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那覇地方裁判所石垣支部 平成10年(ワ)20号 判決 2001年11月16日

主文

1  被告Bは,原告Aに対し,金2232万7185円並びにうち金2032万7185円に対する平成7年3月23日から,及びうち金200万円に対する平成10年4月11日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告Aのその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを3分し,その1を被告Bの負担とし,その余を原告Bの負担とする。

4  この判決は,原告B勝訴部分に限り,仮に執行することができる。

事実

第1請求

被告Bは,原告Aに対し,金6728万601円並びにうち金5981万601円に対する平成7年3月23日から,及びうち金747万円に対する平成10年4月11日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2当事者の主張

1  請求原因

(1)  不法行為

被告Bは平成7年3月23日午後11時35分ころ,普通乗用自動車(車両登録番号沖縄C)を運転して,沖縄県石垣市D町E番地先道路を,F方面から,G町方面に向かい時速約30キロメートルで進行するに当たり,同所は,右方へ湾曲して見通しが悪い上,当時は夜間でかつ降雨中であり,前方に対する見通しはより困難であったから,適宜減速するとともに厳に前方注視に努め,進路の安全を確認しつつ進行すべき注意義務があるのにこれを怠り,後方から接近してくる車両に気を取られて前方を十分注視せず,進路の安全確認不十分のまま,速度を時速約25キロメートルに減速したのみで漫然進行した過失により,進路前方で路上に座り込んでいた原告A(当時50歳)を前方約8メートルの地点に迫って発見し,急制動の措置を講じたが間に合わず,自車前部を原告に衝突させた(以下この事故を「本件事故」という。)。

(2)  損害の発生・因果関係

ア 本件事故により,原告Aは,①頭部外傷,頭蓋骨骨折の傷害を負い,その結果,②外傷性硬膜下水腫と③亜急性硬膜下血腫を生じ,これらを原因として④水頭症となった。

イ 原告Aの水頭症の症状は,平成8年5月13日に症状固定となり,現在終身介護を要する状態である。

(3)  損害額

ア 治療費 176万8086円

原告Aは,沖縄県立H病院に平成7年3月23日から同月29日まで2回通院し,同日から同年12月25日まで同病院に入院し,さらに,同月26日から平成8年4月30日までI病院に入院しており,その間の治療費として,176万8086円を支出した。

イ 入院雑費 42万3800円

原告Aは,平成7年3月29日から平成8年5月13日まで合計326日間入院しており,その間の入院雑費としては,1日当たり1300円が相当である。

ウ 傷害慰謝料 303万3318円

受傷から症状固定日までは13か月と22日間であるところ,その間の傷害慰謝料としては,303万3318円が相当である。

エ 休業損害 194万1056円

原告Aの本件事故直前の平成7年1月から同年3月までの3か月間の収入は42万円であるから,1日当たりの平均収入を4666円として,受傷日から症状固定日までの416日間の休業損害としては,194万1056円が相当である。

オ 後遺障害慰謝料 2600万円

原告Aの現在の症状は,後遺障害等級1級に該当することから,その後遺障害慰謝料としては2600万円が相当である。

カ 逸失利益 2056万8217円

エのとおり,原告Aの1日当たりの平均収入は4666円であるから,67歳まで就労可能として,就労可能年数17年の新ホフマン係数(12・077)を適用して算出すると,原告Aの逸失利益としては,2056万8217円が相当である。

キ 将来の介護料 2686万4760円

原告Aの現在の症状が常に介護を要する状態にあることから,介護料としては1か月当たり13万円が相当であり,平均余命28年として,新ホフマン係数を適用すると,将来の介護料としては,2686万4760円が相当である。

ク 将来の介護雑費 817万1364円

介護雑費としては1日当たり1300円が相当であり,平均余命28年として,新ホフマン係数を適用すると,将来の介護雑費としては,817万1364円が相当である。

(4)  損害のてん補

原告Aは,自動車損害賠償責任保険金として,平成9年9月26日,2896万円の支払を受けた。

(5)  弁護士費用

原告Aは,本件訴訟提起・追行について原告代理人に委任しており,その弁護士費用としては747万円が相当である。

(6)  よって,原告Aは,被告Bに対し,民法709条に基づく損害賠償請求として金6728万601円の支払,並びにうち弁護士費用相当損害金747万円に対する訴状送達の日の翌日である平成10年4月11日から,及びうち弁護士費用相当損害金を控除した金5981万601円に対する本件事故の日である平成7年3月23日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する認否

(1)  請求原因(1)(不法行為)は認める。

(2)ア  請求原因(2)(損害の発生・因果関係)アのうち,①(頭部外傷・頭蓋骨骨折)の傷害の発生,それと本件事故との因果関係,及び④(水頭症)の発症の事実は認め,その余は否認する。

平成7年3月29日の頭部手術の際に,血腫に薄い外膜が認められたこと,キサントクロミーの溶液が噴出し,血腫が淡赤色であったこと,H病院において原告が硬膜下水腫との診断を受けたことは一度もないことから,原告Aには,②(外傷性硬膜下水腫)及び③(亜急性硬膜下血腫)は発症していない。

イ  同イのうち,原告Aの水頭症の症状が,症状固定となり,現在終身介護を要する状態であることを認めるが,その余は否認する。

症状固定の時期は,平成7年7月26日である。

(3)ア  請求原因(3)ア(治療費)については,平成7年7月26日までの87万3040円の限りで認め,その余は否認する。

イ  同イ(入院雑費)は認める。

ウ  同ウ(傷害慰謝料)については,平成7年7月26日までの傷害慰謝料133万6666円の限りで認め,その余は否認する。

エ  同エ(休業損害)については,平成7年7月26日までの56万円の限りで認め,その余は否認する。

オ  同オ(後遺障害慰謝料)については,原告Aが50歳以上の高齢者であることを考慮すると,1700万円が相当であり,その限度で認め,その余は否認する。

カ  同カ(遺失利益)については,原告Aが症状固定時には既に51歳であるから,就労可能年数は16年としてライプニッツ係数(10・833)を適用して計算すべきである。したがって,1845万8089円の限りで認める。

キ  同キ(将来の介護料)及びケ(将来の介護雑費)については,否認する。

(4)  請求原因(4)の事実は認める。

(5)  請求原因(5)の事実のうち,原告Aが本件訴訟提起・追行について原告代理人に委任をしていることは認め,その余は否認する。

3  抗弁

(1)  損害発生に対する過失の競合(因果関係の切断)

ア 沖縄県立H病院医師の過失

(ア) 注意義務

頭部の外傷を負った場合,外傷を原因として,頭蓋内出血が生じていても,受傷直後の検査(CTスキャン等)では出血の有無が判明しないことがある。特に,細い血管から出血しているような場合には,検査によって出血の存在を判断するにはある程度の時間を要する。そのため,事故後に診察した医師は,急性の頭蓋内出血だけではなく,亜急性硬膜下血腫等の発症を念頭に置き,事故直後だけでなく,多少時間を置いた時期に頭蓋内出血の有無を確認すべきであり,具体的には,退院前にCTにより頭蓋内出血の有無を調べるとか,さらに数日後にCTを撮影するため再度受診するように原告A及びその家族に指示すべき注意義務がある。また,重傷者がアルコール酩酊状態である場合,十分な問診ができないので,酔いが冷めるまで経過を観察する必要がある。

(イ) 注意義務違反

原告を診察した沖縄県立H病院の医師は,酩酊していた原告の酔いが冷めるまで経過を観察していないばかりか,退院前にCTを撮影して頭蓋内の出血の有無を確認しておらず,さらに数日後にCTを撮影するため再度受診するように指示もしていない。

(ウ) (イ)と水頭症との因果関係

(ア)の注意義務を履行し,早期に頭蓋内における出血及び髄液を確認してこれを除去すれば,頭蓋内に血液及び髄液が貯留したことを原因とする水頭症及びその後の後遺障害の発症を回避できた。

イ 原告A又はその親族の過失

(ア) 注意義務

原告Aの診療を担当した沖縄県立H病院の医師から,事故の翌日再検査を受けるよう指示されたのであるから,この指示に従って,原告Aとしては再検査を受診すべきであり,原告Aの親族としては再検査を受診させるべきであった。

また,同医師は,原告Aを帰宅させる際に,頭痛やおう吐,又は傾眠傾向がある場合には再受診するように指示している。したがって,そうした症状が現れた場合には,原告A及びその親族は,再度診察を受けるようにすべきであった。

(イ) 注意義務違反

原告Aは,事故直後から,食欲低下,寝たきりの生活(傾眠傾向),普段よりぼーっとしている,便失禁や尿失禁等,本件事故前とは異なる症状が認められていた。

しかし,原告Aは,平成7年3月29日に自宅内で倒れるまで,H病院で再検査を受けていない。

(ウ) (イ)と水頭症との因果関係

(ア)の注意義務を履行していれば,平成7年3月23日から同月29日までの間に原告Aの頭蓋内に血液が徐々に貯留していったことを早期に発見してその除去手術を受けることができ,頭蓋内に血液及び髄液が貯留していたことを原因とする水頭症及びその後の後遺障害の発症を回避することができた。

(2)  過失相殺

緩やかなカーブ,夜間,降雨中,街灯がともっていないという見通しの悪い状況で原告は飲酒酩酊の上車道と歩道を区別する白線から,約1・5メートル車道に入った場所に座り込んでいたものである。

したがって,原告Aの過失割合は少なくとも5割である。

(3)  弁済

被告Bは,原告Aに対し,次のとおり合計412万8248円を支払った。

ア 有限会社Jへの支払分(尿取りパット,大人用紙おむつ及び食事用紙エプロン) 3万1100円

イ 県立H病院への支払分 39万8700円

ウ H病院職員互助会への支払分(平成7年5月15日から同年12月23日までのおむつ代等) 16万0259円

エ I病院への支払分(平成7年12月から平成9年9月までの治療費) 264万0040円

オ I病院への支払分(平成8年1月17日から平成9年10月1日までの入院生活費及びおむつ代) 80万9460円

カ 平成7年6月7日から同年12月26日までの生活雑貨購入費 8万8689円

4  抗弁に対する認否

(1)ア  抗弁1(因果関係の切断)ア(イ)の事実のうち,頭部CT検査をしていない点は認める。

H病院は,原告Aが搬入された直後に頭部CT検査をし,その結果,頭部に出血等の異常を認めず,翌朝も担当医の診察によるも再度頭部CT検査を必要とするような異常は認められなかったため,頭部CT検査をしていないのである。また,翌朝,原告Aはアルコール酩酊状態からさめて十分な問診ができる状態にあった。担当医は,原告Aを診察・問診し,異常がないことを確認した上で,原告Aの容態に変化がある場合には即刻連れてくるように家族に告げて,帰宅を許可している。したがって,H病院の処置には何ら過失はない。

イ  同イの事実のうち,原告Aが平成7年3月29日に自宅内で倒れるまで,H病院で再検査を受けていないことは認める。

原告Aの親族は,担当医から,原告Aの状態に変化があった場合には即刻連れてきてくれと指示を受けた。3月29日までは,原告Aは部屋の中で横になったり座ったりして生活していたが,同日になって原告Aが倒れ,容態の変化が見られたのでH病院を受診したのである。同日まで同病院で再検査を受けなかったことは,原告A又はその親族の注意義務違反とはいえない。

(2)  抗弁2(過失相殺)の事実のうち,緩やかな右カーブ,夜間,降雨中,原告Aが座り込んでいたとの事実は認め,その余は否認する。

本件事故現場は,港の桟橋の船乗り場に続く広場に接する商店街であり,飲食店が立ち並ぶ場所である。道路用の街灯はなかったが,歩車道を分ける白線から直角の桟橋の方向に街灯があった。また,その街灯がともっていた。本件事故現場は極めて明るく見通しがよかった。

原告Aが座り込んでいた場所は,車道と歩道を区別する白線から約35センチ車道に入った場所である。

(3)ア  抗弁(3)(弁済)ア及びイの各支払の事実は認める。

イ  同ウのうち,3605円の支払(平成7年11月21日)の事実は否認し,その余は認める。

ウ  同エのうち,平成9年3月7日から同年10月1日までに合計79万8850円の支払をした事実は認め,その余は否認する。

エ  同オのうち,平成8年1月17日と同年2月22日に合計3万5000円の支払をした事実は否認し,その余は認める。

オ  同カの事実は知らない。

理由

1  不法行為(請求原因(1))について

請求原因(1)(不法行為)の事実は,当事者間に争いがない。

2  損害の発生・因果関係(請求原因(2)及び抗弁(1))について

(1)  本件事故により原告Aが頭部外傷,頭蓋骨骨折の傷害を負ったこと,原告Aに水頭症が発症したこと,これにより現在原告が終身介護を要する状態であることは当事者間に争いがない。また,証拠(甲4,5,6の1から3まで,7の1・2,20,21の1から36まで,乙2の1から6まで,証人K,証人L,証人M,H病院に対する送付嘱託の結果)によれば,次の事実が認められる。

ア  本件事故直後の平成7年3月23日午後11時30分過ぎ,原告Aは,救急車によりH病院に搬送された。同病院では,原告Aに頭部打撲と意識障害を認め,頭部CT検査を実施したが,程度の強い脳の損傷や急性の頭蓋内出血は認められなかったため,翌3月24日午前8時30分ころ帰宅の許可を出し,原告Aは帰宅した。

帰宅の許可を出すに当たっては,担当医師が原告Aの親族らに,どの程度詳細な内容であったかは不明であるが,原告Aに何か異常があったら連れてくるようにとの指示をした(乙第4号証には,酔いががさめたら再受診するよう指示があったかのような記述部分があるが,証人Mの供述に照らし信用できない。)。

なお,原告の担当医師であるM医師は,原告AのCT画像より,慢性硬膜下血腫の可能性がある旨をカルテ上に記載している。

イ  同月29日午前1時ころ,原告Aは,自宅の廊下で白目をむいて倒れていたところを家人に発見され,顔面を叩かれ5分ほどで意識を取り戻した後,家人に支えられて歩行によりH病院を受診した。

その際には,家人から原告Aの症状について,本件事故後,食欲が低下し,寝たり起きたりの生活で,起きるのはトイレに行くときくらいだという説明があった。その後さらに,家人からは病院側に対し,交通事故をしてからよく便をもらしている,元気があったのに本件事故後ぼけーっとしてしまった,今まで仕事をしていたのにしなくなった,尿失禁があり,歩行できず,言葉も以前に比べてはっきりしないようになったという訴えもあった(証人Lは,原告Aに特に変わった様子は見られなかった旨述べ,証人Kも同旨の供述をしているが,乙第2号証の4・5の記載に照らして信用できない。)。

原告Aは,診察した丁医師により,慢性硬膜下血腫の憎悪と診断され,手術目的で入院することになり,同日夕方,両側穿頭血腫除去術が施行された。

ウ  原告Aは,その後,同病院に入院を継続し治療を受けたが,同年4月19日には,入院が長期に及んだことに起因して下肢静脈血栓症を発症し,治療を受けた。

さらに,同月25日の頭部CT検査により,水頭症の発症が認められたため,原告は,翌月10日に,脳室腹腔短絡術を受けた。

エ  同年7月26日には,H病院N医師により,頭蓋骨骨折,亜急性硬膜下血腫(甲第7号証の1には「亜急性硬膜外血腫」と記載されていているが,証人Mによれば,亜急性硬膜下血腫の誤記と認められる。),外傷性クモ膜下出血,髄膜炎,水頭症の傷病名の下,自覚症状としては歩行困難があり,後遺障害としては,「頭部外傷後,自発性の低下が顕著であり,認知障害(痴呆)が認められる。四肢の筋力低下,四肢の関節の固縮が認められ,リハビリ中で,介助を得て立てるまでに回復したが,日常生活全般にわたり介助を要する。」として,同日症状固定と診断された。

なお,この診断結果を記した診断書(甲第7号証の1)においては,既存障害として精神遅滞が認められており,「本件事故前には,原告Aに軽度の精神遅滞を認めるも,介助を必要とせず自転車に乗ったりして仕事を行っていたとのことである。」との記載がある。

オ  原告は,その後もH病院で入院治療を続け,同年9月30日ころには,車いす移動の状態であり,歩行訓練等の理学療法を受けていた(なお,この点は甲第6号証の3により認めるところ,同号証は,H病院O医師の平成7年10月25日付け診断書である。これには,傷病名として,亜急性硬膜下血腫,深部静脈血栓症(左下肢),正常圧水頭症と記されているほか,治療経緯として,3月29日に頭部CTで亜急性硬膜下血腫と診断し,緊急手術を行った旨の記載がある。)。

カ  その後,原告Aは,同年12月26日,入院加療目的で,H病院からI病院に転院した。

同病院では,リハビリテーションを主に対症療法にて行い,経過観察を受けたが,平成8年4月5日においても,車いすによる移動,介助が必要な症状が持続していた。同病院において,原告Aは,同年5月13日に症状固定との診断を受けた。その際には,症状の寛解は期待できず,現症状で推移することが推測されるとの見通しが述べられていた。

その後も,原告Aは,同病院に入院を続け,少なくとも平成9年10月ころまでは対症療法,運動療法等を受けたが,同年9月30日においても,両下肢筋力低下による歩行障害が認められている。

また,原告Aは,同月ころまでには,自賠責保険において後遺障害等級1級3号に該当するとの認定を受けた。

キ  本件事故による受傷直後の原告Aを診察した丙医師(当時H病院副院長,一般外科担当。現在,県立P病院小児外科部長)は,法廷において,要旨次のように述べている。

(ア) 証人として法廷で証言するに当たり,原告Aのカルテの平成7年3月24日の記載で慢性硬膜下血腫の可能性を指摘している点に関して,沖縄県立P病院の脳外科医師3名に原告のCT画像を見てもらい意見を聞いた。意見を聞いた医師らによると,原告の3月24日当時のCT画像では,慢性硬膜下血腫を認めることはできず,むしろ異常は認められないとのことであった。原告Aがアルコールの常習者でよく頭を打つことがあるという認識から,慢性硬膜下血腫の可能性を指摘したが,自分としても,現在ではCT画像の読み過ぎだったと考えている。

(イ) 原告Aのその後の症状の経過や3月29日の穿頭血腫除去術の施術経過から判断して,原告Aの症状は亜急性硬膜下血腫と外傷性硬膜下水腫の合併症と判断すべきだというのが,脳外科医らの意見であり,自分もそのとおりだと考えている。

3月29日に原告Aを診察したN医師が,原告Aを慢性硬膜下血腫と診断したのは,3月24日のM医師のCT画像所見に引きずられた可能性が強いが,結果として妥当ではない。

原告Aの症状が,慢性硬膜下血腫の憎悪である可能性は,原告Aに事故直後,慢性硬膜下血腫が認められず,その5日後にH病院で穿頭血腫除去術を受けるまでに至った経過,同手術の際の所見等からして否定される。原告Aは,平成7年1月1日に頭を打ってH病院に運び込まれたことがあるが,それにより慢性硬膜下血腫が発症したともいえない。

また,3月29日に原告Aが倒れた際に急性硬膜下血腫,又はそれに加えて外傷性硬膜下水腫が発症した可能性は,当日の原告Aの頭部CT画像からして,考えにくい。

(ウ) さらに,水頭症の発症については,穿頭血腫除去術の後,髄液循環の異常を来し,その結果,水頭症となったのだろうというのが,脳外科医らの意見である。水頭症は,硬膜下血腫の治療をしたことに起因して発症することは通常ないと思う。

水頭症発症の具体的な機序は,知識がなく分からないが,比較的患者数が多い県立P病院の脳外科医師らによると,外傷性硬膜下水腫が水頭症を引き起こす事例はままあるということであった。

(2)  以上によれば,原告Aは,本件事故により,M医師によれば亜急性硬膜下血腫及び外傷性硬膜下水腫の合併症とされる症状を発症し,その後,それらの症状に対する治療措置に起因して,水頭症を発症したものというべきである。

被告Bは,この点,次のアからウの指摘をして,原告Aには亜急性硬膜下血腫及び外傷性硬膜下水腫は認められないと主張している。

ア  医学文献である乙第5号証及び甲第24号証の記載から,原告Aに亜急性硬膜下血腫及び外傷性硬膜下水腫が発症したとはいえない。

イ  穿頭血腫除去術の際に認められた原告Aの頭蓋内貯留物の内容とアで挙げた医学文献の記載との対比からして,原告Aに亜急性硬膜下血腫が発症したとはいえない。

ウ  H病院の診療録,診断書その他のほとんどが原告Aについて慢性硬膜下血腫の診断名を記載しており,外傷性硬膜下水腫と診断された経過はない。M医師も,外傷性硬膜下水腫といえばいえるかなといった程度で,確信をもって断定していない。

しかし,アに関しては,乙第5号証によれば用語の定義の問題があることがうかがえるから,それらの文献から原告A主張の結論は導き出すことはできない。イに関しても,亜急性硬膜下血腫のみの場合との対比による主張であって,外傷性硬膜下水腫を併発した場合には直ちに当てはまらないから,上記認定を左右するものではない。

ウに関しては,上に認めたように,H病院の医師が一貫して原告に慢性硬膜下血腫を認めていたわけではなく,遅くとも平成7年7月26日ころまでには,慢性硬膜下血腫から亜急性硬膜下血腫の傷病名に見直されている。また,外傷性硬膜下水腫については,確かに証拠として現れた診療録及び診断書のいずれにもその診断名はないが,M医師は法廷において具体的な根拠を提示して外傷性硬膜下水腫と判断すべきことを述べている。被告Bが指摘している供述部分は,本件事故直後(3月23日当時)のCT画像から外傷性硬膜下水腫の判断ができるかとの問いに対して答えた部分であって,被告Bの指摘は当たらないというべきである。

なお,さらに付言すれば,M医師の上記供述からすれば,原告Aの症状に関して,少なくとも,本件事故以前に慢性硬膜下血腫が存しこれが憎悪したこと,本件事故後の3月29日に倒れたことに起因して急性硬膜下血腫及び外傷性硬膜下水腫が発症したことの2点は明らかに否定されるというべきである。そして,弁論に現れたすべての事情を考慮しても,ほかに原告Aの3月29日以後の症状の原因として疑うべき事柄の存在はうかがえないのであるから,個別具体的な機序をつまびらかにするまでもなく,原告Aの症状と本件事故との因果関係は十分に認められるというべきである。

(3)  よって,次のとおり結論付けることができる。

原告Aは,本件事故により頭部外傷,頭蓋骨骨折を負い,これによってM医師によれば外傷性硬膜下水腫,亜急性硬膜下血腫とされる症状を発症し,さらに,これにより水頭症を発症するに至った。これらのため,平成7年3月23日から同月24日かけてH病院で治療を受け,さらに,同月29日からH病院で入院加療を受けたものの,同年7月26日に症状固定の診断を受け,そのころ,症状固定に至った(上記認定によれば,原告Aにはそれ以降の加療によっても明らかな改善が認められないことから,同日ころ症状固定に至ったものと認められる。)。

症状固定段階において,原告Aには,認知障害(痴呆)が認められ,四肢の筋力低下,四肢の関節の固縮があり,日常生活全般にわたり介助を要する状態であった。そして,その状態は現在に至るまで変化なく,原告Aは,現在,終身介護を要する状態にある。

(4)  ところで,被告Bは,H病院又は原告A側の過失により因果関係が切断されると主張しているので,ここでこの点について検討する。

被告Bの主張する因果関係の切断が理論上認められるかについては,議論の余地があるが,仮に被告Bの主張する過失により因果関係が切断されるとしても,因果関係が切断されるためには,当該過失がなければそれ以降に損害が発生し,又は損害が拡大することはなかったはずであるといえなければならないと考えられる。しかし,被告の指摘する証人Mの供述部分によっても,その可能性が認められるだけであり,ほかに損害が発生しなかったはずであると認めるに足りる証拠はない。因果関係の切断を認めることはそもそも困難である。なお,以上によれば,帰宅後,再度H病院を受診する3月29日までの間に,原告には,①食欲低下,②寝たり起きたりの生活,③よく便失禁があり尿失禁もある,④元気がなくなり,仕事もせずぼけーっとしている,⑤歩行困難,⑥言葉が以前にも増して不明瞭となるとの症状が発現したことが認められる。しかし,その発現の時期は不明確である上,3月24日に担当医師が帰宅許可をした際の指示も,詳細に行われたとしても,激しい頭痛の発現,頻繁に繰り返すおう吐,傾眠傾向(何度起こしてもすぐに寝てしまう状態),意識消失のいずれかが見られた場合には再受診するようにとのものであったと考えられ(証人H),これらの再受診すべき場合は原告に発現した症状には必ずしも適合しない。したがって,上の事実から,3月29日以前に原告の再受診を期待することができ,再受診があれば新たな損害の発生又は損害の拡大が防止できたとはいえないから,これによって過失相殺又はそれに準じた処理をすることも相当ではないと考えられる(ただし,この点に関しては,傷害慰謝料算定においてしんしゃくすることとする。)。

3  損害額(請求原因(3))について

(1)  治療費

原告Aが,平成7年7月26日までに87万3040円の治療費を必要としたことは当事者間に争いがなく,証拠(甲8の4・5,16,17)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,同年8月及び9月分の投薬料,注射料,処置料,検査料,レントゲン料及び入院料として22万2830円を,同年10月分の投薬量,処置料,検査料,画像診断料及び入院料として11万2611円を,同年11月分の投薬量,処置料及び入院料として10万5435円を,それぞれH病院に支払ったこと,同年12月26日から平成8年4月30日までの診察料,処置料,レントゲン料及び入院料として,I病院に45万350円を支払ったことが認められる。

また,上記のとおり,原告Aは平成7年7月26日ころ症状固定に至ったものと認められるが,原告Aの症状は重篤であるから,I病院において症状固定と診断された平成8年5月ころまでの治療はその症状を悪化させないためにも相当なものであったというべきである。

よって,本件事故による治療費相当額の損害は176万4266円と認められる。

(2)  入院雑費

請求原因(3)イの事実は当事者間に争いがない。

よって,本件事故による入院雑費相当額の損害は42万3800円である。

(3)  傷害慰謝料

上記認定の受傷から症状固定日までの期間,原告の受傷部位及び程度,治療経過(2(3)において述べた事情並びに乙第4号証及び被告本人の供述により認められる被告Bが原告A方を訪問して受診を勧めた事実を含む。)等,弁論に現れた諸事情を総合考慮すれば,原告Aが本件事故により受傷し治療を受けたことによる精神的,肉体的苦痛に対する慰謝料は,当事者間に争いがない133万6666円とするのが相当である。

(4)  休業損害

証拠(甲9)によれば,原告Aが平成7年1月から3月までに得た収入は,順次14万円,15万4000円,12万6000円であることが認められる。これによれば,原告Aの3か月間の平均収入は1日当たり4666円である。また,以上によれば,原告Aは,本件事故後,受傷により同年7月26日の症状固定日まで休業を余儀なくされたというべきである。

よって,本件事故の日の翌日から症状固定日までの125日間の休業損害は,58万3250円となる。

(5)  後遺障害慰謝料

原告Aが本件事故により,終身介護を要し,車いすでしか移動できないという重篤な後遺障害を負ったことのほか,弁論に現れた諸事情を総合考慮すれば,原告Aの本件事故による後遺障害に起因する精神的,肉体的苦痛に対する慰謝料としては,2600万円が相当である。

(6)  逸失利益

原告Aは,本件事故による障害が症状固定した当時51歳で,1日当たりの平均収入4666円を得ていたから,67歳まで16年間就労可能であり,その間に平均して1年当たり170万3090円の収入を得ることができたものと推認される。しかし,本件事故による後遺障害により,その労働能力をすべて失ったから,これによる逸失利益は,その本件事故当時の現価をライプニッツ方式により年5分の割合による中間利息を控除して算出すべきである。

これによれば,次の算式のとおり1845万7579円となるが,これを上回る1845万8089円の範囲で当事者間に争いがない。よって,逸失利益は,1845万8089円となる。

(算式)1,703,090×100%×10.8377=18,457,579 (小数点以下切り上げ)

(7)  将来の介護料

原告Aは症状固定時において介護を必要とする状態にあり,終身この状態が継続するものと考えられる。そこで,症状固定日以降の28年間介護を必要とするものとして算定するのが相当であり(平成12年簡易生命表(男)51歳の平均余命は,28.93年である。),また,その場合の介護料は1か月当たり13万円,すなわち,年当たり156万円とするのが相当である。

よって,この介護料の本件事故当時の現価をライプニッツ方式により年5分の割合による中間利息を控除して算出すると,2324万1036円となる。

(算式)1,560,000×14.8981=23,241,036

(8)  将来の介護雑費

以上の事実に加え,甲第8号証の5によれば,原告Aは平成8年6月から平成9年1月までのI病院入院時におむつ代を必要としていたことが認められ,これらによれば,原告の介護に当たってはおむつ代等の雑費が必要であると推認される。また,この雑費は,終身必要と考えられるから,将来の介護費と同様,症状固定日以降28年間必要とするものというべきところ,以上の事実によれば,その間に必要なこの雑費の額は,平均して,月当たり3万円,すなわち,年当たり36万円とするのが相当である。

そこで,この雑費の本件事故当時の現価をライプニッツ方式により年5分の割合による中間利息を控除して算出すると,536万3316円となる。

(算式)360,000×14.8981=5,363,316

4  過失相殺(抗弁(2))について

(1)  本件事故当時,原告Aが道路に座り込んでいたことは当事者間に争いがなく,以上の事実に加え,証拠(甲10,13の1・2,乙2の3・4,証人M,被告B本人)により認められる事実を総合すると,次のとおりである。

ア  本件事故は,午後11時35分ころ,沖縄県石垣市D町E番地Q先道路上で起こったものである。同店先道路(以下「本件事故現場」という。)は,ホテルF方向から北向きに延びる市道が東向き(G町方向)に曲がるカーブ部分の,G町方向に曲がり切ろうとするあたりである。本件事故現場付近は,市街地であり,カーブの外側道路沿いには商店等が並び,カーブの内側は船乗り場となっている。

被告Bは,帰宅するために,ホテルF方面からG町方面に向けて,普通乗用自動車(車幅178センチメートル,車高181センチメートル)を運転し,時速約30キロメートルで,中央線の引かれていない車道の左寄りを走って,本件事故現場に差し掛かった。

本件事故現場手前から本件事故現場にかけては,道路が被告進行方向の右方へ湾曲していることから,見通しが悪かった。当時は小雨が降り,アスファルト舗装された道路はぬれていた。歩行者や車の流れはなく,交通は閑散としていた。また,街灯はついていなかったが,真っ暗という状況ではなかった(本件事故現場付近には,自動販売機複数台が置かれており,その明かりは存在していた。)。

イ  被告Bは,本件事故現場の手前,原告を発見する地点から約20メートルの地点で,後方から速度を上げて接近してくる車があったので,その車に気を取られ,前方を注視せず,速度を時速約25キロメートルに減速したのみで進行した。

そして,被告Bは,原告を約8メートル先に発見して,急ブレーキを掛けたが,間に合わず,自車前部バンパーの真ん中付近を原告Aの頭部にぶつけ,さらに60センチメートルほど進んで停止した。原告Aは,衝突の衝撃で,道路上に転倒した。

当時,被告Bは,前方を注視していれば,衝突地点から直線距離にして22.5メートル手前で,原告Aを発見することができた。

ウ  原告Aは,本件事故当時,酒を飲んでおり,Q店店舗建物南西角から6.1メートル,同建物南東角から8.7メートルの地点の車道上に足を投げ出して座っていた。原告Aが座っていたのは,車道端から少なくとも1.5メートル程度は車道内に入った地点であった(このことは,甲第10号証の中の実況見分調書における関係距離の記載から認められる。ただし,同調書の交通事故現場見取図では,衝突地点を車道端から1.2メートルほど内側の地点として記しているが,この地点と,上に認めたQ店の南西角及び南東角と衝突地点との距離関係から特定した地点とは,異なっている。しかし,交通事故の実況見分に当たっては,2つの基点を決めた上でそれらとの距離を測り,この距離によって位置を特定するのが通常と考えられるから,同見取図上の記載ではなく関係距離の記載のほうを信用すべきである。そして,これにより2つの基点からの距離により導き出した衝突地点の車道端からの距離は,1.5メートル以上あることが認められる。)。

なお,原告Aが座っていた地点については,原告Aは,車道と歩道を区別する白線から約35センチメートル内側の車道上であると主張し,その証拠として甲13号証の1から7まで及び14号証の1から23まで(本件事故現場付近を本件事故後に撮影した写真)を提出しているが,これらだけでは衝突地点をどのようにして特定したのかすら明らかではなく,原告Aの主張を採用することは到底困難である。また,別途,被告Bは,上記認定とは異なる地点に原告Aが座っていたと主張し,被告B本人はこれに沿う供述をし,また,乙第1号証,第4号証及び第6号証にはこれに沿う部分がある。しかし,これらは要するに被告Bの記憶に基づくものであるところ,被告Bの記憶の正確さからすれば,本件事故直後に警察により行われた実況見分の結果が記載された甲第10号証の中の実況見分調書及び被告Bの供述調書のほうが信頼がおけるというべきである(被告B本人の供述からすれば,この実況見分は本件事故直後の被告B本人の認識に基づいて行われたものと認められる。)。

(2)  以上によれば,原告Aには,夜間,あまり明るいとはいえない道路がカーブしている場所で,車道上の端から少なくとも1.5メートル入った地点に足を投げ出して座っていたという落ち度が認められる。

他方,被告Bは,夜間,商店等が並ぶ市街地の道路を進行中であり,かつ,直線距離にして20メートル以上手前から原告Aを認識できたのに,後方から接近してくる車に気を取られたため,実際には8メートル手前に至るまで原告Aを発見できなかったという著しい過失がある。

(3)  よって,本件事故は,被告Bの過失と原告の落ち度があいまって発生したものというべきところ,これらの内容及び程度を対比し,本件事故現場の状況,本件事故の態様,原告に精神遅滞があったことその他の本件弁論に現れた諸事情を総合考慮すると,原告Aには,本件事故に関し3分の1の割合の過失があったものとして,過失相殺をするのが相当である。

したがって,以上認定の原告Aの損害合計7717万423円から3分の1を控除すると,原告Aが賠償を求めることのできる損害額は,5144万6949円となる。

(算式)77,170,423-(77,170,423÷3)=51,446,949 (小数点以下切り上げ)

5  損害のてん補及び弁済(請求原因(4)及び抗弁(3))について

請求原因(4)の事実,抗弁(3)ア・イの各事実,抗弁(3)ウのうち合計15万6654円を支払った事実,同エのうち合計79万8850円を支払った事実,及び同オのうち合計77万4460円を支払った事実はいずれも当事者間に争いがない。

また,その余の抗弁事実を認められるだけの証拠はない。

よって,原告Aは,本件事故による損害のてん補又は弁済として,合計3111万9764円の支払を受けたから,これを過失相殺後の損害額5144万6949円から控除すると,2032万7185円となる。

6  弁護士費用(請求原因(5))について

原告Aが本件訴訟の提起及び追行を弁護士である原告代理人に委任していることは当事者間に争いがなく,原告代理人が本件訴訟を提起,追行したことは本件訴訟上明らかである。

これに本件事案の内容,審理経過,原告代理人の訴訟活動の状況,認容額などを考え併せると,本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は200万円とするのが相当である。

7  まとめ

以上の次第で,原告Aの被告Bに対する本訴請求は,本件事故による不法行為に基づく損害賠償請求として金2232万7185円,並びにうち弁護士費用相当損害金を控除した金2032万7185円に対する本件事故の日である平成7年3月23日から,及びうち弁護士費用相当損害金200万円に対する訴状送達の日の翌日である平成10年4月11日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 小海隆則)

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