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那覇家庭裁判所 平成16年(家)291号 審判 2004年9月21日

申立人 A

相手方 B

主文

1  相手方は、申立人に対し、平成16年9月から申立人と離婚又は別居状態解消に至るまで1か月金35万円を毎月末日限り支払え。

2  相手方は、申立人に対し、金85万円を支払え。

理由

第1申立ての趣旨

相手方は、申立人に対し、婚姻費用の分担として月額50万円を支払え。

第2当裁判所の判断

1  一件記録によれば、次の事実が認められる。

(1)  申立人は、平成6年11月22日、相手方と婚姻し、平成7年8月29日長女Cを、平成10年5月5日、二女Dをそれぞれもうけた。

相手方は、平成16年1月中旬ころまで、申立人、長女及び二女とともに、本籍地のマンションで居住していたが、申立人との婚姻関係について悩んでいたことから、現住所にマンションを借り、それ以降、同所と本籍地のマンションとを行き来するようになり、同年3月上旬ころ、専ら現住所に居住するようになり、別居状態となった。

申立人は、同年2月ころには、相手方と離婚することは考えていなかったが、相手方との話し合いが進まないことから、同年5月1日、本籍地のマンションを退去し、長女及び二女を連れて、住所地に転居した。

申立人は、現在、住所地において、長女(現在9歳)及び二女(現在6歳)とともに居住している。

(2)  申立人は、同年6月18日、婚姻費用の分担調停事件を申し立て、同調停事件は、同年8月23日、合意が成立する見込みがないことから、不成立となり、本件審判事件に移行し、審問期日において、当事者は、調停段階での証拠を提出し主張を述べた。

(3)  申立人は、住所地に転居後、アパレル関係の会社に勤務し、同年6月16日以降、毎月23万円の給与を受け、今後、同額の給与を受けることが見込まれるが、賞与が見込めないことから、総年収としては12倍をした276万円の収入が見込まれる。

相手方は、歯科医師であり、平成7年7月ころ、歯科医院を開業し、平成10年10月ころ、医療法人を設立して、現在、同医療法人の代表者である理事長兼院長として稼働している。

同医療法人は、申立人に対し、設立当初から理事としての報酬を支払っており(所得税法57条に規定する青色事業専従者に対する給与であり、以下、「専従者給与」という。)、同専従者給与はこれまで当事者の婚姻費用として費消されてきたが、申立人が平成16年3月31日理事を辞職し、同年5月以降、申立人が転居したことを契機に支給されていない。一方でこれに対応して新たな雇用もされていないため、その利益分は医療法人に帰属している。

(4)  なお、同医療法人は、相手方の両親が所有する不動産を賃借しており、相手方の両親に対し月額30万円を支払っている。また、相手方の父が代表者をつとめる有限会社は、相手方の父に対して、年間300万円の、相手方の母に対して、年間264万円の、それぞれ給与を支給している。

2  判断

(1)  相手方の収入について

申立人は、相手方の収入が年収3204万円であると主張し、その理由として、ア 平成14年度、平成15年度市民税・県民税特別徴収税額の通知書によれば、1800万円の給与所得があり、別居以降の資料は信用できないこと、イ 申立人は、平成14年度、平成15年度市民税・県民税特別徴収税額の通知書によれば、医療法人から年間840万円の給与を受けていたことになっていたが、これは税務対策のために専従者給与を計上していたのであり、今後、専従者給与として計上しなくとも、相手方は代表権を有する理事長であるから、なんらかの別の名目で相手方の実質的な収入とすることが可能であること、ウ 医療法人は、相手方の両親に対し、相手方の両親の所有する不動産を賃借しているとして賃料月額30万円を支払っていることとなっているが、これらの賃料の振込先の預金通帳は相手方が管理をしているから、実質的には相手方の収入となっていること、エ 相手方の父が代表者をつとめる有限会社は、医療法人の税務対策用のトンネル会社であるが、同有限会社は、相手方の両親に対し、これまで年間300万円及び年間264万円をそれぞれ支給したこととなっているが、現実には相手方の両親は稼働しておらず、かつ、給与振込先の預金通帳は、いずれも相手方が管理しているから、実質的には相手方の収入となっていることなどを挙げる。

これに対し、相手方は、ア 平成16年1月1日以降の医療法人からの理事長の報酬額は月額110万円であり、賞与がないことから、理事長報酬の年間総収入としては12倍をした1320万円であること、イ 申立人に対して支給していた専従者給与は医療法人における人件費の減少となるのみであり、相手方の収入とはならないこと、ウ 医療法人が支払う賃料は、相手方の両親の収入であって、相手方の収入ではないこと、エ 有限会社が支給する給料は、相手方の両親の収入であって、相手方の収入ではないなどと反論する。

そこで検討するに、まず、医療法人から受ける報酬額については、年間1320万円であると認める。なぜなら、医療法人の議事録によれば、別居前の平成15年12月25日に、相手方にとって不利となる従来の月額100万円から月額110万円に引き上げられていることから、信用できると考えられるからである。

次に、申立人が平成16年5月まで受給していた月額60万円(年額720万円)の専従者給与相当額については、その額を相手方収入に加算するのが相当と考える。なぜなら、まず、申立人がこれまで受給していた専従者給与の額については、医療法人の議事録によれば、別居前の平成15年12月25日に、相手方にとって不利となる従来の月額50万円から月額60万円に引き上げられていることから、信用できると考えられ、次に、この専従者給与額に相当する利益は、平成16年5月以降、医療法人に帰属しているところ、同医療法人は、相手方により設立され、自ら理事長となって業務を総理していることからすると、医療法人の財産は、現在、実質的に相手方に帰属し、最終的にも相手方が取得する可能性が高いと評価できること、その上、これまで専従者給与は婚姻費用として費消されてきたことも考慮すると、これを婚姻費用の分担額を定める収入とするのが相当と考えられるためである(分担義務者が個人会社の代表取締役である場合において、収入を単に源泉徴収票による報酬によるのではなく、会社の売り上げを考慮した実質的な報酬とし、その認定については、推認によった例として東京家裁昭和40年5月10日審判・家裁月報第17巻10号112頁)。もっとも、相手方は、今後、医療法人の収入を明らかにして反論することも考えられるが、専従者給与を加算した額を相手方の収入としたのは、平成16年5月時点において、当該時点の医療法人の収入がいくらであるかにかかわらないものであり、また、それ以降の医療法人の一般的な減収を理由とするのであれば、その事情は流動的であるから、数か月間の減少を示すだけでは足りないため、相手方が現在の収入を明らかにしても反論としては意味がない。

次に、申立人は相手方の両親が受けていた収入が相手方の収入となると主張するが、現在の資料によっては、これを認めることができない。なぜなら、これが認められるかどうかについては、相手方及び相手方の両親の説明について審理し、客観的な証拠を踏まえた上、説明の合理性、整合性を吟味する必要があるところ、申立人において、早期の支払いを求めるため、これ以上の立証を希望せず、相手方も自ら証拠を提出しないというのであるから、結局、証拠が十分ではないといわざるをえない。

(2)  申立人の収入については、年収276万円と認められる。

(3)  以上の年収を前提にして、当事者間の未成年子の数及び年齢並びに現在の監護者を前提にして、現実の婚姻費用の分担額を定めるために、目安となる標準的な婚姻費用の分担額を求めることとし、それについては、基礎収入の認定について、税法等で理論的に算出された標準的な割合と統計資料に基づいて推計された標準的な割合をもって推計することとし(家裁月報55巻7号155頁)、標準的な割合を、申立人について40パーセント(概ねの数値として採用する。)、相手方について34パーセント(給与所得者の最も高額者の場合の値として研究が本文中に掲げる数値)として、基礎収入は、申立人について、約110万円(276万円×0.4)、相手方について約694万円(2040万円×0.34)であり、申立人世帯に振り分けられる婚姻費用は、(110万円+694万円)×(100+55+55)÷(100+100+55+55)=約545万円であり、義務者から権利者に支払うべき婚姻費用の分担額は435万円(545万円-110万円)である(月額36万円)。

(4)  申立人及び相手方の主張する特に考慮すべき事情について

申立人は、平成16年4月から6月の月額支出平均として約66万円の支出があり、今後も同額が必要であると主張し、相手方は、月額支出として同年5月に約105万円の支出が必要であったと主張している。しかしながら、世帯を別にすることにより発生する収入に応じた公租公課、職業費及び特別経費は既に考慮しているところであり、特にそれを超えて支出する必要性は見あたらない。特に申立人において主張する多額の子の補習教育費については、子の監護に関する事柄であって、相手方の了承がなく、このままその必要性を認めることができない。もっとも、相手方が本籍地所在のマンションの費用を支払っていることについて、そのいく分かは申立人においても負担すべきものとも考えられるが、相手方の現住所が本籍地マンションに近く転居が可能であることや、相手方と申立人との収入に著しい差違があることからすれば、特に考慮すべき事情には至らないと考える。また、当事者双方が互いに主張している子の保険掛金については、当事者双方が任意に支払っているものと評価され確実性が認められないから、斟酌することができない。なお、相手方は面接交渉の実施がされていないことをも減額の理由にするようであるが、この面接交渉の実施の可否、方法は別途の申立てによって審理されるべきであり、何ら定まっていない状況では特に考慮すべき事情とはいえない。

(5)  結論

以上のとおりであり、双方の収入に応じて求められる標準的な婚姻費用分担額を一応の目安として参考にした上、1で認定した事実その他記録上現れた申立人及び相手方の生活状況、資産その他一切の事情を考慮すると、婚姻費用分担額としては月額35万円とするのが相当であり、その始期としては、調停申立日である平成16年6月18日とするのが相当であり、平成16年6月の13日間分15万円(月額35万円の日割計算、千円以下四捨五入)と、同年7月及び8月分の合計70万円を合算した合計85万円を即時に、平成16年9月分以降については、離婚又は別居状態解消まで、毎月35万円を毎月末日限りそれぞれ支払う義務が相手方にはあるから、主文のとおり審判する。

(家事審判官 小西洋)

〔参考〕 抗告審(福岡高裁那覇支部 平16(ラ)33号 平16.10.25決定)

主文

1 本件各抗告を棄却する。

2 抗告費用は、各抗告人の負担とする。

理由

1 抗告の趣旨

(1) 抗告人(申立人。以下、単に「申立人」という。)

ア 原審判を取り消す。

イ 抗告人(相手方。以下、単に「相手方」という。)は、申立人に対し、婚姻費用の分担として1か月50万円を支払え。

(2) 相手方

ア 原審判を取り消す。

イ 本件を那覇家庭裁判所に差し戻す。

2 抗告の理由

申立人の本件抗告の理由は、申立人作成の別紙「即時抗告申立書」の「抗告の理由」記載のとおりであるが、要するに、<1>相手方の年収は、医療法人○○会から受ける報酬年間1320万円及びかつて申立人が同法人から受領していた専従者給与年額840万円のほか、同法人から相手方の両親に対して不動産賃料名目で支払われている月額30万円、同法人から相手方の両親に対して給与名目で支払われている年間564万円を加えた3204万円である、<2>歯科医師兼医療法人の理事長という相手方の地位、年収に照らすと、申立人が監護養育している未成年子(長女及び二女)のための公文、英語、ピアノ、バレエ、絵画、鑑賞代等の娯楽教養費等も相当な養育費用として認められるべきであり、これらを含めて月平均約66万円の支出が必要であるというのである。

相手方の本件抗告の理由は、医療法人○○会が平成16年3月31日に辞任するまで申立人に支払っていた報酬月額60万円は、申立人の辞任後は同法人の利益となったわけではなく、新たに職員を採用したことによって人件費が増大したものであるし、相手方が法人の会計を自由に操作して収入をごまかすことができるわけではないから、上記報酬月額60万円を相手方の収入として加算することは誤りであるというのである。

3 当裁判所の判断

当裁判所も、申立人の本件申立ては原審判が認めた限度で理由があるから、相手方に対し、原審判が定めるとおりの婚姻費用の支払を命じるべきであると判断する。そして、その理由は、原審判の理由説示と同一であるから、これをここに引用する。

4(1) 申立人は、医療法人○○会が申立人に支払っていた専従者給与は年間720万円ではなく840万円であると主張するけれども、一件記録によれば、申立人は、平成14年ころには年収840万円(月額70万円)の給与を受領していたが、平成15年2月10日の臨時社員総会において、申立人の給与を月額70万円から50万円に減額する旨の決議がされ、さらに、同年12月25日の定時社員総会において、これを月額60万円とする旨の決議がされたことが認められるから、申立人が平成16年3月31日に理事を辞任した当時の月額報酬を60万円(年収720万円)であったと認めるのが相当であって、申立人の上記主張は理由がない。

(2) 申立人は、また、同法人から相手方の両親に対して不動産賃料名目で支払われている月額30万円、同法人から相手方の両親に対して給与名目で支払われている年間564万円について、いずれも相手方が通帳等を管理していたから実質的には相手方の収入であると主張するけれども、一件記録を精査しても、同事実を認めるに足りない。

(3) 申立人は、さらに、申立人が監護している未成年子(長女及び二女)について、相手方の地位、収入等に照らすと子の教育娯楽費用等として相当の支出が必要であり、これを含めると支出が月約66万円になると主張するけれども、申立人及び相手方双方の収入、監護を要する未成年子の数及び年齢等を考慮した上で相当な婚姻費用分担額として月額35万円を相当と認めたことは、上記3に引用した原審判の理由説示のとおりであって(申立人自身の収入月額23万円と合わせると月額58万円となる。)、これを超えて多額の教育娯楽費用等その他の監護費用を支出すべき特段の事情ないし必要性は認められない。

5(1) 相手方は、申立人が理事を辞任したことにより、申立人に支給していた給与相当額が医療法人○○会の利益になるわけではなく、新たに職員を採用したことによって人件費が増大したと主張する。しかしながら、同法人が申立人の辞任によって新たに職員を採用する必要に迫られたというような事情は、一件記録によっても一切窺われないし、相手方は、原審においては、申立人はいわゆる専業主婦であって事務職に従事したことはなく、税金対策のために申立人に給与を支給していたものであるとの趣旨の主張をしていたことに照らすと、相手方の上記主張を採用することはできない。

(2) 相手方は、また、相手方が医療法人○○会の会計を自由に操作して収入をごまかすことができるわけではないから、上記報酬月額60万円を相手方の収入として加算することは誤りであるとも主張する。しかしながら、同法人から申立人に支払われていた月額60万円の専従者給与の支給が打ち切られたことにより、同法人は同額の利益を得ているということができるのであって、その利益は、今後、相手方の報酬の増額その他の手続を経て、同法人の理事長としてその業務を統括している相手方に還元されるということは十分に考えられるところであるから、現に同法人から相手方に支出されていると否とにかかわらず、実質的に相手方に帰属する経済的利益として、夫婦間の協力扶助義務としての婚姻費用の分担額を定めるに当たり、上記利益の額を分担額算定の基礎とすべき「収入」に加算することには合理性があるというべきである。したがって、相手方の上記主張も採用することができない。

4 結論

よって、当裁判所の上記判断と同旨の原審判は相当であって、本件各抗告は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 窪田正彦 裁判官 永井秀明 増森珠美)

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