大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

那覇家庭裁判所 昭和49年(家)269号 審判 1974年12月13日

申立人 市川スミ子(仮名)

主文

申立人の氏「市川」を「秋山」に変更することを許可する。

理由

一  申立の実情

申立人は昭和一九年末ころから申立外亡秋山明之と事実上の夫婦として同棲し以来通称として夫の氏「秋山」を称し、かつ申立人と秋山との間に出生した一男四女の子らもすべて「秋山」を法律上の氏としているので、申立人の氏を「秋山」に変更することの許可を求めるというのである。

二  本件記録並びに当庁昭和四八年(家イ)第四三号~第四七号親子関係不存在確認事件記録中の各戸籍謄本、その他の資料および申立人の審問の結果を総合すると、つぎの事実を認めることができる。

(1)  申立人は昭和一八年当時在九洲○○産婆看護学校を卒業し、看護婦、助産婦の免許を受け、同一九年六月ころ看護婦として郷里○○島に派遣された。そのころ戦局は悪化し、申立人の父母、兄弟は沖繩本島に疎開したが、申立人は職業柄疎開を許されず同島に残つて病院勤労を続けていた。

(2)  申立人は当時同島在○○製糖KK○○病院に助手として勤務していた医介輔申立外亡秋山明之(以下秋山と称す)を知るようになつた。

上記秋山は大正一五年四月二二日平野文子と婚姻し、二人の間に一男二女を出生したが、戦前から医介輔として○○島に居住し上記病院に勤務していた。昭和一九年六月ころ、妻子を本籍の○○村に疎開させ以来妻子と別居生活をしていたところ、申立人を知るようになつて同年未ころから申立人と事実上の夫婦として同棲し、医療を業として以来申立人は「秋山」の氏を通称として使用してきた。

(3)  上記秋山は申立人との間に一男四女が出生したのでその子らを妻文子との間に出生した嫡出子として戸籍に登載し、以来五名の子らも秋山の氏を称している。

(4)  妻文子は昭和一九年六月疎開以来今日に至るまで○○島に帰ることなく夫秋山と別居し事実上離婚状態にあつて申立人から生活費の仕送りをしたり、また、秋山と妻文子との間に出生した長男達郎は中学二年のころから申立人が養育して高校入学をさせたものである。

(5)  上記秋山は妻文子と離婚し申立人と婚姻届をすることを望んでいたが諸種の事情でこれがおくれ、昭和四二年八月三日妻文子と協議離婚し同年九月二一日申立人と婚姻届がなされたが、上記秋山は昭和四七年八月八日死亡した。

(6)  ところが、昭和四八年妻文子から上記協議離婚は夫秋山が一方的になしたものであつて無効であるとの訴訟が那覇地方裁判所に昭和四八年(タ)第一五号離婚無効確認等事件として提起され、この事件は無効が確認されて確定した。

(7)  以上のとおり申立人は上記秋山と同棲以来二九年余事実上の夫婦として生活し、秋山死亡後も秋山助産婦として「秋山」の氏を称しその間戸籍上の氏「市川」を使用せざるを得ない場合を除いては、親族、知人、近隣等の社会生活においては公私ともに通称として「秋山」の氏を使用しており、戸籍上の氏「市川」は完全に通用性を失つている。また、上記秋山との間の子らと共同生活を営んでいる関係から子の氏と母の氏が異なつていることは社会生活上種々の支障がある。

以上の認定事実によると申立人は昭和一九年以来二九年余の永年にわたつて「秋山」の氏を称して「秋山」の氏が社会生活上定着してきていると認められるので申立人の戸籍上の氏「市川」を「秋山」に改氏したところで呼称秩序の不変性を害するものではないし、また母とともに共同生活を営んでいる子らが母と同一氏を称することは社会生活上また子の養育上望ましいものと一応考えられる。

ところで上記認定事実によつて、まず考えられることは、申立人と上記秋山とは重婚的内縁関係にあるので申立人の氏を上記秋山の氏に変えることは一夫一婦制度を前提とする我が国法のもとにおいて氏は民法第七五〇条の規定する婚姻によつてのみ氏が変更されるいわゆる夫婦同氏の原則が崩れることになり、ひいては民法のとる法律婚主義に反することにならないかにかかるのでその点について考えるに、氏は夫婦と親子など一定の身分関係にある者が共通に称する法律上の呼称であるとともに名と組み合わされて、結局において個人の識別という機能を果すものである。したがつて内縁の妻は内縁の夫との関係においてたとえ夫と同一氏を称していても身分上の氏の同一性は法律上存在しないで、個人の呼称としての氏が存在するに過ぎない。もともと個人の呼称としての氏と身分上の氏とは別個のものと解される。よつて申立人の呼称上の氏を「秋山」に変更したところで、それは呼称の変更にすぎないから内縁の夫と同一氏になるわけでもないし、また、民法上の夫婦同氏の原則に反するものとも考えられない。

そうだとすると上記認定のとおり申立人が今日まで二九年余にわたつて上記秋山と事実上の夫婦として生活し、その間通称として「秋山」の氏を使用しており、本妻は上記のとおり昭和一九年六月以来別居し事実上離婚状態にあるなど、また既に上記秋山が死亡している以上本妻と内縁の妻が同じ「秋山」を称したとしても我が国の婚姻秩序に反するということもない。

以上一切の事情を考慮すると、申立人の氏を「秋山」に変更するやむを得ない事由に該当すると判断される。

よつて本件申立は理由があるものとしてこれを認容し、主文のとおり審判する。

(家事審判官 前鹿川金三)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例