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金沢地方裁判所 平成22年(ワ)559号 判決 2012年3月27日

原告

同訴訟代理人弁護士

鹿島啓一

荒木実

被告

株式会社 エヌ・ティ・ティ・ドコモ

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

横山経通

上村哲史

主文

一  被告は、原告に対し、別紙アクセスログ記録7記載の投稿に使用された電気通信回線に係る識別番号(iモードID:<省略>)によって特定される電話番号の契約者の氏名又は名称及び住所を開示せよ。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告に対し、別紙アクセスログ記録1ないし13各記載の投稿ないし掲示板立上げに使用された電気通信回線に係る識別番号(iモードID:<省略>。以下、これらを順に「本件ID①」、「本件ID②」、「本件ID③」といい、これらを併せて「本件各ID」という。)によって特定される電話番号の契約者の氏名又は名称及び住所を開示せよ。

二  被告は、原告に対し、五〇万円及びこれに対する平成二二年八月一三日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、原告がインターネット上の電子掲示板における氏名不詳者(以下「本件発信者」という。)によるスレッド(ある特定のテーマ等に関する投稿のまとまりをいう、以下同じ。)の立上げ及び投稿によって名誉を毀損され又はプライバシー権を侵害されたとして、本件発信者にインターネット接続サービスを提供したプロバイダ(以下「経由プロバイダ」という。)である被告に対し、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「法」という。)四条一項所定の発信者情報開示請求権に基づき、本件発信者が使用した電気通信回線に係る識別番号(iモードID[本件各ID])によって特定される電話番号の契約者の氏名又は名称及び住所(以下「本件情報」という。)の開示を求めるとともに、被告が本件訴えの提起前に本件発信者に係る情報を開示せず、また、適時に本件ID①に係る契約者の情報を保存しなかったために、精神的苦痛を被ったとして、不法行為に基づき、慰謝料及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める事案である。

二  前提事実(証拠等を掲記した事実を除くほかは、当事者間に争いがない。)

(1)  当事者

ア 原告は、住所<省略>に居住し、a社に勤務するものである。

イ 被告は、移動体通信事業等を目的とする株式会社であり、本件発信者に対し、インターネット接続サービスを提供し、別紙アクセスログ記録1ないし13各記載の投稿ないし掲示板立上げに係る電気通信回線を提供した。

被告は「開示関係役務提供者」(法四条一項柱書)に該当し、本件ID②及び同③に係る契約者の情報を保有している。

(2)  本件発信者による投稿等

本件発信者は、被告からインターネット接続サービスの提供を受けて訴外BRUNAシステム(以下「訴外管理会社」という。)が管理するインターネット上の電子掲示板サイト「○○」北陸版の掲示板「△△」内のスレッド<省略>(以下「本件スレッド一」という。)及び同<省略>(以下「本件スレッド二」という。)にアクセスして別紙アクセスログ記録1、2、4ないし13各記載のとおり投稿をし(以下、「本件各投稿」といい、個別の投稿については、同記録記載の番号に対応させ、「本件投稿1」などという。)、あるいは別紙アクセスログ記録3記載のとおり、同掲示板<省略>内のスレッド<省略>(以下「本件スレッド三」という。)を立ち上げた(以下、当該立ち上げ行為については「本件立上げ」という。また、本件各投稿と本件立上げを併せて「本件各投稿等」という。)。

(3)  本件訴えの提起に至る経緯

ア 原告による発信者情報の開示請求と被告の開示拒絶

原告は、被告に対し、平成二二年四月二日、同月二八日及び同年五月三一日付け各書面により、三回にわたって本件発信者に係る発信者情報の開示を求めた。

しかし、被告は、原告に対し、平成二二年四月二一日、同年五月一一日及び同年六月一七日付け各書面で、前記各開示請求を拒絶する旨回答し、本件口頭弁論終結時までの間、上記開示請求に応じていない(以下「本件開示拒絶」という。)。

被告が原告からの上記開示請求に応じなかった理由は、①本件各投稿等によって「権利が侵害されたことが明らかである」と判断できない、②一部について通信記録が存在しない(上記四月二日付けの請求については、更に③受信元のURLの提示がなく対象の電気通信が特定できない。)というものであった。

イ 原告は、本件発信者に対する損害賠償請求等のために必要であるとして、平成二二年八月、本件訴訟を提起し、同月一二日、本件訴訟の訴状が被告に送達された(顕著な事実)。

ウ 被告は、その後も、平成二三年二月ころに至るまで、本件情報を保存する措置を講じなかった(以下「本件不保存」といい、本件開示拒絶と本件不保存を併せて「本件各対応」という。)。

三  争点

(1)  被告は本件ID①に係る本件情報を「保有」(法四条一項柱書)しているか(争点一)

(2)  本件情報が「発信者情報」(法四条一項柱書)に該当するか(争点二)

(3)  本件各投稿等により原告の「権利が侵害されたことが明らかである」(法四条一項一号)といえるか(争点三)

(4)  被告は本件各対応につき損害賠償責任を負うか(争点四)

四  争点に関する当事者の主張

(1)  争点一(被告は本件ID①に係る本件情報を「保有」(法四条一項柱書)しているか)について

(被告の主張)

原告が主張するiモードIDのうち、本件ID①についてはiモード契約の解約等の理由により契約者を特定できなかった。

したがって、仮に本件情報が「発信者情報」に該当するとしても、被告は、本件ID①について本件情報を保有しておらず、開示することはできないから、原告の請求は失当である。

(原告の主張)

被告の主張は争う。

(2)  争点二(本件情報が「発信者情報」(法四条一項柱書)に該当するか)について

(原告の主張)

ア 発信者情報とは、発信者を特定・識別するために参考になる情報一般を意味し、当該情報を取得した目的や、取得の方法、保有の形態によって、発信者情報の該当性が左右されるものではない。

イ 法四条一項柱書の「発信者情報」が特定電気通信の過程において把握されたものに限定されるとしても、本件各IDは、訴外管理会社が本件各投稿等ごとに開示したものであり、本件各投稿等に係る電気通信と本件各IDの結び付きは明らかであるから、本件各IDにより特定される本件情報は、「発信者情報」に該当する。

(被告の主張)

ア 原告の主張は争う。

イ 「発信者情報」とは、権利侵害情報が発信された電気通信に係る発信者の情報でなければならないところ、経由プロバイダに対して「発信者情報」の開示を求める場合には、IPアドレス、URL及び時刻の三点によって権利侵害情報の発信がなされた通信を特定した上、当該通信に係る「発信者情報」の開示を請求する必要がある。

ウ iモードIDにより特定される情報と、上記三点に係る通信記録により特定される情報は、特定の方法が異なるものであり、上記三点に係る通信記録により特定されていない本件情報は「発信者情報」に該当しない。

(3)  争点三(本件各投稿等により原告の「権利が侵害されたことが明らかである」(法四条一項一号)といえるか)について

(原告の主張)

ア 本件スレッド一及び同二では、原告の名字及び勤務先に関する投稿が頻発して以降、原告に対する誹謗中傷又はプライバシー侵害に当たる投稿が行われるようになった。また、本件スレッド三は原告の名字及び勤務先がタイトルとなっているところ、a社には原告以外にXという姓を持つ男性社員は存在しない。

したがって、本件各投稿等は、原告を対象とするものである。

イ 本件投稿1、2、4ないし13は、いずれも、原告が不適切な女性関係を持っているかのような虚偽の事実を内容とするものであり、原告の社会的評価を著しく低下させ、名誉を毀損するものであると同時に、原告のプライバシー権を侵害するものである。

また、本件立上げは、原告の名字及び勤務先をタイトルとする本件スレッド三を立ち上げたものであり、それ自体が原告のプライバシー権を侵害するものであることに加え、本件スレッド三の立上げ時点で、すでに本件スレッド一では原告の名誉を毀損する投稿が多数行われていたこと等を考慮すると、原告に対する更なる名誉毀損行為を誘発する行為である。

ウ したがって、本件各投稿等により、原告の「権利が侵害されたことが明らかである」といえる。

(被告の主張)

ア 原告の主張は争う。本件各投稿等による原告に対する名誉毀損ないしプライバシー侵害は明白とまではいえない。

イ 本件投稿1及び同2は、原告について書かれたものか明らかではない。

ウ 本件立上げは、本件スレッド三を立ち上げるものであるが、これをもって名誉毀損又はプライバシー権侵害と評価することはできない。

エ 本件投稿7は、一般人の理解と読み方からして、原告の社会的評価を低下させるものとはいえない。

オ 本件各投稿等は、a社に勤務する者の女性関係に関するものであるから、公共の利害に関する者ではない、あるいは、公益目的がないといえるか疑問である。その他、違法性阻却事由の有無も不明である。

(4)  争点四(被告は本件各対応につき損害賠償責任を負うか)について

(原告の主張)

ア 本件開示拒絶と不法行為責任について

原告は、被告に対し、本件各投稿等の写し及び訴外管理会社の回答書等原告の権利が侵害された状況を明らかにする書証を添付した上で、本件発信者に係る発信者情報の開示請求をした。

しかし、被告は、同請求により権利侵害状況を明確に認識したにもかかわらず、開示を拒絶しているのであるから、本件開示拒絶につき、故意又は重過失による不法行為が成立する。

イ 本件不保存と不法行為責任について

発信者情報が適時に開示される前提として、同情報が適切に保存されていることが必要であることからすれば、開示関係役務提供者は、開示請求を受けた以後においては、同請求に係る発信者情報を保存する義務を負うというべきである。

発信者情報を適切に保存しなかったことによる不法行為責任については、開示請求に応じないことによる賠償責任について規定する法四条四項の適用を受けず、不法行為の一般則(民法七〇九条)に基づいてその有無が判断されるべきであるところ、被告は、遅くとも本件訴訟の訴状が送達された平成二二年八月一二日の時点で前記保存義務を負っており、被告による同義務の違反(本件不保存)によって原告が本件各IDに係る発信者情報の開示を受けることができなくなった場合、この点について民法七〇九条の不法行為が成立する。

ウ 慰謝料額について

原告は、本件各対応により各種の精神的損害を被っており、その慰謝料額は、五〇万円を下らない。

(被告の主張)

ア 原告の主張は争う。

イ 本件情報は「発信者情報」に該当するものではなく、また、本件各投稿等が原告に対する名誉毀損又はプライバシー侵害に当たることが明白であるとはいえないため、本件開示拒絶には正当な理由があり、故意又は重過失による不法行為が成立する余地はない。

ウ 開示関係役務提供者は、発信者情報の開示請求者に対して発信者情報を保存すべき義務を負っていないことから、本件不保存についても、不法行為が成立する余地はない。

エ 原告の主張する時点において、被告がiモードIDによって特定される契約者の情報が保存できたか否かは不明であるから、原告の主張は失当である。

第三当裁判所の判断

一  争点一(被告は本件ID①に係る本件情報を「保有」(法四条一項柱書)しているか)について

(1)  法四条一項柱書の「保有する」の意義について

法四条一項に基づく発信者情報開示請求権は、開示関係役務提供者に対し、当該役務提供者が「保有する」情報について、これを開示することを求める権利であることからすれば、同条項柱書にいう「保有する」とは、当該役務提供者が当該発信者情報について開示することができる権限を有するのみならず、当該役務提供者において、その権限の行使が実行可能な程度に、データの存在を把握し、これを特定・抽出しうる場合をいうと解するのが相当である。

したがって、開示関係役務提供者の保有する電気通信設備内に何らかの形式で存在している可能性のある発信者情報については、体系的に保管されていない等の理由により、当該役務提供者がその存在を把握できず、あるいはこれを特定・抽出して開示しえないような場合には、当該役務提供者は当該情報を「保有する」とはいえない。

(2)  認定事実

前提事実並びに証拠<省略>によれば、以下の事実が認められる。

ア iモードIDについて

iモードIDとは、被告との間で携帯電話を利用する契約を締結した者が更に被告が提供するiモードサービス(以下「iモード」という。)を利用する契約を締結した場合に、当該契約者の携帯電話番号ごとに付与される英数字のランダムな組合せにより構成された七桁の記号である。

複数の携帯電話番号に対して同一のiモードIDが付与されることはなく、一つの携帯電話番号に対して複数のiモードIDが付与されることもない。

イ iモードIDと契約者に関する被告の管理状況

被告のシステム上、契約者がiモードを利用している限りは、当該iモードIDと契約者のデータベースが結び付けられているため、被告は、当該iモードIDからiモードを利用した携帯電話番号を特定した上で、当該契約者を特定することが可能である。

他方で、契約者がiモードを利用する契約を解約したり、携帯電話回線の利用契約自体を解約した場合、あるいは携帯電話番号の変更等をした場合には、被告のシステム上、iモードIDは自動的に消去され、従前のiモードIDと契約者のデータベースの結び付きが失われる(なお、被告はiモードIDと契約者のデータベースの結び付きが失われた日時や理由を記録・保存していない。)。

そのため、契約者がiモードを利用する契約の解約等をすると、被告はiモードIDから契約者を特定することができなくなる。

ウ 本件ID①に関する被告の調査

被告は、平成二三年二月頃、本件ID①に関し、iモードIDと契約者のデータベースとの結び付きについて調査したところ、同時点では既に何らかの理由によりiモードIDと契約者のデータベースとの結び付きが失われており、本件ID①に係る契約者を特定できなかった。

(3)  検討

前記(2)の各認定事実によれば、被告は、本件口頭弁論終結時において、本件ID①により特定される契約者の情報について、開示が実行可能な程度にその存在を把握していないことが認められる。

したがって、被告は、本件ID①に係る本件情報を「保有」していないというべきである。そうすると、その余の点について判断するまでもなく、本件投稿1、2、4ないし6、8ないし13に使用された電気通信回線に係る本件ID①によって特定される本件情報の開示を求めることはできず、この点に関する原告の請求は理由がない。

二  争点二(本件情報が「発信者情報」(法四条一項柱書)に該当するか)について

(1)  発信者情報について

「発信者情報」とは、氏名、住所その他の侵害情報の発信者の特定に資する情報であって総務省令(特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律第四条第一項の発信者情報を定める省令。以下「省令」という。)で定めるものをいう(法四条一項柱書)。

法四条一項が特定電気通信による情報の流通によって権利を侵害された者に対し、損害賠償請求権の行使等の正当な理由のある場合に発信者を特定するべく、開示関係役務提供者に情報の開示を求める権利を認めた趣旨に鑑みると、発信者の特定に資する情報とは、発信者を特定(識別)するために参考となる情報一般を意味すると解するのが相当である。

もっとも、発信者情報が個人のプライバシーに関わる情報であり、通信の秘密にも関わる事柄であることを斟酌すると、ある者が発信者であるか否かは慎重に判断される必要があり、上記発信者(法二条四号参照)とは、特定電気通信の過程において、電気通信を介して権利侵害情報を流通させた者であると把握された者をいうと解するのが相当である。

(2)  iモードIDによって特定される電話番号の契約者の氏名又は名称及び住所の「発信者情報」該当性について

証拠<省略>によれば、本件各IDは、訴外管理会社において、本件各投稿等ごとにこれらに関する情報を流通させた発信者の端末番号として記録され、原告に開示されたものであることが認められる。

また、前記一(2)ア認定のとおり、iモードIDは、iモードを利用する顧客の携帯電話番号ごとに一つ付与されるものであり、同一のiモードIDが異なる電話番号に付与されることはない。

加えて、iモードは、契約者が自ら使用するのが通常であり、かつ、契約者以外の者がiモードを利用して、本件各投稿等を行った事実は本件記録上窺われないこと等を総合勘案すると、本件各IDにより特定される電話番号の契約者は、特定電気通信の過程で権利侵害情報を流通させた者と認めるのが相当であり、したがって、当該契約者の情報(氏名又は名称及び住所)は、「発信者情報」(省令一号、二号)に当たると解するのが相当である。

(3)  被告の主張について

この点、被告は、経由プロバイダに対して「発信者情報」の開示を求める場合には、IPアドレス、URL及び時刻によって権利侵害情報の発信がなされた通信を特定した上、当該通信に係る発信者を特定する方式(以下「三点特定方式」という。)により、「発信者情報」の開示を請求する必要があり、iモードIDにより特定される本件情報は「発信者情報」に該当しない旨主張する。

しかし、被告が指摘する三点特定方式は、特定電気通信の過程から権利侵害情報の発信者を把握する一つの手段を意味するに過ぎず、他の手段により発信者の把握が可能である場合に、これによって特定された発信者の住所・氏名等が「発信者情報」に該当すると解することを妨げるものではないから、被告の前記主張は採用できない(なお、被告の採用するIPアドレスの割当方法の関係から、本件では三点特定方式による特定は困難である。)。

三  争点三(本件各投稿等により原告の「権利が侵害されたことが明らかである」(法四条一項一号)といえるか)について

(1)  はじめに

被告は、本件投稿1、2、4ないし6、8ないし13に使用された電気通信回線に係る本件ID①によって特定される本件情報を保有しておらず、その開示を求めることはできないことは前述したとおりである。

以下、本件ID②を利用した本件立上げ及び本件ID③を利用した本件投稿7によって、原告の「権利が侵害されたことが明らかである」か否かについて検討する。

(2)  原告に対する名誉毀損及びプライバシー侵害の有無について

ア インターネット上の電子掲示板への投稿やスレッドの立上げが、特定の者の社会的評価を低下させ又はプライバシーを侵害するか否かは、当該掲示板を閲覧した者の普通の注意と読み方を基準として、当該投稿等の表現内容、前後の投稿の内容などの諸事情を考慮して判断すべきである。

イ 前提事実並びに証拠<省略>によれば、以下の事実が認められる。

(ア) 平成二一年一〇月以降、本件スレッド一上には、「<省略>不倫しとるんか?」(同月三〇日午前三時一七分)、「ところで<省略>は店に顔を出してる?」(同年一一月八日午後二時一分)、「<省略>はお前の事を最悪な扱いと、ろくな事しか言ってないこいつお前の紐」(同月一一日午前三時三九分)、「大丈夫?<省略>はイロイロ食ってますよ。」(同月一二日午前三時三六分)、「<省略>、男もろくな男じゃない 周りの子ら数人はこの男に口説かれたことあるから(笑)」(平成二二年一月一日午前一時五〇分)、「それより<省略>のたらしで有名な<省略>喰われたことで<省略>の価値が下がった。」(同月八日午後二時五四分)などの投稿がされた。

(イ) 平成二一年一一月一二日午後三時四一分、<省略>というタイトルで本件スレッド三が立ち上げられ、その後、同スレッド上には「どんな奴?」、「嫁さんいるのにね、彼女よりかはセフレがたくさん」、「<省略>他にも♀がいる…」などの投稿がされた。

(ウ) 本件スレッド一及び同三への投稿の全てが原告に対する誹謗中傷を内容とするものではなく、単なる雑談的な話や感想ないし意見表明に類する投稿もされていた。

(エ) 原告はa社に勤務しており、同社内でX姓は、平成二一年一〇月以降現在に至るまで、原告のみである。

ウ 本件立上げについて

前記イ(エ)認定の事実によれば、「<省略>」というタイトルが付された本件スレッド三は、原告を対象としたものと認められる。

前記イ各認定のとおり、本件立上げに先立ち、本件スレッド一には原告を誹謗中傷する内容の投稿があり、本件スレッド三が立ち上げられた後、同スレッドにされた投稿の中には原告を誹謗中傷する内容の投稿も存する。

しかし、本件立上げ自体は、勤務先と姓を表示するにすぎず、いわば価値中立的に話題の場を設定するにとどまるといいうること及びスレッドの立上げは、表現行為の一つというべきものであり、これを違法としてその規制をした場合に生じうる萎縮効果や弊害について慎重な配慮が相当であることを併せ勘案すると、本件立上げをもって直ちに原告の権利が侵害されたことが「明らか」(法四条一項一号)とまではいうことはできない。

よって、本件ID②によって特定される本件情報の開示請求は認められない。

エ 本件投稿7について

(ア) 前記イ認定の事実及び証拠<省略>によれば、本件投稿7が投稿される以前の時点において、既に本件スレッド一及び本件スレッド三上には、原告の女性関係を誹謗中傷する投稿が相当数されていたところ、本件投稿7は、原告について浮気という「重大な反倫理的行為」をしている「自己中心的で人を切ることを何とも思わない残忍な人」と表現していること及び本件投稿7の直後に<省略>との投稿がされていることが認められる。

(イ) 上記(ア)認定の事実によれば、本件投稿7は、原告が浮気・不倫をしているなど女性関係に問題のある人物であることを前提に誹謗中傷するものであるといえ、原告の社会的評価を低下させるものと評価できる。

よって、本件投稿7は、原告の名誉を毀損するものと認められる。

オ 本件投稿7について違法性阻却事由を窺わせる事情の存しないこと

原告は、a社に勤務する者であり、a社が社会公共に大きな影響を与える立場にある組織であることを踏まえると、そのような組織において活動する者の行動については、私的な領域におけるものについてもある程度批判の対象とされることもやむを得ないと解される場合のあることは否定できないが、原告のa社における職務内容や職位は本件記録上不明であるのみならず、本件ID③によってなされたその前後の投稿内容と併せて考慮すると、本件投稿7は、専ら公益目的に基づくものではなくXという人物を侮辱・揶揄する目的でされたことは明らかであり、権利侵害の違法性を阻却させる事実の存在をうかがわせる事情は認められない。

カ 小括

以上によれば、本件投稿7について、原告の「権利が侵害されたことが明らかである」といえる。

(3)  まとめ

よって、原告は、被告に対し、法四条一項に基づき、本件投稿7に使用された電気通信回線に係る本件ID③によって特定される本件情報の開示を求めることができる。

四  争点四(被告は本件各対応につき損害賠償責任を負うか)について

(1)  法四条四項本文の趣旨等について

法四条四項本文は「開示関係役務提供者は……開示の請求に応じないことにより当該開示の請求をした者に生じた損害については、故意又は重大な過失がある場合でなければ、賠償の責めに任じない。」と規定している。

同項本文の趣旨は、情報の発信が表現の自由に関わる行為であり、かつ、発信者情報が個人のプライバシー権に関わるものであること及び一度開示されるとその原状回復が不可能であるという発信者情報の性質に照らして軽々にこれが開示された場合の弊害が大きいことに鑑み、開示関係役務提供者が裁判外の開示請求を受けた際、これに応じないとした判断が事後的に誤っているとされたときでも、それにより生じた損害賠償責任の成立範囲を限定することにより、開示関係役務提供者において発信者の利益擁護や手続保障に留意して慎重な判断をすることができるようにし、もって情報発信の自由(表現の自由・通信の秘密)及びプライバシー権の保護と特定電気通信による情報の流通によって権利を侵害された者の救済との調和を図ろうとすることにあり、同条項は不法行為の一般則(民法七〇九条)の要件を加重したものと解される。

よって、「開示請求に応じないことにより当該開示請求をした者に生じた損害」の責任については、不法行為の一般則(民法七〇九条)の要件が加重され、開示関係役務提供者に故意又は重過失が認められる場合にのみ損害賠償責任が成立すると解するのが相当である。

(2)  法四条四項本文の故意又は重過失について

開示関係役務提供者は、侵害情報の流通による開示請求者の権利侵害が明白であることなど当該開示請求が法四条一項各号所定の要件のいずれにも該当することを認識し、又は前記要件のいずれにも該当することが一見明白であり、その旨認識することができなかったことにつき重大な過失がある場合にのみ、損害賠償責任を負うものと解するのが相当である(最高裁平成二二年四月一三日第三小法廷判決・民集六四巻三号七五八頁参照)。

(3)  本件各対応に関する被告の責任

ア 認定事実

前提事実並びに証拠<省略>によれば、以下の事実が認められる。

(ア) 原告による裁判外の開示請求(以下「訴外開示請求」という。)及び本件訴訟の提起がなされた時点では、iモードIDによって特定される契約者の氏名又は住所等の情報が「発信者情報」に該当する旨の司法判断がされたことはなかった。

(イ) 原告は、訴外開示請求において、iモードIDにより特定される契約者の情報が「発信者情報」に当たる旨の主張を明示的にしていなかった。

なお、原告が提訴時以前に本件各IDに関して開示を請求していたのは、本件各IDの使用されている携帯電話端末機の購入者に関する情報であった。

(ウ) 原告の訴外開示請求及び本件訴訟の提起時点においては、三点特定方式による発信者情報の開示請求が一般的であり、原告も当初の主位的請求においては、三点特定方式によって発信者情報の開示を求めていた。

なお、原告は、平成二三年二月八日の第三回弁論準備手続の期日において、当該主位的請求を取り下げた。

(エ) 本件訴訟の提起時点における原告の予備的請求は、本件IDにより特定される携帯電話端末の購入者の情報開示を求めるものであった。

(オ) 原告は、平成二三年四月七日、従前の開示請求から前記第一の一の開示請求に訴えを変更する旨の書面を当裁判所に提出した。

(カ) 第二、二(3)ア記載のとおり、被告は、三点特定方式による発信者の特定が不可能であったこと等の理由から、本件開示拒絶をした。

(キ) 被告は、平成二三年二月頃、本件ID①についてiモードIDと契約者との結び付きを確認したが、同時点では既に本件ID①が消去されており、本件ID①と契約者のデータベースの結び付きは失われていた(最後に投稿されたのは、別紙アクセスログ記録13記載のとおり、平成二二年三月八日である。)。なお、iモードIDと契約者との結び付きを確認するためには、通常、二週間ないし三週間程度を要する。

前記一(2)イで認定したとおり、被告は、iモードIDと契約者のデータベースの結び付きが失われた日時及び理由を記録・保存していないため、本件ID①が消去された日時及び理由は不明である。

(ク) なお、被告は、原告からの平成二二年四月二八日付け開示請求を受け、当時保存期間が経過していなかった別紙アクセスログ記録2、5ないし11、13記載の日時の通信記録を保存したが、その中には同目録記載の時刻、IPアドレス及びURLの三点で特定される通信記録はなかった。

イ 本件開示拒絶に関する被告の責任

前記二及び三で説示したところからすれば、本件ID③に係る本件情報の開示請求は、法四条一項各号の要件を満たすものといえる。

また、本件ID①に係る本件投稿中にも、その記載内容に照らし、原告のプライバシー権を侵害し、またはその名誉を毀損することが明らかなものが存する(例えば、本件投稿11~13。同投稿は、その内容からみて、専ら公益目的に基づくものではなくXという人物を侮辱・揶揄する目的でされたことは明らかであり、原告の権利を違法に侵害するものといいうる。)。なお、前記三(2)ウで述べたとおり、本件ID②については法四条一項の要件は満たしていない。

しかし、訴外開示請求又は本件訴訟の訴状が送達された時点において、iモードIDによって特定される契約者の氏名又は住所等の情報が「発信者情報」に該当する旨の司法判断がされたことはなかったなど、前記アで認定した事実経緯に照らせば、原告の訴外開示請求又は本件訴訟の訴状が送達された時点で、被告において、iモードIDにより特定された契約者の情報が発信者情報に該当することを認識していたとは認められず、また、そのような認識を持つことが容易であったとまでは認められない。

以上の諸事情を総合すると、原告の開示請求につき、被告が法四条一項各号所定の要件のいずれにも該当することを認識し、又は前記要件のいずれにも該当することが一見明白であり、その旨認識することができなかったことにつき重大な過失があったとまでは認められない。

ウ 本件不保存に関する被告の責任

前記ア(キ)認定のとおり、被告は、平成二三年二月頃、本件ID①についてiモードIDと契約者との結び付きを確認したが、同時点では既に本件ID①が消去され、本件ID①と契約者のデータベースの結び付きは失われており、この結び付きが失われた日時すなわち本件ID①が消去された日時は明らかではない。

しかるところ、原告の指摘する訴外開示請求がされた平成二二年四月五日頃や本件訴訟の訴状が被告に送達された平成二二年八月一二日頃において、本件ID①が消去されていなかったことは、本件全証拠によってもこれを認めるに足りない。

以上によれば、本件不保存と本件ID①の消失との間に相当因果関係は認められず、その余の点について判断するまでもなく、本件不保存について不法行為責任は成立しない。

(4)  まとめ

よって、本件各対応について、被告の損害賠償責任は成立しないというべきであるから、原告の慰謝料請求及びこれに対する遅延損害金支払請求は理由がない。

五  結論

以上によれば、原告の請求のうち、本件情報の開示請求について、主文第一項の限度で理由があるからこれを認容することとし(ただし、仮執行宣言については相当でないからこれを付さないこととする。)、その余の請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中山誠一 裁判官 吉田豊 中山洋平)

別紙 アクセスログ記録<省略>

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