大判例

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酒田簡易裁判所 昭和44年(ろ)5号 判決 1972年10月23日

主文

被告会社を罰金七、〇〇〇円に処する。

訴訟費用は全部被告会社の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告会社は、山形県東田川郡余目町大字常万字東大乗向一八番地において、浴場業(公衆浴場法(昭和二三年法律第一三九号)第一条第一項に規定する公衆浴場を業として経営すること。以下同じ)を営むものであるが、同所から距離一三四、五メートルの同県同郡同町大字常万字常岡三〇番地の五の土地を敷地として児童福祉施設(児童福祉法(昭和二二年法律第一六四号)第七条に規定するもの。以下同じ)である余目町立若竹児童遊園があるのであるから、浴場業の施設として個室を設け、当該個室において異性の客に接触する役務を提供する営業は、営むことができないのにかかわらず、被告会社の従業者として浴場業の業務に従事する中嶋文江、斎藤佳子、山本愛子、秋山良子、沢江和子が、被告会社の営業に関し、それぞれ別紙一覧表(一)ないし(五)記載のとおり昭和四三年八月一六日ころより同四四年二月七日ころまでの間、右浴場業の施設としての個室において、異性の客に接触して身体の洗い流し、マツサージ、手淫などの役務を提供し、もつて児童福祉施設の敷地の周囲二〇〇メートルの区域内において、浴場業の施設として個室を設け、当該個室において異性の客に接触する役務を提供する営業を営んだものである。

(証拠の標目)(省略)

(弁護人の主張とこれに対する判断)

弁護人の主張

第一

一  (1) 若竹児童遊園と称するものは、その設備極めて粗末であり

(2) その中央を自動車道が貫徹し

(3) 東北隅から約一〇メートルの個所に道祖神があり

(4) すぐそのそばに牛馬の種つけ場がある

状態で、児童の情操教育の環境としては、まことに不適当なものである。

二  (1) 当初、余目町長は、個室付浴場業の開業されることは、町の発展にも寄与するとして賛意を表しながら婦人団体のトルコ風呂反対運動が激しくなつた段階で、その態度を豹変し、トルコ風呂営業を不可能にする手段として、児童遊園の認可申請をした。

(2) 浴場建築確認の際には、個室付浴場として建築されることには、異議を述べず、また何らの指導もしなかつた。

(3) 山形県知事は個室付浴場の建築確認および個室付公衆浴場許可申請に対する許可を故意に遅延させて、その間に若竹児童遊園なるものを作りあげた。

要するに、余目町の若竹児童遊園認可申請およびこれに対する山形県知事の認可は、被告会社の個室付浴場業を妨害する目的のために、両者共謀し法を濫用してなされたものであるから、山形県知事の右認可は絶対無効である。そうだとすれば児童福祉法に基づく福祉施設としての若竹児童遊園は存在しないから、被告会社のトルコ風呂営業は罪とならない。

第二

仮に、山形県知事の若竹児童遊園設置認可が絶対無効でないとしても、少なくとも被告会社に対する関係においては適法有効なものとして取り扱うことは許されない。したがつて、本件トルコ風呂営業を処罰することは憲法三一条の適正手続条項に違反するものとして許されない。

右に対する判断

第一について

まず一の(1)は若竹児童遊園の設備は極めて粗末であるというが、当裁判所の検証調書の記載によれば、その設備は昭和二三年厚生省令第六三号児童福祉施設最低基準第六〇条の基準には達しているものと認められ、これと証人吉村敏夫の当公判廷における供述とを綜合すれば昭和四三年六月一〇日山形県知事の認可の際の状態も右基準に達していたものと認めるのが相当である。なお付言するならば、児童とは、満一八才に達するまでの者(児童福祉法四条)をいい、また右最低基準六〇条の施設として、冒頭に「広場」があげられている。ぶらんこその他の遊具を完備するに越したことはないが、児童福祉法四条に規定する乳児、幼児以外の少年ならば、例えば広場と数個のボールがあれば十分その目的を果たし得る場合もあることなども考慮に値するものと思われる。

(2)の主張について

なるほど、検証調書の記載によれば、広場の中央の北側出入口から広場に通して自動車のタイヤ痕が認められたが、自動車道として、その他の部分と区別されるようなものではない。これは管理のずさんとして指摘さるべきもので、昭和四三年六月一〇日知事の認可とは別個の観察をなすべきものである。

(3)について

検証調書の記載によれば、道祖神は、広場の東端の北東にあることは認められるが、遊園から直接の通路はなく、遊園からの展望も、雑木林にさえぎられていることを認められる。

(4)について

種つけ場と主張するのは、弁護人の誤りであり、証人石井幸徳の当公判廷における供述によれば、それは牛馬の健康管理の施設であることが認められる。

以上検討したところによれば、昭和四三年六月一〇日山形県知事が児童福祉施設として若竹児童遊園を認可したことは、物的面から観察した場合これを不当とすることはできない。

次に、二の(1)以下の検討に移るが、事実の経過は別紙事実の経過一覧記載のとおりであり、このように児童遊園と公衆浴場の関係を織り交ぜて記述することは、弁護人の主張に対する回答にもなり得るものと思料する。

まず二の(1)について

余目町長は当初平庄市のトルコ風呂営業の計画に賛成しながら後にトルコ風呂反対運動に触発されて、ようやく従来から町営に切り替えてもらいたいとの常万部落の要望に答えると共に、トルコ風呂営業阻止という婦人会等の要望に答えるための二つの目的から、若竹児童遊園設置条例の制定に乗りだしたものである。すなわち、この事実はトルコ風呂営業阻止のためのみというのは当たらない。しかし、余目町長のこのような態度は、その見識のなさを如実に露呈するもので、はなはだ遺憾といわねばならないが、その児童遊園設置に関する行為の結果は、また別個に評価されなければならない。なお、反対運動とは、その時点において正しくないといえないものに対し価値観の相違などに基づいて反対する運動であるのが通常であり、その反対運動に合理的根拠がないとはいえないときはこれを非難することはできない。本件婦人会等の反対運動にも、風俗営業等取締法第四条の四の規定の精神に照し合理的根拠のあることはこれを認めなければならない。

(2)について

いわゆる行政指導をしなかつたということのように解される。行政指導とは、法令の根拠に基づかないで、行政機関として、このようにしたい、ありたいと希望し、願望するところを、相手方の自発的な協力、同意の下に実行するように働きかけることであると理解されるが、経過一覧の昭和四三年五月二三日欄に示した確認書の付記の内容が、このようなことがあつてはならないという消極的な注意であるから、行政指導に当たるかどうかはおくとしても、山形県当局としては、その他の場合の同趣旨の注意と共に、平庄市に対し、不幸な事態の発生しないように、注意を与えたものであるから、異議を述べず指導もしなかつたとはいえないと思われる。

(3)について

余目町が山形県知事に対し、若竹児童遊園設置申請をしたのが昭和四三年六月四日であつて、これに対する山形県知事の認可が昭和四三年六月一〇日であり、山形県が被告会社の公衆浴場経営許可申請を受理したのが同年同月一六日であつて、右申請に対する許可は同年七月三一日である。そうだとすれば、さきに申請があり受理された児童遊園設置は、その要件をみたすものであるかぎり、その認可をしなければならない筋合であるから、弁護人の主張は理由がない。

以下説示のとおりであつて、余目町の若竹児童遊園認可申請およびこれに対する山形県知事の認可は、絶対無効であるとの弁護人の主張は採用しない。

第二について

まず、若竹児童遊園設置の認可があり、このとき以後風俗営業等取締法四条の四の一項により、右遊園の敷地の周囲二〇〇メートルの区域内においては、トルコ風呂営業を営むことはできなくなつたのであつて、被告会社のトルコ風呂営業はその後のことになることは前示のとおりであり、しかも、平庄市は昭和四三年八月中女子従業員を雇い入れるに当り付近に児童遊園があるからとの理由で異性の客に接触する役務を提供することはできない旨の注意を与えておるが、この一事をとつてみても、同人に違法の認識のあつたことが認められるから、トルコ風呂営業を理由として被告会社を処罰することは憲法三一条の適正手続条項に違反するとの主張は理由がない。

(法令の適用)

風俗営業等取締法第四条の四第一項、第七条第二項、第八条。刑事訴訟法第一八一条第一項本文。

よつて、主文のとおり判決する。

別紙 一覧表

(一) 従業員中嶋文江の分

<省略>

(二) 従業員斎藤佳子の分

<省略>

(三) 従業員山本弘子こと山本愛子の分

<省略>

(四) 従業員秋山良子の分

<省略>

(五) 従業員沢江和子の分

<省略>

事実の経過一覧

日時 事実 証拠

昭和 四一・四・一 (以下全部昭和である) 余目町において若竹児童遊園(本件児童福祉法七条に規定する児童福祉施設の前身)を設ける。 その由来は、常万小学校が廃止になつたとき、その敷地と校舎を売却する計画をたてた。 そのとき、常万部落(余目町と合併する前の常万村)では、右敷地全部をなくしては児童の遊び場がなくなる。それにその付近徒歩二、三分の所に児童館があり、同館には広場が全然ないのでそのためにも広場が必要である。 それで、敷地の一部は売却しないで残してくれとの要望があつたため、その要望を認めて、売却せずに保有して若竹児童遊園として常万部落に管理を委任し、児童の遊び場とした。 証人富樫義雄 同斎藤紀子 の当公判廷における供述(以下証人何某と略称する)

四三・四頃 (1)現在の場所でトルコ風呂を経営する計画をたて、その敷地を買つた。 トルコ風呂経営とは、浴室を個室とし、トルコ嬢をおき、洗い流し、マッサージなどの役務を提供するものである。 被告会社代表者平庄市の当公判廷における供述(以下平庄市と略称する)

(2)平庄市が右敷地買受に当り、トルコ風呂営業は児童遊園や学校などがあれば、それから二〇〇メートルの区域内ではトルコ風呂はできないことを知つていたので、トルコ風呂営業を計画するに当たつてその周辺を調べて廻つたところ、遊園地のようなもの(若竹児童遊園)を発見したので、経験上このようなものがあつてはいけないと思つたので余目町役場へ行つて、確かめたところ、正規の児童遊園ではないといつていた。そこで土地を買受けたり具体的な仕事を進めた。 証人小谷野隆

四三・四・中旬 平庄市は小谷野と一緒に、余目町長を訪ね、トルコ風呂営業を始める旨あいさつした。町長は「それは町の発展に寄与するところがある」といつて賛成した。 平庄市

(証人小谷野隆は右は確認申請の前か後か判つきりしないと述べている)

四三・五・六 七頃 設計事務所の伊藤某余目警察署に来て防犯主任と会見。 伊藤の話「保健所に行つて個室付浴場の作り方をきいて来たが、後で警察からいけないといわれては困るから、こちらの意見もききたい」とのことの由。 証人芳賀三郎

四三・五・七 八頃 余目警察署より県防犯課に対しトルコ風呂を作るらしい旨報告。 県防犯課の意見 「山形県のほとんどの市町村は、風俗営業取締条例によつて、禁止区域に指定されているが、除外されている余目町も禁止区域に追加したらよいではないかというのが県の意向で、多分今度の県議会でそうなるのではないかということと、トルコ風呂というのは一般の印象として好ましくない営業と見られている。そして、風俗営業等取締法四条(四条の四の誤りと思われる)に抵触するので、できれば、個室付浴場でなくオープン式にしてもらえないか。そのように指示してくれ」 証人芳賀三郎

四三・五・九 平庄市外二名が余目警察署に来訪して署長に面会して「今度トルコ風呂を設置したいからよろしく」とあいさつした上「何か指導してもらいたい」と申出あり。これに対し署長は「前記県防犯課の意向を伝えた上「常万地区の婦人会、余目町の婦人会の幹部が、すでにトルコ風呂設置を察知して、部落の中の若竹児童館近くに、遊園地があることを取上げ児童に好ましくないからということで反対の気運があり、それが町全体の反対運動に発展する可能性があるから、それを承知してもらいたい」と話した。 証人芳賀三郎

確認申請書出す前 地鎮祭を行う。 証人小谷野隆

平庄市

確認申請の一〇日か半月位前 建物の基礎工事に取りかかる。 証人小谷野隆

四三・五・一一 建物建築確認申請 個室付公衆浴場許可申請同時に出す。 確認通知書(建築物)と題する書面写

平庄市

四三・五・二三 建築基準法による確認がなされた。 書面には「本建築予定地から南西約一五〇m離れた地点にある児童遊園地を、近く余目町で児童福祉施設とする動きもあるが当該遊園地が児童福祉法第7条に規定する児童福祉施設になつた場合には自動的に風俗営業等取締法の場所規制に抵触する旨県警察本部防犯課から連絡あつたので付記する」との記載がある。 建築基準法による確認済と題する書面写

四三・五・二七 部落の婦人会が「常万地区にトルコ風呂ができそうだ。知事の認める児童遊園があればその近所にはトルコ風呂を新設することが出来なくなる」とやつきとなつて条例を制定して児童遊園地を町営に切り替えてもらいたいと要望するなど住民の関心が高まり、騒いだことに答え、臨時町議会を召集し、同議会に、町長が、「余目町児童遊園設置条例」の制定について議案を提出し、同日議決。 山形県知事に対し児童福祉法七条に規定する児童福祉施設としての若竹児童遊園の認可を申請。 証人富樫義雄 同梅木義八郎 余目町児童遊園設置条例の制定についてと題する書面の謄本

四三・五・二八 右条例の認可申請は不備の点あるため返還された。 証人吉村敏夫

四三・五・二九 建物建築に着手 平庄市

四三・六・四 若竹児童遊園設置の知事に対する認可申請再提出。 証人吉村敏夫 同富樫義雄

四三・六・六 (1)山形県児童課長外一名若竹児童遊園となるべき現場にいたり設備等の確認。 証人吉村敏夫

(2)有限会社平商事設立 さきの建物建築確認申請および公衆浴場許可申請を右会社名に変更。 有限会社平商事登記簿謄本

(3)当時建物建築工事七割位出来上つていた。 平庄市

四三・六・一〇 山形県知事の児童福祉法に基く若竹児童遊園設置認可。 証人吉村敏夫

四三・六・一四 山形県において公衆浴場経営許可申請書を受理。 山形県衛生部環境衛生課長より同県警察本部刑事部防犯課長宛昭和四三年九月一九日付捜査関係事項照会書について(回答)と題する書面(以下九月一九日付回答書と略称する。)

四三・六・三〇頃 建物建築工事完了(個室一〇個付)引渡しを受けた。 県の検査を受けたが、完工の認定を受けられなかつた。 証人小谷野隆 平庄市

四三・七・一一 建物建築工事完了検査済 建築基準法七条三項の規定による検査済証と題する書面。

四三・七・三一 (1)山形県の公衆浴場経営許可。 右許可につき山形県衛生部長より被告会社宛次の書面が出されている。 公衆浴場経営許可について(通知) 貴殿から申請あつた標記について昭和四三年七月一日(中略)許可されたのであるが、許可にあたつて山形県警察本部防犯課に照会したところ、公衆浴場の所在地の西南方一三四、五メートルの地点に余目町立「若竹児童遊園」があり、同遊園は、風俗営業等取締法第四条の四第一項に規定する児童福祉施設に該当するので、浴場の施設である個室において異性の客に接触する役務を提供する営業を行つたときは、同条同項に抵触する旨回答あつたので、営業にあたつては同法に抵触するような行為のないよう十分に配慮されたい。 九月一九日付回答書 山形県衛生部長より有限会社平商事にあてた公衆浴場経営許可について(通知)と題する書面

(2)個室付特殊公衆浴場の許可であるから、トルコ風呂営業の許可と解した。 証人小谷野隆 平庄市

(3)当夜からトルコ風呂営業開始。

四三・八・中 平庄市は女子従業員を雇入れるにあたり「普通のトルコ風呂と違つて近くに児童遊園地があるから男の客の背中を流したり、マッサージをしたりして、身体に触れることはできない」と注意を与えた。 沢江和子、秋山良子、山本弘子、中嶋文江の検察官に対する供述調書

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