大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

金沢地方裁判所 平成13年(ワ)151号 判決 2002年12月09日

原告

同訴訟代理人弁護士

浅野雅幸

長原悟

被告

同代表者法務大臣

森山眞弓

同指定代理人

浅井俊延

外九名

主文

1  被告は、原告に対し、金五二万円及び内金二万円に対しては平成一一年八月二三日から、内金五〇万円に対しては同年一〇月一三日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第1  請求

被告は、原告に対し、金一〇〇万円及び内金一〇万円に対しては平成一一年八月二三日から、内金九〇万円に対しては同年一〇月一三日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

本件は、原告が福井刑務所において受刑中、同刑務所職員から暴行を受け、同刑務所長によって違法に軽屏禁二〇日間等の懲罰を科せられたとして、被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき、前者について一〇万円、後者について九〇万円の各慰謝料及び各不法行為の後である前者については平成一一年八月二三日から、後者については同年一〇月一三日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

1  争いのない事実及び証拠(各項末尾に記載)により明らかに認められる事実

(1)  当事者等

原告は、強盗致傷罪で懲役六年の実刑判決を受け、平成九年一月七日同判決が確定し、福井刑務所において服役し、その後、平成一一年一一月一二日、金沢刑務所に移監となり、現在も同所に服役中の者である。

福井刑務所長及び同刑務所法務技官作業専門官a(以下「a技官」という。)は、公権力の行使に当たる公務員である。

(2)  「受刑者遵守事項」について

福井刑務所長は、「受刑者遵守事項」(平成四年六月二二日達示第三四号、乙24、以下「遵守事項達示」という)を定めている。これは、福井刑務所の受刑者が守らなければならない事項(してはならない事項)として六二項目を定めたもので、その内訳は、拘禁作用を害する行為が一番から九番まで、施設の安全を害する行為が一〇番から一七番まで、物品の適正な管理を妨げる行為が一八番から二四番まで、他人に迷惑を及ぼす行為が二五番から三一番まで、風紀を害する行為が三二番から三八番まで、日課を怠る行為が三九番から四二番まで、処遇環境を害する行為が四三番から四九番まで、職員の正当な職務行為を妨げる行為が五〇番から五八番まで、その他が五九番から六二番まで定められ、これに違反すると懲罰を科されることがある旨記載されている。(以下、上記一番ないし六二番を総称して「本件遵守事項」といい、特定の遵守事項を「遵守事項一番」等という)

(3)  本件接触事件

ア 遵守事項によると、受刑者が作業時間中に、作業実施上必要な用件に関し、静かに交談する場合を除き、許可なく交談することが禁じられている(四六番)。また、福井刑務所首席矯正処遇官が定めた「作業中の脇見・雑談・無断離席の取締について」(平成八年七月一九日指示第五三号)によると、たとえ作業上のことであっても交談は不許可が原則であり、やむを得ず交談の願い出をさせる場合は、「交談お願いします。」と右手を真上に上げさせ、担当職員の「よし」の号令で交談を許可し、許可した場合は、きちんと帽子をとって(交談相手も同じ)必要事項のみ交談させ、一旦帽子をかぶったらその時点で許可は終わりになる旨定められている。(乙24、25)

イ 原告は、平成一〇年八月一一日、福井刑務所第二工場において金属組立作業に従事していた。同日午後二時ころ、同工場で作業指導を行っていたa技官は、原告が、作業時間中であるにもかかわらず、着帽したまま、隣席の受刑者と雑談しているのを現認したため、原告の作業台の前に赴き、手で原告の頭頂部に触れた。(以下「本件接触事件」という)

ウ 原告は、同日午後二時四五分ころ、同工場担当職員b(以下「b担当」という。)に対し、a技官に殴られたとの苦情を申し出、翌一二日、a技官に殴られたことで話があるとして、所長面接を願い出た。同月二一日、処遇部処遇部門首席矯正処遇官(処遇担当)c(以下「c処遇官」という)が福井刑務所長の代理で面接を実施し、原告から願意を聴取したところ、原告は、本件接触事件について、雑談をしていたのだから怒られても仕方ないが、a技官から叩かれたのは納得がいかないなどと申し述べた。(乙5、6、29)

エ 同月二五日、c処遇官は、福井刑務所長を代理して原告に対し、「a技官は注意喚起する上で、呼びかける意味で頭に触れただけで、君の言う叩かれた叩いたは主観の問題であって、これを主張する限り、水掛論となる。ただ、技官が叩くという意味あいでなく、君に手を触れたことについては、技官に十分注意し、今後一切手を出さないように指導した。しかし、君も技官を含め職員から、作業中の雑談や脇見等で注意指導を受けないように、作業に専念しなさい。」との回答を告知した。(乙7)

(4)  本件懲罰

ア 懲罰に関する法令等の規定

(ア) 監獄法は、「在監者紀律ニ違ヒタルトキハ懲罰ニ処ス」と定め(五九条)、懲罰の種類として、「一 叱責 二 賞遇ノ三月以内ノ停止 三 賞遇ノ廃止四 文書、図画閲読ノ三月以内ノ禁止五 請願作業ノ十日以内ノ停止 六自弁ニ係ル衣類臥具著用ノ十五日以内ノ停止 七 糧食自弁ノ十五日以内ノ停止 八 運動ノ五日以内ノ停止 九 作業賞与金計算高ノ一部又ハ全部減削 十 七日以内ノ減食 十一 二月以内ノ軽屏禁 十二 七日以内ノ重屏禁」を定め、これらを併科することができる旨定めている(六〇条)。

(イ) 懲罰手続規程(平成四年三月二五日矯保訓五八二法務大臣訓令)には、行刑施設の長は、規律違反容疑行為を認知した旨の報告を受けた場合には、その真相を明らかにするため、速やかに当該規律違反容疑者を取調べに付し(三条一項)、行刑施設の長は、規律違反容疑者の取調べが終了した場合に、懲罰を科さないことを相当と認める場合を除き、所属の職員の中から指名した五人を下回らない人数の委員をもって構成する懲罰審査会を開催して、その議に付することとし(四条、六条)、懲罰審査会は、規律違反容疑者を出席させた上、その者に取調べの結果に基づく容疑事実を告知して弁解の機会を与え(五条一項)、懲罰審査会には、行刑施設の長が所属の職員の中から指名した補佐人が出席して規律違反容疑者のために意見を陳述するものとし(九条、一〇条一項)、懲罰審査会の委員は、それぞれ、容疑事実に関する意見及び懲罰を科することを相当とするか、相当とする場合には懲罰の種類及び内容についての意見を提示し(八条)、規律違反容疑者の弁解、補佐人の意見及び懲罰審査会の意見は行刑施設の長に報告され(一一条)、行刑施設の長は、報告を受けた後、速やかに懲罰を科するか否か、科する場合にはその種類及び内容を決定し、規律違反容疑者に決定の言い渡しないし告知を行う(一二条)旨定められている。(乙15)

(ウ) 福井刑務所長が定めた「懲罰手続規程実施細則」(平成五年四月一日達示第一二号)によると、取調べに付すことの告知者は処遇部門の各統括矯正処遇官又は監督当直者とすること(第四条)が定められている。(乙19)

(エ) 遵守事項二八番では、受刑者に対し、「他人を中傷し、ひぼう」しないことが命ぜられている。

(オ) 福井刑務所長が定めた「科罰基準」(平成四年九月二九日達示第四三号)によると、中傷等については、標準が軽屏禁及び文書図画閲読禁止一〇日、最高が同二〇日、最低が叱責と定められている。(乙20)

イ 信書に関する法令等の規定

(ア) 監獄法は、「受刑者及ビ監置ニ処セラレタル者ニ係ル信書ニシテ不適当ト認ムルモノハ其発受ヲ許サス」と規定している(四七条一項)。

(イ) 福井刑務所長が定めた「被収容者の発受する信書の取扱要領について」(平成五年六月二八日達示第一九号、乙23)によると、信書の検閲は書信担当及び処遇担当が行い(三条一項)、書信担当等は信書の検閲により知り得た事柄で処遇上参考となると認めた事項については関係する首席矯正処遇官及び統括矯正処遇官に報告すべき義務があり(同条二項)、検閲により知り得た事項については守秘義務が課せられ(四条)、被収容者の発受する信書の内容に、被収容者の処遇その他当所の状況に関する明らかな虚偽の記述があるときは、不許可又は抹消の措置をとる旨定められている(五条(6))。

ウ 七月信書について

(ア) 原告は、平成一一年七月二六日、岐阜刑務所在監中の実弟あて信書(以下「七月信書」という。)の発信を願い出た。職員が同信書の内容を確認したところ、その文中に、「七月二三日の昼のおかずの中にうじが入って居て喰えんかったぞ。」「コップの消毒とか、ポットの消毒なんかあるけど、出して帰ってくると、汚れて帰ってくるぐらいだし(中略)、そんな物消毒する暇があるならもっと食器をきれいに洗って欲しいわ。」「どこの職員でもぎゃーぎゃー騒いでうるさい奴ほどバカで阿呆な奴が多いわ。」「俺の居る一工場の担当もその一人。」「工場担当でdって奴に言っても話にならんかった。」「工場担当は言うだけで何にもならん『役立たず』奴だわ。まったく!!」等と、刑務所の処置や職員に対する不平、不満を記載した部分があった。(甲4の1)

(イ) そこで、処遇部処遇部門統括矯正処遇官看守長e(以下「e統括」という。)が原告に対し、「一般的に人に誤解を与えるように取れる文面があったが、こんなことを記載したら、相手が刑務所に誤解を持つし、君が担当先生からよけい悪く思われるだけだから、文面を書き替えた方がいいのではないか。」と指導したところ、原告は、「今までもこの程度の内容の文面を提出していたし、自分のありのままの気持ちを書いただけです。」と申し立てて指導に従わず、原文のまま発信することを希望したため、七月信書は原文のまま発信された。(乙9)

(ウ) 同月二七日、e統括は、原告と面接し、七月信書中の「どこの職員でもぎゃーぎゃー騒いでうるさい奴ほどバカで阿呆な奴が多いわ。」「俺の居る一工場の担当もその一人。」「工場担当でdって奴に言っても話にならんかった。」との記載部分は、当時原告が就業していた福井刑務所第一工場担当職員主任看守d(以下「d看守」という。)をひぼう、中傷する内容であり、今後このように個人名を記入して信書の発信を願い出た場合には、ひぼう、中傷の疑いで取調べに付すことがあり得る旨指導した。(乙10)

エ 本件信書について

(ア) 同年八月二三日、原告は、再び実弟あて信書(以下「本件信書」という。)の発信を願い出た。職員が本件信書を検閲したところ、「一工場正担当(d)は、自分のかわいがってる奴が俺と同じ事をして居ても何にも言わんし、取り調べにもならんのに、工場正担当にきらわれとる奴は、何かあるとすぐ取り調べになるから話しにならんわ。工場正担当『d』は、自分がきにいらんと不当に暴力をふるうし、依怙贔屓はするし、話しにならんわ。」「まだ一工場正担当『d』に殴りかからんだけ我慢しとるんですわ。」等の記載部分(以下「本件記載部分」という。)があった。(乙11)

(イ) そこで、e統括が原告に対し、本件記載部分は「d看守に対するひぼう中傷ではないか。文面を書き替えたほうがいいのではないか。」と指導したが、原告は「自分のありのままの気持ちですから、書き替えるつもりはありません。」などと申し述べて、その指導に従わなかった。(乙11)

(ウ) e統括は、本件信書には、被収容者の処遇その他福井刑務所の状況に関する明らかな虚偽の記述があると判断し、前記「被収容者の発受する信書の取扱要領について」の第五条(6)に基づき、d看守の氏名部分を抹消した上で本件信書を発信させた。(乙13)

オ 本件懲罰に至る手続

(ア) e統括は、同年八月二三日、原告に対し、原告が本件記載部分のある本件信書を発信しようとした行為が、遵守事項二八番に違反する疑いがあるとして、取調べに付す旨を告知した。(乙12)

(イ) 同年九月六日、看守部長gが原告を取り調べたところ、原告は、少なくとも四人の受刑者がd看守から暴力を振るわれているのを見たとして、それぞれの受刑者の氏名を挙げながら、一人(「A受刑者」という)は、就業拒否を申し出た際、d看守から帽子を取られ、その帽子で顔を横殴りされていた、一人(「B受刑者」という)は、新入りであったが、作業終了後に食堂内でd看守から胸ぐらをつかまれて背中を壁に叩きつけられていた、あとの二人(「C受刑者」「D受刑者」という)は、作業中に雑談していて、d看守から手の平で額を突かれていたと述べ、更に、自分は無断洗髪したことが理由で取調べに付されたのに、名前は言えないが他の者が同じように無断洗髪をしていてもd看守は見て見ぬ振りをして取調べに付さなかったと述べ、本件記載部分は自分の本当の気持ちを書いただけで、d看守の悪口を書いたとは思っていない旨主張した。(乙14の一一枚目「供述調書Ⅰ」)

他方、d看守は、福井刑務所長に対し、原告が供述するような暴力を振るったり、依怙贔屓をした事実はない旨の報告書を作成した。(乙14の九枚目「報告書」)

これらと別に、福井刑務所の職員は、原告がd看守による暴行の被害者であると主張したAないしD受刑者らから事情を聴取して供述調書を作成した(乙14の二二枚目ないし二八枚目、三四枚目ないし四二枚目)。これによると、A受刑者は、「d看守に帽子をとられたのは、帽子をかぶったまま話をしていたからであり、帽子をとられたときや帽子を持ったまま席に戻るよう作業席を示されたときに、帽子が自分の顔や腕に何度か当たったが、d看守の故意によるものではなく、偶然に当たったものと思う。」と供述しており、BないしD受刑者は、d看守から口頭で注意指導を受けたことはあっても、暴力を振るわれたことはない旨供述している。更に、福井刑務所の職員は、約一年間d看守の下で作業をしてきた受刑者(以下「E受刑者」という)からも事情聴取して供述調書を作成した(乙14の二九枚目ないし三三枚目)が、これによると、E受刑者は、d看守が暴力を振るうのを見たことがない旨供述している。

(ウ) 同年九月二四日、原告及び補佐人の出席のもと、原告に対する懲罰審査会が開かれた。原告に対する規律違反容疑事実は次のとおりであった。

「本人は、(中略)本年七月二六日、職員から、手紙に事実に反する内容を書いて個人を誹謗中傷してはならないと指導されていたにもかかわらず、以前に弟(岐阜刑務所服役)あての手紙に、当所の物品管理がずさんであると書いたところ、同人から『岐阜の職員が呆れていたぞ。』等と返事があったため、その事実がないのに、第一工場担当・主任看守dのことを、依怙贔屓したり暴力を振るうとして嫌っていたことから、弟あての手紙に、同主任看守のことを書けば、手紙を検閲した岐阜刑務所の職員の反応が、弟を介して返ってくるのではないかと思い、本年八月二三日、弟あての発信に、『一工場正担当(d)は、自分のかわいがっている奴が、俺と同じことをしていても何も言わんし取調べにもならんのに、嫌われとる奴は何かあるとすぐに取調べになるから話にならんわ。』『一工場正担当(d)は、自分が気にいらんと不当に暴力をふるうし、依怙贔屓はするし話にならんわ。』『工場正担当(d)に殴りかからんだけ我慢しとるですわ。』等と書き、もって、同主任看守を誹謗中傷したものである。上記の行為は受刑者遵守事項第四―二八に違反する。」

懲罰審査会が原告に対して上記容疑事実を告知した上で、弁明の機会を与えたところ、原告は、「自分の見たこと、聞いたこと、感じたことを素直に書いたまでであり、ひぼう中傷には当たらない。」などと申し述べて、容疑事実を否認し、補佐人は、寛大な処分を上申した。同審査会の委員は、それぞれ原告を軽屏禁(文書図画閲読禁止併科)一〇日ないし二〇日の懲罰を科すことが相当であるとの意見を提示した。(乙14)

(エ) 同日、福井刑務所長は、原告の弁解、補佐人の意見、懲罰審査会の意見を踏まえ、関係証拠に基づき、容疑事実どおりの事実を認定した上、本件信書を発信しようとした原告の行為が遵守事項二八番に違反するとして、原告に対し軽屏禁(文書図画閲読禁止併科)二〇日の懲罰(以下「本件懲罰」という。)を科すことを決定し、同日、原告に対してその旨を言い渡し、同日から同年一〇月一三日までの間、本件懲罰を執行した。(乙14)

(5)  情願の採択

ア 原告は、平成一一年九月一三日及び同年一〇月一八日に、法務大臣に対し、福井刑務所における本件懲罰を含む懲罰や処遇について不服があるとして、情願を申し立てた。

イ 法務大臣は、名古屋矯正管区を通じて、原告及び福井刑務所からの事情聴取等を行った上、本件信書の内容は明らかに職員をひぼう中傷するものであり、したがって、福井刑務所長が、施設の規律秩序の維持に支障を及ぼしたものとして、原告に対して懲罰を科すことが必要であると判断したこと自体には合理性が認められる(その意味で、福井刑務所長に裁量権の逸脱又は濫用があったとはいえない。)ものの、同信書について、工場担当職員の姓のみ抹消しただけで発信を許可していながら、他方において同信書の内容が職員のひぼう中傷に当たるとして実際に懲罰を科したことは、事後的にみれば、ややバテンスを欠いた措置であり、違法なものではないが必ずしも適切であったとは考えられないとして、平成一二年三月一五日、本件懲罰に関する情願を採択した。なお、その他の懲罰や処遇については、申立てに理由がないとして、却下された。(調査嘱託の結果)

ウ 法務省矯正局は、名古屋矯正管区を通じて、福井刑務所に対し、上記法務大臣の判断を伝えるとともに、原告が本件懲罰により行状不良と評価され、当該月における同人の作業賞与金計算高の算定に反映されていたことから、本件懲罰がなかったものとして、同計算高を是正する等の措置を講ずるよう指導した。(調査嘱託の結果、乙14)

2  主な争点及び争点に対する当事者の主張

(1)  a技官による暴行の有無

(原告の主張)

ア 本件接触事件の経緯は次のとおりである。すなわち、原告は、隣席の受刑者(以下「隣席受刑者」という)から作業内容についての相談を受けたので、当時第二工場担当であった法務事務官主任看守f(以下「f看守」という)に「作業のことで交談お願いします。」と交談の許可を願い出て、f看守から交談の許可を受けた上、隣席受刑者に多少の雑談を交えて作業方法を教えていた。その際、原告も隣席受刑者も脱帽する事を失念していた。すると、a技官が作業机を隔てて原告の正面に立ち、いきなり、その右平手で原告の後頭部を一回殴った。その際、a技官から口頭での注意指導はなかった。

イ 原告が頭部に激痛を感じたこと、原告が被っていた帽子が落ちたことに照らし、a技官がかなりの力を入れて殴ったと考えられる。

ウ 以上のとおり、a技官は、職務を行うについて、原告に対して故意に暴行を加えたものである。

(被告の主張)

ア a技官は、作業時間中であるにもかかわらず、無断で雑談をしていた原告と隣席受刑者に対して、注意を喚起するため、作業台を隔てて両名の正面に立ったが、両名がこれに気付かないで私語を続けていたので、原告らの名前を呼ぶことによって他の受刑者の注意を引くことを避けたいと考え、左手の指先で原告及び隣席受刑者の頭頂部付近をそれぞれ軽く二回ずつ触れて合図を送り、「話をするな。作業に必要なことなら、許可をとってやるように。」と注意指導をした。なお、これによって原告の帽子が落ちた事実はない。

イ a技官の上記行為は、社会通念上、「暴行」には当たらない。

(2)  本件懲罰の違法性

(原告の主張)

本件懲罰は、違法である。その理由は次のとおりである。

ア 信書の検閲によって知り得た信書の内容を理由に懲罰を課するのは、憲法が保障する表現の自由に対する侵害であって、憲法に違反する。

(ア) 監獄法五〇条及び同法施行規則一三〇条が定める検閲は、監獄内の規律及び秩序の維持並びに受刑者の矯正教化といった目的を達成するため、監獄内の秩序等の維持上放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性があると認められる場合に、当該信書の発受を禁止する処分をなす限度で許容されるにすぎず、検閲によって知り得た信書の内容に関する情報を懲罰を科すための直接の資料ないし根拠とすることは、監獄法等に定める検閲の本来の目的の範囲を逸脱している。

そもそも、表現の事前抑制は、その目的が真に必要やむを得ないものであり、その規制が目的達成のために必要最小限度でなければならないところ、監獄法等が定める検閲は、当該信書の発受信を許せば、監獄内の規律秩序の維持等の目的達成にとって放置することができない障害が生ずる相当の蓋然性がある場合に、必要最小限度の規制として、その発受信の全部又は一部を差し止めることが許されていると解するべきであって、これに加えて、発信しようとした信書の記載内容を理由に懲罰を科することは、必要最小限度の範囲を逸脱するというべきである。もし、これを許すとすれば、受刑者は、懲罰を恐れて自由に信書を作成して発信を願い出ること自体を差し控えることになり、表現に対する萎縮効果は甚大である。

よって、検閲によって知り得た信書の記載内容を理由に懲罰を科することは、受刑者の表現の自由を侵害するものとして違憲であり、監獄法等が定める検閲の趣旨を逸脱するものとして違法である。

(イ) 本件懲罰は、福井刑務所長が、検閲によって知り得た本件記載部分の記載内容を理由として懲罰を科したものであり、違憲、違法である。

イ 原告が本件信書を作成してこれを発信しようとした行為(以下「原告の本件行為」という)は、遵守事項二八番に該当しない。

(ア) 原告の本件行為が「他人を中傷し、ひぼう」する行為に当たるというためには、本件記載部分の内容が虚偽であることを要するというべきである。

しかし、本件記載部分の内容は真実である。すなわち、A受刑者は、d看守が持った帽子が自分の顔や腕に当たったことを認めているのであって、偶然に当たったものと思うとは述べてはいるものの、刑務所内で支配服従関係にあることを考慮すると、その部分は信用できないし、少なくとも、これを見た原告において、d看守が暴行を振るっていると認識するのは自然である。また、BないしD受刑者の供述も、その置かれた立場に鑑みると、信用できない。

(イ) 「他人」とは「被収容者」を意味し、職員はこれに当たらない。なぜなら、本件遵守事項の第四は、他の収容者との関係で遵守すべき事項を定めたものであり、職員との関係で遵守すべき行為は、その第八に、「職員の正当な職務行為を妨げる行為」として列挙されているからである。

(ウ) 「他人を中傷し、ひぼう」したというためには、他人をひぼう中傷する表現を第三者に到達せしめるための発信行為とこれにより第三者に到達したという事実が必要不可欠であるところ、原告は、本件信書の発信を願い出たに過ぎず、かかる行為は発信そのものではなく、発信の準備行為にすぎないし、その段階では未だ誰に対しても本件信書は到達していない。その後、本件信書は、原告の実弟に宛てて発信され、同人に到達したが、その段階では、d看守の個人名が抹消されていた。本件遵守事項にいう「他人」とは、特定個人をいうと解すべきであるから、個人名が抹消された信書が宛先に到達しても、これをもって、「他人を中傷、ひぼう」したとは言えない。

なお、検閲により刑務所職員が本件信書の内容を知るに至っても、それは原告の積極的な発信行為によるものではないし、刑務所職員は守秘義務を負っているから、これが第三者に伝播する可能性もない。

ウ 本件信書の本質的部分を抹消することなく発信を許可していながら、他方で同一部分を根拠に懲罰を科すことはできない。本件記載部分は、「受刑者に対する不当処遇が存在する」旨の記載部分と、「不当処遇を行っている職員名」の部分に分けられるところ、福井刑務所は、後者を抹消し、前者については発信を許可したのである。前者について発信を許可した以上、その許可行為は刑務所長の懲罰権を条理上制約し、刑務所長は、発信を許可した部分の記載を根拠に原告に懲罰を科すことはできないというべきである。

エ 仮に原告の本件行為が遵守事項二八番に違反する行為であったとしても、本件懲罰は、次のとおり、刑務所長の裁量権の範囲を著しく逸脱し、懲罰権を濫用したものであるから、違法である。

(ア) 表現の自由や通信の自由が監獄内の規律及び秩序の維持並びに矯正教化といった拘禁目的を達する上で一定の制約を免れないとしても、その制約は、かかる目的を達するために真に必要と認められる最小限度にとどめられるべきである。したがって、かかる制限が許されるためには、監獄内の規律及び秩序が害される一般的抽象的なおそれがあるというだけでは足りず、具体的事情の下において、規制対象行為により監獄内の規律及び秩序の維持上放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性があると認められることが必要であり、かつ、その場合においても、その制限の程度は上記障害発生の防止のために必要最小限度でなければならない。

(イ) 本件において、①本件記載部分には原告の体験に基づいた原告の認識及び感情が抽象的に記載されているに過ぎないこと、②福井刑務所自身が、d看守の姓を抹消したのみで、その余の本質的な部分は何ら抹消することなく本件信書の発信を許可していること、③七月信書にも「どこの職員でもぎゃーぎゃー騒いでうるさい奴ほどバカで阿呆な奴が多いわ。」「俺の居る一工場の担当もその一人。」「工場担当でdってやつに言っても話しにならんかったわ。」といった記載があるのに、福井刑務所はその発信を許可していること、④七月信書及び本件信書の発信によって監獄内の秩序等の維持に何らの支障も生じていないことなどからすれば、原告の本件行為により、監獄内の秩序等の維持上放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性があったとは到底認められない。

(ウ) 本件信書の発受に関し、発受禁止等の処分のほかに、懲罰を科すことは監獄内の規律及び秩序維持という目的を達する上で必要最小限度の制限を越える過度の規制というほかない。

しかも、人権侵害の恐れがあるために重屏禁が禁止されている現状において、軽屏禁二〇日間という事実上最も重い懲罰を科し、さらに文書図画閲読禁止の懲罰も併科したことは、規律違反の程度と懲罰の程度との均衡を失しており、著しく妥当性を欠く。

オ 以上のとおり、原告の本件行為を理由として懲罰を科することは違憲、違法であり、仮にそうでないとしても、福井刑務所長の裁量の範囲を逸脱するか、裁量権を濫用したものであり、許されない。

(被告の主張)

ア (原告の主張アに対し)

在監者の信書の発受については、監獄内の規律秩序維持の観点からのほか、拘禁目的を阻害するおそれの有無の観点からも、種々の制限が加えられており、そのような制限は、権利に内在する合理的な制約として許容されている。

監獄法五〇条及び同法施行規則一三〇条の検閲は、上記観点から信書の発受に係る事務を適正に行うことを第一義的な目的として行っているが、監獄は、限られた人的・物的諸条件の下において、多数の被収容者の身柄を適正に確保しつつ、それぞれの拘禁目的に応じた処遇を行うことを社会的使命としており、検閲により得られた情報を、本人の処遇その他の参考とするなど、上記目的以外の目的で利用することも当然に許されているものである。したがって、検閲により規律違反行為を認知した場合には、施設の規律秩序を維持するために懲罰を科すことも当然許されるのであって、これが検閲の趣旨を逸脱するものではないし、憲法に違反するとも言えない。

なお、本件信書自体は、d看守の氏名のみを抹消した上で発信されているから、福井刑務所長が所内において不当な処遇がなされた事実が外部に知れることを恐れ、これを隠蔽する目的で本件懲罰を科したものでないことは明らかである。

イ (原告の主張イの(ア)ないし(ウ)に対し)

懲罰権の行使については、監獄内の安全と秩序維持に責任を負い、かつ、監獄内の実情に通じている監獄の長の合理的かつ合目的的な裁量に委ねられており、懲罰の対象となった事実の判断に誤りがある場合、あるいはその懲罰が著しく不相当であって明らかに裁量の範囲を逸脱していると認められない限り、懲罰権の行使は違法とならない。そして、以下のとおり、本件懲罰の対象となった事実の判断に誤りはなかった。

(ア) 本件記載部分の内容が虚偽であることは、福井刑務所における調査の結果、明らかである。

(イ) 刑務所内で受刑者によって行われる職員に対するひぼう中傷行為は、刑の執行施設としての規律及び秩序を維持する上において看過し得ないところであるから、遵守事項二八番にいう「他人」とは本人以外の者を指し、これに職員が含まれることは当然である。

(ウ) 「他人を中傷し、ひぼう」したというためには、当該中傷、ひぼうの表現を受け取った相手方に心情の変化を生ぜしめることまで要するものではなく、その表現が表意者の内心にとどまらず他人に了知しうる状態になれば足りる。原告は、本件信書の発信を願い出たことによって、本件記載部分を、名宛人のほか、検閲により福井刑務所の職員らの目に触れる状態に置いたのであるから、「他人をひぼう中傷した」ということができる。

ウ (原告の主張ウに対し)

本件信書は、福井刑務所が、検閲の上、d看守の氏名のみを抹消し、その余の記載は抹消することなく発信を許可した結果、原告の実弟に到達しているが、監獄法五九条に基づく懲罰に関する判断と、同法四六条一項に基づく信書の発受に関する判断とは全く別個のものであり、発信が許可されたからといって当然に懲罰を免れることになるものではない。

エ (原告の主張工に対し)

以下の事情に照らせば、原告の本件行為に対して本件懲罰を科したことが、刑務所長の裁量権の範囲を著しく逸脱したものでもなく、懲罰権を濫用したものでもない。

(ア) そもそも、監獄の長は、監獄内における規律及び秩序を維持するために必要な事項を遵守事項として定め、これを在監者に周知し、これに違反する者に対して一定の不利益を課すことにより、将来の同種行為の発生を防止し、もって監獄内の規律秩序の維持を図っている。

したがって、遵守事項が上記目的を達成するために必要かつ合理的である限り、これに違反する行為があれば、その違反がいかに軽微であっても、その態様、動機、本人の行状、当該施設の衆情その他保安の状況、規律違反行為が周囲に及ぼす影響、他との均衡等を総合的に考慮して、懲罰を科すことも当然に許されるのである。

(イ) 本件においては、①本件記載部分は、原告の偏見に基づく何ら根拠のない虚偽のものであったこと、②原告は七月信書でもd看守をひぼう中傷するような内容を記載してこれを発信しており、その際、今後他人をひぼう中傷するような内容の手紙は書かないこと、今後そのような内容の手紙を書いた場合には取調べに付すこともあり得る旨指導されていたにもかかわらず、再び本件行為をなしたとと、③職員の書き直しの指導にも従わなかったこと、④本件信書について名宛人である実弟の在監する岐阜刑務所の職員が読んでくれることを期待した旨供述したこと等に鑑み、原告の本件行為は相当悪質なものと認められた。

(ウ) また、原告は、入所から上記行為までの約二年四月の間、職員に対する暴言事犯により事実上の注意である訓戒を一回受けたほか、職員に対する抗弁事犯や争論事犯、物品の不正授受事犯等によりすでに懲罰を三回も受けていた。

(エ) 福井刑務所においては、職員をひぼう中傷する行為や同種の規律違反行為である職員に対する抗弁、反抗、侮辱等の事犯は、平成一一年中に一三件あるが、これらに対する懲罰はおおむね軽屏禁(文書図画閲読禁止併科)一〇日ないし三〇日であった。

オ (情願の採択について)

なお、情願の採択は、情願の申立てを契機として、法務大臣が上級行政庁として監獄の長に対して一般的に有する指揮監督権を発動することを意味するにすぎない。一般に上級行政庁が下級行政庁に対して行う指揮監督権は,当該下級行政庁の措置が違法と認められた場合に限らず、不当である場合にも広く発動されることがあり得ることから、情願が採択されたことをもって、直ちに当該採択に係る措置が国家賠償法上違法となるものではない。本件においても、本件懲罰が違法であったとして原告の情願が採択されたわけではない。

第3  争点に対する判断

1  a技官による暴行の有無について

(1)  原告作成の陳述書(甲5)及び原告本人尋問の結果によると、本件接触事件の際、原告と隣席受刑者の前に作業台(乙32によると、その幅は九〇センチメートルと認められる)を隔てて立ったa技官が、下を向いて作業中の隣席受刑者及び原告に対し、各頭部を、その順に殴打したこと、これによって原告の帽子が脱げ、作業台の上に落ちたこと、以上の事実が認められる。

(2)  なお、原告は、周囲にいた多くの受刑者らが真実を知っていると思われる状況の下、本件接触事件の直後にb担当に苦情を申し出、翌日には、所長面接を願い出たものであり、しかも、証拠(甲2の1、3の1)によると、原告は、実弟に宛てた平成一〇年八月二三日付け及び同年九月二七日付けの手紙でもa技官から暴行を受けたことについて記載していることが認められ、これらの事実に照らせば、前記証拠中の本件接触事件に関する供述内容は、その大筋において信用できると考えられる。

(3)  これに対し、

ア 証拠(証人a)中には、静かな工場内で、他の受刑者の注意を引くことを避けつつ原告と隣席受刑者に合図を送る方法として、両名の頭頂部付近を指先で触れただけであって、殴打はしていないとの部分があるが、その後の注意内容も動作で示したというのであればともかく、a技官に気付いた原告と隣席受刑者に対して「話をするな。作業に必要なことなら、許可をとってやるように。」と言って注意指導をしたというのであるから、それであれば、他の受刑者の注意を引くことを避けるという目的は達し得ないのであって、上記部分は不合理であって信用できない。

イ 本件接触事件当時、第二工場内で作業していた受刑者の供述調書(乙3)中には、a技官は原告と隣席受刑者の頭部を軽くさわっただけであるとの部分があるが、これは、事件から一年以上も経過した平成一一年になって聴取、作成されたものであること、同供述調書には、a技官が原告と隣席受刑者に対してした注意の内容まで具体的に記載されているが、作業中の雑談に対して職員から注意がなされることは決して珍しいことではないと思われるのに、一年前の、しかも刑務官が他の受刑者に対して注意するべく発した言葉まで詳細に供述しているのはかえって不自然の感を免れないこと、聴取者は福井刑務所の職員であり、供述者は、聴取時に仮釈放を目前に控えていたこと(証人e)から、供述者が、自らの処遇上の利益を期待し、あるいは不利益を恐れて、聴取者による誘導に安易に乗り、a技官の言い分に沿った供述を行った可能性も否定できないこと等に鑑みると、上記部分の信用性を直ちには肯認できない。

ウ b担当作成の報告書(乙4)中には、隣席受刑者がb担当に対し、「a技官からつつかれた、肩を軽く叩くのと同じ程度であった」旨述べたとの部分があるが、これも、本件接触事件が起こって一年以上経過した後に作成されたものであって、その信用性を直ちには肯認できない。

エ そして、他に前記認定を左右するに足る証拠はない。

(4)  次にa技官が原告に振るった暴行の程度について検討するに、原告は、前記陳述書(甲5)及び本人尋問において、頭部に激痛が走り、きっちりかぶっていた帽子がその衝撃で落ちたと供述する。

しかし、証拠(原告本人)によると、原告は、隣席受刑者が殴打されたことは後に隣席受刑者本人から聞いたのであって、その時は気付かなかったと供述していること、隣席受刑者に対する殴打と原告に対する殴打は連続してなされたものであるから、その力も同程度であったと推認できること、原告の帽子が作業台上に落ちた事実から、a技官は、下を向いていた原告の頭部を払うように殴打したと推認できること等の事実を総合勘案すると、激痛が走ったとの原告の供述はいささか誇張されていると考えられる。

(5)  以上の諸事情を総合勘案し、原告がa技官からの暴行により被った精神的損害に対する慰謝料としては、二万円が相当であると認める。

2  本件懲罰の違法性について

(1)  監獄における懲罰は、監獄における拘禁という特別権力関係を前提とし、拘禁目的を達成するため及び監獄の内部秩序を維持するために在監者に科せられる行政上の秩序罰である。そして、監獄法は、五九条で、在監者が規律に違反したときは懲罰を科すことができる旨規定し、六〇条で、懲罰の種類を規定し、監獄法施行規則は、一九条一項において、所長は在監者の遵守すべき事項を入監者に告知すべきことを、二二条二項において、在監者遵守事項は冊子として監房内に備え置くべきことを、一五九条において、懲罰の言い渡しは所長がなすべきことをそれぞれ定めているが、いかなる規律違反行為に対して、いかなる懲罰を、いかなる期間科せられるかを定めた法令は存在しない。そうすると、法は、いかなる規律違反行為に対して、いかなる懲罰を、いかなる期間科せられるかについては、監獄によって保安、管理状況が異なり、当該施設の秩序を維持するために必要な遵守事項や規律違反に対する対応も自ずから異ならざるを得ない監獄の特殊性から、監獄内の実情に通暁し、直接その衝に当たる監獄の長に対し、規律違反者に対して臨機に必要な対応をする権限を与えたものと解することができ、いかなる規律違反行為に対し因いかなる種類、内容の懲罰を科すかについては、監獄の長の合理的かつ合目的的な裁量に委ねているのが現行法の枠組みであるということができる。

(2)  ところで、監獄における懲罰は、刑罰ではないから、憲法三一条が定める罪刑法定主義及び手続法定主義の直接の適用はないと解せられる。しかし、懲罰は、拘禁自体に伴う自由の制限に加えて、被懲罰者の人権を、懲罰の種類によっては極めて深刻に制限するものであるから、可能な限り、憲法の基本原則である適正手続の趣旨が尊重されなければならないというべきである。また、我が国が批准し、その性格と規定形式から原則として国内法としての直接的効力を持つと解される市民的及び政治的権利に関する国際規約(昭和五四年八月四日条約第七号、以下「自由権規約」という)七条は、「何人も、拷問又は残虐な、非人道的な若しくは品位を傷つける刑罰若しくは取り扱いを受けない。」と定め、一〇条一項は、「自由を奪われたすべての者は、人道的にかつ人間の固有の尊厳を尊重して取り扱われる。」と定めており、国連被拘禁者処遇最低基準規則(一九五五年八月三〇日採択)及び被拘禁者保護原則(一九八八年一二月九日採択)は自由権規約の解釈基準になると解されるが、前者の二九条は、「規律違反を構成する行為、科されるべき懲罰の種類及び期間が常に法律又は権限ある行政官庁の規則によって定められる」旨を、三〇条は、「いかなる被拘禁者も、そのような法律又は規則の規定による場合を除いては、懲罰を科されず、また同一の違反について二度懲罰を科されない。いかなる被拘禁者も、自己が犯したものとされる違反について告げられ、かつ自己の弁護を申し立てる適当な機会を与えられるのでなければ懲罰を科されない」旨を、後者の原則三〇は、「被拘禁者の行為で拘禁中に懲罰を構成する形態のもの、科される懲罰の種類及び期間並びにそのような懲罰を科する権限のある機関は、法律又は合法的な規則によって明記され、かつ正確に公表されなければならない。被拘禁者は、懲罰が実施される前に審理を受ける権利を有する。それらの者は再審を上級機関に申し立てる権利を有する」旨をそれぞれ定めている。そうすると、我が国における法令を解釈するに当たっては、これらの条約や国際基準に合致するように解釈するべきであり、その点からも、上記適正手続の要請は重視されるべきである。

以上の点に鑑みると、監獄の長の上記裁量は、自由裁量ではなく、適正手続の趣旨を尊重して適正に行使されなければならず、その趣旨を逸脱するときは、その裁量権の行使は違法との評価を免れないというべきである。

(3)  また、監獄における懲罰は、拘禁目的を達するため及び監獄の内部秩序を維持するために科せられるのであるが、それが被懲戒者の人権を大きく制約するものであるから、監獄の長は、目的を達成するために必要な場合であり、かつ被懲戒者の人権の制約を考慮してもなおその目的を優先するべき場合にのみ、規律違反行為と均衡のとれた懲罰を科する条理上の義務があるというべきであり、その点からも監獄の長の裁量権は制約されていると言わなければならない。

(4) 以上の点を、福井刑務所長の裁量についてみれば、福井刑務所長が遵守事項達示を定め、在監者に対し、本件遵守事項に違反すると懲罰を科されることがある旨予め告知していることに鑑みると、福井刑務所長は、在監者が本件遵守事項に違反する行為をしない限り在監者に懲罰を科すことができないというべきであるし、また在監者の行為についての事実の認定は合理的になされるべきであるし、認定した事実が本件遵守事項の一に違反するか否かの判断は、当該遵守事項がもうけられた趣旨、目的、在監者の行為の内容等を総合考慮して合理的になされるべきであるし、その上で、なお懲罰を科するか否かを決定するについては、懲罰を科する目的とそれによる被懲戒者の人権の制約の内容、程度を慎重に比較勘案するべきであるし、科される懲罰の種類及び期間は、遵守事項違反行為との均衡が保たれたものでなければならず、福井刑務所長が与えられた裁量を逸脱したか否かは、これらの要素を総合勘案して判断されるべきである。

(5)  そこで以下、福井刑務所長が裁量を逸脱したと認められるか否か検討する。

ア (福井刑務所長の事実認定は適正か)

福井刑務所長は、本件信書の本件記載部分の内容が虚偽であると認定した。この事実認定が原告に本件懲罰を科するとの判断に大きな要素になったものと推認されるところ、原告は、本件記載部分の内容は真実である旨主張するので検討する。

(ア) 前記の事実によれば、福井刑務所長が本件記載部分を虚偽と認定したのは、AないしE各受刑者の各供述調書及びd看守の報告書の内容を信用したためと推認される。しかしながら、一般に、刑務所の権力的支配下にある受刑者は、自らの処遇に対する利益を期待し、あるいは不利益を恐れて、聴取者が期待する供述をしたり、聴取者の期待に反する供述を差し控えたりする可能性があるから、安易にその内容を信用するのは危険であるというべきところ、そのような立場にあるA受刑者が、d看守に帽子を取られ、その帽子が何度か顔や腕にあたった旨、遠慮がちな言い方ながら原告の供述に沿う供述をしていること、d看守に故意がないのに、d看守が所持していた帽子が何度もA受刑者の顔や腕に当たったというのは不自然であること等に鑑みると、むしろ本件記載部分の重要な部分について裏付けがあるとみるべきである。

(イ) BないしE受刑者の供述内容は、前記のとおり安易に信用するべきでないし、d看守自身の報告書は、当事者の言い分であるから、これも安易に信用するべきではない。

(ウ) そうすると、福井刑務所長がした、本件記載部分が虚偽であるとの判断は合理的でないというべきである。

イ (原告の本件行為が遵守事項二八番に該当するとの判断は合理的か)

(ア) 上記のとおり、本件記載部分の内容が虚偽であるとまでは認めがたいところ、「中傷」はその内容が虚偽であることを要するが、「ひぼう」は要しないと解せられるので、福井刑務所長がした原告の本件行為が「ひぼう」に当たるとの判断が合理的か否かを検討する。

(イ)  遵守事項二八番が、「他人を中傷し、ひぼう」することを禁じている趣旨は、中傷行為やひぼう行為が原因で、監獄内で諍い、喧嘩、闘争等が生じ、監獄内の秩序が害されることの防止を図るとともに、監獄内における円満な人間関係及び快適な生活環境の維持を図る点にあると解せられる。原告は、遵守事項二八番にいう「他人」とは「被収容者」を意味し、職員はこれに当たらないと主張するところ、なるほど、一般に想定される「他人」は他の在監者であるということができるものの、監獄の職員がこれに当たらないと解する理由はない。なぜなら、在監者が職員を中傷し、ひぼうすることによって、職員と在監者との間に諍いが生じたり、在監者が職員の指導に従わず、不穏な空気を醸成し、ひいては監獄内の秩序が害されたり、監獄内の人間関係や生活環境が悪化することがあり得るからである。

(ウ) しかしながら、遵守事項二八番の趣旨が上記のとおりであることに鑑みると、遵守事項二八番は、「他人を中傷し、ひぼう」する行為が監獄内の者(受刑者及び職員)に向けてなされることを予想しているのであって、これが監獄外の者に対してなされる場合には、これによって監獄内の秩序、人間関係ないし生活環境が害されおそれがあると認めうる特段の事情のない限り、「他人を中傷し、ひぼう」する行為には当たらないと解するのが相当である。なぜなら、監獄外の者に対して、監獄内の者を中傷、ひぼうする言動をしても、その事実が中傷、ひぼうの相手方に伝わることがあれば格別(なお、検閲を担当した職員には、検閲で知り得た事項について守秘義務が課されている)、そうでない限り、これによって監獄内の秩序が害されたり、人間関係や生活環境が害されることは、一般的には考えがたいからである。

(エ) 原告の本件行為は、d看守の行為を他の刑務所に在監中の実弟に伝えようとしたものであるところ、これによって福井刑務所内の秩序、人間関係ないし生活環境が害されるおそれがあるとは認めることができない。そうすると、原告の本件行為が「他人を中傷し、ひぼう」する行為に当たるとの福井刑務所長の判断は、合理的とも、合目的的ともいうことができないというべきである。

ウ (原告の本件行為を懲罰の対象とすることの可否について)

更に、原告の本件行為を懲罰の対象にすることは、受刑中であることによって奪われている原告の身体的自由等を、更に深刻に奪う結果になるに止まらず、これが信書の発信を理由とするものであるだけに、受刑者の通信の自由を制限する結果になるのであり、その点からの慎重な判断が必要である。

(ア) 監獄法は、在監者の発受信はすべて監獄の長の許可にかからしめ(四六条一項)、受刑者については親族以外の者との信書の発受を原則として禁止し(同条二項)、不適当と認めた信書は発受を許さない(四七条一項)と定め、同法施行規則は、在監者の発受する信書は所長が検閲する旨定めている(一三〇条一項)。

(イ)  受刑者の通信に対するこれらの制限は、その拘禁目的を達するため及び監獄における内部秩序を維持するため、すなわち逃亡、暴行及び自他殺傷等の防止並びに受刑者の矯正教化を達するために、必要やむを得ない範囲で、受刑者であってもあまねく認められる表現の自由の一内容としての通信の自由を制限することを認めたものと解するべきであって、受刑者の通信が許されることをもって監獄の長の恩恵と解するべきではない。

(ウ) ところで、原告が主張するように、検閲によって知り得た信書の内容を理由に懲罰を科するのが憲法に違反するとまで解することはできない。信書の検閲は、上記のとおり拘禁目的を達するため及び監獄における内部秩序を維持するために認められているのであるから、これによって逃亡等の拘禁目的を妨害し、内部秩序を乱す企てが発覚した場合に、これに対して懲罰を科することができないのであれば、検閲のそもそもの目的を達し得ないからである。

しかし、信書を発信しようとしたことを理由として懲罰を科することは、発信を許さないことと並んで、通信の自由に対する重大な制限であるから、監獄の長は、謙抑的にこれに臨むべきであり、懲罰を科そうとする目的、その目的達成のための他により制限的でない手段の存否等を考慮し、その目的達成のために必要やむを得ない場合に限って、懲罰を科することができると解するのが相当である。

(エ)  福井刑務所長が本件懲罰を科した目的は、七月信書及び本件信書の内容が、遵守事項二八番に該当するとの判断を前提として、これに対する特別予防、一般予防を期することにあったと推認されるが、前記のように、本件信書が発信されることによって福井刑務所内の秩序、人間関係や生活環境が害されるおそれがあったとは認めがたいから、原告の本件行為が「他人を中傷し、ひぼう」する行為に当たるとの判断の当否を別としても、これに懲罰を科して特別予防、一般予防を期する必要があったかについては疑問なしとせず、そもそも懲罰を科そうとした目的すら相当とは認めがたい。

しかも、福井刑務所長が本件懲罰の目的とした本件記載部分の内容は、刑務官による受刑者に対する人権侵害若しくは不当な取り扱いを訴えるものである。監獄の処置に不服がある在監者が取りうる手段としては、内部的には情願の制度(監獄法七条)がもうけられているものの、これは単に監獄の監督官庁としての法務大臣の指揮監督権の発動を促す申立にすぎず、権利性が乏しいから、在監者にとって、現実には、刑務官の違法、不当な行為を監獄の外部に訴えることが侵害された権利救済につながる貴重な方法であるということができる。本件懲罰は、監獄内における刑務官による違法、不当な取り扱いを外部に訴えようとしたことに対して科せられたということができるのであって、そのことが原告及び他の在監者に与える通信の自由に対する萎縮効果は重大視するべきである。

(オ) このように考えると、本件懲罰は、上記の通信の自由を制限することが許される要件を到底満たしておらず、福井刑務所長がした原告の本件行為に対して懲罰を加えるとの判断は相当ではなかったと言わなければならない。

エ (遵守事項違反行為と科された懲罰の種類、期間との均衡が保たれているか)

本件懲罰は、軽屏禁二〇日(文書図画閲読禁止併科)であるところ、軽屏禁とは、受罰者を罰室内に昼夜屏居せしめる処分であり(監獄法六〇条二項)、厳格な隔離によって謹慎させ、精神的孤独の痛苦により改悛を促すことを趣旨とするものであり、この懲罰は、重屏禁が科せられなくなった現在、事実上最も重い懲罰である。証拠(乙33、34、証人e)によれば、その方法は、単独室に、食事とトイレの時間を除いて朝の八時ころから夕方の四時ころまで、正座もしくは安座させるというものであり、福井刑務所においては、入浴は軽屏禁の言い渡しからおおむね一〇日後に実施され、その後おおむね五日ごとに入浴又は運動を実施していることが認められる。

すなわち、受罰者は、昼間、独居房で正座若しくは安座を強制され、壁によりかかったり、膝を崩したり、立ち上がったり、椅子に座ったり、歩いたりすることが、食事やトイレの時間を除いて許されないのである。このような懲罰は、腰背部の筋力の低下を招き、身体的トラブルの原因ともなりかねないし、文書図画閲読禁止が併科されることによって精神的な慰安の手段も奪われているから、拘禁性の精神的トラブルの原因ともなりかねない過酷な懲罰であるというべきである。

そうすると、仮に福井刑務所長の事実認定及び原告の本件行為が遵守事項二八番に該当するとの判断が適正であったとしても、原告の本件行為が福井刑務所における規律や秩序、円満な人間関係や良好な生活環境を害する恐れの程度と比較衡量すれば、原告が、七月信書を発信しようとした際にe統括から注意を受けていたことの外、原告には、福井刑務所に入所して以来、本件懲罰を科せられるまでの約二年四か月の間に、三回の懲罰歴があったこと(証人e)、福井刑務所においては、職員をひぼう中傷する行為や同種の規律違反行為である職員に対する抗弁、反抗、侮辱等の事犯が平成一一年中に一三件あったが、これらに対する懲罰はおおむね軽屏禁(文書図画閲読禁止併科)一〇日ないし三〇日であったこと、福井刑務所長が定めた前記「科罰基準」によれば、中傷等については、標準が軽屏禁及び文書図画閲読禁止一〇日、最高が同二〇日、最低が叱責と定められていること等の事情を考慮しても、なお、本件懲罰は過酷に過ぎ、到底その均衡が保たれていないというべきである。

オ 以上のとおり、本件懲罰は、事実認定が合理的になされたとは認められず、原告の本件行為が遵守事項二八番に該当するとの判断も相当でなく、原告の本件行為を懲罰の対象とするとの判断も相当でなく、懲罰の種類、期間は行為との均衡が保たれていないから、福井刑務所長はその裁量を逸脱したという外はなく、違法であるとの評価を免れないものである。

(6)  損害額について

原告は、違法な本件懲罰によって、二〇日間にわたって前記の過酷な懲罰を受けたのであり、その身体的、精神的苦痛は甚大であると言わなければならない。

よって、その精神的苦痛を慰謝するためには、金五〇万円をもって相当と認める。

3  よって、原告の本訴請求は、被告に対し、慰謝料金五二万円及び内金二万円に対するa技官による暴行の日の後の平成一一年八月二三日から、内金五〇万円に対する本件懲罰が終了した日の同年一〇月一三日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担については民訴法六一条、六四条本文を適用し、仮執行の宣言については必要がないから付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・井戸謙一、裁判官・佐藤達文、裁判官・上田賀代)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例