金沢地方裁判所 平成11年(ワ)114号 判決 2001年1月15日
主文
一 原告の本訴各請求中、平成12年11月以降1か月金1万9300円の支払を求める部分に係る訴えをいずれも却下する。
二 被告は,原告に対し,金79万6920円及び内金20万円に対しては平成9年10月1日から,内金20万8995円に対しては平成11年2月21日から,内金2万9025円に対しては平成11年11月1日から各支払済みまで各年5分の割合による金員を支払え。
三 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は,これを5分し,その2を原告の負担とし,その余は被告の負担とする。
五 この判決は,第二項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第一申立て
一 被告は,原告に対し,金23万8020円及び内金20万8995円に対しては平成11年2月21日から,内金2万9025円に対しては平成11年11月1日から各支払済みまで各年5分の割合による金員を支払え。
二 被告は,原告に対し,平成11年2月以降同年9月まで1か月金1万3500円,同年10月以降は1か月金1万9300円を毎月21日限り支払え。
三 被告は,原告に対し,金300万円及び内金200万円に対しては平成9年10月1日から,内金100万円に対しては,平成11年3月1日から各支払済みまで各年5分の割合による金員を支払え。
第二争いのない事実
一 原告の職歴
原告は,昭和24年3月4日生まれで,昭和45年5月1日,被告の役場事務補助職員として採用され,水道課の主事補として勤務を始めた。その後,原告は,昭和47年11月10日に出納室に配属され,昭和48年4月1日からはα教育委員会に出向し,昭和54年4月1日に主事となり,昭和56年4月1日からは出向を解かれ総務課に勤務していたが,昭和58年10月23日から昭和59年6月30日までは,病気のため休職した。原告は,同年7月1日に復職し,産業課に勤務し,昭和62年6月1日からは企画対策室との兼務となった。昭和63年4月1日からは,再度α教育委員会に出向し,平成3年12月1日に出向を解かれ産業振興課に勤務し,平成6年4月1日に同主査となり,平成7年4月1日には住民福祉課主査,平成8年4月1日には保健環境課主査,平成10年4月1日には上下水道課主査となり,被告に勤務している。
二 退職勧奨
1 被告においては,行政職の職員について,男性58歳,女性48歳の退職勧奨制度(以下「本件退職勧奨制度」という。)があり,上記各年齢になる前年度の2月ころ,当該職員に対して退職を勧奨している。
2 被告は,原告に対し,平成9年3月に48歳になることを理由に,平成8年2月,退職を勧奨した(以下これを「本件退職勧奨」という。)が,原告はこれに応じなかった。
三 昇給停止
1 被告においては,職員の給与について「一般職の職員の給与に関する条例」(以下「本件給与条例」という。)が制定されており,「職員が現に受けている給料の号給を受けるに至ったときから,その号給について12月を下らない期間を良好な成績で勤務したときは1号給上位の号給に昇給させることができる」(同条例4条5項)と規定されている。
2 原告は,平成6年4月1日に主査になって以降,毎年10月1日に普通昇給してきたが,平成9年10月1日,平成10年10月1日,平成11年10月1日には昇給しなかった(以下これを「本件昇給停止」という。)。
四 公平委員会判定書等の回覧
被告の総務課長(以下単に「総務課長」という。なお,その余の課長についても同様。),産業振興課長及び上下水道課長は,平成11年3月1日,本件に関するβ公平委員会(以下単に「公平委員会」という。)の判定書(以下「本件判定書」という。)の写しを,本件訴状の写しとともにそれぞれの課員に回覧し,閲覧に供した(以下これを「本件回覧」という。)。
公平委員会の審理は,非公開である。
五 昇給制度
被告での昇給は,原則として職制上の地位の変動とは連動せず昇給する運用とされていた。
第三争点
一 差額給与の請求(主位的請求)に関して
1 差額給与請求権の有無
(一) 原告の主張
被告は,原告に著しい非違行為などの特段の事由のない限り,原告を毎年1号給昇給させる義務を負っていると解すべきである。
原告は,勤務成績は良好であったものであり,上記特段の事由もないから,昇給していた場合との給与の差額を請求できるものである。
(二) 被告の主張
勤務成績の良好な職員のみが被告の町長(以下「町長」という。)の裁量で昇給できるのであり,町長に定期的に職員を昇給させなければならないという義務が存するとはいえない。
2 本件退職勧奨制度の違法性の有無
(一) 原告の主張
被告の本件退職勧奨制度は,男性58歳,女性48歳を勧奨退職年齢としており,地方公務員法13条の平等取扱の原則に反し,違法である。
(二) 被告の主張
勧奨退職制度は,石川県をはじめ県下のほとんどの市町村が実施しており,その大部分の町村は勧奨退職する年齢に男女間の差別を設けている。これは女性職員の退職年齢の実情によって退職勧奨の時期を決めているものであり,被告の本件退職勧奨制度は,α職員退職勧奨制度実施要綱に基づき,勧奨退職に応じた職員については2号俸の特別昇給がなされ,該当年齢の誕生日が経過した年度末の3月末日をもって退職となり,退職金も2号給昇給した金額で計算されるというものである。被告は,勧奨退職の年齢に達した職員全員にその年齢に達したことを伝え,これに応じた職員は退職願を提出することになっており,上記制度は,職員に有利な面があり,不当なものではない。
3 本件退職勧奨の違法性の有無
(一) 原告の主張
原告は,平成8年2月に退職勧奨を受け,その後も,次のとおり,町長,被告の助役(以下「助役」という。),上司であるA総務課長等から退職を強要された。
(1) A総務課長は,原告の夫の会社の同僚であるBに依頼して,平成8年3月8日,原告の退職勧奨について原告の夫の意見を聞きたいとして,原告の夫を呼び出そうとした。
(2) 町長は,平成8年3月11日朝,原告の夫の兄であるCに対し,原告が勧奨退職に応じないので,応じるよう説得してほしい旨依頼した。
(3) 町長は,助役,総務課長,G住民福祉課長同席の下,平成8年3月11日,原告を町長室に呼び出し,勧奨退職の者が6名おり,原告からは退職願が出ていないが,勧奨退職をどう思うか聞き,原告がもう少し勤めたいと答えると,「それだけでは理由にならない。理由はそれだけか。」と聞き,原告が「そうです。」と答えると,公務員としての職業観をどうとらえるかとか,町民憲章を1番から5番まで言えるかなどと嫌がらせ的な発言をし,助役も,退職勧奨を受けた者がみな不本意ながらも退職している旨を述べ,原告に対し,退職を強要した。
(4) 助役は,原告が平成8年4月1日に保健環境課に異動後,同課の職員に対し,原告に仕事を教えるな,手伝うななどの指示をして,嫌がらせをし,断続的に原告の行動を監視し記録している。
(5) D保健環境課長は,原告を再三ロビーに呼び出して退職を求め,平成9年2月には,原告に再度退職の用紙を交付した。
(6) 原告は,平成9年10月1日に昇給とならなかった理由をE助役に質問し,さらに同月3日にも質問したところ,平成8年3月11日に話合いをしたときの原告の態度が納得できないとのことであった。原告は,さらに,平成9年10月6日に書面で昇給停止理由の回答を求め,同年11月10日にも町長に書面で回答を求めたが,回答はなく,同年11月27日には町長宛ての書面を入れた封筒が封を切らずに原告の机の上に置かれていた。
(二) 被告の主張
原告は,被告が勧奨退職の年齢に達したことを伝えても退職届を提出せず,勧奨退職に応じなかったものであり,町長又は総務課長が原告に退職を強要したことはない。
平成8年3月11日に町長が原告を呼び,助役,総務課長,所属課長同席の上,「あなたは公務員という立場をどのように理解しているのか」と聞いたのは,年長職員としての原告の勤務状況を改善すべく,町長が直接指導するためであり,原告が声を荒げて「答える必要がない。」と答えたので,「もう帰りなさい。」と言ったことはあるが,その場で勧奨退職の話は一切でなかった。
4 本件昇給停止の違法性の有無
(一) 原告の主張
原告が平成9年10月1日,平成10年10月1日,平成11年10月1日にそれぞれ昇給しなかったのは,原告が本件退職勧奨に応じなかったための報復であり,本件昇給停止は違法・不当である。
(二) 被告の主張
被告は,原告が窓口において住民に接する態度も悪く,相手の迷惑に配慮することなく自分本位の対応が多く,自席を離れるとき課長・同僚に対して通知せず,来客に迷惑をかけることがあり,課内における連絡・協調もない状態で,事務処理において適正を欠くことが多く,公務員として要求される節度ある態度をとることもなく,適格性に欠ける行為もあり,勤続年数が長いので主査となった後も,上級職員として下級職員を指導し,その模範となるべき勤務を行わず,勤務成績が良好といえないから,本件給与条例が昇給の条件としている要件に該当しないとして昇給させなかったものであり,原告が本件退職勧奨を拒否したことによる報復として昇給させなかったものではない。次のとおり,原告の勤務状態が良好でないのに,これまで昇給させてきたのは,良好な勤務状態への転換を期待したからである。
(1) 被告においてはコピー機を使用する場合は備付の使用簿に記入することになっているのに,原告は何回も使用簿に記入せずにコピー機を使用し,所属課長に注意されてもその指示を守らなかった。
(2) 原告は,平成7年11月19日開催の被告の母子寡婦の会における「町長と語る会」の司会を担当することになっていたのに,無断欠席し,後日出席した町民に電話連絡し,自分が司会したごとき議事録を作成した。
(3) 原告は,平成8年3月11日,町長から「あなたは公務員という立場をどのように理解しているのか。」と尋ねられたのに対し,声を荒げて「答える必要はない。」と述べた。
(4) 原告は,平成8年3月17日開催の母子寡婦の会の総会に欠席することを所属課長に連絡せず,被告は,原告に代わって他の職員を出席させることができなかった。
(5) 原告は,平成8年7月ころ,被告の電話を無断で使用して海外へ私用の電話をした。また,原告は,そのころ,海外にいる原告の娘に,公務時間中,被告のファックス機に私用のファックスを送信させた。
(6) 原告は,平成8年8月3日から同月11日まで休暇を取り海外旅行に行くに先立ち,他の職員に連絡事項等を伝えず,業務に支障を来した。
(7) 原告は,平成9年1月7日,同じ課の職員に書類を投げ付け,勤務時間経過後にコピー室の壁を足蹴にしていた。同年2月5日にもコピー室,ロッカー室の壁を足蹴にした。その他にも,原告は,何か気にくわないことがあるとコピー室,ロッカー室の壁を足蹴にしており,平成8年以前にも,原告が25年間被告に勤務しているのに石川県知事から表彰されないことについて総務課長に文句を言ったのに対し,総務課長が病気休職があるので翌年表彰される旨説明した後,ロッカー室の壁を足蹴にしていた。
(8) 平成9年1月8日,原告が被告の住民に対して高額医療費還付申請の用紙を間違えて交付したため,課長補佐が詫びて差し替えた。
また,原告は,平成9年1月13日,高額医療費還付請求の申請書類を提出した住民を,必要がないのに被告の役場に呼び出した。
(9) 原告は,平成9年1月14日,所属課に保管されている被告の例規集を無断で外部に持ち出した。
(10) 原告は,平成9年2月4日にγ保健所で開催された石川県国民健康保険連合会主催の「αの医療分析」の会議を無断欠席した。
(11) 原告は,祭日である平成9年2月11日に総務課主事を被告の役場に午前8時30分に呼び出しておきながら,役場に来なかった。
(12) 原告は,平成9年2月27日午前8時30分から午前9時まで職場放棄した。また,同日,課長が前日に連絡した福祉まつりの講演の打合せについて,再度連絡したところ,前日出張でいなかった原告は,自分は聞いていないと言って書類を他の職員に放り付けた。
(13) 原告は,平成9年2月28日昼休み,郵便局へ行き,午後0時45分ころ,被告の役場の正面玄関ロビーで昼食をとった。
(14) 原告が保険証に記号・番号の記載をせずに発行したため,平成9年3月4日,医院から連絡があり,課員が謝りに行った。
(15) 原告は,昼食の時間帯に住民に来るように行っておきながら,他の職員に連絡せず外出したり,慎重な取扱いを要する課税台帳を窓口カウンターの上に広げたまま放置したり,昼食時間に玄関ロビーのソファーにスカートをはいて横になって昼寝し,上司が注意しても改めなかった。課内においても協調性がなく,他の職員に対して席を外す理由や,町民が来たときの業務を連絡をせず,自分で作った不在の立札を立てて席を外したため,業務に支障を来した。
(16) 原告は,平成9年10月26日に実施された被告の健康福祉まつりに展示使用する物品を石川県国保団体連合会から借用するに際し,不要な物品まで借用を申し入れたため,これを取りに行った被告の職員は,不要なものまで借用することになった。
(17) 原告は,γ社会保険事務所から平成10年1月14日までに回答を求められていた町民46名のうち平成8年度の給与収入が100万円以上の住民のリストアップと収入調査をせず,担当課長が督促を受け,回答を指示しても,リストアップをしたのみで,「忙しくてやっておられん。」と述べて収入調査を行わなかったため,再度の督促を受けた同月15日,他の職員が収入調査を行い回答した。
(18) 原告は,平成11年元旦に被告の職員に対して嫌がらせの年賀状を出した。
(三) 原告の反論
上記(二)で被告が問題とする原告の各行為は,その行為当時には全く問題とされていなかったのであって,次のとおり,昇給停止の理由にはならない。また,昇給を検討する期間は,現に受けている号給を受けるに至ったときから,昇給させようとする日の前日までの期間を対象とすべきであるのに,被告はそれ以前の事由も主張しており,不当な判断である。
(1) 原告がコピーの際に使用簿に記入をしなかったのは一回だけである。これは,過失による些細な事実であり,昇給させない理由とはできない。
(2) 原告は,平成7年11月19日の母子寡婦の会の「町長と語る会」には出席していた。
(3) 原告が平成8年3月11日の話合いの際に,声を荒げたことはない。
(4) 原告は,ぎっくり腰で平成8年3月17日の母子寡婦の会の総会に出られなくなったことを,事前に母子寡婦の会員である用務員に連絡し,当日の準備についても伝言していた。課長への連絡をしなかったのは,上記会には課長は出席していないため家に電話するまでもないと判断したからである。
(5) 原告が国際電話を職場で使用したのは,緊急に娘に連絡する必要があったためであり,事前に交換台の職員に費用を負担する旨申し出て了承を受け,平成8年7月15日には費用を支払っている。
原告が娘からのファックスを受けるため職場のファックス機を使用したのは,時差があるためやむを得なかったからであり,その用紙代は原告において支払っている。
(6) 原告は,海外旅行の際に担当者に連絡をしようとしたが,右担当者は原告に嫌がらせをしていた者であり,そんな話を聞きたくないと言って話もできない状況であった。
(7) 原告は,壁を蹴ったり,書類を投げ付けたりしたことはない。
(8) 原告が住民に用紙を間違えて交付したことはないし,必要がないのに住民を呼び出したこともない。
(9) 原告が例規集を持ち出したのは,休日に昇任試験のための勉強をしようと思ったからであり,当時4,5人の職員に「家に持って行ってもいいのか。」と聞いたところ,「勉強しろと言うからいいのやろ。」と返答されたので持ち帰ったものである。
(10) 原告が「αの医療分析」会議に出席しなかったのは,課のほぼ全員がこれに出席することになり,電話番がいなかったので,課長に告げた上,電話番のため残ったからである。
(11) 原告が総務課の主事を呼び出しながら,職場に来なかったことはない。当日は,8時30分に職場に出ていた。
(12) 被告が職場放棄と主張する事実については,おそらく原告が体調不良で席を外していたときのことを問題にしているのだと思われる。また,平成9年2月26日に原告が出張したことはなく,同月27日に書類を投げ付けたこともない。
(13) 原告は一度だけロビーで昼食を食べたことはあるが,他の職員も同様の行為を行っていた。
(14) 原告が保険証の記号・番号を記載せずに発行したことはない。
(15) 原告は,ロビーのソファーに横になって休んでいたことはあるが,正面の来客から見えない場所で休んでいたものである。
原告は,トイレに行った際,助役が原告の後をつけてきたことに気付いたが,その後,公平委員会への意見書の中で,職場離職の主張がされたため,自衛のため,トイレへ行くときのみ机の上に立札をしていったものである。
(16) 健康福祉まつりの件は,会場設営をしてみないと,借用物の要・不要の判断ができないし,全部の借用物を車1台で運搬できた。原告が借用物を取りに行かなかったのは,他の職員が「いつも出張にばっかり行っている。」といやみをいったため,課長が他の者に行ってもらうよう打ち合わせたものである。しかも,借用物件については課内で回覧承認を受けており,他の市町村に迷惑をかけたこともない。
(17) 原告の担当はリストアップのみであり,原告はこれをやり遂げた。その後の作業はF課長補佐担当の年金・税務なども関連していて原告のみの担当ではない。なお,平成10年1月15日は祝日であり,この日に督促があったはずはない。
(18) 原告は,年賀状で,単に真実を述べてほしいと要望したにすぎず,嫌がらせなどしていないし,その意思もなかった。
5 給与の差額
(一) 原告の主張
原告は,被告の本件給与条例の給料表の4級13号給(以下単に級号のみで示す。)相当の月額32万1200円の給料を受けていたので,平成9年,同10年,同11年の各10月1日にそれぞれ昇給していた場合は,平成9年10月分から平成10年3月分までは4級14号給相当の月額32万8300円を受けるはずであった。平成10年4月分から同年9月分までは,人事院勧告により給料表が変わったため,原告は,4級13号給相当の月額32万4000円の給料を受けていたが,昇給していた場合は,4級14号給相当の月額33万1000円を受けるはずであった。平成10年10月分から平成11年9月分までは4級15号給相当の月額33万7500円,平成11年10月分からは4級16号給相当の月額34万3300円の給料を受けるはずであった。
また,平成9年12月,平成10年3月,同年6月,同年12月,平成11年3月,同年6月の各期末手当についても,上記各号給に応じた額が支払われるはずであった。
上記の支払われるべき給与と,実際に支払われたあるいは支払われるであろう給与との差額は次のとおりとなる。
(1) 給料
平成 9年10月~平成10年3月
7100×6=42600円
10年 4月~ 10年9月
7000×6=42000円
10年10月~ 11年1月
13500×4=54000円
11年 2月~ 11年9月
毎月13500円
11年10月以降 毎月19300円
(2) 期末手当
平成 9年12月期末手当 17891円
10年 3月期末手当 4100円
6月期末手当 15802円
12月期末手当 32602円
11年 3月期末手当 7425円
6月期末手当 21600円
したがって,被告は,原告に対し,上記平成11年1月までの差額給料13万8600円と同年6月までの差額期末手当9万9420円との合計23万8020円及びその内金20万8995円に対しては訴状送達の日の翌日である平成11年2月21日から,内金2万9025円に対しては平成11年11月1日から各支払済みまで各年5分の割合による遅延損害金を支払う義務があるとともに,平成11年2月以降同年9月まで1か月1万3500円及び同年10月以降1か月1万9300円の差額給料を毎月21日限り支払う義務がある。
(二) 被告
原告が平成11年10月1日に昇給した場合との給料・期末手当の差額の主張については認めるが,支払義務の存在は争う。
なお,平成10年4月からの4級14号給は月額33万1100円である。
二 国家賠償請求(予備的請求)に関して
1 原告の主張
(一) 被告は,地方公務員法13条の平等の原則に反する本件退職勧奨制度に基づき,原告に違法な本件退職勧奨をしたが,原告がこれに応じなかったため,その報復として本件昇給停止を行ったものであり,被告の上記行為は違法な公権力の行使に当たる。
(二) 原告は,被告の上記行為により,前記-5(一)記載の給与の差額に相当する損害を被った。
2 被告の主張
原告を昇給させなかったのは,前記のとおり,原告の勤務成績がよくなかったからである。
三 国家賠償請求(慰謝料請求)に関して
1 退職強要及び昇給停止について
(一) 原告の主張
原告は,平成8年2月に本件退職勧奨を受け,その後も,町長,助役,上司である総務課長から退職を強要され,これに応じなかったことに対する報復として,本件昇給停止をされたのであって,これら各行為は違法・不当である。原告は,上記の退職強要及び昇給停止により著しい精神的損害を被ったが,その損害は,金額にして200万円が相当である。
(二) 被告の主張
争う。
2 本件回覧について
(一) 原告の主張
元来公平委員会の判定書は公表を予定されていないところ,被告の総務課長,産業振興課長,上下水道課長は,被告主張にかかる原告の勤務状況が記載された本件判定書を,閲覧する必要もないのに課員に回覧し,閲覧に供した。その結果,町内外で原告の家族を含めて原告の悪評が流れ,原告のプライバシーを侵害し,名誉を損なった。
原告は,上記行為により著しい精神的損害を被ったが,その慰藉料としては,100万円が相当である。
(二) 被告の主張
公平委員会の判定書は秘密文書ではなく,公表が予定されていないものとはいえない。本件判定書は原告の公務に関するものであり,原告のプライバシーに関するものではない。
原告から本件訴訟が提起され,原告が本件勧奨退職に応じなかったため昇給が停止されたとの新聞報道がなされたので,被告の職員が誤解するおそれがあった。そこで,町長は,職員の動揺を防ぐために,平成11年3月1日開催の課長会議の際,課長らに対し,原告の昇給停止は勧奨退職を拒否したからではなく,原告の勤務成績が良好でなかったからであると説明し,かつ,公平委員会も被告の主張を是認し,原告の措置要求を認めなかったと説明したのであるが,その際の資料として公平委員会の本件判定書と本件訴訟の訴状の写しを各課長に配布した。被告においては,従前から,課長会議後,各課長がその内容を課員に説明するとともに,配付された資料を課員に回覧していた課があり,上記課長会議の後,総務課,産業振興課,上下水道課が,上記慣行により,その他の議案に関する資料とともに本件判定書及び上記訴状の写しを各課の職員に回覧したものである。町長は,原告代理人からの内容証明郵便を受領して,回覧を行った課があることを知り,すぐ回収したが,既に課員が回覧済みであった。
第四争点に対する判断
一 事実関係
前記争いのない事実,証拠(証人G,原告本人,被告代表者本人,甲1,2,4の1及び2,5ないし7,12,14,15,17ないし19,20の2,21ないし26,28ないし32,38,41ないし43,乙1,2,3の1ないし8,4及び5の各1ないし3,6の2ないし4,7及び8の各1及び2,9,11,12)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
1 原告の職歴
原告は,昭和24年3月4日生まれで,昭和45年5月1日,被告の役場事務補助職員として採用され,水道課の主事補として勤務を始めた。その後,原告は,昭和47年11月10日に出納室に配属され,昭和48年4月1日からはα教育委員会に出向し,昭和54年4月1日に主事となり,昭和56年4月1日からは出向を解かれ総務課に勤務していたが,昭和58年10月23日から昭和59年6月30日までは,病気のため休職した。原告は,同年7月1日に復職し,産業課に勤務し,昭和62年6月1日からは企画対策室との兼務となった。昭和63年4月1日からは,再度α教育委員会に出向し,平成3年12月1日に出向を解かれ産業振興課に勤務し,平成6年4月1日に同主査となり,平成7年4月1日には住民福祉課主査,平成8年4月1日には保健環境課主査,平成10年4月1日には上下水道課主査となり,被告に勤務している。
2 本件退職勧奨制度
被告は,α職員退職勧奨制度実施要綱(昭和60年3月31日告示第18号)を定め,これに基づいて退職勧奨を行っていた(本件退職勧奨制度)。上記要綱には,任命権者は行政職の男子58歳,女子48歳に該当する職員に対して退職を勧奨するものとし(第2条),上記年齢に達する年度の末日の13か月前までに,その者に対し,退職の勧奨を行うものとし,(第3条),これを受けた職員は,所定の様式の退職願を退職勧奨を受けた年度の末日の1か月前までに任命権者に提出するものとし(第4条),退職の発令は,上記年齢に達した日の属する年度の3月31日とする(第5条)と定められている。上記退職願を提出した職員には,その翌年度の4月1日付けで2号給の特別昇給を行い,退職手当は石川県市町村退職手当組合退職手当条例第5条及び同条例の一部を改正する条例(昭和48年9月18日)附則第3項の規定を適用して支給するという優遇措置が講じられていた(第6条)が,提出しなかった者については,任命権者は特別の措置を講ずることができる(第8条)と定められていた(被告代表者本人,甲1,乙12)。
石川県内において,男女差のある勧奨退職制度をおいている市町村は,平成10年度において,8つの市のうち1市,33の町村のうち29町村であった。そのうち,1市2町は,平成11年度から男女差を解消することを予定しており,7町は,同年度段階的に男女差を解消する措置をとる(女性の年齢を1歳引き上げる)ことを予定しており,5村は段階的に男女差を解消するとしていた(甲7)。
被告の職員中昭和61年以降,退職勧奨年齢以降も勤務を続けた者は,昭和61年に女性1名がいた他は,原告以外にいない(乙7の1,2)。
3 本件退職勧奨
被告は,原告に対し,平成9年3月に48歳になることを理由に,平成8年2月,退職を勧奨したが,原告はこれに応じず,退職届を提出しなかった。
G住民福祉課長が,平成8年3月1日,人事を担当する総務課長の依頼で,原告に対し,退職届が出ていないがどういうつもりか質問したところ,原告は,まだ勤めたい旨述べた(証人G,原告本人,乙11)。
A総務課長は,原告の夫の会社の同僚であるBに対し,原告の退職勧奨について原告の夫の意見を聞きたいとして,原告の夫を呼び出すことを依頼し,上記Bは,平成8年3月8日,原告宅を訪問してその旨原告の夫に申し入れたが,原告の夫はこれを断った(甲14)。
町長は,平成8年3月11日朝,原告の夫の兄であるCに対し,原告が勧奨退職に応じないので,応じるよう説得してほしい旨依頼した(被告代表者本人,甲15)。
E助役は,平成8年3月11日,G住民福祉課長及び原告を町長室に呼び出した。町長及びE助役は原告に勧奨退職に応じない理由を聞き,原告は,もう少し勤めたい旨述べた。町長は,原告に公務員観についてどのように思っているのか質問したが,原告は「答える必要はない。」と述べて答えをしなかったので,町長はもうよいから帰るよう述べた(証人G,原告本人,被告代表者本人,乙11)。
原告は,平成9年2月ころ,D保健環境課課長から,再度勧奨退職の用紙を交付された(原告本人)。
4 原告の昇給経過と本件昇給停止
前記の休職期間中は昇給の期間計算はされないが,原告は,これを除いて,平成6年4月1日に主査になる前は毎年4月1日に,それ以降は毎年10月1月に,普通昇給してきた(原告本人)。原告は,平成8年4月1日,保健環境課主査を命じられ,同年10月1日からは,行政職4級13号給(給料月額31万3100円)を受けていたが,同年12月16日,α条例第14号により,さかのぼって平成8年4月1日からは,行政職4級12号給として給料月額30万9900円,同年10月1日からは,行政職4級13号給として月額31万7200円を受けることになり,さらに,平成9年12月15日,α条例第13号により,さかのぼって平成9年4月1日から行政職4級13号給として給料月額32万1200円を受けていたが,平成9年10月1日には昇給せず,平成10年4月1日に上下水道課主査に異動になった後の平成10年10月1日にも昇給せず,同年12月17日,α条例第15号により,さかのぼって平成10年4月1日からは,行政職4級13号給として月額32万4000円を受けていたが,平成11年10月1日及び平成12年10月1日にも昇給しなかった(原告本人,乙2)。
5 被告の昇給制度
被告においては,職員の給与について「一般職の職員の給与に関する条例」(本件給与条例)が制定されており,「職員が現に受けている給料の号給を受けるに至ったときから,その号給について12月を下らない期間を良好な成績で勤務したときは1号給上位の号給に昇給させることができる。」(同条例第4条5項本文)と規定されている(乙1)。
被告での昇給は,上記条例に基づいて行われてきているが,原則として,職制上の地位とは連動せず,著しい非違行為などの特段の事由のない限り,担当課長等の意見を聞くことなく,1年毎に1号給昇給する運用とされていた(証人G,原告本人)。
被告は,2名の職員につき,地方公務員法28条1項1号並びに職員の分限に関する手続及び効果に関する条例により分限処分として降格し,これに伴い,給与を減額し,また,上記分限処分の事由となった事実に関わりがあったため,自ら昇給を受けないことを申し出た職員1名につき,それまで毎年行っていた昇給を平成9年には行わなかったことがあったが,その他には,退職勧奨年齢に達しても退職しなかった女性職員を除き,すべての職員につき例外なく,毎年1号給ずつ昇給させていた(甲12,17,43,乙4の1ないし3,7の1)。
また,主事から主査への昇格も,勤務成績は考慮せず,勤務年数により行われていた(被告代表者本人)。
6 原告の対応
(一) 原告は,平成8年4月1日付けで,町長宛てに,「今しばらく勤務させて頂きたく申し入れ致します。」等と記載した申入書を作成して交付し,平成9年2月28日付けで,町長宛てに,「本年も「勤務したい」と思いますので,その旨申し入れ致します。」等と記載した申入書を作成して交付した(甲28,29)。
また,原告は,平成9年10月1日に昇給とならなかった理由をE助役に質問し,さらに同月3日にも質問したところ,平成8年3月11日に話合いをしたときの原告の態度が納得できないとのことであった。原告は,さらに,平成9年10月6日付けで,町長宛てに,平成9年10月1日及び同月3日にE助役に昇給がなかった理由を明確にするよう口頭で申し入れたが,納得のいく回答がないとして,町長印を押印した明確な理由書を同月8日までに提出するようお願いする旨記載した申入書を作成して交付し,さらに,同年11月10日付けで,町長宛てに,E助役に昇給がなかった理由を明確にするよう口頭で申し入れたが,納得のいく回答がないとして,地方公務員法に基づき,客観的で納得のいく明確な理由書を同月11日までに提出するようお願いする旨記載した申入書を提出したが,その回答はなく,同年11月27日には上記書面を入れた封筒が封を切らずに原告の机の上に置かれていた(原告本人,甲30ないし32)。
(二) 原告は,公平委員会に対し,平成9年11月20日付けで,原告を平成9年10月1日より普通昇給させることを要求する措置請求をした(乙3の1)。
7 公平委員会の判定
公平委員会は,町長作成の平成10年3月18日付け(乙3の2)及び同年5月20日付け(乙3の4)の各意見書,原告代理人岩淵正明弁護士(以下「岩淵弁護士」という。)作成の1998年5月1日付け意見書(乙3の3)及び同年6月15日付け反論書(乙3の5)の提出を受け,同年11月11日に町長及びA総務課長からの事情聴取(乙3の6,6の4),同月12日に原告及び岩淵弁護士からの事情聴取(乙6の3),同月19日に被告の関係者の事情聴取(乙3の7,6の2)を行った上,平成10年12月21日,「要求者の要求はこれを認めることはできない」との判定をした(甲2,乙3の8)。その判定理由欄には,次の旨記載されている(甲2,乙3の8)。
「(原告は,)住民に理解してもらう場合に納得するよう優しく説明する言葉使いや態度があまりなかったこと,住民に昼食時間に訪ねてくるように言っておきながら無断で外出するため迷惑をかけていたこと,自分の机に不在を示す立札を立て離席し,隣席の職員に口頭での連絡がなかったこと,海外旅行に行くため休んだときも,前日になって休むことは言ったが,10日間休むのに仕事についての連絡等はなかったこと,平成9年1月から3月までの間に療養費の支払申請書の用紙を間違え,また高額療養費の申請が済んでいるのに再度窓口に呼び出したり,健康保険証の記号番号を記入しないで発行し,医院から指摘を受けたこと,年長者として指導の立場にありながらそうした能力もなく,指導しようという気持ちもなく主査という指導する立場にありながら,自分の仕事でその余裕がみられなかったこと,昼食時間にソファにスカートのまま昼寝をし,上司から注意を受けていたこと,コピー室やロッカー室の壁を足で蹴る問題行動があったこと,γ保健所での県国保連合会「αの医療分析」の会議を課長の承認を得て欠席したとしているが課長は承認していないこと,平成9年3月の町長室での町長に対する言動,慎重を要する課税台帳の取扱いに適切さを欠いていたことに,この他の多くの事実と併せ考えると,町当局が述べている勤務状況は事実に裏付けられたものであると判断した。こうした事実を質・量の両面より慎重に検討した結果,住民の信頼を損なうような行為により公務能率の向上に著しく影響を与えたと認める。その程度はαの「一般職の職員の給与に関する条例」(本件給与条例)第4条第5項に規定されている良好な成績には当たらず,当委員会は町当局の裁量権の行使に瑕疵はないと認めた。」
8 本件退職勧奨制度の問題点の指摘状況
(一) 平成8年2月19日,被告の女子職員らがお茶の入れ方の研修を受けた後町長と話し合ったが,その際,女子職員からなぜ女子だけが48歳で辞めなければいけないのかという疑問が提示されたのに対し,町長は,「女性が男性と同じ歳まで勤務するのは能力的に難しいのではないか。また役場以外の職場と比べてみた時に,給料の総額は,たとえ48歳で辞めても役場の方が上ではないか。それにあなた方はそれを承知で役場に入ってきたのではないか。新陳代謝をしたいと考えている。」等と答えた。また,女子職員から,退職勧奨年齢後も退職していない女子職員について,「例外を認めるのはよくないと思います。高い給料をもらって,人目につかないポストに置くのは,本人にとって好都合ではないか。」との意見が出たのに対し,町長は,「2年程前にこの人の言う事なら聞き入れてくれるだろうと思う人物に説得をしてもらったが,かけはなれたとんでもない返事で,今のところ放ってある状態。」等と述べた(被告代表者本人,甲41)。
(二) 被告の平成9年3月定例議会では,「女子の退職勧奨年齢につき,これまでも度々議会で取り上げられ,町長からはその都度柔軟に努力するとの答弁を得ているが未だ何ら進展がみられない」との質問があり,町長は,平成11年までに職員数1割削減の目標があるので,もう少し時間を載きたい旨の答弁をした(甲18)。
(三) 平成12年3月の議会においても,男女別の勧奨退職についての議員の質問に対し,町長は,「私が申し上げている案は勧奨という意味は従来わが町で実施している勧奨の意味とは意味が違います。勧奨いわゆる希望的な勧奨へ移行することでございます。」と答弁している(甲38)。
9 原告の勤務状況等
(一) 原告は,平成5年6月17日,石川県町村会長から永年勤続の表彰を受けた(甲21)。
原告は,使用簿に記入せずにコピー機を使用したことがあった。
原告は,平成8年3月17日,ぎっくり腰で恵寿総合病院に入院し,同日開催の母子寡婦の会の総会に欠席する旨Gの自宅に電話した上で,上記総会を欠席し,次いで,翌18日及び19日,欠勤した。Gは,課員に原告の年次休暇届を代筆させ,年次休暇承認の手続をとった(証人G,甲23,乙8の1,2)。
原告は,平成8年6月26日,イギリス留学中の娘に被告の電話を使って国際電話をかけたが,その電話代金428円を,同年7月18日までに支払った(甲24,25)。また,原告は,海外にいる娘に,公務時間中,被告のファックス機にファックスを送信させたことがあった。
原告は,平成8年8月3日から同月11日まで休暇を取り海外旅行に行くに先立ち,他の職員に連絡事項等を伝えなかった。
(二) 原告は,平成9年1月14日,所属課に保管されている被告の例規集を持ち出したことがあった。
平成9年2月4日に開催された「αの国民健康保険医寮費分析」検討会には,国民健康保険連合会及びγ保健所の担当者の他,被告から,保健環境課課長D,主査H,同I,主事J,主事補K,住民福祉課課長G,主事Lが出席したが,原告と保健環境課課長補佐Mは欠席した(甲6)。
平成9年2月11日ころ,原告は,休日に町長室の鍵を開けてもらうために,鍵を管理している総務課の主査を役場に呼び出したが,出張に出かける時間までに上記主査が到着しなかったため,出張に出かけたことがあった(甲19,22,42)。
原告は,昼休み,被告の役場の正面玄関ロビーで昼食をとったり,ソファーにスカートをはいて横になって昼寝したことがあった。
また,原告は,席を外す際に,口頭では何も言わずに自分で作った不在の立札を机の上に立てていたことがあった。
原告は,平成9年4月30日,同年9月26日に開催される健康福祉まつりのために,石川県国民健康保険団体連合会に,展示用パネルなどの借用を申し込んだ。その際,上記借用書に,イベント用袢天について,「他に借用先がでない場合は全着お願いします」と記載したが,借用を申し込んだ物品の一部は健康福祉まつりには使用されなかった(甲26)。
原告は,γ社会保険事務所から,町民46名のうち平成8年度の給与収入が100万円以上の住民のリストアップと収入調査について,平成10年1月14日までに回答を求められていたところ,リストアップは行ったが,収入調査は行わなかった。
原告は,平成11年1月,被告の職員であるM,I及びDに送付した年賀状に,「昨年は並々ならぬお世話になりました」,「同僚の足を引っぱるのはたやすく,自分がくずれるのは早いもの,いつかは必らず自分に返るのが世の常」,「昨年は不測の事態には一方的な意見を述べられましたね。」,「自分のしてきた態度もよくみきわめた上で,心から真実を正確に述べられるように。」,「法にふれぬよう心から真実を正確に語って下されるよう望みます。」などと記載した(乙5の1ないし3)。
10 本件回覧
被告の総務課長,産業振興課長,上下水道課長は,平成11年3月1日,公平委員会の本件判定書の写し及び本件訴状の写しを,課長会議で配布された他の書類とともにそれぞれの課員に回覧し,閲覧に供した(証人G,甲4の1,乙7の1)。
二 差額給与の請求(主位的請求)について
1 将来請求部分について
原告は,本件口頭弁論終結後である平成12年11月分以降も毎月21日限り1万9300円の支払を求めているが,今後の原告の昇給の有無等,差額給与請求をなすべき前提事実の成否は未だ明らかでないところ,原告は,あらかじめその請求をする必要がある場合であることについて,何ら主張・立証しない。
したがって,右請求部分の原告の訴えは,訴訟要件を欠き,不適法である。
2 差額給与請求権の有無について
(一) そこで,上記1で却下すべきものと判断した部分を除くその余の差額給与請求の当否について検討する。
地方公務員の給与については,地方公務員法24条6項の規定による給与に関する条例に基づいて支給されるものとされており(同法25条1項),上記条例には,昇給の基準に関する事項も規定するものとされている(同条3項2号)。これに基づき,被告は,前記判示のとおり,本件給与条例を制定し,昇給の基準について,「職員が現に受けている給料の号給を受けるに至ったときから,その号給について12月を下らない期間を良好な成績で勤務したときは1号給上位の号給に昇給させることができる」(同条例4条5項本文)と規定している。
上記条例が「良好な成績で勤務したとき」,「できる。」という文言を用いていること,同条例4条9項が,上記昇給は「予算の範囲内で行わなければならない。」と規定していることからすれば,ある職員を昇給させるか否かは,任命権者による評価と判断を経た上で,予算との調和も考慮し,決定されるべきものとされていることが認められるのであって,地方公務員法が地方公務員の給与の支給について条例の定めを要求しているのは,住民の税金によりまかなわれる地方公務員の給与につき,地方財政の健全化のため,住民の審査を経るという面があることを考え合わせると,昇給についての法律及び本件給与条例の定めは,任命権者に上記のような行為義務を負わせるにとどまるものであって,一定の条件を充足した場合に当然に昇給するという職員の権利を定めたものではないと解するのが相当である。
したがって,被告の職員である原告は,任命権者の評価・判断なくして当然に昇給するものではないから,当然に昇給することを前提に従前の給与との差額を請求することはできないのであって,原告の差額給与の支払請求は,その余の点を判断するまでもなく理由がない。
(二) 原告は,被告が特段の事由がない限り原告を毎年1号給昇給させる義務を負っていると主張する。そして,被告での昇給は,本件給与条例に基づいて行われるものではあるが,原則として,職制上の地位の変動とは連動せず,著しい非違行為などの特段の事由のない限り,1年毎に1号給昇給する運用とされていたことは,前記判示のとおりである。
しかしながら,地方公務員の給与について条例の定めが要求されている趣旨からすれば,本件給与条例において,前記判示のとおり規定されている以上,上記運用実態をもってしても,被告が特段の事由がない限り原告を毎年1号給昇給させる法的義務を負っていると解することはできない。
したがって,原告の前記主張は採用できない。
三 差額給与相当額の国家賠償請求(予備的請求)について
1 本件昇給停止の違法性の有無について
(一) 前記認定事実及び証拠(甲43)によれば,原告は,休職期間を除いて,平成6年4月1日に主査になる前は毎年4月1日に,それ以降は毎年10月1日に,普通昇給してきたこと,被告での昇給は,一般職の職員の給与に関する条例に基づいて行われており,原則として職制上の地位の変動とは連動せず,著しい非違行為などの特段の事由のない限り,1年毎に1号給昇給する運用とされていたこと,その例外としては,退職勧奨年齢に達しても退職しなかった職員が1年毎には昇給していなかった例,分限処分を受けて降格し,給与が減額された2名の職員の例,上記分限処分の事由となった事実に関わりがあったため,自ら申し出た職員1名につき,平成9年の昇給が行われなかった例以外にはないことが認められる。
また,被告代表者本人も,「結局,あなたはこの昇給停止三回あるんだけど,勧奨制度に応じなかったというのは全く影響していない,こう言い切れますか。」という原告代理人の質問に対し,「100パーセント言い切れるかといえば,言い切れない部分もあるかもしれないですけれど。」と答えているところである(被告代表者本人)。
これらの事実に,前記判示のとおり,退職勧奨年齢に達してもこれに応じて退職しなかった職員は,昭和61年以降は原告の他に1名しかいなかったこと,並びに,本件退職勧奨に係る被告の町長,課長などの各行動,すなわち,原告が退職勧奨制度実施要綱所定の優遇措置を受けられなくなった後も,人事を担当する総務課長の依頼で,担当課長が,原告に対し,退職届が出ていないがどういうつもりか質問し,その際,原告が,まだ勤めたい旨述べていたにもかかわらず,A総務課長は,原告の夫の会社の同僚であるBに,原告の退職勧奨について原告の夫の意見を聞きたいとして,原告の夫を呼び出すことを依頼し,さらに,町長は,平成8年3月11日朝,原告の夫の兄であるCに対し,原告が勧奨退職に応じないので,応じるよう説得してほしい旨依頼しており,助役において,平成8年3月11日,原告を町長室に呼び出し,町長及び助役が勧奨退職に応じない理由を聞き,その際も,原告がもう少し勤めたい旨述べ,書面でもその旨申し入れたのに対し,平成9年2月ころには,原告に再度勧奨退職の用紙を交付したこと,以上の各事実を考え合わせれば,原告に対して,平成9年10月1日以降,昇給を行わなかったのは,原告が被告の本件退職勧奨に応じなかったことを主要な考慮要素として取り込んで判断したものであり,これがなければ本件昇給停止の判断,決定はなされなかったものと認めざるを得ない。
(二) 被告は,原告が昇給しなかったのは,原告の勤務成績がよくなかったからであるとして,前記第三,-4(二)の(1)ないし(18)の各事実を主張する。
しかしながら,被告においては,昇給は,原則として職制上の地位の変動とは連動せず,著しい非違行為などの特段の事由のない限り,1年毎に1号給昇給する運用とされていたことは,前記判示のとおりであり,また,前記のとおり,その例外とされた事例としては,分限処分を受けて降格し,給与が減額された2名の職員の例,上記分限処分の事由となった事実に関わりがあったため,自ら申し出た職員1名につき,平成9年の昇給が行われなかった例の他は,退職勧奨年齢に達しても退職しなかった職員の例があるのみであり,それ以外には,1年毎の1号給昇給を受け得なかった者はいなかったことが認められるのであって,これによれば,被告においては,分限処分に値するか,それと同等と評価し得るほどの著しい非違行為があるなどの特段の事情がない限り,その職員は,本件給与条例第4条第5項にいう「良好な成績で勤務した」と取り扱われてきたものと認めるのが相当である。
そこで検討するに,被告の主張する原告の勤務状況のうち,①原告が使用簿に記入せずにコピー機を使用したことがあったこと,②平成8年3月11日,町長室に呼び出された際,町長からの公務員観に関する問いかけに対し,「答える必要はない」旨述べたこと,③平成8年3月17日開催の母子寡婦の会の総会に欠席したこと,④平成8年6月,被告の電話を使用して海外へ電話し,海外にいる原告の娘に,公務時間中,被告のファックス機に私用のファックスを送信させたこと,⑤平成8年8月3日から同月11日まで休暇を取り海外旅行に行くに先立ち,他の職員に連絡事項等を伝えなかったこと,⑥平成9年1月14日,所属課に保管されている被告の例規集を持ち出したこと,⑦平成9年2月4日にγ保健所で開催された石川県国民健康保険連合会主催の「αの医療分析」の会議に欠席したこと,⑧平成9年2月11日ころの休日に総務課主査を役場に呼び出したが,同人が役場に来る前に出張に出かけたこと,⑨昼休み,被告の役場の正面玄関ロビーで昼食をとったことがあること,⑩昼休みに玄関ロビーのソファーにスカートをはいて横になって昼寝したことがあること,⑪席を外す際に自分で作った不在の立札を立てていたことがあること,⑫平成9年10月26日に実施された被告の健康福祉まつりに展示使用する物品の借用申込みを担当したが,結果的に不要な物品を借用したこと,⑬γ社会保険事務所から平成10年1月14日までに回答を求められていた住民のリストアップ及び収入調査のうち,収入調査を行わなかったこと,⑭平成11年1月に,被告の職員に対し,「昨年は並々ならぬお世話になりました」,「同僚の足を引っぱるのはたやすく,自分がくずれるのは早いもの,いつかは必らず自分に返るのが世の常」,「昨年は不測の事態には一方的な意見を述べられましたね。」,「自分のしてきた態度もよく見きわめた上で,心から真実を正確に述べられるように。」,「法にふれぬよう心から真実を正確に語って下されるよう望みます。」などと記載した年賀状を送付したこと,以上の各事実は,原告も概ね認めており,前記判示のとおり,その存在が認められるが,その他の事実については,原告本人はこれを強く否定するところであり,これを裏付けるに足りる客観的資料も提出されていないから,たやすく認め難い。
上記の存在を認めうる各事実は,いずれもそれだけでは分限処分を受けるに値する行為とも,著しい非違行為ともいうことができず,これらの事実をすべて総合考慮してもなお,原告に分限処分に値する行為があったとも,著しい非違行為があったともいうことはできない。
してみれば,上記①ないし⑭の事実関係に照らして,原告には同僚との円滑な協力・連絡体制の確立や公私の区別等の点において,勤務態度が必ずしも良好といえない面があったというべきではあっても,かかる事情は,被告における従来の運用上,本件給与条例にいう「良好な成績で勤務した」と取り扱われることの障害事由とはされていなかったのであるから,右事情を考慮に入れても,町長は,原告が本件退職勧奨に応じなかったことを主要な考慮要素として本件昇給停止を判断したとの前記(一)の認定は揺るがず,他にこれを左右するに足りる証拠はない。
(三) そして,被告における本件勧奨退職制度は,前記認定のとおり,行政職の男子と女子とで退職勧奨年齢を10歳も異にするものであって,その区別について合理的な理由があると認めるに足りる証拠はないから,右制度は,もっぱら女子であることのみを理由として差別的取扱いをするものであって,地方公務員法13条に反し違法なものであるといわなければならない。
(四)(1) また,元来,退職勧奨は,その性質上,これを行うか否かは任命権者において自由に決し得るものであり,反面被用者は理由のいかんを問わず,その自由な意思において,勧奨を受けることを拒否し,あるいは勧奨による退職に応じないことができるはずのものである。したがって,任命権者の勧奨行為について,勧奨の回数等により形式的にその限界を画することはできないけれども,それは,職務上の上下関係の中でなされるものであるから,無限定になし得るものとすることはできないのであって,被勧奨者の自由な意思決定を妨げるような態様でこれを行うことは許されないものというべきであり,まして,退職勧奨のために出頭を命ずるなどの職務命令を発することは到底許されないものというべきである。
しかるに,前記のとおり,E助役は,平成8年3月11日,G住民福祉課長及び原告を町長室に呼び出し,町長及びE助役が原告に勧奨退職に応じない理由を聞き,原告がもう少し勤めたい旨述べたのに対し,町長は,原告に公務員観についてどのように思っているのか質問したが,原告は答えなかったので,町長はもうよいから帰るよう述べたことが認められるのであって,町長室での上記会話の内容に,前記-3に判示した事実経過を考え合わせれば,原告を町長室に呼び出した目的は,原告に退職を勧奨するためであり,上記会話はかかる趣旨でなされたものと認めるのが相当である。
そして,助役らが,原告を町長室に呼び出したのは,被告と原告との雇用関係に基づく職務命令行為であると認められるから,被告は,原告に対し,退職勧奨のために出頭を命ずるなどの職務命令を発したものというべきであり,かかる態様による退職勧奨行為は,違法であると評価せざるを得ない。
(2) また,前記のとおり,被告のA総務課長は,原告の夫の会社の同僚であるBに,原告の退職勧奨について原告の夫の意見を聞きたいとして,原告の夫を呼び出すことを依頼し,上記Bは,平成8年3月8日,原告宅を訪問してその旨原告の夫に申し入れたこと,町長は,平成8年3月11日朝,原告の夫の兄であるCに対し,原告が勧奨退職に応じないので,応じるよう説得してほしい旨依頼したことが認められるところ,原告が退職勧奨に応じるか否かは,あくまで原告の自由な意思によるべきであるのに,原告の近親者の原告に対する影響力を期待して,原告が退職勧奨に応じるよう説得することを依頼することは,退職勧奨方法として社会的相当性を逸脱する行為であり,違法であると評価せざるを得ない。
(五) そうすると,町長は,上記(三)の違法な本件退職勧奨制度に基づく上記(四)の違法な本件退職勧奨に原告が応じなかったことを主要な原因として,原告に対し,本件昇給停止という不利益な取扱いを行ったものであって,前記行為は,違法な公権力の行使といわなければならず,また,前記事実関係によれば,前記行為に当たり,町長に少なくとも過失があったことは明らかといわなければならない。
したがって,被告は,原告に対し,国家賠償法1条1項に基づき,原告が受けた損害を賠償すべき義務がある。
2 損害額について
前記認定事実,乙1及び弁論の全趣旨によれば,原告は,4級13号給として月額32万1200円の給料を受けていたこと,平成9年10月に1号給昇給していた場合は,4級14号給として,平成9年10月分から平成10年3月分までは月額32万8300円の給料を受けるはずであったこと,原告は,平成10年4月分から同年9月分までは,月額32万4000円の給料を受けていたが,4級14号給の月額給料は少なくとも33万1000円となったので,少なくとも同額を受けるはずであったこと,平成10年10月にさらに1号給昇給していた場合は,平成11年9月分までは4級15号給として月額33万7500円,平成11年10月にさらに1号給昇給していた場合は,同月から4級16号給として月額34万3300円の給料を受けるはずであったこと,また,上記のように昇給した場合には,平成9年12月,平成10年3月,同年6月,同年12月,平成11年3月,同年6月の各期末手当についても,上記各号給に応じた額が支払われるはずであったことが認められる。その差額は,前記違法な昇給停止行為により原告に生じた損害と認めることができ,その具体的金額は,次のとおりである。
(一) 差額給料相当額(平成12年9月分まで)
平成 9年10月~平成10年3月
7100× 6= 42600円
10年 4月~ 10年9月
7000× 6= 42000円
10年10月~ 11年9月
13500×12=162000円
11年10月~ 12年9月
19300×12=231600円
(二) 差額期末手当相当額
平成 9年12月期末手当 17891円
10年 3月期末手当 4100円
6月期末手当 15802円
12月期末手当 32602円
11年 3月期末手当 7425円
6月期末手当 21600円
(三) 差額給料相当額(平成12年10月分)
乙1及び弁論の全趣旨によれば,被告における給料の支給日は毎月21日であること,平成12年10月1日にも原告の昇給は行われなかったことが認められる。原告は,平成12年10月以降の差額給料相当額について毎月1万9300円のみを請求しているのであって,口頭弁論終結前に既に支給日が到来している平成12年10月分の給料については,原告は,少なくとも1万9300円の損害を被ったことが認められる。
3 将来請求部分について
原告は,本件口頭弁論終結後である平成12年11月分以降も毎月21日限り1万9300円の支払を求めているが,今後の原告の昇給の有無等,差額給与相当の損害発生の前提事実の成否は未だ明らかでないところ,原告は,あらかじめその請求をする必要がある場合であることについて,何ら主張・立証しない。
したがって,右請求部分の原告の訴えは,訴訟要件を欠き,不適法である。
四 国家賠償請求(慰謝料請求)について
1 本件退職勧奨及び本件昇給停止について
前記三1に判示したとおり,町長は違法な本件勧奨退職制度に基づき,違法な本件退職勧奨を行い,かつ,これに原告が応じなかったことを主要な原因として,原告に対し,本件昇給停止という不利益な取扱いを行ったものであって,これらの行為は,違法な公権力の行使といわなければならず,これに当たり,町長には少なくとも過失があったことは明らかといわなければならない。
そして,原告はこれにより精神的苦痛を被ったものと認められるのであって,前記三1に判示した違法行為の態様,原告の受けた財産的損害は前記三2に判示したとおり国家賠償請求により回復されること,その他本件にあらわれた諸般の事情に鑑みれば,その精神的苦痛は,20万円をもって慰藉するのが相当である。
2 本件回覧について
原告は,元来公平委員会の判定書は公表を予定されていないところ,被告の職員である総務課長,産業振興課長,上下水道課長が,被告主張にかかる原告の勤務状況が記載された本件判定書を,閲覧する必要もないのに回覧したため,町内外で原告の家族を含めて原告の悪評が流れ,原告のプライバシーを侵害し,名誉を損なったものであると主張する。
しかしながら,本件判定書は,被告における原告の勤務状況について,原告被告双方の主張を記載した上,公平委員会が認定,評価した内容と判定の結果を記載したものであり,原告のプライバシーに当たる内容を含むものとは認められない上,記載の体裁上も,被告の主張内容と,公平委員会の判定内容は区別でき,その回覧の範囲も,総務課,産業振興課,上下水道課に限られており,これによって原告の社会的評価が低下したと認めるに足りる証拠はない。
したがって,原告の前記主張は採用できない。
第五結論
以上のとおり,原告の主位的差額給与請求及び予備的差額給与相当損害賠償請求のうち,平成12年11月以降1か月金1万9300円の支払を求める部分の訴えは,いずれも不適法であるから,これを却下すべきである。また,原告の主位的差額給与請求のその余の部分は理由がなく,棄却すべきであるが,予備的差額給与相当損害賠償請求のその余の部分及び慰謝料請求については,被告に対して79万6920円及び内金20万円に対しては不法行為の後である平成9年10月1日から,内金20万8995円に対しては不法行為の後である平成11年2月21日から,内金2万9025円に対しては不法行為の後である平成11年11月1日から各支払済みまで民法所定の各年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから,認容すべきであり,その余はいずれも理由がないから棄却すべきである。
よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 渡辺修明 裁判官 小川賢司 裁判官 森岡礼子)