金沢地方裁判所 平成14年(行ウ)1号 判決 2003年9月08日
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告が原告に対し、平成12年3月13日付けでなした平成3年7月19日相続開始に係る乙川二郎の相続税についての連帯納付義務に基づく各督促処分(第61号ないし70号)をいずれも取り消す。
第2 事案の概要
本件は、原告が、遺言により被相続人乙川一郎(以下「一郎」という。)の全財産を相続した乙川二郎(以下「二郎」という。)に対し、遺留分減殺請求権を行使し、遺留分相当の価額弁済を受けたとして、その後二郎が滞納した相続税について金沢国税局長から相続税法(以下「法」という。)34条1項の連帯納付義務に基づく督促処分を受けたことについて、同処分の取消しを求めた事案である。
1 前提事実
(以下の事実のうち、証拠等を掲記したもの以外は、当事者間に争いがない事実である。)
(1) 相続開始
一郎は、全財産を養子である二郎に相続させる旨の公正証書遺言を残し、平成3年7月19日に死亡した。
(2) 上記相続に係る二郎が納付すべき相続税(以下「本件相続税」という。)の課税と徴収
ア 二郎は、平成4年1月20日、大野税務署長に対し、別表1「申告分」「申告・延納許可申請」欄記載のとおり、納付すべき税額を216億9714万4200円(以下「申告分相続税額」という。)とする相続税の申告書を提出した(乙1、4)。
この申告分相続税額について、二郎は、同日延納許可申請を行い、これを受けた大野税務署長は、同年3月24日、別表2「当初延納許可」欄記載のとおり延納を許可した(以下「本件申告分延納許可」という。乙2)。
イ 大野税務署長は、平成5年2月19日、二郎に対し、相続財産の評価に異動があったこと等を理由として、別表1「更正分」「更正」欄記載のとおり、相続税の納付税額を増額する更正処分を行い、これにより二郎の納付すべき相続税は36億8892万1500円増加した(以下「更正分相続税額」という。乙1、4)。
この更正分相続税額について、二郎は同年3月5日、延納許可申請を行い、これを受けた大野税務署長は、同年9月28日、別表3「当初延納許可」欄記載のとおり延納を許可した(以下「本件更正分延納許可」といい、本件申告分延納許可と併せて「本件延納許可」という。乙3)。
ウ その後の申告分相続税額の更正、本件申告分延納許可の延納条件の変更及び納付の経緯は、別表1「申告分」欄及び別表2記載のとおりである(乙1、2、4)。
その後の更正分相続税額の更正、本件更正分延納許可の延納条件の変更及び納付の経緯は、別表1「更正分」欄及び別表3記載のとおりである(乙1、3、4)。
(3) 原告の財産の取得
ア 原告は、一郎の子である。
イ 原告は、平成4年4月30日二郎に対し、一郎の相続財産につき遺留分減殺請求権を行使した。原告が、△△タクシー株式会社(二郎が代表者を務める▲▲タクシー株式会社の子会社である。)を相手取って雇用契約上の地位確認等を求めた訴訟(京都地方裁判所平成3年(ワ)第2227号)において、平成4年7月31日、▲▲タクシー株式会社及び二郎が利害関係人として加わって訴訟上の和解が成立した(以下「本件和解」という。)が、その和解調書には、次の記載があった(乙6)。
a 原告と二郎は、一郎がした公正証書遺言及び原告がした遺留分減殺請求がいずれも有効であることを確認する。
b 二郎は原告に対し、民法1041条に基づく価額弁償として1億9968万6925円を支払う。
c 二郎は、上記価額弁償金が相続税控除後の金額を基にして算出されたものであることを認め、相続税の納付については二郎において一切の責任を持ち、原告に何らの負担をかけない。
ウ 原告は、二郎からイのbの金員(以下「本件受領金」という。)の支払いを受けた(弁論の全趣旨)。
エ 原告は、本件受領金について、法30条に規定する相続税の期限後申告書を提出しなかった。二郎は、本件受領金を支払ったことによって申告にかかる相続税額が過大となったことについて、法32条に規定する更正の請求をしなかった。そのため、大野税務署長は、原告に対し法35条3項に規定する決定を行わなかった。
(4) 本件督促処分
ア 二郎は、本件申告分延納許可に係る延納分納税額のうち、分納回数4回目ないし7回目の各延納分納税額をそれぞれの延納分納期限までに完納しなかった。
大野税務署長は、平成11年2月22日、二郎に対し、上記延納分納税額について国税通則法(以下「通則法」という。)37条に基づき督促状を送付した(乙1、2)。
イ 二郎は、本件更正分延納許可に係る延納分納税額のうち、分納回数3回目ないし6回目の各延納分納税額についても、それぞれの延納分納期限までに完納しなかった。
大野税務署長は、同年3月31日、二郎に対し、上記延納分納税額について、通則法37条に基づき督促状を送付した(乙1、3)。
ウ 二郎がその後も上記各督促にかかる税金を納付しなかったので、大野税務署長は、同年5月31日、法40条2項に基づき、本件延納許可を取り消し、同日、二郎に対しその旨を通知した。
しかし、二郎は、延納許可取消しにかかる相続税を同年6月7日になっても完納しなかったため、大野税務署長は、同日、通則法37条に基づき、延納許可取消しにかかる本件相続税について督促状を送付した(乙1、3)。
エ 平成11年8月4日、被告は、本件相続税の滞納処分につき、通則法43条3項の規定により大野税務署長から徴収の引継ぎを受け、二郎に対しその旨を通知した。
オ 被告は、平成12年2月14日、原告に対し、「あなたは、他の相続人とともに乙川一郎殿の財産を相続しましたが、乙川二郎殿の相続税については、相続税法第34条第1項の規定により、相続によって受けた利益の価額を限度として、他の相続人と連帯して納付する責任があるのでお知らせします。」という内容の「相続税の連帯納付責任のお知らせ」と題する書面を送付した(以下「本件お知らせ」という。乙5)。
カ 被告は、同年3月13日、原告に対し、本件申告分延納許可に係る分納回数4回目ないし7回目の延納分納税額(4回目は6億2172万2228円、5ないし7回目は各8億0162万4000円)、本件更正分延納許可に係る分納回数3回目ないし6回目の延納分納税額(各1億8473万2000円)並びに延納許可取消しに係る本件申告分延納許可の相続税額103億7749万4052円及び本件更正分延納許可の相続税額24億8923万8000円について、それぞれ法34条1項に基づき連帯納付義務に係る督促状(以下「本件各督促状」という。)を送付し、別表4のとおり各督促処分を行った(以下「本件各督促処分」という。甲1ないし10)。なお、本件各督促状には、「(二郎の相続税について)あなたが乙川一郎殿から相続によって受けた利益の価額を限度として、他の相続人と連帯して納付する責任がある」と書かれるのみで、その責任限度額について具体的な記載はなかった。
(5) 本件各督促処分に対する異議申立て
原告は、国税不服審判所長に対し、平成12年4月11日、本件各督促処分について審査請求を行い、国税不服審判所長は、平成14年3月15日、原告の審査請求を棄却する旨の裁決を行った。
2 争点及び争点に対する当事者の主張
(なお、以下、同一の被相続人から相続財産を取得したものが2名いた場合を想定し、その取得者をそれぞれA、Bと表す。)
(1) 原告の連帯納付義務の有無
ア 法34条1項が適用される範囲について
(原告の主張)
(ア) 法34条1項は、「互に連帯納付の責に任ずる」と規定しており、「互」の文字があることから、同項が定める義務は、相互保証的連帯納付の義務であると解される。すなわち、同条項の「相続又は遺贈により財産を取得したすべての者」とは、「互いに連帯納付の責に任ずる」関係、各相続人の固有の相続税額を相互保証する関係になりえる者に限定されると解される。
例えば、B固有の相続税額に対応してAが負う連帯納付義務の責任の範囲は、A固有の相続税が申告納税方式等により確定した場合に、Aの取得財産の価額より固有の相続税額及び債務控除額等を減じた価額(相続により受けた利益の価額)であり、A固有の相続税額に対応してBが負う連帯納付義務の責任の範囲も同様であって、それにより各相続人間に相続税徴収の公平性が保たれ、徴収の確保が図られるのである。
(イ) 仮に、A又はBに固有の相続税が課されない場合にも法34条1項の適用を肯認すれば、一方保証の関係になるが、このような場合にも法34条1項の適用があると解した場合、次の不都合がある。すなわち、遺贈により財産を取得した法人(みなし個人は除く)は、固有の相続税の納付義務を負わず、同一被相続人の相続人の納付すべき固有の相続税との関係においては法34条3項の適用があるところ、同条項は一方保証的に連帯納付義務を負わせる規定と解される。そして、法34条3項の場合の連帯納付義務の税額は取得した相続財産の一部であるのに、法34条1項の場合の連帯納付義務は相続により受けた利益の価額全額となり、同一形態(相続財産の取得)の一方保証的な連帯納付義務者であるのに明らかに不平等であって、法の下の平等に反する結果となる。
(ウ) ところで、原告の固有の相続税は、申告若しくは決定による確定がなされていないし、また平成9年12月31日の経過により消滅時効が完成していて、もはや原告には原告固有の相続税の納付義務がない。そうすると、原告と二郎は、相互保証する関係にはなり得ないから、原告に、法34条1項による連帯納付義務は生じない。
(被告の主張)
(ア) 法34条1項は、本来の納税義務者以外の者についても連帯納付の義務を負わせることにより、徴収面から相続人間の相続税の公平負担を図るとともに、租税徴収を確保するという趣旨で定められ、同一の被相続人から相続により財産を取得した者に適用されるものである。
法34条1項の連帯納付義務とは、同一の被相続人から相続又は遺贈により財産を取得したA、Bについて、互いに連帯納付の責に任ずる、すなわち、「AはBの納付すべき固有の相続税があれば、これにつき連帯納付義務を負うとともに、BはAの納付すべき固有の相続税があれば、これにつき連帯納付義務を負う」という相互関係のことをいうのであり、Aは固有の納税義務を負わないがBは固有の納税義務を負うこととなった場合においては、連帯納付義務は、連帯保証類似の性質を有し、Bは自己の固有の納税義務は負うものの、Aの固有の納税義務に対応する連帯納付義務は負わないことになり、他方、Aは、自己の固有の納税義務はなくとも、Bの納付すべき固有の相続税との関係においては連帯納付義務を負うことになるのである。
(イ) したがって、連帯納付義務が生ずるか否かは、A及びBが「同一の相続人から相続又は遺贈により財産を取得した」者であるか否か、そして、A及びBがそれぞれに、あるいは、いずれかが固有の納税義務を負うか否かによって、おのずと定まるものであり、原告の主張は、法34条1項の誤った解釈を前提とするものである。
(ウ) また、法34条3項は、原告が主張しているところの被相続人から法人が遺贈を受けることを前提としたものではなく、相続人A又はBから遺贈又は贈与等が行われた場合に適用され、A又はBから遺贈又は贈与等を受けた者がA又はBとの間で、一方保証的連帯納付の責任を負うとするものであるから、法34条1項とは適用される場面が異なり、平等原則に反するとの原告の主張は失当である。
(エ) 原告の負う連帯納付義務は、あくまで二郎固有の相続税納付義務に対応するものであって、二郎固有の相続税納付義務が確定すれば、この金額について当然に連帯納付義務も生ずるものであるから、原告の固有の相続税につき確定されておらず、あるいは消滅時効が成立していたとしても、原告が法34条1項により二郎の相続税の連帯納付義務を負うことは明らかである。
イ 原告は相続財産の一次取得者か
(原告の主張)
法34条1項は、相続財産一次取得者の相互保証的連帯納付義務を、2項は、相次相続による相続財産二次取得者の相互保証的連帯納付義務を、3項は、一次取得者の相続税課税価格計算の基礎となった財産に移転があったことによる、相続財産二次取得者の一方保証的連帯納付義務をそれぞれ定めたものと解される。
ところで、本件和解によって原告が二郎から本件受領金を受領したことは、相続財産の二次取得に該当する。被告が原告に対して、原告固有の相続税の決定を行っていないことに照らせば、被告も、上記受領を相続財産の二次取得と判断したものと推測される。
そうであれば、法34条1項は原告に適用されない。
(被告の主張)
(ア) 原告が本件和解によって二郎から受領した本件受領金が一郎の相続財産に対する原告の遺留分の価額弁償金であることは明らかである。
(イ) 遺留分権利者が減殺請求によって取得する財産は、相続財産の一部として受け取るものであり、したがって、遺留分権は物権的性質をもち、それに基づく財産取戻請求権は物権的請求権として把握されている。遺留分権利者に帰属する権利は、相続開始時から法定相続により遺留分権利者に帰属していたことになり、これによる財産の取得は、遺産分割による取得(民法909条)と同様に、常に被相続人からの承継取得であると解される。そして、価額弁償を受けた場合であっても、遺産分割における代償分割の場合と同様、価額弁償金については、被相続人から相続によって取得した財産ということができ、原告は、相続財産の一次取得者である。
(2) 本件各督促処分の有効性
ア 本件連帯納付義務は、税額が確定しているか。
(原告の主張)
原告の本件連帯納付義務は、税額の確定手続を経ていない。国税通則法は、税額の確定手続を経ない納税義務の成立を予定していない。最高裁判所昭和55年7月1日第3小法廷判決(民集34巻4号535頁、以下「昭和55年最高裁判決」という。)は、「法34条1項の規定による連帯納付義務は、相続人又は受遺者の固有の相続税の納税義務の確定という事実に照応して法律上当然に確定する。」と判示したが、これは、納税義務の確定を言っているのであって、税額が確定するとまでは言っていない。
(被告の主張)
原告の主張は争う。Bの連帯納付義務は、A固有の相続税納付義務に対応するものであって、A固有の相続税納付義務が確定すれば、この金額について当然に連帯納付義務が生ずるのであって、連帯納付義務について、独自の確定手続は要しないのである。
イ 告知の要否
(原告の主張)
(ア) 国税通則法基本通達8条関係4は、法34条に規定する連帯納付義務の徴収手続につき、以下のとおり定めている。
「① 相続税または贈与税の申告が共同してされた者にかかる同条第1項または第2項に規定する連帯納付義務については、その相続税または贈与税の督促状に「相続税法第34条の規定による連帯納付の義務がある」旨の文言を記載して行う。② 相続税または贈与税の更正または決定が同時にされた者にかかる同条第1項または第2項に規定する連帯納付義務については、その更正または決定の通知書および督促状に上記①の文言を記載しておこなう。③同条第2項に規定する連帯納付義務で、その基因となる相続税または贈与税につき被相続人の死亡前に督促がされているものについては、第5条関係20に準じて行う。④ ①から③までに定めるところによることができない者にかかる連帯納付義務については、その基因となる相続税または贈与税の納税地を所轄する税務署長が納税の告知および督促をすることにより行う。」
(イ) 本件は、①ないし③に該当しないから、④に該当する。しかるに、本件において告知の手続はとられていない。告知を欠いた本件督促処分は違法である。
(被告の主張)
法34条1項の連帯納付義務を負う者は、自己の納付すべき金額を知り得ないわけではないから、納税の告知がないからといって、その徴収手続が違法となるものではない。
ウ 責任限度額の記載のない本件各督促状は違法か。
(原告の主張)
(ア) 課税庁が行う課税処分が適法であるためには、課税標準及び税額が明示されていることが要件である。納税者は、税額明示があることによって、納付すべき税額が明らかになり、納税義務の履行が可能になるのである。連帯納付義務の督促状には、①取得財産の価額②債務額③固有の納税義務額④非課税財産の価額⑤登録免許税⑥連帯納付責任額(納税額)を記載してなすべきであるのに、本件各督促状には連帯納付責任額の記載がなされていない。納付すべき金額の明示のない本件各督促状は違法で、これによる督促は、無効である。
(イ) 被告は、「納税者において、相続によって受けた利益の価額を知りうるから、督促状に税額の明示がなくとも適法である」と主張する。しかしながら、連帯納付義務者は、自ら申告をした場合や決定処分を受けている場合は、その価額を知りうるが、そうでない場合は、これを知り得ない場合がある。
(ウ) 果たして原告においても、次のとおり、納税すべき税額がわからない。
a 本件和解調書によって原告が二郎から受領した1億9968万6925円は、名目こそ「価額弁償金」とされているが、実質は、それだけではなく、次の金員が含まれていた。したがって、本件受領金の内、実質的に価額弁償金の部分がいくらであるか、原告にも分からないのである。
(a) 相続によって二郎が承継した原告の一郎に対する慰謝料請求権。すなわち、一郎は、原告を認知せず、他方、二郎を認知するとともに二郎と養子縁組し、原告に対して差別的な取り扱いをし、そのため原告は精神的損害を被った。
(b) 原告が△△タクシー株式会社から不当解雇されたことにより、同会社を実質的に支配する二郎に対して取得した慰謝料請求権。
b 原告の固有の相続税については、平成9年12月31日に消滅時効が完成しており、被告は、これに対し、国税徴収権を行使することはできない。そうすると、原告の相続税連帯納付義務についても、原告の相続により取得した財産の価額のうち固有の相続税相当額は国税の徴収権が消滅していて納付したものとみなされ、固有の相続税相当額を除く残存部分にのみ二郎の固有の相続税に対する連帯納付義務が及ぶと解される。そして、この消滅している原告固有の相続税を計算するに当たっては、二郎の相続税課税価格財産および相続税額等申告内容を知る必要があるが、原告に二郎の申告した申告書の閲覧権がないことからこれらを把握できず、原告の責任限度額を算出できない。
(エ) よって、原告にとって、納付すべき税額がわからない本件督促処分は、違法である。
(被告の主張)
(ア) 原告の負う本件連帯納付義務は、二郎の相続税納付義務に対応するものであるから、納税義務のある税額は、二郎固有の相続税納付義務額と同額であるところ、二郎固有の相続税納付義務額は本件各督促状に記載されている。
連帯納付義務者に対する督促状は、「相続税法第34条の規定による連帯納付の義務がある」旨の文言を記載して行うこととされている(通則法基本通達8条関係4)。被告は、これにしたがって、本件各督促状を作成した。
(イ) 相続税法34条1項は、申告による納税義務者と現実に相続財産を取得した者との間の不一致が多いことから、現実の相続財産の取得者に相続税を負担させることを一つの趣旨とするものであり、連帯納付義務者の責任額は、税務署長に対して取得した旨を申告した相続財産の価額に基づくのではなく、現実に取得した価額に基づくのである。したがって、その責任額は、本来、連帯納付義務者自身が最もよく知っているのである。
(ウ) 本件和解においては、本件受領金が原告の遺留分の価額弁償金であることが明記されている。そうすると、本件において、原告は、自らの責任限度額を知っていたというべきである。
(エ) したがって、責任限度額の記載のない督促状が違法であるということはできない。
(3) 本件各督促処分は、租税法律主義に違反するか。
(原告の主張)
国民は法律の定めるところにより、納税義務を負うところ、本件督促処分においては、前述のとおり、何らの根拠規定にもよらず、納付額について確定手続きもなく、さらに納付すべき金額について明示されていないのであるから、本件督促処分は租税法律主義に反し違法無効である。
(被告の主張)
前述のとおり、原告の連帯納付義務は飽くまで二郎固有の相続税納付義務に対応するものであって、二郎固有の相続税納付義務が確定すれば、この金額について当然に連帯納付義務も生ずるものであり、原告固有の相続税納付義務がどうなるかにかかわらないし、また、責任限度額は、文字通り原告が責任を負う限度について画するものにすぎず、原告の側でこれを示して限度額以上の納付を免れるためのものにすぎないのであるから、租税法律主義違反であるとの原告の主張は失当である。
第3 争点に対する判断
1 原告の連帯納付義務の有無
(1) 法34条1項が適用される範囲について
ア 連帯納付義務の法的性格
法34条1項は、相続人又は受遺者(以下「相続人等」という。)が二人以上ある場合に、各相続人等に対し、自らが負担すべき固有の相続税の納税義務のほかに、他の相続人等の固有の相続税の納税義務について、当該相続等により受けた利益の価額に相当する金額を限度として、連帯納付義務を負担させている。ここに「受けた利益の価額」とは、相続又は遺贈により取得した財産の価額から相続税法第13条の規定による債務控除の額並びに相続または遺贈により取得した財産にかかる相続税額及び登録免許税額を控除した後の金額をいうと解するべきである(相続税法基本通達第34条関係1)。
この連帯納付義務は、相続税徴収の確保を図るため、相互に各相続人に課した特別の責任であると解せられる。
イ 法34条1項の適用場面
原告は、法34条1項の規定に「互いに連帯納付の責に任ずる」と規定していることから、同条項の「相続又は遺贈により財産を取得したすべての者」とは、「互いに連帯納付の責に任ずる」関係、各相続人の固有の相続税額を相互保証する関係になりえる者に限定されると主張する。
しかしながら、法34条1項は、連帯納付義務を負う主体を「同一の被相続人から相続又は遺贈により財産を取得したすべての者」と規定しており、これを「自ら固有の相続税を課せられた者」と限定して解釈すべき理由があるとは認めがたい。同条の「互いに連帯納付の責に任ずる」とは、Aに固有の相続税納付義務がある場合にはBに連帯納付責任があり、Bに固有の相続税納付義務がある場合にはAに連帯納付責任があるとの趣旨であり、たまたま一方に固有の相続税納付義務がないため結果として一方的保証になる場合も包含すると解すべきである。
実質的に考えても、共同相続人の一部の者の相続税額が零となるのは、原告の場合のように、相続税の申告手続がなされた後に遺留分減殺等がなされたのに、相続税額が過大になった者が更正の請求をせず、他方新たに法27条1項に規定する申告書を提出すべき要件に該当することとなった者が期限後申告書を提出しなかったため、その者の納税義務が時効消滅した場合の外、配偶者に対する相続税額の軽減条項(法19条の2)が適用された場合等が想定できるところ、これらの事由で相続税の納付義務を免れた者が相続によって受けた利益の価額は相当高額な場合があり、これらの者に連帯納付義務を負担させられないのでは、相続税の徴収の確保を図るという法34条1項の趣旨は実現できないと言わなければならない。
なお、原告は、法34条1項が一方保証の場合も含むと解するのであれば、法34条3項が規定する場合との間で平等原則に反する旨主張するが、法34条1項は相続財産の一次取得の場合の規定であるのに対し、法34条3項が相続財産の二次取得の場合の規定であることはそれぞれの条文の文言上明らかであって、その適用場面を異にするから、原告の主張は採用できない。
以上によれば、原告固有の相続税につき確定されておらず、あるいは消滅時効が成立しているとしても、原告は、二郎固有の相続税について連帯納付義務を負うというべきである。
(2) 原告は相続財産の一次取得者か
ア 本件和解条項には、本件受領金について、民法1041条の価額弁償金であることが明記され、これに伴う相続税の処理方法まで合意の上記載されているのであるから、特段の事情のない限り、本件受領金は、その文言どおり、そのすべてが遺留分の価額弁償金であると認めるべきであり、その特段の事情を認めるに足る証拠はない。なお原告は、一郎が、原告を二郎に比べて差別扱いをしてきたことを主張し、証拠(甲21)中にはその主張に沿う部分があるが、仮にその主張事実が認められるとしても、これが上記特段の事情になるとは解しがたい。更に、原告は、原告が△△タクシーを不当解雇された事実を主張するが、仮にその事実が認められるとしても、二郎は、その解雇の主体でないことにも照らし、これが上記特段の事情になるとは解しがたい。
イ 前述のとおり、法34条1項は、相続財産の一次取得者に適用される規定である。ところで、民法上の遺留分制度については、その沿革等からも、遺留分を遺留分権利者が相続財産の一部として受け取るものであって、遺留分減殺請求権の行使により、遺留分の範囲について、相続時に遡って取得するものと解される。そうすると、遺留分減殺請求による返還にかわり価額弁償が行われた場合には、遺産分割において代償分割がなされたのと同様、弁償金について「相続により財産を取得した」場合に該当すると解される。
よって、原告が二郎から価額弁償を受け取得した本件受領金が相続により取得した財産、すなわち一次取得した財産であることは明らかである。国が原告に対し、その固有の相続税につき決定手続を行わなかったことは、上記結論を左右しない。
2 本件各督促処分の有効性
(1) 本件連帯納付義務は、税額が確定しているか。
法34条1項の規定による連帯納付義務は、相続人又は受遺者の固有の相続税の納税義務の確定という事実に照応して法律上当然に確定するから、連帯納付義務につき格別の確定手続を要するものではない(昭和55年最高裁判決参照)。すなわち、法34条1項は、課税の根拠規定ではなく、既に課税された税額の徴収確保のための規定であり、連帯納付義務者であるBの納税義務は、A固有の納税義務と同金額として確定しているのであって、あくまで、責任の範囲が、「当該相続又は遺贈により受けた利益の価額に相当する金額」の限度に止まるにすぎないと解するべきである。したがって、Bとしては、自らが「当該相続又は遺贈により受けた利益の価額に相当する金額」と認識する金額を納付すればよいのであって、この金額について税務当局と認識が異なれば、異議申立て、審査請求、訴訟等の争訟手続で最終的な決着が図られることになる。
以上のとおり、本件連帯納付義務は、税額が確定しているというべきである。
(2) 告知の要否
ア 通則法36条1項は、徴収するにあたり納税告知をすべき国税を列挙しているが、相続税はこれに含まれない。ここにいう「告知」とは、納税者に対し、納期限を指定して、確定した納税義務の履行を請求する行為であると解される。また、通則法52条2項は、保証人に国税を納付させる場合について、国税徴収法32条1項は、第二次納税義務者から国税を徴収しようとする場合について、それぞれ告知の手続を定めているが、法34条1項の場合は、これらの場合にも当たらない。そして他に、法34条1項の連帯納付義務について、告知を義務づけている法令は存在しない。
よって、原告に対する告知を欠いても、これを違法ということができない。
イ ところで、国税通則法基本通達第8条関係4は、連帯納付義務者が共同して申告した場合等の一定の場合を除き、納税の告知を行うことを定めており、本件もこの納税の告知を行うべき場合に当たるが、ここにいう「納税の告知」とは、法令上の義務に基づくものではないから、その内容や方法は基本的に行政上の裁量に委ねられていると解されるところ、証拠(甲13)によると、昭和63年6月13日付国税庁長官の国税局長及び沖縄国税事務所長宛通達(徴徴2―9(例規)、徴管2―28)によって、上記告知を、滞納者に対して相続税又は贈与税に係る督促状を発布する際に、連帯責任があるものに対して、「相続税法34条第1項の規定により相続によって受けた利益の価額を限度として他の相続人と連帯して納付する責任があるのでお知らせします。」等の文面による「連帯納付責任の通知」を発付する方法によって行う旨が定められたことが認められる。そして、原告に送付された「本件お知らせ」は、上記通達に基づくものと認められるから、原告に対する手続が国税通則法基本通達第8条関係4に違反するということもできない。
(3) 責任限度額の記載のない本件各督促状は違法か。
ア 証拠(甲1ないし10)によると、本件各督促状には、「連帯納付義務に係る督促状」との標題が付された上、「あなたは相続税法第34条1項の規定により、乙川二郎殿の下記相続税について、あなたが乙川一郎殿から相続によって受けた利益の価額を限度として、他の相続人と連帯して納付する責任があります」との記載があり、二郎の相続税額が記載されていることが認められる。そうすると、原告は、本件各督促状によって、自らが連帯納付義務を負う二郎の相続税額及び自らの責任の範囲が相続によって受けた利益の価額を限度とするものであることを知ることができたものである。
イ ところで、「督促」とは、国税がその納期限までに完納されない場合に、納付の催告として行われるものであって、時効の中断及び差押えの前提要件としての効果が付与されている。そうすると、督促状には、被督促者が納付すべき金額が明示されているか、少なくとも被督促者にとってその金額が把握できる事項が記載されている必要があるというべきである(国税通則法施行規則別紙第3号書式によると、滞納金額を記載する欄がもうけられている)。
ウ 本件督促状には、原告が連帯納税義務を負担する二郎の納税義務額が記載されていたから、本件督促状は適法なものと解される。もっとも、一般には、納税義務額と納税責任額とが一致するのに対し、法34条1項の連帯納付義務の場合は、連帯納付義務額と納付責任額が異なるから、督促状に納付義務額が記載されていても、被督促者は、それによっては現実に納付すべき金額を知ることはできない。しかし、連帯納付責任者は、その責任額を知り得ないわけではないから、納付責任額の記載のない督促状を違法であるとか、本件督促状による督促が効果を生じないと解することはできない。なお、原告においても、自己の納付責任額は容易に知り得たと認められるが、そのことは項を改めて詳述する。
エ 前記のとおり、法34条1項にいう「相続又は遺贈により受けた利益の価額」とは、相続又は遺贈により取得した財産の価額から相続税法第13条の規定による債務控除の額並びに相続または遺贈により取得した財産にかかる相続税額及び登録免許税額を控除した後の金額をいうと解すべきところ、原告が遺留分の価額弁償として取得した財産の価額は1億9968万6925円であり(全額を価額弁償金と認めるべきことは前記のとおり)、相続税法第13条の規定による債務控除の額はないものと認められ、登録免許税も要していないと認められる。取得した財産にかかる相続税については、その納税義務は原告が本件受領金を受領したことによって成立したものの、原告が期限後申告をせず、二郎も更正の請求をせず、原告に対する法35条3項に規定する決定も行われず、これが確定しないまま時効消滅してしまったものであるところ、法34条1項は、連帯納付義務者が相続等によって現実に受けた利益の価額を責任の限度としたものと解されるから、本件においては、原告において納付しておらず、確定すらしなかった相続税額は控除されないと解される。そうすると、原告の「相続又は遺贈により受けた利益の価額」は、1億9968万6925円というべきであり、このことは原告においても容易に知り得たと認められる。
原告は、原告にとって責任限度額が不明である旨主張し、その理由として、徴収権が時効消滅した原告固有の相続税は納付したものとみなされ、原告の連帯納付義務の責任限度額から原告固有の相続税額が除かれると主張するが、上記理由によって原告の主張は採用できない。
3 本件各督促処分は租税法律主義に違反するか。
前述のとおり、法34条1項により、原告には二郎の固有の相続税について連帯納付義務が認められ、その内容は二郎の固有の相続税納付義務と同一であるから、二郎の固有の相続税について確定手続がなされればそれに照応して当然に原告の連帯納付義務も生ずるのであって、原告の固有の相続税について確定手続きは不要である。そして、本件各督促状には、原告の負うべき連帯納付義務の内容である二郎の固有の相続税の内容が記載されているのであるから、本件各督促処分が租税法律主義に違反するとの原告の主張は採用できない。
4 以上のとおり、本件各督促処分は適法になされたものと認められ、本件各督促処分の取消しを求める原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
別表
1〜4<省略>
(裁判長裁判官・井戸謙一、裁判官・野村 賢、裁判官・村山智英)