那覇家庭裁判所 昭和48年(家)606号 審判 1973年6月07日
申立人 広田信子(仮名)
主文
本件申立を却下する。
理由
1、申立人は申立外安本順介と事実上の夫婦として同棲しているものであるが二人の間には女児二人も出生し、それぞれ父安本順介によつて認知され、その戸籍に入籍し「安本」氏を名乗つている。しかるに申立人のみは同一家族でありながら事実上の夫である安本順介の氏を名乗ることができず子供達とも氏が異なり、教育上もよくないし、社会的信用も失墜され、世間から誤解を受ける虞れもある。それに申立人は住民票でも安本信子としてあり、土地家屋の購入、保険加入、銀行預金等についても安本姓を使用してきているので今更広田姓に直すことは社会生活上支障を来たすので改氏を許可して貰いたいと言うにある。
2、そこで申立人広田信子、関係人安本順介、同安本照子に対する当裁判所の審問の結果、申立人の戸籍謄本、申立人の世帯全員の住民票写を総合すると、申立人の事実上の夫である安本順介は申立人と同棲するようになつた一四年前頃から、妻の安本照子と別居し、事実上離婚した状態にあること。申立人と安本順介は、いわゆる内縁の夫婦としてその間に二児を儲け、何れも父安本順介の認知と共に安本順介の戸籍に入籍し、安本氏を称していること、申立人がその生活関係の推移と共に広田姓を安本姓として使用し今日に至つていること、また安本順介の妻安本照子は、自分の家庭を破壊し、自分を別居に追いやつて苦しめてきた申立人が夫の氏「安本」を名乗ることに強く反対すると述べていることが認められた。
3、そこで考えるに、先ず、申立人が法律上「安本」氏を名乗れないのは、その身分がいわゆる内縁の妻であるからであるがそれは、内縁の妻となつたその時から、当然知悉し予期していたことであるので今更その不利不便を云々すべき筋合のものではない。従つて申立人が内縁の夫や子供達と同一家族でありながら氏が異つていては、世間の人から不審に思われ、誤解され信用を失う虞れがあると言つても、それは当然覚悟の上であつたであろうから、仕方のないことと言わねばなるまい。申立人は同一家族でありながら母子氏が違うことは教育上もよくないとも言うが、子供達はそれぞれ父によつて認知され、父の戸籍に婚外子として入籍されていることであるので、子供らの身分上、戸籍上の法律関係や生活関係は保持され、その福祉も一応図られていると言うべきものである。申立人は単なる世間的面子で子供の教育上の問題を理由にしていると思われるが、むしろ、事実を偽わらずに、ありの儘の関係を関係として実生活上も戸籍上の広田姓を称してこそ教育的効果も存在すると言わねばなるまい。また種々の生活関係上申立人は安本姓を使用してきたので今後戸籍上の広田姓では社会生活に支障を来たすとも言うが、このように内縁関係を嫌い隠蔽するために敢えて為された生活関係に対して、「呼称秩序の不変性確保」と言う国家的社会的利益を犠牲にしてまで、法的保護を与える必要はないものである。更には現在のわが国の国民感情から言つても申立人の改氏は容易に首肯できるものではない。
思うに、一夫一婦制度を前提とするわが国法の下においては家庭の平和と幸福はすべてこの一夫一婦制度を基本として維持確立されるべきものであり、この基本的秩序維持のため戸籍も夫婦単位に編成され、その戸籍内にある夫婦および子は同一氏を称すべきものとされている。そしてこの氏は旧法時におけるような家名としての氏を表わすものではないが、一夫一婦制度に基づく一種の親族関係や身分関係を表象するものでもあると考えられている。それであるから氏の変更は原則として身分関係の変動に伴つてのみ生ずると解するのが相当であり、本件のように身分行為の伴わない内縁の妻に対してまで、内縁の夫の氏への変更をたやすく許していたのでは、戸籍上の妻との区別が付かず紛らわしいばかりでなく、その関係まで惑わし、一夫多妻を容認するが如き外観を呈し、ひいては婚姻秩序を紊し、一般の権利義務に関する法的秩序を混乱させる結果となりかねない。そこで戸籍法第一〇七条一項は「やむを得ない事由」がある場合にのみ、例外的に氏変更は許されるべきものとし、その不変性を確保しているのである。
4、以上要するに、本件申立人がその内縁関係を隠蔽して長年月内縁の夫の氏「安本」を用いてきたとしても、それは結局申立人の主観的事情に基づくものであつてみると、そのために前述の呼称秩序の不変性確保と言う国家的、社会的高度の利益を犠牲にすることは許されない。よつて本件申立事由は戸籍法第一〇七条一項に言う「止むを得ない事由」に該当するとは認められないのでこれを却下することとし、主文のとおり審判する。
(家事審判官 徳嶺浩正)