那覇地方裁判所沖縄支部 平成17年(ワ)38号 判決 2006年8月31日
原告
X1
原告
X2
同法定代理人親権者母
X1
原告ら訴訟代理人弁護士
新垣勉
被告
Y技術
同代表者代表取締役
G
同訴訟代理人弁護士
許田進弘
同
三宅裕
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告らに対し,各金4503万2787円及びこれに対する平成14年2月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,有限会社b産業(以下「b産業」という。)に雇用され,同社が孫請業者として受注した工事に従事していた際の事故により死亡した亡Bの遺族である原告らが,同工事の元請業者である被告に対し,被告には亡Bに対する安全配慮義務違反があり,原告らはこれによる亡Bの被告に対する損害賠償債権を法定相続分に従って2分の1ずつ相続したと主張して,民法715条,709条に基づき,それぞれ,4503万2787円の損害賠償金及びこれに対する平成14年2月25日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 争いのない事実等(認定事実には括弧内に証拠を掲記した。)
(1) 当事者等
ア 被告は,土木,建築工事の設計,施工及び管理等を目的とする有限会社である。
イ 株式会社a土木(以下「a土木」という。)は,土木工事業,建築工事業等を目的とする株式会社である。
ウ b産業は,土木工事等を営む有限会社である。
エ 原告X1は亡Bの妻であり,原告X2は亡Bの子である。
(2) 工事の受発注等
ア 被告は,平成14年9月25日,沖縄市から,美里第二土地区画整理街区2擁壁工事(地特第3工区)(以下「本件工事」という。)を請け負った(<証拠略>)。
イ 被告は,平成14年9月26日,a土木に対し,本件工事を発注し,さらに,a土木は,同年11月20日,b産業に対し,本件工事を発注した(<証拠略>)。なお,追加工事も同様に受発注された(<証拠略>)。
ウ 亡Bは,平成14年12月24日当時,本件工事のため,A(以下「A」という。)及びC(以下「C」という。)らとともに,Aを班長とする「A班」の一員として,日当の支払を受けてb産業に雇用されていた(<証拠・人証略>)。
(3) 死亡事故の発生
ア 亡Bは,平成14年12月24日,沖縄県沖縄市<以下省略>の本件工事の作業現場(以下「本件工事現場」という。)において,L字型に土砂を掘り起こした後の床堀箇所にコンクリート製のL型擁壁を設置し,当該擁壁と土壁面との間に土砂等を埋め戻すために,L型擁壁と土壁面との間に鉄板(縦1.53メートル,横3.5メートル,厚さ2センチメートル,重量800キログラム)を立てる作業(以下「本件作業」という。)に従事していた。
イ 亡Bは,同日の午前中,本件作業に従事していた際に,鉄板を支えていた固定材(桟木)が外れたために倒れてきた鉄板と土壁面との間に挟まれ(<証拠略>)(以下「本件事故」という。),それによって負った傷害により,同日午後7時30分ころ死亡した。
2 争点
(1) 安全配慮義務違反の有無
本件事故について,被告に,亡Bに対する安全配慮義務違反があるか(争点1)。
ア 原告らの主張
(ア) 土木建築工事に係る元請業者の一般的な安全配慮義務の主張(主位的主張)
a 土木建築工事においては,下請業者や孫請業者は,その請負契約上,下請工事や孫請工事につき,上位の発注者である元請業者の指揮監督に服して施工することとされているため,その従業員は元請業者の選任する現場代理人の指揮監督に服するものである。
b このように,土木建築工事においては,上位の業者が下位の業者の工事施工を指揮監督する実態が一般的に認められるので,元請業者には,下請業者及び孫請業者の従業員に対しても,安全配慮義務が認められるべきである。
c よって,本件事故に関しても,元請業者である被告には,孫請業者であるb産業の従業員である亡Bに対する安全配慮義務がある。
(イ) 具体的事情に基づく安全配慮義務の主張(予備的主張)
a 最高裁昭和50年2月25日判決は,「ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間」においては安全配慮義務が生じると判示しているところ,同判決でいう特別な関係とは,元請業者と下請業者との関係では,元請業者と下請業者の従業員との間に安全配慮義務を発生させる「使用従属の関係にある労働関係」があれば足りると解するのが相当である。
そして,本件では,元請業者である被告の現場代理人は,以下のとおり,孫請業者であるb産業の従業員を,同社の現場代理人を介して具体的に指揮監督していたものであるから,被告の現場代理人には安全配慮義務が存し,被告は同人の使用者として使用者責任を負う。
b すなわち,被告が沖縄市から本件工事を受注した際の工事請負契約書によれば,被告は,現場代理人を置く義務を課され,当該現場代理人は,工事現場に常駐し,その運営,取締りを行うほか,本件工事の請負契約に基づく被告の一切の権限(請負代金の変更,請負代金の請求及び受領並びに当該契約の解除に係るものを除く。)を行使することができるとされていた。したがって,被告の現場代理人は,沖縄市との関係では,同契約に基づき本件工事について一切の指揮監督権を有していた。また,被告の現場代理人は,a土木との関係では,下請契約に基づいて,a土木の現場代理人に対する指揮監督権を有しており,b産業との関係では,a土木に対する指揮監督権を介して,b産業の現場代理人に対する指揮監督権を有していた。
c 被告は,本件工事の施工管理のため,現場に事務所を設置し,現場代理入としてD(以下「D」という。)を常駐させて施工管理を行っていた。しかしながら,下請業者であるa土木は,一部の資材をその名義で発注するだけで,工事の施工についてはほとんど孫請業者であるb産業に任せ,実質的な現場管理を行っていなかった。b産業の現場代理人であるE(以下「E」という。)は,a土木の現場代理人であるF(以下「F」という。)との申合せに基づいて,本件工事に関する一切の指揮監督権を有する被告の現場代理人であるDとの間で,直接,工事の施工について打合せを行い,その指揮監督を受けて,本件工事を施工していた。すなわち,<1>工事に入る前に,現場事務所において,D,F及びEの3名で,工事図面を見ながら打合せを行った,<2>DとEとの間で役割分担をして,Eが写真撮影と測量を行い,工事施工についてはDが分担することになった,<3>毎日1回はDが現場の見回りをしていた,<4>Eは,被告の制服を着用し,沖縄市に対しては,被告の従業員を仮装するように指示されていた,<5>Eは,工事着工後は,毎週2,3回,Dと打合せを行っていた,<6>本件作業において鉄板を使用するに際して,Eは,Dと協議した,<7>写真撮影の方法について,Eは,Dから直接指示を受けた,<8>Eは,施工につき,Dから指示を受けていた。
d これらのことからすれば,被告の現場代理人であるDは,本件工事について,指揮監督権を有し,現に指揮監督を行っていたというべきであり,法的にも実態においても,b産業の現場代理人であるEを介して,その従業員である亡Bらを指揮監督していたといえる。
したがって,被告には亡Bに対する安全配慮義務がある。
e また,被告が沖縄市から本件工事を受注した際の工事請負契約書によれば,本件工事については,被告が一括して下請に出すことは禁止され,下請工事を発注する際には,被告には,工事の範囲及び下請業者の氏名を書面で沖縄市に通知することが義務づけられていた。したがって,本件工事について孫請は認められていなかった。
しかし,被告は,下請業者であるa土木が本件工事の一部をb産業に孫請させていることを知りながら,これが沖縄市との契約上禁止されていたことから,沖縄市に報告することなく,かえって,b産業の現場代理人のEらに自己の会社の制服2着を支給して着用させ,これを被告の従業員と仮装して現場で勤務させていた。
したがって,被告は,当初から,b産業の従業員を自己の従業員と仮装して働かせていたのであるから,禁反言の法理により,自己がb産業の従業員に対して使用者として安全配慮義務を負うことを否定することはできない。
(ウ) 安全配慮義務違反の主張
本件作業において,Eは,擁壁の埋戻し作業への鉄板の使用が初めてであったにもかかわらず,鉄板が倒れて従業員に傷害を与える危険性を認識することなく,Dと相談の上,その了解を得て,鉄板を使用して擁壁の埋戻し作業(本件作業)を行うよう,b産業の従業員であるAに指示したものである。
そのため,本件作業に従事したA,C及び亡Bの3名は,その危険性を十分に認識せず,危険回避や安全確保のための措置を十分に行うことなく本件作業に当たった。
本件事故は,ユンボから吊り降ろされて立てられた鉄板を支えるための桟木が不足しており,鉄板と土壁面の間の1箇所が仮の桟木で支えられていたにもかかわらず,鉄板を吊り下げて鉄板が倒れないようにする役割を果たしていた玉掛けを外し,しかも,その状態で亡B一人に鉄板を固定する作業を行わせていたために,仮の桟木を支えていた土壁が崩れて,同桟木が落ち,倒れてきた鉄板に亡Bが圧迫されて死亡したものである。
このように,吊り降ろされた鉄板は,鉄板と土壁面との間の1箇所が仮の桟木で支えられており,それが外れる危険性が存したものであるから,玉掛けを外す場合には,鉄板と土壁との間に従業員を入り込ませないようにするか,あるいは,鉄板が倒れないような措置をとるべきであった。そして,DやEが,本件作業の危険性を十分に認識し,従業員に対し,事前に,鉄板を十分に支えるまで玉掛けを外さないこと,当日使用する桟木を事前に十分に確保しておくこと,鉄板を支える桟木の形状を工夫すること,崩れる危険性がある土壁面に桟木を直接当てないことなど,適切な指示をしていれば,本件事故は回避できた。
よって,本件事故については,b産業のみならず,被告にも安全配慮義務違反がある。
(エ) 被告の指摘する最高裁平成3年4月11日判決は,特定の法律関係に基づいて特別な社会的接触関係に入った当事者間において安全配慮義務を認めるとした前記最高裁昭和50年2月25日判決に沿って,安全配慮義務違反が認められた一事例にすぎず,それ以外の場合に安全配慮義務が認められないとしたものではない。
イ 被告の主張
(ア) 原告らの主張(ア)(土木建築工事に係る元請業者の一般的な安全配慮義務)について
下請業者の従業員に対する元請業者の安全配慮義務については,最高裁平成3年4月11日判決は,下請業者の従業員が<1>元請業者の管理する設備,工具等を用い,<2>事実上,元請業者の指揮監督を受けて稼働しているという事実関係を要件として認めている。
原告らの主張は,およそ,土木建築工事においては,元請業者は工事現場のすべての従業員に対し安全配慮義務を負うとの主張であり,判例に照らし失当である。
(イ) 原告らの主張(イ)(具体的事情に基づく安全配慮義務)について
本件作業については,現場で使用された機械はb産業が調達したものであり,生コンクリートはa土木が発注し,それ以外の資材はb産業が調達していた。なお,Eは,被告の名前入りの制服を着用していたが,これは,看板と同様の目的であって,上記の要件とは何ら関係がない。
また,亡Bはb産業の正社員ではなく,日雇いとしてAを通じて雇われていたものであったから,b産業の企業秩序に組み込まれておらず,ましてや,元請業者である被告の企業秩序に組み込まれていないものであって,被告と亡Bの関係は極めて希薄なものである。
そして,本件作業の現場で従業員に対して具体的な指揮監督を行っていたのは,b産業の現場代理人であるEである。被告の現場代理人であるDは,現場において,従業員に対して具体的な指揮をしていない。EとDとの間で施工方法についてDが分担して担当することとはされていなかった。Dの職務内容は工程の管理であり,進捗状況の確認や報告のための写真撮影と測量をしていたにすぎない。本件作業に鉄板を使用することについて,DがEから相談を受けてこれを了解したという事実はない。
したがって,本件工事について,被告がb産業の従業員である亡Bらを指揮監督していたとはいえない。
(ウ) よって,被告は,亡Bに対し,安全配慮義務を負っておらず,本件事故について被告に安全配慮義務違反はない。
(2) 損害額
本件事故により亡Bが死亡したことによる損害額(争点2)
ア 原告らの主張
(ア) 亡Bは本件事故により,以下のとおりの損害を被った。
a 逸失利益
(a) 亡Bは,高校中退で,死亡時満28歳であったから,その年収は,平成15年度賃金センサスによる平成14年の中卒男子全年齢平均年間収入額である464万9600円と計算すべきである。
(b) 亡Bについては,67歳まで就労可能であるとして,ライプニッツ係数17.0170を適用すべきである。
(c) 生活費控除率は30パーセントとするのが妥当である。
(d) したがって,亡Bの死亡による逸失利益は,以下のとおり,5538万5570円である。
(計算式) 4,649,600×17.0170×(1-0.3)=55,385,570
b 慰謝料
婚姻し,子をもうけ,一家の支柱として家計を支え,幸せな日々を送っていた亡Bの死亡による慰謝料としては,3500万円が相当である。
c 葬儀費用
亡Bの死亡にかかる葬儀費用として150万円を損害と認めるのが相当である。
(イ) 原告らは,亡Bの相続人として,上記(ア)のとおり亡Bが被った損害についての被告に対する損害賠償請求権を,それぞれ2分の1ずつ相続した。
(ウ) 原告らは,本件事故について,b産業から1000万円の支払を受け,それぞれ500万円ずつ損害に填補した。
(エ) また,原告らは,被告が任意に損害賠償に応じないために本件訴訟を提起したから,弁護士費用として,それぞれ409万円を本件事故と相当因果関係を有する損害として認めるべきである。
イ 被告の主張
損害賠償請求権の存在は否認する。(ウ)は知らない。
(3) 過失相殺(抗弁)
本件事故による死亡について,亡Bに被告の責任を減殺すべき過失があったといえるか(争点3)。
ア 被告の主張
本件事故については,亡Bが,鉄板が不安定な状況になっていることから,現場を離れるべきであったのに,これに接近し,当該鉄板に背を向けて作業を行った点に亡Bにも大きな過失があったと認められる。
したがって,被告に安全配慮義務違反があるとしても,その損害賠償責任については,過失相殺がなされるべきである。
イ 原告らの主張
亡Bは,日当の支払を受けてb産業に雇われていた者であり,本件作業の工事方法についてはまったくの素人であって,事前教育も受けていなかったために,本件事故の危険性を認識し得なかったものであるから,被告の安全配慮義務違反につき,被告主張の点を亡Bの過失として過失相殺をすべきではない。
第3争点に対する判断
1 争点1(安全配慮義務違反の有無)について
(1) 原告らの主張(ア)(土木建築工事に係る元請業者の一般的な安全配慮義務の主張)について
一般に,安全配慮義務は,雇用契約に伴って認められることが多いが,雇用契約の内容としての当然の効果ではなく,雇用契約が従業員の労務提供と使用者の報酬支払をその基本内容とする双務有償契約であるところ,通常の場合,従業員が,使用者の指定した場所に配置され,使用者の供給する設備,器具等を用いて労務の提供を行うものであることから,使用者は,報酬の支払義務を負うにとどまらず,従業員が労務提供を行うために設置する場所,設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において,従業員の生命及び身体を危険から保護するよう配慮する義務を負うとして認められるものである。そして,使用者の安全配慮義務の具体的内容は,従業員の職種,労務内容,労務提供場所等安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によつて異なるものであると解される(最高裁昭和59年4月10日第三小法廷判決・民集38巻6号557頁参照)。
したがって,被告と亡Bのように,直接の雇用契約のない元請業者と下請業者又は孫請業者の従業員との間にあっても,当該従業員が元請業者の指定した場所に配置され,元請業者の供給する設備,器具等を用いて又は元請業者の具体的な指揮監督のもとに労務の提供を行う場合であれば,元請業者は,当該従業員との間で特別な社会的接触の関係に入ったものと認められ,信義則上,当該従業員に対して,その具体的状況に応じた内容の安全配慮義務を負うものと解される(最高裁平成3年4月11日第一小法廷判決・裁集民162号295頁参照)。
この点について,原告らは,一般的に土木建築工事においては,下請業者や孫請業者は,その請負契約上,元請業者の指揮監督に服して施工することとされているから,元請業者は常に下請業者の従業員に対して安全配慮義務を負うと主張する。
しかしながら,安全配慮義務の有無及びその具体的内容は,上記のとおり,元請業者と下請業者又は孫請業者の従業員との間に,元請業者と下請業者,さらには下請業者と孫請業者との間の請負契約を媒介とした間接的な法律関係が存在しているということ自体や,下請業者又は孫請業者の従業員の職種だけによって決まるものではなく,下請業者又は孫請業者の従業員が労務の提供を行う過程に対する元請業者の具体的な関与の有無及びその程度,労務の内容,その提供方法,その提供場所など,安全配慮義務が問題となる具体的状況等により個別的に判断すべきものであるから,原告らの前記主張は採用できない。
(2) 原告らの主張(イ)(具体的事情に基づく安全配慮義務の主張)について
ア そこで,本件事故当時,亡Bが労務提供を行っていた過程と被告との関係についてみると,前記争いのない事実等,証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ,これを覆すに足りる証拠はない。
(ア) 本件工事現場における作業方法の指示等
a 被告,a土木及びb産業の各現場代理人について
本件工事は,沖縄市が発注し,被告が元請業者,a土木が下請業者,b産業が孫請業者となって施工されたものである。
被告は,本件工事現場に現場事務所を設置し,Dを現場代理人として選任して常駐させた。Dは,ほぼ毎日,現場事務所において勤務し,1日1回程度,現場を見回っていた。
a土木は,Fを現場代理人として選任した。a土木は,本件工事について,主に,資材等の仕入れの手配をする業務を行い,実際の施工作業は,すべて孫請業者であるb産業に行わせていた。Fは,毎日現場にいるわけではなく,多いときでも週に数回程度いるだけであった。
b産業は,現場管理のため,Eを現場代理人として選任し,本件工事現場に派遣していた。Eは,本件事故があった現場だけでなく,そこから200メートルほど離れた他の工事現場と併せて2か所の現場をかけ持ちしており,両方の現場の見回りをしていたが,本件工事現場に来たときは,常時,現場事務所ではなく,b産業の従業員らとともに施工作業をする現場付近にいた。
b 各現場代理人間の打合せについて
Fは,本件工事の開始前に,現場事務所において,EとDとを引き合わせ,3人で発注図面を見ながら本件工事について簡単な打合せを行った。
本件工事の開始後は,EとDの2人が,随時,工事現場で顔を合わせたときに,週に2,3回程度,不定期に打合せを行っていた。
Fは,工事現場に来たときに,Dとの間で資材等の搬入に関する打合せをするほか,本件工事の工程や進捗状況について,随時,EやDから聞いていたが,本件工事の工程管理や具体的な施工の指示等は,EやDに任せていた。
c 各現場代理人の役割について
(a) Dは,沖縄市からの発注図面に基づいて,本件工事が図面どおりに工期内に進捗するように工程管理を行っており,1日1回程度工事現場を見回る際に,工程の進み具合に遅れがないかを確認していた(なお,本件事故当時,工程の遅れは生じていなかった。)。
Dは,工程管理をするため,上記bのとおりのEとの打合せの際に,工事の進捗状況や実際に施工した工事の内容について同人から報告を受けていたが,具体的な工事の手順や施工方法についてはEに任せており,工期の遅れも生じていなかったため,Eに対し,b産業の従業員の配置や作業方法について指示をしたことはなかった。
また,Dは,b産業の従業員らが本件工事現場に新たに加わったときに,同人らに対し,新規入場者教育として工事現場での一般的な安全教育を行ったが,作業開始後に従業員に対して直接指示をすることは一切なかった。
なお,Dは,上記工程管理のほか,Eからの報告に基づき,工事の進行に応じて,工事の内容を変更する必要が生じた場合には,発注図面を修正する作業や,毎月末に沖縄市に本件工事の進捗状況を報告するための写真を撮影する作業も担当していた。
(b) Eは,本件工事を実際に施工する上での作業の段取りを行い,現場で働いているb産業の従業員に対する指示をしていた。また,Eは,本件工事現場において測量を行う作業及び工事が終了した後の竣工検査のための報告用の写真を撮影する作業も担当していた。
Eは,測量した結果,発注図面どおりに本件工事を施工することができない部分が判明した場合には,Dにこれを報告し,Dが発注図面を修正することを受けて,従業員に施工の実施を指示していた。また,Eは,写真撮影をする際,具体的な撮影方法についてDから指示されることがあった。
なお,Eは,本件工事現場においては,Dの指示に従い,同人から支給された被告の制服を着用していた。
(c) Fの本件工事現場における行動等は前記a,bのとおりであり,FがEやb産業の従業員らに対し,工事の施工順序や具体的な施工方法について指示を出すことはなかった。
(イ) 本件工事における設備,資材等の供給について
本件工事において,鋼材やL型擁壁等の資材は,a土木が発注していた。Dは,資材の納入業者と直接連絡をとり,注文主である沖縄市の職員の立会いの下で資材の規格を確認したり,進捗状況に合わせて資材の搬入時期の相談や指示を行ったりしていたが,資材について価格交渉を行ったことはなかった。
また,ユンボなどの土木機器や工具は,すべてb産業が準備したものであった。
(ウ) 本件事故に至る経緯
a 亡B,A及びCらからなるA班は,本件事故の約20日前ごろ,b産業から指示を受けて,新たに本件工事現場に入り,Eから,本件作業を行うよう指示された。
Dは,亡Bらが本件工事に加わった際,亡Bらに対する新規入場者教育を行ったが,本件作業が開始した後は,Aらに対して直接指示をしたことはなく,A班に対する指示はEが行っていた。
本件事故当時行われていた作業(本件作業)は,床堀りをした後,床堀箇所に既製のL型コンクリート擁壁を設置し,床堀りした部分を埋め戻すというものであったが,水はけをよくするため,設置した擁壁の内側から土壁面側まで幅30センチメートルの空間にコーラルを砂利状にしたものを入れ,その他の部分に土を入れて,埋め戻すことになっていた。
b 上記のように埋戻しを行う材料の種類毎に一定の寸法を確保することが必要な工事を施工する場合には,擁壁の内側から,確保することが必要な幅(30センチメートル)をおいた位置にベニヤ板を立てて,その擁壁側にある材料(本件の場合はコーラル)を入れ,その土壁面側に別の材料(本件の場合は土)を入れて転圧を行い,ベニヤ板を抜き取るという方法が考えられる。しかしながら,ベニヤ板を使用した場合,埋戻しの際の土圧でベニヤ板が曲がるおそれがあるため,少しずつ埋め戻す必要があり,作業に時間を要する。そこで,Eは,施工時間を短縮するため,ベニヤ板に代えて鉄板を使用することを考え,Aに対し,具体的に鉄板を立てる位置を示して,鉄板を使用して作業をするように指示をした。
c 上記の指示を受けたAは,擁壁の内側30センチメートルの位置に重さ約800キログラムの鉄板をどのように立てるかについてEから具体的な指示がなく,これまでにそのような作業をしたことがなかったことから,亡B及びCとの3名で相談をした。その結果,玉掛けをした鉄板を,ユンボで,床堀箇所内の擁壁の内側30センチメートルの位置に立てた上,鉄板と擁壁との間に30センチメートルの長さの角材を上下左右の4か所に幅止めとして入れて,鉄板が擁壁側に転倒しないように支え,土壁面側にも,鉄板と土壁面との間にそれぞれ角材を切ったものを桟木として上下左右の4か所に挟み込んで,鉄板を支える方法で実施することとなった。
本件現場において,本件事故発生までの間に,亡B,A及びCは,このような方法で鉄板を立て,コーラルと土を入れて転圧をかけ,鉄板を抜き取るという作業を何回か繰り返していた。
d 本件事故直前,Aは,ユンボを操作して,玉掛けをした鉄板をユンボからワイヤーで吊って,擁壁の内側30センチメートルの位置に立てた。続いて,亡B及びCは,上記cの相談のとおり,幅止めや桟木を設置しようとしたが,桟木が3本しかなく,鉄板の土壁面側の上部を支えるための桟木が1本足りなかった。そこで,Cは,不足している桟木を取りに行こうとして鉄板の側を離れたが,亡BがAに対して玉掛けを外してよい旨の合図をしたため,Aは,幅止め及び桟木の設置が終わったものと思い,次の鉄板を吊り上げようとして,設置した鉄板から玉掛けを外し,ユンボを移動させた。Aがユンボを約20メートル移動させたころ,鉄板と土壁面との間を支えていた残りの桟木が外れ,鉄板が傾いて土壁面側に倒れ,鉄板の土壁面側にいた亡Bは,鉄板と土壁面との間に挟まれ(本件事故),同日7時30分ころ,肝損傷による出血性ショックにより死亡した。
イ(ア) 以上の認定事実に対し,証人Eは,DとEとの間では,Eが写真撮影と測量を行い,工事施工方法についてはDが分担することになっており(原告らの主張2(1)ア(イ)c<2>),EはDから施工について具体的な指示を受けていた(同<8>)と証言する。
しかし,証人Dは,「工事の具体的な施工方法については,下請業者に任せており,具体的な指示はしていない」旨証言し,工事施工方法の分担を否定しているし,証人E自身も,EがAら従業員に対して工事の施工に関して直接指示したことはなく,具体的な作業の段取りや従業員に対する具体的な指示は自らが行っていたことを認めており(証人Aも,「Dから仕事の指示を受けたことはない。Dと直接話をしたことはあるが,仕事の話ではない」などと,これと同様の証言をしている。),Dは,1日1回程度,見回りをしていただけで,ほとんど現場事務所内にいたにもかかわらず,Eは,週に2,3回程度,Dと打合せをするのみで,Dに対し定期的に工事内容を報告してその指示を仰いでいたということも,従業員の手配や配置等について指示を受けていたということもないことからすれば,本件工事において,Dが,b産業の従業員らによる工事の具体的な施工内容や方法についてEに指示していたと認めることはできない。証人Eの前記証言は採用できない。
(イ) また,証人Eは,本件作業において鉄板を使用するに際して,Dと相談し,Dはこれに賛成した(原告らの主張2(1)ア(イ)c<6>)とも証言する。
しかし,証人Dは,「埋戻し工事で鉄板を使う方法は聞いたことがない。本件工事において,Eから,鉄板を使うとの相談はなかった」旨証言し,これを明確に否定しているし,本件工事の進捗が遅れておらず,本件工事現場における各現場代理人の行動や同人らの打合せの状況が前記ア(ア)のとおりであったこと,また,証人E自身,本件作業に際して鉄板を利用したのは,施工上の時間が短縮されればb産業の従業員に対する支払額が節約できるというもっぱらb産業側の利便のためであることを自認していることからすれば,発注図面に従った工事の仕上がりと関係のない具体的な施工方法についてまでEがDの了解を求めるということは考えがたい。証人Eの前記証言も採用できない。
ウ(ア) 上記アの認定事実によれば,本件工事現場において,被告の現場代理人としてDが常駐して行動していたが,Dは,Eに対し,図面どおりに施工するように指示し,もっぱら工程に遅れがないかどうかを確認するとともに,Eから図面どおりにできない旨の報告があった場合に,発注図面を修正し,そのとおりに施工するように指示していたにすぎず,具体的な施工に当たっては,Eが,Dから渡された図面に基づいて現場を測量し,本件工事の施工作業の段取りを行い,Aらに対して,どのような内容の施工をするかについて具体的な指示をし,そして,これをどのような手順で行うかという実際の具体的な施工方法については,Eも,Aらに対して逐一指示することなく,Aらが自ら決めていたものと認められる。
また,現場で使用する設備や器具等も,本件工事の仕上がりに影響する鋼材やL型擁壁等の資材についてa土木が発注したほかは,施工に使用するユンボなどの土木機器や工具は,すべてb産業が準備したものであった。
(イ) したがって,亡Bについて,労務提供に使用する場所,設備,器具等の管理を行い,具体的な作業方法についての指示を行うなどして労務提供の過程を具体的に決定する権限を有し,実際に管理をしていたのはEであって,Dは,亡Bの配置される場所を指定し,亡Bが労務に使用する設備,器具,資材等を供給し,労務提供の過程を指揮監督する立場にはなかったものというべきである。よって,そのような関係を前提として認められる安全配慮義務を,D及び被告に認めることはできない。
エ(ア) これに対し,原告らは,元請業者の現場代理人であるDが,b産業の現場代理人であるEを介して,その従業員である亡Bらを現実に指揮監督していた,と主張し,その根拠として前記2(1)ア(イ)c<1>ないし<8>の事実を指摘する。
しかし,このうち,c<2>,<6>及び<8>の各事実が認められないことは前記イ(ア)及び(イ)のとおりであるし,その余の事実をもってしても,DがEに対してb産業の従業員が行う具体的な工事の内容について指示していたことを認めるに足りず,Dが亡Bに対して具体的な指揮監督を行っていたと認めることはできない。
すなわち,DがEに対して写真撮影の具体的方法について指示をした事実(前記2(1)ア(イ)c<7>)については,これが認められるが,Dは,写真を撮影して工事結果を報告することも下請契約の内容であったことから,発注者側として,納品される写真が適切なものとなるように指示したものにすぎず,この事実をもってb産業の従業員らの全般的な労務提供の過程についてDが指示していたものとは認められない。
また,原告らは,被告が,沖縄市との契約上,下請業者の名称等を沖縄市に届けなければならず,本件工事を孫請してはならなかったにもかかわらず,下請業者であるa土木がb産業を孫請業者として本件工事を発注していることを知りながら,これを沖縄市に報告することもなく放置し,b産業が実際の施工を担当していることを隠蔽するために,Eに被告の制服を着用させて被告の従業員と仮装させたと主張する点(前記2(1)ア(イ)c<4>)については,この事情は,沖縄市との間で契約上の義務違反となり得るとしても,安全配慮義務の有無についての上記判断を左右するものではない。
(イ) さらに,原告らは,上記のとおり,被告がEに被告の制服を着用させ,自己の従業員であるかのように仮装させていたことから,被告が亡Bらの使用者であることを否定することは禁反言により許されず,被告は使用者として亡Bに対して安全配慮義務を負うと主張する。
しかし,上記の仮装は沖縄市に対するものであり,亡Bらに対するものではないから,このことによって沖縄市との関係で被告が亡Bの使用者でないと主張することが禁反言により許されないことがあり得るとしても,亡Bとの関係についてまで被告が亡Bの使用者でないと主張することが許されなくなるものではない。
(ウ) 以上によれば,被告に亡Bに対する安全配慮義務があるとの原告らの主張は,いずれも採用できない。
2 結論
よって,その余の点について判断するまでもなく,原告らの請求はいずれも理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 平塚浩司 裁判官 大寄麻代 裁判官作田寛之は在外研究のため署名押印することができない。裁判長裁判官 平塚浩司)