金沢地方裁判所 平成23年(わ)70号 判決 2012年3月02日
主文
被告人を無期懲役に処する。
未決勾留日数中180日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,
第1平成22年11月17日ころ,知人の被害者から,従前から持ちかけていた株式投資のための資金名目で,現金800万円を受領したが,平成23年1月19日ころ以降,同女から,複数回にわたり,元金として受け取った800万円を含む運用益等の支払いを迫られていたところ,その支払いに窮し,同女に対する債務の支払いを免れるために,成り行きによっては,同女を殺害するのもやむを得ないなどと考え,同年2月6日午後9時ころ,同女を呼び出した上,同日午後9時35分ころから同月7日午前2時16分ころまでの間に,金沢市内又はその周辺に駐車した普通乗用自動車内において,前記運用益等の支払いを免れる目的で,同女(当時27歳)に対し,殺意をもって,所携の刃物でその左頸部を数回突き刺し,よって,そのころ,同女を頸部刺創に基づく出血性ショックにより死亡させて殺害し,もって同女に対する債務の支払いを免れて財産上不法な利益を得た
第2前記日時ころ,石川県河北郡内灘町字K地内砂浜において,前記被害者の死体を埋め,もって死体を遺棄したものである。
(争点に対する判断)
第1争 点
本件の主要な争点は,被告人が,被害者に対する債務の支払いを免れる目的で,被害者を殺害し,その死体を遺棄した犯人と認められるかどうかである。
第2前提となる事実
まず,A証言や実況見分調書抄本等の関係証拠によれば,以下の事実が認められ,これらの点については,弁護人,被告人も特に争っていない。
1 被害者は,平成23年2月24日,石川県河北郡内灘町字K地内砂浜(以下「遺棄現場」という。)において,死亡して砂に埋まった状態で発見された。
2 被害者が遺棄現場において砂に埋まっていたのは,何人かが,死亡した被害者を遺棄現場に埋めて遺棄したことによるものである。
第3殺意の有無について
前記第2の1の状況によれば,被害者が何人かに死亡させられたことは明らかであるところ,被告人の犯人性の有無の判断に先立ち,その犯人が,殺意をもって被害者を死亡させたかどうかについて検討する。
1 被害者の死体の状況及び死因並びに想定される犯行態様
信用できるB証言等の関係証拠によれば,以下の事実が認定できる。
(1) 被害者の死体には,左側頸部から後頸部に貫通する創洞約12センチメートルの刺創(ただし,刺出口が二つあるもの)及び創縁接着長約2.7センチメートルで創洞約4ないし5センチメートルの刺創が存在しており,その死因は,上記の頸部刺創により内頸静脈を切損されたことに基づく出血性ショックである。
(2) 被害者の頸部刺創の状況等からすれば,被害者は,刃渡り約十数センチメートルの刃物により,相当に強い力で,左側頸部付近を合計3回突き刺されたものと認められる。
2 判 断
前記のとおり,犯人は,被害者の左頸部を,刃渡り約十数センチメートルの刃物によって,相当の力で,数回突き刺して,死亡させたことが認められることからすれば,犯人が強い殺意をもって被害者を死亡させて殺害したことは優に認められる。
第4被告人が被害者を殺害した犯人であるかどうかについて
1 被害者が殺害された場所について
検証調書抄本,捜査報告書等の関係証拠によれば,被告人が日常使用していた普通乗用自動車(以下「被告人車両」という。)内に,被害者の血液が付着していたことが認められる。そして,同血液が,被告人車両内の2列目運転席側シート座面スポンジ部分の内部にまで深く染み込んでいることなどからすれば,被告人が,被告人車両内に付着していた血液を水で洗い流したなどと供述していることを踏まえても,同血液の量は,相当多量であったと認定できる。この点に加え,被害者が,その頸部を突き刺された後,10ないし30分間程度の短時間で死亡したと見込まれ,致命傷を負ってから死亡するに至るまでの間は出血が続き,死亡後は出血が止まると推測されるとするB証言も併せ考慮すると,被害者が,被告人車両以外の場所で殺害された後,同車両内に死体で運び込まれたものとは考えにくく,本件の犯行場所そのものが同車両内であったと認められる(以下,この事実を「本件事実①」という。)。
2 被害者が殺害された時刻等について
(1) 被害者の実母であるE証言,B証言及び捜査報告書写し等の関係証拠によれば,被害者の平成23年2月6日(以下「本件当日」という。)の行動や死亡推定時刻等について,以下の事実が認められる。
ア 被害者は,本件当日午後6時過ぎころ,E方において,Eに対し,「午後9時にNHKのお兄ちゃんがL(以下,このスーパーマーケット店を『本件店舗』という。)にお金を持ってきてくれる。」などと述べ,本件当日午後7時ころ,夕食をとった。
そして,被害者は,同日午後8時50分前後ころに,被告人とメールのやり取りをした後,Eに対し,「お兄ちゃん着いたって。」などと告げた上で,同日午後9時ころ,被害者使用の普通乗用自動車(以下「被害者車両」という。)を運転して,本件店舗へ出かけた。なお,被害者が「NHKのお兄ちゃん」と呼んでいたのは,被告人のみである。
イ Eは,同日午後9時35分ころ,被害者と携帯電話で会話をしたものの,それ以降,被害者と連絡を取れなくなった。
ウ 被害者は,その胃の内容物の消化状況等からすれば,生前最後の食事から2ないし3時間後(ただし,前後に1時間程度の個人差がありうる。)に死亡した。
(2) 前記(1)アないしウの事実からすれば,被害者は,同日午後9時35分ころから,遅くとも同日午後11時ころまでの間に殺害されたものと認められ,この被害者の死亡時刻は,被害者が被告人に会いに行くと言って外出した時点から長くとも約2時間以内の時点と認められる(以下,この事実を「本件事実②」という。)。
3 本件当日後の被告人の行動等について
(1) 被告人方のパソコン(以下「自宅パソコン」という。)のインターネット検索履歴について
捜査報告書等の関係証拠によれば,被告人は,平成23年2月7日午前2時16分ころから同日午前3時27分ころにかけて,被告人方において,自宅パソコンを用いて,「血の臭い 消す」「殺人懲役」「海岸 白骨」などといった語句を,インターネットで検索している事実が認められる。
(2) 被告人のアリバイ工作について
ア Dの供述について
(ア) 供述概要
被告人の元妻であるDは,捜査段階において,検察官に対し,「2月8日の夕方か夜ころ,夫が私に2月6日は,一日家にいたことにしておいてほしいということを頼んできた」旨供述をしているのに対し,公判廷においては,こうした事実はなかったとする内容の供述をしている。
(イ) 信用性判断
Dの捜査段階の供述内容は,Dが前記事実を供述するに至った経緯も含めて具体的かつ明確で格別不自然,不合理な点は見当たらない上,その内容は,被告人が,平成23年2月7日午後3時ころ,被害者の両親に対しても,本件当日の夜は被告人方にいた旨の虚偽の説明をしていた事実と整合している。
弁護人は,Dの検察官調書は,警察官による長時間にわたる威圧的な取調べに引き続いて作成されたものであり,その内容をそのまま信用することができない旨主張し,Dも,公判廷において,それに沿う供述をしている。しかしながら,前記の事実関係に関する取調べを受けた際の警察官とのやり取り等についてのD証言は,極めてあいまいであって信用性に乏しい上,検察官の取調べそのものには特段問題がなかったことをDが自認していることなどからすれば,弁護人の主張は採用できない。
以上からすると,Dの捜査段階の供述に信用性が認められるのに対し,これに反する同人の公判廷における供述には信用性が認められない。
イ 事実認定
以上のとおり,信用できるDの捜査段階の供述によれば,被告人は,平成23年2月8日ころに,Dに対し,本件当日は一日家にいたことにしてほしい旨頼んだ事実が認められる。
(3) 偽装工作の依頼について
Gは,公判廷において,平成23年2月14日から同月15日にかけて,被告人から,被害者のふりをして,被害者の職場に電話をかけてほしいと依頼された旨証言しているところ,その内容は,被告人から依頼を受けた際の状況やその前後の経緯等について,自己の心情も交えた具体的かつ明確なもので,Gが被告人から電話を受けた際に作成したメモの内容とも整合しており,十分信用できる。
したがって,被告人は,平成23年2月14日から同月15日に,被害者の関係者に対して被害者が生存しているかのように装う工作を,知人に依頼したとの事実が認められる。
4 小 括
(1) 以上のとおり,本件事実①によれば,被害者が殺害された場所は,被告人が日常的に管理,使用していた被告人車両内であること,本件事実②によれば,被害者は,被告人に会いに行く旨述べて外出してから遅くとも2時間以内に殺害されたものであることが認められ,これらのそれぞれ独立した事実は,いずれも,被告人が犯人であるとの事実と極めて強く結び付くものということができる。
(2) 他方,被告人の本件当日後の行動のうち,前記3(1)のインターネット検索は,被害者が殺害された時点と極めて近接した時期においてなされたものであり,かつ,その検索語句には,被害者が殺害され,その死体が海岸に遺棄されていることをうかがわせるものが含まれていることから,この時点で,被告人は被害者がこうした状況にあることを把握していたことをうかがわせるものであり,被告人が犯人でなければ,説明することが極めて困難な事実であるといえる。
その他,前記3(2),(3)のアリバイ工作及び偽装工作の依頼に関する事実も,被告人が犯人でなければ,あえてこうした行為に出る必要性もない行為であるという意味では,被告人が犯人でないとすれば,説明が困難な行動というべきである。
弁護人は,前記3(1)ないし(3)の事実について,これらはいずれも被告人が犯人と疑われたことから,うろたえて取ってしまった行動であるとして了解できるものと主張する。しかし,少なくとも,偽装工作の依頼は,本件当日から1週間以上経過して行われているものであるし,また,単一の行動あるいは連続した行動であるならばともかくとして,一定の時間をおいてなされたこれらの複数の行動が,全てうろたえてなされたものとみることは到底できないものと考えられる。
(3) 以上によれば,本件では,被告人が犯人であることと極めて強く結び付く本件事実①,同②が認められる一方で,インターネット検索に関する事実等,被告人が犯人でなければ説明することは極めて困難であるか,あるいは,説明が困難である事実が複数生じていることからすれば,これらの独立した事実を総合すると,本件では,特段の事情がない限り,被告人が被害者を殺害した犯人であると認めることができる。
第5被告人が被害者の死体を遺棄した犯人であるかどうか等について
前記のとおり,被告人が,被害者を殺害した犯人である事実が推定されること,平成23年2月7日午前2時16分ころ以降の時点で,自宅パソコンを用いて,「白骨化」「海岸 白骨」などを含む語句をインターネットで検索していることなどからすれば,特段の事情がない限り,被告人が,被害者の殺害後間もない時間帯に,被害者の死体を遺棄現場に遺棄した犯人であることを認めることができる。
なお,被告人が,被害者を殺害してその死体を遺棄した犯人であると推定されること,被告人方,本件店舗及び遺棄現場等の関係各所の位置関係並びに被害者の死亡推定時刻等を踏まえると,被害者が殺害された当時,被告人車両は,金沢市内又はその周辺部に駐車されていた事実も,同様に推定されるものといえる。
第6弁護人の指摘する疑問点について
1 これに対し,弁護人は,①被害者が殺害され,その死体が遺棄された際の具体的な状況が明らかではない,②被告人が,本件店舗に到着したのが本件当日午後9時30分ころであること,同日午後10時51分ころに金沢市M付近にいたことからすれば,被害者を殺害してその死体を遺棄するのは時間的に困難である,③被告人が犯人であれば,当然あるべき証拠が存在しないことなどから,被告人が被害者を殺害してその死体を遺棄した犯人であると認定することはできないなどと主張する。
2 まず,①についてみるに,弁護人は,被害者の死体の状況や被告人車両内の足跡痕等からは,被害者が殺害,遺棄された具体的な状況が明らかにならず,被告人が単独で被害者を殺害してその死体を遺棄したと認めるには疑問が残る旨主張する。しかしながら,犯行を目撃した者の証言など犯行を直接証明する証拠が存在しない本件において,犯行の具体的な態様・状況を完全に解明するのはそもそも困難であるし,前記のとおり,被害者が,被告人車両内において,刃物でその頸部を数回突き刺されて死亡したとの事実を認定できることを踏まえると,この点は,被告人が犯人であることに疑問を生じさせる事情であるとはいえない。
続いて,②についてみる。弁護人は,被告人が本件店舗に着いたのは本件当日午後9時30分ころであると主張し,被告人もそれに沿う供述をしている。しかしながら,E証言等によれば,前記第4の2(1)アのとおり,被害者が,同日午後9時ころ,本件店舗に向かう前に,Eに対し,「お兄ちゃん着いたって。」などと述べていることに加えて,E方から本件店舗までは自動車で数分の距離であることが認められることからすれば,被害者が外出した時点では,被告人は,既に,本件店舗に到着していたと認められる。さらに,同日午後10時51分ころに被告人が金沢市N周辺に所在していたことを前提としても,被告人方,本件店舗及び遺棄現場等の関係各所の位置や被害者の死亡推定時刻及び死体遺棄の犯行推定時刻には相当程度の幅があること等を踏まえれば,被告人が被害者を殺害してその死体を遺棄することは時間的に十分可能である。
③について,弁護人は,被害者車両内,遺棄現場及び被害者の死体に被告人の痕跡が確認されなかったことや被告人方,被告人の衣服や靴及び被告人車両内に被害者の毛髪等が確認されなかったことなどを挙げる。しかしながら,まず,本件で,被告人が被害者車両内に立ち入ったことをうかがわせる事情は存在しないのであるから,被害者車両内に被告人の痕跡がなくとも何ら不自然ではない。さらに,関係各箇所に残された毛髪や指紋等が被告人や被害者に由来するものであることをDNA型鑑定や指紋鑑定等により確認できなかったことが,直ちに,被告人又は被害者に由来する痕跡が,これらの関係各箇所に全く存在しなかったことまで意味するわけではなく,また,被告人がこれらの関係各箇所に所在しなかったこと,あるいは,被告人と被害者が全く接触しなかったことを示すものでもない。そうすると,弁護人の指摘する事情について,当然あるべき証拠が存在しないという評価をすることはできない。
3 小 括
以上のとおり,弁護人の指摘する疑問点は,いずれも,被告人が,被害者を殺害して,その死体を遺棄した犯人であるとの推定を揺るがす事情とはいえない。
第7強盗殺人の成否について
1 当事者の主張等
次に,被告人による被害者の殺害行為が,被害者に対する債務の支払いを免れる目的でなされたかどうかを検討する。
この点について,検察官は,被害者が,被告人に対し,株式投資資金名目で,現金800万円を渡していたこと(以下「本件事実③」ともいう。),被害者が,被告人に対し,複数回にわたり,金銭の支払いを求めていたこと(以下「本件事実④」ともいう。)から,被告人は,被害者に対する債務の支払いを免れる目的で,被害者を殺害したものであり,強盗殺人罪が成立する旨主張しているのに対し,弁護人は,本件事実③,同④の各事実はいずれも認められない旨主張しているため,以下,これらの事実の存否とそれを踏まえて,強盗殺人罪の成否について検討する。
2 本件事実③の有無について
(1) E証言や被害者の父親であるH証言及び「パーソナルコンピュータの解析結果について」と題する書面等の関係証拠からすれば,以下の事実が認定できる。
ア 被害者は,平成22年10月28日ころ,E及びHに対し,NHKのお兄ちゃんから,アメリカのある会社が新規事業を始めるとの未公開情報を入手した,海外でその株式を購入する,その会社は同年12月に入ってすぐ新規事業を始める予定であるから,同月中には元金の2倍くらいのお金が入るなどといった内容の株式投資の話を持ちかけられたので,そのための資金を貸してほしい旨申し出た。
イ Hは,その後,被害者の申出を承諾し,同年11月16日から同月17日にかけて,自らが管理する銀行口座等から金銭を引き出すなどして,現金800万円(その内訳は,被害者への貸与分等300万円と自らの出資分500万円である。)を用意し,同日昼ころ,銀行で結束した現金800万円(100万円を1束にしたもの8束)を被害者に手渡した。
ウ 被告人は,同月18日午前1時2分ころ,自らの携帯電話を用いて,現金約800万円を写真撮影した。
(2) 以上の事実経過からすると,Hが,株式投資資金として被告人に交付されることが前提となっている現金800万円を被害者に手渡した後間もない時点で,被告人は,これとほぼ同額の現金約800万円を所持していた事実が認められることから,被害者が被告人に現金800万円を交付した事実を推認できる。
他方で,(ア)金銭の授受を証明する領収書等の書面が存在しないこと,(イ)被告人の撮影した写真に写る現金の中には結束されていない一万円札が含まれていることなどの事実が認められるものの,まず,(ア)については,被告人が被害者に持ちかけたとされる株式投資の内容が,いわゆるインサイダー取引に類するものであることからすれば,領収書等が作成されなかったとしても必ずしも不自然ではないし,(イ)の点についても,結束に用いられた帯封を外すこと自体は容易であるから,この事実が,Hが用意した現金800万円と,被告人が被害者から受領した現金800万円の同一性に直ちに疑問を生じさせるものとはいえない。
なお,被告人が被害者から受領したこの800万円を株式投資に使ったことの証跡はない。
(3) 弁護人は,被告人には,株式投資をした経験がないのであるから,同人が被害者に対して株式投資を持ちかけることはありえず,被害者が,被害者の両親に虚偽の事実を述べて現金を交付させ,それを何らかの資金として流用した可能性があるかのように主張する。
しかしながら,まず,被告人が,現実に株式投資をした経験がないとしても,被害者に架空の投資話を持ちかけて,株式投資資金名目で金銭を交付させたとみることは十分可能である。
そして,E及びHの各証言中において,被害者は,同人らに対して,株式に投資するため被告人に800万円を交付したとされているところ,被害者の親しい知人であるJも,被害者が株式に投資するために父母から借り入れた分を含めて800万円をNHKの関係者に渡したことを打ち明けていたとして,E及びHの各証言と基本的部分が合致する証言をしている。そして,被害者がJに対して虚偽の事実関係を述べる必要性が乏しいことからすれば,被害者が被告人に800万円を渡したのは,被告人が被害者に対し株式投資を持ちかけたことによるものと認められる。弁護人の主張は採用できない。
(4) 小 括
以上からすれば,被害者が,被告人に対し,平成22年11月17日ころ,株式投資資金の名目で現金800万円を交付した事実(本件事実③)が認められる。
2 本件事実④の有無について
(1) 平成23年1月19日ころ以降の被害者と被告人とのやり取り等に関して,以下の事実が認められる。
ア 被害者は,平成23年1月19日ころ,被告人と会う約束をしていたものの,会うことができなかった。
イ 被害者は,同月28日ころ,被告人から,Hの受け取り分が1135万円である旨連絡を受けた。
ウ 被害者は,同月31日ころ,被告人から,電話で,銀行の手続きが間に合わず,振り込みができなかったなどと伝えられた。
エ 被害者は,同年2月5日昼ころ,被告人と会う約束をしていたが,被告人から「子供が熱を出した」旨言われて,会うことができなかった。
オ 被害者は,同年2月5日夜から本件当日未明にかけて,被告人と会っていたが,被告人から「金庫のある部屋の鍵を持っている人と連絡がつかなかった」旨言われて,金銭を受け取ることができなかった。
(2) 以上の事実は,主に,E証言,H証言及び被害者とEの間でなされた携帯電話のメール内容等に依拠するものであるところ,これらの証言ないしメールに記載された内容は,被害者が,従前,被告人に株式投資資金名目で現金800万円を渡していたこと(本件事実③)や,被告人から,平成22年12月中には元金が約2倍になるなどと伝えられていたことと整合するものであるし,被害者と被告人との間の通信状況,J証言及び被害者の友人であるI証言の内容とも矛盾がない(なお,被害者は,Eに対して,平成23年1月20日に,被告人とバーで会っていたかのような内容のメールを送信を拒絶され,結局,同月23日に,従前締結していた土地の売買していることが認められるものの,この点は,被害者が,被告人に会うことを理由に職場を離れた経緯を踏まえれば,Eを納得させるために虚偽の事実を述べたものとして十分に了解可能である。もとより,この事実は上記認定事実を左右するものではない。)。
(3) 前記(1)アないしオの事実からすれば,被害者が,平成23年1月19日ころ以降,被告人から,被害者が被告人に渡した株式投資名目の金員に対する運用益の金額について説明を受けるなどした上,複数回にわたり,元金を含む株式運用益の支払いを求めていた事実(本件事実④)が認められる。
3 強盗殺人罪の成否について
(1) 被告人が被害者に対して債務を負っていたかどうかについて
以上のとおり,被告人は,被害者に対して,架空の投資話を持ちかけて,株式運用資金の名目で現金800万円を交付させたものであるから,少なくとも,交付を受けた800万円の返還債務を負っていたことが明らかである。
(2) 被告人が被害者に対する金銭債務を免れる目的を有していたかどうかについて
ア 先に検討したとおり,被告人は,被害者に対して,現実に金銭債務を負っていた事実のほか,平成23年1月19日ころ以降,被害者に対して,株式運用益の金額等の説明をした上,被害者から,複数回にわたり,その支払いを求められていた事実,さらに,こうした経過の中で,被害者からの請求を受けても,その都度,何らかの理由をつけて,金銭の支払いを先送りにして免れてきた事実が認められる。
他方,被告人が,同年1月20日ころ,母親に対し,不動産購入資金として900万円の借金を申し込んだところ,同人にこれを拒絶され,結局,同月23日に,従前締結していた土地の売買契約を手付解除するに至っていることなどからすれば,本件当日ころに,被告人が,前記のとおり,被害者に対して支払うこととされた金員を用意する資力を有していたとは認めがたい。それにもかかわらず,被告人は,本件当日,被害者に対して,金銭が用意できたと虚偽の事実を伝えた上で,同人を本件店舗まで呼び出したことがうかがわれる。
イ これらの被害者と被告人の間の交渉の経過と被告人の対応状況,本件当時の被告人の資力等の事実などからすれば,被告人が,本件当日,被害者を本件店舗まで呼び出した時点においては,具体的なものとまではいえないとしても,少なくとも,被害者に対する債務の支払いを免れるために,成り行きによっては,被害者を殺害するのもやむを得ないとの意思を有していたものとみるのが自然である。
(3) 小 括
以上のとおり,被告人が,本件当日,被害者を呼び出した時点で,被害者に対する債務の支払いを免れるために,被害者を殺害するのもやむを得ないとの意思を有していたことが認められる以上,その後,現に,被告人が,被害者を殺害することにより,被害者が被告人に対して支払いを求めることが不可能になったといえるのであるから,被告人において,被害者を殺害する時点で,それによって被害者に対する金員の支払いを免れて,財産上不法な利益を得るとの意思を有していたといえることもまた明らかである。
したがって,判示第1の事実について,特段の事情がない限り,被告人に強盗殺人罪が成立することが認められる。
第8被告人の公判供述について
1 被告人は,公判廷において,自分は被害者を殺害しておらず,その死体を遺棄したこともない,本件各犯行は,被告人に対して,金銭を支払うよう脅していた被害者の元交際相手とされる人物(以下「X」という。)らによってなされたものと考えられ,自分は巻き込まれただけにすぎないなどと供述する。
2 しかしながら,まず,本件で取り調べられた全証拠をみても,Xらが実在したことをうかがわせるものは,被告人の供述以外には存在しない。また,Xと知り合うに至った経緯についての供述内容は,初対面のXから,唐突に500万円を渡されたなどというもので,余りにも不自然であり,到底信用できない。このように,Xと知り合った経緯についての供述が信用しがたい以上,その後のXとのやり取り等についての供述も同様に信用しがたいといわざるを得ない。
以上からすると,結局,Xらに関する被告人の公判供述は,全体として信用性が乏しく,被告人が,被害者に対する債務の支払いを免れる目的で,被害者を殺害して財産上不法な利益を得た上,被害者の死体を遺棄した犯人であるとの推定を覆すに足りるものではない。
第9結 論
1 これまで検討してきたとおり,被告人が,被害者に対する債務の支払いを免れる目的で,被害者を殺害して,その死体を遺棄した犯人であることが,特段の事情がない限り,認められる。そして,弁護人の指摘する疑問点や被告人の公判供述が,この推定を覆すに足りるものではないことは前記のとおりであるから,被告人が,被害者に対する債務の支払いを免れる目的で,被害者を殺害して財産上不法な利益を得た事実(判示第1の事実),被害者の死体を遺棄現場に遺棄した事実(判示第2の事実)が認定できる。
2 以上の次第で,判示のとおり認定した。
(量刑の理由)
1 まず,本件の量刑判断の中核となる強盗殺人の犯行に関する事情についてみる。被告人は,被害者に対し,刃渡り約十数センチメートルに及ぶ刃物で,数回,その頸部を突き刺しており,被害者に対する殺意の程度も強い。そして,犯行の動機は,被害者から株式投資のための資金名目で受領した金銭を,宝くじ等に費消し,同人に対する債務の支払いが困難になったことから,その支払いを免れる目的で,犯行に及んだという甚だ自己中心的なものである。
2 続いて,その他の事情についてみる。被告人は,犯行後,アリバイ工作や偽装工作等の罪証隠滅行為に及んだ上,逮捕・起訴された以降も,一貫して犯行を否認し,この期に及んでもなお,自らの犯した罪から目をそむけ続けているのであって,反省の態度は全く見られない。
3 以上からすれば,前科前歴がないことなど被告人にとって有利な事情を最大限考慮しても,本件において,酌量減軽する理由はおよそ見いだせない。そこで,被告人に対しては,主文の刑を科することとして,残りの人生全てでもって,その罪を償わせるのが相当であるとの判断に至った。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑 無期懲役)
(裁判長裁判官 神坂尚 裁判官 辛島靖崇 裁判官 三嶋朋典)