那覇家庭裁判所 昭和49年(家イ)21号 審判 1975年1月17日
申立人 張忠良(仮名)
右法定代理人親権者母 張瑞光(仮名)
同父新里朝伸(仮名)
相手方 洪大元(仮名) 外一名
主文
申立人と相手方らとの間に親子関係の存在しないことを確認する。
理由
1 申立人は主文同旨の審判を求め、その事情の要旨として
(1) 申立人は中華民国戸籍上本籍中華民国台湾省宜蘭県蘇墺鎮南寧里造船巷三一号父(相手方)洪大元母(相手方)洪華苑の間に出生した嫡出子として登載されているが、真実はそうでなく、申立人は当時中華民国人であつた上記張瑞光と日本人新里朝伸との間に出生した非嫡の子である。
(2) すなわち、上記新里朝伸は昭和二一年四月ころ、中華民国台湾省基隆市において復員以来基隆市を母港とする「カジキ」漁船の漁師として稼働中、昭和三一年申立人の母張瑞光と知り合い、その後基隆市安楽区において事実上の夫婦として同棲生活を始め、昭和三二年九月一七日申立人を出生したものであるが、当時中華民国において国際結婚は簡単には認められなかつたため上記両名の婚姻届出ができなかつたところから、申立人の将来を慮つて申立人を非嫡の子として届出るに忍びず姉夫婦と相談のうえ、申立人を姉夫婦の子として不実の出生届をしたため上記戸籍にそのような虚偽の登載がなされたものである。
(3) そして昭和三三年四月二四日申立人を母張瑞光の養女とし、同四〇年七月二一日基隆地方法院において上記新里朝伸と母張瑞光との婚姻がなされ同四五年九月親子ともに沖繩に引揚げ以来肩書地において居住し、同四八年三月七日申立人と父新里朝伸との間に養子縁組をなしたものである。
(4) 上記のような次第で実際は申立人は出生後現在に至るまで父新里朝伸、母張瑞光とともに同居生活をしているものであるが、申立人および母張瑞光は中華民国の国籍を離脱して現在日本国に帰化申請手続中であるため、上記母子らは現在無国籍であり、父新里朝伸の戸籍に入籍ができないので申立人は帰化手続のすむ前に、相手方らとの間に親子関係不存在の確認を得て戸籍の記載を真実の身分関係に合致させたいため本件申立におよんだというのである。
2 本件について昭和五〇年一月一七日開かれた調停において申立人および相手方洪華苑は出頭(相手方らは上記のとおり遠隔地のことや経済的諸事情もあつて相手方一人を出頭せしめた)し、申立人の申立趣旨および申立事実についてすべてを認めて争わなかつた。また不出頭の相手方は代理人をして出頭せしめ更に書面をもつて申立人の上記申立趣旨および事実をすべて認めていることが認められるが、結局調停は不成立に終つた。
3 記録添付の各戸籍謄本、その他資料並びに当庁調査官の調査報告および調停の経過を総合すると、申立人の上記申立事実を認めることができる。
4 ところで、まず、本件の裁判管轄権について案ずるに、申立人は上記のとおり現在無国籍であるが、日本・沖繩県に住所があり、また永住の意思を有していることが認められ、他方相手方らは中華民国人であるが、当裁判所で申立人申立の如き裁判をなすことについて合意している点からみて、我国の裁判所が本件について管轄権を有することは明らかである。
5 つぎに本件の準拠法について考察するに一般に虚偽の出生届出にもとづき外国戸籍に親子として記載されている場合に、その表現上の親子間に親子関係がないことを明らかにする準拠法については、法例に直接の規定はないが、かような表見上の親子関係の存否確認の問題は父母と子との間にそれぞれ親子関係がないことを明らかにするものであるから法例第一七条、第一八条一項の趣旨を類推して当事者双方の本国法を準拠法とみるのが相当である。
6 上記認定事実によると、申立人は上記のとおり無国籍であるが、肩書地に住所を有し、かつ該地に永住の意思を有していることが認められるので法例第二七条二項によつて当該本人の住所地法が本国法とみなされるところから申立人に対しては、日本国法が本国法として適用され、他方相手方らの本国法は中華民国法とみるべきところ、中国には中華人民共和国政府と中華民国政府がそれぞれの法秩序を形成している実情にあるから中国人の本国法として適用すべき法の決定にあたつては法例第二七条三項の趣旨を類推して、当該本人らの住所地法をもつて本国法とみなすことになるから相手方ら両名については中華民国法をもつて本国法とするところ、中華民国法上かかる親子関係の存否を争う方法に関する規定は不明であるが、親子関係の存否に関して中華民国と類似の法制を有する法定地法であるわが国民法上、かかる場合には当事者の一方が通常の親子関係不存在確認の訴えを提起し得るものと解されているから中華民国法上もこの立場によるべきものと解される。そして一般に訴訟手続については法廷地法によるべきであるから、本件についてはわが国の家事審判法第二三条による審判が許されることは明らかである。
ところで家事審判法第二三条の審判をなすには当事者間に合意が成立することを要するので、本件のように当事者他方の不出頭の場合には結局調停不成立となつて審判法第二三条の合意審判はできないことになる。
しかしながら当事者間に合意が成立しない場合に当事者間に身分関係が明らかであり、かつ原因事実について争いのないときは審判法第二四条の審判手続によつて処理することも許されるものと解する。これを本件についてみるに上記認定事実のとおり申立人と相手方らとの間に親子関係が存在しないことが明らかであるから、当事者双方の一切の事情を斟酌して調停に代る審判をなすを相当と認め調停委員の意見をきいた上、家事審判法第二四条によつて主文のとおり審判する。
(家事審判官 前鹿川金三)