金沢地方裁判所 事件番号不詳 決定
少年 H(昭一九・五・二一生)
主文
本件を金沢家庭裁判所に移送する。
理由
(罪となるべき事実)
当裁判所が取調べた証拠により認定した罪となるべき事実は起訴状記載の公訴事実と同一であるから、ここにこれを引用する。
(主文掲記の措置に付する理由)
(一) 本件の罪質及び情状、並びに被告人の性格環境と保護処分の可能性についての判断
この点に関する当裁判所の見解は、金沢家庭裁判所が、本件を検察官送致に付した決定で示した処分事由の(1)及び(2)のうち同決定書三枚目裏一行目までと同一であるから、その記載を引用するが(但し、同記載中、少年とあるは被告人と読みかえる)、これを要するに、本件は地域社会に多大の社会的不安と反響を呼び起した重大な事件で、被告人は、当然その責を負うべきものではあるが、被告人の性格やその環境に照らし合わせて考えるときは、保護処分の可能性が十分にあるものと認められる。
(二) 家庭裁判所への移送を相当とする事由
思うに、本件は、さきに引用した決定がその処分事由においていみじくも説示したように、被告人の年令、性格を背景として、その置かれた家庭環境、人間関係等の諸条件がからみ合つて、被告人を孤独な心的状態に追いやり、かような心的状態の下において、たまたま試験成績の低下をみるにいたつて、これを気に病んで劣等感の克服に悩み、その抑圧感とこれへの抵抗は、やがて学校当局の教育方針やこれを支持する周囲の権威的態度に対する批判と反抗に転化され、生活経験の未熟さから来る判断力の狭隘性は、理想主義的ないしは空想的思惟を昇華しえないまま、被告人をかり立てて、神経症的な情況の下に、現実化への飛躍的行動として、執拗な放火の繰返しとなつて顕現されたものということができよう。そして以上の経緯からみて、もし事前に、被告人がその性格偏倚と生活条件を調整すべき適当な場を持ちえたならば、この不幸な結果の発生を防止することができたであろうことを思えば、ひとり被告人のみならず、両親の監護上の過失もまた責められて然るべきものと考えられる。被告人は本件が発覚して逮捕勾留されるに及び、学校を退学し、現在においてはよおやく情緒的にも平静を取り戻しつつあることは、当公判廷における供述ないし提出の上申書によつても窺えるところである。すなわち、逮捕勾留以来、家庭裁判所当裁判所の審理を通じ、被告人は自己の行為に対する結果の重大性を十分認識し、責任を感じ、これを機会に以後法に触れることは一切やらない決意をしていることが認められ、両親においても、父は従来の各種団体の役職を一切辞任し、父母共にその教育方針、家庭生活の在り方に深い反省を加え、子に対する真の愛情の何たるかについても根本的に検討し、今後の指導に最大限の努力を払つていることが窺えるものである。以上の諸点を考え合わせると、本件はその罪質はいわゆる公共危険罪として軽視すべからざるものであるが、幸いにも実害は僅少に留まり、直接の被害者である学校当局からも、被告人の将来を考慮して、寛大な処置を望む旨の歎願書が提出されており、一般社会感情においても、かならずしも厳格なる処分を望んでいるものとは考えられないものがあり、被告人には過去において何らの非行歴もなく、まだ年若き前途ある少年であるし、加えて、少年法が犯罪少年に対しても、これを保護教育の対象として、単なる応報的な刑罪を科しないという保護優先主義をその基本原理としていることに鑑みるときは、公共的見地からみた社会感情を考慮しても、なおかつ、前記のとおり、保護処分の可能性十分な被告人に対しては、この際刑事処分をもつて臨むよりは、むしろ保護処分に付し、その健全な育成をはかるのが相当と認められるので、少年法第五五条により、本件を金沢家庭裁判所に移送することとする。よつて主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 岩崎善四郎 裁判官 内藤丈夫 裁判官 戸塚正二)
(注) 本件は現在試験観察中である(昭和三七年一一月八日試験観察決定)。
別紙一
原審の決定(金沢家裁 昭三七・七・三一決定)
主文
本件を金沢地方検察庁の検察官に送致する。
理由
(審判事由)
(1) 罪となるべき事実
少年が昭和三七年二月一三日、二月一七日、五月二〇日、五月二七日の四回に、当時在学中であつた石川県立金沢○○高等学校々舎内で放火した事実は検察官の本件事件送致書記載の「犯罪事実」のとおりこれを認め得るので、その記載をここに引用する。
(2) 適用すべき罰条
上記各事実の中、第一、第二の事実は各刑法第一〇八条に、第三の事実は同法第一〇八条、第一一二条に、また第四の事実は同法第一一〇条第一項にそれぞれ該当する。
よつて少年を少年法第三条第一項第一号の少年として審判し、その処分を考慮決定する。
(処分事由)
(1) 本件の罪質及び情状
本件放火は、目的建造物の一部が焼燬されただけで、実害としては比較的小範囲に止まり得たのであるが、公共の静ひつに対する危険な行為が四回に及んで反覆敢行され、長期にわたつて社会不安をかもしたこと等からみて、まことに事案重大である。また犯行の主たる動機が、少年供述のように学校当局の教育方針に対する不満からこれに対して反省を求めるためであつたことは、後述少年の性格と生活条件との相関々係がら想定できる心理機制として肯定できるとして、これを情状の点から見れば、同情すべき一面また危険性をはらむものと考えねばならぬものがある。現在少年は自己の行動につき反省しているが、本件行為が判断力を備えた一八才前後の間の行為であることから見て道義上法律上当然その責任を伴うべきものであることを考慮されねばならない。
(2) 少年の性格環境と保護処分の可能性
少年の性格環境については、本件調査記録中の鑑別結果通知書、調査報告書その他に詳細記載されるとおりである。知能は平均知をやや上廻る程度であるが、思考性と動作性に偏差が見られ、性格は循環性を主型としてヒステリー性の顕耀性々格と癲癇性の粘着性々格が付加し、自己中心性、空想性等の特性と共に内向性、執拗性等の特性があつて、性格偏倚の傾向が相当顕著である。しかし責任能力に影響するとか、保護の対象とならないという程度の精神障害があるものとは認められない。この性格偏倚を背景として少年の生活条件、人間関係等を考え合わせると、少年が試験の成績低下を気に病み、劣等感の克服に悩み、学校当局の教育方針やこれを支持是認する周囲の権威的態度に対する反抗を内攻させ、本件行為に及んだ心的過程が説明づけられるようである。少年はつとに文学作品に興味をもち、その中に見出される社会悪に対する批判精神に心を引かれ、自己の生活体験の未熟さから来る現実社会の理解の不足にもかかわらず、空想化された思惟を昇華できないまま現実化の過程へ飛躍した行動に突入したものと言うことができる。「車輪の下」なる作文をとおして学校の教育方針に対する不満を訴えたり、父親と学業についての意見対立から家出をしたりしたことがあつた事実はこの過程における注目すべき事実として考慮されねばならない。そうした欲求不満が昂じ孤独な心的状態にあつて、他への逃避を知らないもしくはそれができない性格的な窮地にあつて、その抑圧感に抵抗しつつ追いつめられた気持から神経症的な心的情況の下になされた行為として本件を見れば、むしろこの不幸な結果を見たことについて同情すべきものがあると共に、その性格偏倚と生活条件の調整とを問題とすべきもののようである。こうした場合に、カウンセリング等精神衛生的措置があらかじめ講ぜられていたとすれば、この結果招来を予防し得たのではないかと考えられると共に、将来への処遇としてもこの種の措置を講ずることによつて更生指導をなし得る余地の存することも考え得られるところである。法律的には保護処分の方法として、この種非行少年に対しては少年院等における矯正教育に期待することは必ずしも適当でなく、むしろ個別的専門的な補導を以て臨むことがより効果的であると考えられる。ただこの考えに即応した適当な社会資源を具体的に得ることが困難であると共に、たとい得られるとしても今直ちにその方法に委ねることが時期として適当であるかは諸般の観点から更に考慮されなければならない。要するに本件少年が保護処分の限界を超えるものとして保護の対象から除外さるべき者ではなくて保護処分の可能性が存することは十分これを認め得るのであり、ただその処遇についての時期、方法またその妥当性等につき慎重な考慮を払うべきものであると思料する。
(3) 刑事処分を相当とする事由
本件にあつては、上来述べて来たように少年に対し保護処分を以て臨むか刑事処分に付すべきか、種々の観点から比較検討を加うべきことが要請されるところである。少年法第二〇条は「罪質及び情状にして刑事処分を相当と認めるときは」と規定し、保護処分との関係につき明示を欠くが、保護優先主義の立前を採る少年法の趣旨から見て、原則的には保護処分の限界を超え教育可能性についての期待がすでにないことが刑事処分の前提であると一応考えられる。しかし少年法第五五条の規定との関係等から見て必ずしもそうではなく、場合によりたとい保護の可能性があると認めても刑事処分相当として検察官送致をする場合もあり得るところである。すなわちより広い刑事司法の立場から処遇上の裁量に弾力性と振幅性をもたせることが適当であると考え、または刑事手続過程を経ることによつて処遇上もよりよい教育的効果を期待できるものと予想されるとかいう場合に「刑事処分相当」として少年法第二〇条の運用がなされていることは、実務上しばしば見られるところである。すなわち、「刑事処分相当」とは必ずしも実刑を科することを相当とするのでないことはもちろん、刑事手続における事実審理の結果に俟つて更に保護処分に付せられることが相当とせられることもあり得ることを考慮しつつこの決定をすることもなされるところである。ひるがえつて本件についてこれを見るに、上来述べ来つたように少年に対し保護処分を以て処遇することにつきその可能性は十分認め得るが事案の重大性にかんがみ公共的見地から見た社会感情をも考慮し、刑事司法のより広き視野の下にその処遇を決定するのが相当であると思料するので少年法第二〇条に則り主文のとおり決定する。(裁判官 中川衛)