金沢地方裁判所 平成11年(ワ)430号 判決 2006年3月24日
主文
1 被告は、石川県羽咋郡志賀町赤住地区において、平成11年4月14日付通商産業大臣許可に係る志賀原子力発電所2号原子炉を運転してはならない。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
(証拠の摘示方法)
次の例にしたがう。
<1> 甲1(1) 甲第1号証の1頁
<2> 乙6(添1-1-1) 乙第6号証の添附書類1の1-1頁
<3> 乙8(添図1) 乙第8号証の添付書類である図1
<4> 証人甲野太郎(<1>1) 証人甲野太郎の証言(複数期日にわたって尋問が実施された場合に、1度目の期日における尋問調書の1頁)
第1章請求の趣旨及び事案の概要
第1請求の趣旨
主文同旨
第2事案の概要
1 はじめに
本件は、石川県羽咋郡志賀町赤住所在の志賀原子力発電所(以下「本件原発」という。)に増設された2号原子炉(以下「本件原子炉」という。)が運転されれば、平常運転時又は異常事象時に環境中に放出される放射線及び放射性物質によって被ばくすることにより自己の生命・身体等に回復し難い重大な被害を受ける旨主張する原告らが、人格権又は環境権に基づき、その侵害を予防するため、本件原子炉を設置した被告に対し、その運転の差止めを求めた事案である。
2 前提事実
次の事実は、争いがないか、文中に記載した証拠及び弁論の全趣旨によって明らかに認められる。
(1) 当事者
ア 原告らは、その大部分が石川県及び富山県に居住する者である。それ以外の都府県に居住する者の内訳は、福島県が1名、新潟県が4名、東京都が2名、神奈川県が1名、静岡県が2名、岐阜県が1名、愛知県が1名、滋賀県が1名、奈良県が1名、大阪府が1名、兵庫県が1名、岡山県が1名、広島県が1名、熊本県が1名である。
イ 被告は、富山県、石川県、福井県の一部、岐阜県の一部を供給区域とする電気事業法上の一般電気事業を営む株式会社である。
(2) 本件原子炉の増設の経緯等
ア 被告は、平成9年5月20日、平成10年法律第62号による改正前の核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(以下「原子炉等規制法」という。)26条に基づき、通商産業大臣(現経済産業大臣)に対し、本件原発において本件原子炉を増設する旨の原子炉の設置変更許可を申請した(以下「本件設置変更許可申請」という。)。通商産業大臣は、同法26条4項、24条2項に基づき、同法23条1項1号、2号及び3号(経理的基礎に係る部分)の各要件適合性については原子力委員会に、同項3号(技術的能力に係る部分)及び4号の各要件適合性については原子力安全委員会にそれぞれ諮問し、平成11年3月29日原子力安全委員会から、同月30日原子力委員会からそれぞれ各要件に適合していると認める旨の答申を受けた上で、同年4月14日、被告に対し、本件設置変更許可申請を許可する旨の処分をした(以下「本件設置変更許可」という。)。被告は、同年8月27日、本件原子炉及びその附属施設(以下「本件原子炉施設」という。)の建設に着工し、平成17年4月26日、試運転を開始した。被告は、平成18年3月に本件原子炉の営業運転を開始する予定である。建設に要した費用は、約4250億円であった。〔甲953(124)〕
イ 被告は、電力需要が中長期的には民生用需要を中心として着実に増加するものと想定し、将来にわたる電力の安定供給の確保、環境の保全の観点から、電源多様化の中核として必要不可欠な電源として、本件原子炉施設を建設した。
(3) 本件原子炉の特徴
ア 我が国で稼働している商業用の実用発電用原子炉は、いずれも、冷却材及び減速材(これらは後記(4)アで説明する。)に軽水(普通の水)を用いる軽水型原子炉(以下「軽水炉」という。)であり、軽水炉には、原子炉で水を沸騰させ、発生した蒸気で直接タービンを回す構造の沸騰水型原子炉(BWR)と、高圧を加えられた水が高温に熱せられて循環し(一次冷却系)、これとは別の循環系統(二次冷却系)との間で熱交換が行われ、二次冷却材が蒸気となってタービンを回す構造の加圧水型原子炉(PWR)とがあるが、本件原子炉は、改良型沸騰水型原子炉(ABWR)であって(以下、「BWR」という概念はABWRを含んだ意味で用い、ABWRを除く場合には、「従来型BWR」という。)、その熱出力は約392万6000キロワット、電気出力は約135万8000キロワットである。
イ ABWRは、通商産業省第三次軽水炉標準化プラントと位置づけられ、昭和60年に開発を完了したものであって、開発目標は、<1>安全性・信頼性の向上、<2>運転性・操作性の向上、<3>作業者の被ばく線量の低減、<4>経済性の向上であり、主たる特徴は、次のとおりである。(甲339、738)
(ア) 外部再循環ループの配管をなくしてインターナルポンプを採用した。
(イ) インターナルポンプの採用によって大口径配管破断事故の想定の必要がなくなったので、ECCS(非常用炉心冷却設備)は小容量とされた。
(ウ) 水圧駆動方式であった従来型制御棒駆動装置に代えて、水圧駆動方式と電気駆動方式とを併用する改良型制御棒駆動機構(FMCRD)を採用し、駆動源の多様化を図った。
(エ) 従来の鋼製自立型格納容器に代え、原子炉建屋と一体化した円筒型鉄筋コンクリート製原子炉格納容器を採用し、耐震性の向上を図った。
(オ) 熱効率の改善等を行い、電気出力を135万キロワット級の大容量プラントとした。
ウ 我が国で稼動している商業用の実用発電用原子炉のうち、ABWRは、東京電力株式会社(以下「東京電力」という。)柏崎刈羽原子力発電所6号機及び7号機のみである。
(4) 原子力発電の仕組み
ア ウラン235などの原子核(核分裂性原子核)は、中性子を吸収するなどして不安定な状態になると、分裂して二つ以上の別の原子核(核分裂生成物)に変わるとともに、数個の中性子を放出する(核分裂反応)ことがあるが、このとき分裂前の原子核が質量として持っていた結合エネルギーの一部が新しく発生した原子核等の運動エネルギーに変わる。
こうして発生した中性子は光速に近い速度を持つが、これを別の物質(減速材)に衝突させて十分に減速すれば(このように減速された中性子を熱中性子という。)、別の核分裂性原子核に吸収され易くなり、核分裂反応を継続させることができる。また、核分裂反応により発生した原子核等が周囲の物質に衝突すると、周囲の物質の熱運動を増大させる(温度を上昇させる)から、核分裂性物質の周囲を別の物質(冷却材)で満たしておけば、核分裂性物質が冷却材を暖める燃料として働き、熱エネルギーを取り出すことができる。〔甲1(33ないし35)、甲635の1(11)、甲637の1(12)、乙1(17、21、22)、乙2(1、6、10、12ないし18)、乙7の1(4)、乙8(1、3)、証人B(4、6)〕
イ 原子力発電とは、原子炉内で核分裂反応を発生させ、取り出した熱エネルギーを用いて水蒸気を発生させ、これを発電機のタービンに吹き付けて回転させる発電方法である。ABWRである本件原子炉施設では、別紙1「タービン設備系統概要図」のとおりの設備を用いて、原子炉圧力容器内で発生させた水蒸気をタービンに導き、復水器で管内に海水を流して冷やした配管に触れさせて液体に戻し、給水加熱器を介して原子炉内に戻している。
自然界に存在するウランは、大部分(約99.3パーセント)が核分裂反応を起こし難いウラン238であり、核分裂性物質であるウラン235は約0.7パーセントにすぎない。我が国の原子力発電所では、一般に、燃料としてウラン235の濃度を数パーセントに高めた二酸化ウランを円柱状に焼き固めて燃料ペレット(二酸化ウラン焼結燃料)にして用いてきた。本件原子炉も、燃料として二酸化ウラン焼結燃料を用いる予定である。〔甲4(140)、甲635の1(20)、乙1(19、20)、乙4(107ないし115)、乙6(10、添2-1、8-4-59、8-6-16)、乙7の1(4)、乙8(1、2、図1)、証人B(2、3)〕
ウ 原子力発電所は、原子炉の出力を一定にするため、核分裂反応の量が一定に維持される(臨界)ように制御しながら運転する。BWRは、中性子を吸収するための制御棒の出し入れと、炉心を流れる冷却水の流量(再循環流量)の調節により、炉心の出力(核分裂反応の量)が一定になるように制御し運転する。
すなわち、BWRでは冷却水中に沸騰による気泡が存在するので、再循環流量が変化すると単位体積当たりの減速材(冷却水)の量が変化する。このため、再循環流量を変化させることにより、熱中性子の量、つまり核分裂反応の量を調節することができる。また、運転を継続することにより燃料中のウラン235の濃度が低くなると、制御棒を若干引き抜いてこれに吸収される中性子の量を減らすとともに再循環流量を減らして中性子の量を調節し、運転時間に応じて再循環流量を増加していく。〔乙1(22、23)、乙7の1(6、7)、乙8(2、3)、証人B(4ないし7、8)〕
(5) 放射線被ばくの人体への影響
ア 原子核の崩壊や核分裂反応のときに放出される素粒子を放射線といい、放射線には、アルファ線(ヘリウムの原子核)、ベータ線(高速の電子)、ガンマ線(電磁波)、中性子線(中性子)などがある。アルファ線(紙1枚程度の厚さで遮蔽できる。)とベータ線(薄い金属板程度の厚さで遮蔽できる。)とは透過力が比較的弱く、ガンマ線と中性子線とは透過力が強い(遮蔽物質を透過しても一定の割合で減衰するだけで、完全に阻止することはできない。)。〔甲4(60)、甲149(36、41、42、46、47)、甲637の1(15ないし17、乙1(23、24)、乙7の2(2)〕
不安定な核種が放射線を放出して別の核種に変化する性質(ないしはその性質の大きさ)を放射能といい、放射能を有する物質を放射性物質という。〔甲4(59、61)、甲149(41)、甲150(1)、甲635の1(16)、甲637の1(15)〕
イ 放射線は、細胞のDNAなどに直接当たったり(直接作用)、細胞内の水や有機物質などを電離することにより酸化力の強い物質(フリーラジカル)を発生させ、そのフリーラジカルがDNAなどを傷つける(間接作用)ことで生体に影響を与える。〔甲1(72、73)、甲3(153ないし155)、甲4(81、82)、甲149(40、42、43、79ないし106、乙1(26)〕
損傷を受けた細胞が死ぬなどして本来の働きを失い、生体の有する自己修復の能力を超えると、その細胞が構成している中枢神経系や臓器、造血器官などの機能が損なわれ、ときには被ばく者が死に至る。〔甲4(81、82)、乙1(26、27)〕
この種の影響は放射線被ばくの後、数十日以内に現れるが(早期影響)、一定量以下の放射線に被ばくしても医学的に検知できるほどにはその影響は現れない(確定的(非確率的)影響)といわれている。〔甲1(64、65)、甲3(156)、甲4(83)、甲5(148、149)、甲58(65)、甲129(127)、甲137(23)、甲145(47)、甲635の2(7、8)、乙1(27)、乙7の3(9)〕
DNAが損傷を受け、自己修復に失敗して細胞分裂の統制が失われると、他の要因と相まって、被ばく者がガンに罹患することがある(ただし、ガン細胞が医学的に検知できるほどに増殖するには相当の時間を要するのが通常であるため、この種の影響は晩発影響といわれる。)。また、DNA中の遺伝情報を司る部分が損傷を受け、自己修復に失敗して被ばく者の子孫に遺伝性の影響が現れることも考えられる(遺伝的影響)。放射線の持つエネルギーは極めて大きいため、極めて微量の放射線でも細胞やDNAの損傷をもたらし得ることから、放射線防護を考える際には、晩発影響や遺伝的影響は、被ばくの量が減少してもこれに比例して発生確率が低くなるだけで、被ばくの量を零にしない限り発生を完全に防止することはできない(確率的影響)と仮定するのが通例である。〔甲4(83、84)、甲5(143、144、149ないし179)、甲8(97)、甲28(22)、甲58(65ないし72)、甲129(127)、甲137(24)、甲145(47)、甲149(65)、甲467(33)、甲469(113ないし118)、甲500(32ないし35)、甲501(110ないし116)、甲502(119ないし125)、甲503(127ないし131)、甲504(133ないし139)、甲505(137)、甲635の2(7ないし12、18ないし22)、甲637の1(41ないし43)、乙1(27)、乙3(26)〕
ウ 放射能の強さを表すのに、キュリー又はベクレルという単位が使われる。1キュリーは、1グラムのラジウム226が持っている放射能の強さ(毎秒370億個の壊変数)であり、1ベクレルは、毎秒1個の壊変数を表している。したがって、1キュリーは370億ベクレルである。
放射線が質量1キログラムの物体に吸収され、1ジュール(質量1キログラムの物体に1メートル毎秒毎秒の加速度を生じさせる力(1ニュートン)がその力の方向にその物体を1メートル動かすときのエネルギー)のエネルギーを与えた場合、その被ばく量(「吸収線量」という。)を1グレイという(なお、物質1グラム当たりの吸収エネルギーが100エルグ(1エルグは、質量1グラムの物体に1センチメートル毎秒毎秒(以下、この単位を「ガル」ということがある。)の加速度を生じさせる力(1ダイン)がその力の方向にその物体を1センチメートル動かすときのエネルギー)である場合の吸収線量を1ラドといい、1グレイは100ラドである。)。
放射線が人体に与える影響は、吸収線量が等しくとも放射線の種類によって異なるので、放射線の種類による重みづけ(放射線荷重係数。例えば、アルファ線は吸収線量の20倍、ベータ線やガンマ線は1倍、中性子線はその中間の倍数と評価する。こうして得られた数値を等価線量という。)をした被ばく量単位を線量当量といい、レムまたはシーベルトという単位で表す。1グレイの被ばくは、ガンマ線による場合は1シーベルト、アルファ線による場合は20シーベルトとなる。1シーベルトは100レムであり、1000ミリシーベルトである。
身体の各部が不均一な被ばくを受けたとき、全身均一な被ばくに換算すればどれだけの被ばく量に相当するかという考え方から出てきた被ばく量の単位が実効線量当量であり、被ばくした組織や臓器の放射線に対する感受性による重みづけ(組織荷重係数。全身の合計が1になる。)がなされる。例えば、甲状腺だけが2シーベルトの被ばくを受けたとき、甲状腺の組織荷重係数は0.03なので、実効線量当量は0.06シーベルトとなる。
2000年版の国連放射線影響科学委員会報告によれば、0.5シーベルトの全身被ばくで末梢血中のリンパ球が減少し、1シーベルトの全身被ばくで10パーセントの人に悪心、嘔吐が出現し、7ないし10シーベルトの全身被ばくで死亡に至るとされている。〔甲1(63、64)、甲4(72、77、78)、甲54、甲149(60、61)、甲635の2(5ないし7)、甲637の1(38、39)、甲703(前書部分)、乙1(25)〕
エ 1シーベルトの放射線に被ばくすると各種の確率的影響の発生確率がどの程度増加するか(リスク係数)という問題について、国際放射線防護委員会(ICRP)は、広島、長崎における原子爆弾被ばく者のデータを主たる資料として、放射線誘発ガンによる死亡のリスク係数は男女及び全年齢の平均値として1シーベルト当たり約100分の1件であり、子や孫に現れる遺伝的影響の平均リスク係数は、遺伝学的に有意であろう被ばくの割合を考慮すれば、1シーベルト当たり約100分の0.4件とすることができるとみている。ICRPの1990(平成2)年勧告は、このリスク係数を前提として、一般公衆の防護のための線量限度として、実効線量限度を1年当たり1ミリシーベルト、眼の水晶体の等価線量限度を1年当たり15ミリシーベルト、皮膚の等価線量限度を1年当たり50ミリシーベルトとすることを勧告している。
ICRPの採用する見解については様々な批判的研究があるが、国際原子力機関(IAEA)などの国際機関や各国は、ICRP勧告を放射線防護の関連基準の規範としている。
我が国においても、原子炉等規制法35条、同法施行令11条の2、実用発電用原子炉の設置、運転等に関する規則(昭和53年12月28日通商産業省令第77号)1条6号、8条3号、同規則の規定に基づく線量当量限度等を定める告示(平成13年3月21日通商産業省告示第187号)3条1項1号により、周辺監視区域(管理区域の周辺区域であって、人の居住が禁止され、業務上立ち入る者以外の者の立ち入りが制限される区域)の外側において、実効線量が1年間に1ミリシーベルトを、皮膚の等価線量が1年間に50ミリシーベルトを、眼の水晶体の等価線量が1年間に15ミリシーベルトをそれぞれ超えないことを求めている(以下「規制値」ということがある。)。更に、「発電用軽水型原子炉施設周辺の線量目標値に関する指針」(昭和50年5月13日原子力委員会決定)では、発電用軽水炉施設周辺の公衆の受ける線量についての目標値を、実効線量で年間1000分の50ミリシーベルトとする旨が定められている。
なお、安全評価指針は、ICRPの1990年勧告が、特殊な状況においては、5年間にわたる平均が1年当たり1ミリシーベルトを超えなければ、単一年にこれよりも高い実効線量が許されることもあり得るとしていることから、事故の発生頻度が小さいことを前提として、周辺公衆の実効線量の評価値が事故当たり5ミリシーベルトを超えなければ、事故による放射線被ばくを考慮に入れても周辺公衆の実効線量を上記勧告が定める実効線量限度内に抑えることができる(公衆に著しい放射線被ばくのリスクを与えない)としている。〔甲3(146、147、156ないし167)、甲4(89)、甲5(213ないし220)、甲8(92ないし96、104ないし106、113ないし115)、甲27(21)、甲28(22ないし25)、甲29(24ないし26)、甲58(73ないし84)、甲137(24ないし27)、甲138(18ないし22)、甲139(159ないし173)、甲140(55ないし57)、甲144(1ないし6)、甲145、甲146(77ないし81)、甲147(19ないし25)、甲297、甲466(26ないし37)、甲467(28ないし35)、甲473(10ないし12)、甲635の2(12ないし17)、甲637の2(39ないし42、48ないし50)、乙3(30、31、115、116、118)、乙6(添9-2-1ないし9-2-3)、乙7の7(16、17)、乙9(111、406ないし407)〕
オ 地殻を構成している岩石や土砂などの中には、ウラン、トリウム、ラジウムなどの放射性物質が含まれていて、絶え間なく放射線を出している。また、これらの元素から生じたラドンなどの気体状の放射性物質が空気中に混じっていて、それらは呼吸することによって人の体内に取り込まれる。さらに、宇宙線と呼ばれる放射線も人に降り注いでいる。これらは自然放射線と呼ばれ、人は、1年当たり平均で約2.4ミリシーベルトの自然放射線を受けており、その内訳は、宇宙線などの空間から飛来してくるものが0.39ミリシーベルト、土壌から放出されるものが0.48ミリシーベルト、日常摂取する食物を通じ体内から照射されるものが0.29ミリシーベルト、空気中のラドンなどの吸入によるものが1.26ミリシーベルトとする研究結果がある。〔甲1(84、85)、甲4(79ないし81)、甲8(90、95)、乙1(24)〕
自然放射線は場所によりその強さが異なり、我が国では最も少ない神奈川県と最も多い岐阜県とは1年当たり約0.38ミリシーベルトの開きがある。〔乙1(24、25)、乙7の2(17)〕
3 当事者の主張
当事者の主張は、第2分冊及び第3分冊にそれぞれ記載のとおりであるが、本判決においては、各争点について説示する際に、原告ら又は当事者双方の主張の要旨を摘示するとともに、上記各書面における該当項番号を示すこととする。
原告らが主張する差止めの理由は、<1>放射線を外部放出させる事故(原因が地震である場合を除く)が発生する危険があること、<2>地震が原因となって放射線を外部放出させる事故が発生する危険があること、<3>諸般の事情の総合考慮によって差し止めるべきこと、であり、後記第2章の第3ないし第5で、<3>、<1>、<2>の順番で判断を示すことにする。
4 定義の説明
(1) 原子力発電所で生じる異常な状態について、発電用軽水型原子炉施設の安全評価に関する審査指針(平成2年8月30日原子力安全委員会決定)においては、「運転時の異常な過渡変化」及び「事故」という概念が用いられ、「運転時の異常な過渡変化」とは、「原子炉の運転中において、原子炉施設の寿命期間中に予想される機器の単一の故障若しくは誤動作又は運転員の単一の誤操作、及びこれらと類似の頻度で発生すると予想される外乱によって生ずる異常な状態に至る事象」と定義され、「事故」とは、「運転時の異常な過渡変化を超える異常な事態であって、発生する頻度はまれであるが、発生した場合は原子炉施設からの放射性物質の放出の可能性があり、原子炉施設の安全性を評価する観点から想定する必要のある事象」と定義されているので、以下、当事者の主張を摘示する部分を除いて上記定義に従うとともに、これらを総称して「異常事象」との表現を用いることとする。
(2) 原告らは、前記3で摘示したとおり、原子力発電所での事故を、地震が原因となる場合とそれ以外の場合を分けて論じているので、区別する必要がある場合には、前者を「地震事故」、後者を「一般事故」と呼ぶ場合がある。
(3) 以下の文中の計算式において、累乗は、「^」で表す。例えば、10の3乗は、「10^3」と表記することになる。
第2章当裁判所の判断
第1差止請求の根拠について
1 原告らの主張の要旨
本訴請求は、人格権又は環境権に基づくものである。ここにいう「人格権」とは、人間の健康の維持と人たるにふさわしい生活環境の中で生きていくための権利という極めて根源的な内実を持った権利である。ここにいう「環境権」とは、憲法13条、25条を根拠とし、人が健康で快適な生活を維持するために必要な良き環境(自然的環境を含むのはもちろんのこと、社会的・文化的環境も含まれる。)を享受し、かつ、これを支配し得る権利であり、人間に様々な危害を加える行為について、その被害が各個人に現実化する以前における「環境」そのものに対する侵害行為を排除し、もって人格権を守ることを目的とする権利である。
2 被告の主張の要旨
原告らが本訴請求の根拠とする人格権は、差止請求の根拠となり得るものの、環境権は、実定法上何らの根拠もなく、その概念、権利の内容、成立要件、法律効果等が全く不明瞭であり、これに基づく差止請求は許されない。
3 判断
個人の生命、身体及び健康という重大な保護法益が現に侵害されている場合、又は侵害される具体的な危険がある場合には、その個人は、その侵害を排除し、又は侵害を予防するために、人格権に基づき、侵害行為の差止めを求めることができると解される。原告らは、「人格権」を、生命、身体及び健康よりも拡大し、「人間の健康の維持と人たるにふさわしい生活環境の中で生きていくための権利」と主張するが、差止請求の根拠となる絶対的権利としての「人格権」は、名誉とプライバシーとを別にすれば、生命、身体及び健康を中核とする権利として捉えるべきものと考える。
また、原告らは、差止請求の根拠として「環境権」をも主張するが、「人が健康で快適な生活を維持するために必要な良き環境を享受し、かつ、これを支配し得る権利」が認められていると解すべき実定法上の明確な根拠はなく、また、環境は、社会の構成員が共通に享受する性格のものであるから、そのようなものについて個々人が排他的に支配し得るような私法上の権利を有していると認めることには疑問があり、少なくとも、その権利の内容及びこれが認められるための要件も明らかとはいえない現段階においては、このような権利ないし利益が実体法上独立の差止請求の根拠となり得ると解することは困難である。
したがって、原告らの上記主張は、本件原子炉の運転により原告らの生命、身体及び健康が侵害される具体的な危険があり、その侵害が受忍限度を超えて違法である場合には、人格権に対する侵害を予防するためその運転の差止めを求めることができるという限度で採用できるが、その余は採用できない。
第2「具体的危険」の立証責任等について
1 原告らの主張の要旨
原子力発電所内部の放射性物質が外部に放出されれば、周辺公衆の生命、身体及び健康に甚大な被害をもたらすから、放射性物質が外部に放出される具体的危険があることが認められれば、当然に差止請求が認められるべきである。そして、被告において放射性物質の外部放出の具体的危険がないことを立証する責任があり、本件の審理にあたっては、本件原子炉施設の安全性について、被告が相当の根拠を示しているかどうかをまず確認すべきものである。(原告ら最終準備書面第2章3(3)、第4章第2の2)
2 判断
(1) 人格権に対する侵害行為の差止めを求める訴訟においては、差止請求権の存在を主張する者において、人格権が現に侵害され、又は侵害される具体的危険があることを主張立証すべきであり、このことは、本件のような原子炉施設の運転の差止めの可否が問題となっている事案についても変わるところはないと解すべきである。そして、前記第1章第2の2(5)イ、エの各事実によれば、原子炉周辺住民が規制値を超える放射線被ばくをすれば、少なくともその健康が害される危険があるというべきであるから、本件において原告らは、本件原子炉の運転により、原告らが規制値(以下「許容限度」ということがある。)を超える放射線を被ばくする具体的危険があることを主張立証すべきことになる。
他方、原子力発電所は大量の放射性物質を内蔵しており、電気事業者が何らの制御策も放射線防護も講じることなくこれを運転すれば、周辺公衆が大量の放射線を被ばくするおそれがあるところ、被告は、高度かつ複雑な科学技術を用いて放射性物質の核分裂反応を制御しながら臨界を維持するよう本件原子炉施設を設計するとともに、多重防護の考え方に基づいて各種の安全保護設備を設計しており、本件原子炉施設におけるこれらの安全設計及び安全管理の方法に関する資料は全て被告が保有している。
これらの事実にかんがみると、原告らにおいて、被告の安全設計や安全管理の方法に不備があり、本件原子炉の運転により原告らが許容限度を超える放射線を被ばくする具体的可能性があることを相当程度立証した場合には、公平の観点から、被告において、原告らが指摘する「許容限度を超える放射線被ばくの具体的危険」が存在しないことについて、具体的根拠を示し、かつ、必要な資料を提出して反証を尽くすべきであり、これをしない場合には、上記「許容限度を超える放射線被ばくの具体的危険」の存在を推認すべきである。
なお、本件と同様に、人格権又は環境権に基づいて原子力発電所の建設差止めや運転差止めを求めた従来の訴訟の判決の多く(仙台地裁平成6年1月31日判決・判例タイムズ850号169頁、仙台高裁平成11年3月31日判決・判例時報1680号46頁、金沢地裁平成6年8月25日判決・判例タイムズ872号95頁、名古屋高裁金沢支部平成10年9月9日判決・同994号82頁、福井地裁平成12年3月22日判決・同1043号259頁)は、各被告において、まず、各原子炉施設の安全性に欠ける点のないことについて立証する必要があるとして、各被告が主張する各原子力発電所の安全確保策を全般にわたって認定、検討しているが、当裁判所は、上記のとおり、その考え方は採らないので、本判決においては、原告らが、人格権侵害の具体的危険があると主張する点について、重点的に検討することになる。
(2) なお、被告は、本件原子炉の増設について原子力安全委員会の審査を経ているので、その事実が、被告に求められる反証の成否に如何なる影響を与えるかを検討する。
ア 安全審査についての法令の定め
(ア) 前記第2の2(2)で説示した原子力安全委員会の審査がなされた当時、実用発電用原子炉(発電の用に供する原子炉)の型式、熱出力及び基数、原子炉及びその附属施設の位置、構造及び設備並びに使用済燃料の処分の方法等を変更しようとする原子炉設置者は、主務大臣(通商産業大臣)の許可を得なければならないとされ(原子炉等規制法26条1項、23条1項1号、2項2号ないし5号、8号)、通商産業大臣は、原子炉設置の許可申請が同法24条1項各号に適合していると認めるときでなければ許可してはならず(同法26条4項、24条1項柱書)、主務大臣が上記許可をする場合においては、あらかじめ、同法24条1項3号(技術的能力に係る部分に限る。)及び4号に規定する基準の適用については原子力安全委員会の意見を聴かなければならないとされていた(同条2項。この意見聴取の手続を、以下「安全審査」という。)。
(イ) 当時、原子力安全委員会は、原子力の研究、開発及び利用に関する行政の民主的な運営を図るため、総理府に置かれていた機関であり(平成11年法律第102号による改正前の原子力委員会及び原子力安全委員会設置法1条)、核燃料物質及び原子炉に関する規制のうち、安全の確保のための規制に関すること等について企画し、審議し、及び決定すること等を所掌事務とし(同法13条1項)、委員5名をもって組織される(同法14条1項)とされており、原子力安全委員会には、学識経験のある者のうちから内閣総理大臣により任命された60名以内の審査委員で組織する原子炉安全専門審査会が置かれ、原子炉に係る安全性に関する事項を調査審議する(同法16条、17条、同法施行令6条1項)とされていた。
イ 証拠(乙9)によれば、当時、原子力安全委員会は、軽水炉の安全審査に関し、立地については、「原子炉立地審査指針及びその適用に関する判断のめやすについて」(昭和39年5月27日同委員会決定)、設計については、「発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計審査指針」(平成2年8月30日同委員会決定、以下「安全設計審査指針」という。)、「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」(昭和56年7月20日同委員会決定、以下「耐震設計審査指針」という。)等、安全評価については、「発電用軽水型原子炉施設の安全評価に関する審査指針」(平成2年8月30日同委員会決定、以下「安全評価指針」という。)等、各種の審査指針(以下「安全設計審査指針等」という。)を定めていたこと、同委員会は、軽水炉の設置や変更の安全審査においては、当該原子炉施設の安全設計が安全設計審査指針等に適合していることを確認する必要があり、同指針等に適合していれば、原子炉施設の安全設計の基本方針に関する評価は妥当なものと判断するものとされていたこと、以上の事実が認められる。
ウ 前記ア、イで認定したとおり、原子力安全委員会の安全審査は、これまでの経験と最新の技術的知見に基づいて定められた安全設計審査指針等に基づき、学識経験者により行われるものであることからして、その安全審査の結果は、原子炉施設の安全設計の基本方針に妥当性に欠ける点がないかを審理するに当たって重要な資料となるというべきである。
この点、原告らは、<1>安全審査体制が不公正であること、<2>原子力安全委員会の審査には担当行政庁が影響を与え得る仕組みであり、ダブルチェックが機能していないこと、<3>審査の対象が殊更に狭く解されており、現実に発生している事故の防止に役立たず、審査の範囲も不明確であること、<4>事故の想定が不合理であり、極めて杜撰な審査が行われていること、<5>実際に発生した事故を検討しても、安全審査は事故を防止できていないこと等から、安全審査の存在を無視して原子力発電所の危険性を審理することが必要である旨主張する(原告ら最終準備書面第3章第7)が、採用できない。
もっとも、安全審査においては、当該原子炉施設の基本設計の安全性に関わるものをその対象とし、(最高裁平成4年10月29日第一小法廷判決・民集46巻7号1174頁参照)、どのような事項が安全審査の対象となるべき当該原子炉施設の基本設計の安全性にかかわる事項に該当するのかという点も、主務大臣の合理的な判断に委ねられていると解されること(最高裁平成17年5月30日第一小法廷判決・民集59巻4号671頁参照、裁判所時報1388号284頁)や、原告らの主張からも窺われるとおり、安全審査においては想定されていなかった異常事象が現実には度々発生していること、本件原子炉の安全審査が行われたのは平成11年3月であって、その後今日までの原子力発電所を巡って生じた事象や新たに得られた知見は前提とされていないこと等をふまえると、安全審査を経て通商産業大臣による本件原子炉の設置変更許可がなされているからといって当該原子炉施設の安全設計の妥当性に欠ける点がないと即断すべきものではなく、検討を要する問題点ごとに、安全審査においてどこまでの事項が審査されたのかを個別具体的に検討して判断すべきである。
第3諸般の事情の総合考慮による差止めの主張について
1 原告らの主張の要旨
一般事故又は地震事故による放射性物質の外部放出の危険性の問題をひとまずおいても、そもそも原子力発電所が人格権(及び環境権)侵害の潜在的危険性を保有する施設であり、平常運転時に放出される放射性物質による健康被害も無視できない問題であることを前提として、(a)被害の種類・程度、(b)地域性、(c)法令ないし行政基準の違反の有無、(d)加害者の害意・過失等の主観的態様、(e)加害行為の公共性の有無、(f)加害者の手続上の瑕疵の有無、(g)防止措置ないし代替手段の可能性又は防止措置を採用したか否かという観点から、代替エネルギー(天然ガスや再生可能エネルギー、省エネ)の問題、(h)差止めにより加害者が犠牲にする利益と差止めを認めないことによる被害者の損失との比較考量という観点から、原子力発電の必要性の問題や原子力発電所を含めた核燃料サイクル全体(廃棄物処理や使用済み核燃料の貯蔵・輸送、廃炉等)にわたる問題のような諸般の事情を総合考慮して、人格権ないしは環境権侵害による差止請求が認められるべきである。
(原告ら最終準備書面第2章3)
2 判断
(1) 原告らの主張の趣旨は、明確ではないが、要するに、本件原子炉の平常運転時においても、原告らの人格権を侵害する具体的危険がある程度の放射性物質が外部に放出されるところ、大量の放射性物質の外部放出が予想される一般事故や地震事故の場合と異なり、平常運転時の放射性物質の放出の事実だけから直ちに本件原子炉の運転を差し止めるべきとはいえないとしても、前記1で挙げた諸般の事情を総合考慮すれば、本件原子炉の運転を差し止めるべきとの判断がなされるべきというものと解される。
(2) 前提事実
文中に記載した証拠及び弁論の全趣旨によれば、本件原発の周辺公衆被ばくする放射線量について、次の事実が認められる。
ア ウラン235の原子核の核分裂反応により、クリプトン85、ストロンチウム90、ヨウ素131、セシウム137、ネプツニウム239、プルトニウム239、プルトニウム240などの放射性物質が発生する。
その量は、100万キロワットの原子炉の場合、1年で1トンに達するところ、これは広島に投下された原爆の千発分に相当するといわれているほど膨大なものである。〔甲2(69ないし76)、甲3(119)、甲4(63ないし68)、甲23(66)、甲58(39)、甲149(51、52)、甲152(99)、甲635の2(2ないし5、6)、甲637の1(10、12、13・添図3)、甲715(10、11)、甲842(10)、乙1(23)、乙6(添10-4-28、10-4-29)、乙7の3(8ないし10)、証人A(15、16)〕
そこで、我が国においては、原子力発電所の設置者は、原子力発電所の運転に伴って環境へ放出せざるを得ない放射性物質の量を抑える対策を講じるとともに、多重防護の考え方に立って、原子炉出力、原子炉圧力及び原子炉水位をいずれも安定して制御し、放射性物質の環境への放出につながるような事象の発生を未然に防止する異常発生防止対策を講じ、異常が発生した場合にも、「止める、冷やす、閉じこめる。」の標語のもと、その拡大を防止する異常拡大防止対策を講じ、異常が拡大した場合にも放射性物質の環境への大量放出という事態を防止する放射性物質異常放出防止対策を講じている(原子炉等規制法24条1項4号)。〔乙1(50ないし55、乙2(54ないし59)、乙3(30、31)、乙8(4)〕
イ 本件原子炉施設では、円柱状の燃料ペレットを一列に並べて円筒形ジルカロイ-2被覆管の内面に純ジルコニウムを内張りしたジルコニウムライナ被覆管(以下「燃料被覆管」又は「被覆管」という。)に入れて密封し、燃料棒としている。そして、別紙2「燃料集合体内の燃料棒配置図の例(初装荷燃料、タイプI)」、別紙3「燃料集合体内の燃料棒配置図の例(初装荷燃料、タイプII)」、別紙4「燃料集合体概要図」及び別紙5「燃料集合体の構造図」のとおり、燃料棒74本とウォーターロッド(上部と下部の側面に孔が設けられ、内部を冷却材が流れるようになっているジルカロイ製円筒であり、スペーサの軸方向位置を決めるとともに、燃料集合体内の出力分布を平坦化する。)2本とを9行9列(9×9)の正方形に配列して燃料集合体とし、周囲をジルカロイ製のチャンネルボックスで囲む。さらに、別紙6「炉心配置図」のとおり、縦に装荷した燃料集合体872体を円柱形になるように配置して炉心を構成する。
燃料ペレットは核分裂生成物を保持する能力を持つ。また、被覆管も核分裂生成物を燃料棒内に閉じ込める機能を持つ。冷却材中の不純物等が中性子により放射化されることなどによって生じる放射化生成物や、被覆管内から冷却材中に漏出した核分裂生成物等の放射性物質は、運転時は原子炉冷却系内に、異常が発生した場合には原子炉冷却材圧力バウンダリ(原子炉の通常運転時に、原子炉冷却材を内包して原子炉と同じ圧力状態となり、異常状態において圧力障壁を形成するものであって、それが破壊すると原子炉冷却材喪失となる範囲の施設をいう。本件原子炉施設では、別紙7「原子炉冷却材圧力バウンダリ概要図」のとおり、原子炉圧力容器とこれにつながる配管のうち原子炉格納容器のすぐ外側に設けられた隔離弁までが原子炉冷却材圧力バウンダリとなる。)内に閉じ込める。原子炉圧力容器の外側には、鋼製ライナーを内張りしたコンクリート製の格納容器があり、一番外側には厚いコンクリートで作られた原子炉建屋があって、事故時にも放射性物質を閉じ込める。また、水に接する部分には腐食に強い材料を使ったり、冷却水中に現れた放射性物質はろ過装置を通して除去する。
原子炉冷却系以外からも、空気抽出機の排ガスや漏出した冷却材などに含まれる気体廃棄物、機器ドレン廃液(弁などからの漏洩水など)や洗濯廃液などの液体廃棄物、取り替えた機械類の部品、点検作業等に使用した布や作業服等の固体廃棄物が不可避的に発生する。これらの廃棄物は、気体廃棄物は希ガスホールドアップ塔に通して放射能を減衰させたり、フィルタで処理して粒子状放射性物質を除去し、液体廃棄物は濃縮等の処理を行い、原則として補給水として再使用し(放射性物質の濃度がごく低い廃液は環境に放出する。)、固体廃棄物は減容・固化した後貯蔵するが、放射性物質を環境に放出すること自体は避けられない。〔甲4(115)、乙1(50、51)、乙2(55)、乙4(11、12、18、25、26、41、94ないし98)、乙6(添8-3-6ないし8、8-3-99、8-3-109ないし112、8-3-126、8-4-60、9-2-20ないし22、9-4-1ないし4、9-4-11、9-4-12、9-4-15、9-4-16)、乙7の1(9ないし12)、乙7の2(1ないし17)、乙8(4、5、11)、乙9(9)、証人B(10、11)〕
ウ 被告が本件設置変更許可申請の際に通商産業大臣に提出した申請書(以下「本件許可申請書」という。)によれば、本件原発(1号炉及び2号炉)の平常運転時において、敷地等境界外における気体廃棄物中の希ガスからのガンマ線、液体廃棄物中に含まれる放射性物質(ヨウ素を除く。)並びに気体廃棄物及び液体廃棄物に含まれるヨウ素に起因する一般公衆の受ける実効線量当量を、「発電用軽水型原子炉施設周辺の線量目標値に対する評価指針」(昭和51年9月28日原子力委員会決定)に従って評価すると、最大値は1年当たり約1000分の18ミリシーベルトであるとされている。これは、規制値をはるかに下回り、前記第2の2(5)エで認定した原子力委員会が定めた目標値をも十分下回っている。
また、本件許可申請書によれば、被告は、通常運転時において本件原子炉施設からの直接ガンマ線(原子炉施設内から直接施設周辺に到達してくるガンマ線)及びスカイシャインガンマ線(原子炉施設内から放出され、空気中で散乱して施設周辺に到達してくるガンマ線)による空気吸収線量が、人の居住する可能性のある敷地等境界外において1年当たり100万分の50グレイを下回るように設計しているとされている。〔乙6(添8-11-4、9-5-1ないし36)、乙9(411ないし472、1160、1161、乙31(84ないし88)〕
被告は、本件原子炉施設から環境中に放出する気体廃棄物及び液体廃棄物に含まれる放射性物質の濃度を監視するとともに、環境における放射線量率等を監視することを予定している。〔乙4(72ないし74)、乙6(添8-11-16ないし22)、乙31(82、83)〕
エ また、本件許可申請書によれば、被告は、安全評価指針に基づいて本件原子炉施設の運転時の異常な過渡変化を解析したところ、いずれの場合も、燃料及び原子炉冷却材圧力バウンダリの健全性が保持されるという結果となり、同指針に基づいて本件原子炉施設の事故を解析したところ、事故に対する安全評価指針の判断基準を全て満足するという結果になったとされている。そして、放出される核分裂生成物の線量当量は、最も高い燃料集合体の落下事故の場合であっても、約1000分の22ミリシーベルトに止まったとされている。〔乙6(添10-2-2ないし55、10-3-2ないし127)、乙9(111)、乙31(98、99、121、122)、証人B(<1>13ないし18)〕
オ 我が国において、原子力発電所の周辺監視区域外の住民が受けた実効線量の5年間にわたる平均が1年当たり1ミリシーベルトを超えるほどに事故が頻発した例は知られていない。
(3) 以上のとおり、本件許可申請書によれば、本件原子炉の平常運転時に放出される放射性物質により周辺公衆が受ける実効線量は、我が国の関係法令による規制値である1年当たり1ミリシーベルトを大きく下回り、食物や居住地といった生活様式の違いから生じ得る自然放射線による実効線量の変動幅とさほど変わらない程度の大きさであり、また、前記(1)のウ、エの事実によれば、被告の解析結果を前提とする限り、本件原発の敷地等境界外において一人の市民が放射線被ばくにより受ける線量当量は、被告が想定する事故を前提としても、年間1ミリシーベルトの許容限度を大きく下回っていることになるところ、本件許可申請書の内容に疑義があることを窺わせる証拠はない。仮に、規制値である年間1ミリシーベルトの放射線を被ばくした場合、前記第1章第2の2(5)エで認定したICRPのリスク係数によれば、放射線誘発ガンによる死亡のリスクは、年間10万分の1であるところ、現実に本件原子炉の平常運転によって周辺公衆が受けると予想される実効線量はこれを大きく下回っているのであるから、本件原子炉の平常運転によって放出される放射性物質によって周辺公衆が健康を害するリスクは、零とはいえないが、被告が想定する運転時の異常な過渡変化や事故が生ずることを前提としても、極めて低い水準にあるということができる。
(4) こうしてみると、本件原子炉の平常運転に伴う危険性は、被告が想定する運転時の異常な過渡変化や事故が生ずることを前提としても、社会通念上容認できる水準以下に保たれているというべきであるから、被告による本件原子炉の平常運転をもって、原告らに対する人格権侵害行為と評価することはできない。
そして、原告らが差止請求の根拠となる旨主張するその余の事情については、原告らの生命、身体及び健康を侵害するものではないから、それらの事情を考慮しても、上記結論は変わらない。
第4本件原子炉における事故の危険性の主張について
(なお、本項にいう「事故」とは、一般事故のことをいう。)
1 原発事故の蓋然性からみた危険性の主張について
(1) 前提事実
当事者間に争いのない事実、文中に記載した証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
ア スリーマイル島(TMI)原発事故について
(ア) TMI原子力発電所2号炉は、アメリカ合衆国ペンシルバニア州ドルフィン郡内のサスケハナ川中州にある、熱出力277.2万キロワット、電気出力95.9キロ万ワットの加圧水型軽水炉(PWR)である。
PWRでは、一次冷却水を加圧する加圧器は、原子炉から蒸気発生器に向かう配管の中間に取り付けられており、内部の一次冷却水を電熱ヒーターで加熱して発生させた水蒸気の圧力で加圧し、上部の蒸気逃がし弁の開放や冷水散布によって減圧する。〔甲57(3、4、6)、甲58(89、90、98、99)、甲270(99ないし105)、甲635の3(24、25)、乙1(23)〕
(イ) TMI原子力発電所2号炉は1978(昭和53)年12月から営業運転を開始したが、多数の機器の故障や不具合が処置されずにおり、制御室にはこのことを示す警報が常時52個以上点灯していた。
また、二次冷却材喪失時に直ちに蒸気発生器に給水するための補助給水系の出口弁を2個とも閉じたまま運転していた。〔甲57(16)、甲58(100)、甲63(29)、甲270(106、108、110)、甲635の3(26)〕
(ウ) 1979(昭和54)年3月28日午前4時ころ(事故開始)、タービン復水器からの二次冷却水を精製するイオン交換樹脂装置の出口弁が突如閉じ、そのためほぼ同時に、タービンと二次冷却系の主給水ポンプが停止した。二次冷却系の補助給水ポンプが起動したが、出口弁が閉じていたため二次冷却水の供給が停止し、原子炉内の温度、圧力が急上昇し、事故開始3秒後に加圧器逃がし弁が開くとともに、原子炉はスクラム(制御棒の急速挿入による停止)した。
事故開始13秒後、原子炉圧力が規定値まで低下したが、逃がし弁は閉じずに固着した。ところが、逃がし弁の励磁コイルには信号電流が流れていたので、制御室の表示は「弁閉」を指示しており、一次冷却水の原子炉からの流出が続いた。
事故開始約2分後、原子炉圧力が低下し、非常用炉心冷却系(ECCS)の高圧注入系のポンプ2台が自動起動して、原子炉内への給水を開始したが、原子炉圧力が低下した上に炉心では崩壊熱(炉心の核分裂生成物が更に核分裂反応を起こして発生する熱)が発生したために、一次冷却水が沸騰し、発生した蒸気泡が一次冷却水を加圧器内に押し上げた。加圧器の水位計を見た運転員は、平常時の運転訓練で加圧器の上部に蒸気の部分を残すよう教育されていたため、原子炉が満水し、給水量が過剰になったと判断し、高圧注入系のポンプを1台止め、残りの1台の流量を最低限にまで絞り、一次冷却水を原子炉から抜く抽出弁を開いた。事故の進行中も警報が至るところで鳴り、計算応力の不足のため記録の打ち出しも遅れていたから、運転員は炉内状況を全くつかめなかった。
一次冷却水に気泡が大量に混入したため、一次冷却系ポンプの異常振動が激しくなった。そこで、運転員は、事故開始1時間10分後から1時間40分後にかけて一次冷却系ポンプ4台を順次停止した。このため、水と蒸気の混合物の流れが止まり、事故開始約2時間後に炉心の上部が蒸気中に露出して炉心の上部が冷却不全となり、燃料棒の温度が上昇した結果、燃料被覆管が破損して核分裂生成物が一次冷却水中に放出されるとともに、被覆管材のジルコニウムが水蒸気と反応して水素を発生した。核分裂生成物は、加圧器逃がし弁や抽出弁を通って補助建屋に移り、補助建屋から環境中に放出された。
加圧器逃がし弁が開固着していることについては、例えば加圧器逃がし弁から一次冷却水系の排水タンクに至る配管の温度が高かったことや、炉心内の中性子が通常より増えていたこと、一次冷却系ポンプが激しく振動し始めたことといった徴候があったが、こうした事態が冷却材喪失事故の結果であることを理解していた運転員はいなかった。
事故開始約2時間20分後に運転員が加圧器逃がし弁の手前にある元弁を閉じ、冷却材の流出が止まった。しかし、運転員は依然冷却材喪失事故(LOCA)が進行していたことに気付かず、原子炉への給水を再開しなかったために、炉心の崩壊が進行した。事故開始3時間20分後から約7分間、運転員は原子炉圧力の低下を防ごうとして高圧注入系を全開した。注水時の急冷により、酸化して脆化していた炉心上部の燃料棒が崩れ落ちたと推定されている。
運転員は、試行錯誤を重ねた末、事故開始約16時間後にようやく正常に近い冷却状態を回復した。〔甲57(19ないし28)、甲58(90ないし92、100ないし103)、甲63(29)、甲270(105ないし123)、甲635の3(25ないし27、39、40、50)、乙7の2(30ないし37)、乙7の3(25、26)、乙7の4(16ないし19)〕
(エ) この事故により、敷地外の最大被ばく量が7.9ミリシーベルトに達したとの公式報告があるほど大量の放射性物質が環境中に放出された。この事故によって、炉心の20パーセントの溶融が推定される旨の見解や炉心の70パーセントの溶融の可能性を指摘する見解が公表されている。〔甲58(94)、甲473(10ないし12)、甲635の3(34ないし36)〕
イ チェルノブイル原発事故について
(ア) チェルノブイル原子力発電所4号炉は、旧ソビエト社会主義共和国連邦(以下「旧ソ連」という。)ウクライナ共和国にある、熱出力320万キロワット、電気出力100万キロワットのチャンネル式大出力原子炉(RBMK)原子力発電所である。
RBMKは、減速材として垂直方向に多数の穴が貫通して開けられた黒鉛ブロックを用い、この穴の中に圧力管を挿入し、圧力管の中に燃料集合体や制御棒、計装機器を挿入し(それぞれ燃料チャンネル、制御棒チャンネル、計装チャンネルという。)、燃料チャンネルの中に下から冷却水を入れて沸騰させるという、黒鉛減速軽水冷却沸騰水型原子炉である。〔甲58(196、197)、甲64の1(74、75、80)、甲128(20ないし22)、甲635の4(7ないし9)、乙7の2(37、38)〕
(イ) 1986(昭和61)年4月25日午前1時、チェルノブイル原子力発電所4号炉は、予定されていた点検修理のため、出力降下を開始した。この運転停止に際し、タービンの惰性回転を利用して発電した電気を4台の主循環ポンプに流してみて、事故時に作動するECCSのポンプを非常用ディーゼル発動機が動き出すまでの間動かすだけの電気を取り出せるかどうかを確かめる試験をすることになっていた。同日午後1時15分、熱出力160万キロワットのとき、2台のタービンのうちの1台(7号機)を切り離した。ところが、電力供給上の事情から発電を続けることになり、同日午後11時10分にようやく出力降下を再開した。試験は熱出力70万キロワットないし100万キロワットで行う予定であったが、原子炉出力制御系の切替の際に熱出力が0ないし3万キロワットにまで低下した。
出力再上昇の努力の結果、同月26日午前1時23分ころ、熱出力20万キロワットで安定するに至ったので、試験が開始された。チェルノブイル原子力発電所4号炉には、低出力域でボイド係数(後記6(1)アで説明する。)が大きく正になる(原子炉の出力が上昇し、冷却水の蒸気泡が増えると、中性子の冷却水への吸収が減って更に出力が上昇する。)という特性があり、しかも、当時は制御棒の多くが引き抜かれ、反応度(核分裂連鎖反応を維持発展させる能力)操作余裕(制御棒の効きの良さを示す指数)が運転規則所定の原子炉停止要件である15本を下回り、極端に低下していた。さらに、チェルノブイル原子力発電所4号炉では、制御棒が引き抜かれているときに制御棒チャンネル内の冷却水が中性子を吸収することを防ぐため、制御棒の下に黒鉛棒(水追い出し棒)がぶら下げられていたが、水追い出し棒はスクラムの際に制御棒チャンネル内に残っている冷却水を追い出すため、正の反応度を投入する(原子炉の出力を増大させる)という特性があった。
同日午前1時23分4秒ころ、試験が開始された。試験電源に接続されていた4台の主循環ポンプの流量が若干低下したのに伴って炉心での蒸気発生がいくらか増えたが、若干の圧力上昇と自動制御棒の挿入により出力上昇は抑えられた。
同日午前1時23分40秒ころ、運転員がスクラムボタンを押したところ、原子炉出力は急激に上昇し、燃料棒や圧力管が破壊され、大量の蒸気泡が発生して更に出力が上昇した。その結果、原子炉内で爆発が起こり、大量の放射性物質が環境中に放出された。〔甲58(195ないし200)、甲64の2(98ないし109)、甲128(24ないし30)、甲635の4(9ないし16、28ないし34)、甲637の1(6ないし9)、乙7の2(38ないし42)、乙7の4(28ないし29)〕
(2) 当事者の主張の要旨
ア 原告ら
原発事故が多発している。我が国で発生した多くの原発事故(原告ら最終準備書面別表1ないし3に記載)やTMI原発事故、チェルノブイル原発事故を検討すると、<1>どんな型の原子力発電所でも事故が多発していること、<2>国が実施した安全審査において想定されていなかった事故が相次いで発生していること、<3>あらゆる原因で事故が発生していること、<4>思わぬ小さな故障やミスが次の故障やミスを生み、連鎖反応を起こして大事故に発展するという弱点を有していること、<5>人為的ミスによる事故は不可避で防止し得ないこと、<6>膨大な種類、数の部品ひとつひとつの品質管理、保守点検において、不備、ミスが生じることは避けられないこと、<7>多重の安全確保対策が容易に破綻することを指摘でき、これらの事情によれば、原発事故は、いつでも、又極めて些細な人的、物的原因で起こり、現在の技術レベルでは、事故を防止することは不可能であることが明らかである。(原告ら最終準備書面第3章第1)
イ 被告
本件原子炉施設では、第一に放射性物質の環境への放出につながるような事象の発生を未然に防止するため異常発生防止対策を講じ、第二に何らかの原因によって異常が発生した場合においてもそれが拡大することを防止するため異常拡大防止対策を講じ、第三に異常が拡大した場合においても放射性物質の環境への大量放出という事態だけは確実に防止するための放射性物質異常放出防止対策を講じるという、多重防護の考え方に立った事故防止対策を講じている。(被告最終準備書面第2章第2の4)
(3) 判断
ア まず、TMI原発事故についてみると、前記(1)ア(ウ)で認定した事実によれば、同事故の主たる原因は、事故の進行状況に関する運転員の誤認識・誤操作であるが、その誤認識等をもたらしたのは、原子炉水位を加圧器の水位で間接的に把握する仕組みを採ったために、運転員が一次冷却水の喪失に気付かなかったことと、原子炉水位が不足していてもECCSによる注水を手動で止めることができたこととである。
これに対して、証拠〔乙4(70、71、75)、乙6(添8-7-46、8-7-75)、乙7の1(36)、乙7の2(36)〕によれば、本件原子炉施設では、原子炉水位を水位計によって常時直接監視し、原子炉水位が変動した場合、給水流量を加減して自動的に水位を調整する仕組みを採っていることが認められるから、運転員がTMI原発事故のような機序で原子炉水位を誤認識することは想定できない。また、証拠〔乙4(81)、乙6(添8-4-37)、乙7の2(36、37)〕によれば、本件原子炉施設では、「原子炉水位低」の信号で自動的に低圧注水系や高圧炉心注水系が作動し、必要により手動停止できるが、停止後炉心冷却が必要となった場合は、手動起動に優先して再度自動起動する仕組みを採っていることが認められるから、TMI原発事故のような機序で冷却材が喪失することも想定できない。
そうすると、TMI原発事故が発生したことから、本件原子炉施設においても、周辺公衆が許容限度を超える放射線に被ばくするに足りる放射性物質の放出をもたらすような事故が発生する具体的可能性があるということはできない。
イ 次に、チェルノブイル原発事故についてみると、前記(1)イ(イ)で認定した事実によれば、同事故の主たる原因は、低出力域でボイド係数(後記6(1)アで説明する。)が正になる黒鉛減速軽水冷却沸騰水型原子炉の特性と、水追い出し棒があるために低出力域でスクラムをした際に正の反応度を投入するという制御棒の特性とであるということができる(運転員の規則違反を主原因に据える証拠〔甲58(197、198ないし200)、乙7の2(42)、乙7の4(28、29、33)〕もあるが、これらの証拠が前提とする事実関係は旧ソ連が1991(平成3)年1月に公表した報告書(甲128の25頁以下にその骨子が掲載されている。)と食い違うことからみて、これらの証拠が説くところはにわかに採用し難い。)。
これに対して、証拠〔乙4(33、34、38)、乙7の2(39ないし41)、乙8(3、4)、証人B(<1>8)〕によれば、本件原子炉施設の原子炉はボイド係数が常に負であること、本件原子炉施設の制御棒には水追い出し棒がないことが認められるから、本件原子炉施設において、チェルノブイル原発事故のような機序で原子炉が暴走することは想定できない。
そうすると、チェルノブイル原発事故が発生したことから、本件原子炉施設においても、周辺公衆が許容限度を超える放射線に被ばくするに足りる放射性物質の放出をもたらすような事故が発生する具体的可能性があるということはできない。
ウ 原告らは、我が国の原子力発電所においても事故が多発していると主張する。しかしながら、前記第3の2(2)オのとおり、我が国においては原子力発電所の周辺住民に許容限度を超える放射線被ばくを発生させた異常事象が知られていないのであるから、逆に、被告が主張する多重防護の考え方に立った放射性物質異常放出防止対策が有効に機能していると評価することも可能である。そうすると、我が国の原子力発電所において、多数の異常事象が生じていることから、原告らが危惧を抱くのは理解できるものの、だからといって、本件原子炉施設に周辺公衆が許容限度を超える放射線に被ばくするに足りる放射性物質の放出をもたらすような事故が発生する具体的可能性があるということはできない。
かえって、前記第1章第2の2(2)アで説示したとおり、本件原子炉施設の増設は安全審査を経たのであるから、原告がその不備を具体的に主張した点を除き、本件原発施設の安全設計の基本方針に妥当性に欠ける点はないものと推認すべきである。
2 本件原発1号機の事故からみた危険性の主張について
(1) 原告らの主張の要旨
平成5年7月30日に運転を開始した本件原発1号機では、その後の約12年間に、安全保安院への報告対象事故が5件、それ以外で石川県との覚書に基づいて報告された事故が少なくとも9件発生した。これらの事故の内容、原因、被告の対応等を検討すると、<1>故障や不具合を発見、発生しても、直ちに原子炉の運転を停止せず、可能な限り運転を継続しようとする姿勢が認められること、<2>設計施工上の単純なミスが多いこと、<3>検査手順書を無視して作業が行われたり、データ捏造、員数管理不十分等が認められること、<4>想定外の事故があること、<5>事故情報の公開に消極的であること等が認められ、被告の企業体質・姿勢自体に本件原子炉の事故を招く要因があることが明らかであるから、本件原子炉施設に重大事故が発生する具体的危険性が認められる。(原告ら最終準備書面第3章第2)
(2) 判断
本件原発1号機に原告ら主張にかかる異常事象が発生したといっても、前記第3の2(2)オで認定したとおり、これらの異常事象によって本件原発の周辺住民に許容限度を超える放射線被ばくを発生させたことはないから、逆に、被告が主張する多重防護の考え方に立った放射性物質異常放出防止対策が有効に機能したと評価することも可能である。これらの異常事象が生じたことから原告らが危惧を抱くのは理解できるものの、だからといって、本件原子炉施設に周辺公衆が許容限度を超える放射線に被ばくするに足りる放射性物質の放出をもたらすような異常事象が発生する具体的可能性があるということはできない。
3 最近の事故例からみる事故の危険性の主張について
(1) 応力腐食割れの主張について
ア 前提事実
当事者間に争いのない事実、文中に記載の証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(ア) 応力腐食割れ(SCC)とは、溶接による残留応力や使用時に掛かる外部応力により材料に引張応力が掛かり、これと特定の環境の腐食作用によって材料にひび割れをもたらす現象である。ここにいう応力とは、材料に対して外部から加えられた力(外力)に対抗する力(内力)の単位面積当たりの大きさをいい、引張応力とは、外力が引張力の場合に生ずる応力をいい、残留応力とは、外力が除去されても材料に変形が残ったような場合に、その変形の程度に応じて材料内部に残される力をいう。応力腐食割れには、粒内型と粒界型とがあり、前者は結晶粒の内部を貫通して進展する応力腐食割れを、後者は結晶粒界に沿って進展する応力腐食割れをいう。また、材料に多量の中性子を照射すると応力腐食割れが発生しやすくなるが、これを照射誘起型応力腐食割れ(IASCC)と呼んでいる。
ステンレス鋼の応力腐食割れは、ステンレス鋼に耐食性を持たせているクロムがステンレス鋼に含まれる炭素と結合し、クロム炭化物として析出するなどして、部分的なクロム欠乏部が生じ、耐食性が低下する(このような現象を「鋭敏化する」という。)ことが一因となって生じる。〔甲748(7)、甲804(8、9)、甲809(9)、甲943(1、19、20、29)、甲950(46、47)、乙29(22)、証人B(<2>47、48)、証人C(<2>12、40、41)〕
(イ) 昭和49(1974)年以降、我が国や海外のBWRにおいて、SUS304(ステンレス鋼の一つで、ニッケルとクロムを含有しており、耐食性に優れる。)ステンレス鋼配管溶接熱影響部に応力腐食割れが発生した。
そこで、電気事業者らは、SUS316L材及びSUS316(LC)材(「SUS316材」とは、SUS304材にモリブデンを加えて耐食性を向上させた鋼材であり、「SUS316L材」とは、SUS316の炭素含有量を0.02パーセント以下に抑えて耐応力腐食割れ性を改善した材であり、「SUS316(LC)材」とは、SUS316L材に強度低下を防止するための微量な添加物を加えた鋼材である。SUS316(LC)材とSUS316L材とを併せて、以下「SUS316L系材」という。)を開発し、福島第二原子力発電所2号機(昭和59年2月運転開始)以降に建設されたBWRでは、SUS316(LC)材が再循環系配管材料の標準仕様となり、SUS316L材が炉心シュラウド(原子炉圧力容器内に取り付けられている燃料集合体(炉心)を囲むように配置されている円筒状の機器で、原子炉内の冷却水の流れを分離する仕切板の役割を持つとともに、上部に乗っている気水分離器や蒸気発生器を支え、燃料集合体の位置を定めるという役割を果たしている。以下「シュラウド」という。)の標準仕様となった。応力腐食割れは、材料、環境、応力の3要素が重畳して発生するとされているので、当時の電気事業者らは、SUS316L系材を使用することで、応力腐食割れ対策としては十分であると認識していた。
平成13年7月に、SUS316L材が使用された福島第二原子力発電所3号機のシュラウドに応力腐食割れが発見され、その後、東北電力株式会社(以下「東北電力」という。)女川原子力発電所1号機(SUS304L材)、東京電力柏崎刈羽原子力発電所1号機、3号機(いずれもSUS316L材)、同福島第一原子力発電所4号機(SUS316L材)、中部電力株式会社(以下「中部電力」という。)浜岡原子力発電所4号機等、材質の如何を問わず、応力腐食割れが生じたシュラウドが続々と発見された。
他方、再循環系配管については、平成7年以降、中部電力浜岡原子力発電所3号機などの原子炉施設において、溶接部に指示(資材の損壊を示唆する検査結果)が発見された旨公表されるようになったが、応力腐食割れであるとの特定ができないまま、追跡調査を行うこととされた。その後、平成14年ころから、女川原子力発電所1号機、柏崎刈羽原子力発電所1号機等、全国各地の原子力発電所の再循環系配管で、SUS304L材、SUS316L材等の材質の如何を問わず、応力腐食割れが生じていることが公表されることとなった。
なお、平成14年ころ、これらのひび割れの問題について、東京電力が1980年代後半から平成14年までの自主点検記録に虚偽記載をしていたことが明るみに出た。
その後、電気事業者が調査した結果、アメリカ合衆国では、1980(昭和55)年代後半以降、再循環系のSUS316L相当のステンレス製配管の溶接に当たって、狭開先(「開先」とは、配管を溶接する際の機械加工部をいい、通常V字型をしている。「狭開先」とは、V字の開く角度を小さくしたもので、開先幅を狭くすることで溶接時の入熱量を低減する。)の開発と導入、配管内面のごく表層の機械加工面の除去、母材フェライト(鉄鋼の結晶構造によって区分される組織の名称の一つ)量のコントロール等の方策を導入していたことや、これらの方策は、溶接に伴う微細割れの防止策として採用されたが、結果として応力腐食割れにも効果があったこと等が判明した。〔甲435、甲436、甲543ないし甲545、甲770(7、8)、甲748(7)、甲799(3)、甲804(8ないし10)、甲809(9)、甲943(3ないし6)、甲950(17ないし30、41、42、45、47)、乙8(7、8)、乙18の2、証人B(<2>45、46)、原告D本人(16ないし18)、証人E(<2>20、21)〕
(ウ) 原子力安全・保安院は、平成14年11月に、シュラウド及び再循環系配管に係るひび割れの存在する原子炉の健全性を評価することを目的として、総合資源エネルギー調査会原子力安全・保安部会の下に、「原子力発電設備の健全性評価等に関する小委員会」を設置して審議・検討を進め、平成15年3月10日付で「原子力発電設備の健全性評価について-中間とりまとめ-」と題する文書(甲943、乙30の2・以下「中間とりまとめ」という。)を公表した。〔乙29(20)〕
中間とりまとめは、今後更なる対応が必要なこととして、<1>材料表面の硬化による初期応力腐食割れ発生のメカニズム、<2>粒内型応力腐食割れにより発生したひび割れが、その後粒界割れを示す応力腐食割れ進展のメカニズム、<3>溶接金属における応力腐食割れの発生・進展挙動、を挙げた上で、健全性評価の考え方を次のように述べている。
a シュラウドについて
(a) シュラウドの一部にひび割れが存在する場合でも、地震等により発生する荷重に耐えることができる構造上の健全性が確保されていれば、求められる炉心の支持及び炉心内の仕切り機能を安全に維持できる。シュラウドに用いられるオーステナイト系ステンレス鋼は、非常に粘りのある(延性に富んでいる)材料であり、破壊する場合でも延性的に破壊し、ひび割れが瞬時に伝播することはないから、ひび割れを含む断面のうち健全な部分が作用する荷重に耐えることができれば、シュラウドは破断しない。
(b) ひび割れが存在するシュラウドの構造上の健全性は、「発電用原子力設備に関する技術基準を定める省令」(昭和40年6月15日通商産業省令第62号、以下「技術基準省令」という。)及び「発電用原子力設備に関する構造等の技術基準」(通商産業省告示第501号)等の考え方をふまえて評価し、具体的には、運転中に想定される最大の地震荷重(後記第5の1(1)イ(エ)b、cで説示する基準地震動S1及びS2)を含めた外力がかかった場合でも、構造強度が確保できるシュラウドの断面の面積(必要残存面積)を求め、この必要残存面積と、現時点でのひび割れの面積を考慮した残存面積及びひび割れの進展を算定した5年後の残存面積とをそれぞれ比較することにより評価する。
(c) 残存面積の算定に当たっては、ひび割れ部分を実際に測定されたものより大きめに見積もるとともに、ひび割れの進展評価に当たっても、実機を模擬した実験データの上限値を包絡するような進展速度を使用する。具体的には次のとおりである。
i リング部では、全周に均一なひび割れが存在し、それが一様に進展していくものと仮定する。ひび割れ深さについては、サンプル調査及び超音波探傷検査により得られた測定結果が概ね一致していることから、超音波探傷検査で測定されたひび割れ深さの平均値を使用する。
進展評価は、<1>初期ひび割れ形状を設定する、<2>ひび割れが進展する部位の残留応力分布を求める、<3>ひび割れ形状及び残留応力分布から応力拡大係数(以下「K値」という。)を求める、<4>実験等から得られたSCC進展速度線図を用いて求めたK値におけるひび割れ進展速度を決定し、ひび割れ速度進展深さを算出する、<5>算出したひび割れ進展深さを初期ひび割れに加算する、という方法で行う。
ii 胴部では、ひび割れの周方向の長さと軸方向の長さを持つ長方形の欠陥がシュラウドの胴部を貫通し、直方体の穴が開いているものと仮定し、ひび割れが胴部に複数ある場合は、水平な同一断面(例えば、最も近い周方向溶接線)に投影したひび割れを1か所に集めてひとつのひび割れと仮定する。ひび割れの範囲は、目視点検で得られた長さを基本とするが、内部で表面より広がっている可能性が排除できないことを考慮して、ある程度の余裕を加えることで十分な保守性を確保する。
なお、胴の中央付近はシュラウドの中で最も中性子照射量の高い領域であり、中性子照射量がある程度以上になると、オーステナイト系ステンレス鋼の延性がやや低下することから、念のためひび割れが急速に成長して非延性的に破断するという破壊力学的な評価を併せて行うことが適当である。また、累積の中性子照射量が多く、照射誘起型応力腐食割れに対する感受性が顕れ始める可能性がある場合には、鋭敏化SUS304の進展速度等の保守的なものを使用することが適当である。
進展評価は、現時点でのひび割れのモデルを基に、5年間のひび割れの進展を算出し、5年後においても構造健全性が確保されるかどうかを評価する。ひび割れ進展速度は、基本的には低炭素ステンレス鋼(1970年代以降に開発された炭素含有量の少ないステンレス鋼のこと。SUS304L材、SUS316系材等)のひび割れ進展速度を用いるが、累積の中性子照射量が高く、照射誘起型応力腐食割れに対する感受性が顕れ始める可能性がある場合には、鋭敏化SUS304の進展速度等の保守的なものを使用することが適当である。
(d) 貫通したひび割れから冷却水がシュラウドの外に流れる事象(バイパスフロー)については、ひび割れの発生状況からみて、現実に発生することは考え難い。バイパスフローが発生した場合も、炉心流量の5パーセントに相当するバイパスフロー(開口部面積820平方センチメートル)を想定した場合に発生する2パーセントないし3パーセントの原子炉出力の低下は検知可能であり、他のプラントパラメーターと考え合わせることにより、バイパスフローの発生を推定し、適切な対処ができること、シュラウドに2400平方センチメートルの開口部が存在した状態で、原子炉冷却材喪失事故が発生しても、炉心を再冠水し燃料の温度を1200度以下に制限することが可能と評価されていること等を考慮すると、原子炉の安全性に影響を与える可能性は十分に小さいと考えられる。
(e) 健全性評価の結果、直ちに補修を必要としないと判断された場合でも、ひび割れの実際の進展状況について適切に監視を行っていくことが重要である。
b 原子炉再循環系配管について
(a) 健全性は、技術基準省令に基づいて評価する。構造安全性評価では、ひび割れを有していても、現時点で技術基準を満足していることを確認するとともに、亀裂進展評価に基づいて、5年後もこれらの条項を満足することを確認する。健全性評価は、亀裂のモデル化、亀裂進展速度の計算、亀裂進展量の計算という手順で行う。亀裂のモデル化は、超音波探傷検査によって亀裂の位置、個数、深さ及び長さを得、亀裂の数が多く配管の内面全周にわたって発生しているような場合には全周状亀裂とし、亀裂の個数は少ないものの、それらが近接して存在する場合は、亀裂の間隙を含めた一つの大きな亀裂とする等の方法で行う。亀裂進展速度は、荷重条件の設定(溶接残留応力、内圧、自重及び熱変形力を加算する。溶接残留応力は、試験結果を解析して求める。)、応力拡大係数の算出(半楕円状亀裂では、社団法人日本機械学会の維持規格に規定されている方法を用い、全周状亀裂では、米国石油協会のAP1-579規格で規定されている方法を用いる。)を行った上、計算する。そして、評価期間後の亀裂進展量を計算する。
(b) 超音波探傷試験によって得られた長さ及び深さと材料試験等により実際に測定した長さ及び深さとに比較的大きな差異が生じた。
ひび割れの長さについては、クリーピング波法(表面に沿って伝搬する縦波の一種であるクリーピング波を用いる超音波探傷法)によって測定を行うことが効果的であり、これによるひび割れ長さの測定精度はおおむね妥当なものと評価された。
ひび割れの深さについては、超音波探傷による測定深さと実測深さに比較的大きな差異が生じている。このような差異が生じた原因は、主として溶接金属に向かって進展し、場合によっては溶接金属内部まで進展するようなひび割れ性状に起因するものが主なものであり、ひび割れ深さの測定精度の確認・向上には、検査員がひび割れを溶接金属内にあると認識し、また、溶接金属内のひび割れを検出できる超音波探傷検査手法で測定を行うことが有効であると考えられる。溶接金属内のひび割れを検出できる超音波探傷検査手法として、縦波を用いた超音波探傷法が有効であり、事業者において、縦波斜角法及び縦波を用いたフェーズドアレイ法(電子走査型超音波探傷)を用いた超音波探傷を実機において測定したところ、良好な結果が得られた。
(c) 事業者においては、改善された超音波探傷試験方法によりデータの信頼性を確認した上で、健全性評価を行うことが必要であり、それまでの間に運転を開始する場合には、配管の取替え又は補修が必要となる。
(エ) 本件原子炉施設の炉心の構造は、別紙8「アライナーブラケット、上部格子板用ベース及びシュラウドヘッドボルトブラケット図」、別紙9「原子炉圧力容器内部構造図(断面図)」及び別紙10「原子炉圧力容器内部構造図(見取図)」のとおりである。〔甲943(8)、乙6(添8-3-114、8-3-115)〕
シュラウドヘッドは、炉心出口のプレナムの一部として気水分離器に入る前の蒸気と水との混合室となる。上部格子板は、ステンレス鋼の円板を格子状に削り出したもので、シュラウド上部に固定し燃料集合体の横方向の支持と案内の役目をするとともに、中性子束検出器及び起動用中性子源の上端を支持する。
シュラウド下部には、炉心支持板がボルト接合される。炉心支持板は、はりで補強したステンレス鋼の円板で、制御棒案内管、燃料支持金具及び燃料集合体、中性子束計測案内管並びに起動用中性子源の横方向の支持をする。制御棒案内管は、制御棒駆動機構ハウジングの上部から上方に伸び、炉心支持板にはめ込まれ、制御棒の案内の役目をする。燃料集合体の荷重は、中央燃料支持金具及び制御棒案内管を通し圧力容器に伝えられる。炉内核計装案内管は、圧力容器底部の炉内核計装(インコアモニター)ハウジングより上方に伸び炉心支持板を支持し、核計装検出器の案内の役目をする。〔甲743(1)、甲806、甲943(1)、乙4(28ないし30、32、33)、乙6(添8-3-34・8-3-26・8-3-114・8-3-115)、乙19の2(1)、乙29(20)、証人C(<1>35、36)〕
(オ) 被告は、中間とりまとめの考え方に従い、本件原子炉施設の原子炉冷却材圧力バウンダリの材料に低炭素ステンレス鋼を用い、溶接時の入熱量を減らすなどの適切な溶接管理等により残留応力の低減を図るとともに、原子炉の起動前に冷却材中の溶存酸素濃度を低減するなど適切な水質管理を行う予定である。特に、本件原子炉施設のシュラウドについては、SUS316L材を用い、溶接部に対してウォータージェットピーニング法(高圧力水を吹き付ける方法。材料表面近傍に衝撃波が生じ、引張残留応力の低減が期待されている。)による残留応力の改善対策を実施するとともに、定期検査ごとの点検を行ってその健全性を担保する予定である。〔乙6(添8-3-31、8-3-101、8-3-102)、乙8(8)、乙29(20ないし24)、乙31(60)、証人B(<2>47ないし49)、証人E(<1>26ないし29、<2>25ないし30、41ないし42)〕
(カ) 平成15年12月11日、電気事業法及び原子炉等規制法の一部を改正する法律が成立した。同法律による改正後の電気事業法55条においては、特定電気工作物を設置する者は定期に事業者検査をし(1項)、技術基準省令に適合していることを確認しなければならず(2項)、その事業者検査の際、原子力を原動力とする発電用の特定電気工作物であって経済産業省令で定めるもの(電気事業法施行規則94条の4の2第1項によって、シュラウドが含まれる。)に関し、一定の期間が経過した後に技術基準省令で定める技術基準に適合しなくなるおそれがある部分があると認めるときは、適合しなくなると見込まれる時期等について、経済産業省令に定めるところにより評価を行う(電気事業法施行規則94条の4の2第2項によって、<1>定期事業者検査により確認した亀裂、孔その他の損傷(以下「亀裂等」という。)の発生原因を推定するとともに、亀裂等の形状及び大きさを特定すること、<2>所定の期間を設定して、その期間における亀裂等の進展を予測すること、<3>予測どおりに亀裂等が進展したと仮定したとき、技術基準省令の規定に適合しなくなると見込まれる時期を求めること、<4>評価の結果、補修等の措置を講じる必要があるときには、その時期、範囲及び方法が適切であること、と定められた。)こと等が義務付けられた。
イ 当事者の主張の要旨
(ア) 原告ら
a 応力腐食割れの発生・進展機序は未解明であり、現在の技術では、その発生を完全に防ぐことは不可能であって、本件原子炉施設でも発生は不可避である。シュラウドは、重大な役割を果たしており、その損傷は、原子炉の安全性に重大な危険をもたらす。シュラウドや上部格子板に応力腐食割れが進展した状態で(ドイツのビュルガッセン原子力発電所、フィッツパトリック原子力発電所では、上部格子板にも亀裂があることが発見された。)大規模な地震動が加わるなどすると、シュラウドが運転中に分断・脱落し、炉心における冷却水の流路を塞いだり、ECCSの水が炉心燃料に届かなかったり、横からの強い水流の影響や駆動する空間の歪みにより制御棒が炉心に挿入できない事態も考えられるから、本件原子炉施設でも応力腐食割れを原因とする重大事故が発生する危険性があることは明らかである。
b SUS316Lは、本件原子炉のシュラウド及び原子炉冷却材圧力バウンダリ内の配管において使用されているから、応力腐食割れの問題は、本件原子炉施設の安全性にも重大な影響がある。
c 原子力安全・保安院は、中間取りまとめにおいて、原子炉再循環配管の応力腐食割れ対策として、バタリング工法等4つの方法を列挙しているが、そのうち効果が確証されているとするのはバタリング工法のみで、他の方法についてはその効果が確認されていない。
d 超音波探傷試験の結果に信頼性がないことは、維持基準の前提が崩れたことを意味する。
e アの(カ)の電気事業法の改正は、電気事業者のコスト削減のために、大事故につながらない箇所のトラブルについては、直ちに補修せず運転継続を認めるものであって、いわゆる「維持基準」を導入したものである。しかし、維持基準の内容が経済産業省令に白紙委任されていること、検査の情報が公開される保障がないこと、検査の信頼性がないこと等にかんがみると、維持基準の導入は、重大事故の発生につながるものである。
(イ) 被告
被告は、本件原子炉施設の原子炉冷却材圧力バウンダリ内のシュラウドや配管においては、低炭素ステンレス鋼を使用し、適切な溶接方法ないしは溶接管理を行い、冷却材中の溶存酸素濃度を低減するような運転管理を行うことにしているし、溶接部に対して残留応力の改善対策を実施しており、万一ひび割れが確認された場合には、地震時も含めてその健全性の評価を行うとともに、ひび割れの進展状況について監視し、十分な構造強度を有するうちに補修することとしているから、地震時においてもシュラウドが破断したり、制御棒の挿入が不可能になることはない。(被告最終準備書面第2章第2の4(2)エ(オ)、オ)
ウ 判断
(ア) 本件原子炉においても、シュラウド及び原子炉冷却材圧力バウンダリ内の配管にSUS316系材が使用されているところ、これらにSUS316系材を使用した他の原子力発電所で応力腐食割れが頻発していることから、本件原発においても、応力腐食割れが発生することが予想される。
(イ) 中間取りまとめでも記載されているように、応力腐食割れの進展のメカニズムは必ずしも明らかにされていないから、その進展の予測の精度も高いものとは考えられない。そして、シュラウドや原子炉冷却材圧力バウンダリ内の配管は原子力発電所の安全性に重要な役割を果たしているから、シュラウドが落下したり、上記配管が破断したりすれば、重大な異常事象につながりかねず、原子力発電所の老朽化に伴う深刻な問題として、原告らが危惧を抱くのは理解できないではない。
他方、シュラウドや原子炉冷却材圧力バウンダリ内の配管にひび割れがみつかっても、直ちにこれを取り替えるのではなく、その進展速度を予測し、将来の一定時点における健全性を確認できるのであれば、その時点まで引き続き運転を続けるという手法も、その進展予測が十分保守的になされているのであれば、合理的というべきである。
(ウ) 被告は、応力腐食割れに対する対策を中間とりまとめに従って運用する予定であるところ、中間とりまとめの考え方は、次のとおり、特段不合理な点があるとは認め難い。
a シュラウドについて
(a) 残存面積の算定に当たって、ひび割れ部分を実際に測定されたものより大きめに見積もるとともに、ひび割れの進展評価に当たっても、実験データの上限値を包絡するような進展速度を使用する等、保守的な方策をとっている。
(b) 進展評価は、実験等から得られたSCC進展速度線図に基づくK値を基礎とするものである。証拠〔甲950(52)〕中には、中間取りまとめにいう「SCC進展速度線図」は、従来の古い事象でのデータに基づくもので、実機におけるような溶接近傍の熱影響部における塑性変形組織が関わる状態でのひび割れ進展データではないこと等から、これを使った進展評価は信頼できない旨の部分があるが、仮にそうだとしても、これに代わるべきデータがあることは証拠上認められないから、これを使って進展評価をした上で、適切な監視を行っていくという中間とりまとめの考え方が不合理であるとはいえない。
(c) 証拠〔証人C(<2>43、44)〕中には、シュラウドのリング部におけるひび割れ進展速度の評価において、ひび割れ深さを測定結果の平均値として仮定するのは相当でなく、最大深度のひび割れが全周にあると仮定すべきであるとの部分があるところ、なるほどその方がより保守的な評価にはなる。しかしながら、シュラウドの構造健全性は残存面積で決まるのであるから、残存面積については測定値から合理的に推測される実際値の近似値を用いても、(a)に記載したような他の部分で保守的な数値を用いれば、全体としては保守的な評価ということができ、適切な監視が随伴することも考慮すると、これを不合理とまでいうことはできない。
b 原子炉冷却材圧力バウンダリの配管について
(a) 配管についても、中間とりまとめの考え方は、(1)ア(ウ)b(a)に記載したように、亀裂のモデル化を保守的に行った上で、亀裂進展速度及び亀裂進展量を計算し、技術基準省令に基づいて健全性を評価するというものであって、特段不合理な点は窺えない。
(b) なお、超音波探傷試験の結果と実測値との間に大きな差が生じたことは、(1)ア(ウ)b(b)に記載したように、中間とりまとめ自体が認めているところである。そして、同(c)記載のように、中間とりまとめは、これを前提に、検査方法の改善を提案するとともに、改善された超音波探傷試験により信頼されるデータが得られるまでの間は、そのまま運転を続けるのではなく、配管の取替え及び補修が必要であるとしているのであるから、その考え方に特段不合理な点は窺えない。
(エ) 以上のとおり、中間とりまとめの考え方に特段不合理な点があるとは認め難いから、本件原子炉において運転開始後発生することが予想される応力腐食割れが原因で、原告らが許容限度を超える放射線を被ばくする具体的可能性があることが相当程度立証されたと認めることはできない。
(2) 配管減肉問題の主張について
ア 前提事実
当事者間に争いのない事実、文中に記載した証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(ア) 関西電力株式会社(以下「関西電力」という。)美浜発電所3号機二次系配管破損事象について
美浜発電所3号機は、福井県三方郡美浜町丹生にあるPWR(定格熱出力244万キロワット、定格電気出力82万6000キロワット、昭和51年12月1日運転開始、下記事象発生当時の運転時間18万5700時間)であるが、平成16年8月14日から第21回定期検査が予定されており、同月9日午後、タービン建屋で合計105名の作業員が定期検査の準備を進めていた。
美浜発電所3号機が定格熱出力で運転中、同日午後3時22分、タービン建屋2階の給水加熱器(タービンからの抽気で給水を加熱する熱交換機)から脱気器(タービンからの抽気で給水を加熱し、給水中の非凝縮性ガスを分離除去する機器)への2系統(A系及びB系)の給水ラインのうちA系復水配管(二次冷却系に属する。)が破口し、付近で作業していた作業員が破口部から流出した蒸気及び高温水を浴びた結果、5名が死亡し、6名が負傷した。なお、原子炉及びタービンは所定の信号により自動停止した。〔甲816(12、13)、甲817(3)、甲819(2、4ないし6)、甲950(1、30)、証人E(<2>35)〕
(イ) 調査結果
原子力安全・保安院が設置した美浜発電所3号機二次系配管破損事故調査委員会(以下「調査委員会」という。)の調査によれば、破損した配管(外径558.8ミリメートル、厚さ10ミリメートル)は炭素鋼(鉄に1パーセント以下の炭素を入れた合金)であり、破損箇所は偏流の発生しやすいオリフィス(流体の流れている管路の断面を狭める絞り機構。流量を測定するために設置される。)の下流部であった。減肉は上部で著しく、最も薄いところで0.4ミリメートルが残存しているにすぎなかった。配管内部は、下部を除き、エロージョン/コロージョン(機械的作用による浸食と化学的作用による腐食との相互作用によって起きる減肉現象。エロージョンが機械的な摩耗現象を、コロージョンが化学的作用による腐食を意味する。)の特徴とされる鱗片状模様を呈していた。破損部に設置されているオリフィスの取付状況を調査した結果、配管内径中心位置に対するオリフィス穴径の中心位置ずれは、垂直方向に0.61ミリメートル、水平方向に0.71ミリメートルであった。同時に、B系復水配管のうち、A系復水配管の上記破損場所に対応する位置の配管肉厚等が調査された。
その結果は、減肉が認められ、その最も薄いところで1.8ミリメートルであったが、A系配管のように、上部に偏ることはなく、全周にわたってほぼ均一に減肉が進行していた。
調査委員会は、破損のメカニズムについて、エロージョン/コロージョンにより配管の肉厚が運転に伴い徐々に減少した結果、配管の強度が不足し、運転時の荷重により破損したものと推定した。〔甲816(16、17)、甲817(5、6)、甲819(5ないし8)、甲950(30、41、46、87、88)、証人E(<2>35、37、38)〕
調査委員会は、同発電所における減肉管理体制についても調査したところ、関西電力をはじめとするPWRを運転している電気事業者各社は、平成2年5月、プラントメーカーである三菱重工業株式会社(以下「三菱重工」という。)とともに、「原子力施設二次系配管肉厚の管理指針」(以下「PWR管理指針」という。)を策定し、以後三菱重工に点検業務を委託したこと、PWR管理指針では、オリフィス下流部が点検箇所とされていたが、美浜発電所3号機の具体的な点検箇所リストから上記破損箇所が漏れていたこと、関西電力は、平成8年に点検業務の委託先を三菱重工から株式会社日本アーム(以下「日本アーム」という。)に変更し、それに伴って三菱重工の過去の保守点検に係る実績データが日本アームに引き渡されたが、その際も、上記記載漏れは是正されず、関西電力は、上記実績データがPWR管理指針に合致しているか否かのチェックをしていなかったこと、平成15年4月、日本アームは、上記破損箇所の記載が漏れていることを発見し、関西電力に対して提出した第21回定期検査工事計画において、上記破損箇所を点検箇所として登載したが、同定期検査の直前に上記事象が発生したこと、以上の事実が判明した。その結果、調査委員会は、本事故の直接的な原因は、関西電力、三菱重工、日本アームの三者が関与する二次系配管の減肉管理ミスによって、要管理箇所が当初の管理リストから欠落し、かつ、事故に至るまで修正できなかったことにあると結論づけた。〔甲819(10ないし20)、甲950(30)〕
更に、調査委員会は、電気事業者から徴収した最小肉厚地点における減肉率等のデータを用いてPWR管理指針の妥当性について検討を行った結果、減肉率平均値は1時間当たり1万分の0.26ミリメートルであり、実績減肉率は、一部を除き、PWR管理指針に規定されている初期設定減肉率を概ね下回っているから、初期設定減肉率は概ね妥当であり、減肉傾向のない箇所(「その他の系統」と表現されている。)に対して10年間に約25パーセントを点検対象にしていることも問題なく、減肉の測定範囲や測定ポイントも、詳細測定と組み合わせることにより、減肉を適切に把握できる方法であり、今後は、その他の系統の中に主要点検系統と同程度の減肉が見られるものがあるので、その適切な管理を検討すべきであるし、PWR管理指針に規定されていない詳細測定方法(配管口径に応じ、1断面当たり少なくとも8点又は4点の測定ポイントを設け、肉厚が基準を下回った場合は、周辺に対し、測定ピッチを細かくして測定を行うという方法)を指針に適切に反映すべきであると結論づけた。〔甲819(10、11、添4)〕
また、調査委員会は、BWR各事業者がそれぞれ独自に定めている社内管理指針の分析も行い、PWR管理指針と比較すれば、点検対象範囲についてはBWRの方が広くなっているが、点検頻度(点検対象箇所のうち、点検済み箇所数と代表点検部で評価済み等の箇所数の比)は、PWRの方が高く、測定ポイントはPWRより詳細に設定している場合があると指摘するとともに、BWRにおける実績減肉率はPWRを下回り、減肉率平均値は1時間当たり1万分の0.13ミリメートルであるとした。〔甲819(12、添4)〕
(ウ) 被告の経済産業省に対する報告内容
経済産業省は、前記(イ)の調査と並行して、平成16年8月11日付で、各電気事業者に対し、PWR管理指針に照らして管理方法の適切性を確認した上で、復水系統、給水系統、主蒸気系統、抽気系統及びドレン系統に係る配管の肉厚管理が未実施である部位(炭素鋼に係るものに限る。)の有無について確認し、報告するように求めた。〔甲819(10)、甲820(本文・別紙1)〕
これを受けて被告は、同月18日付で、経済産業省に対し、次のaないしeの要旨の報告をした。
a 1号機では設計段階から減肉が発生しやすい環境下にある配管には全て低合金鋼(鉄に、材料の強さや耐食性、耐熱性を改善するために、微量のクロム、マンガン、ニッケル、モリブデンなどを用途に応じて添加したもの)等の減肉対策材を使用し、炭素鋼は減肉の発生し難い環境下のみで使用している。したがって、全数を計画的に点検する配管減肉監視は不要である。
b 今回、報告対象系統の炭素鋼配管について、偏流発生部位(1655部位)を調査し、炭素鋼配管は設計どおり減肉の発生し難い環境下でのみ使用されており、配管減肉監視は不要であることを確認した。
c また、念のため、配管の健全性確認を行う観点から、系統全般にわたって偏流発生部位について偏りなく代表部位を選定し、計画的に肉厚測定を実施しているが、今回、炭素鋼配管の代表部位(49部位)について、計画どおり肉厚測定していること、及びその減肉量もごく僅かであることを確認した。
d なお、炭素鋼配管での偏流発生部位は1655か所であり、そのうち健全性確認対象部位は49か所であり、配管減肉監視対象部位(減肉が発生しやすい環境条件にある部位)は零である。
e 減肉の点検結果は、全測定点での最大減肉量が、復水系統で0.5ミリメートル(肉厚約22ないし48ミリメートル)、給水系統で0.4ミリメートル(肉厚25ないし35ミリメートル)、主蒸気系統で0.3ミリメートル(肉厚約26ミリメートル)であった。〔甲820、甲821、甲950(41)、証人E(<2>35、39)〕
(エ) 他の原子力発電所における減肉及びその点検状況について
a 大飯原子力発電所1号機の減肉
美浜原子力発電所3号機での前記(ア)の事象に先立つ平成16年7月5日、関西電力大飯発電所1号機(PWR)でも、主給水配管(炭素鋼)4系統の配管エルボ部(屈曲部)の厚さが、それぞれ14.5ミリメートル、12.1ミリメートル、13.9ミリメートル、20.0ミリメートルであり、そのうち3箇所が計算上の必要厚さ(15.7ミリメートル)を下回っていることが確認された。同部は、PWR管理指針では、「その他系統」としてサンプリング点検の対象にしかならない箇所であった。(甲819)
b 女川原子力発電所1号機及び2号機の減肉
平成16年9月29日、東北電力女川原子力発電所1号機及び2号機(いずれも従来型BWR)の高圧第一・第二給水加熱器のベント配管のオリフィス下流部で、配管内を流れるガスとそれに混入した水滴とが配管に当たって内壁を削り取る現象(エロージョン)により配管の肉厚が減り続け、交換が繰り返し行われていたことが公表された。女川原子力発電所1号機では、当初、配管の材料として炭素鋼を使用していたが、低合金鋼(STPA23)に変更しても、ステンレス鋼(SUS394L)に変更しても減肉傾向は止まらなかった。減肉率は、1号機の炭素鋼製の配管で1時間当たり1万分の0.72ミリメートル(第5回定期点検時)、2号機の低合金鋼製の配管で1時間当たり1万分の3.8ミリメートル(1年間で3.3ミリメートル、第1回定期点検時)、2号機のステンレス鋼製の配管で1時間当たり1万分の3.5ミリメートル(第3回定期点検時)及び1万分の3.1ミリメートル(第6回定期点検時)であった。〔甲950(35)、甲825〕
c その他の原子力発電所
その後、東京電力福島第一原子力発電所5号機(従来型BWR)の炭素鋼製の配管で1時間当たり1万分の0.69ミリメートルの減肉があったこと(第14回定期点検時)、東京電力柏崎刈羽原子力発電所2号機(従来型BWR)でも1時間当たり1万分の0.79ミリメートルの減肉があったことが公表された。なお、福島第一原子力発電所5号機では、平成15年2月11日から同年9月12日になされた定期検査の際に、最小肉厚3.8ミリメートルに対して測定最小肉厚4.3ミリメートルの箇所があり、余寿命0.8年と評価しながら、次回定期検査までの運転は問題ないとして交換することなく引き続き利用していたことが判明し、平成16年10月8日、福島県が東京電力に対し、当該配管の取替を申し入れる事態となった。〔甲950(32、33)、甲825、甲945〕
d 原子力発電所立地の住民団体らの調査によれば、平成16年11月現在、福島第一原子力発電所及び福島第二原子力発電所の合計10機の原子炉施設(いずれも従来型BWR)においては、配管の点検対象部位合計2万4127箇所のうち、点検済み部位は合計3534箇所にすぎず、点検未実施部位合計2万0593箇所に及び、そのうち合計1万6823箇所については東京電力に点検予定がないことが判明した。また、上記報告によれば、経済産業省が各電気事業者に求めた上記(ウ)の報告を集約すると、福島第一原子力発電所及び同第二原子力発電所のみならず、女川原子力発電所1号機ないし3号機、柏崎刈羽原子力発電所1号機ないし7号機、浜岡原子力発電所1号機ないし4号機、敦賀原子力発電所1号機、東海第二原子力発電所、島根原子力発電所1号機及び2号機(いずれも従来型BWR)においても、点検対象部位のうち点検済み部位は概ね半数以下であり、3パーセント程度の原子炉施設もあった。〔甲816(17)、甲825(5)、甲944(3)〕
(オ) 原子力安全・保安院の結果報告
経済産業省及び原子力安全・保安院は、平成16年11月25日、原子炉等規制法72条の3第2項に基づき、17原子力発電所に対する平成16年度第2回保安検査の結果報告を出したが、これには、配管減肉問題に関し、BWRの原子炉設置者については、余寿命の評価手法が確立されておらず、原子炉設置者の個々の判断により交換がなされていることが記載されている。(甲822)
(カ) 被告の点検予定
被告は、1号機について、炭素鋼配管の偏流発生部位のうち1655か所から選定した代表部位49か所を継続的に計画的に点検し、減肉評価をする予定であり、他の箇所の点検は予定していない。また、被告は、1号機と基本的には同じ考え方で本件原子炉施設の基本設計をしている。〔証人E(<2>36、39、40)〕
イ 当事者の主張の要旨
(ア) 原告ら
配管の減肉を完全に止めたり、正確に予測したりすることはできないから、厳格な減肉管理が必要となるのに、被告が原子力安全・保安院に報告した本件原発1号機についての減肉事例は、高い減肉事例を避けて無難な例を選んだとみるべきであるし、被告の減肉管理には、<1>点検対象が炭素鋼に限定され、他の原子力発電所で激しい減肉が見つかっている対策材(低合金鋼、ステンレス鋼)を対象にしていない、<2>米国トロージャン原子力発電所では直管部分に減肉が確認されているのに、炭素鋼の点検対象も偏流部などに限定され、直管部等を対象にしていない、<3>代表部位のみを点検することとし、多くの箇所の点検が省略されている、<4>減肉が加速度的に進む実態が考慮されていない、<5>想定を超える高い減肉率の事例が明らかになる中で、点検頻度が低すぎる可能性がある、といった問題があるから、発見されない減肉が各所に存在することは避け難く、一方で、被告による耐震評価は、配管等に減肉がないことが前提となっているから、減肉した配管に対して、大きな地震による強振動が襲えば、複数か所で同時に配管の破断等が発生するおそれがあり、これが重大事故を引き起こすことは避けられない。(原告ら最終準備書面第3章第3の2)
(イ) 被告
本件原子炉施設においては、その設計段階から、使用する配管の環境条件に応じて配管を太くして流速を落とす、腐食代を考慮して肉厚を厚くする対策に加え、減肉が発生しやすい箇所には低合金鋼などの減肉対策材を使用するなど材料面において対策を行っている。更に減肉管理として、サンプリング的に代表箇所の配管肉厚を測定し、減肉状況を継続的に監視していくこととしている。(被告最終準備書面第2章第2の4(2)カ)
ウ 判断
(ア) 本件原子炉施設で生じる配管減肉問題についての被告の方針は、1号機と同様に、炭素鋼配管のみを点検の対象とし、しかも、減肉の進行が速いと考えらる偏流発生部位のうち、わずか3パーセント程度のみを代表部位として点検の対象とし、その余は点検しないというものである。
しかしながら、上記の事実によれば、低合金鋼やステンレス鋼においても減肉が生じるから、炭素鋼配管のみを点検の対象とすることの合理性は疑問である。また、大飯原子力発電所で、4系統のうち3系統について必要厚さを下回ったこと、美浜原子力発電所3号機で、A系配管とB系配管の減肉の態様が大きく異なっており、その原因は、A系配管において、内径中心位置に対するオリフィス穴径の中心位置が僅かにずれていたことである可能性があるが、逆にいえば、そのような些細な原因で、減肉の態様が大きく異なると考えられること等に照らすと、材料、形状、使用環境等が同一又は類似していても、減肉の態様や伸展の程度が大きく異なることが明らかである。そして、減肉の可能性を認める偏流部位のうち、3パーセントの代表部位のみを点検の対象とするという統計学の知見を利用したと考えられる被告の減肉管理手法について、被告が代表部位の測定結果をどの程度超えた減肉率がどの程度の確率で発生し得ると想定し、どの程度の余裕を見込んで配管の交換を計画しているのかを的確に認定するに足りる証拠が見当たらないことを併せ考慮すると、被告が予定している点検によって減肉による異常事象を防ぎ得ると認めるのは困難である。また、調査委員会は、BWRにおける実績減肉率を1時間当たり1万分の0.13ミリメートルとしたが、現実に女川原子力発電所1号機、2号機、福島原子力発電所5号機、柏崎刈羽原子力発電所2号機では、これをはるかに上回る減肉が報告されている〔なお、証拠(甲824、証人E)及び弁論の全趣旨によれば、東北電力及び被告は、女川原子力発電所1号機、2号機の配管で激しい減肉が生じた原因は、オリフィスの形状が特殊であった(出口が45度に開いた形状をしていた。)ことにあると認識していることが認められるが、仮にそうだとしても、東北電力は、採用したオリフィスの形状が配管の減肉を促進するとは認識していなかったと推認できるから、原子炉設置者が予想もしなかった原因によって減肉の程度や態様が大きく左右され得ることは否定できない。〕し、原子力安全・保安院自身が、BWRについては余寿命の評価方法が確立されていないというのであるから、これらの事実を総合すると、本件原子炉が運転を始めて相当期間経過後には、被告が予想していない時期に、予想していない場所で減肉を原因とする配管の破断が生じ、美浜原子力発電所3号機と同様の異常事象が生じる危険があることを否定できない。そして、BWRの場合は、PWRの二次系配管と異なり、破断した場合に噴出する冷却水には放射能が含まれているから、その被害の程度も美浜原子力発電所3号機の上記異常事象とは比較にならないというべきである。
(イ) しかしながら、証拠〔乙6(添10-3-1ないし80)〕によれば、被告は、原子炉冷却材圧力バウンダリを構成する配管の破損による冷却材喪失や主蒸気管破断の事故を解析し、安全評価審査指針の判断基準を満足するという結果を得ていることが認められるから、減肉によって配管が破断した場合(地震によって減肉箇所が破断し、同時に他にも多数の損傷が生じた場合は別論であり、単に、減肉だけが原因である場合を想定している。)、美浜原子力発電所3号機の前記ア(ア)の事象のように、原子力発電所内で働く労働者に被害が出る危険は否定し難いが、原告ら本件原発の周辺公衆が許容限度を超える放射線を被ばくする具体的可能性があるとまでいうことはできない。
4 先行ABWRの異常事象からみた本件原子炉施設の事故の危険性の主張について
(1) 原告らの主張の要旨
ABWRの先行機である東京電力柏崎刈羽原子力発電所第6号機及び第7号機(平成3年5月15日両機について原子炉設置許可、平成8年11月7日6号機営業運転開始、平成9年7月2日7号機営業運転開始)は、既に24件の事故を起こしている。従来型BWRよりもABWRの事故頻度は格段に高く、しかも新しいものほど事故頻度が高いところ、本件原子炉施設は更に新しいABWRであるから、その事故頻度、危険性が更に高くなることが大いに懸念される。(原告ら最終準備書面第3章第4)
(2) 判断
先行するABWRに異常事象が発生しているといっても、前記第3の2(2)オで認定したとおり、これらの異常事象によって原子力発電所の周辺住民に許容限度を超える放射線被ばくを発生させたわけではないのであるから、単に先行するABWRにおいて様々な異常事象が頻発しているというだけでは、本件原子炉施設に周辺公衆が許容限度を超える放射線に被ばくするに足りる放射性物質の放出をもたらすような異常事象が発生する具体的可能性があることが立証されたことにはならない。
5 ABWRの本質的危険性の主張について
(1) インターナルポンプの危険性の主張について
ア インターナルポンプによる金属片発生・流入について
(ア) 前提事実
前記第1章の第2の2(4)イ、ウで認定した事実、文中に記載した証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
a BWRでは、原子炉内の冷却材を強制的に循環させることによって出力を制御しているところ、従来型BWRは、別紙11「再循環系配管構成」のとおり、原子炉圧力容器下部に設けた直径50センチメートルに近い大口径の配管を通して、冷却材を原子炉圧力容器の外側に設置した2台の再循環ポンプまで引き出し、再循環ポンプから送出された冷却材をジェットポンプを介して原子炉内に戻すことにより、炉心内の冷却材を撹拌している。これに対して、ABWRでは、10台のインターナルポンプと呼ばれる原子炉冷却材再循環ポンプを別紙12「原子炉冷却材再循環系概要図」のとおり原子炉圧力容器内に設置し、冷却材を別紙13「原子炉圧力容器内の原子炉冷却材の流れ」のとおり流して、冷却材を撹拌しているため、原子炉圧力容器の外部に再循環系配管がない。〔甲233(8、9)、甲244(48)、甲337(59、60)、乙4(48、56)、乙6(添8-3-117、8-4-61)、乙8(14)、証人C(<1>2、3)〕
b フィンランドのオルキルオト原子力発電所1号機(BWR)で発生した異常事象
1989(平成元)年、オルキルオト原子力発電所1号機で、制御棒駆動機構に約5リットルの、残留熱除去系にその約10分の1の量の各金属粉が溜まり、121本の制御棒のうち15本が引き抜けなくなった。核種分析や作業工程の検討、金属粉残留位置などから、何者かの故意による投入や定期点検時の何らかの作業ミスが原因である可能性が指摘されたが、金属粉の出所は特定されなかった。〔甲74(50)、甲80(1、2)、甲232(51、52)、甲233(24)、甲234(292)、甲636の2(19、20)〕
c 東京電力福島第二原子力発電所3号機(従来型BWR)で発生した異常事象
昭和64年1月1日午後6時45分ころ、福島第二原子力発電所三号機が出力103万キロワットで運転中、原子炉再循環流量変動現象が認められ、同日午後7時2分、再循環ポンプBの振動が増加し、「原子炉再循環ポンプモーターB振動大」の警報が発生した。
その後、上記ポンプの速度を降下させたところ、警報設定値以下の振動になったので、運転を継続していたが、振動が不安定な状態が続き、同月6日午前4時20分、再び警報が発生した。同日正午から原子炉停止操作が開始され、翌7日午前3時47分、原子炉が停止された。なお、上記原子炉施設は、7日から定期検査が予定されていた。調査の結果、再循環ポンプの水中軸受けリングが脱落、破損していたほか、羽根車などポンプ内各部が破損し、水中軸受取付ボルトと座金の脱落、流出、羽根車主板の一部の欠損流出が確認された。また、羽根車等の摩耗によって生じた大量の金属粉が流出して、原子炉圧力容器、燃料及び関連系統に分布し、一部は燃料棒に付着していた。
東京電力及び資源エネルギー庁は、上記異常事象の原因について、水中軸受けリングのすみ肉溶接部に溶込み不足があり、ポンプ羽根車の回転に伴う水中軸受けリング上下面間の変動差圧によって、当該部に高い変動応力が発生し、水中軸受リングが疲労破断したものとした。これ対し、市民グループがNRC(アメリカ合衆国原子力規制委員会)に公開請求をして入手した再循環ポンプの設計メーカー作成に係る水中軸受強度の解析結果によれば、水中軸受リングの直径が1メートルの場合、水の脈動周波数と水中軸受リングの固有周波数とが共鳴し、リングに強烈な力が加わって亀裂が生じる旨記載されていることが判明した。原子力安全委員会は、福島第二原子力発電所1号機において、上記異常事象に先立つ昭和59年11月に再循環ポンプAの水中軸受けリングが脱落し、昭和63年7月に再循環ポンプA及びBの各水中軸受けリングの溶接部に割れが発見されるという異常事象が発生していたことをふまえ、「仮に溶け込み不足がなかったとしても、共振を考慮すると、溶接ルート部の応力は、疲労限度に対し、余裕が少なかったと推定される。」として、異常事象の原因の一つとして、共振、即ち、ポンプの中を流れる水の脈動周波数と水中軸受けリングの固有振動数とが定格運転時付近で一致することを指摘した。〔甲232(17ないし50)、甲233(9ないし16)、甲234(285ないし288)、甲250(179ないし182)、乙7の4(41、42、44、45)、証人C(<1>4、5)〕
d 上記cで認定した異常事象以外にも、昭和63年及び平成元年の2度にわたって東北電力女川原子力発電所1号機の再循環ポンプの主軸がひび割れして交換し、平成4年12月18日には東京電力柏原刈羽原子力発電所1号機で、異物が再循環ポンプの第1段及び第2段シール部に入り込んだために第2段メカニカルシールが損傷し、軸封部を取り替え、平成8年5月15日には本件原発1号機で、金属粉などが再循環ポンプの軸封部に入り込んだために軸封部の機能が低下した等、従来型BWRの再循環ポンプの損傷事象は数多く報告されている。〔甲235、甲236の1ないし7、甲244(47)、甲246(102ないし104)、甲599、甲602、甲603、甲617、甲619、甲622、甲624、甲742(39頁)〕
e ABWRでも、平成14年3月には、柏崎刈羽原子力発電所6号機で、インターナルポンプの第2段メカニカルシールの静止リング面に微細な異物がかみ込んで生じたためと推定される静止リング面の傷が発見され、平成15年10月には、同原子力発電所7号機で、2台のインターナルポンプの羽根に針金状の異物がかみ込み、微小な傷が付いていることが確認された。〔甲742(55)、甲795、甲796、証人C(<1>6、7)〕
(イ) 当事者の主張の要旨
a 原告ら
従来型BWRでは、再循環系配管から原子炉に至る系統にストレーナ(ゴミ取り)があり、大きな金属片は流入を阻止できた。前記(ア)cの福島第二原子力発電所3号機の異常事象では、原子炉内に流入したのは、ストレーナをくぐり抜けた小さな金属片だけであった。しかるに、ABWRでは、インターナルポンプの本体や羽根車が破損して金属片が発生すると、その破片は全て炉心に流れ、燃料体を破損させる可能性がある。
また、従来型BWRでは、原子炉内に可動部分がなかったが、ABWRでは、インターナルポンプが高速運転しているので、外部から流入した金属片がここに噛み込めば、羽根車やその周辺のケーシング部分(枠の部分)を破損する可能性があり、前記(ア)eの異常事象は、そのことを実証した。その場合、外部から流入した金属片と破損によって生じた金属片が燃料体を破損させる可能性がある。
更に、オルキルオト発電所での異常事象のように、原子炉内に流入し、あるいは原子炉内で発生した金属粉によって制御棒が引き抜けなくなる可能性がある。
(原告ら最終準備書面第3章第5の2(2))
b 被告
燃料集合体の冷却材入口に異物フィルタを設け、燃料被覆管の損傷原因となり得る異物が燃料集合体内に入ることを防止するとともに、建設時の異物管理において、原子炉につながる系統において異物の発生源となるワイヤブラシを原則使用しないなど、徹底した異物混入防止管理を行ってきたし、運転を開始した後も同様の異物管理を行うとともに、冷却材中の放射能を監視するなどの方法によって、常時燃料被覆管の健全性を確認することとしている。(被告最終準備書面第2章第2の4(2)ウ(カ))
(ウ) 判断
上記(ア)cで認定した事実によれば、上記福島第二原子力発電所3号機の異常事象の主因は、再循環ポンプの設計ミスにあると考えられるところ、証拠〔乙8(15)、証人B(<1>25、26、<2>3)〕によれば、本件原子炉施設のインターナルポンプは、通常回転速度と固有の危険速度(固有振動数と一致する振動を生じ、共振によって大きな振動が発生するような回転速度)とが大きく離れるように設計されていることが認められるから、本件原子炉施設において福島第二原子力発電所3号機での上記異常事象と同様の、すなわちインターナルポンプの本体や羽根車が破損する異常事象が起こる具体的な可能性があるとは認め難い。
また、証拠〔乙8(15)、乙29(6、26)、証人B(<1>26)、証人E(<1>3ないし5、<2>68ないし70、74、75)〕によれば、本件原子炉施設においては、燃料集合体の全てについて冷却材が流れ込む入口部にストレーナを設置した上、前記(ア)eで認定した柏崎刈羽原子力発電所7号機での異常事象の原因となったと考えられるワイヤブラシについて、原子炉につながる系統での使用を建設時において原則として禁止したし、今後もこれを禁止するとともに、原子炉につながる配管や炉内の清掃を強化する、といった対策を講じることが予定されていることが認められるから、本件原子炉において、金属片等の異物が炉心に流入する具体的な可能性があるとは認め難い。更に、証拠〔乙29(6)、証人E(<1>4)〕によれば、本件原子炉施設のインターナルポンプには、振動計測用センサを設置してあり、振動が異常に大きくなった場合、中央制御室に警報を発報する仕組みになっていること、上記福島第二原子力発電所3号機の異常事象をふまえ、振動警報が発報した際には、その原因が検出器の誤作動や地震の影響によるものであることが明らかである場合を除いて直ちにポンプを停止するとの運転手順を定める予定であることが認められるから、仮にインターナルポンプが損傷しても、これが大事故につながることは想定し難い。
そうすると、本件原子炉内に金属片が発生、流入することによって、本件原子炉施設に周辺公衆が許容限度を超える放射線に被ばくするに足りる放射性物質の放出をもたらすような事故等が発生する具体的可能性があることが相当程度立証されたということはできない。
イ インターナルポンプ停止に伴う炉内不安定性の増大について
(ア) 当事者の主張の要旨
a 原告ら
(a) 従来型BWRの再循環ポンプは羽根車が大きいため、停止後もコーストダウン(停止後も慣性力で回る状態)により徐々に再循環流量が低下するが、羽根車の小さいインターナルポンプでは、コーストダウンがほとんどなく、停止とほぼ同時に流量が零になり、原子炉出力の変動につながる。1、2台が停止した場合は、他のポンプの出力を調整することによって炉心出力を安定させることができるが、5、6台以上停止した場合は、原子炉出力が不安定となる。
(b) 例えば主電源装置の破損や焼損、ケーブルの断線などが起きれば、複数台のインターナルポンプの同時停止が起こり得る。その場合に、原子炉が停止できなければ重大事故につながる。
(c) 特に、再循環流量が減少した場合、出力発振(出力が振動を始め、その振動の幅が減衰しないで拡大していくこと)を引き起こす可能性があり、同時にスクラムが失敗した場合、原子炉の出力が大きく変動し、局所的には燃料の限界を超えることも考えられる。(原告ら最終準備書面第3章第5の2(3))
b 被告
(a) インターナルポンプの駆動電動機に電源を供給する可変周波数電源装置は、10台のポンプ各々に独立して接続しているから、電源装置の単一の故障を想定しても、2台以上のポンプが同時に停止することはない。
(b) 被告は、インターナルポンプのうち3台が同時に停止し、炉心内の熱除去が異常に変化する事象等について評価を行い、本件原子炉施設は、燃料被覆管及び原子炉冷却材圧力バウンダリの各健全性を十分確保するものであることを確認した。
(c) インターナルポンプのうち6台の電源装置には、慣性の大きなフライホイール付きの原子炉冷却材再循環ポンプMGセットを介して電源を供給しており、電源の供給が瞬時に停止しても、フライホイールが回り続けることによって、しばらくの間は発電機が発電し続け、各ポンプに対して3秒以上電源を供給し続けることができるから、ポンプ10台の電源母線が全て同時に停電しても炉心流量は瞬時に零にはならない。
(d) 被告は、インターナルポンプ10台が全て同時に停止することにより炉心冷却状態が著しく変化する事象等について評価を行い、本件原子炉施設における工学的安全施設は、放射性物質の環境への大量放出を防止できることを確認した。
(被告最終準備書面第2章第2の4(3)エ、(4)オ)
(イ) 判断
a 文中に記載した証拠によれば、次の事実が認められる。
(a) 本件原子炉施設の所内電源系統は、別紙14「所内単線結線図」のとおりであり、通常運転時には、所内電力は、発電機から500キロボルト送電線2回線と275キロボルト送電線2回線で構成された送電線を通して受電する。高圧母線は常用4母線及び非常用3母線で、低圧母線は、常用6母線、非常用6母線でそれぞれ構成されている。また、蓄電池を設け、交流の計測制御電源として無停電交流電源が設けられ、非常用所内電源及び常用所内電源として直流電源設備が設けられている。〔乙6(添8-8-1ないし28)〕
(b) 上記「所内単線結線図」のとおり、10台のインターナルポンプにはそれぞれ原子炉冷却材再循環ポンプ可変周波数電源装置(以下「可変周波数電源装置」という。)が取り付けられ(その間の接続は1系統)、インターナルポンプの駆動電動機の電源の周波数を変化させてポンプの回転数を上下させる仕組みになっている。また、インターナルポンプのうち4台は、1系統に2台ずつ、2系統の常用母線に直接接続されており、残りの6台は、原子炉冷却材再循環ポンプMGセット(電動機と発電機を組み合わせた装置。常用母線の電源でMGセット内の発電機を回し、改めて発電して、この電気でインターナルポンプの電動機を回す仕組みになっている。)を介して1系統に3台ずつ、別の2系統の常用母線に接続されており、常用母線からの給電が瞬時に停止しても、慣性の大きなフライホイール(弾み車)が回り続けることによってMGセット内の発電機が発電を続け、インターナルポンプの電動機に3秒間以上給電する仕組みになっている。インターナルポンプの配置については、同じ電源につながるポンプが隣り合わないように、2台接続されている電源系統では各ポンプは対角線上に、3台接続されている電源系統では各ポンプは三角形に配置されている。〔乙6(添8-8-28)、乙29(7、8)、証人B(<1>21、22)、証人C(<1>8ないし10、<2>1ないし4)、証人E(<1>5、6)〕
本件原子炉施設のインターナルポンプ及び同駆動電動機の回転半減時間(給電停止後にポンプの回転数が定格炉心流量に対応する回転数からその半分の回転数になるまでの時間)は約0.7秒である。〔乙6(添8-4-11、10-2-14)、乙29(8)〕
(c) 被告は、縮小モデルを使った実験を行い、インターナルポンプが1台ないし3台停止しても、炉心下部プレナム(別紙13「原子炉圧力容器内の原子炉冷却材の流れ」参照)で十分混合され、冷却材は均一に炉心に入って行くことを確認した。
被告は、インターナルポンプ3台がトリップ(緊急停止)して原子炉冷却材流量が部分喪失したと想定した場合の安全解析をしたところ、原子炉はスクラムせず、中性子束は定格値の約107パーセントまで増加するが、表面熱流束は初期値を超えず、MCPR(沸騰遷移(燃料被覆管を通しての熱除去が不足し、燃料被覆管の表面が蒸気で覆われた状態になり始めること。沸騰遷移が生ずると、燃料被覆管が焼損する危険性が生じる。)が生じる燃料棒を極めて少なくするための指標)は1.16以上を維持するという結果を得た。また、インターナルポンプ全台が停止し、原子炉冷却材流量が喪失したと想定した場合の安全解析をしたところ、原子炉は、炉心流量急減信号によりスクラムする一方、炉心流量の急減によってボイド量が増加して炉心に負の反応度が投入され、中性子束及び表面熱流束は初期値を超えることがなく、ボイドの増加による原子炉水位の上昇によってタービントリップが生じ、事故が拡大する恐れはなく、燃料被覆管の温度上昇は短期間で収まって、燃料棒に破裂が生じることもないとの結果を得た。
そして、これらの解析結果は、原子力安全委員会の安全審査でも妥当なものとの評価を受けた。〔乙6(添10-2-14、10-2-15、10-2-36)、乙8(6)、乙31(92)、証人B(<1>22)〕
b 上記事実によれば、本件原子炉施設においては、常用母線が停電した場合の影響を小さくするために、一つの常用母線に接続されているインターナルポンプを最大でも3台に止め、しかも6台にはMGセットを設置してインターナルポンプが直ちに停止するのを防ぐ等の工夫をしている。そして、常用母線の一つが停電して、インターナルポンプ3台が同時に停止した場合の安全が確認されており、また全インターナルポンプが同時停止した場合の安全も確認されている。
なお、証拠〔甲78、甲242(130ないし133)、甲636の2(10、11)、甲804(5)、乙7の3(34)〕によれば、昭和63年2月1日、定格出力運転中の浜岡原子力発電所1号機において、無停電電源装置の電磁式スイッチの焼損により原子炉再循環ポンプの潤滑油温度検出器の電源が喪失したため、原子炉再循環ポンプ駆動装置の「潤滑油温度高」の信号が発生し、原子炉再循環ポンプ2台が停止するという異常事象が発生したことが認められるが、このことが構造の異なる本件原子炉における全インターナルポンプ停止の危険性を裏付けるとはいえない。
また、証拠〔甲742(48)、甲797(1、7、24)、甲804(6、7)、証人C(<1>14、15、17)〕によれば、平成11年7月28日午前2時11分、定格出力運転中の柏崎刈羽原子力発電所7号機において、10台あるインターナルポンプのうち1台が停止し、点検調査の結果、当該ポンプの駆動用電動機の中性点側Z相ケーブルの端子取付作業時にケーブル押さえ板部がゆるんだままだったため、運転に伴って、当該ケーブルと端子台とが共振し、端子部にひびが発生・進展して破断したことにより、単相運転となった当該ポンプの駆動用電動機の可変周波数電源装置に過電流が流れたものと推定されたこと、もう1台のインターナルポンプでも、端子にひび割れが認められたことが認められるが、上記異常事象の原因となった押さえ板部のゆるみが本件原子炉施設でも発生し得ることを具体的に窺わせるに足りる証拠はない。
そうすると、ABWRにおいては、インターナルポンプが停止した場合のコーストダウンがほとんどないため、従来型BWRに比べて停止に伴う炉内不安定性が増大するとしても、だからといって、そのことが理由で、本件原子炉施設に周辺公衆が許容限度を超える放射線に被ばくするに足りる放射性物質の放出をもたらすような事故等が発生する具体的可能性があることが相当程度立証されたとはいえない。
ウ インターナルポンプケーシングの取付部の破損について
(ア) 当事者の主張の要旨
a 原告ら
インターナルポンプケーシングの取付部の溶接線にも従来型BWR再循環系配管のひび割れと同質の問題があり、現に東京電力では柏崎刈羽原子力発電所6号機及び7号機においてこの溶接線の点検を強化している。10台のインターナルポンプケーシングの取付部が同時破断してしまえば、従来型BWR系出口配管の破断と同様の急激な冷却材喪失事故となる。(原告ら最終準備書面第3章第5の2(4))
b 被告
原子炉圧力容器とインターナルポンプケーシングの取付部は、通常運転時、異常な過渡変化時及び事故時にそれぞれ想定される圧力・温度に耐え得る強度を持つとともに、設計用限界地震が発生してもその健全性が維持できる設計としており、運転開始後も点検することから、溶接部の破断によるポンプの脱落は考えられない。また、上記取付部は、実規模大の原子炉分割モデルを用いた各種試験により信頼性、健全性が確認されている。更に、仮に上記取付部が破断し、ポンプが脱落しても、ポンプの軸に設けられた突起部が穴をふさぐため、冷却材が大量に漏れることはない。(被告最終準備書面第2章第2の4(2)エ(イ))
(イ) 判断
本件原子炉施設において、10台のインターナルポンプケーシングの取付部が同時破断する具体的可能性があることを認めるに足る証拠はない。
かえって、証拠〔甲339(60)、乙6(添8-4-49)、乙8(14、図4)、証人B(<1>22ないし24、<2>32、33)、証人C(<2>12、13)、証人E(<1>18、19)〕によれば、本件原子炉施設の原子炉圧力容器及びインターナルポンプケーシングの材質は共に低合金鋼であること、低合金鋼を使用した部位に応力腐食割れが生じた例は知られていないこと、被告は、インターナルポンプケーシングの取付部について、定期検査の際に計画的に漏えい試験や超音波探傷試験を実施する予定であること、インターナルポンプが原子炉圧力容器から脱落するのを防止するために突起部が設けられていること、このため、仮にインターナルポンプケーシング等の破断を想定しても、破断面積は、従来型BWRプラントに設置されている小口径の原子炉圧力容器底部ドレン配管(直径2インチ)より小さいものとなること、以上の事実が認められる。
そうすると、本件原子炉施設において、10台のインターナルポンプケーシング部が同時破断することは想定し難い上、仮に上記同時破断が発生したとしても、ECCSの対応能力を超える急激な冷却材喪失事故が生ずる具体的可能性があることが立証されたということはできない。
エ 柏崎刈羽原子力発電所7号機インターナルポンプ停止事故の原因について
(ア) 前提事実
前記イ(イ)bで認定したとおり、平成11年7月28日午前2時11分、定格出力運転中の柏崎刈羽原子力発電所7号機において、10台あるインターナルポンプのうち1台が停止し、点検調査の結果、当該ポンプの駆動用電動機の中性点側Z相ケーブルの端子取付作業時にーブル押さえ板部がゆるんだままだったため、インターナルポンプ運転に伴って、当該ケーブルと端子台とが共振し、端子部にひびが発生・進展して破断したことにより、単相運転となった当該ポンプの駆動用電動機の可変周波数電源装置に過電流が流れたものと推定され、更にもう1台のインターナルポンプでも、端子にひび割れが認められた。
(イ) 原告らの主張の要旨
電力事業者は、福島第二原子力発電所3号機で再循環ポンプ回転体と水中軸受けリングとの共振破壊を経験し(前記(1)ア(ア)c)、それ以後も何度も振動疲労により機器の破損事故を繰り返しているのに、同じ原因で(ア)の事故を起こしたものである。このような電気事業者の体質は、今後、原子力発電所において極めて厳しい事故を引き起こす要因となり得る。(原告ら最終準備書面第3章第5の2(5))
(ウ) 判断
(ア)の異常事象が生じたというだけでは、本件原子炉施設に周辺公衆が許容限度を超える放射線に被ばくするに足りる放射性物質の放出をもたらすような事故等が発生する具体的危険性があることが相当程度立証されたとはいえない。
(2) 改良型制御棒駆動機構の危険性の主張について
ア 前提事実
当事者間に争いのない事実、証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(ア) 本件原子炉施設の制御棒駆動機構の概要は別紙15「改良型制御棒駆動機構(FMCRD)の採用」及び別紙16「FMCRD構造図」のとおりであり、通常操作時の制御棒の挿入・引き抜きは電動駆動で行い、スクラム時の制御棒の挿入は水圧駆動で行う。スクラム時には、スクラム水を炉内に流す構造としているので、制御棒駆動装置内の水を排出する系統(スクラム排出系)は削除されている。〔甲339(61)、乙4(36)、乙6(添8-3-32ないし35、8-3-37ないし42、8-3-116、8-3-122、8-3-126)、乙8(16、図5、図6)、証人B(<1>30ないし32)〕
(イ) 本件原子炉施設の制御棒のスクラム挿入速度は、全ストロークの60パーセント挿入時間が全炉心平均で1.44秒以下、100パーセント挿入時間が全炉心平均で2.8秒以下である。被告は、本件許可申請書に、このスクラム速度を前提に運転時の異常な過渡変化、事故の安全解析を実施し、原子炉の安全確保上問題のないことを確認した旨記載して提出し、この解析結果は、原子力安全委員会の安全審査でも妥当なものとの評価を受けた。〔乙6(添8-3-41、8-3-105)、乙8(16)、証人B(<1>32、33)〕
イ 当事者の主張の要旨
(ア) 原告ら
本件原子炉施設では水圧式のスクラム時間が従来型BWR(100パーセント挿入時間が2.16秒以下)よりも遅くなっており、安全性無視である。(原告ら最終準備書面第3章第5の3)
(イ) 被告
解析評価により制御棒の緊急時の挿入時間で安全上問題のないことを確認している。(被告最終準備書面第2章第2の4(3)ウ(イ))
ウ 判断
前記第1章第2の2(4)ウで認定したとおり、制御棒は中性子を吸収することによって炉心の出力を制御する設備であることからすれば、制御棒の出力制御能力は、単に炉心に挿入された長さだけで決まるものではなく、中性子の吸収能力や制御棒の数、炉心内の中性子が集中する部分との位置関係などの様々な要因によって決まるものと考えられる。そして、本件原子炉施設の制御棒駆動機構は安全審査においても安全保護設備として妥当なものと評価されていることを考慮すると、仮に本件原子炉施設のスクラム挿入速度が従来型BWRよりも遅くなっているとしても、それだけでは、本件原子炉施設に周辺公衆が許容限度を超える放射線に被ばくするに足りる放射性物質の放出をもたらすような事故等が発生する具体的可能性が相当程度立証されたとはいえない。
(3) 縮小されたECCSの問題点の主張について
ア 前提事実
当事者間に争いのない事実、文中に記載した証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(ア) ECCSは、軽水炉の配管等の破断による冷却材喪失事故時に、炉心の冷却可能な形状(燃料棒からの熱除去が、定量的又は半定量的に推定できるような形状)を維持しつつこれを冷却し、もって放射性核分裂生成物の周辺への放出を抑制することを目的として設けられ〔乙4(76)、乙9(222)〕、<1>炉心の冠水を維持するという炉心冷却機能、<2>事故後の原子炉圧力を圧力抑制室(サプレッション・チェンバ)への蒸気放出によって強制的に減圧し、冷却材注入を促進するという原子炉減圧機能、<3>長半減期核種の崩壊熱により蒸発する冷却材を補い、炉心の冠水を維持するとともに、圧力抑制室に移行した崩壊熱を残留熱除去設備等を通じて系外に放出するという長期にわたる炉心崩壊熱の除去機能を持つ〔乙4(77、79、81)、乙6(添8-4-36ないし42)〕。
ECCSは、安全設計審査指針や原子力安全委員会の「軽水型動力炉の非常用炉心冷却系の性能評価指針」(昭和56年7月20日同委員会決定)をふまえて、<1>燃料被覆の破損拡大を防止し、炉心形状を保持するために、燃料被覆の最高温度を1200度以下に、局所的な水-金属反応を燃料被覆管厚さの15パーセント以下にそれぞれ制限する、<2>原子炉格納容器の健全性を保持するために、水-金属反応量を炉心内のジルカロイの1パーセント以下の値に制限する、<3>長半減期核種の崩壊熱を除去するため、炉心形状を保持した上で、長期的に炉心冷却し得る能力を保持する、という基準を満足するように設計される〔乙4(76、77)、乙6(添8-4-70)、乙7の1(34ないし36)、乙9(223、224、240ないし243)〕。
(イ) 本件原子炉施設のECCSの構成は、別紙17「非常用炉心冷却系系統概要図」のとおりである。高圧炉心注水系は、想定される全ての圧力領域に対して冷却材を炉心に注水する能力を有しており、高圧注水スパージャ(別紙10「原子炉圧力容器内部構造図(見取図)」参照)からシュラウドの内側に注水する。低圧注水系は、原子炉格納容器と原子炉圧力容器との差圧が低下した場合に冷却材を炉心に注水する能力を有しており、低圧注水スパージャ(同別紙参照)からシュラウドの外側に注水する。自動減圧系は、原子炉蒸気を逃がし安全弁を通して圧力抑制プール水中へ逃がし、原子炉圧力を速やかに低下させて低圧注水系による注水を可能とする。原子炉隔離時冷却系は、本来は原子炉がタービン設備より隔離され、かつ給水設備も機能喪失した場合に、崩壊熱により蒸発する冷却材を補うために設けられているが、本件原子炉施設では、これを高圧炉心注水系に流用している。〔乙4(78、81ないし83)、乙6(添8-3-115、8-4-36ないし41、8-4-70)、乙8(18、19、図9)〕
ABWRである本件原子炉施設の原子炉冷却材圧力バウンダリを構成する配管には、従来型BWRの原子炉冷却材再循環配管のような炉心下部の大口径配管はなく、主蒸気管を除いては中小口径配管のみがある。そこで、これらの中小口径配管が破断しても、冷却材の流出流量が小さいため、ECCSにより原子炉へ注水する水の量は少なくて済むが、原子炉圧力容器内の圧力は余り下がらないので、高圧時の注水がより重要となるという考え方に基づき、本件原子炉施設では、高圧炉心注水系を従来型BWRでは1系統であったのを3系統に増やし、低圧注水系を従来型BWRでは4系統であったのを3系統に減らし、自動減圧系がECCSの起動信号が出てから作動を開始する時間を、従来型BWRでは120秒を要していたのを30秒に短縮した。〔甲434(7)、乙8(18、19)、証人B(<1>40ないし44)、証人C(<1>19、20)〕
(ウ) 被告は、LOCA時の事故として、冷却材の保有量の低下が最大となる高圧炉心注水系配管の両端破断事故を想定して解析したところ、破断配管とは別区分の高圧炉心注水系1系統及び低圧炉心注水系1系統が作動しないなどの仮定を行っても、事故後、炉心は常に冠水しており、燃料被覆管の最高温度が約600度に止まるなど、前記ア(ア)で認定した基準を満足することを確認し、この解析結果は、原子力安全委員会の安全審査でも妥当なものとの評価を受けた〔乙6(添10-3-6ないし10)、乙8(19)、乙31(101ないし104)〕。
イ 当事者の主張の要旨
(ア) 原告ら
a ABWRでは再循環系配管が廃止されたことを理由として、ECCSの低圧注水系1系統が廃止され、高圧注入系が追加されたが、インターナルポンプのノズル10基が炉心底部にあるから、必ずしも炉心底部からの冷却材喪失事故を考慮しなくてもよいということにはならないこと、主蒸気系統の破断など、従来の低圧注入系統で対処しなければならない事故の可能性はいささかも減ったわけではないこと等に照らすと、低圧注水系を減少させる合理的理由がないから、ABWRは、安全性が低下している。
b 小中口径配管の破断や小規模亀裂の発生による冷却材喪失事故では、炉心の水は減り続けるものの炉内の圧力が下がらないという現象が起きるところ、高圧炉心注水系を増加させたのは、原子炉内部の圧力がまだ高い環境下でのECCSからの冷却材投入が簡単ではないことを暗に認めた結果であると思われるが、高圧炉心注水系を増やしても、原子炉圧力容器内部の減圧ができなければ、注水できないことに変わりはないから、高圧炉心注水系1系統を追加したことで安全性を確保することができたとはいえない。
(原告ら最終準備書面第3章第5の4)
(イ) 被告
ECCSの機能で重要な要素は、原子炉圧力容器につながる配管が破断した際の原子炉への注水能力(容量)であるが、本件原子炉施設では、従来型BWRのような再循環系の配管が不要となったから、必要なECCSの容量は相対的に小さくなった。ECCSに必要とされる容量は、原子炉の熱出力によって一義的に決まるものではなく、想定される配管の破断部からの冷却材の流出量で決まるものである。
(第2章第2の4(4)イ)
ウ 判断
(ア) 前記(1)ウ(イ)で説示したとおり、本件原子炉施設において、10台のインターナルポンプケーシング部が同時破断する具体的可能性があることが立証されたということはできないし、仮に上記同時破断が発生したとしても、ECCSの対応能力を超える急激な冷却材喪失事故が生ずる具体的可能性があることが立証されたということはできない。
(イ) ECCSは、LOCA時に喪失した冷却材を補うことによって、燃料被覆や原子炉圧力容器といった放射性物質の環境中への放出を防いでいる各種設備が大規模に破損するのを食い止めるための設備である。そうすると、ECCSの能力が十分か否かは、冷却材の喪失量以上の注水が可能か否かによって決まるところ、証拠〔証人C(<1>22、<2>15、29、30)〕中には、逃がし安全弁が開固着すると、冷却材の喪失につながるとの部分があるが、前記ア(ウ)で認定した事実及び証拠〔乙29(17、18)、証人E(<1>20ないし23、<2>61)〕によれば、逃がし安全弁が開固着しても、その開口部面積は約100平方センチメートルであって、主蒸気管の断面積(約1000平方センチメートル)よりもはるかに小さいこと、主蒸気管破断時よりも高圧炉心注水系の配管破断時の方が冷却材の保有量の低下が大きくなること、以上の事実が認められるから、前記ア(ウ)で認定した解析結果によれば、逃がし安全弁開固着事象が生じてもECCSの能力が不足するとはいえない。
更に、本件全証拠によるも、本件原子炉において、被告の解析や安全審査の対象となっている高圧炉心注水系配管の破断以上に冷却材の保有量の低下が大きくなる異常状態が発生する可能性があると認めるに足る証拠がないから、低圧注水系1系統が廃止されたことによって本件原子炉施設に周辺公衆が許容限度を超える放射線に被ばくするに足りる放射性物質の放出をもたらすような事故等が発生する具体的可能性があることが相当程度立証されたとはいえない。
(ウ) なお、高圧炉心注水系1系統の増設によってECCSの能力が向上したことは明らかである。原告らは、原子炉圧力容器内の減圧ができないから上記増設の意味がないかの如く主張するが、冷却材の漏えいが続くと、原子炉圧力が下がり、ECCSの送出圧力との差圧が増大するから、上記主張は採用できない。
(4) ABWRは経済性優先の原子炉であるとの主張について
ア 定期検査の短縮の問題について
(ア) 前提事実
実用発電用原子炉の設置者は、経済産業省令で定めるところにより、原子炉本体、原子炉冷却系統設備、原子炉格納施設等の設備について、経済産業大臣及び独立行政法人原子力安全基盤機構が13か月を超えない期間に1回、その施設が経済産業省令で定める技術上の基準に適合しているかについて行う検査(施設定期検査)を受けなければならない(電気事業法54条、同法施行規則90条ないし91条)。
(イ) 原告らの主張の要旨
各原子力発電所では、定期検査の期間の短縮が進められ、他方、定期検査と定期検査との間隔は長期化が進められつつある。従来型BWRでは、定期検査機関は68日であったが、本件原子炉では、55日に短縮することが予定されており、更に29日への短縮が目指されているものと推測される。これらは、安全よりも経済性を優先する姿勢の現れである。(原告ら最終準備書面第3章第5の5)
(ウ) 判断
証拠〔甲160(29)、甲339(58)、甲434(428)、甲587、甲736(137ないし140)、甲737(15、16)、甲748(6)、乙7の5(2、3)、証人B(<2>31)〕によれば、原子炉が1日運転を停止すれば電気事業者には数億円もの経済的損失が発生し得ること、原子力発電所の設備利用率は電気事業者の大きな関心事であり、平成14年8月に発覚した東京電力の事実隠しや記録の修正等の不適切な取扱いの背景にも同社の経済性、効率性重視の姿勢があると指摘されていることが認められる。
しかしながら、被告が、安全性を犠牲にしてまで本件原子炉の定期検査の期間を短縮し、あるいは定期検査と定期検査の間隔を長期化しようとしていることを認めるに足る証拠はない。定期検査の期間が従来型BWRよりも短縮することが予定されているとしても、証拠〔甲339(60)、甲434(430、431)、甲738(295)〕によれば、従来型BWRと比較すると、ABWRには、再循環系の配管、弁及び外部ポンプ等がなくなるため、原子炉格納容器がコンパクトになること、定期検査の対象となる原子炉冷却材圧力バウンダリの溶接線が減少すること、構造が簡単で、軸封部がなく、炉水漏えいの可能性の少ないウェットモータ型インターナルポンプを採用していること、改良型制御棒駆動機構は下部が取外し可能な分割型構造となっているので、炉内に設置されている部分を取り出すことなく軸封部の保守点検が可能になっていること、スクラム排出系がなくなっているため、これらの保守・点検は不要であること等、定期点検が短縮できる合理的な根拠があることが認められるから、定期検査の期間の短縮を予定していることが安全を軽視し、経済性を優先する姿勢の現れと評価することはできない。
よって、原告らの前記主張は採用できない。
イ 高燃焼度燃料の採用及び「燃料被覆管の健全性確保」の虚構性について
(ア) 前提事実
証拠(甲804、証人C)によれば、平成8年8月24日から平成13年7月26日までの間、東京電力柏崎刈羽原子力発電所で、前後7回にわたって燃料の漏えいが確認されたこと、そのうち4回は、ABWRである6号機及び7号機で起こったことが認められる。
(イ) 当事者の主張の要旨
a 原告ら
(a) 柏崎刈羽原子力発電所の6号機及び7号機での燃料漏えい率は高く、従来の我が国における原子力発電所の平均的漏えい回数の約10倍に及ぶ。しかも、漏えいの原因は、従前の例では燃料被覆管にピンホールが生じたことであったが、柏崎刈羽原子力発電所6号機及び7号機では燃料被覆管に亀裂が生じたことであった。
(b) ABWRでは、新しいタイプの8×8型ないし9×9型の高燃焼度燃料を使用しており、本件原子炉でも、9×9型燃料集合体を利用することが予定されている。「高燃焼度」というのは、長時間原子炉中に入れて中性子の照射をすることを意味している。
(c) 高燃焼度燃料は、長い時間原子炉中に入れて中性子の照射をするので、時間的な意味で環境が厳しくなるし、燃料集合体のサイズはほとんど従来のものと変わらないため、1本1本の燃料棒の直径が細くなり、燃料被覆管の肉厚も薄く作られるし、単位体積当たりの出力も高くなるから、照射量の面での過酷さも増しており、厳しい環境に置かれることになる。このことが、ABWRで燃料漏えいが増加している原因であると考えられる。
(d) 燃料被覆管の亀裂が生じれば、原子炉を停止して、破損燃料を交換する必要がある。このことは、計画外運転停止の増大によるコスト増大と安定供給の阻害を引き起こすし、破損燃料を抱えての出力振動や冷却水喪失といった過酷な事故の発生の可能性が強くなって、安全性の大幅な低下が懸念される。本件原子炉においても、燃料被覆管に穴が開き、そこから放射性物質が漏れ出すという極めて危険な事故発生の危険性が十分存する。
(原告ら最終準備書面第3章第5の5、第6の2(6))
b 被告
本件原子炉では、9×9型燃料を使用する予定である。これは、使用済燃料の発生量を低減するために、従来の燃料に比べてウラン235の濃縮度を若干増やし、更なる高燃焼度化を図るとともに、燃料棒の負担を軽減するために燃料棒の配列を従来の8行8列から9行9列として、燃料棒の数を増やしたものである。本件原子炉施設の燃料の設計に当たっては、燃料棒の照射試験等の知見をもとに、炉内滞在期間の長期化及び中性子照射量の増加による燃料被覆管の機械的強度等への影響を考慮し、また、燃料被覆管の製造工程で、超音波探傷試験によりその欠陥の有無及びその端栓の溶接部の健全性をそれぞれ確認するとともに、ヘリウム漏洩試験により燃料被覆管に貫通欠陥がないことを確認した。(被告最終準備書面第2章第2の4(2)ウ(ウ)ないし(キ))
(ウ) 判断
先行ABWRである柏崎刈羽原子力発電所6号機及び7号機で燃料漏えいが多発していることから、原告らが、本件原子炉においても同様の事態が生じ、これが事故に結びつくのではないかとの危惧を抱いていることは理解できないではない。また、証拠〔甲347(29)、証人C(<1>53)〕によれば、原子炉の運転を再開する時に、浸水燃料(被覆管に穴が開いて水が入り込んだ燃料)があり、たまたま反応度事故を起こしたとすると、燃料棒中の水は瞬時に加熱されて水蒸気爆発を起こすと指摘されていることが認められる。
しかしながら、証拠〔乙4(89、90)、乙6(添8-3-10ないし18、8-3-67ないし73、8-4-63)、乙8(6、19)〕によれば、本件原子炉施設においては、線出力密度(燃料棒の単位長さ当たりの出力)を燃料被覆管が燃料ペレットの膨張により機械的に損傷する可能性のある約75キロワット毎メートルより十分低い44キロワット毎メートル以下として平常運転されること、燃料ペレットから浸出した気体状の核分裂生成物による内圧や冷却材による外圧等に耐え得る強度の燃料被覆管を使用していること、燃料被覆管の腐食を防止するため、材料として耐食性に優れたジルコニウム合金を用いるとともに、冷却材中の不純物を除去するため、原子炉冷却材浄化系及び復水浄化系が設けられていること、燃料被覆管の製造工程において、超音波探傷試験、ヘリウム漏えい試験などにより燃料被覆管の健全性が確認されること、9×9型燃料は、燃料棒内に封入するヘリウムガスの圧力を従来より高めることで、燃焼度を高めても核分裂生成物のガスがペレットから放出されるのを抑えていること等の事実が認められるから、被告は、燃料の漏えいを防ぐために相当の対策をとっているというべきであるし、証拠〔乙9(873ないし889)〕によれば、原子力安全委員会は、9×9型燃料集合体の基本設計である熱・機械設計及び熱水力設計は妥当であると判断していることが認められるから、本件原子炉で燃料の漏えいが異常に増加するとまでは認め難い。そして、証拠〔甲713(36、37、40)、甲742(41、42、45、47、50)、乙8(6)、乙29(26、27)、証人E(<1>32)〕によれば、ABWRプラントには冷却材や排ガス中の放射線や放射能を監視するプロセス放射線モニタリング設備が設けられていること、柏崎刈羽原子力発電の6号機及び7号機では5回の燃料漏えい事象が報告されているが、いずれの場合も同原子力発電所のプロセス放射線モニタリング設備が燃料集合体1体又は2体の破損によるわずかな放射線等の変化を検出したことが認められるから、本件原子炉においても、燃料被覆管の破損を運転員が看過する可能性が具体的にあるとは認め難い。
更に、証拠〔乙6(添10-3-28)、乙31(108)、証人E〕及び弁論の全趣旨によれば、被告は、炉心の一部が浸水燃料であったと仮定した上で、反応度事故である制御棒落下が生じた場合を解析したが、原子炉圧力容器の健全性が維持されるとの結論を得たこと、これは、本件原子炉の安全審査でも妥当なものとの評価を受けたことが認められる。
そうすると、本件原子炉施設が高燃焼度燃料を採用したこと及び先行ABWRで従来以上の頻度で燃料漏えい事象が発生したことだけでは、本件原子炉の周辺公衆に許容限度を超える放射線被ばくをもたらす程度の放射性物質が環境中に放出される具体的可能性が相当程度立証されたということはできない。
6 安全システムの虚構性の主張について
(1) 原子炉の固有の安全性、自己制御性の不完全性について
ア 前提事実
前記第1章の第2の2(4)で認定した事実に文中に記載した証拠及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
BWRには、核分裂反応が増加した場合これを減じようとする性質(自己制御性。固有の安全性ともいう。)がある。
即ち、炉心状態の変化が出力や中性子の生成・消滅に変化をもたらす度合いを「反応度」といい、燃料温度、ボイド(減速材の蒸気泡)量、冷却材温度がそれぞれ1単位変化するのに見合った炉心の反応度量の変化を「反応度係数」というところ、BWRの原子炉は、核分裂反応の増加によって燃料の温度が上昇すると、<1>中性子がウラン238に吸収される割合が高くなり、その分ウラン235に吸収される中性子の数が少なくなるので、核分裂反応が減少する(ドップラー効果)、<2>ボイドが多くなり、水素原子の密度が下がるので、中性子が減速され難くなり、核分裂反応が減少する(ボイド効果)、<3>減速材の温度が上昇し、密度が減少するので、中性子が減速されにくくなり、核分裂反応が減少する(減速材の温度効果)という性質を持つよう設計されており、ドップラー係数、ボイド係数及び減速材反応度係数は、いずれも負ということになる。〔甲64の2(92ないし94)、甲73(60)、甲636の1(3、5)、乙1(19)、乙2(32、33)、乙4(11、12)、乙6(添8-3-56ないし60)、乙7の1(8、9)、乙7の2(38ないし41)、乙8(3、4)、証人B(<1>7、8)〕
イ 原告らの主張の要旨
BWRのドップラー効果、ボイド効果、減速材の温度効果による固有の安全性、自己制御性は、定常運転の範囲を外れた場合には成立せず、圧力増加や冷却水の温度低下によってボイドが消滅すれば、逆に核分裂が急増することになり(ボイド効果の逆転)、万一スクラムに失敗すれば、原子炉破損という重大な事故に至る。(原告ら最終準備書面第3章第6の1)
ウ 判断
(ア) BWRは、ドップラー効果、ボイド効果及び減速材の温度効果により、一般的には、原子炉の出力は安定に保たれるということができる。しかしながら、ボイド係数が負の値であるということは、原子炉出力が低下していないのに何らかの理由で、例えば原子炉圧力の上昇(ボイドが圧力で潰されるため、また冷却材の沸点が上昇するためボイドが減少する。)、炉心冷却材温度の低下(沸点に達しない部分が増加してボイドが減少する。)、炉心冷却材流量の増加(ボイドが炉心から流し出されて減少する。)等の理由でボイドが減少した場合、正の反応度投入がなされたことになり原子炉出力は上昇するということも意味する。もちろん、原子炉出力が上昇すれば、ボイドの増加要因となるしドップラー効果や減速材の温度効果も期待できるが、仮に、ボイド減少要因がボイド増加要因よりも強く働く場合は、ボイドは全体として減少を続け、ドップラー効果や減速材の温度効果を差し引いても出力急上昇を招く恐れを否定できない。
(イ) したがって、BWRにおける上記の固有の安全性、自己制御性は、万全のものではないから、本件原子炉における事故の危険性を判断するに当たっては、想定される個々の発生原因毎に、その発生、進展のメカニズム、原子炉緊急停止系や原子炉隔離時冷却系等の安全保護設備が有効に機能するか否か等を具体的に検討する必要があるが、単に、固有の安全性、自己制御性が万全のものでないからといって、本件原子炉施設の周辺公衆が許容限度を超える放射線に被ばくするに足りる放射性物質の放出をもたらすような事故等が発生する具体的危険性があることが相当程度立証されたとはいえない。
(2) 安全性システムの虚構性の主張について
ア 当事者の主張の要旨
(ア) 原告ら
原子力発電所は多重防護の考え方で安全対策をとっているから重大事故が起こることはないという安全神話は、TMI原発事故及びチェルノブイル原発事故によって完全に崩壊した。我が国でも深刻な事故が多発している上、徐々に事故レベル即ち危険性のレベルが上がってきているから、多重防護なる事故防止対策が虚構であることは明らかである。(原告ら最終準備書面第3章第6の2)
(イ) 被告
被告は、本件原子炉施設の安全確保のため、第一に、本件原子炉で発生した放射性物質をできるだけ発電所内に閉じこめることにより運転に伴って環境に放出せざるを得ない放射性物質の量を少なくしており、第二に、多重防護の考え方に立って、自然的立地条件を十分に配慮した上、<1>異常の発生を防止し、<2>異常が発生した場合には拡大を防止し、<3>異常が拡大した場合においても、放射性物質の環境への大量放出という事態だけは確実に防止することとしている(被告最終準備書面第2章第2の1)。
イ 判断
TMI原発事故及びチェルノブイル原発事故によって、環境中に大量の放射性物質を放出する事故が現実のものとなった。我が国の原子力発電所においては、放射性物質を環境に大量に放出した事故は生じていないが、多くの異常事象が生じているし(別冊「原告ら最終準備書面」末尾の各表参照)、1990年代以降、美浜原子力発電所2号機の蒸気発生器細管破断(平成3年2月9日)、高速増殖炉もんじゅナトリウム漏れ火災(平成7年12月8日)、美浜原子力発電所3号機二次系配管破断事故(平成16年8月9日)等、重大な異常事象が起こっており、原子力発電所ではないものの、JCO再転換工場での臨界事故(平成11年9月30日)では、作業員が大量の放射線を被ばくする事態に至った(以上は、公知の事実である。)。そうすると、我が国の原子力発電所では、周辺住民に許容限度を超える放射線被ばくを発生させるような放射能の外部放出を招く事故が発生しないなどと断ずる根拠はないといわなければならない。
他方、証拠(乙2)によれば、我が国の原子力発電所では、多重防護の考え方、即ち何段構えもの対策を用意するという考え方を安全確保の基本方針とし、具体的には、<1>異常発生の防止、<2>異常の波及拡大の抑制、<3>異常拡大時の影響の緩和の3つのレベルで対策がとられてきたことが認められるところ、今日まで我が国の原子力発電所において、周辺住民に許容限度を超える放射線被ばくを発生させるような放射能の外部放出事故が生じていないから、多重防護の考え方に基づく安全確保対策が有効に機能してきたと評価することが可能である。よって、多重防護の考え方が虚構であるとする原告らの主張には賛同できない。
もっとも、今後もこれが有効に機能すると安心する根拠はないのであって、本件原子炉における今後の事故の危険性を判断するに当たっては、前記(1)ウ(イ)でも述べたとおり、想定される個々の発生原因毎に、その発生、進展のメカニズム、原子炉緊急停止系や原子炉隔離時冷却系等の安全保護設備が有効に機能するか否か等を具体的に検討すべきものである。
(3) 「異常発生防止対策」の虚構性の主張について
ア 原子炉出力の異常発生の危険性について
(ア) 前提事実
a ラサール原子力発電所で生じた異常事象
1988(昭和63)年3月9日、アメリカ合衆国イリノイ州シカゴ市近郊にあるラサール原子力発電所2号炉(BWR)において、微差圧スイッチの機能試験を実施中、一人の計器保守技術者が、うっかり炉内水位回路と基準水位回路の等化バルブを開けてしまい、両回路が結合してしまった。そのため、両回路間の圧力等化が生じ、給水位制御システムに見掛け上高い水位が表示され、そのために給水ポンプが給水を減少させてしまった。同技術者は、バルブ操作のミスに気付き、直ちに基準水位回路を炉内水位回路から切り離したが、そのため水位レベルが低指示値のままになってしまった。それによって、同じ基準水位回路を使っている他の水位スイッチが作動し、ATWS(スクラムしない過渡変化)信号によって原子炉再循環ポンプトリップ(急停止)が生じた。この再循環ポンプトリップによって原子炉出力が84パーセントから約40パーセントに急激に低下し、そのため給水加熱器の高レベル警報が出され、加熱器が自動的に隔離され始めた。このことが給水温度の低下を招き、負の減速材温度係数により正の反応度が投入された。これに対して運転員は、水位変化を十分に把握しながら給水位を制御し、給水加熱と再循環ポンプの再起動を行おうとした。しかし、再循環ポンプの再起動の試みは不成功に終わった。
この原子炉は、この事故の前には85パーセント出力だったため、制御棒ラインが高い状態にあり、また自然循環のため低流量状態にあったため、炉心領域における急激なボイドの生成と消滅により、中性子束発振が始まった。事故発生後約5分で、LPRM(局所出力領域モニタ)により多数の出力高や出力低の警報が記録された。また、APRM(平均出力領域モニタ)レコーダーは、2ないし3秒間毎に最大出力の25パーセントから50パーセントの間で発振していた。しかし、このAPRMレコーダーには限界があったため、実際の中性子束発振(約75パーセントの出力)はレコーダーの表示値よりも大きかった。制御室の運転員らが原子炉を手動で停止しようとしていたときに、中性子束高トリップ(APRMで118パーセント)により炉は自動的にスクラムした。そのスクラム直前に、定格時の105パーセントに設定していたLPRM高の警報の大半が点灯した。〔甲73(67、68)、甲77の1、2、甲242(134ないし137)、甲243(14、15)、甲347(1)、甲636の1(23ないし34)、甲636の2(1)、乙7の5(34、35)〕
b ラサール原子力発電所2号炉の前記aの異常事象について、アメリカ合衆国原子力規制委員会(NRC)をはじめとする規制当局や学会、産業界などにおいて、議論がなされ、上記異常事象は、次の点において重大な事象であるとされた。
(a) ATWS(スクラムが失敗すること)対策として設定されていた再循環ポンプの2台トリップ(炉心流量を減少し、ボイドを増やし、ボイド効果で出力を低下させるという方法)が、その一方で出力振動を引き起こすような不安定領域へ原子炉を導いてしまうという危険性を有していることが判明したこと
(b) 減幅比(出力の波のピークが小さくなって行く割合)が1を超えることがない解析結果が出ているのに、実際に出力発振を起こしたこと
(c) 出力振動の最中に運転員の誤操作(例えば、再循環ポンプの再起動)や主蒸気隔離弁の閉鎖などが重畳して反応度が投入されたりすれば、出力が急増する可能性が考えられたこと
(d) ラサール原子力発電所2号炉を含む大半の原子炉では「中性子束高」のスクラム信号が炉心全体の出力を監視するAPRMによって発せられるようになっているが、これは炉心の局所的な出力を監視しているいくつかのLPRMの値を平均したものであるため、炉心内で振動の位相が異なる部分がある場合にはスクラム信号を発信できず、局所的には燃料棒が破損するようなレベルにまで出力が振動・上昇する可能性があること
そして、NRCは、1988年6月7日に発表した特別報告において、BWRの事業者に対し、出力振動が生じやすい低炉心流量高出力領域での運転を避けることを勧告した。〔甲347(15、16)、甲636の1(30)、甲636の2(2、4、9)、乙6(添8-7-38、8-7-39)、証人C(<2>8頁)〕
c イタリアのカオルソ原子力発電所(BWR)では、1982(昭和57)年には原子炉起動時に、1983(昭和58年)には再循環ポンプ1台停止及び給水加熱喪失により、それぞれ出力振動が発生し、APRM高によりスクラムした。
また、インターナルポンプを持つ原子力発電所でも、スウェーデンのフォルスマルク原子力発電所1号機では、1987(昭和62)年8月20日に周期2秒の振動がAPRMとLPRMの両方で観測され、全体的には同位相で振動していたが、時々逆位相になるところもあり、振動場所が次々と移動したことが明らかになった。その他にも、安定性試験における出力振動や運転中における出力振動は相当数報告されている。〔甲347(16ないし20、表3-1)、証人B(<2>41、42)、証人C(<1>11、12)、証人E(<2>18、19)〕
d 出力振動を起こし易くなる炉の構造・動特性として、ボイド係数が大きいこと、細い燃料棒、炉心下部にピークのある出力分布、炉心中央部に高出力燃料集合体が多いこと、炉心流量が少なく原子炉出力が高い状態で運転すること等が指摘されているが、出力振動が起こる機序は完全に解明されたとはいえない。
炉心安定性の解析手法については、炉心全体を径方向には一様なものとして模擬し、縦方向の物理量の変化のみを考える一次元解析から、完全な三次元時間領域解析まで、様々な解析コードが競って開発されているが、出力振動を全て模擬できる解析手法は開発されていない。〔甲347(15、25ないし32頁、甲246(106)、甲636の1(30、31)、甲636の2(11ないし13)、乙7の5(35ないし44)、乙29(10、11)〕
(イ) 当事者の主張の要旨
a 原告ら
ラサール原子力発電所2号機での出力振動に止まらず、インターナルポンプを持つ原子炉でも、1987(昭和62)年2月22日にはフィンランドのTVO-1原子力発電所で、同年8月20日にはスウェーデンのフォルスマルク原子力発電所1号機で出力振動が発生したし、ドイツのブルンスビュッテル原子力発電所、スウェーデンのオスカーシャム原子力発電所3号機でも出力振動が発生した。
出力振動の様式は未だ解明されておらず、複雑な機構が関与していることが示唆されている。証人Bは、インターナルポンプを持つ原子炉での出力振動の発生例を全く知らないと供述しており、このことは、被告による安全対策の虚構性を示している。(原告ら最終準備書面第3章第5の2(3)<4>、第6の2(2))
b 被告
本件原子炉には、ボイド効果を適切に設定することにより、原子炉の全ての運転範囲において、出力振動に対して十分な減衰特性を持たせている。(被告最終準備書面第2章第1の3(3))
(ウ) 判断
a 証拠〔乙6(添8-3-136、8-3-140、10-3-12ないし17)、乙29(11ないし13)、乙31(104ないし106)、証人C(<2>11)〕によれば、次の事実が認められる。
(a) 被告は、本件原子炉施設の設計において、本件原子炉施設の炉心内の冷却材の燃料集合体に対する体積比率を従来プラントに比べ大きくして、減速材ボイド係数の負の値が余り大きくならないようにするとともに、冷却材が燃料集合体に流れ込む際の入口部の流路を絞って炉心内での圧力損失(流体の流れの経路における不可逆的な逸散に伴う圧力の減少)のうち沸騰部における圧力損失の割合を減らして、安定性の向上を図った。
(b) 本件原子炉施設では、起動操作をすると自動的にインターナルポンプは最低ポンプ速度(定格速度の30パーセント)となり、制御棒はその状態から引き抜いていくのであり、運転操作を誤って、運転範囲を外れて制御棒を引き抜こうとすると、警報により注意喚起が図られるとともに、自動的に制御棒の引き抜きが阻止される設計を採っている。また、本件原子炉施設では、インターナルポンプが2台以上停止し、運転が低炉心流量高出力領域に入った場合には、あらかじめ選択していた制御棒を選択制制御棒制御機構により自動的に挿入し、原子炉の出力を低下させ、インターナルポンプの複数台の停止によって炉心流量が急減した場合は、炉心流量急減スクラム信号により原子炉が自動停止する設計を採っている。
(c) 被告の解析の結果によれば、本件原子炉施設では、運転範囲の全ての領域において減幅比が1を大きく下回っているため、運転操作の手順に一定の制限を課すような出力領域(安定性制御曲線)を設けていない。また、被告の解析の結果によれば、本件原子炉施設でインターナルポンプ10台の駆動電源が同時に喪失しても、燃料被覆管や原子炉冷却材圧力バウンダリの健全性は損なわれない。この解析結果は、原子力安全委員会の安全審査でも妥当なものとの評価を受けた。
b 前記(ア)で認定した事実及び証拠〔甲347(表3-1)、甲804(5)〕を総合すると、出力振動を起こし易くする要因としては、過去のほとんどの事例において炉心流量と出力との比が問題とされていること、その他にも、ボイド係数の大小や燃料の特性・出力分布等が指摘されていることが認められる。
ところで、前記5(1)イ(イ)aで認定した事実及び前記aで認定した事実を総合すれば、本件原子炉施設では、平常時には出力が安定するような炉心流量と出力とを常に維持し、出力が不安定になり易い低炉心流量高出力領域での運転の継続を避ける機構が自動的に働くような設計が採られていること及びインターナルポンプが停止しても炉心流量が偏らないような工夫がなされていることが認められ、他方で、インターナルポンプが4台以上同時に停止する具体的可能性は低いというべきであるから、本件原子炉施設において、出力振動が起こり易い低炉心流量高出力領域での運転をする具体的危険性を認め難い。かえって、上記aで認定した事実によれば、本件原子炉施設のインターナルポンプが全台同時に給電を喪失しても、燃料被覆管や原子炉冷却材圧力バウンダリの健全性は損なわれないことが認められる。
c 以上の事実によれば、出力振動が起こる機序は完全には解明されていないとはいえ、起こりやすい条件は相当程度明らかにされているのであり、本件原子炉施設では、これをふまえ、出力振動を起こさないための様々な対策をたてているのであるから、本件原子炉施設で出力振動が起こる可能性がないとはいえないとしても、その可能性は相当小さいということができる。
そうすると、本件原子炉施設において、出力振動により、周辺公衆が許容限度を超える放射線に被ばくするに足りる放射性物質の放出をもたらすような事故等が発生する具体的可能性があることが相当程度立証されたとはいえない。
イ 原子炉圧力・原子炉水位の異常発生の危険性について
(ア) 原告らの主張の要旨
原子炉圧力・水位がしばしば異常を呈することがある。その原因は、原子炉給水系の故障である場合もあるし、逃がし安全弁の開固着である場合もある。(原告ら最終準備書面第3章第6の3(3))
(イ) 判断
証拠〔乙6(添10-2-23ないし36、10-3-68ないし73)、乙31(95ないし98、118、119)〕によれば、被告は、冷却材の圧力又は保有量の異常な変化や原子炉格納容器内圧力の異常な変化をもたらすような各種事象(負荷の喪失、主蒸気管隔離弁の誤閉止、給水制御系の故障、原子炉圧力制御系の故障、給水流量の全喪失、冷却材喪失)について解析し、周辺住民に許容限度を超える放射線被ばくを発生させないことを確認しており、この解析結果は、原子力安全委員会の安全審査でも妥当なものとの評価を受けたことが認められる。
そうすると、原子炉水位の異常が生ずるおそれがあるとしても、だからといって、本件原子炉施設の周辺公衆が許容限度を超える放射線に被ばくする具体的可能性があることが立証されたとはいえない。
ウ 監視制御について
(ア) 原告らの主張の要旨
現実の運転管理ではヒューマン・エラー(人間の判断や機器操作の過誤を意味するものと解する。)の続出が問題となっているが、ヒューマン・ファクターによるトラブルは不可避であり、ヒューマン・エラーによって大事故が発生し、設計ベースの事故を越えて、いわゆるシビアアクシデントに至る危険性さえ指摘されている。(原告ら最終準備書面第3章第6の3(4))
(イ) 判断
ヒューマン・エラーは、どのような営みであっても不可避である。ヒューマン・エラーの危険があるから、その営みが差し止められるべきであると考えるのであれば、社会において、どのような営みも許されないことになってしまう。新しい技術の開発においては、ヒューマン・エラーがあり得ることを想定した上で、それでも安全なシステムを作らなければならないというべきであるから、本件訴訟で争点となるべきは、本件原子炉施設の設計管理が、そのようなシステムになっているか否かである。
したがって、原告らとしては、ヒューマン・エラーがあり得ることを主張立証するのではなく、ヒューマン・エラーが発生したときに、多重防護が機能せず、それが原因で、周辺住民に許容限度を超える放射線被ばくを受けさせる具体的可能性があることを主張立証すべきであるが、原告らは、それをしているとは認め難い。
エ 保守管理について
(ア) 当事者の主張の要旨
a 原告ら
これまで原子力発電所の保守管理には、<1>格納容器の中にある安全確保のために主要な機能を担う多くの機器が、原子炉停止の時(定期点検時)でなければ点検できず、日常点検は意味を持たない、<2>定期点検は点検事項が少なく、現実に十分な点検がなされていない、<3>現実の定期検査は極めてずさんな実情にあり、その実例は後を絶たない、といった実に多くの問題が指摘されており、現状の保守管理をもってしては原子力発電所の安全性は保てない(原告ら最終準備書面第3章第6の3(5))。
b 被告
本件原子炉施設においては、その設備が設計どおりの機能を発揮し、それが維持し続けられるように、24時間体制での巡視点検、定期的な機器・系統の作動試験等の日常点検を実施するとともに、ほぼ1年に1回、本件原子炉施設の運転を停止して実施する定期点検において、原子炉本体、原子炉冷却系設備、計測制御系設備等の各設備を、所定の点検頻度で、総合的に点検、整備し、その機能を確認することとしている(被告最終準備書面第2章第2の4(2)イ)。
(イ) 判断
本件原子炉施設の保守管理の在り方を理由として本件原子炉の運転の差止めを求めるためには、本件原子炉施設の保守管理の在り方に不備が存在すること、その不備によって本件原子炉施設に生じた安全保護設備の機能不全を見落とす蓋然性があること、その結果、周辺公衆に許容限度を超える放射線被ばくをもたらす程度の放射性物質が環境中に放出される事故が発生する可能性があることが具体的に主張立証されなければならない。
原告が主張する、日常的に点検ができない機器類があるとか、点検事項が少ないとか、作業者の熟練困難、現場作業の困難とか、国の定期検査の多くが書類検査であるとかいった指摘だけでは、上記の意味における事故の原因となり得るものか否か判断できないから、原告らの前記主張は具体的な主張とはいえない。
(4) 「異常拡大防止対策」の虚構性の主張について
ア 異常発生の検知の不十分性について
(ア) 原告らの主張の要旨
我が国の原子炉施設では、異常事象を直接に検知する方法ではなく、間接的な検知方法が採られ、そのために異常事象の把握が困難な事例がみられる。例えば、平成4年9月29日の福島第一原子力発電所2号機の事故で明らかになったのは、給水流量監視システムでは、ポンプの運転状況の監視は行われていたが、給水の流量そのものの監視をしていなかったことであった。また、平成2年9月9日発生の同原子力発電所3号機の事故で明らかになったのは、蒸気の流量を直接監視しないで、これを弁の駆動で監視していたことであった。これらの監視方法がとられていることは、本件原子炉でも同様であるから、本件原子炉における異常拡大防止対策の一角は崩れている。(原告ら最終準備書面第6の4(2)<1>、<2>)
(イ) 判断
異常発生の検知方法の不適切を理由に本件原子炉の運転差止めを求めるのであれば、如何なる事象が生じたときに、その不適切が原因で、如何なる機序で、周辺公衆に許容限度を超える放射線被ばくを受けさせる事故になるかを具体的に主張立証しなければならないところ、そのような主張立証はなされていない。
イ 安全保護設備の不十分性について
(ア) 原告らの主張の要旨
a スクラム系は、もともとは緊急時用に特別に設計されたものではないし、制御棒挿入がなされるにしても、その効果はある程度の長さまで制御棒が挿入されないと現れないから、極めて急激な反応度の増加には間に合わない。
b 逃がし安全弁が開放固着して、原子炉冷却水の減少をきたすという事故が過去にいくつも見られ、炉心熔融事故の原因となる可能性を示している。
c ECCSの系統には、配管などに共用部分が多い。被告が主張する多重性(機器が複数台設置されていること)、独立性(機器が個別に作動し得ること)が成立するのはポンプのような能動的機器類に限られているから、共用の配管等に故障が生じた場合には、これらの系はコモンモードの故障(共倒れ)になる可能性を持っている。
d 事故例の研究は、スクラム系、逃がし安全弁、ECCS等の安全保護設備の機能喪失の場合を想定して行われているし、固有安全炉の開発動機の一つが、安全保護設備には装置の故障やヒューマン・エラーなどの可能性がついてまわることであることにみられるように、安全保護施設の信頼性は低い。
(原告ら最終準備書面第6の4(2)<3>)
(イ) 判断
前記5(2)ウで説示したとおり、本件原子炉施設のスクラム挿入速度をもって、周辺公衆が許容限度を超える放射線に被ばくするに足りる放射性物質の放出をもたらすような事故等が発生する具体的可能性が相当程度立証されているとはいえない。
また、前記5(3)ウで説示したとおり、本件原子炉施設において、逃がし安全弁開固着事象が生じてもECCSの能力が不足するとは認められない。
更に、ECCS配管の共倒れの可能性についてみても、いかなる機序でECCS配管のいかなる部分が故障するのかについて具体的な主張がない。
事故例の研究がなされていることや固有安全炉の開発努力が続けられていることと、本件原子炉施設の安全保護設備に具体的な不備があることとは直結しない。
したがって、原告らの上記各主張をもってしても、本件原子炉施設の周辺公衆が許容限度を超える放射線に被ばくするに足りる放射性物質の放出をもたらすような事故等が発生する具体的可能性があることが相当程度立証されたとはいえない。
ウ 安全保護設備等の異常事象における総合的な妥当性の解析評価の問題点について
(ア) 原告らの主張の要旨
a 被告が本件原子炉を設置、設計するに当たって想定している事故概念は、<1>運転時の異常な過渡変化、<2>事故、<3>重大事故ないし仮想事故である。<1>は、比較的発生確率は大きいが、事故とはいえないようなもの、<2>は、<1>よりは頻度は少ないけれど、放射能が敷地外に出る可能性があるもの、<3>は、実際には起こり得ないが、立地条件の適否を確認する上で問題とされる事故とされている。一方、原子力発電所を設計するにあたっては、全ての事故をその対象とせず、スクラム失敗事故、炉心熔融事故、原子炉暴走事故、飛行機墜落事故、完全停電事故を想定不適当事故として除外しているが、これには、科学的、技術的根拠はなく、単に経済的・技術的観点から設計可能な事故だけを安全解析の対象としたにすぎない。
b 現在の安全審査は、スクラム失敗は絶対に起こらないとの前提に立っている。しかし、アメリカ合衆国では、現在ではスクラムが必ずしも成功しないということが当然の前提とされている(ATWS)し、チェルノブイル原発事故はスクラム失敗のケースであった。我が国の安全審査でスクラム失敗を想定していないことは、単にスクラム失敗を想定したら原子力発電所が作れなくなるということを示しているに過ぎない。
c 炉心熔融事故はTMI原子力発電所で、原子炉暴走事故はチェルノブイル原子力発電所で現実に発生しているから、想定不適当事故は安全解析の対象とする必要がないとの被告の主張は、空虚で御都合主義によるものである。
(原告ら最終準備書面第6の4(2)<4>)
(イ) 判断
a 抽象的には、スクラム失敗事故、炉心溶融事故、原子炉暴走事故、飛行機墜落事故、完全停電事故が起こる可能性を否定できないことは原告らが主張するとおりである。しかし、前記第2の2(1)で説示したように、本件において本件原子炉施設の運転の差止めが認められるためには、原告らの人格権が侵害される抽象的危険では足りず、具体的危険があることを要件とする。そして、本件原子炉施設で採用された改良型制御棒駆動機構のスクラム時間が従来型BWRよりも長いからといって、本件原子炉施設に周辺公衆が許容限度を超える放射線に被ばくするに足りる放射性物質の放出をもたらすような事故等が発生する具体的可能性が相当程度立証されたとはいえないこと(前記5(2)ウ)、本件原子炉施設のECCSの低圧注水系が、従来型BWRよりも1系統少ないからといって前同様の事故が発生する具体的可能性が相当程度立証されたとはいえないこと(前記5(3)ウ)、本件原子炉で出力振動が生じ、原子炉暴走事故に発展して前同様の事故が発生する具体的可能性が相当程度立証されたとはいえないこと(6(3)ア(ウ))はいずれも既に説示したとおりであり、原告らは、それ以外に、本件原子炉施設において、如何なる条件下で、如何なる機序で、想定不適当事故が生じるのかについて、具体的な主張をしない。
b なお、原告らが特に取り上げるスクラム失敗の可能性について検討する。
(a) スクラムが失敗した、あるいはその可能性があるといわれている過去の事例について検討すると次のとおりである。
i 昭和63年2月1日の浜岡原子力発電所1号機の異常事象(再循環ポンプ2台が停止したのに、スクラムが行われなかった。)については、そもそも、同原子炉施設においてスクラムを試みたと認めるに足る証拠はなく、証拠(甲78)によれば、かえって試みなかったのではないかと窺われる。
ii 1980(昭和55)年6月28日のブラウンズ・フェリー3号炉(BWR)の異常事象(手動スクラムが3回にわたって失敗し、自動スクラムによって全制御棒が挿入されたが、最初のスクラム開始から全制御棒挿入まで14分02秒を要した。)及び同年12月2日のドレスデン2号機(BWR)の異常事象(スクラム中に連続水位監視システムが予想どおり働かなかった。)については、証拠(甲79の1、2、甲636の2)によれば、その原因がいずれもスクラム排出容器のトラブルであったことが認められるところ、前記5(2)アで認定したとおり、本件原子力施設の制御棒駆動機構にはスクラム排出系が削除されているから、本件原子炉施設で上記各異常事象と同種の異常事象が生ずるおそれはない。
iii 平成元(1989)年のオルキルオト1号機(BWR)の異常事象(溜まった金属粉が原因で制御棒15本が引き抜けなくなった。)は、前記5(1)ア(ア)b、同(ウ)で認定・説示したとおり、金属粉の出所が特定されていないし、本件原子炉施設において金属片等の異物が炉心に流入する具体的な可能性があるとは認め難いから、本件原子炉施設で上記異常事象と同様の異常事象が起こる具体的可能性があるとは認め難い。
iv 平成2年9月9日の福島第一原子力発電所3号機の異常事象(定格出力運転中、主蒸気隔離弁が閉鎖し、「中性子束高」の信号により原子炉が自動停止した。)については、「中性子束高」の信号よりも早く、「主蒸気隔離弁10パーセント閉」及び「原子炉圧力高」のスクラム信号が出たはずであるから、これらの先行信号によるスクラム失敗のケースであるとの見方がある(甲636の1)が、証拠〔甲636の3(2ないし13)〕によれば、同原子炉施設のスクラム信号は必ずしも「主蒸気隔離弁10パーセント閉」、「原子炉圧力高」、「中性子束高」の順番で発信されるものではなく、原子炉内の圧力がスクラム設定値まで上昇する前に「中性子束高」の信号でスクラムが掛かる場合もあり得る設定となっていることが認められるから、そのことを考慮すると、上記事象をもってスクラム失敗の事例と評価するのは困難である。
v チェルノブイル原発事故は、前記第4の1(3)イで説示したとおり、スクラムに失敗した事故というよりも、スクラム系の設計そのものに問題があった事故と考えられ、少なくとも本件原子炉で同様の機序で事故が生ずるとは考えられない。
(b) かえって、証拠〔乙4(58ないし61)、乙6(添8-7-7、8-7-8)、乙29(10)〕によれば、本件原子炉施設の原子炉緊急停止系には、関連検出機器に多重性、多様性が持たされており、電源喪失時や計装用空気喪失時にはスクラムするように設計されていることが認められる。
(c) そうすると、本件原子炉施設において何らかの反応度投入事象が生ずることがあるとしても、これと同時にスクラム系が作動不能となるような事態が現実的に発生し得る具体的可能性があることが立証されたとは認め難い。
(5) 「放射性物質放出防止対策」の虚構性の主張について
ア ECCSの有効性欠如について
(ア) 原告らの主張の要旨
a ECCSについて実規模、実炉での実証実験がなされておらず、いくつかの実験がなされているが、いずれも規模が小さく、燃料はLOFT炉を除いて電熱ヒーターで代替したものに過ぎず、このような小さな(お粗末な)実験から、現実のECCSの有効性は何ら導き出されないのみならず、かえってその有効性に大いに疑問を抱かせるデータが出ている。
b 昭和56年5月12日の福島第一原子力発電所2号機の事故及び平成3年2月9日の美浜原子力発電所2号機の二つの事故からも明らかなように、ECCSは予測に反してうまく機能していない。
(原告ら最終準備書面第6の5(1))
(イ) 判断
a 証拠〔甲69(4、7ないし10)、乙9(238、239、263、269)〕によれば、LOCAとECCSの動作に関しては、現在も多数の理論的、実験的研究が進展しており、解析技術も進歩していること、原子力安全委員会をはじめとする我が国の規制当局も、このような研究成果等をECCSの性能評価指針に採り入れて安全審査に反映させていることが認められるから、過去の実験結果と理論との食い違いの要因がいかなるものか、また、その要因が現在のECCSの性能評価に用いられている解析手法にもなお存在していることについて具体的な主張がない限り、単に過去の実験でECCSの有効性に疑問を抱かせるデータが得られたというだけでは、本件原子炉施設のLOCAやECCSの動作に関する解析に信頼性がないということはできない。
b 次に、原告らが指摘する各事象についてみても、証拠〔甲59ないし62、甲63(3)、甲239の1(5ないし7)、甲275(17)〕によれば、昭和56年5月12日の福島第一原子力発電所2号機の異常事象(高圧復水ポンプ吐出圧力警報設定器の電源回路遮断器の誤動作により、高圧復水ポンプが止まり、原子炉水位が低下したため、原子炉が自動停止した。)及び平成3年2月9日の美浜原子力発電所2号機の異常事象(定格出力運転中、蒸気発生器伝熱管1本が破断し、「加圧器出力低」の信号により原子炉が自動停止するとともに、加圧器圧力低及び加圧器水位低の一致により安全注入信号が発信し、高圧注入系(ECCS)が作動した。)は、いずれも、ECCSの作動によって炉心は曲がりなりにも冠水を回復したことが認められる上、ECCSの注水が想定どおり進まなかったのは、主蒸気逃がし弁や加圧器逃がし弁が想定どおり開放しなかったために炉内圧力が想定どおりに低下しなかったからではないかとの疑いを容れる余地があるから、単に上記各異常事象が生じたというだけでは、ECCSという安全保護設備が有効性をも持たないとはいえず、本件原子炉施設の周辺公衆が許容限度を超える放射線に被ばくするに足りる放射性物質の放出をもたらすような事故等が発生する具体的可能性があることが相当程度立証されたとはいえない。
イ 原子炉格納容器(及びその付属設備)の脆弱性について
(ア) 原告らの主張の要旨
そもそもチェルノブイル原発事故級の暴走事故に耐えられる格納容器を作るのは不可能であるし、ABWRの格納容器については、LOCAの場合であっても、核燃料がメルトダウンして、炉心のコンクリートと反応して大量のガスを発生させ、爆発的な破壊に至る危険性がある。(原告ら最終準備書面第6の5(2))
(イ) 判断
原告らの上記主張は、本件原子炉施設でチェルノブイル原発事故級の暴走事故やLOCAによって炉心溶融に至る事故が生じることが前提となっているが、これらの事故が生ずる具体的可能性があることが相当程度立証されたとはいえない(ただし、耐震性について後述する。)。
7 MOX利用の危険性について
(1) 前提事実
公知の事実に証拠〔乙9(897ないし901、934)、乙11ないし13、乙29(29、31、33)、証人E(37)〕及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
ア プルトニウムをウランに混ぜ合わせた混合酸化物燃料を、一般にMOX(Mixed Oxide)燃料といい、MOX燃料を軽水炉において燃料として用いることを、我が国ではプルサーマルと呼ぶ。
イ 原子炉安全基準専門部会が取りまとめた「発電用軽水型原子炉施設に用いられる混合酸化物燃料について」(平成7年6月19日原子力安全委員会了承・以下「1/3MOX報告書」という。)によれば、MOX燃料は、従来型のウラン燃料と比較して、軽水炉の安全設計及び安全評価に当たって、次のような特徴に留意する必要があるとされている。
(ア) 核的特性
a ボイド係数、減速材温度係数及びドップラ-係数がより負となる。
b 制御材及び可燃性毒物の反応度価値が相対的に低下する。
c 中性子スペクトルの軟らかい(中性子の平均エネルギーが低いことをいう。)所に隣接したMOX燃料は、中性子スペクトルの相互の干渉等により出力が高くなる傾向がある。
d ペレット径方向出力分布において周辺部の出力分担がより高くなる。
e 即発中性子寿命がより短く、遅発中性子割合がより小さくなる。
f 燃焼に伴う反応度低下の割合がより小さくなる。
g ヘリウム生成量及び核分裂収率(特定の核種、あるいは特定の質量数の核分裂生成物を生じるような核分裂の数の、全核分裂数に対する割合をいう。)が若干異なる。
(イ) 物性、照射挙動
a ペレットの融点及び熱伝導率がプルトニウム含有率の増加に伴い低下する。
b ペレットのクリープ(一定応力下で、物体の塑性変形が時間とともに次第に増加する現象をいう。)速度がプルトニウム含有率の増加に伴い増加する。
c 核分裂生成ガス放出率は現時点の知見ではウランペレットよりも若干高めである。
d ペレット内のプルトニウム含有率の不均一が製造時に生じ得る可能性がある。
ウ 1/3MOX報告書は、MOX燃料の燃料設計について、被覆管は従来型のウラン燃料のそれと同じであり、検討範囲とした燃焼度であればその照射挙動は従来型のウラン燃料の場合と基本的に変わることはないが、ペレットについては、従来型のウラン燃料と基本的に変わることはないものの、前記イ(イ)のような物性及び照射挙動が変化する要因を適切に取り込む必要があるとしている。また、1/3MOX報告書は、炉心の核設計において前記イ(ア)のような核的特性が変化する要因を適切に考慮する必要があるとしている。
このため、我が国の原子力規制当局や被告を含む電気事業者は、軽水炉で新たにMOX燃料を使用する際には経済産業大臣の許可を受けなければならない(核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律26条1項、23条2項4号)ものと解しており、本件口頭弁論終結日(平成17年10月3日)現在、東京電力(柏崎刈羽原子力発電所3号機、福島第一原子力発電所3号機)と関西電力(高浜発電所3号機及び4号機)とがこの許可を受けている。
エ 被告は、平成22年度までに志賀1号機又は本件原子炉施設のいずれかにおいて、プルサーマルを実施することを計画しているが、いずれで実施するかはまだ決めていない。
(2) 当事者の主張の要旨
ア 原告ら
従来型のウラン燃料を使用するものとして設置許可処分がなされた本件原子炉施設において、予定されていたものとは全く性質が異なるMOX燃料を使用することで、元来危険である本件原子炉施設がさらに危険度を増すから、プルサーマルが予定されている本件原子炉施設の運転継続は許されるべきではない。(原告ら最終準備書面第3章第8)
イ 被告
次のとおり、プルサーマルの安全性に問題はない。
(ア) MOX燃料は、国内外の軽水炉においてこれまでに4500体が使用されており、十分な使用実績がある。
(イ) ウラン燃料を使用する軽水炉においても、運転によってプルトニウムが生成し、燃焼している。すなわち、ウラン燃料のみを使用する軽水炉でも、プルトニウムの生成、燃焼を考慮した設計が行われている。
(ウ) 原子力安全委員会は、平成7年6月19日、1/3MOX報告書を了承し、軽水炉において炉心の3分の1程度までMOX燃料を装荷した場合、MOX燃料の特性及び挙動は、ウラン燃料のそれと大差ないとした。
(エ) MOX燃料とウラン燃料は、その特性及び挙動に大差なく、運転上の熱的制限値もほとんど変わらない。運転操作においても特別な操作が必要となることもない。
(オ) MOX燃料の輸送は、衝撃や火災などの厳しい条件に耐え得る頑丈な輸送容器を用い、二重船殻構造の輸送船で輸送することにより、安全性は十分確保される。
(被告最終準備書面第3章第2)
(3) 判断
前記(1)エで認定したとおり、被告は本件原子炉施設においてプルサーマルを実施するか否かをまだ決めていないのであるから、仮にプルサーマルに原告ら主張のような危険性があるとしても、プルサーマルが原因で原告らの人格権が侵害される具体的危険があるということはできない。よって、原告らの上記主張は失当であり、当裁判所はこれに対する判断をしない。
なお、前記(1)ウで認定した事実によれば、被告が本件原子炉施設においてプルサーマルを実施する際には、事前に経済産業大臣に許可を申請することになるのであるから、原告らは、被告が許可申請書を同大臣に提出するなどして、本件原子炉施設においてプルサーマルを実施することを決めた段階でプルサーマルの危険性を理由とする本件原子炉の運転差止請求をすることが可能であり、本件において前記のように解したとしても、原告らの権利救済に欠けることはない。
第5地震・耐震設計の不備の主張について
1 本件原子炉施設の耐震設計の概要
(1) 前提事実
公知の事実に各項に記載した証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
ア 地震はどのようにして起こるか〔甲397(3、4)、甲717(3ないし9、11ないし19)、甲718(3、4、7ないし9)、甲783(39)、乙14(4、37、38)、乙17(3、4)、乙20(5)、証人F(<1>3、4、6、15、16、<2>23、24)〕
(ア) 地震とは、地下の岩石が破壊して地震波(岩石の振動が高速で地球内部を伝わって行く波)を放出する現象をいい、地震動とは、地震波が地表に到達して地面が揺れる現象をいう。ほとんど全ての地震は、出発点(震源)から始まった破壊が面状に急速に拡大しながらその両側の岩盤が互いに逆向きに激しくずれ動くという形の破壊(ずれ破壊)を起こすものである。その破壊面を震源断層面といい、震源断層面が地表に現れると、地形のずれが生じる。これを「地表地震断層」という。
ほとんどの地震は、何度も破壊を繰り返してきた部分(「弱面」ともいう。)が再び破壊されて発生するが、ずれ破壊は地震前に特に強く固着していた部分(アスペリティ)で飛び飛びに激しく進行してゆく。
マグニチュード(M)とは、地下の岩石破壊の規模を表す尺度であり、概ね震源断層面の大きさに対応しており、マグニチュードが2大きくなると震源断層面の長さ及び幅、ずれの量、破壊時間はいずれも約10倍になり、マグニチュードが1大きくなると、放出される地震波のエネルギーは約30倍になる。震度とは、地表の各地点の地震動の強さを示す目安である。
(イ) 現在の学界の通説であるプレートテクトニクスによれば、地球の表面は、十数枚のプレート(巨大な岩石層の厚い板)で構成され、プレートは長い年月をかけて少しずつ移動している。日本列島周辺には、大陸プレートであるユーラシアプレート及び北米プレート(この両者の境界は未確認とされている。)並びに海洋プレートである太平洋プレート及びフィリピン海プレートと呼ばれる四つのプレートが存在しており、海洋プレートは大陸プレートの下に潜り込むように移動している。アムールプレートと呼ばれるユーラシアプレートから分離した小さなプレートが東へ動いており、その東縁がサハリン、北海道、東北、北陸、山陰付近に位置するとの学説もある。
プレートの運動によって蓄積された歪みのエネルギーがある限界を超えたときに、プレート境界部(プレート境界型地震)やプレート内の弱面(プレート内型地震)がずれてエネルギーを解放して地震が発生する。プレート内型地震は、陸のプレート内地震、海洋プレートのうちプレート境界部より海洋側で発生する海洋プレート内地震及び大陸プレートの下に沈み込んだ部分(スラブ)で発生するスラブ内地震の三つに分けられる。
日本列島の陸のプレートは大部分の場所で非常に薄く、特に内陸や日本海沿岸では固くて壊れ易いのは地表の少し下から深さ15キロメートルないし20キロメートルくらいまで(上部地殻)である。陸のプレート内地震は、一般に震源が浅く、しばしば直下型地震と呼ばれ、ときにマグニチュード8クラスの巨大地震も起こるが、その場合でも震源断層面の深さ方向の幅は15キロメートルないし20キロメートル程度である。
スラブ内地震は、最近我が国で目立っており、その例としては、平成5年の釧路沖地震(マグニチュード7.8)、平成6年の北海道東方沖地震(マグニチュード8.1)、平成13年の芸予地震(マグニチュード6.7)が挙げられる。
イ 耐震設計審査指針の概要〔乙9(62ないし78)〕
(ア) 耐震設計審査指針の基本方針等
原子力安全委員会が、発電用原子炉施設の耐震設計の妥当性を評価するために定めた耐震設計審査指針(前記第2の2(2)イ)は、基本方針として、発電用原子炉施設は、想定されるいかなる地震力に対しても、これが大きな事故の原因とならないよう十分な耐震性を有していなければならず、建物・構造物は原則として剛構造とするとともに、重要な建物・構造物は岩盤に支持させなければならないと定めている。
(イ) 耐震設計上の重要度分類
まず、耐震設計審査指針は、原子炉施設の耐震設計上の施設別重要度を、地震により発生する可能性のある放射線による環境への影響の観点から分類する。
具体的には、自ら放射性物質を内蔵しているか又は放散防止による影響低減その影響・効果が大きいものをAクラス、その機能喪失の影響・効果が比較的小さいものをBクラス、これら以外の一般産業施設と同等の安全性を保持すればよいものをCクラスに分類する。Aクラスの施設のうち、原子炉冷却材圧力バウンダリを構成する機器・配管系、使用済み燃料貯蔵施設、原子炉の緊急停止のために急激に負の反応度を付加するための施設及び原子炉の停止状態を維持するための施設、原子炉停止後、炉心から崩壊熱を除去するための施設、原子炉格納容器等を限定してAsクラスの施設と呼んでいる。
(ウ) 耐震設計の基本方針
次に、耐震設計審査指針は、各クラス別に満足すべき耐震設計に関する基本的な方針を示す。
具体的には、Aクラスの施設は設計用最強地震による地震力又は静的地震力のいずれか大きい方の地震力に耐え、Asクラスの施設はこれに加えて設計用限界地震による地震力に対してその安全機能が保持でき、Bクラスの施設は静的地震力に耐えるとともに共振の影響の検討も行い、Cクラスの施設は静的地震力に耐えなければならず、上位の分類に属するものは、下位の分類に属するものの破損によって波及的破損が生じてはならないとしている。
(エ) 設計用最強地震及び設計用限界地震による地震力の算定方法次に、耐震設計審査指針は、設計用最強地震及び設計用限界地震による地震力の算定方法を次のとおり定める。
a 原子炉施設の耐震設計に用いる地震動は、地表面の起伏や表層等の影響を受けない単純化した地震動を評価するため、敷地の解放基盤表面(著しい高低差がなく、ほぼ水平であって相当な拡がりのある基盤(概ね第三紀層及びそれ以前の堅牢な岩盤であって、著しい風化を受けていないもの)の表面であって、その上に表層や構造物がないと仮定したもの)において考慮する地震動(基準地震動)に基づいて評価する。また、水平地震力は基準地震動により算定し、鉛直地震力を基準地震動の最大加速度振幅の2分の1で高さ方向に一定とし、水平地震力と同時に不利な方向の組合せで作用するものとする。
b 設計用最強地震としては、歴史的資料から過去に敷地又はその近傍に影響を与えたと考えられ、再来すれば敷地及びその周辺に同様の影響を与えるおそれのある地震及び近い将来敷地に影響を与えるおそれのある活動度の高い活断層(「第四紀(約180万年前以降)に活動し、将来も活動する可能性のある断層」と定義している。)による地震のうちから最も影響の大きいものを想定し、この地震によりもたらされる基準地震動を「S1」とする。
c 設計用限界地震としては、地震学的見地に立脚し、設計用最強地震を上回る地震について、過去の地震の発生状況、敷地周辺の活断層の性質及び地震地体構造(地震規模、震源深さ、発震機構、地震発生頻度等に着目するとき、地震の発生の仕方に共通の性質をもっているある拡がりをもった一定の地域の地質構造)に基づき工学的見地からの検討を加え、最も影響の大きいものを想定し、この地震によりもたらされる基準地震動を「S2」とする。
d 更に、基準地震動S1、S2を生起する地震については、近距離及び遠距離地震を考慮するものとし、基準地震動S2には、マグニチュード6.5の直下地震によるものを含むものとする。
e 基準地震動を算定するに当たって近距離に存在する活断層にも着目することになるが、全ての活断層を等しく考慮に入れることは実際的でなく、例えば、今後活動する可能性があるとはいえ、大地震発生の可能性が極めて低い活断層に対して、再びそれが発生することを予期するのは、工学的見地から必ずしも適切とはいえないので、活断層を考慮する場合には、その活動性を評価し、その大小に応じた考慮を行うものとしている。そして、年間の平均変位速度が1ミリメートル以上のものをA級、0.1ミリメートル以上1ミリメートル未満をB級、0.1ミリメートル未満をC級とし、基準地震動S1の発生源としては、<1>歴史資料により過去に地震を発生したと推定されるもの、<2>A級活断層に属し、1万年前以降に活動したもの又は地震の再来期間が1万年未満のもの、<3>微小地震の観測により、断層の現在の活動性が顕著に認められるものを考慮し、基準地震動S2の発生源としては、<1>A級活断層に属するもの、<2>B及びC級活断層に属し、5万年前以降活動したもの、又は地震の再来期間が5万年未満のものを考慮する。
f 基準地震動の策定に当っては、<1>敷地及びその周辺地域に影響(例えば気象庁震度階震度V以上の地震動)を与えたか又は与えたと推定される過去の地震について、そのマグニチュード、震央、震源、余震域、地震動の最大強さ又はその推定値及び震害状況(構造物の被害率、墓石の転倒等)、<2>過去の破壊的地震動の強さの統計的期待値(河角マップや金井マップのような統計的な研究成果に基づいて敷地の基盤に起こると推定される震度、最大加速度又は速度)、<3>地震のマグニチュード及びエネルギー放出の中心から敷地までの距離、<4>過去の観測例、敷地における観測結果及び基盤の岩質調査結果を十分に考慮する。
g 基準地震動は、<1>最大振幅(地震動の不規則に変化する振動の揺れ幅のうち最大のもの。原則として速度で表す。)、<2>周波数特性(地震動が構造物に生じさせる揺れ(応答)を固有周期(構造物が安定的に振動する周期)ごとに描いた応答スペクトルによって表す。)、<3>地震動の継続時間(地震動の開始からそれが実効上消滅するとみなされるまでの時間を考慮する。)及び振幅包絡線(地震波形を包み込むような曲線)の経時的変化が適切なものと評価できるものでなければならない。
(オ) 静的地震力
次に、耐震設計審査指針は、静的地震力の算定方法を定める。
具体的には、建物・構築物についての水平地震力は、一般の建物に考慮する静的地震力の3倍(Aクラスの施設)、1.5倍(Bクラスの施設)又は1倍(Cクラスの施設)として算定するとしている。また、Aクラスの施設については、鉛直地震力も考慮することとし、鉛直地震力は震度0.3(ここにいう「震度」とは、地震動の最大加速度振幅を重力加速度で除した値であり、例えば、震度0.3とは重力加速度(980ガル)の0.3倍を意味する。)を基準とし、建物・構築物の振動特性、地盤の種類等を考慮して求めた鉛直震度より算定するものとし、水平地震力と鉛直地震力は、同時に不利な方向に作用するものとして算定するとしている。
機器・配管系についての各クラスの地震力は、建物・構築物についての水平地震力及び鉛直地震力をそれぞれ20パーセント増しとした震度より求めるものとしている。
(カ) 荷重の組合せと許容限界
次に、耐震設計審査指針は、耐震設計に関する荷重の組合せと許容限界の基本的考え方を示す。
具体的には、Asクラスの建物・構築物については、常時作用している荷重及び運転時に施設に作用する荷重(以下「運転時荷重等」という。)と基準地震動S1による地震力又は静的地震力とを組み合わせ、その結果発生する応力に対して安全上適切と認められる規格及び基準による許容応力度を許容限界とし、かつ、運転時荷重等と基準地震動S2による地震力との組合せに対して、構造物全体として十分変形能力(ねばり)の余裕を有し、終局耐力(荷重が作用して変形又は歪が著しく増加した状態における最大負荷荷重)に対し妥当な安全余裕を有する必要があるとしている。Asクラスの機器・配管系については、通常運転時、異常な過渡変化時及び事故時に生じるそれぞれの荷重と基準地震動S1による地震力又は静的地震力とを組み合わせ、その結果発生する応力に対して、降伏応力(応力がそのままでもひずみが増加するような応力)又はこれと同等な安全性を有する応力を許容限界とし、かつ、通常運転時、異常な過渡変化時及び事故時に生じるそれぞれの荷重と基準地震動S2による地震力とを組み合わせ、その結果発生する応力に対して、構造物の相当部分が降伏し、塑性変形する場合でも過大な変形、亀裂、破損等が生じ、その施設の機能に影響を及ぼすことがない必要があるとしている。
Asクラス以外のAクラスの建物・構築物や機器・配管系については、それぞれ、上記のAsクラスの建物・構築物や機器・配管系について運転時荷重等と基準地震動S1による地震力又は静的地震力とを組み合わせた場合におけるのと同様の耐性を持つ必要があるとしている。
Bクラス及びCクラスの建物・構築物については、運転時荷重等と静的地震力とを組み合わせ、その結果発生する応力に対して、構造物全体として十分変形能力の余裕を有し、終局耐力に対し妥当な安全余裕を有する必要があるとしている。機器・配管系については、通常運転時、運転時の異常な過渡変化時の荷重と静的地震力とを組み合わせ、その結果発生する応力に対して、降伏応力又はこれと同等な安全性を有する応力を許容限界とするとしている。
ウ 被告が採用した耐震設計の方法
(ア) 概要〔乙20(2、3)、証人F(<1>1、7、8、<2>1、10ないし12)〕
被告は、耐震設計審査指針に従い、<1>本件原発の敷地周辺で将来発生する可能性があると考えられる地震の中から敷地に大きな影響を与えると考えられる地震を選定する、<2>選定した地震が再び起こったと仮定したときに、これによって敷地がどのように揺れるかを想定する、<3>その揺れによる地震力を構造物に作用させて設計する、という方法で、本件原子炉施設の耐震設計を行った。
被告は、基準地震動を設定するに当たり、<1>歴史地震を調査する、<2>活断層から想定される地震を考える、<3>地震地体構造の考え方に基づいて、敷地周辺で想定される限界的な地震の発生位置及び上限規模を設定する、<4>無条件に敷地直下地震を想定する、という方法を併用した。
(イ) 敷地周辺で将来発生する可能性のある地震の選定
a 歴史地震の調査〔甲365(9、10)、乙6(添6-5-1ないし20)、乙17(9)、乙20(4)、証人F(<1>20)〕
被告は、まず、地震カタログ(日本国内の地震被害に関する記録を収集した地震史料や明治以降の地震観測記録をもとに主な地震の発生位置やマグニチュードなどを取りまとめた資料)のうち、『新編日本被害地震総覧[増補改訂版416-1995]』(甲366はその抜粋)、宇津カタログ(昭和57年)、気象庁地震カタログ等を用い、住民に被害があったとされる地震(被害地震)を中心に調査した。
次に、被告は、縦軸にマグニチュード、横軸に震央距離(Δ)をとったM-Δ図により敷地における震度を推定できるとの考え方に基づき、別紙18「敷地周辺における被害地震によるM-Δ図」によって、敷地に震度V程度以上の揺れを与えた地震として、<1>745年の美濃の地震(M7.9)、<2>1586年の天正地震(M8.1)、<3>1729年の能登・佐渡の地震(M6.8)、<4>1858年の飛越地震(M7.1)、<5>1891年の濃尾地震(M8.0)、<6>1892年の能登の地震(M6.4)、<7>1933年の能登半島の地震(M6.0)という七つの地震を選定した。
b 活断層からの地震の想定
(a) 被告の考え方〔甲365(11ないし14)、甲792(56)、甲971(添付の松田時彦論文)、乙6(添6-5-26)、乙9(62ないし78、1300ないし1302)、乙20(5、6、23)、証人F(<1>15ないし17、<2>35、37、38)〕
被告は、活断層の長さは震源断層の長さとほぼ対応し、地震の規模は震源断層の長さで想定することができるという考え方に基づき、活断層の長さとマグニチュードとの関係式として後記の松田式を採用し、活断層の長さは「原子力発電所の地質、地盤に関する安全審査の手引き」(昭和53年8月23日原子炉安全専門審査会報告)に定められた方法によって調査し、敷地周辺の地質学的・地震学的知見等も考慮した上で活断層の長さを評価した。
「松田式」とは、松田時彦東京大学地震研究所教授(当時・以下「松田教授」という。)が、昭和50年に発表した「活断層から発生する地震の規模と周期について」と題する論文(「地震」第2輯第28巻所収、以下「昭和50年松田論文」という。)中に記載された、明治24(1891)年の濃尾地震以降の日本の内陸で発生した地震のうち、対応する活断層長さとマグニチュードとが判明している地震のデータを基にして、昭和50年に提案した経験式であり、活断層長さLキロメートルとマグニチュードMとの関係をlogL=0.6M-2.9と表すものである。
(b) 被告の活断層調査の概要〔乙17(5、10)、乙20(6ないし10、図3、図4、図5)、証人F(<1>6ないし15、19、20、<2>10ないし12)〕
被告は、『新編日本の活断層』(活断層研究会編、平成3年3月25日財団法人東京大学出版会発行・乙14・以下「新編日本の活断層」という。)等の各種の研究機関が発行した文献を調査し、敷地の中心から約30キロメートル以内の全ての活断層並びに敷地の中心から約30キロメートル以遠の活断層のうち、敷地への影響が大きいと考えた跡津川断層、牛首断層、御母衣断層及び糸魚川-静岡構造線活断層系について整理、分析した(別紙19「耐震設計上考慮すべき活断層」参照)。
次に、被告は、大規模な地震が同じ場所で繰り返し発生すると、震源断層の影響により地形のずれが累積し、震源断層の長さにほぼ相当するリニアメント(山地の急傾斜、谷や尾根の屈曲等の地形的特徴が直線又はそれに近い状態に配列している地形)が現れるとの考え方に基づき、敷地の中心から約30キロメートル以内の陸域全域及び敷地の中心から約30キロメートル以遠の上記の四つの主要な断層について縮尺1万分の1の空中写真の判読(異なる視点から写した同一地域の2枚の写真を実体視鏡を使って見ること。地形が立体的に浮かび上がり、微妙な起伏を読み取ることができる。)を実施し、リニアメントを抽出した。
次に、被告は、抽出したリニアメントの周辺にある露頭(地層が直接露出している場所)などを観察して当該リニアメントの成因を判断し、断層であった場合には、露頭で確認した断層によって切られている地層やそれを覆う地層が堆積した年代を放射性炭素(炭素14)年代測定法(地層中に含まれる腐植物等を採取し、その中に含まれる質量数12の炭素と質量数14の放射性炭素との比を測定し、それらが生育していた年代を推定する方法)により調べる(別紙20「断層活動時期の判断方法(概念)」参照)などして、その断層が活動した時期を判断した(地表踏査)。被告は、地表踏査の結果、敷地の中心から30キロメートル以内のリニアメントのうち、最近の活動が否定できず、かつ、敷地に与える影響が大きいと考えた眉丈山第二断層、石動山断層及び酒見断層を耐震設計上考慮すべき活断層とし(別紙19「耐震設計上考慮すべき活断層」参照)、敷地の中心から約30キロメートル以遠にある上記の四つの主要な断層についても、耐震設計上考慮すべき活断層とした。
次に、被告は、敷地の中心から約30キロメートル以内の敷地前面海域に、沿岸方向及び沖合方向にそれぞれ約2キロメートルないし約4キロメートル間隔で格子状の測定線を設定し、海上音波探査(発振器及び受振器を曳航し、発振器から出た音波が海底下の地層の境界から反射した波を観測して、海底下の地質構造を連続的に調べる方法)を実施するとともに、敷地の中心から約100キロメートル以内の海域について海上保安庁水路部等が実施した音波探査記録を入手し、再解析を実施した。こうして、被告は、敷地前面の海域については最近の活動が否定できないF-12断層、F-14断層、F-16断層及びF-17断層を、敷地の中心から約30キロメートル以遠の海域については最近の活動が否定できず、かつ、敷地に与える影響が大きいと考えられる富山湾西側海域断層及び猿山灯台北方沖断層を、それぞれ耐震設計上考慮すべき活断層とした(別紙19「耐震設計上考慮すべき活断層」参照)。
(c) 活断層調査の結果〔乙20(11、図6、表2)〕
以上の活断層調査の結果、被告は、敷地に気象庁震度階震度V程度以上の揺れを与えると考えられる活断層による地震を別紙21の表2「活断層から想定される地震」のとおり整理した(別紙22「敷地周辺の活断層から想定される地震のM-Δ図」参照)。
(ウ) 地震地体構造から想定される地震〔甲779(54)、甲792(53、54)、乙14(37)、乙20(11、12、24)、証人F(<2>9、10)〕
被告は、地震地体構造を調査、検討することによってその地域で考えられる限界的な地震の規模や発生位置が想定できると考えた。そして、地域ごとに想定される地震の上限規模についての文献のうち、代表的な表マップ(表俊一郎九州産業大学教授(当時)が提案した地震の上限規模を示した地震地体構造マップ)によれば、本件原発の周辺は地震の上限規模がマグニチュード7と4分の3の地域とマグニチュード8の地域の境界付近に位置するところ、上記の地震カタログの一つである宇佐美カタログ(昭和54年)によれば、1586年の天正地震がマグニチュード8の地域を震央としていることから、表マップのマグニチュード8の地域での地震の上限規模をM8.1と評価した上で、発生位置を、ほぼその規模に見合う御母衣断層(△=96キロメートル)に想定した。
(エ) 敷地直下地震〔乙6(添6-5-34)、乙20(12)、証人F(<2>7ないし9)〕
被告は、耐震設計審査指針に従い、考慮すべき地震として、マグニチュード6.5の敷地直下地震(震源距離10キロメートル)を想定した。
(オ) 考慮すべき地震の選定〔甲365(15)、乙6(添6-5-33、6-5-34、6-5-93)、乙20(15ないし20、31、32、43、44、48)〕
被告は、基準地震動S1として考慮すべき地震として、歴史地震から想定される地震の中から1586年の天正地震(M8.1、震央距離118キロメートル)及び1892年の能登の地震(M6.4、震央距離5キロメートル)を選定し、活動性の高い活断層から想定される地震の中から跡津川断層による地震(M7.8、震央距離89キロメートル)及び糸魚川-静岡構造線活断層系(北中部)による地震(M8と4分の1、震央距離138キロメートル)を選定した。
また、被告は、基準地震動S2として考慮すべき地震として、活動度の低い活断層から想定される地震の中から眉丈山第二断層による地震(M6.6、震央距離16キロメートル)及び糸魚川-静岡構造線活断層系(全長)による地震(M8と2分の1、震央距離154キロメートル)を選定し、地震地体構造から想定される地震として御母衣断層の位置に想定した地震(M8.1、震央距離96キロメートル)を想定し、併せて、直下地震(M6.5、震源距離10キロメートル)を想定した。なお、上記の各活断層による地震のマグニチュードは、松田式によって算出したものである。
(カ) 基準地震動の設定
a 最大振幅〔甲359(29、30)、甲369(446、447)、甲371(14)、甲400(295、296)、甲779(56、57)、甲783(34ないし38)、甲792(56、57)、証人F(<1>28、29・<2>51、52)〕
被告は、最大振幅を速度振幅で表すことにし、基準地震動S1及びS2として考慮すべき各地震について金井式により算定した結果、天正地震では6.0カイン、能登の地震では12.3カイン、跡津川断層による地震では6.0カイン、糸魚川-静岡構造線断層系(北中部)による地震では5.8カイン、眉丈山第二断層による地震では9.2カイン、糸魚川-静岡構造線断層系(全長)による地震では6.9カイン、御母衣断層の位置に想定した地震では8.0カイン、直下地震では13.5カインとの結果を得た。
なお、「金井式」とは、東京大学地震研究所教授(当時)であった金井清が茨城県の日立鉱山の地下300メートルにある岩盤上における地震記録をもとに昭和33年に発表した、岩盤上の地震動とマグニチュード及び震源距離との関係式であり、その後、松代群発地震の観測記録を追加して近距離の地震まで適用できるよう修正された。これによれば、岩盤における地震動の最大速度振幅Vカイン、最大加速度振幅Aガル、震源距離xキロメートル、マグニチュードMの関係は
logV=0.61M-(1.66+3.60÷x)×logx-(0.631+1.83÷x)
logA=0.61M-(1.66+3.60÷x)×logx+(0.167-1.83÷x)
と表される。ここで、震源距離xは、震央距離の2乗と震源深さの2乗との和の平方根として求められるところ、後記大崎順彦は、震源深さを、「10^(0.35M-1.435)」(Mはマグニチュード)として求めることを提唱しており、被告もそれに従った。
b 周波数特性、継続時間及び振幅包絡線の経時的変化〔甲359(100、101)、甲365(16)、甲779(57、58、60、61)、甲783(1ないし6、19ないし33、89ないし92)、甲792(58ないし64)、乙6(添6-5-35、6-5-36、6-5-118)、乙17(12)、乙20(26、43、44)、証人F(<1>21ないし27、29、30)、証人G(<1>17、18)、証人F(<2>55、56)〕
被告は、解放基盤表面をS波速度(地震の横波が地盤中を伝わる速度)が毎秒約1.5キロメートルとなる海抜マイナス10メートルの地点にとり、別紙23「基準地震動S1及びS1対象地震の応答スペクトル」〔乙6(添6-5-116)〕及び別紙24「基準地震動S2及びS2対象地震の応答スペクトル」〔乙6(添6-5-117)〕のとおり、基準地震動S1及びS2として考慮すべき各地震の解放基盤表面における応答スペクトルを後記の大崎スペクトルの考え方により求めるとともに、これらを包絡するように、上記各別紙23「基準地震動S1及びS1対象地震の応答スペクトル」の「S1-D」及び別紙24「基準地震動S2及びS2対象地震の応答スペクトル」の「S2-D」のとおり、基準地震動S1及びS2の各設計用応答スペクトルを設定した。また、被告は、基準地震動S1及びS2として考慮すべきものとした地震のうち最大の規模を持つ糸魚川-静岡構造線活断層系(全長)による地震のマグニチュード(M8と4分の1)を経験式に代入して、地震動の始まりを基点として、主要動部に至るのが4.4秒後、主要動部が終わるのが31.9秒後、最大振幅の10パーセントになるのが72.6秒後と算定した。
なお、「大崎スペクトル」とは、昭和54年に東京大学工学部教授であった大崎順彦が提案したもので、主として岩盤で観測された地震記録をもとに、解放基盤表面における速度応答スペクトル(地震動による応答速度の最大値と固有周期との関係を表したもの)をマグニチュードと震央距離とを変数として表したものをいい、金井式と組み合わせるのが標準的な用い方である。大崎スペクトルが与えるのは、最大速度振幅が10カインの応答スペクトルの値であるため、最大速度振幅と10カインとの比を乗じてこれを用いる。
(キ) 設計用模擬地震波の作成等〔甲792(64)、乙6(添6-5-37、6-5-93、6-5-94、6-5-116ないし120、8-1-138ないし140)、乙17(15、16)、乙20(17ないし20、29、30、45ないし47)、証人F(<1>30ないし33、<2>26ないし29)〕
被告は、基準地震動S1及びS2の各設計用応答スペクトルをもとに、前記(カ)bで認定した継続時間及び振幅包絡線の経時的変化を考慮して、設計用模擬地震波を作成した。被告は、鉛直地震力については、耐震設計審査指針(イ(エ)a)に従い、基準地震動の最大加速度振幅の2分の1で高さ方向に一定として取り扱った。被告が作成した設計用模擬地震波の最大速度振幅は、S1が15.5カインで、基準地震動S1として考慮すべき地震の最大速度振幅の最大値12.3カイン(1892年の能登の地震)を上回り、S2が24.1カインで、基準地震動S2として考慮すべき地震の最大速度振幅の最大値13.5カイン(マグニチュード6.5の直下地震)を上回った。
さらに、被告は、設計用模擬地震波から入力地震力を定め、これによる応力をコンピュータを用いて解析するとともに、耐震設計審査指針(イ(オ))に沿って静的地震力による応力を解析し、耐震設計審査指針が要求する耐性(イ(カ))を有するように本件原子炉施設を設計した。
また、被告は、機器・配管系の耐震設計に用いる床応答スペクトル(機器・配管系が、地震による地盤の揺れを建物・構築物を介して間接的に受けることを考慮した応答スペクトル)を作成する際に、動的解析によって得られた床応答スペクトルを横軸の周期方向に正負各10パーセントずつ拡幅した設計用床応答スペクトルを用いた(機器・配管系の実際の固有周期が想定値より多少ずれただけで構造物の揺れの最大値が大きく異なってしまう危険性を回避するための処理と解される。)。
(ク) 本件原子炉建屋基礎地盤の安定性について〔乙6(添6-3-73ないし77)〕
被告は、地質調査や岩盤試験等の結果に基づき、解析用岩盤分類を作成し、これに基づいて基礎岩盤のモデル化を行い、解析用物性値を設定した。その上で、被告は、静的解析については原子炉建屋の水平方向に耐震設計審査指針で定められた地震力を、鉛直方向は一律0.24の震度による地震力を、地盤に対しては水平方向に0.2の、鉛直方向に0.1の各震度による地震力をそれぞれ与え、動的解析については、基準地震動S2に基づいて作成した入力地震動をモデル下端に与え、鉛直地震力については原子炉建屋及び地盤にそれぞれ一律0.25及び0.1の各震度による地震力を与えて、本件原子炉施設の原子炉建屋の基礎地盤の支持力、すべり及び沈下に対する安全性を評価した。
その結果、被告は、原子炉建屋の常時接地圧は約0.5ニュートン毎平方ミリメートル(約5キログラム毎平方センチメートル)、地震時最大接地圧は約1.1ニュートン毎平方ミリメートル(約11キログラム毎平方センチメートル)であり、極限支持力が13.7ニュートン毎平方ミリメートル(140キログラム毎平方センチメートル)である基礎地盤は十分な支持力を有しているなどとの結果を得たことから、本件原子炉施設の基礎岩盤は支持力、すべり及び沈下に対して十分な安全性を有していると評価した。
(2) 考察
前記(1)で認定した各事実によれば、被告の本件原子炉施設の耐震設計は、<1>耐震設計審査指針が示す調査方法に即して敷地周辺の断層を認識し、その活動性を評価するとともに、松田式を用いてその活動規模を評価する、<2>この評価の結果と歴史地震についての調査結果や地震地体構造の考え方などとを併せ考慮して耐震設計上考慮すべき地震を選定し、その規模と発生場所とを想定する、<3>選定された地震の中から設計用最強地震及び設計用限界地震として考慮すべき地震を選定し、併せて設計用限界地震としてマグニチュード6.5の直下地震を考慮する、<4>上記のとおり選定、考慮した地震の各最大速度振幅を金井式を用いて求め、大崎スペクトルによって周波数特性を算定し、経験式を用いて継続時間と振幅包絡線の経時的変化を算定し、これらを考慮して、上記各地震の解放基盤表面における応答スペクトルを作成する、<5>上記各地震の応答スペクトルを包絡するように解放基盤表面における基準地震動S1及びS2の設計用応答スペクトルを設定する、<6>各設計用応答スペクトルをもとに、設計用模擬地震波を作成する、<7>構造物の耐震設計や基礎地盤の安定性が十分なものであるかどうかは、こうして作成された設計用模擬地震波に対する応答を基準として評価するという手順でなされたものである。
そうすると、被告の本件原子炉施設の耐震設計が妥当であるといえるためには、本件原子炉施設の運転期間中に大規模な活動をして敷地に影響を及ぼし得る震源断層に対応する地表地震断層をもれなく把握していることと、直下地震の想定が妥当なものであること、松田式、金井式及び大崎スペクトルを主要な理論的支柱とする基準地震動の想定手法(いわゆる大崎の方法)が妥当性を有することが前提となるといえる。
2 直下地震の想定に関する主張について
(1) 前提事実
前記1(1)イ(エ)、ウ(エ)で認定した事実に文中に記載した証拠及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
ア 耐震設計審査指針は、基準地震動S2を策定する際にマグニチュード6.5の直下地震を想定するよう求めており(前記1(1)イ(エ)d)、被告も耐震設計審査指針に従ってマグニチュード6.5の敷地直下地震を想定した(前記1(1)ウ(エ))。この想定は、マグニチュード6.5を超えるような規模の直下地震が起きる場所では、震源断層面が地表地震断層として現れ、これが累積してリニアメントが生じているはずであるから、地表地震断層が現われない可能性がある地震としては、マグニチュード6.5の直下地震を想定すれば足りるという考え方に基づくものと考えられる。
イ 対応する地表地震断層が確認されていなかったのにマグニチュード6.5を超える地震が発生した事例又はその可能性がある事例及びマグニチュード6.5を超える地震が発生したと考えられるのに、それに対応する地表地震断層が確認されていない事例又はその可能性がある事例として、次の地震がある。
(ア) 享保14(1729)年に発生した奥能登地方を震央とする能登・佐渡の地震(マグニチュードは、新編日本の活断層では6.6ないし7と、本件許可申請書〔乙6(添6-5-9)〕では6.8とされている。)
新編日本の活断層、上記地震の規模に対応する活断層の記載がない。〔乙6(添6-5-45)、乙20(34)、乙14(236)、証人F(<2>48)〕
(イ) 明治29年8月31日に発生した陸羽地震(マグニチュード7.2)
地震前にはなかった千屋地震断層及び川舟地震断層が上記地震の際に現れたとする研究結果が公表されている(松田教授ほか「1896年陸羽地震の地震断層」地震研彙報55巻所収)。〔乙14(120ないし122)〕
(ウ) 明治33年年5月12日に発生した宮城県北部地震(マグニチュード7.0)
松田教授は、上記地震は活断層が知られていない所で発生した地震であるが、同地震は、活褶曲あるいは褶曲構造のある地域で生じたものであり、褶曲構造にはしばしば伏在の逆断層が伴っていて、活褶曲は活断層と同様、地震の発生源にもなると評価している。(松田教授「活断層からの長期地震予測の現状-糸魚川-静岡構造線活断層系を例にしてー」(「地震」第2輯第50巻別冊所収、平成10年発行、以下「平成10年松田論文」という。)〔乙14(128、129)、乙21(26)〕
(エ) 明治42年8月14日に発生した滋賀県長浜市付近を震央とする姉川地震(マグニチュード6.8)
上記地震は柳ヶ瀬断層の活動を意味するといわれているが、平成10年1月16日付朝日新聞の記事中には、松田教授が、上記地震を、マグニチュード7前後の地震でも地表に痕跡が現れない例として挙げている旨の記載がある。〔甲542、乙14(246、247)〕
(オ) 大正3年3月15日に発生した秋田県大仙市付近を震央とする秋田仙北地震(マグニチュード7.1)
松田教授は、上記地震は活断層が知られていない所で発生した地震であるが、同地震は、活褶曲あるいは褶曲構造のある地域で生じたものであり、褶曲構造にはしばしば伏在の逆断層が伴っていて、活褶曲は活断層と同様、地震の発生源にもなると評価している(平成10年松田論文)。また、神戸大学の石橋克彦教授(以下「石橋教授」という。)も、上記地震を地表地震断層が生じなかった地震と評価している。〔甲717(24)、乙21(26)〕
(カ) 大正14年5月23日に発生した北但馬地震(マグニチュード6.8)
松田教授は、上記地震は活断層が知られていない所で発生した地震であると評価している。また石橋教授は、上記地震を地表地震断層が生じなかった地震と評価している。なお、新編日本の活断層には、上記地震によって、田結断層が現れた旨の記載がある。ただし、その距離は1.6キロメートルにすぎない。〔甲717(24)、乙14(288、289)、乙21(26)〕
(キ) 昭和2年3月7日に発生した京都府宮津市付近を震央とする北丹後地震(マグニチュード7.3)
新編日本の活断層中には、上記地震時に丹後半島の南西付け根を北北西-南南東方向に走る郷村断層が動き、上記半島の南東基部を北東-南西方向に走る山田断層も活動したとされているが、これらは地形的に不明瞭であるにもかかわらず比較的大きな地震を起こしたことで注目に値するとの部分がある。石橋教授は、上記地震は、地表地震断層が雨風や洪水で浸食されて地表のズレが消えてしまい、上記地震が発生する前には、活断層を認識し難かったと評価している。また、松田教授も、上記地震に関連した活断層を事前に活断層として全容を認知することはかなり困難であったと評価している。〔甲717(26、27)、甲718(11)、甲720(721)頁、乙14(266、267)、乙21(26)、乙28(123)〕
(ク) 昭和18年9月10日に発生した鳥取市付近を震央とする鳥取地震(マグニチュード7.2)
上記地震では、鳥取市の西に、長さ約14キロメートルの地震断層が、活断層として知られていた鹿野断層及び吉岡断層に沿って出現したが、地震規模に比較して地表に現れた地震断層が短いという特徴があった。松田教授は、上記地震に関連した活断層を事前に活断層として全容を認知することはかなり困難であったと評価した。また、石橋教授は、上記地震を、活断層が認識できないところで発生したと評価した。その後、平成15年ころに行われた空中写真の再判読によって、吉岡断層東端から約8キロメートル離れた鳥取市の東に長さ約6キロメートルの活断層が新たに発見された。広島大学大学院の中田高らは、平成16年に、吉岡断層と新たに発見された活断層が一体となって長さ28キロメートルの起震断層となったとの見解を公表した。〔甲718(11)、甲720(721)、乙14(288、289)、乙21(26)、乙24(41)〕
(ケ) 昭和20年1月13日に発生した三河湾内を震央とする三河地震(マグニチュード6.8)
上記地震では、深溝断層や横須賀断層などの顕著な地震断層が現れた。新編日本の活断層では、が、これらの断層線は著しく湾曲しており、それに沿っての累積変位の地形的表現は極めて弱く、それを写真判読のみで識別することは難しいとされている。また、松田教授は、上記地震に関連した活断層を事前に活断層として全容を認知することはかなり困難であったと評価した。また、石橋教授は、上記地震を、活断層が認識できないところで発生したと評価した。〔甲718(11)、乙14(230、231)、乙21(26)〕
(コ) 昭和23年6月28日に発生した福井市付近を震央とする福井地震(マグニチュード7.1)
上記地震に際して福井地震断層及び福井東側地震断層が生じたとされている。松田教授は、上記各断層は不明瞭ないし震源断層の延長かどうか疑問があると指摘した。また、石橋教授は、上記地震を、活断層が認識できないところで発生したと評価した。〔甲718(11)、甲720(721)、乙14(242、243、244)、乙21(26)〕
(サ) 昭和36年8月19日に発生した岐阜県郡上市付近を震央とする北美濃地震(マグニチュード7.0)
上記地震は鳩ヶ湯断層の活動によるとされているが、平成10年1月16日付朝日新聞の記事中には、松田教授が、上記地震を、マグニチュード7前後の地震でも地表に痕跡が現れない例として挙げている旨の記載がある。〔甲542、乙14(242、243)〕
(シ) 昭和59年9月14日に発生した長野県木曽郡王滝村付近を震央とする長野県西部地震(マグニチュード6.8)
発震機構や余震の分布から、上記地震では東北東-西南西方向の右ずれ断層が生じたと推定されているが、松田教授は、地表に明確な震源断層が現れなかったと評価した。〔乙14(222、223)、乙21(26)〕
(ス) 平成12年10月6日に発生した鳥取県境港市付近を震央とする鳥取県西部地震(マグニチュード7.3)
国立天文台編、丸善株式会社発行の『理科年表机上版第76冊平成15年』(甲780)には、上記地震について、マグニチュード7クラスの地殻内地震にもかかわらず活断層が事前に指摘されておらず、明瞭な地表地震断層も現れなかったとの記載がある。石橋教授は、上記地震は、活断層のないところで発生し、地震後は誰もが認める明瞭な地表地震断層が全く生じなかったと評価している。上記地震が発生した後、その震源域の活断層調査を実施した電力中央研究所の井上大榮らは、上記地震は、これまで活断層が図示されていない地域で発生したが、地震波の解析、余震分布などから地下に震源断層が推定されること、上記地震に伴って地表地震断層の一部が出現した可能性が指摘されているが、地表では確認されていないこと、上記地震の震源域周辺での詳細な空中写真判読により、短く断続するリニアメント群が判読されること、地表踏査により、これらのリニアメントは断層活動によって形成したと考えられること、仮にこれらの詳細な調査を地震前に実施していれば、ある程度の規模の地震発生のポテンシャルがあることが推定可能であったこと等を公表した。〔甲717(21、24、25)、甲780(731)、乙15(571ないし573)〕
ウ 地表地震断層と地震との関係について公表された学者の論文等として、次のようなものがある。
(ア) 新編日本の活断層には、明治以降に日本列島の陸上部に発生したマグニチュード6.5以上の被害地震のうち、その約80パーセントが、活断層又はその至近(5キロメートル未満)で発生しているとの記載がある。〔乙14(33)〕
(イ) 鹿島小堀研究室の武村雅之の「日本列島における地核内地震のスケーリング則-地震断層の影響及び地震被害との関連-」と題する論文(「地震」第2輯第51巻第2号(平成10年10月15日発行)所収)によれば、明治18年から平成7年までのマグニチュード5.8以上の地殻内地震103例のうち、地震断層の疑いあり、ないしは既存の活断層との関連が濃厚と判断された地震の割合は、地震の規模がマグニチュード6.5以下であれば0パーセントから17パーセントの間であるのに対して、マグニチュード7.2以上であれば100パーセントであり、マグニチュード7.1は67パーセント(3例中2例、含まれないのは大正3年1月12日に鹿児島県で発生した桜島地震)、マグニチュード7.0は75パーセント(4例中3例、含まれないのはイの(ウ)の宮城県北部地震)、マグニチュード6.9は100パーセント、マグニチュード6.8は80パーセント(5例中4例、含まれないのは前記イ(シ)の長野県西部地震)、マグニチュード6.7は0パーセント(1例中0例、含まれないのは、昭和23年6月15日に和歌山県で発生した田辺地震)、マグニチュード6.6は100パーセントであるとの記載がある(なお、マグニチュード6.6と同6.7は各1例しかなく、データとしての意味に乏しい。)。
また、同論文には、地震の規模が大きくなると、地震断層の幅が13キロメートル前後で頭打ちになる旨の記載もある。〔乙25(220ないし222)〕
(ウ) 平成10年松田論文には、明治24年濃尾地震以降の、震央が日本陸域にあるマグニチュード6.8以上の地殻上部地震19例とその地表地震断層や活断層との関係を調べたところ、マグニチュード7.2以上の地震(6例)は全て地表で検出できる活断層沿いに発生し、かつ地表に明確な地表地震断層を伴ったが、マグニチュード6.8以上7.2未満の地震13例では、明確な地表地震断層を伴った地震は2例だけであり、不明瞭ないし震源断層の延長かどうか疑問のある地表地震断層を伴った地震を加えても6例に止まり、マグニチュード6.7以下の地震で、地表地震断層が出現した例は、松代群発地震(最大マグニチュード5.4)以外には、確かなものはなく、以上の事例から、既知の内陸活断層の分布は、日本陸域のおよそマグニチュード7.2以上の地殻上部地震に対してはほぼ確実に、マグニチュード6.8以上7.2未満の地震に対しては部分的に、その将来の発生場所を教えていると考えられる旨の記載がある。
(2) 当事者の主張の要旨
ア 原告ら
断層が確認されていない所でマグニチュード7を超える巨大な地震が発生した例は枚挙にいとまがなく、巨大な地震が発生した後でもそこに活断層が確認できない例もいくらでも存在しており、本件原子炉施設の設計用限界地震として考慮すべきとされている直下地震のマグニチュードが6.5とされていることには合理的な理由がない。(原告ら最終準備書面第4章第2の3(2)<2>、<3>、(4)<2>、4(4)アないしエ、5(2)<2>、<4>)
イ 被告
被告が想定したマグニチュード6.5の直下地震は、念には念を入れた耐震設計を行うという観点から、実際に起きる地震というよりも、むしろ起こった場合を想定することを要求する地震である。(被告最終準備書面第2章第2の2(3)ウ(ウ))
(3) 判断
ア 前記1(1)ア(ア)、前記(1)イで認定したように、直下型地震と呼ばれる陸のプレート内型地震のほとんど全ては、過去の震源断層面が再び破壊されて発生するものであるが、地震によって生ずる地震断層面は、必ずしも地表に到達するとは限らない。また、これが地表に到達しても、一部だけであって、地表地震断層の長さが地中の地震断層の長さと対応しないこともあり得る。更に、地表地震断層の一部又は全部が風化等によって容易には確認できなくなる場合もある。したがって、確認できた活断層(「活断層」という概念は多義的であるが、ここでは、「地表地震断層のうち、将来ずれ動くことが推定されるもの」との意味で用いる。)の長さが震源断層の長さとほぼ対応するという根拠はないし、確認できた活断層の長さだけからその原因となった地震の規模を推定しようとする松田式の考え方には限界があり、地震の規模を過小評価してしまう危険があるというべきである。
他方、日本列島は、上部地殻が薄く、その厚みは、せいぜい15キロメートルないし20キロメートルであり、他方、マグニチュードが大きい地震は地震断層面が大きいから、一定の規模以上の地震については、地震断層面が地表に姿を現す可能性が高いと考えられる。また、地震断層面は、地質時代において、繰り返しずれ動いてきたものであるから、一定規模以上の地震断層面においては、それがずれ動いたときの何回かは地震断層面が地表に達しないことがあったとしても、全体的にみれば、地震断層面の長さに対応する地表地震断層が存在しているはずであるとの考え方にも合理性がある。
イ 耐震設計審査指針が基準地震動S2の策定においてマグニチュード6.5の直下地震を想定するよう求め、被告がこれに従ったのは、マグニチュード6.5を超える規模の地震が起こる場所では、これに対応する地表地震断層が確認できるはずであるとの考え方に基づくものであるが、これが相当であるか否かは、過去の地震の調査結果から判断するほかない。
そして、前記(1)イで認定した事実によれば、マグニチュード6.5を超える大規模な陸のプレート内地震であっても、地震発生前にはその震央付近に対応する活断層の存在が指摘されていなかったと言われている例(当該地震によって初めて地表地震断層が生じたと考えられる例も含むと、正確さを確認できない新聞記事を除いても、前記(1)イ(ア)、(イ)、(ウ)、(オ)、(カ)、(キ)、(ク)、(ケ)、(コ)、(ス)が相当する。)やマグニチュード6.5を超える大規模なプレート内地震が発生したのに、これに対応する地表地震断層が確認されなかったと言われている例(同(オ)、(カ)、(シ)、(ス))が相当数存在しているのであり、しかも、前記(1)ウ(ア)ないし(ウ)で認定した各論説の内容等を考え併せると、現在の地震学の知見に従えば、対応する活断層が確認されていないから起こり得ないとほぼ確実にいえるプレート内地震の規模は、マグニチュード7.2ないし7.3以上というべきである。
もっとも、証人Fの供述中には、被告は、本件原子炉敷地周辺の活断層の有無について詳細な調査をしており、これによって本件原子炉敷地周辺にマグニチュード6.5以上の規模の地震を起こし得る活断層が見つかっていないのであるから、マグニチュード6.5の直下地震を想定しておけば十分である旨の部分があるところ、なるほど、被告は、本件原子炉敷地周辺の活断層の有無について、1(1)ウ(イ)b(b)記載のとおり詳細な調査をしたものであり、更に、証拠(甲365、証人F)によれば、本件原子炉敷地の地中については、ボーリング調査(地下300メートルの深さまで実施した。)、試掘坑調査、弾性波調査(人工的に弾性波を発生させて地質の分布状況を調べるもの、地下数百メートルの深さまで実施した。)、トレンチ調査(地表を溝状に掘り、掘削された溝の側面などの地質状況を直接観察するもの)を実施した事実が認められる。そうすると、被告は、本件原子炉敷地及び周辺について、従前地震学者が我が国の国土全域についてしてきた活断層調査よりも、はるかに綿密な活断層調査をしたというべきところ、前者の調査で見つからない活断層であっても、後者の調査であれば見つかるということは当然考えられるから、上記のマグニチュード7.2ないし7.3という値は、原子力発電所立地を前提とする調査をした地域においては、これより一定程度低くみることは可能であろう。しかしながら、前記のように、震源断層が地表付近に到達していなければ、いくら地表や浅い地中を詳細に調べても地下深くの震源断層の存在を把握できないことを考えると、被告がした綿密な調査によっても活断層が見つからなかったからといって、地下にマグニチュード6.5を超える地震の震源断層が存在しないとまで断ずる合理的な根拠があるとは認め難い。
ウ なお、石川県が我が国の他の都道府県と比較して、地震の数が少ないことは公知の事実であり、証拠〔乙6(添6-5-2)〕によれば、歴史時代において、本件原子炉敷地から100キロメートル以内でマグニチュード7を超える地震が起こった記録があるのは、1858年の飛越地震(マグニチュード7.1)のみであること、歴史時代において記録が残されている地震で本件原子炉敷地周辺が受けたと推測される震度は、強震以上が5回、烈震以上が2回で、激震はないことが認められる。しかしながら、他方、我が国において、過去の地震活動性が低いと考えられていた地域で大地震が起こった例が珍しくはない上、むしろ従前地震が起こっていない空白域こそ大地震が起こる危険があるとの考え方も存在する。その上、前記のように、近年、東へ動くアムールプレートの存在を指摘する学説があるところ、証拠(甲717)によれば、この考え方によれば、サハリン、北海道、東北、北陸、山陰付近がその東縁変動帯に当たり、大地震の発生が予測される地域に当たるというのであるから、本件原子炉敷地周辺で、歴史時代に記録されている大地震が少ないからといって、将来の大地震の発生の可能性を過小評価することはできない。
エ そうすると、被告が設計用限界地震として想定した直下地震の規模であるマグニチュード6.5は、小規模にすぎるのではないかとの強い疑問を払拭できない。
3 邑知潟断層帯の評価に関する主張について
(1) 前提事実
文中に記載した証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
ア 邑知潟断層帯は、石川県七尾市から同県鹿島郡中能登町、同県羽咋市、同県羽咋郡宝達志水町を経て同県かほく市に至る、古府断層、石動山断層、野寺断層、坪山から八野付近の断層及び内高松付近の断層(以上の各断層を併せて、以下「邑知潟断層帯の各断層」という。)の総称であり、石動・宝達山地と邑知平野との境界をなしている。〔乙14(239、240)、乙32(4)、乙33(17、18)、乙35(2)〕
同断層帯の全体の長さは約44キロメートルで、ほぼ北東から南西方向に延びており、断層の南東側が北西側に対して相対的に隆起する逆断層である。〔乙32(1、4)〕
イ 被告は、新編日本の活断層に記載されている邑知潟断層帯の各断層及び古府断層と石動山断層との間のリニアメントについて、空中写真判読によりほぼ同様の位置にリニアメントを認め(内高松付近の断層を除く。)、地表踏査を実施して、次のとおり評価した。〔乙35(2ないし4)〕
(ア) 古府断層は、リニアメント近傍の地層に同断層によると考えられる変位・変形が認められることから、更新世後期(約13万年前)以降の活動の可能性がある。同断層の長さは1.9キロメートル。
(イ) 石動山断層は、石川県鹿島郡中能登町久江から同県羽咋市飯山までの約8キロメートルの区間については、同断層の活動により山地側が隆起して形成された地層の変位・変形が認められることから、活動が更新世後期に及んでいる可能性がある。同市飯山南方から同県羽咋郡宝達志水町竹生野までの区間については、同断層の活動により平野側へ傾斜したと考えられる地層が更新世中期前半(約80万年前~約50万年前)に形成された地層にほぼ水平に覆われていることから、同断層の活動は更新世中期前半に終了している。同断層の長さは8キロメートル。
(ウ) 野寺断層は、同町東間から同県かほく市野寺までの約0.8キロメートルの区間については、リニアメント近傍の地層に同断層によると考えられる変位・変形が認められることから、更新世後期以降の活動の可能性がある。同市野寺から同市多田までの区間については、リニアメント近傍の更新世中期前半に形成された地層に変位・変形が認められず、ほぼ水平に堆積していることから、更新世中期前半以降の活動はない。同断層の長さは0.8キロメートル。
(エ) 坪山から八野付近の断層は、同断層の活動により平野側へ傾斜した地層が更新世中期前半に形成された地層にほぼ水平に覆われていることから、活動は更新世中期前半に終了している。
(オ) 古府断層と石動山断層の間に認めたリニアメントは、平野と山地との境界における浸食・堆積の過程で形成された地形であり、断層活動によるものではない。
このように、被告は、同断層帯の中に更新世中期前半に活動を終了したと判断される断層があることから、同断層帯全体を一連のものとして評価する必要はなく、敷地への影響の観点からは石動山断層が耐震設計上考慮すべき活断層であると評価した。
ウ 政府の地震調査研究推進本部地震調査委員会(以下「地震調査委員会」という。)は、平成17年3月9日付で、「邑知潟断層帯の長期評価について」と題する報告(乙32、以下「本件調査委員会報告」という。)を公表した。本件調査委員会報告の骨子は、次のとおりである。〔乙32(1、4)〕
(ア) 邑知潟断層帯の平均的な上下方向のずれの速度は、1000年当たり0.4メートルないし0.8メートル程度と推定される(信頼度は相対的に中程度)。松田教授が平成2年に発表した論文である「最大地震規模による日本列島の地震分布図」(地震研究所彙報65巻所収)に示された基準(5キロメートル以内に発達する活断層を一括して活動すると考えてグループ化する手法、以下「松田の基準」という。)によれば、邑知潟断層帯は断層がほぼ連続的に分布することから、過去、断層帯全体が一つの区間として活動したと推定され(信頼度は相対的に中程度)、最新活動時期は約3200年前以後9世紀以前と推定され(信頼度は相対的に中程度)、その際には、断層の南東側が相対的に2メートルないし3メートル程度高まる段差やたわみが生じた可能性がある。また、平均活動間隔は1200年ないし1900年程度であった可能性がある。
(イ) 邑知潟断層帯は、将来的にも全体が一つの区間として活動すると推定され、その場合、発生する地震の規模は、松田式を用いると、マグニチュード7.6程度と求められる(信頼度は相対的に中程度)。
同断層帯では、活動間隔の長さと比較して最新活動時期の幅が広いことから、信頼度は低いが、将来このような地震が発生する長期確率を求めると、今後30年以内の地震発生確率は2パーセントとなり、今後30年の間に地震が発生する可能性が我が国の主な活断層の中ではやや高いグループに属する。
エ 「松田の基準」は、断層帯から予想される地震の規模の上限値を考えるための基準で、相互隔離距離5キロメートルを目安として近接する活断層線をグループ化して一つの断層帯とし、それを起震断層とみなすという考え方であり、活動範囲を特定するデータが得られない場合に採られることが多い。〔乙21(28)頁、乙24(40)〕
(2) 当事者の主張の要旨
ア 原告ら
(ア) 被告は、本件原子炉施設の耐震設計に当たって、邑知潟断層帯付近の断層等のうち眉丈山第二断層しか評価していないが、地震調査委員会が邑知潟断層帯を個々の断層毎に個別に評価せず、断層帯として評価し、同断層帯による地震の30年発生確率を2パーセントと相当高く見積もっているから、被告の耐震設計の方法が妥当であることを前提としても、被告は評価すべき地震を評価していないことになる。
(イ) 邑知潟断層帯から想定される地震の規模について、本件調査委員会報告は、松田式を前提としてマグニチュード7.6と見積もっているところ、これを前提に金井式を用いて本件原子炉敷地の最大速度振幅を計算すると、22.9カインになる。また、松田式を用いずに統計学的処理による95パーセント信頼区間を求めると、地震の規模はマグニチュード6.6ないし8.3となり、これを前提に金井式で本件原子炉敷地の最大速度振幅を求めると41.3カインとなる。
(原告ら最終準備書面第4章第2の3(4)、原告ら最終準備書面(補充)第1の2、3、第3の2)
イ 被告
(ア) 邑知潟断層帯の中には更新世中期前半に活動を終了したと判断される断層があることから、邑知潟断層帯全体を一連のものとして評価する必要はない。
(イ) 本件調査委員会報告の邑知潟断層帯に対する評価を前提として、同断層帯が活動した場合の本件原発における地震動を断層モデル手法(地震の発生源を点として捉えるのではなく、ある広がりを持った面として捉える手法であり、その面のある1点で破壊が開始して、その破壊が順次広がってゆく様子を模擬することで地表の地震動を評価する。)を用いて検討した結果、邑知潟断層帯による本件原発における地震動は、基準地震動S2の応答スペクトルを上回ることはなかったから、本件調査委員会報告の評価を前提としても、本件原子炉の耐震設計の相当性は失われない。
(被告最終準備書面(補充)第1章第3)
(3) 判断
ア 阪神淡路大震災を契機に、平成7年6月16日、地震に関する調査研究の推進のための体制の整備等について定めることにより、地震防災対策の強化を図り、もって社会の秩序の維持と公共の福祉の確保に資すること等を目的として地震防災対策特別措置法が制定されたが、同法7条に、文部科学省に地震調査研究推進本部(以下「推進本部」という。)を置くことが定められ、推進本部は、地震に関する観測、測量、調査又は研究を行う関係行政機関、大学等の調査結果等を収集し、整理し、及び分析し、並びにこれに基づき総合的な評価を行うこと等の事務をつかさどるものとされた。推進本部は、本部長(文部科学大臣)と本部員(関係府省の事務次官等)から構成され、その下に、関係機関の職員及び学識経験者から構成される政策委員会と地震調査委員会が設置された。
地震調査委員会は、当面推進すべき地震調査研究の課題として、地震動予測地図の作成、リアルタイムによる地震情報の伝達などを掲げ、平成17年3月に「全国を概観した地震動予測地図」を作成、公表した。そして、定期的に会議を開き、調査観測結果や研究成果を整理・分析して、地震活動を総合的に評価するとともに、その結果を公表している。以上の事実は、公知である。
イ 上記の地震調査委員会の設置の目的、人的構成、活動内容、評価の資料等を総合すると、その評価内容に不備があることについて具体的な指摘がない限り、その評価内容は信頼に足りるものと考えられる。そして、次の(ア)及び(イ)に説示するように、その評価内容に不備があるとは認められない。
(ア) 証拠〔乙35(2ないし4)〕中には、本件調査委員会報告は、200万年前以降に活動した断層を対象として文献調査で断層を把握し、松田の基準によって起震断層の長さを評価したものであるところ、被告は、耐震設計審査指針に基づき、5万年前以降に活動した活断層を対象とし、地形・地質調査結果に基づいて活断層の長さを評価した(その結果、考慮すべき活断層の長さは、前記(1)イで認定したとおり、古府断層が1.9キロメートル、石動山断層が8キロ、野寺断層が0.8キロメートルで、その余の断層は考慮する必要がないとされた。)ので、本件調査委員会報告によっても、被告の評価の妥当性は損なわれないとの部分がある。
しかしながら、本件調査委員会報告〔乙32(10、11)〕によれば、地震調査委員会は、自らが現地における地形・地質調査を行ったものではないが、他の研究者がした現地における地形・地質調査結果〔堤浩之ほか「石川県羽咋市における石動山断層の地層抜き取り調査」(活断層研究19巻所収、以下「堤論文」という。)、水野清秀ほか「邑知潟平野南東縁・石動山断層の水白地区におけるトレンチ調査(速報)」(日本地震学会2003年秋季大会講演要旨集所収)、杉戸信彦ほか「邑知潟断層帯・石動山断層の活動履歴調査(その1/水白地区)(活断層・古地震研究報告No4所収)等〕を資料として検討したものであることが認められるから、地震調査委員会が自ら現地における地形・地質調査を行っていないからといって、その報告の信用性を低く評価すべき理由にはならない。
また、耐震設計審査指針が考慮すべき活断層を5万年前以降活動したものに限定したこと自体の合理性も明らかでない〔証拠(甲382)によれば、昭和52年10月の衆議院の「科学技術振興対策特別委員会」において、原子力発電所の安全審査における活断層の定義を尋ねられた科学技術庁の松田泰原子炉規制課長(当時)が、40万、50万年前以降というような地層」と答弁した事実が認められる。〕が、そのことをひとまずおいても、地震調査委員会は、前記のとおり、邑知潟断層帯の最新活動時期は約3200年前以後9世紀以前と推定したのであるから、耐震設計審査指針を前提としても、邑知潟断層帯は考慮すべき活断層ということになる。
(イ)a 証拠(乙24、乙33)によれば、邑知平野の構造や石動・宝達山地の邑知平野に対する相対的隆起運動などからみて、石動・宝達山地は宝達山地塊、志雄地塊、鹿島地塊、七尾地塊及び崎山半島地塊に区分され、石動山地北縁断層群(邑知潟断層帯に相当すると考えられる。)が一本の断層として存在するのではなく、地塊ごとに個々に異なる挙動をしてきたと考えられる旨の論文(片川秀基ほか「石動・宝達山地北西部の地塊区分と活構造」(「地學雑誌111巻1号」所収、平成14年2月25日発行、以下「片山論文」という。)や、松田の基準には限界があり、断層分岐や縦ずれ変位パターンをもとにした活断層の形態的特徴から一つの地震を発生させる活動範囲を推定する方法が有効である旨の論文(中田高ほか「『形態単位モデル』による一括活動型活断層の設定と起震断層の再検討」(活断層研究24巻所収、平成16年6月30日発行)が発表されていることが認められ、これらの事実によれば、断層間の距離を一括活動の基準とする松田の基準を邑知潟断層帯に当てはめて、邑知潟断層帯全体が一つの区間として活動したと推定することは相当でないのではないかとの疑いがないではない。
b しかしながら、証拠〔甲717(36、37、42)、甲775(158、168、169)、甲777(10)、甲963(24、25、27)、乙16の1(492ないし494、496)、乙16の2(771、786)、証人F(<2>41)〕によれば、明治24(1891)年の濃尾地震は温見断層、根尾谷断層及び梅原断層の下で発生しているが、これらの断層は活動度や大地震の再来間隔が必ずしも一致しないと考えられていること、平成7年の兵庫県南部地震の震源断層の破壊は、明石海峡の地下で始まり、神戸市側の六甲断層系及び淡路島側の野島断層に進行したものとみるのが多数の学者の考え方であるが、同地震による上下変位は、神戸市側では西側隆起が優勢であるのに対して、淡路島の西海岸では東側が隆起していること、地震調査委員会は、糸魚川-静岡構造線断層帯を構成する神城断層、松本盆地東縁断層、午伏寺断層、岡谷断層群、諏訪断層群及び釜無山断層群の全部又は一部を1回に活動する区間として想定しているが、これらの断層ないし断層群は変位の向きや1回の変位量が必ずしも一致しないと考えられていることが認められる。
c 複数の断層が活動したと考えられる地震は、上記の濃尾地震や兵庫県南部地震だけでなく、多数起こっており、個々の断層を分断して評価するのではなく、断層帯として評価することは重要であると考えられるところ、断層帯として活動するか否かを判断するメルクマールは、断層間の距離だけでなく、様々な要素があると考えられるが、本訴で提出された証拠によっては、地震学者の間で、その要素の抽出の仕方や重点の置き方に共通の理解が形成されていると認めることはできない。そうすると、現段階においては、断層間の距離をメルクマールとして評価する松田の基準に従うのが相当と考えられるし、bの事実に鑑みると、邑知潟断層帯を構成する各断層に、活動時期や隆起活動の相違があっても、それだけでは邑知潟断層帯の各断層が一括して活動する可能性を否定できるとは考え難い。なお、証拠(乙32)によれば、地震調査委員会は、片山論文を参照した上で、本件調査委員会報告を作成したことが認められるところ、このことも無視できない事情である。
ウ そして、地震調査委員会の邑知潟断層帯に対する評価を前提にすると、邑知潟断層帯の平均的なずれの速度は1000年当たり0.4メートルないし0.8メートル程度であり(前記(1)ウ(ア))、これは、耐震設計審査指針にいうB級活断層に当たる(前記1(1)イ(エ)e)から、耐震設計審査指針に従えば、邑知潟断層帯は、基準地震動S2として考慮すべき活断層ということになる。そして、邑知潟断層帯による地震は、被告が基準地震動S2として考慮すべき地震として活動性の低い活断層から想定される地震の中から選定した眉丈山第二断層による地震(予想されるマグニチュードは6.6)よりも、本件原子炉敷地に与える影響が大きいことが明らかである。
エ 被告は、邑知潟断層帯が一体として活動した場合の本件原子炉敷地での地震動を、断層モデル手法に従って計算し、断層モデルの諸元については、推進本部が定めた「活断層で発生する地震の強震動評価のレシピ」(以下「強震動評価のレシピ」という。)に従って設定したところ、基準地震動S2の応答スペクトルを上回ることがなかった旨主張し、証拠(乙35)にはその主張に沿う部分がある。
しかしながら、同証拠によっても、結論が記載されているのみで、結論に至る過程の記載がないところ、証拠〔甲717(15)、乙16の1(458)、乙16の2(806)、乙32(11)〕によれば、活断層で発生する地震の震源特性の設定においては、評価対象を断層全体の形状や規模を示す巨視的震源特性、主として震源断層の不均質性を示す微視的震源特性、破壊開始点や破壊過程を示すその他の震源特性の三つの震源特性を考慮して特性化震源モデルを作成すること、活断層で発生する地震は、海溝型地震と比較して、地震の活動間隔が長いために、最新活動の地震観測記録が得られていることは希であり、変動地形調査や地表トレンチ調査による過去の活動の痕跡のみから特性化震源モデルを設定しなければならないため、海溝型地震と比較して、そのモデルの不確定性が大きくなる傾向にあること、強震動評価を行うにあたってはアスペリティの数や位置をどのように設定するかが重要となること、邑知潟断層帯においても、その活動と直接関係する先史時代・歴史時代の地震に関する資料は知られていないこと、以上の事実が認められる。そうすると、強震動評価のレシピに従った邑知潟断層帯の地震動の評価と一口にいっても、設定されたアスペリティの数や位置をはじめとする諸元が具体的に明らかにされなければ、その地震動の評価の妥当性を検討し難いことになるから、単に結論だけを示した上記証拠だけでは、被告の上記主張事実を認めることはできない。
かえって、証拠(甲971)によれば、邑知潟断層帯が活動し、マグニチュード7.6の地震が発生した場合における本件原子炉敷地の地震動を金井式に従って評価すると、最大速度振幅が22.9カインとなることが認められる。そして、これは、被告が基準地震動S1を定めるに当たって活動性の高い活断層から想定される地震の中から選定した跡津川断層による地震の最大速度振幅6.0カイン及び糸魚川-静岡構造線活断層系(北中部)による地震の最大速度振幅5.8カイン、基準地震動S2を定めるに当たって活動性の低い活断層から想定される地震の中から選定した眉丈山第二断層による地震の最大速度振幅9.2カイン、糸魚川-静岡構造線断層系(全長)による地震の最大速度振幅6.9カイン、地震地体構造から御母衣断層の位置に想定した地震による最大速度振幅8.0カイン、マグニチュード6.5の直下地震による最大速度振幅13.5カインをそれぞれはるかに凌駕している。
なお、22.9カインという数値は、被告が作成したS2の設計用模擬地震波の最大速度振幅24.1カインを下回る。しかしながら、設計用模擬地震波は、考慮すべき地震全ての応答スペクトルを包絡して設定した設計用応答スペクトルに適合するように作成するもので、どの程度の余裕をもって包絡させるかは、必要な安全余裕を考慮して決めるものと推認できる。個々の地点が受ける地震動は、震源断層面の大きさ、断層面からの距離及び地盤の堅さだけによって定まるものではなく、アスペリティの位置や大きさ等、基準地震動S1、S2を算定する手法において考慮対象外に置かれている要素の影響を受けるものであるし、原子炉施設もひびや減肉等の弱点を抱えているから、設計用応答スペクトルを設定するに当たって適切な安全余裕を見込むことは不可欠であると考えられる。したがって、基準地震動S2の応答スペクトルを設定する過程で邑知潟断層帯による地震を考慮していれば、本件原子炉施設におけるS2の設計用模擬地震波の最大速度振幅は24.1カインよりも遙かに高くなっていた可能性が大きいというべきである。そうすると、邑知潟断層帯による地震において予想される最大速度震幅が、基準地震動S2の最大速度震幅を下回るから本件原子炉施設が安全であると即断することはできない。
オ 以上の次第で、被告が基準地震動S2を定めるに当たって考慮した地震の選定は相当でなく、基準地震動S2の最大速度振幅は、過小に過ぎるのではないかとの強い疑いを払拭できない。
4 大崎の方法の妥当性に関する主張について
(1) 前提事実
我が国の原子力発電所の耐震設計における基準地震動の想定は、松田式及び金井式を前提とする大崎の方法に基づいて行われており、そのことは耐震設計審査指針に明記されていないものの、当然の前提となっている。
そして、大崎の方法は、本件原子炉だけでなく、他の原子炉の安全審査でも妥当なものとの評価を受けてきた(争いがない)。
(2) 原告らの主張の要旨
ア 大崎の方法には次のとおり誤りがある。
(ア) 松田式の誤り
活断層がなくても地震は起こるし、活断層の長さと地震の規模は符合しない。したがって、活断層の長さから今後起こる地震の規模を想定する松田式は誤っている。
(イ) 金井式の誤り
地震動は、震源断層からの距離によって減衰していく。したがって、震源断層の中心を震源とし、その震源からの距離によって同心円的に減衰していくと考える金井式は誤っている。
(ウ) 大崎スペクトルの問題点
大崎の方法が著された論文には、基礎となった地震のデータが引用されているが、そのデータを特定すべき情報が記載されておらず、その理論の正確性を検証できない。また、大崎は、応答スペクトルを作るに当たって、様々な地震のデータから都合の悪い部分を殊更に捨象しており、理論としての正当性に限界がある。
イ 兵庫県南部地震では、大崎の方法によって得た応答スペクトルを超える地震動が確認された。また、平成17年8月16日に宮城県沖を震源として発生したマグニチュード7.2の地震(以下「平成17年宮城県沖地震」という。)では、東北電力女川原子力発電所で基準地震動S2を超える地震動が観測された。これらの事実は、大崎の方法に妥当性がないことを裏付けている。(原告ら最終準備書面第4章第1の3)
(3) 判断
ア 松田式について
前記2(3)で説示したとおり、一定の規模以上の地震を別にすれば、活断層の長さが震源断層の長さとほぼ対応するという根拠はなく、確認できた活断層の長さだけからその原因となった地震の規模を推定しようとする松田式の考え方には限界があるというべきである。
そして、証拠(甲717、963)によれば、松田教授自身が平成10年松田論文で、松田式の資料となった地震を厳選し、そのマグニチュードや断層の長さを改訂した上で、活断層の長さから地震の規模が予測できるのは、マグニチュード6.8から8.0までの地震に限るとの前提で、
logL=0.72M-3.92
という関係式(以下「修正松田式」という。)を発表し、それまでの松田式を改訂したことが認められる。
上記事実に、前記2(1)イで認定した各地震の例、同ウで認定した学説の内容等を勘案すると、松田式を用いるのであれば、マグニチュード6.8以上の地震について上記の修正松田式を採用するのが妥当であり、地震の規模の限定なく、従前の松田式を用いるのは、想定される地震の規模を小さく予測してしまう危険があるというべきである。
イ 金井式について
(ア) 証拠〔甲775(178ないし183、183、184)、甲779(56)、甲781(32)、甲782(45)、甲794(8)、乙16の1、2〕によれば、次の事実が認められる。
a 距離減衰式は、震源から離れるに従って地震動が小さくなるという人の素朴な経験に基づくもので、それ自体は正当性を有しており、その中でも金井式は、地震の発生源を点として捉え、地震動は同心円的に減衰していくという考え方に基づくものであるが、発表当時は重要な役割を果たした。
b しかしその後、地震を起こすのは地下の断層であることが明らかにされ、断層モデル理論が構築された。これによって、地震波は震源から放出された時点で、既にある方向に偏って振動し、その振幅も方位に依存する(指向性効果)という、距離減衰式では表現できない性質を持っていることが明らかにされた。また、金井式は、現実には線状である地震の発生源を点として捉えるところ、比較的近距離ではこのような近似が成り立ち難くいため、金井式の適用限界があるとされ、その限界距離を明らかにする研究もなされている。なお、金井式は、震源距離が40キロメートルないし200キロメートルで、マグニチュードが4.1ないし5.1程度の規模の地震の観測記録をもとにして見出された関係式である。
c 地震調査委員会では、「全国を概観した地震動予測地図」を作成するに当たり、代表的な断層帯について、これを起震断層と想定した場合の強震動(マグニチュードの大きい地震が発生した際に観測される大きな地面の揺れのこと)評価をして、これを公表しているが、その手法は、上記(3の(3)エ)に記載した強震動評価のレシピに基づくものであり、想定される震源断層の位置、長さ、幅、傾斜、深さ、走行、地震モーメント等だけでなく、想定されるアスペリティの位置、大きさ及び個数、アスペリティ及びその背景領域の平均すべり量、応力降下量、すべり速度時間関数、平均破壊伝播速度、破壊開始点、破壊形態、地下構造モデル(密度、P・S波速度、層厚、減衰特性)等のデータを収集し、これをもとに強震動計算方法によって計算するというものである。
(イ) 上記事実によれば、金井式の距離減衰の発想そのものは正当であるし、これ自体が経験式であるから、地震の規模、震源断層との距離等の面において、その元となったデータ〔前記(1の(1)ウ(カ))のとおり、日立鉱山の地下300メートルにある岩盤上における地震記録と松代群発地震の観測記録である。〕の特性と類似する一定範囲の地震動については妥当な結論が得られる可能性が高いと思われるが、その適用の限界は慎重に見定めるべきである。
また、震源距離を算出する上で震源の深さを確定することが必要であり、前記1(1)ウ(カ)で認定したとおり、大崎は、マグニチュードの関数として震源深さを求めている(厳密に言えば、証拠(甲783)によれば、大崎は、「震源深さ」ではなく、「エネルギー放出中心」と称していることが認められる。)ところ、上記証拠によれば、これは、余震域を一つの球体と仮定したときの半径についての経験式をもとに、その2分の1をエネルギー放出中心の深さとするとの考えによるものであることが認められるが、その合理性は判然としない。
上記証拠によれば、大崎自身が上記の計算値と気象庁が発表した過去の地震の震源深さとの比較をしているが、これによれば、上記計算値と現実の震源深さがほとんど一致していないことが認められる。もっとも、原子力発電所の耐震設計に使うのであるから、計算値が現実の震源深さと一致しなくとも、より浅く算出されるのであれば、合理性があるというべきであるが、上記証拠によれば、マグニチュード8.0から8.1の4地震の震源深さが最小値が15キロメートル、最大値が45キロメートル、平均値が28キロメートルであるのに対し、計算値が25.5キロメートルであることが認められるから、上記の意味での合理性を認めるのも困難である。
ウ 大崎スペクトルの問題点について
証拠(甲783)によれば、大崎スペクトルは、与えられたマグニチュード、震央距離、減衰定数、固有周期及び最大速度振幅に対して、応答速度を計算するものであること、大崎スペクトルは、解放基盤表面と考えられる24の観測地点に設置された強震加速度計によって観測された46の地震動の実測データ(それぞれに南北波と東西波があり、一部データが欠落しているものがあるので、データの数は84になる。)を元に作成されたものであること、上記の地震動のうち、マグニチュード7を超えるものは6例しかなく、マグニチュード8を超えるものはないこと、大崎が大崎スペクトルとマグニチュード5.5以上の地震動データの速度応答スペクトルを比較したところ、相当数の実測データによる速度応答スペクトルが大崎スペクトルの値を上回っていたこと、以上の事実が認められる。
そうすると、大崎スペクトルの値は、当該地震動において大崎スペクトルを超える応答速度が生じないというものではないし、データが限られていることによる限界もあり得るというべきである。
エ 現実の地震との整合性について
そもそも大崎の方法は経験的手法であるところ、経験的手法による事象の分析は、その事象を説明できるような理論枠組みが確立していない場合に、統計的処理によって観測結果を説明し得るような関係性を見出そうとする手法であるから、こうして見出された関係性が適用範囲にある観測結果をよく説明し続けている限り、単に統計的処理の前提となった理論枠組みに不十分な点があるというだけで、見出された関係性そのものが直ちに妥当性を失うというものではないといえる。
そうすると大崎の方法の妥当性如何は、大崎の方法により得られた結果と実際の観測結果との整合性如何にかかっていることになる。
そして、原告らは、兵庫県南部地震及び平成17年宮城県沖地震による地震動が、大崎の方法に妥当性がないことを裏付けた旨主張するので、以下検討する。
(ア) 兵庫県南部地震について
a 証拠〔甲371、775、甲776の1、甲777、甲779、甲784、甲794(2、3、10ないし14)、証人G(<1>30ないし36)〕によれば、次の事実が認められる。
(a) 気象庁によると、兵庫県南部地震の諸元は次のとおりである。
i 発震時刻平成7年1月17日午前5時46分
ii 震央北緯34度36分東経135度03分
iii 深さ14キロメートル
iv マグニチュード7.2
(b) 兵庫県南部地震の際、神戸市灘区六甲台町の神戸大学工学部の実験棟のトンネルの中に設置されていた地震計は、最大速度振幅55.1カイン、最大加速度305.3ガルを示した。同地震計は、平成3年に阪神地域において地震災害防止対策を進めることを目的として土岐憲三京都大学教授を座長として発足した関西地震観測研究協議会が設置したものであり、同地震計の設置場所(以下「本件観測地点」という。)の地盤は岩盤であるとされていた。
(c) 原子力安全委員会は、地震発生から2日後の平成17年1月19日、原子力発電所の安全審査に用いられる耐震設計に関する関連指針類の妥当性について検討するため、「平成7年兵庫県南部地震をふまえた原子力施設耐震安全検討会」(以下「耐震安全検討会」という。)を設置し、同年9月、耐震安全検討会は報告書を公表した。
これによれば、耐震安全検討会は、耐震設計審査指針による地震及び地震動の評価方法に問題がないかを検討するために、評価地点として本件観測地点を選定した。そして、過去の地震、活断層による地震、地震地体構造上想定される地震、直下地震の中から、評価地点に最も大きな影響を与える地震として、地震地体構造上想定される地震(六甲山地南東麓から淡路島北部の活断層群の位置のマグニチュード7.75(震央距離16キロメートル)の地震)を選定した。そして、同地震によって解放基盤表面にもたらされる地震動を大崎の方法及び評価地点が震源付近の場合に通例用いられる断層モデルによりそれぞれ応答スペクトルの形で求め、これと神戸大学での観測値による応答スペクトルと比較した。その結果、断層モデルによる応答スペクトルは、大崎の方法によるそれをほとんどの周期で凌駕し、本件観測地点での観測値による応答スペクトルは、長周期側(固有周期約0.62秒を超える部分)において、大崎の方法による応答スペクトルを上回り、一部では、断層モデルによる応答スペクトルをも上回った。(なお、G一級建築士が計算したところ、上記大崎の方法によって計算した本件観測地点の最大速度振幅は約31カインとなった。)
耐震安全検討会は、平成7年6月20日から21日にかけて、本件観測地点の現地調査を実施した。そして、ボーリングコアを調査し、地震計が設置されているトンネルのコンクリート(厚さ95センチメートル)の直下に約1.3メートルの厚さで埋戻土又は表層土があり、その下に約41メートルの厚さで風化された花崗岩が分布していることを確認した。
耐震安全委員会は、本件観測地点での観測値は、岩盤上の記録とはいえず、表層地盤の増幅などの影響が考えられること、原子炉施設の安全上重要な建物・構築物、機器・配管系は原則として剛な構造であり、これらの固有周期は短周期側に集中していること等から、これによっても、耐震設計審査指針の地震動の評価方法の妥当性が損なわれるものではないと結論づけた。
(d) 日本地震学会、地盤工学会、土木学会、日本建築学会、日本機械学会が共同してまとめた「阪神・淡路大震災調査報告」によれば、本件観測地点(地下10メートル)の地盤は、コンクリート、その下の約1.5メートルが砂・シルト層、その下の地下60メートルまでの部分が花崗岩であり、花崗岩のS波速度は、地下約12メートルから約16メートルまでの約4メートル厚の部分が約300メートル毎秒、その下の地下約21メートルまでの約5メートル厚の部分が600メートル毎秒、その下の部分が約800メートル毎秒であると記載されている。また、同報告書では、設置場所の地盤は「岩盤」であることを前提として記述されている。
(e) 岩盤とは、S波速度が700メートル毎秒を超えるものをいう。
b 上記事実によれば、本件観測地点の地盤は岩盤とはいえない。しかしながら、埋戻土又は表層土の厚みは約1.3メートルにすぎず、その下も風化しているとはいえ花崗岩であり、地震計の約11メートル下からは岩盤であるということができるから、地震動の増幅があるとしても大幅なものとは考え難いのに、増幅による影響を修正する計算が示されていない。最大速度振幅55.1カインと約31カインとの差は大きく、耐震安全検討会の上記報告書の内容をふまえても、大崎の方法によって導き出される基準地震動が、現実の地震動よりも過小なのではないかとの疑問が払拭されたとはいい難い。
また、断層モデルによる応答スペクトルが大崎の方法による応答スペクトルを大部分の周期で凌駕したことも、その感を強くさせる。
(イ) 平成17年宮城県沖地震について
a 証拠(甲960ないし962)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(a) 宮城県牡鹿郡女川町には、東北電力女川原子力発電所1号機ないし3号機が設置されている。
(b) 平成17年8月16日午前11時46分ころ宮城県沖(北緯38度90分、東経142度16.7分、震源深さ42キロメートル)を震源としてマグニチュード7.2の平成17年宮城県沖地震が発生した。これによる宮城県牡鹿郡女川町の震度は5弱であった。
(c) 東北電力は、平成17年9月2日、平成17年宮城県沖地震によって女川原子力発電所で測定された岩盤上の加速度886ガルが設計用限界地震で想定される673ガルを超えていたと発表した。その詳細は次のとおりである。
i 岩盤中(海面下8.6メートル)の地点に設置した地震計は、上記地震の際、最大加速度が南北方向で233ガル、東西方向で221ガル、上下方向で112ガルをそれぞれ示した。
ii 東北電力は、上部の地盤の影響を取り除いて解放基盤相当の地震動(いわゆる「はぎとり波」)を試算した。
iii 東北電力がこれの応答スペクトルを算出したところ、0.1秒より短周期の側で観測値は南北方向も東西方向も基準地震動S1の設計用応答スペクトルを上回り、周期0.05秒付近では東西方向の観測値(886ガル)が基準地震動S2の設計用応答スペクトルの値(673ガル)を上回り、南北方向の観測値がプレート境界地震から策定した基準地震動S2の設計用応答スペクトルの値に達した。また、周期0.4秒付近で、南北方向の観測値が直下地震から策定した基準地震動S2の設計用応答スペクトルを超え、プレート境界地震から策定した設計用応答スペクトルの値に達し、東西方向の観測値が直下地震から策定した基準地震動S2の設計用応答スペクトルの値に達した。
b 次の事実は、裁判例(仙台地裁昭和56年(ワ)第1852号東北電力女川原子力発電所建設工事差止請求事件平成6年1月31日判決)で認定された事実(判例タイムズ850号169頁以下参照)又は原子力安全委員会及び地震調査委員会がインターネット上で公表しており誰もが接することのできる事実であるから、公知の事実といってよいと考えられる。
(a) 女川原子力発電所2号機の耐震設計は耐震設計審査指針に従って行われ、耐震設計審査指針策定前に設置された同1号機も耐震設計審査指針とほぼ同内容の安全審査に合格した。女川原子力発電所2号機の設計における設計用最強地震及び設計用限界地震の選定方法並びに基準地震動の設定の骨子は、次のとおりである。
まず、東北電力は、設計用最強地震の対象となる地震として、三陸沿岸の地震(貞観11年、マグニチュード8.6、震央距離201キロメートル)及び仙台沖の地震(明治30年、マグニチュード7.4、震央距離48キロメートル)を選定し、設計用限界地震の対象となる地震として、活断層から想定されるものとしてF-6断層による地震(マグニチュード6.2、震央距離12.1キロメートル)及びF-7断層による地震(マグニチュード6.5、震央距離21.0キロメートル)を選定し、地震地体構造から想定されるものとして宮城県沖近海のプレート境界の位置に想定した地震(マグニチュード7.6、震央距離20キロメートル)を考慮し、併せて直下地震(マグニチュード6.5、震源距離10キロメートル)を考慮した。
次に、東北電力は、松田式、金井式及び大崎スペクトルを用いる方法(いわゆる大崎の方法)で基準地震動を設定し、これを最大加速度振幅で表現した。その結果、基準地震動S1の最大加速度振幅が250ガル、基準地震動S2の最大加速度振幅が375ガルとされた。
(b) 前記aの(c)iiのとおり、東北電力は、平成17年宮城県沖の地震の際の上記観測結果から上部岩盤の影響を取り除いた解放基盤相当の地震動を試算したところ、その結果は、最大加速度振幅が南北方向で235ガル、東西方向で284ガルとなった。
(c) 宮城県沖では、明治30年2月20日、昭和11年11月3日、昭和53年6月12日の3度にわたって近接した場所を震源域としてそれぞれマグニチュード7.4の地震が発生した。これらは「宮城県沖地震」と総称され、地震調査委員会は、近い将来、同様の「宮城県沖地震」が起こることを想定している。地震調査委員会は、平成17年宮城県沖の地震は、震源の位置が上記昭和53年宮城県沖地震の震源に近く、ほとんどの余震は同地震の余震域内で発生しているが、南側の比較的狭い範囲に留まっており、上記昭和53年宮城県沖地震に比べ、地震の規模、観測された津波及び推定される波源域のいずれも小さいことから、想定している宮城県沖地震ではないと判断している。なお、東北電力が設計用最強地震として選定した明治30年仙台沖の地震は、上記宮城県沖地震の一つであり、その震源の位置は、平成17年宮城県沖の地震のそれよりも西側にあり、女川原子力発電所に近い。
c 以上の事実によれば、次のとおりいうことができる。
(a) 東北電力が女川原子力発電所2号機の設計用最強地震として選定した明治30年仙台沖の地震と平成17年宮城県沖の地震を比較すると、マグニチュードが前者は7.4、後者は7.2、震央距離は前者が48キロメートル、後者はそれ以上、震源深さが後者が42キロメートルである。なお、前者の震源深さは、前記1(1)ウ(カ)aで認定した大崎の方法によって求めたと推認できるところ、その結果は、12.16キロメートルとなる。
(計算式)10^(0.35×7.2-1.435)≒12.16
(b) 東北電力が大崎の方法(金井式)を使って計算した結果、明治30年仙台沖の地震によって女川原子力発電所敷地の解放基盤表面が受ける地震動の最大加速度は250ガルに満たなかった。
しかるに、同地震よりも規模が小さく(マグニチュードが0.2小さいから、規模は2分の1である。)、震源距離が相当遠いと考えられる平成17年宮城県沖の地震によって、女川原子力発電所敷地の解放基盤表面は、東西方向で284ガルの地震動を受けたのである。そうすると、その原因は、観測値から上部地盤の影響を取り除くはぎとりの方法に誤りがあったとか、女川原子力発電所の敷地の地盤構造が特殊であった等の特段の事情のない限り、金井式による考え方が、少なくとも明治30年仙台沖地震の地震動の解析には妥当しなかったというべきであるところ、上記特段の事情があることを認めるに足る証拠はない。
(c) 平成17年宮城県沖の地震によって女川原子力発電所敷地の解放基盤表面が受けた地震動の最大加速度は、東西方向で284ガルであり、東北電力が計算した基準地震動S2の最大加速度375ガルに達していなかった。しかるに、現実の地震動は、周期0.05秒付近で、設計用限界地震の各応答スペクトルを包絡して作成したはずの基準地震動S2の設計用応答スペクトルの値を200ガルも上回ったのである。原子炉施設においては、建物、構築物、機器・配管系の固有周期が短周期側に集中しているのに、その短周期側において、大幅に上回ったことは重大な問題であると考えられる。この事実によれば、他に特段の事情のない限り、大崎スペクトルの考え方が、少なくとも女川原子力発電所における地震動の解析には妥当しなかったというべきであるところ、上記特段の事情があることを認めるに足る証拠はない。
(ウ) 小括
以上のとおりであって、兵庫県南部地震については、疑問を残しつつも断定的な評価をするのは困難であるが、平成17年宮城県沖地震については、大崎の方法によって得られた結果と実際の観測結果が整合しないことが明らかになったというべきである。
オ まとめ
以上を総合すると、松田式、金井式及び大崎スペクトル並びにこれらを総合した大崎の方法は、経験的手法として相当の通用性を有し、原子力発電所の耐震設計において大きな役割を果たしてきたということができるが、地震学による地震のメカニズムの解明は、これらの手法が開発された当時から大きく進展していて、これらの手法の持つ限界も明らかになってきており、他方、これらの手法による予測を大幅に超える地震動を生じさせた地震が現に発生したのであるから、現時点においてはその妥当性を首肯し難い。そうすると、これらの手法に従って原子力発電所の耐震設計をしたからといって、その原子力発電所の耐震安全性が確保されているとはいい難いことになる。
5 鉛直方向の地震動を水平方向の地震動の2分の1とみることの妥当性に関する主張について
(1) 前提事実
前記1(1)イ(エ)a、ウ(キ)で認定した事実に文中に記載の証拠及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
ア 被告は、本件原子炉施設の耐震設計に当たって、鉛直地震力については、耐震設計審査指針に従い、基準地震動の最大加速度振幅の2分の1で高さ方向に一定として取り扱った(前記1(1)イ(エ)、ウ(キ))。
イ 平成7年1月17日に発生した兵庫県南部地震の際、各地で鉛直方向及び水平方向の地震動の最大加速度が観測された。耐震安全検討会は、耐震設計審査指針における鉛直地震力の評価の妥当性についても検討を行い、上記報告書(甲777)で、次のとおり結論づけた。
(ア) 収集した観測記録のうち、埋立地盤の観測記録(表層の軟弱地盤の非線形性の影響が著しいため、水平方向の加速度が減衰する一方、上下方向の加速度が減衰しないため、鉛直/水平の比が相対的に大きくなる。)及び構造物の影響が大きいと思われる観測記録を除いた125地点の観測記録について、上下動と水平動の比について分析をしたところ、水平動に対する上下動の平均は、最大加速度振幅で0.45、最大速度振幅で0.38となった。
(イ) 上記観測記録のうち、時刻歴波形が得られている23点を対象として水平方向の最大加速度の発生時刻における上下動の加速度振幅を分析したところ、水平動に対する上下動の平均値は約0.13、最大値は約0.3であった。
(ウ) 一般に地震時の構造物の設計を支配するのは水平地震力であり、鉛直地震力の影響は小さいものと考えられていること、原子炉施設の場合、建物・構築物は原則として剛構造としているし、壁量が多いために、上下方向の地震力に対しても一般建築物より比較的大きな安全余裕を有していること、原子炉施設の圧力容器等の容器は円筒殻等のシェル構造(構造物の大きさに比べ非常に薄い材料で作られる曲面板状の構造)となっており、上下方向の剛性が高く、ポンプ等は剛体の構造物であり、配管は上下方向及び斜め方向にも適切に支持されており、揺れ難い構造となっていること等から上下動による原子炉施設の耐震安全性に与える影響は小さいとみなすことができることに加え、上記観測結果を考慮すると、耐震設計審査指針の鉛直地震力の評価は、妥当性が損なわれるものではない。
ウ 上下地震動の性状に関する研究結果等として、次のものがある。
(ア) 大崎順彦らが監修した株式会社産業技術出版北興の「原子炉設計の耐震指針」(甲787)には、鉛直方向の地震動の最大加速度は水平方向の地震動の約3分の2とするNewmarkらの研究報告があること、岩盤での地震観測記録を解析して、最大加速度及び最大速度の水平方向の地震動に対する鉛直方向の地震動の比は、震源近傍では1に近いが、距離が増すと0.4ないし0.6の比になるとする渡部らの研究報告があること、1979(昭和54)年のエルセントロ地震での観測記録から、水平動に対する上下動の応答スペクトル比は、断層近傍で1.0前後と大きいが、離れると約0.5の比となることが分かるとの研究結果があること等が紹介されている。
(イ) 社団法人日本建築学会が編集著作した同学会発行の「動的外乱に対する設計-現状と展望-」(甲788)には、地震動の上下動成分は水平動成分に比べて小さいのが一般的であり、水平方向の地震動に対する鉛直方向の地震動の最大加速度及び最大速度の比は0.5弱の値が平均として得られているが、この比は震源に近づくとやや大きくなり、1994(平成6)年のノースリッジ地震や平成7年の兵庫県南部地震で震源付近で得られた記録を整理すると、この比は0.7前後の値を示し、他の統計解析からも、水平方向の地震動に対する鉛直方向の地震動の最大加速度の比は、距離が非常に小さくなると1に近づく旨が記載されている。
(ウ) 毎日新聞の平成7年3月29日付夕刊(甲385)には、京都大学防災研究所の藤原悌三教授(耐震工学)が、コンクリートは圧縮(下の方向)の力には比較的強いが、上に引っ張る力には弱く、水平に対する抵抗力が小さくなる傾向がある旨指摘したこと、小山英之大阪府立大工学部講師(数理科学)が、従来の原子力発電所では縦揺れを動的力ではなく静的力でしか解析していないと批判したこと、日本電気協会の技術指針(昭和62年)の「今後の技術的課題」に、原子力発電所の耐震性について、今後は動的な解析も必要と記載されていること等が紹介されている。
(エ) 荻野晃也(京都大学工学部)著、たんぽぽ舎発行の「阪神大震災と原発」と題するパンフレット(甲371)には、アメリカ合衆国では、鉛直方向の地震動と水平方向の地震動との比について、卓越周期0.03秒ないし0.29秒では1を、それ以外では3分の2を採って設計するものとされており、国際原子力機関(IAEA)が1979(昭和54)年ころ発行した「安全ガイド50-SG-S1」では水平動と上下動の比率を2分の1ないし3分の2を採るものとしている旨の記載がある。
(2) 当事者の主張の要旨
ア 原告ら
耐震設計審査指針が、鉛直方向の地震動を水平方向の地震動の2分の1とみていること、さらに鉛直方向の地震動を静的にみていることは誤りである(原告ら最終準備書面第4章第1の4)。
イ 被告
構造物への影響は水平方向の地震力が支配的であること、また、耐震安全検討会の報告書の内容に照らし、被告がした上下動の評価は相当である(被告最終準備書面第2章第2の2(3)エ(エ))。
(3) 判断
前記(1)ウで認定した各事実によれば、地震動の上下動成分は水平動成分に比べて一般的に小さいこと、その比率は一般的には0.5程度であるが、震源に近づくに連れて大きくなることは、地震学あるいは地震工学の知見として一般的に知られているというべきである。また、最大加速度水平動が発生する時刻と最大加速度上下動が発生する時刻がずれるとしても、耐震設計としては、それぞれについて解析を行うべきではないかと考えられる。そうすると、保守的になされるべき原子力発電所の耐震設計において、上下動の最大加速度振幅を水平動のそれの2分の1と固定した耐震設計審査指針及び被告の耐震設計の合理性には疑問を抱かざるを得ない。
なお、耐震安全検討会は、兵庫県南部地震で得られたデータによって検討した結果、耐震設計審査指針の妥当性が損なわれないと結論づけたが、上記の地震学あるいは地震工学の知見に照らせば、得られたデータと震源断層からの距離に特段の配慮がなされるのが望ましかったと考えられる。
しかるに、証拠(甲777)によれば、耐震安全検討会の報告書で、耐震設計審査指針の鉛直地震力の評価の妥当性について利用したデータが得られた125地点は、断層からの距離が20キロメートルを越える場所が大部分であり、10キロメートル以内は7か所、10キロメートルを超え20キロメートル以内は9か所にすぎないことが認められる。しかも、上記証拠によれば、10キロメートル以内の7か所のうち5か所のデータ及び10キロを超え20キロメートル以内の9か所のうち6か所のデータが、いずれも上下動の最大加速度振幅が水平動のそれの0.5を超えていることが認められる。そうすると、震源断層からの距離について配慮しないで全てのデータを平均し、その結果が0.5を超えなかったから耐震設計審査指針の鉛直地震力の評価の妥当性が損なわれないと結論づけたことの妥当性には疑問が残るといわざるを得ない。
6 想定を超える地震動が本件原子炉に与える影響に関する主張について以上の検討の結果によれば、本件原子炉の耐震設計の手法である大崎の方法の妥当性を首肯し難い上に、その前提となる基準地震動S2の設計用模擬地震波を作成するについて考慮すべき地震の選定にも疑問が残るから、鉛直方向の地震動の評価の問題をひとまずおいても、本件原子炉敷地に、被告が想定した基準地震動S1、S2を超える地震動を生じさせる地震が発生する具体的可能性があるというべきである。
そこで、基準地震動S1、S2を超える地震動が本件原子炉に与える影響を検討する必要がある。
(1) 証拠(乙6、9)によれば、次の事実が認められる。
ア 安全評価指針は、軽水炉設置許可申請者に対して、「運転時の異常な過渡変化」「事故」「重大事故」及び「仮想事故」について解析評価をすることを求めているが、ここにいう「運転時の異常な過渡変化」及び「事故」の定義は前記第1章第2の4 (1)で説明したとおりであり、「重大事故」とは、「事故のうち、放射性物質の放出の拡大の可能性がある事故」を、「仮想事故」とは、「重大事故として取り上げられた事故についてより多くの放射性物質の放出量を仮想した事故」をそれぞれ意味している。そして、これらは、その原因が原子炉施設内にある、いわゆる内部事象を指し、自然現象あるいは外部からの人為事象については、これらに対する設計上の考慮の妥当性が別途安全設計審査指針等に基づいて審査されることとされている。
イ 本件許可申請書によれば、被告は、安全審査指針等に基づいて、「運転時の異常な過渡変化」「事故」「重大事故」及び「仮想事故」について評価を行った。同申請書には、更に、地震について1項をもうけ、次の安全設計を講じるので、地震が原子炉施設の安全評価で想定する事故の誘因になること、また、事故を拡大することは考えられないと記載するのみで、それ以上の解析をしていない。
「耐震設計に当たっては、建物・構築物は原則として剛構造とするとともに原子炉建屋等の重要な建物・構築物は原則として岩盤に支持させる設計とする。また、原子炉施設を耐震設計上の重要度に応じて分類し、それぞれに応じた設計地震力に対し十分安全側の設計を行う。Aクラスに分類される施設については、基準地震動S1による地震力に対して耐えるよう設計し、また、Asクラスの施設に対しては、基準地震動S2による地震力に対してその安全性能が保持される設計とする。また、重要度により分類された設備相互の間では、下位の分類に属する設備の破損によって上位の分類に属する設備に波及的事故が起こらないように設計する。上記の耐震設計とは別に、原子炉緊急停止系作動回路の一つとして、原子炉施設が一定の加速度以上の地震動に見舞われた場合に「地震加速度大」の信号により、原子炉をスクラムさせる回路を設ける。」
(2) 上記のように、被告が、本件原子炉が基準地震動S1、S2を超える地震動を受けたときの解析をしていないため、その場合にどのような事象が生じるかは推測の域を出ないが、可能性としては、碍子破損等による外部電源の喪失、非常用電源の喪失、配管の破断、シュラウドの破断(前記第4の3(1)ア(ウ)a(b)で認定したとおり、シュラウドは基準地震動S1、S2に耐えることを健全性評価の基準としている。)、冷却材の減少、喪失、ECCSの故障、反応度の上昇等が考えられるし、最後の砦であるスクラムの失敗も考えられないではなく、炉心溶融事故の可能性も反応度事故の可能性もあるというべきである。いずれにしても、被告が運転時の異常な過渡変化や事故の評価の前提としている機器の単一の故障や単一の誤操作に止まるものではなく、様々な故障が同時に、あるいは相前後して発生する可能性が高く、そのような場合、被告が構築した多重防護が有効に機能するとは考えられない。そうすると、その場合、本件原子炉周辺住民が許容限度を超える放射線を被ばくする蓋然性があるといわざるを得ない。
7 まとめ
(1) 本件原子炉の運転により、原告らが許容限度を超える放射線を被ばくする具体的危険が認められるか
ア 上記のように、本件原子炉施設の耐震設計については、その手法である大崎の方法の妥当性自体に疑問がある上、その前提となる基準地震動S2の設計用模擬地震波を作成するについて考慮すべき地震の選定にも疑問が残るから、本件原子炉敷地に、被告が想定した基準地震動S1、S2を超える地震動を生じさせる地震が発生する具体的可能性があるというべきであり、これに6で検討した結果を併せ考えると、原告らは、本件原子炉が運転されることによって、本件原子炉周辺住民が許容限度を超える放射線を被ばくする具体的可能性があることを相当程度立証したというべきである。
イ これに対して、本訴において被告がした主張立証は、耐震設計審査指針に従って本件原子炉を設計、建設したことに重点が置かれ、原告がした耐震設計審査指針自体に合理性がない旨の主張立証に対しては、積極的な反論は乏しく、現在調査審議が継続中の耐震設計審査指針の改訂が行われれば、新指針への適合性の確認を行うと述べるに止まった。
なお、本件原子炉の耐震設計は、平成11年3月に原子力安全委員会の安全審査に合格した。しかしながら、前記第2の2(2)で述べたとおり、上記安全審査を経たからといって直ちに本件原子炉の安全設計に欠けるところがないとは即断できないところ、証拠(乙31)によれば、本件原子炉の安全審査は、耐震設計審査指針にしたがってなされたものであり、平成12年10月6日の鳥取県西部地震、その後公表された地震調査委員会による邑知潟断層帯に対する評価や平成17年宮城県沖地震によって女川原子力発電所敷地で測定された最大加速度振幅等の情報が前提とされていないことが認められるから、本件原子炉の耐震設計が上記安全審査に合格しているからといって、本件原子炉の耐震設計に妥当性に欠けるところがないとは即断できない。
以上の被告の主張、立証を総合すると、原告らの立証に対する被告の反証は成功していないといわざるを得ない。よって、本件原子炉が運転されることによって、周辺住民が許容限度を超える放射線を被ばくする具体的危険が存在することを推認すべきことになる。
(2) 本件原子炉の運転差止め請求を認容すべきか
ア 上記のとおり、本件原子炉が運転されることによって、本件原子炉の周辺住民が許容限度を超える放射線を被ばくする具体的危険が認められる。
イ 人格権に基づく差止請求が認められるためには、その侵害ないし侵害の具体的危険が受忍限度を超えて違法であることを要すると解せられる(最高裁判所平成7年7月7日第二小法廷判決・民集49巻7号2599頁参照)ので検討する。
本件原子炉の運転は私企業の経済活動であるが、被告が本件原子炉で生産しようとしているものは電気という公共財であり、その運転が差し止められれば、我が国のエネルギーの供給見通しに影響を与えかねないということはできる。しかしながら、証拠(甲955)によれば、平成16年秋には本件原発1号機の定期検査が約2か月間延長されたが、被告の電力供給にさしたる問題がなかったことが認められるから、本件原子炉の運転が差し止められても、電力需要が伸び悩む中、少なくとも短期的には、被告の電力供給にとって特段の支障になるとは認め難い。他方、被告の想定を超える地震に起因する事故によって許容限度を超える放射性物質が放出された場合、周辺住民の生命、身体、健康に与える悪影響は極めて深刻であるから、周辺住民の人格権侵害の具体的危険は、受忍限度を超えているというべきである。
なお、原子力発電所のような先端の科学技術を利用した設備や装置は、常に事故の危険を孕んでおり、その可能性を零にすることは不可能であるが、その設備や装置を設置して利用することについて社会的合意が形成され、かつ設置者が、想定される事故及びこれによって予想される被害を回避するために、その被害の内容や規模に照らして相当と評価し得る対策を講じたのであれば、それでもなお残存する危険については、社会的に許容されていて違法性がないとみる余地があると解せられる。しかしながら、既に詳細に説示したところによれば、被告の耐震設計は、地震によって予想される本件原発周辺住民が受ける被害の内容や規模に照らして相当と評価し得る対策を講じたものとは認め難い。
よって、人格権侵害の具体的危険が認められる原告らについて、その本件原子炉運転差止め請求を認容すべきことになる。
ウ ところで、原告らの住所は、前記第1章第2の2(1)アで認定したとおり、大多数が北陸三県にあるものの、遠くは、東は福島県から西は熊本県まで拡がっており、本件原子炉からもっとも遠い熊本県では、その距離は約700キロメートルに達するものと考えられる。そこで、原告毎に上記具体的危険が認められるかを検討すべきところ、原子力発電所の事故によって周辺公衆が受ける被害について、各項末尾に記載した証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(ア) 事故によって原子炉内の放射性物質が外部に放出されると、周辺公衆は、放射性煙霧からのガンマ線外部照射、放射性煙霧を吸入して放射性物質が体内に取り込まれることにより身体各部が受ける内部照射、放射性煙霧が直接農作物に沈着して汚染し、それを食べることによって起こる内部照射、放射性煙霧が沈着して土地を汚染し、そこにできる農作物やそこに育つ家畜などを食べることによって起こる内部照射などの過程を通じて、放射線を被ばくする〔甲3(141ないし144)、甲25(47頁)〕。
(イ) チェルノブイル原発事故によって、炉心の黒鉛火災が約10日間にわたって続き、その間、莫大な放射性物質が環境に放出され、8000キロメートル以上離れた我が国においても放射性物質が検出されたこと、原子力発電所から30キロメートル以内の住民の強制避難が実施されたこと等は公知の事実であるが、環境に放出された放射性物質の正確な量や周辺住民が受けた被害の程度や規模については、必ずしも明らかでない。これについては、次のような情報がある。
a 旧ソ連が1986(昭和61)年8月にIAEAに提出した報告書によれば、事故後10日後の5月6日現在で、希ガス性のクリプトン、キセノンが約5000万キュリー、これにヨウ素、セシウム等を合わせて約1億キュリーというものであったが、民間の研究者の間では、実態はこれの数倍に及ぶという見解が強い(甲140、481、484、703)。
b 旧ソ連の上記報告書によれば、事故による被ばくによって急性の放射線障害が現れたのは203人で、その全員が原子力発電所職員と消防士で、周辺住民には被害がなく、上記203人のうち28人が3か月以内に死亡したとされた(甲481、484、703)。
c 1996(平成8)年4月にウィーンで行われたIAEAの会議での結論は、次のようなものであった(甲484)。
(a) 急性放射性障害者数は134人、うち死亡者が28人で、周辺住民には急性放射線障害の被害はなかった。
(b) ベラルーシ、ウクライナ、ロシアの被災3か国から1995(平成7)年末までに約800件の小児甲状腺ガンが報告されており、これは事故との間に相関性が認められるが、そのうち死者は3名である。
(c) 汚染地域住民や事故処理事業者の間で、甲状腺以外のガンや白血病の増加は認められていない。
d Izrael YuAの1994(平成6)年の論文においては、被災3か国においてセシウム137に汚染された地域の面積は、各国のチェルノブイル被災者救済法によって避難ゾーンとされる40キュリー以上(1平方キロメートル当たり、以下同じ。)が3100平方キロメートル、移住義務ゾーンとされる15ないし40キュリー以上が7200平方キロメートル、希望すれば移住が認められる5ないし15キュリー以上が1万9120平方キロメートル、放射能管理が必要とされる1ないし5キュリーが11万5900平方キロメートルに及ぶとされている。また、FIrsova D,Cheunobylの1990(平成2)年の論文においては、事故前に上記避難ゾーン及び移住義務ゾーンに住んでいた住民の数は、26万8000人であるとされ、Stepanenko V.Fの1996(平成8)年の論文、Malko M.Vの1998(平成10)年の論文及び1996(平成8)年の「National Report of Ukraine」においては、1995(平成7)年(ロシアの数字は1991(平成3)年)においても、上記汚染地域に住んでいる住民が656万人に及ぶとされている。〔甲703(14)〕
e 放射能汚染食品測定室発行の「チェルノブイリ原発事故による放射能汚染地図」(1990(平成2)年)によると、チェルノブイル原発から100キロメートル以内の土地は、殆どが1平方キロメートル当たり1キュリー以上のセシウム137に汚染されており、200キロメートルから300キロメートル離れても1平方キロメートル当たり15キュリー以上のセシウム137に汚染された地域があり、600キロメートル離れても1平方キロメートル当たり1キュリー以上のセシウム137に汚染された地域がある〔甲703(352)〕。
f A.Okeanovの1994(平成6)年の論文においては、ベラルーシで国家登録された子供とベラルーシ全体の子供との罹病率を比較すると、甲状腺ガンにおいて前者は後者の16倍、悪性腫瘍において同5.3倍、内分泌・免疫系疾患において同4.0倍、血液系疾患において同4.7倍、循環器系疾患において同3.1倍、耳鼻咽喉系疾患において同4.9倍との結果であったとされている〔甲703(358)〕。
g 平成17年4月25日付の北陸中日新聞において、ウクライナの民間組織であるチェルノブイル身体障害者同盟は、チェルノブイル原発事故の影響で過去19年間にウクライナ人150万人以上が死亡したとする調査結果をまとめたことが報道されている(甲956)。
(ウ) 昭和36年に原子力産業会議が科学技術庁から委託されて行った調査「大型原子炉の事故の理論的可能性及び公衆損害に関する試算」の報告書においては、1000万キュリーの放出を想定し、低温放出では、数百名の致死者、数千名の障害者、100万人程度の要観察者が生じ得る、物的損害は、最高では、農業制限地域が幅20ないし30キロメートル、長さ1000キロメートル以上に及び、損害額は1兆円以上に及ぶとされている(甲23)。
(エ) アメリカ合衆国ブルックヘブン国立研究所が米国原子力委員会の依頼によってまとめた報告書(「WASH740」と略称される。)においては、電気出力約17万キロワットの原子炉が大爆発を起こしたと仮定した場合に、約2億キュリーの放射能が環境に放出され、最悪の場合、急性障害での死者が3400人、急性障害者4万3000人、要観察者380万人、永久立ち退き人口46万人、農業制限等面積39万平方キロメートルとされている(甲470)。
(オ) 平成17年3月に原子力資料情報室が、本件原子炉で、炉心が溶融し、蒸気爆発を起こし、格納容器が破壊され、希ガス100パーセント、無機ヨウ素60パーセント、セシウム40パーセント等が放出された場合を想定し、気象条件を、風速毎秒2メートル、降雨なし、大気安定度D(放射能の広がり角度15度)、放出高度100メートルと仮定して被害予測をした。その手法は、マサチューセッツ工科大学のラムスッセンが米国原子力委員会からの依頼によってまとめた報告書(「WASH1400」と略称される。)で使った方法に準拠した。その結果、そこに留まっている人間全員が死亡する6シーベルト以上の被ばく地域が26キロ以内、半数が死亡する3シーベルト以上の被ばく地域が45キロメートル以内、急性障害が生じる0.25シーベルト以上の被ばく地域が262キロメートル以内、放射線作業従事者の年間線量限度である0.05シーベルト(50ミリシーベルト)以上の被ばく地域が728キロメートル以内との結果になった。(甲876)
エ 上記各事実によると、チェルノブイル原発事故による周辺公衆の被害についての旧ソ連の報告やIAEAの結論では、被害は比較的小規模に止まっているが、他方でこれらの報告や結論の内容よりも相当深刻であった旨の前記ウ(ウ)ないし(オ)の各報告ないし被害予測の内容も考え併せると、原子力発電所で重大事故が発生した場合、その影響は極めて広範囲に及ぶ可能性があるというべきである。そして、前記ウ(オ)の被害予測によれば、本件原子炉において地震が原因で最悪の事故が生じたと想定した場合は、原告らのうち最も遠方の熊本県に居住する者についても、許容限度である年間1ミリシーベルトをはるかに超える50ミリシーベルトの被ばくの恐れがあることになるから、全ての原告らにおいて、上記具体的危険が認められるというべきである。
第6結語
以上の検討の結果によれば、原告らのその余の主張を検討するまでもなく、原告ら全員の被告に対する本訴各請求をいずれも認容するべきであるので、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 井戸謙一 裁判官 冨上智子 裁判官 平野剛史)
(別紙省略)