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金沢地方裁判所 平成15年(わ)173号 判決 2003年10月15日

主文

被告人を懲役2年6月に処する。

この裁判が確定した日から5年間その刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(犯罪事実)

被告人は,平成15年4月13日施行の石川県議会議員選挙に際し,能美郡選挙区から立候補する決意を有していたAの選挙運動者であるが,Bと共謀の上,前記Aに当選を得させる目的をもって

第1別紙一覧表(1)記載のとおり,いまだ前記Aの立候補の届出のない平成15年3月8日ころから同月12日ころまでの間,前後23回にわたり,石川県能美郡C町字Da番b所在のE会事務所ほか14か所において,前記選挙の選挙人かつ選挙運動者であるR1ほか22名に対し,前記Aのため投票及び投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬として,現金5万円又は現金10万円を各供与するとともに,立候補届出前の選挙運動をした

第2別紙一覧表(2)記載のとおり,いまだ前記Aの立候補の届出のない同月9日ころ,前後2回にわたり,同町字Dc番地d所在のD地区F施設駐車場に駐車中の普通乗用自動車内ほか1か所において,前記選挙の選挙人かつ選挙運動者であるR24ほか1名に対し,前記Aのため投票及び投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬として,現金5万円を各供与する旨の申込みをするとともに,立候補届出前の選挙運動をした

第3別紙一覧表(3)記載のとおり,いまだ前記Aの立候補の届出のない同月9日ころ及び同月10日ころ,前後2回にわたり,R17を介し,同町字Nv番地所在のC町Tセンターほか1か所において,前記選挙の選挙人かつ選挙運動者であるR26ほか1名に対し,前記Aのため投票及び投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬として,現金5万円を各供与するとともに,立候補届出前の選挙運動をした

第4いまだ前記Aの立候補の届出のない同月10日ころ,前記E会事務所において,前記選挙の選挙人かつ選挙運動者であるR28に対し,前記Aのため投票及び投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬として,現金5万円を供与するとともに,同様の報酬として同選挙の選挙人かつ選挙運動者であるR29及びR30に各供与をさせる目的をもって現金合計10万円を交付し,一面,立候補届出前の選挙運動をした

ものである。

※以下,判示第1の別紙一覧表(1)の1ないし23を「判示第1の1」ないし「判示第1の23」と,判示第2の別紙一覧表(2)の1及び2を「判示第2の1」及び「判示第2の2」と,判示第3の別紙一覧表(3)の1及び2を「判示第3の1」及び「判示第3の2」と各記載する。

(争点に対する判断)

1  弁護人は,被告人が,Bと本件各犯行を共謀した事実はなく本件各犯行に全く関与していないので無罪である旨主張し,被告人もこれに沿う供述をするので,以下検討する。

2  Bは,当公判廷等において,概ね次のとおり供述する。

(1)  私は,C町区長会会長であり,AC町後援会副会長もしていた。平成15年3月8日朝,D地区F施設で開かれた,同後援会への加入を勧めるローラー作戦の出発式で挨拶をした。同日午前9時ころ,同後援会の事務所となっていたE会事務所(以下「本件事務所」という。)に帰り,事務所内に入ろうとすると,同事務所の外玄関と内玄関の間にある風除室(風防)内で,同区長会副会長で同後援会常任総務である被告人と出会った。被告人と自分の二人しかいない同所で,被告人から,「これお願いします。」などと言われ,A4判サイズの大きさの茶封筒(以下「本件茶封筒」という。)を渡された。本件茶封筒を少し開いて中を覗くと,封をしていない多数の封筒と,平成15年C町区長名簿(以下「本件名簿」という。)が入っていた。被告人からは,「本件名簿の氏名の横に二重丸が記されている区長にはゴムバンドでとめてある10万円が入っている封筒を,丸印(一重丸)が記されている区長には残りの5万円が入っている封筒を,それぞれ渡してほしい。」旨言われた。

本件名簿には,37区の区長全員の名前があり,区長の氏名の横の欄外に氏名と対応する形で丸印(一重丸)と二重丸印が記されていた。

(2)  私は,被告人の上記言動から,被告人が私に,「本件茶封筒に入っている現金5万円又は10万円入りの多数の封筒を,本件名簿の区長の氏名の横に記されている二重丸や一重丸の印に従って,Aのため投票及び投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬として各区長にあげて欲しい。」旨頼んできたのだと思った。しかし,そうした行為は,選挙違反になってやばいことになるからできればしたくないなどと思ったが,私は,前記区長会の会長,前記後援会の副会長という立場であり,選挙をAに有利に導くためにこれを引き受けることにして,被告人に対し,「分かった。」と答えた。上記現金の授受等に要した時間は,1分間弱だったと思う。

そして,本件茶封筒を自分の持ち歩いていたバッグの中に入れた。

(3)  その後,本件名簿の区長の名前の横に記されている一重丸や二重丸の印に概ね従い,Aのため投票及び投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬として,本件茶封筒に入っていた現金5万円又は10万円入りの封筒を,判示各事実記載のとおり,各区長に渡すなどした。

なお,区長らへ上記現金を渡して歩く途中,判示第1の2記載のU区長のR2に現金5万円入りの封筒を渡した直後,本件名簿の同人の氏名の横に丸印が記されていないことに気付き,被告人に対し,「丸をつけていない人に渡しました。」旨言って相談したところ,被告人から,「あんたにお任せしたんだから。」という趣旨のことを言われた。そこで,現金をあげる相手については,被告人が自分にある程度裁量を与えていると再認識した。

また,判示第2の1記載のV区長のR24に現金5万円入りの封筒を渡した後の午後8時ころ,自宅に訪ねて来たR24から,「こういうお金は受け取りませんけれど,選挙運動はしっかりやります。」旨言われ,上記現金入り封筒を返された。そこで,翌日の朝,被告人に対し,「R24さんから返ってきた。」旨報告し,その金をどうしたらよいか尋ねたところ,被告人から,「預ってほしい。お任せしてあるんだから。」などと言われた。

そして,現金入り封筒を渡した区長について,最後のころに渡した区長を除き,覚え書きの趣旨で,本件名簿の当該区長の欄の横にバツ印を記すなどした。

(4)  上記選挙の投開票日の翌日である同年4月14日朝,警察署に呼び出され,警察官から本件各犯行に関する任意の取調べを受け,黙秘を貫いて帰宅した後の同月15日未明,本件名簿を裂いてゴミ収集場所に出した。

3(1)  Bの上記供述は,具体的かつ詳細で迫真性に富んでいる上,弁護人による,詳細で,かつ,偽証罪や虚偽告訴罪による刑事責任にも言及した厳しい反対尋問によっても,全く揺らいでいない。また,本件選挙の投開票が行われた日の翌日である同月14日の早朝から翌15日未明までの長時間に及ぶ任意の取調べを受けながらも,他人に迷惑がかかるとの思いから本件各犯行について黙秘し,取調べが終了して帰宅した後,なおも他人に迷惑を掛けたくないと考え,2度も自殺を図ったが,いずれも未遂に終わった。その後,妻子から,一人で悩んでいないで警察で全部しゃべるように言われたため,全てを供述する決意をし,警察署に出頭して本件各犯行について供述するに至ったものである。そして,供述を始めて以降,公判で述べたことと同じ内容を終始一貫して供述してきた旨も供述している。

(2)  Bと被告人は,古くから仕事上の若干の付き合いがあったのみで,それ以外の格別の付き合いはなく,Bが被告人に対して恨み等の特別な感情を持っていたことは窺われない。被告人自身も,Bとは仕事上の関係を除けば個人的な付き合いや,取引や貸し借りといった関係もなく,恨まれるようなことをした覚えも全くないし,Bが被告人を罪に陥れようとする原因について心当たりはない旨供述している。このような状況のもとで,Bが他の誰かを庇うため,偽証罪等の刑事責任を問われる危険を冒してまで,ことさらに虚偽の供述をして,被告人を無実の罪に陥れようとするとは考え難い。

(3)  上記のとおり,Bの供述が具体的かつ詳細で迫真性に富み,弁護人の厳しい反対尋問にも揺るがないその供述態度,Bが捜査機関に対して本件各犯行を認める供述をするに至った経緯,その供述が捜査段階・公判段階を通して一貫していること,Bがことさら虚偽の供述をするとは考え難いことなどに照らすと,Bの供述の信用性は高い。

4(1) 関係証拠によれば,前記4月14日の任意取調べを終えて帰宅したBの行動を監視すべく張り込み捜査をしていた警察官は,翌15日午前1時20分ころ,Bが自らゴミ袋1袋を手にして外出する様子を現認したこと,そこで,Bが本件各犯行に関する証拠品の隠滅行為を行っている蓋然性が極めて高いと判断し,同人の後方を追従し,同人が自宅から約30メートル離れたゴミ集積所の中にゴミ袋を捨てる状況を現認したこと,その後,同人の妻の立会の上,上記ゴミ袋内を確認したところ,本件選挙に関する書類が在中していたこと,上記ゴミ袋内から4片に裂かれた平成15年C町区長名簿(平成15年押第23号の1)が発見されたことが認められる。 そして,上記4片をつなぎ合わせると,C町の37の区名,区長の氏名,その電話番号が記載された名簿となり,手書きで,大多数の区長の氏名の横の欄外に氏名と対応する形で丸印(一重丸),二重丸印,バツ印等が記されていることが認められる。

上記名簿の発見状況,その名簿に記載された内容等は,いずれも前記Bの供述と合致しており,同人の供述内容の信用性を裏付けている。

(2)  また,本件各犯行の受供与者,受交付者,被申込者とされている判示各事実記載の区長らにおいては,ことさら虚偽の供述をしなければならない事情は存しないところ,同人らは,当公判廷において,判示各事実記載のとおりBから現金を受け取った旨供述しており,これらもBの上記供述と合致し,同人の供述の信用性を裏付けている。

(3)  本件各犯行の受供与者とされている証人R4,R10,R17,R19,R20,R21の各公判供述によれば,本件選挙後の平成15年4月15日に開催された定例区長会の後,被告人は,その場に残ってもらった区長会役員らに対し,「Bは警察から取調べを受けているので,今日の定例区長会には出席できなかった。余計なことはしゃべらないでほしい。」などと,本件各犯行の口止め工作とも受け取られる言動をしたことが認められる。被告人のこの言動は,被告人が本件各犯行に関与していることを推測させる。

(4)  以上によれば,Bの供述は十分に信用できる。

5  これに対し,弁護人は,次の諸点を指摘して,Bの供述は信用できない旨主張する。

(1)  弁護人は,被告人との共謀を認めるBの公判供述は,その内容の不自然さ・不合理さ,共謀場所の不自然さなどからして,信用できない,という。

確かに,関係証拠によれば,本件事務所の風除室は,四方が透明なガラス張りであり,事務所外部との境のうち一面及び事務所内部との境は,ともに開閉式のガラス扉であって,事務所内部及び外部から風除室内部への見通しはいずれも良好であることが認められる。また,証人W,X,Y,Zは,いずれも,本件茶封筒の授受等のあったとされる平成15年3月8日当時,風除室と事務所内部との境界のガラス扉は通常,開いている状態であったし,本件事務所の風除室は見通しが良く,秘密の相談や物の授受をするのには適さず,上記当日に風除室内で誰かがひそひそ話をしたり物の授受をしたりしてたのを見たことはない旨供述する。

しかしながら,Bの供述によれば,風除室内における被告人とBのやり取りは,前記のとおり,1分弱の間に,被告人がBに対してA4判サイズの本件茶封筒を渡し,Bがその封筒を少し開いて中を覗き,被告人が「これお願いします。」などと言い,Bが「分かった。」と答えたのみであり,これらの言動は,風除室の付近にいる第三者から見て,取り立てて不自然とは受け取れないものである。加えて,上記証人らの供述によっても,同人らは,上記当日,それぞれ本件事務所内で自己の割り当てられた仕事をこなしており,必ずしもBと被告人の動向や風除室内での出来事を終始注視していたものではないのであって,上記証人らが被告人とBとの上記やり取りを見なかったからといって,直ちにそのやり取りがなかったということにはならない。なお,上記証人らは,上記当日,本件事務所内には多数の人がおり,また多数の人の出入りがあった旨供述するが,それらの各供述は,いずれも,時間帯が不特定又は記憶が不明確な点もあることなどからすると,にわかには信用できない。

以上によれば,本件事務所の風除室が本件共謀場所には不向きな場所であったとはいえず,本件事務所の風除室内において被告人から本件各犯行の依頼をされた旨のBの供述は,何ら不自然,不合理なものではない。

(2)  弁護人は,Bの「被告人からの本件各犯行の依頼は,上記の短いやり取りのみであり,他にはほとんど本件各犯行に関して相談をしていない。」旨の供述は,本件のような重要な事項の依頼としては極めて不自然である,という。

関係証拠によれば,本件当時,C町区長会会長,AC町後援会副会長の立場にあったBは,同区長会副会長,同後援会常任総務の立場にあった被告人から,Aの選挙運動に関する同後援会から同区長会に対する指示事項の連絡を受け,これを同区長会の構成員である各区長に伝達する等の役目を担っていたことが認められるところ,被告人からBに対する本件各犯行の依頼は,Aの選挙運動に関するものであるから,区長会組織を利用した動員によるローラー作戦を開始した平成15年3月8日という時期に,上記のような立場,役目にあるBと被告人との間では,上記のような短いやり取りであっても,本件各犯行に関して意思を通じることは十分可能であるというべきである。また,A4判サイズの本件茶封筒内のおおよその中身は,同封筒を少し開いて覗けば容易に分かると認められる。

以上によれば,上記の短いやり取りのみで被告人から本件各犯行の依頼をされた旨のBの供述は,何ら不自然なものではない。

(3)  その他,Bの供述が信用できないとして弁護人が縷々指摘する諸点を検討しても,いずれも同人の供述の信用性を何ら損なうものではない。

6  これに対し,被告人は,本件各犯行について関与していない,Bに本件各犯行を依頼した事実はないなどと供述するが,前記詳細に検討したとおり,十分に信用できるBの供述に照らし,到底採用できない。

7  以上検討したとおり,十分に信用できるBの供述,これと整合する判示各事実記載の区長らの供述,その他関係各証拠を総合すれば,被告人が,平成15年3月8日,本件事務所の風防室内において,Bに対して本件各犯行を依頼し,Bがこれを了承し,ここにおいて,被告人とBとの間に,本件各犯行を実行することにつき共謀が成立したことを十分に認めることができる。

8  以上によれば,判示各事実を,合理的な疑いを差し挟むことなく,優に認定することができる。

(量刑の事情)

本件は,石川県議会議員選挙に際し,能美郡選挙区から立候補予定であったAの選挙運動者で,C町区長会副会長の被告人が,同選挙運動者で,同区長会会長のBと共謀の上,前記Aに当選を得させる目的で,いまだ同人の立候補の届出前の期間に,同人のため投票及び投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬として,(1)同選挙の選挙人かつ選挙運動者であるC町の区長23名に対し現金5万円,同じく区長2名に対し現金10万円を各供与し(判示第1の1ないし23,第3の1,2),(2)同じく区長2名に対し,現金5万円を各供与する旨の申込みをし(判示第2の1,2),(3)同じく区長1名に対し,現金5万円を供与するとともに,別の区長2名に供与させる目的をもって現金10万円を交付した(判示第4)という公職選挙法違反の事案である。

被告人は,AC町後援会の中心的な役割を果たしていた人物のうちの一人であったところ,前記Aを当選させる目的で,共犯者Bに対し,立候補を予定していた前記Aのため投票及び投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬の趣旨で,多数の現金入り封筒とその供与先や供与金額の目印の記されたC町区長名簿を渡し,それに従って現金を供与するよう依頼したのであって,こうした経緯や動機に酌量の余地はない。

わずか約5日間という短期間に,28名という多数の区長に対し,合計160万円もの多額の現金の供与,交付又は供与の申込みを行ったもので,態様は悪質である。被告人は,Bに対して,本件各犯行を依頼した上で供与すべき現金を渡し,その後も供与先や返還された現金の処理について,同人から相談を受け,その都度,必要な指示をするなど,本件各犯行において主導的な役割を果たしている。しかるに,被告人は,本件各犯行を否認し,反省の態度は全く見られない。C町の教育長等を歴任し,区長会の副会長を務めるなど社会的に重要な地位にあった被告人の本件各犯行が地域住民に与えた衝撃は大きい。民主主義の根幹をなす県議会議員選挙の公正を著しく害した点においても,厳しい非難を免れない。

したがって,被告人の刑事責任は重い。

しかしながら,本件により120日余りの間,身柄拘束されたこと,前科がないことなどの事情もあるので,以上を総合考慮し,被告人を主文の刑に処した上,その刑の執行を猶予することとした。

(検察官 児嶋隆司,弁護人(主任)合田昌英,田中健一郎)

(求刑 懲役2年6月)

(裁判長裁判官 伊東一廣 裁判官 髙橋裕 裁判官 上原卓也)

<以下省略>

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