大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

金沢地方裁判所 平成21年(む)9号 決定 2009年3月31日

主文

本件請求をいずれも棄却する。

理由

第1本件請求の趣旨及び理由

本件請求の趣旨及び理由は,主任弁護人作成の平成21年1月23日付け裁定請求書(以下「本件裁定請求書」という。),同年2月12日付け裁定請求補充書及び同年3月10日付け裁定請求補充書(2)記載のとおりであるから,これらを引用する。

第2当裁判所の判断

1  警察官A(以下「A」という。)の供述録取書等(本件裁定請求書第1の1)について

記録によれば,検察官は,実況見分調書(甲2)により本件事故現場の状況,血こん,遺留品等の遺留状況及び被害者の発見状況等を,実況見分調書(甲27)により被害者の救護状況等の再現状況を,捜査報告書(甲28)により本件事故現場で採取した肉片様の物が本件事故後の救護活動中に落下したものであることを,捜査報告書(甲35)により本件事故現場での落下物,組織片等の採証活動状況等を,被告人の警察官調書(乙1)により被告人が平成▲年▲月▲日(以下「本件当日」という。)午前▲時▲分ころに本件事故現場を通過したことをそれぞれ直接証明しようとしていることが認められる。当裁判所は検察官に,Aの供述録取書等の提示を命じた上,検察官が提示した同供述録取書等の内容を精査したが,同書面中には前記各事実の有無に関する供述は全く見当たらず,同供述録取書等は,刑訴法316条の15第1項6号の「検察官が特定の検察官請求証拠により直接証明しようとする事実の有無に関する供述を内容とするもの」には該当しないというべきである。

2  本件事故現場で発見された毛髪様の物についての鑑定過程で作成された書類の全部(本件裁定請求書第1の2)について

弁護人は,開示を求める証拠は,検察官請求証拠である実況見分調書(甲2),捜査報告書(甲35)及び鑑定書(甲19)の証明力を判断するために重要であるという。しかしながら,検察官は,実況見分調書(甲2)により本件事故現場の状況,血こん,遺留品等の遺留状況及び被害者の発見状況等を,捜査報告書(甲35)により本件事故現場での落下物,組織片等の採証活動状況等を,鑑定書(甲19)により被告人車両の左前輪タイヤパターンと被害者の頭部の皮膚変色部との同一性が高いこと等をそれぞれ証明しようとしているものであるところ,弁護人が開示を求める,本件事故現場で発見された毛髪様の物についての鑑定過程で作成された書類が前記実況見分調書(甲2),捜査報告書(甲35)及び鑑定書(甲19)の証明力を判断するために重要であるとは認められない。

3  本件事故現場で発見された組織片様の物についての鑑定過程で作成された書類の全部(本件裁定請求書第1の3)について

弁護人は,開示を求める証拠は,検察官請求証拠である捜査報告書(甲28,35)の証明力を判断するために重要であるという。しかしながら,検察官は,捜査報告書(甲28)により本件事故現場で採取した肉片様の物が本件事故後の救護活動中に落下したことを,捜査報告書(甲35)により本件事故現場での落下物,組織片等の採証活動状況等をそれぞれ証明しようとしているものであるところ,弁護人が開示を求める,本件事故現場で発見された組織片様の物についての鑑定過程で作成された書類が前記捜査報告書(甲28,35)の証明力を判断するために重要であるとは認められない。

4  本件事故現場で採取された血液様の物についての鑑定過程で作成された書類の全部(本件裁定請求書第1の4)について

当裁判所は検察官に対し,本件事故現場で採取された血液様の物についての鑑定過程で作成された書類の有無について照会したところ,検察官から,既に開示する旨回答したもの以外には存在しないとの回答を受けた。この回答内容は,弁護人が既に行った,鑑定過程で作成された書類の開示請求に対し,電気泳動図謄本1通,本件事故現場で採取された血液様の物についての鑑定嘱託書,同鑑定に関連する「鑑定書の送付について」と題する書面を開示するなどしてきた検察官のこれまでの対応状況に照らし,格別不自然,不合理ではなく,鑑定過程で作成された前記書類は,検察官が既に開示する旨回答したもの以外には存在しないものと認められる。

5  被告人車両から採取された組織片様の物についての鑑定過程で作成された書類の全部(本件裁定請求書第1の5)について

当裁判所は検察官に対し,被告人車両から採取された組織片様の物についての鑑定過程で作成された書類の有無について照会したところ,検察官から,既に開示する旨回答したもの以外には存在しないとの回答を受けた。この回答内容は,弁護人が既に行った,鑑定過程で作成された書類の開示請求に対する検察官のこれまでの対応状況に照らし,不自然,不合理な点はなく,鑑定過程で作成された前記書類は,検察官が既に開示する旨回答したもの以外には存在しないものと認められる。

6  被害者の妻B(以下「B」という。)の供述録取書等の全部(本件裁定請求書第1の6)について

刑訴法316条の15第1項5号で検察官において証人請求した者又は証人請求予定者の供述録取書等が開示対象類型とされた趣旨は,これらの者の供述の証明力を判断する上で,当該証人等の供述経過を検討し,変遷,自己矛盾等の有無,内容を確認することが,一般的・類型的に重要と考えられる点にあり,かかる趣旨からすれば,当該証人等の供述録取書等であっても,公判廷で証言することが予想される事項とは全く関連のない事項についての供述を記録等したものは,一般的・類型的にその検討が重要とはいえず,同条による開示の対象には含まれないものと解すべきである。

そして,記録によれば,Bが公判廷で証言することが予想される事項は,被害者が本件前日に自宅にいて,同日午後7時半ころに自宅を出て行ったという被害者の行動や遺族としての処罰感情である。そこで,当裁判所は検察官に,Bの供述録取書等の提示を命じ,検察官が提示した同供述録取書等の内容を精査したが,これらの事実に関する供述は見当たらず,同供述録取書等は同条項本文前段にいう「特定の検察官請求証拠の証明力を判断するために重要であると認められるもの」に当たらないというべきである。

また,検察官がBの警察官調書(甲38)及び電話聴取書(甲41)により直接証明しようとする事実も本件前日の被害者の行動や遺族としての処罰感情であり,前記のとおり検察官が提示したBの供述録取書等にこれらの事実の有無に関する供述が見当たらない以上,同供述録取書等は同条項6号の「検察官が特定の検察官請求証拠により直接証明しようとする事実の有無に関する供述を内容とするもの」にも該当しない。

7  被害者の本件事故当日の足取りに関する捜査報告書,供述調書等の全部(本件裁定請求書第1の7)について

(1)  被害者の本件事故当日の足取りに関する捜査報告書について

刑訴法316条の15第1項6号の「供述録取書等」とは,「供述書,供述を録取した書面で供述者の署名若しくは押印のあるもの又は映像若しくは音声を記録することができる記録媒体であって供述を記録したもの」(同法316条の4第2号)をいい,警察官が捜査の過程で作成する捜査報告書は,警察官の「供述書」と解することができる。しかしながら,同法316条の15は,特定の検察官請求証拠の証明力を被告人側が適切に判断できるよう,証明力判断に重要であると認められる一定類型の証拠の開示を認めようとするものであることや,前述した「供述録取書等」の意義も併せ考慮すると,同法316条の15第1項6号の「検察官が特定の検察官請求証拠により直接証明しようとする事実の有無に関する供述を内容とするもの」とは,供述者が直接体験した事実を記載したもの,あるいはその供述を録取・記録したものに限られ,同号にいう「供述」には伝聞供述は含まれないと解するのが相当である。

これに対し,弁護人は,同号の「供述録取書等」には,第三者の供述を内容とする捜査報告書等も含み,同号にいう「供述」には伝聞供述も含まれる旨主張するが独自の見解であって採用の限りではない。

そうすると,被害者の本件事故当日の足取りに関して警察官が聴取した第三者の供述を内容とする捜査報告書は,当該第三者の署名若しくは押印がない以上,同号の「供述録取書等」には該当しないというべきである。

(2)  被害者の本件事故当日の足取りに関する供述調書等について

一般的に参考人の供述録取書等は,信用性も様々であるから開示の必要性も高くなく,また,開示による弊害の生ずるおそれも小さくはないが,刑訴法316条の15第1項6号は,そうした供述録取書等のうち,特定の検察官請求証拠により検察官が「直接」証明しようとする事実の「有無」,すなわち,直接証明しようとする事実があったのか,あるいは,なかったのかということについての供述が記載されているものに限って開示対象としたものと解されるところ,この趣旨からすれば,特定の検察官請求証拠により間接的に証明される事実の有無に関する供述を内容とするものは同号に該当しないと解すべきである。

これに対し,弁護人は,同号には特定の検察官請求証拠により間接的に証明される事実の有無に関する供述を内容とするものも含まれる旨主張するが独自の見解であって採用の限りではない。

そして,記録によれば,検察官は,急訴事件受理報告書(甲1)により本件事故受理の日時等を,Cの警察官調書(甲20)により本件当日午前▲時▲分に110番通報された事実を,Dの警察官調書(甲21)及び捜査報告書(甲22)によりタクシー運転手である同人が本件事故現場付近のスナックに到着する直前に同現場前を通過した事実及びその際に同現場に被害者がいなかった事実を,Eの警察官調書(甲23)により前記Dが運転するタクシーが前記スナックに到着した時刻が午前▲時▲分ころである事実を,捜査報告書(甲24)により前記時刻を裏付ける携帯電話の履歴が存在する事実を,Fの警察官調書(甲25)により本件事故現場前で飲食店を営む同人が本件前日午後11時55分ころに同現場付近を通過した際に同現場付近には異常がなかった事実を,被告人の警察官調書(乙1)により被告人が本件当日午前▲時▲分ころに本件事故現場を通過したことをそれぞれ直接証明しようとしていることが認められる。

そうすると,弁護人が主張する被害者のれき過時刻に関する供述を内容とする被害者の本件事故当日の足取りに関する供述調書等は,同号の「検察官が特定の検察官請求証拠により直接証明しようとする事実の有無に関する供述を内容とするもの」には該当しない。

また,検察官は,Bの警察官調書(甲38)により本件前日午後7時半ころに被害者が自宅を出て行ったという本件前日の被害者の行動等を直接証明しようとしていることが認められるが,かかる事実は,本件事故との時間的間隔,本件事案の性質・内容等からして犯罪事実の証明に重要な影響を与える事実とはいい難く,被告人の防御の準備のために被害者の本件事故当日の足取りに関する供述調書等を開示する必要性はそれほど高くないというべきである。他方,同供述調書等が開示された場合には,その内容に照らし,同供述調書等の中で登場する人物などの名誉・プライバシーの侵害といった弊害が生じるおそれは容易に想定される。

以上によれば,同供述調書等を開示することが相当であるとは認められない。

8  緊急配備検問の結果に関する捜査報告書(本件裁定請求書第1の8)について

前記7(1)で述べたことと同様の理由により,前記捜査報告書は刑訴法316条の15第1項6号の「供述録取書等」に該当しない。

また,検察官は,検察官請求証拠(甲2,6,11,12,14から17まで,19,32,40,43,51)により本件事故現場の状況,血こん,遺留品等の遺留状況等を始めとする各事実(不審車両の有無に関する事実は含まれない。)をそれぞれ直接証明しようとしていることが認められる。そうすると,不審車両の有無に関する供述を内容とする前記捜査報告書は,同号の「検察官が特定の検察官請求証拠により直接証明しようとする事実の有無に関する供述を内容とするもの」にも該当しないというべきである。

9  本件事故現場の本件事故と同一時刻ころの交通状況に関する捜査報告薯等の全部(本件裁定請求書第1の9)について

前記7(1)で述べたことと同様の理由により,前記捜査報告書等は刑訴法316条の15第1項6号の「供述録取書等」に該当しない。

また,検察官は,検察官請求証拠(甲2,6,11,12,14から17まで,19,32,40,43,51)により本件事故現場の状況,血こん,遺留品等の遺留状況等を始めとする各事実(不審車両の有無に関する事実は含まれない。)を直接証明しようとしていることが認められる。そうすると,不審車両の有無に関する供述を内容とする前記捜査報告書は,同号の「検察官が特定の検察官請求証拠により直接証明しようとする事実の有無に関する供述を内容とするもの」にも該当しないというべきである。

10  本件事故現場周辺の住人や飲食店の客,通行人らからの聴取結果を記載した捜査報告書等及び同人らの供述録取書等の全部(本件裁定請求書第1の10)について

前記7(1)で述べたことと同様の理由により,本件事故現場周辺の住人や飲食店の客,通行人らからの聴取結果を記載した捜査報告書等は刑訴法316条の15第1項6号「供述録取書等」に該当しない。

また,検察官は,検察官請求証拠(甲2,6,11,12,14から17まで,19から25まで,32,40,43,51)により本件事故現場の状況,血こん,遺留品等の遺留状況等を始めとする犯人性を基礎付ける各間接事実をそれぞれ直接証明しようとしていることが認められる.そうすると,被告人が犯人であるという事実の有無に関する供述を内容とする前記住人らの供述録取書等は,同号の「検察官が特定の検察官請求証拠により直接証明しようとする事実の有無に関する供述を内容とするもの」にも該当しないというべきである。

11  C,G,Hらからの聴取結果を記載した捜査報告書(本件裁定請求書第1の11)について

(1)  前記7(1)で述べたことと同様の理由により,前記捜査報告書は刑訴法316条の15第1項6号の「供述録取書等」に該当しない。

また,検察官は,検察官請求証拠(甲2,6,11,12,14から17まで,19,32,40,43,51)により本件事故現場の状況,血こん,遺留品等の遺留状況等を始めとする犯人性を基礎付ける各間接事実をそれぞれ直接証明しようとしている。そうすると,被告人が犯人であるという事実の有無に関する供述を内容とする前記捜査報告書は,同号の「検察官が特定の検察官請求証拠により直接証明しようとする事実の有無に関する供述を内容とするもの」にも該当しないというべきである。

(2)  他方,当裁判所は,検察官にGからの聴取結果を記載した捜査報告書の提示を命じ,検察官が提示した同捜査報告書の内容を精査したが,同捜査報告書が同条項3号に該当するものとは認められない。

12  被告人の取調べの際,ないし同人立会の写真撮影,実況見分の際に検察官,警察官によって作成された備忘録類一切(フロッピーディスク,USBメモリなどの電磁的記録媒体を含む)(本件裁定請求書第1の12)について

検察官は,前記備忘録類一切に関して,被告人の取調べや同人立会の実況見分等の際に検察官や警察官がメモを作成した状況やそのメモを廃棄した時期及び理由について相当具体的に述べた上で,同備忘録類一切が存在しない旨回答しており,この回答内容に格別不自然,不合理な点はなく,したがって,同備忘録類一切は存在しないものと認められる。

13  警察官が本件事故現場付近一帯の世帯・事務所等を回って同所所在の自動車に異常がないかどうかを捜査した際の経過・結果を記載した捜査報告書等(本件裁定請求書第1の13)について

前記7(1)で述べたことと同様の理由により,前記捜査報告書等は刑訴法316条の15第1項6号の「供述録取事等」に該当しない。

また,検察官は,検察官請求証拠(甲2,6,11,12,14から17まで,19,32,40,43,51)により本件事故現場の状況,血こん,遺留品等の遺留状況等を始めとする各事実(不審車両の有無に関する事実は含まれない。)をそれぞれ直接証明しようとしている。そうすると,不審車両の有無に関する供述を内容とする前記捜査報告書等は,同号の「検察官が特定の検察官請求証拠により直接証明しようとする事実の有無に関する供述を内容とするもの」にも該当しないというべきである。

第3結論

以上のとおり,本件請求はいずれも理由がないから,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 堀内満 裁判官 入子光臣 裁判官 笹山恵)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例