金沢地方裁判所 平成13年(ワ)396号 判決 2003年10月06日
原告
X1
同
X2
同
X3
同
X4
同
X5
同
X6
同
X7
同
X8
同
X9
同
X10
同
X11
X12訴訟承継人原告
X13
同
X14
同
X15
上記14名訴訟代理人弁護士
岩淵正明
同
橋本明夫
同
川本藏石
被告
Y
同訴訟代理人弁護士
菅井俊明
主文
1 被告は,原告X1,同X2,同X3,同X4,同X5,同X6,同X7,同X8,同X9,同X10及び同X11に対し各金330万円,亡X12訴訟承継人原告X13に対し金165万円,同X14及び同X15に対し各金82万5000円並びにこれらに対する平成13年7月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告らのその余の各請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用はこれを6分し,その5を原告らの負担とし,その余を被告の負担とする。
4 この判決第1項は,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
(1) 被告は,原告X1,同X2,同X3,同X4,同X5,同X6,同X7,同X8,同X9,同X10及び同X11に対し,各金2000万円及びこれに対する平成13年5月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 被告は,亡X12訴訟承継人原告X13に対し金1000万円,同X14及び同X15に対し各金500万円及びこれに対する平成13年5月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 前提事実〔争いがないか,証拠(<証拠省略>)及び弁論の全趣旨によって明らかに認められる〕
(1) 当事者
ア 被告は,昭和36年からa乳業株式会社(以下「本件会社」という)の代表取締役を務めてきたものである。
イ 本件会社は,被告の父をいわゆる創業者として昭和28年3月26日に設立された資本金1000万円の株式会社であり,本社を被告の自宅におき,金沢市<以下省略>の会社所有土地上に工場を持ち,同工場で牛乳,ヨーグルト,清涼飲料水等を製造し,これを北陸3県を中心に販売していた。売上高は,平成6年度に14億8900万円を計上したのが最高で,その後減少傾向にあり,従業員数も,平成6年ころの正社員38名,パート社員15名が最高で,その後減少傾向にあった。本件会社は,平成13年5月17日,株主総会の決議により解散し,被告が清算人に就任した。解散決議当時,本件会社の発行済み株式総数は8000株で,株主及び所有株式数は,被告が3000株,被告の妻及び被告の息子であるAが各2000株並びに被告の娘が1000株であった。なお,本件会社は,平成15年1月8日,商号を「株式会社b」と変更するとともに,会社を継続し,被告が代表取締役に就任し,同年5月8日にはAが代表取締役に就任した。
ウ 原告X1,同X2,同X3,同X4,同X5,同X6,同X7,同X8,同X9,同X10,同X11及び亡X12(以下,この12名を「原告従業員ら」という)は,本件会社の解散当時,本件会社に雇用されていたが,解散に伴い,本件会社を解雇されたものである。亡X12は,平成13年10月29日死亡した。亡X12訴訟承継人原告X13は亡X12の妻,同X14及び同X15は亡X12の子であり,亡X12の権利義務を,原告X13は2分の1,同X14及び同X15は各4分の1の割合でそれぞれ承継した。
エ 平成13年4月当時の本件会社の組織は,被告が代表取締役社長をつとめ,上記Aが専務取締役(以下「A専務」という)として営業全般を統括し,その下に,約20名の営業担当社員がいた。製造部門は,B製造部長(以下「B部長」という)が統括し,その下に,製造課長以下約18名の社員とパート社員がいた。他方,原告ら従業員は,全国一般労働組合a乳業分会(以下「本件組合」という)を組織していた。
(2) 雪印乳業事件とこれを契機とする行政指導について
ア 平成12年6月ないし7月ころ、雪印乳業株式会社製造の乳製品による食中毒事件が発生し,全国で1万人を超える被害者が発生した。その過程で,雪印乳業大阪工場において,製造後出荷されずに冷蔵庫に残った乳製品及び出荷ミス等により返品された乳製品を加工乳等の原材料として再利用していたことが判明し,雪印乳業は,消費者の信頼を裏切ったとして強い社会的非難を浴びた。
イ ところで,食品衛生法7条1項は,厚生労働大臣が公衆衛生の見地から,販売の用に供する食品の製造,加工等の方法につき基準を定め,又は販売の用に供する食品等の成分につき規格を定めることができることを,同条2項は,前項の規定により基準又は規格が定められたときは,その基準に合わない方法により食品等を製造,加工等し,その基準に合わない方法による食品等を販売等してはならないことを,同条30条の2第1項は,7条2項の規定に違反した者は1年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処することをそれぞれ定めている。これを受けた「乳及び乳製品の成分規格等に関する省令」(昭和26年12月27日厚生省令第52号)によれば,「牛乳」とは,直接飲用に供する目的で販売(不特定又は多数の者に対する販売以外の授与を含む)する牛の乳をいい,「加工乳」とは、生乳(さく取したままの牛の乳),牛乳若しくは特別牛乳(牛乳であって,特別牛乳として販売するもの)又はこれらを原料として製造した食品を加工したものであって,直接飲用に供する目的で販売するもの〔部分脱脂乳(生乳,牛乳又は特別牛乳から乳脂肪分を除去したものであって,脱脂乳以外のもの),脱脂乳(生乳,牛乳又は特別牛乳からほとんどすべての乳脂肪分を除去したもの),はっ酵乳及び乳酸菌飲料を除く〕をいい,「乳飲料」とは,生乳,牛乳若しくは特別牛乳又はこれらを原料として製造した食品を主要原料とした飲料で一定のものを除いたものをいい(同令2条),牛乳を製造する場合には生乳を使用し,他物(超高温直接加熱殺菌する場合において直接殺菌に使用される水蒸気を除く)を混入しないことが,加工乳を製造する場合には,水,生乳,牛乳,特別牛乳,部分脱脂乳,脱脂乳,全粉乳,脱脂粉乳,濃縮乳,脱脂濃縮乳,無糖れん乳,無糖脱脂れん乳,クリーム並びに添加物を使用していないバター,バターオイル,バターミルク及びバターミルクパウダー以外のものを使用しないことがそれぞれ求められている(同令3条別表二の(五)の(2))。したがって,牛乳から加工乳及び乳飲料への再利用及び加工乳及び乳飲料から乳飲料への再利用は,いずれも上記法令に違反しないが,牛乳から牛乳への再利用及び加工乳から加工乳への再利用は,上記法令に違反することになる。
ウ 雪印乳業での上記再利用が明らかになったことを受け,平成12年7月11日,厚生省生活衛生局乳肉衛生課は,都道府県・政令市・特別区食品衛生主管課に対し,「加工乳等の製品の再使用については,10度C以下に保存される等の衛生管理がされており,かつ、品質保持期限内のものであれば,直ちに食品衛生法上問題とはならない。ただし,衛生管理の状況が不明なものや品質保持期限切れのものが混入していたとすれば,食品衛生法に抵触する恐れがあるので,再使用は厳に慎むよう関係営業者に対する指導を徹底されたい」との内容の事務連絡を発出した。
エ これを受けて,同月12日,金沢市保健所長は,本件会社に対し,衛生管理の状況が不明のものや品質保持期限切れのものを再利用しないよう指示した。同日,本件会社は,金沢市保健所長に対し,「当社では,外部からの回収乳は,温度管理等が確認できないため,品質保持期限内のものであっても一切再使用しておらず,回収されたものについては全て廃棄している」旨回答した。
オ 雪印乳業食中毒事件を契機に厚生省が設置した「加工乳等の再利用等に関する有識者懇談会」は,平成12年12月8日,「飲用乳の製品の再利用に関する報告書」を取りまとめた。これには,平成12年8月(1か月間)における再利用の実態調査の結果は,牛乳製造施設168施設中,120施設で加工乳及び乳飲料への再利用が行われていたこと,加工乳製造施設116施設中,81施設で加工乳への再利用が,72施設で乳飲料への再利用が行われていたこと,乳飲料製造施設157施設中,86施設で乳飲料への再利用が行われていたことが報告されるとともに,再利用が許される製品の再利用については,今後できる限り少なくする方向で取り組むべきであるが,やむを得ず再利用を行う必要がある場合には,少なくともそのためのルール化を図る必要があり,業界自らが次の条件を満たすガイドラインを作成すべきであるとし,その条件として,<1>消費期限内又は品質保持期限内であって,一定の期日以内の製品であること,<2>当該工場内で10度C以下で保管された製品であること,又はこれと同等の管理がなされていることが確認できる製品であること,<3>小売店頭から返品された製品でないこと,<4>官能検査,理化学検査(酸度,アルコールテスト),成分検査(乳脂肪分,無脂乳固形分)をすること等が記載されていた。
(3) 本件食中毒事件の発生
ア 平成13年4月23日の午前,富山県滑川市の販売店(c滑川店)より本件会社に対し,顧客から本件会社製品である牛乳の味がおかしいとのクレームが寄せられたとの連絡が入った。本件会社の営業係であった原告X2は,c滑川店に赴き,牛乳2本を回収して帰り,これをB部長に渡して検査を依頼した。同日午後,再びc滑川店からクレームがあった旨の連絡があり,原告X2は再び同店を訪れ,5本の牛乳を回収して帰り,これもB部長に渡して検査を依頼した。翌24日,B部長と原告X2は,c滑川店を訪ね,店舗を視察した。被告は,検査の結果が出るまで,翌25日からc滑川店への出荷を停止することを指示した。
イ 同月25日,c滑川店から,又も,牛乳に異臭があるとのクレームの連絡があった。原告X2は,c滑川店に納入済みの全品引き上げを決断し,同店に赴き,「酪農3.6牛乳」213本(以下「本件回収牛乳」という)をライトバンに積み込んで,約2時間かけて本件会社工場まで運んだ。同ライトバンは保冷車ではなく,その運搬の間,本件回収牛乳は常温に晒されていた。本件会社工場に到着後,原告X2は,本件回収牛乳を廃棄用冷蔵庫に搬入した。
ウ 翌26日,B部長の指示により,本件回収牛乳が当日の牛乳製造の際に再利用された(以下「本件再利用」という)。
エ 翌27日正午ころ,学校給食に供された本件会社の牛乳を飲んだ金沢市内及び内灘町内の小中学校15校の児童生徒380人以上が吐き気や腹痛を訴え,うち78名が医師の手当を受けた。このことは,同月28日の各新聞の朝刊等で大々的に報道された。
(4) 本件食中毒事件発生後,本件会社解散までの経緯
ア 金沢市保健所は,同月27日,本件会社の本社と工場を立入検査した。金沢市は,同月28日本件会社に対し,食品衛生法22条に基づき,同法4条4項に違反したことを理由として,同日から同月30日まで3日間の営業停止を命じた(以下「本件営業停止命令」という)。同月28日,石川県警は,業務上過失傷害の疑いで捜査を開始した。同日,石川県内のスーパーマーケットから本件会社の牛乳が一斉に撤去された。同月30日までに,本件会社の牛乳を飲んだことによる食中毒被害者は,421人に及んだ。
イ 同月30日,金沢市は本件会社に対し,食品衛生法23条に基づき,本件会社に対して許可していた乳酸菌飲料製造業,菓子製造業,乳処理業,乳製品製造業及び清涼飲料水製造業について同年5月1日から無期限に営業一切の禁止を命じた(以下「本件営業禁止命令」という)。その処分理由は,<1>牛乳により多数の児童生徒等に,嘔気・嘔吐等の健康被害を生じさせたこと(食品衛生法4条4号)及び<2>販売店より回収した牛乳を牛乳の原料に再利用したこと(同法7条2項)であった。なお,金沢市は,<1>の処分理由は,本件営業停止命令の処分理由と同一であり,本来,同じ事実を理由に2度の処分はできないから,本件営業禁止命令の実質的な処分理由は<2>であると考えている。
ウ 地元の有力紙である北國新聞の記事によると,同年4月29日の朝刊では,石川県警が本件会社の工場等を家宅捜索したこと等を中心に報道し,製造工程で薬品が混入したのではないか等の見通しが書かれていたが,同月30日及び5月1日の朝刊では,本件再利用の事実が大々的に報道され,「ずさん体質」「論外の安全管理」「傷害の意思追及へ」等の見出しのもと,本件会社に対するより厳しい非難が書かれた。
エ 本件会社は,同年5月3日,パート従業員全員に対して解雇を通告し,同月17日,従業員全員に対し,本件会社の株主総会で解散が決議されたとして,同年6月17日限りの解雇を通告した。
オ 同年9月25日,金沢市は,厚生労働省に対し,本件食中毒事件について報告書を提出した。これによると,食中毒の原因物質の特定には至らなかったとされている。石川県警によってなされた上記捜査の帰趨は,本件で提出された証拠によっては明らかでないが,少なくとも,B部長も被告も何らの刑事処分を受けていない。
2 当事者の主張
(1) 原告ら
ア 被告の任務懈怠行為
被告は,本件会社に対して忠実にその職務を遂行する義務があるところ,本件会社が解散に追い込まれたのは,被告の次の忠実義務違反行為がその原因である。
(ア) 食品衛生法及び乳及び乳製品の成分規格等に関する省令は,牛乳から牛乳への再利用を禁止しているから,クレーム品で,かつ常温で輸送されてきた本件回収牛乳の再利用は,食品衛生法に違反する行為であった。
(イ) しかるに被告は,平成13年4月25日夜,B部長に対し,本件回収牛乳を再利用することを指示した。
(ウ) 仮に,(イ)の事実が認められないとしても,被告は,B部長が本件回収牛乳を再利用することが予見できたから,社内で十分な話し合いを行って牛乳の再利用の禁止を徹底すべき注意義務があったし,B部長に対し,本件回収牛乳を再利用しないように指示,監督すべき義務があったのに,これらの義務を怠り,本件回収牛乳の再利用という事態を招いた。
(エ) 被告がB部長に対して本件回収牛乳の再利用を指示したこと,仮に指示していないとしても,B部長が再利用することを予見できたことは,次の各事実から合理的に推認できる。
a 本件会社では,平成12年6月に発生した雪印乳業事件までは,返品・過剰在庫・学校牛乳の未利用分の牛乳の再利用は常態であった。
b 雪印乳業事件の後も,本件会社では,失敗・過剰在庫の牛乳の再利用を行っていた。
c 被告は,従来から,学校給食の生徒の未利用の牛乳の再利用が可能かと従業員に聞いていた。
d 被告は,従業員に対し,再利用しなければ給料から差し引く等の発言をしていた。
e 本件再利用が行われた前日である平成13年4月25日夜,被告とB部長は社内に残っていた。
f 同年5月21日,全国一般労働組合石川地方本部委員長Dが電話でB部長に対し,「社長の指示のもとではどうしようもなかったのでないか」と質問したのに対し,B部長は反論せず,沈黙していた。
g 本件会社は,B部長に対し,何の処分もせず,退職金も減額しなかった。
h 被告は,B部長とともに,業務上過失致傷罪で送検された。
イ 被告は,本件会社の代表取締役としてその職務を行うについて,悪意又は重大な過失による任務懈怠があったものであるから,被告は,商法266条の3により,第三者である原告らが被った損害を賠償する責任がある。
ウ 被告の任務懈怠行為の結果,本件会社は解散に追い込まれ,原告ら従業員は解雇された。すなわち,被告の任務懈怠行為の結果,本件再利用が行われ,本件再利用の事実が明るみになった結果,本件営業禁止命令がなされ,これが原因となって本件会社は解散し,原告ら従業員は解雇された。そして,客観的に見て,本件会社の営業継続が不可能な事態となった決定的原因は本件再利用行為の発覚であること,株主の主観面でも,本件再利用の事実が発覚したことによる信用失墜が解散,廃業の決意の決定的動機となったことに照らし,本件再利用と本件会社の解散との間の相当因果関係を肯認することができる。
エ 原告従業員らは,解雇によって次の損害を被った。
(ア) 将来賃金相当額
原告従業員らは,本件会社が解散しなければ,それぞれ定年まで本件会社に勤務して賃金を得ることができたものであり,その金額は,別表記載のとおりである。
(イ) 原告従業員らは,本件会社が解散しなければ,定年まで勤務した上で,退職金の支給を受けることができた。原告従業員らが本件会社から解雇されたことによって現実に支払いを受けた退職金額と,上記得べかりし退職金額との差額は,別表記載のとおりである。
(ウ) 原告従業員らは,自らには何の落ち度もないのに,被告の違法行為を原因とする会社の解散の結果として,いきなり失職の憂き目に遭遇し,今後の再就職の目処も立たない状況に追い込まれたのであって,その精神的苦痛は甚大であった。その苦痛に対する慰謝料としては,原告従業員ら一人当たり金500万円が相当である。
(エ) 原告従業員らは,1人当たり200万円の弁護士費用を要した。
(オ) 以上によれば,原告従業員らが被った損害は,別表の「損害金合計金額」欄記載の金額となる。
オ よって,原告らは,商法266条の3を根拠として被告に対し,上記損害の内金として各2000万円(亡X12承継人原告X13は亡X12から承継した1000万円,同X14及び同X15は亡X12から承継した各500万円)及びこれらに対する解雇が通知された日の翌日である平成13年5月18日から支払い済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
(2) 被告
ア 被告がB部長に対して本件再利用を指示した事実はない。また,被告は,B部長が本件再利用をすることは全く予見できなかった。原告が主張する間接事実に対する被告の認否は次のとおりである。
(ア) 雪印乳業事件以前において,牛乳を加工乳ないし乳飲料に再利用することは全く問題はなく,牛乳に再利用することは,これが許容されるか否かについて意見が分かれていた。そして,本件会社では,過剰在庫(会社内の冷蔵庫に保管してあるもの)は牛乳,加工乳及び乳飲料として再利用しており,返品及び学校牛乳の未利用分を牛乳として再利用したことはなかったが,乳飲料として再利用したことはあったかも知れない。これらは,B部長に一任されていて,被告は詳細を把握していなかった。
(イ) 雪印乳業事件後は,再利用をしてはならないとの行政指導がなされた。そして,本件会社においても,返品等,いったん製品になったものの再利用はしていなかった。過剰在庫についても,乳飲料として再利用することはあったが,牛乳としての再利用はしていなかった。
(ウ) 原告らの主張アの(エ)のc,dの各事実は否認する。
(エ) 被告は,平成13年4月25日夜7時ころ帰社したところ,B部長からの報告で本件回収牛乳の存在を知り,B部長に対し,原因が分かるまで全商品の出荷を停止するよう指示した。翌朝,B部長が再利用の指示をしたことは,4月28日に至って初めて知った。
(オ) 本件再利用が明るみになった後,B部長は被告に謝罪したので,被告はBを叱責した。本件会社がB部長を処分しなかったのは,解散するまでにそのいとまがなかったし,本件会社の解散後の事後処理にB部長の協力が必要だったからである。なお,本件会社は,B部長に対する退職金の一部の支払いを留保している。
(カ) 被告が送検されたことは認める。
イ 因果関係について
仮に,平成13年4月25日夜,B部長から本件回収牛乳の存在を聞いた被告がB部長に対し,これを再利用しないように注意しなかったことが注意義務違反と評価されるとしても,そのことと本件再利用との間に相当因果関係はない(B部長の重大な過失という第三者の行動ないし介入がある)し,本件再利用と本件食中毒の発生との間にも,本件食中毒の原因が今なお判明していない以上,因果関係はないというべきである。また,本件食中毒の発生と営業停止処分との間にも,行政の判断が介在していて,相当因果関係があるとは言い難く,食中毒の発生と本件会社の信用失墜との因果関係も認めがたい。また,被告が本件会社の株主総会に廃業,解散を提案し,株主総会がこれを決議したのは,将来の営業の見通しと会社維持のための資金投入上の損得などを考慮した上での判断であって,本件食中毒が原因ではない。そうすると,被告の注意義務違反と本件会社の解散,廃業との間にも因果関係はないと言わざるを得ない。
ウ 損害について
原告ら従業員には,何ら損害は生じていない。原告ら従業員に対しては,解雇に伴い,解雇予告手当が支払われ,退職金規程に伴い退職金が支払われた。原告らが本訴で請求しているのは,定年に達するまでの得べかりし賃金及び得べかりし退職金と現実の退職金との差額である。しかし,本件会社には,原告ら従業員を定年まで雇用する義務はない。会社の解散ないし倒産によって,従業員が抱いていた定年まで働けるとの期待が事実上奪われることがあっても,その結果は,従業員が甘受すべきものであって,これを損害として,会社の経営陣に対して賠償を請求することはできないというべきである。
3 争点
(1) 被告がB部長に対し,本件再利用を指示したか。
(2) 被告には,社内で牛乳から牛乳への再利用禁止を徹底し,B部長に対して本件回収牛乳の廃棄を指示する注意義務があったか。仮にあったとした場合,その注意義務違反は重大な過失と評価されるか。
(3) 被告の任務懈怠行為と本件会社の解散,廃業との間の相当因果関係の有無
(4) 被告の任務懈怠行為によって原告ら従業員が被った損害
第3当裁判所の判断
1 被告がB部長に対し,本件再利用を指示したか。(争点(1))
(1) 証拠(<証拠省略>,証人B,原告X2本人,被告本人)によると,次の事実が認められる。
ア 雪印乳業事件が発生する以前,本件会社においては,次の条件を満たせば,午乳から加工乳及び乳飲料への再利用のみならず,牛乳から牛乳への再利用も行な(ママ)われていた。その条件は,<1>賞味期限内であること,<2>一旦外部に出たものについては,冷蔵保管されていたことが確認できること,<3>社内検査(アルコール検査及び風味検査)で合格すること,であった。
イ 雪印乳業事件の後,金沢保健所の担当官が本件会社を訪れて,牛乳の再利用についての指導を行った。これには,被告とB部長が対応した。その際,担当官は,被告及びB部長に対し,牛乳から加工乳及び乳飲料への再利用は,品質保持期限内のものであること及び10度C以下に保存されていることを条件として許されるが,それ以外の再利用は許されないことを周知徹底するよう指導した。
ウ その後,本件会社においては,一旦外部に出た製品については保管状況が確認できるか否かにかかわらず,再利用しないこととし,顧客に対しては商品の買い取りを求め,原則として返品を受け付けないこととした。他方,工場内部で保管されていた牛乳については,アの<1>及び<3>の条件を満たせば,牛乳から加工乳及び乳飲料への再利用のみならず,牛乳から牛乳への再利用も行な(ママ)われていた。
エ 平成13年4月25日,本件回収牛乳を持ち帰った原告X2は,同日午後6時ころ,本件会社工場に到着した。原告X2は,サンプル1本を事務所に持参し,ライトバンに戻ったが,そのとき,異臭を感じた。そこで,B部長及び製造課長のC(以下「C課長」という)にライトバンまで同行を求め,臭気の確認をしてもらった。B部長は,X2に対し,「ちょっと臭い」と述べ,明日検査する旨告げた。その後,X2は,本件回収牛乳を廃棄用冷蔵庫に入れた。当日午後7時ころ,被告が外出先から本件会社工場に帰社した。B部長は,被告に対し,本件回収牛乳の報告をした。その報告を受けた被告は,c滑川店に対して出荷停止を指示していたのに,これが守られなかったから回収せざるを得なくなったので,けしからんことだと考え,Bに対し,何故出荷停止の指示が守れなかったのかと叱責した。
オ 翌26日朝,B部長は,本件回収牛乳から任意の6本を取り出し,風味検査をしたが,アルコール検査はしないまま,C課長に対し,本件回収牛乳を使う旨の指示をした。冷蔵庫への保管業務を担当していた原告X9は,B部長ないしC課長から,本件回収牛乳をポリタンクに空け,これを亡X12に渡すよう指示され,亡X12はB部長ないしC課長から,原告X9が持ってきたポリタンク入りの牛乳を使用するよう指示され,原告X9及び亡X12が各指示に従った結果,本件回収牛乳が再利用された。
カ 同月28日,金沢保健所の立入調査の際,B部長は,同保健所の担当官に対し,本件再利用の事実を話した。
キ 本件会社の就業規則によると,故意又は重大な過失により会社の名誉信用を毀損し,又は会社に重大な損害を与えた者は,懲戒解雇に処する旨定められている。
ク B部長は,本件会社から何らの懲戒処分に処せられていない。B部長の退職金は,約900万円になるが,そのうち約700万円は既に支給済みであり,その余の残金の支給は留保されている。
(2) 原告らは,本件再利用は,B部長が被告の指示を受けてしたものであると主張するので,(1)の事実及び第2の1の事実を踏まえて検討する。
ア 上記のとおり,本件会社では,雪印乳業事件の前後を問わず,一定の条件が許せば,牛乳から牛乳への再利用も行っていたのであり,これは食品衛生法に違反するものであった。のみならず,本件再利用は,雪印乳業事件以降,本件会社内部で運用されていた基準,すなわち,一旦外部に出た牛乳については再利用しないとの基準にすら反するものであった。加えて,本件回収牛乳は,顧客からのクレームによって回収してきた牛乳であり,しかも,約2時間,ライトバンに積まれ,常温にさらされていたから,これを再利用することは,食中毒事件を引き起こす具体的な危険の伴う行為であったというべきである。そうすると,そのような重大な決定を,B部長が,被告の指示ないし了解なく,自らの判断だけでできただろうかという基本的な疑問がある。しかも,敢えて危険を冒してまで本件再利用を決断する動機としては,牛乳製造経費の節約しか考えられないが,これは,一従業員にすぎないB部長よりも,本件会社のオーナー経営者である被告においてより重視する要素であるということができる。
イ そして,本件再利用について,被告の指示ないし了解があったのではないかと疑うべき次の事情がある。
(ア) 平成13年4月25日夜,B部長は被告に対し,本件回収牛乳の存在を報告しており,このとき,再利用の可否が話し合われた可能性がある。B部長は,証人として,被告に報告しただけで,被告からは何の発言も指示もなかった旨供述するが,顧客からのクレームが相次ぎ,213本もの牛乳を回収せざるを得ない深刻な事態に立ち至っていたのに,被告から何らの発言がなかったというのは俄には信じがたい。他方,被告本人は,B部長から報告を受け,上記のとおり,出荷停止の指示が守られなかったことを叱責するとともに,クレームの原因究明を指示したが,本件回収牛乳の処理については当然廃棄すると思ったので特段の指示はしなかった旨供述していて,B部長の供述内容と食い違っている。
(イ) B部長は,証人として,本件再利用を決断した理由として,<1>本件回収牛乳が販売店のバックヤード(冷蔵庫)に保管されていたと判断したこと,<2>回収のための運搬時には常温にさらされていたが,1,2時間であれば,品質に影響はないだろうと考えたこと,<3>酪農家の苦労を考えると,牛乳を廃棄することが忍びなかったことをあげるが,それ自体違法であり,しかもクレームがあった牛乳の牛乳への再利用を決断するについては,<1><2>の判断は余りに安易であるし,<3>の考え方も情緒的に過ぎ,到底了解することができない。
(ウ) B部長が,平成13年4月25日には本件回収牛乳の臭いをかぎ,臭いがすることを確認していながら,翌朝には,アルコール検査すらすることなく再利用を指示したことに照らすと,むしろ,その前夜,B部長が被告に対して本件回収牛乳の存在を報告した際に本件再利用をする旨の結論が出ていたと考えるのが自然である。
(エ) 被告は,本人尋問において,平成13年4月28日にB部長から打ち明けられて,初めて本件再利用の事実を知ったと供述する。そして,その際のやりとりについて,被告本人は,B部長に対し,保健所の担当官に正直に話すよう指示したが,なぜ本件再利用をしたかを問い質すことはなかったと供述し,B部長は,証人として,被告から少しお叱りを受けたと供述する。しかし,本件再利用が本件会社に与える影響の甚大さを考えると,B部長から初めて本件再利用の事実を打ち明けられた被告の対応として,被告本人やB部長の上記供述内容は不自然さを免れないというべきである。
(オ) B部長が,被告の指示ないし了解なく本件再利用を決断したのであれば,その行為は,本件会社の就業規則の懲戒解雇事由に該当すると解せられるし,労務者の誠実義務違反として本件会社がB部長に対し,損害賠償を請求することも可能であると解せられる。しかるに,本件会社はB部長に対して何らの処分も,賠償請求もしていないばかりか,退職金の相当部分を既に支払済みである。被告は,本人尋問において,懲戒処分をしなかった理由について,残務処理のためにB部長が不可欠であったからと供述するが,仮にそうであったとしても,残務処理が終了した時点で懲戒処分を行うことを妨げる理由にはならないから,懲戒処分をしなかった理由として首肯することができないし,賠償請求をしていないこと,退職金の相当部分を支払ったことについては,特段の説明もない。
ウ 以上の諸事情を総合勘案すると,平成13年4月25日,B部長が被告に対して本件回収牛乳の存在を報告した際,被告からB部長に対し,本件回収牛乳を再利用することについて,明示若しくは黙示の指示ないし了解が与えられた可能性は相当高いものがある。証人B及び被告本人の各供述,<証拠省略>(被告の陳述書)のうち,これを否定する部分は,上記諸事情に照らすと,直ちには信用できない。しかし,上記指示ないし了解が与えられたことについての直接の証拠が存しない本件において,その事実を積極的に認定するには,なお若干の躊躇を感じざるを得ない。そこで,上記指示ないし了解の事実が認定できるか否かの判断をひとまず留保して,争点(2)の検討に進むこととする。
2 被告には,社内で牛乳から牛乳への再利用禁止を徹底し,B部長に対して本件回収牛乳の廃棄を指示する義務があったか。仮にあったとした場合,その任務懈怠は重大な過失と評価されるか。(争点(2))
(1) 本件会社では,雪印乳業事件以前,牛乳から牛乳への再利用が行われており,雪印乳業事件の後,金沢保健所から指導を受けた後も,一旦外部に出た製品については再利用をしないこととしたとはいえ,工場内部で保管されていた牛乳については,牛乳から牛乳への再利用が行われていた。これは,金沢保健所の指導に違反するにとどまらず,法令にも違反するルーズな取扱いであった。そして,上記取扱いが被告の指示によるとまで認める証拠はないものの,少なくとも被告はこれを許容,黙認していたと推認すべで(ママ)ある。被告本人の供述中,これを否定する部分は信用できない。
(2) 牛乳メーカーにとって,雪印乳業事件から学び,同様の事件を起こさないことは,極めて重大な課題であったというべきである。本件会社においては,従前,雪印乳業におけると同様に牛乳の再利用が行われていたのであるから尚更であり,この取扱いを改め,そのことを従業員に周知徹底する取り組みがなされなければ,本件会社における再利用の実態が社会的問題となり,消費者の信頼を傷つける事態が生じうることは十分予見できた。したがって,本件会社の代表取締役である被告としては,保健所の指導を契機に,本件会社におけるそれまでの牛乳再利用の実態を調査,把握し,今後,保健所の指導を遵守するための方策(取扱基準の策定,従業員への周知徹底等)に取り組むべき忠実義務があったというべきである。
しかるに,本件会社においては,雪印乳業事件後も上記のルーズな取扱いが日常的に続けられていたのであって,このことが本件再利用に結びつく一因になったというべきである。そして,この点についての被告の忠実義務違反は明らかである。
(3) 次に,B部長から本件回収牛乳の存在の報告を受けた被告としては,牛乳に対するクレームが相次ぐという牛乳メーカーにとって重大な局面であったから,本件会社のトップとして,B部長に対し,本件回収牛乳の廃棄を具体的に指示すべきであった。そうでなければ,牛乳の再利用についてのルーズな取扱いに日常的に関与してきたB部長が,本件回収牛乳が一旦外部に出た製品であるとはいえ,213本という大量の回収牛乳を前にして,再利用の誘惑に負ける危険性があったというべきである。更に,被告がB部長に対し,出荷停止の指示を守らなかったことを叱責したのみで,廃棄の指示を出さなかったから,B部長において,本件回収牛乳の有効利用を図ることが被告の意に反するものではないと忖度する可能性すらあったというべきである。そうすると,被告は,B部長が本件回収牛乳を再利用する旨の決断をする可能性があることを予見できたというべきであり,本件会社に対する忠実義務として,B部長に対し,本件回収牛乳を再利用せず廃棄するよう具体的に指示すべき義務があったというべきである。しかるに,被告は,その指示をせず,上記の忠実義務に反したのである。
(4) 消費者の信頼がなければ到底立ち行くことができない牛乳メーカーにとって,再利用の問題を適正に処理することが重大な課題であったことに鑑みると,被告のこれらの任務懈怠は,重大な過失であったとの評価を免れないものである。
(5) 以上のとおり,被告について少なくとも重大な過失による任務懈怠の事実を認めることができるから,争点(1)について結論を示すまでもなく,被告は,原告らに,その任務懈怠と相当因果関係のある損害を賠償をする責任があることになる。
3 被告の上記任務懈怠と本件会社の解散,廃業との間の相当因果関係の有無(争点(3))
(1) 第2の1の事実によれば,被告の上記任務懈怠とB部長によってなされた本件再利用との間には相当因果関係があるというべきであるし,本件営業禁止命令は,実質的には本件再利用の事実を理由に出されたものであるから,本件再利用と本件営業禁止命令との間にも相当因果関係があるというべきである。もっとも,上記のとおり,金沢市の調査によっても本件食中毒の原因は特定できなかったのであり,本訴訟においても,本件再利用が本件食中毒の原因であったと認定するには証拠が不十分であるから,被告の上記任務懈怠と,本件食中毒事件が起き,これによって消費者の信頼を傷つけると共に本件営業停止命令を受けた事実との間の因果関係は,これを認めることができないことになる。
(2) 次に,本件営業禁止命令と本件会社の解散,廃業との間の因果関係について検討する。
ア 証拠(<証拠省略,被告本人)及び弁論の全趣旨によると,次の事実が認められる。
(ア) 本件会社の売上は,平成6年には約14億8900万円を計上していたが,年々低下し,平成10年には,約11億6500万円,平成11年には約9億5500万円,平成12年には約8億6400万円であった。そのため,平成7年以降の営業利益は毎年マイナスであり,第48期末(平成12年12月31日)には,累積赤字が約1900万円に及んでいた。もっとも,同期末の固定負債約3億6700万円のうち,約2億8500万円は役員未払金であり,長期借入金は約7000万円に止まっていた。他方,固定資産として,金沢市<以下省略>に約1000坪の土地を所有しており,帳簿上は,その取得価格である約4800万円で計上されていたが,実勢価格はこれより相当高額であって,平成14年の路線価は1平方メートル当たり10万円であった。
(イ) 被告は,平成12年ころから,今後本件会社が営業を続けていくためには,新工場を建設し,食品の製造過程の管理の高度化に関する臨時措置法に基づくHACCP(危害分析重要管理点方式,食品加工において原料から最終製品化に至る各加工段階で衛生・品質管理チェックを行う方式)の認定を受ける必要があり,これに数億円の資金を要すると考え,本件組合に対して協力を呼び掛けていた。
(ウ) 被告は,本件営業禁止命令が出され,今後の営業再開の見通しがたたないし,営業が再開できても,大きく傷つけた消費者の信頼を回復することは容易でなく,HACCPの認定を受けるために多額の投資をしてみても,赤字を脱却するのは極めて困難と考えられたことから,本件会社を解散し,廃業することを決意し,他の株主の賛成を得て,本件会社解散の決議をした。
イ 以上の事実によれば,本件会社が解散したのは,本件再利用の事実が明るみになって本件営業禁止命令を受けたことだけが原因ではなく,約6年前から営業不振が続いていたこと,今後営業を続けるために多額の投資が必要な段階にあったこと,本件食中毒事件を起こし,これによって消費者の信頼を傷つけたこと等の諸事情も原因となっているというべきである。
しかしながら,本件会社が,本件食中毒事件を起こしたに止まらず,雪印乳業事件の発生から1年もたたないのに,その原因となった牛乳の再利用を行ったことによって,本件会社に対する消費者の信頼は著しく失墜したのであって,その信頼を回復するのは容易でないことは明らかであったこと,本件食中毒の発生を理由に出された本件営業停止命令で営業の停止を命じられたのは3日間だけであったが,本件再利用の事実を理由に出された本件営業禁止命令は,無期限という極めて厳しいものであり,これによって営業再開の見込が立たなくなったこと,本件会社の営業不振は続いていたが,被告が,本件営業禁止命令が出される以前に,近い将来,本件会社を廃業することを考えていたことを示す証拠はなく,前記認定の本件会社の資産状況に照らしても,本件会社の営業を廃止すべき切迫した状況にあったとは考えがたいこと,本件会社の解散決議がなされたのは本件営業禁止命令が出された直後であり,同命令が直接の原因であるとしか考えられないこと等の諸事情に鑑みると,本件再利用及び本件営業禁止命令がなければ本件会社の株主総会は解散決議をしなかったであろうと推認するのが相当であるし,本件会社の株主総会が解散決議をした諸要因のうち,もっとも大きい要因は本件再利用及び本件営業禁止命令にあったと認めるのが相当である。
よって,被告の上記任務懈怠と本件会社の解散,廃業との間には,相当因果関係があったと認めるべきである。
4 被告の任務懈怠によって原告ら従業員が被った損害(争点(4))
(1) はじめに
原告らは,被告の任務懈怠によって,本件会社が解散に追い込まれ,本件会社で定年まで働くことができる期待ないし利益を侵害されたとして,損害の賠償を求めている。しかしながら,株式会社の株主が会社の解散を決議するのは,本来その自由な判断でなしうることであって,これが不当労働行為に当たる等の特段の事情のない限り,原則としてそのことによって法的責任を負うものではないと解せられるから,労働者が勤務する会社で将来にわたって働くことができる期待ないし利益は法的保護に値しないのではないかとの疑いがないではない。
しかしながら,我が国においては,近年崩れつつあるとはいえ,なお終身雇用の慣行が根強く残っており,労働者は,多くの場合,使用者の倒産等の特段の事情がない限り定年まで就業を続けることができると期待し,それを前提に,子供を産み,育て,ローンを組んで自宅を購入する等の生活設計を立てており,使用者も,多くの場合,労働者のそのような期待を知り,経済的な破綻等,営業の継続を断念せざるを得ない特段の事情のない限り,その存続を図ろうとしている。そして,我が国においては,一般に,特段の資格や技術を持たない中高年の再就職は極めて困難であり,再就職できても,給与その他の労働条件は,大幅に低下することが多いことに鑑みると,労働者が勤務する会社で将来にわたって働くことができる期待ないし利益は法的保護に値し,労働者がこれを不法に侵害された場合には,損害の賠償を認める余地があるというべきである。
(2) 証拠(<証拠省略>)及び弁論の全趣旨によると,次の事実が認められる。
ア 原告ら従業員は,いずれも本件会社で長期間稼働してきたものであり,その勤続年数は,原告X4が約10年であり,亡X12については証拠上不明であるほかは,いずれも約20年もしくはそれ以上であり,その全員が,定年まで本件会社で勤続する予定をしていた。そして,それを前提に将来の生活設計をしており,とりわけ原告X5と同X7は,住宅ローンを抱えており,完済までの残年数は,原告X5は30年(親子ローンであった),同X7は25年であった。
イ 原告ら従業員が本件会社から解雇通告を受けた後,本件組合は,解雇撤回等を求めて団体交渉を繰り返したが,本件会社は,平成13年6月16日を最後に,以後の団体交渉を拒否した。本件会社は,原告ら従業員の再就職の斡旋をしなかった。
ウ 解雇通告を受けた原告ら従業員は,精神的な打撃を受けながらも,雇用保険を受給しながら,それが切れた後は,アルバイトをして当面の糊口をしのぎながら,再就職の口を探し回ったが,我が国における昨今の雇用情勢が極めて厳しい状態にある上,原告ら従業員の大多数が中高年〔亡X12を除く11名の年齢構成は,平成15年6月において,50歳代が6名(原告X1,同X5,同X7,同X8,同X9,同X10),40歳代が4名(原告X2,同X3,同X6,同X11),30歳代が1名(原告X4)である。なお亡X12は,死亡時54歳であった。〕であるため,再就職は困難を極めた。原告ら従業員は,ハローワークに通い,新聞等の求人情報に丹念に目を通し,友人等に紹介を頼むなどしたが,希望の条件では容易に再就職口が見つからず,その条件を落とさざるを得なかった。それでも,平成13年中に再就職できたのは,原告X3,同X4,同X5及び同X6の4名に止まった。その後,平成14年中には,原告X1,同X2,同X7,同X8の4名が就職できたが,原告X11が再就職できたのは,平成15年2月であり,原告X10にいたっては,今なお失業中である。また,原告X9は,平成14年8月に派遣会社に就職し,中華料理店に派遣されて稼働したが,その後急性骨髄性白血病を患い,再就職先を退職し,平成15年4月から入院生活を送っている。
再就職後の給料は,30歳代であった原告X4は,解雇前よりも増えたが,他の者は,原告X11を除き,1割ないし3割程度の減額となった。原告X11は臨時雇いのため,解雇前の約3割の収入しかない。成長期の子供を抱えている者(原告X8)や住宅ローンを抱えている者(原告X5,同X7)は経済的に極めて厳しい状態に置かれている。また,技術と経験のある牛乳製造の仕事に再就職できたのは,原告X4及び原告X8の2名だけであり,他の者は,慣れない仕事に従事して,苦労している。
エ 亡X12は,本件食中毒,本件再利用及び本件解雇等の一連の出来事の中で精神のバランスを崩し,約2か月半,神経精神科に入院した。退院後就職活動をしたが,就職先が見つからないまま,平成13年10月29日,自死の途を選んだ。
(3) 原告ら主張にかかる各損害項目について
ア 将来賃金相当額
(ア) 原告らは,本件再利用が行われなければ,本件会社は廃業にはならず,原告ら従業員は,それぞれ定年まで本件会社に勤務して賃金を得ることができたのであり,その得べかりし賃金が損害であると主張する。しかしながら,次のとおり,原告らの主張を採用することができない。
(イ) まず,本件再利用が行われなければ,本件会社が原告ら従業員の定年まで営業を続けていたと認めるのは困難である。すなわち,前認定の事実によれば,本件会社は,平成6年以降,売上が減少の一途を辿り,平成7年以降,毎年営業損失を計上していたのであり,その財務状態は,固定資産の含み利益があったから,帳簿上の数字ほどには悪くなかったとはいえ,被告を含む本件会社の株主としては,本件再利用が行われなかったとしても,会社財産を食いつぶしてしまう前に本件会社の営業を廃止する選択をすることは十分あり得たというべきである。
(ウ) もっとも,本件再利用が行われなければ,一定期間(その期間を認定するのは難しいものの)は本件会社に勤務できたとは認められる。しかしながら,その期間に本件会社から支給を受けることができたと考えられる賃金を損害と評価するのも困難である。なぜなら,本件会社を解雇された原告ら従業員は,交通事故の被害者とは異なって労働能力には何らの影響がなく,他に就職するなどして給与を得ることができるからである。
もとより,昨今の雇用情勢に鑑みれば,大部分が中高年に属する原告ら従業員の再就職は,現実には極めて厳しいし,再就職ができたとしても,その給与額は,本件会社におけるよりも低額になるだろうと考えられる。そして,現実にも,原告ら従業員の再就職状況は(2)のウで認定したとおり厳しいものであった。そうすると,本件会社を解雇された後,原告ら従業員が現実に得た収入と解雇されなければ得ることができたであろう具体的な収入との差額を損害と評価することが考えられる。しかし,給与が労働の対価であることを考えると,これによっては妥当な結論を導き出せない。極端な例を設ければ,昼夜を問わず働いて解雇前と同額の収入を確保している者の損害が零であって,働く意欲をなくして遊んで暮らしている者が解雇前の収入と同額の損害を被ったと評価されるのは,妥当な結論とは言い難い。かといって,再就職に要する期間や再就職後の労働条件の低下の程度を抽象化,一般化して損害を把握するのも,よるべき基準を見つけるのが困難であって,不可能である。
(エ) 以上の検討の結果によれば,将来賃金相当額を原告ら従業員の損害と把握することはできず,再就職のための苦労や再就職後の労働条件の低下等は,後述の慰謝料金額算定に当たっての斟酌事由とするのが相当であると判断する。
イ 得べかりし退職金額と現実に受け取った退職金との差額
アの(ア)で述べたように,本件会社が原告ら従業員の定年まで営業を続けい(ママ)ていたと認めることはできない。もとより,本件会社は,本件再利用がなされなければ,少なくとも暫くは経営が続けられていたと認められるが,その期間を認定するのも困難である。そうすると,上記退職金差額も独自の損害として把握することはできず,後述の慰謝料金額算定に当たっての斟酌事由とするのが相当であると判断する。
ウ 慰謝料
原告ら従業員は,(1)で認定したように,突然の解雇に大きな精神的打撃を受け,雇用保険を受給しながら,あるいはアルバイトで糊口をしのぎながら再就職のために奔走したものの,希望の条件では就職口は容易には見付からず,やむを得ず条件を落として再就職した者が多く,再就職後は,慣れない仕事に戸惑い,また給与は大幅に減額となり,人生設計が大きく狂う結果となったし,未だに再就職ができていない者も存在し,学齢期の子供や住宅ローンを抱え,経済的に厳しい状況にある者もおり,また,(解雇と因果関係がないとはいえ)病に倒れた者は過酷な状況に陥ったし,亡X12は,上記のとおり,悲惨な結果となったものである。
これらの事情に,本件再利用がなければ,原告ら従業員は,少なくとも相当期間本件会社で勤務し,従前どおりの給与の支払いを受けることができ,現実に受領したよりも多額の退職金を受領できたと考えられることも斟酌し,本件再利用,すなわち被告の上記任務懈怠と因果関係のある慰謝料としては,原告ら従業員各自につき金300万円をもって相当と認める。
エ 弁護士費用
本件事案の内容,性質,審理の経過,認容額等に鑑み,被告の上記任務懈怠と因果関係のある弁護士費用としては,原告ら従業員一人につき金30万円をもって相当と認める。
5 結論
以上の検討の結果によれば,
(1) 原告X1,同X2,同X3,同X4,同X5,同X6,同X7,同X8,同X9,同X10及び同X11の被告に対する各請求は,各金330万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成13年7月18日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であり,その余は失当である。なお,商法266条の3に基づく損害賠償債務は,法が取締役の責任を加重するために特に認めたもので,履行の請求を受けたときから遅滞に陥ると解するべきである(平成元年9月21日最高裁判決・判例時報1334号223頁参照)。
(2) 亡X12訴訟承継人原告らの被告に対する各請求は,原告X13において金165万円,同X14及び同X15において各金82万5000円及びこれらに対する前同様の平成13年7月18日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であり,その余は失当である。
(裁判長裁判官 井戸謙一 裁判官 佐藤達文 裁判官 村山智英)
(別表) 損害金額目録
<省略>