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那覇簡易裁判所 平成16年(ハ)4411号 判決 2005年5月17日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告は,原告に対し,金111万6502円及びこれに対する平成7年8月5日から支払済みまで年15パーセントの割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  請求原因の要旨

原告は,下記債権につき,債権管理回収業に関する特別措置法11条1項に基づき,平成13年6月29日,訴外A保証株式会社から債権管理・回収の委託を受けた。

訴外A保証株式会社と被告との間の昭和63年12月6日の保証委託契約に基づき,被告と訴外株式会社B銀行間の当座貸越契約により同銀行が被告に貸し付けた債務金111万6502円(貸付残元金110万6235円と利息金1万0267円の合計額)を訴外A保証株式会社が平成7年8月4日に同銀行に代位弁済して取得した求償権及び約定の遅延損害金

2  弁論の全趣旨から善解できるものを含む被告の主張

(1)  請求原因事実中,訴外株式会社B銀行との当座貸越契約により,同銀行から被告が金員を借り受けた事実は認めるが,その余の「記」記載の事実は知らない。

(2)  抗弁(商事債権の消滅時効の完成)

ア 仮に請求原因が認められるとしても,最終の弁済日である平成6年12月某日から起算して5年以上が経過した。

イ 被告は,上記消滅時効を援用する。

3  再抗弁(時効中断事由たる債務承認,ないし時効完成後の時効利益の放棄)

以下の被告の陳述等は,被告が,本件の請求内容・債務残額を理解・確認して債務の存在を認識し,その支払義務を認め,弁済する旨の意思を表示したものと認めるべきであり,それらは時効中断事由としての承認(民法147条3号)にあたり,仮にそれが認められないとしても時効完成後の時効利益の放棄があったものと解するべきである。類似の事案につき,原告の本件主張に沿う判断をした地方裁判所の裁判例も存在する。

(1)  被告は,本件訴訟の起原となった当庁の支払督促事件(平成16年(ロ)第4583号事件)に関する督促異議申立書の中で,「分割支払について債権者との話し合いを希望します。(月5000円で)」,「現在失業中の身で仕事につきしだい債権者と支払額を話し合いできればと思います。」と陳述している。

(2)  被告は答弁書において,請求原因を確認するために,本件保証委託契約の支払口座である預金通帳を確認している旨陳述している。

(3)  被告は,口頭弁論において,上記(1)の督促異議申立書は「文書を見てとりあえず書いて出した。その後落ち着いて考えると,5000円は払えないと思った。借りたのは間違いない。」などと陳述しており,同申立書に記入する時に支払意思があったことが確認できる。

4  争点

支払督促事件に関する督促異議申立書中の,債務者による分割弁済の希望の記載は時効中断事由としての承認(民法第147条第3号),あるいは時効完成後の時効利益の放棄の一形態としての,いわゆる債務承認に当たるか否か。

第3当裁判所の判断

1  証拠及び弁論の全趣旨によれば,請求原因事実はすべて認めることができる。

2  原告の再抗弁につき,以下,検討する。

(1)  日本民法には,いかなる行為があれば,承認があるものとされるかについて明文の規定は存在しない。承認は,多くの場合,準法律行為の一種としての観念の通知と解され,「時効利益の放棄」と異なり,法律行為としての性質を有しない以上,効果意思や時効の効果についての知・不知を問題にする必要はなく,時効にかかろうとする権利の存在することを知っている旨を表示したと目される行為があれば,時効中断事由としての承認があるものと解すべきであり,たとえば,債務の一部弁済・利息の支払・代金減額の交渉・支払延期の懇請・相殺・手形書換の承諾等々については,古くから判例が承認と解してきたところであり,分割払については承認と認める立法例もあったようであるが,本件のような単なる分割弁済の希望の表明が,承認あるいは,いわゆる債務承認に当たるか否かは,一個の問題となり得る。

上記異議申立の理由である被告の分割弁済の希望は,外形的に債務の存在を認めた上での弁済意思の表示を含むと解されるとすれば,時効援用権の放棄の一形態としての「債務承認」にあたると,一応,言えなくはない。

(2)  しかし,上記異議申立書は,督促異議をすべき債務者への司法サービスの一環として,本来債務者が作るべき異議申立書を裁判所において,予め必要な書式を定め作製・印刷し,督促手続きについての手続説明等が記載された「注意書」とともに,債務者に送達される支払督促正本に同封される裁判実務上の定型印刷用紙に他ならず,「分割支払について債権者との話し合いを希望します。」という文言はその中に印字され,債務者が指定されたチェック欄にチェックするだけの仕組みになっているものであるに過ぎない。

被告自身,本人尋問において,「もしも異議申立書の中に分割希望の欄がなければ,分割希望の意思を表示することはなかった。異議申立てに必要と思い,よく考えず,とりあえずチェック欄にチェックした。」旨供述しており,また,高校中退という被告の学歴及び安定的継続的とはいえなかったこれまでの被告の種々の職歴からすると,被告が自己のその行為の法律的意味を真に理解した上でなしたものとは思われない。

(3)  そもそも,督促異議の申立ての本来の意義・機能は,支払督促命令を失効させて訴訟へ移行させることを,債務者が,裁判所に対し求めることにあるのであって(民訴法395条),債権者に対する申し出ではない。

そうすると,承認は,時効によって利益を受ける債務者が,時効にかかろうとしている権利の主体たる債権者に対してなすことを要すると解すべきである(大判大正5年10月13日・民録22輯1886頁参照)から,被告の行為は,時効期間満了前の時効中断理由としての「承認」には当たらず,かつ,以下の理由により,時効完成後の時効援用権の放棄ないしは時効援用権者の効果意思に関係なく生ずると学説上論理構成されている,援用権の喪失という効果を生ずる「債務承認」にも該当しないものと解するべきである。

(4)  時効完成後,その事実を知らないで債務承認をした債務者がその後時効の援用をなし得ないとされるのは,一般に,債務の承認と時効消滅の主張とは相容れない行為であって,ひとたび債務を承認した債務者がもはや時効援用はしないと相手方が考えるのが通例であるという,信義則に根拠を有するものであると考えられる(最高裁大法廷判決昭和41年4月20日・民集20巻4号702頁参照)。

しかし,時効完成を知った上での債務の承認と時効消滅の主張が同一の法人格の行為としては,確かに上記判例の指摘するとおり相矛盾するものであるとしても,債務者に時効制度についての十分な知識ないし認識のない場合はもちろんのこと,時効完成を知らずに債務承認した場合についても,相手方たる債権者においてもはや債務者が時効の援用はしない趣旨であると考えるのは,必ずしも事態の真相に沿うたものとは言えない。かような場合においては,知識を持つに至り,または時効完成を知った債務者による以後の時効援用の蓋然性は高いとみるのが,むしろ経験則に合致する。

上記の観点から本件について考えると,上述の被告の学歴,職歴に加え,被告本人尋問の結果から推認される,異議申立書中で分割弁済の希望を表明した時点の被告の家庭環境,経済的状況からしても,その時点においては,被告には時効制度についての知識はなく,あるいは,時効完成も知らない状態にあったものと認められる。したがって,そのような被告によってなされた異議申立書中での分割弁済の希望の表明を以て,被告が債務全額の弁済をなすべき意思を表示したとはいえず,原告の主張する時効完成後の時効利益の放棄があったとはいえない。また,被告の行為等が,被告がもはや時効の援用をしないとの認識を原告に抱かせたとは,弁論の全趣旨(原告は,現実に口頭弁論において,請求額の半額での和解案を提示し,また,最終準備書面において,金50万円を月額1万円の分割支払にも応ずる旨述べている。)によっても認められず,その他,信義則上,被告の時効援用を不相当とする事情も認められない。

むろん,以上の判断は,あくまで「法的」世界の範囲内のものであるに過ぎないのであって,「借りたものは返すべき」という一般道徳・倫理の上から,消滅時効の援用に少なからず違和感をもつであろう一般国民の感覚・感情とは自ずと異なるものである。

(5)  そうすると,督促異議申立書の中で,「分割支払について債権者との話し合いを希望します。(月5000円で)」,「現在失業中の身で仕事につきしだい債権者と支払額を話し合いできればと思います。」と記載したことをもって時効中断事由としての債務承認,あるいは時効完成後の時効利益の放棄に当たる債務承認と解することは相当でなく,これと見解を異にする原告の主張は,採用することはできない。なお,原告のその余の主張も,被告の消滅時効の主張を排斥する事由とはならないものと解する。

3  以上のとおり,諸事情を総合して判断すると,原告が訴外A保証株式会社から債権管理・回収の委託を受けた求償権は,商事債権の消滅時効の完成によって消滅しているものと認められ,被告の抗弁は理由がある。

4  結局,原告の本訴請求は理由がないことに帰するから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判官 仲宗根勇)

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