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金沢地方裁判所 平成元年(ワ)322号 判決 1994年8月25日

《目次》

主文

事実

第一章 当事者の求めた裁判(甲乙両事件)

第一 請求の趣旨

第二 請求の趣旨に対する答弁

第二章 当事者の主張(甲乙両事件)

第一 請求原因

一 当事者

二 本件原子力発電所の概要

三 本件差止請求の根拠

四 本件原子力発電所の危険性

1 平常運転時の危険性

(一) 放射性物質の危険性

(1) 核分裂生成物等の大量生成

(2) 放射性物質の危険性

(3) 放射線被曝の危険性

(4) しきい値の不存在

(5) 放射性物質の無害化・隔離の不可能性

(二) 本件原子力発電所の平常運転時の危険性

(1) 大量の放射性物質の日常的放出

(2) 日常的被曝の危険性

A 被告の被曝評価の過小性

B 被告の評価値自体に基づく危険性

C 被告の評価していない日常的被曝の危険性

a 気体廃棄物関係

(微粒子状放射性物質による被曝評価の不存在)

b 液体廃棄物関係

(トリチウム被曝の無視)

(三) 結論

2 事故発生時の危険性

(一) はじめに

(二) 重大事故の実例

(1) スリーマイル島原子力発電所の事故

A 経過と概要

B 事故の原因

C 被害の状況

(2) チェルノブイリ原子力発電所の事故

A 事故の概要

B 事故の原因

C 被害の状況

a ソ連国内

ア 放射性物質による汚染

イ 死傷者

b 地球全体の汚染

(3) 美浜原子力発電所二号機の事故

A 事故の概要

B 事故の原因

C 事故の問題点

(4) まとめ

(三) 事故発生の蓋然性

(1) はじめに

(2) 工学的欠陥と炉心溶融事故発生の危険性

A 一次冷却水喪失事故と炉心溶融

B 一次冷却水喪失事故の原因事由

a 圧力容器・一次系配管の欠陥

(応力腐食割れの危険性)

b その他の欠陥

C 非常用炉心冷却系(ECCS)等の無効性

(3) 核暴走事故の危険性

(4) 結論

(四) 事故被害の甚大性

(1) 大規模事故の被害予測

(2) 事故被害の持つ意味

(五) 結論

3 廃棄物処理・使用済燃料貯蔵等の危険性

(一) 低レベル放射性廃棄物の危険性

(二) 使用済燃料貯蔵の危険性

(三) 再処理に伴う高レベル放射性廃棄物の危険性

4 輸送の危険性

(一) 核燃料物質及び使用済燃料の輸送の重大な危険性

(二) 陸上輸送の重大な危険性

5 廃炉の危険性

6 立地選定の誤りとその危険

(一) 建設地の社会的環境

(1) 周辺住民の被害発生のおそれ

(2) 周辺交通網利用者の被害発生のおそれ

(3) 能登半島北部の住民の生活への影響

(二) 地質学的環境

(三) 風向きと日本列島内陸部への被害拡大のおそれ

(四) 航空機・ジェット戦闘機墜落による事故発生のおそれ

(五) 敷地前面海域施設と事故発生のおそれ

(六) むすび

五 原子力発電所の不要性

六 本件原子力発電所の反社会性

1 建設過程における違法行為等

2 補償制度の不存在

七 まとめ

第二 被告の本案前の主張

一 人格権について

二 環境権について

第三 請求原因に対する認否

第四 被告の主張

一 本件原子力発電所における安全確保の方法

二 平常運転時における被曝低減対策

1 本件原子力発電所における被曝低減対策の基本方針

2 放射性物質の放出の抑制とその監視

(一) 抑制・処理設備の設置

(2) 敷地周辺の地盤

(3) 敷地の地盤

(4) 施設建設場所の地盤

A 支持力に対する安全性

B すべりに対する安全性

C 沈下に対する安全性

(二) 地震

(1) 耐震設計上考慮すべき地震の選定方法

A 過去の地震の調査

B 活断層の調査

(2) 設計上考慮すべき地震の選定

A 設計用最強地震

B 設計用限界地震

(3) 本件原子力発電所の原子炉施設の耐震性

2 事故防止対策

(一) 異常発生防止対策

(1) 原子炉の安定した運転の維持

A 本件原子炉の固有の安全性、自己制御性

a ドップラー効果

b ボイド効果

c 減速材の温度効果

B 原子炉の監視、制御

(2) 燃料被覆管の健全性の確保

A はじめに

B 沸騰遷移に対する健全性の確保

C 燃料ペレットの膨張に対する健全性の確保

D 内圧や外圧等に対する健全性の確保

E 化学的腐食に対する健全性の確保

(3) 原子炉冷却材圧力バウンダリの健全性の確保

A はじめに

B 原子炉冷却材圧力バウンダリの機械的な健全性の確保

C 中性子照射に起因する脆化に対する原子炉圧力容器の健全性の確保

D 化学的腐食に対する原子炉冷却材圧力バウンダリの健全性の確保

E 応力腐食割れに対する原子炉冷却材圧力バウンダリの健全性の確保

(二) 異常拡大防止対策

(1) 異常発生の検知

(2) 安全保護設備の設置

A 原子炉緊急停止系

B 原子炉隔離時冷却系

C 主蒸気系の逃がし安全弁

(3) 安全保護設備等の総合的な妥当性の解析評価

(三) 放射性物質放出防止対策

(1) 非常用炉心冷却系(ECCS)

A 非常用炉心冷却系の各系

a 高圧炉心スプレイ系

b 自動減圧系

c 低圧炉心スプレイ系

d 低圧注水系

B 非常用炉心冷却系の機能

(2) 格納容器及びその附属設備

A 格納容器

B 格納容器の附属設備

(3) 非常用ガス処理系

(4) 工学的安全施設の総合的な妥当性の解析評価

四 運転保守における安全確保策

1 運転管理体制

2 設備の保守管理

第五 被告の主張に対する原告らの反論

一 平常運転時における被曝低減対策について

二 本件原子力発電所における事故発生の危険性

1 我が国における事故発生の現状

2 暴走事故の危険性

(一) BWRの危険性

(二) 再循環系の事故から暴走事故へ発展する危険性

(三) 主蒸気系の事故から暴走事故へ発展する可能性

(四) 冷却材喪失事故から暴走事故へ発展する可能性

(五) ほう酸水希釈による暴走事故の可能性

(六) まとめ

3 冷却材喪失事故(LOCA)の危険性について

(一) 冷却材喪失事故(LOCA)の原因

(二) 冷却材喪失事故の事故例ないしその危険性のあった事象

(1) TMI事故

(2) 福島第一原子力発電所二号機の事故

(昭和五六年五月一二日発生)

(3) サリー原子力発電所二号炉の事故

(4) 福島第二原子力発電所三号機の事故

(5) 美浜原子力発電所二号機の事故

(6) 福島第一原子力発電所二号機の事故

(平成四年九月二九日発生)

(7) 浜岡原子力発電所三号機の事故

(三) まとめ

三 異常状態の発生防止対策の虚構性

1 設計

2 製造・建設

3 運転管理

4 運転保守

(一) 運転管理体制

(二) 保守管理

(1) 日常点検について

(2) 定期点検について

(三) 老朽化対策

5 原子力発電所技術の実証性の欠如

四 異常拡大防止策の虚構性

1 異常発生の検知の不十分性

(一) 計測制御装置の限界

(二) 異常状態の検知方法の間接性

(三) 計測制御系統設備の事故の多発

2 異常状態における総合的な妥当性の解析評価の問題点

(一) 事故想定の恣意性

(二) 解析用コードの信憑性

(三) 解析用コードの限界

五 放射性物質の異常放出防止対策の虚構性

1 非常用炉心冷却系(ECCS)の有効性の欠如

(一) 実証性の欠如

(二) 小規模実験

(1) セミスケール実験

(2) LOFT炉実験

(3) ROSAⅢ

(4) ESTA

(三) 事故例

2 格納容器及び附属設備の脆弱性

(一) 本件原子炉の型式

(二) 実証性の欠如

(三) 格納容器の脆弱性に関する指摘

(1) リード報告

(2) GE社退職技術者の指摘

(3) その他

3 スクラム失敗の可能性

(一) スクラム失敗に関する事故例

(1) 制御棒挿入自体に失敗する事故

(2) 制御棒の挿入が反応度の上昇に間に合わない事故

(二) ほう酸水希釈による反応度事故

(三) スクラムと経済性

(四) まとめ

六 自動制御の問題点

1 自動制御システムの弱点

2 運転員の時間的余裕の欠如

3 検知システムの不備

4 まとめ

七 防災の不備

1 原子力防災の必要不可欠性と根本的問題点

2 原子力発電所立地自治体の原子力防災体制の現状

3 原子力防災計画の内容と安全協定の必要性

(一) 計画検討の不十分性について

(二) 指揮命令系統について

(三) 屋内退避、避難について

(四) 安全協定の必要性等

4 サイト内防災業務計画との分離等

5 原子力防災訓練

(一) 原子力防災訓練の実態

(二) 事故想定の曖昧さ

(三) 気象条件を無視した訓練対象地域の設定

(四) 緊急時センターの不在

(五) 住民避難訓練の規模等

(六) 避難先の設定の不備等

(七) 緊急時スクリーニング・医療訓練の実効性の欠如

6 法体制整備拡充の必要性その他の問題点

7 結論

第三章 証拠

理由

第一章 当事者

第二章 被告の本案前の主張について

第三章 立証責任について

第四章 本件原子力発電所の概要

第一 原子力発電の仕組み

第二 本件原子力発電所の構造等

第五章 本件原子力発電所の運転に至るまでの経過

第一 電源開発の必要性

第二 営業運転開始までの経過

第六章 平常運転時における放射線被曝の危険性の有無

第一 当事者らの主張

第二 平常運転時における放射性物質の生成

第三 放射線被曝の危険性

第四 放射性物質による被爆の受容限度

一 ICRPの勧告

二 我が国における線量当量限度等

第五 低線量の放射線被曝と人格権の侵害

第六 本件原子力発電所における放射性物質の放出の抑止

一 放射性物質の冷却材中への出現の抑制

二 放射化生成物の冷却材中への出現の抑制

三 放射性物質の原子炉冷却系からの漏洩の抑制

四 原子炉冷却系外に現れた放射性物質の処理

1 放射性気体廃棄物の処理

2 放射性液体廃棄物の処理

3 放射性固体廃棄物の処理

第七 監視設備

第八 本件原子力発電所周辺の公衆の受ける放射線量

第九 結語

第七章 本件原子力発電所における安全対策

第一 当事者らの主張

第二 原子力発電所の運転開始に至るまでの手続の概要

一 施設計画の届出から原子炉設置許可申請まで

二 原子力安全委員会の安全審査

三 工事計画認可から起動試験開始前まで

1 手続

2 各種検査

(一) 燃料体検査

(二) 溶接検査

(三) 使用前検査

四 起動試験開始から営業運転開始まで

五 営業運転開始後

第三 立地条件と安全確保

一 地質、地盤

1 基本的な考え方

2 原子炉安全専門審査会の審査基準

(一) 敷地周辺の地質

(二) 敷地の地質

(三) 岩石・岩盤物性

(四) 地質調査に関する実証性の確認

3 被告の行った地質・地盤調査の概要

(一) 本件原子力発電所敷地周辺の地質・地質構造

(1) 調査方法

A 陸地の地質調査

B 海域の地質調査

(2) 調査結果

A 本件原子力発電所の敷地周辺陸域の地質

B 敷地周辺の活断層

C 敷地周辺海域における海底地質

D 周辺海域における断層

(二) 敷地の地質・地質構造

(1) 調査内容

(2) 調査結果

(三) 原子炉設置位置付近の地質・地質構造及び地盤

(1) 調査内容

A ボーリング調査

B 試掘坑調査

C トレンチ調査

D 岩石試験

E 弾性波試験等

F 地下水位の測定

(2) 調査結果

A 地質・地質構造

B 原子炉建屋基礎地盤の安全性

a 支持力に対する安全性

b すべりに対する安全性

c 沈下に対する安全性

(四) 原子力安全委員会の本件答申

(五) 原告らの主張について

(1) 地質・地質構造

A 岩盤分類

a 被告の岩盤評価基準

b 岩盤評価のごまかし

c 補正書のデータ捏造

d シームについて

B 原子炉建屋基礎地盤の安全性

a サンドウィッチ地盤

b 基礎岩盤の岩石試験

(六) 小括

二 耐震設計

1 発電用原子炉施設に関する耐震設計指針の概要

(一) 重要度分類

(二) 耐震設計評価法

(1) 設計用最強地震及び設計用限界地震

(2) 静的地震力

(3) 荷重の組合せと許容限界

2 本件原子力発電所の耐震設計

(一) 設計上想定すべき地震の選定

(1) 過去の地震の調査

(2) 活断層の調査

(3) 設計用最強地震の対象となる地震の選定

(4) 設計用限界地震の対象となる地震の選定

(二) 基準地震動の策定

(1) 地震動特性

A 敷地地盤の振動特性

B 地震動の最大振幅等

C 基準地震動

(三) 地震力の算定と本件原子炉施設の耐震設計

3 原子力安全委員会の本件答申

4 被告の行った耐震設計の合理性

(一) 耐震設計指針の合理性

(二) 被告の調査・設計の合理性

(1) 過去の地震の調査

(2) 活断層の調査

(3) 設計用最強地震及び設計用限界地震の選定

(4) 基準地震動の策定

(5) 地震力の算定と本件原子炉施設の具体的な設計

5 小括

三 水理

四 社会環境等

1 原子炉と一般公衆との隔離

(一) 立地審査の指針等

(二) 原子力安全委員会の本件答申

2 その他

3 小括

第四 異常発生防止対策

一 原子炉の安定した運転の確保

1 基本設計

(一) 本件原子炉自体の固有安全性

(1) ドップラー効果

(2) ボイド効果

(3) 本件原子炉の反応度出力係数

(二) 原子炉制御系

(1) 原子炉出力制御系

A 概略

B 反応度制御系

C タービン制御系

(2) 原子炉圧力制御系

A タービン・バイパス制御系

B 圧力制御装置

(3) 原子炉水位制御系

2 中央制御室の操作設備

3 中央制御室の換気空調系等

4 原子力安全委員会の本件答申

5 小括

二 燃料被覆管の健全性の確保

1 基本設計

(一) 沸騰遷移による燃料被覆管の焼損の防止策

(二) 燃料ペレットの膨張による燃料被覆管の損傷の防止策

(三) 内圧、外圧による燃料被覆管の損傷の防止策

(四) 化学的腐食の防止策

2 原子力安全委員会の本件答申

3 LOCAと燃料被覆管の損傷に関する被告の解析について

(一) 被告の解析と解析コード

(二) 原告らの主張

(三) 検討

4 小括

三 原子炉冷却材圧力バウンダリの健全性の確保

1 基本設計等

(一) 圧力による損傷の防止

(二) 中性子照射に起因する脆化の防止

(三) 化学的腐食の防止

(四) 応力腐食割れの防止

2 原子力安全委員会の本件答申

3 小括

第五 異常拡大防止対策

一 異常発生の検知

1 基本設計

(一) 原子炉出力の監視(原子炉核計装)

(1) 概略

(2) 中性子源領域モニタ

(3) 中間領域モニタ

(4) 出力領域モニタ

A 局部出力領域モニタ

B 平均出力領域モニタ

C 移動式炉心内計装系

(5) 制御棒引抜監視装置

(二) その他の重要部分の監視(原子炉プラント・プロセス計装)

(1) 概略

(2) 圧力容器計装

(3) 再循環系計装

(4) 原子炉給水系及び主蒸気系計装

(5) 制御棒駆動系計装

(6) 格納容器内雰囲気計装

(7) 漏洩検出系計装

(8) その他の計装

(三) 運転監視補助装置

(1) 概略

(2) 制御棒引抜阻止

(3) 監視計算装置

(4) 制御棒価値ミニマイザ

(四) 放射線監視設備

(1) 概略

(2) プロセス放射線モニタリング設備

(3) エリア放射線モニタリング設備

2 原子力安全委員会の本件答申

3 小括

二 安全保護設備の設置

1 原子炉緊急停止系

(一) 基本設計等

(二) 原子力安全委員会の本件答申

(三) スクラム失敗の蓋然性の有無

(1) 原告らの主張

(2) 検討

(四) 小括

2 原子炉隔離時冷却系

(一) 基本設計等

(二) 原子力安全委員会の本件答申

(三) 小括

3 主蒸気系逃がし安全弁

(一) 基本設計等

(二) 原子力安全委員会の本件答申

(三) 小括

4 残留熱除去系

(一) 基本設計等

(二) 原子力安全委員会の本件答申

(三) 小括

第六 放射性物質放出防止対策

一 非常用炉心冷却系(ECCS)

1 基本設計

(一) 高圧炉心スプレイ系

(二) 低圧炉心スプレイ系

(三) 低圧注水系

(四) 自動減圧系

(五) ECCSの相互作用

(六) ECCSの作動の確実性

2 原子力安全委員会の本件答申

(一) 安全設計審査指針等

(二) 本件答申の内容

3 ECCSの有効性について

(一) 原告らの主張

(二) 検討

(1) ECCSの実証実験

A セミスケール実験

B ロフト炉実験

C ROSA―Ⅲ実験

D TBL実験

E ESTA実験

(三) 稼働中の原子力発電所におけるECCSの作動状況

(四) 判断

4 小括

二 格納容器及びその附属設備

1 基本設計

(一) 格納容器

(1) 概要

(2) 格納容器貫通部における配管及び電気配線貫通部

(3) 隔離弁

(二) 格納容器の補助系

(1) 格納容器内ガス濃度制御系

A 可燃性ガス濃度制御系

B 不活性ガス系

(2) 格納容器スプレイ冷却系

(三) 二次格納施設等

(1) 原子炉棟

(2) 非常用ガス処理系

2 原子力安全委員会の本件答申

(一) 格納容器の基本設計について

(二) 可燃性ガス濃度制御系の基本設計について

(三) 格納容器スプレイ冷却系の基本設計について

(四) 非常用ガス処理系について

3 格納容器の強度について

(一) 原告らの主張

(二) 検討

(1)危険性の指摘

(2) 冷却材喪失事故時の現象

(3) 逃がし安全弁作動時の現象

(4) 動荷重の評価

(5) サプレッション・チェンバへ流入する蒸気の凝縮特性

(三) 判断

4 小括

第七 本件原子炉の安全解析

一 安全評価審査指針

二 被告の安全解析と本件答申

1 運転時の異常な過渡変化の解析

2 事故解析

三 被告の安全解析の妥当性について

四 小括

第八 運転管理及び設備の保守管理

一 運転管理

1 運転管理に関する法令等

2 本件原子力発電所の運転管理

(一) 保安管理体制

(二) 運転員の教育訓練

二 設備の保守管理

1 設備の保守管理に関する法令等

(一) 定期検査

(二) 保安措置等

(三) 核燃料物質事故届

(四) 原子炉等規制法に基づく報告

2 本件原子力発電所における設備の保守・管理

三 運転管理におけるヒューマン・エラーの防止対策

四 小括

第九 結語

第八章 過去の重大事故について

第一 原告らの主張

第二 TMI事故

一 事故の経過

1 事故前の状況

2 事故の発端

3 燃料の破損

4 収束までの経過

5 TMI事故による周辺公衆への影響

二 TMI事故の原因

1 加圧器逃がし弁開放固着状態の放置

2 高圧注水ポンプの流量制限

3 事故の要因

(一) 制御室設計の不備

(二) 格納容器の隔離に関する設計上の不備

(三) 計装用空気系の容量不足

(四) 運転管理の不備

(1) 機器の保守、管理の不備

(2) 運転規則等の不備、欠陥

(3) 運転規則等の違反

(4) 不適切な指示

(5) 運転経験の反映の不備

(6) 運転員の教育訓練の不備

第三 チェルノブイリ事故

一 チェルノブイリ発電所四号炉の概要

二 チェルノブイリ事故の概要

三 我が国の事故調査特別委員会における事故原因の評価

1 チェルノブイリ四号炉の設計及び特性

2 運転規則違反

3 運転管理

4 総合的考察

四 チェルノブイリ事故の原因

第四 TMI事故後の原子力安全委員会の活動等

第五 原告らの主張に対する判断

一 TMI事故と同様の要因の有無

1 加圧器逃がし弁の開放固着の可能性

2 非常用炉心冷却系の操作

3 その他の要因について

二 チェルノブイリ事故の要因と同様の要因の有無

1 異常な正の反応度の投入の可能性

2 原子炉緊急停止の遅延の可能性

3 運転管理体制等の問題点

三 小括

第九章 原告ら主張の重大事故発生の蓋然性について

第一 冷却材喪失事故発生の蓋然性の有無

一 原告らの主張

二 炉心溶融の危険性

三 冷却材喪失の事故又は事象

1 美浜原子力発電所二号機の事象

2 福島第一原子力発電所二号機における二つの事象

3 浜岡原子力発電所三号機の事象

4 その他の事故又は事象

四 冷却材喪失事故の原因

五 本件原子力発電所における冷却材喪失事故発生の蓋然性の有無

1 本件原子力発電所における配管破断の防止策

2 本件原子力発電所における給水喪失の防止策

3 小括

第二 暴走事故発生の蓋然性の有無

一 原告らの主張

二 沸騰水型原子炉の固有安全性

三 出力発振の蓋然性

1 ラサール原子力発電所二号炉における事象

2 本事象の原因

3 出力発振の危険性

4 本件原子力発電所における出力発振事象発生の蓋然性

(一) 出力発振の一般的な可能性

(二) 再循環ポンプ停止の防止

(三) 制御棒引抜監視装置の設置

(四) 出力発振の検知

(五) 運転上の留意

(六) 判断

四 主蒸気管遮断による原子炉内圧力の増加

1 主蒸気遮断のための弁

2 主蒸気管遮断による原子炉内圧力増加の防止

五 再循環冷却材流量の急激な変化

六 冷却材喪失

七 ほう酸水希釈と水位制御の失敗

八 小括

第一〇章 本件原子力発電所の建設過程における問題点について

第一 原告らの主張

第二 検討

第三 小括

第一一章 廃棄物処理、使用済燃料の貯蔵、廃炉の危険性について

第一 原告らの主張

第二 低レベル放射性廃棄物の処理

第三 使用済燃料の貯蔵

一 使用済燃料プール

二 燃料プール冷却浄化系

三 原子力安全委員会の本件答申

第四 小括

第一二章 核燃料物質・使用済燃料の輸送について

第一 原告らの主張

第二 陸上輸送

第三 海上輸送

第四 小括

第一三章 防災対策の不備について

第一四章 本件原子力発電所の必要性について

第一五章 その他の原告らの主張について

第一六章 結論

当事者 別紙当事者目録<省略>

(以下、本件昭和六三年(ワ)第四九一号事件を「甲事件」と、平成元年(ワ)第三二二号事件を「乙事件」といい、甲事件及び乙事件の原告らを単に「原告ら」と、甲事件及び乙事件の被告を、単に「被告」という。)

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一章  当事者の求めた裁判(甲乙両事件)

第一  請求の趣旨

一  被告は、石川県羽咋郡志賀町字赤住地区に、昭和六三年八月二二日通商産業大臣の設置許可に係る原子炉を保有する原子力発電所を運転してはならない。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行宣言

第二  請求の趣旨に対する答弁

一  本案前の答弁

原告らの訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

二  本案の答弁

主文同旨

第二章  当事者の主張(甲乙両事件)<省略>

第三章  証拠<省略>

理由

第一章  当事者

甲事件の原告らが、石川県又は富山県に居住する住民であることは、当事者間に争いがなく、乙事件の原告のうち別紙乙事件原告目録の番号1ないし23、25ないし70の原告が右両県の住民であり、その余の乙事件の原告らが右両県以外の東京都、北海道等に居住する住民であることは、弁論の全趣旨により明らかである。

また、被告が、北陸三県及び岐阜県の一部において一般電気事業を営む株式会社であり、昭和六三年八月二二日、通商産業大臣より原子炉設置許可を受け、石川県羽咋郡志賀町字赤住地内の約一六〇万平方メートルの敷地上に、熱出力約一六〇万キロワット、電気出力約五四万キロワット、燃料として核分裂性のウラン二三五を約三パーセント程度まで濃縮した低濃縮二酸化ウランを使用し、減速材及び冷却材としていずれも軽水を利用する沸騰水型原子炉(BWR)を有する本件原子力発電所を建設して、平成五年七月より営業運転を開始したことは、当事者間に争いがない。

第二章  被告の本案前の主張について

本件請求は、本件原子力発電所の運転が行われるならば、本件原子炉の重大事故が発生する蓋然性が高く、原告らは、右の事故発生時において生命・身体に対する重大な被害を及ぼす放射線被曝を受けるのはもとより、平常運転時においても同様の重大な被害を及ぼす放射線被曝を受ける極度の危険にさらされており、また、自然放射能による放射線以外の放射線を浴びずに事故や被害発生の不安がない安全かつ平穏な環境を享受する権利を侵害されていると主張して、本件原子力発電所の運転の差止めを求めるものである。

原告らは、右の差止請求の根拠は、原告らそれぞれの人格権及び環境権に基づく妨害予防請求権の行使であると主張しているところ、被告は、右原告らの主張に係る権利は、いずれも実体法上の根拠を欠き、具体的な私法上の権利としては認められないから、本件訴えは不適法なものとして却下されるべきであると主張する。

そこで、まず、被告の右本案前の主張について検討するに、個人の人格的利益のうち、生命、身体、名誉等の重大な保護法益が現に侵害され、又は将来侵害されようとしている場合には、これらの人格権に基づいて、その侵害の排除又は予防のために、当該侵害行為の差止めを求めることができることは、既に判例上も確立されたところであるから(最高裁判所昭和六一年六月一一日大法廷判決・民集第四〇巻第四号八七二頁参照)、本件訴えは適法であり、本件差止請求が具体的な私法上の権利に基づかない請求であるとの被告の本案前の主張は理由がない。

もっとも、原告らは、人間が健康で快適な生活を維持するために必要な良き環境を享受し、これを支配し得る権利である環境権を有していると主張し、右権利を本件差止請求の根拠の一つとしている。しかし、右のような権利が認められていると解すべき実定法上の明確な根拠はなく、また、環境は国民一般が共通に享受する性格のものであるから、そのようなものについて個々人が排他的に支配し得るような私法上の権利を有していると認めることには疑問があり、少なくとも、その権利の内容及びこれが認められるための要件も明らかとはいえない現段階においては、このような権利が実体法上独立の権利として差止請求の根拠となり得ると解することは困難である。なお、環境破壊行為が、住民個人の具体的な権利、すなわち、生命、身体等重大な保護法益を侵害するようなおそれがある場合には、前記の人格権等に基づいて妨害排除ないし妨害予防としての差止めを求めることができることはもちろんである。

第三章  立証責任について

ところで、原子力発電所の運転による人格権侵害を理由とする差止請求においても、そのほかの人格権に基づく差止訴訟の場合と同様、侵害が原告らに及ぶ危険性があることについての立証責任は、差止を請求する原告らにあると解される。したがって、本件差止請求が認められるためには、原告らは、本件原子力発電所の運転によって、原告らの生命、身体等の人格権が侵害される具体的な危険があることを立証する必要がある。

もっとも、原子力発電は、後記のとおり、高度の科学技術を用いて、核燃料における核分裂反応を制御しながら継続的に起こさせ、これによる熱エネルギーを利用した蒸気によってタービンを回転させて発電を行うものであるから、常に潜在的な危険性を内包しており、このような技術利用の前提となる安全管理が不十分である場合には、右の潜在的危険が顕在化する可能性を有しているものである。そして、右の安全管理の方法は、個々の原子炉設備やこれを保有管理する電力会社によって異なり、しかも、このような点についての資料は、すべて被告が保有している。そこで、これらの事実に鑑みれば、前記の原告らの立証すべき事項のうち、本件原子力発電所の安全性については、まず、被告において、相当の根拠を示して安全性に欠けるところがないことを明らかにすべきであり、被告がこれを行わない場合には、本件原子力発電所は安全性に欠けるところがあるとの事実上の推認が働くと解するのが相当である。

そこで、以下、右のような前提に立って、本件原子力発電所における被告の安全確保策を検討し、次いで原告らの各主張を順次検討して、原告ら主張のように、本件原子力発電所の運転が行われることによって、原告らの生命・身体等に対する重大な侵害を及ぼす放射線被曝の具体的な危険があるか否かを判断することとする。

第四章  本件原子力発電所の概要

第一  原子力発電の仕組み

以下の各事実は当事者間に争いがない。

原子力発電所は、原子炉において、核燃料における核分裂反応を制御しつつ継続的に起こさせることにより熱エネルギーを発生させ、これを利用した蒸気によってタービンを回転させて電気を起こすものである。

原子炉の中心部すなわち炉心は、核分裂反応を起こして熱を発生させる核燃料、核分裂反応によって新たに発生する高速の中性子を次の核分裂を起こし易い状態にまで減速させるための減速材、発生して熱を取り出すための冷却材、核燃料の核分裂反応を制御するための制御材等から成り立っている。

発電用の原子炉には、いくつかの種類があるが、軽水型原子炉(軽水炉)は、減速材及び冷却材の両者の役割を果たすものとして普通の水(軽水)を用いるものである。この軽水型原子炉には、原子炉内で直接蒸気を発生させ、これをタービンに送って発電する型(沸騰水型・BWR)と、高圧をかけることによって原子炉内では冷却材を沸騰させることなく、高温の水のまま蒸気発生器に導いて、そこで蒸気を発生させ、これをタービンに送って発電する型(加圧水型・PWR)とがある。

第二  本件原子力発電所の構造等

甲四号証、乙一号証、同二号証、同二九号証、平成四年一〇月八日実施の検証の結果及び証人水落正志の証言によれば、次の事実が認められる。

本件原子炉は、沸騰水型原子炉(BWR)であり、核燃料として、燃料ペレット(中性子が当たると核分裂反応を起こすウラン二三五を数パーセント含む二酸化ウラン粉末にパラフィンなどの結合剤を加えて一平方センチメートル当たり六ないし二〇トンの圧力で加圧成型し、真空又は水素中で一五〇〇ないし一七〇〇度で焼結したもの)を使用している。右燃料ペレットは、両端を密封したジルコニウム合金製の燃料被覆管の中に縦に積み重ねられ、燃料棒を構成する。燃料棒は、数十本ごとにまとめられて一つの燃料集合体を形成し、燃料集合体三六八体で炉心を構成する。また、制御材としては、その内部に中性子を吸収する中性子吸収材(炭化ホウ素又はハフニウム)を詰めた十字形の制御棒を使用し、制御棒を出し入れすることによって炉心に生じた中性子の数を調整して、核分裂反応を制御している。これらの燃料集合体及び制御棒は、鋼鉄製の原子炉圧力容器の中に収められている。

原子炉圧力容器内で核分裂反応により生じた熱によって発生した高温の蒸気は、主蒸気管を通ってタービンに送られる。また、原子炉圧力容器には、冷却材再循環系設備が接続され、炉心で発生した熱を効率的に取り出すため、再循環ポンプにより、炉心を循環する冷却水の一部を強制的に再循環させるとともに、その循環流量を調整することにより、発生する蒸気量すなわち出力を制御する構造となっている。

タービンに送られた蒸気は、タービンにおいて、その熱エネルギーの一部が機械的回転エネルギーに変換され、タービンに結合した発電機によって発電を行う。タービンを回転させ終えた蒸気は、復水器において海水で冷却されて再び水となり、この水は、給水管を通って原子炉圧力容器に戻され、そこで再び高温の蒸気となってタービンを回転させる。

なお、原子炉圧力容器内で発生した蒸気が、タービン、復水器を経て水になり、再び原子炉圧力容器に戻る冷却水の循環経路を構成する設備及び冷却材再循環系設備を原子炉冷却系設備といい、原子炉圧力容器及び原子炉冷却系設備の一部であって、平常運転時には冷却材を内包し、異常時には隔離弁により他と隔離し、圧力障壁を形成する範囲を、原子炉冷却材圧力バウンダリという。

第五章  本件原子力発電所の運転に至るまでの経過

第一  電源開発の必要性

甲一六二号証、同一六六号証、乙二号証、同八号証、同一一号証ないし一四号証、証人吉野弘人及び同平井孝治の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

被告は、電気事業法に定める一般電気事業を営む一般電気事業者であり、その供給地域たる石川県、富山県、福井県及び岐阜県の一部に対し、電気を長期にわたって安定して供給する使命を有している(同法一八条)ことから、長期的な観点にたって、電源開発を進めていく必要がある。

そうしたところ、被告の供給地域における使用電力量(電灯電力使用電力量)は、被告が発足した昭和二六年度には当時二〇億五九〇〇万キロワットアワーであったものが、昭和三〇年度には三二億〇二〇〇万キロワットアワー、昭和三五年度には五六億六八〇〇万キロワットアワー、昭和四〇年度には八一億二四〇〇万キロワットアワーと急激な伸びを記録した。

また、被告の電源は、発足後一〇年間は水力発電のみで賄われて来たが、昭和三〇年代に入ると、水力発電だけでは電力需要の旺盛な伸びを賄いきれなくなり、被告は、当面は、石油火力発電所を建設することでこれに対応することとしたが、将来においては、原子力発電を含めて多様な電源を開発することが計画され、昭和四二年ころ、本件原子力発電所の建設が計画された。

その後も、被告は、昭和四八年及び昭和五四年の石油危機を経験したことにより、電源を特定のものに偏らせることは危険であると認識するようになり、石油代替エネルギーの開発をいっそう推進し、電源を多様化して供給体制の強化を図ることとした。とりわけ、原子力発電は、燃料であるウランの供給元が、アメリカ、カナダ、オーストラリア等の比較的政情の安定した国であり、石油に比べて安定した供給が期待できること、火力発電と比べて一定のエネルギーを得るのに必要な燃料の量が少なく、輸送や貯蔵が用意であり、一度燃料を装荷すると通常三年間はその燃料を取り替えずに発電できるため、その間は燃料を備蓄しているのと同様な効果があることから、本件原子力発電所の建設は、被告の右のような方策の中心的位置を占めるに至った。

第二  営業運転開始までの経過

乙一〇号証、同一七号証、証人水落正志及び同吉野弘人の各証言並びに弁論の全趣旨によって認められる事実と当事者間に争いがない事実とを総合すれば、本件原子力発電所が営業運転を開始するに至るまでの経過は、以下のとおりである。

昭和四二年一一月、被告は、前項に述べたような理由から、本件原子力発電所の建設を計画し、石川県羽咋郡志賀町字赤住地区を原子力発電所の建設予定地と決定して、建設計画を発表した。

昭和五九年、被告は、右建設予定地付近の環境影響調査を開始し、被告は、この調査結果と石川県が同年三月から実施した海洋調査の結果とを基に、環境影響調査書を作成して、昭和六一年六月、資源エネルギー庁へ提出した。

昭和六一年九月三日、通商産業省は、志賀町文化福祉会館において「北陸電力株式会社能登原子力発電所一号機の設置に係る公開ヒアリング」(いわゆる「第一次公開ヒアリング」)を開催した。また、同年一二月、電源開発調整審議会の議を経て、本件原子力発電所が電源開発促進法三条に基づく国の昭和六一年度電源開発基本計画に組み込まれた。

昭和六二年一月二六日、被告から、通商産業大臣に対し、原子炉等規制法二三条に基づく本件原子力発電所に係る原子炉の設置許可の申請がなされた。そこで、通商産業大臣は、同年一一月二五日、原子力委員会及び原子力安全委員会に対して、同日付け六二資庁第八〇五号をもって、それぞれ諮問した。これを受け、原子力安全委員会は、右の審査を開始した。

昭和六三年二月二四日、志賀町文化福祉会館において、「北陸電力株式会社能登原子力発電所の原子炉の設置に係る公開ヒアリング」(いわゆる「第二次公開ヒアリング」)が開催された。

同年八月八日、両委員会は、それぞれの審査結果について、通商産業大臣に対し、答申(以下原子力安全委員会の右答申を「本件答申」という。)を行い、同月二二日、通商産業大臣は、被告に対し、本件原子力発電所に係る原子炉の設置を許可した。

同年一一月、被告は、通商産業大臣より、本件原子力発電所の建設工事計画の認可を受けて、同年一二月一日から本件原子力発電所の建設に着工した。

平成元年五月、本件原子力発電所の原子炉建屋基礎基盤検査を、平成二年五月、格納容器の耐圧・漏洩検査が行われた。

そして、平成四年一一月、試運転を開始し、平成五年一月九日から同年三月九日まで原子炉出力の段階試験を行い、同年七月三〇日から営業運転を開始するに至った。

第六章  平常運転時における放射線被曝の危険性の有無

第一  当事者らの主張

原告らは、本件原子力発電所の運転中は、平常運転時においても、日常的に放射性物質により被曝することになり、遺伝的障害や晩発性障害を受けることとなるので、その危険性を回避するため、本件原子力発電所の運転は差止められるべきであると主張する。

これに対し、被告は、本件原子力発電所においては、本件原子炉を運転するに当たって環境に放出する放射性物質の量をできるだけ少なくするため、第一に、燃料棒内に生じた核分裂生成物等の放射性物質が冷却材の中に現れるのをできるだけ防止し、第二に、冷却材中に現れた放射性物質は、できるだけ原子炉冷却系内に閉じ込めるとともに、これをできるだけ捕捉し、第三に、原子炉冷却系外に現れた放射性物質は、その形態に応じて、適切に処理して本件原子力発電所内に貯蔵、保管することによって、環境へ放出せざるを得ない放射性物質の量をできるだけ少なくする対策をとっており、その結果、本件原子力発電所の運転に伴って環境へ放出される放射性物質からの放射線による周辺公衆の実効線量当量は、法令で定める実効線量当量限度(年間一ミルシーベルト)をはるかに下回るだけでなく、自然放射線による実効線量当量の地域差(年間約0.4ミリシーベルト)と比べても十分に低いものとなっているから、周辺公衆の安全は十分に確保されていると主張している。

第二  平常運転時における放射性物質の生成

乙三号証、証人水落正志の証言及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

原子力発電所は、原理的には石炭・石油を使った火力発電所と同様に蒸気タービンを回転させて電気を生み出すものであるが、蒸気を発生させるための熱源としてウラン二三五の核分裂反応を利用するところから、その運転に伴って、核分裂により燃料被覆管内に生じる核分裂生成物(キセノン一三三、クリプトン八五、ヨウ素一三一等)及び冷却材中の鉄さび等の腐食生成物が中性子により放射化されて生じる放射化生成物(マンガン五四、コバルト六〇等)の二種類の放射性物質が発生する。本件原子力発電所を一日運転した場合に生じる核分裂生成物の量は、約1.6キログラムである。

第三  放射線被曝の危険性

次の事実は当事者間に争いがない。

放射線物質から放出させる放射線を浴びた場合の身体への影響は、被曝線量や被曝部位などによって異なるが、短期間に大量に浴びた場合には、吐き気を催したり、気分が悪くなり、重度であれば短期間で死亡に至ることがあり(急性障害)、また、被曝量が急性障害には至らないときであっても、被曝により、細胞が傷つき、長期間を経て白血病、ガン、白内障などの発生を招くこともある(晩発性障害)。さらに、放射線被曝によって遺伝子の突然変異や染色体異常が発生して、遺伝的影響が生じることもあると考えられている。

ところで、低線量を受けた場合の人体に対する影響は、現在のところ、十分な知見が存在せず、ガン等の晩発的影響、遺伝的影響等確率的影響については、専門家の間で、議論はあるものの、しきい値が存在しないとの見解が有力であり、放射線防護上は、人体の安全を守るという放射線防護の基本目的を重視して、しきい値は存在しないという考え方が採られている。

次に、乙一六号証、同二九号証によれば、次の事実が認められる。

国連科学委員会の報告(一九八八年(昭和六三年)版)によれば、人間は、宇宙線などの空間から飛来する自然放射線、土壌から放出される自然放射線、日常摂取する食物を通じ体内から放出される自然放射線などによって、一人当たり平均で年間約1.1ミリシーベルトの自然放射線を受けており、また、そのほかに、土壌、建材などから発生して空気中に含まれるラドンなどによっても、平均一ミリシーベルト程度の放射線を受けている。右の自然放射線の強さは、地域によって異なり、我が国では、最も少ない神奈川県と最も多い岐阜県との間には年間約0.38ミリシーベルトの差異が認められる。

また、我々の日常の生活活動の中においては、自然放射線のほかにも、テレビのブラウン管、エックス線による検診などによっても、放射線を浴びることがあり、例えば、胃のエックス線の集団検診による実効線量当量は約四ミリシーベルト程度、胸のエックス線集団検診における実効線量当量は約0.3ミリシーベルトである。

そして、放射性医学研究所の岩崎民子ら五人の研究員は、平成二年一〇月、日本放射線影響学会において、「自然放射線レベル別にみた各種悪性新生物死亡(その二)」と題する研究報告を行い、その中で、自然放射線の線量率の測定されている市町村を三つの線量レベル群に分けて、全国二八市、一一町村、計三九市町村において、昭和四四年から昭和五八年までの一五年間にわたる悪性新生物死亡を調査し、自然放射線の地域差と各種悪性新生物死亡率との関係について解析したところ、いずれの年代においても、また、いずれの年齢群においても、全ガン及び白血病(リンパ性及び骨髄性)のいずれも自然放射線レベルとともに有意な死亡率の上昇又は低下を示すものはなく、我が国で観察される程度の自然放射線レベルの地域差は、これらの疾患の死亡率に対して検出できるような影響は与えないものと考えられると報告している。

第四  放射性物質による被曝の受容限度

一  ICRPの勧告

甲四号証、乙一五号証によれば、次の事実が認められる。

一九八二年(昭和五七年)に国際エックス線ラジウム防護委員会として国際放射線医学会議に設置された専門委員会のひとつであるICRP(国際放射線防護委員会)は、放射線医学、放射線防護学、物理学、保健物理学、生物学、遺伝学、生物化学及び生物物理学等の領域から専門分野の関連領域での業績に基づき選出された委員により構成され、放射線防護に関する多様なテーマについて検討し、勧告を発表している国際的機関であり、世界保健機構や国際原子力機関と公的な関係も確保し、国連の原子放射線の影響に関する科学委員会とも協力関係にある。ICRPは、設立以来、数多くの放射線防護に関する勧告等を行い、一九九二年(平成四年)二月までに、六一の勧告、報告が公刊されており、各国の放射線防護関連基準は、ICRP勧告を規範として設定されている実情にあり、我が国の行政当局もICRP勧告を尊重するものとしている。

ICRPは、一九七七年(昭和五二年)、放射線被曝により身体的影響及び遺伝的影響が発生する確率を無視することができ、社会的な容認できる線量限度を、一年間につき一ミリシーベルトとすることを勧告した。これは、限度として検討する年実効線量を選択し、それぞれの実効線量率に対する損害を評価して、受け入れることができない線量と耐えることができる線量の境界を特定するという手法によって設定された値である。ICRPの一九九〇年(平成二年)の勧告においても、右の年間一ミリシーベルトとする公衆の実効線量当量は維持されている。

また、ICRPは、一九七七年(昭和五二年)の勧告において、放射線の被曝については、単に右実効線量当量限度を超えさえしなければよいとするだけではなく、経済的及び社会的な要因を考慮に入れながら、すべての線量を、合理的に達成できる限り低く保つべきであるとする最適化の原則(ALARA・As Low As Reasonably Achievable)も併せて勧告している。

もっとも、前掲各証拠及び証人今中哲二の証言によれば、次の事実が認められる。

すなわち、ICRPは公衆の実効線量当量を設定するに当たり、広島、長崎の原子爆弾による被曝者の発ガン率のデータを用いていると考えられるところ、この発ガン率のデータは高線量、高線量率被曝のものであり、低線量、低線量率被曝の発ガン率については、ある程度予想に基づくものにならざるを得ない。また、放射線誘発ガンは長い潜伏期間を有するために、被曝後に誘発されるガン発生率を求めるためには最大潜伏期間に相当する長い観察期間が必要であるところ、広島、長崎の原子爆弾被曝者集団でも、追跡期間が約四五年であり、この条件を満たしていない。

そこで、現在得られている発ガンに関するデータから将来のガンの発生率を予想する必要があり、そのためのリスク予想モデルとして、ICRPの一九九〇年(平成二年)勧告においては、相乗的リスク予想モデル(被曝により誘発された発ガンの過剰数は、自然発生率の定数倍で、年齢とともに増加するという考え方に基づくモデル)が採用された。相乗的リスク予想モデルを用いると、相加的リスク予想モデルを用いた場合に比べて、生涯のガン発生率は約二倍となり、単純な相乗的リスク予想モデルを用いた場合には、ガン発生率を過大に評価することになると考えられている。このように、許容被曝線量の設定は、広島、長崎の被曝者の発ガン率のデータに基づき、ある程度予測を加えて行わざるを得ないものであるから、年々広島、長崎の発ガン率が増加するとともに変化せざるを得ないし、予測の手法が異なれば設定値が大きく異なることになる。例えば、ICRPの一九九〇年(平成二年)の勧告を一九七七年(昭和五二年)の勧告と比較すると、ガン死のリスク係数(一〇〇万人の人が一レム被曝した場合に将来ガン死する件数)は一〇〇件から五〇〇件に変化し、作業者の実効線量当量は年間五〇ミリシーベルトから二〇ミリシーベルト(五年間の平均線量)に減少し、一般公衆の実効線量当量については、年間一ミリシーベルトとすることに変更はないものの、水晶体の組織線量当量限度については、年間五〇ミリシーベルトから一五ミリシーベルトに変更されている。これは広島、長崎の基礎データの変化と、発ガン率予測手法の変化に基づくものと推測される。また、研究者及び研究諸機関の見積もったリスク係数には、右ICRPの一九九〇年(平成二年)の勧告における数値よりも大きいものも多い。

したがって、一般公衆の実効線量当量を年間一ミリシーベルトとするICRP勧告には、一応の合理性はあるものの、リスク係数の変化等により、今後改定されることも予想される。

二  我が国における線量当量限度等

我が国においては、右のICRPの公衆の実効線量当量に関する勧告を尊重して、実用発電用原子炉の設置、運転等に関する規則(昭和五三年通商産業省令第七七号)一条二項六号、八条、及び実用発電用原子炉の設置、運転等に関する規則の規定に基づく線量当量限度等を定める告示(平成元年通商産業省告示第一三一号)二条一項一号により、原子力発電所における周辺監視区域(炉室、使用済燃料の貯蔵施設、放射性廃棄物の廃棄施設等の場所であって、その場所における外部放射線に係る線量当量が通商産業大臣の定める線量当量を超え、空気中の放射性物質の濃度が同大臣の定める濃度を超え、又は放射性物質によって汚染された物の表面の放射性物質の密度が同大臣の定める密度を超えるおそれのあるものを「管理区域」といい、「周辺監視区域」とは管理区域の周辺であって、当該区域の外側いかなる場所においてもその場所における線量当量が同大臣の定める線量当量限度を超えるおそれのないものをいう。)外の公衆の実効線量当量限度を、一年間につき一ミリシーベルトとしている。

また、我が国においては、ICRPの勧告するALARAの考え方の下に、平常運転に伴う周辺公衆の実効線量当量を右の実効線量当量限度よりもさらに一層低く抑えるべく、発電用軽水型原子炉施設周辺の線量目標値に関する指針(昭和五〇年五月一三日原子力委員会決定、平成元年三月二七日原子力安全委員会一部改定)において、年間0.05ミリシーベルトをその努力目標としての線量目標値としている。

なお、被告が本件原子力発電所の原子炉設置許可申請をした昭和六二年の時点においては、公衆につき、法令上の許容量(全身被曝線量)は年間五〇〇ミリレム、線量目標値は、放射性希ガスからのガンマ線による全身被曝線量は年間五ミリレム、放射性ヨウ素に起因する甲状腺被曝線量は年間一五ミリレムとされていた。

第五  低線量の放射線被曝と人格権の侵害

右第三、第四の各事実に照らせば、低線量の放射線被曝の人体に及ぼす影響についてはしきい値が存在しないという考え方に立ったとしても、周辺公衆が受けることとなる放射線量が本件原子力発電所の平常運転によってわずかでも増加すれば、当然に、社会通念上これらの周辺公衆の生命、身体等が侵害されたと評価できるような結果が生じるものではないというべきである。

したがって、本件原子力発電所の平常運転によって周辺公衆が受けることとなる放射線量が、ICRPの公衆の実効線量当量に関する勧告の内容、我が国における公衆の実効線量当量限度、現在までの知見等に照らして、生命、身体等への影響を無視できる程度に小さいと評価できるものであり、かつ、放射性物質の放出防止策等によって、その程度の範囲に保たれることが確実であるならば、右の限度の放射線の放出が周辺公衆を構成する個々人の人格権の侵害に当たると認めることはできない。

第六  本件原子力発電所における放射性物質の放出の抑止

乙一号証、同二号証、同二九号証、平成四年一〇月八日実施の検証の結果、証人水落正志の証言及び弁論の全趣旨によれば、本件原子力発電所においては、平常運転時において周辺公衆への放射線被曝をできる限り少なくするため、次のような対策を講じていることが認められる。

一  放射性物質の冷却材中への出現の抑制

燃料の核分裂によって生じる核分裂生成物が冷却材中に漏れないようにするため、次のような措置がとられている。

すなわち、本件原子力発電所では、燃料として二酸化ウランを焼結した燃料ペレットを使用しており、右核分裂生成物は、この燃料ペレットの中に発生するものであるが、右ペレットは高い圧力で加圧成型されたものであってそれ自体放射性物質を内部に保持する性質を持っており、そのため、核分裂に伴って燃料ペレット中に生じた核分裂生成物の大部分は、ペレット中にとどめることができる。一部少量のガス状の核分裂生成物(キセノン、クリプトン)がペレットから浸出するが、燃料ペレットはジルコニウム合金製の燃料被覆管の中に密封されており、ペレットの外部に出た少量の放射性希ガスもこの燃料被覆管の中に閉じ込められて、外部には漏れない構造となっている。

なお、燃料被覆管は、燃料ペレットによる内部からの支持がなくても外圧によってつぶれることのないように設計され、また、ペレットから放出された核分裂生成物を収容するため、燃料棒上部には過大な圧力上昇をもたらさないように十分な体積を持ったプレナム(ガス溜め)が設けられている。

二  放射化生成物の冷却材中への出現の抑制

冷却材が接する機器や配管の内面等で発生した鉄サビ等の腐食生成物が原子炉圧力容器内において中性子の照射を受けて放射化されることにより生じる放射化生成物について、次のような腐食生成物の発生防止対策及び発生した腐食生成物の除去対策が講じられている。

すなわち、腐食生成物の発生を防止するため、原子炉圧力容器の内面のうち冷却材と接する範囲の内張りや冷却材再循環系の配管等の材料に、耐食性の優れたステンレス鋼等を使用している。また、復水器で、腐食に寄与する酸素を取り除き、冷却の際に混入する海水中の塩素を復水ろ過脱塩装置により取り除いて、腐食の促進を抑えている。また、冷却材中に現れた腐食生成物を除去するため、冷却材再循環系配管及び圧力容器底部から冷却材の一部を連続的に抜き出し、再生熱交換器、非再生熱交換器で冷却した後に、ろ過脱塩装置を設けて、水の中の粒子状の物質をろ過し、不純物として含まれる塩素のようなイオンを取り除いて、給水系を経て圧力容器に戻すか、復水器か液体廃棄物処理系に排出する構造となっている。

三  放射性物質の原子炉冷却系からの漏洩の抑制

以上のような対策によっても、多数の燃料棒のうちの極く一部のものの燃料被覆管にピンホール等が生じる可能性までは完全に除去することは困難であり、また、冷却材が接する機器や配管の内面等に鉄さび等が発生するのも完全には防止することができないことから、ごく微量の核分裂生成物又は放射化生成物が冷却材中に現れることまでは避けられないが、これらの放射性物質を建屋内へ漏洩しないために、前記のろ過脱塩装置等によってこれらを捕捉するとともに、捕捉できなかったものについては原子炉冷却水の回路の中に閉じ込める構造となっている。

また、原子炉冷却材圧力バウンダリから格納容器内への放射性物質の漏洩に対する監視設備として、ドライウェル内雰囲気放射能濃度測定装置、ドライウェル冷却器凝縮水量測定装置及びドライウェル廃液サンプへの流入水量測定装置を設け、これらの監視設備が異常を検知した場合には、中央制御室に警報を発する仕組みとなっている。

四  原子炉冷却系外に現れた放射性物質の処理

1 放射性気体廃棄物の処理

タービンを回し終わった蒸気には原子炉の冷却水中の放射性物質が含まれているため、復水器の中の空気中にもこれらの放射性物質が含まれ、そのため、冷却系外の、復水器内を真空に保つために空気を抽出する結果生じる排ガス(復水器空気抽出器排ガス)及びタービンの停止後これを再起動させる際に復水器内を真空にするための真空ポンプから生じる排ガス(復水器真空ポンプ排ガス)に、放射性物質が含まれることとなる。また、冷却水が漏れた場合には、これに含まれていた放射性物質が建物の空気中に、主としてはクリプトンやキセノン等の希ガス及びヨウ素として、一部はコバルト等の粒子状で含まれることがあり、そのため、原子炉建屋等の換気の結果生じる空調系排気(換気空調系排気)に、これらの放射性物質が含まれることがある。

右復水器空気抽出器排ガスについては、まず、フィルタにかけて粒子状の放射性物質を捕捉した後に、活性炭式希ガス・ホールドアップ装置(活性炭の有する希ガスの吸着能力を利用し、希ガスを長時間かけて活性炭の層を通過させることによって、その放射能を減衰させる装置であり、本件原子力発電所の装置は、排ガス中のキセノンを約一八日間、クリプトンを約二四時間それぞれ保持し、放射能を減衰させる。ヨウ素は希ガスと比べると、長時間活性炭に吸着する。)により排ガス中の放射性物質の放射能を減衰させる。また、右の復水器真空ポンプ排ガスについては、復水器を真空にするために使うものであるから、異常がない限り定期検査の後の起動のために一年に一回と使用回数が少なく、かつ、タービンを停止後しばらく時間がたつと、放射性物質の半減期により、再起動までに放射性物質の量が非常に減少するので、一回当たりの放射性物質の放出量も少ないことから、これを直接排気筒から環境へ放出することとしている。

さらに換空調系排気については、フィルタにより排気中の粒子状の放射性物質を捕捉するものとしている。

なお、排気筒は、排ガスや排気を拡散、希釈させるため、標高約一二一メートル(地上高さ約一〇〇メートル)に排気口を設けており、放出は、放射性物質の濃度を連続的に監視しながら行われている。

2 放射性液体廃棄物の処理

本件原子力発電所において発生する放射性液体廃棄物には、ポンプの軸受け部分などからの冷却水の漏洩水等の機器ドレン廃液、原子炉建屋等の床等から集めた床ドレン廃液、ろ過脱塩装置に装着したイオン交換樹脂を再生したり、化学分析した場合に発生する化学廃液、及び発電所従事者が使用した衣類のうち下着等の洗濯により発生する洗濯廃液がある。

右のうち、機器ドレン廃液については、いったん収集タンクに集め、ろ過装置、ろ過脱塩装置により放射性物質を除去した後、復水貯蔵タンクに戻して原子炉冷却系の補給水等として再利用する。また、右床ドレン廃液及び化学廃液については、いずれもいったん収集タンクに集め、蒸発濃縮装置にかけて不純物を分離した後、発生した蒸気を復水器により凝縮させて水に戻し、更に脱塩素装置によりイオン状の不純物を取り除く。この処理済廃液は、サンプルタンクに集め、放射性物質濃度の測定後、原則として復水貯蔵タンクに戻して再利用する。さらに、右洗濯廃液については、ろ過装置により固形分を除去した後、収集タンクに貯留し、放射性物質の濃度が十分低いことを確認した後、放射線モニタで濃度を監視しながら、復水器冷却用の海水に混ぜて、深さ一四メートルのところに設けた放水口から環境へ放出している。

なお、床ドレン廃液及び化学廃液についても、サンプルタンクに集めた後、放射性物質の量が非常に少ない場合には、環境に放出することもある。

3 放射性固体廃棄物の処理

本件原子力発電所において発生する主な放射性固体廃棄物には、床ドレン廃液及び化学廃液を蒸発濃縮処理した結果生じる濃縮廃液、冷却材の浄化処理及び液体廃棄物の処理の各過程で使用した脱塩装置等の使用済樹脂、機器の点検や修理の際に冷却材に触れるなどして放射性物質が付着した布きれや紙屑、放射性気体廃棄物の処理の過程で生じる使用済フィルタ等の雑固体廃棄物及び使用済の制御棒がある。

右の濃縮廃液については、濃縮廃液タンクに貯蔵して放射能を減衰させた後、セメントガラスを用いた固化材と混合してドラム缶内に固化して保管し、使用済樹脂については、使用済樹脂タンク、又は冷却材浄化系沈降分離タンクにそれぞれ貯蔵して放射能を減衰させ、焼却設備で焼却した後、その焼却灰を固化材と混合してドラム缶内に固化する。また、右の雑固体廃棄物については、可燃性のものは焼却設備で焼却した後、その焼却灰を固化材と混合してドラム缶内に固化し、不燃性のものは、圧縮できる限り圧縮するなどして容量を減らした上で、ドラム缶に詰めて保管される。さらに、使用済制御棒については、使用済燃料プール内に貯蔵される。

なお、固体廃棄物を詰めたドラム缶は、所内に設けた固体廃棄物貯蔵庫に保管されているが、最終的には、青森県に建設中の処理処分工場に移動して貯蔵する予定となっている。

第七  監視設備

乙一号証、同二号証、平成四年一〇月八日実施の検証の結果、証人水落正志の証言及び弁論の全趣旨によれば、本件原子力発電所においては、次のような放射線監視設備が設けられていることが認められている。

本件原子力発電所における放射線監視設備は、プロセス放射線モニタリング設備、エリア放射線モニタリング設備、環境モニタリング設備及び放射線サーベイ機器から構成されている。

そのうち、プロセス放射線モニタリング設備は、連続的に放射線を測定し、中央制御室又は廃棄物処理系制御室で記録、指示を行い、放射線レベル基準値を超えたときは警報を発する仕組みになっているモニタであるが、その主なものには、主排気筒から放出される放射性ガスの監視を行う主排気筒モニタ、焼却設備から放出される放射性ガスを監視する焼却設備モニタ、蒸気式空気抽出器排ガス中の放射性ガスを監視する蒸気式空気抽出器排ガスモニタ、気体廃棄物処理設備エリア排気中の放射性ガスを監視する気体廃棄物処理設備エリア排気モニタ、液体廃棄物処理設備の放出液中の放射能監視を行う液体廃棄物処理系排水モニタなどがある。

また、エリア放射線モニタリングは、中央制御室、燃料取替床、タービン発電機運転床、廃棄物処理系制御室、固体廃棄物ドラム缶詰操作エリア、原子炉冷却材浄化系操作エリアなどの建屋内の区域に設けた放射線モニタで、外部放射線に係る線量当量率の監視を行う設備であり、この線量当量率は、中央制御室又は廃棄物処理系制御室で記録し、放射線レベル基準設定値を超えた時には警報を発する仕組みになっている。

さらに、周辺監視区域付近に、モニタリング・ポスト七箇所を設けるなどして、熱蛍光線量計を配置して、空間放射線量率の連続監視を行うほか、ダスト・モニタを設け、空気中の粒子状放射性物質を連続的に捕集・測定し、また、敷地内外の環境試料(海水、海底土、海生生物、陸水、陸土、陸上生物、雨水等)を定期的に採取して、放射性物質濃度を監視している。

これらの監視設備は、各系統及び各領域における放射能異常を早期に検出し警報する、発電所外へ放出する放射性物質を常時監視するなどの機能を備えている。

第八  本件原子力発電所周辺の公衆の受ける放射線量

一  乙一七号証、同一八号証、証人水落正志の証言及び弁論の全趣旨によれば、本件原子力発電所の運転に伴い周辺公衆が受ける放射線の線量について被告が行った評価の概要は、以下のとおりであると認められる。

1 被告は、本件原子力発電所の原子炉の設置許可申請に当たって、右の評価を行ったが、このときには、評価の前提として先行炉の運転実績に基づいて想定された炉心燃料からの全希ガス漏洩率(年間平均値として約0.1キュリー/s(三〇分減衰換算値))並びに活性炭式希ガス・ホールドアップ装置及び放射性液体廃棄物処理装置の設計・運転条件等を前提にして、「発電用軽水型原子炉施設周辺の線量目標値に対する評価指針について」(昭和五一年九月二八日原子力委員会決定、平成元年三月二七日原子力安全委員会一部改定。以下、改定前の指針を「旧線量評価指針」といい、改定後の指針を「新線量評価指針」という。)に従い、気体廃棄物中の放射性物質の年間放出量は希ガスが約三万二〇〇〇キュリー、ヨウ素131が約0.83キュリー、ヨウ素133は約1.6キュリーと想定し、液体廃棄物中の放射性物質の年間放出量は、トリチウムを除き一キュリー、トリチウム一〇〇キュリーとした。

そして、右の想定放出量を前提に、旧線量評価指針に従い、本件原子力発電所の平常運転時における公衆の被曝線量の予測を行った結果、①気体廃棄物中の放射性希ガスからのガンマ線による全身被曝線量は、敷地等境界外の最大となる場所において年間約0.36ミリレムとなり、②液体廃棄物中の放射性物質による全身被曝線量は、海産物を介して人体に摂取される場合の内部被曝線量として求めると、その値は年間約0.39ミリレムとなる、③気体及び液体廃棄物の放射性ヨウ素に起因する甲状腺被曝線量については、放射性ヨウ素が呼吸、葉菜、牛乳及び海産物を介して成人、幼児及び乳児にそれぞれ摂取される場合に分けて求め、その結果、敷地等境界外の最大となる場所において、被曝線量が最大となる幼児につき、年間1.5ミリレムとなった。

そこで、本件原子炉施設による一般公衆の被曝線量の評価値は、全身で年間約0.75ミリレム、甲状腺で年間約1.5ミリレムとなり、これらはいずれも旧線量評価指針に示される線量目標値を下回ることが確認された。

2 また、新線量評価指針に基づいて、本件原子力発電所の平常運転により放出される放射性物質により周辺公衆が受ける可能性のある最大線量を評価すると、本件原子力発電所の運転に伴って周辺公衆が受ける可能性のある実効線量当量の最大評価値は、年間0.014ミリシーベルトとなる。

3 被告は、平成四年一一月から平成五年三月まで、本件原子炉の出力を二五パーセント、五〇パーセント、七五パーセントと順次上げながら試運転を行ったが、その間、環境へ放出した放射性気体廃棄物中の希ガス、ヨウ素の濃度は、いずれも検出下限濃度以下であり、放射性液体廃棄物中のトリチウムを除く全核種の濃度も同様に検出下限以下であり、トリチウムは三ギガベクレルであった。

二  原告らは、被告の被曝線量の想定には、気体廃棄物関係で、微粒子状放射性物質による被曝及びアルファ線、ベータ線による体内被曝の評価が行われておらず、また、液体廃棄物関係で、トリチウムによる体内被曝を極めて低くしか評価していないから、信用性に欠けると主張する。

しかし、原子力安全委員会の定めた新線量評価指針においても、気体廃棄物については、放射性希ガスからのガンマ線による外部被曝及び放射性ヨウ素の体内摂取による内部被曝を評価するものとされているにとどまり、原告ら主張のような評価までは要求されておらず、原子力安全委員会も、原子炉設置許可申請時に被告の行った被曝線量の想定については、先行炉の運転実績を基に旧線量評価指針に従って求めた妥当なものであるとする答申をしている。また、トリチウムについては、甲四号証、乙三号証によれば、水の形で摂取されるため、これを含んだ飲料水、食糧、水蒸気を吸収することにより、容易に人間の体内に入るという特徴を有しており、半減期が12.3年で、環境に出ると水の分子として広がっていくことから、将来大きな環境問題を引き起こす可能性があることが指摘されているが、トリチウムが放出するベータ線は弱いことから毒性は低いとされており、新線量評価指針においても、液体廃棄物中の放射性物質については、トリチウムによる被曝を評価すべきものとはされていないから、被曝線量の想定においてトリチウムによる被曝を考慮しなかったことをもって、直ちに妥当性を欠くものということはできない。

したがって、前記の被告の評価の方法及びその結果が信用性に欠けるものであるとはいえない。

第九  結語

以上のとおり、本件原子力発電所の平常運転時において放出する放射性物質による一般公衆の被曝線量の評価値は、その影響に差が認められないと考えられる我が国の被曝線量の地域差の最大値である年間0.38ミリシーベルトだけでなく、前述の線量目標値である年間0.05ミリシーベルト(これは、ICRP勧告における一般公衆の実効線量限度の二〇分の一の値である。)をも下回っており、日常生活中の他の原因による被曝線量などとも比較勘案すると、右の程度であれば、今後広島及び長崎の原子爆弾被曝者の発ガン率に変化があることを考慮に入れても、生命、身体等への影響を無視できる程度に小さいものと認められる。そして、前述のように、被告が放射性物質の環境への放出を抑制する方策として各措置を講じ、放射線の監視設備も設置していることからすると、これらの放射性物質の放出防止策等によって本件原子力発電所の平常運転時の放射線放出量は右の程度に保たれるものと認められる。

したがって、本件原子力発電所の平常運転により放出される放射性物質による被曝を理由とする差止請求は理由がない。

第七章  本件原子力発電所における安全対策

第一  当事者らの主張

原告らは、これまで世界各国で多種多様な原子力発電所の事故・故障が頻発していることからも明らかなように、原子力発電所の事故は、いつでも、どこでも、極めて些細な人的物的原因で起こるもので、現在の技術レベルでは事故を防止することは不可能であり、本件原子力発電所においても、炉心溶融事故、核暴走事故などの重大事故が発生する蓋然性は高いと主張する。

これに対し、被告は、まず、本件原子力発電所を建設するに当たっては、自然的立地条件としての地盤、地震、気象及び水理についてそれぞれ考慮した上で、合理的に予想される最も過酷な自然力に対しても十分安全が確保できるように設計し、さらに、本件原子力発電所については、いわゆる多重防護の考え方に立って、第一に、放射性物質の環境への放出につながるような事象の発生を未然に防止するための対策(異常発生防止対策)を講じ、第二に、何らかの原因によって異常が発生した場合においても、それが拡大することを防止するための対策(異常拡大防止対策)を講じ、第三に、周辺公衆の安全確保には万全を期するため、異常が拡大し、仮に原子炉の寿命期間中には到底起こるとは考えられないような事象が発生した場合においても、なお放射性物質の環境への大量放出という事態だけは確実に防止するための対策(放射性物質放出防止対策)を講じていると主張する。

第二  原子力発電所の運転開始に至るまでの手続の概要

ところで、乙二九号証及び関係諸法令に照らせば、原子力発電所において営業運転を行うに至るまでの手続は次のとおりである。

一  施設計画の届出から原子炉設置許可申請まで

原子力発電所を建設する場合には、まず、電気工作物の施設計画として、通商産業大臣に届け出る必要がある(電気事業法二九条一項)。

次いで、電気事業者は、電源立地点の自然環境、社会環境などについての環境影響調査を行い、この調査書を通商産業省資源エネルギー庁へ提出し、その写しを当該都道府県知事に提出するとともに、地元への一般公開・説明会などが持たれる。

右の調査書をもとに、重要なものについてはさらに確認調査がされた上、審査会の検討等を経て各省庁の合意が得られると、電源開発調整審議会に上申され、内閣総理大臣によって、電源開発基本計画が決定され(電源開発促進法三条一項)、発電所の立地が決定する。なお、この電源開発調整審議会の審議の前に、通商産業省が主催する第一次公開ヒアリングが開催される。

二  原子力安全委員会の安全審査

実用発電用原子炉を設置しようとする者は、通商産業大臣の許可を得なければならない(核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(昭和五三年法律第八六号による改正前のもの。以下「原子炉等規制法」という。)二三条一項。)。通商産業大臣は、原子炉設置の許可申請が同法二四条一項各号に適合していると認めるときでなければ許可してはならず(同条一項)、右許可をする場合においては、右三号(技術的能力に係る部分に限る。)及び四号に規定する基準の適用については、あらかじめ原子力安全委員会の意見を聴き、これを十分に尊重しなければならない(同条二項)。

原子力安全委員会は、原子力の研究、開発及び利用に関する行政の民主的な運営を図るため、総理府に置かれる機関であり(原子力委員会及び原子力安全委員会設置法一条)、核燃料物質及び原子炉に関する規制のうち、安全の確保のための規制に関すること等について企画し、審議し、及び決定するものとされ(同法一三条)、委員五名をもって組織される(同法一四条)。

また、原子力安全委員会には、学識経験者及び関係行政機関の職員のうちから内閣総理大臣により任命された委員六〇名以内で組織される原子炉安全専門審査会が置かれ、原子炉に係る安全性に関する事項の調査審議に当たるものとされている(同法一六条、一七条、同法施行令六条一項)。

ちなみに、本件原子炉の設置許可申請について審査した当時、原子力安全委員会は、軽水型原子炉の設置許可申請に際して、その設計方針の妥当性については、「発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計審査指針」(昭和五二年六月一四日原子力委員会決定。以下「安全設計審査指針」という。なお、右指針は、平成二年八月三〇日に全面的な改定が行われた。)を審査上の指針として、審査を行っている。また、その審査過程では、右安全審査指針において、安全確保の見地から、原子炉施設の構築物、系統及び機器に対する各種の事項が定められているが、そのうち、「運転時の異常な過渡変化」及びこれを超えた「事故」についての評価を行うに当たって想定すべき事象及びその事象の解析に際しての基本的条件、判断基準等を示すものとして「発電用軽水型原子炉施設の安全評価に関する審査指針」(原子力安全委員会昭和五三年九月二九日決定。以下「安全評価指針」という。なお、右指針についても、平成二年八月三〇日に改訂が行われた。)がある。

軽水炉の安全審査においては、設置許可申請の内容がこの安全評価指針に適合していることを確認する必要があり、この指針に適合していれば、原子炉施設の安全設計の基本方針に関する評価は妥当なものと判断される。

この原子炉設置許可については、通商産業省の審査結果について、さらに科学技術庁、原子力委員会及び原子力安全委員会において安全審査のダブルチェックが実施される。なおこのダブルチェックの過程で、第二次公開ヒアリングが実施される。

このように、原子力安全委員会の安全審査は、これまでの経験と最新の技術的知見に基づいて定められた安全設計審査指針及び安全評価指針に基づき、学識経験者や関連行政機関の職員等原子力発電所に関する専門家により行われるのであることからして、その安全審査の結果は、事故防止対策の基本設計の妥当性の判断をするに当たっては、重要な資料になるというべきである。

三  工事計画認可から起動試験開始前まで

1 手続

発電所建設工事の実施に当たっては、その工事計画につき、通商産業大臣の認可を得なければならない(電気事業法四一条一項)。これについては、工事計画が通商産業省令で定める技術基準に適合しており、かつ、電気の円滑な供給の確保のために技術上適切なものであるかどうかが審査され、これを満たしていると認められた場合には工事計画が認可される。

また、原子力発電所の建設・運転しようとする者は、原子力発電所の工事及び運転に当たり、電気工作物の工事、維持及び運用に関する保安の監督をさせるため、有資格者の中から、「電気主任技術者」及び「ボイラ・タービン主任技術者」をそれぞれ選任し、通商産業大臣に届出ることが義務付けられている(電気事業法五三条)。

2 各種検査

(一) 燃料体検査

国内で燃料を加工する燃料体については、燃料体の加工の工程ごとに、電気事業法施行規則(昭和四〇年通商産業省令第五一号)四〇条ないし四二条に従い、発電用核燃料物質に関する技術基準を定める省令(昭和四〇年通商産業省令第六三号)で定める技術基準に適合すること等につき、通商産業大臣の検査を受け、これに合格した後でなければ使用することはできないものとされている(電気事業法四五条一項、二項)。

また、輸入燃料体(我が国の原子力発電所の燃料体はすべてこれに当たる。)の場合には、電気事業法施行規則四三条の手続を経て、右省令に定める技術基準に適合しているか否かにつき、通商産業大臣の検査を受け、これに合格した後でなければ使用することができない(電気事業法四五条三項、四項)。

なお、発電用核燃料物質に関する技術基準を定める省令に定める技術基準によれば、燃料材及び燃料被覆管につき各種の検査を行うこととされており、ジルコニウム合金被覆管(本件原子力発電所において使用されるもの)については、超音波探傷試験(同省令七条五項)、腐食試験(同条九項)、ヘリウム漏洩検査(一四条六項)が行われる。

(二) 溶接検査

発電用ボイラ等であって耐圧部分について溶接をするもの及び格納容器等であって溶接をするものは、その溶接について、電気事業法施行規則四四条ないし四八条に定める溶接の工程ごとに、電気工作物の溶接に関する技術基準を定める省令(昭和四五年通商産業省令第八一号)で定める技術基準に適合すること等につき、通商産業大臣の検査を受け、合格しなければ使用することはできない(電気事業法四六条)。

(三) 使用前検査

電気工作物は、電気事業法施行規則三七条四項所定の次の各工程ごとに、発電用原子力設備に関する技術基準を定める省令(昭和四〇年通商産業省令第六二号)等に適合するかについて、通商産業大臣の検査を受け、これに合格した後でなければ使用することができないものとされている(電気事業法四三条)。

① 「イ項」使用前検査

原子炉本体、原子炉冷却系統設備、計測制御設備、燃料設備、放射線管理設備、廃棄物処理設備または格納容器については、構造、強度又は漏洩にかかわる試験をすることができるようになったとき

② 「ロ項」使用前検査

補助ボイラについては、本体の組立が完了したとき

③ 「ハ項」使用前検査

原子炉に燃料を装入することができる状態になったとき

④ 「ニ項」使用前検査

原子炉が臨界に達するとき

⑤ 「ホ項」使用前検査

工事の計画にかかわるすべての工事が完了したとき

四  起動試験開始から営業運転開始まで

発電所の試験試運転のために原子炉その他電気工作物を使用開始するときは、その使用の期間及び方法について、原子炉等については通商産業大臣の承認を受け、その他の電気工作物については同大臣に届け出なければならない(電気事業法四三条、同施行規則三八条)。

また、原子炉の設置者は、総理府令で定めるところにより、核燃料物質、核燃料物質によって汚染された物又は原子炉による災害を十分防止するに足りる保安規定を定め、原子炉の運転開始前に通商産業大臣の認可を受け(原子炉等規制法三七条)、また、電気事業の用に供する電気工作物の工事、維持及び運用に関する保安を維持するため、通商産業省令で定めるところにより、保安規定を定め、事業の開始前に、通商産業大臣に届け出なければならないものとされている(電気事業法五二条)。

五  営業運転開始後

電気事業者は、通商産業省令で定める設備について、定める時期ごとに定期的に検査を受けなければならない(電気事業法四七条)。

また、電気事業者は、電気工作物を通商産業省令で定める技術基準に適合するように維持しなければならない。もしこれらの電気工作物について、技術基準に適合していないと認めるときは、通商産業大臣は電気事業者に対し、その技術基準に適合するように電気工作物を修理・改造等の命令、又はその使用を一時停止又は制限することができる(電気事業法四八条、四九条)。

第三  立地条件と安全確保

一  地質、地盤

1 基本的な考え方

次の事実は、当事者間に争いがない。

原子炉施設の設置される場所の地質、地盤は、原子炉施設の事故荷重の他、想定される地震その他の荷重を厳しく評価しても、原子炉施設の安全性を十分に確保し得るものでなければならず、そのためには、第一に、敷地を含む周辺地域の地盤について、それが地質的に安定しており、将来、原子力発電所の施設に損傷を与えるような活断層の活動等による大きな地変や火山活動等を起こすおそれがないこと、第二に、敷地の地盤について、それが原子力発電所の施設に損傷を与えるような地すべりや山津波等を起こすおそれがないこと、第三に、施設を建設する場所の地盤について、それが施設を支持する上で必要な支持力を有するとともに、地震等による地盤破壊や不同沈下(構造物の基盤面下の地盤の沈下量が場所によって差があるような沈下)を起こすおそれがないことがそれぞれ必要である。

2 原子炉安全専門審査会の審査基準

原子炉安全専門審査会は、昭和五三年八月二三日、地質、地盤に関する効率的かつ系統的な安全審査に資するため、その審査の手引として、「原子力発電所の地質地盤に関する安全審査の手引き」(以下「地質等審査の手引」という。)を作成して、安全審査に際して審査すべき事項及び内容を定めているが、本件原子力発電所建設に際しての被告の地質調査も、これに基づいて行われていることは、当事者間に争いがない。

右地質等審査の手引の概要は、次のとおりであって、その調査の方法は、対象を敷地周辺と敷地に分けたうえ、地質図、地質断面図、ボーリング柱状図等の作成という地質学的調査方法と、岩石・岩盤物性試験等の物理学的調査方法を用いたものである。

(一) 敷地周辺の地質

(1) 敷地の中心から少なくとも半径三〇キロメートルの範囲の陸地について、既存の地形図、文献等の調査や航空写真判読、地表踏査等を加えて作成された原縮尺二〇万分の一以上の地質図及びこれに基づく地質説明が適切かつ妥当でなければならない。

(2) 敷地前面が海域である場合、陸域に準ずる範囲につき、海底地形図、海底地質図、海底地質構造図等に基づく海底地質の説明が適切かつ妥当でなければならない。

なお、海域に関する地質説明は、陸域におけるそれと整合性のとれたものであることが認められなければならない。

(3) 敷地周辺の地質構造において、顕著な断層又は褶曲構造の存在が認められるときは、その活動性についての十分安全側の評価がなされなければならない。

(二) 敷地の地質

(1) 敷地内の地質については、地表踏査、物理探査、ボーリング調査、トレンチ調査、試掘坑内調査等を実施して作成された以下の地質図及び同図に基づく詳細地質説明が適切かつ妥当であると評価できなければならない。

① 敷地中心から半径一キロメートル程度の範囲について、原縮尺五〇〇〇分の一以上で作成された地質平面図及び地質断面図

② 原子炉炉心予定位置を中心とする半径二〇〇メートル程度の範囲について、ほぼ原子炉建屋基礎底面のレベルにおける原縮尺一〇〇〇分の一以上で作成された少なくとも一つの水平地質断面図及び炉心予定位置を通り、互いに直交する同縮尺の二つ以上の垂直地質断面図

(2) 敷地内の地質については、以下に示す各種の測定又は調査結果が適切かつ妥当であると評価できなければならない。

① 原子炉建屋基礎岩盤について、少なくとも五本のオールコア・ボーリングを実施し、その深度が基礎底面下基礎底面幅以上であるボーリング調査の結果

② 地質区分、コア採取率、岩盤等級等の表示されたボーリング柱状図及びボーリング全長のコアの写真

③ 原則として原子炉建屋基礎面直上部で互いに直交するよう配置された坑内の地質境界、断層、破砕状況等を表示する地質展開図(原縮尺一〇〇分の一程度)として示されている試掘坑の調査結果

④ ボーリング等による地下水位等、地下水の状態に関する調査の結果

(三) 岩石・岩盤物性

原子炉施設の設置予定場所の基礎岩盤については、以下に示す各種の岩石・岩盤物性試験の実施に基づく支持力、すべり及び沈下に関する性状解析結果から、基礎岩盤が十分な安全性を有することを評価しなければならない。

(1) 一般物理特性として、基礎岩盤の岩石についての密度、含水比、間隙比等の測定結果

(2) 強度特性として

① 採取した岩石の一軸及び必要に応じて三軸圧縮試験並びに引張試験の結果

② 岩盤の剪断及び支持力試験の結果

(3) 変形特性として

① 一軸及び必要に応じて三軸圧縮試験から得られた弾性係数、ポアソン比並びに超音波試験結果から得られた動弾性係数、動ポアソン比

② 岩盤の変形に関する諸定数

③ 特に軟岩の場合にあっては、岩石、岩盤のクリープ特性

(4) 岩盤に節理や層理が発達している場合はその異方性に関する特性

(5) その他必要に応じて、

① 岩盤物性のバラツキの程度

② 初期地圧

③ 透水係数

(四) 地質調査に関する実証性の確認

地質調査については、調査結果を示す各種資料が十分信頼性を有していることを確認しなければならない。

3 被告の行った地質・地盤調査の概要

乙一七号証、同一九号証及び弁論の全趣旨によれば、被告の行った地質・地盤調査の概要は、以下のとおりであることが認められる。

(一) 本件原子力発電所敷地周辺の地質・地質構造

(1) 調査方法

A 陸地の地質調査

文献調査の結果を踏まえ、敷地を中心とする半径約三〇キロメートルの範囲の陸地につき、主として縮尺二万分の一の空中写真と縮尺五万分の一及び二万五〇〇〇分の一の地形図を用いて地形調査を行い、また、右各写真、地形図並びに縮尺五〇〇〇分の一の森林基本図及び同縮尺の国土基本図を用いて地表踏査を実施し、地質及び地質構造の調査を行った。

B 海域の地質調査

本件原子力発電所の敷地の前面海域については、敷地を中心として沿岸方向約六〇キロメートル、沖合方向約三〇キロメートルの範囲の海域(以下「敷地前面調査海域」という。)につき、海上音波探査等を実施した。

敷地を中心とする半径約三〇キロメートルの範囲の七尾湾及び富山湾(以下「七尾湾調査海域」という。)については、海上保安庁水路部において実施された詳細な調査記録等により、海底地形及び地質・地質構造調査を実施した。

さらに広範囲の周辺海域(以下「敷地周辺海域」という。)において、活断層研究会「日本の活断層」(一九八〇)という書籍で推定されている断層等について、一部音波探査を行い、海上保安庁水路部等で実施した音波探査記録等とともに解析、検討した。

(2) 調査結果

A 本件原子力発電所の敷地周辺陸域の地質

本件原子力発電所の敷地周辺には、主として新三系の火山岩類及び堆積岩類が広く分布し、第四系の地層も少し存在する。

B 敷地周辺の活断層

敷地を中心とする半径三〇キロメートル範囲の陸域については、いくつかの活断層があるが、この点については、後記二耐震設計2(一)(2)「活断層の調査」に詳述する。

C 敷地周辺海域における海底地質

大きく、第四紀に入る二層と、第三紀に入る二層の計四層に分類される。

D 周辺海域における断層

周辺海域には相当数の断層があるが、この点についても、後記二耐震設計2(一)(2)「活断層の調査」に詳述する。

(二) 敷地の地質・地質構造

(1) 調査内容

本件原子力発電所の敷地の地質、地質構造を把握するため、詳細な地質踏査を行うとともに、これに併せて文献調査や空中写真判読等を実施し、また、地表からの弾性波探査や八二孔、総延長約一万〇五七〇メートルのボーリング調査、さらには延長約三二〇メートルの試掘坑調査を実施した。

(2) 調査結果

本件原子力発電所の敷地は、敷地前面の沿岸線に沿って分布する段丘とその東側の標高五〇メートル前後のなだらかな丘陵とからなる。地質は、新第三系中新統(約二四〇〇万年前から約五一〇万年前までにできた地層)の穴水累層の安山岩(均質なもの及び角礫岩状のもの)及び凝灰角礫岩から構成され、これらは水平ないし北東に緩く傾斜し、第四系の堆積物に覆われている。

右調査結果によれば、敷地には規模の大きな断層や破砕帯(岩盤の一部が何らかの力により破砕された結果、不規則な割れ目や砕けた岩が、ある幅をもって、ある方向に帯状に連なっているものをいう。)は認められないとされている。

(三) 原子炉設置位置付近の地質・地質構造及び地盤

(1) 調査内容

A ボーリング調査

原子炉建屋基礎地盤の地質・地質構造についての資料を得るとともに、岩石試験用の供試体を得るため、原子炉建屋敷地内に五孔のボーリング調査が実施された。

また、試掘坑調査等において認められたシーム(岩盤中にある粘土或いは岩片混じりの粘土からなる薄い連続性のある弱層)の連続性を検討するため、孔数八孔、総延長約四五〇メートルの試掘坑等からのボーリング調査が実施された。

B 試掘坑調査

原子炉建屋基礎地盤の地質・地質構造を直接観察するとともに、基礎地盤の工学的性質を把握するため、試掘坑による調査が実施された。試掘坑は、原子炉建屋基礎底面付近の標高約マイナス7.6メートルにおいて延長約三二〇メートル掘削し、さらに岩盤試験を実施するための試掘坑を延長約九〇メートル掘削した。

試掘坑においては、地質分布、岩質、シーム、節理等の状況について詳細な観察が実施された。また、試験坑内及び試掘坑の拡幅部のひとつにおいて、岩盤試験が実施され、基礎地盤の工学的な性質が把握された。

C トレンチ調査

この調査は、地表を溝状に掘削し、掘削された溝の両側面及び底面を観察することにより、断層の存在・性状・連続性、地層の分布状態等を把握する調査であり、ボーリング調査、試掘坑調査等で確認されたシームのうち、原子炉建屋基礎底面の南西端に認められるシームS―1を対象に、シームの性状等を確認するために実施された。

D 岩石試験

基礎地盤を構成する岩石の物理的・力学的性質を明らかにし、構造物の設計及び施行の基礎資料を得るため、ボーリングコア及び試験坑等から採取した試料を用いて、物理試験及び力学試験が実施された。

E 弾性波試験等

原子炉建屋設置位置の基礎地盤としての適性を検討し、併せて設計及び施行上の資料を得るため、試験坑等において、弾性波試験(屈折法)、岩盤変形試験、支持力試験、ブロックせん断試験及び地盤物性の場所的変化についての調査が実施された。また、ボーリング孔を利用してPS検層、孔内載荷試験及び透水試験が実施された。

F 地下水位の測定

基礎地盤の地下水位の状況を把握するため、ボーリング孔を利用して地下水位が測定された。

(2) 調査結果

A 地質・地質構造

原子炉建屋基礎地盤の地質は、穴水累層の安山岩及び凝灰角礫岩から構成され、大部分は安山岩(角礫質)から成る。安山岩(角礫層)には、節理は余り認められないが、安山岩(均質)には、節理が比較的多く認められる。また、表層付近には風化した岩盤が認められるが、その層厚は薄く、その下位には新鮮な岩盤が分布する。

右地盤の特徴を考慮し、岩石の硬さと割れ目の頻度を分類の指標として岩盤分類を行い、安山岩(均質)については硬度が高く割れ目が少ないものから順にAa級からDa級までとし、安山岩(角礫質)、凝灰角礫岩についても同様の分類でAb級からDb級までと分類すると、原子炉建屋基礎地盤の大部分は、Ba級の安山岩(均質)、Bb級の安山岩(角礫質)及びBb級の凝灰角礫岩から構成されている。Bb級は、ハンマーの軽打で中高音を発し、より強く打つと鈍い割れ口ができ、節理はほとんどなく、ヘアークラック程度のひび割れがある間隔五センチメートル程度以上を特徴とする。

この地盤には、節理及びシームが認められるところ、節理は連続性が乏しく、全体として走性に方向性はなく、傾斜は高角度のものが多い。

シームは、七本確認され、最も厚い部分で一〇センチメートルと薄く、傾斜は五〇度から八五度と概ね高角度である。右シームのうち延長の最も長いシームにトレンチ調査を行ったところ、シームの延長上で中位段丘面を構成する段丘堆積層に変位・変形が認められず、また文献によれば、右中位段丘面は一二万年前から一三万年前に形成された層であるとされている。

右調査結果においては、右各シームについては、いずれも第四紀後期の活動性に関して問題となるものではないと評価している。

その理由は、最も延長の長いシームS―1につき、トレンチ調査等により検討すると、シームS―1の延長上では中位段丘面を構成する段丘堆積層に変位、変形が認められず、また、この段丘堆積層の上部は、敷地周辺の中位段丘堆積層と同様に赤色土壌化を受けているところ、この中位段丘面の年代は一二万から一三万年前であるとされており(この層が第四紀後記に当たる。)、一般に、ある断層の活動時期は、その断層が切っている地層よりも新しく、覆われている地層よりも古いと考えられるから、シームS―1を始め敷地付近のシームは、中位段丘堆積層よりも古いものということができるから、第四紀後期の活動性に関しては問題となるものではないというものである。

B 原子炉建屋基礎地盤の安全性

右地質調査及び岩盤試験等の結果に基づき、本件原子力発電所の原子炉建屋基礎地盤の安全性についての被告の解析・検討の結果は、次のとおりである。

a 支持力に対する安全性

平板載荷試験(岩盤上に置いた平板を介して垂直荷重を負荷し、岩盤の変形特性や支持力を測定する試験)の結果によれば、基礎地盤におけるいずれの岩盤も、荷重一四〇キログラム毎平方センチメートルまで載荷しても破壊に至らなかった。

これに対して、本件原子力発電所において最も重要な原子炉建屋の常時接地圧力は約五キログラム毎平方センチメートルであり、右圧力に地震時における原子炉建屋に働く荷重を加えても、その最大接地圧は約一一キログラム毎平方センチメートルである。

被告は、右解析結果から、原子炉施設建設場所の地盤の支持力は地震時における荷重にも耐えられるものであり、十分な支持力を有しているものと評価している。

b すべりに対する安全性

本件原子炉建屋基礎底面のすべり抵抗力(岩盤上に設置された構造物が外部から加えられた水平力によってすべり出そうとするときに、当該構造物を支える岩盤がこれに抵抗しようとする力の最大値)は、Bb級岩盤のブロックせん断試験(岩盤に設けたコンクリートブロック等を介して水平荷重(せん断力)を負荷し、岩盤の強度特性を測定することによって得られた強度定数に基づき算出する試験)によると、約五三万トンとなる。これに対し、地震時に原子炉建屋基礎底面に作用する水平力は、後述の耐震設計指針に定められた層せん断力係数に基づいて算出した地震力を原子炉建屋に作用させた場合、約一二万トンとなる。

右解析結果においては、原子炉建屋基礎底面のすべりに対する安全率は4.4となり、十分な安全性を有していると評価している。

c 沈下に対する安全性

右解析結果においては、沈下に対する安全性につき、これまで認定した諸調査等をふまえ、①原子炉建屋基礎地盤は、主としてBb級の岩盤からなり、試験により得られた変形特性からみると、圧密(長時間にわたる継続的な圧縮応力によって土の体積がしだいに減少すること)やクリープ(塑性変形が一定応力のもとで時間とともに増加する現象)による沈下が問題となるものではない、②原子炉建屋基礎地盤にみられるシームは、ごく一部に限られ、厚さも薄く傾斜も概ね高角度であり、不同沈下は問題とならない、③岩盤分類、シームの分布状況及び岩石・岩盤試験等の結果を評価して行った安定解析結果によっても、安全上支障となる沈下は生じることはないとして、原子炉建屋基礎地盤は、沈下に対して十分な安全性を有していると評価している。

(四) 原子力安全委員会の本件答申

ところで、原子力安全委員会の安全審査は、我が国の学識経験者や関連行政機関の職員等原子力発電所に関する専門家によって、これまでの経験と最新の技術的知見に基づいて定められた安全設計審査指針及び安全評価審査指針に基づいて行われるものであることから、その結果は、被告の事故防止対策の基本設計の妥当性の判断をするに当たって、重要な資料になると解すべきことは前述のとおりであるところ、原子力安全委員会は、本件答申において、これらの調査結果、調査内容は、活断層についての評価も含めて、いずれも妥当なものであり、信頼できるとしている。

(五) 原告らの主張について

(1) 地質・地質構造

A 岩盤分類

a 被告の岩盤評価基準

原告らは、被告が、本件原子力発電所の基礎岩盤の劣悪さを隠す意図から、一般的には使用されていない独自の岩盤評価基準を用いているものであって、右基準は妥当性に欠けると主張する。

そこで検討するに、甲一五三号証、同三〇一号証、同三〇二号証、乙一七号証及び同一九号証並びに弁論の全趣旨によれば、被告による基礎岩盤の評価基準と電研式岩盤分類や土研式岩盤分類との間には、原告らが主張する相違があることが認められる。

しかしながら、地質調査は、地表地質調査や空中写真地質調査のような地質学的調査と、地震探査や電気探査のような物理学的調査に大別されるところ、岩盤分類は、地質学的調査方法として、岩盤全体を物性的にほぼ同様とみなせる適切なグループに分類して、地盤の地質を判断することが目的であるから、各地点ごとの岩盤評価基準を設け、それにより分類したとしても、右の目的に反するとはいえない。したがって、前記の被告の調査結果における分類が、あくまで被告の用いた評価基準に基づくことに留意する限り、被告が独自の岩盤評価基準を用いて岩盤評価を行ったこと自体に問題があるとは認め難い。

ちなみに、本件原子力発電所の原子炉設置許可申請の審査においても、原子炉建屋敷地の地盤がほぼ「B級」であるから安全だと評価されているわけではない。

b 岩盤評価のごまかし

甲一五三号証によれば、ボーリングV―2地点の深度一二〇メートルないし一六〇メートルの部分の地質柱状図において、安山岩(均質)及び安山岩(角礫質)のいずれの部分においても、「記事」欄にコアの形状が細片状ないし半柱状との記載があるにもかかわらず、B級と岩級区分されている部分があることが認められるところ、原告らは、この岩級区分を一つの例として、被告の岩級区分にはごまかしがあり、ひいては岩級区分を基とする岩盤評価にも、ごまかしがあると主張する。

しかしながら、乙一九号証によれば、被告は、コアの硬さとコアの形状を岩級区分の指標とし、コアの長さ五〇センチメートル程度を基準として、当該ボーリングコアだけではなく、前後のコアの状況をも考慮したうえで、岩級区分を行っているのであって、当該ボーリングコアの形状のみから岩級区分を行っているものではないことが認められる。

したがって、右岩級区分の方法からすれば、原告ら主張の事実だけでは、V―2地点の深度一二〇メートルないし一六〇メートルの岩級区分が直ちに誤りであるとは認められず、被告の岩盤評価にごまかしがあるとは認め難い。

c 補正書のデータ捏造

原告らは、被告が補正書のデータを捏造したと主張する。

甲一五三号証及び同三〇二号証並びに弁論の全趣旨によれば、被告は、昭和六二年一一月、原子炉設置許可申請書の補正書を通商産業大臣に提出したこと、申請書と右補正書とを比較すると、申請書の岩盤評価にはB級及びD級しかなかったのに補正書ではC級がわずかながら存在し、PS検層・孔内載荷試験の変数係数に関するデータに変化のあることが認められる。

しかしながら、どのような経緯、理由で右のような補正がなされたのかについては、本件証拠上からは、明らかではなく、被告が補正書のデータを捏造していると認めるに足りる具体的な証拠はない。

したがって、被告が補正書のデータを捏造したとする原告らの主張は認め難い。

d シームについて

被告は、前記の調査により原子炉建屋基礎地盤に七本のシームを確認し、その活動性について第四紀後期の活動性に関しては問題となるものではないと評価しているが、この点について、原告らは、本件原子力発電所の敷地及びその近傍には、多くの断層があり、特に被告がトレンチスケッチにおいて示したシームのうち、本件原子力発電所の原子炉のすぐそばに存在するシームS―1は活断層であるにもかかわらず、被告は、このシームS―1を活動性に関し問題がないと評価しており不当であると主張する。すなわち、原告らは、一般に、断層の活動時期が覆われている地層よりも古いとしても、沖積層のように未固結の地層を切断する場合、断層は枝分かれし、このようなところでは、断層がある地層に覆われているように見えるからといって、その断層がその地層よりも古いとは断言できず、シームS―1を含め、七本のシームにつき、段丘堆積層は未固結・軟弱なために変位・変形の跡がとどめられなかった可能性もあり、シームが段丘堆積層に及んでいないことをもって、段丘堆積層が断層運動や褶曲運動を受けなかったという証拠にはならず、むしろ、原子炉設置場所付近の海岸段丘面が福浦断層により変位していること、被告のいうシームは地表面の地形に明らかに影響を与えている事実を考え併せると、これらのシームが活断層であることは確実であると主張するものである。

しかし、原告ら右主張のうちの前段部分については、甲三〇三号証中には、一部これらに沿う記載があるが、右記載の前提である丹那断層のトレンチ調査は、柔らかい未固結な地層の中だけで掘られたものであり、その調査の結果も、未固結な地層一六層のうち、第三層の堆積後に断層が発生したというものであるから、これと異なり、本件原子力発電所のトレンチ調査における場合のように、第四紀層である段丘堆積層の下の第三紀層の安山岩岩盤まで露出させて、岩盤中のシームS―1の存在を確認した上で、段丘堆積層に変位・変形がないことが確認できる場合まで、右記載に係る主張が妥当するかどうかは疑問であって、シームS―1につき、右書証中の記載をそのまま当てはめることはできない。

また、前記認定のとおり、被告の周辺海域における地質構造の調査によれば、敷地前面調査海域において、第四紀後期に及んでいる可能性のある断層が認められるけれども、右事実から、シームS―1をはじめ原子炉設置場所付近のシームの活動性が第四紀後期に及んでいると推認することまではできず、また、右シームが地表面の地形に影響を与えているという主張についても、乙三〇二号証中に、右主張に沿う記述があるが、これだけでは右主張を認めるに十分でなく、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

以上のとおり、シームS―1につき、安山岩層の上の段丘堆積層に変位・変形がないことを理由に、右シームが第四紀後期の活動性に関して問題となるものではなく、前記の各シームにつき、いずれも第四紀後期の活動性に関して問題となるものではないとした被告の判断が、不合理なものとは認め難い。

B 原子炉建屋基礎地盤の安全性

a サンドウィッチ地盤

原告らは、被告が本件原子力発電所の原子炉建屋立地点の五地点で実施した基礎深ボーリング調査によると、本件原子力発電所の原子炉建屋立地点における地盤は、岩質が相対的に良好な二枚の岩層の間に岩質が相対的に劣悪な岩層がサンドウィッチ状に挾まれているいわゆるサンドウィッチ地盤であり、このような地盤の上に建てられている構造物は、地震時に計算外の地震力を受けてしばしば損壊するという結果が出ているから危険であると主張する。

甲一五三号証及び同三〇一号証によれば、次の事実が認められる。すなわち、原子炉建屋の敷地について、ボーリングコアの写真から岩盤良好度(RQD・Rock Quality Designation)の評価(RQD評価)を行うと、かなりばらつきがあり、RQD評価の比較的高い部分の中に評価の低い部分が挾まれている箇所もあることが認められる。そして、岩盤の良好度は、岩盤の堅硬度、割れ目間隔や割れ目の状態により大きく左右されるところ、岩盤の割れ目が多く、密着していないものが多ければ、短柱状・細片状ないし土砂状のコアが多くなるので、RQDは小さな値となり、逆に割れ目が少なく、仮にあったとしても十分に密着していれば、長いコアが採れるので、RQDは大きな値となる。したがって、RQD値の大小は、岩盤の性質の良否を相当程度客観的に示しているということができ、RQDにばらつきがあれば、岩盤の良好度にもばらつきがあると考えられる。

しかし、乙一九号証によれば、敷地地盤の振動特性を調査するために、試掘坑内五箇所及び地表一箇所において常時微動測定を実施したところ、水平方向二成分間のスペクトル特性及び深度別測定点間スペクトル特性にはほとんど差異がなく、異常な振動性状を示すことはないという結果が出ていることが認められ、これによれば、本件原子炉の基礎地盤の地震動に関する物性についてはほとんど差がなく、右の点が、地震の際に異常振動の発生につながるとは解されない。

なお、原告らは、微小地震の観測で差が出ないのは当然であり、大地震では差が出ることが予想され、また、原子炉建屋敷地を構成する穴水累層は褶曲しており、褶曲があれば背斜部と向斜部では堅硬度に差が生じるから、複雑な振動性状を示す可能性があるなどとして、大きな地震の場合には、原子炉建屋敷地の地震が複雑に振動する危険性があると主張するが、褶曲の事実を含め、大きな地震の際に異常振動が生じることを具体的に窺わせるに足る証拠はない。

b 基礎岩盤の岩石試験

原告らは、一般に、岩石試験結果のとりまとめに当たっては、各試験項目について、岩種ごとに、また、同一岩種については岩級ごとに、最小値、最大値、平均値及びその標準偏差を明示するのが常識であるにもかかわらず、本件原子力発電所の原子炉設置許可申請書は、AないしB級の安山岩(均質)及びB級の安山岩(角礫質)・凝灰角礫岩の試験結果を示しただけで、基礎岩盤のうち、平均よりも悪い岩質の部分がどの程度に悪いかを全く知ることができないから、このような基礎岩盤の諸性質の平均値を用いて原子炉建屋の設計を行うことは、著しく妥当性を欠いていると主張する。

被告が申請書に各岩種ごとに最悪値を示しておらず、また、C級のものの試験結果を一切示していないことについては、当事者間に争いがない。しかし、弁論の全趣旨によれば、原子炉建屋は十分な広さと厚さをもつ頑丈な鉄筋コンクリート基礎を介して地盤全体で支えられることが認められ、そうであれば、右建屋及び地盤に地震力等の荷重が生じる場合、局所的に弱いところがあっても、その周囲の強固な岩盤を含めて地盤全体で受け持つものであるから、岩石試験結果の最悪値をもって地盤全体の物性を代表させるべき理由はない。

したがって、被告が申請書において各岩種ごとの最悪値を示さず、また、C級の試験結果を示さずに、基礎岩盤の諸性質の平均値によって原子炉建屋の設計を行ったことが、著しく妥当性を欠いているとは認め難い。

(六) 小括

以上によれば、被告の行った前記の地質、地盤に関する調査の方法及びその結果に不合理な点は認められない。

したがって、本件原子力発電所の敷地周辺の地質は、陸地及び海域に活断層の存在が認められることから耐震設計に当ってこの点を考慮すべきであることを除けば(活断層の存在については、耐震設計の項で述べる。)、地質的に安定しているということができ、また、本件原子力発電所の敷地及び原子炉建屋基礎地盤に、地質及び地盤の点から、原子力発電所の事故の発生につながるような問題点はないと認められる。

二  耐震設計

原子力発電所において、地震が事故の誘因にならないためには、原子力発電所の施設がその地点で想定されるいかなる地震力に対しても十分耐えられるように設計、建設される必要があるが、原子力安全委員会は、発電用原子炉施設の耐震設計に関する安全審査を行うに当たって、その設計方針の妥当性を評価するために指針として、「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」(昭和五六年七月二〇日改訂。以下「耐震設計指針」という。)を設けており、本件原子力発電所の耐震設計についても、これに基づいた審査を行っている。

そこで、まず、右の耐震設計指針の内容につき検討することとする。

1 発電用原子炉施設に関する耐震設計指針の概要

耐震設計指針においては、各原子炉施設の重要度に応じて、所要の地震力に対して当該施設が耐え得ることを要求しているが、その内容は次のとおりである。

(一) 重要度分類

原子炉施設の耐震設計上の施設別重要度を、地震により発生する可能性のある放射線による環境への影響の大きい順にAないしCクラスに分類し、Aクラスには原子炉冷却材圧力バウンダリ、使用済燃料保存施設等を含み、その中でも重要なものをAsクラスとしている。

(二) 耐震設計評価法

発電用原子炉施設は、①Aクラス施設については、設計用最強地震による地震力又は静的地震力のいずれかの大きい方の地震力に耐えるものであり、特にAsクラスの各施設は設計用限界地震による地震力に対してその安全機能が保持できるものであることが必要であること、②B、C各クラスの施設については、それぞれ後述の静的地震力に耐えるものであることの、各基本的方針を満足していなければならない。

(1) 設計用最強地震及び設計用限界地震

原子炉施設の耐震設計に用いる地震動は、敷地の解放基盤表面(基盤(概ね第三紀層及びそれ以前の堅牢な岩盤であって、著しい風化を受けていないもの)面上の表層や構造物がないものと仮定した上で、基盤面に著しい高低差がなく、ほぼ水平であって相当な拡がりのある基盤の表面)における地震動(地震の発生により放出された地震波による地面の揺れ。以下、右の位置における地震動を「基準地震動」という。)に基づいて評価せねばならず、基準地震動はその強さの程度に応じ、二種類の地震動S1及びS2を選定する。

右基準地震動S1をもたらす地震を設計用最強地震といい、この地震は、①歴史的資料から、過去において敷地又はその近傍に影響を与えた地震のうち、再び発生し、敷地及びその周辺に前同様の影響を与えるおそれのあるものと、②将来の地震を合理的に予想するためには右歴史的資料だけでは必ずしも十分ではないことを考慮して、近い将来敷地に影響を与えるおそれのある活動度の高い活断層による地震のうちから、最も影響の大きいものを想定することとしている。

また、右基準地震動S2をもたらす地震を設計用限界地震といい、この地震は、過去の地震の発生状況、敷地周辺の活断層の性質及び地震地体構造に基づき工学的見地からの検討を加えて、設計用最強地震を上回る地震として起こり得る地震のうち、最も影響の大きいものを想定することとしている。

なお、S1、S2を生起する地震については、近距離及び遠距離地震を考慮し、S2には直下地震によるものも含まれる。

地震動の策定に当たっては、①敷地及びその周辺地域に影響を与えた過去の地震について、そのマグニチュード(地震の大小の程度を表す数値であり、地震により放出されるエネルギーを対数によって表したもの)、震源、震央(震源の真上の地表上の点)、余震域及びその時の地震動の最大強さと震害状況、②過去の破壊的地震動の強さの統計的期待値、③地震のマグニチュード及びエネルギー放出の中心から敷地までの距離、④過去の観測例、敷地における観測結果及び基盤の岩質調査結果を十分考慮するものとされている。

また、右基準地震動は、地震動の最大振幅、周波数特性、継続時間及び振幅包絡線の経時的変化のそれぞれが適正であると評価できるものでなければならない。

(2) 静的地震力

地震の際に、構造物が地震動に応じて振動するものとはせずに、単に構築物に当該構築物の性状に応じた一定の力が働くものとして地震力を求める静的解析によるときには、建物・建造物の静的地震力としての水平地震力は、原子炉施設の重要度分類に応じ、Aクラスは標準せん断係数0.2の三倍、Bクラスは1.5倍、Cクラスは一倍を層せん断力係数として算定する。Aクラスの施設については鉛直地震力も考慮することとされている。

また、機器・配管系については、層せん断力係数を建物・建造物の二割増しとした震度より求めることとされている。

(3) 荷重の組合せと許容限界

耐震安全性の設計方針の妥当性を評価するに際して検討すべき、耐震設計に関する荷重の組合せと許容限界の基本的考え方は、次のようなものとされている。

A Asクラスの建物・構築物

S1等との組合せと許容限界については、常時作用している荷重及び運転時に施設に作用する荷重と、基準地震動S1による地震力(動的解析)又は静的地震力とを組合せ、その結果発生する応力が、安全上適切と認められる規格及び基準による許容応力以下にならねばならない。

また、S2との組合せと許容限界については、常時作用している荷重及び運転時に施設に作用する荷重と、S2による地震力の組合せに対して、当該建物・構築物が構造物全体として十分変形能力の余裕を有し、建物・構築物の終局耐力に対し妥当な安全余裕を有することが必要である。

B Asクラスを除くAクラスの建物・構築物

S1等との組合せと許容限界を適用する。

C B、Cクラスの建物・構築物

常時作用している荷重及び運転時に施設に作用する荷重と、静的地震力を組合せ、その結果生じる応力が許容応力以下にならねばならない。

D 機器・配管系

基本的に建物・構築物と同様である。

2 本件原子力発電所の耐震設計

乙一七号証、同一九号証及び弁論の全趣旨によれば、被告が、耐震設計指針に基づき、本件原子力発電所の耐震設計を行うために行った地盤及び地震に関する調査・試験の概要並びにその結果に基づいて行った耐震設計の概要は、次のとおりであると認められる。

(一) 設計上想定すべき地震の選定

(1) 過去の地震の調査

被告は、「宇佐美カタログ(一九七九)」、「宇佐美カタログ(一九八二)」、「気象庁地震カタログ」及び「資料日本被害地震総覧(一九七九)」等をもとに、本件原子力発電所の敷地周辺地域でこれまでに起きた地震のうち敷地から震央距離が二〇〇キロメートル以内の地震についての調査を行った。

その調査結果は、次のようなものである。

敷地から一〇〇キロメートル以内にはマグニチュード七以上の地震は起きておらず、また、敷地付近では、過去、強震以上は五回で二〇〇年に一度の割合、烈震以上は二回で五〇〇年に一度の割合、激震以上は有史以来経験しておらず、本件原子力発電所の敷地は、地震活動性の低い地域にあると考えられる。

本件原子力発電所の敷地に気象庁震度階級Ⅴ程度以上の震度を与えたと推定される地震としては、七四五年美濃の地震(マグニチュード7.9、震央距離一七三キロメートル)、一五八六年天正地震(マグニチュード8.1、震央距離一一八キロメートル)、一六一四年越後高田の地震(マグニチュード7.7、震央距離一二三キロメートル)、一八九一年濃尾地震(マグニチュード8.0、震央距離一六二キロメートル)、一八九二年能登の地震(マグニチュード6.4、震央距離五キロメートル)、一九三三年能登半島の地震(マグニチュード6.0、震央距離一一キロメートル)がある。

(2) 活断層の調査

被告は、活断層研究会「日本の活断層」(一八九〇)等による文献調査、空中写真によるリニアメント(写真上認められる直線状の配列)等の判読、地表踏査、海域については音波探査記録等により、活断層の調査を行った。

その調査結果は、次のとおりである。

敷地を中心とする半径約三〇キロメートルの範囲の陸域における主要な断層としては、石動山断層、眉丈山第一断層、眉丈山第二断層、福浦断層及び酒見断層がある。また、敷地を中心として半径約三〇キロメートル以遠、約一〇〇キロメートルまでの範囲の陸域については、跡津川断層、牛首断層及び御母衣断層がある。

このうち、①石動山断層は、羽咋市飯山から鹿島町久江までの約八キロメートルの区間で、石動山地側の相対的隆起が第四紀後期に及んでいる可能性がある。②眉丈山第二断層については、羽咋千路から鳥屋町青深沢までの約一二キロメートルの区間で、活動が第四紀後期に及んでいる可能性がある。③福浦断層は、本件原子力発電所の設置場所に最も近い断層であるが、受堤北岸で認められた断層露頭では、破砕部に不規則に挾在する粘土に破砕による構造が認められず、断層面は密着し破砕部も固結している。受堤北方の山腹で認められた断層露頭では、安山岩中の断層を礫混じり粘土からなる堆積物が不整合に覆っており、この堆積物に断層は認められない。この露頭は全体に風化しており、堆積物は、赤色土壤化及びくさり礫化の程度がリニアメントの周辺の高位段丘のそれに類似しており、遊離酸化鉄分析の結果でも、活動度、結晶化指数は高位段丘と同程度の値を示している。文献によれば、このような赤色土壤化及びくさり礫化は下末吉期の温暖な気候下で起こったとされていることから、この堆積物は下末吉期以前に堆積したものと考えられる。そして、これらのことからすれば、福浦断層については、活動が第四紀後期に及んでいないと判断した。④跡津川断層は、岐阜県白川村天生峠西方から富山県大山町のスゴ谷付近までの約六〇キロメートルの区間で、活動が第四紀後期に及んでいるものと評価した。⑤牛首断層は、岐阜県白川村卒塔婆峠付近から富山県大山町小見付近までの約五六キロメートルの区間で、活動が第四紀後期に及んでいる可能性がある。⑥御母衣断層は、金沢市医王山南方から岐阜県明方村北方までの約七〇キロメートルの区間で、活動が第四紀後期に及んでいる可能性がある。

また、海域については、敷地前海域に連続性を有する断層として二〇断層が推定されたが、そのうちの一六断層は、第四紀更新世中期の層よりも下位の地層に認められる断層であり、第四紀後期の活動はないと評価した。残りの四断層は、断層推定位置の第四紀更新世後期層ないし右よりも新しい完新世層にたわみないし褶曲が認められ、被告は右結果から、右四断層は第四紀後期に及んでいる可能性があるものと評価した。また、七尾湾調査海域において推定される断層は、いずれも新第三紀層内の断層であり、被告は第四紀後期の活動はないと評価した。さらに、敷地周辺海域にみられる断層のうち、富山湾西側海域の大陸斜面基部に示された断層中北部約七キロメートル区間及び南部約二二キロメートル区間については、その一部が第四系に変位を与えていると判断されることから、この部分については、活動が第四紀後期に及んでいる可能性があると評価した。敷地前面海域の西部には、小断層群が認められるが、これらは連続性に乏しく、その性状等から地震発生に結びつく可能性は考えられず、安全評価上問題となるものではないと判断した。

(3) 設計用最強地震の対象となる地震の選定

被告は、過去の地震から、敷地に最も大きな影響を与えたと推定される一八九二年の能登の地震及び敷地に与えた影響が二番目に大きいと推定される一五八六年の天正地震を選定した。また、活断層からは、断層規模と敷地までの距離からみて最も影響が大きいと考えられる跡津川断層による地震(マグニチュード7.8、震央距離八九キロメートル)を選定した。

(4) 設計用限界地震の対象となる地震の選定

活断層から想定される地震としては、眉丈山第二断層による地震(マグニチュード6.6、震央距離一六キロメートル)を選定した。

また、地震地体構造から想定される地震としては、地震地体構造を検討したところ、敷地周辺で発生する地震の上限規模はマグニチュード7.75ないしマグニチュード8程度とみられている。そして、敷地周辺陸域で過去に発生した最大規模の地震は一五八六年の天正地震(マグニチュード8.1)があり、地震地体構造上想定する地震として、マグニチュード8.1の地震規模を安全評価上敷地への影響も考慮して、ほぼその規模に見合う御母衣断層の位置(震央距離九六キロメートル)に想定した。なお、敷地周辺海域では、過去に発生した最大規模の地震としてマグニチュード7.7の越後高田の地震で代表させることができるが、設計用限界地震の対象としては、右御母衣断層の位置に想定した地震に代表させた。

さらに、直下地震としては、マグニチュード6.5、震央距離一〇キロメートルのものが選定された。

(二) 基準地震動の策定

基準地震動は、右設計上想定すべき地震において、設計用最強地震及び設計用限界地震の対象として選定された地震の地震動特性を考慮して策定されているが、その具体的な策定方法は次のとおりである。

(1) 地震動特性

解放基盤表面にもたらされる地震動は、次のとおり、敷地地盤の振動特性に特殊性がないことを前提として、最大速度振幅、周波数特性及び継続時間・振幅包絡線の経時的変化を考慮して定められた。

A 敷地地盤の振動特性

被告は、敷地地盤の振動特性を調査するために、試掘坑内五箇所及び地表一箇所において常時微動測定を行ったところ、水平方向二成分間のスペクトル特性及び深度別スペクトル特性にはほとんど差異がみられず、また、試掘坑内の三測定点間を比較したスペクトル特性には、共に顕著なピークは認められず、その差異もみられなかった。さらに、敷地内地盤に地震計を設置して地震観測を実施したところ、表層では短周期成分が増幅される傾向にあるが、岩盤中ではほとんど増幅はみられなかった。

以上の調査から、被告は、敷地地盤の振動特性には特殊性は認められないと評価した。

B 地震動の最大振幅等

敷地地盤の振動特性に特殊性が認められないことから、岩盤における標準的手法である大崎の方法に従って解析し、地震動の周波数特性を標準応答スペクトルにより定め、設計用最強地震及び設計用限界地震の対象となる地震による最大速度振幅及び応答スペクトルを定めた。

C 基準地震動

基準地震動S1及びS2の応答スペクトルとして、右地震動特性において求めた設計用最強地震及び設計用限界地震の対象となる地震の応答スペクトルをそれぞれ包絡する設計用応答スペクトルS1―D及びS2―Dを採用し、地震動の継続時間と振幅包絡線の経時的変化に基づいて、それぞれの設計用応答スペクトル(S1―D及びS2―D)に適合するように、正弦波の重ね合わせにより、基準地震動S1及びS2の設計用模擬地震波を作成した。

本件原子力発電所の耐震設計には、これらの設計用応答スペクトル及び設計用模擬地震波が用いられている。

(三) 地震力の算定と本件原子炉施設の耐震設計

被告は本件原子力発電所の原子炉施設について、耐震設計指針に従い、地震時に要求される機能の重要性に応じて、施設をA、B、Cの三クラスに分類し、Aクラスのうち特に重要な施設はAsクラスとした。原子炉圧力容器等の原子炉冷却材圧力バウンダリを構成する機器・配管・制御棒・制御棒駆動機構、格納容器、残留熱除去計等の主要な施設はAsクラスに含まれる。

被告は、耐震設計指針に従い、重要度に応じて定められた層せん断力係数に基づき算定される静的地震力のほか、Aクラスの施設に対しては、基準地震動S1から求められる入力地震動を用いて動的解析を行い、その応答結果としての地震力を適用し、さらに、Asクラスの施設に対しては、基準地震動S2から求められる入力地震動を用いて動的解析を行い、その応答結果としての地震力も適用している。

なお、動的解析に際しては、敷地内の新第三系の穴水累層中に仮想した解放基盤表面に基準地震動を想定し、かつ、地盤、建物・構造物の相互作用をも考慮して、施設への入力地震動を定めた。

被告は、以上のとおり算定したところを前提として、Aクラスに属する施設については、耐震設計指針に従い、動的解析により得られた地震力又は静的解析により得られた地震力のうち、いずれか大きいほうの地震力に対し、同時に加えられる他の荷重をも考慮して応力を算定し、その結果が各材料の許容応力以下となるように設計し、Asクラスに属する施設については、前記のとおり、基準地震動S2に基づく動的解析も行い、これにより得られた地震力に対しても、その安全機能が確保できるように設計した。また、B及びCクラスに属する各施設については、耐震設計指針に従い、静的地震力に対し、同時に加えられる他の荷重をも考慮して応力を算定し、その結果が各材料の許容応力以下となるように設計し、Bクラスに属する施設のうち、共振するおそれのあるものについては、動的解析をも行ってその安全機能が確保できるように設計した。そして、十分な耐震性を確保するため、建物及び構築物を原則として剛構造としたうえ、重要な建物及び構築物はいずれも岩盤上に設置した。

本件原子力発電所の原子炉施設は、個々の装置と同様、耐震性の点についても、電気事業法四三条、四八条一項により、発電用原子力設備に関する技術基準を定める省令(昭和四六年通商産業省令第六二号)五条に定める耐震性に関する技術基準に適合するかにつき、通商産業大臣の使用前検査を受け、これに合格している。

3 原子力安全委員会の本件答申

原子力安全委員会は、本件答申において、右の調査に係る、地震の選定及びその評価、活断層の選定及びその活動等の評価、設計用最強地震・設計用限界地震の選定、耐震設計上の重要度分類、地震力の算定方法、原子炉施設の耐震設計は、いずれも妥当なものと判断している。

4 被告の行った耐震設計の合理性

(一) 耐震設計指針の合理性

被告の行った耐震設計の方法は、前記のとおり、原子力安全委員会決定の耐震設計指針に基づくものであるが、右指針は、原子炉施設の耐震設計上の重要度に配慮し、地震学上の知見に基づいて作成されたものであって、設計上の耐震性が十分に確保できる内容であると認められる。

原告らは、右指針において、①基準地震動S1の発生源としての活断層としては、A級活断層(平均変位速度が一ミリメートル毎年以上のもの)に属し、一万年前以降活動したもの、又は、地震の再来期間が一万年未満のものとし、②基準地震動S2の発生源としての活断層としては、B級活断層(平均変位速度が0.1ミリメートル毎年以上一ミリメートル毎年未満のもの)及びC級活断層(平均変位速度が0.1ミリメートル毎年未満のもの)に属し、五万年前以降に活動したもの、又は、地震の再来期間が五万年未満のものとしている点について、考慮すべき活断層を右のように限定するのは妥当ではないと主張する。

しかし、甲三〇四号証、同三〇五号証及び弁論の全趣旨によれば、専門的には、活断層とは、第四紀あるいは第四紀後期に活動した断層で、将来も活動する可能性のある断層をいうと考えられているが、具体的に何年前からのものをいうのかについては定説とまでいえるものはないことが認められる。そうだとすると、耐震設計指針においては、耐震設計に必要な基準地震動の発生源を選択する限りで活断層を問題としているのであるから、いかなる範囲の活断層を取り上げるかは、活断層選定以降の耐震設計手法の内容及び耐震設計技術等をも総合して検討した上で決せられる問題であると考えられ、耐震設計指針において、考慮すべき活断層を前記のとおりに限定したことが、それだけで不合理であるとは認め難い。

(二) 被告の調査・設計の合理性

(1) 過去の地震の調査

前記の被告が行った設計上想定すべき地震の選定は、原子力安全委員会の答申においても妥当なものであると判断されているとおり、その選定について不合理な点は認め難い。

原告らは、被告が、敷地周辺に被害を及ぼした過去の地震を敷地からの震央距離が二〇〇キロメートル以内のものに限ったことは重大な誤りであり、二〇〇キロメートル以遠で起こった地震でも敷地周辺を含む北陸地方に推定震度五程度の影響を与えたものがあると主張する。

しかし、被告は、耐震設計における設計用最強地震及び設計用限界地震の各対象となる地震を選定するために、過去の地震の調査を行い、しかもその結果、前記認定のとおり、震央距離二〇〇キロメートル以内に生じたマグニチュード八程度の地震を選定しており、敷地から近距離の大きな地震を想定しているのであるから、二〇〇キロメートル以遠の地震を考慮しないことが、不合理であるとは認められない。

また、原告らは平成四年二月に能登半島において発生した二つの地震及び同年七月一二日に発生した北海道南西沖地震等をもって、日本海側に巨大な地震を引き起こす可能性のある地殼構造が存在し、本件原子力発電所付近において巨大な地震が発生するおそれは十分にあるのであるから、被告はそれらの地震も考慮に入れて耐震設計をやり直すべきであり、それをしないまま本件原子力発電所の運転を行うのは問題であると主張する。

しかし、甲三一二号証ないし三二二号証によれば、平成四年二月七日発生した能登半島沖地震の規模はマグニチュード6.6程度とされているところ、被告は直下地震としてマグニチュード6.5、震源距離一〇キロメートルのものを選定していること、北海道南西沖地震(マグニチュード7.8)は震央距離二〇〇キロメートル以遠であるところ、被告は二〇〇キロメートル以内にマグニチュード八程度の地震を想定していることが認められ、これらの事実に照らすと、本件全証拠を検討しても、被告が原告ら指摘の最近発生した地震を考慮に入れて耐震設計の見直しを行わなかったことが不合理であることは認め難い。

(2) 活断層の調査

被告が行った活断層の調査の内容は、前記のとおりであり、調査の方法、敷地に地震を発生させる可能性のある断層の選定及びその活動性等の検討に不合理な点は認め難い。

原告らは、本件原子炉付近に活断層が存在する旨主張するが、この主張を採用できないことは既に述べたとおりである。

(3) 設計用最強地震及び設計用限界地震の選定

過去の地震からは、規模(マグニチュード)、震央距離等を調査し、最大速度振幅の最も大きな一八九二年能登の地震と二番目に大きな一五八六年の天正地震が選定されており、地震動の強さと最大速度振幅との間には強い関連性があると考えられることを勘案すると、被告の右選定に不合理な点があるとは認め難い。

また、活断層からは、跡津川断層による地震が選定されているところ、この断層の規模(採用長さ六〇キロメートル)、活動度等を考えると、この選定についても、不合理な点は認め難い。

次に、設計用限界地震の選定については、乙一九号証によれば、被告の調査の結果、敷地に影響する地震が発生する可能性のある活断層のうち、最大速度振幅が最も大きいのが眉丈山第二断層であること、敷地周辺陸域で過去に発生した最大規模の地震は天正地震(マグニチュード8.1)であるところ、御母衣断層は断層の採用長さから想定される地震の規模(マグニチュード7.9)が最も天正地震に見合うものであることが認められ、これらの事実に照らせば、被告が設計用限界地震の対象となる地震として、活断層からは眉丈山第二断層による地震を、地震地体構造から想定される地震として御母衣断層の位置に想定した地震を選定したことに、不合理な点があるとは認め難い。

また、直下地震についても、被告は耐震設計指針に定められたマグニチュード6.5の地震を想定しており、この点に不合理なところは見当たらない。

ところで、原告らは、近年、強震計による敷地基盤の最大加速度あるいは最大速度振幅の実測値が増大するとともに、特に遠地の大地震の場合、計算値には実測値と比べてかなり小さなものが多いことが明らかになっていることからすれば、被告のように、実際の被害状況等を無視あるいは軽視し、敷地基盤の最大速度振幅の計算値のみに依拠して、設計用最強地震ないし設計用限界地震の各対象となる地震を選定するのは妥当性を欠くと主張する。

しかし、跡津川断層による地震や眉状山第二断層による地震が選定されたのは、単に最大速度振幅に基づいたのではないと考えられることは前述のとおりであり、設計用限界地震について実際の被害状況を想定するのは困難であることを考慮すると、右の各地震を選定したことが不合理であるとはいえない。

また、原告らは、第四紀後期まで活動が及んでいない活断層でも、将来活動するおそれがないとはいえないから、本件原子力発電所敷地に最も近い福浦断層が、仮に被告主張のとおり第四紀後期にまで活動が及んでいないとしても、この断層を設計用断層として選定しなかったのは誤りであると主張する。

しかし、第四紀後期まで活動が及んでいる活断層の方が将来活動するおそれが高いのであるから、被告において、第四紀後期まで活動が及んでいる可能性のある活断層を選定したことが不合理であるとは認められない。

さらに、原告らは、最近の能登沖地震等から、能登沖に延長五〇キロメートルに及ぶ活断層が存在することが示唆されており、この活断層を考慮せずに行われた本件原子力発電所の耐震設計には問題があると主張する。

しかし、原告ら提出の甲三一五号証、同三一七号証、同三二〇号証、同三二一号証及び弁論の全趣旨によっても、原告ら主張の断層は、ごく最近、推論として指摘され始めたところであって、その存在を断定することは困難であり、この断層を耐震設計に当たり考慮しなかったことをもって、被告の耐震設計が不合理であるとはいえない。

そのほか、原告らは、耐震設計指針において直下地震をマグニチュード6.5と設定する旨定められている点の根拠は明らかではなく、実際に我が国ではマグニチュード6.5以上の直下地震が発生していることから、被告が直下地震をマグニチュード6.5、震源距離一〇キロメートルと設定したことは不合理であると主張する。

しかし、甲三〇五号証によれば、直下地震の多くは、活断層の運動が原因であると認められるところ、前記認定のとおり、本件原子力発電所の敷地には、活動性の問題となる活断層は存在しないことに照らせば、被告において、耐震設計指針に従って直下地震の規模をマグニチュード6.5と設定したことが不合理であるとはいえない。

以上のとおり、原告らの右主張は、いずれも採用できない。

(4) 基準地震動の策定

前記の敷地地盤の振動特性について被告が行った前記認定の調査及びその評価、さらにこれを前提とする本件敷地の地震動特性についての評価、設計用応答スペクトル及び設計用模擬地震波の作成には、いずれも不合理な点は認められない。

(5) 地震力の算定と本件原子炉施設の具体的な設計

前記のとおり被告の行った耐震設計上の重要度分類、地震力の算定及び本件原子炉の具体的な耐震性については、不合理な点は認められない。

5 小括

以上、検討したところによれば、本件原子力発電所の原子炉施設の耐震設計に不合理な点は認められない。

三  水理

乙一七号証及び弁論の全趣旨によれば、本件原子力発電所は、周辺の地形からみて、敷地内及び敷地付近を流れる河川の洪水によってその敷地が被害を受けることはなく、また、本原子炉施設の主要構造物は、標高一一メートル以上の敷地に設置されていることが認められるから、津波による水位上昇があった場合にも、安全上の支障があるとは認め難い。

四  社会環境等

1 原子炉と一般公衆との隔離

(一) 立地審査の指針等

原子力委員会は、昭和三九年五月二七日、原子力安全専門審査会が原子炉の設置に先立って安全審査を行う際、万一の事故に関連して、その立地条件の適否を判断するための指針、めやすとして、それぞれ原子炉立地審査指針(以下「立地審査指針」という。)、原子炉立地審査指針を適用する際に必要な暫定的な判断のめやす(以下「判断のめやす」という。)を定めている。

この立地審査指針及び「判断のめやす」は、安全設計審査指針と同様、学識経験者や関係行政機関の職員等原子力発電所の専門家からなる原子力安全委員会において、これまでの経験や知見に基づいて定められたものであり、原子炉と周辺公衆との隔離の妥当性を判断する合理的な基準となり得るものと解すべきである。また、「判断のめやす」については、あくまでめやすにとどまり、また、暫定的なものであるが、現時点においても、これ以上に合理的な基準は提示されていない。

右立地審査指針において、万一の事故時にも、公衆の安全を確保し、かつ原子力開発の健全な発展を図ることを方針として、達成しようとする基本的目標は、次のとおりである。

① 最悪の場合には起こるかもしれないと考えられる重大な事故(以下、本項では「重大事故」という。)の発生を仮定しても、周辺の公衆に放射能障害を与えないこと、

② 重大事故を超えるような技術的見地からは起こるとは考えられない事故(以下、本項では「仮想事故」という。)の発生を仮想しても、周辺の公衆に著しい放射線災害を与えないこと、

③ なお、仮想事故の場合には、集団線量に対する影響が小さいこと、

また、立地条件の適否を判断する際には、少なくとも次の三条件が満たされていることが確認されなければならないとされている。

① 原子炉の周囲は、原子炉からある距離の範囲内は非居住区域であること。ここにいう「ある距離の範囲」としては、重大事故の場合、もし、その距離だけ離れた地点に人が居続けるならば、その人に放射線障害を与えるかもしれないと判断される距離までの範囲をとるものとし、「非居住区域」とは、公衆が原則として居住しない区域をいうものとする。「判断のめやす」によれば、この「ある距離の範囲」を判断するめやすとして、甲状腺(小児)に対して一五〇レム、全身に対して二五レムを用いるものとされている。

② 原子炉からある距離の範囲内であって、非居住区域の外側の地帯は低人口地帯であること。ここにいう「ある距離の範囲」としては、仮想事故の場合、何らかの措置を講じなければ、その範囲内にいる公衆に著しい放射線災害を与えるかもしれないと判断される範囲をとるものとし、「低人口地帯」とは、著しい放射線災害を与えないために、適切な措置を講じ得る環境にある地帯をいうものとする。「判断のめやす」によれば、この「ある距離の範囲」を判断するめやすとして、甲状腺(小児)三〇〇レム、全身に対して二五レムとされている。

③ 原子炉敷地は、人口密集地帯からある距離だけ離れていること。ここにいう「ある距離」としては、仮想事故の場合、全身被曝線量の積算値が、国民遺伝線量の見地から十分に受け入れられる程度に小さい値になるような距離をとるものとする。「判断のめやす」によれば、この「ある距離だけ離れていること」を判断するためのめやすとして、外国の例(例えば二〇〇万人レム)を参考とすることとされている。

(二) 原子力安全委員会の本件答申

乙一七号証及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

原子力安全委員会は、右立地指針及び「判断のめやす」に基づき、本件原子力発電所の周辺公衆との隔離に関する立地評価を行ったが、その内容は次のとおりである。

被告は、安全評価審査指針に基づき選定された二事象についての重大事故及び仮想事故の解析と評価を行っているが、そのうち、まず、解析に関しては、安全評価審査指針に従って解析に使用されるモデル及びパラメータの選定、計算方法等を検討した結果、妥当なものであると判断できるとしている。

次に、重大事故時の解析結果によれば、冷却材喪失事故の場合、ヨウ素約二四キュリー、希ガス約六一〇〇キュリーの放出量に対し、敷地等境界外での最大の被曝線量は、小児甲状腺被曝線量約0.073レム、ガンマ線全身被曝線量約0.0019レムである。また、主蒸気管破断事故の場合、ヨウ素約9.4キュリー、希ガス及びハロゲン約四四〇キュリーの放出量に対し、敷地等境界外での最大被曝線量は、小児甲状腺被曝線量約2.7レム、ガンマ線全身被曝線量約0.0019キュリーである。

また、仮想事故時の解析結果によれば、冷却材喪失事故の場合、ヨウ素約一二〇〇キュリー、希ガス約三〇万キュリーの放出量に対し、敷地等境界外での最大被曝線量は、成人甲状腺被曝線量約0.91レム、ガンマ線全身被曝線量約0.094レムである。また、主蒸気管破断事故の場合、ヨウ素二〇キュリー、希ガス及びハロゲン約八四〇キュリーの放出量に対し、敷地等境界外での最大被曝線量は、成人甲状腺被曝線量約1.4レム、ガンマ線全身被曝線量約0.0032レムである。そして、仮想事故時の全身被曝線量の積算値は、冷却材喪失事故において最大となり、一九八五年(昭和六〇年)の人口に対して約8.8万人レム、二〇三五年(平成三七年)の推定人口に対して約一一万人レムである。

右のとおり、甲状腺及び全身被曝線量並びに全身被曝の積算値は、いずれも、立地審査指針に示されるめやす線量を下回っていることから、本件原子力発電所の原子炉施設の立地条件は、立地審査指針の要求を満足しており、周辺公衆との隔離は十分に確保されるものと判断できる。

2 その他

乙一七号証によれば、原子力安全委員会は、本件答申において、本件原子力発電所敷地周辺の社会環境について、①人口分布、敷地周辺の産業活動、交通等について妥当な調査が行われており、その内容からみて、特に問題となるものではない、②敷地内の西側を県道が通っているが、原子炉施設への影響を及ぼすことはない、③発電所上空には「NIIGATA DEPARTURE」と呼ばれる航空路等があるが、航空機が原子力関係施設の上空を飛行することは原則として制限されていることからして、航空機の墜落による原子炉施設への影響については、確率的にみて考慮する必要はないとの判断を示している。

3 小括

前記の被告の解析結果によれば、重大事故時の敷地等境界外での最大被曝線量は、小児甲状腺被曝線量につき、主蒸気管破断事故時の約2.7レム、ガンマ線全身被曝線量につき、冷却材喪失事故時及び主蒸気管破断事故時の0.0019レムであって、「判断のめやす」のめやす線量を十分に下回っており、立地審査指針の要求を満たしている。また、本件答申においても、被告の解析手法は妥当であり、周辺公衆との隔離が十分に確保されるものと判断されている。これらのことに照らすと、本原子炉は周辺公衆との隔離は不十分であるとは認め難い。

また、その他の社会環境についても、本件原子力発電所の事故被害が増大する危険性を認めるに足る証拠はない。

原告らは、本件原子力発電所は、住民の居住地区から余り離れておらず、大量の放射能放出事故が発生した場合には、風向きによっては、近隣諸県のみならず、日本列島内陸部の広範な地域の人々に影響があること、付近に小松空港があるため、航空機が本件原子力発電所に墜落する可能性があること等をあげ、本件原子力発電所は立地環境の点から、事故被害が大きくなる危険性があると主張する。

しかし、原告ら主張のような大量の放射能放出事故が生じる具体的危険性があると認められないことは後述のとおりであり、航空機墜落による危険性についても、その可能性を完全に否定することはできないものの、航空機が原子力関係施設の上空を飛行することが制限されていることも考慮に入れた上での確率を考えると、本件原子力発電所に航空機が墜落する具体的な危険性があるとまでは認められない。

その他、本件原子力発電所周辺の社会環境についての前記認定を左右するに足る証拠はない。

第四  異常発生防止対策

被告の主張する異常発生防止対策は、原子力の安定した運転の維持、燃料被覆管の健全性の確保、原子炉冷却材圧力バウンダリの健全性の確保に大別される。

一  原子炉の安定した運転の確保

1 基本設計

乙一号証、証人水落正志の証言、平成四年一〇月八日実施の検証の結果及び弁論の全趣旨によれば、本件原子炉においては、原子炉の安定した運転の維持の確保を図るため、固有の安全性を持たせた設計としているほか、基本設計において、原子炉制御系を設け、中央制御室の操作設備に配慮し、事故時にも中央制御室において必要な運転操作を継続できるように設計していることが認められる。

これらの概要は、次のとおりである。

(一) 本件原子炉自体の固有安全性

本件原子炉には、それ自体に、核分裂反応が増加した場合にこれを減じようとする次のような性質(固有の安全性あるいは自己制御性)が備わっている。

(1) ドップラー効果

原子炉では、燃料温度や、中性子共鳴呼吸をおこす物質の温度が変化すると、核分裂反応と他の呼吸反応の割合が変化し、原子炉の反応度が変わるドップラー効果があるが、本件原子力発電所において核燃料として使用するウランは、数パーセントのウラン二三五以外の大部分は核分裂しないウラン二三八であって、燃料中のこのウラン二三八の中性子捕獲反応はドップラー効果が高く、燃料の温度が上がると、中性子がウラン二三八に捕獲される量が多くなり、その分ウラン二三五に吸収される中性子の数が少なくなるので、核分裂反応の割合が低下する。したがって、出力が急激に増加すると燃料温度が上昇するが、このときには、温度上昇に伴うドップラー効果により、負の反応度が投入され、出力増加をすぐに抑えることとなる。

(2) ボイド効果

軽水炉においては、発生直後の高速の中性子を水を構成する水素原子の核に衝突させて速度を落とし、遅い中性子(熱中性子)を作り出しているところ、核分裂反応の増加によって燃料の温度が上昇すると、減速材である軽水中のボイド(蒸気泡)が多くなり、減速材である水の密度が減少するため、中性子が減速されにくくなり、核分裂反応が減少する効果(ボイド効果)が生じる。なお、冷却材である軽水の温度が上昇した場合には、冷却材の有する減速効果が低下するため中性子が減速されにくくなり、その結果核分裂反応が抑制されるという効果と、冷却材の有する中性子吸収効果が低下するため、冷却材による吸収を逃れて核分裂反応に寄与する中性子の数が増加し、その結果、核分裂反応が促進されるという効果の二つの効果があるが、軽水の場合、前者の効果が後者の効果を上回るため、核分裂反応が抑制されることになる。

本件原子力発電所では、ボイド量の増加に伴い反応度が低下するから、冷却材中のボイドの量の増減に伴い原子炉に生じる反応度の変化割合を定量的に表したボイド係数は負であり、その点で、本件原子力発電所は自己制御性を有するものということができる。

(3) 本件原子炉の反応度出力係数

本件原子炉は、反応度出力係数(ドップラー効果、ボイド効果等、炉心熱出力の変化に伴う反応度変化を総合したものであり、原子炉出力の増減に伴い原子炉に生じる反応度の変化を定量的に表したもの)は常に負となるように設計されている。したがって、本件原子炉においては、負の反応度フィードバック特性(反応度フィードバック特性とは、原子炉出力が上昇(又は下降)した場合、そのことだけを原因として炉心に自動的に正又は負の反応度が生じ、その結果、出力を上昇又は下降させようとする原子炉の特性)が働き、常に核分裂反応が自動的に抑制されることになる。

(二) 原子炉制御系

本件原子炉の基本設計においては、本件原子炉の運転を安定して維持するために、原子炉出力を制御する原子炉出力制御系、原子炉圧力を制御する原子炉圧力制御系及び原子炉水位を制御する原子炉水位制御系から構成される原子炉制御系を設けている。

(1) 原子炉出力制御系

A 概略

原子炉出力制御系は、反応度制御系及びタービン制御系からなり、さらに反応度制御系は制御棒、制御棒駆動系及び再循環流量制御系から構成される。

原子炉の出力制御は、制御棒位置の調整及び再循環流量の調整のいずれかによる反応度制御により行う。

再循環流量の調整による出力制御は、流量に対して出力がほぼ比例して変わる特性を利用するものであり、その調整は、再循環ポンプ駆動電動機の電源周波数を変化させることにより再循環ポンプ速度を変化させて行う。流量調整による出力制御は、実用上一定流量の範囲内に抑えられるが、その範囲内では、原子炉の出力制御は、流量調整で行うことが原則であり、制御棒位置の調整は、主として長時間の燃焼に伴う反応度補償並びに出力分布の調整のために行う。

原子炉出力を変えている間は、タービン制御系の圧力制御装置が、原子炉圧力を一定に保持するようにタービン蒸気加減弁を調整するので、原子炉蒸気発生量の変化分に相当するだけタービン発電機の出力が自動的に変化する。

B 反応度制御系

反応度制御系における制御棒及び制御棒駆動系は、出力制御及び出力分布の調整機能を持つ。出力制御は制御棒位置の変更により、また、出力分布の調整は制御棒位置のパターンを適切に調整することにより行う。

制御棒位置は、中央制御室から手動で遠隔調整するが、操作すべき制御棒は選択スイッチで選択する。この場合、制御棒は同時に一本しか動かせないようなインターロック(運転員が操作を誤ったとしても、機器、装置が間違った方向に働かないように鍵が掛かる仕組み)を設ける。

制御棒位置の手動調整は、操作スイッチで駆動水圧系統の弁類を操作することによって行う。通常の操作過程では、操作スイッチの一回の操作ごとに制御棒は一ノッチずつ動くようにする。また、もう一つの操作スイッチを「オーバーライド」の位置に保ち、操作スイッチを操作することにより、連続的に制御棒を動かすことも可能である。

次に、再循環流量の調整による出力制御の原理は、以下のとおりである。

すなわち、炉心流量を増加すると、原子炉出力が増加し、炉心内のボイドを炉心外にスイープする速度が増す。一方、ボイド発生率は変化しないため、炉心内ボイド率は低下し、正の反応度が加えられる。これにより出力が増加し、ボイド発生量が増加し、過渡的に加わった過剰反応が打ち消されるところで平衡に達する。また、出力を減少させるには、逆に炉心流量を減少させる。流量減少により増加した炉心内ボイド率は出力を減少させ、新しい流量に対応した出力に落ち着く。この間、制御棒操作は不要である。

再循環流量制御は、静止形冷却再循環ポンプ電源装置により再循環ポンプ駆動電動機の電源周波数を調整することによって行う。

再循環流量制御方式による原子炉系の安定度についての解析結果によると、再循環流量制御方式による原子炉出力制御によって、一〇〇パーセント再循環流量に対する出力の一〇〇パーセントから六五パーセントまでの範囲での運転が可能で、この範囲内では、静止形冷却材再循環ポンプ電源装置により最大三〇パーセント/分程度の出力変化が可能である。

タービン・トリップ又は発電機負荷遮断時には、再循環ポンプ二台を同時にトリップする機能を設ける。本機能により、タービン・トリップ又は発電機負荷遮断時には、タービン主蒸気止め弁の閉鎖又はタービン蒸気加減弁の急速閉鎖の信号により、再循環ポンプ二台を同時にトリップし、タービン・トリップ又は発電機負荷遮断直後の原子炉出力を抑制する。また、発電機負荷遮断後の所内単独運転移行時にはトリップした再循環ポンプを速やかに再起動させる。

なお、この機能の構成は多重性、独立性を有し、安全保護系と同程度の信頼性を有するものとされる。

C タービン制御系

タービンの制御は、電気油圧制御装置(EHC・Electric Hydraulic Con-trol system)で行う。通常運転時は圧力制御装置がタービン蒸気加減弁の開度を調整してタービン入口圧力を一定に保つが、発電機の負荷遮断時のように、タービン速度が急上昇する場合には、速度制御装置が圧力制御装置に優先してタービン蒸気加減弁を絞る。

(2) 原子炉圧力制御系

出力運転中、原子炉圧力を常に一定に保持すべく自動制御するために、次のとおり、タービン制御系に圧力制御装置を設け、この装置により、タービン蒸気加減弁及びタービン・バイパス弁を開閉し、タービン入口蒸気圧力を制御する。

A タービン・バイパス制御系

タービンを通さず、直接復水器へ蒸気をバイパスする設備であり、定格蒸気流量の約一〇〇パーセントの容量を持っており、通常の起動及び停止操作中の蒸気の処理並びに発電機負荷の急激な減少又は喪失が生じた場合の蒸気の処理を行うことができる。

B 圧力制御装置

この圧力制御装置は、速度及び負荷制御と組み合わせて原子炉圧力を一定とするように制御する。圧力制御装置はタービン主蒸気止め弁の上流側の主蒸気圧力と、あらかじめ設定した圧力設定値とを比較し、圧力偏差信号を発生する。この圧力偏差信号は、タービン蒸気加減弁及びタービン・バイパス弁の開度を制御する。

圧力制御装置は多重性を有しており、万一、一系統の機能の喪失があっても圧力制御系の機能が喪失することはない。

なお、圧力偏差信号の最大は、通常主蒸気流量が定格の一一五パーセントを超えないようにタービン制御系の最大流量制限器により制限する。

(3) 原子炉水位制御系

出力運転中、原子炉水位を常に一定に保持すべく自動制御するために、電動機駆動原子炉給水ポンプの吐出側に設けられた給水制御弁の開度調整により、給水流量を自動的に調整し、あらかじめ定めた水位を保つように制御する原子炉水位制御系を設けている。

2 中央制御室の操作設備

本件原子力発電所においては、原子炉出力、原子炉圧力及び原子炉水位を集中的に監視、制御できるように、原子炉制御系の計測装置及び制御装置をいずれも中央制御室の制御盤(主に主制御盤中の主盤)に配置している。

主制御盤には、おおよそ、上段に各系統及び臓器の異挙を表示する警報窓を、中段に各系統及び機器の状態を示す計器類及びカラーディスプレイ装置を、下段に操作用のスイッチやボタン、あるいは各系統及び臓器の状態を表示するランプを、それぞれ設けている。そして、運転員が発電所の状況を容易に把握することができるよう、警報窓は、重要度に応じて、赤色(特別色)、赤色、橙色及び白色の四種類に色分けし、また、カラーディスプレイ装置、通常運転時の状態や事故時の状況等を集約的に表示するようになっている。なお、主制御盤で運転や操作を行う設備のうち、原子炉の起動時及び停止時における制御棒の操作のように、時間的に十分な余裕があるものについては、主として手動によって操作するように、また、事故時におけるECCSの自動起動のように、短時間のうちに操作が必要なものについては、自動で起動するように、それぞれ設計している。また、中央制御室には、発電所の運転の監視及び制御を補助するため、コンピュータによるデータ記録装置を設置しており、これらにより、発電所の各系統及び各機器の状況に関する多数のデータが自動的に収集、計算、記録することができる。

3 中央制御室の換気空調系等

中央制御室の換気系統は、事故時に従事者等を内部被曝から防護し、必要な運転操作を継続することができるように、他の換気系とは独立させ、外気との連絡口を遮断し、必要に応じて外気を取り入れることができるように設計されている。

また、中央制御室外で有毒ガスが発生した場合には、中央制御室換気空調系の外気との連絡口を手動で遮断し、閉回路循環運転に切り換えることにより、運転員等を防護することができる設計としている。

さらに、中央制御室には、事故時に中央制御室内にとどまり、必要な操作・措置を行う運転員が過度な被曝を受けないように遮蔽を設け、中央制御室で原子炉の操作が困難な場合に備えて、中央制御室から十分離れた場所に、原子炉をスクラム後の高温状態から低温状態に安全かつ容易に導くことのできる中央制御室外原子炉停止装置を設けている。

そのほか、火災に対しては、火災報知設備が設けられている。

4 原子力安全委員会の本件答申

安全設計審査指針によれば、制御室は、事故時にも、従事者が制御室に接近し、又はとどまり、事故対策操作が可能であるように、不燃設計、遮蔽設計及び換気設計がされ、かつ、事故によって放出することがあり得る有毒ガスに対し、適切な防護がなされた設計であること(指針一九)、原子炉は、制御室外の適切な場所から、停止することができるように、原子炉施設を安全な状態に維持するために必要な計測制御機能を含め、原子炉の急速な高温停止ができ、かつ、適切な手順を用いて原子炉を引き続き低温停止ができる機能を有する設計であること(指針二〇)が要求されている。

そして、乙一七号証によれば、本件答申において、原子力安全委員会は、本件原子力発電所の基本設計は、右の各要求を満たすことを確認し、また、中央制御室の制御盤については、通常運転時、運転時の異常な過渡変化時及び事故時における運転員の配置、役割り等を考慮して、運転操作が円滑に遂行でき、誤操作、誤判断を防止できるよう、パラメータの表示、警報盤、制御盤等の配置には、人間工学的観点に立った設計がなされていることを確認したと答申していることが認められる。

5 小括

以上のとおり、本件原子炉自体が有する固有安全性、本件原子炉の原子炉制御系、中央制御室の操作設備及び換気空調系は、その内容及び本件答申の内容に照らすと、いずれも本件原子炉を安定して運転するための機能を果たしているものと認められる。

二  燃料被覆管の健全性の確保

1 基本設計

甲一号証、同四号証、乙一号証、同一七号証、証人水落正志の証言、平成四年一〇月八日実施の検証の結果及び弁論の全趣旨によれば、核燃料物質を保護し、核分裂により生じた熱を冷却材に伝えるとともに、核分裂により生じた放射性物質の外部への放出を防ぐ役割を果たしている燃料被覆管の健全性を確保するために、本件原子力発電所の基本設計においては、①沸騰遷移による燃料被覆管の焼損の防止、②燃料ペレットの膨張による燃料被覆管の機械的な損傷の防止、③燃料ペレットから浸出した気体状の核分裂生成物による内圧や冷却材による外圧等による燃料被覆管の損傷の防止、④冷却材中の不純物等に起因する化学的腐食による燃料被覆管の損傷の防止の各点から、次のような防止策がとられていることが認められる。

(一) 沸騰遷移による燃料被覆管の焼損の防止策

燃料棒における熱出力が冷却材による冷却能力を上回るようになると、燃料被覆管を通しての熱除去が不足し、燃料被覆管の表面が蒸気で覆われた状態になり(沸騰遷移)、燃料被覆管が焼損する可能性が生じるので、この沸騰遷移が生じないような設計が要求される。

ところで、原子炉安全専門審査会昭和五一年二月一六日付け「沸騰水型原子炉の炉心熱設計手法及び熱的運転制限値決定手法について」(以下「熱設計手法等に関する内規」という。)によれば、CE社は、沸騰遷移を判断する手法として、従来、限界熱流束比(CHFR・Critical Hert Flue Ratio)、すなわち燃料集合体のある点において沸騰遷移を生じさせる熱流束と実際の熱流束との比を、熱的余裕を示す指標としてきたところ、右方式に代わる新しい判断手法としてGEXL相関式及びGETABの考え方を提唱し、この新しい判断手法は、我が国の原子炉安全専門委員会において採用されることとなった。そして、原子炉安全専門審査会昭和五二年二月二三日付け「沸騰水型原子炉の炉心熱設計手法及び熱的運転制限値決定手法の適用について(以下「熱設計手法等適用に関する内規」という。)によれば、原子炉安全専門審査会は、既に設置が許可されているGE型沸騰水型原子炉一三基の炉心熱設計とこれに基づく熱的運転制限値の決定に際して、GETABの考え方が適切に適用されているかの判断に資するため包括的検討を行い、その中で最小限界出力比(MCPR・Minimum Crit-ical Power Ratio)の解析を行い、その結果、本件原子炉BWR―五型のMCPRの限界値は、1.0ないし1.07であるとされた。

被告は、本件原子力発電所の原子炉設置許可申請において、右GETABの考え方、熱設計手法等に関する内規及び熱設計手法等適用に関する内規に基づき、本件原子炉のMCPR限界値を1.07とし、最も大きい△CPRは、給水加熱喪失時の0.13であるとして、両者を足したMCPR値1.20を設計限界値として設計し、この値を炉心の運転上の制限値としている。

(二) 燃料ペレットの膨張による燃料被覆管の損傷の防止策

燃料ペレットと燃料被覆管の内面との間には間隙(ギャップ)を設けられているが、出力の上昇に伴って燃料ペレットの膨張によって間隙が失われ、更に出力が上昇すると、膨張した燃料ペレットによって燃料被覆管が押し拡げられて、燃料被覆管に歪みが生じ、この歪みが過大になると燃料被覆管が機械的に損傷される可能性が生じる。

原子炉安全専門審査会昭和四九年一二月二五日決定の「沸騰水型原子炉に用いられる八行八列型の燃料集合体について」(以下「燃料集合体に関する内規」という。)によれば、原子力安全専門審査会は、燃料ペレットの膨張に対する燃料被覆管の損傷限界を、燃料ペレットと被覆管の変形差によりジルカロイ―2製の被覆管に全周伸び平均として一パーセントの周方向塑性歪が生じたときとしているが、本件原子力発電所においては、最大線出力密度四四キロワット/メートルを設計限界値かつ運転上の制限値とし、通常運転時における最大線出力密度が右以下であれば運転時の異常な過渡変化が起きても、ジルカロイ被覆管の一パーセントの円周方向平均塑性歪には至らないように設計されている。

(三) 内圧、外圧による燃料被覆管の損傷の防止策

燃料被覆管には、その内側からは燃料ペレットから浸出した気体状の核分裂生成物等による圧力(内圧)が加わると同時に、その外側からは冷却材による圧力(外圧)が加わるので、右各圧力による損傷が生じないものでなければならない。

燃料集合体に関する内規によれば、異常な寸法形状変化を生じさせないため、燃料棒はスペーサー(燃料棒間の間隙を保つ役割を果たすもの)によって適当な間隔寸法を保ち、スペーサーの接触圧は燃料棒の軸方向の伸縮を拘束しない程度の強さに止めること、燃料棒の軸方向の伸びは上部タイプレートを通して自由に逃げられるようにすること等に配慮すべきこととされているが、被告は、本件原子力発電所の設計においては、燃料被覆管としてジルカロイ(ジルコニウム合金)という丈夫な金属管を用い、被覆管はペレットによる内部からの支持がなくても、外圧によってつぶれることのない自立形設計をとり、気体状の核分裂生成物の蓄積等によって内圧が過大とならないように、その上部に空聞(プレナム)を設けることとしている。また、燃料棒の上部端栓は、上部タイ・プレートの孔の中を自由に動き得るようになっており、スペーサーのスプリングの強さを適切に設計すれば、燃料棒はすべて独立して軸方向に自由膨張ができ、温度上昇に伴う燃料被覆管の膨張が抑えられて燃料被覆管に過大な力が加わるということのないように設計されている。

(四) 化学的腐食の防止策

一般に、燃料被覆管には、冷却材に対する耐食性、伝熱性、高温での強度、加工性のほか、炉内中性子の吸収が少ないことが必要であるため、通常ステンレス鋼、マグノックス(マグネシウム合金)、ジルカロイなどが用いられるが、本件原子炉においては、冷却材中の不純物等による化学的腐食に対する健全性を確保するため、前記のとおり、燃料被覆管の材料として耐食性に優れたジルカロイを使用している。また、冷却材中の不純物等を除去し、冷却材の水質を高純度の状態に維持するために、原子炉冷却材浄化系及び復水浄化系を設けている。

2 原子力安全委員会の本件答申

安全設計審査指針によれば、燃料集合体は、原子炉内における使用期間中を通じ、他の炉心構造物との関係を含め、その健全性を失うことなく、炉心の性能を十分に発揮し得る設計であること、燃料棒の内外圧差、燃料及び他の材料の照射、負荷の変化により起こる圧力・温度の変化、化学的効果、静的及び動的荷重、変形又は化学的変化の結果起こり得る熱伝達挙動の変化等を考慮した設計であること、運送及び取扱中に燃料棒の変形等による過度の寸法変化を生じない設計であること(指針一四)が要求されている。

そして、乙一七号証によれば、本件答申において、原子力安全委員会は、燃料被覆管応力解析結果では、二一パーセント過出力状態に対しても、燃料被覆管は十分な強度を有しているとされ、燃料被覆管の最小限界出力比及び機械的破損の点に関して被告の行った解析は、解析手法は安全評価審査指針に従って検討した結果妥当であり、解析結果も、最小限界出力比(MCPR)が最も厳しい「給水加熱喪失」の場合でも、許容限界値1.07以上であり、また、燃料棒線出力密度は、最も厳しい「出力運転中の制御棒引き抜き」時においても、約五三キロワット/メートルであって、燃料被覆管の一パーセント塑性歪に対応する燃料棒線出力密度を下回っているとされている。

3 LOCAと燃料被覆管の損傷に関する被告の解析について

(一) 被告の解析と解析コード

甲四八号証、乙一七号証及び証人久米三四郎の証言並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

被告は、本件原子力発電所の原子炉設置許可申請に当たり、燃料被覆管が破裂しないための温度制限に関し、再循環配管完全破断事故(破断面積約二四〇〇平方センチメートル)時における燃料被覆管の温度の解析(ただし、高圧炉心スプレイ系、低圧注水系ポンプ二台作動を前提とする。)及び燃料棒に破裂が発生する時点の燃料被覆管温度と燃料被覆管応力の関係についての解析を行った。

右各解析の結果によれば、燃料被覆管の最高温度は約六〇〇度であり、この温度であれば、応力がいかに高くとも燃料被覆管が破裂しないとの結果を得た。右解析に被告が用いたコードは、SAFERというコードである。

(二) 原告らの主張

原告らは、右の解析には、次のとおりの問題があると指摘する。

すなわち、①ROSA―Ⅲの実験では、炉心は解析コードの結果よりも冷えた結果が出たが、模擬実験は実際の原子炉を使った実験ではない以上、実際の原子炉には、右模擬実験により得られた解析コードを使用できない、②本件原子力発電所の原子炉設置許可申請の五年前に設置許可された島根原子力発電所においては、SAFEという解析コードが使用されており、右解析コードによれば、再循環系配管完全破断時における燃料被覆管の最高温度は八六三度とされており(本件原子炉において燃料被覆管温度が八六三度に達すれば破裂の危険性がある。)、SAFERがSAFEよりも信頼性が高いということはできない、③解析コードで想定している要因を超える要因が働いた場合、解析コードによる結果は無意味となる、というものである。

(三) 検討

甲六九号証、同七〇号証、乙二五号証及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

LOCA及びECCSの解析に関しては、従前は、ECCS性能評価基準が定める仮定や条件を積み上げて作られた安全評価コードしかなかったが、これでは、保守性を定量的に評価することができず、また、評価されたLOCA時の炉内熱水力挙動も実現象とは異なるところから、現実的な現象解析コードの開発と検証のための実験データの蓄積がされることとなった。

ROSA―Ⅲ実験は、現実的な現象解析コードの開発と検証のための実験データを得るために、日本原子力研究所において昭和五三年から五年間にわたって一一八回行われたLOCA及びECCSに関する実験であり、模擬炉の各部の体積は、実際の沸騰水型原子炉の四二四分の一である。この実験により、燃料被覆管の最高温度は当時の安全基準温度と比較し大きな安全余裕があることが明らかになったほか、二〇〇パーセント破断より小さい破断の方が燃料被覆管温度が高くなったり、給水系配管内の水がブラッシングして減圧速度を低下させ、低圧注水系の作動が遅れるなどの予期していなかった事象も明らかになった。

一方、SAFERはSAFE―REFLOODコードを母体とし、最新の知見を反映してモデルの改良をして作成された安全評価モードである。そして、ROSA―Ⅲの実験によりSAFERの検証を行ったところ、SAFERは再循環系配管破断時の燃料被覆管温度を実験結果よりも高めに見積もっており、保守性があることが明らかとなった。

また、SAFERは、電力共通研究により昭和五五年から四年間、四九回にわたり行われたTBL(Two-Bun-dle-Loop)実験によっても、保守性が確認された。

右の各事実によれば、安全評価コードSAFERは、最新の知見を前提とし、しかも現実の実験によりその保守性が確認された解析コードであると考えられる。

甲六九号証中には、TRAC、RELAP5のようなコードは、二相流の流動様式、二相間の界面抵抗係数等の構成式を物理的に与える構成式が与えられておらず、検証範囲を超えて類推することはできない旨の記載があるが、右は、最適予想コードすなわち現象解析コードについて述べたものであり、安全評価コードとしてのSAFERの信頼性に直接の疑問を呈するものとは解されない。また、島根原子力発電所原子炉設置変更許可申請書(二号機増設)によれば、同原子力発電所二号機増設に当たっては、燃料被覆管の最高温度が八六三度とされているものの、右申請書は、昭和五六年八月付けのものであり、被告が、昭和六二年一月二六日付で設置許可申請を行った本件原子炉について、より新しく現実的なSAFERコードによって解析したことの合理性を疑わせるものとは解されない。

また、証人久米三四郎は、本件原子力発電所の原子炉設置許可申請時に被告が行った燃料棒に破裂が発生する時点での燃料被覆管温度と燃料被覆管応力の関係に関する解析には、新燃料又は照射量の十分でない燃料のデータしか用いておらず、照射の進んだ時点において燃料被覆管が破裂しないことは確認できない旨の証言をする。

しかし、甲四八号証によっても、未照射燃料と照射燃料とに明らかな差があるとは認め難く、乙二八号証によれば、東京電力福島第一原子力発電所三号機で使用した燃料を用い、燃料集合体の信頼性実証試験を行ったところ、内圧破裂試験における拘束中性子照射量に対する周耐力及び内圧強さは、照射とともにやや増加し、やがて飽和する傾向にあることが認められるから、これらによれば、照射量の多少により被覆管の強度に有意な差は認められないというべきである。

これらによれば、被告が、SAFEコードを用いず、SAFERコードを使用して前記の解析を行ったことが不合理であるとは認め難い。

4 小括

以上のとおり、被告主張の各対策は、その内容、本件答申の内容及び前記の検討結果に照らすと、本件原子炉の燃料被覆管の健全性の確保のための機能を果たしているものと認められる。

三  原子炉冷却材圧力バウンダリの健全性の確保

1 基本設計等

乙一号証、同一七号証、証人水落正志の証言、平成四年一〇月八日実施の検証の結果及び弁論の全趣旨によれば、異常が発生した場合に、放射性物質を中に閉じ込める機能を有している原子炉冷却材圧力バウンダリの健全性を確保するために、本件原子力発電所の基本設計及び運転管理等において、①過大な圧力による機械的損傷の防止、②原子炉圧力容器については、中性子照射に起因する脆化による損傷の防止、③冷却材中の不純物等に起因する化学的腐食による損傷の防止、④応力腐食割れによる損傷の防止の各点から、次のような防止策がとられていることが認められる。

(一) 圧力による損傷の防止

原子炉冷却材圧力バウンダリが圧力による損傷を受けないようにするためには、原子炉圧力容器をはじめとする原子炉冷却材圧力バウンダリ内の圧力を過大にしないこと及び予想される圧力に対して十分余裕のある強度を持たせることがそれぞれ必要である。

この点につき、本件原子炉においては、原子炉冷却材圧力バウンダリ内の圧力がほぼ一定に保たれ、過大とならないように、原子炉圧力制御系が設けられている。

また、原子炉冷却材圧力バウンダリの強度は、運転中の原子炉圧力容器の最高使用圧力が70.7キログラム/平方センチメートルであるのに対し、右よりも十分高い圧力である87.9キログラム/平方センチメートルに対しても耐え得るように設計されている。ちなみに、原子炉冷却材圧力バウンダリに加わる圧力についての解析結果によれば、この圧力が最大になるのは、制御棒落下事故の場合であり、その圧力は約八四キログラム/平方センチメートルであるが、その場合でも、限界圧力を下回っている。

本件答申においては、被告の解析手法を妥当なものとしたうえで、運転時の異常な過渡変化において、原子炉冷却材圧力バウンダリに加わる圧力については、原子炉圧力の上昇が最も大きい「負荷喪失」の場合でも、約83.2キログラム/平方センチメートルであり、最高使用圧力の1.1倍以下になるので、原子炉冷却材圧力バウンダリの健全性は保持されること、事故時において、原子炉冷却材圧力バウンダリに加わる圧力については、原子炉圧力の上昇が最も大きい制御棒落下事故の場合でも約八四キログラム/平方センチメートルであり、最高使用圧力の1.2倍以下になるので原子炉冷却材圧力バウンダリの健全性は保持されることが確認されている。

(二) 中性子照射に起因する脆化の防止

金属材料は、高温では延性が大きいため割れずに塑性変形を生じやすいが、温度を下げるに従って脆性が増して割れやすくなり、ある温度以下になると、この脆さが急激に増大するが、この温度(脆性遷移温度)は、中性子照射によって上昇し、かなり高温まで脆い性質を持つようになる。したがって、原子炉圧力容器の健全性を確保するためには、材料として、延性が高く、かつ中性子照射による脆性遷移温度の上昇の程度が小さいものを使用し、また、運転開始後は原子炉圧力容器の温度をその脆性遷移温度よりも十分高く維持するとともに、原子炉圧力容器における脆性遷移温度の変化を監視することが必要である。

本件原子力発電所においては、圧力容器、母材には、高い延性を有する圧力容器用調質マンガン・モリブデン鋼及びマンガン・モリブデン・ニッケル鋼鋼板二種、圧力容器用調質型合金鋼鍛鋼品を使用し、また、内張には、ステンレス鋼及び高ニッケル合金を使用することとしている。

また、原子炉圧力容器の温度を脆性遷移温度よりも十分高く維持するように運転を行うとともに、中性子照射による影響を最も受けやすい原子炉圧力容器内壁に原子炉圧力容器と同一の材料から採取した試験片を挿入し、この試験片を検査することによって原子炉圧力容器の材料の脆性遷移温度の変化を把握できる設計としている。

(三) 化学的腐食の防止

原子炉冷却材圧力バウンダリは、その内面で冷却材と接しているので、冷却材中の不純物等による化学的腐食に対しても、その健全性を確保する必要があるが、被告は、本件原子炉においては、原子炉圧力容器の内面の冷却材と接する範囲の内張りの材料及び冷却材再循環系の配管等の材料として、いずれも耐食性の優れたステンレス鋼を使用し、また、原子炉冷却材浄化系及び復水浄化系で、腐食の要因となる冷却材中の塩素等の不純物を除去するとともに、復水器で溶存酸素を脱気するなどの水質管理を行う設計としている。

(四) 応力腐食割れの防止

原子炉冷却材圧力バウンダリのステンレス鋼の配管近傍部において、①ステンレス鋼に耐食性を持たせているクロムが、溶接時の加熱によってステンレス鋼に含まれている炭素と結合し、クロム炭化物として析出することにより、溶接部付近に部分的なクロム欠乏部が生じて耐食性が低下(鋭敏化)していること、②原子炉の運転に伴い発生する内圧等による引張応力に、溶接時の過大な入熱による残留応力が加わって、材料に過度の引張応力が存在していること、③冷却材中の溶存酸素濃度が高いなど冷却材が腐食環境にあることの三つの条件が重なった場合には、応力腐食割れが発生するおそれが生じる。そこで、これを防止するため、材料の選択、溶接管理、冷却材中の溶存酸素濃度の管理等を適切に行う必要がある。

この点について、本件原子力発電所においては、ステンレス鋼管には炭素含有量の低い低炭素ステンレス鋼を使用し、また、溶接時に入熱量を減らすなどの適切な溶接方法ないしは溶接管理を行うことによって、ステンレス鋼の鋭敏化や残留応力の低減を図り、さらに、原子炉の起動時には冷却材中の溶存酸素濃度が高いため、冷却材中の溶存酸素濃度を低減するような運転管理等を行うこととしている。

2 原子力安全委員会の本件答申

安全設計審査指針においては、冷却材圧力バウンダリについて、異常な冷却材の漏洩、又は破損の発生する可能性が極めて小さくなるように考慮された設計であること(指針三四)、原子炉、冷却系及びその関連補助系、計測制御系並びに安全保護系は、通常運転時、運転時の異常な過渡変化時及び事故時において、原子炉冷却材圧力バウンダリの健全性を確保できる設計であること(指針三五)、原子炉冷却材圧力バウンダリは、冷却材の漏洩があった場合、その漏洩を速やかに、かつ、確実に検出できる設計であること(指針三六)、原子炉冷却材圧力バウンダリは、通常運転時、運転時の異常な過渡変化時、保修時、試験時及び事故時において、脆性的挙動を示さず、かつ、急速な伝播的破断を生じない設計であること(指針三七)が要求されている。

また、安全評価審査指針によれば、運転時の異常な過渡変化において、原子炉冷却材圧力バウンダリにかかる圧力は最高使用圧力の1.1倍以下であること及び事故時において、原子炉冷却材圧力バウンダリにかかる圧力は最高使用圧力の1.2倍以下であることとされている。

そして、乙一七号証によれば、原子力安全委員会は、本件原子力発電所の基本設計は、これらの要求を満たしているものと判断した旨の答申をしている。

3 小括

以上のとおり、被告主張の各対策は、その内容及び本件答申の内容に照らすと、本件原子炉の原子炉冷却材圧力バウンダリの健全性の確保のための機能を果たしているものと認められる。

第五  異常拡大防止対策

被告の主張する異常拡大防止対策は、異常が発生した場合にこれを検知する計測制御装置の設置と異常の拡大をできる限り防止するために原子炉の緊急停止を行う安全保護設備とに大別される。

一  異常発生の検知

1 基本設計

乙一号証、証人水落正志の証言、平成四年一〇月八日実施の検証の結果及び弁論の全趣旨によれば、本件原子力発電所においては、原子炉の運転中に何らかの異常が発生した場合に、異常の発生を検知する計測制御装置を設けている。

これらの概要は次のとおりである。

(一) 原子炉出力の監視(原子炉核計装)

(1) 概略

原子炉出力は、通常、核分裂を始める起動状態から全出力までを三種類の中性子計測装置に分けて、互いにオーバーラップさせて計測する。

本件原子力発電所においても、中性子源領域(起動状態)から出力領域(全出力)までを、原子炉の起動中、制御棒の動きに対する検出器感度を最大として中間領域での中性子束の測定を的確にするために炉心内に配置された中性子束検出装置によって測定している。中性子束モニタリングは、中性子源領域、中間領域、出力領域において行うが、その主要設備は、次のとおりである。

(2) 中性子源領域モニタ(SRM・Source Range Monitoring System)

中性子源領域での中性子束モニタリングのために、四チャンネルを設け、通常は、臨界接近中の中性子束増倍及び原子炉周期を測定する。検出器の感度及び配置は、原子炉を安全に起動するために必要な最小計数率(3cps)及び信号対雑音比(三対一以上)が得られるように、炉心内中性子束強度と関連して決められている。そして、選択されたチャンネルについては、計数率を記録する。なお、出力運転中は、中性子源領域モニタによって原子炉はスクラムしない。

(3) 中間領域モニタ(IRM・Inter-mediate Range Monitor)

中間領域の中性子束モニタリングのため、六チャンネルを設け、中間領域モニタは、中間領域での運転員の誤操作、若しくは機器の誤動作による出力増加に対して原子炉スクラム信号を与え、燃料被覆管の損傷が防止できるようになっている。

中間領域モニタの測定範囲は、レンジ切換スイッチにより適当数に分けられ、出力レベルを指示及び記録するが、各レンジごとに、指示計が「指示低」(最低レンジは除く。)、「指示高」又は「動作不能」になれば、警報を出し、各レンジの「指示高」により原子炉をスクラムさせ、過度に速い出力増加率に対する保護機能を与えている。また、「指示低」(最低レンジは除く。)又は「指示高」、「動作不能」の信号により、制御棒引き抜きが阻止される。

(4) 出力領域モニタ(PRM・Power Range Monitoring system)

出力領域モニタとしては、炉心内に設けた八〇(二〇×四)個の検出器を用いる局部出力領域モニタ及び平均出力領域モニタがあり、さらにこれらの校正と炉心軸方向の中性子束分布の測定のために移動式炉心内計装系を設けられている。

A 局部出力領域モニタ(LPRM・Local Power Range Monitoring System)

局部出力領域の検出器集合体は、炉心内二〇箇所に設置され、その各々の集合体には、四個の独立した検出器が軸方向に等間隔に設置され、計二〇×四=八〇チャンネルとされている。このモニタは、炉心の局部出力の連続測定を行い、過剰出力に対して警報を出す。

B 平均出力領域モニタ(APRM・Average Power Range Monitor)

平均出力領域モニタは、あらかじめグループ分けした局部出力領域モニタの各増幅器からの出力信号を平均化する機器で構成し、六チャンネルが設けられている。

平均出力領域モニタは、中間領域モニタと適切なオーバーラップが得られる領域から、原子炉定格出力の一二五パーセントまでの原子炉平均出力を連続して測定し、指示及び記録を行う。また、原子炉平均出力があらかじめ設定した値を超えたときは、制御棒の引き抜きを阻止する。

平均出力領域モニタは、燃料被覆管の損傷を防止するため、平均中性子束が定格出力時における平均中性子束の一二〇パーセントになったとき、又は中性子束の増加の過渡期に、熱流束に相当する平均中性子束が再循環流量に対応して自動的に設定される値になったとき、原子炉スクラム信号を出す。

C 移動式炉心内計装系(TIP・Traversing Incore Probe)

局部出力領域モニタの校正と炉心軸方向の中性子束分布の測定のために、移動式炉心内計装系が設けられている。

(5) 制御棒引抜監視装置(RBM・Rod Block Monitor)

誤操作により制御棒を連続して引き抜いた際に、燃料被覆管損傷が起こることを防止するために制御棒の引き抜きを防止する装置(制御棒引抜監視装置)が設けられている。この監視系は二系統あり、各系統は最大八個の局部出力領域モニタの検出器の出力を平均することができる。

制御棒を引き抜くために制御棒を選択すると、その制御棒に最も近接した四個の検出器集合体、すなわち一六個の局部出力領域モニタの検出器が選択され、このうち八個が監視系の一系統に、残り八個が他の一系統の監視系に接続され、各々八個の出力を平均したものは、制御棒が引き抜かれる前に自動的に平均出力領域モニタの出力と比較校正され、制御の引き抜きが開始された後、この開始系のいずれかの出力があらかじめ設置した値を超えると、それ以上制御棒を引き抜けないよう制御棒引抜阻止信号を出す。また、制御棒引抜監視装置の動作不能の信号により、制御棒引抜阻止信号を出す。

ただし、炉心の外縁にある制御棒が選択された場合又はある定められた出力より低い場合にはこの監視系は自動的にバイパスされる。

(二) その他の重要部分の監視(原子炉プラント・プロセス計装)

(1) 概略

原子炉の適切かつ安全な運転のため、原子炉核計装の他にも、原子炉施設の重要な部分には、すべてプロセス計装が設けられている。原子炉プラント・プロセス計装は、温度、圧力、流量及び水位等を測定及び指示するものであるが、一部を除いて、必要な指示及び記録計器は、すべて中央制御室に設置されている。

原子炉プラント・プロセス計装は、圧力容器計装、再循環系計装、原子炉給水系計装、主蒸気系計装及び制御棒駆動系系統等で構成する。

(2) 圧力容器計装

圧力容器について計測する主要な項目は、原子炉の水位、圧力、圧力容器胴部の温度及びフランジ部シールの漏洩である。

原子炉水位は、連続的に測定し、指示及び記録し、原子炉水位低又は水位高で警報する。原子炉水位低下が更に大きい場合には、原子炉緊急停止系、工学的安全施設及び原子炉隔離時冷却系を作動させるとともに、再循環ポンプをトリップする信号を出す。また、原子炉水位上昇が更に大きい場合には、タービン・トリップを行わせるための信号を出す。

原子炉圧力は連続的に測定し、指示及び記録し、原子炉圧力高で警報する。また原子炉圧力が更に上昇する場合には、原子炉スクラムや逃がし安全弁開放等の保護動作を行わせるための信号を出す。

圧力容器胴部の温度は、上部、中間部、下部について測定し、記録する。

圧力容器上がいフランジ部シールの漏洩は、二個のOリング間のフランジ面に接続されたドレン・ラインによって、内側のOリングからの漏洩は、ドレン・ラインに設けた圧力検出器によってそれぞれ検出し、圧力高で警報する。

(3) 再循環系計装

再循環系では、再循環流量、冷却材温度、再循環ポンプ出入口差圧及び制止形冷却材再循環ポンプ電源装置の出力周波数を連続的に測定し指示又は記録する。

また、炉心流量は、ジェット・ポンプのディフューザの差圧により測定する。

再循環ポンプについては、シール漏洩流量、冷却水流量及び温度を測定し、シール漏洩流量高、冷却水流量低及び温度高で警報を出す。また、軸受振動、軸受温度等を測定し、振動大、温度高等によって警報を出す。

(4) 原子炉給水系及び主蒸気系計装

原子炉給水流量及び主蒸気流量は、連続的に測定し、指示及び記録する。そのほか、タービン第一段圧力等を測定し、指示及び記録する。

(5) 制御棒駆動系計装

制御棒駆動系では、制御棒を駆動水、スクラム・アキュムレータ及びスクラム・ディスチャージ・ボリューム並びに制御棒位置に対して、それぞれプロセス計装を設けている。

制御棒駆動系では、制御駆動水ポンプ入口圧力、フィルタの圧力降下、原子炉圧力と制御棒駆動水圧との差圧、制御棒駆動水のヘッダ部での流量、制御棒駆動機構の温度(位置指示用計器ウェル内)、スクラム・アキュムレータ窒素圧力、スクラム・アキュムレータの漏洩水量及びスクラム・ディスチャージ・ボリューム水位等を計測する。

制御水ポンプ入口圧力低、フィルタの圧力降下大、スクラム・アキュムレータの窒素圧力低、スクラム・アキュムレータ漏洩水量大及びスクラム・ディスチャージ・ボリュームの水位高で警報する。スクラム・ディスチャージ・ボリュームの水位が更に高くなれば、制御棒引抜阻止及び原子炉スクラムのための信号を出す。

制御棒位置は、制御駆動機構の中心部に設けたインジケータ・チューブ内のりード・スイッチによって検出し指示する。

(6) 格納容器内雰囲気計装

格納容器について計測する主要な項目は、格納容器内の圧力、温度、湿度、水素濃度、酸素濃度及び放射線レベルである。

格納容器内の圧力、温度及び酸素濃度は、連続的に測定し、指示又は記録する。また、冷却材喪失事故後の格納容器内の圧力、温度、水素濃度、酸素濃度、放射線レベル等も測定し、記録する。そのほか、ドライウェルの湿度及びサプレッション・チェンバのプールの水位及び水温も連続的に測定し、指示又は記録する。

ドライウェル圧力高、水素濃度高及び酸素濃度高で警報する。ドライウェル圧力の上昇が更に大きい場合には、原子炉緊急停止系及び工学的安全施設を作動させるための信号を出す。

サプレッション・チェンバでは、プール水位低、プール水位高、プール水温高、水素濃度高及び酸素濃度高で警報する。

(7) 漏洩検出系計装

原子炉冷却材圧力バウンダリからの冷却材の漏洩は、格納容器内ガス冷却器の凝縮水量、格納容器内サンプ水量及び格納容器内ガス中の核分裂生成物の放射能の測定により約3.8リットル/分の漏洩を一時間以内に検出できるようにする。測定値は指示するとともに、冷却材の漏洩量が多い場合には警報する。

(8) その他の計装

ほう酸水注入系では、ほう酸水貯蔵タンク水位、ほう酸水温度及びポンプ出口圧力を計測し、ほう酸水貯蔵タンク水位低で警報する。

低圧炉心スプレイ系及び残留熱除去系では、ポンプ出口圧力及び流量等を測定し、指示する。

高圧炉心スプレイ系では、ポンプ出口圧力、流量を測定し、指示する。また、サプレッション・チェンバのプール水位高で警報する。

原子炉隔離時冷却系では、ポンプ出口圧力、流量等を測定し指示する。

(三) 運転監視補助装置

(1) 概略

本件原子炉においては、運転・制御に必要な監視及び制御装置は集中的に監視及び制御ができるように中央制御室内に設置されているが、そのほかに、これらの補助として、運転員が行う操作に対して各種の情報を与えることを目的とした運転監視補助装置が設けられており、その主要設備は次のとおりである。

(2) 制御棒引抜阻止

モード・スイッチが「停止」位置にある場合等一定の場合に、制御棒の引き抜きを阻止するインターロックが設けられている。

(3) 監視計算装置

通常運転時又は出力レベル変化時の炉心出力分布、炉心流量分布、燃料棒線出力密度、限界出力比、原子炉出力、平均ボイド率、炉心出口併平均蒸気重量率、局所ボイド率等を計算するために、監視計算装置が設けられており、また、炉心内中性子束モニタリング、制御棒位置の記録、事故順序記録、イベント・リコール、データの収集、警報、記録等の運転上の補助が行われる。

(4) 制御棒価値ミニマイザ(RWM・Rod Worth Minimizer)

起動・停止時における制御棒操作の過程で、誤って高い制御棒価値を生じ得るような制御棒パターンの形成を防止する後備装置として制御棒価値ミニマイザが設けられ、制御棒落下速度ミリッタの効果とあいまって、制御棒落下事故の結果を十分小さく抑えるように設計されている。

制御棒価値ミニマイザの主要な入力信号は、予め定めた制御棒操作シーケンス・プログラム、運転中時々刻々の制御棒位置、操作する制御棒の番号及び原子炉熱出力であり、主要な出力信号は、制御棒価値ミニマイザの規制シーケンスを外れている制御棒の確認のための表示及び制御棒操作のインターロック信号である。

(四) 放射線監視設備

(1) 概略

本件原子炉の放射線監視設備は、プロセス放射線モニタリング設備、エリア放射線モニタリング設備、環境モニタリング設備及び放射線サーベイ機器から構成され、これらの設備は、各系統及び各領域における放射能異常を早期に検出して警報する機能、発電所外へ制御しながら放出する放射性物質を常時監視する機能を有しており、格納容器雰囲気放射線モニタは、格納容器エリア放射線量率を監視する機能を有している。その詳細は、次のとおりである。

(2) プロセス放射線モニタリング設備

所内のプロセス流体(排気、排水、冷却水)中の放射性物質の濃度を測定するプロセス放射線モニタリング設備として、次の各モニタが設置されている。

A 格納容器雰囲気放射線モニタ

事故時における放射性物質に対する放射能障壁の健全性を把握するため、格納容器エリア放射線量率の監視を行う。

B 主排気筒モニタ

主排気筒から放出される放射性ガスの監視を行う。

C 焼却設備排ガスモニタ

焼却設備から放出される放射性ガスを監視する。

D 蒸気式空気抽出器排ガスモニタ

蒸気式空気抽出器排ガス中の放射性ガスを監視する。

E 活性炭式希ガス・ホールドアップ装置排ガスモニタ

活性炭式希ガス・ホールドアップ装置経過後の蒸気式空気抽出器排ガス中の放射性ガスを監視する。

F 真空ポンプ排ガスモニタ

真空ポンプから排出される放射性ガスの監視を行う。

G 主蒸気管モニタ

燃料から漏洩する核分裂生成物を監視し、急激な増加を検出した場合には原子炉スクラム信号を出す。

H 原子炉棟・タービン建屋換気空調系原子炉棟排気モニタ

原子炉棟・タービン建屋換気空調系原子炉排気中の放射性ガスを監視し、多量の放射能を検出した場合には非常用ガス処理系を起動させる。

I 気体廃棄物処理設備エリア排気モニタ

気体廃棄物処理設備エリア排気中の放射性ガスを監視する。

J 非常用ガス処理系排ガスモニタ

通常運転時及び事故時に非常用ガス処理系から放出される放射性ガスの監視を行う。

K 液体廃棄物処理系排水モニタ

液体廃棄物処理設備の放出液中の放射能監視を行う。

L 原子炉補機冷却水モニタ

原子炉常用機器、非常用機器及び廃棄物処理系機器の冷却水への放射能漏洩を監視する。

(3) エリア放射線モニタリング設備

各建屋内の各区域の外部放射線の線量率を測定するため、建屋内には、エリア放射線モニタが設置され、外部放射線に係る線量当量率を監視している。エリア放射線モニタによる外部放射線の係る線量当量率は、中央制御室又は廃棄物処理系制御室で記録し、放射線レベル基準設定値を超えたときは警報を発する。

2 原子力安全委員会の本件答申

計測制御設備(原子炉核計装及び原子炉プラント・プロセス計装)について、安全設計審査指針は、計測制御系は、通常運転時及び運転時の異常な過渡的変化時において、①原子炉の炉心、原子炉冷却材圧力バウンダリ及び格納容器バウンダリ並びにそれらに関連する系統の健全性を確保するために必要なパラメーターは、適切な予想範囲に維持制御されること、②右のパラメーターについては、予想変動範囲内での監視が可能であることを十分考慮し、かつ、事故時において、事故の状態を知り対策を講じるのに必要なパラメーターを監視できる設計であることを要求している(指針一七)。

そして、乙一七号証によれば、本件答申において、原子力安全委員会は、本件原子力発電所の計測制御設備の設計は、いずれも安全設計審査指針の要求を満たしていると評価した旨の答申をしていることが認められる。

3 小括

以上のとおり、本件原子炉の原子炉核計装、原子炉プラント・プロセス計装、運転監視補助装置、放射線監視補助装置の基本設計の内容及びこれらに対する本件答申の内容に照らすと、本件原子炉の原子炉核計装、原子炉プラント・プロセス計装、運転監視補助装置、放射線監視補助装置は、被告主張の異常拡大防止のための機能を備えているものと認められる。

二  安全保護設備の設置

1 原子炉緊急停止系

(一) 基本設計等

乙一号証、同一七号証、証人水落正志の証言、平成四年一〇月八日実施の検証の結果及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

本件原子力発電所においては、原子炉の運転中に何らかの異常が発生した場合に、異常の拡大をできる限り防止するため、原子炉の緊急停止を行う安全保護設備を設けている。

原子炉緊急停止系は、原子炉の水位が異常に低下したり、原子炉の出力及び原子炉の圧力がそれぞれ異常に上昇したりした場合等に、全制御棒を自動的かつ速やかに挿入することによって、原子炉の出力を低下させ、燃料ペレット及び燃料被覆管の各温度の異常な上昇等を抑えるものである。原子炉緊急停止系は、主として、原子炉停止系と、原子炉停止系を緊急作動するための信号回路等を内容とする安全保護系により構成される。

本件原子力発電所における制御棒挿入による原子炉緊急停止(スクラム)の条件は、原子炉圧力高、原子炉水位低、ドライウェル圧力高、中性子束高(中間及び平均出力領域モニタ)、中性子計装動作不能(中間及び平均出力領域モニタ)、スクラム・ディスチャージ・ボリューム水位高、主蒸気隔離弁閉、タービン主蒸気止め弁閉、タービン蒸気加減弁急速閉(タービン・バイパス弁不動作の場合)、主蒸気管放射能高、地震加速度大、モード・スイッチ「停止」、原子炉緊急停止系作動回路電源喪失(後述のフェイル・セイフの機能による。)、電気油圧式制御装置(EHC)油圧低(タービン制御油圧が低下したときは、タービン主蒸気止め弁及びタービン蒸気加減弁が急閉し、スクラムとなる。)であり、手動によるスクラムも可能である。

各検出器が右スクラム条件に当たる異常を検知した場合には、緊急停止回路が働き、制御棒に付属されている水圧制御ユニット中の水を右回路により制御棒の水圧ピストンに送り、スクラム・アキュムレータに蓄えられている窒素ガスの圧力により水圧を制御棒駆動機構のピストン下部に加える一方、スクラム出口弁を開けてピストン上部の水をスクラム・ディスチャージ・ボリュームに逃がすことにより、全制御棒を炉心に挿入する。各制御棒が確実に挿入されるように、右水圧ユニットは各制御棒ごとに別に存在する。本件原子炉のスクラム時の挿入時間は、全ストロークの七五パーセント挿入まで1.62秒以下(全炉心平均)である。

検出器は、例えば出力の検出器については約二〇個というように、同じ機能を有するものが複数設けられている。また、緊急停止回路も二チャンネルで構成され(多重性)、相互干渉が起こらないように、各チャンネルごとに専用のケーブル・トレイ、電線路、計装配管、計器ラック等を設けるとともに、各チャンネルは相互に可能な限り、物理的、電気的に分離し、独立性を持つように設計されている。

原子炉緊急停止系は、電源の喪失、コイルの断線等電源が何らかの原因で喪失した場合には、原子炉スクラムに関連する継電器自体が無励磁状態となり、その継電器が属しているチャンネルがトリップ(原子炉において計画外の事象が発生したため、異常現象を検知するよう設置されている計装系が信号を発生して、安全回路が動作し、制御棒が原子炉内に挿入されて原子炉内の核分裂反応が停止すること)し、即時に制御棒が自動的に炉心内に挿入される、いわゆるフェイル・セーフ(故障や破壊、誤作動が起きたとき、系を安全状態に向かわせる特性)機能を有している。

なお、制御棒の挿入不能によって原子炉の低温停止ができない場合に備えて、ほう酸水注入系を設けている。これは中性子吸収材である五ほう酸ナトリウム溶液を炉心低部から注入して、毎分0.001△k以上の負の反応度を与え、原子炉を徐々に低温停止するものである。

(二) 原子力安全委員会の本件答申

乙一七号証によれば、次の事実が認められる。

本件答申において、原子力安全委員会は、本件原子炉の原子炉停止系の基本設計につき、緊急原子炉停止能力を持つ制御棒系及びほう酸水注入系の二つの独立した系統が設けられること、これらの系統は、いずれも原子炉の高温待機状態又は高温運転状態から燃料の許容設計限界を超えることなく、炉心を臨界未満にすることができ、かつ、臨界未満を維持することができるように設計されていること、制御棒系は、スクラム時挿入時間が全ストロークの七五パーセント挿入まで1.62秒以下(全炉心平均)となるように設計され、運転時の異常な過渡変化時に対しては、炉心特性とあいまって、燃料の許容設計限界を超えることなく、原子炉を臨界未満にし、かつ、維持し得るようなスクラム特性を有すること、事故時には、炉心の大きな損傷に至ることなく、原子炉を臨界未満にし、かつ、維持し得る設計であること、ほう酸水注入系は、反応度投入速度毎分0.001△k以上の負の反応度を与え、原子炉を低温状態において臨界未満にすることができ、かつ維持し得るよう設計されること、運転中でも定期的に作動試験をすることができるように設計されることをそれぞれ確認した上で、本件原子炉の停止系については、原子炉の高温待機状態又は高温運転状態から燃料の許容設計限界を超えることなく、炉心を臨界未満にすることができ、かつ、臨界未満を維持することができるよう設計されるとしている。

また、安全保護系の基本設計について、安全設計審査指針は、①安全保護系の過渡時の機能につき、安全保護系は、運転時の異常な過渡変化時に、その異常状態を検知し、原子炉停止系を含む適切な系の作動を自動的に開始させ、燃料の許容設計限界を超えないように考慮した設計であり、かつ、偶発的な制御棒の引き抜きのような原子炉停止系のいかなる単一の誤動作に対しても、燃料の許容設計限界を超えないように考慮した設計であること(指針二七)、②安全保護系の事故時の機能につき、安全保護系は、事故時にあっては、直ちにこれを検知し、原子炉停止系及び工学的安全施設の作動を自動的に開始させる設計であること(指針二八)、③安全保護系の多重性につき、安全保護系は、その系を構成するいかなる機器又はチャンネルの単一故障が起こっても、あるいは使用状態からの単一の取り外しを行っても、安全保護機能を失うことにならないような多重性を有する設計であること(指針二九)、④安全保護系の独立性につき、安全保護系は、通常運転時、運転時の異常な過渡変化時、保修時、試験時及び事故時において、その保護機能が喪失しないように、その系を構成するチャンネル相互を分離し、重複したそれぞれのチャンネル間の独立性を実用上可能な限り考慮した設計であること(指針三〇)、⑤安全保護系の故障時の機能につき、安全保護系は、駆動源の喪失、系の遮断及びその他の不利な状況になっても、最終的に安全な状態に落ち着くような設計であること(指針三一)、⑥安全保護系と計測制御系との分離につき、安全保護系は、計測制御系との部分的共用によって、安全保護系の機能を失わないように、計測制御系から分離されている設計であること(指針三二)、⑦安全保護系の試験可能性につき、安全保護系は、原則としてその機能を原子炉の運転中に、定期的に試験できるとともに、その健全性及び多重性の維持を確認するため、各チャンネルが独立に試験できる設計であること(指針三三)を要求しているところ、本件答申において、原子力安全委員会は、本件原子力発電所の安全保護系の基本設計につき、右安全設計審査指針の要求をいずれも満たしていることを確認したとしている。

以上のとおり、原子力安全委員会は、本件原子炉施設の原子炉停止系及び安全保護系の設計は妥当なものであると答申している。

(三) スクラム失敗の蓋然性の有無

(1) 原告らの主張

原告らの主張の要旨は次のとおりである。

現実の沸騰水型原子炉のスクラムシステムには多くの技術的欠陥があるため、制御棒の挿入自体に失敗してスクラムに失敗する場合と制御棒は挿入できたが時間的に間に合わないためにスクラムに失敗する場合とがある。前者の例であるブラウンズ・フェリー発電所三号炉やオルキート原子力発電所のトラブルは、本件原子力発電所と同じ沸騰水型原子炉であることから、本件原子力発電所にも同様のスクラム失敗の可能性があり、また、後者についても、その可能性は否定できない。

また、そのほかにも、経済的観点から、本来スクラムすべき場合にもスクラムしないことが考えられ、いずれにしてもスクラムによる暴走事故の防止には限界がある。

(2) 検討

甲七九号証の一及び二、同八〇号証、乙一号証、証人小村浩夫及び同水落正志の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、一九八〇年(昭和五五年)六月二八日、アメリカのブラウンズ・フェリー発電所三号炉において制御棒が円滑に挿入されない事象が生じたこと、その原因は、右原子炉のスクラムは、スクラム・アキュムレータがピストン管に水を送り込む水圧によって作動し、ピストン内の水はスクラム・ディスチャージ・ボリュームに溜まる仕組みとなっていたため、スクラム前にスクラム・ディスチャージ・ボリューム側に水が溜まるとスクラムが不可能となるものであり、スクラム排出ヘッダとその下流側にあるスクラム排出容器とを結ぶ長い小口径の連絡管に水詰まりが生じたためであると考えられていること、また、一九八九年(平成元年)一一月、フィンランドのオルキート原子力発電所において、一二一本の制御棒のうち、一五本が炉心から引き抜けないというトラブルが発生したが、右トラブルは、一二一本の制御棒の駆動機構全部に金属粉が詰まっていたことが原因であると考えられていることがそれぞれ認められる。

しかし、前掲各証拠によれば、ブラウンズ・フェリー発電所三号炉では、スクラム排出ヘッダとスクラム排出容器が別々に存在し、それらが配管でつながれていたのに対し、本件原子力発電所においては、スクラム排出ヘッダとスクラム排出容器を一体の太いL字型管構造とし、かつ、傾斜をつけて水が溜まることのないように改善措置が施されていることが認められ、前述のとおり、原子力安全委員会の審査を受け、さらに使用前検査によりその性能が確認されていることからすると、ブラウンズ・フェリー発電所三号炉の事象と同様の制御棒自体の挿入に失敗する蓋然性があるものとは認められない。

また、オルキート原子力発電所の事象はすべての制御棒の駆動機構全部に金属粉が詰まるという特異な例であり、この事象が起こったからといって、本件原子力発電所にも、同様の制御棒挿入失敗の蓋然性があるとはいえない。

さらに、乙一号証によれば、選択制御棒挿入機構設置の趣旨は「スクラムさせないように、あらかじめ選択しておいた制御棒だけを挿入して出力を下げること」であることが認められ、また、経済性の観点からはスクラムをできるだけ回避することが被告にとって好都合であることが認められるものの、このことから直ちに、被告が、経済性を優先するあまりにスクラムすべき場合にこれを回避し、暴走事故等を発生させる蓋然性があるとまで認めることは困難であって、他にこの点に関する原告らの主張を認めるに足る証拠はない。

そのほか、本件原子力発電所においてスクラム遅れとなる事故が発生する蓋然性を認めるに足る証拠はない。

したがって、本件原子炉について、スクラム失敗の蓋然性があるとの原告の右主張を認めることはできない。

(四) 小括

以上のとおり、本件原子炉の原子炉緊急停止系の内容、これに対する本件答申の内容及びスクラム失敗の蓋然性の有無の検討結果に照らすと、本件原子炉の原子炉緊急停止系は、被告主張の異常拡大防止の機能を備えているものと認められる。

2 原子炉隔離時冷却系

(一) 基本設計等

乙一号証、同一七号証、証人水落正志の証言、平成四年一〇月八日実施の検証の結果及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

本件原子力発電所においては、原子炉の停止後何らかの原因によって給水系のポンプ等が停止し、原子炉圧力容器内への給水ができなくなり、原子炉の水位が低下するような状態が発生した場合に備えて、原子炉隔離時冷却系(原子炉停止後に原子炉水位が低下した場合、原子炉水位低の信号で自動起動し、タービン駆動ポンプによって自動的に復水貯蔵タンク等の水を原子炉圧力容器内に給水することにより原子炉の水位を維持する系)を設けている。

この系は、原子炉水位低の信号による自動起動の他に、中央制御室又は中央制御室外原子炉停止装置からの手動操作によっても運転が可能であり、原子炉圧力が81.6キログラム/平方センチメートルgから10.6キログラム/平方センチメートルgの範囲で運転することができる。また、この系の定格流量は、原子炉停止一五分後の崩壊熱による発生蒸気流量以上に設定されており、また、原子炉冷却材圧力バウンダリに接続する二五ミリメートル径相当の小口径配管、小さな機器の破断又は損傷による冷却材の漏洩があった場合でも、燃料の許容設計限界を超えることなく十分に給水できる設計となっている。なお、原子炉隔離時冷却系のポンプは、炉心の崩壊熱等により発生する蒸気を用いた専用のタービンで駆動するため、外部電源を必要としない。

(二) 原子力安全委員会の本件答申

安全設計審査指針によれば、原子炉冷却材補給系は、原子炉冷却材圧力バウンダリからの冷却材の漏洩及び原子炉冷却材圧力バウンダリに接続する小さな配管の破断又は小さな機器の損傷による冷却材の漏洩があった場合でも、燃料の許容設計限界を超えないように、十分に給水できる能力を有する設計であることが要求される(指針三八)。

乙一七号証によれば、本件答申において、原子力安全委員会は、本件原子炉の原子炉隔離時冷却系につき、原子炉停止後何らかの原因で復水・給水が停止した場合においても、復水貯蔵タンク等からの水を原子炉内へ注入することにより、原子炉水位を維持するとともに、原子炉冷却材圧力バウンダリの小口径配管の破断等による冷却材の漏洩に対しても、燃料の許容設計限界を超えることなく炉心を冷却できること、外部電源喪失時及び非常用交流電源喪失時でも、主蒸気逃がし安全弁とあいまって、短時間で系統の所要の機能を発揮できる設計であることを確認した旨答申していることが認められる。

(三) 小括

以上のとおり、本件原子炉の原子炉隔離時冷却系の基本設計の内容及びこれに対する本件答申の内容に照らすと、本件原子炉の原子炉隔離時冷却系は被告主張の異常拡大防止のための機能を備えているものと認められる。

3 主蒸気系逃がし安全弁

(一) 基本設計等

乙一号証、同一七号証、証人水落正志の証言、平成四年一〇月八日実施の検証の結果及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

本件原子力発電所においては、原子炉冷却系の過度の圧力上昇を防止するために、格納容器内の主蒸気系配管四本に合計七個の逃がし安全弁が取り付けられている。

逃がし安全弁は、①原子炉冷却系の過度の圧力上昇を抑えるため、原子炉圧力高の信号により、アクチュエータ(作動装置)のピストンを駆動して、強制的に開放する機能(逃がし弁機能)、②原子炉冷却系の過度の圧力上昇を抑えるため、逃がし弁機能のバック・アップとして、圧力の上昇に伴いスプリングに打ち勝って自動開放されることにより、原子炉冷却系の最も過酷な圧力変化の場合にも、原子炉圧力が最高使用圧力の1.1倍を超えないように保つ機能(安全弁機能)、③原子炉水位低とドライウェル圧力高の同時信号により、ピストンを駆動して、逃がし安全弁を強制的に開放し、中小破断事故時に原子炉圧力を速やかに低下させて、低圧炉心スプレイ系、低圧注水系の早期の注水を促す機能(自動減圧機能)を有する。また、このほか、原子炉停止後、熱除去源としての復水器が何らかの原因で使用不能の場合に、残留熱及び崩壊熱により発生した蒸気を除去するため、中央制御室から遠隔手動操作で逃がし安全弁を開放し、原子炉圧力を制御することができる。

逃がし安全弁は、アクチュエータ付きのバネ式の弁であり、信号によりアクチュエータのピストンに窒素ガスを供給することによって開放するほか、蒸気の圧力がスプリングカに打ち勝つことによっても開放する。

逃がし安全弁から吹き出した蒸気は、排気管により、サプレッション・チェンバ内のプール水中に導かれ、凝縮されて水となる。

(二) 原子力安全委員会の本件答申

乙七号証によれば、本件答申において、原子力安全委員会は、本件原子力発電所の主蒸気逃がし安全弁について、運転時の異常な過渡変化時において所要の機能を十分果たすものと確認したと答申している。

(三) 小括

以上のとおり、本件原子炉の主蒸気逃がし安全弁の設計内容及びこれに対する本件答申の内容に照らすと、本件原子炉における主蒸気逃がし安全弁は、被告主張の異常拡大防止のための機能を備えているものと認められる。

4 残留熱除去系

(一) 基本設計等

乙一号証、同一七号証、平成四年一〇月八日実施の検証の結果及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

本件原子力発電所においては、通常の原子炉停止時及び原子炉隔離時の崩壊熱及び残留熱の除去、冷却材喪失事故時の炉心冷却等を目的として、残留熱除去系を設けている。この系は、二基の熱交換器、三台のポンプ等から構成される三ループから構成され、多重性を有している。

(二) 原子力安全委員会の本件答申

安全設計審査指針は、残留熱除去系は、原子炉の停止時に、燃料の許容設計限界及び原子炉冷却材圧力バウンダリの設計条件を超えないように、原子炉の炉心からの核分裂生成物の崩壊熱及び他の残留熱を除去できる設計であることを要求している(指針三九)。

そして、乙一七号証によれば、本件答申において、原子力安全委員会は、本件原子力発電所の残留熱除去系の設計について、多重性を有すること、通常の原子炉停止後の残留熱の除去は、冷却材を約二〇時間以内に五二度以下に冷却し、かつ維持することができるよう設計されること、非常用母線に接続され、外部電源喪失時にも一系統で原子炉を冷却できるように設計されること、定期的に、又は必要に応じて作動試験を行うことができるように設計されることを確認したと答申している。

(三) 小括

以上のとおり、本件原子炉の残留熱除去系の基本設計の内容及びこれに対する本件答申の内容に照らすと、右の残留熱除去系は、被告主張の異常拡大防止のための機能を備えているものと認められる。

第六  放射性物質放出防止対策

被告の主張する放射性物質放出防止対策は、非常用炉心冷却系(ECCS)の設置と格納容器・その補助系・第二次格納施設とに大別される。

一  非常用炉心冷却系(ECCS)

1 基本設計

乙一号証、証人水落正志の証言、平成四年一〇月八日実施の検証の結果及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

非常用炉心冷却系は、冷却材喪失事故(LOCA)が起こった場合に、燃料被覆管の大破損を防止し、水―ジルコニウム反応を極力抑え、崩壊熱を長期にわたって除去する機能を持ち、低圧炉心スプレイ系、低圧注水系、高圧炉心スプレイ系及び自動減圧系で構成される。

その概要は、次のとおりである。

(一) 高圧炉心スプレイ系

高圧炉心スプレイ系は、一系統からなり、原子炉冷却系配管の大破断事故時には、低圧炉心スプレイ系及び低圧注水系と連携し、中小破断事故時には、単独で炉心を冷却する機能を有する。この系統は、原子炉圧力が高いときにも作動できる。

この系統は、原子炉水位低(レベル二)又はドライウェル圧力高の信号で作動を開始し、復水貯蔵タンクの水又はサプレッション・チェンバのプール水を炉心上部に取り付けられたスパージャー・ヘッダのノズルから燃料集合体上にスプレイすることによって炉心を冷却する。また、原子炉水位高(レベル八)信号でスプレイを自動的に停止する。水源は第一次水源として復水貯蔵タンクの水を使用するが、復水貯蔵タンクの水位が設定値より下がるか、サプレッション・チェンバのプール水位が設定値より上がると、第二次水源のサプレッション・チェンバのプール水に自動的に切り替わるようになっている。

(二) 低圧炉心スプレイ系

低圧炉心スプレイ系は、一系統からなり、原子炉冷却系配管の大破断事故時には、低圧注水系及び高圧炉心スプレイ系と連携して、中小破断時には、高圧炉心スプレイ系又は自動減圧系と連携して、炉心を冷却する機能を有している。

この系統は、原子炉水位低(レベル一)又はドライウェル圧力高の信号で作動を開始し、サプレッション・チェンバのプール水を、炉心上部に取り付けられたスパージャー・ヘッダのノズルから燃料集合体上にスプレイすることによって炉心を冷却する。スプレイされた水は、炉心を静水頭にして、約三分の二の高さまで再冠水する。その後、ジェット・ポンプ混合室上端から溢れ出た水は、破断口から溢流し、ドライウェル低部にたまり、水位がベント管口に達すると、サプレッション・チェンバのプールに戻り、再びスプレイ水として循環する。

(三) 低圧注水系

低圧注水系は、三系統、すなわち三台の別々のグループの低圧注水ポンプを有し、原子炉冷却系配管の大破断事故時には、低圧炉心スプレイ系及び高圧炉心スプレイ系と連携して、中小破断事故時には、高圧炉心スプレイ系又は自動減圧系と連携して炉心を冷却する機能を有する。この系統は、原子炉停止時の崩壊熱の除去を目的とする残留熱除去系のうちの一つのモードを使用する。

この系統は、原子炉水位低(レベル一)又はドライウェル圧力高の信号で作動を開始し、サプレッション・チェンバのプール水を直接炉心シュラウド内に注入し、炉心水位を静水頭にして約三分の二の高さまで再冠水することにより炉心を冷却する。炉心が静水頭にして約三分の二まで冠水された後は、注水量はその後崩壊熱による蒸発によって減少するものを補う程度でよいので、炉心水位を静水頭にして約三分の二に維持するためには、再循環配管破断の場合でも、低圧注水ポンプ一台で十分である。

(四) 自動減圧系

自動減圧系は、前記逃がし安全弁のうちの四個からなり、原子炉冷却系配管の中小破断事故時に低圧注水系又は低圧炉心冷却スプレイ系と連携して炉心を冷却する機能を有する。

この系統は、原子炉水位低(レベル一)及びドライウェル圧力高の両信号を受けてから一二〇秒の時間遅れをもって作動し、原子炉蒸気をサプレッション・チェンバのプール水中に逃がし、原子炉圧力を速やかに低下させて低圧注水系又は低圧炉心スプレイ系による注水を可能とし、炉心冷却を行う。この系統は、単独では炉心を冷却できず、作動すれば冷却材を減少させるものであるので時間遅れをもって作動するようにされているが、中小破断事故時に高圧炉心スプレイ系が作動しない場合には、低圧注水系又は低圧炉心スプレイ系と連携して十分炉心を冷却することができる。

(五) ECCSの相互作用

冷却材が失われて原子炉の水位が低下したときのECCSの機能は次のとおりである。すなわち、

① 原子炉の水位が低下してくると、まずECCSの作動に先立って、レベル三の原子炉水位低の信号が発せられ、この信号によって、警報が出るとともに、原子炉は自動的に緊急停止(スクラム)する。

② さらに原子炉の水位が低下すると、レベル二の原子炉水位低の信号が発せられ、この信号によって、警報が出るとともに、高圧炉心スプレイ系ポンプが自動起動し、炉心に注水を開始する。

③ さらに水位が低下すると、レベル一の原子炉水位低の信号が発せられ、この信号によって、警報が出るとともに、低圧炉心スプレイ系ポンプ及び低圧注水系ポンプがいずれも自動起動し、炉心に注水を開始する。

④ なお、原子炉圧力容器内の圧力が高い状態において、原子炉の水位が低下し、レベル一になったような特殊な場合(例えば、配管口の破断口が小さく、かつ高圧炉心スプレイ系が作動しないような場合)には、自動減圧系の弁が自動的に開いて、原子炉圧力容器内の圧力を低下させ、低圧炉心スプレイ系及び低圧注水系による注水を可能にする。

(六) ECCSの作動の確実性

ECCSは、手動操作によって起動することも可能であるが、異常状態が継続し、これを検知する回路が働いている場合には、手動操作によって停止することはできない設計となっている。

本件原子力発電所にはディーゼル発電機が三台設けられ、停電等によりECCS作動のための電源が喪失した場合でも、右ディーゼル発電機が起動して電源が供給される。

また、ECCSに用いる水は、復水貯蔵タンク及びサプレッション・チェンバの水を水源として用いるが、冷却材圧力バウンダリが破損して冷却水が漏洩した場合には、その水はサプレッション・チェンバに流れこむことになるので、ECCSの水源がなくなることはない。

2 原子力安全委員会の本件答申

(一) 安全設計審査指針等

安全設計審査指針は、ECCSにつき、想定される配管破断等による冷却材喪失事故に対して、燃料及び燃料被覆の重大な損傷を防止でき、かつ、燃料被覆の金属と水との反応を十分小さな量に制限できる設計であること、非常用電源系のみの運転下で単一故障を仮定しても、系統の安全機能が達成できるように、独立性を有する設計であること、定期的に試験及び検査ができるとともに、その健全性及び多重性の維持を確認するため、独立に各系統の試験及び検査ができる設計であることを要求している(指針四〇)。

また、原子力安全委員会は、軽水型動力炉のECCSの設計上の機能及び性能を評価するための指針として、昭和五六年七月二〇日、「軽水型動力炉の非常用炉心冷却系の性能評価指針」(以下「ECCS指針」という)。を決定している。

同指針はECCSの機能及び性能の基準として、想定冷却材喪失事故の解析を行い、①燃料被覆の温度の計算値の最高値は、一二〇〇度以上であること、②燃料被覆の化学量論的酸化量の計算値は、酸化反応が著しくなる前の被覆管厚さの一五パーセント以下であること、③炉心で燃料被覆及び構造材が水と反応するに伴い発生する水素の量は、格納容器の健全性確保の見地から、十分に低い値であること、④燃料の形状の変化を考慮しても、崩壊熱の除去が長期間にわたって行われることが可能であることをそれぞれ満足することを示さなければならないと定めている。

ECCS指針は、原子炉安全専門審査会が昭和四九年五月二四日に軽水型動力炉の非常用炉心冷却系の内規として定めた安全評価審査指針を、その後のLOCA、ECCSに関する研究の進歩や昭和五四年三月に起きたTMI事故の教訓、燃料被覆管の脆化挙動に関する新しい知見等を検討のうえで、改訂したものである。

(二) 本件答申の内容

乙一七号証によれば、原子力安全委員会は、本件原子炉のECCSの基本設計について、次のとおり答申していることが認められる。

(1) ECCSは高圧炉心スプレイ系、低圧炉心スプレイ系、低圧注水系(残留熱除去系のポンプを兼用)及び自動減圧系で構成され、これらの系統は、電源系を含めて、多重性、独立性を有するような機器、配管の構成とする方針であること、定期的な試験・検査が可能な設計となっていることをそれぞれ確認した。

(2) また、ECCSの機能及び性能につき、被告の行った事故解析の結果によれば、冷却能力喪失に伴う炉心損傷防止の観点からは、冷却材喪失事故の場合が最も厳しくなるが、その場合の燃料被覆管の最高温度は次のとおりである。

① 液相部破断としては、再循環配管については、通常補給系(原子炉隔離時冷却系及び制御棒駆動系ポンプ)を考慮して、破断面積を約一〇ないし二四〇〇平方センチメートルとし、外部電源喪失等を仮定した解析を行っているが、その結果によれば、燃料被覆の最高温度は中小破断時の場合は約五七〇度(破断面積約五六平方センチメートルの場合)、大破断時の場合約六〇〇度(破断面積約二四〇〇平方センチメートルの場合)となっており、ともにECCS性能評価指針の基準値を下回っている。

② 気相部破断としては、主蒸気配管について、破断面積を約一〇ないし一六〇〇平方センチメートルとし、外部電源喪失等を仮定した解析を行っているが、その結果によれば、燃料被覆の最高温度は、液相部破断の場合よりも低い。

③ また、冷却材喪失事故時において外部電源系が健全な場合の評価も行われているが、その結果によれば、大破断時、中小破断時において、ともに燃料被覆の最高温度は、外部電源喪失を想定した場合の解析結果を上回ることはない。

(3) 本件原子炉のECCSは、冷却材喪失事故を想定した場合に、燃料及び燃料被覆の重大な損傷を防止し、ジルコニウムと水との反応を十分小さな量に抑え、崩壊熱を長期にわたって除去することができる能力を有しており、ECCS指針の基準を満足していることを確認した。

3 ECCSの有効性について

(一) 原告らの主張

原告らは、ECCSは、設置された当初から現在に至るまで、その有効性に関する実炉規模での実験が行われておらず、また、実際上も行い得ないから、通常技術と異なり、実証性が本質的に欠如しているという問題点があり、かかるECCSを放射性物質の異常放出を防止するための重要な安全装置とする原子力発電所の運転は許されるべきではないと主張する。

(二) 検討

(1) ECCSの実証実験

甲二七二号証及び証人久米三四郎の証言によれば、原子力発電所が作られた当初は、原子炉が小型であり、仮に炉心溶融が起こっても、圧力容器の上に落ちて空気による冷却が可能であると期待されていたところ、プテントの大型化により炉心溶融の危険性が増大し、そのため、これを防止すべくECCSの開発設置がなされたこと、設置当初のECCSは、非常に実証性の乏しい技術であったことがそれぞれ認められる。

しかし、甲六九号証、同二七二号証、乙二五号証、証人久米三四郎の証言及び弁論の全趣旨によれば、その後、次のような実証実験が行われたことが認められる。

A セミスケール実験

一九七〇年(昭和四五年)一一月から一九七一年(昭和四六年)三月にかけて、アメリカのアイダホ国立工学研究所の原子炉試験場において、直径三〇センチメートルの圧力容器の中で、約22.5センチの電熱棒を用いた小型装置による実験が行われたが、これは、冷却材喪失試験計画(ロフト計画)の一部をなすものであった。合計六回のECCS水注入実験の結果は、注入水が炉心に向かわず、破断口から流出してしまう、いわゆるECCS水のバイパス現象が起きた。そして、右現象は、注入されたECCS水が炉心から来る蒸気によりダウンカマ内でブラッシング現象を起こし、下部プレナムへ落下することなく、コールドレッグ(冷却入口側を指す。)入口ノズルを経て破断口から流出したためであった。

B ロフト炉実験

これは、一九七六年(昭和五一年)ころから行われたLOCA時の安全性を研究するための試験であり、セミスケール実験と同様、アイダホ国立工学研究所において、四ループPWRの四八分の一の体積比の模擬装置に核燃料を用いて行われた。右実験によれば、ECCS水のバイパスはあるものの、なお相当量の冷却水が圧力容器内に蓄積し、ECCSの現行設計の妥当性が明らかにされた。

C ROSA―Ⅲ実験

一九七八年(昭和五三年)から、我が国の日本原子力研究所で行われたシステム挙動実験(原子炉系の主要構成要素を模擬した大規模実験装置により、配管破断模擬実験を行い、炉内の熱水力挙動を系統的に調べるための実験)として、ROSA―Ⅲ実験がある。

ROSA―Ⅲ炉は、燃料集合体八四八体からなる発熱量三八〇〇MWのBWR―六の炉心を、実炉の二分の一の軸長の電気加熱の八×八の燃料集合体四体で模擬しており、各部の体積はBWRの四二四分の一となっている。そして圧力容器の主要構成要素の炉心有効発熱部に対する相対的な高さ関係は実炉のそれとよく対応付けられている。この実験においては、ECCSは有効に作動した。

D TBL実験

昭和五五年から四年間にわたり、我が国の電力共通研究において行われたシステム挙動実験としてTBL実験がある。TBLは、燃料集合体七六四体からなる三四四〇MWのBWR―五の炉心を二体の電気加熱の燃料集合体で模擬しており、各部の体積はBWRの三八二分の一となっている。そしてジェットポンプ下端から気水分離器まではBWRを実長模擬している。この実験においても、ECCSは有効に作動した。

本実験と先のROSA―Ⅲ炉との二つのシステム挙動実験により、沸騰水型原子炉のLOCA時の燃料被覆管の温度は低く抑えられることが明らかとなった。そして、右二つの実験によれば、沸騰水型原子炉の再冠水過程においては、流路が局所的に狭まっている場所において下部から吹き上げ蒸気がある場合、重力で下部に落下しようとする冷却水の落下流量が制限されるというCCFL(Counter Current Flow Limiting)現象について、上部タイプレートのCCFL現象は、低圧注入系作動後の燃料集合体内の蒸気凝縮効果によりおさまり、スプレイ水は全量炉心に入っていくこと(CCFLブレークダウン現象)が判明した。

E ESTA実験

CCFL現象に関する個別効果実験(LOCA時のECCS実験研究のうち、システム挙動実験により明らかにされた重要な現象を、個別にかつ詳細に調べるための実験)だけでも、いくつかの実験が行われている。

ESTA実験は、従前、上部タイプレートでのCCFL現象は、上部プレナムに注入されるスプレイ水の炉心への流入阻害を生じさせ、炉心冷却上好ましくないものと考えられていたが、低圧注入系が作動した後には、右CCFLブレークダウン現象により、スプレイ水がスムースに炉心へ流入することが明らかになった。これを右二つの実験よりもより実炉に近い装置で実験するために、ESTA(Eighteen Degree Sector Test Apparatus)が製作され、このESTAによってもCCFLブレークダウン現象が確認された。

なお、現在に至るまで、ECCSの有効性を、実際の原子炉と同じ規模・条件で検討した実験がないことは、当事者間に争いがない。

(三) 稼働中の原子力発電所におけるECCSの作動状況

原告らは、これまでに我が国でECCSが作動した例として判明している六例のうち、昭和五六年五月一二日発生の福島第一原子力発電所二号機の事象と平成三年二月九日発生の美浜原子力発電所の事象については、ECCSが有効に作動したか疑問があると主張する。

しかし、甲二三九号証の一、証人野田克己の証言によれば、右福島第一原子力発電所の事象については、主蒸気逃がし安全弁が開いたまま閉じなかった疑いが認められ、ECCS作動後も通常水位まで回復しなかったとしても、それは主蒸気逃がし安全弁の開固着のためにそこから冷却水が漏れ続けたためであり、ECCS自体が有効に作動しなかった事象とは認め難い。

また、美浜原子力発電所の事象については、甲六三号証及び証人久米三四郎の証言によれば、高圧注入系による注水がうまくいかなかった疑いが認められる。しかし、圧力容器内の圧力が高い場合には、ECCSが有効に作動しないから、かかる場合にECCS作動を可能にするために、沸騰水型原子炉においては、逃がし安全弁による自動減圧機能が備えられている。そして、右事象においては、甲六一号証、同六二号証によれば、加圧器逃がし安全弁が作動せず、圧力の低下が遅れたことが認められる。したがって、美浜原子力発電所の事象の場合は、ECCS作動の前提に問題があったものの、ECCS自体の有効性を疑わせる事象とは認められない。

(四) 判断

ECCSについて、実炉規模でその安全性の検証が可能であれば、それが行われることが望ましいことはいうまでもないが、小規模な実証実験でも、その実験結果に信頼性がある限り、それをもってECCSの有効性についての判断をすることを否定すべき理由は見当たらない。

そして、右に認定したところによれば、ECCSは、確かに開発設置当初の段階では実証性に欠けていたというべきものであるが、その後、実炉規模ではないものの、数々の実験によりその有効性が確認されてきており、右各実験はいずれも信頼性があると認められること、セミスケール実験でのECCS水注入失敗の原因は、その後の実験により解消されたといえること、現在稼働中の原子力発電所においてもECCSは有効に作動しているといえることが認められ、これらの事実を総合すると、ECCSの有効性について実証性が欠如しているとの原告らの主張は採用できない。

また、前記のセミスケール実験は、ロフト計画の初期の実験方法に関する研究も不十分な段階の極めて小型の模擬実験装置を用いた実験であって、ECCS水注入失敗の原因はそのためであるとする見解もあること、その後のより大型の装置による実験では、ECCS水の注入に成功していること、セミスケール実験におけるECCS水注入失敗の原因は、装置が大型になれば、上部タイプレートのCCFLブレークダウン現象によって解消されると考えられていること等からすれば、右セミスケール実験の結果からECCSの有効性を否定することは相当でない。

さらに、甲六九号証によれば、ECCS水の注入については、給水系配管内の水がフラッシングして減圧速度を低下させ低圧注入系の作動が遅れるという結果が出ていることが認められるが、原子炉圧力低下の方法として、逃がし安全弁(PWRにおいては加圧器逃がし安全弁)やタービンバイパスがあること、この実験でも、コンピュータ予想よりも冷えるという結果となったことを考えると、この点をとらえてECCSの有効性に問題があるとすることも適当でない。

なお、原告らは、ESTA実験は、原子炉圧力容器のシュラウドを全く無視しているという問題点があり、実炉でうまく水が入るかは疑問であると主張するが、右主張を裏付けるに足る証拠はない。

したがって、ECCSには有効性が欠如しているとする原告らの主張を採用することはできない。

4 小括

以上のとおり、本件原子炉のECCSの基本設計の内容、これに対する本件答申の内容及びその有効性に関する検討の結果に照らすと、本件原子炉のECCSは、被告主張の放射性物質放出防止のための機能を備えているものと認めることができる。

二  格納容器及びその付属設備

1 基本設計

乙一号証、同一七号証、同二〇号証、証人水落正志の証言、平成四年一〇月八日実施の検証の結果及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

本件原子力発電所においては、深層防護の観点から、炉心から核分裂生成物が放出された場合でも、環境への漏洩量を十分低い値に抑制するため、格納容器、その補助系及び二次格納施設等を次のように設備している。

(一) 格納容器

(1) 概要

核分裂生成物を格納する格納容器は、圧力容器及び冷却材再循環ループ等を取り囲む上下部半球胴部円筒形ドライウェル、円環形サプレッション・チェンバ(両者とも、鋼製圧力容器であり、中・常温圧力容器用炭素鋼鋼板三種及び圧力容器用鋼板五種で製作される。)、これらを連絡するベント管、ベント・ヘッダ及びダウンカマで構成される。格納容器には、真空破壊装置(冷却材喪失事故後ドライウェル内蒸気の凝縮が進み、ドライウェル圧力がサプレッション・チェンバ圧力より低下した場合に圧力差により自動的に働き、サプレッション・チェンバのプール水のドライウェルへの逆流、又はドライウェルの外圧による破損を防止するための装置)、格納容器貫通部及び隔離弁が設けられている。

冷却材再循環配管の完全破断事故時には、ドライウェル内に放出された蒸気と水の混合物が、ベント管、ベント・ヘッダ及びダウンカマを通してサプレッション・チェンバ内のプール水中に導かれ、蒸気をこのプール水で冷却し凝縮することによって、ドライウェル内圧の上昇を抑制する。一方、放散された放射性物質は格納容器内に保留される。

冷却材再循環配管完全破断事故時の解析による格納容器の最高圧力は、ドライウェルで約3.6キログラム/平方センチメートルg、サプレッション・チェンバで約2.6キログラム/平方センチメートルgであるが、ドライウェル、サプレッション・チェンバ、ベント管、ベント・ヘッダ及びダウンカマの最高使用圧力は4.35キログラム/平方センチメートルgである。

ドライウェル内の温度は、通常運転中、ドライウェル内ガス冷却装置により一定温度内に維持されている。

ドライウェル内ベント管入口部には、配管破断口から水―蒸気ジェットが直接ベント管に当たらないように障壁が設けられ、これは飛散物に対する保護の役割を果たしている。

(2) 格納容器貫通部における配管及び電気配線貫通部

配管貫通部は、蒸気管のような高温配管用貫通部において熱膨張による変位のあるもの又はその他の理由により貫通部において配管の変位を許さなければならないものと変位を許す必要のないものの二種類があるが、前者の配管に対しては、ベローズ付配管貫通部が採用され、ベローズを保護するための保護管を設けている。後者では、ベローズなし配管貫通部が採用され、それと溶接するかあるいは直接格納容器のノズルに溶接されている。

(3) 隔離弁

隔離弁に関しては、次の原則が採られている。

① 格納容器を貫通して原子炉冷却材圧力バウンダリに結合している配管若しくは格納容器内の自由空間に開放している配管には、少なくとも二個の隔離弁を設ける(前者については、実用上可能な限り格納容器に接近して、その内側及び外側に各一個を設ける。)。この種の弁は、中央制御室から遠隔操作が可能であり、隔離信号により自動的に閉鎖し、隔離信号が解除されても自動開とはならない。

② 格納容器を貫通しているが原子炉冷却材圧力バウンダリに結合しておらず、かつ、格納容器の内側に開放していない配管には、少なくとも一個の隔離弁を格納容器の外側に設ける。この種の弁は、中央制御室からの遠隔操作可能とする。

③ 二個の隔離弁を必要とする配管系の弁駆動は、駆動動力源の単一故障で両方の弁を閉鎖する能力を損なわないようにされ、電動機駆動の隔離弁は、それぞれ異なる区分の電源から供給される。隔離弁の駆動電源喪失は、これを検出して中央制御室に警報を出すようにされている。また、主蒸気隔離弁は駆動用窒素又は空気の供給を受けるほか、各々の弁に、アキュムレータを持つ設計とされている。

(二) 格納容器の補助系

(1) 格納容器内ガス濃度制御系

この系統は、可燃性ガス濃度制御系と不活性ガス系で構成し、冷却材喪失事故時に格納容器内で発生する水素及び酸素ガスの急激な反応を防止するために設ける設備である。

A 可燃性ガス濃度制御系

この系統は、冷却材喪失事故時において、燃料被覆管における水―ジルコニウム反応等により発生した水素ガス等を再結合器で水に戻し、格納容器内の水素ガス等の濃度を一定以下に保つことにより、水素ガス等の急速な燃焼を防止するものである。

この系統は、一系統が一〇〇パーセントの処理容量を持つ完全独立な二系統で構成され、事故後約三〇分以内に中央制御室から手動操作により再結合器の加熱を開始し、加熱開始後三時間以内に暖機運転が完了し系統機能を発揮する。一系統の処理量は毎時約二五五N立方メートルであり、一系統を作動することにより、不活性ガス系とあいまって、事故時の格納容器内の酸素濃度を五volパーセント未満又は水素濃度を四volパーセント未満に維持することができる。

B 不活性ガス系

この系統は、通常運転中、格納容器内の酸素濃度を低く保つために、格納容器内の空気を窒素ガスで置換しておく設備であり、窒素ガス充填及びその後の運転中の漏洩分の補給は、液体窒素貯蔵タンクに貯蔵した窒素ガスにより行う。

(2) 格納容器スプレイ冷却系

この系統は、冷却材喪失事故時において、サプレッション・チェンバ内のプール水を格納容器内にスプレイし、格納容器内の温度、圧力を低減させることによって、格納容器の健全性を確保するとともに、格納容器内に浮遊している放射性物質を洗い落とすものである。スプレイした水は、再びサプレッション・チェンバ内に戻り、熱交換器で冷却された後、再びスプレイされる。

この系統は、独立な二系統で構成し、一系統で格納容器内圧力及び温度が格納容器の最高使用圧力及び最高使用温度を超えるのを防止することができる。また、流量のうち、約九五パーセントをドライウェル内に、約五パーセントをサプレッション・チェンバ内にスプレイすることにより、格納容器内に放出された気相中のヨウ素を除去することができる。

この系統は、残留熱除去系の一つのモードであり、冷却材喪失事故時には、まず、低圧注水系として自動起動し、次に遠隔手動操作により、電気弁を切り換えることによって、格納容器スプレイ系としての機能を有するように設計されている。

(三) 二次格納施設等

(1) 原子炉棟

原子炉棟は、機密性が高く、非常用ガス処理系の排気ファン一台で内部空気を引いた場合、原子炉棟内は水柱約六ミリメートルの負圧に保たれ、原子炉棟外から内部への空気漏入は、原子炉棟空間部容積に対して五〇パーセント/d以下である。

(2) 非常用ガス処理系

この系統は、ファン、高性能粒子フィルタ、ヨウ素用チャコール・フィルタ等から構成され、放射性物質が格納容器から原子炉棟内に漏出した場合に、右各フィルタにより放射性物質をろ過するものである。

この系のヨウ素用チャコール・フィルタのヨウ素除去率は、相対湿度七〇パーセント以下において99.99パーセント以上になるように設計されている。また、高性能粒子フィルタは、粒子状核分裂生成物の99.9パーセント以上を除去するよう設計されている。

この系により処理されたガスは、主排気筒に沿わせて設ける排気管を通して主排気筒排気口から放出する。したがって、この系が働いている場合には、原子炉建屋内の圧力は大気圧に比べてマイナスとなっており、外界の空気が建屋に流れ込むので、建屋から直接環境へ放射性物質を含んだ空気が漏れることはない。

なお、この系は非常用電源に接続しており、外部電源喪失時でも運転制御が可能である。

2 原子力安全委員会の本件答申

乙一七号証によれば、本件答申において、原子力安全委員会は、本件原子炉の格納容器、その補助系及び二次格納施設の基本設計につき、次のとおり答申したことが認められる。

(一) 格納容器の基本設計について

安全設計審査指針は、格納容器は、想定される配管破断による冷却材喪失事故に際して、事故後の想定される最大エネルギー放出によって生じる圧力と温度に耐え、かつ、出入口及び貫通部を含めて所定の漏洩率を超えることがなく、定期的に所定の圧力で格納容器全体の漏洩率試験並びに電線、配管等の貫通部及び出入口の重要な部分の漏洩率試験及び検査ができる設計であること(指針四二)、格納容器バウンダリは、通常運転時、運転の異常な過渡変化時、保修時、試験時及び事故時において、脆性的挙動を示さず、かつ、急速な伝播型破断を生じない設計であること(指針四六)、格納容器を貫通する配管系は、格納容器の機能を確保するために必要な隔離能力を有するとともに、ペローを有する配管貫通部は、漏洩検出又は漏洩試験ができ、格納容器を貫通する配管に設けられる隔離弁は、定期的な動作試験が可能であり、かつ、弁の漏洩率が許容限度内にあることを確認できる設計であること(指針四七)、原子炉冷却材圧力バウンダリに連絡するか、又は格納容器内に開口し、格納容器を貫通している各配管は、冷却材喪失事故時に必要とする配管及び計測配管のような特殊な細管を除いて、①原則として格納容器の内側に一個、外側に一個の自動隔離弁を設けること、②格納容器の自動隔離弁は、事実上可能な限り格納容器に接近して設けること、③右自動隔離弁の駆動動力源は、その多重性を十分考慮し、駆動動力源の単一故障によって右自動隔離弁が同時に隔離機能を喪失することのないことのいずれも満足する隔離弁を有する設計であり、格納容器内側又は外側において閉じた糸は、少なくとも一個の自動隔離弁を実用上可能な限り格納容器に接近して設ける設計であること(指針四八)を要求している。

また、安全評価審査指針は、事故時に格納容器バウンダリにかかる圧力は、設計圧力の1/0.9倍以下であることを要求している。

また、原子炉冷却材喪失事故時に圧力抑制系内においては、一次冷却系から多量の冷却材が流出するに伴い、ドライウェルから非凝縮性ガスがサプレッション・チェンバのプールへ移動し、さらに流出した蒸気がプール水により凝縮される。この過程でプール水が運動し、このため動的な荷重が生じる。また、逃がし安全弁の作動時にも排気管内非凝縮性ガス及び一次冷却材がサプレッション・チェンバに流れ込むことにより、動的荷重が生じる。したがって、「発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計審査指針」の格納容器に関する指針を満足するためには、これらの動荷重に対して圧力抑制系の各構成部分がそれぞれ十分な強度を持ち、健全性を確保することを定量的に評価する必要がある。

そこで、MARKI型格納器の設計の妥当性を評価するに当たり、圧力抑制系内に冷却材喪失事故時及び逃がし安全弁作動時に考慮すべき動荷重及びそれらの評価方法を示すものとして、原子力安全委員会は、昭和六二年一一月五日、沸騰水型の原子力発電所で使用されるMARKI型格納容器圧力抑制系において、原子炉冷却材喪失時及び逃がし安全弁作動時に生じると考えられる動的な荷重を評価することを目的として、「BWR・MARKI型格納容器圧力抑制系に加わる動荷重の評価指針」を決定した。

そして、本件答申の内容は次のとおりである。

格納容器は、想定される配管破断による「冷却材喪失事故」に際して、事故後の最大エネルギー放出によって生じる圧力と温度に耐え、かつ、所定の漏洩率を超えることなく、その健全性を維持できる設計となっていることを確認した。

格納容器は、その最高使用圧力を、4.35キログラム/平方センチメートルg、最高使用温度はドライウェルで一七一度、サプレッション・チェンバで一〇四度として設計されるところ、事故時に格納容器内に放出されるエネルギーが最大となる冷却材再循環系配管完全破断による「冷却材喪失事故」の解析によれば、格納容器内の最高圧力は、ドライウェルで約3.6キログラム/平方センチメートルg、サプレッション・チェンバで約2.6キログラム/平方センチメートルgであり、ドライウェル温度、サプレッション・チェンバ内のプール水温度は、それぞれ最高で約一四七度及び約八八度である。そこで、設計上、事故時にも、最高使用圧力、最高使用温度を超えることはないことが確認された。

格納容器の漏洩率は、常温、空気、最高使用圧力の0.9倍の圧力において、格納容器内空間部容積の0.5パーセント/d以下となるよう設計されている。また、格納容器は、定期的な漏洩率試験が行われ、設計漏洩率を下回ることが確認される。

また、格納容器及び同内部構造物は、「BWR・MARKI型格納容器圧力抑制系に加わる動荷重の評価指針について」に従い、冷却材喪失事故及び逃がし安全弁作動時に加わる動荷重に対して、それらの健全性を維持できる設計としていることが確認された。

さらに、格納容器の隔離については、原子炉冷却系配管の破断等により、冷却材が喪失する事故時には、格納容器隔離弁は、格納容器隔離信号(原子炉水位低又はドライウェル圧力高等)により、ECCS系事故の収束に必要最小限のものを除き自動的に閉鎖される。また、自動的に閉止した弁は、隔離信号がリセットされても自動開にならないよう設計されていることが確認された。

(二) 可燃性ガス濃度制御系の基本設計について

安全設計審査指針は、可燃性ガス濃度制御系につき、格納施設の健全性を維持するため、冷却材喪失事故後の格納施設内に存在する水素又は酸素の濃度を抑制することができる機能を有する設計であることを要求している(指針四五)。

そして、乙一七号証によれば、本件答申において、原子力安全委員会は、本件原子力発電所の可燃性ガス濃度制御系の基本設計について、次のとおり答申していることが認められる。

本件原子力発電所の可燃性ガス濃度制御系の設計は、多重性及び独立性を有し、事故後三〇分以内に中央制御室から手動操作により、再結合器の加熱を開始し、加熱開始後三時間の暖機運転後に系統機能を発揮できる設計となっていること、通常運転時には、格納容器内には不活性ガス系により窒素ガスが充填され、酸素濃度は四volパーセント以下に維持される設計となっていること、また、冷却材喪失事故を想定した場合でも、燃料棒の破損はなく、可燃性ガス濃度は限界に達しないが、可燃性ガス濃度制御系は、仮想事故相当の大量の核分裂生成物の放出(炉内蓄積量の希ガス一〇〇パーセント、ハロゲン五〇パーセント及び固形分一パーセント)を仮定しても、不活性ガス系とあいまって、水素ガス濃度を四volパーセント未満に、酸素ガス濃度を五volパーセント未満に維持できるようにする設計であること、格納容器内の水素ガス濃度、酸素ガス濃度を監視するために、水素濃度及び酸素濃度計測装置が設置される設計となっていることを、それぞれ確認した。また、可燃性ガスの格納容器内濃度については、可燃性ガス濃度制御系の作動により、安全上問題とならない範囲に抑えられると確認した。

そこで、格納容器の健全性を維持するために冷却材喪失事故後の格納容器内に存在する水素又は酸素の濃度を抑制し、水素濃度四volパーセント未満又は酸素濃度五volパーセント未満に維持して可燃限界に達しないようにする可燃性ガス濃度制御系が設けられていることを確認した。

(三) 格納容器スプレイ冷却系の基本設計について

この系統は、格納容器熱除去系に属するところ、安全設計審査指針は、格納容器熱除去系につき、想定される配管破断による冷却材喪失事故に際して、事故後の想定される最大エネルギー放出によって生じる格納容器内の圧力及び温度を低下させるために十分な機能を有する設計であることを要求している(指針四三)。

本件答申は、本件原子力発電所の格納容器スプレイ系について、手動起動することとなっているが、操作時間等については時間的余裕が十分あること、格納容器スプレイ系は、一〇〇パーセント容量の二系統で構成され、多重性、独立性を有していることを確認している。また、静的機器である格納容器スプレイ・ヘッダについては、一系統であるけれども、使用条件、構造等からみて、安全上問題とはならないとしている。

(四) 非常用ガス処理系について

この系統は、格納容器雰囲気浄化系に属するところ、この点について、安全設計審査指針は、冷却材喪失事故時等において、環境に放出される核分裂生成物質及びその他の物質の濃度を減少させる機能を有する設計であることを要求している(指針四四)。

そして、本件原子炉の非常用ガス処理系についての本件答申の内容は次のとおりである。

本件原子力発電所のこの系統は、原子炉棟を負圧に保ち、棟内空気の五〇パーセントを一日で処理できる設計であり、フィルタ・ユニットは一系列で、チャコール・フィルタのヨウ素除去効果を99.99パーセントとして設計されていることを確認した。なお、フィルタ・ユニットの一系列化については、ファン等の動的機器が二系統あることと使用条件、構造等からみて、安全上問題とはならないとしている。

また、ヨウ素除去効率については、実験による裏付けがあること、原子炉棟の気密性については先行炉の実績から定めていること及び定期的に試験することが可能な設計となっていることを確認した。

3 格納容器の強度について

(一) 原告らの主張

原告らは、格納容器について、次のような危険性があると主張する。

① 冷却材喪失事故等により、ベント管からサプレッション・チェンバへ蒸気が逃がされることにより、サプレッション・チェンバのプール内に圧力波が生じると、それが地面と基礎を伝わって台座に振動を与え、圧力容器内部の破損や制御棒挿入不能につながるおそれがある。また、サプレッション・チェンバの支持構造の受ける衝撃が許容限度を超える危険性があり、これが破壊されればECCSに使用する水が失われてしまうことになる。

② 逃がし安全弁が開放されると、蒸気と空気がサプレッション・チェンバに流れ込み、蒸気は凝縮するものの、空気は凝縮しないので激しい衝撃を与え、サプレッション・チェンバを破壊する危険性がある。

③ 地震の際、サプレッション・チェンバのプール内に起きる波で鋼製プールの外殼がねじ曲げられ、格納容器の機能を損なう危険性がある。

(二) 検討

(1) 危険性の指摘

甲四九号証、同五〇号証、同七四号証、証人小村浩夫の証言によれば、一九七六年(昭和五一年)二月一八日、アメリカ議会原子力合同委員会において、GE社を退社した技術者が原子力発電所の格納容器の強度につき原告主張と同旨の内容を含む証言をしたこと、一九七五年(昭和五〇年)、GE社自身が自社の沸騰水型原子炉を見直す研究を行い、リード報告の名前でまとめたものがあるところ、右報告にも原告主張と同様の指摘のあること、NRCは最近格納容器のプール部分から直接外気につながる緊急通気弁(ベント)の設置を電力会社に通告したことが、それぞれ認められる。

(2) 冷却材喪失事故時の現象

ところで、乙二〇号証によれば、冷却材喪失事故時における格納容器内の現象の概略は次のとおりであると認められる。

A 冷却材喪失事故からプールスウェル終了まで

① 冷却材喪失事故が発生すると、原子炉圧力容器及び一次冷却系内の高圧、高温の一次冷却水(蒸気)がドライウェル内に流出し、ドライウェル内圧力・温度が上昇する。

② ドライウェル内の圧力が上昇するのでダウンカマ内のプール水が押し出される現象(ベントクリア)が生じる。

③ ダウンカマ内のプール水がすべて押し出されてしまうと、ドライウェル内非凝縮性気体もサプレッション・チェンバに押し出されてくるので、ダウンカマ出口に気泡が形成される。このとき、サプレッション・チェンバ壁に下向きの荷重が加わり、プール水中の構造物にはドラッグ荷重が加わる。

④ 次に、気泡の成長とともにプール水が上昇するが、このとき、プール水面より上にある構造物には、衝撃荷重、ドラッグ荷重が加わる。

⑤ プール水面の上昇によりサプレッション・チェンバ空間部は圧縮され、プール壁上向きの荷重が加わる。

⑥ さらに、水面が上昇すると水面が壊れるブレークスルーが起こり、水滴が飛散する。

⑦ その後、プール水か自重により落下するフォールバック現象が生じ、プールスウェルは終了する。

B 冷却材喪失事故直後のプールスウェルが終了すると、ドライウェル内の蒸気はベント管を経てサプレッション・チェンバの水中で凝縮を始める。

凝縮の様相はベント管内の蒸気流量の大きさによって、蒸気凝縮振動とチャギング(chugging・炉心中に気泡が発生したり消滅したりすることにより、出力が不安定に振動する現象)に大別される。

ベント管内の蒸気流量が高い間は、ダウンカマの出口に蒸気泡が形成され、凝縮の不安定によって蒸気泡が振動する。これを蒸気凝縮振動と称しており、この時サプレッション・チェンバ内で連続的な圧力振動が観測される。

その後、ベント管内の蒸気流量が低くなると、ダウンカマの出口に蒸気泡を維持することができなくなり、ダウンカマ内で凝縮をするようになる。ダウンカマ内での凝縮量が低下すると、凝縮界面はダウンカマ出口に向かって押し出され、ダウンカマ出口に蒸気泡を形成する。しかし、ダウンカマ出口では急激な凝縮が起こるため蒸気泡は崩壊し、プール水はダウンカマ内に逆流する。そして、再びダウンカマ内での凝縮が始まる。以上の現象は周期的に繰り返され、この現象(チャギング)の時にも、蒸気泡の形成・崩壊に応じて、サプレッション・チェンバ内で間歇的な圧力振動が観測される。

(3) 逃がし安全弁作動時の現象

乙二〇号証によれば、逃がし安全弁作動時の格納容器内の現象は次のとおりであると認められる。

逃がし安全弁が作動すると原子炉内の高圧管内に流入し、管内の圧力、温度が上昇する。これにより、まず、排気管内のプール水柱がサプレッション・チェンバ内に放出される。排気管内の水柱の放出に引き続いて排気管内非凝縮気体がプール水中に放出されて気泡を形成し、周囲との圧力差により膨張収縮を繰り返しながら水面に達する。非凝縮気体が排出し終わると蒸気がプール水中に放出され、安定に凝縮する。

(4) 動荷重の評価

乙一七号証、同二〇号証及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

本件原子炉は、「BWR・MARKI型格納容器圧力抑制系に加わる動荷重の評価指針について」(昭和六二年一一月五日原子力安全委員会決定。以下「動荷重指針」という。)に従い、冷却材喪失事故及び逃がし安全弁作動時における動荷重に対する健全性を維持できるように設計されたものである。

被告が本件原子炉設置許可申請に当たって行った本件原子力発電所の格納容器についての解析結果は、格納容器内に放出されるエネルギーが最大となる冷却材再循環系配管完全破断による冷却材喪失事故の際(ただし、高圧炉心スプレイ系及び格納容器スプレイ冷却系一系統作動)の最高圧力が、ドライウェルで約3.6キログラム/平方センチメートルg、サプレッション・チェンバでは2.6キログラム/平方センチメートルgであり、設計上の格納容器の最高使用圧力の4.35キログラム/平方センチメートルgを下回るというものであった。

ところで、動荷重指針によれば、冷却材喪失事故時及び逃がし安全弁作動時に生じると考えられる動的な荷重は、実機を模擬した実規模実験の結果を用いて評価することとされており、評価方法としては、昭和五九年に株式会社東芝の作成したもの、同年に株式会社日立製作所の作成したもの等があげられているが、前記の解析評価は、株式会社日立製作所の作成した評価方法によって評価を行ったものである。

そして、株式会社日立製作所の作成した評価方法は、具体的には次のようなものであった。

すなわち、①プールスウェル時の荷重については、一九七八年(昭和五三年)二月から実炉の四分の一の規模で行われたアメリカの実験、昭和五一年三月から実炉の八分の一の規模で行われた日立製作所の実験及び一九七七年(昭和五二年)まで実炉の一二分の一の規模で行われたEPRI(Electric Power Research Institute)の各実験に基づいて、サプレッション・チェンバのプール壁に加わる荷重及びベント系に加わる荷重の各解析モデルを作成し、②蒸気凝縮時の荷重については、一九七八年(昭和五三年)から実炉規模で行われたアメリカのFSTF実験に基づいて、サプレッション・チェンバのプール壁に加わる荷重及びダウンカマ横方向荷重の各解析モデルを作成し、③逃がし安全弁作動による荷重については、一九七八年(昭和五二年)一二月から一九七八年(昭和五三年)二月までアメリカのモンティセロ発電所で行われた実験に基づいて気泡振動によるサプレッション・チェンバのプール壁に加わる荷重の解析モデルを作成するというものである。

したがって、このようにして作成した解析モデルによる評価方法には、合理性があるものと認められる。

そうであるとすれば、被告の右解析評価は、原子力安全委員会の動荷重指針に基づき、かつ、合理性を有する評価方法により評価を行ったということができるから、不合理なものとはいえない。

(5) サプレッション・チェンバへ流入する蒸気の凝縮特性

乙二〇号証、同二六号証によれば、冷却材喪失事故時ないし逃がし安全弁開放時において格納容器が健全であるためには、サプレッション・チェンバへ流入する蒸気が十分に凝縮することが前提となるが、この点については、一九六〇年(昭和三五年)に行われたフンボルトベイ実験、一九六二年(昭和三七年)にモスランディング発電所で行われたボデガベイ実験のそれぞれにおいて、サプレッション・チェンバへ流入した蒸気の凝縮は完全であったことが確認されていることが認められる。

したがって、これらを前提とする被告の解析は不合理なものとはいえない。

(三) 判断

前記のGE社の元技術者らの証言、沸騰水型原子炉についてMARKI型から次々と型の改良が行われていること及びNRCがベントの設置を提唱したことは、一般的な危険性を示唆するにとどまり、プール内の圧力波による振動が原子炉の台座に影響を与え、圧力容器内部の破損等を生じるという主張及び冷却材喪失時のプール内の圧力波及び逃がし安全弁開放時における非凝縮性空気がサプレッション・チェンバに激しい衝撃を与えてこれを破壊する危険があるとの主張を裏付けるものとはいえず、右各主張について、これを認めるに足りるだけの証拠はない。

また、地震の際の格納容器の健全性についても、被告の耐震設計を前提にすれば、いまだ本件原子力発電所において地震により格納容器の機能が損なわれるおそれがあると認めるに足る証拠はない。

そして、被告が本件原子炉の格納容器及びその器内部構造物の健全性を維持するについての設計の前提とした動荷重の解析が不合理なものであるとも認められないから、これらの強度について原告ら主張のような危険があるとは認め難い。なお、原告らは格納容器の強度につき実証実験が欠如していると主張するが、前記のとおり、被告は実証実験に基づいた解析モデルを使用して解析評価したものと考えられるから、この点の原告らの主張は採用できない。

したがって、本件原子炉の格納容器に関して、前記認定のように、被告が動荷重指針に従い、冷却材喪失事故及び逃がし安全弁作動時における動荷重に対する健全性を維持できるように格納容器の設計を行っていることからすれば、原告ら主張のような格納容器の機能を害する事象の生じる危険性があるとは認められない。

4 小括

以上のとおり、本件原子炉の格納容器及びその補助系、二次格納施設の基本設計の内容、これに対する本件答申の内容及び格納容器の強度についての前記の検討結果に照らせば、本件原子炉の格納容器及びその補助系、二次格納施設等は、被告主張の放射性物質放出防止のための機能を備えているものと認められる。

第七  本件原子炉の安全解析

一  安全評価審査指針

安全評価審査指針は、原子炉施設の設計の基本方針の妥当性及び原子炉立地条件として周辺公衆との隔離に関する評価の妥当性を判断する審査上の指針を定めたものである。前者については、原子炉施設の通常運転の状態を超えた事象、すなわち、「運転時の異常な過渡変化」について評価を行い、次いで、この運転時の異常な過渡変化の範囲を超える事象、すなわち「事故」について評価を行うものとされ、その対象とすべき事象の選定及び判断基準が定められている。また、後者については、原子炉立地審査指針に基づき、原子炉立地条件の適否を評価する観点から想定する必要のある事象を対象とするものとされている。

安全評価審査指針における解析手法は次のとおりである。

すなわち、原子炉プラントを異常な状態に導く可能性のある多数の事象を整理し、プラントの設計と評価に当たって考慮すべきものとして抽出した事象を「DBE(Design Basis Event)」と呼び、一つのDBEとDBEの発生に従属してその機能が損なわれる可能性のある系統の動作の状況並びに外部電源の状況を組み合わせたものを「想定すべき事象」と呼ぶ。想定すべき事象のうち、プラント寿命期間中に一回以上発生する可能性があると思われるものを「運転時の異常な過渡変化」と呼び、発生する可能性はより低いが、プラント及び周辺公衆により重大な影響を与えるおそれのある想定すべき事象を「事故」と呼ぶ。

また、対象となる原子炉と周辺公衆との隔離につき、重大事故及び仮想事故を想定する。必要最小限必要とされる隔離距離は、当該原子炉の基本構造や安全上の対策等により変化すべきものであり、原子炉の構造、特性及び安全上の諸対策を考慮し、運転時の異常な過渡変化及び事故の解析を参照して、周辺公衆との隔離を評価する観点から、技術的にみて合理的に最大と考えられる放射性物質の放出量を想定することをもって重大事故とし、重大事故としてとりあげられた事故について、これを超える放射性物質の放出を工学的な観点から仮想することをもって仮想事故としている。

二  被告の安全解析と本件答申

乙一七号証によれば、被告は本件原子力発電所の原子炉設置許可申請に当たり、運転時の異常な過渡変化の解析として、安全評価審査指針に基づき選定された一二事象を、事故解析として同指針に基づき選定された六事象を、立地評価の解析として同指針に基づき選定された二事象を対象とした解析を行っているが、そのうち、運転時の異常な過渡的変化解析及び事故解析の評価は、次のとおりであると認められる。なお、立地評価については、第七章第三の四1「原子炉と一般公衆との隔離」の項に述べたとおりである。

1 運転時の異常な過渡変化の解析

安全評価審査指針によれば、運転時の異常な過渡変化につき、炉心は損傷に至る前に収束され通常運転に復帰できる状態にならねばならず、それぞれの事象に応じてこのことを判断する基準は、最小限界熱流束比又は最小限界出力比が許容限界値以上であること、燃料被覆管は機械的に破損しないこと、燃料ペレットの保有熱量は許容限界値を超えないこと、原子炉冷却材圧力バウンダリにかかる圧力は最高使用圧力の1.1倍以下であることとしている。

被告は本件原子力発電所の原子炉設置許可申請に当たり、安全評価審査指針に基づき選定した一二の事象について解析と評価を行った。

右の解析・評価について、本件答申は、次のように評価している。

① 解析手法については、解析に使用されるモデル及びパラメータの選定、単一故障の仮定、計算手法等を安全評価審査指針に従って検討した結果、妥当なものであると判断する。

② 解析の結果によると、最小限界出力比(MCPR)については、「給水加熱喪失」の場合が最も厳しくなるが、その場合でも、許容限界値1.07以上である。

③ 燃料棒線出力密度は、最も厳しくなる「出力運転中の制御棒引き抜き」時においても、約五三キロワット/メートルであり、燃料被覆管の一パーセント塑性歪に対応する燃料棒線出力密度を下回っている。

④ 燃料保有エンタルビの最大値については、「起動時における制御棒引き抜き」において、約二七カロリー毎グラム二酸化ウランであり、「発電用軽水型原子炉施設の反応度投入事象に関する評価指針について」(以下「反応度評価指針」という。)に定められている許容限界値を下回っている。

⑤ 原子炉冷却材圧力バウンダリに加わる圧力については、原子炉圧力の上昇が最も大きい「負荷の喪失」の場合でも、約83.2キログラム/平方センチメートルgであり、最高使用圧力の1.1倍以下である。

⑥ 以上のように、本原子炉施設の運転時の異常な過渡変化は、炉心損傷に至る前に収束され、燃料及び原子炉冷却材圧力バウンダリの健全性は保持され、原子炉は通常運転に復帰できる状態になることから、本原子炉施設の設計は妥当なものと判断した。

2 事故解析

安全評価審査指針によれば、想定した事故事象によって外乱が原子炉施設に加わっても、事象に応じて炉心の溶融のおそれがないこと及び放射線による敷地周辺への影響が大きくならないよう核分裂生成物放散に対する障壁の設計が妥当であることが確認されなければならないが、このことを判断する基準は、炉心は大きな損傷に至ることなく、かつ、十分な冷却が可能であること、原子炉冷却材圧力バウンダリに係る圧力は、最高使用圧力の1.2倍以下であること、格納容器バウンダリにかかる圧力は、設計圧力の1/0.9倍以下であること、周辺の公衆に対し著しい放射線被曝のリスクを与えないこととされている。

被告は、本件原子力発電所の原子炉設置許可申請に当たり、安全評価審査指針に基づいて選定した六事象の解析と評価を行った。

右の解析・評価について、本件答申は、次のように評価している。

① 解析手法は、解析に使用されるモデル及びパラメータの選定、単一故障の仮定、運転員の手動操作における時間的余裕等の考慮、計算手法等を安全評価審査指針に従って検討した結果、妥当なものと判断できる。

なお、事故解析においてヨウ素一三一の冷却材中の濃度として用いている、0.081マイクロキュリー/gは、運転上許容される最大濃度であり、また、追加放出量として用いている一〇〇〇キュリーは、実測データの平均値に適切な余裕をみた値である。

② 解析結果によれば、冷却能力喪失に伴う炉心損傷防止の確保の観点からは、冷却材喪失事故の場合が最も厳しくなるところ、

ⅰ 液相部破断としては、再循環配管については、通常補給系(原子炉隔離時冷却系及び制御棒駆動系ポンプ)を考慮して、破断面積を約一〇ないし二四〇〇平方センチメートルとし、外部電源喪失等を仮定した解析を行っている。その結果によれば、燃料被覆の最高温度は中小破断の場合は約五七〇度(破断面積約五六平方センチメートルの場合)、大破断時の場合約六〇〇度(破断面積約二四〇〇平方センチメートルの場合)となっており、ともに「ECCS性能評価指針」の基準値を下回っている。

ⅱ 気相部破断としては、主蒸気配管について、破断面積を約一〇ないし一六〇〇平方センチメートルとし、外部電源喪失等を仮定した解析を行っている。その結果によれば、燃料被覆の最高温度は、液相部破断の場合よりも低い。

ⅲ また、冷却材喪失事故時において外部電源系が健全な場合の評価も行われており、その結果によれば、大破断時、中小破断時において、ともに燃料被覆の最高温度は、外部電源喪失を想定した場合の解析結果を上回ることはない。

③ 反応度投入事象時の圧力波発生に伴う炉心損傷防止の観点からは、制御棒落下事故が最も厳しくなる。この場合燃料エンタルビの最大値は約一九五カロリー毎グラム二酸化ウランであり、反応度評価指針に定められている基準値を下回り、浸水燃料の破裂を考慮しても、原子炉容器の健全性が損なわれることはない。

④ 原子炉冷却材圧力バウンダリの加わる圧力については、原子炉圧力の上昇が最も大きい制御棒落下事故の場合でも約八四キログラム/平方センチメートルgであり、最高使用圧力の1.2倍以下である。

⑤ さらに、格納容器の健全性については、冷却材喪失事故時の内圧上昇時にも格納容器内圧は、最高使用圧力を下回り、また、可燃性ガスの格納容器内の濃度については、可燃性ガス濃度制御系の作動により、安全上問題とならない範囲に抑えられる。

⑥ 以上のように、想定した事故事象が本原子炉施設に生じたとしても、炉心は大きな損傷に至ることなく、かつ、十分な冷却が可能であること、放射線による敷地周辺への影響が大きくならないよう核分裂生成物の放散に対する障壁の設計が適切に行われること等から、本原子炉施設の設計は妥当なものと判断する。

三  被告の安全解析の妥当性について

原告らは、次のとおり、被告の安全解析には大きな問題があると主張する。

すなわち、被告は、本件原子力発電所の設計に当たり、スクラム失敗、炉心溶融、原子炉暴走、飛行機墜落及び完全停電の各事故を想定不適当として解析の対象から除外しているが、これらを除外する科学的・技術的根拠はなく、単に経済的・技術的観点から設計可能なものを安全解析の対象としたにすぎない。

また、現実の事故はしばしば複数の故障やヒューマン・エラーが原因となっているにもかかわらず、被告は、安全解析において、単一故障・事故を予想し、かつ、ヒューマン・エラーを考慮に入れていない。

さらに、被告の用いた解析コード(SAFER)の信頼性にも疑問がある。

しかし、安全評価審査指針は、原子炉施設の設計の基本方針の妥当性及び原子炉立地条件として周辺公衆との隔離に関する評価の妥当性を判断する審査上の指針を定めたものであり、安全解析は、現実に稼働する原子炉において、その寿命中に発生する可能性のある事故を想定して、その場合における安全性を確認することを目的としているものである。そこで、そのための安全解析には、右目的に沿った事象を合理的に選択すれば足り、安全上の諸対策がすべて無効となる事態までを想定することが不可欠であるとは解されない。したがって、原告ら主張のスクラム失敗、炉心溶融、原子炉暴走、航空機の墜落及び完全停電の各事故を解析の対象としないことが不合理であるとはいえない。

また、被告が安全解析において単一故障・事故を予想していることは原告ら主張のとおりであると認められる。

ところで、安全評価審査指針においては、単一故障の仮定を適用しているが、これは「事故」に対応するために必要な異常影響緩和系の系統、機器について、原子炉停止、炉心冷却及び放射能閉じ込めの各基本安全機能ごとに、その機能遂行に必要な系統、機器の組合せに対して、解析結果が最も厳しくなる単一故障を仮定するものである。そして、安全解析において機器の故障をどの程度に考慮すべきかについては、多様な考え方が可能であるというべきところ、本件原子力発電所の安全確保に係る各機器については、前記のとおり、運転前に使用前検査として、発電用原子力設備に関する技術基準を定める省令及び発電用原子力設備に関する構造等の技術基準に適合するかの検査がなされること、運転開始後も定期検査等の保守管理がなされることに照らすと、安全解析においては、安全評価審査指針の定める単一故障の仮定を採ったことが不合理であるということはできない。

さらに、被告の安全解析においては、ヒューマン・エラーを特に一つの因子として取り上げていないことは、原告らの主張のとおりである。

しかし、そもそもヒューマン・エラーの内容は多種多様であり、いかなるヒューマン・エラーが生じるかを予測するのは困難である。したがって、ヒューマン・エラーを因子として取り上げずに安全解析を行うのも止むを得ないと考えられ、ヒューマン・エラーを考慮していないことをもって、被告の安全解析が信頼できないということはできない。

なお、被告の用いた解析コード(SAFER)の信頼性については、第七章第四の二(四)3「LOCAと燃料被覆管の損傷に関する被告の解析について」に述べたとおりである。

四  小括

以上によれば、被告の行った安全解析が不合理なものであるとは認められない。

第八  運転管理及び設備の保守管理

一  運転管理

1 運転管理に関する法令等

電気事業者は、電気事業の用に供する電気工作物の工事、維持及び運用に関する保安を確保するため、保安規定を定め、運転開始前に通商産業大臣に届け出なければならない(電気事業法五二条)。保安規定には、通常、原子炉施設の運転に関する事柄も含め、発電所の維持運用に必要な事項を定める必要がある(同法施行規則六〇条)。

また、電気事業法に基づき届け出た保安規定とは別に、原子炉施設を主体として保安規定を定め、通商産業大臣の認可を受ける必要がある(原子炉等規制法三七条)。

さらに、原子炉の運転に関し、保安の監督を行わせるため、原子炉主任技術者免状を有する者のうちから、原子炉主任技術者を選任し、通商産業大臣に届け出なければならない(原子炉等規制法四〇条ないし四二条)。その他、原子力発電所に必要とされる主任技術者で届出が必要なものは、放射線取扱主任者(放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律三四条)、公害防止統括者(公害防止組織の整備に関する法律三条)等についても届出を要する。

現実の運転に関しては、通商産業大臣の指定機関(社団法人火力原子力発電技術協会)の認定を受けた者を、原子力発電所の運転責任者として配置しなければならない(実用発電用原子炉の設置、運転等に関する規則(通商産業省令第七七号。以下「実用発電炉規則」ともいう。)一二条二号、三号、運転責任者の認定を行う者を指定(昭和五六年一月二八日通商産業省告示第四一号))。

また、原子炉設置者は、原子炉の運転その他原子炉施設の使用に関する事項を記録し、これをその工場又は事業所に備えておく必要がある(原子炉等規制法三四条)。

2 本件原子力発電所の運転管理

乙二一号証の二、証人水落正志の証言及び弁論の全趣旨によれば、本件原子力発電所の運転管理について、次の事実が認められる。

(一) 保安管理体制

本件原子力発電所の原子炉施設の保安に関する組織は、原子炉施設の運転に関する業務を担当する発電課、燃料管理等を担当する技術課、放射線管理、化学管理及び放射性廃棄物管理に関する各業務を担当する安全管理課、電気設備の補修・改造に関する業務を行う電気補修課、機械設備の保修及び改造に関する業務を担当する機械保修課、周辺監視区域、原子炉建屋等の出入管理に関する業務を担当する総務課から構成され、発電所長がこれらの業務全体を統括する。

本件原子力発電所では、原子炉等規制法四〇条に基づいて選任された原子炉主任技術者が、原子炉施設の運転に関し、運転計画や定期点検など保安に関する計画の作成、法令に基づいて実施される検査の立会、国の運転管理専門官への報告等保安の監督を行うほか、発電所長に対する意見具申、運転に従事する者に対する指示等を行う。

本件原子力発電所における保安管理上の重要事項を審議する機関として、本件原子力発電所には、発電所長を委員長とする原子力発電保安運営委員会が設けられ、本件原子力発電所の安全上重要な施設の保守・修理や事故・トラブルの未然防止対策等本件原子力発電所の保安運営に関する具体的な重要事項が審議され、また、本店には、原子力部長を委員長とする原子力発電保安委員会が設けられ、原子炉施設の変更許可を伴う構築物、機器の改造など原子炉施設の保安に関する基本的重要事項が審議される体制となっている。

(二) 運転員の教育訓練

本件原子力発電所における運転業務は、原子炉の起動、停止操作のほか、主に中央制御室における計器、表示装置等の監視による運転状況の把握、安全上重要な機器、系統の作動試験、発電所内の巡視点検等である。

これらの運転業務は、前記発電課の担当であり、運転員を統括する当直長、当直長を補佐する副当直長、その他運転員五、六名の計七、八名の運転員から構成される五チームが設けられており、うち三チームが二四時間三交代制で原子炉の運転業務に従事している。

運転員には、事前にシミュレータ等による運転訓練によって必要な技能・知識を備えた者が配置され、特に当直長については、前記国の運転責任者資格認定制度による認定を受け、運転に関する専門的技能を有し、運転員を指揮監督するための管理能力を有する者が配置されている。

被告は、運転員の教育、訓練のために、社員を既に稼働中の原子力発電所に出向させて、原子力発電所における実際の運転や保守業務等を習得させている。特に運転員については、計画的に株式会社BWR運転訓練センター(BWR型原子力発電所の運転員を養成、訓練することを目的として福島県大熊町に設置されたものであり、模擬中央制御盤と大型計算機からなる運転訓練用シュミレータを利用することにより、実際の原子力発電所と同様の状況下での訓練を行い、原子炉の運転に必要な専門的分野の講義等が行われている。)に派遣して訓練を行い、また、本件原子力発電所内の原子力技術研修センターの運転訓練シュミレータによる運転訓練も行っている。

二  設備の保守管理

1 設備の保守管理に関する法令等

(一) 定期検査

発電用原子炉及びその付属設備が次回の検査までの間、安全に運転を継続でき、万一事故・故障が発生しても、その影響を最小限に止めることができることを確認するために、国は、電気事業法四七条に基づく定期検査を実施している。

その対象となる設備は、原子炉本体、原子炉冷却系統設備、計測制御系統設備、燃料設備、放射線管理設備、廃棄設備、原子炉格納施設、補助ボイラ及び非常用予備発電装置である(電気事業法施行規則五五条)。

検査時期は、蒸気タービンについては二年を経過した日の前後一月を超えない時期、その他の電気工作物については一年を経過した日の前後一月を超えない時期とされている(同施行規則五六条)。

また、甲一五六号証、同二四七号証及び証人水落正志の証言並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

定期検査の実施方法については、通商産業省が「発電用原子炉及びその付属設備(補助ボイラを除く)に係る定期検査実施要領」及び「標準定期検査要領書」を定めている。右基準によれば、国の検査項目は沸騰水型原子炉では六九項目あり、その内訳は立会検査とするものが二〇項目、記録確認検査とすることができるものが四九項目となっている。記録確認検査とは、通商産業省検査官以外の者(電力会社、メーカー、又は第三者検査機関である財団法人発電設備技術検査協会)が行った検査結果の確認のみをするものである。

そして、我が国の原子力発電所における定期検査の期間は、標準的には三箇月程度であり、検査箇所は大別して炉心部分とそれ以外(タービン系等)に分けることができる。

炉心部分の検査手順の概要は、①原子炉を開放し、②使用済燃料を移動するとともに局所出力モニタを交換し、③制御棒駆動機構の点検手入れ及び照射燃料体の検査を行い、④燃料の取替え及び再装荷を行い、⑤圧力容器復旧と制御棒駆動系の機能試験を行い、⑥格納容器復旧と格納容器の漏洩率検査を行い、⑦起動準備をする、というものである。

検査内容は、①機械品の経年劣化状況を把握するための分解検査、②機器・配管等の経年劣化状況を把握するための供用期間中検査(圧力容器及びその接続配管の耐圧部分とその支持構造物の健全性を確認するために行う検査であり、表面の状態の観察や異常漏洩の確認を行う肉眼試験、機器の表面の傷の有無を確認する表面試験(磁粉探傷試験、浸透探傷試験のいずれか)、被検部の全体積を内部も含めて検査する体積試験(放射線透過試験、超音波探傷試験、渦電流探傷試験のいずれか)及び漏洩、水圧試験(機器に加圧して漏洩の有無を確認する。漏洩の有無は肉眼か、接近が不可能な場合圧力降下量ないし流量等で確認する。)、③計装系の経年劣化状況を把握するための特性試験等である。

なお、右溶接部の供用期間中検査の中には、一度の検査に溶接部のすべての部分を検査するのではなく、一度の検査では溶接部の一部分で足りるとされているものもある。

(二) 保安措置等

原子炉設置者は、原子炉施設の保全、原子炉の運転等につき、通商産業省令で定めるところにより、保全のために必要な措置を講じなければならない(原子炉等規制法三五条一項)。

そして、実用発電炉規則によれば、①原子炉設置者は、管理区域、保全区域及び周辺監視区域を定め、各区域において管理・保安措置を講じなければならないこと(八条)、②放射線業務従事者の線量当量限度(九条)、③原子炉設置者は、毎日一回以上、原子炉施設の巡視及び原子炉冷却施設、制御材駆動機構、電源、給排水及び排気施設についての点検を行うこと(一〇条)、④一定の計器、施設については定期自主検査を行うこと(一一条)、⑤原子炉の運転に関する措置(一二条)、⑥核燃料物質等の運搬に関する措置(一三条)、⑦核燃料物質の貯蔵に関する措置(一四条)、⑧放射性廃棄物の廃棄に関する措置(一五条)がそれぞれ定められている。

(三) 核燃料物質事故届

核燃料物質を所持している者は、所持している核燃料物質の盗取、所在不明その他の事故が生じた場合には、遅滞なくその旨を警察官又は海上保安官に届け出なければならない(放射線同位元素等による放射線障害の防止に関する法律三二条)。

(四) 原子炉等規制法に基づく報告

内閣総理大臣、通商産業大臣は、原子炉等規制法六七条に基づき、実用発電用原子炉等設置者に対し、核燃料物質の在庫及びその増減の状況、放射線管理状況、核燃料物質の廃棄又は運搬の状況について報告を求めることができる(原子炉等規制法施行令二二条)。

また、実用発電炉規則二四条二項によれば、原子炉設置者は、核燃料物質の盗取又は所在不明、原子炉施設の故障、放射性物質の異常漏洩、許容線量を超える被曝等の異常事態が発生した場合には、通商産業大臣に報告しなければならない。

2 本件原子力発電所における設備の保守・管理

証人水落正志の証言及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。本件原子力発電所において、運転員は、それぞれの勤務ごとに、本件原子力発電所内を巡視し、各機器に異常がないかを点検している。

また、通常運転していない機器、原子炉の安全上重要な機器については、定期的に作動させることによって、その機能が維持されていることを確認することとしている。

さらに、本件原子力発電所においては、概ね一年に一回の割合で、本件原子力発電所の運転を停止して、定期点検を実施し、その時に燃料の取替えも行う。定期検査は二箇月ないし三箇月間をかけ、ポンプの分解点検(各ポンプにより分解点検頻度を決めている。)、タービン、発電機の分解点検、放射線モニタの点検・校正(放射線源を設置し、線量率につきモニタの目盛りの校正を行う。)、制御棒駆動装置の分解点検、配管の溶接部分等の健全性の点検(超音波探傷試験等の非破壊検査を用いることが多い。配管は溶接部分を検査しやすい配置にしてある。)等を行う。

燃料は、濃縮度の高いものと低いものとを混ぜて、計画的に燃焼度に差を設け、全燃料から燃焼度の大きいものの三分の一を取り替えることとしている。

三  運転管理におけるヒューマン・エラーの防止対策

原告らは、被告の安全確保策の基本設計が妥当なものであったとしても、TMI事故やチェルノブイリ事故においても、ヒューマン・エラーが一つの要因となっているように、現実の運転管理・保守管理において、ヒューマン・エラーが続出し、事故の危険を高めていることに鑑みると、本件原子力発電所においても、運転管理・保守につきヒューマン・エラーが生じることは避けられず、ヒューマン・エラーを原因とする事故の発生する可能性は十分あるので、本件原子力発電所の安全性は確立されていないと主張する。また、保守管理についても、日常点検については、原子力発電所においては運転中に点検できない部分があるという限界があり、定期点検については、通商産業省の内部的基準において定められた検査項目は沸騰水型原子炉では六九項目と少なく、しかもそのうち通商産業省の検査官の立会検査が実施されるのは二〇項目にすぎず、国の検査も不十分であること、現実の定期検査の現状は極めて杜撰であることからして、十分な点検とはいえないと主張する。

確かに、甲一七号証、同一九号証、同五一号証、乙五号証及び弁論の全趣旨によれば、これまでのさまざまな事故やトラブルが、運転管理上のヒューマン・エラーを一つの要因として発生していることが認められる。

しかし、このようなヒューマン・エラーについては、これを皆無にすることは困難であるにしても、その発生をできる限り減らすような対策を講じることは可能であると解され、被告においては、前記のとおり、①資格制度や訓練により運転員の資質、能力の向上に努めていること、②原子炉出力の抑制やECCSの作動など多くの重要部分については、あらかじめヒューマン・エラーを考慮したシステムとしていること(例えば、制御棒の挿入及び引き抜き操作においては、制御棒の選択を誤ったり、所定の位置以上の操作を行おうとした場合には、挿入あるいは引き抜きができないようなインターロックがかかる仕組みとなっており、スクラムについては、電源が喪失した場合には、即時に制御棒が自動的に炉心内に挿入されるフェイルセイフ機能を有しており、また、ECCSについては、圧力容器内の水位が一定値以上である場合には、運転員の手動操作により注水を止めることができない設計となっている。)、③マン・マシン・インターフェイスに関しては、可能な部分は自動化することによって、ヒューマン・エラーの介入する余地がないようにしていることが、それぞれ、認められる。

したがって、本件原子力発電所の運転管理及び保守管理については、ヒューマン・エラーをできる限り防止するために各種の対策がとられているということができる。

四  小括

以上によれば、本件原子力発電所の、運転管理及び設備の保守管理の内容、検査方法及び運用の実態に照らせば、これらに不合理な点があるとは認められない。

もっとも、後記の昭和六四年一月の福島第二原子力発電所三号機の事象など定期検査により発見されてしかるべき箇所を原因とするトラブルが発生していることからすれば、定期検査等の効果を過大視するのは危険であり、本件原子力発電所においても、ヒューマン・エラーあるいは検査過程における故障等の看過が生ずるおそれがまったくないとまではいえない。しかしながら、本件原子力発電所においては、これらをできる限り防止するための各種の対策がとられ、仮に事故が発生した場合においても、先に認定したような多重の安全保護設備が設けられていることを考え併せると、右のようなヒューマン・エラー等の可能性を完全に否定できないという一般論に基づいて、本件原子力発電所において放射性物質を大量に環境に放出するような事故が起きる具体的な危険があると認めることは困難である。

第九  結語

本章で認定したところによれば、本件原子力発電所は、建設場所について安全な立地条件を考慮しているうえ、安全対策として、異常の発生をできる限り防止し、異常が発生した場合には、できる限りその拡大を防止し、仮に異常が拡大した場合にも放射性物質が環境に放出される事態を確実に防止する対策をそれぞれ講じているものということができ、また、原子炉の運転管理及び設備の保守管理について、不合理な点があるとは認められない。

第八章  過去の重大事故について

第一  原告らの主張

原告らは、過去に発生した事故例を検討すると、次の点が明らかとなったとして、本件原子力発電所においても、TMI事故、チェルノブイリ事故と同様の事故が発生する危険性があると主張する。

すなわち、原子力発電所の多重防護なる安全神話は崩れ、いかなる型の原子力発電所でも人為的ミスによる事故は不可避でかつ防止できない。原子力発電所における部品の種類、数は膨大で、それらすべての品質管理、保守点検作業においてミスが発生するのも不可避であり、最初の故障やミスが小さくとも、これらは連鎖反応を起こしDBEを超えた大事故に発展するものである。そして、原子力発電所側の、当該発電所だけは大事故が起こらないという慢心が事故の原因の一つとなっており、原子力発電所における経済性の優先が、安全性と対立して、事故が発生するというものである。

そこで、TMI事故、チェルノブイリ事故の経過を検討したうえで、同事故と同様の事故が本件原子力発電所において発生する危険性があるのか否かを判断することとする。

第二  TMI事故

TMI事故は、一九七九年(昭和五四年)三月二八日、米国ペンシルバニア州スリーマイル島上にある原子力発電所二号炉(PWR・出力九五万九〇〇〇キロワット。以下「TMI二号炉」という。)において発生した事故である。

TMI事故の経過の概略については当事者間に争いがなく、右当事者間に争いのない事実及び甲五七号証、同五八号証、同二六〇号証、同二七〇号証、乙六号証及び証人久米三四郎の証言によって認められる事実によれば、右事故の経過、周辺公衆への影響及びその原因は、次のとおりである。

一  事故の経過

TMI事故の概要は次のとおりである。

1 事故前の状況

TMI二号炉は、初臨界に達してから一年、営業運転を開始してから僅か三箇月でTMI事故を起こした。この短い期間の間に、TMI二号炉では数多くのトラブルが発生しており、それらを完全に解決しないまま運転が継続されていた。その間のTMI原子力発電所の運転管理状況のうち、TMI事故に直接関連する運転状況の問題点としては、次のことが判明している。

① 加圧器逃がし弁又は安全弁から毎時1.4立方センチメートルもの一次冷却水の漏洩があり、そのため右各弁の出口配管温度が八二度に達していた。TMI二号炉の緊急手順書によれば、この温度が五四度(華氏一三〇度)以上となった場合には、元弁を閉じ、かつ、温度計の指示値を連続記録しなければならないと規定されていたが、これを怠り、そのまま長時間運転が継続された。

② TMI二号炉の運転条件を規定した技術仕様書に違反し、主給水喪失時に直ちに蒸気発生器に給水するための補助給水系の弁が二個とも閉じられたままの状態で運転が継続されていた。

2 事故の発端

(一) 事故の直前、原子炉は定格の九七パーセントの出力で運転されていた。

事故前約一一時間にわたって、二次系の脱塩塔からイオン交換樹脂を再生するための移送作業が続けられていたが、この移送配管に樹脂が詰まったため、移送作業が難航していた。このときに、おそらくは樹脂移送用の水が弁等を制御する計装用空気系に混入したため、脱塩塔出入口の弁が閉じ、主給水ポンプが停止し、ほとんど同時にタービンが停止した。

その結果、一次系の温度、圧力が上昇し、加圧器逃がし弁が開いた。その後も圧力は上昇し、事故発生後約八秒(主給水ポンプ停止後の時間をいう。以下同じ)で原子炉はスクラムした。なお、ここまでは、設計で予想されていたことで、特に異常とはいえない。

原子炉がスクラムしたため、一次系圧力は急速に低下し、加圧器逃がし弁の閉設定圧力以下となったが、この弁が故障して「開固着」の状態となり、一次冷却材が格納容器へと流出することとなった。

(二) 一方、二次系では主給水ポンプ停止により補助給水ポンプが三台とも自動起動し、蒸気発生器に給水しようとしたが、出口側にある二個の弁が閉じられていたため給水できなかった。このため、約二分後、蒸気発生器の二次側の水はほとんど蒸発してしまい、蒸気発生器による除熱能力は急速に低下した。八分後に運転員がこれに気付き、弁を開いて蒸気発生器の除熱能力は回復した。その後の解析によれば、この補助給水を開始するまでの八分の遅れは、引き続いて起こった事故現象にほとんど影響を与えなかった。

(三) 一次系では、格納容器逃がし弁からの一次冷却材の流出が続いた。しかし、中央制御室における加圧器逃がし弁の開閉状態の表示方式が、弁の現実の開閉状態を表示する方式ではなく、弁の開閉を要求する電気信号の状態を表示する方式であり、中央制御室の右弁の開閉状態は「閉」の表示であったため、運転員はこの弁が開放のままであることに気付かなかった。一次冷却材の流出に伴って圧力が低下し、ECCS起動設定圧に達し、高圧注水ポンプが二台とも、二分後に自動起動した。しかし、蒸気発生器の除熱能力が低下していたため一次冷却材が局所的に沸騰し、発生した蒸気泡が冷却材を加圧器に押し上げて、加圧器の水位を上昇させ、一見一次冷却材の量が増加しているかの如き現象を呈した。

運転員は常々加圧器を満水にして圧力制御不能になる状態を回避するよう教育されていたため、加圧器の水位上昇を見て高圧注水ポンプ一台を停止し、残りの一台の流量を最低限にまで絞った上、さらに抽出量を最大にした。すなわち冷却材の量が減少しているのに、これを補給せず、かえって減少を促進する操作を行った。TMI二号炉の緊急手順書によれば、高圧注水ポンプの停止は、加圧器水位だけではなく、一次系の圧力も条件とされているから、運転員の右の措置は緊急手順書に違反した行為であった。

(四) 加圧器逃がし弁から流出した一次冷却材によりドレンタンクの圧力は上昇し、ラブチュアディスクが破れ、格納容器内に一次冷却材が流出した。そして、格納容器サンプに入り、サンプポンプによって補助建屋の放射性廃棄物貯蔵タンクに移送された。

3 燃料の破損

一次冷却材はますます減少し、蒸気泡が増加した。このため、冷却材ポンプの振動が激しくなり、ポンプの破損をおそれた運転員は四台全部を停止した。ポンプが運転されている間は、水と蒸気の混合物が循環して炉心を冷却していたが、ポンプが停止されると流れが止まり、蒸気と水が分離し、炉心の上部が蒸気中に露出し始めた。

事故発生から二時間二〇分後、運転員は加圧器逃がし弁が開いているのに気が付き、元弁を閉じた。だが依然として高圧注水ポンプを全開にして冷却水を注入しなかった。炉心の水は蒸発し、炉心は上部三分の二程度露出したと推測される。また、燃料被覆管と蒸気が反応して、大量の水素が発生した。

事故発生から三時間二〇分後、短時間ではあったが高圧注水ポンプが起動され、一次系内に注水され、炉心は再び冠水した。おそらくこの後、再び炉心が露出することはなかったと思われるが、注水時の急冷により、炉心のかなりの部分の形状が変化(おそらく崩壊)したと推測されている。

4 収束までの経過

事故後三時間二〇分、再度冷却材ポンプを動かして冷却するため、高圧注水ポンプの流量を増加し、一次系を加圧して、約一〇秒間一台の冷却材ポンプを動かした。この結果、ループの気泡が除去され、自然循環が始まったことが確かめられた。事故発生から一五時間五〇分後、冷却材ポンプ一台を再起動し、蒸気発生器を通じての除熱に成功し、事故はようやく制御可能な状態となった。

一次系内にはまだ大量の水素が残っていたが、抽出水の脱気操作と加圧器逃がし弁の元弁を操作することにより、四月二日までにほぼ完全に除去された。同月一三日、一次冷却材に溶解しているガス抜きを開始し、一次冷却材の温度、圧力を下げ、同月二七日からは一次冷却材ポンプを停止し、自然循環冷却による長期冷却に入った。

5 TMI事故による周辺公衆への影響

(一) 環境へ放出された放射性物質の大部分は、気体状の放射性物質で、主として放射性希ガスと放射性ヨウ素である。これらの放射性物質が環境へ放出された経路のうち最大のものは、放射性物質を含んだ一次冷却材が抽出され、補助建屋内の抽出・充填系で脱気される際に出てきた放射性ガスが、配管や機器の漏洩箇所から外へ出たもので、補助建屋の換気系によって、排気筒から環境へ放出されたものである。

また、後には、抽出・充填系のタンクの逃がし弁などから放出されたこともあった。

放出量の推定値につき現在最も信頼できる数値は、放射性希ガス約二五〇万キュリー、放射性ヨウ素のうち、ヨウ素一三一が約一五キュリーである。

また、放射性物質は、サスケハナ川に放出された廃液の一部に含まれており、右廃液放出により放出された放射性物質の量は、ヨウ素一三一が1.23キュリー、ヨウ素一三一及びトリチウム以外の核種が0.24キュリーと推定される。

(二) 環境に放出された放射性物質による周辺公衆の外部全身被曝量は、事故発生から四月一五日までの期間について、主として周辺に配置されていた多数のTLD(Thermo Lumi-nescence Dosimeter・放射線測定器の一種で熱蛍光線量計)の観測値に基づいて評価が行われた。その結果、周辺公衆の個人の最大被曝線量の推定値は約七〇ミリレム(サスケハナ川東岸にあるTMI原子力発電所北門付近において事故発生から数日間連続して屋外に衣服なしでいたと仮定した場合は、約一〇〇ミリレム)である。

また、TMI原子力発電所から半径八〇キロメートル以内の住民約二一六万人についての集団線量につき、現在最も信頼できる値は、家屋の遮蔽効果等を考慮した場合、約二〇〇〇人レム(個人の被曝線量は平均約一ミリレム)である。内部被曝に関しては、環境試料測定値から、ヨウ素一三一の吸入又は摂取による甲状腺被曝線量の最大値は、作業従事者の約五四ミリレムと算定されている。なお、周辺公衆七六〇人について全身計測を行った結果、有意な体内汚染は検出されなかった。皮膚線量なども推定されているが、これらの被曝による健康への影響は、外部被曝より少ないと考えられる。

二  TMI事故の原因

TMI事故が最終的に炉心損傷にまで至った経過は前記認定のとおりであり、右経過によれば、主給水喪失が炉心損傷にまで拡大した決定的要因が、①加圧器逃がし弁が約二時間二〇分にもわたり開放されたままの状態に置かれていたこと、②高圧注水ポンプの流量が約三時間一六分にもわたり最小限に絞られた状態に置かれたことの二点にあることは明らかである。

そこで、本件原子力発電所においても、同様の事態が容易に発生するとすれば、それは本件原子力発電所の安全性に疑問を投げかけるものとなるので、以下この二つの要因につき更に検討する。

1 加圧器逃がし弁開放固着状態の放置

(一) 右弁の開放固着という故障自体は、運転員がこれを直ちに発見し元弁を閉じることによって容易に冷却材喪失を防止できたものである。したがって、右弁の開放固着を長時間にわたり運転員が発見し得なかったことが、TMI事故の決定的要因である。

(二) 前記認定のとおり、運転員が、加圧器逃がし弁の開放固着に気付かなかったのは、中央制御室における右弁の開閉表示が「閉」となっており、これを信じたことにあり、右表示装置の不適切な表示方式がその原因となっている。

ところで、加圧器逃がし弁が閉じていないことは、出口配管の温度が高いことにより確実に検知され得るものである。前記認定のとおり、TMI二号炉の緊急手順書によれば、配管の温度が五四度(華氏一三〇度)に達した場合には、元弁を閉じ、かつ、温度計の指示値を連続記録しなければならないとされている。ところが、TMI事故において、出口配管温度は、主給水ポンプが停止してから三〇秒後には華氏239.4度となり、その後も上昇し、運転員はこれらの温度を確認したにもかかわらず、右弁の開放固着に思い到らなかった。

これは、右事故の発生以前の平常運転時において、右弁又は安全弁から一次冷却水の大量の漏洩があり、そのため右各弁の出口配管の温度が八二度以上まで上昇していたのに何らの措置もとられずに、長時間運転が継続されるという、この緊急手順書に明らかに反する運転管理上の過誤がその一因となっていることは明らかである。

(三) 以上によれば、加圧器逃がし弁の開閉状態の表示の不適切、事故以前の平常運転時において右弁等からの漏洩につき適切な措置を講じていなかった運転管理上の過誤、及び運転員において弁の開閉表示以外の情報により事故発生後の状況を的確に判断できなかったことが、加圧器逃がし弁に関するTMI事故の原因となったものといえる。

2 高圧注水ポンプの流量制限

(一) 前記のとおり、運転員が高圧注水ポンプを停止すること等により冷却材喪失を促進させてしまったのは、加圧器水位計が一見一次冷却材の量が増加したかのような水位を表示したことにより、冷却材喪失はないものと判断したためである。しかし、本件において加圧器水位計が高い水位を表示したのは、一次冷却水の沸騰により発生した蒸気泡が冷却材を加圧器に押し上げたためであり、水位表示自体に誤りがあるわけではない。また、TMI二号炉で使用されていた水位計の他に有効な水量測定方法があったとも認められず、これが設計上の不備であるということもできない。

(二) しかしながら、TMI二号炉の緊急手順書では、特に「注意」として、高圧注水系の運転継続は、加圧器水位が維持されているだけではなく、圧力が安全系作動システム設定圧力以上に保たれているか否かにより判断すべきことが明記されている。この点、TMI二号炉は、一次冷却水の流出に伴って圧力が低下し、ECCS起動設定圧に達していたのであるから、高圧注水ポンプの流量を制限したのは、右緊急手順書に違反したものであった。

そして、1で論じたように、運転員は冷却材喪失事故を疑うべき状況にあったことを考え併せると、高圧注水ポンプの流量を制限し続けたことは、運転員の過誤であるというべきである。

3 事故の要因

ところで、米国原子力発電所事故調査特別委員会は、第一次、第二次報告書に加え、大統領特別委員会報告書、原子力規制委員会特別調査グループ報告書等、公表された報告書によるTMI事故に関する情報に基づき整理し、まとめたものとして、第三次報告書を発表しているが、これによれば、事故を拡大した決定的要因は人的因子であるが、これを単に運転員の誤判断、誤操作に単純化してしまってはならないとし、右以外にTMI事故の原因となった要因として次のものをあげている。

(一) 制御室設計の不備

TMI二号炉の設計は、他の原子力発電所用に設計されたものを、現場の運転者の経験や要望や運転体制等を反映することなく、必要最小限の設計変更をして流用したものであった。また、制御盤、計器等の配置も適切ではなく、TMI事故発生後短時間に一〇〇を超える警報が出るなどして運転員の判断を困難にさせた。

(二) 格納容器の隔離に関する設計上の不備

他の多くの原子力発電所では、格納容器が内圧上昇のみならず、ECCSを含む工学的安全施設の作動信号及び放射線レベルでも隔離される設計であるのに対し、TMI二号炉の格納容器は内圧上昇のみが隔離信号を出すように設計されていた。このためTMI事故においては、長時間にわたって格納容器が隔離されず、放射性物質の混入した一次冷却水が補助建屋に送られることとなった。

(三) 計装用空気系の容量不足

TMI事故は、イオン交換樹脂の移送中に計装用空気系に水が混入して脱塩塔の弁が閉じたのが発端となったと推定されている。計装用空気系は安全系の機器にも接続される重要な系統であって、雑用空気系と連結することは禁じられているのが通常であるところ、調査の結果、TMI二号炉の計装用空気系は容量が不足しており、ほとんど常時所内雑用空気系と連結して使用されていたということである。この設計上の欠陥もTMI事故の一因となったといえる。

(四) 運転管理の不備

(1) 機器の保守、管理の不備

TMI二号炉では多数の機器の故障や不具合が放置されたままになっており、制御室内に点灯していた警報が常時五二個を下回ったことがなかった。また、TMI一号炉では一次系の弁の小漏洩が放置されており、これらの事実は、TMI原子力発電所の機器の保守・管理の水準の低さを物語るものである。

(2) 運転規則等の不備、欠陥

TMI二号炉には、他の原子炉と同様、NRC(原子力規制委員会)が認可した技術仕様書があり、これに基づいて運転手順書、緊急手順書等が作成されていたが、その整備が不十分であり、定期的な見直しもされていなかった。

(3) 運転規則等の違反

加圧器逃がし弁又は安全弁からの漏洩を放置したまま運転を継続していたという重大な規則違反のあったことは前述したとおりである。

(4) 不適切な指示

TMI二号炉の設計では、ECCSの起動信号が発信されている間は、高圧注水ポンプ等を停止したり、流量を絞ったりしようとしてもできないようになっていた。ところが、TMI二号炉では、事故前に何度か高圧注水ポンプの誤作動が起こっていたため、運転員は右起動信号が発信されたときは、プラントの状況を確認する前にこれを切り、手動操作に移るように指示されていた。

このような指示は、安全についての設計上の考慮を無視し、これを無効にするもので、甚だ不適切なものである。

(5) 運転経験の反映の不備

TMI事故以前にも、加圧器逃がし弁の開固着という類似の事象が発生しており、また、TMI事故のような事象が重大な結果となることを警告したドプチー書簡やマイケルソン報告等があった。TMI二号炉においても、一九七八年(昭和五三年)三月に電源異常から加圧器逃がし弁が開固着するという事象を経験しており、この時の経験から弁の開閉表示を制御室に設けたが、この表示方法は、弁が故障した時は必ずしも実際の状況を指示しなくなるという不完全なものであった。

TMI事故はこれらの警告、経験が十分反映されなかった結果生じたものといえる。

(6) 運転員の教育訓練の不備

TMI二号炉の教育訓練は、緊急訓練としては内容が十分ではなく、また、運転員がチームを組んでの訓練もなかった。

第三  チェルノブイリ事故

チェルノブイリ事故は、一九八六年(昭和六一年)四月二六日、当時のソビエト連邦(以下「ソ連」という。)ウクライナ共和国のチェルノブイリ発電所四号炉(以下「チェルノブイリ四号炉」という。)で発生した事故である。

チェルノブイリ四号炉及びチェルノブイリ事故の概略については当事者間に争いがなく、右当事者間に争いのない事実及び甲六号証、同一二八号証、乙七号証及び証人水落正志の証言及び弁論の全趣旨によって認められる事実によれば、同原子炉の概要、右事故の概要及び我が国の事故調査特別委員会における事故原因の評価は、次のとおりである。

一  チェルノブイリ発電所四号炉の概要

チェルノブイリ四号炉の概要は次のとおりである。

1 チェルノブイリ発電所は、ウクライナ共和国の首都キエフの北方約一三〇キロメートルに位置する原子力発電所であり、事故は、当時運転中の四基の原子炉のうちの四号炉(定格熱出力三二〇万キロワット、定格電気出力一〇〇万キロワット)で発生した。この原子炉は、ソ連が独自に開発した黒鉛減速軽水冷却沸騰水型炉(RMBK)であった。

2 RMBKは、減速材として黒鉛を、冷却材として軽水を、それぞれ使用するものであるが、チェルノブイリ四号炉の主要な設計上の特徴は、①多数の縦型の燃料チャンネルを有し、チャンネル内に冷却材を流して燃料を冷却するいわゆる圧力管型炉であること、②ジルコニウム被覆管に収納した低濃縮二酸化ウラン燃料を円筒状に束ねた燃料集合体が用いられること、③減速材として黒鉛ブロックを柱状に積み重ねた黒鉛パイルが用いられること、④タービンに蒸気を直接供給する再循環方式の沸騰水型炉であることなどである。

ソ連は、この原子炉の長所として、①大型の圧力容器が不要であること、②複雑で高価な蒸気発生器が不要なこと、③運転中に燃料交換が燃料チャンネルごとに可能であること、④燃料等の健全性のチェックが燃料チャンネルごとに可能であること、⑤炉心の大型化が燃料チャンネルの数を増やすことにより容易にできることなどをあげている。

一方、短所としては、①大きな正のボイド反応度係数が現れること、②炉心の出力分布が不安定になりやすく、これを安定させるために複雑な制御システムを必要とすること、③各チャンネルの入口、出口の配管が複雑になること、④黒鉛構造物及び金属構造物に大量の熱エネルギーが蓄積されることなどをあげている。

3 チェルノブイリ四号炉においては、冷却材として軽水、減速材として黒鉛を用いていることから、冷却材が沸騰し、その平均密度が下がることにより熱中性子の吸収が少なくなった場合にも、黒鉛による減速効果は変わらないため、冷却材による熱中性子の吸収が減り熱中性子の利用効率が良くなった分、反応度が増えるという特徴がある。

このため、ボイド係数が正の値となり、右ボイド係数にドップラー係数等を総合した反応度出力係数は、定格出力運転時には負の値であるが、低出力運転時には正の値となる。すなわち、低出力状態では、ボイド係数と燃料温度係数を総合しても、ボイド係数のプラスの方が大きいので、原子炉の出力反応度係数がプラスになる。したがって、正の反応度フィードバック特性が働き、炉出力の急激な増大の可能性があり、熱水力学的にも不安定となる。このため、チェルノブイリ四号炉においては、運転規則により七〇万キロワット以下の長時間の運転は禁止されていた。

また、RMBKにおいては、初期炉心では多数の制御棒が挿入されること、また、平衡炉心では高燃焼燃料に隣接して新燃料が装荷されることなどのため、炉心出力分布が複雑になる。さらに、キセノンの毒作用(原子炉の炉心内で核分裂の結果、キセノンが発生することによって中性子吸収が増加し、反応度不足に至ること)や反応度のボイド係数などによって出力分布が不安定になりやすく、複雑な原子炉制御システムが必要とされている。

二  チェルノブイリ事故の概要

1 チェルノブイリ原子力発電所では、一九八六年(昭和六一年)四月二五日に保守のため四号炉を停止し、原子炉の停止前に第八タービン発電機についての試験を行うこととなっていた。右試験は、外部電源が喪失してタービンへの蒸気の供給が停止した場合に、非常用電源が起動するまでの間、蒸気が止まった後も惰性で回っているタービン発電機から得られる電力が、ECCSの一部など所内の電源需要にどの程度応じることができるかを確認しようとするものであった。

2 同日午前一時、試験計画によれば、右試験は、原子炉の熱出力が七〇万ないし一〇〇万キロワットの状態において実施されることになっていたので、運転員は、定格熱出力(三二〇万キロワット)で運転中の原子炉の出力を低下する操作に取りかかった。

同年四月二五日午前一時五分、原子炉の熱出力が定格熱出力の二分の一である一六〇万キロワットとなった状態で、二台あるタービン発電機のうちの一台が送電系統から切り離された。試験計画では出力低下をそのまま続けるはずであったが、給電担当からの要請により、その後、約九時間にわって原子炉の熱出力が一六〇万キロワットの状態で運転が続けられた。

同日午後一一時一〇分、運転員は熱出力を低下する操作を再開した。しかし、運転員が、低出力の運転規則に従って局所出力自動制御系から平均出力自動制御系に切り替えたところ、自動制御装置が作動せず、原子炉の熱出力は三万キロワット以下にまで急激に低下してしまった。

翌二六日午前一時、運転員は、制御棒を手動で引き抜くことにより原子炉の熱出力を二〇万キロワットにまで回復させたが、キセノンの毒作用の進行により、これ以上の出力上昇は困難であった。なお、七〇万キロワット以下の長時間運転は運転規則に違反していた。

3 以上のような状態にもかかわらず、試験を実施するための準備を進め、午前一時三分及び七分に、試験終了後の炉心の冷却を確実に行うことなどのために、二台の主循環ポンプを追加起動させた。この結果、炉心を通過する冷却材の流量が増え、発生熱に対して流量が過大となったため、炉心内の冷却材に占める蒸気泡の体積割合(以下「ボイド率」という。)が減少し、反応度が減少した。また、気水分離器内の蒸気圧力及び水位がいずれも低下した。

運転員は、気水分離器内の水位の低下を防ぐため、気水分離器への給水流量を増やしたが、低出力下では出力及び給水の制御が難しく、気水分離器水位の回復は困難であった。そこで、運転員は、午前一時一九分ころ、気水分離器水位及び圧力に関する原子炉緊急停止信号による炉の停止を防ぐため、同信号をバイパスさせた。運転員は気水分離器の水位の低下を防ぐため気水分離器への給水流量を更に増加し、これに伴い低温の冷却材が気水分離器を介して原子炉内に流入したため、更に炉心におけるボイド率が減少し、負の反応度が加わった。そこで正の反応度を加えて原子炉の熱出力を維持するため、自動制御棒及び手動制御棒を引き抜き、その結果反応度操作余裕が更に低下した。また、運転員は午前一時一九分五八秒、気水分離器圧力の低下を防ぐため、タービンバイパス弁を閉じた。

なお、右の反応度操作余裕という概念は、チェルノブイリ四号炉のようなRMBKに特有の事項である。チェルノブイリ四号炉では、炉心の長さに比して制御棒の挿入速度が遅いことなどのため、各制御棒が予め一定の位置にまで挿入されていなければ、緊急停止信号が発信されても、速やかに必要な負の反応度を投入することができない。反応度操作余裕は、この制御棒の挿入状態による原子炉の緊急停止能力を示す値であり、最も効果的に負の反応度を加えることのできる位置、すなわち負の反応度投入率(単位時間当たりに投入される反応度)が最も大きい位置にある制御棒の反応度投入率を基準にして、負の反応度を加えることのできる制御棒が全部で右制御棒に換算して何本分に相当する反応度投入率を発揮し得るかで表される。

午前一時二二分ころ、気水分離器の水位が上昇してきたため、運転員は給水流量を急激に低下させた。このため炉心に流入する冷却材の温度が上昇し、ボイド率が上昇した結果、正の反応度が加わった。そこで負の反応度を加えて原子炉の熱出力を維持するため、制御棒が自動的に挿入された。

午前一時二二分三〇秒、運転員は、計算機から出力されたデータにより、反応度操作余裕の値が運転規則で定められた原子炉の緊急停止を要する値を下回っていることを知ったにもかかわらず、運転規則に違反し、原子炉の運転を継続させた。

4 同日午前一時二三分、運転員は、原子炉の熱出力が二〇万キロワットの状態において、原子炉の状態を示す各種データが安定したかのような値を示したので、試験の開始を決意した。しかし、実際には、①低出力運転のため反応度出力係数が正となっていた、②ほとんどの制御棒が引き抜かれていたため、原子炉の緊急停止のための反応度操作余裕が極端に減少し、かつ冷却材ボイド係数が大きくなっていた(定格運転時の約1.5倍)、③圧力の低下及び給水流量の急減により冷却材温度が飽和温度近くになり、炉心全体でボイドが発生しやすい状況であった、など原子炉が非常に不安定な状態にあった。

なお、運転員は、試験開始に先立ち、最初の試験が不成功の場合、速やかに再試験が出来ることを意図して、第八タービントリップによる原子炉緊急停止信号を切ったが、これは、試験計画にも反していた。

午前一時二三分四秒、運転員は、残る一台のタービン発電機の蒸気停止加減弁を閉じ、試験を開始した。タービンへの蒸気流が絶たれたため、タービンの回転数が低下し始め、右タービン発電機を電源としていた給水ポンプ及び主循環ポンプの各機能が低下した。このため、炉心に流入する冷却材の量及び給水流量がいずれも減少し、炉心を通過する冷却材の温度が上昇することによって、炉心内におけるボイド率が上昇した。この結果、異常な正の反応度が加わり、熱出力が上昇し始めた。

午前一時二三分四〇秒、運転員は、原子炉緊急停止ボタンを押した。しかしながら、ほとんどの制御棒が引き抜かれた状態であり、反応度操作余裕の値は原子炉の緊急停止が可能な値以下の状態、すなわち、制御棒が効き始めるまでには六秒程度を要する制御棒位置にあったため、原子炉の熱出力の上昇を抑制することができず、午前一時二三分四四秒には熱出力は定格熱出力の約一〇〇倍に達し、いわゆる反応度事故が発生するに至った。

この結果、大量の蒸気の発生、燃料の過熱、燃料の溶融破損、燃料チャンネル内の急激な圧力上昇、燃料チャンネルの破壊へと進展した。

5 同日午前一時二四分ころ、二ないし三秒の間隔で二回爆発があり、すべての圧力管及び原子炉上部の構造物が破壊されるとともに、燃料及び黒鉛の一部が飛散し、原子炉建屋も破壊され、大量の放射性物質が環境へ放出された。

なお、原子炉は、この間に停止し、炉心下方にあるコンクリート部の溶融貫通には至らなかった。事故経過についての我が国の解析によれば、一部の制御棒が炉心に落下し、これが炉心の破壊とともに原子炉停止に寄与した可能性が高いとされている。

また、被害の拡大を防止するため、ヘリコプターにより鉛、粘土等が大量に投下されたり、低温の窒素が原子炉室の下部空間へ供給されたりした結果、同年五月六日までには炉心の温度上昇は止まった。

6 一九八六年(昭和六一年)のソ連報告書及びINSAG報告書(International Nuclear Safety Advi-sory Group・国際原子力安全諮問グループ)によれば、チェルノブイリ事故が発生した同年四月二六日から同年五月六日までの間原子炉から環境へ放出された放射性物質を、五月六日時点に換算すると、希ガス核種については、炉内存在量のほぼ一〇〇パーセントに相当する五〇〇〇万キュリーが、また希ガス以外の核種については、原子炉内に内包されていたものの約三ないし四パーセントに相当する三〇〇〇万ないし五〇〇〇万キュリーが放出されたものと推定されている。

また、右ソ連報告書によれば、同年八月二一日時点において二〇三名が事故による急性の放射線障害と診断され、このうち消防士等二九名が死亡し(事故時に重度の火傷によって死亡した一名及び現場で行方不明となった一名を加えると、右事故による死亡者は三一名となる。)チェルノブイリ発電所周辺では、住民約一三万五〇〇〇人が避難したとされている。

三  我が国の事故調査特別委員会における事故原因の評価

乙七号証によれば、我が国の原子力安全委員会内に設置されたソ連原子力発電所事故調査特別委員会が行ったチェルノブイリ事故の原因等に関する評価は以下のとおりである。

1 チェルノブイリ四号炉の設計及び特性

チェルノブイリ四号炉は、前述したとおり、ボイド係数が正の値であるため、その反応度出力係数が低出力運転時には正の値となる炉心特性を有する。そして、この反応度出力係数が正の値になると、反応度と出力との間に正の反応度フィードバック効果が働き、運転制御により反応度を抑制しない限り、小さな正の反応度の投入により、炉出力の急激な増大の危険性がある。

チェルノブイリ四号炉はこのような反応度フィードバック特性を有することから、特に事故と密接に関連する緊急停止系の設計の評価が重要であるが、チェルノブイリ四号炉の原子炉緊急停止系は、緊急停止時に制御棒を炉心に挿入することによって十分な負の反応度を投入できる設計となっていたものの、制御棒が炉心に完全に挿入されるには約一八秒もかかるため、原子炉緊急停止機能を確保するためには、前述の反応度操作余裕がある程度必要となる。しかしながら、チェルノブイリ四号炉においては、反応度操作余裕の確保は、運転規則という形でしか担保されておらず、警報、インターロック、自動停止など設備面での対策は何も施されていなかった。しかも、この反応度操作余裕の値は、運転員が計算機から出力されるデータをその都度見なければこれを監視することができない設計となっていた。

以上によれば、制御棒の挿入速度の遅さ、反応度操作余裕の監視方法及び反応度操作余裕が設備面で確保されていなかったこと等が、チェルノブイリ事故における原子炉設計面における原因であると評価することができる。

2 運転規則違反

(一) 一九八六年(昭和六一年)八月のIAEA(International Atomic Energy Agency・国際原子力機関(国連))の会合におけるソ連の報告によれば、次の六項目の規則違反がチェルノブイリ事故の第一義的原因であったとしている。

① 反応度操作余裕が規定値を大幅に下回っているのに炉の停止をしなかった。

② 計画より低い出力で試験を行った。

③ 待機中のポンプを起動し、規定値を超える流量で冷却材を流した。

④ タービン二基停止でスクラムの安全信号をバイパスした。

⑤ 気水分離器の水位、圧力のスクラム信号をバイパスした。

⑥ ECCSを切り離したまま運転を継続した。

(二) これらの違反のうち、①は前述したところから明らかなように極めて重大な違反である。運転員は反応度操作余裕が極端に不足したことを認識していたのにもかかわらず試験を強行したのであり、原子炉が極めて危険な状況にあることの認識が不十分だったのではないかと疑われる。

②についても、RMBKにおいては、低出力で著しく不安定になる特性を有しており、熱出力七〇万キロワット以下の連続運転は厳重に制限されていたにもかかわらず、二〇万キロワットの出力で試験を行ったことは、この炉の安全上の特徴ないし問題点を全く理解していない行為である。

③は、もともと試験手順に従った行為ではあるが、過大な冷却材の流量により、炉心のボイドがほとんど消失し、冷却系全体が事故直前にはほとんど飽和に近い状態になり、僅かな外乱で大きなボイド率の変化を生じ得る状態となったのであるから、重大な違反というべきである。

④は、チェルノブイリ事故にとって最後の致命傷ともいうべき違反である。前記のとおり反応度操作余裕が不足しているため緊急停止機能は大幅に低下していたが、この違反がなければ事故は防止できた可能性が高い。運転員のこの違反行為は、試験が失敗した際に容易に試験を反復できるようにと考えたためとされているが、行為の重大性に比して余りにも安易な動機である。

⑤及び⑥は、いずれも一般的には重大な違反であるが、チェルノブイリ事故においては、これらの違反がなくても事故の発生とその進展には基本的な変化はなかったと考えられる。

3 運転管理

ソ連の説明によれば、チェルノブイリ四号炉は、タービン・トリップ後のコーストダウン時に発生する電力を、ECCSの一部を構成するポンプの駆動源として利用できる設計となっていたが、過去の試験ではこの設計性能が満足されなかったため、これを実証することが今回の目的であったとしているが、そうであれば、ECCSが設計通り作動しなくても運転が許可されていたことになる。

また、ソ連の報告書によれば、この試験は原子炉とは関係のない単に電気的試験と位置付けられ、試験手順を決めるに当たり正規の手順を経ず、安全上の考慮も全く形式的であったとのことである。さらに、前記規則違反の②、④及び⑤などは明らかに試験手順と異なっているが、制御室の運転員の判断だけで試験手順の変更が行われた可能性が高い。

このようにみると、チェルノブイリ事故の直接の原因は運転員の規則違反であるとしても、その背後に、安全確保のための管理体制に問題があったことが指摘できる。

4 総合的考察

チェルノブイリ事故は、設計における多重防護の適用における脆弱性を背景としつつ、運転員の多数かつ重大な規則違反により、設計者が予想しなかったような危険な状態に原子炉を導いた結果発生したものである。

運転員の規則違反については、運転員の選定、教育訓練等に問題があったのではないか、運転員のみならず、試験計画者さらには発電所の管理体制全般に安全を最優先するという意識が希薄だったのではないかという点が指摘できる。

また、チェルノブイリ事故は設計上の多重防護が適用されなかったために発生したとはいえ、多重防護の思想の正しさと重要さを改めて示したものであるが、安全確保上、人間と機械がどのように役割分担すべきか(マンマシン・インターフェイスの問題)、巨大なシステムの状況把握を助けるためにどのような対策を講じておくべきか等について問題を提起したものである。

四  チェルノブイリ事故の原因

以上のことからすれば、チェルノブイリ事故の原因は、その原子炉が、炉心特性として低出力運転時には反応度出力係数が正の値となり、正の反応度フィードバック特性を有するにもかかわらず、原子炉緊急停止系の設計が右炉心特性に十分対応したものではなかったこと、運転員に多数かつ重大な規則違反があったこと、運転管理体制及び発電所全般の安全確保に対する意識が極めて不十分であったことにあるということができる。

なお、甲六四号証及び同一二八号証によれば、前記2の運転規則違反の項の④の違反につき、運転中の原子炉を普通に止める場合には、徐々に出力を下げ、その途中でタービンへの蒸気を止めるものであり、その際スクラム信号が出て原子炉が急停止するのを防ぐため、通常、スクラム信号を切っておくものであるから、④の行為は通常の方法によったにすぎないとの見解及び運転規則では熱出力三二万キロワット以下ではタービンのスクラム信号を解除するように定められていたので何ら違反ではないとの見解も存在するところであるが、チェルノブイリ四号炉が、試験開始前、低出力で極めて不安定な状態だったことからして、右の見解は採用し難い。

第四  TMI事故後の原子力安全委員会の活動等

乙二号証、同六号証及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

TMI事故後、我が国においても、原子力安全委員会等が事故の教訓を酌み、安全審査における検討事項等の改善を図っている。

これらの点に関するTMI事故後の原子力安全委員会等の活動は、次のとおりである。

一  原子力安全委員会は、昭和五四年四月三日原子炉安全専門審査会内に「TMI事故調査特別部会」を設置し、情報の収集、分析等の活動を開始した。さらに四月一九日、右部会を発展的に解消し、新たに「米国原子力発電所事故調査特別委員会」を原子力安全委員会に設置し、この事故を調査、検討するとともに、事故の経験から得られた教訓を我が国の原子力の安全確保対策に適切に反映させることとした。

右特別委員会は、昭和五四年五月二八日に、事故の概要を中心とした第一次報告書をまとめ、次いで、同年九月一三日、事実関係を詳細に記述するとともに一応の技術的評価を加え、これから我が国の原子力発電所の安全性向上に資すべき教訓を「我が国の安全確保対策に反映させるべき事項」(いわゆる五二項目)として摘出し、これらを取りまとめた第二次報告書を公表した。

二1  原子炉安全基準専門部会は、第二次報告書で摘出された五二項目のうち、安全基準に関連する一四項目について、それまでの検討を通じて得られた「安全審査に当たり考慮すべき事項ないし考え方」を取りまとめた。この報告を受けた原子力安全委員会は、昭和五五年五月六日、今後の安全審査等にこれを採り入れることを決定した。

そして、同委員会は、昭和五六年七月二三日、右昭和五五年五月六日決定に代えて、同年七月一日付けの「安全審査に当たり考慮すべき事項ないしは基本的な考え方」と題する原子炉安全基準専門部会報告をもって、安全審査に採り入れるものとする旨の決定を行った。右報告内容のうち、沸騰水型原子炉にも関係するものとしては、①安全上重要な系統及び機器を対象として新しい重要度分類案を策定したこと、②原子炉の停止状態及び炉心の冷却状態は二種類以上のパラメータにより監視又は推定できることが必要であるとしていること、③新しいECCS評価指針を定めたこと等がある。

2  原子炉安全専門審査会は、前記五二項目のうち、審査、設計及び運転管理に関する一六項目について「従前からとられている安全確保対策に加え、安全審査等に当たり考慮すべき事項ないしは基本的考え方」を取りまとめ、この報告を受けた原子力安全委員会は、昭和五五年六月二三日、この報告内容を今後の安全規制に採り入れることを決定した。

右報告の内容は多岐にわたるが、前記TMI事故の原因として指摘された要因のうち、沸騰水型原子炉にも関係する部分を概観すると、以下のとおりである。

(一) 審査関係

運転時の異常な過渡変化及び事故時に必要とする安全上重要な系統及び機器が確実に自動作動するよう安全保護系が設計され、その信頼性が確保されることを、各指針に従い、慎重に審査する。また、右事態収束のための運転員の手動操作を期待する際には安全評価審査指針に従い慎重に審査を行う。

(二) 設計関係

運転制御をより一層しやすくするため、制御室におけるプラントの主要なパラメーターの表示のあり方について検討し、また、制御盤等のレイアウトに関して人間工学的観点から検討を行う。

弁の開固着対策としては、逃がし弁又は逃がし安全弁で先駆式のものはバネ式に取り替えることが適当であり、また、弁の異常事象のデータ及び弁の試験結果を反映させる。

(三) 運転管理関係(TMI事故以後、改善が行われ、又は改善が行われることとなった事項である。)

① 非常用炉心冷却系の電気弁の定期点検頻度を三箇月に一回から一箇月に一回に変更される等、点検頻度の見直しが行われた。

② 数多い手動弁の管理方式の改善が指摘され、TMI事故以後、原子炉の安全確保上重要な設備についてチェックシートを作成し、これに基づき主要弁の開閉状態等について運転員が確認することとなった。

③ 運転員の誤操作を防止すべく運転員の教育訓練の充実強化を図るため、運転訓練センター派遣人員を増加するとともに、新たな訓練コースを設置し、訓練内容の充実を図った。また、事故時手順書の見直しが図られた。

④ TMI事故の場合、事故前に同種の異常事象が発生しており、異常事象の把握が重要であることから、TMI事故以後、規制当局による報告徴収の程度が広くなった。さらに、改善の必要な事項は、国の派遣している運転管理専門官を通じるなどにより、運転管理面に反映することとなった。

⑤ 緊急時の放射線測定器及び防護用機材の点検整備状況につき見直しを図った。

3  運転管理体制については、前述のとおり、運転責任者資格認定制度が設けられた(実用発電炉規則一二条二号、三号)。また、TMI事故に鑑み、原子力発電所の運転管理面での監督強化の必要性と、地方自治体からの国による監視監督の強化に対する強い要請に応えるため、常駐の運転管理専門官を原子力発電所に派遣し、運転管理状況を確認する制度が昭和五五年に発足した。

第五  原告らの主張に対する判断

原告らは、本件原子力発電所においても、TMI事故、チェルノブイリ事故と同様の事故が起こる危険性があると主張するが、本件原子力発電所においても同様の事故の発生する危険性があるか否かを判断するためには、これらの事故発生の要因と同様の要因が本件原子力発電所においても存在するか否かをさらに検討する必要がある。

そこで、これらの要因について順次検討する。

一  TMI事故と同様の要因の有無

1 加圧器逃がし弁の開放固着の可能性

乙六号証、証人水落正志の証言及び弁論の全趣旨によれば、本件原子炉は、沸騰水型原子炉であるため、加圧器及び加圧器逃がし弁はいずれも存在しないが、同様の機能を有するものとして主蒸気逃がし安全弁が存在すること、しかし、本件原子炉の主蒸気逃がし安全弁の開閉表示は、弁の駆動部の動きを直接表示する方式を採っていることが認められる。

したがって、TMI二号炉が、加圧器逃がし弁の開閉表示について、弁の現実の開閉状態を表示する方式ではなく、弁の開閉を要求する電気信号の状態を表示する方式を採っていたのとは異なり、本件原子炉では、弁の開閉状態の表示と現実の状態とが齟齬することはないから、運転員がその開放固着に気付かないという事態は考えにくい。

2 非常用炉心冷却系の操作

乙六号証、証人水落正志の証言及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。

本件原子炉は、沸騰水型原子炉であり、原子炉圧力容器内の水位を測定する水位計は原子炉圧力容器に直接取り付けられ、右測定結果を表示するような構造となっており、運転員は、前記の水位計によって、原子炉圧力容器内の冷却水を直接かつ確実に把握することができる。また、TMI二号炉では、ECCSの起動信号が出た場合に、起動信号をバイパスし、その結果、ECCSの手動操作が可能となったが、本件原子力発電所においては、ECCSの起動信号が出ている場合、原子炉圧力容器内の水位が一定値以下である場合には、仮に運転員がECCSのポンプのスイッチを切ってもポンプによる注水を止めることはできない設計となっており、その機能が失われることはない。

したがって、本件原子力発電所においては、TMI事故のように、原子炉圧力容器内の冷却水量の判断を誤り、その結果、非常用炉心冷却系の機能を無効にしてしまうという事態が生じるおそれやECCSの起動信号が出され、原子炉圧力容器内の水位が一定値以下であるのに、運転員の誤った操作によってECCSのポンプによる注水を止めるおそれがあるとは認め難い。

3 その他の要因について

前記のとおり、TMI事故においては、制御室設計や運転管理の不備等が原因の一つとなったが、これらの点につき、本件原子力発電所において、TMI原子力発電所と同様の不備があると認めるに足る証拠はない。

二  チェルノブイリ事故の要因と同様の要因の有無

1 異常な正の反応度の投入の可能性

チェルノブイリ四号炉は、低出力運転時においては反応度出力係数が正となる設計であり、正の反応度フィードバック特性を有していたため、出力が加速度的に上昇し、チェルノブイリ事故へと至ったものである。

これに対し、本件原子力発電所においては、第七章第四の一1(一)「本件原子炉自体の固有安全性」に記載のとおり、ドップラー係数、ボイド係数とも負の値であり、右各反応度係数を総合した反応度出力係数は、低出力領域を含むすべての運転範囲において常に負の値となる設計である。したがって、何らかの原因により出力が上昇しても、反応度係数が負であり、負の反応度フィードバック特性を有しているため、出力の上昇は自動的に抑制される。

このように、本件原子力発電所の原子炉は、チェルノブイリ四号炉とは炉心特性を全く異にしていることから、チェルノブイリ事故と同様の過程で同様の反応度事故が生じることはあり得ない。

もっとも、本件原子力発電所においても、異常な正の反応度が投入される要因として、制御棒の連続的な引き抜き及び制御棒の落下が考えられなくはない。しかし、乙一号証によれば、制御棒の連続的な引き抜きについては、異常な正の反応度が投入されることを未然に防止するため、運転員が制御棒を引き抜こうとした場合には、同時には一本しか引き抜けなくするインターロックを設けるとともに、制御棒の引き抜き中に何らかの原因で原子炉の出力が異常に上昇し、予め設定した値を超えると、それ以上制御棒を引き抜けないよう制御棒引抜阻止信号を出し、右制御棒の引き抜きを阻止するなどのインターロックを設けている。また、右乙一号証及び弁論の全趣旨によれば、制御棒の落下については、制御棒と駆動軸との接続部は、必要とする場合以外は外れない構造とし、定期的な試験により、制御棒と駆動軸とが分離していないことを確認するなどの運転管理上の対策を講じ、万一制御棒が落下した場合でも、制御棒落下速度リミッタにより、落下速度を抑えている。

したがって、本件原子炉においては、チェルノブイリ事故と同様の反応度事故に至る危険性があるものとは認め難い。

2 原子炉緊急停止の遅延の可能性

チェルノブイリ四号炉においては、制御棒の挿入速度が遅いため、反応度操作余裕として一定の本数以上の制御棒をあらかじめ原子炉内にある程度挿入しておかなければならず、また、反応度操作余裕が規定本数よりも低下した場合に原子炉を緊急自動停止させるなどの設備上の対策は何ら講じられていなかった。

これに対し、本件原子炉発電所においては、原子炉緊急停止系が設けられており、異常な正の反応度が投入されることがあったとしても、右原子炉緊急停止系により速やかに原子炉は緊急自動停止され、異常状態の拡大は防止される設計となっており、右の原子炉緊急停止系は、安全保護系の信号により、全制御棒を平均1.62秒以内に炉心に挿入(全ストロークの七五パーセント挿入)することができることは前記認定のとおりである。

また、本件原子力発電所の制御棒系は、運転時の異常な過渡変化時に対しては、炉心特性とあいまって、燃料の許容設計限界を超えることなく、原子炉を臨界未満にし、かつ、維持し得るようなスクラム特性を有すること、また事故時に対しては、炉心の大きな損傷に至ることなく、原子炉を臨界未満にし、かつ、維持し得ることが、原子炉設置許可申請における原子力安全委員会の審査においても、確認されていることは、先に認定したとおりである。

3 運転管理体制等の問題点

前記のとおり、チェルノブイリ事故においては、運転管理体制上の問題点が原因の一つとなったことは明らかであるが、本件原子力発電所において、同様の運転管理体制上の問題点があると認めるに足る証拠はない。

むしろ、TMI事故の後、我が国では運転員の教育・訓練・運転責任者資格認定制度の設置等、運転管理体制の強化が図られていることは前述のとおりである。

三  小括

以上によれば、TMI事故又はチェルノブイリ事故が発生したことから、本件原子力発電所において同様の事故が発生する具体的な危険があるとは認め難い。

第九章  原告ら主張の重大事故発生の蓋然性について

原告らは、本件原子力発電所においても、冷却材喪失事故、暴走事故が発生する危険性は現実的なものであると主張する。そこで、本件原子力発電所において、このような重大事故が発生する危険性があるか否かを順次検討する。

第一  冷却材喪失事故発生の蓋然性の有無

一  原告らの主張

原告らは、応力腐食割れなど配管破断を引き起こす種々の要因は未だ解決されておらず、その要因の一つであるヒューマン・エラーは不可避なものであること、右事故は極めて些細なことからでも起こるものであり、その兆候を事前に発見することは極めて困難であることなどから、本件原子力発電所でも、冷却材喪失事故の発生する蓋然性があり、そのことは、過去に他のいくつもの原子力発電所において、冷却材喪失事故ないしその危険性のある事象が発生していることから明らかであると主張する。

二  炉心溶融の危険性

原子力発電所においては、炉心の冷却材が失われると、炉心の温度が上昇し、放置すれば炉心損傷や炉心溶融という重大な結果に至る可能性があることは、当事者間に争いがない。

また、甲一五一号証によれば、アメリカ物理学会軽水炉安全性研究グループは、大口径配管破断等が発生し、かつ、有効な冷却がない場合に起こる経過の概略を、次のように説明していることが認められる。

大口径配管破断等が発生すると、冷却水は炉内から流出し、その結果、冷却材であり減速材でもある水が突然なくなるので、核分裂の連鎖反応は停止する。しかし、右連鎖反応が停止しても、核分裂生成物の崩壊が続くため、崩壊熱が発生し、有効な冷却がない場合には、燃料である二酸化ウラン、燃料被覆管の成分であるジルカロイ及びその他スチール等の融点まで達して、炉心が溶融・崩壊する。そして、その溶融炉心物質が、圧力容器を貫通し、格納容器を崩壊して、放射性物質を環境に大量放出する。

三  冷却材喪失の事故又は事象

過去現実に発生した冷却材喪失の事故のうち、最大のものは、前記のTMI事故であるが、そのほかの事例としては次のようなものがある。

1 美浜原子力発電所二号機の事象

甲五九号証ないし同六三号証、同二四七号証及び証人久米三四郎の証言によれば、次の事実が認められる。

関西電力株式会社美浜原子力発電所二号機(加圧水型、定格出力五〇万キロワット、昭和四七年運転開始)において、平成三年二月九日、蒸気発生器(SG・Steam Generator)細管(伝熱管)一本が完全破断して、原子炉が緊急停止するとともに、ECCSが起動するという事象が発生した。

通商産業省原子力発電技術顧問会内に設置された調査特別委員会の調査に基づいて平成三年一一月にまとめられた通商産業省資源エネルギー庁の報告書においては、SG細管破断の原因は、SG細管の振動を抑止するための振止め金具(AVB・ANTI - Vibration Bar)が、製造時に、設計に反して、本来入っているべき当該損傷伝熱管の範囲まで入っていなかったため、破断を起こしたSG細管を含む一部のSG細管が振止め金具に支持されない状態となり、SG細管のU字部に流力弾性振動が発生し、固定支持となった第六管支持板部に面圧が作用する状態で流力弾性振動による繰り返し荷重が作用したため、第六管支持板部で高サイクルのフレッチング疲労により亀裂が発生し、破断に至ったものと考えられるとしている。

2 福島第一原子力発電所二号機における二つの事象

甲二三九号証の一、同二六五号証、証人野田克己の証言及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

東京電力株式会社福島第一原子力発電所二号機(沸騰水型原子炉、定格出力七八万四〇〇〇キロワット、昭和四九年運転開始)において、昭和五六年五月一二日、高圧復水ポンプ吐出圧力警報設定器の電源回路遮断器の誤作動により、高圧復水ポンプが止まり、冷却材が減少して原子炉水位が低下したために緊急停止する事象が起こった。

また、同機においては、平成四年九月二九日にも、高圧復水ポンプ三台の点検の際に、作動信号を送り制御できているかを検査し、検査終了後はそれを解除すべきところを、一台につきそれを放置したため、停止しているにもかかわらず運転信号が発生する状況となり、それが原因で全給水ストップとなり、原子炉水位低で緊急停止して、ECCSが作動する事象が発生した。

3 浜岡原子力発電所三号機の事象

甲二七一号証の一ないし四によれば、次の事実が認められる。

中部電力株式会社浜岡原子力発電所三号機(沸騰水型原子炉、定格出力一一〇万キロワット、昭和五一年運転開始)において、平成三年四月四日、給水ポンプの流量が減少し、原子炉へ給水する流量が低下し、原子炉水位低の信号により緊急停止装置が作動し、自動停止する事象が発生した。

中部電力株式会社の調査によれば、右の原因は、給水ポンプの制御装置中の流量制御基盤に使用しているコンデンサ(金属化プラスチックフィルムコンデンサ)が故障し、使用していた二台の蒸気で駆動する原子炉給水ポンプのうちの一台の給水ポンプへ供給する蒸気量を急減するような誤信号を出したため、給水ポンプの流量が減少し、原子炉へ給水する流量が低下したことによるものであるとされている。

4 その他の事故又は事象

甲二四七号証によれば、外国においてSG細管が破断した事例は、一九七五年(昭和五〇年)二月のポイント・ビーチ原子力発電所一号炉(定格出力五〇万九〇〇〇キロワット)の事例をはじめとして八件あり、その原因は、応力腐食割れによるもの、誤って置き忘れられた器具や混入した異物によって磨耗減肉したことによるもの、管板上に堆積したスラッジ中のリン酸が濃縮したことによるもの、デンティング(酸化鉄などが成長したり、たまったりすることによる細管の腐食現象)により管支持板が変形しU字管部に過大な曲げ応力を付加したことによるものなどであることが認められる。

四  冷却材喪失事故の原因

右の各事例から明らかなように、冷却材喪失の原因は、冷却材圧力バウンダリの配管が破断する場合と冷却材の給水喪失の場合とに大別される。

そして、右の事例における配管破断の主な原因としては、応力腐食割れ、化学的腐食による配管の割れと減肉、振動、異物との接触による磨耗などがあり、また、給水喪失の原因としては、加圧器逃がし弁の開固着、高圧復水ポンプ吐出圧力警報設定器の電源回路遮断器の誤作動、給水ポンプの制御装置中の流量制御基盤の故障などがある。

五  本件原子力発電所における冷却材喪失事故発生の蓋然性の有無

1 本件原子力発電所における配管破断の防止策

そこで、まず、本件原子力発電所における配管破断の防止策を検討する。

本件原子炉においては、冷却材圧力バウンダリにおける配管等破断防止のため、配管等の材料に耐食性の強いステンレス鋼を用いるほか、復水器で溶存酸素を脱気する等の水質管理を行い、化学的腐食を防止し、また、溶接時の入熱量を減らすなどの適切な溶接方法ないし溶接管理を行うことにより、ステンレス鋼の残留応力の低減等を図り、ステンレス鋼には炭素含有量の低い低炭素ステンレス鋼を使用し、耐食性が減少しないような溶接を行い、溶存酸素を脱気するなどの管理を行うことによって、応力腐食割れの要因を減らすなどして、原子炉冷却材圧力バウンダリの健全性を確保していることは先に第七章第四の三「原子炉冷却材圧力バウンダリの健全性の確保」に認定したとおりである。

また、乙一号証、平成四年一〇月八日実施の検証の結果及び弁論の全趣旨によれば、冷却材圧力バウンダリの配管については、設計後も各段階において溶接検査を含む使用前検査が行われ、運転開始後の定期検査も、配管部分の検査は毎回行われ、その際には、配管の肉厚も検査していること、地震時における急激な振動を抑制するため、冷却材再循環ポンプはコンスタントハンガにより格納容器内の構築物からつり下げられるとともに、スナッバ(防振器)等により支持されていることが認められる。

2 本件原子力発電所における給水喪失の防止策

沸騰水型原子炉においては、冷却材再循環系の水により炉心で蒸気を作り、この蒸気によりタービンを回して発電する仕組みとなっており、したがって、冷却材が蒸気となり減少した分は給水配管によって補給することは、前記のとおりである。

また、乙一号証及び証人水落正志の証言によれば、次の事実が認められる。

本件原子力発電所においては、復水器で凝縮した復水は、低圧復水ポンプにより復水浄化装置へ送られて、高圧復水ポンプで昇圧され、低圧給水加熱器で加熱した後、給水ポンプの吸込側へ導かれる。そして、その給水は、高圧給水加熱器を経て、原子炉圧力容器に送られる。本件原子力発電所には、低圧復水ポンプ、高圧復水ポンプ及び原子炉給水ポンプについて、それぞれ五〇パーセント容量のものが三台設置され、うち各一台は予備とされている。

3 小括

右に述べた本件原子力発電所における各防止策及び先に第七章第四の三「原子炉冷却材圧力バウンダリの健全性の確保」に述べた被告の異常発生防止策によれば、本件原子炉において、冷却材圧力バウンダリの配管等の破断又は給水喪失による冷却材喪失の事象が発生するということは極めて考え難い。

ちなみに、本件原子炉は、美浜原子力発電所二号機とは炉型が異なり、蒸気発生器が存在しないから、これとまったく同様の事象の発生は考えられない。

また、TMI事故においては、加圧器逃がし弁の開固着がその原因となったものであるが、TMI二号炉において加圧器逃がし弁の開閉表示について、弁の現実の開閉状態を表示するのではなく、弁の開閉を要求する電気信号の状態を表示する方式がとられていたのとは異なり、本件原子炉の主蒸気逃がし安全弁の開閉表示は、弁の駆動部の動きを直接表示する方式であり、運転員がその開固着に気が付かないとは考えにくい構造であることは、先に第八章第五の一「TMI事故と同様の要因の有無」で述べたとおりである。

もっとも、冷却材圧力バウンダリにおける配管は、運転中絶えず、応力、振動、腐食等の危険にさらされていること、前記の事例からして、各種の検査において、不適合箇所の見落としなどが絶対に起こり得ないとはいえないこと、また、人為的ミスが予想を超えたところに起こることがあり、これを完璧に除去することは困難であることなどを考えると、冷却材圧力バウンダリにおける配管の破断が生じる可能性及び給水が喪失する可能性を完全に否定することまではできない。

しかし、本件原子炉においては、大破断LOCAが起こった場合であっても、燃料棒に破裂が生じないことは前記認定のとおりであり、被告の異常拡大防止対策及び放射性物質放出防止対策の内容並びに安全解析の結果に照らせば、仮に冷却材喪失の事象が発生したとしても、原子炉緊急停止系、ECCS、逃がし安全弁等の機能によって、当該事象は安全に収束するものと認められる。

したがって、本件原子力発電所において炉心溶融事故など大量の放射性物質を環境に放出するような重大事故にまで至る具体的な危険があるとは認め難い。

第二  暴走事故発生の蓋然性の有無

一  原告らの主張

暴走事故は、原子炉が反応度の異常増加により制御範囲を超えて出力上昇する状態になる現象であり、その結果として、圧力容器の破壊等により放射性物質の周辺地域への放出のおそれもある重大な事故であるが、原告らは、本件原子力発電所においては、①本件原子力発電所の原子炉は、急激にボイドが潰れるような事態が発生すれば出力が急上昇しやすいことから、特に他の型の原子炉と比べて安全であるわけではなく、現に、アメリカのラサール原子力発電所において、一九八八年(昭和六三年)三月九日、冷却材再循環ポンプの停止及びそれによる給水加熱喪失を原因とする出力発振事故(以下「ラサール事故」という。)が発生していること、②主蒸気隔離弁閉鎖や冷却材喪失等によっても暴走事故へ至る危険性があること、③暴走事故を防止するスクラムに失敗する可能性は十分考えられること、などの各点から、暴走事故が発生する蓋然性が十分認められると主張する。

二  沸騰水型原子炉の固有安全性

原子力発電所の反応度出力係数は、ドップラー効果、ボイド効果等を総合したものであり、沸騰水型原子炉は炉心熱出力の増加に伴い、右両効果とも負の方向に進むので、反応度出力係数は常に負となることは前記のとおりである。

しかし、甲二四二号証及び証人小村浩夫の証言によれば、ボイドが何らかの理由により消滅すれば、原子炉出力は増加すること、原子炉出力の増加によりボイドが増加することになるが、ボイド数は、炉心内の水の流量の増加、水温の低下及び炉内圧力の増加により減少し、右ボイド減少量が、前記のボイドの増加量を上回る場合には、炉心のボイド量は全体として減少し続け、出力は上昇すること、右上昇傾向がドップラー効果等他の負の反応度要因よりも強い場合には、出力は上昇を続け、右出力上昇を阻止する手段を講じない場合には、暴走事故に至る可能性があることが認められる。

また、右各証拠によれば、異常なボイド数減少による出力上昇を回避するためには、冷却材の炉心流量の急増、水温の急降下、炉内圧力の急上昇を避ける必要があることが認められる。

三  出力発振の蓋然性

1 ラサール原子力発電所二号炉における事象

BWR五型であるラサール原子力発電所二号炉において、一九八八年(昭和六三年)三月九日、ボイドの増減が原因と考えられる出力発振事象が発生したが、甲七三号証、同七七号証の一及び二、同二六六号証、同二六七号証、証人小村浩夫の証言並びに弁論の全趣旨によれば、その概要は、次のとおりであると認められる。

計器保守技術者が、うっかり炉内水位回路と基準水位回路の等化バルブを開けてしまい、両回路が結合してしまい、両回路間に圧力等化が生じ、給水位制御システムに見かけ上高い水位が表示され、そのために給水ポンプが給水量を減少させてしまった。バルブのミスに気付いて直ちに基準水位回路を炉内水位回路から切り離したが、そのため水位レベルが低の指示値のままになってしまい、それによって、同じ基準水位回路を使っている他の水位スイッチが作動し、ATWS(Anticipat-ed Transient without Scram・過渡変化時のスクラム不作動)信号によって原子炉再循環ポンプ二台がトリップした。その結果、原子炉出力が八四パーセントから約四〇パーセントに急激に減少し、給水加熱器が自動的に隔離され始めたため、給水が加熱されなくなって水温が低下し、冷水が炉心に入ることによりボイドをつぶして正の反応度が投入された。そこで、水位変化を十分に把握しながら給水位を制御し、給水加熱と再循環ポンプの再起動を行おうとしたが、再循環ポンプの再起動には失敗した。

この原子炉は、事故前には八五パーセント出力であったため、制御棒ラインが高い状態にあり、また、自然循環のため低流量状態にあったため、炉心領域におけるボイドの急速な生成と消滅により中性子束発振が始まった。事故発生後約五分で、局所出力領域モニタにより多数の出力高や出力低の警報が記録され、また平均出力領域モニタの記録によれば、二、三秒間ごとに最大出力の二五パーセントから五〇パーセントの間で発振していた。局所出力領域モニタのレコーダーには限界があったため、実際の中性子束発振(約七五パーセントの出力)はレコーダーの表示値よりも大きかった。結局、平均出力領域モニタの中性子束高(一一八パーセント)により炉は自動的にスクラムした。

2 本事象の原因

本事象の原因について、被告は、ラサール二号炉においては、運転時から炉心の径方向の出力分布の歪みが極端に大きかったところに、冷却材再循環ポンプが二台停止したため、この事故が発生したと主張し、証人水落正志も、ラサール二号炉では相当期間にわたって、制御棒の挿入位置、再循環ポンプ流量とのバランス等が通常の運転操作方法と異なり、原子炉上部の出力が上がり過ぎ、出力が平均化されていなかったのが原因である旨証言するが、甲七七号証の一及び二によれば、AEOD(Office for Analysis and Evaluation of Operation Date・アメリカ原子力規制委員会内のデータ分析評価室)特別報告には、右のような出力分布の歪みが極端に大きかったとの指摘はなく、他に右主張を裏付ける証拠はない。

むしろ、甲七三号証、同七七号証の一及び二並びに証人小村浩夫の証言によれば、この事象の原因については、急速な反応度上昇によって通常のボイドよりも大きなボイドが発生して膜沸騰状態になり、そのボイドが流路を塞いで局部的に圧力を上げるとともに、一転して反応度を下げ、次には、そのボイドがつぶれて、圧力低下とともに冷水を引き込み、反応度が上昇するというサイクルが進行したためではないかと推測する見解があり、AEODの要請によりブルックヘブン国立研究所が、右ラサール二号炉の事象についてのシュミレーションにおいても、右見解の示すところと同様の経過によってラサール二号炉の事象で生じたものと同様の出力発振が発生していることが認められ、本件の証拠上は、右の見解以上に有力な見解は見当たらない。

3 出力発振の危険性

甲七七号証の一及び二によれば、次の事実が認められる。

AEOD特別報告は、右ラサール二号炉の事象において、運転員が再循環ポンプの再起動に成功していたならば、急激な反応度が投入されることによってさらに事態を悪化させた可能性があること、出力発振時にタービン・トリップや主蒸気隔離弁の閉鎖が起こり、そのためにボイドが崩壊してさらに反応度が投入された場合には燃料損傷が生じていたかもしれないと、その危険性を指摘している。

また、同報告は、沸騰水型原子炉の事業者に対して、沸騰水型原子炉の運転においては、出力発振の不安定領域に入る可能性のある再循環流量の減少や喪失などが生じた場合には、直ちに制御棒を八〇パーセントロッドライン以下まで挿入すること、通常の原子炉起動時には、再循環流量を増加させ、原子炉停止時には何本かの制御棒を挿入した後に再循環流量を五〇パーセント以下に減少させること、これらにより出力発振を防止し制御することができない場合には、直ちにスクラムすることの各手順を開発するように勧告している。

4 本件原子力発電所における出力発振事象発生の蓋然性

(一) 出力発振の一般的な可能性

甲七七号証の一及び二によれば、右AEOD特別報告において、一般論として、ラサール二号炉以外の沸騰水型原子炉においても、不安定な出力発振は起こり得ることが指摘されていることが認められる。

被告は、本件原子力発電所においては、解析により再循環ポンプ二台停止が生じても出力発振が起こらないことを確認していると主張し、証人水落正志も右被告の主張に沿う供述をするが、右のような解析結果を裏付けるに足る証拠はなく、右の供述だけでは、本件原子力発電所においては、出力発振の起こる可能性がないとは認め難い。

そこで、さらに具体的に右事象の発生する蓋然性の有無を検討することとする。

(二) 再循環ポンプ停止の防止

沸騰水型原子炉の出力の調整、制御は、再循環ポンプの回転数を制御することによって行われているが、ラサール事故は、再循環ポンプ二台が停止したことが発端となっている。

本件原子力発電所においては、前記のとおり、前記各機器と同様、再循環ポンプについても、原子力安全委員会の安全審査及び使用前検査を経ており、また、運転開始後は電気事業法に基づく定期検査を受けることとなっている。

また、乙一号証及び弁論の全趣旨によれば、本件原子力発電所では、多重性確保のため再循環ポンプを二台運転し、一台のみの運転でも、六五パーセントの負荷をとることができる設計となっていること、仮に全再循環ポンプ動力が喪失した場合でも、再循環ポンプ及び同駆動電動機の慣性定数が五秒プラスマイナス一〇パーセントと、流量のコースト・ダウンを十分緩やかにする設計となっていることが認められる。

(三) 制御棒引抜監視装置の設置

乙一号証及び証人水落正志の証言によれば、本件原子力発電所では、制御棒の操作が原因となって原子炉の中の一部の出力が上がることのないように、その操作を制限する制御棒引抜監視装置を設けていることが認められる。

なお、右証人水落正志は、本件原子力発電所においては、ラサール二号炉と異なり、炉心の径方向の出力分布の平坦化を図っている旨の供述をするが、ラサール二号炉の場合とどのように異なるのかは必ずしも明らかではない。

(四) 出力発振の検知

本件原子力発電所における平常運転時における原子炉出力の監視方法については、第七章第五の一1(一)「原子炉出力の監視」に述べたとおりである。

すなわち、炉心には八〇チャンネルの局部出力領域モニタ(LPRM)を設置し、炉心の局部出力の連続測定を行い、過剰出力に対して警報を出す。また、あらかじめグループ分けした局所出力領域モニタの各増幅器からの出力信号を平均化する機器で構成される平均出力領域モニタを六チャンネル設け、この平均出力領域モニタは、燃料被覆管の損傷を防止するため、平均中性子束が定格出力時における一二〇パーセントになったときには、原子炉スクラム信号を出す設計となっている。また、証人水落正志の証言によれば、六個の平均出力領域モニタは、炉心全体から平均的に検出できるようになっており、六個は三個ずつA、B二つのチャンネルに分かれ、A、B各組の中の一個が動作した場合にスクラムするシステムとなっていること、A、B各組は電気的にも物理的にも分離し独立性を保っていること、なお、スクラムする中性子束は、一二〇パーセントで確実にスクラムするように、計器の誤差を考えて一一八パーセントに設定していることが認められる。

そして、甲七七号証の一及び二並びに証人水落正志の証言によれば、出力発振には、炉心全体の出力が同じように上下するイン・フェーズ(in phase)と、炉心の半分ずつが上下反対方向にいくアウト・オブ・フェーズ(out of phase)があるところ、本件原子力発電所における平均出力領域モニタはある程度領域別になっていることが認められるので、イン・フェーズだけでなく、アウト・オブ・フェーズ型の出力発振にも一応対応でき、また、前述のとおり、局所的な過剰出力に対しては、局部出力領域モニタが警報を出すので検知は可能であると考えられる。

(五) 運転上の留意

証人水落正志の証言によれば、本件原子力発電所においては、再循環ポンプ二台停止の場合には、AEOD勧告のように常に制御棒を八〇パーセントロッドラインまで挿入するのではなく、原子炉が出力と自然循環流量における不安定な領域にあるときには、これを回避すべく一部の制御棒を入れ、その領域以外であるときには、監視を続けながら、出力発振が起きるようであれば原子炉を手動でスクラムすることとしていることが認められる。

(六) 判断

以上を総合すると、本件原子力発電所においては、出力発振事象が生じる可能性が全くないとまではいえないものの、その発生の可能性は極めて低いと認められる。

四  主蒸気管遮断による原子炉内圧力の増加

1 主蒸気遮断のための弁

乙一号証及び甲二四二号証によれば、次の事実が認められる。

すなわち、本件原子力発電所では、主蒸気管に、大別して二つの目的から、これを遮断するいくつかの弁が設けられている。一つは、事故時に閉じて主蒸気管を遮断することによって、原子炉圧力容器と主蒸気管を隔離し、事故が他方に波及することを防止するもので、主蒸気隔離弁がこれに当たる。主蒸気隔離弁は、主蒸気管が格納容器を貫通する部分の前後に付け、主蒸気管一本につき二個付けられている。他の一つは、タービンや発電機の故障等による停止時に閉じて、主蒸気管を遮断し、タービンへの蒸気流入を防いで、タービン等を保護するためのもので、主蒸気止め弁、主蒸気加減弁、中間止め弁等がこれに当たる。これらの弁はタービン建屋内にあり、前二者は高圧タービンに至る前に、中間止め弁は低圧タービンに至る前に設置している。

また、主蒸気隔離弁は、事故により炉心から放射性物質が放出された場合に、これを環境へ出さないための装置であるから、事故発生要因ないし徴候があれば閉鎖される。本件原子力発電所における主蒸気隔離弁閉鎖信号は、原子炉水位低、主蒸気管放射能高、主蒸気管圧力低、主蒸気管流量大、主蒸気管トンネル温度高及び復水器真空度低である。

主蒸気止め弁等タービン保護のための弁は、タービン破損の危険のある場合には比較的簡単に閉鎖される。

2 主蒸気管遮断による原子炉内圧力増加の防止

甲七三号証、同二四二号証及び証人小村浩夫の証言によれば、主蒸気管が遮断されると、原子炉で発生する蒸気の行き場がなくなり、原子炉圧力が上昇するが、その場合、直接の圧力効果と、圧力上昇に伴って冷却材沸点が上昇してしまうことにより、ボイドつぶれが起こり、出力が上昇することが認められる。したがって、主蒸気管遮断の場合には、原子炉圧力の増加を抑制するシステムが必要である。

本件原子力発電所においては、前述のとおり、圧力偏差信号により、タービン・バイパス弁及びタービン蒸気加減弁の開度を制御することにより、蒸気を処理し(タービン・バイパス系は定格蒸気流量の一〇〇パーセントの容量を有している。)、原子炉内圧力を低下させる設計となっている。

そして、甲二四二号証及び乙一号証によれば、タービン・バイパス弁が、主蒸気隔離弁の外側にあるという位置関係から、主蒸気隔離弁閉鎖事象に対しては効果がないものの、主蒸気止め弁、主蒸気加減弁及び中間止め弁閉鎖の際の圧力増加抑制には効果を有するものと認められる。

また、本件原子力発電所においては、前述のとおり、原子炉冷却系の過度の圧力上昇を防止するため、格納容器内の主蒸気系配管四本に七個の逃がし安全弁が取り付けられており、このシステムが、主蒸気隔離弁閉鎖による圧力上昇を抑制する。

五  再循環冷却材流量の急激な変化

乙一号証、証人水落正志の証言及び弁論の全趣旨によれば、再循環ポンプ速度の変化率は速度制限器、速度変化率制限器により毎秒一〇パーセントに抑えられる設計であり、この制御は、物理的なものではなく電気信号による制御であるが、制御系は二重化されていること、速度変化率制限器が壊れた場合には、再循環ポンプがストップする方向に働き、流量の変化率は一〇パーセントを超えたとしても、その変化率には再循環ポンプのモーターが対応しないことが認められる。

六  冷却材喪失

大破断LOCAから暴走事故に至る経過が原告ら主張のとおりであるとしても、前述のとおり、本件原子力発電所において冷却材圧力バウンダリの配管等の破断の事象が発生するということは極めて考え難いことは前記のとおりである。

七  ほう酸水希釈と水位制御の失敗

甲七四号証及び証人小村浩夫の証言によれば、ほう酸水系作動中に原子炉水位の制御に失敗して水位が低下しすぎると、自動減圧系が作動して減圧し、低圧注水系、低圧スプレイ系が作動して炉心に大量の冷水を注ぎ込むことになり、これがボイドつぶしとほう酸水希釈の効果を及ぼして、かえって炉出力が上昇して暴走事故に至る危険があることが認められるが、本件原子力発電所において、運転員が、ほう酸水系作動中に原子炉水位の制御を失敗するという具体的なおそれを認めるに足る証拠はない。

八  小括

以上の認定によれば、本件原子力発電所において、暴走事故の前提となる各事象が発生する可能性は低く、仮にこれらの事象が生じても、スクラムに失敗する蓋然性があるとは認められないことは前述のとおりであるから、本件原子力発電所において、暴走事故の発生する具体的な危険があるとは認め難い。

第一〇章  本件原子力発電所の建設過程における問題点について

第一  原告らの主張

本件原子力発電所の建設過程において、大谷製鉄株式会社(以下「大谷製鉄」という。)からJIS規格に適合しない鉄筋が被告に納入されるという事件(以下「大谷製鉄事件」という。)が発生したが、この事件が、被告社内の検査体制によっては発見されず、外部情報により発覚したことは、本件原子力発電所における品質管理が杜撰であることを露呈するものである。

また、平成四年三月三一日までに原子力発電所において発生したトラブル(法律により報告が義務付けられているものに限る。)のうち、沸騰水型原子炉の場合には、製作不良、施行不良が、約二八パーセントを占めている。

これらのことからすると、本件原子力発電所の製造、建設が万全であるとは到底いえず、構造的に危険である。

第二  検討

甲二七六号証の一ないし六、証人水落正志の証言及び弁論の全趣旨によれば、大谷製鉄事件の概要は次のとおりであると認められる。

平成元年一一月、大谷製鉄が、本件原子力発電所の建設用に被告に納入した棒鋼の一部につき、リンの含有率がJIS規格の規格値を上回り、伸び率もJIS規格の基準を満たしていないにもかかわらず、試験データをJIS規格を満たす数値に改ざんし、右数値に基づいて鋼材検査証明書(ミルシート)を作成し、これを製品に添付して出荷していた事実が明らかになった。被告は、その検査過程では、ミルシートによって品質確認をしていたため、右の事実を発見できなかった。

納入されたJIS規格不適合棒鋼は、全納入量約五七〇〇トンのうちの約二四トンであり、原子炉建屋、廃棄物処理建屋の工事に合わせて約一二トン、事務本館工事に約一二トン使用されていた。右のJIS規格違反の棒鋼は、いずれも直径2.5センチメートル以下の比較的細い棒鋼約六〇〇本であり、原子炉建屋等法律の対象となる施設では、構造強度を確保するための主鉄筋としては用いず、主鉄筋組み立ての際の位置決めなどに使用された。

なお、右事件発覚後、被告は、大谷製鉄からの資材調達を全面的に停止している。

この事件については、資材納入段階における被告の品質管理体制の甘さが指摘されなければならないが、右JIS規格違反の棒鋼は、主鉄筋としては使用されず、主鉄筋組み立ての際の位置決めなどに使用されたものであって、違反の程度はさほど大きくないことから、結果的にみれば、安全上の支障はないものと考えられる。

また、前掲各証拠によれば、被告はこの事件後、JIS規格工場に対しても、その工場の品質管理体制の調査を厳重に行うように改め、また、被告内部に品質管理に関する特別検討委員会を設置して品質管理を強化したことが認められる。

第三  小括

以上によれば、大谷製鉄事件が発生したことから、直ちに、これを一般化して本件原子力発電所の製造、建設段階に欠陥があるということはできない。また、他に、本件原子力発電所の製造、建設過程に安全上の欠陥があると認めるに足る証拠はない。

第一一章  廃棄物処理、使用済燃料の貯蔵、廃炉の危険性について

第一  原告らの主張

現在我が国の原子力発電所で行われている低レベル放射性廃棄物のドラム缶による敷地内保管は、ドラム缶の腐食による放射性物質の漏洩、地下水による汚染等の危険が残るものであり、これに代わる海洋処分、陸地処分の処理方法が確立されていないから、このような状態のままで本件原子力発電所の運転を行うのは無謀である。

また、本件原子力発電所においては、使用済燃料棒を貯蔵プールで貯蔵されるところ、使用済燃料の放射能量と発熱量は膨大であり、使用済燃料の保管は危険である。使用済燃料を再処理すれば、高レベル放射性廃棄物が生じることになるが、現在この高レベル放射性廃棄物の処理方法はない。

さらに、原子炉の解体撤去の技術は未確立であり、原告らは廃炉による放射性物質の被曝の危険性から逃れられない。

したがって、このような危険な廃棄物を増加させたり、廃炉により放射性物質被曝の危険を生じさせる本件原子力発電所の運転は差し止められるべきである。

第二  低レベル放射性廃棄物の処理

乙一号証、同一七号証及び弁論の全趣旨によれば、放射性固体廃棄物を詰めたドラム缶は、鉄筋コンクリート造りの固体廃棄物貯蔵庫において、適切に貯蔵・保管され、この固体廃棄物貯蔵庫からの直接線量及びスカイシャイン線量は、タービン建屋等によるものと合計して、敷地及び周辺の海岸等の人が居住しない区域の境界(敷地等境界)外において年間五ミリレム以下となるように遮蔽されていることが認められる。

また、敷地内に保管した場合に、ドラム缶の腐食によって、放射線物質の漏洩、地下水による汚染等の危険が生じると認めるに足る証拠はない。

第三  使用済燃料の貯蔵

一  使用済燃料プール

使用済燃料は、再処理の前に、本件原子力発電所の使用済燃料プール(以下「燃料プール」という。)に貯蔵し、崩壊熱等を除去することは、当事者間に争いがない。

また、乙一号証によれば、次の事実が認められる。

燃料プールは、原子炉棟内にあって、全炉心及び一回取替量以上の燃料(約二八五パーセント炉心分の燃料)の貯蔵が可能であり、さらに、放射化された機器等の取扱い及び貯蔵ができるスペースを持ち、壁の厚さは、遮蔽を考慮して十分とられ、内面はステンレス鋼でライニングして漏洩を防止している。著しい破損燃料体は、燃料プール内の破損燃料貯蔵容器に収納する。なお、燃料プールは、通常運転中、全炉心の燃料を貯蔵できる容量を確保されることとなっている。

燃料貯蔵ラックは、貯蔵燃料の臨界を防止するため必要な燃料間距離をとり、通常状態で容量いっぱいの燃料を貯蔵しても、実効増倍率は0.90以下に、また、ラック内で燃料が相互に異常接近するような万一の異常状態を仮定しても、実効増倍率を0.95以下に保つように設計されている。

燃料プール水の漏洩を防止するため、燃料プールには排水口を設けない設計をするとともに、非常用補給水系を設けている。また、万一の燃料プール水の漏洩を監視するため、漏洩水検出系及び水位警報装置を設けている。

キャスク(輸送用容器)置場は、燃料プールの横に別個に設け、万一のキャスクの落下事故の場合にも、燃料プールの機能を喪失しないようにしている。

二  燃料プール冷却浄化系

乙一号証によれば、燃料プール冷却浄化系については、次の事実が認められる。

燃料プール冷却浄化系は、使用済燃料からの崩壊熱を原子炉補機冷却系により熱交換器で除去して燃料プール水を冷却するとともに、ろ過脱塩装置で燃料プール水をろ過脱塩して、燃料プール、原子炉ウェル及び上記乾燥器・気水分離器ピット水の純度及び透明度を維持するものである。

燃料プール冷却浄化系は、原子炉ウェルと燃料プールを仕切るプールゲートを閉じた時点で炉心から取り出した燃料一回分取替量から発生する崩壊熱とそれ以前の燃料取替で取り出した使用済燃料から発生する崩壊熱の合計である通常最大熱負荷を、この系の熱交換器で除去し、プール水温が五二度を超えないようにしている。

また、燃料サイクル末期における全炉心の崩壊熱とそれ以前の燃料取替により取り出した使用済燃料から発生する崩壊熱の合計として定義する最大熱負荷は、残留熱除去系を併用して除去し、プール水温を六五度以下に保つようにしている。

なお、燃料プール水の温度を監視するため、温度警報装置が設けられている。

燃料プールからスキマせきを越えてスキマ・サージ・タンクに流出する燃料プール水は、ポンプで昇圧し、ろ過脱塩装置、熱交換器を通した後、燃料プール及び原子炉ウェルのディフューザーから吐出する。燃料プールに入る配管には逆止弁を設け、サイフォン効果により燃料プール水が流出しないようにしている。

燃料プール冷却系は、スキマせきを越えてスキマ・サージ・タンクに流出する水をポンプで循環させるので、設計上、この系の破損時にも、燃料プール水位はスキマせきより低下することはない。

なお、右系統の電源は外部電源喪失時に非常用電源に切り換えられる。

三  原子力安全委員会の本件答申

乙一七号証によれば、本件答申の内容は、次のとおりであると認められる。右被告設計の燃料プール貯蔵ラックの想定実効増倍率、貯蔵容量、水温の上限を確認した上、燃料取替機の燃料つかみ機に、燃料集合体の落下を防止するため二重のワイヤや種々のインターロックが設けられていること、原子炉建屋クレーンは、使用済燃料輸送容器を吊った場合には、燃料プール内の貯蔵ラック上を走行できない等のインターロックが設けられる設計となっていることなどを確認し、本件原子炉の核燃料取扱設備の設計は妥当なものと判断した。

第四  小括

本件原子力発電所の低レベルの放射性固体廃棄物は、前記のとおり、敷地等境界内に適切に処理されていることが認められ、放射性固体廃棄物の処理方法として、海洋処分、陸地処分等の未だ処理方法が確立していないとしても、右の敷地内保管が適切になされる限り、これによって、本件原子力発電所の周辺公衆に放射線による影響を与えることはないと考えられる。

次に、本件原子力発電所の燃料プールは、必要な貯蔵能力を持ち、壁は放射線の遮蔽のために十分な厚さを設けてあり、適切な冷却浄化系、非常用冷却材補給水系、漏洩水検出系、水位警報装置、移送操作中の燃料集合体の落下防止装置を有しているほか、仮に使用済燃料がその取扱中に落下しても燃料プールの安全性には支障のない設計となっており、本件答申において、基本設計の妥当性が認められている。

さらに、右のとおり、本件原子力発電所における使用済燃料の貯蔵の安全性は確保されているものと認められるから、本件原子力発電所における使用済燃料の長期的な処理体制や核燃料サイクルが未だ確立された段階にまでは至っていないとしても、それだけでは、本件原子力発電所の運転の差止めを求める理由とはならない。

したがって、本件原子力発電所における使用済燃料の保管が危険であるとする原告らの主張には理由がない。

なお、本件は、現に運転中の原子力発電所について、その運転の差止めを求める請求であるから、原子炉の解体技術の未確立が右差止めの理由となるとは解されない。

ちなみに、原子炉の寿命は、通常は、三〇年ないし四〇年と考えられていること、原子力発電施設の廃止措置としては、密閉措置、遮蔽隔離、解体撤去の方法があるが、我が国においては、原子力開発利用長期計画で、運転終了後、できるだけ早い時期に解体撤去することを原則にしていることは、当事者間に争いがないところ、現時点で、原子炉の解体撤去技術が未確立であるとしても、将来、本件原子力発電所を廃炉とする時点でも同様であるとはいえないし、仮に廃炉の時点において解体撤去の技術が未確立であるとしても、解体撤去の方法をとらずに、原子炉に必要な放射線遮蔽措置を施し、適切に維持・管理する限りにおいては、原告らが廃炉に伴う放射性物質を被曝する危険性があるとは認められない。

第一二章  核燃料物質・使用済燃料の輸送について

第一  原告らの主張

原告らは、核燃料物質や使用済燃料は、陸上輸送及び海上輸送されるところ、陸上輸送については交通事故による放射性物質拡散の危険があるにもかかわらず、核燃料物質輸送の経路や日時が住民に知らされないため、対策をとることができず、また、海上輸送については船舶の衝突沈没事故による海水との爆発的反応や海水の放射能汚染の危険性が大きいと主張する。

第二  陸上輸送

陸上輸送を行う場合の核燃料輸送物(核燃料物質又は核燃料物質により汚染された物(以下「核燃料物質等」という。)が容器に収納されているもの)については、原子炉等規制法五九条の二第一項に基づき定められた「核燃料物質等の工場又は事業所の外における運搬に関する規則(昭和五三年総理府令第五七号。以下「運搬規則」という。)で定める技術上の基準に従って保安のために必要な措置を講じなければならないものとされている。

この運搬規則には、核燃料物質等の保有放射能の量に応じて、表面や表面から一メートル離れた位置における放射線量率等の技術上の基準が定められており、また、衝撃、打撃、曲げ、加熱、浸漬、水の吹付等の試験(核燃料物質等の工場又は事業所の外における運搬に関する技術上の基準に係る細目等を定める告示(昭和五三年科学技術庁告示第一一号。)を行っても、放射性物質の漏洩がなく、表面の放射線量率が所定の量を超えないこと等が求められている(運搬規則三条二項、四条ないし七条)。

そして、核燃料輸送物については、輸送の都度、核燃料輪送物が右安全基準に適合するものであることの確認が行われる(原子炉等規制法五九条の二第二項、同法施行令一七条の三)。具体的には、科学技術庁において、核燃料輸送物の設計が安全基準に合致するものであること、個別的には、輸送容器が右設計どおりに製作され、保守されていること及び発送前の点検についての確認が行われ(運搬規則一六条)、さらに、内閣総理大臣等の確認を受けなければならない(原子炉等規制法五九条の二第二項)。

また、輸送方法については、同法同条一項に基づき定められた核燃料物質等車両運搬規則(昭和五三年運輸省令七二号。以下「車両運搬規則」という。)において、車両への核燃料輸送物の積載方法、車両一台当たりの積載限度等に係る安全基準が定められており、運搬前に、輸送方法が右安全基準に適合するものであることについて運輸省の審査が行われる(同法同条二項、車両運搬規則二一条ないし二三条)。

さらに、核燃料物質等を陸上輸送する場合には、あらかじめ運搬の経路を管轄する都道府県公安委員会に届け出なければならず(原子炉等規制法五九条の二第五項、核燃料物質等の運搬の届出等に関する総理府令(昭和五三年総理府令第四八号。以下「運搬届出令」という。)二条一項)、届出を受けた都道府県公安委員会では、車両の速度・車列の編成・車両相互間の距離等必要な指示をすることができるものとされている(原子炉等規制法五九条の二第六項、運搬届出令四条)。

以上の事実に照らせば、法令上、核燃料物質等の陸上輸送については輸送前に輸送容器等の安全性のみならず、輸送経路の安全性についても十分な確認がなされ、かつ、都道府県公安委員会において安全性確保のために必要な措置を講じることができるのであり、本件原子力発電所の核燃料物質等の陸上輸送につき、交通事故等が生じることにより、放射性物質が漏洩・拡散する蓋然性があるとは認められない。

第三  海上輸送

本件原子力発電所で発生した使用済燃料は、海上輸送を行っていること、本件原子力発電所の付近の海岸線は岩場が多く、冬の日本海は風波が厳しいことは、当事者間に争いがない。

しかし、右の事実から、直ちに、本件原子力発電所の核燃料物質等を運搬する船舶が衝突、座礁等の遭難事故を引き起こすおそれがあると認めることは困難である。

海上輸送を行う場合の核燃料輸送物については、船舶安全法二八条に基づき、危険物船舶運送及び貯蔵規則(昭和三二年運輸省令三〇号)において、核燃料輸送物に関する安全基準及び船舶への積載方法等核燃料輸送物の運送の方法に関する安全基準が定められており、船積みの都度、核燃料輸送物及び運送の方法がこれらの安全基準に適合するものであることについて、運輸大臣の確認を受けなければならない(同規則九一条の九第一項)。

そして、右規則を受けた船舶による放射性物質等の運送基準の細目等を定める告示(昭和五二年運輸省告示第五八五号)によれば、この安全基準は、陸上輸送における安全基準と同様のものである。

以上の事実に照らせば、法令上、核燃料物質等の海上輸送についても、輸送前に輸送容器の安全性等十分な安全性の確認がなされるのであり、輸送船の衝突・座礁等により放射性物質が漏洩・拡散する蓋然性があるとは認められない。

第四  小括

以上によれば、核燃料物質や使用済燃料の陸上輸送及び海上輸送により、放射性物質拡散の危険や船舶の衝突沈没事故による海水との爆発的反応、海水の放射能汚染の危険性があるとする原告らの主張は採用できない。

第一三章  防災対策の不備について

原告らは、本件原子力発電所の防災対策は極めて不十分であり、原子力発電所を運転する前提を欠いているので、運転は差し止められるべきであると主張する。

そこで、検討するに、各法令の定め並びに甲二五一号証、乙二一号証の一、二、同二三号証及び同二四号証により認められる事実をまとめると、本件原子力発電所に係る防災計画の概要は次のとおりである。

すなわち、災害対策基本法によれば、原子力発電所における防災対策を策定する責務は、一般の自然災害と同様に、国、地方公共団体及びその他の公共機関にある(同法四条ないし六条)が、国の関係行政機関は、総理府に置かれる国の中央防災会議が作成する防災基本計画に基づいて、防災業務計画を作成し(同法三六条一項)、都道府県防災会議は、右防災基本計画と抵触しないように、あらかじめ内閣総理大臣と協議をしたうえで、都道府県の地域防災計画を作成し(同法四〇条一項、三項)、市町村防災会議は、都道府県防災計画と抵触しないように、あらかじめ都道府県知事と協議をしたうえで、市町村の防災計画を策定することとされている(同法四二条一項、三項)。

我が国の中央防災会議は、昭和五四年七月一二日、TMI事故を契機として原子力発電所等に係る防災対策を充実整備するために、「原子力発電所等に係る防災対策上当面とるべき措置」を決定し、原子力安全委員会は、専門部会である原子力安全委員会等周辺防災対策専門部会の検討結果をとりまとめ、「原子力発電所等周辺の防災対策について」を決定した。

また、石川県防災会議は、平成三年九月一九日、石川県原子力防災計画を策定した。この防災計画は、防災対策を重点的に充実すべき地域を原子力発電所を中心としておおむね半径一〇キロメートル以内の地域とし、原子力防災に関し、防災関係機関が処理すべき事務又は業務を定めている。

さらに、志賀町防災会議は、平成四年三月六日、志賀町原子力防災計画を策定したが、その内容は、石川県原子力防災計画とほぼ同様である。

一方、被告は、災害対策基本法三九条に基づいて、原子力発電施設に係る災害予防、災害応急対策及び災害復旧を図るため、原子力防災業務計画を策定し、防災体制に対応する災害対策組織、緊急時対策本部の設置、緊急時の社外連絡体制、防災教育、防災訓練等について定めている。そして、原子炉施設に事故・故障が生じ、関連諸法令に定める値を超えて放射性物質が放出されたときなど、安全協定九条に該当する場合には、事故・故障時の通報連絡体制に従い、直ちに電話、一斉ファクシミリで、県、志賀町、富来町に連絡し、異常の状況及びそれに対する措置についても、県、志賀町、富来町に速やかに報告することとしている。右の適切な通報連絡を行うため、通信連絡設備を整備しているほか、適切な情報判断を行う目的で、風向、風速、大気安定度等の情報を得るための観測施設及び設備を整備し、また、発電所周辺の放射能を測定するため、周辺モニタリング設備、移動式モニタリング設備及び試料測定装置を整備している。さらに、右の異常時には、事故の原因除去、拡大防止等のための対策活動はもとより、緊急時環境モニタリングを実施するとともに、放射線監視データ、気象観測データ及び緊急時モニタリング・データなどから放射能影響範囲を推定することとしている。

右各防災計画は、平常運転時から原子力発電所立地周辺の地方公共団体による監視が可能な体制となっていないことのほか、原子力発電所内部の防災業務計画と地方公共団体の防災計画との連携が十分であるか、防災訓練が実際に事故が生じた場合に即しているかなどの各点について、さらに改善の余地もあるのではないかとも思われる箇所もあるけれども、全体として、法令の定める趣旨に沿ったものと認めることができ、原告らのこの点に関する主張は、採用できない。

第一四章  本件原子力発電所の必要性について

原告らは、原子力発電所は、その建設及び運転の過程で石油を消費せざるを得ないものであるから、石油代替エネルギーとしての意味はなく、しかも、水力発電や火力発電のように発電量の調節がきかず、電力の過剰時代が到来する中で火力発電設備が遊休となる事態が生じるなど、原子力発電所の不要性は明らかであると主張する。

しかし、本件請求は、本件原子力発電所の運転により、原告らの生命、身体等の人格権が侵害される危険があるとして、本件原子力発電所の運転の差止めを求めるものであるから、右の事由自体は差止めの理由となるものとは解されない。

ちなみに、被告が本件原子力発電所の建設を計画した当時、被告の供給地域における急激な電力使用量の伸びに応えるため、新たな電源開発の必要があったこと、また、電力の安定的な供給を図るために、電源を多様化する必要があったことは前記認定のとおりであり、また、乙二号証、同八号証及び証人吉野弘人の証言によれば、その後の被告の供給地域における使用電力量(電灯電力使用電力量)をみると、昭和五七年度は約一五九億キロワットアワーであったものが、平成四年度には約二二一億キロワットアワーとなり、この一〇年間に約1.4倍に増加し、また、被告の供給地域における八月最大三日平均による最大電力(送電端)も、昭和五七年度には二八二万一〇〇〇キロワットであったものが、平成四年度には約四五四万キロワットとなり、この一〇年間で約1.6倍に増加していること、電力を安定的に供給する使命を負っている被告としては、右使命を達成するためには、水力発電及び火力発電とともに、燃料の安定的な供給が期待でき、かつ、長期間の燃料の備蓄が容易な原子力発電の必要性があると判断していることは、現在においても、同様であることが認められる。

第一五章  その他の原告らの主張について

原告らは、本件原子力発電所の建設過程に数々の不正があったこと、本件原子力発電所に事故が発生した場合の十分な補償制度が存在しないことから、本件原子力発電所の反社会性は明白であって、これらの事由は、本件原子力発電所の運転差止の必要性を加重する要因であると主張する。

しかし、本件原子力発電所の運転を差し止めなければ、原告らの人格権が侵害される具体的な危険があるとは認められないことは、これまで検討してきたとおりである。

また、右の本件原子力発電所の反社会性として主張する各事由が、それ自体で独自の差止めの理由とはならないことは明らかである。

第一六章  結論

以上検討したところによれば、本件原子力発電所が平常運転時に環境に放出する放射性物質の原告らの生命、身体等への影響は、無視できる程度に小さいというべきであるから、原告らの生命、身体等の人格権を侵害するものとは認められない。また、本件原子力発電所における安全確保対策は、本件原子力発電所の安全性を確保し得る内容のものということができ、原告らの各主張を検討しても、右の安全確保対策に欠けるところがあるとは認められないから、大量の放射性物質を環境に放出するような本件原子炉の事故によって原告らの生命、身体等の人格権を侵害する具体的な危険があるとは認められない。

よって、原告らの本件請求はいずれも理由がないから、これらを棄却することとし、訴訟費用については、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官市村陽典 裁判官古川龍一 裁判官伊藤知之は、退官のため、署名押印できない。裁判長裁判官市村陽典)

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