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金沢地方裁判所 平成13年(わ)398号 判決 2002年11月11日

主文

被告人を無期懲役に処する。

未決勾留日数中250日をその刑に算入する。

理由

(犯罪事実)

被告人は,先物取引による損失等のために多額の借金を抱え,その返済に窮していたところ,A株式会社との間に,被告人が使用する普通乗用自動車(以下「本件車両」ともいう。)を被保険自動車として同車の搭乗者の死傷1名につき最高5000万円まで補償する人身傷害補償の自動車保険契約が締結されているのを奇貨として,同保険金を入手するため,被告人の実母であるB(当時81歳)を同車に搭乗中の交通事故により死亡したもののように装って殺害しようと企て,平成13年8月20日午後8時ころ,石川県珠洲市a町bc番地先路上において,被告人が運転し,同女を助手席に乗せた同車を前記場所先の路外に設置されたコンクリート電柱に故意に衝突させた上,その場に停止した同車の助手席で気を失っていた同女の足下床部付近等に携行した混合油を撒き,これに携行したライターで点火して火を放ち,よって,同日午後8時30分ころ,同所付近において,同女を焼死させたものである。

(補足説明)

1  弁護人は,本件車両の衝突及び火災の発生並びにそれによるB死亡の事実は争わないものの,本件は事故であり,被告人が故意に本件車両を衝突させたり,これに火を放ったりしたことはないから,殺人罪は成立せず,被告人は無罪である旨主張し,被告人もこれに沿う供述をする。

2・※  そこで検討するに,関係証拠によれば,①本件衝突現場付近は,車道幅員5.4メートル,片側1車線の見通しのよい直線道路であり,道路及び側溝,路外の煙草畑,雑木林等からは,タイヤ痕,スリップ痕,擦過痕などの本件車両が通行又は逸脱したと認められる痕跡は残されていないこと,②本件車両は,進行道路左側に沿って長さ約5.7メートルの範囲にのみ設置された側溝の蓋の上を通り,その側溝の外側に設置されたコンクリート電柱に時速約30キロメートルで衝突したこと,③衝突直後,現場付近を,人の歩く速さと同じ位又はそれよりも遅い速度で通りかかった2台の車両の運転者であるC及びDは,いずれも,先端付近から湯気のようなものが立ち上がっていたものの,全く出火していない本件車両や,車外に出た被告人が通行車両に対して通過を促し交通整理をするかのように手を左右に振るなどしているのを目撃したこと,④その後,更に通りかかった別の車両の運転者Eは,前端中央付近から出火中の本件車両や,被告人が顔を本件車両に近付けて窓越しに車内をのぞき込むようにしたり,付近に座り込んだりしているだけで,助手席に乗っていた被害者を直ちに救出する様子がないのを目撃したこと,⑤上記Eが自己の存在を被告人に知らせようとしてクラクションを鳴らしたところ,被告人は,ゆっくり歩いて同人に近付き,自分の携帯電話を手渡して「110番にかけてくれ。」と言って,しゃがみ込んだり,本件車両と同人付近の間を行ったり来たりするのみで,本件車両内に同乗者がいることを一言も告げなかったこと,⑥被告人は,同人から「あんた一人か。」と尋ねられて初めて「婆ちゃんがいる。」と答えたこと,同人から「何で婆ちゃん助けん。」と言われるや,「シートベルトが外れん。」などと言いながら,特に慌てる様子もなく,燃えている本件車両の方に歩いて行き,被害者の上半身あたりをつかんで車内から力任せに引きずり出し,本件車両のすぐ脇の地面の上に放り出したこと,⑦本件車両と同種車両を取り扱っている自動車販売店の整備士は,本件車両を子細に見分,検討した結果,本件程度の衝突による衝撃等で本件車両が出火する可能性は認められず,それ以外の原因で出火した可能性が高いと考えられるとしていること,⑧科学警察研究所が,本件車両,本件車両内外から採取された残焼物及び本件車両と同型の車両(比較対照用)などを鑑定資料として,本件車両の衝突による出火の可能性の有無を鑑定した結果,衝突による出火の可能性を示す状況はなかったことなどが明らかに認められる。

・※  被告人は,第1回公判期日において,自動車保険の保険金を入手するためではないとしながらも,交通事故を装って被害者を殺害したこと自体は認めていた。また,捜査段階では,①混合油を妻の実家の納屋から持ち出した上,約460ミリリットルをペットボトルに入れ,本件車両に積載しておいたこと,②日が暮れて暗くなるのを待ち,道路との間の側溝に蓋が被せてあり脱輪するはずのない場所にあるコンクリート電柱をわざと狙って本件車両を衝突させたこと,③通行車両が現場を通り過ぎた後,混合油のうち約120ミリリットルを助手席の床に撒き,その混合油に携行していた百円ライターで点火し,被害者の膝付近まで炎を立ち上らせたこと,④その際被害者を殺すつもりだったものの,被害者の体に直接混合油をかけることまではさすがに憚られたこと,⑤次いで,衝突によりボンネットが折れ曲がったため,外から見える状態になったバッテリー付近に残りの混合油を流し込み,これに前記ライターで点火したこと,⑥その後約2分間にわたり,本件車両から少し離れた地点に立って,本件車両が燃える様子を見ていたこと,やがて,車内に煙が充満してきたので,被害者は煙を吸ったりして死んでしまうだろうなどと思っていたことなど,被害者を殺害した方法等について具体的かつ詳細で迫真性に富む供述をしている。被告人の上記供述内容には格別不自然不合理な点はないばかりか,前記認定の証拠上明らかな事実とも符合しており,被害者を殺害した旨の被告人の供述の信用性は高い。

・※  以上を総合すると,被告人が,確定的殺意をもって,本件衝突を故意に起こし,更に本件車両に混合油を撒いた上,火を放って被害者を殺害したことを,合理的な疑いを差し挟む余地なく,優に認めることができる。

3  次に,本件犯行の動機について検討する。

・※  関係証拠によれば,①被告人は,平成7年ころから先物取引を行っていたところ,その損失額は平成12年7月ころまでに合計2500万円以上に達していたこと,②被告人は,そのことなどが原因で多額の借金をし,平成12年1月には金融会社に対し自己所有の土地に根抵当権設定仮登記をするなどし,平成13年8月20日当時の借金の総額は約2300万円に上っていたこと,③被告人は,営んでいた造花業の不振もあって上記借金の返済に窮し,平成13年に入ると,弁護士に相談するとともに,知人らに「家屋敷を売りたい。」,「死ぬしかない。」などと漏らしたり,子供から金銭面の援助を受けたりしたこと,④被告人は,平成13年7月6日,人身傷害補償の自動車保険契約を更新し,本件衝突後,本件保険会社に対し,保険金請求手続等について複数回問い合わせ,同年11月には「まだだめなのか。保険金が下りないと新しい車が買えない。」などと言って保険金の支払を催促したこと,⑤その間の同年9月,親戚に対し,上記保険金を借金の返済に充てる旨話したことなどが明らかに認められる。

・※  被告人は,捜査段階において,①平成12年末には借金により首が回らない状態に陥ったこと,②平成13年に入って,弁護士に金融会社との交渉を依頼したが,それも進展しなかったため,「このままでは家や屋敷がとられるのではないか。F家を自分がつぶしてしまうのではないか。」などと恐れ,同年5月か6月には,交通事故を装って自殺し,自動車保険の保険金を借金の支払に充てようと考えるに至ったこと,③同年7月以降,元々折り合いの悪かった被害者の言動に対する不満を募らせ,自分が死ぬ代わりに被害者を殺して保険金を入手しようと考えたこと,④同年8月16日,本件車両に混合油を積載し,それ以後被害者を殺害する機会を窺っていたが,同月20日,被告人の実弟と,被害者のことに関して電話で口論したのを契機に,気持ちが「朱色から赤色に」変わり,被害者の殺害を実行するに至ったことなど,犯行の動機についても,具体的かつ詳細に独自の表現を交えて供述しており,これらは前記の証拠上明らかな事実に沿い,不自然不合理な点はない。

・※  以上を総合すると,被告人が被害者を殺害した主要な動機は,自動車保険の保険金を入手するためであると優に認めることができる。

4  これに対し,被告人は,第1回公判期日において,交通事故を装って被害者を殺害したが,自動車保険の保険金を入手する目的はなかったと供述し,さらに,第3回公判期日においてその供述を変遷させて殺害自体を否認し,その後の公判期日における被告人質問では,本件衝突を起こしたのは対向車のライトに目が眩んだせいであり,出火したのは,吸っていた煙草の火が混合油に引火したためであるなどと供述するに至った。しかし,供述を変遷させた理由について何ら合理的な説明がない上,その供述内容自体,本件衝突後における本件車両の出火状況や被告人の言動といった重要な部分について,前記認定の証拠上明らかな事実と整合性を欠き,不自然不合理である。したがって,被告人の公判供述は,第1回公判期日における交通事故を装って被害者を殺害したとの部分を除いて,到底信用できない。

5  なお,弁護人は,被害者の死亡時刻が犯行日の午後9時ころである旨主張する。しかし,関係証拠によれば,①犯行日の午後8時20分ころから30分ころ,本件現場を通りかかり,本件車両が炎上しているのを目撃したGは,本件車両のすぐ脇に倒れていた被害者を運んで安全な場所に移動させた後,「大丈夫か。」と声をかけたところ,被害者は声を発することはなかったが,ゆっくりと首を上下に動かしたこと,その時点では被害者の脈もわずかに取れたこと,しばらくすると被害者の脈は次第に弱くなり,脈が取れなくなったこと,その後10分程経過して救急隊員が到着したこと,②その時刻は午後8時38分であり,被害者は既に心肺停止状態にあったこと,③被害者は,心肺停止状態のまま,午後8時52分,H病院に搬入され,その後,医師から人工呼吸と心臓マッサージを受けたものの,全く反応がなく,午後9時に治療を打ち切られたことなどが認められる。これらを総合すると,被害者の死亡時刻は午後8時30分ころとするのが相当である。

6  以上の検討によれば,被告人は,判示のとおり,交通事故を装って自動車保険の保険金を入手する目的で,被害者を殺害しようと企て,被害者を助手席に同乗させた本件車両を路外のコンクリート電柱に故意に衝突させた上,これに混合油を撒いて火を放ち,同乗していた被害者を殺害したものと認められる。弁護人の前記主張は採用しない。

(量刑の事情)

1  本件は,先物取引による損失等のために多額の借金を抱え,その返済に窮していた被告人が,本件車両を被保険自動車として搭乗者の死傷について補償する人身傷害補償の自動車保険契約が締結されているのを奇貨として,同保険金を入手するため,被告人の実母である被害者を本件車両に搭乗中の交通事故により死亡したもののように装って殺害しようと企て,被告人が運転し,被害者を助手席に乗せた本件車両をコンクリート電柱に故意に衝突させた上,本件車両に混合油を撒いて火を放ち,被害者を焼死させたという事案である。

2  犯行に至る経緯

被告人は,平成7年ころから先物取引を始めたが,次第にその損失が増加したことなどが原因で,各種金融機関のほか高利の商工ローンの金融会社からも借金を重ねるようになり,平成12年1月ころには,利息の支払だけでも月額約27万円に上り,その負担を軽減するため,自己所有の土地に,前記金融会社を権利者とする根抵当権設定仮登記をした。被告人は,その多額の借金の存在を知って被告人方に集まった親族の前で,先物取引をやめる旨約束したものの,その後も親族に隠れて先物取引を続け,また,営んでいた造花業も不振であったことから,同年末には,仕事上の代金支払にも事欠く状態に陥った。そして,平成13年1月ころ,前記金融会社から利息に加えて元金の支払をも求められたことから,弁護士に前記金融会社との交渉を依頼したが,それも思うように進展しなかったため,「このままでは家や屋敷がとられるのではないか。F家を自分がつぶしてしまうのではないか。」などと心配するようになった。そして,同年5月か6月ころ,交通事故を装って自殺し,自動車保険の保険金を借金の返済に充てようと思い立ったが,自分が死にきれずに半身不随などになったら嫌だという思いもあって,その計画を実行に移すことをためらっていた。しかし,同年7月ころから,自分やその弟ら親族に対する被害者の言動を聞いて,被害者がわざと自分と弟を仲違いさせようとしているのではないかとの不信感を抱き,被害者への不満を募らせ,また,このような被害者は自分が自殺した後,自分の妻らとうまくやっていくことができないだろうなどと考えるに及んで,同年8月14日ころ,自殺する代わりに交通事故を装って被害者を殺害し,その保険金を借金の返済に充てようと決意した。被告人は,被害者を乗せた本件車両をわざと路外のコンクリート電柱に衝突させるなどした上,混合油を撒いて火を放ち,交通事故による車両火災を装って被害者を焼き殺そうと計画し,同月16日以降,混合油入りのペットボトルを本件車両に積載して犯行の機会を窺っていたところ,同月20日,被害者を乗せて本件車両を運転中,弟からかかってきた電話で被害者をめぐって口論したのを契機に,前記計画を実行に移すことを決意し,日が暮れるのを待って,判示のとおり本件犯行に及んだ。

3  特に考慮した事情

被告人は,保険金を入手して自己が先物取引などをして抱えた多額の借金の返済に充てるため,実母である被害者を殺害したもので,犯行の動機は誠に身勝手かつ利欲的である上,保険制度の悪用を図る極めて反社会的なもので,犯行に至る経緯や動機に酌量の余地は全くない。

被告人は,火を放つための混合油をあらかじめ用意し,数日間犯行の機会を窺い続けた末,本件車両を故意にコンクリート電柱に衝突させ,通行車両を立ち去らせるや,確定的殺意をもって,衝撃により助手席で気を失い,抵抗や逃走などできるはずもない状態にある高齢の被害者に対し,その足下床部付近に混合油を撒いて火を放ち,更にバッテリー付近にも混合油を流し込んで火を放ち,衝突事故による車両火災を装おうとし,その後しばらく,車外から,被害者が生きたまま煙に巻かれ,焼け死んでいく様子を眺めるなどしていたものである。このように,計画的で強固な犯意に基づいた冷酷かつ残忍極まりない犯行である上,ほかならぬ実母に対してこのような犯行に及んだのは,まさしく人倫に反する(なお,被告人は,犯行後,被害者を本件車両から車外に運び出しているが,これは,通行人から被害者を助けるよう指摘されたため,殺害の意図を察知されないようにやむなく行った行為と認められるから,これを被告人に有利に斟酌するのは相当ではない。)。また,被害者を殺害後,その計画どおりに保険金請求の手続に取りかかろうとするなど,犯行後の情状も悪い。

被害者は,当時81歳の高齢で,それなりに平穏な余生を送っており,今後もその日々が続くはずだったのに,突然実の息子である被告人から生きたまま火を放たれ,焼死というあまりに無残な最期を迎えたのであって,その驚愕や苦しみ,無念さは計り知れない。被害者は,当時被告人との間に多少の葛藤があったことも窺われるが,殺されなければならないような特段の落ち度があるとは到底いえない。また,被害者を突然失った遺族の悲しみは深い。さらに,本件犯行が社会に与えた衝撃も大きい。このように結果は極めて重大である。

被告人は,公判廷において犯行を否認し,不合理な弁解に終始しており,反省の情は微塵も認められない。また,平成5年に建造物侵入,非現住建造物等放火未遂罪により,懲役2年・3年間刑執行猶予に処せられた前科があることも考慮すると,被告人の規範意識の欠如は著しい。

以上によれば,被告人の刑事責任は極めて重いといわなければならない。

そうすると,被告人が,借金を抱えていたものの,正業に就いていたことなど,本件証拠により窺われる被告人のために酌むべき一切の事情を全て考慮しても,無期懲役に処するのはやむを得ないと思料した。

(求刑 無期懲役)

(裁判長裁判官 伊東一廣 裁判官 髙橋裕 裁判官 平手一男)

<編注:『※』部分は原文のとおり。>

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