大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

金沢地方裁判所 平成24年(ワ)168号 判決 2014年9月30日

本訴原告・反訴被告

同訴訟代理人弁護士

飯盛和彦

本訴被告・反訴原告

有限会社Y

同代表者取締役

同訴訟代理人弁護士

屶網大介

主文

「1 被告は、原告に対し、107万3087円及びこれに対する平成23年6月26日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員を支払え。

2 被告は、原告に対し、102万1863円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

3 原告のその余の本訴請求を棄却する。

4 被告の反訴請求を棄却する。

5 訴訟費用のうち、本訴について生じた費用は、これを20分し、その1を原告の負担とし、その余を被告の負担とし、反訴について生じた費用は、被告の負担とする。

6 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。」

事実及び理由

「1 争点(1)(被告が原告に対して支払うべき時間外労働等手当の額)について

(1)  本件店舗の営業時間

原告が本件店舗に就労し始めた頃の同店舗の営業時間は、平日は午前11時30分から午後2時30分まで及び午後6時から午後10時30分まで、土曜日・日曜日・祝日は午前11時30分から午後3時30分まで及び午後6時から午後10時30分までであったことにつき、当事者間に争いがない。

原告は、平成22年10月頃から、本件店舗の営業時間が変更されたと主張しているところ、証拠(証拠・人証<省略>、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、同月以降の土曜日・日曜日・祝日に関しては、午前11時30分よりも前から喫茶の営業をしていた期間があったことが認められる(なお、被告は、本件ノート<原告が記録したノート>の記載内容が信用できないと主張するが、原告は、その都度、出勤時刻、退勤時刻、休憩開始時刻及び休憩終了時刻やその日の出来事等を本件ノートに記載していたと供述しており、その記載状況や記載内容の詳細さなどに照らすと、本件ノートの記載内容は信用できるというべきである。)。

また、証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば、平成22年11月6日は午後5時30分開始のディナー客の予約があったこと、同年12月12日は午後5時45分頃に、平成23年1月22日には午後4時53分頃に、同年2月3日及び同月17日には午後5時45分頃に、それぞれディナー客の来店があったこと、同日には午後4時40分に喫茶の客が来店したことが認められる上、原告の供述も併せ考慮すれば、平成22年10月1日以降の午後の開店時刻は、午後5時30分であったと認められる。

これに対し、被告は、午後の開店時刻は午後6時からであるとして、証拠<省略>を提出しているが、これは平成24年の本件店舗の営業時間に関するものであるから、前記認定を覆すものではない。

(2)  原告の出退勤時刻

被告が従業員の出勤時刻及び退勤時刻をタイムカードにより記録していたことは、当事者間に争いがない。そして、弁論の全趣旨によれば、原告のタイムカードに打刻されている出勤時刻及び退勤時刻は、本件ノートに記載のとおりであると認められる。

(3)  原告の作業内容

証拠(人証<省略>、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件店舗において、別紙2店での1日の作業の流れ<省略>の記載のとおり、各時間帯に各作業に従事していたこと、原告には作業内容や作業方法に関して裁量が与えられていたことが認められる。

これに対し、被告は、別紙3原告の作業分析<省略>のとおり、原告の作業の多くは、本件店舗の営業時間内にできるものや、原告以外の者が行うべきもの、原告と他の従業員で分担して行うものであると主張する。

しかし、証拠(原告本人、被告代表者本人)及び弁論の全趣旨によれば、被告代表者は、本件店舗の運営のほとんどをB料理長に任せており、原告の仕事の内容や方法につき明確な指示を与えていなかったこと、原告は、B料理長の指示に従って作業をしていたこと、被告代表者及びB料理長は原告の仕事ぶりを認識しながら、これに異議を唱えていたわけではなかったことが認められ、原告が被告の意に反して各作業をしていたとまでは認められない。

そうすると、原告の前記作業は、被告の明示又は黙示の指示に基づくものというべきである。

(4)  原告の労働時間

ア  始業時刻及び終業時刻

(ア)  労働基準法32条の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、この労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれているか否かにより客観的に定まるところ、使用者には、労働者の労働時間を適正に把握する義務が課されていると解されることからすれば、使用者がタイムカードによって労働時間を管理していた場合には、これと異なる認定をすべき特段の事情が認められない限り、タイムカードに打刻された時刻に従って、労働者の労働時間を認定するのが相当である。

(イ)  これを本件についてみると、証拠(原告本人、被告代表者本人)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、原告に対して出退勤時にタイムカードの打刻をさせており、実際に原告のタイムカードが継続して打刻されていたこと、タイムカードレコーダーのインクの交換はされていなかったものの、打刻された時刻を読み取ることは可能であり、被告は原告のタイムカードの打刻状況を確認していたこと、被告がタイムカード以外に原告の労働時間を適正に把握する方策をとっていなかったことが認められる。

これらの事実に照らすと、被告は、タイムカードによって、原告の出退勤の事実を確認するだけではなく、原告の労働時間を管理していたものと認められるから、原則として、タイムカードに打刻された時刻に従って、原告の労働時間を認定すべきである。

(ウ)  そうすると、原告の始業時刻は、原則として、タイムカードに打刻された出勤時刻に従って認定し、原告主張の始業時刻がタイムカードに打刻された時刻よりも遅い場合はその時刻を始業時刻と認定するのが相当である。

これに対し、被告は、原告に対して午前11時20分より前に出勤するように指示したことはなく、原告が自主的に早めに出勤していたにすぎないと主張する。

しかし、原告は、B料理長の指示に従って出勤していたと供述している上、指示もないのに原告が敢えて自主的にこれほど早く出勤する理由が見当たらないこと、被告代表者は、原告に対する指揮命令の多くをB料理長に任せていたこと、前記(1)のとおり、本件店舗の開店時刻が午前11時30分よりも早い日もあり、B料理長が開店前の準備のため、原告に対し、タイムカードに打刻された出勤時刻に出勤するように指示したとしても不自然ではないことなどからすれば、原告は、B料理長から指示された時刻に出勤していたものと認められる。

そのうえ、被告代表者は、タイムカードを確認して原告の出勤時刻を把握しながら、原告に対し、出勤時刻が早すぎる旨の注意をしたり、原告による開店準備作業を制限したりしたことがないことを認めている。

このように、原告は、被告の明示の指示に基づき、タイムカードに打刻された出勤時刻に出勤して労働を開始していたと認められるから、被告の主張は採用することができない。

(エ)  原告の終業時刻も、始業時刻と同様、原則として、タイムカードに打刻された退勤時刻に従って認定し、原告主張の終業時刻がタイムカードに打刻された時刻よりも早い場合はその時刻を終業時刻と認定するのが相当である。

もっとも、原告は、終業時刻に関して、被告の原告に対する明確な指示はなく、作業内容や作業方法に関する裁量が与えられていたことを認めており(原告本人)、時間外労働の有無やその時間は、作業効率や作業方法等によって大きく左右されるほか、ディナー客の来店があっても本件店舗の午後の営業時間が終了する午後10時30分以前に原告が退勤している日も存在する(証拠<省略>、弁論の全趣旨)。

そうすると、ディナー客の来店がなかった日については、遅くとも午後10時30分を終業時刻と認めるのが相当である(ただし、平成23年2月13日は、被告の黙示の時間外労働の指示があったと認められるから、午後11時を終業時刻と認める。)。

これに対し、被告は、原告に対して残業を指示したことはなく、原告が不必要な作業をしたり、営業時間内にできる作業を営業時間外にしたりして、自主的に遅めに退勤していたにすぎないなどと主張する。

しかし、証拠(人証<省略>、原告本人、被告代表者本人)及び弁論の全趣旨によれば、被告代表者は、タイムカードを確認して原告の退勤時刻を確認しながら、原告に対し、不必要な作業をしていたり、営業時間内にできる作業を営業時間外にしているなどとして注意したことはなかったこと、本件店舗では営業時間を過ぎても、夜中まで客に対して退店を促すことはなかったこと、客が店内にいる場合には原告がやるべき作業のすべてを営業時間内に終えることができるとは限らないことが認められる。

よって、原告は、前記のディナー客の来店がなかった日を除き、被告の黙示の指示に基づき、タイムカードに打刻された退勤時刻まで労働していたと認められるから、被告の主張は採用することができない。

イ  休憩時間

原告の休憩時間については、タイムカードの打刻はなく、本件ノートが存在するのみである。

そして、証拠(人証<省略>、原告本人)によれば、本件店舗ではランチの営業時間が過ぎても、客に対して退店を促すことはなかったことが認められるほか、そもそも被告において原告の労働時間を把握して管理する義務があるのに、これを怠っていたことによる不利益を原告に課すのは相当ではないため、休憩開始時刻は、原則として、本件ノートの記載に従って認めるのが相当である。

休憩終了時刻については、原告自身、B料理長や被告代表者から指示されていたわけではないと認めていること(原告本人)、午後の開店準備時間は作業効率や作業方法によって異なり、原告には作業方法に関する裁量が与えられていた上、弁論の全趣旨によれば、本件店舗における午後の開店準備には30分程度あれば通常は足りると認められることなどからすれば、特段の事情がある場合を除き、原則として、午後の開店時刻の30分前(平成22年7月16日から同年9月30日までは午後5時30分、同年10月1日以降は午後5時)を休憩終了時刻と認め、その時刻よりも原告主張の休憩時刻が遅い場合は原告主張の時刻を休憩終了時刻と認めるのが相当である。

そして、予約客のための準備等が必要であったと認められる場合は、原則として、午後の開店時刻の1時間前の時刻を休憩終了時刻と認め、その時刻よりも原告主張の休憩終了時刻が遅い場合は原告主張の時刻を休憩終了時刻と認めるのが相当である。

そのほか、証拠<省略>及び弁論の全趣旨により、前記以外の休憩終了時刻を認定すべき特段の事情が認められる場合は、適宜修正して認定する。

ウ  以上を前提に、原告の労働時間を認定すると、別紙1時間外労働等手当計算書の「裁判所の認定」欄記載のとおりとなる。

(5)  原告の時間外労働等手当の額

前記第2の2<前提事実>(2)のとおり、原告の賃金は月額12万5000円であり、月平均所定労働時間は、191時間(365日÷7日×44時間÷12か月[1時間未満切捨て])となる。

月平均所定労働時間で除して算出される原告の賃金の時間額は、654円(1円未満切捨て)となるが、これは、前記第2の2(5)の石川県の最低賃金時間額(平成22年7月16日から同年10月29日までの間は674円、同年10月30日から平成23年6月12日までの間は686円)を下回るため、かかる最低賃金時間額を時間外労働等手当の計算に際しての基礎賃金の単価とすべきである(ただし、原告は、平成22年10月30日から同年11月4日までの間の最低賃金時間額を674円として請求しているので、原告の請求に従って計算する。)

そして、これに前記(5)で認定した原告の労働時間及び労働基準法37条所定の割増賃金の割増率を乗じて、原告の時間外労働等手当の額を計算すると、時間外労働手当は、94万6088円(=2万5747分×674円/60分×1.25+4万0902分×686円/60分×1.25)、深夜労働手当は、7万5775円(=1万2327分×674円/60分×0.25+1万4399分×686円/60分×0.25)となる(なお、50銭未満を切り捨て、50銭以上を切り上げて計算する。)。

よって、原告は、被告に対し、時間外労働等手当として、合計102万1863円の支払を請求することができる。

2 争点(2)(被告が原告に対して支払うべき最低賃金額との差額)について

前記1(5)のとおり、月平均所定労働時間で除して算出される原告の賃金の時間額は、前記第2の2(5)の石川県の最低賃金時間額を下回るものであった。

ところで、使用者は、労働者に対し、最低賃金額以上の賃金を支払わなければならず(最低賃金法4条1項)、労働者と使用者との間の労働契約で最低賃金額に達しない賃金を定めるものは、その部分につき無効とされ、無効となった部分は最低賃金と同様の定めをしたものとみなされる(同条2項)。

よって、原告は、被告に対し、法定内時間労働に関して、最低賃金額と受領した賃金の差額を請求することができる。

平成22年7月16日から同年11月4日までの間の法定内総労働時間は、別紙1時間外労働等手当計算書のとおり、704時間であるから、最低賃金額との差額は、1万4080円(=[674円-654円]×704時間)となる(なお、原告は、同年10月30日から同年11月4日までの間の最低賃金時間額を674円として計算して請求しているので、原告の請求どおり認定する。)。

また、同月5日から平成23年6月12日までの間の法定内総労働時間は、同別紙のとおり、1160時間45分であるから、最低賃金額との差額は3万7144円(=[686円-654円]×1160時間45分)となる。

したがって、原告は、被告に対し、最低賃金額との差額合計5万1224円を請求することができる。

3 争点(3)(被告に対して付加金の支払を命じることの要否)について

証拠(被告代表者本人)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、原告に対して当初から時間外労働等手当を支払う意思を全く有しておらず、原告の労働時間を適切に把握していなかったことが認められる上、現時点においても被告に時間外労働等手当を支払う意思があるとは窺われない。

そうすると、被告が原告に対し、平成23年11月14日、時間外労働等手当及び最低賃金との差額の合計として77万5767円の支払を試みたこと(証拠<省略>)を考慮しても、本件では、被告に対し、労働基準法114条の付加金として102万1863円の支払を命ずるのが相当である。

4 本訴のまとめ

前記1から3によれば、原告は、被告に対し、時間外労働等手当及び最低賃金との差額の合計107万3087円並びにこれに対する退職日後の賃金の支払期日の翌日である平成23年6月26日から支払済みまで賃確法6条1項、同法施行令1条所定の年14.6パーセントの割合による遅延損害金と、付加金102万1863円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5パーセントの割合による遅延損害金の各支払を求めることができる。

5 争点(4)(原告の労働契約上の債務不履行の存否及び被告の損害額)について

(1)  被告は、原告がa社のスタッフに対し、不遜な態度をとったこと、原告が発作の持病を被告に告知していなかったことが労働契約上の債務不履行に該当すると主張する。

しかし、原告は、a社のスタッフに対して不遜な態度をとった事実を否認している上、これを裏付ける客観的証拠はない。

また、原告がa社の紹介を受けたブライダルの宴会の準備中に発作を起こして転倒した事実は、当事者間に争いがないものの、原告が発作の持病の存在を認識していたという客観的証拠はなく、原告が被告に対してこの点に関する告知義務を負っていたということはできない。

よって、原告の労働契約上の債務不履行があったとは認められない。

(2)  また、被告は、原告が勝手に閉店の札を掲げたり、メニューボードを隠したりして被告の従業員として忠実に職務を遂行する義務に違反したため、被告の売上が減少したと主張する。

しかし、原告は、本件店舗の来客数が多すぎて、適切な給仕ができない場合に本件店舗のメニューボードを片付けたことがあったと供述しているのであって、かかる行為は、被告の従業員として忠実に職務を遂行する義務に違反するものとはいい難い。

また、一般的に、飲食店の来客数は、その日の天候や曜日等によって大きく左右されるというべきであるから、原告が閉店の札を掲げたり、メニューボードを片付けたりした行為と、被告の売上の減少との間に、相当因果関係があるとは認められない。

よって、原告の労働契約上の債務不履行があったとは認められない。

(3)  これに対し、原告がボトルワインの代金を誤って請求した事実は、当事者間に争いがない。

ボトルワインの代金を誤って請求した原告の行為は、過失に基づくものではあるものの、原告は同様のミスを繰り返していたわけではないこと、被告は原告を本件店舗の業務に従事させ、その労働により収益を上げているにもかかわらず、その中で生じる損害をすべて原告に転嫁するのは不当であること、被告において従業員が飲食代金の計算を誤って請求することは十分予見できるのに、これに対する特段の予防策をとっていなかったこと、被告においてこれまで従業員が損害を発生させた場合に従業員に損害賠償を請求していた事実は認められないことなどに照らすと、被告は、原告に対し、信義則上、損害賠償を請求できないと解するのが相当である。

(4)  したがって、被告は、原告に対し、労働契約の債務不履行に基づく損害賠償を請求することはできない。」

6 結論

「以上によれば、原告の本訴請求は、前記の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、被告の反訴請求は、理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。」

(裁判官 千葉沙織)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例