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那覇家庭裁判所 平成元年(少)602号 決定

少年 M・K子(昭48.4.21生)

主文

少年を中等少年院に送致する。

理由

1  非行事実

少年は、浦添市立○○中学校3年に在籍するものであるが、これまでに家出、怠学、シンナー吸引、不良交遊、窃盗等の非行があり、昭和62年5月13日から沖縄県中央児童相談所(以下「児相」という。)に係属し、その後遊び仲間数人が教護院入園後も少年の行動の改善がみられず昭和62年10月8日から同月31日まで児相で一時保護をしていたが、一時保護中は無断外出、逸脱行為もなかったので帰宅させたところ、即日家出をし、2~3日後に見つかったが、その後わずかの期間登校したのみで、以後再三の家出をくり返してきた。

少年は、昭和63年5月23日○○中学校の生徒指導主任と共に自ら児相に来所し教護院に入園して頑張りたい旨述べたが、父親から健康診断用の金をもらったまま行方不明となり、以後時折自宅に立ち寄ることもあったが、居所不明のまま友人宅等に寝泊りしながら浦添市在のカフエー「スナツク○○」でホステスとして働いていたところを保護されるに至ったものであって、保護者の正当な監督に服さず、かつ自己の徳性を害する行為をする性癖を有するもので、少年の性格または環境に照らして将来、売春または窃盗の罪を犯すおそれがある。

2  適用法令

少年法 3条1項3号イ、ニ

3  処遇理由

本件は、少年に対し、おおむね上記1の非行事実記載のとおりの事由により、沖縄県中央児童相談所長から児童福祉法第27条の2の規定により、少年の行動の自由を制限しまたはこれを奪うような強制的措置をとる必要があるものとして送致されたものである。

そこで、少年に対し、強制的措置をとることの要否について検討する。沖縄県中央児童相談所の児童記録票、鑑別結果通知書(2通)、少年調査記録及び審判の結果によれば、上記1の非行事実のほか、次の事実が認められる。

(1)  少年は、昭和63年2~3月頃、○○工業高校3年生Aと交際し、同人宅にたびたび出入りして、同人宅で4~5回性交渉をもち、同人の母に発見され「来るな」といわれ叩かれた。

(2)  少年は、昭和63年6月8日沖縄県立教護院沖縄実務学園に入園措置の決定がなされたが、少年の家出が続いたため、同学園には入園しないままの状態が続いていたところ、昭和63年6月15日少年が、B子宅にいたところを訪問した児相のワーカーに発見され、一時保護者に同行するよう説得を受けたが従わず、その後も家出状態が続き、この頃、鳶職のC(昭和42年11月15日生)と知り合うようになった。

(3)  少年は、家出しても時々昼間立寄って食事をしたり風呂に入って着替えをしたりしたが、昭和63年7月初め頃からは全く家に戻らず、D子(少年より2歳年上)が、昭和63年6月からホステスとして働いていた「スナツク○○」に遊びに行き同店がアルバイト募集中であったので少年も同店でホステスとして働いていた。なお、少年の自室の女物財布から出てきた暴力団○○会組長の名刺は組の下っぱが客として来た時、暇な時電話で呼んでくれといってD子がもらっていたものを少年が預かっていたものである。

(4)  少年の「スナツク○○」での勤務時間は午後10時から午前4~5時までであり、日収は5000円であった。

少年は、昭和63年7月頃にCが「スナツク○○」に客として来たことから親密になり、少年が同人のアパートに出入りして性関係をもつようになって、以後、同人との関係が続いた。

少年は、昭和63年10月22日「スナツク○○」に就労中のところを○○署員に補導され、児相から当庁に本件強制的措置許可申請がなされたところ、同日観護措置決定がなされ、昭和63年11月8日那覇少年鑑別所での検査の結果妊娠3か月であることが判明した。少年の親権者である父M・Zは、同月10日、少年の妊娠中絶手術をすることについて少年の同意を得たうえ、同手術をするために本件観護措置決定の取消申請(取消期間昭和63年11月10日から同月14日まで)をし、遅くても同月14日午前10時までには、少年を当庁に出頭させる旨の誓約をしたので、当裁判所は、少年の妊娠中絶手術のため、同月10日本件観護措置決定を取消した。少年は、父親が同伴して帰宅させ、同月11日那覇市○○在の○○産婦人科病院において人工中絶手術をし、同病院でしばらく安静にした後に自宅に戻ったが、少年は同月12日午後4時50分頃再び家出をし、所在不明となった。当裁判所は少年に対し昭和63年11月14日と平成元年1月11日及び同年3月7日にそれぞれ緊急同行状を発布して少年を当庁に同行するよう○○警察署長に対し上記同行状の執行嘱託をしたが、少年は所在不明であることを理由に上記同行状は返戻された。当裁判所は、更に平成元年5月10日少年に対し緊急同行状を発布し、○○警察署長に対して同行状の執行を嘱託していたところ、少年は、同月15日午前11時28分上記同行状によって当庁に同行された。

少年は、上記家出期間中肩書住居地において、前記Cと同棲をし、平成元年5月18日現在妊娠3か月であるが、少年の父母が、少年に対し人工中絶の手術をすすめても少年は、今回は子供を産みたいと言ってこれを拒否している。

なお、国立きぬ川学院は、人工中絶の手術後であれば、少年の入院について承認するが、妊娠中の少年の入院については、これを拒否している。

(5)  少年の人格は、極めて未熟で、幼稚な欲求に従い、勝手気ままに振る舞おうとするし、その場その場を難儀苦労をせずに楽しく過ごして行ければそれでよいとする態度で、幼稚な見境のない楽天さ、見通しのなさがあり、社会的なことがらに対する関心は乏しく、自己の徳性にも無関心で、社会性は未熟である。

少年の内的な世界は、幼稚な自己中心性、空想性が支配的である。少年は、外交的で活動性は高いが、意思の方向は定まらず、持続力や集中力に乏しく、少しの困難で場面回避したり逃避しやすい反面、盛り場や不良交遊、異性交遊、シンナー吸引など遊び文化、不良文化にはかなり親しんでおり、無批判、無抵抗でせつ那的享楽的な価値態度である。

(6)  少年の父母は、昭和45年10月5日に婚姻し、昭和60年10月18日に協議離婚をした。少年及び兄Iの親権者は父、弟Hの親権者は母と定め、離婚後約1年間は父、兄、少年は1階に住む視父母宅で食事をしていたが、少年が夜遊びし小言を祖父母からいわれるのを嫌い一緒に食事はしないようになり、外食したり弁当などを配達してもらって済ませるようになった。少年が家出を繰り返すようになってからも、父親は、1年間位は少年を探し回り連れて帰ったりしていた。少年は、父が注意すると特に反発もせずいうことは聞いたが、2日位すると落着がなくなり家出を繰り返した。一時は、母親が引取って監督をしたこともあるが、少年は自由がきかないのを嫌い自宅にすぐ戻っている。

(7)  少年の父母は、少年に対し、指導性を失い、施設に収容して矯正教育を受けさせることを希望しており、児相も少年に対する処遇については、少年院送致が相当である旨の意見書を提出している。

以上の事実によれば、少年は、再三にわたって長期の家出をしており、家出期間中は、不良交遊、窃盗、シンナー吸引、ホステスとしてスナックで深夜就労したこと及び異性交遊等があり、少年の非行性格は極めて固定化して高度化し、既に自由を束縛する強制的措置を相当期間必要とする段階にあるものというべきであるが、国立きぬ川学院は、妊娠中の少年の入院については、これを拒否しており、執行面に支障がある以上やむなく本件強制的措置許可申請は、これを許さないこととし、なお、本件送致には、上記許可申請が許可されない場合には、予備的に通常の事件送致が含まれていると解するのが相当であるというべきところ、前記認定の本件非行の態様、少年の性格特性、これまでの生活歴、少年の父母は、少年に対し指導性を失い施設収容を希望していること及び少年の生活環境等に鑑み、今後少年を健全に育成するためには、少年を中等少年院に収容して矯正教育を受けさせるのが相当である。

よって、少年法24条1項3号、少年審判規則37条1項後段、少年院法2条3項により、主文のとおり決定する。

(裁判官 喜如嘉貢)

〔参考〕送致書<省略>

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