるW値の測定値が上記環境基準(W値75以上)を超えた日数と同じことになるから、既に説示したとおり、平成7年度以降は、おおむね対測定日数比で20%以下を推移していると評価できることになる。
(ウ) 小括
この測定地点における騒音の状況を検討すると、70dB(A)以上の騒音の年間パワー平均値は、比較的高いと認められるほか、騒音発生回数及び騒音累積時間についても、同一の区域指定に属する他の測定地点(北谷町字吉原、沖縄市字山内)よりも高い数値を記録している。しかしながら、W値の年間平均値をみると、上記吉原や山内の各測定地点よりは上回っているとはいえ、比較的減少傾向にあると認められ、ほぼ70台前半の数値を連続して記録しており、平成12年度のように70を割る数値となった年度も存在する。のみならず、この測定地点において区域指定におけるW値を超える騒音が記録された日数も、平成7年度を境として減少傾向が認められ、おおむね対測定日数比で20%未満となっているほか、この測定地点において環境基準を超える騒音が記録された日数についても同様の傾向を示しているから、この測定地点における実際の騒音が区域指定におけるW値と大きく異なっていることはもとより、近時においては、年間のかなりの日数において環境基準が満たされていると評価すべきである。
そうすると、この測定地点における騒音の程度を高いと評価することは困難といわざるを得ない。
コ 石川市字山城(測定点No10、W値80)について
(ア) 騒音発生回数等
まず、この測定地点において70dB(A)以上の騒音が発生した回数をみると、詳細は別紙「航空機騒音測定結果集計表」(<略>)記載のとおりであるが、これを具体的にみると、1日平均32.3回(昭和60年度)、37.4回(昭和61年度)、38.5回(昭和62年度)、45.5回(昭和63年度)、36.0回(平成元年度)、30.0回(平成2年度)、27.1回(平成3年度)、23.3回(平成4年度)、18.9回(平成5年度)、21.9回(平成6年度)、25.5回(平成7年度)、26.4回(平成8年度)、102.7回(平成9年度)、30.1回(平成10年度)、25.1回(平成11年度)、15.3回(平成12年度)、17.3回(平成13年度)となっており、平成9年度が突出して多数であるほかは、昭和63年度以降おおむね緩やかに減少傾向を示しており、沖縄市字知花の測定地点よりは少ないものの、例えば北谷町字吉原の測定地点よりは多い数値であると評価することができる。
次に、70dB(A)以上の騒音累積時間をみると、1日当たり699.2秒(昭和60年度)、849.5秒(昭和61年度)、839.4秒(昭和62年度)、969.2秒(昭和63年度)、814.9秒(平成元年度)、784.4秒(平成2年度)、623.8秒(平成3年度)、537.5秒(平成4年度)、457.8秒(平成13年度)であり(前述のとおり、平成5年度ないし平成12年度の測定結果はない。)、騒音発生回数同様、昭和63年度に最高値を記録し、その後は緩やかに減少しているということができるものの、沖縄市字知花の測定地点にも比すべき程度の長時間となっている。
そして、70dB(A)以上の月間パワー平均値を用いて年平均のパワー平均値を求めると、83.5(昭和60年度)、84.1(昭和61年度)、83.3(昭和62年度)、82.9(昭和63年度)、83.3(平成元年度)、85.1(平成2年度)、81.4(平成3年度)、81.8(平成4年度)、81.7(平成5年度)、82.3(平成6年度)、79.6(平成7年度)、78.9(平成8年度)、78.0(平成9年度)、77.5(平成10年度)、78.0(平成11年度)、78.2(平成12年度)、78.9(平成13年度)となっており、平成2年度から平成3年度にかけて一旦大きく減少し、その後平成6年度から平成7年度にかけて更に減少して80未満の数値で推移しており、平成8年度以降は、後述する読谷村字比謝・字座喜味の測定地点(W値75)よりも低い数値を連続して記録している。
また、W値の月間パワー平均値を用いて年間のパワー平均値を求めると、73.9(昭和60年度)、74.3(昭和61年度)、73.9(昭和62年度)、73.9(昭和63年度)、74.0(平成元年度)、74.9(平成2年度)、70.0(平成3年度)、69.4(平成4年度)、68.3(平成5年度)、70.1(平成6年度)、68.6(平成7年度)、67.5(平成8年度)、70.4(平成9年度)、66.3(平成10年度)、66.0(平成11年度)、64.4(平成12年度)、66.5(平成13年度)であり、ここでも、全体としては、平成2年度から大幅に減少した後、平成10年度からは更に減少する傾向がみられ、おおむね66程度の数値を記録しているにすぎない。
(イ) 環境基準との関係
上記測定地点は、航空機騒音に係る環境基準の地域類型指定Iの地域に属し、その環境基準値はW値70以下であると認められる。
そこで、屋外におけるW値の測定値が上記環境基準を満たしているか否かについて検討すると、詳細は別紙「屋外日別WECPNLランク別日数集計表」<略>記載のとおりであるが、これを具体的にみると、屋外におけるW値の測定値が上記環境基準を超えた日数は、191日(昭和60年度)、205日(昭和61年度)、212日(昭和62年度)、231日(昭和63年度)、243日(平成元年度)、213日(平成2年度)、138日(平成3年度)、119日(平成4年度)、80日(平成5年度)、136日(平成6年度)、90日(平成7年度)、54日(平成8年度)、123日(平成9年度)、40日(平成10年度)、45日(平成11年度)、19日(平成12年度)、63日(平成13年度)であった。これを基に対測定日数比における割合を算出すると、約53.4%(昭和60年度)、約57.7%(昭和61年度)、約62.7%(昭和62年度)、約63.3%(昭和63年度)、約66.6%(平成元年度)、約67.2%(平成2年度)、約41.2%(平成3年度)、約35.8%(平成4年度)、約24.3%(平成5年度)、約37.7%(平成6年度)、約25.1%(平成7年度)、20%(平成8年度)、約37.4%(平成9年度)、約11.3%(平成10年度)、約12.9%(平成11年度)、約5.3%(平成12年度)、約18.5%(平成13年度)であり、その傾向は必ずしも一定していないものの、全体としてみれば、平成元年度ないし平成2年度を境として大幅な減少傾向にあると評価でき、平成12年度から平成13年度にかけて増加したものの、それでも年間の約5分の1程度にとどまっている。
また、上記測定地点の区域指定におけるW値は80以上であるが、W値が実際に80を超えた日(上記集計表の「屋外環境基準を超す日数」のうち、「80W超85W以下」、「85W超90W以下」、「90W超95W以下」、「95W超100W以下」の各欄の数字を合計したもの)は、7日(昭和60年度)、11日(昭和61年度)、15日(昭和62年度)、14日(昭和63年度及び平成元年度)、7日(平成2年度)、1日(平成3年度)、2日(平成5年度)、1日(平成9年度)であり、平成4年度、平成6年度ないし平成8年度、平成10年度ないし平成13年度にはいずれもW値が実際に80を超えた日が測定されなかった。もっとも、この点については、イ(イ)で説示したところと同様に、環境基準におけるW値の算定方法と生活環境整備法におけるW値の算定方法の相違を考慮に入れるべきであり、したがって、この測定地点においても、一段階下がった「75W以上80W以下」の数値をも含めて検討する必要があるが、そうであるとしても、昭和60年度が74日(約20.7%)、昭和61年度が89日(約25.1%)、昭和62年度が93日(約27.5%)、昭和63年度が99日(約27.1%)、平成元年度が107日(約29.3%)、平成2年度が99日(約31.2%)、平成3年度が22日(約6.6%)、平成4年度が24日(約7.2%)、平成5年度が18日(約5.5%)、平成6年度が19日(約5.3%)、平成7年度が11日(約3.1%)、平成8年度が10日(約3.7%)、平成9年度が35日(約10.6%)、平成10年度が3日(約0.8%)、平成11年度が2日(約0.6%)、平成12年度が1日(約0.3%)、平成13年度が、8日(約2.4%)であって、環境基準を超えた日数と同様、平成元年度ないし平成2年度を境として大幅な減少傾向を認めることができ、平成2年度まではおよそ30%程度であったのに対し、その後は、平成9年度に一時的に10%を超えたのみで、その他の年度はいずれも数%にとどまり、殊に平成10年度ないし平成13年度には年に1%を下回る程度の日数しか測定されていない。
(ウ) 小括
この測定地点における騒音の状況を検討すると、騒音発生回数及び騒音累積時間は比較的高い数値を記録しているものの、70dB(A)以上の騒音の年間パワー平均値にはかなりの減少傾向が認められ、W値75の区域に属する測定地点よりも低い数値で推移している。のみならず、W値の年間平均値をみると、平成2年度及び平成10年度を境として大きな減少傾向が認められ、平成10年度以降はおおむね66程度という低い数値を記録しているにすぎない。また、この測定地点において区域指定におけるW値を超える騒音が記録された日数にも大きな減少傾向が認められ、近時においては、区域指定におけるW値を超える騒音は全く記録されていないか又は年間で数%程度の日数において記録されているにすぎないから、この測定地点における実際の騒音は区域指定におけるW値と大きく異なっていると評価すべきである。そして、環境基準の関係を検討しても、この測定地点において環境基準を超える騒音が記録された日数には、平成元年度ないし平成2年度を境として大きな減少傾向が認められ、近時においてはおおむね年間で10%台の数値で推移していると評価することができるから、この測定地点においては、近時は年間のほとんどの日数において環境基準が満たされているということができる。
そうすると、この測定地点における騒音の程度はかなり低いといわざるを得ない。
サ 読谷村字比謝・字座喜味(測定点No5、W値75)について
(ア) 騒音発生回数等
まず、この測定地点において70dB(A)以上の騒音が発生した回数をみると、詳細は別紙「航空機騒音測定結果集計表」(<略>)記載のとおりであるが、これを具体的にみると、読谷村字比謝の測定地点で測定された昭和60年度ないし平成11年度(平成12年1月まで)の測定結果は、1日平均24.2回(昭和60年度)、33.1回(昭和61年度)、32.0回(昭和62年度)、39.7回(昭和63年度)、28.3回(平成元年度。なお、同年度の7月以降は、測定場所が同字の別の測定場所に変更されているが、両者は比較的近隣の場所と考えられ、実際、両者のW値には変化がないことにかんがみ、騒音発生回数等の算定については、測定地点が同一であるとみなして算定することとする(この点については、以下の騒音累積時間等の算定についても同様である。)。したがって、騒音発生回数の算定に当たっては、両測定地点における測定値の平均値をもって平成元年度における数値として採用する。)、35.2回(平成2年度)、17.3回(平成3年度)、27.9回(平成4年度)、22.3回(平成5年度)、24.7回(平成6年度)、26.6回(平成7年度)、21.5回(平成8年度)、36.9回(平成9年度)、33.2回(平成10年度)、30.9回(平成11年度)であり、平成3年度に一旦ほぼ半減し、その後も平成8年度まで20回台の数値となったものの、平成10年度からは再び30回台に増加しており、比較的多数と認められる。そして、字座喜味の測定地点で測定された平成11年度ないし平成13年度の測定結果をみると、4.0回(平成11年度)、3.7回(平成12年度)、5.3回(平成13年度)であり、同じ区域指定の測定地点でありながら、字比謝で測定された数値よりも著しく低い回数となっている。
次に、70dB(A)以上の騒音累積時間をみると、読谷村字比謝の測定地点で測定された昭和60年度ないし平成11年度(平成12年1月まで)の測定結果は、1日平均187.7秒(昭和60年度)、289.5秒(昭和61年度)、215.1秒(昭和62年度)、160.2秒(昭和63年度)、222.8秒(平成元年度)、401.0秒(平成2年度)、98.2秒(平成3年度)、101.7秒(平成4年度)となっており(なお、前述したとおり、平成5年度以降の測定結果は提出されていない。)、平成2年度に一旦著しく増加した後に再び減少し、平成3年度及び平成4年度には約4分の1の数値を記録している。また、読谷村字座喜味の測定地点で測定した70dB(A)以上の騒音累積時間は、89.4秒(平成13年度)となっているから(なお、平成11年度及び平成12年度の測定結果は提出されていない。)、全体としては、それ程長時間の騒音に曝されているとは認められない。
そして、70dB(A)以上の月間パワー平均値を用いて年平均のパワー平均値を求めると、読谷村字比謝の測定地点で測定された昭和60年度ないし平成11年度(平成12年1月まで)については、それぞれ、80.3(昭和60年度)、79.9(昭和61年度)、79.6(昭和62年度)、81.2(昭和63年度)、79.2(平成元年度)、79.8(平成2年度)、78.9(平成3年度)、80.2(平成4年度)、78.5(平成5年度)、78.2(平成6年度)、78.8(平成7年度)、78.8(平成8年度)、79.3(平成9年度)、78.8(平成10年度)、77.7(平成11年度)となり、読谷村字座喜味の測定地点で測定された平成11年度ないし平成13年度については、78.4(平成11年度)、79.6(平成12年度)、80.0(平成13年度)となる。したがって、平成8年度以降は、より区域指定のW値の高い石川市字山城の測定地点を上回っているとはいえ、読谷村字比謝においては、昭和63年度より後は、平成4年度に80.2であったほかは、いずれも80未満の数値で推移しており、読谷村字座喜味についても、おおむね同様の傾向にあると評価することができる。
また、W値の月間パワー平均値を用いて年間のパワー平均値を求めると、読谷村字比謝の測定地点で測定された昭和60年度ないし平成11年度(平成12年1月まで)については、それぞれ、68.3(昭和60年度)、69.5(昭和61年度)、70.0(昭和62年度)、72.7(昭和63年度)、69.3(平成元年度)、70.7(平成2年度)、66.2(平成3年度)、69.3(平成4年度)、67.0(平成5年度)、66.7(平成6年度)、67.4(平成7年度)、67.2(平成8年度)、68.2(平成9年度)、68.8(平成10年度)、66.5(平成11年度)となり、読谷村字座喜味の測定地点で測定された平成11年度ないし平成13年度については、60.7(平成11年度)、62.2(平成12年度)、62.5(平成13年度)となる。したがって、昭和63年度より後は、平成2年度を除いていずれの年度も70未満の数値であって、殊に平成11年度以降はおおむね60ないし62という極めて低い数値となっている。
(イ) 環境基準との関係
上記測定地点は、航空機騒音に係る環境基準の地域類型指定Iの地域に属し、その環境基準値はW値70以下である。
そこで、屋外におけるW値の測定値が上記環境基準を満たしているか否かについて検討すると、詳細は別紙「屋外日別WECPNLランク別日数集計表」(<略>)記載のとおりであるが、これを具体的にみると、屋外におけるW値の測定値が上記環境基準を超えた日数は、62日(昭和60年度)、106日(昭和61年度)、113日(昭和62年度)、96日(昭和63年度)、合計112日(平成元年度。なお、前述のとおり、この年度において字比謝の中で測定地点が変更されているが、環境基準との関係では両者の結果を区別しないで合計する。)、94日(平成2年度)、32日(平成3年度)、100日(平成4年度)、41日(平成5年度)、44日(平成6年度)、56日(平成7年度)、36日(平成8年度)、44日(平成9年度)、68日(平成10年度)、30日(平成11年度。読谷村字座喜味の測定地点では3日)、12日(平成12年度)、15日(平成13年度)であった。これを基に対測定日数における割合を算出すると、約22.0%(昭和60年度)、約34.8%(昭和61年度)、約32.6%(昭和62年度)、約27.5%(昭和63年度)、約31.1%(平成元年度)、約27.3%(平成2年度)、約9.9%(平成3年度)、約31.1%(平成4年度)、約12.8%(平成5年度)、約12.3%(平成6年度)、約15.6%(平成7年度)、約10.5%(平成8年度)、約13.4%(平成9年度)、約19.3%(平成10年度)、約11.9%(平成11年度。読谷村字座喜味の測定地点では約3.9%)、約3.4%(平成12年度)、約4.2%(平成13年度)となり、平成4年度及び平成10年度に比較的多数の日数が記録されているものの、全体としてみれば、平成2年度を境として大幅な減少傾向が認められるというべきであり、殊に平成12年度及び平成13年度において環境基準を超えた日は、ごくわずかにすぎない。
また、上記測定地点の区域指定におけるW値はいずれも75以上であるが、W値が実際に75を超えた日(上記集計表「屋外環境基準を超す日数」のうち、「75W超80W以下」、「80W超85W以下」、「85W超90W以下」、「90W超95W以下」、「95W超100W以下」の各欄の数字を合計したもの)をみると、読谷村字比謝の測定地点については、5日(昭和60年度)、13日(昭和61年度)、12日(昭和62年度)、25日(昭和63年度)、8日(平成元年度)、21日(平成2年度)、4日(平成3年度)、13日(平成4年度)、2日(平成5年度)、3日(平成6年度)、12日(平成7年度)、4日(平成8年度)、20日(平成9年度)、11日(平成10年度)、5日(平成11年度)であり、全体として極めて少ない日数となっている。そして、読谷村字座喜味の測定地点については、平成11年度には実際にW値75以上の騒音が測定された日はなく、平成12年度に3日、平成13年度に2日それぞれ測定されたにすぎないから、字比謝の測定地点よりも更に少ない日数となっている。
もっとも、これらの点については、イ(イ)で説示したところと同様に、環境基準におけるW値の算定方法と生活環境整備法におけるW値の算定方法の相違を考慮に入れるべきであり、したがって、この測定地点においても、一段階下がった「70W以上75W未満」の数値をも含めてそれぞれ検討する必要があるが、そうであるとしても、要するに、同測定地点における環境基準(W値70)を超える日数と同一の日数ということになるから、既に説示したとおり、全体として減少傾向が認められ、特に平成12年度及び平成13年度には著しく低い数値となっているといえる。
(ウ) 小括
この測定地点における騒音の状況を検討すると、騒音発生回数及び騒音累積時間は比較的高い数値を記録しているものの、70dB(A)以上の騒音の年間パワー平均値は80未満の数値で推移しており、必ずしも高いと評価することはできない。のみならず、W値の年間平均値をみると、昭和63年度以降はおおむね70未満の数値となっており、殊に平成11年度以降はおおむね60ないし62という極めて低い数値を記録しているにすぎないし、この測定地点において区域指定におけるW値を超える騒音が記録された日数も極めて少ないから、この測定地点における実際の騒音は区域指定におけるW値と大きく異なっていると評価すべきである。そして、環境基準の関係を検討しても、この測定地点において環境基準を超える騒音が記録された日数には、平成2年度を境として大きな減少傾向が認められ、近時においてはおおむね年間で数%で推移していると評価することができるから、この測定地点においては、年間の大多数の日数において環境基準が満たされているということができる。
そうすると、この測定地点における騒音の程度はかなり低いといわざるを得ない。
シ 具志川市字西原(測定点No9、W値75)について
(ア) 騒音発生回数等
まず、この測定地点において70dB(A)以上の騒音が発生した回数をみると、詳細は別紙「航空機騒音測定結果集計表」(<略>)記載のとおりであるが、これを具体的にみると、1日平均22.3回(昭和60年度)、28.7回(昭和61年度)、31.3回(昭和62年度)、28.2回(昭和63年度)、26.3回(平成元年度)、31.2回(平成2年度)、18.3回(平成3年度)、18.1回(平成4年度)、19.9回(平成5年度)、19.5回(平成6年度)、30.8回(平成7年度)、28.3回(平成8年度)、27.5回(平成9年度)、31.6回(平成10年度)、22.5回(平成11年度)、10.5回(平成12年度)、12.6回(平成13年度)となっており、平成3年度以降に一旦減少した後、平成9年度ないし平成11年度に再び増加し、その後、平成12年度及び平成13年度に再びほぼ半分まで減少するという傾向にあるが、前記読谷村字比謝・字座喜味の測定地点よりは多数となっているものの、全体としてみればそれ程多数とは認められない。
次に、70dB(A)以上の騒音累積時間をみると、1日当たり401.5秒(昭和60年度)、458.1秒(昭和61年度)、488.5秒(昭和62年度)、520.1秒(昭和63年度)、634.5秒(平成元年度)、711.6秒(平成2年度)、343.6秒(平成3年度)、351.9秒(平成4年度)、385.5秒(平成13年度)であり(前述のとおり、平成5年度ないし平成12年度の測定結果はない。)、平成2年度と平成3年度の数値を比較すれば、平成3年度はおよそ半分程度にまで減少しており、平成4年度、平成13年度はこれよりも若干多いとはいえ、ほぼ同等の数値となっており、この点では読谷村字比謝・字座喜味の測定結果よりかなり高い数値を記録している。
そして、70dB(A)以上の月間パワー平均値を用いて年平均のパワー平均値を求めると、80.4(昭和60年度)、80.2(昭和61年度)、79.7(昭和62年度)、79.2(昭和63年度)、80.4(平成元年度)、84.1(平成2年度)、78.7(平成3年度)、79.0(平成4年度)、78.9(平成5年度)、78.5(平成6年度)、77.0(平成7年度)、76.7(平成8年度)、76.8(平成9年度)、77.7(平成10年度)、76.6(平成11年度)、77.1(平成12年度)、77.3(平成13年度)となっており、平成2年度を境として大幅な減少傾向が認められ、平成3年度以降は、いずれも80を下回る数値となっているばかりか、平成6年度以降は、おおむね、読谷村字比謝・字座喜味の測定地点における数値さえも下回っているのであり、以上の測定地点において最も低い値を記録している。
また、W値の月間パワー平均値を用いて年間のパワー平均値を求めると、68.4(昭和60年度)、69.6(昭和61年度)、68.9(昭和62年度)、69.4(昭和63年度)、69.7(平成元年度)、74.6(平成2年度)、65.5(平成3年度)、66.4(平成4年度)、65.4(平成5年度)、65.6(平成6年度)、67.2(平成7年度)、66.5(平成8年度)、66.5(平成9年度)、68.0(平成10年度)、65.6(平成11年度)、62.6(平成12年度)、63.4(平成13年度)であり、やはり、平成2年度を境として大幅な減少傾向が認められ、読谷村字比謝・字座喜味の測定地点を下回る年度が少なくなく、同測定地点と同様、平成12年度及び平成13年度には極めて低い数値を記録している。
(イ) 環境基準との関係
上記測定地点は、航空機騒音に係る環境基準の地域類型指定Iの地域に属し、その環境基準値はW値70以下である。
そこで、屋外におけるW値の測定値が上記環境基準を満たしているか否かについて検討すると、詳細は別紙「屋外日別WECPNLランク別日数集計表」(<略>)記載のとおりであるが、これを具体的にみると、屋外におけるW値の測定値が上記環境基準を超えた日数は、96日(昭和60年度)、110日(昭和61年度)、102日(昭和62年度)、93日(昭和63年度)、84日(平成元年度)、93日(平成2年度)、21日(平成3年度)、38日(平成4年度)、26日(平成5年度)、25日(平成6年度)、46日(平成7年度)、43日(平成8年度)、33日(平成9年度)、47日(平成10年度)、19日(平成11年度)、8日(平成12年度)、22日(平成13年度)であった。そして、これを基に対測定日数における割合を算出すると、約26.9%(昭和60年度)、約30.4%(昭和61年度)、約30.9%(昭和62年度)、約25.5%(昭和63年度)、約23.4%(平成元年度)、約27.1%(平成2年度)、約7.1%(平成3年度)、約12.0%(平成4年度)、約8.2%(平成5年度)、約9.3%(平成6年度)、約12.8%(平成7年度)、約12.6%(平成8年度)、約9.6%(平成9年度)、約13.1%(平成10年度)、約5.4%(平成11年度)、約2.2%(平成12年度)、約6.2%(平成13年度)となり、平成2年度から平成3年度にかけて急減し、その後平成10年度までおおむね約8.2%(平成5年度)ないし約13.1%(平成10年度)の間で推移した後、平成11年度以降は再び非常に低い割合となっていると評価することができる。
また、上記測定地点の区域指定におけるW値はいずれも75以上であるが、W値が実際に75を超えた日(上記集計表の「屋外環境基準を超す日数」のうち、「75W超80W以下」、「80W超85W以下」、「85W超90W以下」、「90W超95W以下」、「95W超100W以下」の各欄の数字を合計したもの)をみると、8日(昭和60年度)、26日(昭和61年度)、12日(昭和62年度)、13日(昭和63年度)、10日(平成元年度)、57日(平成2年度)、1日(平成3年度)、3日(平成4年度)、2日(平成5年度)、2日(平成6年度)、6日(平成7年度)、2日(平成8年度)、2日(平成9年度)、6日(平成10年度)、1日(平成11年度及び平成13年度)であり、平成12年度には測定されていない。もっとも、この点については、イ(イ)で説示したところと同様に、環境基準におけるW値の算定方法と生活環境整備法におけるW値の算定方法の相違を考慮に入れるべきであり、したがって、この測定地点においても、一段階下がった「70W以上75W以下」の数値をも含めてそれぞれ検討する必要があるが、そうであるとしても、要するに、同測定地点における環境基準(W値70)を超える日数と同一の日数ということになるから、既に説示したとおり、平成2年度から平成3年度にかけて急減し、更に、平成11年度以降は再び非常に低い数値を示しているということができる。
(ウ) 小括
この測定地点における騒音の状況を検討すると、騒音累積時間は比較的高い数値を記録しているものの、70dB(A)以上の騒音の年間パワー平均値には大きな減少傾向が認められ、全測定地点で最も低い80未満の数値で推移しているにすぎない。のみならず、W値の年間平均値をみると、平成2年度を境として大幅な減少傾向が認められ、70を超えた年度はなく、殊に平成12年度以降はおおむね62程度という極めて低い数値を記録しているにすぎないし、この測定地点において区域指定におけるW値を超える騒音が記録された日数も極めて少ないから、この測定地点における実際の騒音は区域指定におけるW値と大きく異なっていると評価すべきである。そして、環境基準の関係を検討しても、この測定地点において環境基準を超える騒音が記録された日数には、平成2年度ないし平成3年度を境として大きな減少傾向が認められ、近時においてはおおむね年間10%前後で推移していると評価することができるから、この測定地点においては、年間の大多数の日数において環境基準が満たされているということができる。
そうすると、この測定地点における騒音の程度はかなり低いといわざるを得ない。
ス 検討
以上認定した各測定地点における騒音曝露状況を前提に、生活環境整備法に基づく区域指定の類型に即して、騒音の傾向を検討する。
まず、W値95以上の区域に属する測定地点は、沖縄市字池原・字倉敷であるが、この測定地点では、月間パワー平均値の年間平均がいずれの年度も95を超えており、騒音の程度は相当強いということができる。また、W値の年間平均値も、平成11年度からはやや減少傾向が認められるものの、その程度はわずかであり、依然としておおむね90程度の極めて高い数値を維持していると評価することができる。
次に、W値90の区域に属する測定地点は、北谷町字砂辺であるが、この測定地点における月間パワー平均値の年間平均は、前記沖縄市字池原・字倉敷の測定地点よりはかなり低いとはいえ、それでも3年間にわたり85を超えているから、やはりその騒音は強いということができる。そして、W値の年間平均値も、おおむね80前後の値を示しているから、うるささの程度もかなり高いと評価することができる。
そして、W値85の区域に属する測定地点は、嘉手納町字嘉手納、具志川市字昆布及び石川市字東恩納の3地点である。これらの測定地点における測定結果には、ややばらつきがみられ、石川市字東恩納の測定地点が前記砂辺の測定地点にほぼ匹敵する数値を示しているのに対し、嘉手納の測定地点はやや低く、年間のW値の平均値についてみると、おおむね4ないし5程度の差が生じている。しかし、月間パワー平均値の年間平均値については、上記測定地点の中で最も低い字嘉手納の測定地点でも80を超えており、また、W値の年間平均値についても、最も低い字昆布又は字嘉手納の測定地点では70を超える数値となっているから、やはり、これらの測定地点では、おおむね強い騒音に曝露され、うるささの程度も高いと認められる。
これに対して、W値80の区域に属する測定地点は、北谷町字吉原、沖縄市字山内、沖縄市字知花及び石川市字山城の4地点であるが、これらの測定地点における騒音の状況をみると、騒音のパワー平均値や騒音累積時間の点では比較的高いと認められるものの、W値の年間平均値には減少傾向が認められ、殊に平成3年度以降はおおむね70を下回る数値で推移しており、区域指定におけるW値を超えた日数も全体としてかなり少ないから、これらの測定地点におけるうるささの程度はかなり低く、また区域指定におけるW値との差も少なくないと評価すべきである。のみならず、上記測定地点において環境基準値を超える騒音が実際に計測された日数は、いずれの測定地点においてもかなり少ない数値となっているから、環境基準が完全に達成されているとは認められないものの、年間のほとんどの日数において環境基準を満たす結果となっているということができる。そうすると、W値80の区域における騒音の程度はかなり低いと評価すべきである。
また、W値75の区域に属する測定地点は、読谷村字比謝・字座喜味及び具志川市字西原である。そして、これらの測定地点においても、騒音のパワー平均値や騒音累積時間については、必ずしも少なくない数値を記録しているが、これらの測定地点におけるW値の年間平均値は、おおむね70未満の数値で推移しており、特に平成11年度以降はかなりの減少が認められ、平成12年度及び平成13年度にはいずれの測定地点においても65にすら満たない数値となっている。また、この測定地点において区域指定におけるW値を超える騒音が記録された日数も極めて少ないから、この測定地点における実際の騒音は区域指定におけるW値と大きく異なっていると評価すべきである。のみならず、環境基準との関係を検討しても、上記測定地点において環境基準値を超える騒音が実際に計測された日数は、いずれの測定地点においても相当減少しており、極めて少ない数値となっているから、環境基準が完全に達成されているとは認められないものの、近時においては年間のほとんどの日数において環境基準を満たす結果となっているということができる。そうすると、W値75の区域における騒音の程度は、W値80の区域と比較して、更に低いと評価すべきである。
以上のとおり、被告が設置した測定地点における自動測定結果によっても、沖縄県のモニタリングシステムによる検討結果と同様、W値85以上の各区域とW値80及び75の各区域における騒音曝露状況には明確な差が認められ、W値85以上の各区域は現在もなお激しい騒音に曝されていると認められるが、W値80及び75の各区域における騒音の程度は減少傾向が認められ、現時点においてはかなり低いと評価すべきである。
(5) 当裁判所が実施した検証の結果に基づく検討
(以下の事実は、検証調書及び弁論の全趣旨によって認める。)
ア 第1日目の検証
(ア) 概要
当裁判所は、平成15年7月10日、1日目の検証を実施した。その検証場所は、嘉手納町<住所略>X70モーターズことX70宅(以下「X70宅」という。)、嘉手納町<住所略>X71宅(以下「X71宅」という。)、北谷町<住所略>X72宅(以下「X72宅」という。)及び北谷町<住所略>X73宅(以下「X73宅」という。)の4か所である。X73宅はW値95以上の区域に、X70宅、X71宅及びX72宅はそれぞれW値90の区域にそれぞれ属し、本件飛行場に対する位置関係は、別紙「原告ら検証位置図」(<略>)記載のとおりである。
(イ) X73宅における検証結果
当裁判所は、X73宅において騒音測定を実施した。X73宅は、別紙「原告ら検証位置図」<略>記載のとおり、本件飛行場の滑走路のほぼ延長線上に位置する。X73宅における測定は、午前10時5分から午前10時47分までの42分間、X73宅の屋外に地上1.2メートルの高さでマイクロフォンを設置し、これにリオン株式会社製普通騒音計NL―21及びレベルレコーダーを接続して記録する方法によった。その結果は、別紙「現地検証騒音測定記録表(平成15年7月10日付け)」(<略>)記載のとおりであるが、前記測定時間に航空機が合計13回飛行し、その騒音レベルについても、60dB(A)台の比較的低い騒音も3回計測されたものの、80dB(A)以上の騒音が6回、90dB(A)以上の騒音が3回測定されたほか、午前10時42分には最高103.3dB(A)という激しい騒音が測定されているから、わずか40分程度のうちに、80dB(A)を超える騒音が合計10回計測された。
(ウ) その他の検証場所における検証
当裁判所は、その他の場所においても検証を行ったが、これらの場所における騒音測定結果はない。しかし、X70宅は、県道74号線を隔てて本件飛行場とすぐ接しており、滑走路や駐機場とごく近いため、本件飛行場を離発着する航空機や、移動中と思しき航空機が発する騒音が比較的良く聞こえた。X71宅も、X70宅よりは若干距離があるものの、県道74号線を隔てて本件飛行場と接しており、およそ1時間程度の間に、少なくとも4機の移動中又は飛行中の航空機による騒音を確認することができた(なお、X71宅においても騒音測定を実施したが、機材の不都合により、測定結果が残っていない。)。X72宅は、X73宅ほどではないものの、本件飛行場にかなり近い。そして、X72宅では、屋上から本件飛行場を観察したが、およそ30分程度の間に、合計3機の航空機の飛来が認められ、そのエンジン音もかなり近く聞こえた。
イ 第2日目の検証
(ア) 概要
当裁判所は、同月11日、第2日目の検証を実施した。検証場所は、嘉手納町字嘉手納312番地嘉手納中学校(以下「嘉手納中学校」という。)、嘉手納町<住所略>X74宅(以下「X74宅」という。)、北谷町<住所略>X75宅(以下「X75宅」という。)、及び読谷村字楚辺1676番地外楚辺区浄水場空地(以下「楚辺浄水場」という。)の4地点である。X74宅及びX75宅はW値90の区域に、嘉手納中学校はW値85の区域に、楚辺浄水場はW値75の区域にそれぞれ属する測定地点である。上記検証場所と本件飛行場との位置関係は、別紙「被告検証位置図」)(<略>)記載のとおりである。また、上記検証で用いた測定器、測定方法等については、別紙「現場検証における騒音測定細部事項書」)(<略>)記載のとおりである。
(イ) 嘉手納中学校における検証
嘉手納中学校は、本件飛行場の滑走路中心線上着陸帯南端から北端へ約1800メートル、同地点から直角に北西へ約1400メートルの地点に所在し、本件飛行場に近いところに位置する。当裁判所は、嘉手納中学校において、同日午前7時10分から午前7時45分までの間騒音測定を実施したが、この測定時間中に航空機の飛来はなかった。
(ウ) X74宅における検証
X74宅は、本件飛行場の滑走路中心線上着陸帯南端から北端へ約2500メートル、同地点から直角に北西へ約650メートルの地点に所在し、第1回検証におけるX70宅やX71宅と同様、県道74号線を隔てて本件飛行場とほぼ接している。そして、X74宅は、被告から補助を受けて建物の防音工事を実施しているが、その概要は、別紙「指示説明事項」(X74宅防音工事、<略>)のうち「2 補助事業者名」ないし「8 工事の概要」及び図面1ないし15各記載のとおりである。
X74宅において同日午前8時35分から午前9時12分までの間騒音測定を実施した結果は、別紙「現地検証騒音測定集計表」(測定場所X74宅、<略>)記載のとおりである。これをみると、37分間の測定時間内に合計7回の航空機による騒音が測定され、そのうち5回は70dB(A)を超える騒音であった。また、室外で測定された騒音の最大値は、83dB(A)であり、かなり強い。他方、防音工事が施工された室内において前記の各航空機騒音を計測すると、最小で41dB(A)、最大でも57dB(A)と比較的低く、室外及び室内における騒音には、おおむね23dB(A)ないし29bB(A)のレベル差が認められた。
(エ) X75宅における検証
X75宅は、本件飛行場の滑走路中心から南西方向へ約3200メートルの地点に所在し、第1回検証におけるX72宅に比較的近い。そして、X75宅は、被告から補助を受けて建物の防音工事を実施しているが、その概要は、別紙「指示説明事項」(X74宅防音工事、<略>)のうち「2 補助事業者名」ないし「8 工事の概要」及び図面1ないし15各記載のとおりである。
X75において同日午前9時48分から午前10時24分までの間騒音測定を実施した結果は、別紙「現地検証騒音測定集計表」(測定場所X75宅、<略>)記載のとおりである。これをみると、36分の測定時間内に合計2回の航空機騒音が測定され、室外における測定値はいずれも70dB(A)を超えており、うち1回の騒音は93dB(A)もの高い数値を示しているから、相当強い。他方、防音工事が施工された室内において同一の前記航空機騒音を測定すると、最小で47dB(A)、最大でも62dB(A)と比較的低く、室外及び室内における騒音には、おおむね29dB(A)ないし31dB(A)のレベル差が認められた。
(オ) 楚辺浄水場における検証
楚辺浄水場は、本件飛行場の北西に位置し、前記の各検証場所と比較すれば、比較的離れた場所に所在する。
楚辺浄水場において午前11時3分から午前11時46分までの間騒音測定を実施した結果は、別紙「現地検証騒音測定集計表」(測定場所楚辺浄水場、<略>)記載のとおりである。これをみると、43分間の測定時間内に合計12回の航空機騒音が測定され、最高値は80dB(A)となっているものの、70dB(A)を超える航空機騒音は4回にとどまり、しかも、うち5回は暗騒音(48dB(A))を下回る結果となっている。
ウ 検討
上記の各検証は、いずれもかなりの短時間で実施されたものであるから、これらの結果のみから各検証場所における騒音発生の一般的な傾向を把握することは極めて困難であるといわざるを得ない。しかし、第1日目の検証についていえば、本件飛行場の滑走路のほぼ延長線上に位置するX73宅が激しい騒音に曝されていることがうかがえるというべきであるし、第2日目の検証についても、W値90以上の区域に属するX74宅及びX75宅が、少なくとも屋外においては、かなり強い騒音に曝されていることがうかがえる。また、第1日目の検証におけるるX70宅、X71宅及びX72宅(いずれもW値90)については測定結果がないが、目視した限りでも少なからざる航空機の飛来等を認めることができたのであるから、上記3名宅においても激しい騒音に曝されていることがうかがえる。他方、W値75の区域に属する楚辺浄水場における検証結果が、騒音の発生回数こそ少なくないものの、全体としてみれば騒音レベルの程度が低いという結果を示したことは、少なくともこの地点における騒音が、上記の各検証場所と異なり、必ずしも強いとはいえないことをうかがわせるものである。
(6) 本件飛行場周辺における航空機騒音の評価
以上の騒音測定結果等を踏まえ、ここで、本件飛行場周辺における航空機騒音の程度について検討を加える。前述のとおり、原告らは、本件飛行場周辺における騒音曝露状況は、被告が生活環境整備法に基づき告示した区域指定によって認めるべきである旨主張する、(なお、前記第2の2で述べたとおり、個々の原告らの住居に関するW値は、別紙「全原告の住居移転歴、各住居地のW値及び各原告につき被告が実施した住宅防音工事施工実績等表」(<略>)のうち「W値」欄記載のとおりであるから、前記原告らの主張は、結局のところ、この「W値」欄記載の数値により騒音曝露状況を認めることを主張する旨に帰することとなる。)。
そこで、まず、生活環境整備法に基づき区域指定がされた経過等について簡単に概観し(その詳細については、後記「周辺対策」(第6の3(2))で説示する。)、次いで、原告ら及び被告の各主張についてそれぞれ判断する。
ア 生活環境整備法に基づく区域指定(以下の事実は、<証拠略>によって認める。)
株式会社Lは、防衛施設庁の委託に基づき、昭和52年12月、本件飛行場周辺で騒音調査を実施した。Lは、事前調査を同月7日から11日までの5日間、本調査を同月12日から23日までの12日間にわたって実施し、本調査のうち火曜日から翌週の月曜日までの連続した7日間の調査結果に基づき、基礎数値が算出された。
この調査結果に基づき作成されたWECPNL騒音コンター図は、別紙「WECPNLコンター」(<略>)記載のとおりである。このW値の算出式は、環境基準に定められた算出式に基本的には依拠したものであるが、具体的な算出方法は、防衛施設庁で定めた「防衛施設周辺における航空機騒音コンターに関する基準」に従い、算出式に代入する飛行回数Nについて、一定期間において1日の総飛行回数の少ない方からの累積度数曲線を求め、累積度数90%に相当する飛行回数を1日の標準飛行回数とするとの方法によって算出する点などが異なっており、上記期間中の各日について算出したW値をパワー平均した場合又は上記期間中の平均的飛行回数によってW値を求めた場合よりもW値は大きくなるといえる。
そして、防衛施設庁は、上記Lの騒音調査結果に基づいて、別紙「嘉手納飛行場に係る第一種区域、第二種区域及び第三種区域指定図」(<略>)。以下「区域指定図」という。)のとおり、昭和53年12月18日以降に順次生活環境整備法所定の区域指定を告示しているところ、区域指定図は、おおむね、上記「WECPNLコンター」を基礎とし、道路、河川など現地の状況を勘案して線引きしたものであると認められ、上記区域指定におけるW値は、Lの騒音調査結果に基づいて算出されたW値とほぼ符合するといえる。また、区域指定図は、沖縄県調査委員会が実測値を用いて検証したところによっても、実測値に基づいてほぼ忠実に求められていると評価されているところである。
イ 被告の主張に対する検討
そして、前述のとおり、本件においては、原告らが、原告らの騒音曝露状況は、被告が生活環境整備法に基づき作成、告示した区域指定図におけるW値(すなわち、別紙「全原告の住居移転歴、各居住地のW値及び各原告につき被告が実施した住宅防音工事施工実績等表」(<略>)のうち「W値」欄記載の数値)によって認めるべきであり、かつ、原告らの騒音曝露状況には、昭和50年代から変化がみられない旨主張するのに対し、被告は、生活環境整備法に基づき周辺対策を行うために本件飛行場周辺地域について告示した際の基準に基づき、原告らがある数値のコンター内に居住しているからといって、実際に曝露されている航空機騒音のW値がその数値ということにはならない、本件飛行場周辺の騒音曝露状況はほとんどの地域において軽減されているなどと主張している。
そこで、まず、原告らの騒音曝露状況を認定するに当たり、生活環境整備法に基づく区域指定におけるW値の値に依拠することの適否について検討すると、なるほど、後に「周辺対策」(第6の3(2))において説示するとおり、生活環境整備法に基づく区域指定は、防衛施設周辺地域の生活環境等の整備について必要な措置を講じ、もって関係住民の生活の安定及び福祉の向上に寄与することを目的として制定されたものであって、同法による措置は、防衛施設周辺の関係住民の生活の安定及び福祉の向上に寄与することを目標とする政策的補償措置という性質をも有していることや、区域指定に当たりW値の値を算出するに当たっても、着陸音補正や継続時間補正を行うことなど環境基準等における方法と異なる算出方法を採っているため、環境基準等の算出方法よりも若干大きい数字が算出される傾向があることは被告主張のとおりである。また、原告らに対する航空機騒音の影響の有無、程度は、航空機が発する騒音の音量、音質、発生頻度のほか、原告らの居住地と本件飛行場との距離、飛行経路との位置関係、更には風向、地形等の自然条件によっても異なりうることは経験則上明らかであるから、受忍限度及び原告らの損害を定めるに当たって重要と考えられる航空機騒音の有無及びその程度が原告らの各住居地により異なることも否定できないといわざるを得ない。
しかしながら、原告らの個々の住居(居住地)における騒音量は、例えば、以上に検討した各種騒音測定結果における測定地点や当裁判所の検証場所の近隣に居住する原告については、測定地点と原告らの住居との距離や位置関係等の事情から、各種騒音測定結果や検証結果に基づきある程度個別的に推認することができるとはいえ、前記測定地点等が本件飛行場周辺に広範囲に居住する原告らの住居地の全てを網羅するものではないことは明らかであるから、前記の騒音測定結果等の資料は、原告らの個々の住居における騒音量等を認定するためには十分ではないといわざるを得ない。他方、航空機騒音のパワーレベルは、他の騒音発生源と比較してはるかに大きく、しかも、航空機騒音は、相当距離のある上空から一様に曝露されるという特質があるから、ある程度幅を持った一定の地域ごとについて、その地域に居住する住民がほぼ同程度の騒音に曝露されていると推認することが不合理とまではいえない。そして、本件における原告らの請求及び主張をみると、原告らは、航空機騒音の程度により原告らの損害を厳密に区別することなく、航空機騒音等により被っている損害を原告らに共通する損害として主張し、かつ請求しているのであるから、厳密にいえば各原告ら個人が曝露される騒音量に多少の差異があるとしても、慰藉料の認定に当たりその額に区別を設ける必要のないと考えられる原告らごとにグループ分けをし、騒音量の違いに照らし、ある程度概括的、類型的にグループ分けをした上で受忍限度の判断及び損害額の算定を行うことは、前述した航空機騒音の特質に照らすと、あながち不合理とはいえない。
そこで、このような類型的な判断をどのような資料に基づき行うべきかを検討するに、前記認定のとおり、生活環境整備法に基づく区域指定は、おおむね、Lが作成した別紙「WECPNLコンター」(<略>)を基礎とし、道路、河川など現地の状況を勘案して線引きしたものであると認められ、上記区域指定におけるW値は、Lの騒音調査結果に基づいて算出されたW値とほぼ符合するといえる。そして、区域指定の結果告示された区域指定図は、99年調査報告書によっても、実測値に基づいて忠実に求められていると評価されているところであるから、この区域指定図(したがって、前記「W値」欄の数値)は、少なくとも作成当時の騒音状況を前提とすれば、本件飛行場周辺地域におけるうるささの程度などその騒音曝露状況を比較的忠実に表していると評価できる。のみならず、被告が指摘するW値の算出方法の差異のうち、例えば累積度数90%に相当する飛行回数を1日の標準飛行回数とする方法によりW値を算出するという点については、航空機の運航が不定期である軍事空港の場合、住民は、ある一定期間中の平均的な飛行回数ではなく、その期間中の飛行回数の多い日のうるささを基準にうるささを判断することにかんがみれば、累積度数90%に相当する飛行回数を1日の標準飛行回数とすることによって、生活妨害に対する住民の反応について、定期的に飛行が行われている民間空港のそれと同等に評価することが可能であり、合理的であるという研究結果によるものであり、防衛施設庁が定めた「防衛施設周辺における航空機騒音コンターに関する基準」(<証拠略>)もこの研究結果に依拠しているものと考えられ、この点でも生活環境整備法に基づく区域指定は、少なくとも、原告らが主張する共通損害のうち、うるささと密接な関連性を有すると考えられる生活妨害等を理解する上では、合理的な根拠を有するというべきである。そうすると、本件においては、原告らの個々の住居における全体としての騒音量やその程度等については、結局のところ、区域指定図におけるW値の数値や、その地域的な広がりを手がかりとして、概括的、類型的に推認することもやむを得ないというべきである。したがって、被告の主張は採用できない。
ウ 本件飛行場周辺における航空機騒音に関する具体的検討
もっとも、この認定に当たっては、前述のとおり、この区域指定は昭和52年に実施された調査を前提としていると認められるところ、この調査自体が事前調査及び本調査を合計しても17日間にとどまり、現在ではこれらの調査から約27年もの時間が経過しているのに対し、本件においては、前記沖縄県等による調査や被告による測定結果などほぼ最新の、しかも数年という比較的長期間にわたり継続的に行われた信用性の高い調査結果が証拠として提出されていることや、これらの調査に当たり設置された測定地点は、本件飛行場との位置関係においても、また生活環境整備法に基づく区域指定との関係でも、比較的多数にわたり設置されていると評価できること、原告らは前記の生活妨害のほか聴力障害等の身体的被害又はその危険を共通損害として主張しているところ、これらの身体的被害又はその危険を判断するに当たっては、うるささという感覚的な数値のほか、現実に原告らが曝露された騒音の強さが特に問題となり得ることをも無視することができない。
そうすると、原告らの騒音曝露状況を認定するに当たっては、区域指定図におけるW値やその地域的広がりをてがかりとすべきであるが、このW値のみによって騒音の程度を認定するのは相当ではなく、前記調査結果等によって認められるW値のパワー平均値、騒音発生回数、騒音持続時間等のデータによって、これらの区域指定における騒音の程度をできる限り客観的に明らかにする作業が必要不可欠というべきである。
そして、沖縄県及び本件飛行場の周辺自治体による騒音測定結果及び被告による騒音測定結果については、既に詳細に検討したところであり、また、当裁判所が実施した検証の結果についても前に説示したとおりであるが、これらの測定結果等を踏まえ、生活環境整備法に基づく各区域ごとの騒音の状況を類型的に検討すると、次のとおりである。
(ア) W値95以上の区域について
この区域に属するのは、北谷町砂辺(沖縄県調査)及び沖縄市字池原・字倉敷(被告)の各測定地点である。そして、前述したとおり、これらの測定地点においては、いずれの年度においても、おおむね95ないしこれを超える極めて高いパワー平均値が記録されており、また、W値の年間平均値も、おおむね90を超える極めて高い数値となっているから、騒音の程度が極めて激しいことはもとより、うるささの程度も極めて高い。また、騒音発生回数および騒音累積時間のいずれの指数についても、やはり極めて高い数値が計測されているから、騒音に曝露されている程度も極めて頻繁であるというべきであって、騒音に関する上記の状況は、当裁判所が実施したX73宅における検証の結果とも良く符合するというべきである。
また、「音源対策及び運航対策」(第6の3(3))において認定するとおり、本件飛行場については、平成8年3月28日、日米合同委員会において航空機騒音に関する規制措置が合意されたものの、昭和53年度ないし平成5年度までの測定結果と比較すれば、この区域において、騒音発生回数、騒音累積時間等の各指標について、減少傾向は格別認められないし、年間のほとんどの日数において環境基準を超過している状況にも変化がないというべきである。
そうすると、この区域は、現在においてもなお、引き続き相当激しい騒音に曝露されていると評価すべきである。
(イ) W値90の区域について
この区域に属するのは、屋良A、嘉手納、兼久、屋良B(以上、沖縄県調査)及び北谷町字砂辺(被告)の各測定地点である。そして、前述したとおり、これらの測定地点における測定結果には、測定地点によってやや幅が認められるほか、全体として前記W値95以上の区域にはかなり劣るものの、それでも、例えばW値の年間平均値は高い数値が記録されているから、うるささの程度は強いと認められる。同様に、騒音発生回数および騒音累積時間のいずれについても、測定地点ごとに幅が認められ、全体としてみればW値95以上の区域にはかなり劣るとはいえ、高い数値を示しており、測定局によってはW値95以上の測定局を超える騒音発生回数が測定されたものも存在するから、やはり、相当頻繁に騒音に曝露されているというべきである。そして、騒音に関する以上状況は、第1日目の検証の結果(X73宅を除く。)や、X74宅及びX75宅に対する検証の結果ともおおむね良く符合するというべきである。
そして、この区域における騒音の経年変化をみても、平成8年の上記規制措置後にもなおW値等の各騒音指標に格別減少傾向は認められず、環境基準の超過率も相当高いままの状況と認められる。
そうすると、この区域は、W値95以上の区域と比較すればかなり劣るものの、現在においてもなお、引き続き激しい騒音に曝露されていると評価すべきである。
(ウ) W値85の区域について
この区域に属するのは、美原、昆布、上勢、宮城、北美、桑江、栄野比(以上、沖縄県調査)及び嘉手納、昆布、東恩納(以上、被告)の各測定地点である、そして、前述したとおり、これらの測定地点については、測定結果にかなりの差がみられるが、全体としてみれば、例えばW値の年間平均値は高い数値を記録していると認められるから、これらの測定地点におけるうるささの程度は高いというべきである。また、騒音発生回数および騒音累積時間をみても、測定地点によってばらつきがあるものの、全体としてみれば多数回計測されていると認められるから、上記区域は、相当頻繁に騒音に曝露されていると認められる。なお、前述のとおり、嘉手納中学校で実施された第2回検証では、航空機騒音が計測されていないが、この区域においては騒音曝露状況にばらつきがみられることは前判示のとおりであり、しかも、嘉手納中学校における測定自体が35分間という短時間であったから、同中学校における検証結果は以上の認定に矛盾するものではない。
そして、この区域における騒音の経年変化をみても、W値の年間平均値等の指標に若干の減少傾向が認められたものの、その減少幅はごくわずかであり、かえって、平成12年度以降は増加する傾向が認められるから、平成8年の上記規制措置後にもなおW値等の各騒音指標に格別減少傾向は認められない。また、環境基準の超過率も特に平成12年度以降は上昇傾向にあると認められ、測定地点ごとに幅がみられるものの、おおむね年間の半分程度の日数で環境基準を超える結果となっていると認められる。
そうすると、この区域は、W値90以上の区域には劣るものの、現在においてもなお強い騒音に曝露されていると評価すべきである。
(エ) W値80の区域について
この区域に属するのは、八重島(沖縄県調査)、北谷町字吉原、沖縄市字山内、沖縄市字知花及び石川市字山城(以上、被告)の各測定地点である。そして、前述したとおり、これらの測定地点における測定結果をみると、騒音のパワー平均値や騒音累積時間の点では比較的高い数値を記録していると認められるものの、W値の年間平均値には減少傾向が認められ、おおむね70を下回る数値か又は70代前半の数値で推移しており、区域指定におけるW値を超えた日数も全体としてかなり少ないから、これらの測定地点におけるうるささの程度はかなり低く、また区域指定におけるW値との差も少なくないと評価すべきである。のみならず、上記測定地点において環境基準値を超える騒音が実際に計測された日数は、いずれの測定地点においてもかなり少ない数値となっているから、環境基準が完全に達成されているとは認められないものの、年間のほとんどの日数において環境基準を満たす結果となっているということができる。そうすると、W値80の区域における騒音の程度は低いと評価すべきである。そして、このように認定することは、後に「その他の精神的被害について」(第5の6(2))で説示するとおり、沖縄県調査において実施された生活質・環境質調査において、研究委員会が自宅において感じるうるささの程度について5段階の選択肢で回答を求めたところ、「たいへんうるさい」又は「かなりうるさい」と回答した者は合計で27.0%(すなわち、全体の4分の1程度)にすぎなかったこと、これに対して「少しうるさい」と回答した者は41.3%、「あまりうるさくない」又は「まったくうるさくない」と回答した者は合計で25.7%に達したという調査結果ともよく符合するというべきである。
(オ) W値75の区域について
この区域に属するのは、伊良皆、山内(以上、沖縄県調査)及び読谷村字比謝・字座喜味(被告)の各測定地点である。そして、前述したとおり、これらの測定地点においては、比較的に高いパワー平均値が測定されているほか、騒音発生回数および騒音累積時間も必ずしも少ない数値であるということができず、年度や測定地点によってはW値80以上の区域に近似した数値となったこともないではない。しかしながら、この区域におけるW値の年間平均値は、W値80以上の区域よりも更に低く、70を下回っていることはもとより、おおむね65程度にすぎない年度も少なくないのであるから、うるささの程度はかなり低いというべきである。そして、このような傾向は、43分の測定時間内に70dB(A)を超える航空機騒音が4回発生しているものの、全体としてみればdB(A)の値は低く、航空機騒音が5回にもわたり暗騒音(48dB(A))を下回ったという楚辺浄水場における検証の結果にも裏付けられているというべきである。
そして、この区域における騒音の経年変化をみると、平成12年度以降には若干増加傾向を示した年度も認められるが、全体としてみれば、W値の年間平均値等の指標は減少傾向を示していると認められる。また、環境基準の超過率についても減少傾向が認められ、年間のうち数%の日数を記録しているにすぎない。
そうすると、この区域における騒音の程度は、殊にうるささの程度という点において、W値80以上の区域よりも更に劣り、その程度は低いと評価すべきである。そして、このように認定することは、後に「その他の精神的被害について」(第5の6(2))で説示するとおり、沖縄県調査において実施された生活質・環境質調査において、研究委員会が自宅において感じるうるささの程度について5段階の選択肢で回答を求めたところ、W値75の地域においては、「たいへんうるさい」又は「かなりうるさい」と回答した者の割合が合計で11.8%にすぎなかったのに対し、「あまりうるさくない」又は「まったくうるさくない」と回答した者の割合の合計が46.8%に達したという住民調査の結果によっても裏付けられるというべきである。
エ 以上説示したとおり、本件飛行場周辺における航空機騒音の程度には、W値85以上の各区域と、W値80及び75の各区域の間には明確な相違が認められ、W値80及び75の各区域における航空機騒音の程度はいずれも減少しており、現状ではかなり低いと評価せざるを得ない。航空機騒音の程度に関するこのような認定は、旧訴訟(殊に控訴審判決)と異なっているけれども、本件においては、前述のとおり、生活環境整備法に基づく区域指定の基礎となった調査が実施されてから約27年もの期間が経過していること、研究委員会自体も、本件飛行場周辺における騒音曝露状況に関する経年変化を検討した結果、W値75等の低曝露地域における騒音が減少している可能性がある旨を指摘していること、沖縄県は、平成9年度以降、本件飛行場周辺等におけるモニタリングシステムの整備を進め、被告が実施している常時測定の結果と併せて、現在では、旧訴訟の段階と比較すれば、航空機騒音に関し年間を通じてより詳細なデータが得られる環境にあること等の事情にかんがみれば、現時点における本件飛行場周辺の航空機騒音の認定の在り方としては、前述のとおり、生活環境整備法に基づく区域指定を手がかりとしつつも、沖縄県のモニタリングシステムや、被告の常時測定結果等の詳細かつ客観的な資料により得られた結果を踏まえて検討すべきであり、かつ、研究委員会が実施した生活質・環境質調査において示された航空機騒音の程度に対する住民の反応も併せ考慮すべきであると考え、上記のとおり認定した。
2 航空機の墜落等の危険
原告らは、本件飛行場に配備された航空機の墜落事故や飛行中の航空機からの落下物による事故が多発しており、原告らは、このような墜落事故等の危険に昼夜を問わず曝されている旨主張し、原告らの中にも、陳述書において、本件飛行場を離発着する航空機が自分の家に墜落するのではないかという不安感を訴える者が少なくない。
そして、<証拠略>によれば、本件飛行場に配備された航空機の墜落事故や飛行中の航空機からの落下物事故がたびたび発生し、殊に、本土復帰以前の昭和34年ないし昭和43年ころにおいては、石川市宮森小学校へのジェット戦闘機墜落事故など、多数の死傷者が生じるような重大な事故が何回も発生していることが認められる。また、上記の各証拠によれば、本件飛行場周辺には弾薬庫など危険物を保管している施設が存在することが認められるから、原告らが、とりわけ本件飛行場や航空機の離発着経路に近接した地域に居住している者らを中心として、これらの墜落事故等についてかなりの危惧感を抱いていること自体は、理解できないわけではない。
しかしながら、前掲の証拠によれば、本件飛行場において近時に発生している事故とされているものは、そのほとんどがいわゆる緊急着陸であって、過去において発生した墜落事故等と異なり、直ちに周辺住民の人命等に影響を及ぼすものとは認め難いから、少なくとも現時点においては、復帰前を中心として重大な事故等が発生した事実があるからといって、直ちに、本件飛行場の設置、管理や航空機の安全管理等に構造的な欠陥があることまでを推認することは困難といわざるを得ない。そうすると、特に本件飛行場に近接した地域に居住する原告らについては、航空機の墜落の危険が抽象的には存在しないとはいえないものの、現時点では、それ自体独立の加害行為として、すなわち、損害賠償請求権を基礎づけるに足りる具体的な危険まで高まっていると評価することはできないから、原告らの主張は理由がない(もっとも、そうであっても、前記の陳述書における原告らの訴えの内容は、墜落の危険に関する原告らの不安感、危惧感が、航空機騒音と相まって、航空機騒音に曝露されることによって被った精神的苦痛等の程度を更に高めている旨をいうものと理解することができるから、原告らの被害殊に精神的被害の程度や、本件における受忍限度を検討するに当たり、原告らの上記不安感、危惧感を斟酌すること自体は許されると解される。)。
3 排気ガス、振動
(1) 排気ガス
原告らは、本件飛行場を離発着する航空機の飛行やエンジン調整等の際に大量の排気ガスがまき散らされている旨主張し、原告らの中にも、陳述書において、本件飛行場を離発着する航空機の排気ガスによって異臭・悪臭がある、食欲不振や吐き気を催すことがある旨を訴える者が存在する。
一般的に、航空機が排出する排気ガスが大気汚染にいかなる寄与をしているかについては未だ解明されていないといわざるを得ないし、また、本件飛行場周辺においても、本件飛行場を離発着する航空機が排出する排気ガスによって周辺住民がいかなる影響を受けているかを客観的に示す研究成果はない(なお、原告らが身体的被害等の根拠として援用する沖縄県調査(<証拠略>)において実施された生活質・環境質調査の結果によれば、「住みにくい」理由として「悪臭がある」又は「空気が汚い」と回答した者の割合は、W値75の区域に居住する者の割合がW値95以上の区域に居住する者を上回る結果となったことが認められ、悪臭等がW値の上昇と相関関係にあるとは認められない。)。
しかしながら、<証拠略>によれば、航空機が排出する汚染物質、すなわち、一酸化炭素、炭化水素及び窒素酸化物は、1600ccの乗用自動車と比較して相当多く、B―747の1機が離着陸した際に排出される汚染物質の量は、一酸化炭素が304台分、炭化水素が374台分、窒素酸化物が2784台分に相当することが認められる。そして、前述したとおり、本件飛行場においてはジェット戦闘機等の航空機がかなり多数に渡って離発着を繰り返しているから、これらの航空機が排出する排気ガスは相当量に達することが推認される。したがって、原告ら全員が本件飛行場を離発着する航空機の排気ガスによる被害を受けていると認めることは困難であるものの、本件飛行場の近隣に居住する原告ら(例えば、原告X76(原告番号2―299)は、嘉手納町<住所略>(W値85)に居住する者であるが、同人は騒音調整に伴い排出される排気ガスによる被害を訴えている。)については、本件飛行場を離発着する航空機が排出する排気ガスによって精神的苦痛等の被害を受けていると認めることができる。
(2) 振動
ア 原告らは、本件飛行場を離発着する航空機が家屋に強い震動を与えるため、家屋や屋内の家財が損傷される等の被害を受けていると主張し、原告らの中にも、特に本件飛行場の近隣に居住する者を中心として、陳述書において、本件飛行場を離発着する航空機の騒音によって、家屋やガラス窓、家財道具等が揺れる、住宅等のひび割れがある等の被害を受けている旨訴えている。
イ そして、<証拠略>によれば、次の事実を認めることができる。
(ア) 財団法人Mから委託を受けたO大学工学部教授P(以下「P教授」という。が、昭和43年11月1日から昭和44年2月15日にかけて、大阪国際空港周辺において、航空機騒音による建造物の振動現象等を調査したところ、航空機の通過によって地面と家屋は共に震動する、振動加速度は垂直方向のものが水平方向より大きい等の特徴を有することが判明した。P教授は、これらの特徴を踏まえ、航空機騒音が地上に達したときの音圧が直接励振力として働き、地面と家屋全体がほとんど一体となって垂直に振動しているものと思われる、振動の加速度は、航空機の近接とともに増加し、頭上を通過して数秒後に最大値に達し、その後減衰する、一般に不快に感じる程度に振動が大きくなるのはジェット機に限られる、同一測定個所の振動加速度の対数値(dB値)はほぼ騒音レベルに比例するなどと考察している。
(イ) 財団法人Q研究所が運輸省(当時)航空局の委託を受け、福岡空港周辺に所在する建物(木造2階建)を対象として、ジェット機の騒音が家屋の震動に与える影響について調査したところ、屋根瓦及び建屋内柱ともに振動が確認され、その振動は音圧レベルに比例していた。
(ウ) 財団法人R協会(以下「R協会」という。)は、昭和48年から49年にかけて、大阪国際空港周辺及び福岡空港周辺における航空機騒音による家屋建造物の振動調査を行った。
大阪国際空港周辺において実施された調査の結果によれば、屋根瓦の振動は、航空機騒音dB(c)によく対応し、振動加速度と騒音レベルとの間には比例関係があるものの、瓦がずれる被害は判定できなかった。また、福岡空港周辺において実施された第1回調査の結果によっても、調査者は、航空機騒音による家屋建造物の振動が壁に亀裂を生じたり、瓦がずり落ちたりすることの主たる要因であるかと結論付けることはできないとしている。他方、同調査者は、航空機の騒音レベルによっては、家屋建造物が相当大きな振動をしているものと考えられるので、実害を生じる可能性がないと述べている。更に、福岡空港周辺において実施された第2回調査においては、上記第1回調査よりも高い騒音レベルに重点を置いて調査が行われたが、測定対象とした家屋では瓦のずれは認められなかった。
ウ 本件飛行場周辺の家屋が本件飛行場を離発着する航空機の騒音によっていかなる振動を受けるかを示す客観的な研究結果等は提出されていないし、前記認定事実のとおり、航空機騒音によって建物の振動等が生じることを否定する趣旨の調査結果も存在する。しかしながら、前述のとおり、本件飛行場周辺地域のうち特に本件飛行場に近接する地域は、激しい航空機騒音に曝露されていると認められるところ、前記認定事実<証拠略>を総合すれば、航空機騒音によって建物の振動が発生する可能性があり、しかも、こうした建物の振動は航空機騒音が発する騒音の音圧レベルと比例していること自体については、これを肯定することができるというべきである(前記認定のとおり、大阪国際空港の調査者も、航空機騒音によって建物の振動が生じる可能性を否定しているわけではない。)。そして、こうした知見に原告らの前記訴えを併せ考慮すれば、原告らが本件飛行場を離発着する航空機が発する騒音によって、本件飛行場周辺地域のうち特に本件飛行場に近接する高曝露地域においては、本件飛行場を離発着する航空機が発する騒音によって建物の振動が生じ、これによって、当該原告らが不快感等の精神的な被害を受けていると認めることができる。
4 基地汚染等
原告らは、米軍による本件飛行場の使用に伴うPCB汚染等の基地公害や、米軍人による犯罪が多発して周辺住民に不安を与えている旨主張し、原告らの中にも、こうした基地公害や米軍人による犯罪による不安感等を訴えている者が少なくない。そして、<証拠略>によれば、本件飛行場又はその他の沖縄県に所在する米軍施設については、平成9年のディーゼル燃料流出事故や、平成7年に返還された米軍恩納通信所跡地におけるPCB検出事件等の有害廃棄物等による環境汚染が問題とされてきたことや、復帰前はもとより、復帰後においても、なお、平成7年に発生した在沖海兵隊員による女子小学生暴行事件など米軍人等による事件・事故が発生していることが認められる。
前掲の証拠によれば、原告らが加害行為として主張するものの中には、本件飛行場とは直接関係のない他の米軍施設において発生した事件等が少なくなく、また、米軍人による事件・事故も、少なくとも近時においては減少傾向にあると認められるから、原告らが主張する基地公害や犯罪は、前記「航空機の墜落等の危険」で説示したところと同様、現時点においては、それ自体独立の加害行為として、すなわち、損害賠償請求権を基礎づけるに足りる具体的な危険までは至っていないというべきである。しかしながら、原告らが前記陳述書において訴える趣旨は、原告らが航空機騒音に曝露されることによって被る精神的苦痛の程度が、上記基地公害や米軍人による犯罪等によって更に高められている旨をいうものと理解することができるから、原告らの被害殊に原告らの精神的被害の程度や、本件における受忍限度を検討するに当たり、上記各種の基地公害等を斟酌すること自体は許されると解すべきである。
第5被害
1 総論
(1) 被害認定に関する当裁判所の基本的立場
ア 具体的主張・立証の要否
被害(損害)に関する原告らの主張に対し、被告は、まず、個々の原告らについて「身体的被害」等の各種被害が具体的に発生していることを個別具体的に主張・立証する必要があるのに、原告らはこのような主張・立証を行っていないから失当である旨主張する。
確かに、被告が指摘するとおり、本件損害賠償請求は各原告ら個人の損害賠償請求が併合されたものであるし、また、原告らが根拠として挙げる環境権及び平和的生存権といった包括的な権利は、本件差止請求はもとより、本件損害賠償請求においても請求の根拠とはならず、結局のところ、原告ら各人が有する人格権が侵害される限度において、各原告らの損害賠償請求が可能となるものである。したがって、各原告が、個別的かつ具体的に、本件飛行場に運航する航空機の発する騒音等による被害を主張・立証する必要があるといわなければならない。
しかしながら、原告らが本件損害賠償請求において請求し、被害として主張するところは、要するに、原告ら各人は、本件飛行場を離発着する航空機の騒音等によりそれぞれ様々な被害を受けているけれども、このような被害の中には、本件飛行場周辺に居住する限り、原告ら全員が航空機騒音等により最小限度この程度までは等しく被っていると認められる被害があるから、このような被害に伴う精神的苦痛を原告ら全員に共通する損害と捉え、その限度で原告ら各自につき慰藉等を求めるものと理解することができるのであって、このような場合、原告ら各自につき共通する損害につき一律にその賠償を求めることも許されるというべきである(最高裁昭和56年大法廷判決参照)。したがって、本件において原告らが主張する個々の具体的な被害が、例えば生活妨害や、睡眠妨害のように、その性質に照らし、本件飛行場周辺に居住する原告ら全員について同等にその存在が認められるものであったり、あるいは、被害としての性質に照らせば、その具体的内容に若干の差異があっても、原告らの精神的苦痛の性質及び程度において差異がなく、したがって、慰藉料請求という観点からすれば、原告ら各人について慰藉料の額に差を設けるまでの必要はないと考えられるものについては、原告ら全員についてその被害が共通すると認められるのであるから、原告ら個人についてその被害を被った旨の具体的な主張・立証がなくても、損害としての主張・立証に欠けるところはないというべきである。
イ 被告が特に指摘する損害(殊に身体的被害)に関する検討
被告は、原告らが共通損害と主張するもののうち、身体的被害としての性質を有する、<1>聴力損失及び耳鳴り、<2>低出生体重児、<3>幼児問題行動及び<4>頭痛などその他の身体的影響等については、その性質上原告ら全員に共通することはあり得ないから、診断書等によって個別的に立証する必要があり、これらを共通損害として主張することは失当である旨主張する。確かに、これらの身体的被害は、その性質上、本件飛行場周辺に居住しているという事実のみから原告ら全員に共通して発生し又は発生する危険があると認めることはできないのであるから、原告らがこれらの身体的被害に対する慰藉料を請求するのであれば、原告らとしては、本件飛行場を運航する航空機騒音等によって現にこれらの身体的被害を被っている原告らを特定した上、医師が作成した診断書等の客観的な資料によって証明することが必要というべきである。
しかしながら、このような身体的被害についても、ある一定のレベルの騒音に曝露されることによって、本件飛行場周辺に居住するある一定範囲の住民に対し一定の身体的被害が生じる客観的かつ高度の危険性があることが、住民調査、学術研究等の証拠によって明確に認められるならば、そうした身体的被害の危険性のある状態で生活しなければならないという精神的苦痛自体は、前記住民に共通して存在するものと考えることができるのであるから、このような精神的苦痛をもって前記住民らに共通する精神的被害と認めることは許されるというべきである。この観点から身体的被害に関する原告らの主張をみると、原告らは、本件損害賠償請求との関係では、例えば、聴力損失についていえば、原告らの中には難聴や耳鳴りを訴えている者がいるけれども、現にそのような難聴等になったこと自体を原告らの共通損害と捉え、これに対する慰藉料を請求しているのではなく、研究委員会が、航空機騒音が最も激甚と考えられる北谷町字砂辺(以下、単に「砂辺」ということがある。)等の住民を対象として聴力検診を実施したところ、騒音性聴力損失が疑われる者が12名検出され、研究委員会がその原因としては航空機騒音曝露が最も有力と考えられる旨指摘したことなどを踏まえ、本件飛行場周辺に居住する原告ら住民は、航空機騒音によって、等しく、研究委員会が指摘するような聴力損失が発生する危険に曝されており、そのような危険を有する航空機騒音に曝露されながら生活することを余儀なくされているという精神的苦痛が原告らに共通する損害である旨を主張する趣旨と理解することができる。また、他の身体的被害に関する主張のうち、健康に関するその他の影響に係る主張(前記<4>)についても、原告らが、航空機騒音によって健康に悪影響を及ぼす危険性が指摘されている状況の下で生活することを余儀なくされているという精神的苦痛が原告らに共通する損害であり、それに対する慰藉料を求める趣旨と解される。そうすると、原告らの主張は、この趣旨で理解する限り、共通損害に関する主張としては欠けるところはないというべきであるから、被告の前記主張は理由がない。
これに対して、原告らは、低出生体重児(前記<2>)及び幼児問題行動(前記<3>)についても、沖縄県調査等を援用して、航空機騒音によってそのような問題が生じるような環境の下で生活しなければならないという精神的苦痛をもって、原告らに共通する損害と主張すると解される。しかしながら、このような被害によって精神的苦痛を被るのは、その性質に照らし、これらの乳幼児自身か(なお、本件原告らにはこれらの乳幼児自身は含まれていない。弁論の全趣旨)又はこのような乳幼児を持つ親であると考えられ、本件飛行場周辺に居住する原告ら全てが航空機騒音によりこのような精神的苦痛を被っているとは到底考え難いのであるから、原告としては、上記の各損害を主張するに当たっては、このような精神的苦痛を被っている原告らの範囲を特定した上で主張し、具体的にいかなる精神的苦痛を被っているのかを陳述書等で立証すべきであるところ、本件においては、このような主張及び立証はなされていない。そうすると、上記の各損害に関する主張は、それが原告らに共通する精神的苦痛を基礎づける事実と主張する限りにおいては、主張自体失当であり、その前提において理由がない。
(2) 騒音(航空機騒音)の一般的特色
まず、本件証拠によって認められる、騒音の人体への影響及び航空機騒音の特色について主張されている知見等は、およそ次のとおりである。
ア 騒音の人体への影響(以下の事実は、<証拠略>により認める。)
(ア) 国立SのT(以下「T」という。)らは、騒音の人体への影響の発現経路として生理学的に考えられているところについて、次のとおり説明している。
騒音は、外耳道から鼓膜・耳小骨連鎖を経て内耳に入り、有毛細胞に障害を与えることによって、聴力の低下を引き起こす。内耳の有毛細胞において神経インパルスに変換された騒音は、聴神経を経て大脳皮質の聴覚域に達して音感覚を成立させるとともに聴取妨害をもたらす。一方、網様体を経て大脳の新皮質に到達した神経インパルスは、覚醒、睡眠妨害、あるいは嗜好・精神作業妨害を起こす。また、視床下部を介して大脳旧皮質全体を刺激し、不快感、イライラ等の情緒妨害を起こし、更に、食欲・性欲等の本能欲を妨害するに至る。
このような情緒妨害、日常生活妨害がアノイアンスとして捉えられている反応の背景要因を構成するものである。また、これらの影響が一定の限度を超すと、ストレス反応として、視床下部と下垂体を介して、甲状腺、副腎、生殖腺等の内分泌系に影響が現れる。更に、視床下部からのインパルスは、自律神経系を介して循環器系や消化器系に影響を及ぼすと考えられる。
(イ) また、研究委員会は、騒音による健康影響等の発現メカニズムに関する基本的な考え方として、各種研究結果を引用しつつ、次のとおり説明している。
交感神経の緊張に由来する血圧、脈拍数、呼吸数、発汗などの増加、唾液、胃の収縮回数、収縮の強さなどの減少、末梢血管の収縮などの諸変化とともに、内分泌系の影響として、ストレス反応としての副腎髄質ホルモンと副腎皮質ホルモンの分泌異常、あるいは甲状腺ホルモンや性腺刺激ホルモンの分泌異常が報告されている。また、近年、交感神経系、内分泌系及び免疫系の3つが、神経伝達物質、ホルモン、サイトカイン等を介して、互いに影響を及ぼしながら生体の恒常性の維持に当たっていることがクローズアップされ、ストレッサーとしての騒音が免疫機能の低下を介して様々な健康障害や破綻を引き起こす一つの誘因になるとも考えられている。
ストレスの免疫系への影響のメカニズムを考える上で、大脳辺縁系―視床下部―下垂体―副腎軸が特に重要とされている。情動ストレスは、大脳辺縁系、特に扁桃核を刺激し、視床下部の副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(CRH)ニューロンを活性化させ、下垂体から副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)を、続いて副腎皮質からグルココルチコイドを分泌させる。一方、海馬はCRHニューロンに対して抑制的に作用すると考えられている。副腎皮質から分泌されるグルココルチコイドが免疫抑制作用を及ぼす主たるホルモンとされている。
情動ストレスは、また、自律神経系を介して免疫能に影響を与えている。免疫系の各組織(胸腺、骨髄、脾臓、リンパ節)は、交感神経および副交感神経の支配を受けており、その組織形態像から自律神経は血管を介してリンパ組織の微小循環を調節するだけでなく、リンパ球に直接作用している可能性も指摘されている。
心身相関に介在する自律神経系や神経内分泌系の機能を知る手段として血圧や脈拍などの心血管反応が用いられるように、循環器系は、いわゆるストレスの影響を直接反映する臓器である。また、情動ストレスは、本態性高血圧や冠動脈心疾患の促進因子の一つの重要な因子であるとされている。ストレスによる高血圧の発生機序としては、交感神経系の賦活化とそれに伴う腎臓からのナトリウム排泄低下が指摘されている。更に、情動ストレスは、血管れん縮などの血行力学的な面と同時に、血液自体にも作用し、血液凝固機能の亢進や血管内壁の損傷を引き起こし、冠動脈疾患のリスクを増大させる。
ストレス、特に心理的ストレスが生体に機能的異常、器質的異常を引き起こしうることの実証として、消化器系心身症の実験病態モデルが重要な意義を有していることからも、情動と消化器系に強い関連のあることがうかがわれるとする研究結果がある。代表的なモデルは、拘束ストレスにより生ずる急性(ストレス)胃潰瘍や過敏性腸症候群である。発現のメカニズムとしては、ストレスが扁桃体中心核を経て、視床下部の前部・後部を刺激し、交感神経系と副交感神経系のバランスを崩すことにより、胃の潰瘍性病変が生じると推定されている。また、近年、情動ストレスが膵機能に著明な影響を与え、ある条件下では、心身症の一つにも挙げられている慢性膵炎を引き起こすことが報告されている。
慢性的な心身のストレスや急性の情動ストレスがアレルギー疾患の発症や症状の発現に関係していることが、古くから臨床的に観察されている。その機序については不明の点が多かったが、前にも述べたように、脳と免疫系との間には視床下部―脳下垂体―副腎系以外に、サイトカインや神経ペプチドとその受容体を介しての情報伝達が行われていることが明らかにされ、アレルギー発現の機序に関しても次第に明らかにされつつある。また、情動ストレスがアレルギー反応の場である皮膚、気管支、鼻粘膜へ影響を及ぼす機序については、神経系を介した経路とケミカルメディエーター、カテコラミン、神経ペプチド、サイトカイン等を介した液性の経路があると考えられている。症状の出現が情動の影響を受けるものとしては、喘息、アトピー性皮膚炎、アレルギー性鼻炎、慢性蕁麻疹等が報告されている。
(ウ) 他方、被告が指摘するように、昭和44年にモントリオールで開かれた国際民間航空機関(ICAO)の「空港周辺における航空機騒音特別会議」の結論をまとめた同会議報告書、Uの見解、Vの見解など、航空機騒音が人の身体ないし精神面に影響を及ぼすことを否定する知見も存在する。
こうした諸見解のうち、特に、米国環境保護庁が昭和48年に公示したいわゆるEPAクライテリアの要点は、おおむね次のとおりである。<1>騒音は、多くの異なる生理的反応を引き起こす。しかしながら、この反応が連続的に作用すると回復不能の変化を起こしたり、永久的健康への影響をもたらすとする確証は存在しない。<2>騒音曝露が、疲労、いらだち、あるいは不眠症を人に発生せしめるかもしれないが、この点に関する定量的な証拠がはっきりしていない。騒音と、この要因との確固たる関係がこの時点では定まっていない。<3>騒音曝露は、ストレス単独あるいはその他のストレッサーとあいまって一般的ストレスを発生させる。騒音曝露とストレスとの関係も、ストレスの発生が想定される閾域の騒音レベル、あるいはその期間についても解明されていない。<4>環境の中に見受けられるような適度の強さの騒音曝露は、種々の形で心臓血管システムに作用するが、その環境システムに及ぼすはっきりした永久的作用については立証されていない。<5>騒音が、循環障害、心臓病に寄与する要因であるとする予想は、科学的データの裏付けがされていない。
イ 航空機騒音の特色(以下の事実は、<証拠略>により認める(一部争いのない事実を含む。)。
航空機騒音の特色としては、音量が大きいこと、発生が間欠的であること、騒音の及ぶ面積が広大であり、かつ家屋構造による遮音が困難なこと、殊にジェット機の場合、高周波成分を含む金属的な音質を有すること、飛行機の進行に伴いそのレベルや周波数が変動することを指摘することができる。航空機騒音は、こうした特色を有するため、そのやかましさを表すには、一般的に騒音の大きさの単位として使用されているホン(dB(A)だけでは評価単位として十分ではなく、各国において、現在までの知識と経験から、当面の実用のためにW値、NNIなど様々な評価単位が提唱され、環境基準等として用いられているが、未だ、航空機騒音による各種被害の発生を一義的かつ明確に予測できるような絶対的な基準が提示されているとまではいえない。ただし、相対的にみれば、後記の「環境基準」の項において示すとおり、現時点においては、うるささの程度を示すW値が最も適切な評価単位であると考えられる。
2 聴覚被害(聴力障害及び耳鳴り)
(1) 原告らの訴え
原告らは、沖縄県調査により12名の騒音性聴力損失者が検出されたことなどを根拠として、原告らには、本件飛行場を離発着する航空機の異常な騒音により一時的聴力損失となり、これが繰り返されることにより回復不可能な騒音性聴力損失になる危険性がある旨主張する。そして、原告らが提出したアンケート式の陳述書をみても、航空機騒音により難聴(なお、以下では難聴と聴力損失を総合して、単に「聴力損失」という。)や耳鳴りがある旨の訴えをしている原告らが少なくない。
そこで、以下、本件飛行場を離発着する航空機の騒音により、原告らが、その共通損害として、本件飛行場周辺における航空機騒音によって聴力損失の危険性に曝されているといえるか否かについて検討する。そして、前述のとおり、原告らは、沖縄県調査で12名の騒音性聴力損失者が検出されたことを主要な根拠としていると解されるので、まず、沖縄県調査の結果について概観する。
(2) 沖縄県調査結果
(以下の事実は、<証拠略>によって認める。)
ア 概要
研究委員会は、航空機騒音によって聴力損失が生じているか否かを疫学的に明らかにするため、本件飛行場の近傍に居住する住民を対象とした聴力検診を実施し、航空機騒音の曝露による聴力への影響について調査を行ったところ、12例の騒音性聴力損失者を確認した。そして、研究委員会は、聴力損失の要因としては航空機騒音曝露が最も有力であり、また、前記12名の居住者以外にも潜在的な聴力損失を来している者が存在する可能性は十分にある旨結論づけている。
そして、上記研究委員会の結論は、本件飛行場の航空機騒音により聴力損失の危険を被っている旨の原告らの主張の主要な根拠となっているところ、被告は、上記聴力検査の結果等に対し多岐にわたる批判を加えているので、以下、調査委員会がした調査の内容について概観した上、聴力損失の主たる要因は航空機騒音曝露である旨研究委員会が結論づけた根拠について検討する(後記イ)。
(ア) 過去の騒音曝露測定資料に基づく騒音曝露状況の推定
E教授を会長とする研究委員会が、沖縄県の委託に基づき、平成7年度から平成10年度までの間、航空機騒音曝露の実態のほか、航空機騒音曝露が聴力に与える影響や、その他の精神的、身体的影響等について調査を行ったことは、「沖縄県調査に基づく検討」(第4の1(2))で概観したとおりである。
そして、J教授ら研究委員会が、航空機騒音が空港周辺の住民の健康に及ぼす影響は、過去から現在までの騒音曝露の積分値の結果として発現すると考え、過去の測定資料を入手した上、ベトナム戦争(昭和35年ないし昭和50年)当時から現在に至るまでの騒音曝露量の推定を試みたことについても、前記「沖縄県調査に基づく検討」で説示したとおりである。
(イ) 過去の騒音曝露測定資料に基づく聴力損失の推定
研究委員会は、次に、前記(ア)で求めたベトナム戦争当時の騒音曝露から推測されるNITTS(一時性聴力損失)及びNIPTS(永久性聴力損失)を求め、本件飛行場周辺における聴力損失の可能性を検討した。研究委員会が使用したデータは、昭和43年のデータ(測定場所・嘉手納村消防団)については、測定期間中で最もW値が高い日のデータ(2月13日)を用い、昭和47年度のデータ(測定場所・北谷町砂辺)についても、W値が比較的高い日(W値107の日)のデータを用いていることから、研究委員会は、前記(ア)で求めた騒音測定結果のうち、聴力損失の可能性を検討するに当たっては、比較的騒音曝露が高い日のデータを前提としているということができる。なお、NITTSの推定に当たっては、両測定地点における24時間のレベル変動データが必要となるが、研究委員会が入手した資料にはこれを直接認定することのできる記載がなかったため、嘉手納村消防団については北谷町砂辺で測定された30時間録音データを参考として飛行中の騒音の平均的なレベル変動パターンを求めたり、砂辺については騒音のピーク値や継続時間等について仮定を設定する等の方法によって24時間のレベル変動データを求めている。
そして、研究委員会は、これらのレベル変動データを用い、かつ、24時間等価騒音レベルを88dB(嘉手納村消防団)及び87dB(北谷町砂辺)とすることによって、NITTSを求め、24時間でのNITTSの最大値をプロットしたところ、両測定地点ともに、テスト周波数4kHzにおけるc5-dipが認められ、特に、嘉手納村消防団においては、20dBを超えるNITTSが生じているとした。
また、研究委員会は、北谷町砂辺における前記騒音指標に基づき、ロビンソンによるNIPTSの推定式を用い、10年間の曝露期間を仮定して、当時の騒音曝露によって生じるNIPTSを推測したところ、50パーセンタイルでは4kHzのテスト周波数においても8dBの聴力損失しか生じていないが、98パーセンタイルでは25dBを超える聴力損失が生じている結果となった。
更に、研究委員会は、北谷町砂辺や嘉手納町屋良におけるベトナム戦争時における24時間の等価騒音レベルが平均値で83ないし84dBであり、最大値が89dBに達しているところ、日本産業衛生学会が勧告した24時間の騒音曝露における作業環境の許容基準(80dB)と比較すれば、前記のような騒音曝露が長期間に及ぶ場合、永久性の聴力損失が生じる可能性は極めて高いとしている。
(ウ) 騒音地区の住民を対象とする聴力検診
研究委員会は、これらの結果を踏まえ、更に、北谷町で行われたTHI調査において、耳の聞こえに関する質問項目において、騒音曝露との間に関連が認められたことにかんがみ、本件飛行場周辺の住民に騒音による永久性聴力損失(NIPTS)が生じている可能性が十分あると考え、住民に対する聴力検診を実施した。この聴力検診を担当したのは、研究委員会に設置された聴力影響調査部会(部会長・AB大学医学部講師AC(以下「AC医師」という。)である。AD病院耳鼻咽喉科部長AE(以下「AE医師」という。)は、この聴力影響調査部会の委員として、臨床的な診察方法で航空機騒音による聴力損失を受けた者がいるかどうかの調査(診断)を担当した。聴力検診の方法及び結果は、次のとおりである。
a 一次検診
AE医師らは、まず、被験者に対し、騒音性聴力損失の症状(聴力像)を有し、かつそれが航空機騒音に起因する可能性のある被験者を選別するため、一次検診を実施した。この一次検診は、3段階に分けて行われ、初回は、W値90以上100未満の北谷町砂辺区(A)に居住する年齢40ないし69歳の男女を対象とした。対象人口は207名であった。2回目は、同様の年齢で対象を周辺地域に広げて、W値90の嘉手納町屋良区(B)(対象人口475名)と北谷町砂辺のW値85の地域(C)(対象人口474名)で行った。3回目は、25ないし40歳の若年層に対してW値85以上の100未満の北谷町砂辺区(A+C)(対象人口587名)とW値90の嘉手納町屋良(B)(対象人口292名)で実施した。
一次検診の方法は、問診と聴力検査の2つである。まず、研究委員会は、問診票を用いて、耳の聞こえ、耳鳴、既往歴、職業性の騒音曝露歴、頭部外傷、耳毒性薬物(ストレプトマイシン)の使用歴、居住年数等についての聞き取りを行った。上記問診票には、既往歴として、耳の病気(中耳炎)、爆発外傷・頭部外傷、メニエール病、結核(ストマイ、カナマイ)、その他(中毒症)、遺伝性・家族性難聴の各有無を記載する欄が設けられているほか、騒音曝露歴についても、大きな音のする職場で働いていた事実の有無、兵役の有無、パチンコ等の趣味を具体的に記載するように作成されている。
次に、研究委員会は、オージオメーターを使用して、純音聴力検査を実施した。この純音聴力検査は、防音工事の施された公民館の一室に聴力検査ボックスを設置して行われた。ボックス内の騒音レベルは30dB以下で、暗騒音によるマスキングの影響を受けない静穏な環境下で検査が実施された。
40歳から69歳までを対象とした北谷町砂辺区(A)は、平成8年5月18日から20日に検査が実施された。受診者は115名、受診率は55.6%であった。嘉手納町屋良区(B)は、平成9年7月26日及び27日に検査が実施された。受診者は104名、受診率は21.9%であった。北谷町砂辺区(C)は平成9年8月30日及び31日に検査が実施された。受診者は59名、受診率は12.4%であった。25歳から40歳までの若年者を対象とした北谷町砂辺区(A+C)は平成10年7月4日及び5日に検査が実施された。受診者は48名、受診率は8.2%であった。嘉手納町屋良(B)は平成10年9月13日に検査が実施された。受診者は17名、受診率は5.8%であった。
これらの一次検診を受診した343名中、聴力損失が高音域に認められ、かつ、慢性中耳炎の既往歴や職業性の騒音曝露歴がない者が砂辺区で28名、屋良地区で12名の合計40名見出され、二次検診の対象とされた。
b 二次検診
次に、AE医師らは、一次検診により選別された被験者を種々の角度から検査・診察して、航空機騒音による聴力損失が生じていると認められるか否かを診断するため、二次検診を実施した。この二次検診の検査方法は、次のとおりである。これらの検査のうち、<1>及び<2>はAE医師が行い、<3>ないし<6>の各検査は、AD病院の臨床検査技師AF(以下「AF技師」という。)がAD病院耳鼻咽喉科外来の防音室において実施した(なお、AF技師は、日本聴覚医学会が認定する聴力検査の中級コースを修了している。)。防音室内の騒音レベルは30dB以下であった。
<1> 騒音曝露歴、慢性中耳炎、頭部外傷等の傷病歴、ストマイ系・カナマイ系の薬物投与を受ける可能性のある傷病等の有無等について問診した。
<2> 顕微鏡下の鼓膜視診によって、鼓膜の異常所見の有無をチェックした。
<3> 純音聴力検査
騒音性聴力損失は、内耳に障害が生じることにより発生するといわれており、内耳、聴神経等の感音機構に障害のある感音性難聴のうち内耳性難聴であるから、オージオメーターを使用して、気導聴力検査(音が外耳、中耳等の伝音機構及び内耳、聴神経等の感音機構を経由して中枢神経に伝わるレベルを測定する検査)と骨導聴力検査(伝音機構を介さず直接内耳に刺激を与えることにより、中枢神経に伝わるレベルを測定する検査)を行い、気導及び骨導の聴力レベルを測定した。なお、気道聴力と骨導聴力に差がない場合には、伝音性難聴ではなく、感音性難聴であるといえ、差がある場合には、伝音性難聴又は混合性難聴(伝音機構と感音機構の双方に障害がある場合)であるとされる。研究委員会は、より厳密を期すため、混合性難聴も排除している。
<4> SISI(Short Increment Sensitivity Index)検査の実施
感音性難聴には、内耳に障害があることによって生じる内耳性難聴と、聴神経や中枢神経等の聴覚伝道路に障害があることによって生じる後迷路性難聴とがある。騒音性聴力損失は内耳性難聴であるから、感音性難聴のうちの内耳性難聴であるか否かを確認するための検査である。そして、音の強さ(物理量)の増加に対する音の大きさ(感覚量)の増加が正常者に比べて異常に大きい現象がリクルートメント現象(補充現象)であり、これが陽性であれば内耳性難聴であり、陰性であれば、内耳性難聴ではなく後迷路性難聴と推定される。西表技師は、リクルートメント現象の有無を確認するため、1kHzと4kHzにおいてSISI検査を、それぞれの周波数における閾催上20dBで行った。
<5> ティンパノメトリ
鼓膜及び中耳伝音系の障害の有無を調べるために、インピーダンスオージオメーターを使用して、ティンパノメトリを行った。耳管狭窄症や滲出性中耳炎など中耳の異常がない場合には、ティンパノグラムはA型(外耳と内耳の空気圧差がプラスマイナス0のときにピークを迎える型)を示す。
<6> オージオスキャンによる聴力検査(オージオスキャン・オージオメトリ)
純音聴力検査では見過ごされることのあるdipの有無と、dipが存在する場合、その深さを確認することを目的とし、聴力測定装置(オージオスキャン)を使用して、聴力測定を実施した。なお、通常の純音聴力検査が、テスト周波数を固定して検査音のレベルを変化させ、その周波数における閾値を求めるものであるのに対し、オージオスキャン・オージオメトリでは、まず検査音のレベルを固定して周波数を変化させ、あるレベルにおける可聴周波数帯域が求められ、次に、被検者の応答のなかった帯域について、検査音のレベルを上げて、再度、周波数を変化させ、そのレベルにおける可聴周波数帯域を求めるという方法を繰り返す。AE医師らは、厳密に検診をする観点から、通常の臨床では1オクターブずつの周波数について検査するところを、高音部である3000Hz及び6000Hzも追加して検査し、また、音の強さについても、通常は5dB単位で行うところを、更に細かく1dB単位で変化させて検査した。
(エ) 結果
研究季員会は、以下の4条件を満たすことを基本に、二次検診の成績を総合的に評価した。
<1> 鼓膜検診による異常所見がなく、ティンパノグラムがA型で、かつ、純音聴力検査で気導・骨導差が認められないこと。これにより、伝音性の障害が否定される。
<2> SISI検査によるリクルートメント現象が陽性であること。これにより、後迷路性ではなく内耳性の障害であると推定される。
<3> 純音聴力検査及びオージオスキャン・オージオメトリの結果、高周波域にdipあるいはdipから更に進行したと考えられる聴力損失が認められること。
<4> 聴力損失の原因となるような既往歴や職業性の騒音曝露歴がないことが問診により確認されること。
そして、研究委員会は、以上の条件にかんがみて検診成績を検討した結果、感音性聴力損失の症例を北谷町砂辺区で10例、嘉手納町屋良区で2例の合計12例確認した(なお、この12例は平成11年3月の最終報告段階の数字であり、平成8年12月の中間報告段階では、北谷町砂辺区(A)住民を対象とする聴力検査で発見されたうち8名が騒音性聴力損失者として報告されている。)。研究委員会は、これらの聴力損失の要因としては、航空機騒音曝露が最も有力であると結論づけている。
イ 聴力損失と航空機騒音に関する研究委員会の見解
研究委員会が、12例の被験者の聴力損失の主因が航空機騒音であると疑う理由は、次の7点である。
<1> 地域集積性
北谷町砂辺区の40歳から69歳までを対象とした検診において、聴力損失ありと確認された9名(なお、残りの1名は33歳の男性である。)を防衛施設庁のW値の区分ごとに分類すると、W値85以上が1名、W値90以上が2名、W値95以上が6名であり、W値の区分と聴力損失の間には有意な量反応関係が判断できる。また、前記の検診について地理的分布を求めると、右図のとおり、聴力損失を有すると判断された者は、飛行経路又は本件飛行場のフェンスに近い位置に偏る傾向がみられる。
<2> 聴力に関するアンケート調査の結果
前記THI調査において、「日ごろ耳の聞こえがわるいほうですか」という問いに対して、「はい」と答えた者の比率とW値との関係を多重ロジスティック回帰分析により検討すると、W値95以上の地区(北谷町砂辺区)でオッズ比が2程度の値となっており、耳の聞こえが悪いと回答した者の比率が有意に高くなっている。なお、他の曝露においては、対象群との間に有意な差が検出されていないが、W値85以上の群からW値95以上の群にかけて、オッズ比の上昇傾向が認められるため、W値90以上の群から耳の聞こえへの影響が生じている可能性がある。
<3> 騒音曝露の実態
ベトナム戦争時における砂辺及び屋良の騒音は、激甚なものであり、聴力損失を来さないためのアメリカ環境保護局(EPA)のクライテリアであるLeq(24)=70dBを大きく上回り、日本産業衛生学会の聴力保護のための騒音許容基準(24時間曝露で80dB)をも上回る。
<4> NITTS、NIPTSの予測結果との符合性
前述のとおり、研究委員会は、過去の騒音曝露記録からNITTSを推定し、これに基づきNIPTSの予測値を求めているが、W値95以上の地区において、受診者66人中に騒音性の聴力損失を有する者が6人確認されたことは、前記NIPTSの予測結果とも符合する。
<5> c5-dipと騒音性聴力損失との関係
騒音性聴力損失は内耳性聴力損失であり、その初期においてはc5-dip型という独特な聴力像を示す。c5-dip型の聴力損失が直ちに騒音性聴力損失を意味するものではないが、c5-dip型と騒音性聴力損失との関係は、他の疾患とは比較にならないほど特異性が高い。
<6> 聴力損失の原因となりうる他の要因の排除
聴力損失を来す可能性のある疾患の有無、騒音作業歴を排除するため、一次検診、二次検診のそれぞれにおいて問診を実施した。また、騒音性聴力損失を疑われ地域集積性を認めた9例については、自宅を訪問して既往歴を再確認した。基地のガードマンとして2、3年働いていた者1名を除くと、職業的騒音曝露歴のある者はいないことが確認された。
<7> 居住年数
永久性騒音性聴力損失が発現するには、多くの場合、8ないし10年以上の曝露年数が必要であるとされる。今回研究委員会が騒音性聴力損失と認定した12名の居住年数は19ないし43年であり、十分長い騒音曝露年数である。
ウ 疫学的因果関係立証の基準による考察
研究委員会は、更に、関連の整合性など疫学的因果関係に関する5つの判断条件を検討し、上記調査結果はこれらの判断条件を全てを完全に満たすものではないが、総合的に評価すれば、航空機騒音への曝露と本件飛行場周辺住民に認められた聴力障害の発生との間に強い関連があることを示すものであるとしている。また、研究委員会は、因果関係の判断は、公衆衛生学の観点からは政策的判断としての性格を持つものであり、その判断が疾病や障害の予防に生かされることに意義があるとして、飛行回数の制限や飛行経路の変更などを含めた発生源対策を早急に実施することを要望している。
(3) 騒音の聴覚に与える影響についての学術研究等
本件証拠により認められる、これまで公表された騒音の聴覚に与える影響に関する各種の医学的知見や実験室等における各種研究結果等の内容は、おおよそ次のとおりである(以下の事実は、<証拠略>により認める。)。
ア 騒音職場に長年勤務した者の聴力を測定してみると、3000ないし6000Hz、特に4000Hz付近の聴力が最も強く障害を受けていることが判明するが、この4000Hz付近の聴力損失は、騒音性聴力損失の重要な特徴の1つとされており、オーディオグラム上で音階のc5にほぼ等しい周波数のところで深い谷を形成することから、c5-dipと名付けられている。この谷は、聴力低下の進行とともに深く広くなり、次第に会話音域(500ないし2000Hz)の聴力損失へと波及する過程をたどると考えられている。これに対し、老人性難聴及び薬物に起因する難聴は、c5-dipの場合より高い周波数から始まり、また、より低い周波数へと進行するものである。もっとも、c5-dipの全てが騒音曝露に起因するとまではいえず、一酸化炭素中毒の場合にもc5-dipが出現するとの報告もある。
騒音曝露による聴力の変化として、一時的域値移動(noise induced temporary threshold shift。略してNITTS又はTTSという。)と永久的閾値移動(noise induced permanent threshold shift。略してNIPTS又はPTSという。)が区別され、前者は騒音曝露直後の一時的な聴力低下を指すもので、時間の経過により回復可能なものであるが、後者は、聴力低下が固定し、回復しないものをいう。クライターらによる研究の成果によると、NITTSは、NIPTSと密接な関係を有するといわれており、特に、CHABA(アメリカ合衆国国立科学アカデミー聴覚・生物音響学・生物力学研究委員会)の答申によれば、1日8時間、常習的(週5日以上)、長年月(具体的には、例えば10年といった数字が有力である。)曝露の場合のNIPTSは、正常聴力を有する生年が同一騒音に8時間曝露され、2分間休止したときのNITTS(NITTS2又はTTS2)にほぼ等しいとされている。
そして、NIPTSの研究には現場調査が必要であり、この場合、聴力に影響を与える多くの要因に対する条件規制が十分に行い得ないなどの欠点があるので、集団的に観察した場合にNITTSとNIPTSに密接な関係があると仮定し(これをTTS仮説ということがある。)、NITTSを指標として、騒音の聴覚に対する影響や許容値の設定を研究する方法が活発化している。こうした従来の研究は、主として職場騒音による労働者の聴力の保護を目的として、労働衛生上の見地から行われてきたものであるが、このような研究とともに、環境騒音としての一般公衆に対する騒音の影響についての研究がE教授らによって進められている。
もっとも、NITTSとNIPTSの関係は単純なものではなく、多数の統計的資料から巨視的にみると、一般的には、ある騒音曝露条件の下でのNITTSによって、その騒音曝露条件の下でのNIPTSを統計的に予測すると考えられるが、特定の個人については、NITTSからNIPTSを予測することは困難であると考えられている。
イ E教授は、定常高周波騒音に連続曝露された場合と非定常騒音に間欠的に曝露された場合の2つの観点から、工場に勤務する従業員の聴力損失の程度について調査を行い、その結果を昭和31年に発表した。E教授が定常騒音の騒音源としたのは紡績工場など3つの工場における騒音であり、非定常騒音の騒音源としたのは、片手ハンマーを使用する鋼板のけがき作業による騒音、ニューマチック・ハンマーを使用する鋲打等の作業による騒音、両手ハンマーを使用する鋼板の歪取等の作業による騒音、製缶作業による騒音の4種類である。このうち、けがき作業による騒音の音圧レベルは95ないし103dB(平均99dB)であり、E教授がこの騒音の曝露様式を知るためにけがき工2名に対し約30分間タイムスタディーを行ったところ、従業員は自己の主作業が発生する騒音に平均27%、暗騒音に73%の割合で曝露されていた。
E教授は、上記の各騒音の騒音測定に加えて、当該騒音の発生作業を主作業とする従業員の聴力測定や聴力損失の程度に関する検討を行った結果、音圧レベルで101dBの定常騒音に曝露された場合におけるPTSと、等価平均レベル93dBの非定常騒音に曝露された場合におけるPTSがほぼ等しい値を示したことから、聴器に伝達された音響総エネルギーが等しい場合には、非定常騒音の方が定常騒音よりも聴力損失はより大きいと結論付けている。
ウ AGを会長とする騒音影響調査研究会は、大阪国際空港周辺で録音した航空機騒音を再生し、防音室内で10余名の男子学生に曝露する実験によって、航空機騒音によるTTSの発生に関する研究をし、その結果を昭和46年度の報告書にまとめている。その結果は、概要次のとおりである。
曝露音は、大阪国際空港周辺で録音したDC―8機の離陸時の騒音で、ピークを含む約70秒間の騒音を使用した。ピークレベルは、100dB(A)、95dB(A)、92dB(A)、89dB(A)の4種で、これらを2分に1回の割合で発生させた。ピークレベル100dB(A)については96回まで、95dB(A)、92dB(A)及び89dB(A)については256回までの曝露を行った。また、ピークレベル95dB(A)で4分に1回の割合で発生する騒音について、128回までの曝露を行った。被検者は22ないし24歳の聴力正常な男子学生4名で、同一条件の実験を5名について行って得た値の平均値を採用した。その結果、TTSはオフタイムも含めた総曝露時間の対数に関してほぼ一次式の関係で増加すること、92dB(A)を2分間に1回の割合で曝露した場合と、95dB(A)を4分間に1回の割合で曝露した場合では、曝露した総エネルギーは等しいと考えられるのに、TTSの値は前者の方が有意に大きかったことが分かった。
エ E教授らは、上記ウの実験と一般的な条件を同様にした上、ピークレベルを100dB(A)、95dB(A)、92dB(A)、89dB(A)、86dB(A)、83dB(A)、80dB(A)及び75dB(A)の8種類とし、曝露を2分間に1回とし(ただし、95dB(A)については、4分間に1回の曝露も行った。)、曝露時間をピークレベル100dB(A)では約192分、それ以外では512分(8時間32分)とした実験も行った。その結果、<1>TTSは、オフタイムも含めた総曝露時間の対数に関して、ほぼ一次式の関係で増加する、<2>ピークレベルが比較的低い80dB(A)の騒音であっても、長時間曝露を行えばTTSが生じる、<3>TTSを生じるかどうかの限界のピークレベルは75ないし80dB(A)の範囲にあると考えられる、<3>5デシベル、10デシベルのTTSを与える場合のNNIは、それぞれ48ないし60、56ないし63、また、ECPNLは、それぞれ81ないし93、88ないし95と考えられ、曝露条件によってばらついている等の結果が得られたとしている。
オ AH大学耳鼻咽喉科教授AJ(以下「AJ教授」という。)らは、昭和52年、職場騒音のみならず環境騒音を負荷騒音とし、どの程度の負荷レベルと負荷時間でNITTSと呼ぶことのできる閾値変動が生ずるかを明らかにするための実験を行った。その結果は、次のとおりである。
20歳ないし40歳の5名を被験者とし、この被験者に対し、羽田国際空港付近で録音したボーイング747型機の上昇通過時のフライオーバー騒音(99dB(A)。なお、そのLeqは86.8dBである。)を2分間隔で8時間負荷し、1時間ごとに、規定の騒音曝露回数の終了時にTTS2等を測定した。その結果、AJらは、被験者5名のうち1名(C例)についてTTS2が認められたとした上で、この負荷実験は屋外で連続的に騒音に曝されている状況を想定してのものであり、多少なりとも、特に高音域で遮音性のある家屋内での生活を考えると、こと純音聴力に関しては心理的影響ほど悪影響を考えなくてもよいのではないか、しかし、この99dB(A)の実験で認められた例のTTS2が102dB(A)、105dB(A)の負荷実験により明瞭に認められ、また他例でも同様な傾向が認められるのであれば、このレベル付近にTTS2を出現させる危険の限界がある可能性も高いので負荷実験を重ねる予定であるとしている。
カ 財団法人R協会がAJ教授ら(なお、AJ教授は昭和52年秋に死去したので、その後はAK大学教授AL(以下「AL教授」という。)らに委託して、昭和52年から3か年にわたって実施した航空機騒音によるTTSの発生及びその回復経過についての研究の結果は、次のとおりである。
すなわち、空港付近で録音したB―747機の上昇時の騒音を、負荷騒音以外の騒音が入らない部屋で再生し、被験者に対し2分30秒間に1回の割合で8時間連続曝露(ただし、聴力検査のため、1時間ごとに3ないし5分曝露が中断される。)したところ、ピークレベル93dB(A)、96dB(A)、99dB(A)、102dB(A)、105dB(A)の各騒音の曝露で4000HzのTTS2が4dB(A)以上であった者の割合は、順に9.3、24.0、19.1、25.6、22.5%であり、同TTS2の平均値は、順に0.89、1.66、2.19、2.04、1.98dB(A)であった。また、105dB(A)の騒音を8時間曝露した後でも、30分経てば、TTSはほとんど回復していた。
以上の結果に基づき、AL教授らは、航空機騒音では、騒音の増加につれて4000Hzの典型的なTTS出現者が次第に増加しており、99dB(A)以上であれば何らかの作用を聴覚器に与えることは否定できないけれども、騒音曝露によるTTSの上昇が平均2.2dB以下と小さくてその存在を証明しにくいことから、航空機騒音の連続8時間曝露によるTTSの上昇を認めることは困難であり、前記のとおり、105dB(A)の騒音を8時間曝露した場合でも30分経てばTTSはほとんど回復しているところから、航空機騒音に曝露されても短時間で聴力は回復しうると推定されると結論づけている。
(4) 騒音に関する各種聴力保護基準
次に、原告らは、一定の騒音に曝露された場合に一時的な聴力損失が生じ、これが積み重なって永久的な聴力損失が生じることは、騒音に関する各種聴力保護基準によっても明らかである旨主張するので、以下、聴力保護のため定められた保護基準について検討する(以下の事実は、<証拠略>によって認める(一部争いのない事実を含む)。)。
ア EPA(アメリカ合衆国連邦環境保護庁)が昭和49年に公表した資料によれば、最も騒音による影響を受けやすい4000Hz付近において、5dB以上のPTS(聴力レベルにおける5dB以下の変化は、一般的に無視できるか、重大ではないと考えられるとしている。)が生じないように実質的に全ての住民を保護するための騒音レベルとしては、40年間にわたり1日8時間年間250日の騒音曝露という条件設定の下において、Leq(8)73dBという数値になる。そして、EPAは、間欠騒音による聴力損失の推定については等エネルギー法則は適用できないとして、TTS2仮説に基づき、Leqに5dBの補正値を加えた上(E教授は、この結果、聴力保護基準値が高くなることとなり、危険側に5dB補正したこととなる旨説明している。)、等エネルギー法則に基づいて、年間365日曝露及び1日24時間曝露の各補正をすると、Leq(24)71.4dBとなり、これを安全限界に引き直して、聴力損失から保護するための間欠騒音のレベルをLeq(24)70dBとした。E教授の説明によると、Leq(24)70dBは、W値でいえばほぼ85に相当するとされる。
イ 産衛協の許容濃度等委員会は、昭和44年3月30日、聴力保護の立場から、常習的な曝露に対する騒音の許容基準を次のとおり定めた(次表中の480分ないし30分の各欄は、許容オクターブバンドレベル(dB)を示す。)。産衛協は、この許容基準以下であれば、1日8時間以内の騒音曝露(なお、上記基準においては、90dB(A)の騒音を基礎としている。)が常習的に10年続いた場合にも、永久的聴力損失を1kHz以下の周波数で10dB以下、2kHzで15dB以下、3kHz以上の周波数で20dB以下に止めることが期待できるとしている。
中心周波数(Hz)
480分
240分
120分
60分
40分
30分
250
98
102
108
117
120
120
500
92
95
99
105
112
117
1000
86
88
91
95
99
103
2000
83
84
85
88
90
92
3000
82
83
84
86
88
90
4000
82
83
85
87
89
91
8000
87
89
92
97
101
105
上記基準は、連続的な騒音曝露を予定したものであるが、間欠的な騒音については、休止時間を除いた実際曝露時間を合計することによって求められる。これは、休止による回復を考慮しないで、安全面を強調した算出方法である。そして、航空機騒音では、周波数が変動するが、この基準の基礎となっている、90dB(A)、8時間曝露を基準にし、5デシベルルール(5dB上昇するごとに時間を半分にする。)によると、95dB(A)で4時間、100dB(A)で2時間、105dB(A)で1時間、110dB(A)で30分程度の曝露まで許容されることになる。
(5) 本件飛行場及び他の飛行場における騒音の影響に関する住民調査等
更に、本件飛行場及び他の飛行場での周辺住民に対する聴力障害に関する実地調査等の結果は、次のとおりである(以下の事実は、<証拠略>により認める。)。
ア 住民健康調査委員会の北谷町住民に対する健康度調査によると、通常のTHI法の質問項目に加えて、「日ごろ耳の聞こえがわるいほうですか」という質問をして、その回答状況を集計した。その結果は、「はい」と回答した者は、W値95以上群が21.9%、W値75ないし90群が10.8%、対照群が10.6%であり、また、「どちらでもない」と回答した者は、W値95以上群が17.8%、W値75ないし90群が16.6%、対照群が14.1%であって、耳の聞こえが悪いと感じている者の割合は、W値95以上群、W値75ないし90群、対照群の順に多かった。
同研究会は、この結果について、航空機騒音によって聴力に影響が現れている可能性を示唆するものとしている。
イ H教授省が、昭和39年から昭和45年までの期間に継続研究として、横田飛行場周辺において実施した調査のうち、第2、第3年度に行った児童に対する聴力検査の結果は、次のとおりである。
すなわち、横田飛行場の近辺で騒音の激しい地域にある拝島第二小学校の児童56名と、比較的騒音の低い地域にある東小学校の児童41名の聴力損失の度合を比較すると、前者の方が<1>平均値では1000Hzと8000Hzを除く全周波数で損失の度合いが大きく、最大の4000Hzの聴力損失値の差は6.7dB(右耳5.3dB、左耳8.0dB)であり、<2>中央値では全周波数で損失の度合が大きく、最大の4000Hzでの差は7.8dB(右耳7.0dB、左耳8.6dB)であった。また、<3>c5-dipを示す者が、拝島第二小学校では2分の1ないし3分の1の者にみられた。なお、昭和41年から昭和44年まで拝島第二小学校の児童20名前後に対して行った追跡調査の結果でも、平均値で各学年を通じて4000Hzの聴力損失が大きく、ディップ状をなしていた。
ウ F医師を代表とする騒音被害医学調査班が、昭和61年から62年にかけて、小松基地騒音差止等訴訟の原告及びその家族の合計125名(生活環境整備法上の区域指定におけるW値75ないし90の区域に居住)を対象にして行った聴力検査の結果は、次のとおりである。
いずれか1耳の六分式法による平均純音聴力損失値(MAA)が20dB以上の者は56名(44.8%)であり、また、いずれか1耳の4000Hzの聴力損失値が30dB以上のc5-dipのパターンを示す者が27名(21.6%)であった。このうち、60歳以下の騒音職歴、耳疾患のない者55名に限定すると(なお、上記原告中、家族集団中には騒音曝露職場での職歴のある者が54名(43.2%)存した。)、1耳のMAAが20dB以上の者は17名(30.9%)、1耳に30dB以上のc5-dipを示す者は7名(12.7%)あり、60歳以下の騒音職歴、耳疾患のない者中にこれら聴力障害を示す者の占める割合は、非騒音地域のそれと比べて統計学上有意に高率であった。
また、昭和62年に小松基地周辺の騒音地域(区域指定におけるW値85ないし90)から117名、非騒音地域から62名をそれぞれ選んで聴力検査を行った結果によれば、上記騒音地域住民117名について、1耳のMAAが20dB以上の者、耳に30dB以上のc5-dipを示す者の人数は、それぞれ63名(53.8%)、46名(39.3%)であり、非騒音地域に比べて有意に高率であり、60歳以下の騒音職歴、耳疾患のない者に限定しても、それぞれ10名(31.2%)、7名(21.9%)であって、同様に統計上有意な差を示した。
更に、上記一連の聴力検査を受けた304名から、全周波数について測定した262名を選び出し、そこから騒音職歴のある者、耳疾患のあった者、左右のMAAの差が10dB以上の者などを除いた125名について、そのうち騒音による影響をみるのに適した50歳以下の集団(騒音地域38名、非騒音地域26名)を比較したところ、各周波数についての平均聴力損失値及びMAAのいずれについても、騒音地域の集団の方が非騒音地域の集団に比べて大きく、統計上有意な差を示した。これについて多変量解析の数量化・類法を用いて分析したところ、騒音地域と非騒音地域は、MAAで約6dBの差を示しており、その相関係数もかなり高かった。
エ 財団法人R協会が、AJ教授に調査を委託して(なお、AJ教授は昭和52年秋に死亡したので、その後の調査は財団法人AMに引き継がれた。)、昭和46年度から9年間にわたり行った聴力調査の結果は、次のとおりである。
大阪国際空港、東京国際空港、福岡空港周辺の航空機騒音が激しい地域にあるなど環境騒音が激しいことが常識的に明らかに認められる兵庫県伊丹市地区(W値85以上)ほか5地区(有騒音地区)と、環境騒音がほとんど認められない岩手県宮古市郊外花輪地区の農村地帯ほか4地区(無騒音地区)について、同じ居住地に7年以上住んでいること、昼間も同じ地域にいる人で他の地区に勤務に出ないこと、満17歳から40歳であること等の条件を満たす者を検査対象とし、更に、騒音職歴のある者や耳疾患のある者など感音性難聴や伝音性難聴のある者を除外して、250ないし8000Hzの純音域値検査を行い、その成績を比較したところ、<1>聞こえのレベルと年齢との間の相関係数からは、有騒音地区と無騒音地区の間に差が認められなかった。また、<2>4000Hzの聴力は騒音性聴力損失にとって重要であるが、4000Hzの低下度からみても、有騒音地区の合計では1432耳中32耳(2.1%)、無騒音地区の合計では1303耳中36耳(2.7%)に低下がみられ、有騒音地区に低下例が多いという傾向は認められなかった。更に、<3>聞こえの平均値の低下傾向も有騒音地区に認められやすいということもなかった。
報告者は、以上の結果を踏まえ、空港周辺、市街地などの騒音が純音聴力の年齢変化に影響を及ぼしてその衰退を促進するとは考えられないと結論付けている。
オ AJ教授らの行った環境騒音の純音聴力への影響調査の結果は、そのまとめにおいて、有騒音地区については、兵庫県伊丹市地区(有騒音地区)について「最も低下傾向が大きく現れると予想していた兵庫県伊丹市地区では、2回にわたる調査でもほとんどこの傾向が否定された」とし、しかし、東京都大田区羽田地区(航空機騒音)では、「男性群、女性群ともに高音域では低下傾向がうかがわれた」、東京都江戸川区地区(都市、道路騒音)についても、「東京都大田区羽田地区に次いで影響の考えられるものであった」として、「騒音の種類のいかんにかかわらず、環境騒音と呼ばれる騒音にさらされている人達には、その騒音の影響が純音域に多少なりとも現れていると考えてよいように思われる。これは各種の環境騒音に常に囲まれている都市生活者の持つ宿命と考えてもよい」として、環境騒音への影響を必ずしも否定しない形で総括する一方、無騒音地区についても、一部の地域、年度について低下傾向が認められたとして、その原因について更に検討したいとしている。
カ 財団法人R協会の委託を受けた財団法人AM(人体影響専門委員会。以下「同委員会」という。)が、昭和55年ないし昭和57年度に、東京、大阪両国際空港及び福岡空港周辺において、一般主婦合計67名を対象として実施した個人別騒音曝露量の調査の結果(同委員会が実施したその他の調査の結果等については、後記「原告らが主張するその他の健康被害について」(第5の3)で認定する。)は、次のとおりである。
同委員会は、大阪、東京国際空港及び福岡空港周辺に住む対象者に、それぞれ3ないし7日間にわたって小型の携帯用等価騒音レベル計を常時携帯させる等の方法で、各人が実際に曝露されている騒音のエネルギー量を測定した。対象者の大部分が職業を持たない主婦で、居住地のW値によって、90以上の地域、80ないし90の地域、70ないし80の地域、70以下の地域の4グループに分けられた。まず、各対象者の家屋外における騒音レベルのLeq、すなわち、各対象者が一日中自宅付近の屋外で過ごしたと仮定した場合の屋外騒音曝露量は、航空機騒音以外に大きな騒音源がない場合、地域のW値値に対応した値を示していた。
しかし、同委員会が対象者が曝露された全ての音のエネルギーを24時間にわたって平均した値であるLeq(24)を算出したところ、3空港間においても、また、各空港ごとのW値の異なるグループ間においてもLeq(24)に大きな差はなく、例えば、地域全体としての航空機騒音レベルは大阪空港周辺が他の2地域よりも高いにもかかわらず、Leq(24)は大阪空港周辺の値が他の2地域の値よりも低く、大部分が60ないし65dB(A)の範囲内にあった。そして、この数値は、従来この種の調査における職業に従事していない一般主婦のLeq(24)の値とほぼ等しい値(事務労働者Leq(24)70ないし75dB(A)よりも低い。)であり、空港周辺に居住する成人女性の騒音曝露量が一般主婦のそれとほぼ同程度であるという結果になった。この結果について、同委員会は、対象者の大部分が1日の大半を家庭内で過ごす専業主婦であったため、家庭内で受ける航空機騒音のエネルギー量が家屋によってかなり減衰されたこと、仮に屋外で90dB(A)の航空機騒音が家屋によって20dB減衰されると、屋内では70dB(A)となるところ、屋内で頻繁に発生している音、例えばテレビの音、人の話し声家庭電気機器の立てる音なども70dB(A)に近いかそれ以上になることもしばしばあることなどを述べ、少なくとも、屋内では、エネルギー的に見る限り、航空機騒音の影響はごく小さいものとしている。
以上の結果から、同委員会は、対象者の総曝露量に対する環境騒音の寄与率は小さく、大部分が対象者自身の生活行動に伴って発生する音によることが明らかになった、耳に入る音のエネルギー量によってその影響の大きさがほぼ決定されるといわれている聴覚への影響は、今回の対象地域の住民には生じていないであろうことが確認されたと結論づけている。
キ 更に、同委員会は、大阪国際空港周辺の小学校4校の6年生学童58名を対象として、昭和55年度から昭和57年度までの3年間にわたり、個人別騒音曝露量調査を実施した。その結果、W値の異なる地域にある4校間でLeq(24)の平均値に有意差はなく、75ないし76dB(A)の範囲であり、一般主婦の場合(上記カ)に比べてかなり高かった。また、生活行動別にみても、「登校から授業開始まで」に対応するLeqにおいてのみ対照校が低値を示しただけで、その他の行動に対応するLeqにはW値に対応した有意差は認められなかった。
同委員会は、上記結果を踏まえ、学童が受けている音のエネルギーの大部分は自分達の発生する音によるものであると結論づけている。
ク 研究委員会は、99年調査報告書において、航空機騒音によって騒音性聴力損失を生じさせることを肯定する最近における報告として、台湾の研究者であるANらによる調査結果を引用している。ANらは、航空機騒音が学童の聴力に及ぼす影響を明らかにすることを目的として、空港の飛行路の下に位置するA校と、空港から離れて位置するB校の、一貫して同じ小学校で教育を受けた6年生(A校については228名、B校については151名)を対象として、明確な耳疾患の病歴を持つ生徒を除外して、聴力検査を実施し、A校とB校のPTA(0.5kHz、1kHz及び2kHzにおける平均聴力閾値)、HPTA(4kHz、6kHz及び8kHzにおける平均聴力閾値)及び4kHzの閾値を比較したところ、空港近傍のA校において有意に高いレベルを示したとした(以下、「ANの研究」という。)。
(6) 沖縄県調査における騒音性聴力損失認定に関する検討
原告らは、沖縄県調査の結果等を根拠として、本件航空機騒音により原告らが聴力損失の危険を被っている旨主張するところ、被告は、沖縄県調査の結果、12例の騒音性聴力損失者が検出されたという点について、<1>検診対象者の選定が不適切である、<2>検診に当たり十分な問診が行われておらず、騒音性聴力損失を認定するに当たって必要不可欠な事項に関する問診結果が欠落している、<3>聴力損失者と認定された者のうち、2例については誤差とはいえない15dB以上の気道・骨導差が存在し、更にその誤差が15dB以下の者も多数あるから、聴力損失者と認定された者の中には、伝音性聴力損失又は混合性聴力損失の者が含まれている可能性が否定できない、<4>c5-dip型の聴力損失者は、通常の一般成人の中にも一定割合で存在するから、オージオグラムにおいてc5-dip型を示したとしても、それだけで騒音性聴力損失と判断することはできず、殊に騒音性聴力損失と老人性聴力損失との区別は極めて困難であるところ、加齢による影響を補正するため研究委員会が採用した方法は、騒音性聴力損失を認定する場合に一般的に認められている方法ではないから、騒音性聴力損失と断定することはできない、<5>航空機騒音等の環境騒音に曝露された場合には、通常、左右両耳において等しく騒音曝露を受けるため、気導聴力は左右等しく失われるが、研究委員会が聴力損失者と認定した者には、気導聴力の左右差が大きすぎる者が認められるから、聴力損失の原因としては航空機騒音曝露以外の原因か疑われるとして、多岐にわたる批判を加えた上、沖縄県調査は原告らの聴力損失の危険性の根拠となり得ない旨主張する。
そこで、以下、被告の主張を踏まえ、研究委員会がした検診結果について検討する。
ア 対象者の選定(前記<1>)について
被告は、まず、騒音性聴力損失が発生するためには、長期間騒音に曝露される必要性があり、騒音地域に長期間居住している必要性があるが、そうであれば、25歳から40歳の若年層を対象とした第3回の砂辺地区と屋良地区における検診は、騒音性聴力損失が発生するために必要な期間の騒音曝露の要件を満たしていないことになり、検査対象者の選定が不適切であった旨主張する。
しかしながら、<証拠略>によれば、研究委員会が、第1回及び第2回の一次検診の対象者を40歳から69歳の男女としたのに対し、第3回の一次検診については25歳から40歳の若年者としたのは、第1回及び第2回の一次検診において騒音性聴力損失が疑われる者が多く検出されたことから、これを踏まえ、更に受傷性の高い幼少期に騒音激甚地域で生育した可能性のある若年層に一次検診の対象を広げるべきであるという判断に基づきなされたものであることが認められ、前判示のとおり、研究委員会が本件飛行場周辺住民に対し聴力検査等を実施した目的が、本件飛行場の航空機騒音が周辺住民の聴力等にいかなる影響を与えているかを明らかにすることにあったことにかんがみれば、AE医師らが一次検診の対象者を広げた前記判断は不合理なものとはいえず、このような検診対象者の選定過程について、被告が主張するような不適切な点はないというべきである。
また、被告は、症例5のX77について、一次検診は受診していないにもかかわらず、一次検診を受診した者とされた上、騒音性聴力損失者と認定されているが、このような診断過程は、一次検診の結果騒音性聴力損失が疑われた40名を二次検診の対象とした旨の99年調査報告書の記載と合致せず、同報告書の記載は不正確である旨批判する。
しかしながら、確かに、前記X77が一次検診を受診していないにもかかわらず二次検診の対象者となっており、99年調査報告書にはこのような具体的経緯に関する記載がないことは被告が指摘するとおりであるが、<証拠略>によれば、X77は、仕事(消防本部勤務)の都合上、平成8年に行われた第1回の一次検診を受診することができなかったが、研究委員会は、旧訴訟においてX77が自己の難聴に関して法廷で供述していることを把握していたため、X77は二次検診を受診することとなったという経過が認められる。そして、前記認定の事実によれば、X77も、他の一次検診を受診した者と同様、二次検診において、純音聴力検査等の詳細な検査を受け、その結果、騒音性聴力損失者と診断されたのであるから、X77が二次検診の対象者とされた経緯について99年調査報告書に具体的な記載が欠けるところがあったとしても、そのこと自体が、同人に対する研究委員会の騒音性聴力損失の認定等の信用性を左右するものではないというべきであって、被告の主張は理由がない。
イ 問診(前記<2>)について
被告は、検診の担当委員であるAE医師が行った問診は極めて不十分なものであり、99年調査報告書の中で騒音性聴力損失と認定された12名のうち、本件において原告本人尋問が実施された症例1(原告X78)、4(原告X72)、5(原告X77)及び12(原告X5)の4名についても、騒音性聴力損失を認定するに当たって必要不可欠な事項に関する問診結果が欠落している上、その他の8名についても、聴力損失を引き起こす可能性のある病歴や騒音作業歴について、十分な聞き取りがなされているかは極めて疑わしいから、AE医師らがした聴力損失者の認定は杜撰である旨を主張する。
確かに、被告が指摘するとおり、聴力損失の原因としては、騒音のみならず、加齢による影響、薬剤中毒、音響、気圧の変化など多種多様なものが考えられるのであり(<証拠略>)、騒音による聴力損失が高音漸傾型又はc5-dipを示すとはいえ、これらの型を示しても騒音性でない者もいるという見解も存するところであるから(<証拠略>)、騒音性聴力損失と認定するに当たっては、ある被験者のオージオグラムにc5-dipが認められたとしても、それだけで騒音性聴力損失と認定することは相当ではなく、聴力に影響を及ぼすべき騒音以外の原因を排除することが必要不可欠というべきである。そこで、AE医師らがした問診の具体的内容について検討すると、前記(2)ア(ウ)で認定した事実によれば、一次検診に当たり使用された問診票は、既往歴として、耳の病気(中耳炎)等の有無を記載する欄が設けられているほか、騒音曝露歴についても、大きな音のする職場で働いていた事実の有無等を具体的に記載するように作成されており、一次検診における問診の担当者らは、AE医師の指示を受けて、被験者に対し、聴力に影響を及ぼすと考えられるこれら既往歴等の有無を具体的に質問したほか、二次検診においても、AE医師が、前記問診票を踏まえ、自ら既往歴等を被験者に対し質問したことが認められる。そして、<証拠略>によれば、中間報告の時点で騒音性聴力損失者と検出された8名については、研究委員会の担当者が自宅を訪問して更に詳しく問診を行い、その結果を踏まえて最終的な認定が行われたことや、今回実施された聴力検診においては、一次検診においてオージオグラムがc5-dip型を示した被験者についても、全体の約10%に相当する約33例については、騒音職場歴や耳の疾患等の理由から、二次検診の対象者とはされなかったことが認められるから、全体として、AE医師らは、聴力検査の時点においては、被験者の聴力に影響を及ぼすべき騒音職場歴や既往歴等について十分配慮して認定を行ったことが認められる。
そして、原告本人尋問を実施した原告らについて被告が指摘する事実、具体的には、嘉手納基地内のゴルフ場の土木作業に従事した経歴がある、急性中耳炎の罹患歴がある、趣味として月に4、5回カラオケをする(症例1)、10年ほど前に左耳が熱くて痛い感じがしたため、診察を受けた既往歴がある(症例4)、パチンコ店における勤務歴、消防隊員としての勤務歴、潜水訓練歴、トラック運転手としての勤務歴や、20年前の顔面神経麻痺、めまい、難聴の既往歴がある(症例5)、20歳のころに居眠り運転で車を電柱にぶつける交通事故を起こし、顔と胸をハンドルに打ち付け、眉と唇を切るけがを負ったという病歴がある(症例12)という点については、確かに、被告が指摘するとおり、これらの者の聴力に影響を及ぼすべき重要な事項と認められるにもかかわらず、今回の検診に当たってはAE医師らが聴取することができなかったといわざるを得ないが、AE医師は、この点に関し、いずれも、各症例における職務の内容や従事した期間、既往歴の具体的な内容やその程度、趣味の内容やその頻度、難聴の発症時期との関係等を具体的に検討したところ、研究委員会の判断を変更するほど重大な問診漏れではない旨供述しており(証人AE)、このAE医師の判断が不合理、不適切であることを認めるに足りる的確な証拠はない。したがって、少なくともこれら4症例に関する限りは、AE医師らがした診断が杜撰であって信用できない旨の被告の主張は理由がない。
しかしながら、他方、AE医師ら研究委員会が、前述のとおり、騒音性聴力損失が疑われる被験者に対し問診を行うことによって、騒音職場歴や既往歴など聴力に影響を及ぼすべき事項について聴取したにもかかわらず、前記の4症例について、聴力損失の認定に当たり相当重要と考えられる事情が、本件訴訟で原告本人尋問を実施することによって初めて明らかになったという経緯にかんがみれば、AE医師ら研究委員会が聴力検査に当たり聴力に影響を及ぼすべき事情に慎重な配慮をしたと評価できることを考慮してもなお、他の8症例については、このような事情が存在する可能性が否定できないといわざるを得ない。したがって、これらの症例について騒音性聴力損失と認定することについては、なお慎重な検討が必要というべきであるから、被告の主張はこの限度で理由がある(もっとも、前述のとおり、症例1、4、5及び12については、AE医師らの診断に被告が主張するような杜撰な点があるとは認められないから、これらの症例については、AE医師らの診断全体に不適切な点があるとは認められない。)。
ウ 気道・骨導差(前記<3>)について
被告は、聴力損失者と認定された12例のうち、症例9と症例10の2症例においては、誤差とはいえない15dB以上の気導・骨導差が存在し、その誤差が15dB以下の者も更に多数あることからすると、聴力損失者と認定された者の中には、伝音性聴力損失(外耳道、鼓膜中耳に障害があることから起こる聴力損失)若しくは混合性聴力損失の者が含まれている可能性が大きく、この点からもAE医師らの診断は信用できない旨主張するところ、<証拠略>によれば、症例9については4000Hzにおいて気導・右耳「65」に対して骨導・右耳「45」であり、症例10については3000Hzにおいて気導・左耳「63」に対して骨導・左耳「38」、4000Hzにおいて気導・右耳「67」に対して骨導・右耳「43」、気導・左耳「64」に対して骨導・左耳「45」であり、前記2症例については15dBを超える気導・骨導差が生じていることが認められる。
しかしながら、確かに、理論上は骨導聴力が気導聴力よりも悪くなることはないはずであるとしても、<証拠略>によれば、オージオメーターの骨導の0dB較正法は、気導聴力レベルが0dBの正常聴力者の骨導聴力を6名以上測定してその最小可聴閾値を測定し、その平均値を0dBとすることにしているから、個々人を測定した曝露群には当然変動が予測されるのであり、骨導聴力が気導聴力より悪くなることはありうるとされていること、実際上は、聴力検査の測定誤差、骨導刺激の伝導路の複雑さに由来して、骨導閾値には個人差があるという内外の研究結果が発表されていること、実際の検査においても、骨導聴力が気導聴力よりも低い閾値となることが時々あること、ただしこの気骨導差の幅については見解が一致しておらず、正常聴力者60名について測定した気骨導差を調査した結果、正常聴力者の気骨導差が±5dBの範囲に入る率は前額骨導で約60%、±10dBで約85%であるとする国内の研究成果がある一方で、気骨導差が±5dBの範囲内に入る率は50%で、15、20dBという大きな気骨導差も見られたとする調査結果や、実際の閾値測定の結果を踏まえ、伝音難聴を指摘するには気骨導差20dB以上を必要とするAOの調査成果もあること、本件において聴力検査を担当したAF検査技師は、理論上は骨導聴力が気導聴力よりも悪くなることはないといわれていることを知っていたため、何度か検査をやり直したものの、なお検査結果が変わらなかった症例については、骨導聴力測定の構造上やむを得ない逆転現象としてその数値を記載したことが認められる。
そして、被告が特に指摘する症例について更に検討すると、確かに、これらの症例について認められる気導検査及び骨導検査の結果の差は小さいとはいえず、15dBを超える結果となっていることが認められるものの、前述のとおり、実際上は骨導聴力が気導聴力より悪くなることはあり得るのであり、しかも、その幅についても20dB程度までは許容範囲内であるとする内外の研究結果も存する。また、証人AEは、症例9について、それぞれの周波数に対応する気導検査及び骨導検査の結果を照合すると、14組中13組がいずれも±15dB以内の差で収まっていることから気導・骨導の差はないと判断したこと、右耳4000Hz付近において気骨導差が20dBとなっているが、臨床的に、4000Hzのみの聴力が低下する伝音性の障害は考えにくいこと、鼓膜視診及びティンパノメトリによって外耳道から中耳内の障害が否定されていることなどから、感音性聴力損失と判断した旨供述し、また、症例10についても、14組の気骨導差のうち、12組がいずれも±20dB以内の差に収まっていることから、全体として気骨導差はないと判断したこと、左耳の4000Hzに19dB、3000Hzに25dB、右耳の4000Hzに24dBの気骨導差があるが、臨床的に3000ないし4000Hzに限定した伝音性障害は考えにくいこと、鼓膜視診及びティンパノメトリによって外耳道から中耳にかけての障害が存在しないことが確認されていることなどにかんがみれば、前記の3組の気骨導差は無視できると考え、総合的な観点から感音性聴力損失と判断した旨供述しており、前記認定の各種研究結果に照らせば、このような判断が不合理、不適切であるとはいえない。
加えて、研究委員会が騒音性聴力損失と認定した12例の症例のうち、8症例の気骨導差合計112個のうち、スケールアウトした骨導聴力9個を除いた103個の気骨導差の96.1%が±10dB以内に分布しており、最大でも14dBであること(<証拠略>)を考え併せると、気導聴力と骨導聴力の間に被告が主張するような差があることをもって、本件聴力検査の制度に問題があると認めることはできず、被告の主張は理由がない。
エ 老人性聴力損失との区別(前記<4>)について
被告は、研究委員会が騒音性聴力損失者と認定した12名のうち症例5ないし8については、c5-dip型の進行型か加齢による聴力低下かを判別しにくいオージオグラムを示しているところ、これらの症例についてAE医師らが用いた年齢別の補正手法は未だ一般的ではなく、その正確性が確認されていないのであるから、症例5ないし8については騒音性聴力損失と断定することはできない旨主張するところ、確かに、<証拠略>によれば、被告が指摘する症例5ないし8は、他の症例と異なるオージオグラムを示しており、症例5については、4000Hzから8000Hzにかけてディップをうかがうことができるものの、特に症例6ないし8については、4000Hzから8000Hzにかけて、c5-dipの進行型か加齢による聴力低下かを必ずしも容易に判別できるとはいい難いオージオグラムとなっていることは否定できない。そして、騒音性聴力損失は、騒音曝露当初は聴力低下が著明であるが、騒音曝露歴が10年以上になるとその進行は緩慢になり、老人性難聴では、高齢になると聴力の低下は急速となるから、両者の鑑別は、数年にわたるオージオグラムの比較によってのみ可能であるとする見解も存する(<証拠略>)。
しかしながら、原告らは、被告が指摘する各症例について、そのオージオグラムからISOの性・年齢別の50%タイル値又は90パーセンタイル値を差し引き、加齢による影響を補正したところ、c5-dip型に近いオージオグラムを示すことが認められる旨主張し、AE医師も、同旨の供述をするほか、老人性難聴の聴力像は、高音部ほど下がっていくという高温漸傾型がほとんどであってほぼ一定しているから、このような聴力像を踏まえて50パーセンタイル値又は90パーセンタイル値を差し引くという補正方法には問題がなく、騒音性聴力損失と老人性難聴の鑑別は数年にわたるオージオグラムの比較によってのみ可能であるとする前記見解に対しては、高音域が下がる傾向にある進行型の騒音性聴力損失については妥当するが、今回問題となった症例5ないし8はなおディップの名残があるので、そのような見解は当てはまらない、年齢による補正の方法は初めて用いる方法であるとする点については、例えば労災における騒音性聴力損失の認定においては採られていないが、労災で年齢による補正をしないのは、このような補正をするまでもなく騒音性聴力損失を認定しているからである旨述べているところ(<証拠略>)、AE医師らが用いた検査方法は、オージオスキャンを使用し、音の強さも通常よりも細かくするなどかなり厳格な方法と評価しうること、実際に症例5ないし8のオージオグラムをみると、なおAE医師が述べるようなディップといいうるものが認められないではないことや、AE医師らが、被告が指摘する症例以外に更に老人性難聴との判別が疑わしいオージオグラムを示した被験者については、厳密さを期する観点から、騒音性聴力損失の認定から排除したこと(証人AE)を考え併せれば、被告が指摘した見解を考慮してもなお、AE医師がしたこのような判断が不合理、不適切であるとまでは認められない。
そうすると、被告が指摘する症例5ないし8を老人性聴力損失と区別しうる旨のAE医師らの判断には合理的な理由があるといえ、被告の主張は理由がない。
オ 気道聴力の左右差(前記<5>)について
被告は、沖縄県調査においては、症例4、症例8及び症例10について、左右の気導聴力に差が生じているから、これらの症例については、聴力損失の原因として、航空機騒音曝露以外の原因が疑われる旨主張し、<証拠略>によれば、航空機騒音等の環境騒音の場合は、通常、左右両耳において等しく騒音曝露を受けるため、気導聴力は左右等しく失われること、症例4の気導聴力は3000Hzで21dB、4000Hzで22dB、6000Hzで15dB、症例8の気導聴力は1000Hzで29dB、2000Hzで24dB、3000Hzで17dB、4000Hzで27dB、6000Hzで29dB、8000Hzで26dB、症例10の気導聴力は3000Hzで28dB、8000Hzで19dBの左右差がそれぞれ存することが認められる。
しかしながら、<証拠略>によれば、環境騒音と左右の気導聴力の関係に関しては、前記のような左右等しく失われるという見解がある一方で、原則として左右の耳に認められる場合が多いが、左右の気導聴力に差がある例も20ないし30%あるという報告ないし見解も存することが認められるから、研究委員会が騒音性聴力損失と認定した12例のうちに被告が指摘するような症例があるからといって、直ちにその認定が誤りであるということはできず、被告の主張は理由がない。
カ 小括
以上によれば、AE医師ら研究委員会がした騒音性聴力損失の診断について、本件訴訟で原告本人尋問を実施した4症例に関する限りは、その診断の信用性は十分認められる。
(7) 沖縄県調査結果と法的因果関係の検討
ア 原告らが曝露されている航空機騒音の程度
しかしながら、原告らが主張するとおり、上記4症例の騒音性聴力損失が本件航空機騒音によって発生し、本件飛行場周辺に居住する原告らが等しく聴力損失の危険を被っていると認めるためには、まずもって、原告らがそのような騒音性聴力損失の発症原因たるべき航空機騒音に曝露され続けているという前提条件が認められる必要があるというべきである。
この点について、原告らは、研究委員会がしたベトナム戦争当時における航空機騒音曝露に関する推定結果を援用して、ベトナム戦争当時における騒音の曝露は騒音性聴力損失を発症させるに十分である旨主張しているので、まず、この主張の当否について検討する。
(ア) 前記認定のとおり、研究委員会は、ベトナム戦争当時における騒音測定資料を入手した上、騒音曝露の実態を推定し、ベトナム戦争当時の航空機騒音が住民の聴力に影響を及ぼす危険性は否定できない旨述べているところ、被告は、研究委員会が入手した前記資料はその内容が不明であり、正確性を確認することはできないから、研究委員会の上記判断は根拠がない旨主張する。
そこで、まず、研究委員会がベトナム戦争当時における騒音曝露の実態を推定するために用いた資料について検討するに、前記認定の事実によれば、J教授ら研究委員会は、昭和38年(1963年)以降に嘉手納小学校等において行われた騒音測定結果を入手した上、嘉手納村が昭和41年ないし43年に測定した資料及び防衛施設庁が昭和47年ないし48年に測定した資料については、24時間を通した測定が行われており、資料からW値等の騒音指標を推定することが可能であるとして、これら嘉手納村及び防衛施設庁の騒音測定結果に基づきW値等の騒音指標を推定したことが認められる。そして、資料を入手した経緯に関するJ教授の証言が一応信用できることは前述したとおりであるが、本件においては、原告らが、ベトナム戦争当時及びそれ以降における激しい航空機騒音に曝露された結果として、共通損害として航空機騒音に起因する聴力損失又はその危険を被っている旨主張するのに対し、被告はその因果関係を争っているのであるから、聴力損失又はその危険を検討するに当たっては、原因としての航空機騒音の程度をできる限り厳密に認定することが必要というべきところ、J教授が嘉手納町役場から入手したと供述する当該資料は本件において証拠として提出されていないのであり、また、この資料は、原告らが昭和47年11月から昭和48年3月までの騒音レベルを示すものであると主張する<証拠略>と異なり、手書きで記載されたものであって(証人J)、しかも、嘉手納町役場にはJ教授が証言するような資料が現存しないことがうかがわれること(弁論の全趣旨)を考慮すると、J教授らがした前記騒音曝露状況の推定の前提となる各種騒音指標の正確性を確認することはできないといわざるを得ない。
加えて、前記認定のとおり、J教授ら研究委員会が求めたベトナム戦争当時における騒音曝露状況は、例えば昭和47年当時の砂辺及び屋良における防衛施設庁方式のW値については、入手した資料には騒音発生回数や発生時刻等が記載されていなかったため、時間帯別騒音発生比率などいくつかの仮定をすることによって推定した数値であることを考え併せれば、研究委員会による前記推定は、これによって、公衆衛生学の観点から、ベトナム戦争当時における騒音曝露状況を一応推知するために用いることは格別として、聴力損失又はその危険との法的因果関係を判断する局面において用いることは相当ではなく、原告らの主張は、まず、この点において採用できないといわざるを得ない。
また、この点を仮に措くとしても、前述のとおり、研究委員会は、航空機騒音と聴力損失との関連性を検討するに当たり、砂辺及び屋良のいずれについても、最もW値が高い日のデータを選んでNITTS等を推定しているが、その他の日には、相当高いとはいえ、これより劣る騒音が記録されていたのであり、しかも、後記(イ)に述べるとおり、沖縄県のモニタリングシステムによる測定結果等によれば、近時においては前記データが示すほど激しい騒音に曝露されていないというべきであるから、研究委員会の前記検討をもって、公衆衛生学の見地からはともかくとして、法的因果関係の根拠として用いることは適当ではなく、この点からも原告らの主張は理由がない。
(イ) そうすると、聴力損失との法的因果関係を検討するに当たっては、その前提となる航空機騒音については、継続的に実施され、かつ、その結果が良く整理されているために信用性が高いと認められる、沖縄県のモニタリングシステムによる測定結果等を手がかりとして推認するほかないというべきである。
そこで、まず、北谷町砂辺の測定地点について検討すると、モニタリングシステムによる測定によって明らかになったLdnの平均値は、おおむね73ないし74という比較的高い数値を示しているものの、前述のとおり、Ldnは夜間の騒音について重み付けして得られた数値であるため、実際のLeqの数値はこれと同じか、あるいはより小さい数値となると考えられるのであるから、Leq85程度という極めて高い数値よりはかなり小さな数値となることが予想されるというべきである。実際、モニタリングシステムにより得られたECPNLに基づいて、被告が平成12年度及び平成13年度のLeq(24)を算出したところによれば、月ごとにばらつきがみられ、最高で81.2(平成13年10月)という数値を記録する一方で、最低では68.6(平成12年12月)となったこともあるが、平成12年度が平均74.4、平成13年度には若干増加して76.5であり、前記85という数値よりはかなり低い数値となっている(<証拠略>)。そして、砂辺におけるモニタリングシステムの測定地点が滑走路の近くの飛行コース直下に所在する3階建ての建物の屋上に設置されていること(<証拠略>)にかんがみれば、W値95以上の砂辺の地区に居住する住民らが実際に曝露される騒音量を検討するに当たっては、モニタリングシステムの自動測定装置から住民らが居住する家屋までの距離減衰、住民らの家屋の遮音量、生活様式等による曝露量の減少等の事情を考慮すべきであるから、前記数値よりも更に低くなることが予想されるというべきである。
また、嘉手納町屋良についても、モニタリングシステムによるLdn平均値は、最大で65.8(平成13年度)、最小で63.7(平成12年度)であるから、やはり、Leqを直接認定することのできる的確な資料はないものの(なお、<証拠略>)のLeq欄に記載された数値が信用できないことは、前述したとおりである。)、LdnとLeqの相違にかんがみれば、研究委員会が前提としたLeq77ないし89という数値よりはかなり低い数値となると考えられる。
(ウ) そうすると、研究委員会が指摘するように、航空機騒音が本件飛行場周辺に居住する住民の健康に対し及ぼす影響は、過去から現在までの航空機騒音曝露の積分値として発現すると考えられる(<証拠略>)としても、前述のとおり、ベトナム戦争当時における航空機騒音曝露の状況を示すものとして研究委員会が推定した各種指標は、法的因果関係を判断する前提として用いることは適当ではなく、比較的最近に測定されたモニタリングシステム等による測定結果に照らしても、砂辺又は屋良におけるLdn平均値等の指標は、研究委員会が聴力損失と航空機騒音との関連性を検討する前提として用いた数値よりもかなり低いというべきであるから(なお、これらの航空機騒音と聴力損失の危険を示す指標として原告らが主張するEPAの聴力保護基準との関係については、後に説示する。)、原告らの前記主張は理由がないといわざるを得ない。
イ 個人ごとの騒音曝露量の特定の必要性
更に、モニタリングシステム等の航空機騒音測定は、基本的には、屋外における一定の測定地点において実施されるものである。例えば、前判示のとおり、研究委員会がベトナム戦争当時における航空機騒音曝露の推定の前提とした資料は、民家の軒下等の屋外で測定されたものであり、モニタリングシステムの砂辺の測定地点も、3階建ての個人宅の屋上に設置されている。
しかしながら、一般に、就業、家事、食事、休息、睡眠等に代表される人々の日常生活の営みは、屋内でなされることがむしろ自然というべきであるし(<証拠略>)、個人ごとの24時間の騒音曝露様式は、職業、性、年齢、居住地域などにより大きく異なり、個人騒音曝露レベルは、居住地域の環境騒音よりは、個人の生活様式や生活行動に強く依存しているとされているのであるから(<証拠略>)、騒音性聴力損失と航空機騒音との法的因果関係を検討するに当たっては、問題となった被験者ごとに、その生活歴や防音工事の実施の有無等の個別具体的な事情を検討することが必要不可欠というべきである。本件において問題となった症例ごとにこれを検討すると、次のとおりである。
(ア) 症例1(原告X78)について
原告らは、原告X78が日中の大部分を<住所略>の自宅で過ごし、激甚な航空機騒音に曝露されていた旨主張する。
しかしながら、<証拠略>によれば、原告X78の生活歴等は大要次のとおりと認められる。すなわち、原告X78は、<住所略>で出生したが、終戦後収容所に収容され、更に、北谷町<住所略>で約11年生活した後、昭和32年8月ないし9月ころ、生まれ故郷である<住所略>に戻ってきた。原告X78は、高校を卒業した後、嘉手納基地内のゴルフ場建設の仕事をしたり、開発青年隊としてキャンプ場等で働いたりしていた。昭和36年の半ばころから約1年間は、実姉が営んでいる八百屋を手伝うため、兵庫県<住所略>に出かけていたこともあった。原告X78は、沖縄に戻ると、昭和38年ころから約5年間、沖縄県の<住所略>にある職場でコックとして勤務し、職場の近くにある部屋を借りて生活しており、<住所略>の自宅に戻るのは週に1日程度であった。更に、原告X78は、昭和43年から定年退職する平成10年までの間、米軍のキャンプ内のコックとして勤務しており、午後2時から午前1時ころまでの間北谷町<住所略>の自宅を出ていた。これらの事実によれば、原告X78は、コックとしての仕事のため、昭和38年から年間の大半の生活を<住所略>から外で過ごしていたと認められるし(なお、辺野古が航空機騒音の高曝露地域であることを認めるに足りる資料はない。)、また、昭和43年から平成10年までの間には、<住所略>の自宅に戻ったものの、やはり仕事のため、1日のおよそ半分の時間については、<住所略>以外の場所で勤務していたと認められるのであるから、航空機騒音が最も激しかったと考えられるベトナム戦争当時はもとより、その後においても、日中の大半を<住所略>の自宅で過ごしていたとは認められない。
また、原告X78が居住する家屋は、昭和54年に1室、昭和55年に3室の合計4室について防音工事を実施しているところ(当事者間に争いがない。)、<証拠略>によれば、防音工事を実施した住宅内において窓等を適切に密閉すれば最大31db(A)程度の防音効果が、防音工事が実施されていない住宅でも、窓を閉めればおおむね10dB(A)ないし20dB(A)程度の減音効果が、防音工事が実施されていない住宅で窓を開けた場合であってもおおむね3dB(A)ないし12dB(A)程度の減音効果がそれぞれ認められるのであるから、防音工事を実施した住宅はもとより、防音工事を実施していない住宅であっても、物理的には、建物の中にいる限り、航空機騒音の程度を検討するに当たっては、一定の減音効果を考慮すべきである。そして、原告X78は、前述のとおり防音工事を実施しているが、就寝直前のわずかな時間しかクーラーを使用せず、基本的には窓を開けた生活をしていた旨供述しており(原告X78本人)、この供述は、海洋性気候の沖縄では人々は窓を開けて生活することが多いという生活様式等にかんがみれば、それなりに信用できるものではあるが、原告X78本人自身、家の中にいるときは外に出ているよりも多少とはいえ効果がある旨供述しているし、前記認定の事実にかんがみても、防音工事が実施された後はもとより、実施される前も、原告X78が実際に曝露された航空機騒音の程度を検討するに当たっては、家屋等による一定の減音効果を考慮すべきである。
そうすると、このような原告X78の生活歴や防音工事の減音効果等にかんがみれば、原告X78が実際に曝露されていた航空機騒音の程度は、それ自体相当強いものとはいえ、研究委員会が推定し、原告らが聴力損失の原因である旨主張する程激しいものであったと認めることは困難であるから、原告らの主張は理由がない。
(イ) 症例4(原告X72)について
原告らは、原告X72が最も航空機騒音の激しかったベトナム戦争の期間全てを<住所略>で過ごしてきた旨主張する。
しかしながら、<証拠略>によれば、原告X72の生活歴等は、大要次のとおりと認められる。すなわち、原告X72は、兵庫県<住所略>で出生し、昭和21年、両親とともに沖縄に戻って具志川市に居住した後、昭和31年から実父の出身地である<住所略>に行き、結婚するまでの間<住所略>の家で生活していた。また、結婚した後は、<住所略>の夫の家に移り、夫の家族とともに生活していた(なお、この家のうち、夫の家族が居住する2部屋については、後に防音工事の施工を受けた。)。原告X72は、昭和37年から、キャンプ○○において米陸軍財政部職員として働いており、勤務のため、午前8時から午後5時まで、サマータイム時は午前7時30分から午後4時30分までの間、<住所略>の自宅を出ていた。仕事の内容は事務職であり、主として書類を作成する仕事であった。部屋の中は静かであった。昭和48年3月に退職すると、主婦として子育て等の家事に専念していたが、昭和53年から昭和58年までの間は、夫が経営する○○食堂を手伝っていた。この食堂は、<住所略>(W値90以上の区域に所在する。)に所在し、国道58号線沿いに位置するが、国道を通行する自動車の音はそれほど感じなかった(なお、防音工事の施工は受けていない。)。食堂を手伝っていたのは午前11時から午後4時までの間であり、この間は前記<住所略>の自宅を出ていた。原告X72は、昭和59年からは、<住所略>にある夫の屋敷跡が開放されたことに伴い、その場所に移って自宅を建設し、住居している。ただし、この住宅に防音工事は施工していない。
そうすると、原告X72は、確かに、昭和31年以降は<住所略>で生活してきたことが認められるものの、昭和37年から昭和48年までの間は、1日のうち約9時間程度、<住所略>の自宅を出てキャンプ○○で事務職として勤務していたのであるから、ベトナム戦争が最も激しかった当時には、1日のうちかなりの時間を静謐な環境の下で過ごしていたというべきである。また、原告X72は、昭和53年から昭和58年までの間には1日のうち約5時間程度、夫の経営する食堂を手伝っていたところ、この食堂はW値90以上の区域に属し、前記「本件飛行場周辺における航空機騒音の評価」(第4の1(6))で説示したとおり、W値90以上の区域における航空機騒音は、かなり激しいとはいえ、W値95以上の区域よりは劣るといわざるを得ないのであるから、原告X72が、原告らの主張するように砂辺の最も激しい騒音に曝露され続けていたと認めることはできない。
また、前記認定の生活歴等に原告X72本人の供述を総合すれば、原告X72は、いずれの期間においても主として屋内で勤務し又は生活してきたことが認められるところ、原告X72自身は防音工事が施工された部屋に居住したことはないものの、原告X78に関し説示したところと同様、原告X72が実際に家屋内で曝露された航空機騒音の程度を検討するに当たっては、家屋自体による減音効果が一定程度認められることを考慮すべきであるから、原告X72に対する航空機騒音の程度を、<住所略>の屋外で測定された航空機騒音の程度と同視することは適当ではなく、原告らの前記主張はこの点でも理由がない。
(ウ) 症例5(原告X77)について
<証拠略>によれば、原告X77の生活歴等について、次の事実が認められる。すなわち、原告X77は、昭和32年から<住所略>に居住した後、昭和41年の11月ころ就職のため上京し、トラックの運転手やパチンコ店の従業員として勤務していた。そして、昭和48年1月ころに再び<住所略>に戻り、北谷町<住所略>に所在する消防本部に勤務するようになった。<住所略>の消防本部の建物は防音工事をしておらず、飛行機が上空を旋回するときにはうるさかったが、<住所略>に比べれば非常に静かであった。消防本部は、昭和53年<住所略>に移転し、建物にも防音工事が施されたため、静かになり、夏場でも窓を閉め、クーラーをして仕事ができる状況になった。消防本部は、現在は嘉手納町に置かれており、<住所略>の自宅から通勤している。自宅を朝8時ころに出て、夕方5時ころに家に戻っている。昭和56年に○○課長になってからは、消防隊員として出動することはなくなった。また、原告X77は、昭和54年に自宅を木造から鉄筋コンクリート2階建ての建物に建て替えた。立て替えた後は、従前の木造の建物と比較して少し静かになった感じがした。ただし、自宅に防音工事は施工していない。
これらの事実によれば、原告X77は、ベトナム戦争において米軍が北爆を実施していた時期と考えられる昭和43年ころには、東京で働いていたのであるし、昭和48年1月に<住所略>に戻ってからも、日中は北谷町<住所略>に所在する消防本部で勤務しており、<住所略>と比較すれば航空機騒音がより少ない環境で生活していたと考えられるし、殊に、昭和53年からは、消防本部が<住所略>に移転して防音工事が施工された建物内で執務を行っており、更に現在では嘉手納町で主として内勤として勤務している。そうすると、原告X77が現実に曝露された航空機騒音の程度は、<住所略>において最も航空機騒音が激しかったことがうかがわれるベトナム戦争当時においても、東京にいたか、あるいは日中は消防本部で勤務することにより相当程度減殺されていたというべきであるし、ベトナム戦争後においても、日中は防音工事が施工された建物内で勤務していたのである。
そして、これらの事情に加えて、原告X77が居住する自宅には防音工事が施工されていないものの、前判示のとおり、原告X77が現実に曝露された航空機騒音の程度を検討するに当たっては、建物自体の減音効果をも考慮に入れるべきことを考え併せれば、原告X77が現実に曝露された航空機騒音の程度は、原告らが主張するほど激しいものであったと認ることができず、原告らの主張は理由がない。
(エ) 症例12(原告X5)について
<証拠略>によれば、原告X5の生活歴等について、次の事実が認められる。すなわち、原告X5は、昭和40年、<住所略>で出生し、現在までここで居住している。現在X5は、嘉手納小学校、嘉手納中学校、中部商業高校をそれぞれ卒業すると、パンの製造会社や食品会社を経て、浦添市に所在する運送会社に就職し、トラックの運転手として配送を担当している。勤務時間はおよそ朝8時から夜7時であり、朝6時半ころ起きて出勤している。現在は那覇地区が担当地域である。原告X5が居住している建物は、平成7年に建て替えられた。それまでは木造平屋建てであり、原告X5が高校生のころに4部屋について防音工事が施工された。ただし、クーラー代の関係で、もっぱら窓は開けていた。原告X5は、前記立て替え工事を行った後、平成14年ころ、子供部屋の1部屋について防音工事が施工された。
これらの事実によれば、原告X5は、<住所略>地区において最も航空機騒音が激しかったことがうかがわれる時期に出生し、幼少のころを過ごしたといえるが、原告X5が通学した学校はいずれも<住所略>地区の外に所在する学校であるから、原告X5は、少なくとも日中は、<住所略>地区における航空機騒音に曝露されていなかったと考えられるし、高校を卒業した後は、浦添市に所在する運送会社等で勤務しており、やはり日中の大半を<住所略>以外の地区で過ごしていたということができる。また、原告X5が住んでいた建物に防音工事が施工されたのは同人が高校生のころであり、しかも、実際には建物の窓を開けて生活していたけれども、前判示のとおり、このような場合であっても、建物自体の減音効果は認められるといえる。
そうすると、原告X5が実際に曝露された航空機騒音の程度は、ベトナム戦争当時に屋外で測定されたとされる数値が示すほど激しかったとは認められないのであるから、原告らの主張は理由がない。
(オ) 小括
身体的影響としての聴力損失又はその危険と航空機騒音の間の因果関係を検討する際には、原因行為である各人が現実に曝露された航空機騒音の量やその程度を特定することが必要と考えられるところ、前述したとおり、本件訴訟において原告本人尋問が実施された上記4名についてさえ、各人の生活様式や防音工事の施工の有無など上記原告らが現実に曝露された航空機騒音の程度に大きな影響を及ぼす事情は様々であって一定せず、しかも、現実に曝露された航空機騒音の程度を相当減殺する事情も多々存在するといわざるを得ないのであるから、他の原告らについても、同様に、その者が現実に曝露されている航空機騒音の程度は大きく異なりうると考えられ、ある騒音コンター上の区域に居住しているという事実や特定の測定地点における航空機騒音の測定結果をそのまま原告らにあてはめて、聴力損失又はその危険性との法的因果関係を検討することは相当ではないというべきである。そして、少なくとも上記4名の原告らが現実に曝露された航空機騒音の程度は、各人の生活様式等の具体的な事情を考慮すれば、原告らが主張する程度の極めて激しいものとは認められず、しかも、後述するとおり、いかなる騒音にどの程度曝露されれば永久的な聴力損失又はその危険が生じるのかについて、本件全証拠を総合しても、未だ一定した見解が確立しているとはいい難いことにかんがみれば、原告らが曝露されている航空機騒音から聴力損失又はその危険性が生じるか否かは不明であるといわざるを得ず、原告らの主張は理由がない。
ウ 疫学的手法の当否について
被告は、12例の騒音性聴力損失の因果関係を疫学調査により認めることは誤りである旨主張するので、この点について検討する。
前記認定の事実によれば、研究委員会は、独自に推定したベトナム戦争当時における激甚な騒音曝露によれば、住民の聴力等に対する影響が疑われるとして、公衆衛生学の観点から、本件飛行場の航空機騒音による住民の聴力への影響等を明らかにするため、北谷町砂辺など本件飛行場の高曝露地域に居住する周辺住民に対し聴力検診を実施し、その結果、12例の騒音性聴力損失者が検出されたことを踏まえ、関連の整合性など疫学的因果関係に関する5つの判断条件を挙げて、疫学の観点から航空機騒音曝露との因果関係を検討を加えているところである。そして、原告らの援用する99年調査報告書が、12名の被験者の騒音性聴力損失の主因が航空機騒音であると疑うに至った過程を検討しても、前記認定の事実によれば、聴力検査の結果、純音聴力検査等により、騒音性聴力損失との強い関連性が指摘されている徴表であるディップが発見されたことに加えて、これらの被験者に対する問診の結果、職業性その他の騒音曝露を受けていなかったことや、被験者の居住する地区における過去から現在までの航空機騒音が激甚であったと考えられたこと、聴力に関するアンケートの結果等を踏まえ更に、前記の疫学的因果関係の検討結果を併せ考慮し、公衆衛生学の観点からする政策的判断として、12例の聴力損失の要因としては航空機騒音曝露が最も有力であると結論づけている。
研究委員会の調査目的が前記のとおり本件飛行場の航空機騒音による住民の聴力への影響等を明らかにすることにあったことにかんがみれば、研究委員会がこのような疫学の観点から検討を行ったことはむしろ当然というべきであるし、また、研究委員会自体が、聴力損失の原因としては航空機騒音が最も有力であるなどと述べているだけであり、聴力損失と航空機騒音の間に法的因果関係があるなどと断定しているわけではない。しかしながら、研究委員会の検討過程にかんがみれば、騒音性聴力損失の主因が航空機騒音である旨の研究委員会の結論は、公衆衛生学の観点からする政策的判断としてなされたものであり、これが法的因果関係に関する判断と異なるものであることは明らかというべきである。したがって、沖縄県調査の結果は、本件航空機騒音と騒音性聴力損失又はその危険との関連性を示唆する有力な資料とは認められるものの、その結果をもって直ちに法的因果関係の根拠とすることは相当ではないといわざるを得ない。
エ 量反応関係・地域集積性について
(ア) 原告らの主張に対する検討
原告らは、本件聴力検査の結果を統計的に分析したところ、騒音性聴力損失を有する者とW値の区分との間には有意な量反応関係が認められ、かつ、騒音性聴力損失を有する者が航空機騒音のより激甚な飛行経路あるいはフェンスに近い位置に偏る地理的分布の傾向性も有意であることが認められた結果、本件聴力検査により検出された12名の騒音性聴力損失につき、その原因を本件飛行場の航空機騒音と切り離して説明することは不可能であり、この騒音性聴力損失が本件飛行場の航空機騒音に起因するものであることは明らかであると主張する。そして、研究委員会が、北谷町砂辺区の40歳から69歳までを対象とした検診において、聴力損失ありと確認された9名を防衛施設庁のW値の区分ごとに分類すると、W値85が1名、W値90が2名、W値95以上が6名であり、W値の区分と聴力損失の間には有意な量反応関係があり、前記の検診結果について地理的分布を求めると、聴力損失を有すると判断された者は、飛行経路又は本件飛行場のフェンスに近い位置に偏る傾向がみられるとして、聴力損失を有する者の地域集積性が確認できたとしたことは、前記認定のとおりである。
しかしながら、前述のとおり、本件において原告らが騒音性聴力損失者と主張する12名の症例のうち、騒音性聴力損失の認定ないし診断に不適切な点がなかったと確認できたのは原告本人尋問を実施した4例にすぎず、残りの8症例については、騒音曝露歴等が不明であるため、騒音性聴力損失者であるか否かを確認することはできないというべきであるから、そもそも、騒音性聴力損失者が12例検出されたことを前提とする研究委員会の前記検討結果は、法的因果関係の検討に当たってはそのまま採用することができないといわざるを得ない。そうすると、前記4症例(症例1、4、5及び12)のうち3名がW値95以上の騒音激甚地区に居住していることが認められるものの、この事実をもって、原告らが居住するW値の区分と聴力損失との間には有意な量反応関係があるとは認めることはできず、また、聴力損失を有すると診断された者が飛行経路又は本件飛行場のフェンスに近い位置に偏る傾向がみられると認めることもできないのであるから、結局のところ、原告ら主張に係る地域集積性を認めることができないというべきである。
したがって、原告らの主張は理由がない。
(イ) 被告提出の<証拠略>に関する検討
なお、被告は、沖縄県調査における聴力検査(一次検査)の結果を統計的に解析した報告書である<証拠略>を援用して、研究委員会が騒音性聴力損失と認めた12名の間であたかもW値が上昇するにしたがって騒音性聴力損失者の割合が増加するという関係が認められたのは偶然にすぎず、量反応関係はない旨主張するところ、原告らは、<証拠略>に対し、時機に遅れた攻撃防御方法であるとして却下を求めている。
そして、違法性(侵害行為及び被害)に関する本件の審理過程をみると、以下の事実は当裁判所に顕著である。<1>原告らが援用する99年調査報告書(<証拠略>)は、平成13年5月24日に開かれた第5回口頭弁論期日において提出された。<2>聴力損失等に関する証人Eらに対する尋問は、平成15年6月19日に開かれた第20回口頭弁論期日までにおいて、全て終了した。<3>当裁判所は、以上のとおり証人尋問が全て終了したことから、今後の審理計画を策定するため、当事者に対しそれぞれ平成15年8月26日付けの文書を送付し、特に被告に対しては、沖縄県調査に対する反論は同年11月6日の期日まで間に合わせるよう要請した。<4>同年9月25日に開かれた進行協議期日において、被告は、現在違法性に関する最終的な主張・立証は、来年2月の弁論期日まで準備期間を要するとの主張をした。これに対して、当裁判所は、違法性に関する反論等は従前から被告に対し求めてきたところであること等から、できるだけ早期に準備するよう強く求め、その結果、被告は、原告らの反論の期間等を確保するため、準備が揃った部分から順次主張・立証を行うこととなった。<5>被告は、同年12月18日に開かれた進行協議の場において、原告らの違法性の主張に対する反論を平成16年2月19日の口頭弁論期日までにする旨を約した。<6>被告は、平成16年5月13日に開かれた第22回口頭弁論の1週間後である同月20日に<証拠略>を提出した。<7>被告は、同年7月1日に開かれた第23回口頭弁論期日(口頭弁論終結の日)において、<証拠略>を踏まえ、最終準備書面で前記主張をした。原告らは、前記<証拠略>の提出に対し、時機に遅れた攻撃防御方法であるとして異議を述べた。<8><証拠略>を踏まえ地域集積性が認められない旨の被告の主張は、被告が口頭弁論終結の日に初めて主張したものである。
被告は、原告らの異議に対し、当裁判所が、<証拠略>など新規の主張・立証に関する最終的な期限を平成16年5月13日と定めたことはないなどと主張して、<証拠略>は時機に遅れた攻撃防御方法ではない旨反諭する。しかしながら、被告が提出した<証拠略>は、専門家が本件聴力検査の結果を統計的に分析した結果、騒音性聴力損失者とW値の増大には量反応関係がないとする証拠であるから、原告らがその内容を把握し、適切な反論を加えるためには相応の準備期間が必要となると考えられるところ、前記<1>ないし<8>の審理の経過にかんがみれば、被告が批判の対象とした99年調査報告書は既に平成13年5月24日の時点で提出されており、沖縄県調査に携わったE教授らに対する証人尋問も平成15年6月19日の時点で終了しているのであるから、被告としては、更に早期に<証拠略>を提出することが可能であったというべきであり、現に、被告自身も、違法性に関する主張・立証を平成16年2月19日の口頭弁論期日までに行う旨約したのである。したがって、当裁判所が平成16年5月13日を主張・立証の最終期限と定めたか否かにかかわらず、また被告が現に<証拠略>を提出したのが前記5月13日の期日の約1週間後であるという事情を考慮しても、被告の<証拠略>の提出及びこれを踏まえた前記主張は、時機に遅れたものというべきであり、また、被告には重大な過失があるというべきである。
そして、<証拠略>の前記専門性に加えて、<証拠略>が、騒音性聴力損失と航空機騒音との因果関係というまさに本件における極めて重要な争点について、原告らの立証を弾劾するために提出されたと認められることにかんがみれば、仮に、当裁判所が口頭弁論終結の日において<証拠略>の提出を認めるとすれば、訴訟の完結が遅延することは避けられないというべきである(なお、原告らは、上記のとおり<証拠略>の却下を求めるとともに、仮に当裁判所が<証拠略>を証拠採用した場合に備えて、最終準備書面でその内容について反論を加えているが、原告らは同時に<証拠略>の作成者等に対する尋問を請求しており、<証拠略>の専門性や争点の重要性等にかんがみれば、この尋問による信用性の検証なくして直ちに<証拠略>を採用することは困難といわざるを得ないから、原告らが<証拠略>に対する反論をしている点は、訴訟の完結の遅延の判断を左右するものではない。)。
よって、被告の<証拠略>は時機に遅れた攻撃防御方法に該当するので、同証拠は採用しない。
オ アンケート調査結果について
原告らは、沖縄県調査において実施されたTHI調査の結果を援用し、W値の区分と「耳の聞こえ」が悪いと回答した者の比率の間に有意な量反応関係が認められたことは、W値の増大と聴力損失者の増加に有意な関連が認められること、すなわち、本件聴力検査において検出された12例の騒音性聴力損失者と本件飛行場の航空機騒音との間に関連性が認められることを示していると主張する。
しかしながら、まず、原告らが根拠として挙げる研究委員会の報告の具体的内容をみると、前記認定の事実によれば、研究委員会がTHI調査において「日ごろ耳のきこえがわるいほうですか」という質問をし、「はい」と回答した者の比率とW値との関係を多重ロジスティック回帰分析により検討したところ、W値95以上の地区でオッズ比が2程度の値を示し、耳の聞こえが悪いと回答した者の比率が有意に高くなっているという結果となったこと、他方、他の曝露地区においては対照群との間に有意な差が検出されなかったこと、しかしW値85以上の群からW値95以上の群にかけてオッズ比の上昇傾向が認められるため、W値90以上の群から耳の聞こえへの影響が認められる可能性があるとしていることが認められるが、W値95以上の地区以外の曝露地区においては対照群との間に有意な差が検出されなかったことは研究委員会が自認する事実であって、現に、研究委員会は、前述の地域集積性の場合とは異なり、THI調査の結果とW値の増大との間に有意な量反応関係が認められた旨を明確に判断しておらず、W値90以上の群から耳の聞こえへの影響が認められる可能性があると消極的に述べるにとどまるのであるから、そもそも、研究委員会のこのような判断を根拠として、原告らが主張するように騒音性聴力損失者と航空機騒音との間に関連性が認められると判断することはできないというべきである。
そして、前述のとおり、研究委員会はW値95以上の地区において耳の聞こえが悪いと回答した者の比率が有意に高くなっている旨報告しているが、一般的に、主観的に「耳が遠い」と訴えをする者であっても、実際に聴力検診をすると何ら異常がない者が存在することにかんがみると、聴力損失の有無は、本件聴力検査において行われたように、オージオスキャン等の客観的見地から厳密に判定されるべきところ、THI調査は、このような客観的かつ厳密な診断と異なり、調査対象者の主観に基づく訴えに基づくものであるから、調査対象者の自覚的な健康度が客観的な健康度と相関が高いと考えられていること(<証拠略>)を考慮してもなお、THI調査によって示された前記結果を前提に、航空機騒音と聴力損失との間の法的因果関係を検討することは適当ではないというべきである。
したがって、原告らの主張は理由がない。
カ 沖縄県調査に関する検討の要約
以上のとおり、本件においては、そもそも、原告らが曝露されている現実の航空機騒音の程度という被害ないし因果関係の前提条件自体を認めることができない。また、沖縄県調査の結果自体が、公衆衛生学の立場からする政策的な判断に基づき導き出されたものであるから、法的因果関係を検討するための資料としては、おのずから一定の限界が存するというべきである。更に、研究委員会が根拠として挙げるような地域集積性は認めることは困難であり、アンケート結果から量反応関係を導くことも適当ではない。
そうすると、沖縄県調査をもって、航空機騒音曝露と騒音性聴力損失の間の法的因果関係を認めることはできないといわざるを得ない。
(8) 原告らが挙げる研究結果等に対する検討
次に、原告らが、本件飛行場を離発着する航空機騒音曝露と聴力損失又はその危険性に法的因果関係がある根拠として挙げる各種の知見、研究結果、調査結果等について検討する。
ア 騒音曝露と聴力損失の定量的な関係について
原告らは、EPA(アメリカ合衆国連邦環境保護庁)や産衛協の許容濃度等委員会による騒音の許容基準、E教授らの騒音の臨界帯域の中心周波数におけるスペクトルレベルと曝露及び休止時間とによる単位階段関数に基づくTTS2の予測に関する研究等を挙げ、騒音曝露と聴力損失との間には、一定レベルを超える騒音に曝露された場合に一時的聴力損失(TTS)が生じ、これが反復されることによって永久性の聴力損失(PTS)が生じるという定量的な関係が確立している旨主張している。そして、原告らは、具体的には、EPAが定めた聴力保護の基準値であるLeq(24)70dBという数値を根拠として、これをW値に直せば85以上の区域に相当するから、W値85以上の区域に居住する原告らは等しく聴力損失の危険に曝されている旨主張する。
また、証人Eは、W値からおよそ15を差し引くと等価騒音レベル(Leq)を把握することができる、等価騒音レベルが分かると住民が曝露された騒音の総エネルギーを把握することができる、一定のエネルギーを持つ騒音に曝露すると一定のTTSが発生することは各種の研究結果により明らかにされている、一定のTTSが生じると何年か後のPTSの発生が予測できるなどとして、航空機騒音曝露と聴力損失の間に定量的な関係が存する旨証言する。
(ア) しかしながら、このような見解を前提とするとしても、本件飛行場周辺に居住する原告らが本件航空機騒音によって聴力損失の危険を被っているという法的因果関係を肯定するためには、本件飛行場周辺において原告らが現実に曝露される航空機騒音の条件を確立することが必要不可欠というべきである。
すなわち、前記認定のとおり、昭和55年ないし昭和57年度の3か年に実施された、東京、大阪両国際空港及び福岡空港周辺に居住する一般主婦合計を対象とした個人別騒音曝露量の調査結果によれば、各対象者の家屋外における騒音レベルのLeq、すなわち、各対象者が一日中自宅付近の屋外で過ごしたと仮定した場合の屋外騒音曝露量は、航空機騒音以外に大きな騒音源がない場合、地域のW値に対応した値を示していたのに対し、対象者が曝露された全ての音のエネルギーを24時間にわたって平均した値であるLeq(24)を算出したところ、3空港間においても、また、各空港ごとのW値の異なるグループ間においてもLeq(24)に大きな差はなく、大部分が60ないし65dB(A)の範囲内にあったこと、この数値は、従来この種の調査における職業に従事していない一般主婦のLeq(24)の値とほぼ等しい値(事務労働者のLeq(24)70ないし75dB(A)よりも低い。)であり、空港周辺に居住する成人女性の騒音曝露量が一般主婦のそれとほぼ同程度であるという結果になったことが認められるのである。したがって、本件においても、原告らが現実に曝露されている航空機騒音の程度を検討するに当たっては、ある特定の測定地点において観測された航空機騒音をそのまま原告らが曝露されている航空機騒音と同視することは相当ではないことはもとより、この航空機騒音の程度は、原告本人尋問を実施した原告らと同様、個人の生活様式、防音工事の実施の有無、家屋自体の減音効果等によって大きく異なるというべきであるし、更に、これら原告ら各人について存する事情如何によっては、上記調査結果と同様、原告らが現実に曝露されている航空機騒音の程度がかなり減殺されたものとなる可能性も十分あるというべきである。
そうすると、本件においては、原告らが主張する聴力損失との間の関係が問われるべき航空機騒音曝露の条件自体を特定することが不可能であり、また、原告らが主張するように本件飛行場周辺に居住する原告らが相当高い航空機騒音に常時曝露されていると認めることもできないのであるから、この点において、原告らの主張はそもそも採用できないといわざるを得ない。
(イ) のみならず、原告らが依拠する航空機騒音曝露と聴力損失との間に定量的関係に関する各種研究結果について検討しても、「一定レベルを超える騒音に曝露された場合に一時的な聴力損失(NITTS)が生じ、これが反復されることによって永久性の聴力損失(NIPTS)が生じる」という仮説自体に限っていえば、こうした仮説自体は一般に承認されているところと認めることができるし、その前提である、一定の騒音に曝露された場合に一時的な聴力損失が生じるとする点についても、被告が指摘するような反対ないし批判的な見解も存するとはいえ(<証拠略>)、原告らが根拠として挙げる各種研究、実験等によって徐々に明らかにされつつあると評価することができるものの、進んで、いかなるレベルの一時的な聴力損失が生じれば、いつ、どの程度の永久的な聴力損失が生じるかについては、本件全証拠を総合しても、未だ学説上確立した見解は存在しないといわざるを得ない。
原告らは、聴力損失の危険性を根拠付ける知見として、EPAの聴力保護基準を挙げるが、この聴力保護基準は、被告が指摘するように、そもそも、環境騒音によって住民の聴力に影響を与えてはならないという理念に基づき、住民の聴力保護のため望ましい基準を示したという性質を有することは否定できないのであり、しかも、上記基準時、職業性騒音曝露と聴力損失の関係を示す実証的データに基づいているとはいえ、Leq(8)73dBの騒音に40年間曝露されると5dB程度のNIPTSが生じるということが実証されているわけではないという批判も存するところであるから、上記基準をもって、本件飛行場周辺において聴力損失の危険性があると認めることはできない。また、ある騒音に8時間曝露され、その2分後に測定されたNITTSの値は同一の騒音に例えば10年間曝露された場合に生じるNIPTSの値に等しいとするいわゆるTTS仮説についても、これによって特定の騒音被曝によるNIPTSを予測することは妥当とはいえないとする見解が存するところであり(<証拠略>)、学説上広く是認された見解と評価することはできず、仮説の域を出るものではないといわざるをえない。そして、日本産業衛生協会許容濃度等委員会による騒音の許容基準は、職業性騒音を対象として設定されたものと認められるところ、このような職業性騒音は、証人Eが提唱する、職業性騒音も大部分が非定常騒音であるから、航空機騒音と本質的な相違がないとする見解を前提としてもなお、前提となる騒音曝露の態様、程度、曝露される頻度等において、本件において問題となる航空機騒音曝露とはやはり看過できない相違があるといわざるを得ず、このような相違点を考慮してもなお上記基準を航空機騒音曝露に適用することができるとする確立した見解も存しない。
(ウ) ところで、証人Eは、職業性騒音と比較した場合の航空機騒音の危険性について、騒音のエネルギーが等しい場合は、期間が短くなる代わりに強さが大きくなって、立ち上がり速度が急激になる、立ち上がりの急な音の場合には、内耳に対する保護作用が作動しないうちに音のエネルギーが入ってくるという危険性も急激な非定常騒音の場合にはあり得る、エネルギーが等しければ定常騒音よりも非定常騒音のほうが有害であるとして、間欠騒音である航空機騒音が定常騒音(連続騒音)より聴力保護にとってより有害である場合が多い旨証言し、原告らも、この証言を援用し、航空機騒音が非定常騒音であることをもってその危険性が看過されることがあってはならない旨主張する。そして、証人Eが定常高周波騒音に連続曝露された場合と非定常騒音に間欠的に曝露された場合の2つの観点から、工場に勤務する従業員の聴力損失の程度について調査を行ったところ、音圧レベルで101dBの定常騒音に曝露された場合におけるPTSと、等価平均レベル93dBの非定常騒音に曝露された場合におけるPTSがほぼ等しい値を示したことから、聴器に伝達された音響総エネルギーが等しい場合には、非定常騒音の方が定常騒音よりも聴力損失はより大きい旨の結果が得られたことは前記認定のとおりである。
しかしながら、このような見解が未だ広く是認される段階に至ったとは認められないことは、証人E自身が認めるところであるし、仮に、この見解を前提とするにしても、E教授が上記調査において前提とした騒音は、例えば、音圧レベルは95ないし103dB(平均99dB。けがき騒音)であり、従業員は、約30分間に自己の主作業が発生する騒音に平均27%、暗騒音に73%の割合で曝露されていたというものであり、非定常騒音とはいえかなりの頻度で高いレベルの騒音に曝露されていたと認められるところ、本件飛行場周辺における航空機騒音の程度は、例えば、最も騒音が激しいと考えられる砂辺の測定地点(W値95以上)における沖縄県モニタリングシステムによる測定結果を取り上げても、最長で4205秒(平成10年度。約70分)にとどまるなど、両者の性質は相当異なると考えられるところ、このような相違を踏まえても、E教授の前記見解を本件に適用できるか否かについては疑問があるといわざるを得ない。
(エ) 以上説示したところによれば、航空機騒音と聴力損失との関係は、原告らが主張するような定量的関係があると認めることができないから、原告らの主張は理由がない。
イ 原告らが援用するその他の研究結果等について
更に、原告らが援用するその他の研究結果等についても、次のような問題点を指摘することができる。
(ア) そもそも、本件において、聴力損失の危険性及びその程度を判断する上で、航空機騒音を評価するに当たっては、人間が感じるうるささの程度を示す区域指定におけるW値よりも、むしろ、騒音の物理量を示すLeq(24)やLdnの指標や、実際の騒音発生回数、騒音持続時間、各日について算出した騒音のパワー平均値等の指標を中心として検討することが適当である。したがって、仮に、生活環境整備法に基づく区域指定におけるW値が同一であるとしても、本件飛行場と異なる騒音状況にある飛行場における実地調査をもって、直ちに、本件飛行場周辺において航空機騒音による聴力損失の危険性があるということはできず、これらの実地調査にはおのずから一定の限界があるというべきである。
(イ) また、研究委員会は、航空機騒音が騒音性聴力損失を発生させているかという問題を肯定する報告が相次いでなされているとして、ANらの調査結果を引用しているところ、原告らも、ANの調査結果を援用して、本件飛行場の航空機騒音によって騒音性聴力損失が生じる危険性がある旨主張している。
しかしながら、ANの研究に対しては、被告から、<1>聴力検査においては、極めて微少な音を確認しなければならないため、検査室の暗騒音レベルなどについて慎重な配慮が必要であるところ、上記研究では、測定場所の暗騒音レベル等の記載がないため、これらの配慮が適切に行われたか確認できない、<2>上記研究における対照地区である空港から離れたB校の聴力損失量をみると、いずれも相当高く、同研究には、聴力測定をした測定場所の背景騒音レベルの記述がなく、測定方法(上昇法、下降法のいずれの方法を採用したか)の記述もされていないことを考え併せると、不適切な環境、すなわち、許容される暗騒音のレベルを超える環境において聴力測定が行われた疑いがあり、測定結果の精度には疑問がある、<3>航空機騒音曝露地区であるA校の聴力損失量についてみると、PTAのほうがHPTAよりも聴力損失レベルが高くなっているが、騒音性聴力損失であれば、会話域(PTA)よりも高音域(HPTA)の聴力損失レベルが高くなるはずであるのに、本研究では、むしろ会話域(PTA)のほうが高音域(HPTA)よりも聴力損失レベルが高くなっており、このような傾向は、対照群であるB校についても認められるから、この研究において認められた児童の聴力損失は騒音性聴力損失ではないという批判が加えられているが、<証拠略>によれば、殊に<2>及び<3>の批判は妥当するものと評価せざるを得ない。
(ウ) そして、原告らは、航空機騒音が聴力に対し及ぼす危険性を示す根拠として、H調査及びF調査を挙げる。
しかしながら、まず、H調査についてみると、聴力検査においては、極めて微少な音を確認しなければならないため、周囲のわずかな騒音条件の変化や検査を受ける者の身体的条件により、容易に10ないし20dB程度の誤差が生じ得るところから、検査室の暗騒音レベル、測定機器の精度等の検査条件の調整、検査前に被験者に生じているTTSの排除などの被験者の条件の調整などについて慎重な配慮が必要であるとされているところ(<証拠略>)、H調査の結果をみると、騒音による影響が少ないと考えられる対照地区の小学校の児童についても聴力の落ち込みがみられるのであり(<証拠略>)、測定場所の暗騒音が高く、聴力測定に不適当な場所で行われたことなど、測定方法等に問題があったとの疑いを払拭することはできない。また、F調査についても、前述したとおり、聴力検査においては、検査室の暗騒音レベル等において慎重派は医療が必要とされるところ、調査者自身が、その報告書において、「検査場所・検査機器・検査員等を含め必ずしも研究室内のような厳密な条件は満たされず検査精度の上で様々な問題を持っていた」ことを自認していることが認められるから(<証拠略>)、その聴力検査、ひいては研究結果の信用性には疑問を差し挟む余地があるといわざるを得ない。
ウ 以上によれば、本件飛行場周辺において、航空機騒音による聴力損失が発生する客観的かつ高度の危険があることを明確に肯定できるだけの有力な学術研究等は未だ見当たらないと評価せざるを得ない。
(9) 耳鳴りについて
<証拠略>によれば、耳鳴りは、聴覚障害の初期に難聴に先行して現れることが多いこと、しかし、その種類は多様であって、その圧倒的多数を占める非振動性の、すなわち、身体のどこかに物理的音源があるわけではなく、他覚的には聴くことのできない耳鳴りについては、あくまで患者自身の自覚的、主観的な訴えであり、その音調、強さ、部位等は疾患の部位や原因とほとんど対応しないことなどが認められ、結局のところ、これについては、その原因や態様が十分に解明されていないといわざるを得ない。そうすると、医師の鑑別診断を経ないと、個々の耳鳴りが振動性のものであるか非振動性のものであるか、あるいは、非振動性のものであるとしても、その原因が耳の疾患にあるのか否かについて確定すること自体が困難であるといわなければならない。
また、沖縄県調査によれば、騒音性聴力損失と診断された症例のうち6例が耳鳴りの症状を訴えているが、前述したとおり、本件飛行場周辺における航空機騒音と騒音性聴力損失との間の法的因果関係を認めるに足りる的確な証拠はない上、前述のとおり、耳鳴りの原因に関する研究自体が進んでいないことを考え併せれば、上記の耳鳴りの訴えが本件飛行場周辺における航空機騒音によるものであると認めることはできない。
(10) 聴力損失及び耳鳴りに関する結論
以上検討したところによれば、原告らのうち少なからざる者が訴える難聴、耳鳴りが、本件飛行場を離発着する航空機の騒音により発生したと認めることができないし、また、原告らが主張するように、W値85以上の区域に居住する原告らが等しく騒音性聴力損失の危険を被っていると認めることもできないというべきである。したがって、この点に関する原告の主張は理由がないといわざるを得ない。
しかしながら、沖縄県調査によって、W値85以上の高曝露地域に居住する住民らの中から、合計12症例の騒音性聴力損失者が検出されたのであり、職歴等が不明であること等の理由により、その全てを騒音性聴力損失者と認めることはできないにせよ、少なくとも、本件において原告本人尋問を実施した4症例(なお、いずれもW値95以上の砂辺に居住歴を有する者である。)に関する限りは、AE医師ら研究委員会がした聴力検査の過程等に被告が指摘するような不合理な点は見当たらなかったことは前述したとおりであるから、これら4症例の個人の騒音曝露量を特定できない等の理由により、航空機騒音との間の法的因果関係までは肯定することができないにしても、研究委員会が99年調査報告書において述べるとおり、これらの騒音性聴力損失が本件飛行場を離発着する航空機騒音と関連性を有するとの疑いを払拭することは困難というべきである。また、前述したANらによる調査結果のように、検査方法の精度等については問題があるとはいえ、航空機騒音が聴力損失の原因となりうることを示唆する調査結果があり、しかも、PTSを起こした人に対する過去の騒音曝露歴との関係についての疫学的調査や、TTSとPTSとの間には関係があるとの仮説に基づいて、TTSについて実験研究をするなどの方法により、航空機騒音と聴力損失との関係を解明するための研究が進められているのが現状というべきであるし、被告が援用するALらによる研究、調査結果に対しては、原告らが指摘するとおり、データの取捨選択や分析の方法に問題があるといわざるを得ないのであるから、被告が主張するように、航空機騒音と聴力損失との間に関連性がないとするのが定説であるとは到底認めることができない。
これらの事情に加えて、一般的にいえば、長期にわたり激しい航空機騒音に曝露され続ければ聴力損失が生じる可能性があること自体は否定できないと考えられるところ、前記「本件飛行場周辺における航空機騒音の評価」(第4の1(4))で説示したように、W値95以上の区域においては、現在もなお、かなり激しい騒音に曝露され続けているのが現状であることを考え併せると、本件においても、W値95以上の極めて激しい航空機騒音に曝されている原告らが、原告本人尋問や陳述書等において、現在現に発生しているとする難聴や、将来において聴覚に不具合が発生するのではないかという不安を訴えていることは、原告らの心情として十分理解することができるところである。
そうすると、上記区域に居住する原告らが聴力損失が発生する危険について不安を抱かざるを得ないという程度に激しい騒音の下で生活することを余儀なくされているということは、これらの原告の精神的苦痛、すなわち精神的被害が大きいことを指し示すものというべきであるから、これらの原告に対する慰藉料の算定に当たっては、この事情を斟酌すべきである。
3 原告らが主張するその他の健康被害について
(1) 原告らの主張等
原告らの陳述事及び本人尋問の結果によれば、原告らのうちかなりの者が、耳鳴り、難聴、頭痛、肩こり、高血圧、動悸、めまい、不眠症、胃腸障害、食欲不振、疲労感・倦怠感等の健康上の問題を訴えていることが認められる。そして、原告らは、沖縄県調査等を援用して、本件飛行場を離発着する航空機騒音によって、頭痛・肩こり・めまい等の症状、高血圧・心臓の動悸、胃腸障害等の健康被害を被っている旨主張する。
ところで、先に「被害認定に関する当裁判所の基本的な立場」(第5の1(1))で説示したとおり、このような健康被害についても、聴力損失と同様、原告らごとに健康被害の症状の態様や程度などを具体的に主張し、それを裏付ける医師の診断書等の客観的証拠によってその被害の実態を明らかにするのであれば格別、このような方法によらないで、前記健康被害を原告らに共通する身体的被害として主張することは相当でないというべきである。もっとも、ある一定のレベルの騒音に曝露されることによって、本件飛行場周辺に居住するある一定の範囲の者に一定の身体的被害が生じる客観的かつ高度の危険性が認められる場合には、そうした身体的被害の高度の危険性がある状態で生活しなければならないという精神的苦痛が認められる限度において、原告らの共通損害となると解することができるから、以下、原告らが挙げる沖縄県調査など各種調査結果や学術研究等によって、原告らの健康に対する上記危険性が裏付けられていると評価できるかという観点から検討を加える。
(2) 沖縄県調査の結果等
原告らは、まず、上記の危険性を裏付ける根拠として、沖縄県調査において研究委員会が行った自覚的健康観に関する調査結果を挙げるので、その内容について検討する(以下の事実は、<証拠略>により認める。)。
ア 研究委員会は、住民の自覚的健康度を調査する目的で、平成7年10月から平成8年9月にかけて、本件飛行場周辺等において、自覚的健康観に関する調査を実施した。この調査に当たり研究委員会が使用したのは、東大式自記健康調査票(The Todai Health Index。以下「THI」という。)である(以下、研究委員会がしたこの調査を「THI調査」という。)。THIは、自覚的健康度の調査のために開発された質問紙健康調査票であり、研究委員会によれば、従来心身の自覚症状検査や性格検査のために用いられてきた谷田部ギルフォード性格テスト等と比較すると、性格テストや精神疾患の検出に関しては専門化の程度が低いものの、測定対象領域は広く、心身自覚症状を把握するとともに、さまざまな心理・性格傾向や神経症傾向を定量的に示すことができる利点があるとされる。
THIは、130の質問からなり、「はい」、「いいえ」、「どちらでもない」などの3択式の回答となっている。THIの質問は、合計12の尺度に分類され(ただし、いずれの尺度にも属さない質問が12ある。)、各尺度に対する回答により合計得点を求める。判別得点が大きいほど、その尺度に関連する疾患に罹患している確率は高くなり、判別得点が正のときは陽性、負のときは陰性と判別する。また、これらの尺度得点・判別得点を集団について求め、適当な標準集団の値と比較することで、当該集団の特徴を明らかにし、評価することもできるとされる。研究委員会は、12個の尺度のうち、「多愁訴」、「呼吸器」、「眼と皮膚」、「口腔と肛門」及び「消化器」の5尺度は身体的自覚症状に、「直情径行性」、「虚構性」、「情緒不安定」、「抑うつ性」、「攻撃性」、「神経質」及び「生活不規則性」の7尺度は精神的自覚症状とみなすことができるとしている。研究委員会によれば、各尺度の内容や意味については、次のとおりとされる。
尺度名
略号
質問項目数
内容・意味
多愁訴
SUSY
20
足がだるい、横になりたい、頭が重い、ぼんやりする、痛い、肩がこる、体が痛い、熱っぽい、など不定愁訴
身
体
的
自
覚
症
状
呼吸器
RESP
10
たんがからむ、鼻水が出る、せき、くしゃみが出る、のどが痛む、など
眼と皮膚
EYSK
10
皮膚が弱い・かゆい、発疹・じんましんが出る、目があつい、痛い、充血する、など
口腔と肛門
MOUT
10
舌があれる、口が熱っぽい、歯ぐきの色が悪い、出血する、口臭がある、排便痛、痔、便秘、など
消化器
DIGE
9
胃の具合が悪い、痛む、もたれる、下痢、消化不良、など
直情径行性
IMPU
9
いらいらする、カッとなる、考えずに行動する、不平不満が多い、など短気・直情経行性
精
神
的
自
覚
症
状
虚構性
LISC
10
自分をよくみせたい傾向、自分をいつわって虚栄をはる傾向、そのためにうそをいってしまう傾向
情緒不安定
MENT
14
ちょっとしたことが気になる、人前で仕事ができない、くよくよ、赤面、気疲れ、冷汗、落ちつきがない、気分に波、など
抑うつ性
DEPR
10
悲しく、孤独で、おもしろくなく、ゆううつで元気がなく、自信がない、など
攻撃性
ACCR
7
体が強く、気は大きく、肥っていて、たちくらみ・寒がりでない、など心理的外向・積極性・攻撃的
神経質
NERV
8
神経質、心配性、苦労性、敏感、気むずかしいなど
生活不規則性
LIFE
11
夜ふかしの朝寝坊、食事は不規則で朝食ぬき、食欲不振、体がだるい、朝起きるのがつらい、など都市型の生活
なお、研究委員会は、THIの原版にある130の質問に加え、「耳のきこえ」等に関する合計5つの質問を加えている。
イ 研究委員会が調査対象としたのは、航空機騒音曝露群としては、本件飛行場周辺のW値75ないし95の地域(北谷町、嘉手納町、石川市、具志川市、沖縄市及び読谷村)と、普天間飛行場周辺のW値70ないし80の地域であり、このうち本件飛行場周辺の地域については、研究委員会は、対象者として5529名の住民を抽出し、うち4840名について調査票を配布した。回答したのは4036名(回答率83.4%)、有効回答数は3887であった。また、研究委員会は、非曝露群(対照群)として、佐敷町、大里村及び南風原町から1199名を選定し、航空機騒音曝露群と同様の調査を実施した。調査票配布に関しては、W値95以上の地域については、居住者が少ないので全数調査とし、それ以外の地域については、原則として、まず行政区を無作為に抽出し、ついで住民基本台帳から回答者を無作為に抽出して配布対象を選定した。調査員は、調査票(THI)を封筒に入れて戸別訪問し、調査の趣旨を述べて、調査票を配布した。配布にあたっては、指定された個人が記入するように特に注意を促した。配布先には、1ないし3週間のうちに調査員が再訪問し、回答されていることを確認して、回収した。
ウ 研究委員会は、平成3年にE教授ら住民健康調査研究会が北谷町の住民を対象として行ったTHI調査の結果(その内容については、後述する。)を加えた合計7095の有効回答に基づき、年齢、性別構成が等しくなるように調整を行った上、防衛施設庁が作成した騒音コンター等を騒音曝露指標とし、多重ロジスティック解析(複数の因子を説明変数として、ある事象が生じる確率を推測する統計解析の方法を指す。)を主体として、統計学的に解析した。研究委員会が騒音(W値)以外にTHIの尺度に影響を及ぼす可能性のある因子(交絡因子)として取り上げたのは、年齢、性別、職業、年齢と性別の交互作用である。その結果は、次表に示すとおりであった。
尺度名
%1
WECPNL
年齢
性別
年齢*性別
職業
多愁訴
90
0.0009***
0.0086**
0.8121
0.0904
0.2648
呼吸器
90
0.0000***
0.0112*
0.0000***
0.8999
0.2863
眼と皮膚
90
0.2258
0.5602
0.3721
0.0000***
0.1569
口腔と肛門
90
0.0666
0.0000***
0.7007
0.0060**
0.3086
消化器
90
0.0004***
0.0000***
0.0000***
0.0000***
0.5826
直情径行性
90
0.1356
0.0011**
0.0000***
0.0318*
0.1729
虚構性
10
0.8510
0.0000***
0.0032**
0.9613
0.1111
虚構性
90
0.4461
0.0000***
0.0182*
0.0843
0.3775
情緒不安定
90
0.0085**
0.0761
0.0000***
0.0462*
0.0509
抑うつ性
90
0.0724
0.0015**
0.4475
0.0127*
0.1616
攻撃性
10
0.0124*
0.0000
0.0000***
0.0078**
0.0000***
攻撃性
90
0.4040
0.0024**
0.0000***
0.2431
0.0216*
神経質
10
0.1487
0.0063**
0.0048**
0.3946
0.0694
神経質
90
0.0005***
0.0000***
0.4469
0.7192
0.2057
生活不規則性
90
0.1094
0.0000***
0.0479*
0.5840
0.0000***
*:p<0.05、**:p<0.01、***:p<0.001
t分析に用いたしきい値の対照群におけるパーセント点
このうち、身体的自覚症状に関する分析結果(前述のとおり、研究委員会が身体的自覚症状に属する尺度として分類したのは、「多愁訴」、「呼吸器」、「目と皮膚」、「口腔と肛門」及び「消化器」の5つである。)をみると、本件飛行場では、「多愁訴」、「呼吸器」及び「強化器」の各尺度で、W値(防衛施設庁コンター)との間に0.1%以下の有意確率で関連が認められた(なお、トレンド検定により求めた「目と皮膚」の有意確率は22.58%であり、「口腔と肛門」の有意確率は6.66%であった。)。有意確率とは、統計的仮説検定において、仮説が真であったときに、それに対応する標本の値が生起する確率をいい、この有意確率が十分に小さい場合、標本の仮説からのずれが統計的に無視できない(有意)ものであり、仮説が真でないと判断する(棄却する)に十分な証拠と考えるとされている。
そして、上記の3尺度について、W値(防衛施設庁コンター)とオッズ比(Odds ratio。疾病の発症リスクなどを比較するための尺度として一般に用いられている。対照群と曝露群に差がない場合にはオッズ比が1となり、曝露群での比率が高い場合には1以上の値となるとされている。)の関連を検討すると、「多愁訴」に関しては、高度に有意な量反応関係が認められ、W値が90以上の2群においてはオッズ比が1.5以上となっており、対照群と比較して50%以上の比率の増加があるとしている。また、「呼吸器」に関しては、W値とオッズ比の対数値の間に直線的な関係が認められ、W値90の群においてはオッズ比が1.8となっており、対照群と比較して2倍近い比率の増加がある、W値95以上の群ではW値90の群よりもオッズ比の推定値が減少しているが、信頼区間の範囲内となっているとしている。「消化器」に関しては、W値90、95以上の2群においてオッズ比が高くなっており、有意な関連が認められる。
また、研究委員会は、12尺度の尺度得点を因子分析することにより、尺度得点に関与する潜在因子を抽出し、その因子得点と航空機騒音曝露との関連を解析したところ、「身体的因子」に関しては、比較的低い騒音曝露レベルからオッズ比の上昇傾向があり、W値が95以上の群で、オッズ比が2以上となった。
エ 研究委員会は、THI調査結果の解析から、航空機騒音の曝露を長年受けることにより、<1>様々な身体的自覚症状と精神的自覚症状を訴える者の比率は曝露レベル(W値、Ldn)に応じて高くなる、<2>12尺度に分類される自覚症状の中で、「呼吸器」、「神経質」などでは、W値(施設庁コンター)が75未満の比較的低い騒音曝露レベルから影響がみられるが、「多愁訴」、「消化器」、「情緒不安定」などでは、W値(施設庁コンター)が90以上の曝露レベルの高い群においてのみ影響が認められる、<3>航空機騒音は、様々な自覚症状の訴え率を高めるにとどまらず、心身症傾向や神経症傾向と判断される者の比率を、とりわけ高レベル曝露群において顕著に高めていると結論づけている。
(3) 騒音の身体に対する影響についての学術研究等
騒音による健康等に対する影響の発現メカニズムに関する考え方については、前記「騒音の人体への影響」の項で説示したように、長田の説明や研究委員会による説明のような、騒音が人体の健康に与える影響を明らかにする研究結果が発表されている一方、航空機騒音により人の身体的、精神的健康に影響がないとする知見もあるが、更に、次のような研究結果等がある(以下の事実は、<証拠略>により、認める。)。
ア 呼吸器、循衆器系機能に及ぼす影響
(ア) 国立SのAPらが、健康な青少年男子5名を被験者として、クレペリン加算を行わせながら、55、70、85ホンの航空機騒音、工場騒音及び交通騒音と、対照としての30ないし40ホンの市街地騒音とを、1日2時間、10日間曝露した第1回目の実験では、血圧、脈拍数には著明な差異を見出せなかった。しかし、前同様の三段階のレベルの騒音を30分の休止を挟んで前後30分ずつ曝露した第2回目の実験では、騒音によって呼吸数の増加、脈拍数の増加がみられ、騒音レベルの上昇とともにこの反応が強まる傾向を示した。
(イ) D大学工学部衛生工学科のAQらが、青年男女25名に、音圧レベルを60、70、80、90、100dB(A)と次第に上げ、あるいは次第に下げて、ホワイトノイズを1回30秒間で各レベルごとに15回ずつ曝露した実験では、血圧は、刺激音曝露開始後上昇を始め、その後徐々に降下すること、血圧上昇が音圧レベルに比例して直線的に増大することが認められ、両者の相関係数は高かった。
(ウ) そのほか、人間又は動物に騒音を曝露する実験において、呼吸数、呼吸振幅が増大する、末梢血管が収縮し、血圧が上昇するなどの急性反応が現れることが報告されている。もっとも、こうした急性反応を繰り返すことによって慢性的な高血圧や心疾患が起こりうるか否かについての確実な研究結果は見当たらない。騒音の激しい職場で長年働いた人に高血圧が多いかどうかについては、相反する報告がなされている。
イ 血液に及ぼす影響
(ア) 前記APらによる前記実験の第1回目では、対照実験に比較して、総白血球数の増加の抑制傾向、好酸球数の減少の強化とその後の増加の抑制傾向、好塩基球数の増加の促進傾向がみられ、その影響は、前記3段階の騒音中で85ホンのときが最も強く、また個人差が大きかった。第2回目の実験では、同様の傾向が認められたものの、騒音の種類やレベルによる差は見出し得なかった。
(イ) Tらが男子学生に騒音を曝露した実験の結果は、次のとおりである。
ピークレベル70、80、90dB(A)のジェット機騒音を2分間又は4分間に1回の割合で90分間曝落した実験において、騒音レベルの上昇とともに、好酸球数と好塩基球数が大きく減少し、その後増加に転じた。Tの説明によると、副腎皮質機能が亢進すると、これらが減少し、この減少がストレスの指標となるとされる。
中央値40、50、60dB(A)の交通騒音を2時間又は6時間連続して曝露した実験において、白血球数は60dB(A)で有意に増加し、好酸球数は60dB(A)6時間曝露で減少後の回復が有意に遅れたが、好塩基球数では有意な変化がみられなかった。
ウ 内分泌系機能に及ぼす影響
(ア) 前記APらによる実験の第1回目では、尿中17―OHコルチコイドの量(この増加により、副腎皮質機能の亢進が推定できるとされている。)は、上記3段階の騒音中で70ホンのときの増加が最も大となり、85ホンのときはかえって減少した。一方、第2回目の実験では、尿中17―OHコルチコイドの量に、騒音による有意な変化は見出せなかった。
(イ) 前記Tらによる実験では、尿中17―OHコルチコイドの量は、40dB(A)6時間曝露において増加がピークに達し、逆に、60dB(A)6時間曝露においては有意に抑制された。
(ウ) そのほか、AR大学医学部ASらによる騒音職場で働く従業員を被験者とした実験や、同学部ATらによる男子に対する騒音の長時間曝露による実験等によって、騒音の曝露による尿中17ケトステロイドの減少が認められたなどの報告がなされている。坂本は、これを副腎皮質機能の低下によるものとしている。
(エ) また、ラット、ウサギなどを用いた動物実験では、一般的にいえば、騒音の曝露による甲状腺機能の抑制、副腎皮質機能の亢進がかなりの程度に証明されたことが報告されているが、人間に対する実験では、必ずしも明瞭な結果は得られていない。
エ その他の身体的影響
(ア) 消化器系機能に及ぼす影響として、人又は動物に航空機騒音を曝露させる実験により、騒音曝露による唾液、胃液分泌の減少、胃運動の抑制等の影響が現れたことが報告されている。
(イ) そのほか、精神病院入院率、各種身体症状の訴え率、薬の服用率や病院の利用率などについて、地域の騒音レベルとの関係で多くの調査がなされているが、結果はまちまちであり、騒音と関係あるとみられる場合にも、曝露が直接的に影響するというよりは、騒音に対する感受性の介在が大きいのではないかといわれている。
(4) 本件飛行場及び他の飛行場での住民調査等
(以下の事実は、<証拠略>により認める。)
ア E教授を会長とする住民健康調査研究会は、平成3年、北谷町住民1000名及び非曝露群として選定した北中城村の住民200名を対象として、THIを用いて健康度調査を実施した。そして、同研究会が対照群、W値75ないし90群及びW値95群の3群間で尺度得点・判別値の平均値を分析したところ、有意差の認められた尺度得点・判別値のほとんどは精神的自覚症状を示すものであり、W値が高くなるほど反応率が高くなることが認められた。また、同研究会がTHIの質問項目のほかに「日ごろ耳の聞こえがわるいほうですか」、「ふだん自分で健康だと思いますか」という2項目について質問したところ、「耳のきこえのわるさ」を訴える人員の割合と、「健康だと思いますか」の問いに「いいえ」と回答する人員の割合は、いずれもW値95群で最高で、続いてW値75ないし90群で高く、対照群で最低であった。
同研究会は、以上の結果を踏まえ、北谷町住民が、本件飛行場の航空機騒音曝露によって精神的自覚症状を中心として心身の健康に影響を被っていること、その影響は航空機騒音の曝露量が大きいほど強く現れること、航空機騒音曝露によって聴力及び健康にも影響が生じている可能性があるなどと結論付けている。
イ(ア) 前記F医師らが昭和61、62年に小松基地騒音差止等訴訟の原告及びその家族125名(生活環境整備法上の区域指定におけるW値75ないし90の各地域に居住する。)を対象とした健康診断の結果によると、頭痛など騒音との関連を考えさせる訴えが多く、尿及び血圧の検査所見をみると、高血圧が12名(10.3%)、境界域高血圧が23名(19.7%)であって、以上を合計した高血圧罹患率は、後記bの調査による非騒音地域のそれと比較して有意に高く、また、血圧平均値について同様に非騒音地域のそれと比較したところ、原告家族集団は、全年齢及び60歳以下の双方において、最高血圧、最低血圧ともに、非騒音地域に比べて有意に高かった。これら原告家族集団に対するTHI調査による健康度調査の結果で、男女とも「口腔と肛門」の項目の尺度得点が高く、男子では「消化器」、女子では「呼吸器」の各項目の尺度得点もやや高かった。
(イ) 次に、昭和62年に騒音地域(W値85及び90の地域)及び非騒音地域の住民(各117名と62名)を対象とした健康診断の結果によると、高血圧及び境界域高血圧を合計した高血圧罹患率や、血圧平均値についても、全年齢及び60歳以下の双方において、最高血圧、最低血圧ともに、非騒音地域に比べて有意に高く、原告家族集団と同様の傾向を示した。
(ウ) F医師らは、平成4年10月から12月にかけてW値75の地域(F医師らの「騒音被害医学調査班報告書」では、「七五コンター」と表記されている。)の住民297名に対し、平成5年8月から9月にかけてW値85以上の地域(上記報告書では、「八五コンター」と表記されている。)の住民89名に対し、それぞれ質問調査表を配布して調査した。そして、W値75の地域の住民、W値85以上の地域の住民、非騒音地域の住民の3群に区分した上、各ママ軍ごとに性別、年齢別の構成比が同じようになるように各52名(男36名、女16名)を抽出し、調査結果を比較検討したところ、「胸がドキドキする」、「頭が痛い」、「耳鳴りがする」、「食欲がなくなる」、「疲れやすい」、「胃腸の具合が悪い」等の身体的被害を示す項目において、非騒音地域、W値75の地域、W値85以上の地域の順に訴えの平均値が高いことが判明し、騒音レベルと身体的被害についての住民の訴えとの間には、量反応関係が認められたとしている。
ウ 財団法人R協会から委託を受けた財団法人AMは、昭和55年ないし昭和57年度の3か年度において、大阪、東京両国際空港及び福岡空港周辺に居住し、かつ、同協会が実施した巡回健康診断を受診した成人女性を対象として、個人別騒音曝露量調査、質問紙(THI等)による健康調査、及び自律神経―内分泌機能に関する生物学的調査を実施した(実際に調査の計画と実施を担当したのは、人体影響調査委員会である。)。その結果は次のとおりである。
(ア) 質問紙(THI等)による健康調査の結果のうち、身体的影響に関しては、大阪空港周辺においては、「消化器」尺度の尺度得点について、W値の異なる3群間の平均値に有意な差が認められた。更に、同空港周辺において、どのような質問に対する自覚症状の訴えがW値の上昇に対応して増加したかを調べたところ、20歳から60歳未満までの年齢層においては、「生つばが出ることがある」、「下痢をすることがある」、「胃腸の具合が悪いことがある」などの消化器系に関する自覚症状の訴えが多く、特に20歳代と30歳代の若い年齢層に顕著であった。もっとも、このようなW値の上昇に対応した自覚症状の増加現象は、東京及び福岡の両空港周辺では認められなかった。
(イ) 一方、巡回健康診断(X線、血圧、心電図、血球、血液化学、尿)の結果では、東京国際空港周辺における「尿判定」の結界を除いては、3空港ともW値の上昇に伴う有意な差が認められなかった。もっとも、上記検査項目は、循環器系や肝機能に関するものが主であって、大阪空港周辺で質問紙による健康調査によって騒音との関連がみられた消化器系に関するものとは対象が異なっていた。
(ウ) 上記巡回健康診断において高血圧と診断された女性399名(3空港周辺の騒音地域に居住)と一般女性24名(非騒音地域に居住)とを対象として、3年間にわたり、月経不順等についてのアンケート調査、寒冷昇圧試験、血中ホルモン、尿中ホルモンの測定、眼底検査等を行った結果は、次のとおりであった。
空港周辺住民における月経不順、妊娠、出産の異常が多いとは認められなかった。寒冷昇圧試験を指標とした自律神経系の検査でも異常は認められなかった。上記寒冷昇圧試験の結果と、血圧、尿中カテコールアミン値、眼底所見(高血圧関連調査)との間に何ら有機的な関係を見出すことはできず、したがって、交感神経系の興奮と高血圧症との関係も見出すことはできなかった。また、航空機騒音地域の住民と対照地域住民との間に、血中コルチゾール値や尿中17―OHコルチコステロイド値に差がないことから、騒音曝露による下垂体を介しての副腎皮質系統の機能亢進状態があるとも考えられなかった。
(エ) 同委員会は、以上の結果を踏まえ、騒音によるうるささや生活妨害などの訴えといったいわゆる心理的影響は、航空機騒音の高曝露レベル地域において明らかに強く認められ、それに対応した形で健康に関する自覚症状の訴えも増加していたが、臨床的検査結果に基づく客観的健康評価によると航空機騒音の影響は認められなかったと結論づけている。
エ R協会が、同時期に大阪国際空港周辺において、学童を対象として行った調査結果のうち、質問紙(THIを学童用に一部修正)による健康調査の結果では、ごく一部の質問についてW値の上昇との間に有意な差が認められたものの、これらが特定の尺度名に偏ることはなく、全体としてはっきりとした傾向は認められず、また、自律神経―内分泌機能に関する調査(この調査についても、成人の場合と異なり、男女について行われている。)の結果は、地域の航空機騒音レベルと自律神経系の指標となる尿中カテコールアミン値、内分泌系の指標となる尿中ステロイドホルモン値との間には有意な関連は認められない、というものであった。
オ R協会研究センターのAU(以下「AU」という。)は、航空機騒音による空港周辺住民の心身の健康への影響を明らかにするため、大阪国際空港周辺の豊中市、伊丹市及び川西市のW値70以上の区域に居住する成人女性2000名を対象として、昭和57年の夏から秋にかけてTHI調査を実施し、居住地のW値により、対象集団をW値70台群、W値80台群及びW値90以上群の3群に分けて、これら3群間で調査結果を比較分析した。その結果は、次のとおりである。
20・30歳代では、多愁訴、消化器及び直情径行性の着度得点について、W値90以上群の平均値が他の2群の平均値よりも有意に高かった。40・50歳代では、ほとんどの尺度得点と判別値の平均値がW値の高い群ほど高い傾向がみられたが、有意な差ではなかった。60歳以上では、多愁訴、目と皮膚、消化器、直情径行性、情緒不安定、抑うつ性の尺度得点及び心身症傾向判別値と神経症傾向判別値に関して、W値の高い群ほど平均値が有意に高かった。また、これらの尺度得点や判別値に関して、更に対象者の騒音に対する感じ方や社会経済的条件などがどのように関与しているかを分析検討したところ、20・30歳代では、騒がしさの訴えが強い人ほど多愁訴と消化器の尺度得点が高いのに対して、60歳以上では、騒がしさの訴えと尺度得点・判別値の間の有意な関連はほとんど認められず、むしろ、居住年数の長さや世帯年収の少なさが尺度得点・判別値を高める結果となった。
AUは、これらの結果を踏まえ、航空機騒音による住民の健康への影響は、対象者の年齢によって量的にも質的にも差があり、20・30歳代の年齢集団に関しては、騒音による心理的ストレスが自律神経系や内分泌系を介して全身的に影響を及ぼすという仮説がよく当てはまるのに対し、40・50歳代の年齢集団は、騒音による心理的なストレスは十分に受けているが、それが全身的な影響に移行するところでのコントロールがうまく制御できているとみられる、60歳以上では騒音による心理的ストレスが全身的影響に移行する過程における個人差が極めて大きく、居住年数や世帯年収など社会経済的要因の関与も大きいことが示唆されるとしている。
カ 財団法人AVのAW(以下「AW」という。)らは、福岡国際空港周辺地域に居住する女性469名の健康診断データ(平成6年に実施。以下同じ。)と、対照地として選出された隣接町(就労人口の大半が福岡市内への通勤者で構成され、調査年度時における人口は約2万3000人、同空港から8Km付近に位置する。)に居住する女性1177名の健康診断データを踏まえて、血圧と航空機騒音の関連等を検討した。
その結果、まず、血圧値については、SBP(収縮期血圧)及びDBP(拡張期血圧)のいずれに関しても、空港周辺群と対照群に差がみられなかった。血圧治療者を除外して再度解析した結果も同様であった。これに対して、血液検査項目については、GPT、RBC及びWBCに関し、空港周辺群は対照群に比べて高く、有意差が検出された。解析対象から喫煙者及び飲酒者を除外し、また季節変動による影響を制限しつつ追加検討しても、空港周辺群と対照群の間では有意な差が認められた。
AWらは、上記結果を踏まえ、航空機騒音の血圧への関与は認められない、血液検査項目のうちWBCの増加に見いだされる反応は航空機騒音によるストレスとも考えられる、上記調査結果において空港周辺群で喫煙率、飲酒率がともに高いのは、航空機騒音に対する手段的退避行動の顕れとも考えられ、航空機騒音によるストレスの関与を示唆している旨報告する一方で、上記調査で採用した臨床検査項目が航空機騒音による客観的精神影響の存在を検出する上で適切であるか議論の余地もある、GPT、WBCの変動は正常範囲にとどまっており、医師が下す各判定結果では2群間に正常者判定率に差がみられないことから、上記変動は現時点において疾病に移行しているとは考えにくいと結論づけている。
(5) 検討
以上の事実を前提として、本件飛行場の航空機騒音が原告らの健康に被害を及ぼす観客的かつ高度の危険性があるか否かを検討する。
ア まず、騒音が健康に及ぼす影響に関係するT及び研究委員会の説明によれば、騒音は、聴力損失との関係では、外耳道から内耳に入り、有毛細胞に障害を与えることによって聴力の低下を引き起こすといういわば直接的な影響を及ぼすのに対し、その他の健康被害の発現メカニズムとの関係では、聴力損失の場合と異なり、騒音が環境ストレスとして人体に作用し、視床下部や自律神経系を介して免疫系に影響を与え、循環器や消化器も影響が反映されるとされているのであるから、騒音が身体に対し及ぼす影響は、ストレスとしての性格を有するいわば間接的なものと考えることができる。したがって、こうしたストレスは、個々人が抱える身体的又は精神的な素因はもとより、その個人を取り巻く社会的、経済的環境等によっても様々に修飾され、異なりうるものと考えられるのであるから、ある個人又は集団にある身体的症状が現れたとしても、その身体的症状の原因が航空機騒音であることを特定することはかなり困難な作業であるといわざるを得ない。そして、前記認定の各研究結果等(沖縄県調査については、後に検討する。)を総合すれば、騒音が人体に対する影響を及ぼすことはないとする旨の知見がある一方で、人又は動物に対する実験の結果、騒音の生理的機能に及ぼす影響として、末梢血管の収縮、血圧の上昇、血球数の変化、副腎皮質ホルモン分泌量の変化、胃液分泌の変化、胃運動の抑制等の反応があったことが報告されているものの、これらの研究結果によっても、集団レベルではもとより、個人レベルにおいても、騒音曝露量と身体的症状との間の定量的な関係がなお解明されたとはいい難い。
イ そして、原告らは、沖縄県調査において研究委員会が実施したTHI調査の結果、航空機騒音と身体的自覚症状との間に高度な量反応関係が認められたことを根拠として、本件飛行場の航空機騒音によって原告らが健康被害を受けている旨主張する。確かに、前記認定の事実によれば、研究委員会が実施したTHI調査は、合計7095人の有効回答者数というかなり大規模なものであるし、研究委員会が調査の手段として採用したTHIは、客観的健康度との相関が高いとされている。また、対照群の選定についても明らかに不適切なところは認められないし、THI調査の結果を踏まえ研究委員会がした分析過程をみても、統計解析の方法として多重ロジスティック回帰分析を採用するなど、全体として解析結果の信頼性と妥当性に慎重な態度を示していることがうかがわれるのであるから、THI調査に当たり、被調査者が本件飛行場の航空機騒音による影響を調査する目的であることを了知することができた可能性は排除できないにしても、全体としてみれば、被告が主張するように、THI調査の結果や、これを踏まえた研究委員会の分析手法自体は、一概に信用性のないものということはできない。
しかしながら、前述のとおり、身体的症状の原因として作用するストレスは、個人を取り巻く社会的、経済的環境等によっても様々に修飾され、異なりうるものと考えられるのであるから、仮に航空機騒音によって身体的症状が現れるとしても、それのみが当該身体的症状の原因であると断定することは困難であるから、THI調査の評価にはおのずから一定の限界があるといわざるを得ない。例えば、前記認定の事実によれば、研究委員会が身体的自覚症状として分類した各尺度について、トレンド検定により有意確率を求めたところ、「目と皮膚」については0.2258という数値となっているが、このことは、この尺度に関しては、航空機騒音以外の事情がストレス要因となった可能性が少なくないことを指し示すものというべきである。同様に、「口腔と肛門」の尺度についても、その有意確率は0.0666であって、必ずしも高度に有意な量反応関係があると認めることはできない。
また、対照群との比較における研究委員会の分析内容を子細に検討すると、次のような問題点を指摘することができる。すなわち、研究委員会は、前述のとおり対照群を選定した上、対照群との差をオッズ比で示しているが、前記認定の事実によれば、「多愁訴」の尺度については、W値90、W値95以上の地域で量反応関係があるように見受けられるものの、W値75、80、85の各区間では95%信頼区間の下端が1を下回っている。
「呼吸器」の尺度についても、95%信頼区間が1を超えているのはW値90の地域のみであり、W値95の地域ではオッズ比が低下しているのみならず、前記信頼区間の下端が1を下回っているし、「消化器」の尺度では、研究委員会が求めたオッズ比自体がW値75.85の各地域では1を下回っているのみならず、95%信頼区間の下端が1を上回っているのがW値90の地域のみであり、W値95以上の地域では、オッズ比が減少して95%信頼区間の下端が再び1を下回っている結果となっている。
そうすると、W値コンター、すなわち航空機騒音と健康被害の間に量反応関係があると認めることや、対照群との間に前記有意確率で有意差があると認めることについては合理的な疑いを差し挟む余地があるというべきであるから、原告の前記主張は理由がない。
ウ 更に、原告らが根拠として挙げるその他の住民調査等について検討すると、前記認定の事実によれば、住民健康調査研究会による北谷町住民に対する健康度調査において、身体的自覚症状の回答と騒音曝露との間に明確な対応関係は認められていない。もっともこの点、普段の健康状態に関する質問に対して、W値95以上群、W値75ないし90群、対照群の間に回答率の差が認められているが、これについても、上記の差が統計学上有意なものであるか否かについての言及がないから、不明であるといわざるを得ない。そして、他の飛行場周辺における住民調査の結果をみると、F医師らが昭和62年に実施した健康診断の結果によると、最高血圧、最低血圧ともに、騒音地域が非騒音地域に比べて有意に高いという結果や、同人らが平成4年ないし平成5年にかけて質問調査表を配布して調査したところによれば、「胸がドキドキする」等の身体的被害を示す項目において、非騒音地域、W値75の地域、W値85以上の地域の順に訴えの平均値が高いことが判明したこと、大阪空港周辺においては、「消化器」尺度の尺度得点について、W値の異なる3群間の平均値に有意な差が認められたことなどが認められるものの、他方、航空公害防止協会が、本件飛行場と同様、かなり騒音曝露が激しいと考えられる大阪国際空港等の周辺において、質問紙(THI等)による健康調査等を実施した結果、W値の上昇に対応した自覚症状の増加現象は、東京及び福岡の両空港周辺では認められなかったことなど上記の結果と必ずしも符合するとはいい難い結果が得られたことにかんがみれば、F医師らの調査結果をもってしても、航空機騒音が原告らに健康被害を及ぼす危険性が生じていることを認めることは困難であるといわざるを得ない。
エ 以上説示したところに加えて、前述のとおり、原告らの中には、頭痛、肩こり、高血圧といった健康被害を訴える者が相当数存在するが、個々の原告の訴える健康被害の具体的症状は必ずしも明確ではなく、これらの訴えを裏付けられるような診断書等は証拠として提出されていないことを併せ考慮すれば、本件飛行場の航空機騒音が原告らに様々な健康被害を及ぼす客観的かつ高度の危険があると認めることはできないというべきである。
もっとも、騒音がストレスの一因となり得ることや、ストレスが様々な身体症状を引き起こし、あるいはそれを悪化させること自体については、前記「騒音(航空機騒音)の一般的特色」(第5の1(2))に示したとおり、一般的な医学的知見としても認められているところである。そして、前記認定の事実によれば、かねてから、騒音が身体に与える影響を否定する研究等が存在する一方で、騒音の身体に対する影響を指摘する研究も存在していたところ、研究委員会が実施したTHI訴査によって、特にW値90以上の曝露レベルの高い群においては、航空機騒音の影響を長年受けることにより、「多愁訴」や「消化器」といった身体的自覚症状との間に影響が認められた旨の調査結果が報告されているのであり、しかも、このような健康に対する影響やその機序については、研究委員会が99年調査報告書で引用するような、騒音の健康に対する影響やそのメカニズムを明らかにする比較的最近の研究成果によって、一応矛盾なく説明されている。そして、このような調査結果及び分析過程に特段問題が見当たらないことは、前述したとおりである。また、後述するとおり、本件飛行場周辺に居住する原告らは、本件飛行場の航空機騒音によって、生活妨害、睡眠妨害といった被害を受けており、特に本件飛行場に近接する高曝露地域においては、航空機騒音が原告らに対し相当のストレスを与えていると認められる。
そうすると、前述のとおり、本件飛行場の航空機騒音が原告らに対し各種の健康被害を生じさせているという客観的かつ高度の危険性があるとまでは認められないが、原告らが陳述書等において訴える健康被害の中には、航空機騒音がその一因を成している可能性があること自体を否定し去ることはできないと考えられるのであって、そのような状況の下で生活しなければならないという原告らの不安も十分に理解することができるのであるから、このような事情については、特にW値90以上の高曝露地域(なお、前判示のとおり、対照群との比較において、95%信頼区間を考慮してもなおオッズ比が1を超えていることを読みとることのできるのは、W値90以上の地域にすぎない。)に居住する原告らの精神的被害が大きいことを推認させる一事情として斟酌すべきである。
4 日常生活の妨害
(1) 原告らの主張等
原告らは、本件飛行場からの航空機騒音によって、日常生活の妨害(後記5において説示する睡眠妨害を除く。)、すなわち、<1>会話及び電話妨害、<2>テレビ・ラジオ等の聴取妨害、<3>趣味生活の妨害、<4>家庭生活の破壊、<5>交通事故の危険性、<6>学習、思考妨害、<7>職業生活の妨害という被害を受けている旨主張するところ、後記(4)において示すとおり、原告らが提出した陳述書においても、W値90ないし95以上の高曝露地域に居住する原告らはもとより、W値75といった比較的曝露が低い地域に居住する原告らも、かなり多くの生活妨害を訴えている。
そこで、以下、本件飛行場の航空機騒音により原告らが前記陳述書等において訴える生活妨害が生じているといえるか否か、生じているとしてその程度について検討を加えることとする。
(2) 沖縄県調査の結果
(以下の事実は、<証拠略>により認める。)
ア 研究委員会は、生活の質及び環境の質に対して航空機騒音の存在がどのような影響を与えているか、回答者の基地及び航空機騒音に対する態度はいかなるものであるかを調査する目的で、平成8年11月から、「生活満足度」、「地域・生活環境」、「基地および航空機騒音について」、「睡眠について」、「あなた自身について(フェースシート)」の5つの部分から構成される調査票(合計98間)を配布し、生活質・環境質の調査を実施した。
研究委員会が調査対象者として抽出したのは、同年に実施された前記THI調査の対象者と同一である(ただし、前記THI調査は、山本教授ら住民健康調査研究会が平成3年に北谷町で実施した調査結果を併せて分析したものである点で異なる。)。調査票の配布は平成8年11月から平成9年1月にかけて、その回収は平成8年11月から平成9年3月にかけてそれぞれ行われた。配布及び回収は、地元の自治会等の協力を得られた場合には、自治会長又はその協力者が行い、自治会の協力が十分に得られなかった場合には、沖縄県公衆衛生協会の職員が全面的又は補助的に実施した。本件飛行場周辺における有効回答数は3560人であり、対照群における有効回答数は685人であった。なお、研究委員会は、以下の解析に当たり、W値で層化した各曝露群の年齢・性別の構成比率が一定となるように、対照群又は曝露群全体を基準として調整した回答率を用いている。
イ そして、研究委員会は、航空機騒音による種々の日常生活妨害を知るために、次表に示す12の項目について、「飛行機の音などによって、次のような迷惑を日ごろあなたはどの程度感じていますか」と質問し、その回答を「1.いつもある」、「2.ときどきある」、「3.たまにある」、「4.あまりない」及び「5.まったくない」の5段階の評定尺度で求めた。
表3―5 種々の迷惑感に関する設問
No
項目名
設問
1
睡眠妨害
睡眠がさまたげられる
2
会話妨害
会話のじゃまになる
3
電話聴取妨害
電話の話がききとりにくい
4
TV聴取妨害
テレビ、ラジオ、CDなどの音がききとりにくい
5
電波障害
テレビが見えなくなる
6
作業妨害
仕事のじゃまになる
7
思考妨害
読書や考えごとがさまたげられる
8
休息妨害
ゆっくりくつろげない
9
イライラ感
わじわじ―する(イライラする・腹が立つ)
10
恐怖感
飛行機の音がこわいと思う
11
戦争への恐怖
戦争を思い出してこわいと思う
12
警告音聴取妨害
警笛等が聞こえず交通事故などの危険を感じる
上記の項目のうち、まず、「会話妨害」、「電話聴取妨害」及び「TV聴取妨害」(研究委員会は、これらを「コミュニケーション妨害」と総称している。)に関する回答結果は、次のとおりである。
評定尺度
飛行場
普天間
嘉手納
WECPNL
-75
75-
80-
75-
80-
85-
90-
95-
会話妨害
1 いつもある
3.2%
13.5%
17.8%
2.8%
5.3%
19.3%
35.0%
63.2%
2 ときどきある
20.5%
35.5%
37.1%
11.4%
22.3%
36.5%
37.5%
27.6%
3 たまにある
28.3%
22.9%
30.1%
27.6%
31.6%
24.9%
18.8%
6.2%
4 あまりない
25.0%
17.1%
10.2%
33.0%
27.7%
14.1%
6.6%
1.9%
5 まったくない
23.0%
11.0%
4.7%
25.2%
13.1%
5.1%
2.1%
1.1%
電話聴取妨害
1 いつもある
4.3%
13.5%
19.0%
2.8%
6.4%
22.9%
37.6%
65.0%
2 ときどきある
20.5%
34.7%
37.1%
13.0%
24.2%
37.9%
36.4%
25.3%
3 たまにある
27.4%
24.2%
28.7%
22.9%
29.4%
21.0%
17.4%
7.4%
4 あまりない
25.2%
17.0%
11.3%
34.0%
24.2%
12.7%
6.2%
0.7%
5 まったくない
22.6%
10.6%
3.8%
27.3%
15.8%
5.5%
2.4%
1.6%
TV聴取妨害
1 いつもある
7.5%
19.0%
21.0%
2.9%
6.9%
23.1%
38.0%
63.0%
2 ときどきある
23.8%
35.6%
41.3%
14.9%
26.7%
38.0%
35.7%
26.5%
3 たまにある
30.6%
21.2%
24.6%
29.1%
27.3%
22.7%
18.2%
7.2%
4 あまりない
19.6%
15.5%
8.7%
29.8%
24.6%
11.4%
5.1%
2.2%
5 まったくない
18.6%
8.6%
4.4%
23.2%
14.5%
4.7%
3.0%
1.0%
研究委員会は、以上の結果を踏まえ、生活妨害に関する反応率の中では、コミュニケーション妨害の3項目において正反応率が最も高かった、コミュニケーション妨害の正反応率は、いずれもW値に対してほぼ直線的に増加し、極めて明瞭な量反応関係が認められ、高度曝露地区においては航空機騒音に起因するコミュニケーション妨害が相当程度ある、特にW値95以上群では、正反応率がいずれの質問項目に対しても60%を超えており、深刻なコミュニケーション妨害が生じている、W値75群でも、コミュニケーション妨害に対して「1.いつもある」、「2.ときどきある」及び「3.たまにある」の3カテゴリに反応した人員の割合の合計が38.7ないし46.9%となっており、この種の生活妨害が広範囲に生じていることを示すなどと報告している。
ウ 次に、「作業妨害」、「思考妨害」及び「休息妨害」の3項目に関する回答結果は、次のとおりである。
評定尺度
飛行場
普天間
嘉手納
WECPNL
-75
75-
80-
75-
80-
85-
90-
95-
作業妨害
1 いつもある
0.8%
6.0%
2.5%
1.2%
3.0%
4.6%
12.3%
25.4%
2 ときどきある
6.4%
13.7%
11.6%
2.0%
8.1%
0.4%
16.1%
14.7%
3 たまにある
17.6%
14.7%
22.6%
10.4%
11.0%
19.1%
19.5%
20.3%
4 あまりない
36.7%
37.0%
45.8%
43.2%
43.1%
42.4%
33.6%
27.5%
5 まったくない
38.5%
28.6%
17.5%
42.4%
34.9%
24.5%
18.5%
12.1%
思考妨害
1 いつもある
1.6%
7.8%
6.1%
0.7%
2.6%
5.6%
16.4%
30.6%
2 ときどきある
8.6%
18.3%
19.8%
5.0%
9.0%
13.0%
20.2%
14.9%
3 たまにある
17.4%
20.0%
28.9%
14.5%
17.4%
27.9%
26.6%
28.7%
4 あまりない
39.0%
35.1%
34.6%
43.7%
41.1%
35.5%
23.8%
19.1%
5 まったくない
33.4%
18.8%
10.7%
36.2%
29.9%
18.1%
13.0%
6.6%
休息妨害
1 いつもある
1.9%
9.7%
8.5%
1.1%
2.7%
7.3%
20.3%
34.2%
2 ときどきある
9.1%
16.7%
19.4%
5.4%
9.9%
15.9%
24.5%
21.0%
3 たまにある
19.1%
24.0%
32.4%
15.4%
18.2%
27.1%
27.7%
26.4%
4 あまりない
37.1%
32.5%
30.8%
42.9%
41.3%
34.0%
19.2%
15.0%
5 まったくない
32.7%
17.0%
9.0%
35.2%
27.8%
15.7%
8.3%
3.4%
研究委員会は、上記の結果を踏まえ、「作業妨害」に対する正反応率は、騒音曝露が比較的低いW値85群では0.8ないし6.0%であり、高率ではないが、W値90群では12.3%、W値95以上群では25.4%と騒音曝露量の増大に伴って急増している、「思考妨害」に対する正反応率も、「作業妨害」に対するそれと同様の傾向を示し、反応率の値もおおむね等しい、「休息妨害」に対する正反応率は、W値80群では10%以下であり、高率ではないが、W値90群では20%を超え、W値95以上群では34.2%と騒音曝露量の増大に伴って急増していると報告している。
エ また、「電波障害」及び「警告音聴取妨害」の2項目に関する回答結果は、次のとおりである。
評定尺度
飛行場
普天間
嘉手納
WECPNL
-75
75-
80-
75-
80-
85-
90-
95-
電波障害
1 いつもある
2.1%
6.8%
7.2%
1.4%
2.1%
5.0%
9.7%
17.2%
2 ときどきある
10.0%
12.9%
17.9%
5.1%
10.8%
14.4%
17.7%
17.8%
3 たまにある
21.3%
23.7%
23.4%
17.8%
15.7%
20.0%
17.4%
17.1%
4 あまりない
37.5%
32.0%
31.6%
36.4%
40.8%
33.6%
29.7%
29.0%
5 まったくない
29.1%
24.6%
19.9%
39.3%
30.7%
26.9%
25.5%
19.0%
警告音聴取妨害
1 いつもある
1.8%
4.1%
2.9%
1.9%
2.4%
4.7%
12.6%
22.6%
2 ときどきある
2.9%
7.3%
6.9%
4.5%
4.3%
6.8%
13.8%
9.9%
3 たまにある
8.1%
9.8%
16.2%
9.1%
9.6%
14.1%
19.3%
22.0%
4 あまりない
44.0%
48.7%
41.3%
40.5%
43.1%
47.3%
30.7%
30.3%
5 まったくない
43.2%
30.0%
32.9%
44.0%
41.6%
27.2%
23.6%
15.2%
研究委員会は、上記の結果を踏まえ、「電波障害」に関する正反応率は、コミュニケーション妨害のそれに比べて低い値となっているが、著明な量反応関係が認められる、「警告音聴取妨害」の反応率は全般に低く、W値85群以下の騒音曝露群ではほとんど認められないが、W値95以上の群では20%を超えている、「1.いつもある」及び「2.ときどきある」の反応率は、W値85群以下の騒音曝露群では約10%ないしそれ以下であるが、W値90群及び95以上群では25%を超えており、これらの地域では航空機騒音の曝露が激甚で頻度が高いため、住民が生活上の安全に不安を感じていると推察される旨報告している。
(3) 他の飛行場での住民調査、騒音の影響についての学術研究等
次に、他の飛行場における住民調査(騒音影響調査)や、騒音の日常生活に対する影響等に関する学術研究は、多数発表されているが、そのうち主要なものを挙げると、次のとおりである(以下の事実は、<証拠略>により認める。)。
ア BA研究所は、財団法人BB協会に委託して、昭和45年に横田飛行場周辺(NNI40台ないし60台)及び対照地区(NNI30台)の合計1000世帯を対象に行ったアンケート調査を実施したところ(この調査には、H教授やTらが参加した。)、NNIが高くなるに連れて、会話妨害等の訴え率が高くなるという結果が得られた。
また、Tが、横田、大阪、千歳、ロンドンの各飛行場周辺における住民の騒音影響調査の結果を比較したところ、会話及びテレビ・ラジオの聴取妨害の訴え率は、各地域とも、NNIが増加すれば訴え率も増加する傾向を示し、特に横田と大阪の傾向が良く一致していた。
イ R協会が、財団法人AM(以下「AM」という。)に委託して、昭和55年ないし57年に大阪、東京両国際空港及び福岡空港周辺において成人女性を対象として行った調査結果のうち、質問紙による健康調査の結果では、騒音による騒がしさや生活妨害(会話妨害、テレビ・ラジオの聴取妨害、読書、勉強の妨害など)に関する訴え(うるささ反応)は、大阪空港周辺地域において、居住地のW値の値の上昇に対応して増加する傾向を示し、特に、W値90以上になるとうるささ反応も急速に高まることが示唆された。
すなわち、居住地が「非常に騒がしい」又は「耐えられないほど騒がしい」と答えた者の割合は、W値70ないし80の地域で17.5%、W値80ないし90の地域で22.2%であるのに対し、W値90以上の地域では格段に増加して56.1%の結果であった。また、会話妨害について「しょっちゅうある」と答えた者の割合は、W値70ないし80の地域で13.0%、W値80ないし90の地域で23.5%であるのに対し、W値90以上の地域でやはり格段に増加して57.0%を占め、電話聴取妨害、テレビ・ラジオ聴取妨害についても、「しょっちゅうある」と答えた者の割合は、W値90以上の地域でいずれも約66%となって、W値70ないし80、W値80ないし90の地域と比較してかなりの高率を占めるなど、会話妨害とほぼ同様の傾向を示した。
他方、勉強、読書、仕事等の妨害について「しょっちゅうある」と答えた者の割合は、以上に比較すると高いものではなかったが、それでも、W値90以上の地域で41.1%となって、W値70ないし80の地域で9.4%、W値80ないし90の地域で15.3%であったのと比較してかなりの高率を占めた。そして、会話妨害、電話聴取妨害、テレビ・ラジオ聴取妨害、勉強、読書、仕事等の妨害、睡眠妨害の5項目について質問し、その回答が「しょっちゅうある」の場合を3点、「時々ある」の場合を2点、「ほとんどない」の場合を1点として、5つの質問の得点を合計した値である騒音妨害度スコアの分布を調べたところ、W値70ないし80の地域とW値80ないし90の地域の地域はともに9点を中心とした分布を示したが、W値90以上の地域は13ないし15点という高得点の割合が多く、他の二群と異なる分布を示し、ここでもW値90以上の地域で生活妨害の訴えが格段に高まることを示唆している。
ウ また、R協会が、同時期にAMに委託して、大阪国際空港を対象として行った調査結果のうち、質問紙による健康調査の結果では、騒音による騒がしさや生活妨害の訴えは、必ずしもW値の増加に対応して強まっておらず、また、全体として、成人女性における訴えよりも少ないなど、成人女性についての結果(上記イ)と明らかに異なっていた。この結果について、報告者は、学童の家庭での生活時間が成人女性よりも短いことや、学校内での学童たちの話声等による騒音曝露レベルが極めて高いため、学童の方が成人女性よりも大きな音に慣れていることが原因として考えられるとしている。
エ Tらが、9名の被験者を用い、1回の持続時間約20秒の3種の間欠音、すなわち、ジェット機騒音、新幹線騒音、ピンクノイズを曝露して各種精神作業に及ぼす影響を調べたところ、標示灯に対する反応時間テストの場合、50ないし80dB(A)の範囲では無音のときよりも促進的、覚醒的に作用し、10秒間の時間を再現するテストの場合、ほとんど影響はみられず、図形数え作業テストの場合、騒音を聞かせることによって数え残しが増えたものの、騒音レベルや頻度の差による影響の違いは検出できなかった。長田は、この結果から、騒音はある程度まで精神作業を促進するが、作業が複雑になったり長引いたりすれば妨害的に働くことなどが示唆されるとしている。
オ G大学名誉教授Hが、昭和41年度において、横田飛行場周辺の昭島市の小学校三年生及び六年生に、ジェット機騒音その他の日常の騒音等を組み合わせた録音テープを聞かせて、各種の知能検査、適性検査等を行ったところ、ジェット機騒音下の成績の方が他の騒音、音楽、空白下における成績を上回った。H教授は、これについて、騒音地区の児童は航空機騒音に慣れを生じているとしており、更に、いわゆる中毒症状的状態になっているものではないかと推測している。
カ 国立BC研究室長BD(以下「BD」という。)は、文部省(当時)の研究会が実施したアンケート調査や、自らが行った実地調査の結果を踏まえ、騒音と学習の関係について、次のように述べている。
交通騒音が学校における学習にどのような影響を与えているかについての実態調査を行ったところ、小・中学校とも、外からの音(主として交通騒音)で「大変いらいらする」と答えた児童・生徒は約20%程度おり、勉強の「大変じゃまになる」とする者は約30%で、その訴え率はいずれも対照校と比較して格段に高かった。騒音の中央値を80dB(A)程度に保ち、交通騒音を比較的定常的に与えた場合と、24dB程度の変動の幅を持たせた場合とでは、学習の能率の上で、騒音の変動幅の大きい方により阻害的な影響が多いという報告もされている。学校環境では、60dB(A)程度の騒音水準から、注意集中を要する文章理解等の精神作業に阻害的な影響を与え始め、80dB(A)を超えると、精密作業や工夫を要する創造的作業等に悪い影響が目立ち始めるという報告もされている。他方で、施行類型の別によっては騒音の影響を受けにくいという報告もある。
BDは、これらの報告等を踏まえ、騒音と学習の関係については、騒音源の水準、変動の幅、日常生活における慣れの度合い等と、作業内容としての教科の別、授業の形態、思考の類型、課題の難易等の相互作用が考えられ、個人差に属する性格上の特徴も考慮する必要があるため、学校環境において、学習への影響を指標にして一定の騒音水準を決定することは現段階では困難である、ただし、書き取り等による聴取明瞭度(正答率)を80%に維持するためには、概して、教室で約55dB(A)以下であることを要し、日常生活における読書、勉強等が妨害されるとする訴え率は、室内の騒音水準が50ないし55dB(A)を超えると50%を上回ることなどが一つの目安として参考になる旨結論付けている。
キ BE研究所のBFは、騒音が学習効果に及ぼす影響を調査するため、小学校、中学校及び高校を対象とした実験を行った。その結果によっても、騒音を負荷した条件でテストを行った場合、質的能率が低下する、思考しながら記憶を要するような問題等で間違いが増加すること等が確認された。
ク アメリカのBGらが、航空機騒音による会話妨害に関し実験を行ったところ、時間的に変動する騒音下における会話了解度と明瞭度指数(AI)間の関係については、定常騒音で得られる関係と異なる、各種騒音尺度については、時間的に変動する航空機騒音下における会話了解度の予測にほぼ同等に有効である、dB(A)が76であるとき、多少の文脈上の会話破壊がある等の結果が得られたとしている。
(4) 原告らの陳述書における訴え等
原告らが提出した陳述書のうち生活妨害に関する内容に係る部分は、会話妨害、電話聴取妨害、テレビ・ラジオの聴取妨害及びその他の生活被害に関する4つの分類の質問が設けられ、原告らがこれに回答する内容となっている。このうち、原告らが訴える生活妨害の個数(前記の分類に応じ、最大4個とする。)を原告ら訴訟代理人において集計した結果は、次表のとおりである(弁論の全趣旨)。
個数
W値
合計
75未満
75
80
85
90
95以上
4個
2
54
334
677
67
40
1174
100.0%
31.2%
56.5%
56.1%
56.3%
65.6%
54.5%
3個
0
93
231
482
45
20
871
0.0%
53.8%
39.1%
39.9%
37.8%
32.8%
40.5%
2個
0
14
16
27
3
1
61
0.0%
8.1%
2.7%
2.2%
2.5%
1.6%
2.8%
1個
0
9
8
12
4
0
33
0.0%
5.2%
1.4%
1.0%
3.4%
0.0%
1.5%
なし
0
3
2
9
0
0
14
0.0%
1.7%
0.3%
0.7%
0.0%
0.0%
0.7%
合計
2
173
591
1207
119
61
2153
100.0%
100.0%
100.0%
100.0%
100.0%
100.0%
100.0%
これによれば、会話妨害など生活妨害に関する4つの分類全ての妨害があると訴えている原告らは、W値70(100%)及びW値75(31.2%)という低曝露地域でもかなり認められ、W値80、85、90の各群ではいずれも50%を超えており、W値95以上では65.6%という高率を示している。また、3個以上の生活妨害があると訴えている原告らの割合をみると、W値95以上で98.4%という相当高率であるのみならず、W値75でも84.0%の原告らが同様の回答をしている。したがって、上記結果を全体として観察すれば、W値が高まるにつれて生活妨害に関する被害の個数が増加する傾向がうかがわれるものの、例えば上記沖縄県調査の結果と比較すれば、生活妨害に関する原告らの訴えは、低曝露地域でも相当強く、高曝露地域と低曝露地域の差が小さいことが特徴と評価することができる。
(5) 検討
以上を踏まえ、原告らが主張する睡眠妨害以外の生活妨害、すなわち、<1>会話及び電話妨害、<2>テレビ・ラジオ等の聴取妨害、<3>趣味生活の妨害、<4>家庭生活の破壊、<5>交通事故の危険性、<6>学習、思考妨害、<7>職業生活の妨害が認められるか否か、認められるとしてその程度について検討する。
ア まず、上記生活妨害のうち、研究委員会がコミュニケーション妨害と総称した分類に属すると考えられる、会話妨害及び電話聴取妨害、テレビ・ラジオ等の聴取妨害について検討する。
(ア) 上記の被害の有無を検討するに当たっては、本件飛行場周辺における航空機騒音曝露の実態を明らかにすることが重要である。この点については、前記「本件飛行場周辺における航空機騒音の評価」(第4の1(4))で詳細に説示したところであるが、その全体的な傾向を要約すれば、次のとおりである。すなわち、<1>W値95以上の地域においては、相当激しい騒音に曝露されており、しかもその騒音曝露は相当頻繁であるといえる。<2>W値90の地域も、W値95以上の区域にはかなり劣るとはいえ、全体としてかなり激しい騒音に曝露されているのみならず、やはり頻繁である。<3>W値85の地域は、地域によってばらつきがみられるものの、全体としてみれば、W値90の地域よりは劣るものの、かなり強い騒音に頻繁に曝露されている。これに対して、<4>W値80の区域における航空機騒音の程度は、W値85の区域よりもかなり劣り、うるささの点でも、騒音の頻度という点でも高いと評価することはできない。また、<5>W値75の区域における航空機騒音は、W値80の区域よりも更に劣り、うるささの点はもとより、騒音の頻度という点でもかなり低い。
もっとも、これらの航空機騒音曝露による原告らの生活に対する影響を検討するに当たっては、原告らが航空機騒音により妨害された旨主張する生活上の営みが、多くは家屋の中でなされると考えられる点を考慮する必要がある。そして、後記「周辺対策」(第6の3(2))で説示するとおり、防音工事を施工した家屋では最大30dB程度の防音効果が認められ、防音工事を施工しない通常の家屋であっても、開口部を閉めた状態であれば10ないし15dB(A)程度はあると考えられることにかんがみれば、会話やテレビ等の聴取をすることが多い室内においては、防音工事による防音効果又は建物自体の遮音効果により、聴取困難の程度はそれなりに緩和されているのではないかとも考え得るところである。
しかしながら、高音・多湿である沖縄においては、人々は窓を開けて生活することが比較的多いと考えられるところ、防音工事を実施した原告らも、冷房費用がかさむ等の理由から、結局のところ冷房装置を使用せず、窓を開けて生活することが少なくないのが実情と考えられるのであるから(原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨)、前述したとおり、殊に本件飛行場に近い高曝露地域における航空機騒音曝露がかなり激しいことを考慮すれば、防音工事による防音効果や、建物自体の遮音効果を考慮に入れてもなお、特に高曝露地域においては、室内における航空機騒音は相当程度に達しているというべきである。
(イ) そして、本件において、かなりの原告らが陳述書で生活妨害の訴えをしていることは前述のとおりであるところ、会話妨害等の生活妨害が、原告らの人としての営みに係わるものであることにかんがみれば、その認定に当たっては、上記陳述書等における原告らの訴えが原告らの主観に基づく判断に由来するものであることをもって、直ちに信用できないと断定することは相当ではない。しかしながら、原告らの陳述は、先に説示した本件飛行場周辺における航空機騒音曝露の現状や、上記沖縄県調査の結果に照らし、特にW値75ないし80といった低曝露地域においては、いささか過大ではないかという疑問がないではないし、研究委員会の前記調査が、本件飛行場の航空機騒音による周辺住民に対する影響を調査する目的であったとはいえ、対照群をも含めて相当大規模に実施された客観的なものであるのみならず、回答結果の精度について配慮を払った様子がうかがわれるのに対し、原告らの前記訴え等は、それらがもともと各種被害の程度が大きいことを前提としている訴訟当事者らによる訴えであるから、上記陳述書等は、沖縄県調査等と比較すれば、より主観的な性格を有することは否定できないというべきである。
そうすると、原告らの前記生活妨害の有無及びその程度を認定するに当たっては、前記航空機騒音曝露の実態及び沖縄県調査等の結果を中心として検討すべきであり、原告らの前記訴えは、これらに加味する程度にとどめることが相当である。
(ウ) そこで、沖縄県調査の結果について検討すると、前記認定の事実によれば、「会話妨害」について「1.いつもある」と回答した者の割合が、W値75では2.8%、W値80では5.3%とかなり低率であったのに対し、W値85では19.3%、W値90では35.0%と増加し、W値95では63.2%と相当高い割合を示している。「電話聴取妨害」及び「TV聴取妨害」についても同様であって、W値75及び80の各地域ではかなり低率であるのに対し、W値85からは相当増加するという傾向を示している。騒音が音声伝達の妨げとなることは経験則上明らかというべきであり、前記認定の研究結果等によっても裏付けられているというべきであるが、沖縄県調査における傾向は、こうした研究結果等はもとより、前述した本件飛行場周辺における航空機騒音曝露の実情ともよく符合する結果というべきである。また、評定尺度を「1.いつもある」から「2.ときどきある」にまで広げて検討しても、「会話妨害」については、W値80で27.6%とかなり割合が増加し、W値85で55.8%、W値90で72.5%、W値95で90.8%もの高率となっているのに対し、W値75では14.2%という比較的低率にとどまっており、こうした傾向は、「電話聴取妨害」や「TV聴取妨害」でも同様であると認められるところ、こうした一連の傾向も、やはり、本件飛行場周辺における航空機騒音曝露の実態や、先に説示した防音工事による防音効果、家屋自体による遮音効果等の諸事情とよく符合するものというべきである。
こうした結果に前記原告らの陳述書における訴えを総合すれば、本件飛行場の航空機騒音曝露により原告らが被っている会話妨害及び電話聴取妨害、テレビ・ラジオ等の聴取妨害といった生活妨害については、次のとおり認めるべきである。すなわち、<1>W値85を超える地域に居住する原告らは、本件飛行場の航空機騒音によって、会話妨害、電話聴取妨害及びテレビ等の聴取妨害の生活妨害という被害を受けており、殊に本件飛行場に近接するW値90及び95以上の地域に居住する原告らが被っている前記被害の程度はかなり強い。これに対して、<2>W値75及び80の各地域に居住する原告らも、本件飛行場の航空機騒音による上記被害を被っているとは認められるが、その程度を上記<1>の原告らと比較すると全体的に低く、殊にW値75の地域に居住する原告らについては、上記各被害を被っていないとまではいえないものの、その程度はかなり低いといわざるをえない。
そして、原告らが生活妨害と主張する被害のうち、家庭生活の破壊について検討すると、この被害は、基本的には、家庭内における会話等のコミュニケーションが妨げられることにより受ける被害と考えられるから、原告らは、上記コミュニケーション妨害と同様、その居住する地域ごとに、上記<1>ないし<2>の被害を被っていると推認できるというべきである。
イ 次に、原告らが主張する作業妨害等について検討すると、前記認定の事実によれば、沖縄県調査の結果、「作業妨害」について「1.いつもある」と回答した者の割合は、前記「会話妨害」等と比較して全般的に低く、W値75で1.2%、W値80で3.0%、W値85で4.6%であるが、W値90で12.3%、W値95では25.4%とかなり増加しており、「思考妨害」及び「休息妨害」についても、ほぼ同様の傾向を示していると評価することができる。評定尺度を「2.ときどきある」にまで広げて検討しても、「作業妨害」についてみると、W値75が4.1%、W値80が11.1%とやはりかなり低く、W値85でもなお14.0%にとどまっているが、W値90では28.4%と増加し、W値95では40.1%と比較的高い数値となっており、この点でも、「思考妨害」及び「休息妨害」はほぼ同様の傾向を示していると評価できる。
こうした傾向に、前記アで説示したコミュニケーション妨害の内容及びその程度並びに原告らの陳述書における訴えの内容及びその程度を総合すれば、原告らが主張する生活妨害のうち、趣味生活の妨害及び学習・思考妨害については、次のとおり認めるべきである。すなわち、<1>本件飛行場に近接するW値90及び95以上の各地域に居住する原告らは、本件飛行場の航空機騒音によって、上記趣味生活の妨害等の被害を被っているが、その程度は、前述したコミュニケーション妨害の程度と比較すれば、高いとはいえない。これに対して、<2>W値75、80及び85の各地域に居住する原告らは、上記の各被害を被っていないとまではいえないが、その程度は高いとはいえず、殊にW値75に居住する原告らが被っている上記の各被害の程度は、相当低い。
ウ なお、原告らは、本件飛行場の航空機騒音等により原告らが被っている被害として職業生活の妨害を挙げるが、この被害は、その性質上、職業を有する者が受けるものであると考えられるから、原告ら全員に共通する被害と認めることはできず、原告らの主張は理由がない。
エ 更に、原告らが主張する交通事故の危険性について検討すると、前記認定の事実によれば、警笛等が聞こえないために交通事故などの危険を感じたことがあるか否かを質問したところ、反応率は全般的に低かったが、W値95以上の地域では、「1.いつもある」と回答した者の割合が22.6%であったことが認められる。
しかしながら、一般的にいえば、航空機騒音が特に著しい地域においては、これによって自動車の警報音等がかき消されるため、その接近に気づきにくい等の事態を想定することもできないわけではないが、上記調査結果は、個人の主観に基づく訴えであって、いかなる状況の下で当該回答者が交通事故の危険を感じたのか全く明らかではなく、仮に真実そのような危険があったとしても、真に航空機騒音が原因であったか否かを検討することもできないのであるから、上記の数値をもって、直ちに原告らが本件飛行場の航空機騒音により交通事故の危険性という生活妨害を被っていると認めることはできないというべきである。そして、そのほか、本件飛行場周辺において、航空機騒音によって特定の交通事故が発生したことや、航空機騒音により交通事故が増大していることを示す的確な証拠がないこと、航空機騒音が間欠騒音であること、航空機騒音と自動車の警報音等は音質が異なり、音が発生する場所や方向も異なると考えられることを併せ考慮すれば、原告らは、本件飛行場の航空機騒音によって、交通事故の危険性という共通の損害を受けていると認めることはできず、原告らの主張は理由がない。
5 睡眠妨害について
(1)原告らの主張等
原告らの多数の者が、陳述書等において、本件飛行場からの飛行騒音や地上音によって、睡眠中に覚醒させられ、そのまま寝付けなくなったり、熟睡できなくなったりして睡眠不足になり、翌日の仕事に差し支える、疲労感が残るなどと訴えている。そして、原告らは、このような訴えは、W値の区分が高くなるにつれてその頻度が多くなっており、航空機騒音と原告らの訴える月当たりの睡眠妨害との間に顕著な量反応関係が認められ、低曝露地域においても看過することのできない睡眠妨害が生じている、このような原告らの睡眠妨害は、沖縄県調査によっても裏付けられている旨主張する。
そこで、以下、睡眠妨害に関する沖縄県調査の結果及びその他の学術研究等について認定した上、原告らが訴える睡眠妨害と航空機騒音の関係について検討する。
(2) 沖縄県調査の結果
(以下の事実は、<証拠略>により認める。)
ア 研究委員会は、上記第4の2(1)の生活質・環境質調査において、生活妨害に関する質問項目に「睡眠妨害」に関する質問を含めて回答を求めたところ(なお、これは、航空機騒音による睡眠妨害に関する質問であり、ウで述べる「睡眠障害」とは質問が異なる。)、その結果は次表のとおりであった。次表において、評定尺度欄に「1.いつもある」というのは、「週に何日も妨害される」という選択肢を選択した者の割合を、「2.とぎどきある」というのは、「週1、2回妨害される」という選択肢を選択した者の割合を、「3.たまにある」というのは、「月1、2回妨害される」という選択肢を選択した者の割合をそれぞれ示している。
評定尺度
飛行場
普天間
嘉手納
WECPNL
-75
75-
80-
75-
80-
85-
90-
95-
睡眠妨害
1 いつもある
1.7%
6.5%
7.9%
1.0%
2.5%
7.0%
19.8%
31.3%
2 ときどきある
7.9%
18.4%
22.0%
6.5%
10.1%
21.5%
32.8%
31.7%
3 たまにある
13.5%
15.8%
29.5%
15.8%
18.2%
27.4%
22.6%
24.7%
4 あまりない
40.8%
36.0%
22.2%
39.3%
39.8%
30.1%
18.4%
8.1%
5 まったくない
36.1%
29.4%
18.5%
37.4%
29.4%
14.0%
6.4%
4.2%
研究委員会は、この結果について、「1.いつもある」及び「2.ときどきある」というカテゴリに対して反応した人員の合計を、航空機騒音曝露量に対して示すと、W値75ないし80の地域については、7.5%(W値75)ないし12.6%(W値80)という比較的低い数値を示しているといえるが、W値85の地域からは、28.5%(W値85)、52.6%(W値90)、62.0%(W値95)とかなり増加していることを指摘している。また、研究委員会は、以上の結果を踏まえ、W値85以上の区域では航空機騒音による睡眠妨害が深刻である旨判断している。
イ また、研究委員会は、日常における睡眠障害一般について質問をし、その回答を「1 週に3回以上ある」、「2 週に1、2回ある」、「3 月に1、2回ある」、「4 ほとんどない」、「5.まったくない」の5段階の選択肢で求めた。研究委員会が睡眠障害に関する設問として訊ねたのは、「床についたとき、寝つけなくて困ることがありますか」、「夜中に目がさめて、その後寝つけなくて困ることがありますか」、「朝早く目がさめてしまって困ることがありますか」及び「一晩じゅう十分に眠れなかった感じのすることはありますか」という4間である。
そして、研究委員会は、睡眠障害の程度に関する尺度値について、「1 週に3回以上ある」又は「2 週に1、2回ある」に回答した項目数を「睡眠障害:週1、2回」とし、「1 週に3回以上ある」、「2 週に1、2回ある」又は「3 月に1、2回ある」のいずれかに回答した項目数を「睡眠障害:月1、2回」とし、その回答率を求めたところ、その結果は次のとおりとなった。
尺度値
飛行場
対照群
普天間
嘉手納
WECPNL
-75
75-
80-
75-
80-
85-
90-
95-
睡眠障害:週1、2回
0
74.3%
75.5%
68.8%
67.0%
72.5%
64.7%
66.1%
57.6%
45.7%
1
13.9%
12.9%
12.6%
18.5%
13.5%
16.0%
15.2%
14.8%
21.6%
2
6.1%
4.6%
10.2%
6.9%
6.0%
8.4%
6.6%
11.2%
11.6%
3
2.8%
4.6%
4.9%
5.4%
4.1%
5.9%
6.1%
7.6%
12.8%
4
2.9%
2.4%
3.6%
2.2%
3.9%
5.1%
6.0%
8.7%
8.4%
睡眠障害:月1、2回
0
43.3%
40.9%
35.3%
29.3%
33.7%
33.2%
33.6%
26.6%
14.1%
1
18.7%
17.4%
12.6%
21.8%
19.7%
14.9%
16.8%
13.7%
15.8%
2
14.9%
14.3%
18.5%
17.4%
17.6%
14.5%
14.3%
14.0%
11.5%
3
12.9%
14.0%
17.1%
12.5%
14.8%
16.6%
17.1%
15.5%
23.8%
4
10.3%
13.5%
16.5%
18.9%
14.2%
20.8%
18.2%
30.2%
34.8%
また、この回答率をW値との関連で示すと、次図のとおりとなった。図(a)は、最も重度の睡眠障害を訴える者の成績、すなわち4つの質問の全てに「2週に1、2回ある」以上の頻度の選択肢を選んだ回答者を合計した人員の割合を示し、図(b)は、最も軽度の睡眠障害を訴える者の成績、すなわち、睡眠障害の尺度値「睡眠障害:月1、2回」が1点以上であった回答者の割合を示す。
(a) 睡眠障害:週1、2回、4点<省略>
(b) 睡眠障害:月1、2回、1点以上<省略>
研究委員会は、この成績を踏まえ、全体として睡眠障害と航空機騒音曝露との間に量反応関係がみられる、W値95以上群では、「睡眠障害:週1、2回」4点が8.4%、「睡眠障害:月1、2回」1点以上が85.4%と、高率で睡眠障害が認められるなどと報告している。
次に、研究委員会は、対照群においても少なからぬ割合で軽度の睡眠障害が認められたため、曝露群の回答率が対照群のそれに比較してどの程度増加しているかを検討するため、多重ロジスティック回帰分析により、対照群に対する各W値群の睡眠障害のオッズ比を求めた。研究委員会が説明変数として利用したのは、W値、年齢(10歳ごとの6カテゴリ)、性別、年齢と性別の交互作用及び職業の5つである。多重ロジスティック回帰分析により求められたオッズ比とW値の関連は、次のとおりとなった。
(a) 睡眠障害:週1、2回、4点<省略>
(b) 睡眠障害:月1、2回、1点以上<省略>
研究委員会は、この結果を踏まえ、比率的重度な睡眠障害を示す「週1、2回」4点では、対照群との間に5%の有意水準で有意差が認められるのはW値85以上であるが、比較的軽度な睡眠障害である「月1、2回」に関しては、W値75以上の全曝露群において対照群との間にオッズ比の有意差が認められた、このことから、比較的軽度の睡眠障害は低暴露地区においても生じていると認められるなどと報告している。
ウ 研究委員会は、アクチメーター(携帯式の加速度モニター計で、これを被験者に装着することにより、特定の時刻に覚醒していたか、睡眠中であったかを推定することができる。)による調査も実施しているところ、その対象者は、本件飛行場周辺のW値80以上の地域が30名、対照地域が21名である。
それによると、就床時刻は、男女とも曝露地域の方が1時間程度遅く、起床時刻は、男性では差がなく、女性は対照地域が20分程度早い。入眠潜時(就床時刻と入眠時刻の間の時間)は、男女とも有意な差がみられなかった。中途覚醒時間は、男性では差がなく、女性は対照地域の方が20分程度長かった。就床時間(就床時刻と起床時刻との間の時間)は、男女とも対照地域の方が30分程度長かった。総睡眠時間(就床時間から寝付くまでの時間や中途覚醒の累積時間を差し引いた実質的な睡眠時間)は、男性では対照地域の方が30分程度長く、女性では差がみられなかった。睡眠効率は、男性の場合は両地域ともほぼ差がみられなかったが、女性では曝露群の方が高かった。研究委員会は、上記の結果を踏まえ、曝露地域と対象地域の住民間で生活リズムの違いがあると推測されるが、そのことが航空機騒音に由来するものかどうか、更に事例を集積し、多角的な検討を加える必要がある旨結論付けている。
(3) 他の飛行場での住民調査、騒音の影響についての学術研究等
航空機騒音による睡眠妨害の実態に関する他の飛行場での住民調査や、騒音の睡眠に対する影響についての学術研究等の結果は、次のとおりである(以下の事実は、<証拠略>によって認める。)。
ア 労働科学研究所の大島正光らが、20歳ないし39歳の被験者4名に対し、500サイクル、30なし75フォーン、持続時間3秒の純音を30秒ないし5分間隔で不規則に曝露した実験の結果によると、就寝を妨害し、朝の覚醒を促進する騒音の下限は40ないし45フォーンであり、また、報告者らは、本実験の結果から、音響刺激が就寝を妨害する程度は、これが覚醒を促進する程度よりも遙かに大きい、すなわち、音響刺激の影響は就寝時により大きいとしている。
イ 睡眠影響調査研究会が、大阪国際空港周辺の伊丹地区(伊丹群)及び航空機騒音に曝されることがほとんどない比較的静穏な地区(対照群)に居住する2歳6か月ないし4歳の幼児40名を対象にして、薬物によって幼児を眠らせ、幼児が覚醒して実験を中止しなければならない時まで、ピーク値65、75、85、95dB(A)、持続時間17秒のジェット機騒音を曝露した実験の結果によると、65dB(A)の騒音曝露では、比較的浅い睡眠段階にあった幼児でもほとんどの者が変化を示さなかったが、75dB(A)ではその割合が減少し、85dB(A)になると比較的浅い睡眠段階では半数が、深い睡眠段階でも約30%の者がそれぞれ変化を示し、95dB(A)に至ると、ほとんどの者が騒音曝露前の睡眠段階より浅い睡眠段階に変化した。刺激後1分以内に覚醒し実験を中止しなければならない事例は、対照群では18例中13例であるのに対し、伊丹群では20例中8例と顕著な差を示し、日常騒音に曝されることの多い伊丹群に騒音に対する慣れの傾向(騒音刺激により睡眠を障害されにくくなっている傾向)がうかがえた。また、脳波、容積脈波、心電図、筋電図は、各刺激強度が強くなるに従って反応も高率になることが認められ、各刺激強度間に有意な差があった。
ウ Tらは、男子学生5名を対象として、睡眠中に6時間連続して騒音に曝露させて、脳波、精神電流反射、脈拍数、血球数、尿中ホルモンを測定して、その影響を調査した。Tらが使用した騒音は、あらかじめテープに録音したホワイトノイズ、機械工場騒音、自動車交通騒音で、これを40及び5dB(A)で再現した。
脳波の波形から判定した睡眠深度は、騒音によって変化が頻繁になり、深度の平均を計算してみると、音なしの対照実験と比較して40dB(A)でもかなり浅くなった。40dB(A)より55db(A)の方が、向上騒音より交通騒音に影響が大きかった。睡眠中に現れた覚醒型脳波の出現回数やその述べ時間にも同じ傾向がみられた。脈拍数の変動も騒音によって代となり、その影響は40dB(A)より55dB(A)の方が強かった。総白血球の睡眠中や減少度には騒音の影響がみられなかったが、好酸球、好塩基球の睡眠による増加は40dB(A)の騒音によって抑制され、55dB(A)では逆に減少した。ホワイトノイズの40dB(A)では対照実験と差がなかった。尿中のウロペプシン量は睡眠前に比べて睡眠中には減少するが、55dB(A)では減少が抑制される傾向がみられた。精神電流反射、尿中のカテコールアミン、17-OHコルチコイドには騒音の影響を見出すことができなかった。被検者はいずれもよく眠れたと述べ、主観的には騒音の影響を感じていない。また、被検者の居住地域の騒音の有無は、結果に影響を及ぼさなかった。
Tらは、以上の結果から、40dB(A)の騒音でも睡眠が妨害されること、40dB(A)よりも55dB(A)の方がはるかに影響が大きいこと、血球数でみる限り、ホワイトノイズよりも現実の騒音の方が影響が大きいことが分かったとするとともに、睡眠時の騒音レベルが40dB(A)を超えることは好ましくない旨結論付けている。そして、Tらは、現実の間欠音、すなわち鉄道及び航空機騒音を睡眠中に曝露した実験を実施したところ、上記実験と同程度又はそれ以上の睡眠妨害がもたらされた旨報告している。
エ また、Tらは、男子5名を対象として、午前0時から6時までの間、30分に1回の割合で連続騒音又は10秒ON10秒OFFの断続騒音を聞かせる実験を行った。Tらが使用した騒音は、白色騒音、125Hz又は3150Hzの1/3帯域騒音の3種で、曝露レベルは40dB(A)又は60dB(A)である。
睡眠深度を脳波について調べると、覚醒期脳波の出現回数は、上記エの実験より多く、平均睡眠深度も浅くなった。3分ごとの脈拍の変動も上記実験の交通騒音に匹敵した。睡眠前の値を元にした起床直後の血中好酸球、好塩基球の変化をみると、上記実験における交通騒音、工場騒音の40dB(A)と50dB(A)の中間に当たる影響を示した。精神電流反射、総白血球数、尿中17-OHコルチコステロイド、ウロペプシン、カテコールアミン量の変化には、上記実験と同様、一定の変化を見出すことができなかった。30分に1回ごとの12種の騒音の影響をみると、脳波からみた睡眠深度変化、K-complex出現回数、脈拍数の変動のいずれも、40dB(A)よりも60dB(A)の方が大きく、3種の騒音では白色騒音>高音>低音の潤に大きい傾向がみられた。連続音と断続音とでは、睡眠深度変化は前者の方が、K-complexと脈拍回数では後者の方が影響が大きかった。
Tらは、30分に1回ごと、曝露時間の合計が30分にすぎない騒音でも、6時間連続曝露と同程度の睡眠妨害を起こすことから、睡眠には連続した静けさが必要であると結論付けている。
オ EPAが発行した「公衆衛生と福祉を適切な安全限界によって保護するため必要な環境騒音レベルに関する資料」によれば、騒音は確かに睡眠を妨害するが、騒音曝露レベルと睡眠の深浅を関係づけることは難しい、普通の騒音レベルでも睡眠のパターンを変えることができるが、この変化の意義は今でも疑問である、一部の人は騒音曝露を受けると疲労、興奮または不眠症を起こすが、その程度を数量的に示す確証ははっきりしていないとした上、現在のところ騒音とこれらのファクターとの明確な関係を確立することはできないとしている。
カ 財団法人AVのAW(以下「AW」という。)らは、平成8年、3つの空港周辺(なお、この調査では具体的な空港名は明らかにされていない。)において、自記式質問調査法を用いて、睡眠の実態を把握するとともに、地域要因や性、年齢などの個人属性の睡眠への関与を検討した。有効回答は948名であった。後藤らは、睡眠の質に関する質問のうち、「入眠」、「中途覚醒」及び「熟睡感喪失」の各項目で「週3回以上ある」と評価している者を睡眠障害とし、地域別、個人属性別の睡眠障害率を調べたところ、その結果は次のとおりであった(ただし、上記の3空港においては、調査時点において、午後10時から翌朝7時までの航空機の深夜運航は実施されていない。)。
地域による睡眠障害率に差は確認できなかった。個人属性別では、60歳以上の者は、それ以下の者に比べて「中途覚醒」が多く、女性では「入眠困難」が有意に高い傾向があった。不安・抑うつ症状者は、「入眠」、「中途覚醒」及び「熟睡感喪失」の全てにおいて、有意に睡眠障害の割合が有意に高い。睡眠障害を原因別に集計したところ、「入眠困難」では考え事が最も多く(52.7%)、「中途覚醒」でも「トイレ」が最も多かった(46.0%)。一方、騒音が原因の睡眠障害者がどの地域でも存在し、更にその頻度には地域差が認められなかったので、「最も悩まされる音源」を集計したところ、「道路交通の音」が10種の音源のうち最も上位を占めていた。不安・抑うつスコアの高い者は睡眠障害を訴える傾向がみられた。
AWらは、上記の結果を踏まえ、深夜運航が行われていない現時点において、航空機騒音以外の音源による睡眠障害者の存在が確認できた、不安・抑うつ症状者は睡眠障害を訴える傾向にある、将来的に深夜運航が実施された場合、これら非航空機騒音性の睡眠障害者を考慮に入れなければ誤った結論を導く可能性がある、ストレスレベルは睡眠に対して高感受性としてはたらくことを示すなどと結論づけている。
(4) 検討
ア 前記認定の事実によれば、騒音によって覚醒や睡眠深度の変化が起こることを明らかにした研究結果は存在するものの、これらの研究結果によっても、いかなる程度の騒音によってどのような睡眠妨害(覚醒又は睡眠深度の変化)が生じるかという量的な対応関係はもとより、覚醒までには至らないが、騒音により睡眠の深度が浅くなることによっていかなる身体的、精神的影響が生じうるか、このような睡眠妨害が長期にわたった場合における影響の有無及びその程度如何といった点については、未だ十分に明らかになっているとはいえないといわざるをえないし、前記のとおり、騒音と睡眠障害との間に明確な関係を確立することはできないとする知見や、航空機騒音が存在しない環境においても、道路交通の音など航空機騒音以外の音源による睡眠障害者が存在し、あるいは不安・抑うつ症状を有する者がより睡眠障害を訴える傾向にあることを示唆する訴査結果もあること、にかんがみれば、こうした研究結果等をもって、直ちに原告らの睡眠妨害を推認することは困難であるといわざるを得ない。
イ しかしながら、騒音によって睡眠が妨害されること自体は、経験則上明らかであるといえるところ、特に本件飛行場に隣接した地域においては、航空機騒音によって睡眠妨害が生じていることを十分うかがうことができるというべきである。
(ア) すなわち、前記「航空機騒音」(第4の1)で認定したとおり、<1>W値95以上の地域においては、夜間においても、北谷町字砂辺の測定地点で1日当たり6.1回(平成13年度及び平成14年度)という相当多数の航空機騒音が計測されており、沖縄市字池原・倉敷の測定地点でも、おおむね少なくとも3回程度、年度によっては9.8回(平成2年度)、13.2回(平成10年度)もの多数の騒音が計測されているから、夜間においても相当頻繁に航空機騒音に曝露されている。<2>W値90の地域においては、屋良A、屋良B及び嘉手納においては、前記砂辺の測定地点を上回る騒音が計測されており、被告の測定地点である北谷町字砂辺でも、前記池原・倉敷にほぼ匹敵する騒音が計測されているから、本件飛行場の近傍であるこれらの地域における夜間の騒音発生回数は、W値95の地域とほぼ同様か、測定地点によってはそれを上回るほど頻繁であると考えられる。<3>W値85の地域においては、ややばらつきがみられ、石川市美原のように、本件飛行場の離発着経路下に位置する測定地点においては、砂辺よりも頻繁に航空機騒音が計測されている一方で、桑江のようにW値75の地域よりも発生回数が少ない地点もあるが、全体としてみれば、1日に少なくともおおむね2回程度の航空機騒音が記録されているから、この地域は、夜間においても頻繁に航空機騒音に曝露されていると評価することができる。
この点、被告は、深夜や早朝においては、窓を閉めて睡眠することが通常であり、仮にこれらの時間帯に航空機騒音が発生したとしても、就寝中の居室内に到達する騒音量は相当程度減衰しているはずであるから、原告らが本件飛行場からの騒音によって睡眠を妨げられていることは、ほとんど問題とするに足りない程度である旨主張するところ、防音工事を施工した家屋において窓等を密閉した場合には、おおむね最大で30dB程度の防音効果が認められることは、後記「周辺対策」(第6の3(2))で認定するとおりである。
しかしながら、海洋性気候である沖縄においては、昼間はもとより、夜間においても窓を開けて生活することが比較的多いと考えられるところ、防音工事を実施した原告らも、冷房費用がかさむ等の理由から、結局のところ冷房装置を使用せず、窓を開けて生活することが少なくないのが実情と考えられるのであるから(原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨)、建物自体の遮音効果を考慮に入れてもなお、就寝中の居室内に到達する騒音量は原告らの睡眠を妨害しない程度までに減衰しているとまでは認めるに足りず、被告の主張は理由がない。
(イ) 他方、<4>W値80の地域における夜間騒音発生回数は、例えば沖縄県の測定による八重島のように、平成12年度以降増加している測定地点もあるが、被告の常時測定結果を含めて全体として観察すれば、測定地点における測定結果にかなり差が認められ、W値85の区域よりもかなり劣り、必ずしも多数と認めることはできない。また、<5>W値75の地域においては、具志川市字西原の測定地点のように1日当たりおおむね2回程度の騒音が計測されていた測定地点もあるが、この測定地点でも平成12年度及び平成13年度には1日当たりで1回を割る数値となっているし、伊良皆や山内の測定地点についても、伊良皆の測定地点で平成10年度に1日当たり3.5回とかなり高い数値が計測されたことを除けば、その他の年度では1日当たり1回以上の騒音が計測された年度はないのであるから、全体としてみれば、夜間の騒音発生回数時必ずしも多いとはいえず、原告らの陳述書や99年調査報告書など原告らが依拠する関係証拠を検討するに当たっては、この点を考慮せざるを得ないというべきである。
ウ 以上を前提として、原告らが睡眠妨害の根拠として挙げる99年調査報告書について検討する。
(ア) まず、被告は、99年調査報告書には、対照群においても睡眠障害の比率が高く、そもそもオッズ比を相対的危険度と同定するのが相当ではない場面にまでオッズ比を用い、これを根拠に量反応関係ありとの結論を導いているなど分析方法に問題があり、根拠となり得ない旨主張している。
前記「沖縄県調査の結果」で認定した事実に、<証拠略>を総合すれば、研究委員会は、睡眠障害に関する質問をした結果、全体として睡眠障害と航空機騒音曝露との間に量反応関係がみられ、対照群においても少なからぬ割合で軽度の睡眠障害が認められたため、曝露群の回答率が対照群のそれに比較してどの程度増加しているかを明らかにするため、多重ロジスティック回帰分析により対照群に対する各WECPNL群の睡眠障害のオッズ比を求めたこと、その結果、本件飛行場周辺においては、対照群との間において、比較的重度な睡眠障害についてはW値85以上の地域において、比較的軽度な睡眠障害についてはW値75以上の全域において、それぞれ5%の有意水準で有意差が認められるという結果が得られたこと、研究委員会が用いたオッズ比は、疾病の発症リスクなどを比較するための尺度として一般に用いられている手法であること、相対危険度は、曝露群における比率を対照群における比率で除したものであるから、対照群における比率と曝露群における比率がそれぞれ十分に小さい場合には、オッズ比は相対危険度と一致するとされているものの、両者は本来異なる概念であることが認められる。
これらの事実によれば、曝露群における睡眠障害の比率及び対照群における睡眠障害の比率はそれぞれ高率であったものの、オッズ比は相対危険度とは本来異なる概念であって、疾病の発症リスクなどを比較するための尺度として一般に用いられている手法であるし、研究委員会も、航空機騒音曝露量により曝露群における回答率がどれだけ増加するかを明らかにするため、オッズ比を用いているのであるから、被告が主張するように、研究委員会がオッズ比を相対危険度と同定しているとは認められない。そして、そのほか、研究委員会がオッズ比を使用して曝露群における航空機騒音曝露量の睡眠障害に対する影響を明らかにしようと試みた手法自体について不合理な点は見当たらないから、被告の前記主張は理由がない。
(イ) そこで、研究委員会による調査結果等を踏まえ、まず本件飛行場周辺に居住する住民らに航空機騒音による睡眠妨害が生じているか否かを検討すると、前記認定の事実によれば、研究委員会が特定の航空機騒音による睡眠妨害の反応率について、「週に何度も妨害される(いつもある)」又は「週1、2回妨害される(ときどきある)」のいずれかに反応した回答者の率を求めたところ、W値75ないし80の地域については、7.5%(W値75)ないし12.6%(W値80)という比較的低い数値を示しているといえるが、W値85の地域からは、28.5%(W値85)、52.6%(W値90)、62.0%(W値95以上)とかなり増加する結果となったことが認められ、こうした結果は、アで説示した各W値区域ごとの夜間における騒音発生回数の頻度、すなわち、W値85を超える地域では夜間であっても頻繁に航空機騒音に曝露されていること、殊にW値90及び95以上の地域では騒音発生回数がかなり多いこと、他方、W値75の地域における夜間の騒音発生回数は必ずしも多いとはいえないという全体的な傾向によく符合すると評価することができるから、上記結果は、個人の主観的な判断に基づくものであることを考慮しても、おおむね首肯するに足りるというべきである。
(ウ) 次に、前記認定の事実によれば、研究委員会は、日常における睡眠障害一般についても質問をし、その結果を踏まえ、多重ロジスティック回帰分析により各W値群の睡眠障害のオッズ比を求めたところ、今回の調査に関しては最も重度の睡眠障害を訴える者であることを示す「睡眠障害:週1、2回」4点について、対照群との間で5%の有意水準で有意差が認められたのはW値85以上の地域であることが認められるから、W値75及び80の各地域については、いずれも上記の有意差があるか否かは判然としないというべきである。
もっとも、前記認定の事実によれば、今回の調査において「睡眠障害:月1、2回」1点に関しては、W値75以上の全曝露群において、対照群との間にオッズ比の有意差が認められ、したがって、この程度の睡眠障害に関しては、上記「睡眠障害:週1、2回」4点と異なり、W値75ないし80という比較的低い曝露地域であっても生じていると評価することができる。しかし、上記尺度値は、「床についたとき、寝つけなくて困ることがありますか」など4つの質問のいずれか1問に対し、少なくとも「月に1、2回ある」という回答を1回すれば満たされるというものから、研究委員会自身が認めるとおり、今回の調査における睡眠障害の程度としては、最も軽い程度のものというべきであって、被害の認定に当たっては、この点を考慮せざるを得ない。
(エ) 以上の調査結果等に、先に説示した本件飛行場周辺における夜間騒音発生回数の全体的傾向を総合すれば、<1>W値85を超える地域においては、睡眠妨害が生じている程度が強く、殊にW値90ないし95以上の地域ではかなりの高率で生じていると評価することができるが、W値75ないし80という地域では、睡眠妨害が「ときどきある」旨を回答した者自体が比較的低く、殊にW値75の地域ではかなり低い、<2>これらの低曝露地域においても、対照群との比較において睡眠障害が生じているとはいえるものの、その程度は今回の調査で最も軽度のものであったと評価すべきである。
エ ところで、原告らが陳述書において航空機騒音によって睡眠が妨げられると述べた回数を、原告ら訴訟代理人において集計した結果は、次のとおりである(弁論の全趣旨)。
回数
W値
合計
75未満
75
80
85
90
95以上
21回以上
0
22
127
231
28
27
435
0.0%
12.7%
21.5%
19.1%
23.5%
44.3%
20.2%
11~20回
2
27
104
210
39
11
393
100.0%
15.6%
17.6%
17.4%
32.8%
18.0%
18.3%
6~10回
0
27
88
272
11
3
401
0.0%
15.6%
14.9%
22.5%
9.2%
4.9%
18.6%
1~5回
0
40
140
194
19
10
403
0.0%
23.1%
23.7%
16.1%
16.0%
16.4%
18.7%
なし
0
57
132
300
22
10
521
0.0%
32.9%
22.3%
24.9%
18.5%
16.4%
24.2%
合計
2
173
591
1207
119
61
2153
100.0%
100.0%
100.0%
100.0%
100.0%
100.0%
100.0%
これによれば、W値が高くなるにつれて、睡眠妨害を訴える率がより高くなることがうかがわれるものの、研究委員会の調査結果(上記(2)イ参照)と比較すると、全般的に相当高率となっている。殊に、研究委員会が航空機騒音の影響を明らかにするため分析の前提とした「過に何度も妨害される」又は「週1、2回妨害される」という選択肢にほぼ相当すると認められる、「21回以上」、「11~20回」及び「6~10回」の各選択肢に回答した原告らを合計すると、W値75が43.9%、W値80が54.0%、W値85が59.0%、W値90が65.5%、W値95以上が67.2%となり、W値95以上及び90の各地域はともかく、W値75及び80の比較的低曝露の地域においても、研究委員会による調査結果よりもかなり高い割合となっている。
睡眠妨害が、原告らの人としての営みに係わるものであることにかんがみれば、被害としての睡眠妨害を認定するに当たっては、各種研究結果や知見等を踏まえつつ、原告らの訴えをも斟酌すべきものであるから、上記陳述書等における原告らの訴えが原告らの主観に由来するものであることをもって、原告らの陳述書における訴え及び上記集計結果が直ちに信用できないと断定することは相当ではない。しかしながら、原告らの陳述は、先に説示した本件飛行場周辺における夜間騒音発生回数の現状や、上記沖縄県調査の結果に照らし、特にW値75ないし80の各地域においては、いささか過大ではないという疑問を払拭することはできないといわぎるを得ない。のみならず、研究委員会の前記調査が、本件飛行場の航空機騒音による周辺住民に対する影響を調査する目的であったとはいえ、対照群をも含めて相当大規模に実施された客観的なものであるのみならず、質問票の配布等はもとより、睡眠妨害に関する質問の作成に当たっても、回答結果の精度について配慮を払った様子がうかがわれるのに対し、原告らの前記訴え等は、それらがもともとの各種被害の程度が大きいことを前提としている訴訟当事者らによる訴えであるから、上記陳述書等は、沖縄県調査等と比較すれば、より主観的な性格を有することは否定できないというべきである。
そうすると、原告らの睡眠妨害の有無及びその程度を認定するに当たっては、原告らの前記訴えのみから認定することは相当ではなく、前記航空機騒音曝露の実態及び沖縄県調査等の結果を中心として検討し、これに原告らの前記訴えを加味する程度にとどめることが相当というべきである。
オ 以上によれば、本件飛行場の航空機騒音による原告らの睡眠妨害については、本件飛行場周辺におけるW値85以上の地域、殊にW値90ないし95以上の地域においては、かなりの頻度で、しかも比較的重い睡眠妨害が生じていると認めることができる。これに対して、W値75ないし80の各地域においても、一応睡眠妨害が生じていることはうかがわれるものの、その頻度及び程度は、W値85以上の各地域と比較すれば、かなり低いものといわざるを得ない。
6 その他の精神的被害について
(1) 原告らの訴え
原告らは、本件飛行場の航空機の騒音等によって、日夜受けているいらいら、不快感、恐怖感等の精神的被害を受けており、この被害が、更に精神的ストレスとなって、ノイローゼ、神経衰弱等の身体的影響を惹起し、原告らの精神的被害を増幅させている旨主張する。そして、後述するとおり、原告らの陳述書をみても、航空機騒音によっていらいらする、集中力がなくなる等の精神的苦痛を訴える原告らが少なくない。
(2) 沖縄県調査の結果
(以下の事実は、<証拠略>によって認める。)
ア THI調査の結果
研究委員会が住民の自覚的健康観を調査する目的でTHI調査を実施したことは、前記「原告らが主張するその他の健康被害」(第5の3)において、既に認定したとおりである。そして、研究委員会は、精神的自覚症状に関する尺度として、「直情径行性」(いらいらするなど)、「虚構性」(自分をよく見せたい傾向など)、「情緒不安定」(ちょっとしたことが気になるなど)、「抑うつ性」(悲しいなど)、「攻撃性」(体が大きい、気が強いなど。なお、研究委員会は、この尺度について、バイタリティーや積極性を示すものであるから、この得点が低いことは、積極性が損なわれていることを意味するとしている。)、「神経質」(神経質、気むずかしいなど)及び「生活不規則性」(夜更かし、朝寝坊など)の7尺度を挙げているところ、このような精神的自覚症状に関する調査結果は、次のとおりである。
まず、身体的自覚症状と同様、W値のほかに、年齢、性別、職業、年齢と性別の交互作用をTHIの尺度に影響を及ぼす可能性のある因子(交絡因子)として取り上げ、多重ロジスティック回帰分析により各因子の影響を解析したところ、「情緒不安定」及び「神経質」の各尺度並びに「攻撃性」の低得点側で、W値との間に1%以下の有意確率で関連が認められ、特に、「神経質」の尺度については、0.1%以下の有意確率となった。
次に、これらの尺度について、対照群との差をオッズ比で求め、身体的自覚症状と同様、95%信頼区間を用いてW値との関連を検討したところ、次図((e)ないし(f))に示すとおりとなった(なお、図中、○印が本件飛行場の結果を示す。以下についても同様である。)。
(e) 情緒不安定<省略>
(f) 攻撃性(低得点側)<省略>
(g) 神経質(高得点側)<省略>
研究委員会は、この結果について、「情緒不安定」に関しては、信頼区間の範囲内の凹凸はあるものの、W値に応じてオッズ比が上昇する傾向が認められ、W値が95以上の群においては、対照群と比較して2倍程度の比率の増加がある、「攻撃性」の低得点側に関しては、W値95以上の群においてのみオッズ比が有意に上昇している。トレンド検定の有意確率は5%未満であるが、はっきりとした量反応関係は認められない、「神経質」の高得点側に関しては、高度に有意なオッズ比の上昇が認められ、W値75の群においても対照群との間に高度に有意な差があり、ほとんど全ての群でオッズ比の有意確率が有意となっている、W値95以上の群においては、対照群と比較して2倍以上の比率の上昇が認められるなどと報告している。
また、研究委員会は、「心身症傾向」と「神経症傾向」について判別得点を算出し、W値との関連を解析した。研究委員会は、この判別について、判別得点が正であれば、心身症傾向あるいは神経症傾向と判断されるが、これらの判別得点が高いということは、質問に対する回答パターンが、心療内科医・精神科医により心身症・神経症と診断された患者のパターンと似ているということであり、実際に心身症・神経症と診断される確率は高いものの、必ずしも医師の診断に基づく心身症や神経症であることを意味するものではない旨説明している。
そして、研究委員会は、多重ロジスティック回帰分析により、これら2種類の判別得点について解析を行ったところ、次図(a)及び(b)のとおりとなった。
(a) 心身症傾向<省略>
(b) 神経症傾向<省略>
研究委員会は、この結果について、「心身症傾向」に関しては、嘉手納では比較的低い騒音曝露レベルからオッズ比の上昇傾向があり、W値90、及び95以上の2群では有意確率が5%未満である。W値95以上の群では、オッズ比は2以上となっており、判別式によって心身症傾向と判断される回答者の比率が倍増している、「神経症傾向」に関しては、量反応関係は認められなかったが、W値が95以上の群で対照群との間に差がみられ、オッズ比は1.6ないし2程度の値となっており、判別式によって神経症傾向と判断される回答者の比率が増加している旨報告している。
イ 生活質・環境質調査の結果
研究委員会が、航空機騒音が生活の質及び環境の質に対しいかなる影響を及ぼしているかを調査するため、生活質・環境質調査を実施したことは、前記「日常生活の妨害について」(第5の4(2))で認定したとおりである。そして、研究委員会が、上記生活質・環境質調査において、航空機騒音の心理的影響、すなわち、航空機騒音の「うるささ」及び「被害感」について調査したところ、その結果は次のとおりであった。
まず、研究委員会が自宅における航空機騒音の「うるささ」の程度について質問したところ、その結果は次表のとおりとなった。
評定尺度
飛行場
普天間
嘉手納
WECPNL
-75
75-
80-
75-
80-
85-
90-
95-
うるささ
1 たいへんうるさい
6.9%
21.9%
30.4%
2.7%
8.4%
25.7%
48.1%
70.8%
2 かなりうるさい
19.0%
36.9%
34.5%
9.1%
18.6%
35.4%
30.4%
23.7%
3 少しうるさい
41.5%
28.0%
29.5%
41.3%
47.3%
29.4%
17.9%
3.2%
4 あまりうるさくない
28.3%
12.5%
4.6%
39.0%
22.7%
8.5%
3.1%
1.5%
5 まったくうるさくない
4.2%
0.6%
0.9%
7.8%
3.0%
1.0%
0.5%
0.9%
研究委員会は、この結果について、特に「1.たいへんうるさい」のカテゴリに反応した人員の割合と航空機騒音曝露量との間には著明な量反応関係が認められ、殊にW値95以上の群では正反応率が70%に達しており、うるささに関しては、航空機騒音の高曝露群における正反応率が非常に高い旨報告している。
次に、研究委員会は、航空機騒音による「被害感」、「イライラ感」、「恐怖感」及び「戦争の恐怖Jに対し質問をし、それぞれ5段階の選択肢によって回答を求めたところ、その回答率は次表のとおりとなった。
評定尺度
飛行場
普天間
嘉手納
WECPNL
-75
75-
80-
75-
80-
85-
90-
95-
被害感
1 耐えがたい被害をうけている
0.9%
6.5%
5.4%
0.7%
1.4%
5.1%
16.8%
38.7%
2 非常に被害をうけている
4.1%
11.6%
16.5%
2.2%
4.7%
20.5%
25.3%
22.5%
3 かなり被害をうけている
18.2%
25.1%
28.5%
9.0%
12.8%
28.9%
26.3%
20.1%
4 少し被害をうけている
49.6%
42.4%
39.5%
50.0%
56.3%
35.0%
24.7%
16.2%
5 被害をうけていない
27.2%
14.4%
10.0%
38.0%
24.8%
10.4%
6.9%
2.4%
イライラ感
1 いつもある
5.6%
17.2%
14.7%
3.4%
6.5%
17.0%
31.8%
45.3%
2 ときどきある
16.5%
24.3%
30.5%
10.0%
15.0%
25.6%
24.3%
23.2%
3 たまにある
28.1%
23.4%
26.6%
17.8%
25.7%
22.6%
23.4%
20.2%
4 あまりない
24.5%
20.7%
19.0%
36.9%
30.1%
21.8%
14.3%
6.6%
5 まったくない
25.3%
14.3%
9.2%
31.9%
22.7%
13.0%
6.2%
4.8%
恐怖感
1 いつもある
4.5%
16.5%
11.7%
3.4%
4.8%
12.2%
18.7%
40.4%
2 ときどきある
12.4%
16.1%
23.6%
10.4%
15.0%
16.3%
24.8%
14.0%
3 たまにある
24.7%
20.2%
28.4%
20.5%
22.5%
26.7%
20.4%
16.2%
4 あまりない
28.6%
29.4%
21.5%
33.3%
33.5%
27.7%
22.2%
21.2%
5 まったくない
29.8%
17.8%
14.8%
32.4%
24.3%
17.1%
13.9%
8.3%
戦争の恐怖
1 いつもある
3.1%
7.8%
6.4%
3.8%
5.2%
8.6%
14.0%
27.3%
2 ときどきある
10.6%
10.4%
14.1%
8.1%
7.8%
7.8%
11.8%
15.9%
3 たまにある
14.8%
14.5%
17.9%
12.4%
13.1%
14.4%
18.9%
10.8%
4 あまりない
31.4%
33.6%
25.2%
33.2%
34.2%
35.0%
26.4%
23.4%
5 まったくない
40.1%
33.7%
36.5%
42.6%
39.7%
34.2%
28.9%
22.6%
研究委員会は、上記の結果を踏まえ、<1>航空機騒音による「被害感」については、W値の増大とともに被害感が上昇する傾向が著明である、本件飛行場周辺住民の大多数が航空機騒音による被害感を抱いている、<2>自宅において感じる航空機騒音の「イライラ感」(なお、研究委員会によれば、調査に当たり使用された「わじわじ―」という沖縄の方言は、通常の「いらいら」よりも程度が強い言葉であるとされる。)については、W値が85以上の群において反応率が40%を越え、W値が95以上の群では68.5%となっている、<3>自宅において感じる航空機騒音の「恐怖感」について、航空機騒音の恐怖感は、墜落の不安と関連があると考えられる、特にW値が90以上の高曝露群では反応率が40%を越えるほど高率である、<4>「戦争への恐怖」については、航空機騒音の恐怖感と異なり低い反応率であるが、W値が90上の群では反応率が高くなり、W値95以上の高曝露群で40%に達する旨報告している。
また、研究委員会は、日常生活の中で感じる不安感について、「飛行機の墜落の不安」「飛行機からの落下物の不安」「燃料タンク等、基地内の危険物の爆発事故の不安」「戦争にまきこまれる不安」の4項目に関して質問し、それぞれ5段階の選択肢によって回答を求めたところ、その回答率は次のとおりとなった。
評定尺度
飛行場
普天間
嘉手納
WECPNL
-75
75-
80-
75-
80-
85-
90-
95-
墜落の不安
1 非常に感じる
16.4%
28.2%
39.4%
20.6%
22.0%
31.7%
43.3%
60.1%
2 かなり感じる
18.4%
25.2%
17.2%
13.4%
15.5%
17.3%
24.0%
17.2%
3 少し感じる
32.0%
27.4%
29.4%
37.4%
37.0%
33.5%
22.0%
15.7%
4 あまり感じない
24.8%
15.4%
10.6%
22.3%
18.3%
13.8%
7.6%
5.8%
5 まったく感じない
8.3%
3.9%
3.4%
6.3%
7.1%
3.7%
3.1%
1.1%
落下物の不安
1 非常に感じる
13.3%
21.2%
30.6%
15.6%
16.1%
22.7%
34.3%
53.0%
2 かなり感じる
11.2%
18.0%
18.1%
11.0%
11.5%
15.7%
21.5%
16.7%
3 少し感じる
30.5%
31.5%
28.6%
36.1%
35.2%
34.1%
25.1%
21.4%
4 あまり感じない
35.7%
24.3%
18.9%
29.4%
26.7%
21.5%
13.9%
6.7%
5 まったく感じない
9.4%
4.9%
3.8%
7.9%
10.5%
6.0%
5.2%
2.3%
爆発事故の不安
1 非常に感じる
12.2%
21.5%
25.3%
16.8%
16.9%
23.9%
41.6%
56.9%
2 かなり感じる
11.2%
11.7%
19.0%
15.4%
15.9%
17.1%
22.3%
14.6%
3 少し感じる
29.6%
32.8%
31.1%
33.0%
35.9%
34.7%
20.7%
23.2%
4 あまり感じない
36.4%
26.3%
20.2%
26.5%
21.5%
18.6%
11.5%
3.5%
5 まったく感じない
10.6%
5.6%
4.4%
8.3%
9.8%
5.8%
3.8%
1.7%
戦争への不安
1 非常に感じる
18.9%
20.0%
21.6%
21.1%
20.4%
26.1%
37.4%
47.9%
2 かなり感じる
15.2%
14.2%
15.1%
14.2%
17.3%
11.6%
17.4%
23.9%
3 少し感じる
22.2%
24.3%
25.5%
31.9%
30.0%
27.0%
22.3%
19.1%
4 あまり感じない
32.9%
33.9%
29.9%
23.5%
22.2%
25.4%
19.0%
7.4%
5 まったく感じない
10.8%
7.6%
7.9%
9.2%
10.1%
9.9%
3.9%
1.7%
研究委員会は、上記の結果を踏まえ、<1>「墜落の不安」については、本件飛行場を基地とする航空機が墜落する事故は一般の民間航空機が墜落する事故よりはるかに頻度が高いから、航空機騒音を聞くと周辺の居住者が墜落事故を連想するだろうことは、容易に想像することができる、<2>「落下物の不安」、「爆発事故の不安」及び「戦争への不安」については、W値85までの騒音曝露量の地区では、騒音曝露量にかかわらずほぼ反応率が一定で、20%程度であるが、W値が90ないし95の地区では、反応率が急増しているなどと報告している。
(3) 本件飛行場及び他の飛行場における住民調査等
次に、航空機騒音による心理的、情緒的影響についての本件飛行場及び他の飛行場における住民調査等の結果は、次のとおりである(以下の事実は、<証拠略>によって認める。)。
ア 住民健康調査研究会が北谷町において実施したTHIによる自覚的健康度調査の結果によると、航空機騒音に曝露されている北谷町と曝露されていない北中城村との間に、主として高年齢層で精神的自覚症状に有意差が認められ、区域指定におけるW値75ないし90群(北谷町住民のうち、生活環境整備法上の区域指定におけるW値75以上95未満に居住する者の集団)、W値95以上群(同様た区域指定のW値95以上に居住する者の集団)と対照群(北中城村住民)とを比較すると、3群間で有意差の認められた尺度得点・判別値は、精神的訴えを示すものに多かった。また、性別や年齢を無視した検討でも、情緒不安定、抑うつ性、神経質、心身症傾向、神経症傾向において有意差が認められた。これらのことから、同研究会では、航空機騒音の影響は主として精神的訴えに現れると考えられ、その尺度得点・判別値の平均値の大きさの順、すなわち訴えの多さと航空機騒音曝露量との間には因果関係があると考えられるとしている。そして、以上の検討結果は因子分析、重回帰分析を行った結果とも符合しているとする。
しかし、上記W値によって層化した5群(W値75群、80群、85群、90群及び95以上群)に対照群を加えた6群間で有意差があるか否かを検討した結果では、有意差が認められた尺度得点・判別億の平均値とW値との間には、W値が大きくなるほど尺度得点・判別値の平均値が大きくなるというような傾向は必ずしも著明には認められず、この結果のみからは、航空機騒音曝露と住民の自覚的健康観との間には明確な因果関係は存在しないと推定されるが、調査の標本数が少ないことが影響しているとも考えられるとしている。
イ 航空公害防止協会が昭和55年度ないし昭和57年度に大阪、東京両国際空港及び福岡空港周辺において成人女性を対象として行った調査結果のうち、質問紙(THI等)による健康調査の結果では、大阪空港周辺では、精神的影響について、「多愁訴」、「直情径行性」、「情緒不安定性」、「抑うつ性」、「神経質」など6尺度の尺度得点と、「心身症傾向」及び「神経症傾向」の2判別値について、W値の高い地域ほど高くなる傾向が認められた。もっとも、東京及び福岡の各空港周辺では、W値の上昇に対応して増加した尺度得点や判別値はなかったが、上記調査の報告者は、上記2空港周辺のW値のレベルが比較的低かったことや、地域住民の性格的特性などの影響が考えられるとしている。
ウ 同協会が同時期に大阪国際空港周辺において学童を対象として行った調査結果のうち、質問紙(THIを学童用に一部修正)による健康調査の結果では、「攻撃性」と「生活不規則性」の2尺度においてW値の上昇に対応した有意差が認められた。これについて、上記調査の報告者は、航空機騒音による同地域の自動の精神的健康への影響の反映というよりも、学童の性格傾向の地域差がたまたまこのような結果として表れたものと考えられるとしている。
エ F医師らが、昭和61、62年に小松基地騒音差止等訴訟の原告及びその家族125名(生活環境整備法上の区域指定におけるW値75ないし90の各地域に居住)を対象として、一般検診、聴力検診等と併せて、問診、アンケート調査等を行ったところ、いらいらするというような神経症状の訴えが多く、THIによる健康度調査の結果では、男女とも多愁訴性、心身症候向が多かったとしている。更に、F医師らが、昭和59年から昭和62年にかけて騒音地域(前記のW値80以上)255名及び非騒音地域197名の住民を対象にして行ったTHIによる健康度調査によって得られた資料等から、健康障害が高率と考えられる60歳以上の高齢者を除外して、騒音地域及び非騒音地域において、性、年齢等を一致させた男子100ペア、女子80ペアを構成し、騒音地域及び非騒音地域に差が認められるか否かを検討したところ、男女とも、多愁訴性、心身症傾向の項目で、騒音地域において非騒音地域よりも訴えが多く、有意差があり、女子では情緒不安定、神経症傾向の項目についても訴えが有意に多かったとしている。
オ AWらは、平成10年4月から7月にかけて、大阪府豊中市の航空路直下及びその近傍において実施されている健康診断受診者を対象として自記式質問調査を実施し、うち女性233名を対象として、ストレッサーである個人におけるライフイベント(心理的負担の重い本人の病気やけがなど3項目)の有無によって騒音評価がどの程度異なるかを比較検討した。その結果、ライフイベントの経験群は、不安スコア及び抑うつスコアのいずれにおいても、被経験群よりも有意に高かった。対象者を第一種区域外、第一種区域及び第二種区域の3群に分類し、これらの区域別にストレス状態者を集計したが、区域間による比率の差異はみられなかった。ライフイベントの経験率も、区域間による差異はみられなかった。
AWらは、以上の結果を踏まえ、ライフイベントは不安、抑うつに対して有意に大きなストレッサーになっていることが確認された、高不安、抑うつ者はライフイベントによってストレスが惹起された者と推定できる、抑うつ・不安傾向の者は一般住民に一定の割合で存在することを示している、どんなに静かなところでもアノイアンスを訴える者が存在することの理由として、私的な精神的ショックによってアノイアンスを訴える者の存在が示唆されると結論づけている。
カ AWらは、上記オと同時期に、ある空港周辺で実施された健康診断の受診者を対象として自記式質問を実施し、環境意識及び自覚症状に関する調査を行った。回答が得られたのは567名であるが、AWらは、一般に男性よりも女性の方が居住地での生活時間が長いことを考慮して、解析の対象を成人女性(390名)に限定した。
対象者を第一種区域隣接区域、第一種区域及び第二種区域に分類して回答結果を解析したところ、音環境評価得点は、高騒音指定区域ほど高く、不満傾向にあることを示し、統計学的な有意差がみられた。これに対して、心理的精神的指標を検討したところ、抑うつ得点について第二種区域群が他の2群に比べて高い傾向を示したほかは、有意差が認められなかった。不安得点及びストレス得点の平均値は3群間でほぼ等しかった。W値は音環境と有意な正相関係が得られ、高航空機騒音区域に住んでいる人ほど、居住地の音環境に不満を持っていることを示していた。不安、抑うつ傾向はW値間では相関性がみられなかった一方で、音環境評価とは有意な正相関係を示していた。
AWらは、上記の結果を踏まえ、不安・抑うつといった精神症状と航空機騒音曝露量との間には明確な関係はみられなかったとする一方で、音環境評価の不満と精神状態に関連性が認められることから、航空機騒音曝露が直接的にストレスに影響せず、「音源―伝播―知覚・認識」の過程を経て騒音であると判断している者が不安・抑うつ傾向を生じているという騒音の間接的な影響は示唆されると結論づけている。
(4) 原告らの陳述書等における訴え
精神的被害に関する原告らの陳述書の記載内容は、あらかじめ作成された「イライラする」、「集中力がなくなる」、「何事にも無気力になってしまう」、「戦争体験を思い出し、恐怖感や不安を覚える」、「戦争に巻き込まれるのではないかという恐怖感を覚える」、「墜落するのではないかと恐ろしくなる」及び「その他」という選択肢を選んだ上、そのような精神的苦痛は具体的にどのようなときに感じるかを記載する内容となっているところ、原告らが上記の選択肢をどれだけ選択したかについて原告ら訴訟代理人が集計した結果は、次のとおりである(弁論の仝趣旨)。
個数
W値
合計
75未満
75
80
85
90
95以上
5個以上
0
37
210
350
34
26
657
0.0%
21.4%
35.5%
29.0%
28.6%
42.6%
30.5%
4個
1
33
129
299
29
13
504
50.0%
19.1%
21.8%
24.8%
24.4%
21.3%
23.4%
3個
0
54
139
336
41
18
588
0.0%
31.2%
23.5%
27.8%
34.5%
29.5%
27.3%
2個
1
38
91
152
11
2
295
50.0%
22.0%
15.4%
12.6%
9.2%
3.3%
13.7%
1個
0
8
15
44
2
2
71
0.0%
4.6%
2.5%
3.6%
1.7%
3.3%
3.3%
なし
0
3
7
26
2
0
38
0.0%
1.7%
1.2%
2.2%
1.7%
0.0%
1.8%
合計
2
173
591
1207
119
61
2153
100.0%
100.0%
100.0%
100.0%
100.0%
100.0%
100.0%
これをみると、W値95以上の地域に居住する原告らで4個又は5個以上の精神的被害がある旨を述べた者の割合は、合計で63.9%とかなりの高率となっている。他方、W値の区域ごとに前記割合をみると、75群が40.5%、80群が57.3%、85群が53.8%、90群が53.0%となっており、80群がやや他と比較して高いものの、全体としてみれば、W値が高くなるにつれてより多くの精神的被害を訴える傾向があると評価することができる。他方、前記の沖縄県調査の結果と比較すると、特にW値75、80といった低曝露群において、より多くの精神的被害を訴える傾向があるということができる。
(5) 検討
以上を前提として、本件飛行場の航空機騒音等によって、原告らがその主張に係る精神的被害を被っていると認めることができるか否かについて検討する。
ア 被告は、まず、うるささの反応が個人に関係する種々の社会的及び心理的要因により大きく影響される主観的なものである、本件飛行場周辺の航空機騒音の発生は1日の生活時間帯における極めて限局されたものにすぎないなどとして、仮に原告らにある程度の精神的不快感があるとしても、社会生活上受忍限度の範囲内であって、原告らの主観的反応を過大に評価すべきではないと主張する。
しかしながら、本件飛行場周辺における航空機騒音曝露の状況は、特にW値85以上の地域においてかなり激しく、昼間はもとより、夜間においても激しい騒音に頻繁に曝露されていると評価できることは、既に前記「航空機騒音」(第4の1)において詳細に認定したとおりである。したがって、被告が主張するように、本件飛行場周辺における航空機騒音の発生は1日の生活時間帯における極めて限局されたものであるとは到底認められないことはもとより、むしろ、W値の地域によっては、個人に精神的な苦痛をもたらしうる程度のものと評価すべきである。そして、確かに、被告が主張するとおり、ある個人が航空機騒音に対して示すうるささの反応は、当該個人の主観的要因等によって左右される側面があることも否定できないが、前述のとおり、特に本件飛行場に比較的近接した高曝露地域に居住する原告らは、かなり激しい航空機騒音に日夜曝露されているのであり、しかも、ジェット戦闘機等が発するその騒音は、音量が強大で、金属的な鋭い高音を発し、音質自体の不快感の程度が高いという他の騒音にはみられない特色が存するといえるから(この特色は、一般的に指摘されているところであり、また、当裁判所が実施した検証(殊に第1日目の検証)によっても確認できたところである。)、被告が指摘するような個人の主観的、心理的要素等に左右される部分を除外してもなお、それを超えた原告らに共通する不快感等の精神的苦痛を認めることは可能というべきである。
したがって、被告の主張は理由がない。
イ また、被告は、原告らが援用する研究委員会の生活質・環境質調査の結果について、調査方法、解析方法等について、その信頼性に影響を与える種々の問題点が含まれているとして、これによって原告らの精神的被害を認めることはできない旨主張する。
しかしながら、まず、調査方法について検討すると、確かに、被告が指摘するとおり、生活質・環境質調査においては、THI調査と異なり、ダブルブラインド(回答者に対してはもちろん、配布する調査員にも調査の意図を知らせないことをいう。)は行われておらず、調査を実施するに当たっては、地元の区長等が関与したことが認められるが(<証拠略>)、前記認定の事実によれば、生活質・環境質調査は、本件飛行場周辺に居住する住民等の生活の質及び環境の質に対し、航空機騒音の存在がどのような影響を与えているか、回答者の基地及び航空機騒音に対する態度等を調査するという目的の下に実施されたものであり、その設問もまさにそのような観点から研究委員会によって作成されたものと認められるのであるから、調査内容に回答者の主観が介在する可能性があることは、調査の目的等に照らしむしろ当然のことというべきである。したがって、このことをもって生活質・環境質調査自体が信用できないとすることはできず、被告の主張は理由がない(なお、前述のとおり、航空機騒音に対し個人が感じるうるささ等の感情については、個人の主観的要素に左右される部分があることは否定できないのであるから、生活質・環境質調査の結果によって原告らの精神的被害を認定するに当たっては、後述するとおり、評定尺度に対する回答率や、対照群との差を慎重に検討することにより、個人の主観的要素に由来すると考えられる要素をできる限り排除すべきことは、当然である。)。
また、被告は、調査内容により対照群を挙げているものと挙げていないものとが混在しており、解析方法に一貫性がない旨批判する。しかしながら、確かに、前記認定の事実によれば、精神的被害との関係で検討を要する「被害感」や「墜落の不安」等の尺度については、対照群との比較検討はなされていないが、これらの尺度は、いずれも本件飛行場の航空機騒音等があることを前提として作成されたものと認められるところ、前記認定の事実に証人BHの証言を総合すれば、そもそも、対照群は航空機騒音曝露がないことを前提として選定されたのであるから、このような尺度について航空機騒音曝露群における調査結果と対照群における調査結果を比較検討しても意義のあることとは考えられないのであり、したがって、この点は生活質・環境質調査の信用性を左右するものではないと認められるから、被告の主張は理由がない。
ウ そこで、以下、原告らの精神的被害の有無を検討するが、これについては、本件飛行場及び他の飛行場で行われた各種調査結果のうち、研究委員会が実施した前記各調査結果が、最も包括的で標本数が多いものであり、したがって、航空機騒音がもたらす精神的被害に関する比較的客観的で信頼できる資料と認められるから、前記各調査の結果を中心に検討することにする。
(ア) THI調査の結果について
前記認定の事実によれば、研究委員会が多重ロジスティック回帰分析により回答結果を解析したところ、精神的自覚症状に関する尺度のうち、「情緒不安定」及び「神経質」の各尺度並びに「攻撃性」の低得点側で、W値との間に1%以下の有意確率で関連が認められ、特に、「神経質」の尺度については、0.1%以下の有意確率となったから、これらの尺度については、W値と量反応関係がある旨報告されている。しかし、研究委員会が対照群との差をオッズ比で求め、95%信頼区間を用いてW値との関連を検討した結果によれば、対照群との間に有意差があることを明瞭に読み取ることができるのは、「情緒不安定」の尺度については、W値に応じてオッズ比が上昇する傾向を一応うかがうことができるものの、W値75群、85群及び90群では、95%信頼区間の下端がいずれも1を下回っているのであるから、対照群との関係でオッズ比が有意に上昇していることを明瞭に読み取ることができるのは、W値95群にすぎないというべきである。「攻撃性」に関してもほぼ同様であって、オッズ比が有意に上昇していると認められるのはW値95以上群のみであり、研究委員会自体がはっきりとした量反応関係は認められないことを自認しているところである。
そして、研究委員会が「心身症傾向」と「神経症傾向」について判別得点を算出し、W値との関連を解析したところによっても、「心身症傾向」については、比較的低い騒音曝露レベルからオッズ比の上昇傾向があるとはいえ、95%信頼区間との関係で、対照群との関係で有意差があることを明瞭に肯定することのできるのは、W値90及び95以上の2群にすぎないというべきであるし、「神経症傾向」に関しては、そもそも研究委員会自身が量反応関係が認められないことを肯定しており、対照群との間に有意差があることを明瞭に認めることはできるのは、やはりW値95以上群に限られるというべきである。
(イ) 生活質・環境質調査について
まず、上記調査の結果のうち、精神的被害に関する原告らの主張と関連を有すると考えられる「イライラ感」及び「恐怖感」に関する設問について、「1.いつもある」と回答した者の割合をみると、「イライラ感」については、W値75群が3.4%、80群が6.5%、85群が17.0%、90群が31.8%も、95群が45.3%とW値に応じて割合が上昇する傾向を示しているが、特にW値90群及び95以上群ではかなり高い割合となっているのに対し、W値75群及び80群はかなり低い割合となっている。「恐怖感」についてもほぼ同様の傾向であって、W値75群が3.4%、80群が4.8%、85群が12.2%、90群が18.7%、95以上群が40.4%となっている。そして、これらの傾向は、上記の各結果に、「2.ときどきある」と回答した者の割合を併せ考慮した場合においても同様というべきであり、しかも、この結果は、前述した本件飛行場周辺における航空機騒音曝露の傾向に照らし、十分に首肯することのできる結果というべきである。
次に、日常生活の中で感じる不安感に関する調査結果のうち、例えば「飛行機の墜落の不安」についてみると、「1.非常に感じる」と回答した者の割合は、W値75群が20.6%、80群が22.0%、85群が31.7%、90群が43.3%、95以上群が60.1%となっており、W値の上昇とともに割合が増加する傾向が認められるほか、上記「恐怖感」等の尺度と比較すると、全体としてかなり高い割合となっている。殊に、「2.かなり感じる」と回答した者の割合を併せると、W値75群でも33.4%、W値80群でも37.5%と比較的高い割合となるが、以上の傾向は、「飛行機からの落下物の不安」等の尺度についてもほぼ同様であるから、これらの結果は、低曝露群でもこのような不安を感じる住民が少なくないことを示しているというべきである。
エ 原告らが陳述書等において本件飛行場により様々な精神的被害を訴えていることや、このような原告らはW値75群等の低曝露地域から少なからぬ存在することは既に述べたととろである。そして、「公共性」(第6の2)や「危険への接近の法理」(第7の1、2)等において説示するとおり、多数の一般住民をも巻き込んだ沖縄戦の悲惨な体験、本件飛行場が旧日本軍が接収した土地を中心として戦後米軍によって建設されたものであるという歴史的経緯、原告らの中には生まれ育った家を追われ、収容所で生活することを余儀なくされた者も存在すること、現在も、原告らが居住する地域である沖縄県本島の中部地域におけるかなりの部分が、本件飛行場を始めとする米軍基地として占有、使用されているという現状、米軍基地の存在によって地域の振興開発等に制約が生じたり、県民生活に多大な影響が出ているとされ、その整理、統合、縮小が強く要望されていること等の事情に加えて、原告らは、過去における航空機の墜落等の体験や、本件飛行場その他の沖縄県における米軍施設における環境汚染問題、米軍人による各種の事件・事故によって、本件飛行場の存在自体に強い不快感を抱いていることがうかがわれるのであり、原告らが強い精神的被害を述べていること自体はあながち理解できないわけではない。
しかしながら、本件飛行場を始めとする米軍基地の存在についても、<証拠略>によれば、内閣府大臣官房政府広報室(当時)が平成13年2月、沖縄県民2000人を対象として県民意識の調査をしたところ、本件飛行場を始めとする米軍基地の必要性に関し、米軍基地の存在を容認する趣旨の回答をした者の割合は、前回調査(平成6年11月)よりも増加して45.7%、否定する趣旨の回答をした者の割合は前回調査よりも減少して44.4%となり、米軍基地の存在を容認する趣旨の回答をした者の割合が否定する回答をした者の割合を上回る結果となったことが認められるから、少なくとも現時点においては、本件飛行場を始めとする米軍基地の存在に対して、沖縄で生活する人々自体の中で意見が分かれており、米軍の存在自体に対し否定的な意見の者が多数を占めていると評価することはできない。そして、一般的にみても、騒音に対する不快感の有無及びその程度は、個々人の社会的、心理的要因、殊に騒音源との社会的、心理的関係によって左右されることは否定できないのであるから、原告ら主張に係る精神的被害やその程度を認定するに当たっては、原告らの陳述書等における訴えを斟酌しつつも、本件飛行場周辺における航空機騒音曝露の状況等を踏まえ、前記沖縄県調査の結果を中心とした比較的客観的と認められる各種調査結果を中心として認定することが相当である。
オ そこで、以上説示したところを総合して、本件飛行場の航空機騒音等によって原告らが被っている精神的被害は、次のとおりと認められる。
すなわち、原告らは、本件飛行場の航空機騒音等によって、イライラ感、不快感、恐怖感、不安感といった精神的被害を被っている(なお、原告らが精神的被害として「集中できない」ことを主張する点については、「思考妨害」又は「作業妨害」の各被害に関し、既に説示したところである。)。そして、その程度は、おおむねW値の上昇に伴い強くなるという関係にあると認められ、殊に、本件飛行場に近接するW値90及び95以上の各地域に居住する原告らが受けている精神的被害の程度は相当強い。これに対して、低曝露地域、すなわちW値75の地域に居住する原告らも上記の各精神的被害を被っていることは否定できないものの、その程度は必ずしも高いとはいえない。
7 原告らが主張するその他の被害について
原告らは、上記の各被害のほか、本件飛行場の航空機騒音等による被害として、<1>落下物等による被害、<2>振動による家屋や家財の損傷、<3>排気ガスによる洗濯物の汚染、<4>地価の低下、家屋賃貸の困難、<5>療養生活の妨害、<6>教育環境の破壊、<7>地域自治又は経済的、社会的環境の破壊を主張する。
しかしながら、まず、上記<1>ないし<4>については、いずれも財産的損害に関する主張と考えられるから、原告らに共通する損害を観念することはそもそも困難であり、したがって、原告らとしては、少なくともある程度具体的に、いかなる原告らがいかなる財産的損害を被ったのかを主張・立証すべきであるが、本件においてこのような主張・立証はなされていないから、原告らの主張は理由がない(ただし、<1>について、独立した被害ではなく、原告らの精神的被害を検討する際の一事情として考慮することが許されることについては、「精神的被害」の項で説示したとおりである。)。のみならず、上記<1>及び<3>については、前記「航空機の墜落の危険」及び「排気ガス」で説示したとおり、落下物事故の危険性や排気ガスについては、これらを独立した侵害行為と認めることはできないから、この点からしても、原告らの主張は理由がない。
また、<5>及び<6>についても、その性質上、原告ら全員に共通する損害と把握することは困難であるから、原告らとしては、いかなる原告らがどの程度療養生活の妨害等を受けているのかを具体的に主張・立証すべきであるが、本件においてこのような主張・立証はないから、原告らの主張は理由がない。
そして、<7>については、原告らの主張自体極めて抽象的であり、原告らのいかなる人格上の利益が侵害されたのか不明確であるから、原告らの主張は理由がない。
8 被害に関する総括
以上のとおり、原告らは、本件飛行場の航空機騒音等によって、会話妨害、電話・テレビ等の聴取妨害、これらに伴う家庭の団らん、趣味生活の妨害、学習・読書等の精神作業の妨害、睡眠妨害といった種々の基本的生活利益の侵害を被っており、また、航空機騒音曝露を直接の原因として、又は生活妨害や睡眠妨害等の被害に起因して、イライラ感や不快感等の精神的被害を被っていることが認められる。ただし、これらの被害については、原告らが曝露されている航空機騒音等の量や態様による差がかなり大きい。
一方、原告らが主張する聴覚被害その他各種の健康被害については、原告らが本件飛行場の航空機騒音等によって共通して聴力損失等の健康被害を被る高度の危険性があることは認めるに足りない。
第6違法性(受忍限度)
1 違法性に関する当裁判所の基本的立場
(1) 原告らは、本件飛行場を離発着する航重機の騒音等によって原告らには深刻かつ甚大な被害が生じているから、本件における違法性を判断するに当たっては、利益衡量を基礎とする受忍限度論を採用する余地はなく、被害があれば直ちに違法性が肯定されるべき旨を主張する。
しかしながら、原告らが本件損害賠償請求の根拠とする民事特別法2条に基づく損害賠償請求が認められるためには、本件飛行場に離発着する航空機の発する騒音等によって、原告らに対し受忍限度を超えた被害を発生させたことが必要というべきであり、この受忍限度を判断するに当たっては、侵害行為の態様と侵害の程度、被侵害利益の性質と内容、侵害行為の持つ公共性ないし公益性の内容と程度等を比較検討するほか、侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況、その間に採られた被害の防止に関する措置の有無及びその内容、効果等の事情をも考慮し、これらを総合的に考察して決すべきである(最高裁昭和56年大法廷判決参照)。
原告らは、本件飛行場の航空機騒音等によって原告らに深刻かつ甚大な被害が生じている旨主張するが、前記「被害」(第5)の各項において詳細に説示したとおり、本件飛行場の航空機騒音等により原告らが共通して受ける被害としては、原告らが共通損害として主張する聴覚被害やその他の健康被害又はその危険性は認めることができず、生活妨害、睡眠妨害、その他の精神的被害という日常生活上の不利益にとどまるものである。したがって、このような日常生活上の利益であっても、原告らが人間たるにふさわしい生活を営む上で重要であることはいうまでもないが、そうであるからといって、侵害行為の態様と侵害の程度など前述した諸事情との比較衡量なくして直ちに違法性を肯定することのできる程度に重大であるとまで評価することはできないから、原告らの前記主張は理由がない。
(2) そして、受忍限度を検討する上で考慮すべき諸要素のうち、侵害行為の態様と侵害の程度並びに被侵害利益の性質及び内容については、既にそれぞれ「侵害行為」及び「被害」の項目で詳細に説示したところであるから、ここでは、その他の諸要素について順次検討を加え、これらを総合考慮した上で、本件における受忍限度の具体的数値について判断する。
2 公共性
(1) 被告は、本件飛行場が我が国の平和と安全を維持し、極東の平和と安全を維持するために欠くことのできない極めて高度の公共性を有する施設であって、違法性の判断に当たっては、本件飛行場のかかる公共性を十二分に考慮すべきである旨主張する。
そこで、被告が主張する本件飛行場の公共性について検討すると、前記前提となる事実に<証拠略>を総合すれば、日本国政府は、基本的な価値観や、極東の平和と安全の維持への関心を共有し、経済面においても関係が深く、強大な軍事力を有する米国との二国間の同盟関係を継続し、その抑止力を我が国の安全保障のために有効に機能させることで、自らの防衛力の保持と合わせて我が国の安全を保持するという日米安保体制を堅持すべきであるとする立場を採り、日米安保体制を基調とする日米協力関係を外交の基盤としていること、日本国政府は、冷戦終結後においても国際情勢が依然として不透明、不確実な要素を孕んでおり、アジア太平洋地域においても様々な不安定要因が存在しているとして、日米安保体制を引き続き堅持すべきであるという外交・防衛方針を採っていること、我が国は、安保条約6条に基づき、我が国の安全及び極東における国際の平和と安全の維持のため、施設・区域を提供し、米国はその軍隊を我が国に駐留させていること、本件飛行場も、上記目的の下に、日本国政府が安保条約6条に基づき米軍に占有、使用を許した施設であること、本件飛行場等の在日米軍施設・区域が沖縄に置かれている主要な理由としては、沖縄は、米国本土やハワイ、グアム島からよりも我が国を含む東アジアの各地域に近いため、この地域内において緊急な展開を必要とする場合に迅速な対応が可能であり、また、我が国の周辺諸国との間に一定の距離があるため、本土にはない縦深性を有しているという地理上の利点があるためであると考えられていることが認められる。そうすると、本件飛行場は、我が国の安全及び極東における国際の平和と安全の維持を図るという安保条約の趣旨ないし目的にかんがみ、公共性を備えた施設であることは明らかというべきである。
これに対して、原告らは、安保条約自体が平和主義をうたう憲法前文や9条に反する、本件飛行場等の米軍基地によって沖縄県民や周辺住民の福利・便益が増大する関係は全くないなどとして、本件飛行場に公共性はない旨主張する。しかしながら、安保条約の合憲性自体は原告らの被害が受忍限度を超えているか否かの判断とは直接の関係がないというべきであるし、また、後記「周辺対策」(第6の3(2))において説示するとおり、被告は、本件飛行場の周辺対策として、本件飛行場の周辺自治体に対し、特定防衛施設周辺整備調整交付金、国有提供施設等所在市町村助成交付金、施設等所在市町村調整交付金など多額の交付の措置を講じていること等の事情にかんがみれば、本件飛行場の存在によって本件飛行場周辺住民の福利・便益が増大する関係が全くないとは認められないから、原告らの主張は採用できない。
また、原告らは、本件飛行場の公共性の内容に関し被告が具体的な主張・立証をしないことを根拠として、違法性の判断に当たり公共性を考慮すべきでない旨主張するが、本件飛行場の公共性は、結局のところ、本件差止請求ではなく、本件損害賠償請求における違法性すなわち受忍限度の判断という限定された局面においてのみ問題となるにすぎず、また、裁判所としては、外交・防衛政策については、立法府及び行政府がする上記判断を尊重せざるを得ないのであるから、我が国の外交・防衛政策における本件飛行場の必要性や重要性、本件飛行場の地理的条件や規模など公共性の具体的内容にまで立ち入って詳細な検討を加えることは必要でなく、本件損害賠償請求との関係においては、上記のような一般的かつ類型的な検討をもって足りると解すべきである。
(2) 次に、本件飛行場が有する公共性の程度について検討すると、本件飛行場のような軍事飛行場にあっては、有事の場合において国防上重要な地位を占めることは当然として、平時であっても、我が国を取り巻く国際情勢等を勘案して、有事に備えた不断の訓練、警戒等が必要不可欠であるといえるから、本件飛行場の在り方を民間飛行場と同一に把握することは必ずしも適当ではなく、その意味で、本件飛行場の公共性の程度は、民間飛行場の場合と全く同一の水準にあるとまではいえず、国防のための施設というその特殊な性格を合理的かつ相当な範囲内で考慮する必要性は否定できない。
しかしながら、受忍限度については、侵害行為の態様と侵害の程度、被侵害利益の性質と内容、侵害行為の持つ公共性ないし公益性の内容と程度等を比較検討するほか、侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況、その間に採られた被害の防止に関する措置の有無及びその内容、効果等の事情をも考慮し、これらを総合的に考察して判断すべきであるから、被告が主張する本件飛行場の公共性は、そもそも受忍限度を検討する際に考慮すべき一要素にとどまるというべきであり、それ自体が他の要素に優越するものではない。そして、原告らを含む本件飛行場周辺に居住する住民が本件飛行場によって受ける利益は、我が国の国防に関して国民全体が等しく享受する一般的なものであり、その程度も他の国民と同等のものであるのに対し、本件飛行場周辺の住民が本件飛行場によって受ける不利益は、生活妨害、睡眠妨害、精神的被害など日常生活上の不利益にとどまるとはいえ、殊に本件飛行場に近接した騒音の激しい一部地域においてはかなり程度の高いものと認められ、住民らがこれを当然に受忍しなければならないような軽度の被害であるということはできず、また、被害を受ける地域住民はかなりの多数に上っている。しかも、住民らが本件飛行場の存在によって受ける利益とこれによって被る被害との間には、後者が増大すれば必然的に前者が増大するというような関係が成立しないことは明らかであるから、結局のところ、前記(1)で説示した公共的利益の実現は、原告らを含む本件飛行場周辺に居住する住民らという限られた一部少数者の特別の犠牲の上でのみ可能なものということができ、そこに見過ごすことのできない不公平が存在することは否定できない。特に、在日米軍施設・区域の約75%が沖縄県に集中し、更に本件飛行場が所在する沖縄本島中部地域においてはその地区面積の約25.3%が米軍基地で占められていること(後記「危険への接近」参照)や、このように沖縄県殊にその中部地域に施設・区域の多くが集中しているため、地域の振興開発や計画的発展の制約が生じるとともに、県民生活に多大な影響が出ているとして、沖縄の米軍基地に関しては、の整理、統合、縮小が強く要望されてきたこと(<証拠略>)は、本件飛行場が有する公共性の程度を考慮する上で看過することのできない事情というべきである。
そうすると、上記(1)で説示した一般的な意味における本件飛行場の公共性及びその程度は、本件損害賠償請求における受忍限度の判断において一定の限度で考慮すべきことは格別として、本件飛行場の使用の必要性が格段に高い優先順位を占め、公共性が極めて高いとまでは評価することはできないから、被告の主張は採用できない。
3 騒音対策
(1) はじめに
被告は、本件航空機騒音による障害を防止、軽減するために種々の対策を講じてきており、受忍限度の判断に当たってはこれらの諸対策の実績及びその効果を十分考慮すべき旨主張するところ、被告が主張する各種騒音対策は、移転措置、住宅等の防音工事のように騒音の障害を受ける側について、騒音を軽減するための措置を採る方法(周辺対策)と、騒音の発生やその周辺住民への到達自体を規制する方法、具体的には騒音を発生源で抑制する方法(音源対策)及びこれに準じる方法として運航方式に改変を加える方法(運航対策)とに大別することができる。
そこで、以下、被告が実施し、違法性の判断に当たり考慮すべき旨主張する各種の騒音対策のうち、航空機騒音による原告らの被害の防止、軽減に直接関係があると思われるものを中心として検討を加える。
(2) 周辺対策
ア 生活環境整備法に基づく区域指定の告示等
被告が実施している周辺対策は、主として生活環境整備法に基づくものであるので、まず、その周辺対策に係る法整備の推移等について概観する(以下の事実は、<証拠略>によって認める。)。
(ア) 日本本土においては、当初は行政(予算)措置によって、昭和41年に周辺整備法が公布、施行された後は同法に基づいて、防災工事及び道路の整備等の助成、学校等の防音工事の助成、住宅の移転補償等の周辺対策が行われてきたが、沖縄では、昭和47年5月15日のいわゆる本土復帰においてはアメリカ合衆国の施政権下にあったため、被告が周辺対策を実施することができず、本格的な周辺対策の実施がなされなかった。もっとも、当時の琉球政府は、本件飛行場周辺における騒音対策として、昭和40年から42年にかけてはアメリカ合衆国の援助を受けて、昭和45年から本土復帰までは被告の援助を受けて、本件飛行場周辺に所在する学校等の防音工事を実施している。
(イ) 沖縄では、昭和47年5月15日の本土復帰後、周辺整備法によって、学校、病院等に対する防音工事等の周辺対策が行われるようになった。しかし、上記のような事情から、沖縄県においては、当初、他の地域に比べてその進捗が遅れていたので、被告は、沖縄県における周辺対策事業を促進するため、「沖縄の復帰に伴う防衛庁関係法律の適用の特別措置等に関する法律」(昭和47年法律第33号)を制定し、周辺整備法に基づく周辺対策の実施について特例を設け、<1>周辺整備法4条の事業主体について、本土においては市町村とされていたのを、沖縄県においては県も事業主体とし、<2>本土においては補助割合が10分の5から10分の8までとされていたのを、沖縄県においては3分の2から10分の10までと増やすこととした。
(ウ) 本土では、昭和40年代における高度成長に伴う防衛施設周辺の都市化の進展等の事情の変化により、周辺整備法に基づく措置のみでは防衛施設の設置、運用とその周辺地域社会との調和を保つことが困難な状況になった。そこで、被告は、防衛施設の運用の特殊性に着目した上で、望ましい生活環境を確保することにより防衛施設と周辺地域の共存を図る趣旨の下に、生活環境整備法を制定し、周辺整備法で法制化された種々の周辺対策に加えて、住宅防音工事の助成や緑地帯の整備等を盛り込み、防衛施設周辺の生活環境の整備のための諸施策を抜本的に強化、拡充することとした。そして、生活環境整備法は、昭和49年6月27日に公布、施行され、以後、沖縄県においても、同法に基づく諸施策が実施されることとなった。
(エ) 生活環境整備法は、その4ないし6条において、住宅防音工事の助成(4条)、移転の補償等の措置(5条)及び移転跡地の緑地帯整備(6条)といった重点的な対策を定めているが、それぞれの対策を実施するための指針となる区域として、防衛施設庁長官は、第一種区域(住宅防音)、第二種区域(移転措置)及び第三種区域(緑地帯整備)を指定するものとされている。この区域指定は、同法施行令8条、同法施行規則1条所定の方法で算出されたW値により騒音コンター(W値コンター。W値の値の等しい点を地図の等高線のように結んだ線をいう。)を作成した上で、道路、河川など現地の状況を勘案して指定されている。
このW値の算出方法は、基本的には、環境基準において示されているものと同じであり、その算出は、
W値=dB(A)+10log10N-27
の計算式による。ここに、dB(A)は、1日の全ての航空機騒音のピークレベルの値をエネルギー合成してパワー平均した値をいい、Nは、1日の間の各時間帯により補正された飛行回数をいう。そして、Nは、午前7時直後から午後7時までの飛行回数をN1、午後7時直後から午後10時までの飛行回数をN2、午後10時直後から翌午前7時までの飛行回数をN3としたとき、Nは、
N=N1+3N2+10N3
の計算式によって算出される。
しかしながら、防衛施設庁において、自衛隊の飛行場又は本件飛行場のように米軍が利用する飛行場では、航空機の運航が不定期であって、日によって飛行回数が大きく変化することから、前記W値の値について、年間を通じて飛行形態と騒音量がほぼ一定している民間飛行場と同様の算定をしたのでは、周辺住民が感じるうるささの実態にそぐわない面があるため、上記飛行場については、1日の飛行回数については、一定期間において、飛行しない日を含めて、1日の総飛行回数の少ない方からの累積度数曲線を求め、累積度数90%に相当する飛行回数をその防衛施設における1日の標準総飛行回数とすることとし、これを基にして、その防衛施設における機種別、飛行態様別、飛行経路別の1日の標準総飛行回数を決定し、他方、軍用機には民間航空機のような騒音証明制度がないことから、代表的な機種についての騒音のデータを得るため、飛行場周辺の各測定地点で実際に騒音を測定して、更に着陸音補正や継続時間補正を行うなどして、コンター図作成の基礎となる各測定地点のW値を求めることを原則としている。したがって、以上の点では、生活環境整備法上の区域指定におけるW値の算出方法は、環境基準における通常の算出方法とは異なっており、その数値が若干大きくなる傾向にあるといえる。
(オ) 本件飛行場周辺における区域指定のための騒音調査は、前述のとおり、防衛施設庁からLに委託されて、昭和52年12月7日から23日までの間(事前調査5日間、本調査12日間)に行われた。その際、本件飛行場の滑走路両端に基準測定地点を設け、騒音測定期間の中から標準期間として連続した一週間を選定し、各日の総飛行回数の小さい方から累積度数曲線を求め、累積度数90%に相当する飛行回数を本件飛行場における1日の標準総飛行回数としたが、本件飛行場においては、これは1日507回であった(なお、上記標準期間における1日の総飛行回数、すなわち、滑走路の両端において測定された飛行回数の合計は、1日84回から546回(一週間の総計2649回)であり、これを単純に算術平均した1日約378回よりも大きい値となっている。)。なお、この測定の際には、各測定地点において測定された騒音を発した航空機が実際に着陸したか又は滑走路の上空を通過したにすぎないかを確定することが困難であったため、着陸音補正は行われなかった。
(カ) 防衛施設庁は、このLによる騒音調査によって作成された別紙「WECPNLコンク」(<略>)に準拠して、第一種区域(W値85以上)、第二種区域(W値90以上)、第三種区域(W値95以上)を指定し、昭和53年12月28日、生活環境整備法施行令19条に基づき告示した。その後、第一種区域については、昭和56年7月18日の告示でW値80以上の区域に、昭和58年3月10日の告示でW値75以上の区域にそれぞれ拡大された。これらの後になされた第一種区域指定の各告示の基礎となる資料は、いずれも、上記昭和52年の騒音調査の結果であり、防衛施設庁が独自に各コンター図を作成し、これに準拠して区域指定をしたものである。
上記区域指定による第一種区域、第二種区域及び第三種区域の範囲は、別紙「嘉手納飛行場に係る第一種区域、第二種区域並びに第三種区域指定図」(第4分冊)のとおりである。
イ 住宅防音工事の助成(以下の事実は、<証拠略>によって認める。)
(ア) 住宅防音工事は、周辺住民の生活の本拠における航空機騒音の防止、軽減を図る目的で、生活環境整備法で新たに採用された周辺対策である。
住宅防音工事の助成対象となるのは、生活環境盤備法4条に基づく第一種区域指定の際、前記区域内に現に所在する住宅であるが、被告は、区域指定に先立ち、昭和50年度から、本件飛行場周辺のうち航空機騒音の影響が著しいと思料される蓋然性の高い地域に所在する住宅を対象として住宅防音工事を実施してきた。その後、前記ア認定のとおり、昭和53年に最初の区域指定がされ、順次昭和56年告示によってW値80の区域に、そして昭和58年告示によってW値75の区域にそれぞれ第一種区域が拡大するのに応じて、対象となる住宅の範囲が広げられている。
(イ) 補助金交付の対象となる住宅防音工事の規模は、まず、いわゆる新規工事として、2居室以内の居室(平成10年度までは、家族数が4人以下の場合1室、5人以上の場合2室とされていた。)の範囲で実施し、次に、いわゆる追加工事として、世帯人員に1を加えた室数(ただし、5室を限度とする。)から新規工事済みの室数を差し引いた室数の防音工事を行うというもので、予算の制約等のために、工事を2段階に分けて、新規工事を当面の目標とし、最終的には全面防音化(ただし、前記のとおり5室を限度とする。)を目標としている。
(ウ) 住宅防音工事の内容は、外部及び内部開口部の遮音工事、外壁又は内壁及び室内天井面の遮音及び吸音工事並びに冷房装置及び換気装置を取り付ける空気調和工事であって、防衛施設周辺住宅防音事業工事標準仕方書に従って行われている。その標準的な工法は、木造系と鉄筋コンクリート造系それぞれについて、W値80以上の区域に所在する住宅について25dB以上の計画防音量(当該工事によって達成しようとする防音効果の程度)を目標とする第I工法と、W値75の区域に所在する住宅について20dB以上の計画防音量を目標とする第II工法に区分されて行われている。
(エ) かかる住宅防音工事の助成措置は、被告が、各対象住宅所有者らに対して改造工事施工費用相当額を補助金として交付するものであるが、補助率は10分の10とされており、一定の最高限度は設けられているものの、個人負担が生じるのは開口部が通常の面積規模に比較して特に大きいものとか、建物の構造が通常のものと特に異なっているというような特殊な工事となる場合に限られ、その数は少ないとされている。その通常の維持管理費については、原則として個人負担となるが、平成元年度からは、上記助成によって設置した空気調和機器で、設置後10年以上経過し、老朽化により現にその機能の全部又は一部を保持していないものについて機能復旧工事を行う場合(以下、この工事を「空気調和機器機能復旧工事」という。)についても新たな助成措置として実施し、併せて、同年度から、生活保護法に基づく被生活保護者に対し、住宅防音工事により設置した空気調和機器の稼働に伴う電力量料金等についても、行政措置として助成を実施している。
(オ) 被告が助成する住宅防音工事の概要は以上のとおりであるが、このほか、被告が助成する住宅防音工事には、つぎのようなものがある。
<1> 前述のとおり、昭和56年告示及び昭和58年告示により第一種区域を段階的に拡大したことにより、住宅の建設時期が同一又はそれ以前のものであっても区域によっては助成対象とならない住宅(以下「特定住宅」という。)が生じた(いわゆる「ドーナツ現象」)が、被告は、これらについても、「防衛施設周辺特定住宅防音事業補助金交付要綱」(平成6年6月28日防衛施設庁訓令第18号)を定め、沖縄県では、全国に先がけて、平成6年度から、ドーナツ現象により助成を受けられなかった住宅に対しても、行政措置として防音工事の助成措置を講ずる措置を採っている。
<2> 第一種区域内において、昭和58年告示以降に建築された住宅(以下「告示後住宅」という。)については、住宅防音工事の助成対象とはならなかったところ、被告は、告示後住宅についても、本件飛行場に係る第一種区域として、昭和53年告示により指定したW値85以上の区域について、告示後住宅防音事業の対象区域と定め、平成13年度から、同区域に所在する告示後住宅に対し、行政措置として防音工事の助成措置を請ずる措置を採っている。
<3> 被告は、防音工事の助成を受けて防音工事を実施した後、建て替えられた住宅に対して行われる防音工事に対する助成について、沖縄県では全国に先がけて、平成10年度から行政措置として行っている。
<4> 被告は、平成11年度から、住宅防音工事により外部開口部に設置した防音建具で、設置後2年以上経過し、現にその機能の全部又は一部を保持していないものの機能復旧工事(以下、この工事を「防音建具機能復旧工事」という。)を実施した際の助成を実施している。
<5> 被告は、同年度から、バリアフリー対応住宅など新しい様式の住宅に対しても対応した防音工事に対する助成を実施している。
<6> 被告は、平成14年度から、告示後住宅と同様、騒音の著しいW値85以上の区域に所在する住宅について、住宅全体を一つの防音区画として、その外郭について実施する住宅防音工事に対する助成を実施している。
<7> 被告は、平成15年度から、住宅防音工事で設置した空気調和機器(冷暖房機等)の電気料金の負担を軽減するための新たな施策として、生活環境整備法第4条に基づく住宅防音工事の一環として、太陽光発電システム(太陽電池モジュール及びその関連設備)の設置助成を実施することについての検討を行うため、当該システムに係るモニタリング事業(調査事業)を実施している。
(カ) 被告は、上記補助金交付の実施に当たって、本件飛行場周辺住民等に対し、必要に応じて説明を行い、パンフレットを交付するなどして、その手続、内容等の周知徹底を図っている。
そして、その実績をみると、昭和50年度から平成15年度までの間、合計7万2869世帯について、補助額約1397億9010万6000円の措置が採られており、その内訳は、別紙「嘉手納飛行場周辺住宅事業(防音工事)実績表」(<略>)のとおりである(なお、この実績表の「区分」欄記載の各工事のうち、「防音工事」は上記(ア)ないし(ウ)で述べた当初の防音工事を、「特定住宅」は上記(オ)<1>の工事を、「建替及び区画改善」は上記(オ)<3>及び<5>の工事を、「告示後」は上記(オ)<2>の工事を、「外郭」は上記(オ)<6>の工事をそれぞれ指す。)。被告は、新規工事については、平成元年度までに当初からの希望世帯について全て完了しており、その後において新たに希望する世帯についてはその都度実施し、平成15年度までに4万0400世帯の住宅に対して防音工事を完了している。また、被告は、平成15年度までに、2万8923世帯の住宅に対して追加工事を完了している。
被告は、このほか、空気調和機器機能復旧工事について、平成元年度から平成15年度までの間、合計9807世帯に対し約33億2496万9000円を、防音建具機能復旧工事について、平成11年度から平成15年度までの間、合計136世帯に対し約1億6805万9000円を、太陽光発電システムに係るモニタリング事業について、平成15年度に合計143世帯に約4億91万3000円を、生活保護法に基づく被保護者に対する空気調査機器稼働費について、平成元年度から平成15年度までの間に約4764世帯に対し約5121万6000円をそれぞれ補助している。
(キ) 原告らに対する住宅防音工事の実施状況、すなわち、新規工事及び追加工事の完了年月日及びその室数は、後記(ク)で特に説示する原告らを除き、別紙「全原告の住居移転歴、各住居地のW値及び各原告につき被告が実施した住宅防音工事施工実績等表」(<略>)のうち、「新規工事」、「追加工事」及び「その他」の各欄記載のとおりである(<証拠略>)。
ウ 移転補償措置(以下の事実は、<証拠略>によって認める。)
(ア) 被告は、本件飛行場周辺において、生活環境整備法5条に基づくいわゆる第二種区域の指定が行われる前の昭和50年度から、本件飛行場に近接し、航空機の離着陸等の頻繁な実施に伴う航空機騒音等の影響により居住等の環境として適切でないと思われる区域に建物等を所有する者について、移転措置対策の実施を開始した。そして、被告は、生活環境整備法の制定後は、同法に基づきこの措置を引き続き実施している。
この措置は、第二種区域に居住等する住民を一層好ましい環境の地域に移転させるとともに、その跡地を買い入れて緑地緩衝地帯とすることによって、周辺住民の生活環境整備を図り、併せて飛行場の安全確保に資するとを目的とするものである。
(イ) 移転措置の内容は、防衛施設庁長官が指定する区域に当該指定の再現に所在する建物等の所有者が、当該建物等を同区域外に移転し又は除去する場合の移転補償及び前記区域に所在する宅地等の買入れである。建物等の移転補償は、具体的には、建物移転費又は除却費、動産の移転費、仮住居費、立木竹の補償、商店等の営業者に対する営業補償等である。また、移転に伴う宅地等の買入れは、建物等の移転、除却に係る宅地及びその他の関連土地が対象となっている。これらの補償額は、昭和37年閣議決定された「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」に準拠して算定されている。
(ウ) 上記施策を行う際、被告が周辺住民の不利益にならないようにするため講じている措置としては、例えば次のようなものがある。<1>被告が移転措置により土地を買い入れる場合に、不動産鑑定士が鑑定評価によって求めるべき価格については、騒音の影響が不利に評価額に反映しないように配慮する。<2>被告が個人の有する土地を買い取る場合、譲渡所得の特別控除など税制上の特段の措置を講じる。<3>借地に所在する建物等の所有者から移転の申し入れがあれば、当該建物等の移転の補償をする。<4>営業基盤の喪失について必要と認められる損失を補償する。
(エ) 被告は、前述のとおり、本件飛行場周辺において移転措置の対象となる第二種区域を昭和53年12月28日に指定、告示したが、同告示における移転措置の対象区域のうち宅地面積は約75万平方メートルであり、移転補償の対象家屋数は総計約820戸であった、そして、被告が移転措置対策の実施を開始した昭和50年度(前記(ア))から平成15年度までの間に移転した建物の戸数は合計238戸であり、買い入れた土地の総面積は7万7662平方メートルである。被告は、これらの移転措置の実施により、合計約61億1134万円を支出した。ただし、本件訴訟において、上記移転措置を受けた者はいない。
エ その他の周辺対策
上記のほか、被告が実施している周辺対策としては、次のようなものがある(以下の事実は、<証拠略>によって認める。)。
(ア) 緑地整備対策
被告は、移転措置(上記(3))実施後の跡地について、昭和58年度から平成15年度までに、約7万3000平方メートルの土地区域を緩衝緑地帯として樹木や芝を植栽し、そのために約4億8251万円を支出した。また、被告は、被告が買い上げた移転跡地について、上記の緩衝緑地帯とするほか、生活環境整備法等に基づき、関係地方公共団体等に対し、広場等の用地として無償等で使用させている。
(イ) 民生安定施設の助成措置
被告は、本件飛行場周辺の住民の日常生活、教育活動等の面において、本件飛行場の維持、運営から生ずる障害を間接的に緩和する目的で、平成15年度までに、公民館、市町村庁舎など合計112施設に対し、合計約89億102万円の補助金を関係地方公共団体に交付した。また、被告は、同様の目的から、一般助成として、無線放送施設等の設置事業に対し、約94億9446万円、道路改修専業に対し約23億1157万円の総額約118億603万円の補助金を関係自治体等に交付した。
(ウ) 特定防衛施設周辺整備調整交付金の交付
被告は、交通施設及び通信施設、スポーツ又はレクリエーションに関する施設等の公共用施設に対する助成措置として、生活環境整備法9条に基づき、昭和50年度から平成15年度までの間に、関係地方公共団体に対し合計約259億5671万円の特定防衛施設整備調整交付金を交付した。
(エ) テレビ受信料の減免及び助成措置
本件飛行場周辺の一定の区域に居住する者については、日本放送協会からテレビ受信料の半額が免除されているが、被告は、その免除された受信料について、昭和56年度までは自らが、昭和57年度からは財団法人防衛施設周辺整備協会(以下「整備協会」という。)を通じて、それぞれ補助金を交付してきた。そして、その実施状況をみると、昭和47年度から平成15年度までの実施件数は述べ17万5793件であり、交付総額は約10億3739円である。
(オ) 騒音用電話機の設置
被告は、本件飛行場周辺の区域内(対象区域は、前記(エ)と同一である。)において現に通常の電話を設置している者で騒音用電話機の設置を希望する者に対し、昭和49年度からその設置費用を補助しており、合計1665台に対し約833万円の補助金を支出している。ただし、昭和57年度以降は、騒音用電話機の設置申請がないことから、補助が行われていない。
(カ) 防音事業関連維持費の補助
被告は、昭和48年度から、防音工事を実施した学校等に設置された換気設備又は除湿設備を使用したことにより必要とした電気料金に対する補助として、整備協会を通じ、平成15年度までに総額約103億7822万円の補助金を交付している。なお、この補助金の額は、沖縄県の区域内に所在する対象施設については特例措置が採られ、他の地域と異なり、予算上の制約はあるものの、原則として各年度ごとに要した電気料金等の10分の10を乗じた額の範囲内となっている。
(キ) 国有提供施設等所在市町村助成交付金(以下「基地交付金」という。)及び施設等所在市町村調整交付金(以下「調整交付金」という。)
被告は、固定資産税の代替として、又は米軍の資産に係る税制上の特例措置等により施設等が所在する市町村が受ける税財政上の影響を考慮し、基地交付金及び調整交付金を交付している。そして、被告は、昭和47年度から平成15年度までの間、本件飛行場周辺の市町村に対し、基地交付金として合計約303億8659万6000円、調整交付金として合計約580億3441万1000円をそれぞれ支出している。
オ 周辺対策の効果
被告が実施してきた以上の周辺対策を前提として、以下、その具体的な効果について検討する。
(ア) 住宅防音工事について
前記認定の事実によれば、被告が定める住宅防音仕方書は、W値80以上の区域においては25dB(A)以上、W値75の区域においては20dB(A)以上の計画防音量を目標とし、この効果が達成されるように工事で使用する建具、標準工法等について基準を定めているところ、当裁判所が防音工事が施工された住宅を対象として実施した検証(第2日目)の結果をみると、前述のとおり、X74においては、室外及び室内における騒音におおむね23dB(A)ないし29dB(A)のレベル差が認められ、また、X75においては、室外及び室内における騒音におおむね29dB(A)ないし31dB(A)のレベル差が認められたから(なお、X74及びX75は、いずれも住宅防音仕方書におけるW値80以上の区域に所在する。)、防音工事が施工された住宅では、23dB(A)ないし31dB(A)の防音効果が認められると評価することができる。また、旧訴訟の第一審裁判所が実施した検証でも、防音室内における測定値と室外における測定値のレベル差は、平均20.2dB(A)(BI宅)ないし29.1dB(A)(BJ宅)であったことが認められるから(なお、非防音室について測定された騒音のレベル差は、平均で8.0dB(A)(BJ宅)ないし17.6dB(A)(BK宅)であった(<証拠略>)。)、以上を総合すれば、被告が助成する住宅防音工事は、おおむね計画防音量を満たしていると評価することができる。
しかしながら、そもそも、被告が助成の対象とする住宅防音工事の内容は、まず新規工事として2居室以内の居室の範囲で実施し、次に、追加工事として、世帯人員に1を加えた室数(ただし、5室を限度とする。)から新規工事済みの室数を差し引いた室数の防音工事を行うというものであるから、世帯人員数、新規工事及び追加工事の進捗状況(前記認定の事実によれば、当初からの希望者に対しては平成元年度までに新規工事が全て完了したものの、平成15年度の時点において、約3割の世帯で追加工事が施工されていないことが認められる。)等の事情により、本件飛行場周辺に居住する住民らの居宅における部屋の全てが必ずしも防音化されるものではないという限界が自ずから存することは否定できない。もっともこの点、前述のとおり、被告は、平成14年度から、住宅全体を一つの防音区画としてその外郭について実施する住宅防音工事に対する助成を実施しており、もしこれが普及すれば上記の問題点が解決される可能性があるが、この外郭工事も、W値85以上の区域に所在する住宅のみを対象とするという限定付きのものであり、しかも、別紙「嘉手納飛行場周辺住宅事業(防音工事)実績表」(<略>)及び同「全原告の住居移転歴、各住居地のW値及び各原告につき被告が実施した住宅防音工事施工実績等表」(<略>)をみても、本件飛行場周辺における外郭工事の実績は現状ではかなり限られたものであるから、上記の問題点はやはり解決されていないと評価せざるを得ない。
のみならず、被告が助成の対象とする住宅防音工事は、部屋を密閉化するという前提でその工事内容等が定められているところ、一般的に、通常人が一日中密閉された部屋で過ごすことは困難であると考えられ、殊に、沖縄においては、高温多湿というその気侯の特質から、仮に部屋を密閉するとすれば、夏季を中心とした年間の相当日数において、しかも一日のうちかなりの時間冷房装置を使用することを余儀なくされるが、沖縄県における平均的な家庭において長時間多数の部屋の冷房装置を継続して使用することは、電気料金がかなり負担となることが認められ(原告X78本人、原告X72本人、原告X5本人、弁論の全趣旨)、このことに、沖縄県の住民が、その生活習慣として窓を開けて生活することが比較的多いと思われることを考え併せると、防音工事が施工され、密閉された部屋の中で生活することは、それによって計画防音量が達成されるにせよ、本件飛行場周辺住民の現実的な生活形態に必ずしもそぐなわないといわざるを得ない。もっともこの点、被告が、本件飛行場周辺の住民の経済的負担の軽減を考慮して、生活保護法に基づく被保護者に対する空気調査機器稼働費の助成や太陽光発電システムのモニタリング事業を行っていることは前記認定のとおりであるが、いずれも現状ではかなり限定的なもりと評価せざるを得ないから、前記判断を左右するに至らないというべきである。
そして、研究委員会が実施した生活質・環境質調査によって、防音工事を実施した世帯においても、約30%前後の者がほとんど窓を開けた状態で防音工事を実施した部屋を使用しており、常に窓を閉め切って使用する者は10~20%程度にすぎず、また、研究委員会が防音工事を実施した群に対し防音効果の程度を質問したところ、その効果をあまり評価しない者の割合がW値75群ではおよそ20%程度にとどまるのに対し、W値の上昇に伴い増加して、W値95以上群では67.0%に達するという結果となったが(<証拠略>)、こうした調査結果は、被調査者の主観に基づく訴えによるものであることを考慮してもなお、本件飛行場周辺において実施された住宅防音工事の現実的な効果の一側面を表すものと評価するのが相当である。
以上に加えて、人間の通常の生活としては、屋外など防音工事が施工された部屋以外における生活時間が必要不可欠であることを併せ考慮すれば、住宅防音工事及びそれに対する助成については、それによって一定の防音効果が達成されていること自体は前述のとおり肯定されること、被告が住宅防音工事を周辺対策における最も重要な施策と位置づけ、当初からの希望世帯については新規工事を平成元年度までに全て完了し、追加工事についても、平成15年度の時点で約7割の世帯に対し完了しており、一定の進捗状況が認められること、更には、近年においては、被告が外郭工事などより高い効果が見込まれる住宅防音工事を実施し又はその実施について調査していることなどは評価できるところではあるが、本件損害賠償請求との関係においては、被告がこれに対する助成を行っていることそれ自体をもって、一般的な違法性ないし受忍限度の判断の事情としてまで考慮することは困難であるといわざるを得ず、その便益を受けた原告らについても、騒音被害の一部を軽減するにとどまるものと評価すべきである。
(イ) 移転補償措置について
被告は、移転補償措置を受けるか否かは居住者の任意の選択に委ねられているのであるから、これを利用せず居住を選択するのであれば、その居住者は航空機騒音の影響を受けるという不利益を自ら甘受すべきであって、居住者がこの措置を利用するか否かにかかわらず、被告が移転措置を講じていること自体が受忍限度の判断に当たり十分に考慮されるべき旨主張する。
しかしながら、そもそも、移転補償措置を受けるか否かは、居住者の意思に委ねられており、制度自体において居住者に選択の自由を認めている。しかも、前記認定の事実によれば、被告は、移転補償措置について、騒音の影響が不利に評価額に反映しないように配慮する、譲渡所得の特別控除など税制上の特段の措置を講じる、借地に所在する建物等の所有者に対しても当該建物等の移転の補償をする、営業基盤の喪失について必要と認められる損失を補償する等の措置を講じていることが認められるとはいえ、これらの点を考慮したとしても、実際問題としては、本件飛行場周辺の住民らに対し、同一条件の環境(航空機騒音曝露の点を除く。)で、同一規模の土地や建物が確保されるとは必ずしも限らず、移転することによる不利益が完全に補填されることが保証されているとは評価しがたい。のみならず、本件飛行場周辺の住民にとって、移転補償措置を受けることは、その生活の本拠を他の場所に移転することを意味することになるが、これについては、後記「危険への接近の法理」において説示するとおり、本件飛行場周辺に居住する原告らを取り巻く一般的事情として、沖縄県本島中部地方においては、本件飛行場をはじめとした米軍基地が広大な面積を占めており、その他通勤、通学等の事情もあって、居住に適した土地が比較的限られていること、人々には先祖伝来の土地に居住し、それを守ろうとする考え方が強いこと、地縁、血縁関係の結びつきがかなり密接であること等の特殊事情が認められる。
そうすると、これらの諸事情にかんがみれば、原告らが、それぞれの判断に基づき移転補償措置を利用しないことをもって、原告らに不利益な取り扱いをすることは相当ではないというべきであるから、被告が移転補償措置を講じていること自体を違法性ないし受忍限度の判断の事情として考慮することは困難であり、被告の前記主張は採用できない。
(ウ) その他の周辺対策について
被告は、緑地整備事業について、緩衝緑地帯には、騒音の撃滅効果、大気を浄化する効果等の物理的機能や、景観や美観などの快適性を作る心理的機能が認められる旨主張するが、特に本件飛行場に近接した高曝露地域における騒音曝露状況が相当激しいことは「航空機騒音」(第4の1)で説示したとおりであり、緑地整備事業がその軽減に効果を上げていることを認めるに足りる的確な証拠はないから、本件損害賠償請求における違法性又は受忍限度の判断に当たり考慮すべき事情に該当するとは認め難い。
被告は、民生安定施設の助成措置について、この措置によって、原告らを含め本件飛行場周辺地域の住民の日常生活、教育活動、レクリエーション活動等の面において、本件飛行場の維持、運営から生ずる障害を間接的に緩和し、もって環境の改善、住民の福祉向上が図られている旨主張するが、助成措置の内容自体が学習等供用施設等に対する助成であって、原告らの生活妨害等の被害を直接軽減するものとは認め難いから、違法性又は受忍限度の判断に当たり考慮すべき事情に該当するとは認められない。
被告は、特定防衛施設周辺整備調整交付金の交付によって、本件飛行場の周辺の住民の生活環境の向上に効果を上げている旨主張するが、民政安定施設の助成について述べたところと同様、原告らの被害を直接軽減するものとは認め難いから、違法性又は受忍限度の判断に当たり考慮すべき事情に該当するとは認められない。
テレビ受信料の減免及び助成措置についても、この措置によって、本件飛行場周辺の一定の区域に居住する原告らは、受信料の経済的負担が軽減される効果が認められ、その意味では、原告らが被っている生活妨害のうちテレビの聴取妨害という被害が間接的ではあれ填補されているという側面があることは否定できないが、テレビの聴取妨害自体を改善するものとは認め難いから、違法性又は受忍限度の判断に当たり考慮すべき事情には一応該当すると認められるものの、その程度は高いとはいえないと評価すべきである。
騒音用電話機の設置については、これにより原告らが被っている電話の聴取妨害が軽減される可能性は否定できないものの、騒音自体を抜本的に改善するものではないし、昭和57年以降設置申請がないという事実からすれば、その効果はかなり限られたものというべきであるから、被告がこのような措置を講じていること自体が違法性又は受忍限度の判断に当たり考慮すべき事情に該当するとは認められない。
防音事業関連維持費の補助や、基地交付金及び調整交付金の交付についても、原告らの被害を直接軽減するものとは認め難いから、違法性又は受忍限度の判断に当たり考慮すべき事情に該当するとは認められない。
(3) 音源対策及び運航対策
上記の周辺対策のほか、被告は、騒音の発生そのものを抑制する手法として、音源対策及び運航対策を実施している旨主張するので、これらの対策の内容について認定した上、その効果について検討する。
ア 音源対策(以下事実は、<証拠略>によって認める。)
本件飛行場においては、平成3年3月から同年8月にかけて、空中給油機KC-135A型機を、低騒音のエンジンを搭載したKC-135R型機に交代させた。
また、被告は、本件飛行場内に米軍が従前から設置、運用してきた6基の消音装置に加えて、更に6基の消音装置を設置した。被告が設置した消音装置は、鉄筋コンクリート造りによる消音及び防音装置を施した施設であり、機体ごと格納してエンジンの発動テストを行う施設と、エンジンを機体から取り外してその発動テストをする施設がある。昭和56年10月に、KC-135A、RC-135C及びE-3Aのエンジンについて、機体ごと格納してエンジンテストをした場合のそれぞれの騒音値を測定したところ、設置場所から500メートルの地点で46dB(A)ないし65dB(A)であり、エンジンを機体から取り外してエンジンテストをした場合のそれぞれの騒音値は、設置場所から500メートルの地点で57dB(A)ないし66dB(A)であった。なお、平成元年12月13日にF-15、F-4E及びF-16用のエンジンを機体から取り外してエンジンテストをしたところ、その騒音値は、設置場所から500メートルの地点で56dB(A)ないし66dB(A)であった。
イ 運航対策(以下の事実は、<証拠略>により認める。)
(ア) 被告は、日米合同委員会の下部機関である航空機騒音対策分科委員会等において、米軍に対し本件飛行場における騒音の軽減を要請しており、米軍では、本件飛行場において騒音軽減のため騒音軽減計画を立て、次のような規制を設けた。その要旨は、次のとおりである。
<1> 飛行場の場周経路(着陸する航空機の流れを整えるために滑走路周辺に設定された飛行経路をいう。)の輪郭は、できる限り人工ちょう密地域の飛行を避けるようにする。
<2> 低空飛行(飛行パターン高度よりも低いもの)は、任務が係る飛行を必要とする場合を除き避ける。
<3> 日本上空の超音速飛行は、戦術的任務あるいは緊急のためのものを除き陸地上空については禁止する。
<4> アフター・バーナーの使用は任務の遂行若しくは運用上の必要性のために必要な場合だけに制限し、離陸時のアフター・バーナーの使用は、安全な高度及び速度になり次第停止する。
<5> 午後10時から午前6時までの間、可能な場合、飛行活動及び地上活動とも最小限に抑え、夜間飛行訓練は、付与任務を遂行し、乗組員の速度を維持するために必要なものに限り、またできるだけ早く夜間飛行を終えるべく努力する。
<6> 着陸訓練を行う場合、場周経路に同時に入る飛行機の数は、訓練所要との整合を図りつつ最小限に抑える。
<7> 日曜日の訓練飛行は抑える。
<8> 日本で活動している全ての合衆国パイロット及び乗組員は、航空機騒音並びに周辺社会及び日米関係に与えるその影響について教育を受ける。
(イ) また、平成7年11月、日本国政府及びアメリカ合衆国政府によって「沖縄に関する特別行動委員会」(以下「SACO」という。)が設置され、日米合同委員会において協議を行った結果、平成8年3月28日、航空機騒音対策分科委員会において、「嘉手納飛行場における航空機騒音規制措置」(以下「平成8年規制措置」という。)が合意された。この措置は、本件飛行場周辺地域社会の航空機騒音レベルへの懸念を軽減するため、在日米軍の任務に支障を来すことなく航空機騒音による望ましくない影響を最小限にすべく設定されたものであり、具体的には、以下の措置等を内容とするものである。
<1> 進入及び出発経路を含む飛行場の場周経路は、できる限り学校、病院を含む人工ちょう密地域上空を避けるよう設定する。
<2> 本件飛行場近傍(飛行場管制区域として定義される区域、すなわち、飛行場の中心部より半径5陸マイル(8キロメートル)内の区域)において、航空機は、海抜1000フィート(305メートル)の最低高度を維持する(ただし、承認された有視界飛行方式(航空交通管制官の指示を受けないでパイロット独自の判断により飛行することをいう。)による進入及び出発経路の進行、離着陸、有視界飛行方式の場周経路、航空管制官による指示がある場合又は計器進入の場合は除く。)。
<3> 任務により必要とされる場合を除き、現地場周経路高度以下の飛行を避ける。
<4> 本件飛行場の場周経路内で着陸訓練を行う航空機の数は、訓練の所要に見合った最小限に抑える。
<5> アフター・バーナーの使用は、飛行の安全及び運用上の所要のために必要とされるものに制限される。離陸のために使用されるアフター・バーナーは、できる限り早く停止する。
<6> 本件飛行場近傍及び沖縄本島の陸地上空において、訓練中に超音速飛行を行うことは、禁止する。
<7> 22時から翌朝6時の間の飛行及び地上での活動は、米国の運用上の所要のために必要と考えられるものに制限される。夜間訓練飛行は、在日米軍に与えられた任務を達成し又は飛行要員の練度を維持するために必要な最小限に制限される。部隊司令官は、できる限り早く夜間の飛行を修了させるよう最大限の努力を払う。
<8> 日曜日の飛行訓練は差し控え、任務の所要を満たすために必要と考えられるものに制限される。慰霊の日のような周辺地域社会にとって特別に意義のある日は、訓練飛行を最小限にするよう配慮する。
<9> 有効な消音器が使用されない限り又は運用上の能力若しくは即応体制が損なわれる場合を除き、18時ないし翌朝8時までの間、ジェット・エンジンのテストは行わない。
<10> エンジン調整は、できる限りサイレンサーを使用する。
<11> 本件飛行場に配属される、あるいは本件飛行場を一時的に使用する全ての航空関係従事者は、周辺地域社会に与える航空機騒音の影響を減少させるため、本措置に述べられている必要事項について十分な教育を受け、これを遵守する。
<12> 司令官は、航空機の安全性及び運用上の所要と両立する範囲で、実現可能な限り航空機騒音を最小限にするよう、管理下にある航空機を運用することを確保する。
(ウ) 更に、平成12月2日のSACO最終報告において、本件飛行場における海軍航空機及びMC―130航空機の運用の移転並びに遮音壁の設置の措置等が合意され、そのうち、MC―130の航空機については、同月に海軍駐機場から所要滑走路の北西隅に移動し、平成11年12月、本件飛行場の北側に新たな遮音壁が設置された。
ウ 効果
以上を前提として、被告が主張するこれらの諸対策の効果について検討すると、上記の対策が功を奏しているのであれば、高曝露地域を中心とした本件飛行場周辺における航空機騒音曝露が全体として減少することはもとより、特に、原告らの多くが被害の原因として訴える夜間における騒音発生や地上音の減少が見込まれるはずであるから、上記諸対策の効果は、原告ら本件飛行場周辺住民が現実に曝露された航空機騒音の内容やその程度を中心として評価すべきである。
そこで、まず、前記「航空機騒音曝露」で説示したところに従い、本件飛行場近傍の高曝露地域を中心として、本件飛行場周辺における航空機騒音曝露に関する各種騒音指標の経年変化について検討すると、W値95以上の区域(北谷町字砂辺など)においては、ベトナム戦争当時における極めて激しい騒音曝露と比較すれば、騒音の程度は全体として低下したものと評価することはできるが、それでもなお、夜間の騒音発生回数は必ずしも減少しているとは認め難く、相当多数の騒音発生が認められ、W値の数値もかなり高いままであって、平成8年規制措置が講じられた後も、夜間騒音発生回数やW値等の騒音指標に若干減少傾向は認められるものの、その程度はごくわずかであるから、被告が主張する諸対策によっても、この区域に居住する原告らが相当激しい騒音に曝露されている状況に依然大きな変化は認められないというべきである。次に、W値90の区域(嘉手納町字屋良など)について検討すると、全体としてみれば夜間の騒音発生回数やW値等に減少傾向が認められ、その要員としては、研究委員会が指摘するように、本件飛行場における防音設備の設置等が一定の効果を上げたものと推測されるところであるが、その減少の程度はわずかであると認められるし、平成8年規制措置が講じられた後も、なお夜間騒音発生回数はかなり多数回計測されており、特に、本件飛行場に近接する屋良の測定地点においては夜間の騒音発生回数が年々増大する傾向すら認められるのであるから、被告が主張する諸対策によっても、この区域に居住する原告らが激しい騒音に曝露されている状況に依然大きな変化は認められない。更に、W値85の区域(石川市美原など)について検討すると、W値90の区域と同様、全体としてみれば夜間の騒音発生回数やW値等に若干の減少傾向が認められるとはいえ、その程度はごくわずかであるし、平成8年規制措置が講じられた後においてもなお、夜間騒音発生回数等の騒音指標の数値は高く、特に、本件飛行場の離発着経路下にあると考えられる石川市美原の測定地点における夜間騒音発生回数をみると、平成8年度以降かえって増加する傾向が認められ、平成14年度には平成8年度の約4倍以上もの夜間騒音が計測されているのであるから、こうした傾向にかんがみても、この区域に居住する原告らが曝露される航空機騒音の程度に依然大きな変化は認められないというべきである。
また、平成8年規制措置等の運航対策について検討すると、その趣旨自体が在日米軍の任務に支障を来すことのないという一種の限定付きのものであり、具体的な規制措置の内容をみても、飛行経路、飛行高度、夜間訓練飛行等のいずれの措置についても例外ないし制限が存することにかんがみれば、航空機騒音の程度を減少させる効果は、それ自体限界があるというべきであるし、音源対策についても、本件飛行場に常駐する機種のうち中心を成すと考えられるF―15イーグルについて対策を講じられたことを認めるに足りる証拠はないから、やはり、航空機騒音を減少させる上でが限界があると評価せざるを得ない。
以上検討したところによれば、平成8年規制措置など被告が主張する諸対策が有する現実的な効果は、特に本件飛行場近傍の高曝露地域に対する関係ではかなり限定された程度にとどまり、上記地域に居住する原告らが曝露される航空機騒音を抜本的に解決するものとは到底評価することができないから、上記の諸対策は、本件損害賠償請求における違法性又は受忍限度の判断に当たり考慮することができない。
4 環境基準
原告らは、仮に受忍限度によって違法性を判断する場合であっても、昭和48年環境基準が定めた基準値によって受忍限度を画する基準とすべきである旨主張するのに対し、被告は、昭和48年環境基準は受忍限度の考慮要素となるものではない旨反論している。そこで、以下、昭和48年環境基準が策定された経緯等を認定し、これを踏まえて、受忍限度との関係等について検討する。
(1) 環境基準の性質、内容、策定の経緯等
(以下の事実は、<証拠略>によって認める。)
ア 昭和42年8月3日に公布、施行された公害対策基本法(以下「旧対策法」という。)は、公害防止に関する施策の基本となる事項を定めることなどにより公害対策の総合的推進を図ることを目的として制定されたもので、事業者等に対する直接の、かつ具体的な規制措置を定めたものではないが、行政上の規制措置、公害対策推進の基本的指針とするため、同法9条において、大気の汚染、水質の汚濁、土壌の汚染及び騒音に係る環境上の条件について、人の健康を保護し、生活環境を保全する上で維持されることが望ましい環境基準を定めることを政府に要求している。
イ これを受けて、政府は、まず、昭和46年5月25日閣議決定により「騒音に係る環境基準」を設定した。その内容は、以下のとおりである。
騒音に係る環境基準(昭和46年5月25日閣議決定)
環境基準は、地域の類型及び時間の区分ごとに次表の基準値の欄に掲げられるとおりとする。
地域の類型
時間の区分
該当区域
昼間
朝・夕
夜間
AA
45ホン(A)以下
40ホン(A)以下
35ホン(A)以下
環境基準に係る水域及び地域の指定権限の委任に関する政令(昭和46年政令第159号)第2項の規定に基づき都道府県知事が地域の区分毎に指定する地域
A
50ホン(A)以下
45ホン(A)以下
40ホン(A)以下
B
60ホン(A)以下
55ホン(A)以下
50ホン(A)以下
(注)
<1> AAをあてはめる地域は、療養施設が集合して設置されるなど特に静穏を要する地域とすること。
<2> Aをあてはめる地域は、主として住居の用に供される地域とすること。
<3> Bをあてはめる地域は、相当数の住居と併せて商業、工業等の用に供される地域とすること。
ただし、次表に掲げる地域に該当する地域(以下「道路に面する地域」という。)については、その環境基準は上記表によらず、次表の基準値の欄に掲げるとおりとする。
地域の区分
時間の区分
昼間
朝・夕
夜間
A地域のうち2車線を有する道路に面する地域
55ホン(A)以下
50ホン(A)以下
45ホン(A)以下
A地域のうち2車線を超える道路に面する地域
60ホン(A)以下
55ホン(A)以下
50ホン(A)以下
B地域のうち2車線以下の車線を有する道路に面する地域
65ホン(A)以下
60ホン(A)以下
55ホン(A)以下
B地域のうち2車線を超える車線を有する道路に面する地域
65ホン(A)以下
65ホン(A)以下
60ホン(A)以下
(備考) 車線とは、一縦列の自動車が安全かつ円滑に走行するために必要な一定の幅員を有する帯状の車道部分をいう。
すなわち、通常の住居地域の基準値は40ないし50ホン以下、商工業地域に準じる地域の基準値は50ないし60ホン以下であり、道路に面する地域では5ないし10ホンの範囲内でこれが緩和され、結局、通常の住居地域の上限値は60ホン、商工業地域に準じる地域の上限値は65ホンとされている。もっとも、上記環境基準は、航空機騒音、鉄道騒音及び建設作業騒音には適用されず、これらの間欠的な騒音・衝撃的な騒音については引き続き検討を進めるものとされた。
ウ 次いで、環境庁長官は、昭和46年9月27日、中央公害対策審議会に対し、航空機騒音等特殊騒音に係る環境基準の設置について諮問し、この諮問を受けた同審議会は、その分科会である騒音震動部会特殊騒音専門委員会(以下「専門委員会」という。)にこれを検討させた。そして、専門委員会は同年12月18日、環境保全上緊急を要する航空機騒音対策について当面の措置を講ずる場合における指針について、文書で報告した。
専門委員会は、航空機騒音対策の指針として、<1>夜間特に深夜における航空機の発着回数を制限し、静謐の保持を図るものとする、<2>空港周辺において、航空機騒音が、1日の飛行回数を100機から200機として、ピークレベルのパワー平均で90ホン(A)(同専門委員会によれば、これはW値で85、NNIで55に相当するとされる。)以上に相当する地域について緊急に騒音障害防止措置を講ずるものとするという2点を報告している。
専門委員会は、上記指針の根拠について、横田、大阪及びロンドン空港において、NNI55の地域では、「やかましさ」の5段階評価で評点4以上の訴え率95%、会話、電話、テレビ等の聴取妨害の訴え率80ないし90%、読書、思考等の妨害の訴え率70%以上、情緒影響の訴え率90%以上となっており、フランス及びオランダで実施された住民調査においてもほぼ同様の傾向を示したことから、NNI55(同専門委員会によれば、1日の飛行回数を100ないし200とした場合、W値85に該当するとされる。)以上の地域を緊急に騒音障害防止措置を講ずべき地域として提示したとしている。
中央公害対策審議会は、上記報告を受けて、同月27日、環境庁長官に対し、主として東京及び大阪両国際空港周辺地域における航空機騒音被害に対処するため、W値85以上の地域について緊急に騒音障害防止措置を講ずべきである旨の答申をし、環境庁長官は、翌28日、運輸大臣に対し、これとほぼ同旨の勧告をした。
エ 更に、専門委員会は、航空機騒音に係る諸方策を総合的に推進するに当たっての目標となるべき環境基準の設定の基礎となる指針について検討した結果、昭和48年4月12日、航空機騒音に係る環境基準について、環境基準の指針値はW値70以下とする(ただし、商工業の用に供される地域については、W値75以下とする。)旨報告した。
専門委員会の上記報告は、次のような検討結果に基づくものである。すなわち、横田、大阪及びロンドン各空港周辺における住民調査の結果(上記ウ)や、その他の各種調査結果から判断すると、NNIでおおむね30ないし40以下であれば航空機騒音による日常生活の妨害、住民の苦情等がほとんど現れず、各国における建築制限など土地利用が制約される基準もこの値を上回っているため、環境基準の指針値としてはその中間値であるNNI35以下であることが望ましい。しかし、航空機騒音については、その影響が広範囲に及ぶこと、技術的に騒音に低減することが困難であることその他輸送の国際性、安全性等の事情があるので、これらの点を総合的に勘案し、航空機騒音の環境基準としては上記NNI35と同等ないしこれよりやや高い値であるW値70以下とすることが適当であると判断されたものである(W値70は、1日の飛行回数200の場合ほぼNNI40に、25の場合はほぼNNI35に該当する。)。なお、W値70は、道路騒音など一般騒音の中央値と比較した場合に、各種の生活妨害の訴え率からみると、ほぼ60dB(A)に相当し、また、1日の総騒音量でみると、連続騒音の70PNデシベルと等価であり、一般騒音のPNデシベルとdB(A)との差及びパワー平均と中央値との差を考慮すると、ほぼ一般騒音の中央値55dB(A)に相当する。そして、一般騒音に係る環境基準の値が地域類型別に定められていることから、航空機騒音に係るそれについても、類型I、類型IIの地域に区分し、類型Iの地域の基準値を上記W値70とするとともに、類型IIの地域については、一般騒音についての基準値が前記のとおり中央値65dB(A)を上限としているところから、訴え率からみてこれに相当するW値75が採用されたものである。
オ 中央公害対策審議会は、上記報告を受けて、同年12月6日、環境庁長官に対し、ほぼ同旨(ただし、地域類型については、地域の類型I(都市計画法にいう第一種住宅専用地域及び第二種住宅専用地域など、主として住居の用に供される地域)と、地域の類型II(その他の地域)とに分けた。)の答申をし、環境庁長官は、同月27日、上記答申とほぼ同旨の「航空機騒音に係る環境基準について」(昭和48年環境基準。昭和48年環境庁告示第154号)を告示した。
カ 昭和48年環境基準は、飛行場周辺地域のうち、専ら住居の用に供される地域(地域の類型I)においてはW値70以下、類型I以外の地域であって通常の生活を保全する必要がある地域(地域の類型II)においてはW値75以下を基準値として定め、飛行場の区分に応じて達成期間を定めている。
例えば、既設飛行場のうち福岡空港を除く第二種空港B(ターボジェット発動機を有する航空機が定期航空運送事業として離発着する空港)及び新東京国際空港の周辺地域においては10年以内、新東京国際空港を除く第一種空港(東京国際空港及び大阪国際空港)及び福岡空港の周辺地域においては10年を超える期間内に可及的速やかに上記基準値をそれぞれ達成すべきものとされ、かつ、前者の地域については、中間改善目標として、5年以内にW値を85未満とし、85以上となる地域においては屋内で65以下とすること、後者の地域においては、上記5年以内に達成されるべき中間改善目標のほかに、10年以内にW値を75未満とし、75以上とする地域においては屋内で60以下とすることと定められている。
なお、航空機騒音に関する環境基準の評価単位としては、各国において、NNI(イギリス)、NEF(アメリカ)など様々なものが用いられてきたが、昭和46年に国際連合の下部機関であるICAO(国際民間航空機構)が、世界各国で用いられている評価単位に本質的な違いがないことから、これをより適切に評価する方法としてW値を提案し、我が国でも国際単位ということでこれを昭和48年環境基準に採用することとなったものである(以上のような経緯にかんがみると、後記「本件における受忍限度の基準値」で説示するとおり、本件においても、この単位を用いて受忍限度の範囲を画することが相当である。)。
キ 昭和48年環境基準は、「自衛隊等が使用する飛行場の周辺地域においては、平均的な離着陸回数及び機種並びに人家の密集度を勘案し、当該飛行場と類似の条件にある飛行場の区分に準じて環境基準が達成され、又は維持されるように努めるものとする」旨定めていたが、防衛庁では、昭和53年5月、本件飛行場を第一種空港相当として扱うこととした。
なお、沖縄県知事は、昭和63年2月16日、本件飛行場等の周辺地域について、類型I及び類型IIの地域を指定した。これによると、都市計画法上の第一種住居専用地域、第二種住居専用地域及び用途地域として定められていない地域が類型I、住居地域、近隣商業地域、商業地域、準工業地域及び工業地域が類型IIとされている。
ク 旧対策法は平成5年11月19日に廃止され、新たに環境基準法(平成5年法律第91号)が施行された。環境基準法は、その16条1項において、政府は、騒音等に係る環境上の条件について、人の健康を保護し、生活環境を保全する上で維持されることが望ましい基準を定めるものとする旨規定している。なお、昭和48年環境基準は、環境基本法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(平成5年法律第92号)2条により、新たに施行された環境基本法16条1項の規定によって定められた基準とみなされている。
(2) 受忍限度と環境基準
ア 被告は、昭和48年環境基準は、政府が航空機騒音に対する総合的施策を進める上で達成されることが望ましいとされる基準であるから、本件において受忍限度の範囲を画する基準にはなり得ない旨主張している。
確かに、前記認定の事実によれば、昭和48年環境基準は、そもそも、航空機騒音に係る諸方策を総合的に推進するための基本的基準を設定することを目的として定められたものと認められ、また、平成5年に施行された環境基準法16条1項も、騒音等に係る環境上の条件について、人の健康を保護し、生活環境を保全する上で維持されることが望ましい基準を定めるものとする旨規定しているのであるから、このような制定経緯等にかんがみれば、昭和48年環境基準が当然に私法関係における受忍限度を画する基準となると解することは相当ではない。
しかしながら、前記認定の事実によれば、専門委員会等は、横田、大阪及びロンドン各空港周辺において実施された住民調査など各種の科学的調査研究結果を踏まえ、航空機騒音による日常生活の妨害、住民の苦情等がほとんど現れない数値を設定した上、更に、航空機騒音低減の技術的困難性や、輸送の国際性、安全性等の公共性に類する事情をも勘案して環境基準の具体的な指針値を報告し、この報告を踏まえ昭和48年環境基準が策定されたと解されるから、昭和48年環境基準における基準値は、私法上の受忍限度の判断に当たり考慮されるべきとされる要素と類似する要素を総合的に考慮した上で定められたものと評価することができる。また、本件において問題となる航空機騒音による被害は、生活妨害など本来主観的な形で把握される精神的被害であることから、その性質上、客観的な把握が困難であって、その被害の実情や程度を理解するためには、住民調査の結果等を学術研究の結果と並ぶ重要な証拠として評価することとならざるを得ないところ、昭和48年環境基準は、こうした生活妨害等に対する住民の反応の程度に関する調査研究の結果を中心的に考慮して具体的な基準を定めているところであるから、その基準値は、本件における原告らの被害を考慮する上でも十分参考になると評価することができる。
そうすると、昭和48年環境基準は、本件においても、具体的な受忍限度を定めるに当たって重要な資料の一つとして考慮されるべきであるから、被告の主張は理由がない。
イ 他方、原告らは、昭和48年環境基準の類型Iに関する基準値であるW値70という数値は、無視し得ない生活妨害や睡眠妨害が発生する数値であるのみならず、身体への影響も顕著に出現する数値であり、類型IIに関する基準値であるW値75という数値はより生活被害、睡眠妨害、人体への影響が大きくなる数値であって、これらはいずれも本来望ましい数値を住民にとって危険側に引き上げたものであるから、昭和48年環境基準が定める基準値それ自体をもって、航空機騒音に関する受忍限度を画する数値とすべき旨主張する。
しかしながら、そもそも、アで述べたとおり、昭和48年環境基準が、人の健康を保護し、生活環境を保全する上で維持されることが望ましい基準を定めるものであることは、その制定経緯に照らし明らかというべきであるから、昭和48年環境基準が当然に私法関係における受忍限度を画する基準となると解することは困難であり、原告らの上記主張はまずこの点において理由がない。そして、受忍限度を検討するに当たっては、まず原告らが本件飛行場の航空機騒音等により被っている被害の内容及びその程度について、航空機騒音曝露の実情に即して具体的に認定、判断することが重要であるところ、前記認定の事実によれば、昭和48年環境基準における基準値は、空港周辺における各種調査結果を踏まえ、航空機騒音による住民の生活妨害等が発生する可能性を考慮して定められた数値と認められるものの、専門委員会が検討の対象とした前記調査結果は、いずれも本件飛行場以外の空港においてなされたものであり、航空機騒音曝露の状況は本件飛行場とは当然異なるものであって、したがって本件飛行場周辺に居住する原告らが被る被害もやはり異なるのであるから、この点からも、昭和48年環境基準の基準値自体が受忍限度を画する数値となる旨の原告らの主張は理由がないというべきである。
ウ また、原告らは、昭和56年に本件飛行場周辺地域における第一種区域がW値75以上とされたことは、被告自らがW値75以上の地域においては航空機騒音による騒音が著しいことを認めたことにほかならない旨主張する。
しかしながら、前記第3の2(1)において説示したとおり、生活環境整備法に基づく区域指定は、防衛施設の運用の特殊性に着目した上で、望ましい生活環境を確保することにより防衛施設と周辺地域の共存を図る趣旨の下になされるものと認められる。そして、沖縄県調査において、研究委員会が、防衛施設庁が定めた騒音コンターと、沖縄県のモニタリングシステムの測定結果を踏まえて防衛施設庁方式により求めたW値の実測値との対応関係を検討したところ、本件飛行場周辺では、滑走路の延長上で離着陸経路下にあたる砂辺や美原を除いて、全般的に実測値が上記騒音コンターよりも低い値となっており、測定地点によっては騒音コンターとかなりの差が認められたことにかんがみても、同法による措置が、防衛施設周辺の関係住民の生活の安定及び福祉の向上に寄与することを目標とする政策的な補償措置としての性質を有することは否定できないというべきである。したがって、生活環境整備法に基づく第一種区域が、原告らの主張するとおり「自衛隊等の航空機の離着陸等により生じる音響等に起因する障害が著しい」と認められる場合に指定されるものであるとしても、この指定自体は、現実に原告らが被っている被害の内容及び程度と必ずしも同一であると認めることはできず、受忍限度の判断は、現実に原告らが被っている被害の内容及びその程度を踏まえて判断されるべきであるから、原告らの主張は理由がない。
(3) その他原告らが主張するガイドライン等について
原告らは、昭和48年環境基準のほか、WHOの騒音環境ガイドライン(<証拠略>)や諸外国における航空機騒音に対する各種規制(<証拠略>)における基準値を挙げて、これらのガイドライン等によれば、昭和48年環境基準における基準値が良好な生活環境を既に超えた数字であることは明白であるから、この点からしても、少なくともW値75をもって受忍限度を画する数値とすべき旨主張する。
しかしながら、上記(2)イにおいて説示したところと同様に、本件における受忍限度の判断は、原告らが航空機騒音等により被っている具体的な被害の内容及びその程度を踏まえてなされるべきであるから、上記のガイドライン等は、それ自体が受忍限度の考慮要素となるものではなく、原告らの主張は理由がない。
5 本件における受忍限度の基準値
以上を踏まえて、本件における受忍限度の具体的数値について検討する。
(1) 受忍限度の判断に当たりまず検討すべきは、侵害行為の態様と侵害の程度、被侵害利益の性質と内容の各要素である。これらについては、既に「侵害行為」(第4)及び「被害」(第5)で詳細に説示したところであるが、骨子次のとおりである。
侵害行為の中心は、本件飛行場を離発着する航空機による騒音であるが、本件飛行場周辺における航空機騒音曝露の状況をみると、<1>W値95以上の区域は、W値の数値はもとより、騒音発生回数、騒音累積時間その他の各種指標によっても、相当激しい騒音に曝露されている。<2>W値90の区域も、W値95以上の区域には劣るものの、かなり激しい騒音に曝露されている。<3>W値85の区域は、場所によってばらつきがみられるが、全体としてみれば、W値90以上の区域には劣るものの、その騒音の程度は激しい。これに対して、<4>W値80の区域における航空機騒音の程度は、全体としてかなりW値85以上の各区域に劣り、高いと評価することはできない。また、<5>W値75の区域における航空機騒音の程度は、W値80の区域よりも更に劣り、かなり低い。
次に、被害について検討すると、原告らは、本件飛行場の航空機騒音等によって、会話妨害、電話・テレビ等の聴取妨害、これらに伴う家庭の団らん、趣味生活の妨害、学習・読書等の精神作業の妨害、睡眠妨害といった種々の基本的生活利益の侵害を被っており、また、航空機騒音曝露を直接の原因として、又は生活妨害や睡眠妨害等の被害に起因して、イライラ感や不快感等の精神的被害を被っていることが認められる。ただし、これらの被害については、原告らが曝露されている航空機騒音等の量や態様による差がかなり大きく、W値95以上、90、85の各区域に居住する原告らの上記被害の程度はかなり高いのに対し、W値75の区域に居住する原告らの上記被害の程度はかなり低い。例えば、W値75の区域における被害の程度について、沖縄県調査の結果をみると、例えば、「会話妨害」の質問に対し「いつもある」又は「ときどきある」と回答した者の割合は、合計で14.2%にすぎないのに対し、「あまりない」又は「まったくない」と回答した者の合計が58.2%に達しているし、同様に、「睡眠妨害」の質問に対し「いつもある」又は「ときどきある」と回答した者の割合は、合計7.5%にすぎないのに対し、「あまりない」又は「まったくない」と回答した者の合計が76.7%もの高率に達しているから、W値75の区域においては、本件航空機騒音による被害について否定的な回答をした者の割合が、肯定的な回答をした者の割合を相当上回っているとみるべきである。また、W値80の区域における被害の程度をみると、沖縄県調査の結果によれば、「会話妨害」の質問に対し「いつもある」又は「ときどきある」と回答した者の割合は、合計で27.6%であるのに対し、「あまりない」又は「まったくない」の合計は40.8%であり、「睡眠妨害」の質問に対し「いつもある」又は「ときどきある」と回答した者の割合は、合計で12.6%にすぎないのに対し、「あまりない」又は「まったくない」の合計は、69.2%に達していることにかんがみれば、W80における精神的被害について、被害に対し肯定的な回答をした者の割合は、否定的な回答をした者の割合よりも低いといわざるを得ない。
(2) 次に、前述のとおり、昭和48年環境基準の基準値及びその達成状況も、受忍限度の判断に当たり重視されるべきである。これについても、「航空機騒音」(第4の1)で既に説示したとおりであるが、要旨次のとおりである。
すなわち、<1>W値95以上の区域においては、年間のほとんどの日数において環境基準を超えている。<2>W値90の区域においては、場所によってばらつきがみられるものの、場所によってはW値95以上の区域に属する地点よりもその割合が高いところもみられ、全体としては、年間のかなり日数で環境基準を超過していると評価することができる。<3>W値85の区域も、場所によってかなりの差がみられるが、場所によってはW値90の区域に比肩すべき割合で環境基準を超過する測定結果が得られたところもあり、全体としては、年間の相当の割合で環境基準を超過していると評価できる。<4>W値80の区域において環境基準を超えた割合は、W値85以上の各区域よりもかなり劣り、必ずしも高いと評価することはできない。<5>W値75の区域もW値80と同様であって、年間のほとんどの日数において環境基準が保たれていると評価することができる。
したがって、本件飛行場については、防衛施設庁により昭和53年5月に昭和48年環境基準の第一種空港として扱うこととされ、昭和63年2月には沖縄県知事により類型I及び類型IIの地域が指定されたにもかかわらず、特にW値85以上の高曝露地域においては、未だに年間のかなりの日数において環境基準を超える結果となっているのであり、こうした結果は、受忍限度の判断に当たり重視すべきである。
(3) そして、受忍限度に影響を及ぼすその他の諸事情について検討すると、まず、前述のとおり、被告が主張する本件飛行場の公共性は、その程度が極めて高いとまでは評価することはできないものの、受忍限度の判断において一定の限度で考慮すべきである。次に、周辺対策のうち、住宅防音工事の助成については、これにより一定の防音効果が得られるとはいえ、これにより受忍限度が高まるとまで認めることは困難であって、その便益を受けた原告らについて、その騒音被害の一部を軽減するにとどまるものと評価せざるを得ない。そして、移転補償措置等その他被告が主張する周辺対策についても、これによって受忍限度が一般的に高まるものと評価することはできない。また、音源対策及び運航対策も、これにより原告らの受忍限度が高まるとまで評価することは困難である。
(4) 以上説示したところを総合すれば、W値85以上の各区域に居住する原告らは、現在においてもなお激しい騒音に曝露されており、その被害の程度もかなり深刻な程度に至っているというべきであるから、上記原告らが本件航空機騒音等によって受ける被害は、受忍限度を超えるものと評価すべきである。すなわち、本件における受忍限度の基準値としては、W値85と解するのが相当である。
(5) 原告ら、W値75以上の区域に居住する原告らが被る被害は、等しく救済の対象とされるべきである旨主張する。そして、旧訴訟の控訴審判決において、W値75の区域(ただし、環境基準における類型Iの区域のみ)についても受忍限度を超える旨の判断がされたことは、当裁判所に顕著な事実である。
しかしながら、本件における慰藉料は、本件航空機騒音による被害に対する原告らの精神的苦痛を填補するものであるから、受忍限度の判断に当たっては、まず、W値80及び75の各区域における航空機騒音の程度や、これらの区域に居住する原告らがこの航空機騒音によって現実に受ける被害の程度を重視せざるを得ない。そして、W値80の区域における航空機騒音の程度は、W値85以上の各区域とは明確な差が認められ、かなり低いと評価せざるを得ないこと、被害の程度についても、沖縄県調査によって、この区域における生活妨害、睡眠妨害等の被害の程度が低いことが客観的に明らかにされていること、この区域においてはなお環境基準が完全に達成されたとは認められないものの、年間のほとんどの日数において環境基準は満たされていることは、いずれも前述したとおりである。同様に、W値75の区域における航空機騒音の程度も、W値80の区域よりも更に劣り、かなり低いと評価せざるを得ないこと、この区域に居住する原告らが航空機騒音により受ける被害は、被害の有無について否定的な回答をする者の割合が肯定的な回答をする者の割合よりかなり高いことが沖縄県調査によって客観的に明らかにされており、W値80の区域に居住する原告らの被害よりも更に低いといわざるを得ないこと、W値75の区域では、完全に達成されているとまでは認められないものの、W値80の区域と同様、年間のほとんどの日数において環境基準が満たされている状況にあることも、いずれも前述したとおりである。これらの事情に、被告が実施する住宅防音工事に対する助成等の周辺対策が一定の進展をみせており、上記原告らの被害の程度は住宅防音工事等によって更に軽減されていると評価しうることや、本件飛行場が備えている公共性及びその程度等の諸事情を総合すれば、W値80及び75の各区域に居住する原告らが被る被害は、当該原告らにおいて受忍すべきものと解するのが相当である。
(なお、このように、本件においては、受忍限度を超える範囲がW値85以上の各区域に限ると認定したが、これは、本件訴訟が本件飛行場周辺に居住する住民による集団訴訟であり、個別の騒音の被害を立証することが困難であるし、また、騒音被害の認定方法が確立していないというこの種訴訟の特質から、W値85をもって受忍限度を画する基準としたものであり、W値85未満の区域に居住するけれども、個別に検討すれば受忍限度を超える騒音被害を受けていると認められる原告の存在は否定できない。したがって、本件において、損害賠償の対象と成らなかったW値85未満の区域における被告による騒音対策が万全のものであると評価することはできない。そして、同区域において年間のほとんどの日数において環境基準を満たしているとはいえ、環境基準が完全に達成されているわけではなく、本件飛行場が形成されるに至った歴史的経緯等の諸事情にかんがみ、原告らを含む沖縄県民の中には、本件飛行場をはじめとする米軍施設の存在そのものを強く否定する者が少なくない現状からすると、被告は、住宅防音工事に対する助成等の周辺対策はもとより、運航対策、音源対策等の抜本的な諸対策を着実に推進し、W値80及び75の各区域に居住する住民を含め、本件飛行場周辺住民の航空機騒音等による被害を可能な限り軽減する方策を講じるべきことはいうまでもない。)
第7「危険への接近」の法理
1 免責の主張に対する判断
(1) 被告は、原告らのうち、沖縄が本土に復帰した日である昭和47年5月15日(基準日)以降に本件飛行場周辺に転入した者は、航空機騒音による被害を容認して居住した者であるから、「危険への接近」の法理によりその損害賠償請求が棄却されるべきである旨主張する。
そこで検討するに、「危険への接近」の法理を適用するに当たっては、まず、住民が危険の存在を認識しながら、これによる被害を容認してあえて危険へ接近したことが必要であり、これに被害の性質・程度、公共性等の事情が相まって加害者の免責が認められるものと解される。
これを本件に即していえば、本件飛行場周辺の騒音コンター内に転入した原告らが、航空機騒音の存在についての認識を有しながらそれによる被害を容認して居住したものであり、かつ、その被害が騒音による精神的苦痛ないし生活妨害のようなもので、直接生命、身体に係わるものでない場合においては、本件飛行場の公共性等の事情をも斟酌すれば、上記原告らが入居後に実際に被った被害の程度が入居の際存在を認識した騒音から推測される被害の程度を超えるものであったとか、入居後に騒音の程度が格段に増大した等の特段の事情が認められない限り、違法性に関する利益衡量としては、その被害は上記原告らにおいて受忍すべきものというべきであるから、上記被害を理由として慰藉料請求をすることは許されないと解すべきである(昭和56年大法廷判決参照)。
(2) 本件において、原告らが本件飛行場の航空機騒音による被害を容認して居住を開始したといえるか否かを検討するための前提となる事情につき、前記前提となる事実(第2章第2)に<証拠略>を総合すれば、次の事実を認めることができる。
ア 本件飛行場は、旧日本陸軍が昭和18年9月から建設工事を開始し、昭和19年9月に中飛行場として使用を開始したが、昭和20年4月に沖縄本島に上陸した米軍がこれを占領した。そして、戦後沖縄県がアメリカ合衆国の施政権下に置かれたことから、本件飛行場については、米軍が整備拡張した上、引き続き同国が管理、使用することになった。その後、沖縄の本土復帰に先立ち、被告が「沖縄における公用地等の暫定使用に関する法律」(昭和46年法律第132号)により本件飛行場の使用権限を取得した上、本土復帰に伴い、安保条約及び地位協定による施設及び区域としてアメリカ合衆国に提供し、同国が地位協定3条1項に基づき運営、管理している。
イ 本件飛行場の周辺地域は、戦前は農村地帯であったが、戦中から戦後にかけて米軍による占領、基地建設が行われ、戦前にこの地域に居住していた住民は、収容所から順次米軍により居住を許可された基地外の地域に移動した。しかし、元の居住地に戻れない住民は、やむを得ず他の地域で生活を始めたものの、沖縄においては、地縁、血縁意識が強いことから、できるだけ元の居住地の近くに居住しようとする例が多かった。そして、農地が減少し、他にみるべき産業がなかったこともあって、基地関連の仕事を求めて本件飛行場周辺、とりわけ沖縄市(当時コザ市)を中心として狭い地域に人や事業所が集中し、都市化が進行した。
ウ 沖縄本島は、自然的、経済的及び社会的諸条件を勘案し、北部地域、中南部地域に区分され、更に、中南部地域は、中部地域及び南部地域に区分され、本件飛行場は中部地域に位置する。そして、沖縄には、平成14年3月末現在、県下53市町村のうち25市町村にわたり、合計38施設、2万3728.8ヘクタールの米軍基地が所在しており、県土面積22万7194ヘクタール(同年1月1日現在)の10.4%を占めている。
また、沖縄県における米軍基地の地区別分布状況(平成14年3月末現在)をみると、沖縄本島の中部地区には、本件飛行場のほか、普天間飛行場、キャンプ瑞慶覧等の重要な基地が集中しており、次のとおり、地区面積の約25.3%が米軍基地で占められている。
米軍基地の地区別面積(平成14年3月末現在) 単位:ha、%
区分
地区面積
施設面積
構成比
割合
(全県)
227,194
23,728.8
100.0
10.4
北部
82,388
16,350.5
68.9
19.8
中部
27,987
7,086.6
29.9
25.3
南部
35,007
200.0
0.8
0.6
(沖縄本島)
(120,432)
(22,665.3)
(95.5)
(18.8)
宮古
22,630
―
―
―
八重山
59,182
91.5
0.4
0.2
※ 「構成比」は全施設面積に占める割合、「割合」は地区面積別の占拠率
エ 次に、これらの基地の市町村面積に占める割合をみると、詳細は次表のとおりであるが、嘉手納町では基地面積が陸地面積の82.8%も占めており、北谷町でも陸地面積の56.4%が基地によって占められている。同様に、読谷村も陸地面積の44.6%、沖縄市も陸地面積の35.9%をそれぞれ基地が占めており、沖縄県中部の各市町村での割合は、全県平均の10.4%という数値と比較しても、かなり高い割合となっている。
順位
市町村名
陸地面積
(ha)
H14.4.1
(国土地理院)
基地面積
(ha)
H14.3.31
基地の割合
(%)
人口
(人)
H14.4.1
(県統計課)
人口密度
(人/km2)
基地面積を除いた部分の人口密度
(人/km2)
1
嘉手納町
1,504
1,246
82.8
13,719
912.2
5,317.4
2
金武町
3,784
2,245
59.3
10,242
270.7
665.5
3
北谷町
1,362
768
56.4
25,877
1,899.9
4,356.4
4
宜野座村
3,128
1,587
50.7
4,862
155.4
315.5
5
読谷村
3,517
1,567
44.6
36,570
1,039.8
1,875.4
6
東村
8,179
3,394
41.5
1,850
22.6
38.7
7
沖縄市
4,900
1,761
35.9
121,942
2,488.6
3,884.7
8
伊江村
2,275
802
35.2
5,117
224.9
347.4
9
宜野湾市
1,951
638
32.7
87,714
4,495.8
6,680.4
10
恩納村
5,077
1,493
29.4
9,118
179.6
254.4
基地所在市町村
128,079
23,729
18.5
979,938
765.1
939.1
全県
227,194
23,729
10.4
1,327,543
584.3
652.5
オ また、陸地面積から基地面積を差し引いた面積に係る人口密度をみると、全県平均で652.5人/km2、県庁所在地である那覇市が7881.8人/km2であるのに対し、嘉手納町は5317.4人/km2、北谷町は4356.4人/km2、沖縄市は3884.7人/km2となっており、いずれも高い数値となっており、特に嘉手納町及び北谷町においては、陸地面積全体に対する人口密度はそれぞれ912.2人/km2、1899.9/km2であるのに対し、相当高い数値となっている。
カ 本件飛行場周辺において、昭和53年告示、昭和56年告示及び昭和58年告示により生活環境整備法に基づく区域指定がされた区域は、別紙「嘉手納飛行場に係る区域指定参考図」のとおりであるが、その区域は、本件飛行場を中心として、嘉手納町や北谷町はもとより、原告らが居住する沖縄市、石川市、具志川市及び読谷村の全てにまたがっており、相当広範囲に及んでいる。特に、嘉手納町、北谷町及び読谷村については、行政区域の全域が第一種区域と指定されている。本件飛行場周辺の沖縄市、具志川市、石川市、嘉手納町、北谷町及び読谷村の行政面積は約166平方キロメートルであるが、うち約58平方キロメートルが米軍施設によって占められており、上記第一種区域の面積は約66平方キロメートルであるから、これらを除いた民間居住地域は約42平方キロメートルであって、上記行政面積の約4分の1にすぎない。
キ また、北谷町の南側に接した宜野湾市には、普天間飛行場が存在し、上記のとおり、同市の陸地面積の32.7%を米軍基地が占めているほか、基地面積を除いた部分の人口密度は6680.4人/km2であって、かなり人口集中が激しい。加えて、普天間飛行場周辺地域においても、生活環境整備法に基づく区域指定がされており、その区域は宜野湾市にとどまらず、浦添市及び北中城村の一部にまで広がっている。
そして、同飛行場については、同飛行場を離発着するヘリコプター等が発する騒音等による住民の各種被害がかねてから問題とされており、平成14年には周辺住民らにより那覇地方裁判所沖縄支部に対し過去及び将来の損害賠償等を求める訴訟が提起されている。
ク 上記オのとおり、被告は、生活環境整備法に基づく区域指定について、昭和53年告示、昭和56年告示及び昭和58年告示によりそれぞれ実施しているが、区域指定の具体的内容をみると、基本的には、「行政区画によって表示された区域のうち那覇防衛施設局等に備え置いて縦覧に供する図面に本件飛行場に係る第一種ないし第三種区域として示す部分」という形式で指定されているから、この告示自体からは、いかなる地域が第一種ないし第三種区域として指定されたのかを必ずしも確定することができない。のみならず、前記告示図面についても、海岸線や主要道路等を利用して大まかな騒音コンターの線引きがなされているにすぎず、例えば住宅地図のように個別具体的な家屋等を記載し、その上の騒音コンターを線引きしているわけではないから、結局のところ、告示図面から区域指定の範囲を明確にすることも容易とはいえない。
(3) 被害の容認の検討
ア 上記認定事実に、原告らの本人尋問の結果及び原告らの陳述書を総合すると、原告らに共通する事情として、沖縄においては、地縁・血縁が強いことや、本件飛行場が形成されるに至った経緯等の歴史的背景もあって、例えば北谷町字砂辺で出生した者が砂辺に戻って生活するというように、人々は自らが生まれ育った土地や、親族が生活する土地で生活する傾向が強く、また、一旦自らが生まれ育った地域を離れた者であっても、しばらくした後は同一の地域又は近隣の地域に戻って生活する者が多いという生活の実情が認められ、こうした事情は、被告が「危険への接近」の適用を求める原告らの居住移転歴を具体的に検討しても、同一地域又は近隣地域への転居を繰り返す者がかなり多いという事実によっても裏付けられるというべきである。
イ また、上記認定事実によれば、本件飛行場が位置する沖縄本島の中部地域は、その約25.3%もの面積が米軍基地で占められており、南部地域と比較しても相当際だっていること、生活環境整備法に基づく区域指定をみると、嘉手納町、北谷町及び読谷村は全域が第一種区域として指定されており、これらの町村においては航空機騒音の影響を受けずに生活することはそもそも不可能であること、沖縄市、具志川市及び石川市も相当程度の地域が第一種区域に含まれていること、中部地域の行政面積から米軍基地の面積及び第一種区域の面積を除外した民間居住地域は、行政面積の約4分の1にすぎないことが認められる。これらの地理的な事情に加えて、前記アで説示した生活の実情を併せ考慮すれば、中部地域においては、航空機騒音の影響を受けずに生活することのできる地域はもともと限られていると認められ、この事情も、原告らに共通するものというべきである。
これに対して、被告は、中部地域における居住の選択肢は広いから、中部地域には航空機騒音の影響を受けない地域を選択する余地は少ないという事情は存在しない旨主張する。
しかしながら、確かに、被告の主張するとおり、本件飛行場周辺市町村のうち、沖縄市、具志川市及び石川市については、土地区画整理事業等によりコンター外で居住できる区域が存在すること等の事情が認められるところであるが、そうであるとしても、前判示のとおり、中部地域においては行政面積の約4分の3もの相当広大な面積を米軍基地及び第一種区域の面積が占めていること、中部地域における人口密度は比較的高いと認められること、被告が選択肢として指摘する地域は、その多くが比較的新しく開発された地域と認められること、本件飛行場の騒音コンターに含まれない地域に居住することは、地理的条件、通勤・通学等の事情から、必ずしも現実的ではないと認められること(原告本人尋問においてこのように供述し、またその旨を記載した陳述書を提出した原告らは少なくない。)にかんがみれば、被告の前記主張は採用の限りではない。
ウ 更に、上記認定の事実によれば、生活環境整備法に基づく区域指定の範囲は、那覇防衛施設局等に備え付けられた図面を確認しなければ実際には理解できないものであり、しかも区域指定の定め自体が必ずしも具体的で一義的なものとは認め難いのであるから、本件飛行場周辺地域に転入しようとする一般人にとっては、転入のための住居を定めるに当たり、当該住居が上記区域指定の範囲すなわち本件飛行場の航空機騒音の影響を受ける地域に該当するか否か、該当するとしてもその地域が第一種区域ないし第三種区域のいずれに含まれるのか等をあらかじめ明瞭に理解することは容易なことではないというべきである。特に、本件飛行場周辺市町村のうち、沖縄市、具志川市及び石川市については、市内に第一種区域として指定されている地域と指定されていない地域が混在すると認められるところ、上記の区域指定の実情にかんがみれば、これらの各市に住居を求めて転入しようとする者に対し、あらかじめ、自らの住居と区域指定の関係を調査した上で転入することを期待するのは困難であるといわざるを得ない。のみならず、本件飛行場の周辺地域に転入とする者にとっては、本件飛行場の名称や位置関係から、自ら居住しようとする地域が本件飛行場の航空機騒音による影響を受けるということを予測することも困難な場合もあり得ると考えられるところ、本件において原告本人尋問を実施し、又は住居移転の経過に関し陳述書等を提出した原告らの中にも、同様の趣旨の供述等をする者が少なくないのであるから、こうした事情も、原告らが被害を認識を容認して居住したか否かを検討するに当たり、無視できないところである。
エ そして、被告が「危険への接近」の法理を適用すべきである旨主張する原告ら、すなわち、別紙「全原告の住居移転歴、各住居地のW値及び各原告につき被告が実施した住宅防音工事施工実績等表」に記載のある原告ら(なお、本件において原告本人尋問を実施し、被告が特に「危険への接近」の法理を適用すべきである旨主張する原告らについては、後記3で項を改めて判断する。)について、本件飛行場周辺の騒音コンター内に転入した事情を検討すると、<証拠略>を総合すれば、本件において原告本人尋問を実施し原告らについては、後記3で個別的に判断するとおり、いずれも、本件飛行場の騒音コンター内に転入するについて、生まれ育った実家に戻る必要があった、子供の教育等の理由から転居する必要があった、住宅の売買価格、賃料、通勤・通学上の利便等を考慮したなど、転入することにつきやむを得ない事情を有していたことが認められ、原告本人尋問を実施していないその他の原告らについても、おおむね沖縄県の中部地区の中を移動している原告らが多いという実情に照らし、更に上記原告本人尋問の結果等を併せ考慮することによって、何らかの生活上の事情によりやむなく転入したことを一応うかがうことができる。
オ 以上説示したところに加えて、原告らは本件飛行場周辺に居住することによって得られる何らかの利益を期待し、これを代償として転入したものではなく(本件において、これを認めるに足りる個別具体的な立証はない。)、したがって、原告らには本件飛行場の航空機騒音による被害を容認するだけの動機はなかったと認められることを併せ考慮すれば、仮に、被告が指摘する原告らが本件飛行場周辺の騒音コンター内に転入するに当たり航空機騒音による被害を認識していたとしても、当該原告らにその被害を容認していたとは認めることはできないというべきである。
したがって、被告の「危険への接近」の法理による免責の主張は、その適用要件ないし前提を欠くというべきであるから、理由がない。
(4) この点、被告は、転入の事情は各原告らについて個別具体的に立証されるべきであり、そのような立証がない限り「危険への接近」の法理が適用される旨主張する。
しかしながら、本件において問題となる転入の事情は、上記(2)で認定した各種の事情等と相まって、利益衡量の問題として、原告らが本件航空機騒音による被害を容認したと推認できるか否かという局面や、後述のとおり、当該原告らに損害の一部を負担させることが公平といえるか否かという局面において問題となるものである。そして、被害の容認の要件に関していえば、被告が指摘する原告らについては、転入の事情のほか、上記(3)のアないしウの事情が妥当するのであり、これらの諸事情によれば、被告が指摘する原告らのうち、転入の事情について個別的な立証のない原告らがいるとしても、そのことをもって直ちに当該原告らが被害を容認して居住したと認めることは困難であるから、被告の主張は採用できない。
また、被告は、別紙「全原告の住居移転歴、各住居地のW値及び各原告につき被告が実施した住宅防音工事施工実績等表」<略>に類型IIとして記載されている原告ら、すなわち、<1>基準日以降において本件飛行場周辺に居住した経験があり、その後、一旦本件飛行場周辺地域外に転居したにもかかわらず、再び本件飛行場周辺地域に居住を開始するに至った原告ら、<2>基準日以降に本件飛行場周辺において居住した経験を有しながら、その後、より騒音レベルの高い区域に転居した原告ら、及び<3>基準日以降にコンター内で複数回転居を繰り返した原告らについては、その騒音による被害の容認の有無に関し、上記転居が選択の余地のないものであったか否か等の転居の事情が明らかにされなければならず、上記事情の存在が明らかにされない限りは、「危険への接近」が適用されるべき旨主張する。
しかしながら、まず、上記<1>の類型の原告らについて検討すると、別紙「全原告の住居移転歴、各住居地のW値及び各原告につき被告が実施した住宅防音工事施工実績等表」<略>に記載された当該原告らの居住移転歴によれば、例えば、原告X79(原告番号1―13)は、昭和58年3月4日に北谷町<住所略>昭和60年12月1日に北谷町<住所略>昭和63年8月1日に北谷町<住所略>にそれぞれ転居した後(なお、上記の転居については、夫である原告X80(原告番号1―12)と全く同一である。)、平成11年1月8日に騒音コンター外である宜野湾市<住所略>に転居したが、同年9月10日には再び北谷町<住所略>に転入して夫とともに居住していることが認められるから、その生活の本拠は専ら北谷町<住所略>にあり、上記宜野湾市への転居は一時的なものにすぎないと評価すべきである。同様に、原告X81(原告番号2―34)は、昭和53年3月29日に嘉手納町<住所略>に転入し、平成2年4月20日には妻である原告X82(原告番号2―35)とともに宜野湾市<住所略>に転居したものの、平成4年1月8日には再び妻とともに上記<住所略>に転入したことが認められるから、やはり、一時的に騒音コンター外に転出した事実があっても、生活の本拠は専ら上記<住所略>の住所にあったと認められる。
このように、上記<1>の類型の原告らは、その居住移転歴自体から、もともと当該原告らは本件飛行場の騒音コンター内に生活の本拠を有していたと認められ、その後騒音コンター外へ移転した事実があっても、その移転は一時的なものにすぎず、全体として観察すれば、当該原告らは当初の住居に引き続き居住していたと認められるのであるから、コンター外への一時的な転出があったとしても、生活の本拠が変わったとすることは相当ではない。
次に、上記<2>の類型の原告らについて検討すると、確かに、当該原告らがより高い騒音コンター内に転居したこと(上記<2>の類型)は、一時的にいえば当該原告らがより危険に接近したことを意味する事情ではあるが、上記(2)で説示した事情、殊に本件飛行場の騒音コンターの範囲やそのW値の程度自体が一般人にとって明確なものとはいえず、転入又は転居に当たり原告らにその調査を期待することも困難であるという実情にかんがみれば、そのことをもって直ちに当該原告らが航空機騒音による被害を容認したと評価することは困難というべきである。同様に、上記<3>の類型の原告らについても、コンター内で転居を繰り返したことによってその被害の容認が裏付けられ又は容認の程度が高まると解することは、本件飛行場周辺における住居選択の実情に即したものとはいい難く、妥当ではない。
そうすると、被告が問題とする上記<1>ないし<3>の原告らの転居は、いずれも、そもそも当該転居をもって「危険に接近した」と評価すること自体が妥当ではないから、これらの原告らについては、免責はもとより減額についても、「危険への接近」の法理は適用されないと解すべきであり、被告の主張は採用できない。
2 減額の主張に対する判断
(1) また、被告は、基準日以降に転入した原告ら(後記3で個別的に説示する原告らを除く。以下同じ。)が航空機騒音による被害を容認していなかったとしても、上記原告らは航空機騒音による被害の認識があるか又は過失によりその認識を欠いていたから、少なくとも、賠償額の算定に当たりその賠償額を相当程度減額すべきである旨主張する。
(2) そこで検討すると、「危険への接近」の法理の適用の有無については、前記免責の主張に対する判断で述べたとおりであるが、仮に同法理による免責が認められない場合であっても、ある者が航空機騒音等による被害を容認まではしなくても、被害が存在することを認識し又は過失により認識していなかった場合において、その被害が精神的苦痛ないし生活妨害のようなものであって直接生命、身体に係わるものではなく、騒音発生源に公共性が認められる場合には、居住開始後に騒音の程度が格段に増大したなどの特段の事情が認められない限り、損害の公平な分担という損害賠償法の理念に照らし、又は過失相殺の法理を類推して、損害賠償額を減額することが相当とされる場合もあり得ると考えられる。
そして、<証拠略>によれば、昭和40年7月に嘉手納村爆音防止対策期成会(昭和43年12月に基地対策協議会に改称)が結成され、昭和42年9月には同会の代表団が外務省に日米合同委員会で騒音問題を取り上げるよう要請を行ったこと、昭和41年12月には嘉手納中学校の防音工事が竣工するなど順次本件飛行場近隣地域の小中学校の部防音工事が行われるようになったこと、昭和42年1月にはコザ、石川保健所長代理による騒音の人体に及ぼす影響調査(健康調査)が実施され、同年5月ころから自治体等による騒音調査が実施されたこと、同年10月には参議院沖縄調査団が騒音被害状況調査のため嘉手納村を訪れたこと、本件飛行場の周辺住民907名が被告に対し航空機の夜間飛行差止及び損害賠償を求めた訴訟に対し、平成6年2月24日、過去の損害賠償を認める旨の判決がなされ、地元紙等によって広く報道されたことなどの事実が認められ、これらの事実によれば、本土復帰の日である昭和47年5月15日の時点においては既に嘉手納町など本件飛行場周辺地域が激しい航空機騒音に曝される地域であることが社会問題化しており、こうした事情は、遅くとも平成6年2月24日までには一応一般的、社会的に認識されるに至ったと認められるところである。
(3) しかしながら、他方、前記第1の2で認定した事実によれば、本件飛行場について復帰後3度にわたる告示により指定された区域は、嘉手納町はもとより、沖縄市、具志川市、石川市、北谷町及び読谷村にまで及んでおり、その面積は、米軍施設と併せて中部地域のほぼ4分の3にまで達しているところ、「嘉手納飛行場」という本件飛行場の名称や、その地理的条件に加えて、上記の区域指定(騒音コンター)自体が、現実に同区域に転入しようとする個人にとって必ずしも容易に理解することのできるものではないこと、本件飛行場の飛行ルートは一般人が知りうる性質のものではないことにかんがみれば、復帰後に騒音コンター内に転入した原告らの中には、自らが居住しようとする地域が本件飛行場の航空機騒音による影響を受けるという事情を予測することが困難であった可能性を十分肯定することができるから、上記(2)認定のとおり、復帰当時までには本件飛行場の航空機騒音が社会問題化しており、更には旧訴訟の判決がされた事実があるとしても、復帰後又は旧訴訟の判決後に本件飛行場の騒音コンター内に転入した原告ら全員が、一律に、航空機騒音による被害を認識していたと認めることは困難というべきである。
そして、仮に、被告が指摘する原告らの中にも本件航空機騒音による被害を認識して転入したと認められる者がいるとしても、前記認定の事実、とりわけ、沖縄では地縁・血縁が強いため、自らの出身地から一旦離れていた者であっても、出身地又はその近隣に戻って生活しようとする傾向が少なからず認められること、沖縄本島中部においては航空機騒音の影響を受けないで生活することのできる地域は行政面積のわずか4分の1程度にとどまり、そもそも住居選択の余地が少ないこと、騒音コンターの範囲自体が一般人にとって理解容易なものではないこと、原告らが本件飛行場の騒音コンター内に転入してきたことについてはいずれもそれ相応の理由があると考えられること等の諸事情にかんがみれば、上記原告らが損害回避のため適切な行動をとることを期待するのは容易なことであるとは認めがたく、一般的には損害回避可能性に乏しいと評価することができるから、この点でまず、「危険への接近」の法理の適用を否定すべき特段の事情があるというべきである。
(4) 上記の諸事情に、本件飛行場周辺地域、殊に本件飛行場に近接した高曝露地域においては、なお激しい航空機騒音に曝露されており、この地域に居住する原告らが航空機騒音等により受けている生活妨害、睡眠妨害、精神的苦痛等の被害の程度はかなり高いと認められること、平成6年及び平成10年にはそれぞれ本件飛行場の航空機騒音等による被害が受忍限度を超えている旨の判決がなされたこと(旧訴訟第1審及び控訴審判決)、それにもかかわらず、被告が講じている諸対策の効果は、現時点において限定的なものにとどまっており、上記原告らの被害を根本的に解消又は軽減しているとは認め難いこと、しかも、被告は自ら政策的な目標値として環境基準を設定し、10年を超えて可及的速やかにその基準値を達成する旨定めているにもかかわらず、本件飛行場周辺地域においてはなお相当程度の地域において未達成のままであること、本件飛行場が有する公共性は、本件飛行場周辺に居住する原告らが払う特別の犠牲の上に成立しているものであり、被告が主張するように相当高い程度のものとは評価できないこと等の事情を併せ考慮すれば、本土復帰の日以降に騒音コンター内に転入した原告らについて損害賠償額を減額することが公平の理念にかなうものとはいい難く、この点からも、上記原告らについては、賠償額を減額する実質的な根拠を欠くものというべきであり、こうした事情も上記と特段の事情を基礎付け又はその評価を高めるものとして把握すべきである。
(5) 以上によれば、原告らについては、「危険への接近」による減額は行わないことが相当であるから、被告の主張は採用できない。
3 被告が特に指摘する原告らに関する判断
被告は、以下の原告らに対しては、その移転経過に照らし、いずれも被害を認識し、これを容認して転入したことが明らかであるから、「危険への接近」の法理を適用すべきである旨主張するので、個別に判断する。
(1) 原告林秀男について
ア 原告X6(原告番号1―452。以下「原告X6」という。)は、平成9年10月5日、<住所略>(騒音コンター外)から北谷町<住所略>(W値85)に転入した(当事者間に争いがない。)。
イ そこで検討すると、<証拠略>によれば、原告X6は、<住所略>で新聞記者をしていたが、暖かいところで生活しようと考え、また日米安保条約の中で占領状況が続いている土地で暮らすことにしたいという思いがあり、沖縄で暮らすことにしたこと、原告X6が沖縄の中で北谷町に住むことにしたのは、沖縄では部屋を借りる際の条件が厳しく、地元に居住する連帯保証人を要求されるところ、原告X6は北谷町にしか知り合いがいなかった、交通の要所であり那覇など他の地域に行くには便利である、勝連町では原潜の放射能が心配である等の理由によること、原告X6が北谷町のうち<住所略>の上記アパートに決めたのは、知人に空き部屋があることを教えてもらったためであること、原告X6が<住所略>に転入するに当たり、本件飛行場の存在や、その周辺に住む住民が訴訟を提起していることも知識として知っており、原告X6の友人の中には現に本件訴訟を提起した原告もいたこと、原告X6は沖縄に移り住む以前に北谷町<住所略>における航空機騒音を聞きに来たこともあったし、物件を探している段階でも航空機騒音を聞いたことがあったこと、原告X6は騒音問題は上記<住所略>などごく限られた地域の問題と考えており、<住所略>に居住して実際に体感した航空機騒音は予想した程度よりも大きかったことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
ウ 上記認定事実によれば、原告X6はそもそも、本件飛行場の航空機騒音による問題を含め、沖縄における米軍基地に関する知識や関心を有していたことがうかがわれるほか、実際にも、自ら<住所略>を訪問して本件飛行場の航空機騒音を聞くなどしていたのであるから、原告X6は転入するに当たり本件航空機騒音による被害を認識していたというべきである。しかしながら、前記認定の事実によれば、原告X6は、<住所略>に知り合いが多かった、地元の友人からアパートを紹介された、北谷は交通の面で便利であった等の事情に基づき転入したと認められ、また、原告X6が転入したのは同人が航空機騒音の程度を直接確認していた<住所略>ではなく、航空機騒音が比較的低いと認められる<住所略>であり、実際、原告X6が転入後実際に感じた航空機騒音の程度は同人が予想していた騒音の程度を超えていたことが認められる。以上に加えて、原告X6において本件飛行場の航空機騒音問題を利用する意図までは見当たらないことを併せ考慮すれば、原告X6が<住所略>に転入した当時、航空機騒音による被害を容認していたとは認められないから、被告の「危険への接近」を理由とする面積の主張は理由がない。
エ 他方、前記認定の事実によれば、原告X6は、他の住居を選択することによって本件航空機騒音による被害を回避することが十分可能であったにもかかわらず、本件航空機騒音等による被害を認識していながら、あえて、本件飛行場の周辺に存在する上記住居を選択し、沖縄県外から転入したというべきである。そうすると、同人が保証人の問題等の事情を有していたことや、<住所略>に転入して実際に体感した航空機騒音が予想した程度よりも大きかったこと等の事情を考慮しても、同人については、上記転入につきやむを得ない事情(特段の事情)があったと認めることはできないから、「危険への接近」の法理を適用して、その賠償額を減額することが相当である。そして、その減額率については、原告X6が居住する区域における本件航空機騒音による被害の程度、同人が同区域に転入するに至った経緯その他諸般の事情を勘案すれば、50%をもって相当と認める。
(2) 原告X7らについて
ア 原告X7(原告番号1―459。以下「原告X7」という。)は、昭和45年○月○日に那覇市で出生した後、昭和54年6月17日に那覇市から北谷町<住所略>(W値80)に転入し、その後、平成6年5月1日に北谷町<住所略>。W値80)、平成11年4月10日に北谷町<住所略>(W値85)にそれぞれ転入し、更に、平成14年2月1日に北谷町<住所略>(W値85)に転入している(当事者間に争いがない。)。
イ 上記アのほか、<証拠略>によれば、原告X7は、昭和54年に北谷町<住所略>に実家の家族とともに転入し、平成5年に結婚した後もしばらくの間妻とともに上記<住所略>の実家で生活していたこと、しかし、原告X7は、長男X9が出生したために平成6年に前記<住所略>に転居したこと、原告X7は、2人目の子供であるX10が出生して生活に少し余裕がなくなってきたため、広くて家賃が安いところに移転しようと考え、平成11年に<住所略>のアパートに転居したこと、原告X7及び妻である原告X8の実家に近いということも<住所略>のアパートを選択した理由であること、原告X7は本件飛行場の位置を知っており、また<住所略>のアパートも下見しており、<住所略>より<住所略>の方が本件飛行場に近くなるため、騒音が高くなるということはある程度は予想していたこと、原告X7らが平成14年に転居した<住所略>の家は、原告X8の実家であり、原告X7は、家族や妻の両親とともに生活する一方で、1階にある修理工場で働いていることが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
ウ 上記認定の事実を前提として原告X7の被害の認識及び容認を検討すると、まず、原告X7は昭和54年に那覇市から北谷町に転入しているが、上記認定の事実に<証拠略>を総合すれば、この転入は原告X7が9歳のときに、原告X7の両親の転居に伴ってなされたものと認められるから、上記転入の時点においては、被害の認識はもとより、その容認があったと認めることはできない。次に、平成6年以降の転居について検討すると、上記認定の事実によれば、原告X7は昭和54年以降北谷町に居住していたこと、本件飛行場の位置を知っていたこと、平成11年に<住所略>のアパートに転居した時点でより騒音が高くなることをある程度予想していたことが認められ、これらの事実によれば、同人は、平成6年以降の転居の時点では、航空機騒音による被害を認識していたと認められる。しかしながら、同人の転居には、原告X9が出生したために実家を出る必要があったこと、2人目の子供である原告X10が出生したためにより広く、かつ家賃の安いところに移転する必要があったこと等の事情が認められるほか、各転居先が自分や妻の実家に近く、また妻の実家である修理工場に通勤する上でも便宜であるという地理的条件が認められ、これらの諸事情にかんがみれば、同人が被害を容認して居住したとは認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。したがって、同人に対して「危険への接近」の法理を適用して被告の免責を認めることはできず、被告の主張は理由がない。
そして、原告X7が被害を認識していたことは上述のとおりであるが、同人はいずれの転居についてもそれぞれコンター内への転入につきやむを得ない事情を有していたというべきであるし、これらの事情に、上記2(3)で説示した諸事情を併せ考慮すれば、同人についてはなお損害回避可能性が乏しいと評価すべきである。そうすると、同人については、「危険への接近」の適用を否定すべき特段の事情を認めることができるから、被告の主張は理由がない。
エ また、原告X7について「危険への接近」の法理が適用されないと解される以上、同人と世帯を共にし、転居の事情も軌を一にすると認められる原告X8(原告番号1―460)、同X9(同1―461)及び同X10(同1―462)についても「危険への接近」の法理を適用しないことが相当である。
(3) 原告X11らについて
ア 原告X11(原告番号1―532。以下「原告X11」という。)は、平成10年12月17日、宜野湾市<住所略>(騒音コンター外)から北谷町<住所略>(W値85)に転入した(当事者間に争いがない。)。
イ 上記アのほか、<証拠略>によれば、原告X11は、実弟が頻繁に金銭を無心するようになったことがきっかけで生じた確執を避けるため、急いで転居する必要があったこと、上記<住所略>の住居は妻の妹から紹介された物件であり、宜野湾市や浦添よりも価格が安く、しかも敷地が広かったこと、原告X11はこれらの事情に加えて、実弟の関係で急いで引っ越す必要があったため購入を決意したこと、原告X11は妻の妹から<住所略>の住居は航空機騒音がうるさいことは聞いていたし、実際に下見に行ったときにも航空機が飛行していたため、ある程度うるさいことは分かっていたこと、しかし原告X11が実際に住んでみると予想したよりも航空機騒音の程度は激しかったことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
ウ 上記認定の事実によれば、原告X11は、基準日以降に騒音コンター内に転入した者であるほか、実際にも、<住所略>の住居に転入するに当たり、現地を下見したり、妻の妹から聞いたりすることによって航空機騒音がある程度うるさいことは分かっていたのであるから、本件航空機騒音による被害を認識した上でコンター内に転入したと認められる。しかしながら、原告X11は、実弟との確執を避けるため早急に転居先を探す必要があったのであるから、同人なりに差し迫った転居の必要があったというべきであるし、妻の妹から<住所略>の住居を紹介され、また価格が安かったために転入したという事情が認められる。しかも、原告X11は、<住所略>の住居において現実に曝露される航空機騒音の程度は、妻の妹から聞いたり、現地を下見した際に確認した程度よりもより激しいことが認められるのであるから、これらの事情にかんがみれば、同人が被害を容認して居住を開始したとは認めるに足りず、他のこれを認めるに足りる証拠はない。したがって、同人に対して「危険への接近」の法理を適用して被告の免責を認めることはできず、被告の主張は理由がない。
また、原告X11が転入に当たり本件航空機騒音による被害を認識していたことは前判示のとおりであるが、上記のとおり、同人は、転入につきやむを得ない事情を有していたというべきであるし、しかも、同人が転入して体感した航空機騒音の程度は、妻の妹から聞いたり、下見した際に体感した航空機騒音の程度よりも更に激しいことが認められるのであるから、損害回避可能性が乏しかったと評価すべきである。これらの事情に加えて、上記2(3)で説示した諸事情を併せ考慮すれば、同人については、「危険への接近」の法理の適用を否定すべき特段の事情が認められるから、被告の主張は理由がない。
エ そして、このように原告X11について「危険への接近」は適用されないと解すべき以上、原告X11と世帯を共にし、転居の事情も軌を一にすると認められる原告X12(原告番号1―533)、同X13(同1―651)、同X14(同1―652)、同X15(同1―653)についても「危険への接近」は適用されないと解するのが相当である。
オ なお、原告X11の子である原告X83(同1―617。以下「原告X83」という。)は、住民票上は、平成10年12月9日に宜野湾市<住所略>から北谷町<住所略>(W値85)に転入している(当事者間に争いがない。)。しかしながら、<証拠略>によれば、原告X83は、実際には、父である原告X11ら家族と共に、原告X11と同様の事情で、上記宜野湾市<住所略>から北谷町<住所略>に一旦転入したこと、しかし転居先が手狭であったため、自ら上記マンションを借りて両親の近くに住むことにしたことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。そうすると、原告X83自身も、コンター内に転入することにつきやむを得ない事情を有していたというべきであるから、原告X11と同様、原告X83に対しても、「危険への接近」は適用されないと解すべきである。
(4) 原告X16について
ア 原告X16(原告番号1―554。以下「原告X16」という。)は、平成7年5月21日、浦添市<住所略>(本件飛行場の騒音コンター外)から北谷町<住所略>(W値85)に転入した(当事者間に争いがない。)。
イ 上記アのほか、<証拠略>によれば、原告X16は、浦添市の住居では普天間基地の航空機騒音に悩まされていたこと、原告X16はコザ市(現在の沖縄市)で生まれたので、当初沖縄市に住むことも考えたこと、しかし夫婦ともトライアスロンが趣味であるところ、北谷町は運動施設がよく整備されており、また実父が最初に住んだ地域であることもあって、<住所略>の居宅を購入することとしたこと、原告X16は本件飛行場が<住所略>の近くにあることを知っていたこと、同人は現地に2、3度下見に行ったが、いずれも休日であったため、航空機騒音は聞こえなかったこと、<住所略>の住居であれば、<住所略>と異なり飛行コースには該当していないため、浦添市の住居よりは良くなるだろうという認識であったことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
ウ 原告X16は、<住所略>がうるさいということは知らなかったとして、転入に当たり被害の認識がなかった旨の供述をし、また同旨の供述記載もあるが、本件飛行場周辺地域が航空機騒音に曝される地域であることは遅くとも平成6年2月24日(旧訴訟第1審判決の日)までには一応一般的、社会的に認識されるに至ったというべきところ、同人は上記判決の日以降に騒音コンター内に転入した者であることにかんがみれば、上記供述は採用できず、原告X16は、本件航空機騒音による被害を認識しながら<住所略>の住居に転入したというべきである。しかしながら、上記認定の事実によれば、原告X16は、自ら2、3度休日に現地を下見をした際にはいずれも航空機騒音が聞こえなかったのであるし、同人は、現地を下見した結果、<住所略>の居宅は浦添市の居宅よりも騒音が低いと判断し、また北谷町は運動施設がよく整備されているために便利である等の事情に基づいて転入したのであるから、同人が本件航空機騒音による被害を容認して居住を開始したとは認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。したがって、同人に対して「危険への接近」の法理を適用して被告の免責を認めることはできず、被告の主張は理由がない。
また、前述のとおり、原告X16は被害を認識した上で<住所略>の住居に転居したと認められるが、同人は自ら現地を確認した際にはいずれも航空機騒音を確認することができなかったことに加えて、同人には浦添市の住居で普天間基地の航空機騒音に悩まされていたなど<住所略>への転居につきやむを得ない事情が認められることにかんがみれば、同人のコンター内への転入については損害回避可能性が乏しいと評価すべきである。これらの事情に加えて、上記2(3)で説示した諸事情を併せ考慮すれば、同人については、「危険への接近」の法理の適用を否定すべき特段の事情があるというべきであるから、同人に対しては「危険への接近」の法理を適用して賠償額を減額することもできず、この点でも被告の主張は理由がない。
エ そして、このように原告X16について「危険への接近」の法理を適用できないと解すべき以上、同人と世帯を共にし、転居の事情も軌を一にすると認められる原告X17(同1―553)、同X18(同1―555)及び同X19(同1―556)についても「危険への接近」の法理は適用されないと解するのが相当である。
(5) 原告X20について
ア 原告X20(原告番号1―561。以下「原告X20」という。)は、平成7年5月17日、宜野湾市<住所略>(騒音コンター外)から北谷町<住所略>に転入した(当事者間に争いがない。)。
イ 上記アのほか、<証拠略>によれば、原告X20は、宜野湾市の実家から独立することを考えたこと、<住所略>であれば実家から近く、価格も宜野湾市よりも安かったし、沖縄県が住宅を販売している場所であるから生活環境が良いと考え、騒音の点でも疑問を持たなかったこと、販売業者もショピングセンターができるため生活の面で便利になると強調していたこと、<住所略>にもある程度航空機が飛行するとは思っていたが騒音の高い地域であるという認識はなかったこと、実際、現地にも合計2度出かけたが、日曜日と夜間であったため、航空機騒音は感じなかったことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
ウ 原告X20は、北谷町に本件飛行場があるという認識や、<住所略>が騒音の高い地域であるという認識はなかったとして、転入に当たり本件航空機騒音による認識がなかった旨の供述をし、また同旨の供述記載もあるが、本件飛行場周辺地域が航空機騒音に曝される地域であることは遅くとも平成6年2月24日(旧訴訟第1審判決の日)までには一応一般的、社会的に認識されるに至ったというべきところ、同人は上記判決の日以降に騒音コンター内に転入した者であることにかんがみれば、上記供述等は採用できず、原告X20は、被害を認識しながら<住所略>の住居に転入したと認めるべきである。しかしながら、前記認定の事実によれば、原告X20が自ら2度現地に赴いた際にはいずれも航空機騒音が聞こえなかったのであるし、原告X20は、現地を下見した結果に加えて、実家に近いという地理的条件、北谷町で沖縄県が住宅を販売していたために生活環境がよいと考えていたこと、ショッピングセンター等の生活基盤が良好であること、価格面で宜野湾市より安かったこと等の事情を重視して転入したと認められる。このように、同人は、実家に近いという地縁等を重視して転入したというべきであるから、同人が被害を容認して居住を開始したとは認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。したがって、同人に対して「危険への接近」の法理を適用して被告の免責を認めることはできず、被告の主張は理由がない。
また、前述のとおり、原告X20は被害を認識した上で<住所略>の住居に転居したと認めるべきであるが、前記認定の事実によれば、同人は自ら現地を確認した際にはいずれも航空機騒音を確認することができなかったのであり、しかも、同人には<住所略>への転居につきやむを得ない事情が認められるのであるから、同人のコンター内への転入については損害回避可能性が乏しいと評価すべきである。これらの事情に加えて、上記2(3)で説示した諸事情を併せ考慮すれば、同人については、「危険への接近」の法理の適用を否定すべき特段の事情があるというべきであるから、同人に対しては「危険への接近」の法理を適用して賠償額を減額することもできず、この点でも被告の主張は理由がない。
(6) 原告X21らについて
ア 原告X21(原告番号1―703。以下「原告X21」という。)は、平成9年4月12日、浦添市<住所略>(騒音コンター外)から北谷町<住所略>(W値85)に転入した(当事者間に争いがない。)。
イ 上記アのほか、<証拠略>によれば、原告X21は、子供ができたために生活のことを考えて県営住宅に住むこととしたこと、その際、原告X21は、従前住んでいた浦添市にある県営住宅にするか<住所略>団地にするかを検討したこと、しかし、浦添市の県営住宅は割高であり、住宅のすぐ近くに公園があり、同年代の子供が多いという理由から、原告X21は<住所略>団地を選んだこと、原告X21の妻である原告X22と親しくしているおばが当時<住所略>団地に居住していたこと、原告X21は、<住所略>の資料が安いのは、貯水タンクがなく、断水になれば水が出なくなるという事情によるものだろうと考えていたこと、原告X21は仕事で<住所略>団地の周辺に行った際に航空機騒音を聞いたことがあったこと、本件飛行場の航空機騒音に関する訴訟を知っていたこと、ただし、現地を下見した際には騒音のことは分からなかったし、おばや沖縄県の担当者から騒音のことは聞いたことがなかったことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
ウ 原告X21は、騒音がうるさいのは嘉手納町とばかり考えていたなどとして、転入に当たり本件航空機騒音による被害を認識していなかった旨の供述をし、同旨の供述記載もある。しかしながら、本件飛行場周辺地域が航空機騒音に曝される地域であることは、遅くとも平成6年2月24日(旧訴訟第1審判決の日)までには一応一般的、社会的に認識されるに至ったというべきところ、同人は上記判決の日以降に騒音コンター内に転入した者であることに加えて、前記認定の事実によれば、同人は本件飛行場の航空機騒音に関する訴訟を知っており、仕事で<住所略>団地の周辺に行った際に航空機騒音を聞いたことがあったのであるから、上記供述等は採用できず、同人は転入当時本件航空機騒音による被害を認識していたと認めるべきである。もっとも、原告X21は、経済的事情のほか、おばが<住所略>団地に居住している、同年代の子供が多い等の地縁ないし家庭内の事情を重視して<住所略>団地に転居したと認められるから、同人が本件航空機騒音による被害を認識しながらコンター内に転入したとしても、同人が上記被害をやむを得ないものとして容認したと認めることはできない。したがって、原告X21に対し「危険への接近」の法理を適用して被告の免責を認めることはできず、被告の主張は理由がない。
また、前述のとおり、原告X21は本件航空機騒音による被害を認識した上で<住所略>の住居に転居したと認められるが、前記認定の事実によれば、同人が自ら現地を確認した際は航空機騒音を確認することができなかったのであり、しかも、同人には<住所略>への転居につきやむを得ない事情が認められるのであるから、同人のコンター内への転入については損害回避可能性が乏しいと評価すべきである。これらの事情に加えて、上記2(3)で説示した諸事情を併せ考慮すれば、同人については、「危険への接近」の法理の適用を否定すべき特段の事情があるというべきであるから、同人に対しては「危険への接近」の法理を適用して賠償額を減額することもできず、この点でも被告の主張は理由がない。
エ そして、このように原告X21について「危険への接近」の法理を適用できないと解すべき以上、同人と世帯を共にし、転居の事情も軌を一にすると認められる原告X22(原告番号1―704)についても「危険への接近」の法理は適用されないと解するのが相当である。
(7) 原告X23らについて
ア 原告X23(原告番号1―250。以下「原告X23」という。)は、平成10年1月18日、那覇市<住所略>(騒音コンター外)から北谷町<住所略>(W値85)に転入した(当事者間に争いがない。)。
イ そして、原告X23の訴訟代理人弁護士が原告X23から聴取した結果を記載した報告書(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば、原告X23が上記<住所略>の住居に転入した経緯について、原告X23の母である原告X25は<住所略>の出身であること、原告X25及び原告X24は、引退後にはせわしい那覇を離れ、<住所略>で暮らそうと考え、約20年前に上記<住所略>の土地を購入していたこと、その後、家族で相談した上、平成10年1月18日に上記土地に家を新築し、家族で転入したことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
ウ 上記認定の事実によれば、まず、本件飛行場周辺地域が航空機騒音に曝される地域であることは、遅くとも平成6年2月24日(旧訴訟第1審判決の日)までには一応一般的、社会的に認識されるに至ったというべきところ、同人は上記判決の日以降に騒音コンター内に転入した者であるところ、原告X23は騒音コンター外から上記<住所略>の住居に転入したものであることにかんがみれば、同人は、転入に当たり被害の認識を有していたと認めるべきである。しかしながら、同人は、両親であるX25・X24夫婦が、引退後はX25の出身地である<住所略>で暮らそうと<住所略>に土地を購入していたという事情に基づき転入したと認められ、それ以上に、原告X23において、本件飛行場周辺に居住することによって得られる何らかの利益を期待し、これを代償として転入したとは認められないのであるから、原告X23が本件航空機騒音による被害を容認したと認めることはできず、他人にこれを認めるに足りる証拠はない。したがって、原告X23に対し「危険への接近」を適用して被告の免責を認めることはできず、被告の主張は理由がない。
また、上記のとおり、原告X23は、上記<住所略>の住居に転入するに当たり被害を認識していたと認められるものの、原告X23には原告X25の出身地に戻るという地縁を重視して上記住居に転入したというやむを得ない事情が認められるのであるから、同人のコンター内への転入については損害回避可能性が乏しいと評価すべきである。こうした事情に加えて、上記2(3)で説示した諸事情を併せ考慮すれば、同人については、「危険への接近」の適用を否定すべき特段の事情があるというべきであるから、同人に対しては「危険への接近」を適用して賠償額を減額することもできず、この点でも被告の主張は理由がない。
エ そして、このように原告X23について「危険への接近」の法理を適用できないと解すべき以上、同人と世帯を共にし、転居の事情も軌を一にすると認められる、原告X24(同1―251)、同X25(同1―252)及び同X26(同1―253)についても「危険への接近」の法理は適用されないと解するのが相当である。
(8) 原告X27らについて
ア 原告X27(原告番号2―280。以下「原告X27」という。)は、平成7年12月3日、大阪府<住所略>から嘉手納町<住所略>(W値85)に転入した後、平成8年12月15日、嘉手納町<住所略>(W値85)に転居した(当事者間に争いがない。)。
イ そして、X28の訴訟代理人弁護士が原告X28から聴取した結果を記載した報告書(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば、<1>平成7年の転入の経緯については、昭和63年9月22日から転勤のため大阪に居住していたが、家族で沖縄に帰りたいと希望し、読谷村にある本社に転勤することになった、子供が3人いていずれも学齢期だったため、小学校と中学校に近い一軒家の借家を探したが、読谷村には適当な物件がなかった、そこで、不動産屋から条件に見合う物件として紹介された<住所略>の物件に転居した、<2>平成8年の転居の経緯については、<住所略>の住居に実際に住んでみると騒音がうるさく、家賃も高いことが分かったので、不動産屋にもう一度依頼して物件を探してもらった、ただし子供の転校を避けたいと考えたので、同一学区内の物件を探してもらった、そこで、<住所略>の物件に転居したことが認められ、この認識を左右するに足りる証拠はない。
ウ 上記認定の事実によれば、まず、本件飛行場周辺地域が航空機騒音に曝される地域であることは、遅くとも平成6年2月24日(旧訴訟第1審判決の日)までには一応一般的、社会的に認識されるに至ったというべきところ、原告X27は上記判決の日以降に騒音コンター内に転入した者であるから、同人には上記転入に当たり被害の認識があったと認められる。しかしながら、原告X27は、読谷村の本社に転勤することとなったため、当初は読谷村で借家を探したが、子供の通学等の条件面で折り合いがつかなかったことから、不動産屋に紹介された<住所略>の借家に住むこととなったというやむを得ない事情が認められるから、上記転入に当たり原告X27に被害の容認があったとは認めることができず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。そして、平成8年の転居についてみると、この時点においても、原告X27には被害の認識があったと認められるが、他方、同人は、読谷村の本社へ転勤する必要があったことに加えて、学齢期にある同人の子供らが転校しないようにするために<住所略>の物件に転居したと認められ、この転居についても、同人にはやむを得ない事情が認められるから、この転居をもって同人が被害を容認していたと認めることもできない。そうすると、原告X27に対し「危険への接近」を適用して被告の免責を認めることはできないから、被告の主張は理由がない。
また、原告X27に被害の認識があったことは前述したとおりであるが、平成7年の転入及び平成8年の転居のいずれについても、同人には転入についてやむを得ない事情が認められるのであるから、同人のコンター内への転入については損害回避可能性が乏しいと評価すべきである。こうした事情に加えて、上記2(3)で説示した諸事情を併せ考慮すれば、同人については、「危険への接近」の適用を否定すべき特段の事情があるというべきであるから、同人に対しては「危険への接近」を適用して賠償額を減額することもできず、この点でも被告の主張は理由がない。
エ そして、このように原告X27について「危険への接近」の法理を適用できないと解すべき以上、同人と世帯を共にする原告X28(同2―281)、同X29(同2―282)、同X30(同2―283)及び同X31(同2―284)についても「危険への接近」の法理は適用されないと解するのが相当である。
(9) 原告X32について
ア 原告X32(原告番号4―436。以下「原告X32」という。)は、平成10年7月7日、沖縄市<住所略>(騒音コンター外)から石川市<住所略>(W値80)に転入し、更に、平成13年5月1日、石川市<住所略>(W値80)に転居した(当事者間に争いがない。)。
イ しかしながら、<証拠略>によれば、<1>平成10年の転入等に関する事情として、原告X32本人は平成7年に子供を出産したため、それまで居住していた沖縄市<住所略>のアパートでは手狭になったこと、原告X32は、沖縄市<住所略>から平成8年に復職した<住所略>所在の病院に通勤するのに1時間近くを要するため非常に不便であり、子供とより長く接していたいと考えたこと、<住所略>には叔母の家族が住んでおり、仕事に出るときに子供を預けることができること、原告X32は平成2年から平成5年までの間に石川市<住所略>に住んでいたことがあったが、この頃は、電話で話をしているときに航空機騒音で話がしにくくなる程度であったこと、平成10年に転入した後は、日中子供と一緒に過ごす時間が増えたためか、より航空機騒音を意識するようになったこと、<2>平成13年の転居等に関する事情として、原告X32は、平成10年に転入したアパートの賃料が高かったため、別のアパートを探していたところ、叔父が所有するアパートに空き部屋ができたこと、そのアパートには平成5年9月まで住んでいたことがあったこと、叔父や叔母の家族がアパートの別棟に住んでいるので、同人らに子供を預けて勤務することができるようになったことが認められる。
ウ 上記認定の事実によると、まず、本件飛行場周辺地域が航空機騒音に曝される地域であることは、遅くとも平成6年2月24日(旧訴訟第1審判決の日)までには一応一般的、社会的に認識されるに至ったというべきところ、原告X32は上記判決の日以降に騒音コンター内に転入し、更にコンター内で転居した者であることに加えて、同人は石川市<住所略>に既に居住したことがあり、この間、航空機騒音により電話による通話を妨げられた経験を有するのであるから、同人は上記転入等に当たり被害の認識があったと認められる。しかしながら、同人は、コンター内への転入以前に居住していたアパートからは通勤にかなりの時間を要するという通勤上の便宜や、叔母に子供を預けることができるという家庭内の事情を重視して転入したと認められ、しかも、同人が転入後感じた航空機騒音の程度は、以前居住していたときよりも大きく感じたのであるから、これらの事実にかんがみれば、同人が被害を容認した上で転入したと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。そして、平成13年の転居についても、そもそも、コンター内における転居をもって被害の容認を基礎付けるものと解することができないことは前記1(4)で説示したとおりであるほか、同人は、経済上の理由に加えて、子供を預けて通勤することが更に便利になるという家庭内の事情を重視して転居したと認められるから、この転居についても、同人が被害を容認して転居したと認めることはできない。そうすると、原告X32に対し「危険への接近」の法理を適用して被告の免責を認めることはできないから、被告の主張は理由がない。
また、原告X32に被害の認識があったことは前述したとおりであるが、平成10年の転入及び平成13年の転居のいずれについても、同人には転入等についてやむを得ない事情が認められるのであるから、同人のコンター内への転入等についてはいずれも損害回避可能性が乏しいと評価すべきである。これらの事情に加えて、上記2(3)で説示した諸事情を併せ考慮すれば、同人については、「危険への接近」の法理の適用を否定すべき特段の事情があるというべきであるから、同人に対しては「危険への接近」の法理を適用して賠償額を減額することもできず、この点でも被告の主張は理由がない。
(10) 原告X33について
ア 原告X33(原告番号4―605。以下「原告X33」という。)は、平成6年11月30日、沖縄市<住所略>(騒音コンター外)から石川市<住所略>(W値85)に転入した(当事者間に争いがない。)。
イ しかしながら、<証拠略>によれば、原告X33は、沖縄市<住所略>の借家では家賃の負担が大きかったので、資力に見合った一軒家を購入することを考えたこと、石川市<住所略>の家は友人に紹介されたものであること、価格は交渉の結果800万とかなり格安になったが、それは、前に住んでいた人がペットを飼っており、家が傷んでいたためであること、原告X33は、価格が安く、また周囲の環境がよいので購入を決意したこと、原告X33は、近くに本件飛行場があることや騒音問題があることも知っていたこと、騒音問題があるのは嘉手納や砂辺だと思っていたこと、原告X33は、2回程度現地を見に行った際には騒音は聞こえなかったこと、仲介された不動産屋からも騒音の話はなく、実際に居住してみて初めて航空機騒音があることを知ったことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
ウ 原告X33は、騒音問題があるのは嘉手納や砂辺だと思っており、実際に居住してみて初めて航空機騒音があることを知ったなどとして、転入に当たり本件航空機騒音による被害を認識していなかった旨供述し、同旨の供述記載もある。しかしながら、本件飛行場周辺地域が航空機騒音に曝される地域であることは、遅くとも平成6年2月24日(旧訴訟第1審判決の日)までには一応一般的、社会的に認識されるに至ったというべきところ、原告X33は上記判決の日以降に騒音コンター内に転入し、更にコンター内で転居した者であることに加え、前記認定の事実によれば、同人は上記住居の近くに本件飛行場があることはもとより、騒音問題があることも知っていたのであるから、上記供述等は採用できず、同人は転入当時本件航空機騒音による被害を認識していたと認めるべきである。もっとも、原告X33は、2回程度現地を見に行った際には騒音は聞こえず、仲介された不動産屋からも騒音の話はなかったのであるし、同人は、経済的な問題のみならず、周囲の環境の良さという点を重視して上記住居に転入したと認められるから、これらの事実にかんがみれば、原告X33が被害を容認した上で上記住居に転入したとは認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。そうすると、原告X33に対し「危険への接近」の法理を適用して被告の免責を認めることはできないから、被告の主張は理由がない。
また、原告X33に被害の認識があったと認められることは前述したとおりであるが、同人にはコンター内への転入を必要とする事情が認められるほか、同人が2回程度現地を見に行った際に騒音は聞こえず、仲介された不動産屋からも騒音の話はなかったのであるから、同人のコンター内への転入については損害回避可能性が乏しいと評価すべきである。これらの事情に加えて、上記2(3)で説示した諸事情を併せ考慮すれば、同人については、「危険への接近」の法理の適用を否定すべき特段の事情があるというべきであるから、同人に対しては「危険への接近」の法理を適用して賠償額を減額することもできず、この点でも被告の主張は理由がない。
(11) 原告X34について
ア 原告X34(原告番号4―1024。以下「原告X34」という。)は、平成9年1月6日、名護市<住所略>(騒音コンター外)から石川市<住所略>(W値85)に転入した(原告X34本人、<証拠略>なお、同日付で石川市<住所略>に住民登録がされているが、上記の証拠によれば、これは原告X34が地番を間違えて届け出たためであり、実際には、同人は同日から上記<住所略>の住居に住んでいたと認められる。)。
イ 上記アに加え、<証拠略>によれば、原告X34は平成6年に妻と結婚したことから、将来はお互いの実家がある中部地区で居住し、転勤したいと考え、平成8年ころから休日を利用して土地を探していたこと、同人は、<住所略>のほか沖縄市<住所略>も候補地として検討したが、<住所略>は価格が高く、他方、<住所略>は環境的が良かったことから、<住所略>に土地を購入することにしたこと、同人は、土地を購入するまでに5、6回程度現地を下見したが、そのときは航空機騒音は聞こえなかったし、不動産業者も航空機騒音の話はなかったので、実際に住むまでは本件飛行場から離れた<住所略>で航空機騒音が激しいとは心底思っていなかったこと、原告X34は、以前自衛隊に勤務していたことがあるが、業務内容が土木関係であったため、軍用機の飛行経路については知らなかったことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
ウ 原告X34は、上記転入に当たり本件航空機騒音による被害を認識していなかった旨供述し、同旨の供述記載も存する。しかしながら、本件飛行場周辺地域が航空機騒音に曝される地域であることは遅くとも平成6年2月24日(旧訴訟第1審判決の日)までには一応一般的、社会的に認識されるに至ったというべきところ、同人は上記判決の日以降に騒音コンター内に転入した者であることにかんがみれば、上記供述等は採用できず、同人は、本件航空機騒音による被害を認識しながら<住所略>の住居に転入したと認めるべきである。もっとも、上記認定の事実によれば、原告X34が現地を5、6回下見した際には航空機騒音が聞こえたことはなく、同人は軍用機の飛行経路に関する知識もなかったのであるし、また、同人は自らの通勤上の便宜や夫婦それぞれの実家との距離という地縁を重視して転入したと認められるから、これらの事情にかんがみれば、原告X34が被害を容認した上で上記住居に転入したことは認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。そうすると、原告X34に対し「危険への接近」の法理を適用して被告の免責を認めることはできないから、被告の主張は理由がない。
また、原告X34に被害の認識があったと認められることは前述したとおりであるが、同人にはコンター内への転入につきやむを得ない事情が認められるほか、同人が5、6回程度現地を下見した際に騒音は聞こえず、不動産屋からも騒音の話はなかったのであるから、同人のコンター内への転入については損害回避可能性が乏しいと評価すべきである。これらの事情に加えて、上記2(3)で説示した諸事情を併せ考慮すれば、同人については、「危険への接近」の法理の適用を否定すべき特段の事情があるというべきであるから、同人に対しては「危険への接近」の法理を適用して賠償額を減額することもできず、この点でも被告の主張は理由がない。
(12) 原告X35について
ア 原告X35(原告番号4―1167。以下「原告X35」という。)は、平成7年1月19日、那覇市<住所略>(騒音コンター外)から石川市<住所略>(W値85)に転入した(当事者間に争いがない。)。
イ 上記アに加え、<証拠略>によれば、原告X35は、実家が北部地域の<住所略>にあったため、できるだけ実家の近くに住みたいと考えていたこと、しかし、原告X35は当時タクシー運転手をしており、あまり北部地域に近くなりすぎると仕事にならないと考えたため、比較的実家に近く、中南部への通勤圏であるという条件で石川市を選んだこと、上記<住所略>の住居は、店舗が開けるような大通りに面した場所が良いという希望にも合致していたこと、注文住宅で住宅ローン付きであるため購入しやすいという理由もあったこと、原告X35は、本件飛行場の航空機騒音を報道で知っており、<住所略>も中部地域である以上ある程度の騒音は聞こえるとは思っていたこと、原告X35は実際に現地にも3回程度訪れたことがあったが、航空機が飛んでいるのを見たことがなかったことが認められ、この認定を左右するに足りるに証拠はない。
ウ 原告X35は、航空機騒音は専ら砂辺など本島西側の海寄りの場所で問題となるものであり、<住所略>は本件飛行場から離れているのでそれほど大きな騒音はないと考えていたなどとして、上記転入に当たり本件航空機騒音による被害の認識がなかった旨供述し、同旨の供述記載も存する。しかしながら、本件飛行場周辺地域が航空機騒音に曝される地域であることは遅くとも平成6年2月24日(旧訴訟第1審判決の日)までには一応一般的、社会的に認識されるに至ったというべきところ、同人は上記判決の日以降に騒音コンター内に転入した者であることに加えて、上記認定の事実によれば、同人は本件飛行場の航空機騒音は報道で知っており、<住所略>も中部地域である以上ある程度の騒音は聞こえるという認識は有していたのでるから、上記供述等は採用できず、同人は、本件航空機騒音による被害を認識しながら<住所略>の住居に転入したと認めるべきである。もっとも、原告X35は現地を3回程度訪問した際には航空機が飛んでいるのを見た事がなかったのであり、また、同人は、実家との距離という地縁やタクシー運転手としての勤務条件、店を開きたいという希望等を重視して転入したと認められるから、原告X35が被害を容認した上で上記住居に転入したとは認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。そうすると、原告X35に対し「危険への接近」の法理を適用して被告の免責を認めることはできないから、被告の主張は理由がない。
また、原告X35に被害の認識があったと認めることは前述したとおりであるが、同人にはコンター内への転入につきやむを得ない事情が認められるほか、同人が3回程度現地を下見した際に騒音は聞こえなかったのであるから、同人のコンター内への転入については損害回避可能性が乏しいと評価すべきである。これらの事情に加えて、上記2(3)で説示した諸事情を併せ考慮すれば、同人については、「危険への接近」の法理の適用を否定すべき特段の事情があるというべきであるから、同人に対しては「危険への接近」の法理を適用して賠償額を減額することもできず、この点でも被告の主張は理由がない。
エ そして、このように原告X35について「危険への接近」の法理を適用できないと解すべき以上、同人の妻であり、転居の事情について軌を一にすると認められる原告X36(同4―1168)についても「危険への接近」の法理は適用されないと解するのが相当である。
(13) 原告X37について
ア 原告X37(原告番号4―91。以下「原告X37」という。)は、平成8年7月15日、沖縄市<住所略>(騒音コンター外)から石川市<住所略>(W値80)に転入した(当事者間に争いがない。)。
イ 上記アのほか、<証拠略>によれば、原告X37は、自営業で作った借金を返済するために家賃の安いところに引越しをする必要があったこと、転入したのは<住所略>で商売をしている友人から紹介された物件であること、原告X37は、敷金、礼金も必要なかったし、バスの停留所が近いために好都合だと考えたこと、上記物件は、幼少期を過ごした具志州市<住所略>にも近く、親戚や友人が多いので好都合だと思ったこと、原告X37は本件飛行場の存在を知っていたことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
ウ 原告X37は、<住所略>や<住所略>の間が飛行経路になっていることは知らず、また<住所略>の航空機騒音の話を聞いたこともなかったなどとして、上記転入に当たり本件航空機騒音による被害の認識がなかった旨供述し、同旨の供述記載も存する。しかしながら、本件飛行場周辺地域が航空機騒音に曝される地域であることは遅くとも平成6年2月24日(旧訴訟第1審判決の日)までには一応一般的、社会的に認識されるに至ったというべきところ、同人は上記判決の日以降に騒音コンター内に転入した者であることに加えて、上記認定の事実によれば、本件飛行場の存在は知っていたのであるから、上記供述等は採用できず、同人は、本件航空機騒音による被害を認識しながら<住所略>の住居に転入したと認めるべきである。もっとも、原告X37は、経済的事情のみならず、親戚や友人が多いという地縁等を重視して転入したというべきであるから、原告X37が被害を容認した上で上記住居に転入したとは認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。そうすると、原告X37に対し「危険への接近」の法理を適用して被告の免責を認めることはできないから、被告の主張は理由がない。
また、原告X37に被害の認識があったと認められることは前述したとおりであるが、同人にはコンター内への転入につきやむを得ない事情が認められるのであるから、同人のコンター内への転入については損害回避可能性が乏しいと評価すべきである。これらの事情に加えて、上記2(3)で説示した諸事情を併せ考慮すれば、同人については、「危険への接近」の法理の適用を否定すべき特段の事情があるというべきであるから、同人に対しては「危険への接近」の法理を適用して賠償額を減額することもできず、この点でも被告の主張は理由がない。
エ そして、このように原告X37について「危険への接近」の法理を適用できないと解すべき以上、同人と世帯を共にし、転居の事情について軌を一にすると認められる原告X38(同4―92)についても「危険への接近」の法理は適用されないと解するのが相当である。
(14) 原告X39について
ア 原告X39(原告番号4―1016。以下「原告X39」という。)は、平成6年12月1日、読谷村<住所略>(W値75)から石川市<住所略>(W値85)に転入した(当事者間に争いがない。)。
イ 上記アのほか、<証拠略>によれば、原告X39は、昭和58年に<住所略>に自宅を購入して転居したこと、しかし、向かいに3階建てのビルが建設され、日が当たらなくなったために、もっと良い場所を早いうちに探そうと考えたこと、<住所略>の土地は価格が安く、高台にあって海が見下ろせる場所であったので、同年に<住所略>の土地を購入したこと、原告X39は、購入後何度か<住所略>の土地を見に行く間に、騒音があることが分かってきたこと、しかし既に土地を購入しているので建物の新築をやめるわけにはいかず、仕事を辞めた後に<住所略>の家で一日中日当たりの悪いところにいるのも嫌だったので、平成6年に<住所略>の家を売って<住所略>の土地に建物を新築したことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
ウ 上記認定の事実によれば、本件飛行場周辺地域が航空機騒音に曝される地域であることは遅くとも平成6年2月24日(旧訴訟第1審判決の日)までには一応一般的、社会的に認識されるに至ったというべきところ、原告X39は上記判決の日以降に騒音コンター内に転入した者でるから、同人は平成6年に建物を新築して転入した時点においては本件航空機騒音による被害を認識していたと認められる。しかしながら、原告X39は価格が安いという経済的な理由だけではなく、日当たりや眺望が良いという事情を重視して<住所略>の土地を購入したのであり、しかも、昭和58年の購入後平成6年に建物を新築するまでの間に、<住所略>における航空機騒音を徐々に認識するようになったとはいえ、退職後日当たりの悪い<住所略>の自宅で生活したくないという心情や、既に土地を購入してしまっているという現実的な事情を考慮して<住所略>に転入せざるを得なかったと認められるから、原告X39が被害を容認した上で上記住居に転入したとは認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。そうすると、原告X39に対し「危険への接近」の法理を適用して被告の免責を認めることはできないから、被告の主張は理由がない。
また、原告X39に被害の認識があったことは前述したとおりであるが、同人には上記のとおり転入につきやむを得ない事情が認められるのであり、しかも、原告X39が被害の認識を有するに至った時点では既に建物を建設中であったから、この時点において原告X39に損害回避のための行動を期待することは極めて困難であったというべきである。そして、こうした事情に、その他前記2(3)で判示した諸事情を併せ考慮すれば、同人については、「危険への接近」の法理の適用を否定すべき特段の事情があるというべきであるから、同人に対しては「危険への接近」の法理を適用して賠償額を減額することもできず、被告の主張は理由がない。
エ そして、このように原告X39について「危険への接近」の法理を適用できないと解すべき以上、同人と世帯を共にし、転居の事情について軌を一にすると認められる原告X40(同4―1017)及び同X41(同4―1018)についても「危険への接近」の法理は適用されないと解するのが相当である。
(15) 原告X42らについて
ア 原告X42(原告番号4―1106。以下「原告X42」という。)は、<1>昭和56年7月5日、騒音コンター外の中頭郡具志川村から石川市<住所略>(W値75)に転入し、更に、<2>平成7年4月29日、石川市<住所略>(W値85)に転居した(当事者間に争いがない。)。
イ 上記アのほか、<証拠略>によれば、原告X42は<1>夫婦で共働きであったため、昼間に子供の面倒をみてもらう必要があり、また周囲に同年代の子供がいる団地が良いと考えていたところ、ちょうど石川市<住所略>の県営団地が入居者を募集しており、当選したため同団地に転入したこと、<2>昭和61年に母親である原告X43と一緒にくらしていた実兄が死亡し、平成元年からは夫と別居したため、母親と同居することになったため、ある程度の広さがあることや、長年母親が住み慣れた石川市内であること等の条件で家を探したが、借入れの金額に限度があったことから、条件に見合う物件としては<住所略>の家しかなかったこと、<住所略>が航空機の飛行経路に当たることは聞いたことがあった、ただし、下見に行ったのは日曜日であり、航空機が飛んでいなかったことが認められるところ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
ウ 原告X42は、<住所略>の航空機騒音が具体的にどのようなものかは知らなかった、<住所略>の航空機騒音については実際に居住してみて初めて気付いたとして、上記転入に当たり本件航空機騒音による被害の認識がなかった旨供述し、同旨の供述記載も存する。しかしながら、本件飛行場周辺地域が航空機騒音に曝される地域であることは遅くとも平成6年2月24日(旧訴訟第1審判決の日)までには一応一般的、社会的に認識されるに至ったというべきところ、同人は上記判決の日以降に騒音コンター内に転入した者であることに加えて、上記認定の事実によれば、<住所略>が航空機の飛行経路に当たるという認識は有していたのであるから、上記供述等は採用できず、同人は、本件航空機騒音による被害を認識しながら<住所略>の住居に転入したと認めるべきである。もっとも、原告X42が現地を下見した際には航空機が飛んでいなかったことに加えて、同人は、<1>の転入時には子供の面倒を見てもらう必要がある、<2>の転居時においても母親と同居するため必要であった等の地縁ないし家庭内の事情を重視して転入したと認められるから、原告X42が被害を容認した上で上記住居に転入したとは認めることができず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。そうすると、原告X42に対し「危険への接近」の法理を適用して被告の免責を認めることはできないから、被告の主張は理由がない。
また、原告X42に被害の認識があったと認められることは前述したとおりであるが、同人にはコンター内への転入につきやむを得ない事情が認められるほか、同人が現地を下見した際に騒音は聞こえなかったのであるから、同人のコンター内への転入については損害回避可能性が乏しいと評価すべきである。こうした事情に加えて、上記2(3)で説示した諸事情を併せ考慮すれば、同人については、「危険への接近」の法理の適用を否定すべき特段の事情があるというべきであるから、同人に対しては「危険への接近」の法理を適用して賠償額を減額することもできず、この点でも被告の主張は理由がない。
エ そして、このように原告X42について「危険への接近」の法理を適用できないと解すべき以上、同人と世帯を共にし、転居の事情について軌を一にすると認められる原告X43(同4―1107)についても「危険への接近」の法理は適用されないと解するのが相当である。
(16) 原告X44について
ア 原告X44(原告番号5―255。以下「原告X44」という。)は、<1>昭和63年5月6日、騒音コンター外である宮古郡城辺町<住所略>から沖縄市<住所略>(W値75)に転入し、<2>その後、平成7年1月28日、騒音コンター外である沖縄市<住所略>沖縄市に転出した後、平成9年6月20日、再び沖縄市<住所略>(W値85)に転入した(当事者間に争いがない。)。
イ 上記アのほか、<証拠略>によれば、原告X44は、<住所略>を出てから現在に至るまで、大工の仕事をしている義理の兄のところで働いていること、昭和63年の住居は義理の兄が住んでいたところを紹介されて住んだものであること、平成7年に一旦沖縄市<住所略>の県営住宅に転出したのは、妻である原告X45と結婚したことに伴い手狭になったという事情から、原告X45が当時住んでいたより広い県営住宅に移転したためであること、義兄の会社のヤード(資材置場)を中城村から石川市<住所略>に移転することになったので、通勤が楽になると考え、知り合いの設計士から紹介された沖縄市<住所略>の土地を購入したこと、この土地が安く、車の騒音が少ないというのも理由であること、前記住居と<住所略>の資材置場までは車で5分程度であること、会社は沖縄市<住所略>にあるが、実際にはほとんど<住所略>で働いていること、<住所略>の土地は何度か下見をしたが、航空機が飛んだことはなかったこと、建物を自ら建設している途中に騒音に気づいたが、既に土地を購入しており、工事も始まっていたのでそのまま建物を建てたことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
ウ 上記認定の事実によれば、本件飛行場周辺地域が航空機騒音に曝される地域であることは遅くとも平成6年2月24日(旧訴訟第1審判決の日)までには一応一般的、社会的に認識されるに至ったというべきところ、原告X44は、上記判決の日以降に騒音コンター内に再び転入した者であるから、同人は、遅くとも平成9年に<住所略>に転入する際には被害を認識していたと認められる。しかしながら、原告X44は、中城村から<住所略>に移転した資材置場への通勤の便宜を重視して転入したと認められるほか、航空機騒音に気づいたときには既に土地を購入済みであり、建物も建築中であったという事情によってやむを得ず転入したというべきであるから、原告X44が上記転入当時被害を容認していたと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。したがって、原告X44に対し「危険への接近」の法理を適用して被告の免責を認めることはできず、被告の主張は理由がない。
また、原告X44に被害の認識があったことは前述したとおりであるが、同人には上記のとおり転入につきやむを得ない事情が認められるほか、航空機騒音を認識した時点においては既に建物は建設途中であったから、この時点で同人に自ら損害回避のための坑道を取ることを要求することは極めて困難であるというべきである。こうした事情に、その他前記2(3)で説示した諸事情を併せ考慮すれば、同人については、「危険への接近」の法理の適用を否定すべき特段の事情があるというべきであるから、同人に対しては「危険への接近」の法理を適用して賠償額を減額することもできず、被告の主張は理由がない。
エ そして、このように原告X44について「危険への接近」の法理を適用できないと解すべき以上、同人と世帯を共にし、転居の事情について軌を一にすると認められる原告X45(同5―256)についても「危険への接近」の法理は適用されないと解するのが相当である。
(33) 原告X46について
ア 原告X46(原告番号3―9。以下「原告X46」という。)は、平成6年12月25日、騒音コンター外である沖縄市<住所略>から具志川市<住所略>(W値85)に転入した(当事者間に争いがない。)。
イ 上記アのほか、<証拠略>によれば、原告X46は、不登校になった子供のため他の学校に転校させて環境を変える必要があり、また子供が4人おり、周囲からうるさいと苦情を言われたことがあったため、<住所略>のアパートから引越すことを考えたこと、原告X46は、<住所略>の家のほか、<住所略>や<住所略>など合計7か所程度の物件を見て回ったが、予算に見合うのは<住所略>の家しかなかったこと、また周囲の自然環境が子供のために良いと考えたこと、原告X46は他の物件と比較して安いのは<住所略>が田舎だからであると考えていたこと、不動産業者からは<住所略>が静かで良いところである旨言われたこと、平日も含めて5回以上現地に行ったが、その際、航空機が飛行したことは一度もなかったこと、ただし、本件飛行場がどこにあるかに関する知識は有していたことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
ウ 原告X46は、旧訴訟の判決やそれが報道されたことは知らない、本件航空機騒音は転居して初めて気付いたなどとして、上記転入に当たり本件航空機騒音による被害の認識がなかった旨供述し、同旨の供述記載も存する。しかしながら、本件飛行場周辺地域が航空機騒音に曝される地域であることは遅くとも平成6年2月24日(旧訴訟第1審判決の日)までには一応一般的、社会的に認識されるに至ったというべきところ、同人は上記判決の日以降に騒音コンター内に転入した者であることに加えて、上記認定の事実によれば、同人は本件飛行場の位置に関する知識を有していたのであるから、上記供述等は採用できず、同人は、本件航空機騒音による被害を認識しながら<住所略>の住居に転入したと認めるべきである。もっとも、原告X46が現地を下見した際には航空機が飛んでいなかったのであり、また、同人は、経済的事情のほか、主として、不登校になった子供の環境を変える等の子供に関する事情を重視して転入したと認められるから、原告X46が被害を容認した上で上記住居に転入したとは認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。そうすると、原告X46に対し「危険への接近」の法理を適用して被告の免責を認めることはできないから、被告の主張は理由がない。
また、原告X46に被害の認識があったと認められることは前述したとおりであるが、同人にはコンター内への転入につきやむを得ない事情が認められるほか、同人が現地を5回以上下見したものの、その際に騒音は聞こえなかったのであるから、同人のコンター内への転入については損害回避可能性が乏しいと評価すべきである。こうした事情に加えて、上記2(3)で説示した諸事情を併せ考慮すれば、同人については、「危険への接近」の法理の適用を否定すべき特段の事情があるというべきであるから、同人に対しては「危険への接近」の法理を適用して賠償額を減額することもできず、この点でも被告の主張は理由がない。
エ そして、このように原告X46について「危険への接近」の法理を適用できないと解すべき以上、同人と世帯を共にし、転居の事情について軌を一にすると認められる原告X47(同3―8)、同X48(同3―10)、同X49(同3―11)、同X50(同3―12)及び同X51(同3―13)についても「危険への接近」の法理は適用されないと解するのが相当である。
(34) 原告X52について
ア 原告X52(原告番号3―114。以下「原告X52」という。)は、<1>平成9年1月8日、東京都<住所略>(騒音コンター外)から沖縄市<住所略>(W値75)に転入し、更に、<2>平成9年11月7日、具志川市<住所略>(W値85)に転居した(当事者間に争いがない。)。
イ 上記アのほか、<証拠略>によれば、原告X52は、東京で働いている間に体調を崩したため、平成9年に沖縄に戻り、主として沖縄市<住所略>の友人の家で生活していたこと、<住所略>に転居する前に一時<住所略>の実家に戻っていたこと、実家で生活しながら仕事をしようと考えていたが、<住所略>では仕事が見つからず、また車の免許がないため現場に行くために送迎が必要で不便であると考えて、沖縄本島で住居を探していたところ、遠い親戚であるBLから家を間借りすることができたこと、BLから家賃はいらないと言われたため、住宅の費用があまり必要とならなくなったこと、本件飛行場が存在することは知っていたが、<住所略>に転居するに当たり、BLや仕事仲間から航空機騒音の話は聞いていないことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
ウ 原告X52は、旧訴訟の判決やそれが報道されたことは知らないし報道も見たことがないとして、上記転入に当たり本件航空機騒音による被害の認識がなかった旨供述し、同旨の供述記載も存する。しかしながら、本件飛行場周辺地域が航空機騒音に曝される地域であることは遅くとも平成6年2月24日(旧訴訟第1審判決の日)までには一応一般的、社会的に認識されるに至ったというべきところ、同人は上記判決の日以降に騒音コンター内に転入した者であるから、上記供述等は採用できず、同人は、本件航空機騒音による被害を認識しながら<住所略>の住居に転入したと認めるべきである。
もっとも、原告X52は、経済的事情のほか、通勤の便宜という事情を重視して転入したと認められることに加えて、実際には、同人が<住所略>に転居するに当たりAUや仕事仲間から航空機騒音の話を聞いたことはなかったのであるから、こうした事情を総合すれば、原告X52が被害を容認した上で上記住居に転入したとは認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。そうすると、原告X52に対し「危険への接近」の法理を適用して被告の免責を認めることはできないから、被告の主張は理由がない。
また、原告X52に被害の認識があったと認められることは前述したとおりであるが、同人にはコンター内への転入についてやむを得ない事情が認められるほか、同人は仕事仲間らから実際には航空機騒音の話を聞いていなかったのであるから、同人のコンター内への転入については損害回避可能性が乏しいと評価すべきである。こうした事情に加えて、上記2(3)で説示した諸事情を併せ考慮すれば、同人については、「危険への接近」の法理の適用を否定すべき特段の事情があるというべきであるから、同人に対しては「危険への接近」の法理を適用して賠償額を減額することもできず、この点でも被告の主張は理由がない。
(19) 原告X53らについて
ア 原告X53(原告番号3―572。以下「原告X53」という。)は、平成7年7月31日、沖縄市<住所略>(騒音コンター外)から具志川市<住所略>(W値85)に転入した(当事者間に争いがない。)。
イ 上記アのほか、<証拠略>によれば、原告X53は県営団地に居住していたところ、子供の関係で手狭になったため、一戸建てに住みたいと考えるようになったこと、当時妻である原告X54の両親は具志川市<住所略>の実家で祖母を在宅介護していたため、原告X54の両親の負担を軽減し、祖母らの面倒を見る目的で実家の近くが良いと考えるようになったこと、原告X54の父親から土地を安く買えたことや、子供達が歩いて通学できる距離に学校があったことも<住所略>の土地を購入した理由であること、原告X53は銀行員であるが、中部地区内における転勤が多いため、<住所略>であれば通勤可能であると考えたこと、<住所略>に居住している親戚から航空機騒音の話を聞いたことはなかったし、現地に下見に行ったときも騒音を聞いた記憶はなかったことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
ウ 原告X53は、上記転入に当たり本件航空機騒音による被害の認識がなかった旨供述し、同旨の供述記載も存する。しかしながら、本件飛行場周辺地域が航空機騒音に曝される地域であることは遅くとも平成6年2月24日(旧訴訟第1審判決の日)までには一応一般的、社会的に認識されるに至ったというべきところ、同人は上記判決の日以降に騒音コンター内に転入した者であるから、上記供述等は採用できず、同人は、本件航空機騒音による被害を認識しながら<住所略>の住居に転入したと認めるべきである。もっとも、原告X53は、経済的事情のほか、自らの通勤の便宜や、介護など家庭内の事情を重視して転入したと認められ、また、<住所略>に転居するに当たり、実際には、親戚から航空機騒音の話は聞いたことはなく、現地を下見した際にも航空機騒音を確認したことなかったのであるから、これらの事情を総合すれば、原告X53が被害を容認した上で上記住居に転入したとは認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。そうすると、原告X53に対し「危険への接近」の法理を適用して被告の免責を認めることはできないから、被告の主張は理由がない。
また、原告X53に被害の認識があったと認められることは前述したとおりであるが、同人にはコンター内への転入につきやむを得ない事情が認められるほか、同人は現に<住所略>に居住している親戚から航空機騒音の話を聞いておらず、現地を下見した際にも航空機騒音を確認できなかったのであるから、同人のコンター内への転入については損害回避可能性が乏しいと評価すべきである。こうした事情に加えて、上記2(3)で説示した諸事情を併せ考慮すれば、同人については、「危険への接近」の法理の適用を否定すべき特段の事情があるというべきであるから、同人に対しては「危険への接近」の法理を適用して賠償額を減額することもできず、この点でも被告の主張は理由がない。
エ そして、このように原告X53について「危険への接近」の法理を適用できないと解すべき以上、同人と世帯を共にし、転居の事情について軌を一にすると認められる原告X54(同3―573)についても「危険への接近」の法理は適用されないと解するのが相当である。
(20) 原告X55らについて
ア 原告X55(原告番号3―680。以下「原告X55」という。)は、昭和61年12月14日に沖縄市<住所略>(W値75)に転入した後、平成9年12月4日、具志川市<住所略>(W値85)に転入した。
イ 上記アのほか、<証拠略>によれば、原告X55は昭和61年に結婚し、当初は沖縄市<住所略>にある実家で生活していたが、独立して生活したいと考えるようになったこと、しかし、経済的事情から、通常の新築物件を購入することができず、競売物件を探していたこと、原告X55は<住所略>の物件の情報を得るまでに4、5回入札したが、いずれも購入することができなかったこと、<住所略>の物件は特別入札になっていたので予算の範囲内であり、早い者勝ちと考えて購入することとしたこと、また沖縄市の仕事場からも近く、取材のためにも便利であると考えたこと、原告X55は本件飛行場の位置を知っていること、原告X55は4回程度現地を見に行ったが、いずれも航空機騒音は聞こえず、静かな住宅街であると思ったことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
ウ 原告X55は、<住所略>は沖縄市よりも離れているため、航空機騒音がうるさいとは思わなかった、競売の際に閲覧した評価書にもそのような記述はなかったとして、上記転入に当たり本件航空機騒音による被害の認識がなかった旨供述し、同旨の供述記載も存する。しかしながら、本件飛行場周辺地域が航空機騒音に曝される地域であることは遅くとも平成6年2月24日(旧訴訟第1審判決の日)までには一応一般的、社会的に認識されるに至ったというべきところ、同人は上記判決の日以降に騒音コンター内に転入した者であるから、上記供述等は採用できず、同人は、本件航空機騒音による被害を認識しながら<住所略>の住居に転入したと認めるべきである。もっとも、原告X55は、経済的事情のほか、沖縄市に所在する仕事場への移動の便宜等を重視して転入したと認められることに加えて、<住所略>に転居するに当たり4回程度現地を下見した際には航空機騒音を確認したことがなく、更に、上記1(4)で説示したとおり、より高い騒音コンターに転入したこと自体をもって被害の容認を推認させ又はその推認を高めると解することが一般的には困難と解すべきことを併せ考慮すれば、同人が被害を容認した上で上記住居に転入したとは認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。そうすると、原告X55に対し「危険への接近」の法理を適用して被告の免責を認めることはできないから、被告の主張は理由がない。
また、原告X55に被害の認識があったと認められることは前述したとおりであるが、同人にはコンター内への転入につきやむを得ない事情が認められるほか、同人が現地を4回程度下見した際に航空機騒音を確認できなかったのであるから、同人のコンター内への転入については損害回避可能性が乏しいと評価すべきである。こうした事情に加えて、上記2(3)で説示した諸事情を併せ考慮すれば、同人については、「危険への接近」の法理の適用を否定すべき特段の事情があるというべきであるから、同人に対しては「危険への接近」の法理を適用して賠償額を減額することもできず、この点でも被告の主張は理由がない。
エ そして、このように原告X55について「危険への接近」の法理を適用できないと解すべき以上、同人と世帯を共にし、転居の事情について軌を一にすると認められる原告X56(同3―681)、同X57(同3―682)、同X58(同3―683)及び同X59(同3―684)についても「危険への接近」の法理は適用されないと解するのが相当である。
(21) 原告X60らについて
ア 原告X60(原告番号3―1717。以下「原告X60」という。)は、平成10年8月10日、沖縄市<住所略>(騒音コンター外)から具志川市<住所略>(W値85)に転入した(当事者間に争いがない。)。
イ 上記アのほか、<証拠略>によれば、原告X60は昭和51年1月から昭和60年3月までの間妻である原告X61の姉が購入した具志川市<住所略>の商店で洋服店を経営していたこと、原告X60は、洋服店の経営に失敗し、一時妻の実家である鹿児島県<住所略>に転居した後、昭和61年3月再び具志川市<住所略>に戻り、宗教団体の会館管理人として、同月からは具志川市<住所略>、平成2年3月からは沖縄市<住所略>の会館にそれぞれ住み込んで勤務していたこと、原告X60は、平成10年8月、自分の家を購入することを検討し始めたが、その場所としては、妻の姉が住んでおり、子供が小学校から中学校まで具志川市内の学校に通学し、自分の友人が多く住んでいるという理由から具志川市が好ましいと考えたこと、<住所略>のほかにも購入先として検討した具志川市内の場所はあったが、立地条件が良くないか価格が高いため購入しなかったこと、<住所略>の土地は、予算や広さのほか、海が近くにあるので子供の希望を叶えることができる、勤務先から近いという理由で購入したこと、原告X60は下見を4、5回したが、航空機騒音は全く聞こえなかったし、具志川市の姉からも騒音の話を聞いたことはなかったことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
ウ 原告X60は、旧訴訟の判決があったことは知らなかったし、実際に居住して初めて航空機騒音に気付いたとして、上記転入に当たり本件航空機騒音による被害の認識がなかった旨供述し、同旨の供述記載も存する。しかしながら、本件飛行場周辺地域が航空機騒音に曝される地域であることは遅くとも平成6年2月24日(旧訴訟第1審判決の日)までには一応一般的、社会的に認識されるに至ったというべきところ、同人は上記判決の日以降に騒音コンター内に転入した者であるから、上記供述等は採用できず、同人は、本件航空機騒音による被害を認識しながら<住所略>の住居に転入したと認めるべきである。もっとも、原告X60は、経済的事情のほか、通勤上の便宜、妻の姉が具志川市に居住しているという地縁、子供達の希望を叶えるという家庭内の事情等を重視して転入したと認められるほか、同人が<住所略>に転居するに当たり4、5回程度現地を下見した際には航空機騒音を確認したことがなく、具志川市の姉からも騒音の話を聞いたこともなかったのであるから、これらの事情を総合すれば、同人が被害を容認した上で上記居住に転入したとは認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。そうすると、原告X60に対し「危険への接近」の法理を適用して被告の免責を認めることはできないから、被告の主張は理由がない。
また、原告X60に被害の認識があったと認められることは前述したとおりであるが、同人にはコンター内への転入につきやむを得ない事情が認められるほか、同人が現地を4、5回程度下見した際に航空機騒音を確認できなかったのであるから、同人のコンター内への転入について損害回避可能性が乏しいと評価すべきである。こうした事情に加えて、上記2(3)で説示した諸事情を併せ考慮すれば、同人については、「危険への接近」の法理の適用を否定すべき特段の事情があるというべきであるから、同人に対しては「危険への接近」の法理を適用して賠償額を減額することもできず、この点でも被告の主張は理由がない。
エ そして、このように原告X60について「危険への接近」の法理を適用できないと解すべき以上、同人と世帯を共にし、転居の事情について軌を一にすると認められる原告X61(同3―1718)及び同X62(同3―1719)についても「危険への接近」の法理は適用されないと解するのが相当である。
(22) 原告X63らについて
ア 原告X63(原告番号3―1740。以下「原告X63」という。)は、平成7年10月18日、具志川市<住所略>(騒音コンター外)から具志川市<住所略>(W値85)に転入した(当事者間に争いがない。)。
イ 上記アのほか、<証拠略>によれば、原告X63及び原告X64の夫婦は、<住所略>の店舗兼自宅で理髪業を営んでいたこと、この店舗兼自宅は3階建てであったが、住宅ローンを返済するために2階及び3階を借家にしており、1階の店舗部分を除いた居宅部分は15坪程度にすぎず、家族の生活にとって手狭であったこと、また<住所略>の自宅では原告X64が長男として負担する親戚づきあいや法事を満足に執り行うことができなかったこと、原告X63義母から法事を行うよう求められて心理的な負担となっており、より広い家を買い求めたという考えを有していたこと、また原告X63夫婦はいずれも拡張気管支炎を患っていたため、<住所略>よりも空気が良く、潮風を吸うことができ、海が見えるという条件で<住所略>に家を買い求め、店舗は<住所略>のままにして、居宅のみを移転したこと、<住所略>は<住所略>の店舗からも近く、車で5分程度の距離であること、原告X63は具志川市で本件飛行場の航空機騒音が聞こえることを知っていたが、かつて居住していたことのある具志川市<住所略>と同程度のものと考えていたこと、しかし実際に<住所略>に住んでみると騒音の程度は全く異なること、原告X63らは<住所略>に新築するに当たり2、3回程度下見したが、10分程度であり、そのときには航空機騒音は聞こえなかったこと、原告X63は旧訴訟の判決があったことは知っていたことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
ウ 上記認定の事実によれば、本件飛行場周辺地域が航空機騒音に曝される地域であることは遅くとも平成6年2月24日(旧訴訟第1審判決の日)までには一応一般的、社会的に認識されるに至ったというべきところ、原告X63は上記判決の日以降に騒音コンター内に転入した者であるほか、具体的にも、同人は転入に当たり具志川市では本件飛行場の航空機騒音が聞こえるという知識を有していたというべきであるから、同人は転入に当たり本件航空機騒音による被害を認識していたと認められる。しかしながら、原告X63は、法事等の関係でより広い自宅を購入する必要があった、拡張気管支炎の関係で町中の空気よりも潮風に当たりたい等の家庭における事情を重視して<住所略>に転入したと認められるほか、同人が実際に居住して体感した航空機騒音の程度はかつて居住していた具志川市<住所略>より相当高かったのであるから、これらの事情を総合すれば、同人が転入当時被害を容認していたとは認めることができず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。したがって、原告X63に対し「危険への接近」の法理を適用して被告の免責を認めることはできず、被告の主張は理由がない。
また、原告X63に被害の認識があったと認められることは前述したとおりであるが、同人にはコンター内への転入につきやむを得ない事情が認められるほか、同人が現地を2、3回程度下見した際に航空機騒音を確認できなかったのであるから、同人のコンター内への転入については損害回避可能性が乏しいと評価すべきである。これらの事情に加えて、上記2(3)で説示した諸事情を併せ考慮すれば、同人については、「危険への接近」の法理の適用を否定すべき特段の事情があるというべきであるから、同人に対しては「危険への接近」の法理を適用して賠償額を減額することもできず、この点でも被告の主張は理由がない。
エ そして、このように原告X63について「危険への接近」の法理を適用できないと解すべき以上、同人と世帯を共にし、転居の事情について軌を一にすると認められる原告X64(同3―1739)についても「危険への接近」の法理は適用されないと解するのが相当である。
(23) 原告X65らについて
ア 原告X65(原告番号3―1983。以下「原告X65」という。)は、平成8年8月6日、沖縄市<住所略>(騒音コンター外)から具志川市<住所略>(W値85)に転入した(当事者間に争いはない。)。
イ 上記アのほか、<証拠略>によれば、原告X65は自衛隊員であること、勤務先は勝連町であること、原告X65らは平成5年から平成8年までの間自衛隊が借り上げた上記沖縄市<住所略>のアパートに居住していたこと、原告X65は、自宅近くで長男が交通事故に遭うなどしていたため、交通量の少ない安全な場所に移転したいと考えるようになったこと、そこで、原告X65は、勤務先への交通の便を考慮して、具志川市周辺を中心に土地を探し始めたが、<住所略>近辺は地価が高かったために断念せざるを得なかったこと、原告X65が同僚に相談したところ、先に<住所略>に自宅を建設した同僚から地主を紹介されたこと、原告X65らは、実際に現地を見に行くと、前に大きなグランドがあり、また緑が豊かであったため、子供達のためには適当な環境であると考えて購入を決意したこと、<住所略>の現地には4回程度足を運んだが、そのときには航空機騒音が聞こえなかったこと、また地主を紹介してくれた同僚は住環境が良いところであるとしか聞いていなかったこと、本件飛行場の飛行経路は知らなかったし、まさか自分の家の上空を航空機が飛ぶとは考えていなかったこと、原告X65が本件飛行場の航空機騒音を受ける場所として当時認識していたのは嘉手納町や北谷町砂辺近辺であること、原告X65らは自宅の地鎮際が終わって建物を建設している最中に航空機騒音があることに気付いたこと、ただし、既に建物を建てているため、この時点でキャンセルすることはできなかったことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
ウ 上記認定の事実によれば、本件飛行場周辺地域が航空機騒音に曝される地域であることは遅くとも平成6年2月24日(旧訴訟第1審判決の日)までには一応一般的、社会的に認識されるに至ったというべきところ、原告X65は上記判決の日以降に騒音コンター内に転入した者であるほか、具体的にも、<住所略>の土地を購入した後、建物を建設している途中に航空機騒音に気付いたのであるから、転入当時には本件航空機騒音による被害を認識していたと認められる。しかしながら、上記認定の事実によれば、原告X65は、通勤上の便宜や、子供にとって環境が良好であった等の家庭内の事情を重視して転入したと認められるほか、騒音に気付いた上記時点では既に土地を購入し、建物を建設している途中であったため、他の場所に変更することは困難であり、やむを得ず転入したと認められるのであるからこれらの事情にかんがみれば、原告X65が被害を容認して転入したと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。したがって、原告X65に対し「危険への接近」を適用して被告の免責を認めることはできず、被告の主張は理由がない。
また、原告X65に被害の認識があったことは前述したとおりであるが、同人には上記のとおり転入につきやむを得ない事情が認められるほか、航空機騒音を認識した時点においては既に建物は建設途中であったこと等の事情にかんがみれば、この時点で同人に自ら損害回避のための行動を取ることを要求することは極めて困難というべきである。こうした事情に、前記2(3)で判示した諸事情を併せ考慮すれば、原告X65については、「危険への接近」の適用を否定すべき特段の事情があるというべきであるから、同人に対しては「危険への接近」の法理を適用して賠償額を減額することもできず、この点でも被告の主張は理由がない。
エ そして、このように原告X65について「危険への接近」の法理を適用できないと解すべき以上、同人と世帯を共にし、転居の事情について軌を一にすると認められる原告X66(同3―1984)及び同X67(同3―1985)についても「危険への接近」の法理は適用されないと解するのが相当である。
(24) 原告X68らについて
ア 原告X68(原告番号3―2001。以下「原告X68」という。)は、平成9年11月1日、浦添市<住所略>(騒音コンター外)から具志川市<住所略>(W値85)に転入した(当事者間に争いがない。)。
イ 上記アのほか、<証拠略>によれば、原告X68は、長女の障害を考慮して、昭和54年7月に平良市から浦添市にある社宅に転入し、昭和55年11月には浦添市に自宅を購入して、引き続き同市にある会社に通勤していたこと、しかし、原告X68が浦添市に建てた住宅には庭がほとんどなかったため、原告X68は定年を数年後に控えた平成9年ころから、庭で家庭菜園をすることができるような広い土地を探していたこと、原告X68は北部地域から南部地域に至るいくつかの候補地を検討した結果、上記<住所略>の土地が良く整備されており、家庭菜園がすぐにできるという希望に合致し、また高台で海がよく見えるという眺望の良さや予算面も考慮して購入を決意したこと、原告X68は不動産業者から航空機騒音の話を聞いたことがなく、3回程度現地を下見したが、その際に騒音が聞こえたこともなく、職場の同僚にも<住所略>に居住している者はいなかったため、実際に<住所略>に居住してみて初めて騒音に気付いたことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
ウ 原告X68は、本件飛行場が<住所略>とはかけ離れた場所にあるという認識であったとして、上記転入に当たり本件航空機騒音による被害の認識がなかった旨供述し、同旨の供述記載も存する。しかしながら、本件飛行場周辺地域が航空機騒音に曝される地域であることは遅くとも平成6年2月24日(旧訴訟第1審判決の日)までには一応一般的、社会的に認識されるに至ったというべきところ、同人は上記判決の日以降に騒音コンター内に転入した者であるから、上記供述等は採用できず、同人は、本件航空機騒音による被害を認識しながら<住所略>の住居に転入したと認めるべきである。もっとも、原告X68は、経済的事情のほか、家庭菜園がすぐにできる、高台で海がよく見えるといった家庭の事情を重視して転入したと認められるほか、同人が<住所略>に転居するに当たり3回程度現地を下見した際には航空機騒音を確認したことがなかったほか、同人は実際に不動産業者から騒音の話を聞いたこともなかったのであるから、これらの事情にかんがみれば、同人が被害を容認した上で上記住居に転入したとは認めることができず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。そうすると、原告X68に対し「危険への接近」の法理を適用して被告の免責を認めることはできないから、被告の主張は理由がない。
また、原告X68に被害の認識があったと認められることは前述したとおりであるが、同人にはコンター内への転入についてやむを得ない事情が認められるほか、同人が現地を3回程度下見した際に航空機騒音を確認できなかったのであるから、同人のコンター内への転入については損害回避可能性が乏しいと評価すべきである。こうした事情に加えて、上記2(3)で説示した諸事情を併せ考慮すれば、同人については、「危険への接近」の法理の適用を否定すべき特段の事情があるというべきであるから、同人に対しては「危険への接近」の法理を適用して賠償額を減額することもできず、この点でも被告の主張は理由がない。
エ そして、このように原告X68について「危険への接近」の法理を適用できないと解すべき以上、同人と世帯を共にし、転居の事情について軌を一にすると認められる原告X69(同3―2002)についても「危険への接近」の法理は適用されないと解するのが相当である。
第8消滅時効
1 被告は、仮に、原告らに損害が生じているとしても、弁護士費用も含めて、原告らが訴えを提起した平成12年3月27日から起算して3年以上前の損害についての損害賠償請求権は消滅時効の完成によって消滅した旨主張して、同年12月7日の口頭弁論期日において上記消滅時効を援用した(当裁判所に顕著な事実)。そこで、以下、被告の消滅時効の抗弁の当否について検討する。
2 前判示のとおり、本件における受忍限度を画する指標としては、うるささの程度を示すW値によって決することが相当であるが、このW値という指標は、本来、一日を評価単位として算出されるものと解されるから、本件航空機騒音等による不法行為の成否は、基本的には、一日を単位として把握することが相当である(ただし、上記損害の具体的な算定にあたっては、後記「損害賠償額の算定」(第9の2)で説示するとおり、便宜上、一か月を単位として行うこととする。)。そして、このように解することは、本件侵害行為は本件飛行場の供用に伴う間欠的な航空機騒音等の曝露であるところ、その個別的な曝露それ自体が直ちに受忍限度を超え、不法行為を構成するものではなく、ある程度の期間の幅を持った曝露が包括的に侵害行為となるとみるべきであることや、原告らが受ける生活妨害、睡眠妨害等の被害も、おおむね、一日を単位とした原告らの様々な営みに対する妨害として把握することができることにも合致するというべきである。
そうすると、本件不法行為は本件飛行場の供用に伴い日々新たに生じ、これに対応する損害賠償請求権も日々新たに発生するから、その損害賠償請求権もまたそれぞれ別個に消滅時効にかかると解するのが相当である。
3 そして、消滅時効の起算点、すなわち、「損害及び加害者を知った」(民法724条)時期について検討すると、前記「航空機騒音」(第4の1)及び「「危険への接近」の法理」(第7の1、2)で説示したとおり、本件飛行場周辺においては、本土復帰以前から、本件飛行場の近傍地域や飛行経路に当たる地域を中心として相当激しい航空機騒音に曝露されていたこと、本土復帰の日である昭和47年5月15日においては既に嘉手納町など本件飛行場周辺地域が激しい航空機騒音に曝される地域であることが社会問題化しており、遅くとも、旧訴訟に関する第1審判決がなされた平成6年2月24日においては更に広く周知されるに至ったと認められる。また、本件飛行場は、本土復帰とともに、安保条約及び地位協定に基づく提供施設となったものであるところ、上記事実に照らすと、その当時から、原告らを含む本件飛行場の周辺住民に広く知られていたと認められる。
したがって、原告らは、遅くとも平成6年2月24日においては損害及び加害者を知ることができたと認められるから(なお、本土復帰の時点以降に生じた米軍による不法行為については、民事特別法により被告に対しその損害の賠償を請求することができるが、このような民事特別法の存在自体はいわゆる法の不知の問題であって、民法724条の認識の対象には含まれないと解される。)、同日までに発生した被害については遅くとも同月25日から、同日以降に発生した被害についてはその日の翌日から、それぞれ消滅時効の進行が開始したと認めるのが相当である。また、上記の日以降に本件航空機騒音等が受忍限度を超える地域に転入した原告らについては、転入の日から消滅時効が進行するというべきである。
4 そうすると、本件訴訟提起の日であることが記録上明らかな平成12年3月27日から3年前の応答日よりも前に発生した被害、すなわち、平成9年3月26日までに生じた被害に関する原告らの損害賠償請求権は、時効により消滅したというべきである。
第9将来の損害賠償請求に係る訴えの適法性
1 民訴法135条は、あらかじめ請求する必要があることを条件として将来の給付の訴えを許容しているが、同条は、およそ将来に生じる可能性のある給付請求権の全てについて上記条件の下に将来の給付の訴えを認めたものではなく、主として、いわゆる期限付請求権や条件付請求権のように、既に権利発生の基礎を成す事実上及び法律上の関係が存在し、ただ、これに基づく具体的な給付義務の成立が将来における一定の時期の到来や債権者において立証を要しないか又は容易に立証しうる別の一定の事実の発生にかかっているにすぎず、将来具体的な給付義務が成立したときに改めて訴訟により上記請求権の成立の全ての要件の存在を立証することを必要としないと考えられるようなものについて、例外として将来の給付の訴えによる請求を可能ならしめたにすぎないと解すべきである(最高裁昭和56年大法廷判決参照)。
これを本件について検討すると、原告らが主張する将来における損害賠償請求権の成否及びその範囲を確定するためには、本件飛行場の航空機騒音等の侵害行為、これによって原告らが受ける被害の有無、程度、上記侵害行為が受忍限度を超え違法性を帯びるか否かという要件についてあらかじめ判断する必要があるというべきであるが、これらの諸要件の判断は、原告ら本件飛行場の周辺住民に発生する被害を防止、軽減するため被告が実施する防音工事等の周辺対策や運航対策等の内容及び進展状況、原告らそれぞれについて生じる転居等の生活状況等の複雑多様な因子によって左右されるものであるといわざるを得ない。殊に、本件飛行場は米軍が占有、使用する軍事用空港であるから、我が国を取り巻く国際情勢如何によっては、原告らに対する侵害行為の程度、ひいては原告らが受ける被害の有無、程度も変動を来す可能性があるというべきであるし、原告らの被害についても、前記「周辺対策」(第6の3(2))で説示したとおり、被告が平成14年度から実施している住宅全体に対する防音工事である外郭工事や、電気料金の負担を軽減するため被告が平成15年度から実施している太陽光発電システムに係るモニタリング事業(調査事業)の進捗状況やその効果に対する評価如何によっては、原告らが受ける被害の有無及び程度についても変動を来す可能性を否定することができないのであるから、その意味で、原告らが将来において取得すると主張する損害賠償請求権の成否及びその範囲について、現時点においてあらかじめ一義的かつ明確に認定することは困難であるといわざるを得ず、本件における賠償請求権は、上記に例示したいわゆる期限付請求権や条件付請求権とは明らかにその性質を異にするというべきである。
そうすると、上記損害賠償請求権については、将来それが具体的に成立したとされる時点における事実関係に基づき、その時点においてその成立の有無及び内容を判断することが相当というべきであり、また、その場合における権利の成立要件の具備については原告らにおいて立証すべきであって、事情の変動を専ら被告の立証すべき新たな権利成立阻却事由の発生と把握してその負担を被告に課するのは不当であるといわざるを得ない。
したがって、原告らの損害賠償請求のうち、本件口頭弁論終結の日の翌日(平成16年7月2日)以降に生ずべき損害(この損害賠償請求に関する弁護士費用を含む。)の賠償を求める部分は、権利保護の要件を欠くものというべきであるから、不適法な訴えとして却下を免れない。
2 これに対して、原告らは、騒音被害に対する違法の法的評価は既に確立していることや、原告らが主張している被害は原告らに共通する最小限度のものであること等を主張して、損害賠償の成否及びその額をあらかじめ明確に認定することができるから、本件における損害賠償請求権は、昭和56年大法廷判決によっても将来請求が許容される旨主張する。
しかしながら、本件における損害賠償請求権の成否自体が複雑多様な因子によって左右されるものであることは既に説示したとおりであるから、原告らが指摘する事情を考慮したとしてもなお、本件における損害賠償の成否及びその額をあらかじめ明確に認定することができるとは認めるに足りず、原告らの主張は理由がない。
第10被告の責任及び損害賠償額の算定等
1 被告の責任
以上説示してきたところを総合すれば、米軍は、その占有、管理する土地の工作物である本件飛行場の利用に起因して、本件航空機騒音等により、生活環境整備法上の区域指定においてW値85以上として告示された区域(昭和53年告示において第一種区域とされた区域)に現に居住し、又は以前居住していた(なお、原告らが居住していた当時には未だ上記各告示がなされていなかったが、その後の告示によって原告らが居住する地域が指定告示に含まれることとなった場合を含む。以下同じ。)原告らに対し、受忍限度を超える生活妨害、睡眠妨害その他の精神的被害等の被害を与えているにもかかわらず、米軍又は被告は、原告らの上記被害の一部を軽減したのみで、原告らの被害を防止又は解消するに足りる措置を講じないまま、本件飛行場をジェット戦闘機など強大な騒音を発生させる航空機の離発着のため継続的に使用してきたものである。そして、これらの被害が予測し得ない事由によるものであるとはいえず、これを回避することができなかったとしても認められないから、結局のところ、米軍の占有、管理する土地の工作物である本件飛行場の設置、管理に瑕疵があったと認められる。
したがって、被告は、民事特別法2条に基づき、上記原告らに対し、本件航空機騒音等によって生じた原告らの損害を賠償すべき責任を負うというべきである。
2 損害賠償額の算定
そこで、以下、原告らの本件航空機騒音等による生活妨害等の被害に対する慰藉料の額等について検討する。
(1) 慰藉料額及びその算定方法
ア まず、前判示のとおり、本件飛行場周辺に居住する原告らが曝露される航空機騒音の程度は、生活環境整備法に基づく区域指定及び区域指定におけるW値を手がかりにして認定することが相当であり、また、原告らが受ける生活妨害等の被害も、上記区域指定のW値が上昇するに従いその程度も高くなると認めることができるから、慰藉料額の算定に当たっては、上記区域指定におけるW値を基準として算定することが相当と認められる。
したがって、原告らの慰藉料は、生活環境整備法に基づき指定、告示された区域のうち、原告らがW値85、90及び95以上の各区域のうちそれぞれどの区域に居住し又は過去において居住していたかを考慮して算定することが相当というべきである。
イ 原告らの損害が日々発生していると解されることは前記「消滅時効」(第8)において説示したとおりであるが、本件において、慰藉料算定の対象となる期間はかなり長期間にわたり、慰藉料を1日当たりで算定すると非常に煩瑣なものとなるところ、原告らは本件損害賠償請求において月当たりの慰藉料の支払を求めているのであるから、原告らの被害に対する慰藉料は1か月当たりで算定することが合理的であり、また原告らの意思にかなうというべきである。
ウ そして、1か月当たりの慰藉料額については、原告らが受ける騒音被害の内容及び程度、本件航空機騒音の程度、被告が被害軽減のために行っている諸施策の内容及びその現実的効果その他本件に顕れた一切の事情を総合考慮し、生活環境整備法に基づく区域指定におけるW値ごとに段階を分けて、以下の金額とするのが相当である。
(ア) W値95以上の区域 1万8000円
(イ) W値90の区域 1万2000円
(ウ) W値85の区域 9000円
エ 原告らが賠償を求めることが可能な期間は、前記「消滅時効」(第8)において説示したとおり、本件訴訟提起日の3年前の日である平成9年3月27日から本件口頭弁論終結日である平成16年7月1日までである。ただし、上記期間内に新たに上記損害賠償の対象となる区域に転入した原告らについては、転入の日から起算し、逆に、上記期間内に上記区域外に転出した原告らについては、その転出の前日までを賠償の対象とする。
オ 原告らが損害賠償対象区域内で居住を開始した時期及び転出等により居住を終了した時期、居住地については、原則として、別紙「全原告の住居移転暦、各住居地のW値及び各原告につき被告が実施した住宅防音工事施工実績等表」(<略>)により認定する。ただし、原告らの中には、次のとおり、未届のままコンター外又は他のコンターに転居した等の理由から、住民票等の公的資料によっては、コンター外又は他のコンターへの転出時期が明らかでなく、結局のところコンター内での居住期間が特定できない原告らが存在する。
<1> X84(1―00340)及びX85(1―00342)。いずれも平成2年7月26日から平成12年6月1日の間になされた宜野湾市への転出時期が不明。
<2> X86(1―00578)。平成5年3月10日から平成12年4月3日の間になされた宜野湾市への転出時期が不明。
<3> X87(1―00623)。平成6年2月28日から遅くとも平成9年8月27日までの間になされた東京都<住所略>のアパートへの転出時期が不明。
<4> X88(1―00725)。昭和53年7月31日から平成14年12月2日の間になされた北谷町<住所略>(W90)への転居時期が不明。
<5> X89(1―00727)。上記<4>と同様、平成9年5月25日以降になされた北谷町<住所略>(W85)から北谷町<住所略>(W90)への転居時期が不明。
<6> X90(1―00916)及びX91(1―00917)。いずれも、平成12年12月14日から北谷町<住所略>に居住し(W90)、その後、嘉手納町<住所略>(W85)に転居したが、その時期が不明。
<7> X92(3―00113)。平成6年3月20日から具志川市<住所略>に居住した後、沖縄県<住所略>に転居し(未届)、平成11年6月20日に再び上記<住所略>の住居に転入しているが、<住所略>への転居時期が不明。
<8> X93(3―00140)。昭和63年5月11日から具志川市<住所略>に居住した後、神奈川県<住所略>に転居し、更に、平成15年7月1日、上記<住所略>の住居に転入しているが、神奈川県への転出時期が不明。
<9> X94(3―00584)。昭和57年11月17日から具志川市<住所略>に居住。その後、<住所略>に転出し、更に、平成13年3月21日、上記<住所略>の住所に再転入しているが、<住所略>への転出時期が不明。
<10> X95(3―00785)。平成8年3月5日から具志川市<住所略>に居住。その後、長野県に転出し、更に、平成13年1月10日から上記<住所略>の住所に再転入しているが、長野県への転出時期が不明。
<11> X96(3―00926)。昭和58年1月11日から具志川市<住所略>に居住。その後、一旦静岡県に転出し、更に、平成12年4月11日に上記<住所略>の住所に再転入しているが、静岡県への転出時期が不明。
<12> X97(3―01202)及びX98(3―01203)。両名は、いずれも昭和61年4月1日から具志川市<住所略>に居住。その後、一旦宜野湾市に転出し、平成11年10月30日に再び<住所略>に再転入しているが、宜野湾市への転出時期が不明。
本件損害賠償請求の対象となるコンター内における居住の事実は、原告らにおいて主張・立証すべき事実である。したがって、上記の原告らについては、いずれもコンター外への転出期間又はコンターを異にする他のコンターへの転出期間が不明であり、したがって、当該コンター内における居住の事実(居住期間)の証明がないことに帰するから、別紙「全原告の住居移転暦、各住居地のW値及び各原告につき被告が実施した住宅防音工事施工実績等表」の「移動日」欄に記載されたコンター内への再転入以前の期間について、損害賠償請求を認めることはできない。
もっとも、上記の原告らのうち、<4>・<5>の各原告については、より高いコンターであるW90の住所に転出したという事実自体は認めることができないものの、少なくともこれらの原告が賠償対象区域内に居住していたことは明らかであるから、平成14年12月2日までの全期間について、より低いコンターであるW85の居住が継続していたものとみなし、W85の基本賠償額を基礎として賠償額を算定することとする。また、<2>の原告については、平成11年12月、子供の高校受験のために一次的に宜野湾市に転出したことが、<9>の原告については、平成11年10月20日に就職のため静岡県に転出したことがそれぞれ証拠により認められ(<証拠略>)、この認定を覆すに足りる証拠はないから、これに基づき居住期間を計算する。
カ 1か月に満たない日数の処理及び月数計算については、次のとおり処理する。すなわち、期間の始期、期間内の転居又は期間の終期など賠償額に変動を及ぼすべき事由が月の途中の日に発生した場合には、賠償額の算定に当たっては、当該事由が当該月の15日までに生じたときは、上記事実は月の初日に発生したこととし、16日以降に生じたときは、翌月の初日に発生したこととする。
なお、本件口頭弁論終結の日は平成16年7月1日であり、厳密には過去の損害賠償として同日分の慰藉料額の算定が問題となり得るところであるが、上記に説示したところや、慰藉料額を1か月当たりで算定する趣旨にかんがみ、同日分の慰藉料については賠償対象期間に算入しない。
キ 別紙「旧訴訟で損害賠償を認められた新原告」(<略>)記載の原告ら(合計333名)は、旧訴訟で原告となっていなかった者として、昭和47年5月15日(沖縄の本土復帰の日)以降に生じた損害の賠償を求めているところ、これらの原告については、旧訴訟控訴審判決の口頭弁論終結の日である平成10年1月16日までの期間について、既に騒音被害を理由とする損害賠償を受けていると認められる(弁論の全趣旨)。そして、本件においてこれらの原告が加害行為及び被害として主張するところは、旧訴訟におけるそれとほぼ同一であると認められ(弁論の全趣旨)、したがって、本件損害賠償請求に係る訴訟物は、旧訴訟におけるそれと異ならないと考えられるから、上記原告らは、上記口頭弁論終結の日までの期間における損害賠償(弁護士費用を含む。)に関して既にその填補を受けたと認められ、新たに本件において損害賠償を求めることはできないと解するべきである。
したがって、これらの原告の賠償額算定期間は、平成10年1月16日から本件口頭弁論終結の日までとする。そして、前記オで説示した計算方法によれば、上記原告らの同月16日までの居住は、同月末日までの居住とみなされることになるから、結局のところ、上記原告らに係る損害賠償額算定の起算日は、同年2月1日となる。
ク その他、慰藉料の算定に関する細目的事項は、別紙「賠償額一覧表」(<略>)の冒頭において説明する。
(2) 居住期間等に争いのある原告らに対する判断
原告らのうち、騒音コンター内における居住期間等に争いがある原告らについて、その居住期間等は次のとおりと認められる。
ア 原告X1(原告番号1―90。以下「原告X1」という。)について
(ア) 原告X1は、住民票上、平成5年7月1日、那覇市<住所略>(騒音コンター外)から北谷町<住所略>(W値85)に転入し、更に、平成12年1月5日、北谷町<住所略>(W値90)に転居した(当事者間に争いがない)。
(イ) そして、<証拠略>によれば、原告X1は北谷町<住所略>に居住する義母(原告X99。原告番号1―91)が常時介護を要する状態になったため、平成12年1月5日、夫BMの実家である上記<住所略>の住所に住民票を移転したこと、原告X1は当初の約2年は上記<住所略>の住所で義母と同居していたこと、しかし、平成14年1月ころからは、<住所略>の自宅から<住所略>の住居に通って介護するようになったこと、義母を介護するのは、およそ週に3、4回程度であることが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
(ウ) 上記認定の事実によれば、原告X1が現実に<住所略>の住居に居住していた期間は、平成12年1月5日から平成13年12月までと認められ、上記住民票の記載によっても原告X1が平成14年1月1日以降も<住所略>に居住していたことを認めるに足りないから、原告X1の平成14年1月1日以降の賠償額を定めるに当たっては、現実に居住していた<住所略>のW値(W値85)を基準として算定すべきである。
イ 原告X2(原告番号1―782。以下「原告X2」という。)について
(ア) 原告X2は、住民票上、平成12年1月25日、北谷町<住所略>(W値95)から北谷町<住所略>(W値85。以下「○○ハイツ」という。)に転居した(当事者間に争いがない。)。
(イ) そして、原告X2本人は、○○ハイツに転居した時期は住民票の記載どおり平成12年1月25日である旨供述しており、同旨の供述記載(<証拠略>)もある。
しかしながら、原告X7は、平成5年に○○ハイツを購入したこと、○○ハイツを購入するに当たり5年間は居住しなければならないという条件があったので、同年7年6日に住民票を移転し、次男も一緒に転居したが、実際に居住してみると次男の生活に不便であったため、2日生活しただけで、すぐ<住所略>に戻ってきたこと、原告X2夫婦は当初は<住所略>で一緒に生活していたが、上記のとおり次男が○○ハイツから<住所略>に戻ってきたため、遅くとも平成6年には○○ハイツに居住するようになったこと、原告X2に関する住民票の記載は事実と異なること等を明瞭に供述しており、その信用性を左右するに足りる証拠はないから、この供述によれば、原告X2が○○ハイツに転居した時期は、遅くとも平成6年と認められ、原告X2が○○ハイツの居住開始時期に関し供述する前記内容は、容易に信用することができないといわざるを得ない。
(ウ) そうすると、上記住民票の記載によっても、原告X2が平成6年から平成12年1月25日までの間<住所略>に居住していたことを認めるに足りないから、原告X2の賠償額は、同人が現実に居住していたと認められる○○ハイツに係るW値(W値85)を基礎として算定すべきである。そして、同人が平成6年のいつに○○ハイツに転居するに至ったかについては明確に特定できる証拠はないが、消滅時効との関係で、本件における損害賠償の対象となる期間は平成9年3月27日であり、同人の上記転居がこれに先立つことは明らかであり、賠償額の多寡に影響しないから、賠償額の算定に当たっては、便宜上、平成6年1月1日に転居したとみなすこととする。
ウ 原告X3(原告番号4―1020。以下「原告X3」という。)について
(ア) 原告X3は、住民票上、原告X100(以下「原告X100」という。)とともに、平成9年3月16日、石川市<住所略>(W値80)に転入し、更に、平成11年6月15日、石川市<住所略>(W値85)に転居した(当事者間に争いがない。)。
(イ) そして、<証拠略>によれば、原告X3は、平成元年12月の結婚当初から仕事のため本土で生活することが多く、平均して少なくとも年間の半年程度は上記<住所略>の住居に居住していなかったことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
(ウ) そうすると、原告X3が上記<住所略>の住居で受ける生活妨害等の被害の程度は、同じく<住所略>に居住する他の原告らと比較すれば、同人が年間の相当程度の日数を<住所略>の住居以外で生活していることによって緩和されているとみるべきであるから、原告X3については、一定程度その賠償額を減額することが損害の公平な分担という損害賠償法の理念にかなうというべきである。そして、減額の割合については、原告X3が<住所略>の住居以外で生活する期間その他本件に顕れた一切の事情にかんがみ、40%をもって相当と認める。
エ 原告X4(原告番号3―1788。以下「原告X4」という。)について
(ア) 原告X4は、住民票上、平成6年8月24日に具志川市<住所略>(W値85)に転入した後、平成12年3月2日に名護市<住所略>(騒音コンター外)に転出し、更に、同年10月10日には具志川市<住所略>(W値85)に、平成13年6月6日には同番地の2階にそれぞれ転居している(当事者間に争いがない。)。
(イ) そして、<証拠略>によれば、名護市<住所略>への転出時期は、実際には平成10年11月であったこと、上記住民票の記載は、住民票の提出が遅れたためであることが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
(ウ) そうすると、原告X4に対する平成6年8月24日以降の賠償額の算定に当たっては、同人が実際に居住していた期間である同日から平成10年11月までの期間を基礎として算定されるべきである。
(3) 住宅防音工事の助成による賠償額の減額
ア 原告らのうち、被告の助成により住宅防音工事を施行し、その便益を受けた者は、その防音室数に応じた一定程度の被害の減少があると認めることができるから、その便益を受けた期間に生じた慰藉料額を減額することが相当である。
イ すなわち、被告の補助により住宅防音工事の施工を受けた原告らについては、別紙「全原告の住居移転暦、各住居地のW値及び各原告につき被告が実施した住宅防音工事施工実績等表」(<略>)記載の日にそれぞれ防音工事が完成し、それ以後防音工事の施工を受けた住宅に居住していると認められるから、上記の日以降に居住した期間について慰藉料を減額することが相当である。そして、住宅防音工事の補助事業者の親族に該当する原告らについても、上記補助事業者と同一の住居に居住したと認められる限り、当該原告ら自身も自ら住宅防音工事の助成による便益を受けたと認められるから、補助事業者自身に該当する原告と同様の減額を行うものとする。
ウ そして、慰藉料額の減額の割合については、前記「周辺対策」(第6の3(2))において説示したとおり、防音工事の実施によって一定程度の騒音の低減は認められるものの、他方、その程度は、工事の室数の増加に比例して高まるとまでは認められないこと、原告らの中には、防音工事による電気代の負担等を訴える者が少なくないことを考慮すれば、最初の1室につき上記慰藉料基準額の10%を減額し、2室目以降については、1室増加するごとに5%ずつ減額することが相当である。
(4) 被告が主張するその他の減額事由等
ア 被告は、基準日以降に騒音コンター内に転入した原告らについては、「危険への接近」の法理により少なくとも賠償額を相当程度減額すべきである旨主張するが、前記「危険への接近の法理」(第7)において説示したとおり、本件において「危険への接近」の法理を適用して賠償額を減額すべき原告は、原告X6(原告番号1―452)のみであるから、同人については50%の減額を行うが、その他の原告らについては賠償額の減額は行わないこととする。
イ 被告は、原告X101(原告番号4―314)については、陳述書さえ提出しないとしてその請求を棄却すべきである旨主張するが、<証拠略>によれば、同人は平成16年7月1日の口頭弁論期日において被害状況を立証するための陳述書を提出したことが認められるから、被告の主張は理由がない。
(5) 弁護士費用
原告らは、各自、本件訴訟の提起及び追行を原告ら訴訟代理人弁護士に委任したところ(弁論の全趣旨)、本件訴訟における立証の難易度、原告ら訴訟代理人弁護士が現実にした訴訟活動の内容、本件における当裁判所の認容額その他本件に顕れた一切の諸事情を考慮すれば、原告ら各人に対する慰藉料額の10%をもって、本件不法行為と相当因果関係にある弁護士費用と認められる(なお、原告らの弁護士費用に関する主張には、本件差止請求及び本件外交交渉確認義務確認請求に関する部分も含まれていると解されるところ、上記に説示したところは、そのうち、過去の損害賠償に係る弁護士費用のみを認容するという趣旨である。)。
3 仮執行開始時期猶予宣言の申立てに対する判断
原告らの請求のうち、過去の損害の賠償請求を認容した部分については仮執行宣言を付することが相当であり、免脱宣言を付するのは相当でない。ただし、仮執行のために、国民の生活に密接な関係のある国の施設の現金が執行の対象となると、一般国民に迷惑をかけることになって妥当ではないから、このような事態を避けるため、国が執行の対象となる現金を準備する期間の猶予を与えるべく、仮執行の執行開始の時期につき、本判決が被告に送達された日から14日を経過したときと定めることが相当である。
第11結論
1 原告らの請求のうち、航空機の離発着等の差止め及び航空機騒音の到達の差止めを求める請求は、いずれも失当であるから棄却する。
2 原告らの請求のうち、被告にアメリカ合衆国との間で外交交渉をする義務があることの確認を求める請求は、不適法であるから却下する。
3 原告らの請求のうち、平成16年7月2日(本件口頭弁論終結の日の翌日)以降に生じるとする将来の損害賠償を求める請求は、不適法であるから却下する。
4 原告らの請求のうち、平成16年7月1日(本件口頭弁論終結の日)までに生じたとする過去の損害賠償請求については、被告は、「賠償額一覧表」(<略>)記載の原告らが、(1)「賠償額一覧表」<略>のうち「損害賠償額(合計)」欄記載の各金員、(2)「A期間慰藉料額」欄記載の各金員に対する、それぞれ平成12年7月18日から支払済みまで年5分の割合による金員、(3)「期間種別」欄にBと記載された各期間に対応する「B期間基本慰藉料額」欄記載の各月額に対する、それぞれ発生する月の翌月1日から支払済みまで年5分の割合による金員の各支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、上記過去の損害賠償請求についての上記原告らのその余の請求及びその余の原告らの請求は、いずれも理由がないから棄却する。
5 よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 飯田恭示 品川英基 進藤壮一郎)