金沢地方裁判所 平成15年(モ)234号 決定 2004年3月10日
申立人(原告)
X1
申立人(原告)
X2
上記2名訴訟代理人弁護士
鳥毛美範
相手方
金沢労働基準監督署長A
主文
相手方は,別紙文書目録記載の文書を当裁判所に提出せよ。
理由
1 事案の概要
本件申立ては,別紙本案当事者目録記載の申立外被告(以下「被告」という。)に就労していた申立人原告ら(以下「申立人ら」という。)の子Bが就業中に労働災害事故(以下「本件労災事故」という。)に遭い死亡したとして,申立人らが,被告に対し,労働契約上の債務不履行(安全配慮義務違反)又は不法行為に基づく損害賠償請求をした事案(平成15年(ワ)第95号。以下「本案」という。)において,申立人らが,訴外相手方(以下「相手方」という。)に対してした文書提出命令の申立てである。
2 申立人の主張
申立人らの文書提出命令の申立ての理由は,申立人ら訴訟代理人作成に係る2003年6月30日付け「文書提出命令の申立」と題する書面,2003年8月4日付け「意見書(一)」と題する書面,2003年8月19日付け「意見書(二)」と題する書面及び2003年9月29日付け「意見書(三)」と題する書面記載のとおりであり,別紙文書目録記載の文書(以下「本件文書」という。)は,本件労災事故につき,平成14年2月13日及び同月18日にされた災害調査の結果に基づき作成された文書であって,本件労災事故の原因と態様を明らかにするために必要である,相手方が裁判所からの調査嘱託に対して回答した平成15年5月30日付け金沢労働基準監督署長作成に係る金沢基署収第300号「調査嘱託にかかる回答について」(甲5)は,本件文書の要旨を記しただけであるから,事実関係をより具体的に明らかにするためには,原資料の提出が必要である,本件文書は,被害者の遺族の遺族補償請求の当否を判断するためにされた調査結果に基づき作成された文書であり,公正な労災保険行政の実現のために労災保険保(ママ)上作成の予定された文書であるから,単なる内部文書ではなく,被害者の遺族の利益のために作成された文書に該当するものであって,民訴法220条3号前段の文書に該当するというものである。
3 相手方の意見
これに対する相手方の意見は,相手方作成に係る平成15年7月31日受付「回答書」と題する書面記載のとおりであり,災害調査復命書は,労働基準監督官,産業安全専門官,労働衛生専門官等の調査官が,死亡災害又は重大災害等の労働災害が発生した場合に,労働安全衛生法91条,94条若しくは100条の規定に基づき,又は事業者等の任意の協力を得て,労働災害の要因となった機械等の起因物の不安全な状態,労働者の不安全な行動等の労働災害の発生原因を調査し,同種の労働災害の再発防止策を検討するのに必要な情報を収集するために行う災害調査の結果をまとめ,労働基準監督署長に提出した文書であって,災害調査復命書である本件文書を提出しなければならないとすれば,労働安全衛生関係法令の履行確保を図るという行政事務,労働災害の発生原因を調査し同種の労働災害の再発防止策を検討するのに必要な情報を収集するという災害調査の事務の円滑かつ効率的な実施が困難となるなど,公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがある,災害調査復命書は,公務員の職務上の秘密に関する文書に該当する,災害調査復命書は,専ら自己使用目的で作成された文書であるというものである。
4 被告の意見
なお,被告の意見は,被告代理人ら作成に係る平成15年7月16日付け「文書提出命令の申立てに対する意見書」と題する書面及び平成15年9月24日付け「文書提出命令の申立てに対する意見書」と題する書面記載のとおりであり,労働省労働基準局は,昭和57年2月22日付け基発第128号通達を発し,法令違反の有無,内容,程度,原因,監督署の措置,再監督の要否,災害発生の原因等については,裁判所からの文書送付嘱託や弁護士会からの照会があっても回答せず,意見を含まない客観的事実であって,企業や個人の名誉・プライバシーなどに属しない事項に限って回答すべきとされているから,労働基準監督署は,災害調査復命書等を開示しないのが通例であって,相手方には,本件文書の提出義務がない,民訴法220条3号前段に規定する挙証者の利益のために作成された文書とは,挙証者の法的地位を直接証明し,又は権利ないし権限を基礎付ける目的で作成されたものをいうと解すべきであり,また,挙証者の利益という場合の利益は,文書作成時において存在することを要し,かつ,直接的なものでなければならないところ,労働基準監督署が災害調査復命書を作成する目的は,被害者の遺族の遺族補償の請求の当否の判断に供するためであり,本件文書が,申立人の法的地位を直接証明し,又はその権利ないし権限を基礎付ける目的で作成されたものではないことは明らかである,被告は十分な労働安全対策を講じていたところ,本件労災事故に関する労働基準監督官等の調査は十分なものではなく,本件文書には事実に反する記載がされているから,申立人らの立証活動には不必要であり,これを提出すれば,被告において本件文書の信用性を弾劾する必要が生じ,本件訴訟の遅延を招くというものである。
5 利益文書該当性
(1) 利益文書
民訴法220条3号前段にいう挙証者の利益のために作成された文書(以下「利益文書」という。)とは,挙証者の法的地位や権利関係を直接証明し,又は基礎付ける目的で作成された文書のほか,挙証者と所持者その他の者との共通利益のために作成された文書も含まれると解されるが,単に所持者その他の挙証者以外の者のために作成された文書は含まれないというべきである。
(2) 文書作成目的
ア 申立人らは,本件文書は,被害者の遺族の遺族補償請求の当否を判断するためにされた調査結果に基づき作成された文書であると主張するが,申立人ら主張の事情を認めるに足りる証拠はない。相手方は,本件文書は,労働基準監督官,産業安全専門官,労働衛生専門官等の調査官が,死亡災害又は重大災害等の労働災害が発生した場合に,労働安全衛生法91条,94条若しくは100条の規定に基づき,又は事業者等の任意の協力を得て,労働災害の要因となった機械等の起因物の不安全な状態,労働者の不安全な行動等の労働災害の発生原因を調査し,同種の労働災害の再発防止策を検討するのに必要な情報を収集するために行う災害調査の結果をまとめ,労働基準監督署長に提出した文書であると主張しているところであり,本件文書は,相手方主張に係る目的で作成されたものと推認される。
イ ところで,労働安全衛生法1条の規定によれば,同法は,労働基準法と相まって,労働災害の防止のための危害防止基準の確立,責任体制の明確化及び自主的活動の促進の措置を講ずる等その防止に関する総合的計画的な対策を推進することにより職場における労働者の安全と健康を確保するとともに,快適な職場環境の形成を促進することを目的としている。そして,同法90条の規定によれば,労働基準監督署長及び労働基準監督官は,厚生労働省令で定めるところにより,同法の施行に関する事務をつかさどり,同法91条1項,94条1項の規定によれば,労働基準監督官,産業安全専門官及び労働衛生専門官は,同法を施行するため(ただし,産業安全専門官においては,同法37条1項の許可等に関する事務を行うため,労働衛生専門官においては,同法56条1項の許可等に関する事務を行うため)必要があると認めるときは,事業場に立ち入り,関係者に質問し,帳簿,書類その他の物件を検査し,若しくは作業環境測定を行い,又は検査に必要な限度において無償で製品,原材料若しくは器具を収去することができるとされ,また,同法100条1項の規定によれば,労働基準監督署長等は,同法を施行するため必要があると認めるときは,厚生労働省令で定めるところにより,事業者,労働者,機械等貸与者,建築物貸与者又はコンサルタントに対し,必要な事項を報告させ,又は出頭を命ずることができるとされている。
ウ そして,相手方は,本件文書について,労働災害事故の再発防止のための監督指導等を行うか否かの判断としてこれを活用し,効果的な労働災害防止対策を推進する上で利用する資料であるとする。
エ そうすると,本件文書は,労働基準監督官等が,労働安全衛生法を施行するために同法の規定に基づく権限を用いるなどして行った調査に基づき作成された復命書であり,したがって,同法1条に規定する労働災害の防止に関する推進という目的のために作成されたものであるというばかりでなく,これらの対策により図られるところの職場における労働者の安全と健康の確保をも目的として作成された文書であると言うべきである。
(3) 自己使用文書
相手方は,本件文書は,専ら文書の所持者の利用に供するための文書(以下「自己使用文書」という。)であるので,民訴法220条3号前段に規定する文書ではない旨主張するが,相手方作成に係る平成15年7月4日付け回答書によれば,本件文書は,労働基準監督署,都道府県労働局及び厚生労働省等において公務員が組織的に用いる文書であると認められる。そして,文書提出の一般的義務を規定した民訴法220条4号においても,自己使用文書のうち,国又は地方公共団体が所持する文書であって,公務員が組織的に用いるものについては,文書提出義務を免れないとされているのであるから,民訴法220条3号前段の文書提出義務を原因とする本件申立てにおいて,公務員が組織的に用いる本件文書につき,自己使用文書であることを理由として提出を免れることはできないと言わざるを得ない。相手方の主張は失当である。
(4) 結論
以上によれば,本件文書は,労働災害における被災者の法的地位や権利関係を直接証明し,若しくは基礎付ける目的で作成された文書又は挙証者と所持者その他の者との共通利益のために作成された文書として,民訴法220条3号前段の利益文書に該当するものと認められる。
6 公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれ
(1) 相手方は,本件文書を提出しなければならないとすれば,労働安全衛生関係法令の履行確保を図るという行政事務,労働災害の発生原因を調査し同種の労働災害の再発防止策を検討するのに必要な情報を収集するという災害調査の事務の円滑かつ効率的な実施が困難となるなど,公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあると主張する。
ア 相手方は,第1に,本件文書を提出すると,どのような労働災害であれば,労働基準監督署が災害調査や監督指導等を行うのかという基準のほか,法令の規定に違反する場合の措置等の基準が明らかになり,したがって,行政処分等を免れる行為を助長したり,法令違反行為を巧妙に行うことによる隠ぺいなど,労働安全衛生関係法令を履行し,労働者の安全と健康の確保と向上を図るという行政目的及びそのための公務の適正な遂行に著しい支障が生じるおそれがあると指摘する。
イ 相手方は,第2に,本件文書を提出すると,被災者が自己に有利な証拠として活用することになってしまう,事業者の風評等を発生させたり,事業者の競争上の地位その他の正当な利益を害する,事業者は,自己の経営上又は法令上の利益を守るために,自己に不利益な情報を報告せず,真実の把握が困難になり,労働災害防止対策を推進することが困難となると指摘する。
(2) しかし,本件申立てが民訴法220条3号前段の文書提出義務を原因とするものであり,本件文書が利益文書に該当することは,前記のとおりである。したがって,相手方の主張は,採用できない。
(3)ア なお,行政による監督指導基準を明らかにしないまま,事業者にその基準の履行を求めようとすることはそれ自体不合理であるばかりか,事業者に対して監督指導基準が明らかになってはじめて,労働安全衛生関係法令の履行が確保されることになると言うべきであり,一部の隠ぺい行為等に対しては,労働安全衛生法91条等の規定により,労働基準監督官等に調査権限が付与され,また,同法120条4号等の規定に,事業者に対する罰則が定められているのであるから,この点からも,相手方の第1の指摘は失当である。
イ また,相手方は,本件文書が被災者に有利な証拠として活用されることの弊害を言うが,文書の内容の評価を離れて,一般的に被災者側に活用されることの弊害を説くのは,事業者側に偏った見解を示すものと言わざるを得ない。風評,競争上の利益を言う部分も,抽象的な危惧を述べているにすぎず,このような事業者側の利益を根拠として労働基準監督署が文書の提出を否定しようとすることには疑問が持たれる。さらに,事業者等が不利益な情報を報告しないということについては,前記の隠ぺいについて述べたことと同じことが当てはまり,相手方の第2の指摘も失当である。
ウ したがって,本件文書を提出すれば,公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるとする相手方の主張は,採用することができない。
7 公務員の職務上の秘密に関する文書
さらに,相手方は,本件文書に記載されている情報は,労働基準監督官等が災害調査という職務を遂行する上で知ることができた情報であり,これらの情報は,労働基準監督署等において公表していない非公知の情報であり,したがって,本件文書は,公務員の職務上の秘密に関する文書に該当する旨主張するが,本件申立てが民訴法220条3号前段の文書提出義務を原因とするものであり,本件文書が利益文書に該当することは,前記のとおりである。したがって,相手方の主張は,採用することができない。
8 通達
なお,被告は,労働省労働基準局の通達を根拠として,相手方には本件文書の提出義務がないと主張するが,通達によって法律の解釈が左右されるべきでないことは言うまでもない。したがって,被告の主張は,採用することができない。
9 取調べの必要性
また,被告は,被告において十分な労働安全対策を講じていたところ,本件労災事故に関する労働基準監督官等の調査調査(ママ)は十分なものではなく,本件文書には事実に反する記載がされているから,申立人らの立証活動には不必要であり,これを提出すれば,被告として本件文書の信用性を弾劾する必要が生じ,本件訴訟の遅延を招くなどと主張するが,本件労災事故の発生状況は,本案の争点であるところ,平成15年5月30日付け金沢労働基準監督署長作成に係る金沢基署収第300号「調査嘱託にかかる回答について」(甲5)によれば,本件文書は,本件労災事故の発生状況等に関する調査の結果を記載したものであると認められるから,本案において,取調べの必要がない証拠であると認めることはできない。
10 そのほか,相手方及び被告は,それぞれ種々の主張をするが,それらの主張は,いずれも民訴法220条3号前段を原因とする本件文書の提出義務を否定するものではない。
11 以上のとおりであるから,主文のとおり決定する。
(裁判官 野村賢)
(別紙)文書目録
平成14年2月13日に石川県河北郡<以下省略>所在の株式会社有川製作所旭山工場において発生した労災事故(被災者B,昭和○年○月○日生,男,石川県松任市<以下省略>)についての災害調査復命書
(別紙)本案当事者目録
被告 株式会社有川製作所
同代表者代表取締役 C
同訴訟代理人弁護士 友添郁夫
同 山下忠雄
同 梶谷拓郎