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那覇地方裁判所沖縄支部 昭和61年(ワ)145号 判決 1990年6月26日

原告

平良正子

ほか一名

被告

前森太

ほか一名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

一  原告らの請求

1  被告前森太は、原告平良正子に対し金一六五二万二二四〇円、原告嘉敏三に対し金一五四二万二二四〇円及び右金額中原告平良正子に対する金一五五二万二二四〇円、原告嘉敏三に対する金一四五二万二二四〇円に対しそれぞれ昭和六〇年三月一八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告共栄火災海上保険相互会社は原告平良正子に対し、金一六五二万二二四〇円及び内金一五五二万二二四〇円に対する昭和六〇年五月一六日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  当事者の主張

1  請求原因

(一)  原告平良正子は訴外亡平良学(以下単に「亡学」という。)の母親であり、原告嘉敏三は亡学の父親である。

(二)  本件事故の発生

(1) 発生日時 昭和六〇年三月一七日午前三時三〇分

(2) 発生場所 宜野湾市字愛知三八番地の二スナツク「サークル」付近道路

(3) 加害車両 沖五六ふ四七三三

所有者 原告嘉敏三(登録上の所有名義人 石嶺一弘)

運転者 被告前森太

(4) 被害者 亡学

(5) 事故の態様

被告前森太(以下単に「被告前森」という。)は、前記日時ころ、無免許で、しかも酒気を帯びた状態で前記加害者両を運転し、国道三三〇号線を宜野湾市長田方面から同普天間方面へ向けて進行中、自車の直前を進行中の車両を追越すべく第二通行帯から第一通行帯へ進路を変更したのであるが、同所の指定最高速度は毎時四〇キロメートルである上、当時は降雨のため路面が濡れて滑走しやすい状態であつたから、右最高速度を遵守するのは勿論、ハンドル操作を的確にし、事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、右最高速度を超えた時速九〇キロメートルに加速した上、左へ急転把した過失により自車を左斜前方へ滑走させて道路左側歩道上に設置されたコンクリート製信号機柱に激突させ、よつて、助手席に同乗していた前記被害者を腹腔内大量失血により死亡させたものである。

(三)  被告前森の責任原因

被告前森は本件事故当時加害者を自己のために運行の用に供していたものである。

(四)  被告共栄火災海上保険相互会社(以下単に「被告保険会社」という。)について

(1) 被告保険会社は、本件加害車両の前所有者石嶺一弘との間に左記自動車損害賠償責任保険契約を締結していた。

保険の目的 本件事故車

保険期間 昭和五九年一二月二四日から昭和六二年一月二四日(二五か月間)午前一二時まで

保険金額 死亡損害につき二〇〇〇万円

(2) 原告嘉敏三は亡学が事故車を自ら使用し、時として友人に運転させることを黙認していたのであり、被告前森は本件事故車を亡学から転借して本件事故時の運行を支配していたのであつて、事故車の運行供用者であつた。

(3) 従つて、原告嘉敏三は加害者の保有者であり、被告前森は運行供用者であるから、原告平良正子に対する損害賠償の責任があるので、同原告は自動車損害賠償保障法一六条に基づき被告保険会社に損害賠償を請求する。

(五)  本件事故による損害

(1) 亡学の逸失利益 一九〇四万四四八〇円

亡学は本件事故当時健康な一八歳の男子で、本件事故によつて死亡しなければ六七歳までなお四九年間就労可能であつた。昭和五六年賃金センサスによると一八歳の男子の平均月額給与は一三万円であり、四九年間の逸失利益を新ホフマン式で計算するとホフマン系数は二四・四一六であるから、生活費を二分の一とすると亡学の逸失利益は一九〇四万四四八〇円となり、原告等が各二分の一相続した。

(2) 葬儀費用 一〇〇万円

原告平良正子は亡学の親権者として同人の葬儀を行い、かつ仏壇及び墓を設けたが、その支出した総経費は一〇〇万円である。

(3) 慰謝料 一〇〇〇万円

亡学は原告等の長男で、昭和六〇年三月に高校を卒業しアルバイトをしながら家計を助ける母親おもいの子であつたから、亡学の急な事故死により原告等は失望と悲嘆のどん底につき落とされた。よつて、慰謝料としては原告等各自に金五〇〇万円相当である。

(4) 弁護士費用 一九〇万円

原告等は原告両名のため本訴を原告代理人に委任し、その費用として原告平良正子が金一〇〇万円、原告嘉敏三が金九〇万円をそれぞれ本訴解決後に支払う約束をした。

2  請求原因に対する認否

(被告前森)

(一) 請求原因(一)項の事実は認める。

(二) 同(二)項の事実のうち、加害車両の所有者については知らないが、その余は認める。

(三) 同(三)項の事実は争う。

(四) 同(五)項の事実のうち、(1)項は認めるが、その余は知らない。

(被告保険会社)

(一) 請求原因(一)項の事実は認める。

(二) 同(二)項の事実のうち、(1)ないし(4)は認める。(5)のうち過失の態様はしらないが、その余は認める。

(三) 同(三)項の事実は争う。

(四) 同(四)項の(1)は認めるが、その余は争う。

(五) 同(五)項の事実は不知ないし争う。

3  被告らの主張

(一)  他人性について

(1) 本件加害車両は、原告嘉敏三が日常の家庭生活の便宜に供するため、事故三週間くらい前に購入し、その間亡学は加害車両を数回に亘つて運転していた。

(2) 本件事故の前日である昭和六〇年三月一六日も、亡学は、アルバイト先のモナコレジャーセンターへ、通勤のために原告嘉敏三から借り受けていた加害車両を運転してきていた。当日は午後一二時の閉店後、職場の同僚で那覇市首里の居酒屋「豊年満作」で食事会をすることとなつていた。そこで、閉店後、総勢九名で車に分乗し出発した。その際、亡学が「豊年満作」の場所を知らなかつたため被告前森が亡学を助手席に乗せて加害車両を運転していくこととなつたが、右居酒屋が満員のため、そのまま宜野湾市の居酒屋「祭りたいこ」へと場所を変えることとなつた。同所で三月一七日午前一時三〇分ころから三時二〇分ころまでビール、泡盛等を飲酒したが、二次会に沖縄市に行こうとの話になり、同僚のうち、知念、伊佐川、長嶺守、亡学及び被告前森の五名が賛成し二次会に行くこととなつた。右「祭りたいこ」を出る際、同店にたまたま亡学の高校の体育担当の儀間という教師がおり、亡学が、「先生がいるから君が運転をやつてくれ」と言つたため同所から被告前森が、加害車両を運転することとなつた。そして、助手席に亡学、後部座席に長嶺守を乗せて二次会へ向かう途中の午前三時三〇分ころ本件事故を惹起したものである。

(3) 以上のような本件事故発生の経緯及び態様並びに加害車両の日常の使用状況等からみて、本件加害車両につき運行の支配と利益を有していたのは、被告前森であると共に亡学であつて、両者はいわば共同運行供用者の関係であり、また、原告嘉敏三も亡学と共に右運行の支配及び利益を有し、共同運行供用者の関係にあつたものである。

そして、被告前森による加害車両の運行支配を亡学によるそれとを比較した場合、亡学が泥酔していたような事情がないことや、亡学が助手席に乗り込んでいた事情等からして両者の運行支配の程度態様は甲乙つけがたく、前者が後者に比べて、より直接的、顕在的、具体的であつたとはいえず、また、原告嘉敏三による運行支配についても、亡学によるそれよりも、より直接的、顕在的、具体的であつたとはいえない。したがつて、亡学は、被告前森ないし原告嘉敏三との関係で自賠法三条の「他人」とはいえないから、原告らの本訴請求は認められない。

(二)  損害の填補

被告前森は、昭和六一年三月一六日に見舞金一五〇万円を支払つた。

理由

一  請求原因(一)項の事実は当事者間に争いがない。

二  請求原因(二)項の事実のうち、加害車両の所有権を除く事実は原告らと被告前森の間において争いがなく、過失の態様を除く事実は原告らと被告保険会社の間において争いがない。

そして、甲第五号証によれば、加害車両の所有者は原告嘉敏三であり、甲第二号証によれば、過失の態様について原告ら主張のとおり認められる。

三  甲第四、第六号証によれば、請求原因(三)項の事実が認められる。

四  被告らの主張(一)項について判断する。

右甲第四、第六号証及び原告嘉敏三本人尋問の結果(一部)によれば、被告らの主張(一)項(1)、(2)の事実が認められる。

右認定事実によれば、本件事故当時亡学は、原告嘉敏三から借りてきていた加害車両を運転して二次会に行こうとしたが、その場に高校の教師がいたため被告前森に運転を代わつたもので、亡学は、被告前森とともに加害車両の運行による利益を享受するとともに、いつでも被告前森に対し運転の交代を命じ、あるいはその運転につき具体的に指示することのできる立場にあつたのであるから、加害車両の具体的運行に対する亡学の支配の程度は、運転していた被告前森のそれに比して優るとも劣らなかつたものというべきである。

してみると、かかる直接的、具体的運行支配を有する亡学は、その運行支配に服すべき立場にある被告前森に対する関係においては勿論、加害車両の所有者である原告嘉敏三に対する関係においても、自賠法三条にいう他人にあたるということはできないといわなければならない。

そうすると、亡学が自賠法三条にいう他人に該当することを前提とする原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

よつて、主文のとおり判断する。

(裁判官 中村隆次)

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