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那覇家庭裁判所 平成21年(少)150号 決定 2009年4月28日

少年

A (平成○.○.○生)

主文

少年を中等少年院に送致する。

理由

(非行に至る経緯)

少年の両親は,少年が幼いころから,実母と父方祖母との確執もあって,すれ違いやいさかいが絶えず,平成14年7月ころ,現住所地に新居を購入し,父方祖父母とも同居するようになったものの,同居後1週間ほどで,少年及び実母は自宅の2階で,実父及び父方祖父母が1階で,それぞれ別れて暮らすようになり,本件各非行までの約6年間,その状況は改善されなかった。少年の実母は,そのようなストレスもあって,精神的に不安定になり,平成20年9月ころ,その実父(少年の母方祖父)が病死してから,更に精神状態が悪化し,少年に対し,ことあるごとに繰り返し死にたいと述べたり,少年の手指等をペンチで挟むなどの異様な行動をとるようになった。

そして,平成21年1月11日ころ,少年と実母が自宅2階にいたところ,実母は,亡くなった母方祖父と話をしているかのような独り言を言っていた。その後,少年が実母の部屋を訪れたところ,実母は,包丁を持って座っており,少年に対し,死なせてほしいと訴え,次いで,床に座り込み,ストッキングを首に架けその両端を左右の手で引っ張るように身体の正面に持ってきて,「もう,こんな生活耐えられない,死なせて,おじいさんのところへ行きたい。」と述べて,少年にストッキングの両端を手渡し,「早くやれ。」と促すなど執拗に殺害を依頼した。少年は,これを受けて実母を殺害することを決意した。

(罪となるべき事実)

少年は,平成21年1月11日ころ,沖縄県○○郡○○××番地×所在のB方2階において,

第1  実母であるC(当時46歳)の嘱託を受け,殺意をもって,同人の頸部をストッキングで絞め付け,よって,そのころ,同所において,同人を窒息死させて殺害し

第2  上記Cの死体を,上記B方クローゼット内に運んだ上,洋服等で覆うなどし,もって死体を遺棄し

たものである。

(法令の適用)

第1の事実について 刑法202条後段

第2の事実について 刑法190条

(処遇の理由)

1  非行の態様

本件各非行は,上記のとおりの嘱託殺人及び死体遺棄の事案であるところ,その具体的な非行態様をみるに,少年は,一旦,実母の頸部をストッキングで絞め付けたが,同人を殺害することができなかったところ,実母から更に促され,手の甲にストッキングを巻き付けるなどしてストッキングを再度強く引っ張り,実母を窒息死させたものであって,嘱託を受けたとはいえかかる非行態様に照らすと,少年の実母に対する殺意は,強固なものというべきである。そして,その結果は,実母の死というまことに重大なものである。

他方で,本件は,少年と互いに唯一の理解者と考え,後記のような共依存関係にあった実母が,急激に精神的に不安定になっていく姿をみて,少年自身も強い不安を覚え実父など周囲からの適切な援助も受けられず追い詰められていく中,実母から執拗に殺害を嘱託されたという特殊な状況下で行われたものであり,少年が,本件各非行を行った動機・経緯については,酌むべき事情がある。

なお,少年は,本件各非行後,家出や無断外泊をし不純異性交遊を繰り返していたほか,実父に対して実母とともに行動している旨の連絡をするなど非行の発覚を遅らせることを意図したかのような行動をしているが,かかる行動は,少年が実母を殺害したという現実を直視できないことによる回避的な行動として理解できる。

2  少年の資質的問題点

(1)  少年は,前記(非行に至る経緯)のとおり,幼いころから両親や親族が対立するなど不安定で深刻な家庭環境におかれ,少年は,かかる状況下において,常に両親や周囲の大人の顔色をうかがい不安に駆られながら,その関係を調整するという年齢不相応な役割をいやおうなく担わされた。一方,両親らもそのような少年に依存しつつ,家族としての形態を維持してきた。

他方で,少年は,学校生活には概ね適応していたが,いわゆるクオーターであることから,いじめを受けた経験があり,自分の身を守るため周囲の状況や相手の様子に合わせて行動する習慣を強力に身につけざるを得なかった。また,少年は,家庭環境の特殊さに引け目を感じており,悩みを相談することで,友人が離れていくことを恐れ,希薄な友人関係しか築くことができなかった。

その結果,少年は,周囲に配慮し自律的に振る舞うことを余儀なくされ,一見すると年齢以上に成熟し,周囲からもそのように評価されたが,このことが少年自身の自尊感情を刺激するとともに重い責任感を生じさせることとなり,家庭内の軋轢を一人で抱えながら,自律的な振る舞いを続けざるを得なくなった。

また,少年は,両親が家庭内別居に至った以降,実母の影響を強く受け,互いに唯一の理解者として共依存する関係を構築するに至った。

(2)  前記(1)のような成育歴の結果,鑑別結果通知書及び少年調査票によれば,少年は,年齢に比して物事を合理的,客観的にとらえ,感情や主観を極力排除しながら模範的な判断を下そうとするのに対し,その一方で,柔軟性に乏しく,自分の対処できない問題に直面すると臨機応変に対応しにくいという思考的特徴がある。また,少年は,他人に頼ることをあきらめ,素直に甘えや気持ちを表出できず,我慢を重ね自分で強いて状況を打破しようとする行動傾向があり,対人関係の未熟さが指摘できる。そのため,少年は,見かけの強さとは裏腹に些細なことで動揺しやすいもろさをかかえており,しかも不安定な状況が長期化しやすく,追い詰められ,限界を超えると心身のバランスが保てなくなり,極端な行動に走ることなどの問題点が指摘できる。

(3)  本件各非行に至る前,実母は,長年の家庭内不和や母方祖父の病死により,急激に精神的に不安定になっていった。少年は,共依存関係にある実母の異変に強い不安を覚えながらも,実父や周囲に頼ることもできず,自らを閉塞的な状況に追い込んでいき,時にはこれに対する回避的行動として,深夜徘徊や外泊を繰り返し,出会い系サイトなどで知り合った男性と性的関係をもったり,リストカット等の自傷行為をした。

そして,少年は,このような閉塞的状況下において,実母から執拗に殺害するように嘱託されるという重大な事態に至っても,周囲に助けを求めることなく,自ら強いてこれに対処しようとして,動揺のあまり冷静な判断ができず,殺害の嘱託に応じることが実母のためであるなどと考え,本件各非行に及んだものである。

(4)  以上のとおり,少年の資質的問題点が,本件各非行に密接に結びついていることは明らかであり,実母からの殺害嘱託という特殊な状況下にあったとはいえ,実母を殺害しその生命を奪うという形で事態の収拾を図ったことに照らすと,その資質的問題点は根深いものがあるといわざるを得ない。

3  少年の保護環境

少年の保護環境をみるに,少年の実父は,これまで,実父なりの愛情を少年に注ぎ,本件においても,在宅処遇を希望している。しかし,実父は,本件各非行に至るまでの間,少年が実父に対し,実母のことについて親身に対処することを期待していたにもかかわらず,実母との関係改善や家庭内の問題解決について,少年の心情を理解せず,表面的で不十分な対応しかなさなかったものであって,これが本件各非行の遠因となっており,実父と少年との間に信頼関係が十分に形成されていない。また,前記2に指摘したとおり,少年の資質的問題点は根深いにもかかわらず,これに対する実父の理解が乏しいことがうかがわれる。これらの事情にかんがみると,親族や心理カウンセラー等の援助を受けたとしても,実父の監護能力は,なお脆弱であるといわざるを得ない。

4  少年の処遇

以上の各事情に基づき少年の処遇について検討するに,本件は,少年が実母の嘱託を受けて同人を殺害したという重大な事案ではあるが,本件各非行に至る経緯及び動機には酌むべき事情があること,本件各非行の原因には,少年の資質的問題点の影響が大きく,保護処分による矯正の可能性が十分あると考えられることや,少年にこれまで非行歴がないことなども考慮すると,少年に対しては,刑事処分をもって臨むのは相当ではなく,保護処分として矯正教育を施すことが適切である。

次に,保護処分の内容について検討するに,本件各非行は,少年の資質的問題点と密接に結びついているものの,本件各非行は,前記に説示したとおり特殊な状況下において敢行されたものであり,少年が再度同種の非行を起こすおそれ自体は低い。

しかしながら,少年は,未だ実母を死亡させたことを現実に受け入れることができない状況にあるところ,少年に対する真の更生を実現するためには,少年が自身の資質的問題点を解消するとともに,実母の死と現実に向き合いこれを乗り越える作業が不可欠である。かかる作業を行うに際しては,少年に相当な精神的負担が伴うことが予測されるが,現時点において,少年はこれに耐え得るだけ精神的に成熟していない。

仮に,少年を在宅処遇にした場合には,前記のような実父の監護能力の乏しさにかんがみても,少年の資質的問題点が十分に解消されないばかりか,少年が,本件各非行前後,精神的に不安定になる中,これに対する回避的行動として,深夜徘徊,不純異性交遊及び自傷行為をしたことなどの事情に照らすと,実母の死と向き合うことや対人関係上の問題などから心理的負担や動揺が重なり,自分の限界を超える場面に再度遭遇した場合において,同様の問題行動を繰り返すにとどまらず,更に薬物使用などの自己破壊的な行為に及ぶ危険性は否定できない。

このような,本件各非行の動機,態様,経緯,少年の非行性の程度,保護環境等に照らすと,少年に対しては,適切に指導し得る人員及び体制を備えた施設等において,じっくりと時間をかけて教育を施す必要があり,中等少年院での処遇が相当であるが,少年が資質的問題点を解消しつつ,実母の死と現実に向き合いこれを乗り越えていくためには,十分な時間をかけた指導が必要であり,そのためには,比較的長期間の処遇,指導が必要であると考える(処遇勧告,比較的長期)。

5  結論

よって,少年法24条1項3号,少年審判規則37条1項を適用して少年を中等少年院に送致することとし,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 宮尾尚子 裁判官 賴晋一 小西圭一)

処遇勧告書省略

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