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金沢地方裁判所 平成20年(行ウ)7号 判決 2009年3月23日

主文

1  本件訴えをいずれも却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  金沢地方法務局筆界特定登記官が,平成20年3月14日付けでした筆界特定(手続番号平成○年第○号,同第○号)の違法を確認する。

2  金沢地方法務局筆界特定登記官は,石川県河北郡α×番,×番と同×番3及び×番4との間の境界は,別紙換地確定図記載のとおり,同×番と同×番1との間の境界と一直線上にあるとの内容の筆界特定をし,その写しを原告に対し送付せよ。

第2事案の概要

1  本件は,原告の所有する土地とこれに隣接する土地との筆界について,金沢地方法務局の筆界特定登記官が行った筆界特定が誤っているとして,原告がその違法の確認を求める(請求1)とともに,原告が主張するとおりの筆界を特定し,その写しを原告に送付するよう求めている(請求2)行政訴訟である。

2  前提事実(争いがないか,証拠(甲1の1~3,2,4)及び弁論の全趣旨により明らかに認められる。)

(1)  原告は,不動産の売買及び斡旋等を目的とする有限会社である。

原告は,石川県河北郡α×番の土地(以下「原告土地」という。)を所有している。

(2)  原告は,金沢地方法務局筆界特定登記官(以下「本件登記官」という。)に対し,平成19年8月10日,原告土地とこれに隣接する石川県河北郡α×番3及び同×番4の土地(以下それぞれ「×番3の土地」,「×番4の土地」という。)との筆界特定の申請をした(以下,×番3の土地と×番4の土地との筆界を「本件筆界」という。)。

本件登記官は,上記申請(手続番号平成○年第○号,同第○号)について,平成20年3月14日付けで,筆界を特定し(以下「本件筆界特定」という。),本件筆界特定の結果を記載した同月21日付けの筆界特定書の写しを原告に送付した。

3  争点及び当事者の主張

(1)  本件各訴えの適法性(本案前の主張)

ア 被告の主張

筆界特定登記官による筆界の特定は,登記簿上一筆の土地として公示されている土地の客観的範囲を画する公法上の境界である筆界について,筆界特定登記官が,筆界調査委員の意見を踏まえ,登記記録,地図等の内容を総合的に考慮するなどして事実調査することにより,申請された土地の筆界の位置がどこにあるのかという事実の認識を表示する行為であって,申請人や関係人に対する法的拘束力はなく,これにより国民の権利義務を形成し,又はその範囲を確定するものではないから,行政庁の公権力の行使に当たる行為に該当しないから,処分性がない。

また,筆界の争いについては,法的に筆界を確定させる筆界確定訴訟という,より直接的で根本的な解決手段があることをも考慮すれば,本件筆界特定の違法確認を求める原告の訴えは,確認の利益を欠いているといえる。

そうすると本件訴えに係る各請求は,筆界特定登記官による筆界の特定という処分性のない行為についての違法確認や再度の筆界特定の義務付けを求める行政訴訟であって,不適法である。

イ 原告の主張

(ア) 被告の主張は争う。

筆界特定の法的性質については,平成17年の不動産登記法(以下「不登法」という。)改正の際に,行政処分性を与えないということになった。しかし,所有権制度が登記制度と密接不可分の関係にある以上は,登記の単位である筆界を確定することが法的拘束力がないとはいえない。

被告は,筆界の争いについては,筆界確定訴訟によってその範囲を最終的に確定させることが予定されている旨主張するが,筆界特定制度は筆界確定制度に不備があったからこそ新設された制度であると理解されるし,そもそも,筆界確定訴訟の筆界が公法上の筆界であるならば私人間でそれを争わせること自体が制度として論理矛盾である。

このように,筆界特定制度が筆界確定訴訟の補完措置として新設されたとするならば,その筆界特定に不合理な点があれば,申請人と行政庁との間での何らかの司法的争訟の場が設けられるべきである。

(イ) また,筆界特定に行政処分性が認められないとすると,その実体は公法上の無名契約と解さざるを得ない。公法上の無名契約に対する法的救済としては,公法上の当事者訴訟と民事訴訟が考えられるところ,いずれにせよ,本件筆界特定は,債務の本旨に従わない不完全履行であるから,債権者である原告には本件筆界特定の再実施という完全な履行を求める権利が認められるべきである。

(2)  本件筆界特定の違法性

(原告の主張)

ア 本件筆界は,原告土地の東側(×番3の土地及び×番4の土地の西側)に設置されていたコンクリート擁壁を基準として特定されているが,この擁壁は,筆界から0.65mから0.70m原告土地に侵入して設置されているのであり,筆界を示すものではない。

イ 原告土地,×番3の土地及び×番4の土地が存在する地区は,昭和41年2月9日,土地改良法の換地処分が行われた区域である。

本件筆界は,この換地処分が行われたときから変更はないところ,この換地処分の内容を忠実に表しているのが換地確定図(甲7)であって,これを見ると,原告土地と石川県河北郡α×番の土地との間の筆界は,同×番及び同×番の土地との間の筆界と一直線上にあることは明らかである。その後,県道拡幅の用地買収が行われているが,その際の地積測量図(甲9の1・2)においても,上記筆界が一直線上に描かれている。

また,上記の経緯を踏まえて作られている同地区の地図に準ずる図面(甲10)においても本件筆界は一直線上に描かれている。

その後,昭和57年の県道敷の買収のために事前に代行買収したA土地開発公社は,石川県に売買した残りの×番3の土地及び×番4の土地(なお,×番3の土地を分筆した。)を売却したのである。

以上の経緯からすれば,本件筆界は別紙換地確定図のとおり,石川県河北郡α×番の土地と同×番の1の土地との筆界と一直線上にあるということになるから,本件筆界特定は誤っている。

ウ また,筆界特定の実施方法について定める不登法143条1項によれば,筆界特定登記官が筆界特定をなすにあたり,まず第一に依拠すべきは,地図に準ずる図面や地積測量図など,具体的な登記資料である。

本件においては,上記のとおり,昭和41年2月9日付けの換地処分において,本件筆界が確定し,その後は何ら異動がなかったにもかかわらず,筆界特定登記官は,恣意的な筆界特定を行ったものであって,本件筆界特定は不登法143条1項に違反する違法なものである。

(3)  本件筆界特定の再実施の義務付けの可否

(原告の主張)

前記(2)で主張のとおり,本件筆界特定は違法であり,無効である。そして,不登法132条1項は,筆界特定の申請を却下できる場合を限定列挙し,それ以外は行政庁に対し,筆界特定を義務付けている。

したがって,本件では,筆界特定登記官に筆界特定の再実施の義務付けが認められるべきである。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)(本件各訴えの適法性(本案前の主張))について

(1)  本件では,原告は,筆界特定登記官による筆界特定について,その違法の確認及び再度の筆界特定の実施等を求めているところ,原告が本件訴訟の被告を国としつつ,「行政庁」として金沢地方法務局筆界特定登記官を挙げていること,及びその請求の原因として主張する内容に照らせば,原告は本件訴訟を行政事件訴訟として提起したことが明らかである。

(2)  行政事件訴訟のうち,抗告訴訟は,行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟であるから,まず,筆界特定が公権力の行使に当たる行為であるかについて検討する。

不登法は,第6章において筆界特定の手続について定めているところ,同法123条2号は,筆界特定について,「一筆の土地及びこれに隣接する他の土地について,この章の定めるところにより,筆界の現地における位置を特定すること(その位置を特定することができないときは,その位置の範囲を特定すること)」と定義している。そして,筆界特定の事務は対象土地の所在地を管轄する法務局又は地方法務局がつかさどるとされ(同法124条1項),筆界特定は登記官のうちから法務局又は地方法務局の長が指定する者である筆界特定登記官が行う(同法125条)が,筆界特定登記官が行った筆界特定に対して,不服を申し立てる手続の定めはない。

一方,筆界を定める手続としては民事訴訟である筆界確定訴訟も存在するところ,不登法148条は,両手続の関係について,筆界特定がされた場合において,当該筆界特定に係る筆界について民事訴訟の手続により筆界の確定を求める訴えに係る判決が確定したときは,当該筆界特定は,当該判決と抵触する範囲において,その効力を失う,と定めている。

そうすると,筆界特定は隣接土地間の筆界を定めるための簡易な手続として創設されたものではあるが,これによって民事訴訟の手続による筆界確定訴訟が排除されるものではなく,筆界につき裁判で争う場合には筆界確定訴訟によるべきであるというのが法の建前であるといえる。

しかも,筆界は,表題登記がある一筆の土地とこれに隣接する他の土地との間において,当該一筆の土地が登記された時にその境を構成するものとされた2以上の点及びこれを結ぶ直線をいう(不登法123条1号)のであって,土地の所有権の範囲を画するものではないから,筆界特定は当該一筆の土地の所有者又はその隣接土地の所有者の所有権に変動を与えるものではない。

以上によれば,筆界特定登記官による筆界特定は個人の権利ないし法律上の利益に直接の影響を及ぼす法的効果を有するものであるとは認められず,行政庁による公権力の行使とはいえないと解するのが相当である。

(3)  本件訴えに係る各請求について

ア 請求1について

原告は,本件筆界特定の違法確認を求める,としているが,前記のとおり,筆界特定は行政庁の公権力の行使とはいえないから,これについて抗告訴訟で争うことはできない。

また,前記のとおり,筆界特定は土地所有者の所有権に直接影響を与えるものではないこと,及び筆界の争いについては,筆界特定がされても筆界確定訴訟によって筆界の確定を求めることができ,筆界確定訴訟における判決が確定すれば,これに抵触する範囲で筆界特定は効力を失うとされていることからすれば,本件筆界確定の違法確認を求める訴えの利益はないといわざるをえない。

以上によれば,請求1に係る原告の訴えは不適法である。

イ 請求2について

原告は,本件筆界特定の再実施及び再実施された筆界特定の写しの原告への送付の義務付けを求めるとしているが,前記のとおり,筆界特定は行政庁の公権力の行使とはいえないから,これについて抗告訴訟で義務付けを求めることはできないし,筆界特定の義務付けを前提とした筆界特定の写しの交付の義務付けも求めることはできない。

また,前記のとおり,筆界について確定を求める場合には民事訴訟である筆界確定訴訟によるべきであるというのが法の建前であるから,当事者訴訟その他の行政事件訴訟としても,筆界特定の再実施を請求することはできないというべきである。

したがって,請求2に係る原告の訴えも不適法である。

ウ よって,本件訴えに係る各請求はいずれも不適法である。本件各請求の適法性について,原告はるる主張するが,当裁判所の認定判断を左右するに足りず,採用することができない。

2  以上によれば,本件訴えはいずれも不適法であるというほかはない。

よって,本件訴えをいずれも却下することとし,訴訟費用の負担につき,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 倉田慎也 裁判官 水野正則 裁判官 北川幸代)

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