大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

金沢地方裁判所 平成元年(ワ)199号 判決 1991年1月10日

主文

一  被告は原告に対し、金五七五万円及びこれに対する昭和六三年九月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し、金一〇二五万円及びこれに対する昭和六三年九月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  保険契約

原被告間に後記事故車について、次のとおりのPAP自家用自動車保険契約が締結されている。

1  自損事故条項

(一) 被告は、保険付自動車による自損事故の損害につき、後遺症が生じたときは、別紙後遺障害等級表の各等級に該当するA欄記載の後遺障害保険金を支払う。

(二) ただし、同一事故により右等級表一級から一三級までの後遺障害が二種以上生じたときは、重い後遺障害に該当する等級の一級上位の等級に定める金額を支払う。

2  搭乗者傷害条項

(一) 被告は、保険付自動車の搭乗者が同自動車の事故により身体の傷害を被り、後遺障害が生じたときは、保険金額(本件では一〇〇〇万円)に前記等級表の各等級に該当するB欄記載の支払割合を乗じた額を支払う。

(二) 1(二)と同じ。

二  自損事故の発生

1  発生日時 昭和五八年八月一九日午前六時三〇分ころ

2  発生場所 金沢市西念町一〇〇の一番地先国道八号線路上

3  事故車 普通貨物自動車(車両番号石四四め三一〇八)

4  事故態様 原告が事故車を運転し、先行の二台の追越しをかけた際に、前車も追越しをかけたため、逃げ場を失い、コンクリート壁に激突した。

5  受傷 左大腿骨、膝蓋骨、肋骨等の骨折

三  被告の障害等級の認定と支払

被告は、原告の後遺障害として、左下肢につき一〇級、左肋骨変形骨折等で一二級の各認定のもとに一級繰り上げて九級の認定をし、自損事故条項に基づく保険金として三六五万円、搭乗者傷害条項に基づく保険金として二六〇万円の合計六二五万円を原告に支払つた。

四  争点

原告の胸部についての後遺障害の等級をいかにみるかが本件の争点である。

1  原告の主張

原告には、右第二、三、四肋骨骨折(偽関節状態)及び肋骨柄部骨折(偽関節状態)による胸部痛及び肺機能障害があり、軽易な労務にも服するのが困難な状態にある。これは、前記等級表の五級に該当する。

なお、左大腿、膝蓋骨開放骨折による下肢の四センチメートル短縮及び膝運動制限の後遺障害もあり、これが前記等級表の一〇級に該当する。

したがつて、前記等級表四級の保険金が支給されるべきである。

よつて、自損事故条項に基づく保険金として九六〇万円、搭乗車条項に基づく保険金として六九〇万円の合計一六五〇万円から既払額六二五万円を控除した残金一〇二五万円及びこれに対する原告が被告に民事調停を申し立てた後である昭和六三年九月一日(弁論の全趣旨)から支払済みまで民法所定の遅延損害金の支払を求める。

2  被告の主張

原告の左下肢の四センチメートルの短縮が前記等級表の一〇級に該当することは認める。しかし、原告の胸部痛及び肺機能障害は、単に胸部神経症状というべきものであり、同等級表一二級に該当するにすぎない。

第三争点に対する判断

一  原告の胸部についての症状

証拠(甲一、二、乙二の一、証人馬場、鑑定、原告本人)によれば、次の事実が認められる。

原告の右第二ないし第五肋骨に変形して治癒した骨折の跡がみられ、そのうち少なくとも第二肋骨骨折部には、偽関節(骨折を起こした場所がくつついていなくてぐらぐら動く関節のような状態)を形成している。

肺には異常はないが、肺機能検査の結果として、肺活量が一・五一リツトルないし一・七二リツトルで、通常の四三ないし四八パーセント程度である(もつとも、証人馬場、鑑定によれば、肺活量の測定自体、ある程度本人の意思や心理的な要素により変動するものであることが窺われ、他の乙号証には、右認定と異なる数値も記載されているが、証人馬場、鑑定によれば、馬場医師及び鑑定人が原告の肺活量を測定した際には、原告が特別に肺活量を減少させようとしていたことがなかつたことが認められ、また、右馬場医師の測定の結果と鑑定の結果との間に大きな差異が認められなかつたのであるから、最終的には鑑定の結果を信用してしかるべきである。)。

原告の右側胸部痛はかなり強いもので、立ち上がり動作や右肩を挙げる際に顕著であり、単に体を動かす場合にも胸部痛に悩まされる。

以上の結果、原告には強い胸部痛と拘束性肺機能障害ないし拘束性換気障害(肋間筋肉や神経が働かないか、あるいは肺が思うように膨らまないために肺に空気が入りにくい状態)が認められる。

そして、原告は、一応日常の生活はでき、事務を執る程度の仕事ならできるものの、体を動かしたりすることを要求されるような仕事をすることは困難な状態である。

以上のとおり認められ、原告が被告の後遺障害の認定を不服として何度も認定の変更を求めてきたことや、右認定に不服なために病院を県立中央病院から金沢大学医学部付属病院に転院したこと、更に他にも保険金請求事件を提起していること(関係乙号証参照)も右認定を左右するものとは考えられない。

二  後遺障害の等級の検討

1  胸腹部臓器の機能に障害を残しているといえるか。

原告の肺自体に異常がないが、前記のとおり拘束性換気障害が認められ、結局は、肺の主な機能である呼吸機能が障害されているのであるから、肺自体に異常が認められないとしても、右胸腹部臓器の機能に障害を残していると評価するべきである。

2  機能障害の程度はどの程度か。

右のとおり、原告の肺自体には異常がないこと、肺活量も通常の半分程度であることに鑑みれば、胸腹部臓器の機能に著しい障害があるものということはできない。

3  服することができる労務の程度

前記認定の事実によれば、原告が服することができる労務は、軽易な労務に限られるということができる(「特に軽易な労務」との関係については後に更に検討する。)。

4  胸腹部臓器の障害と原告が服することができる労務との関係

右3のとおり、原告は、軽易な労務以外の労務に服することができないものであるが、これは、必ずしも原告の呼吸機能の障害と因果関係があるものということはできず、むしろ原告の胸部痛が主な原因であると考えられる。しかし、原告の胸部痛の原因は、原告の肋骨骨折部の偽関節状態が原因であると考えられるところ、原告の右呼吸機能の障害原因としても、右偽関節状態が密接に関連していると考えられる。

5  原告の後遺障害の等級

以上検討の結果を総合すると、原告の後遺障害は、後遺障害等級表の七級の(ホ)に該当すると認めるのが相当である。

なお、右にいう胸腹部臓器の機能の障害と服することができる労務の程度との間には直接の因果関係がないものであるが、前記4で検討のとおり、原告の胸部痛が胸腹部臓器の機能障害と密接に関連しているものであり、結局は、原告が服することのできる労務が制限されていることを後遺障害の程度を判断するにつき重視するのが相当である。

また、原告の肺機能の障害の程度が前記のとおりであるから、これに原告の胸部痛及びその原因を加味して考慮しても、原告の後遺障害の程度が右等級表五級の(ハ)の「胸腹部臓器の機能の著しい障害」と「特に軽易な労務以外の労務に服することができない」ものとして評価できる程度に至つているということは困難である。

三  以上のとおり、原告の後遺障害を七級と認定し、争いのない左下肢の後遺障害を合わせると、結局、原告は、六級としての保険金が請求できることになるところ、自損事故条項に基づく保険金として七〇〇万円、搭乗者条項に基づく保険金として五〇〇万円の合計一二〇〇万円の請求ができ、これから既払額六二五万円を控除した五七五万円が認容されるべきである。

四  よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 塚本伊平)

後遺障害等級表

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例