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金沢地方裁判所 平成24年(行ウ)1号 判決 2014年9月29日

主文

1  石川県公安委員会が、原告に対して、平成23年9月29日付けで行った店舗型性風俗特殊営業1号個室付浴場業の廃止命令処分を取り消す。

2  石川県公安委員会が、原告に対して、平成23年9月29日付けで行った浴場業営業の営業停止命令処分を取り消す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

主文同旨

第2事案の概要

1  本件は、石川県公安委員会から店舗型性風俗特殊営業の廃止命令及び浴場業営業の停止命令を受けた原告が、石川県公安委員会が所属する地方公共団体である被告を相手方として、これらの処分の取消しを求めた事案である。

2  前提事実等

(1)  当事者等

ア 原告は有限会社であり、昭和59年6月30日付けで公衆浴場法2条1項に基づく許可を受け、また、昭和60年3月12日付けで店舗型性風俗特殊営業の届出書を提出して、原告の本店で、個室付浴場(いわゆるソープランド)「a店(直接指定のある箇所を除く)」(以下「本件施設」という。)を営業していたものである(甲10、11、弁論の全趣旨)。

イ 被告は、石川県公安委員会が所属する地方公共団体である(顕著な事実)。

(2)  原告に対する行政処分

石川県公安委員会は、平成23年9月29日付けで、原告に対し、風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(以下「風営法」という。)30条2項に基づき、原告が本件施設を用いて営む店舗型性風俗特殊営業1号個室付浴場業の廃止を命じる(以下「本件廃止命令」という。)とともに、風営法30条3項に基づき、原告が本件施設を用いて営む浴場業営業の全部について、行政処分決定書の受領日から8か月間の営業停止を命じた(以下「本件営業停止命令」といい、本件廃止命令とあわせて「本件処分」という。甲1、弁論の全趣旨)。

(3)  関係法令等の定め

ア 風営法(特に明記しない限り、この節で引用する条文は風営法のものである。)

① この法律において「店舗型性風俗特殊営業」とは、次の各号のいずれかに該当する営業をいう(2条6項)。

一 浴場業(公衆浴場法1条1項に規定する公衆浴場を業として経営することをいう。)の施設として個室を設け、当該個室において異性の客に接触する役務を提供する営業

② 公安委員会は、3条1項の許可を受けようとする者が次の各号のいずれかに該当するときは、許可をしてはならない(4条)。

二 1年以上の懲役若しくは禁錮の刑に処せられ、又は次に掲げる罪を犯して1年未満の懲役若しくは罰金の刑に処せられ、その執行を終わり、又は執行を受けることがなくなった日から起算して5年を経過しない者

ニ 売春防止法2章の罪

③ 店舗型性風俗特殊営業を営もうとする者は、店舗型性風俗特殊営業の種別(2条6項各号に規定する店舗型性風俗特殊営業の種別をいう。以下同じ。)に応じて、営業所ごとに、当該営業所の所在地を管轄する公安委員会に、次の事項を記載した届出書を提出しなければならない(27条1項)。

一 氏名又は名称及び住所並びに法人にあっては、その代表者の氏名

二 営業所の名称及び所在地

三 店舗型性風俗特殊営業の種別

四 営業所の構造及び設備の概要

五 営業所における業務の実施を統括管理する者の氏名及び住所

④ 店舗型性風俗特殊営業は、一団地の官公庁施設(官公庁施設の建設等に関する法律2条4項に規定するものをいう。)、学校(学校教育法1条に規定するものをいう。)、図書館(図書館法2条1項に規定するものをいう。)若しくは児童福祉施設(児童福祉法7条1項に規定するものをいう。)又はその他の施設でその周辺における善良の風俗若しくは清浄な風俗環境を害する行為若しくは少年の健全な育成に障害を及ぼす行為を防止する必要のあるものとして都道府県の条例で定めるものの敷地(これらの用に供するものと決定した土地を含む。)の周囲200メートルの区域内においては、これを営んではならない(28条1項)。

⑤ 28条1項に定めるもののほか、都道府県は、善良の風俗若しくは清浄な風俗環境を害する行為又は少年の健全な育成に障害を及ぼす行為を防止するため必要があるときは、条例により、地域を定めて、店舗型性風俗特殊営業を営むことを禁止することができる(28条2項)。

⑥ 28条1項の規定又は2項の規定に基づく条例の規定は、これらの規定の施行又は適用の際現に27条1項の届出書を提出して店舗型性風俗特殊営業を営んでいる者の当該店舗型性風俗特殊営業については、適用しない(28条3項)。

⑦ 公安委員会は、店舗型性風俗特殊営業を営む者若しくはその代理人等が当該営業に関し風営法に規定する罪(49条5号及び6号の罪を除く。)若しくは4条1項2号ロからヘまで、チ、リ、ル若しくはヲに掲げる罪に当たる違法な行為その他善良の風俗を害し若しくは少年の健全な育成に障害を及ぼす重大な不正行為で政令で定めるものをしたとき、又は店舗型性風俗特殊営業を営む者が風営法に基づく処分に違反したときは、当該店舗型性風俗特殊営業を営む者に対し、当該施設を用いて営む店舗型性風俗特殊営業について、8月を超えない範囲内で期間を定めて当該店舗型性風俗特殊営業の全部又は一部の停止を命ずることができる(30条1項)。

⑧ 公安委員会は、30条1項の場合において、当該店舗型性風俗特殊営業を営む者が28条1項の規定又は同条2項の規定に基づく条例の規定により店舗型性風俗特殊営業を営んではならないこととされる区域又は地域において店舗型性風俗特殊営業を営む者であるときは、その者に対し、30条1項の規定による停止の命令に代えて、当該施設を用いて営む店舗型性風俗特殊営業の廃止を命ずることができる(30条2項)。

⑨ 公安委員会は、30条1項及び2項の規定により店舗型性風俗特殊営業(2条6項1号、3号又は4号の営業に限る。以下この項において同じ。)の停止又は廃止を命ずるときは、当該店舗型性風俗特殊営業を営む者に対し、当該施設を用いて営む浴場業営業(公衆浴場法2条1項の許可を受けて営む営業をいう。以下同じ。)、興行場営業(興行場法2条1項の許可を受けて営む営業をいう。以下同じ。)又は旅館業(旅館業法3条1項の許可を受けて営む営業をいう。以下同じ。)について、8月(1項の規定により店舗型性風俗特殊営業の停止を命ずるときは、その停止の期間)を超えない範囲内で期間を定めて営業の全部又は一部の停止を命ずることができる(30条3項)。

イ 売春防止法

売春を行う場所を提供することを業とした者は、7年以下の懲役及び30万円以下の罰金に処する(11条2項)。

ウ 石川県風俗営業等の規制及び業務の適性化等に関する法律施行条例(以下「本件条例」という。乙10)

店舗型性風俗特殊営業は、次の各号に掲げる営業の区分に応じ、当該各号に規定する地域においては、営んではならない(11条)。

一 風営法2条6項1号及び2号に規定する営業

別表第一に掲げる地域(別表第一には、石川県下の全市町村が掲げられている。)

エ 風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律に基づく不利益処分の基準等に関する規程(以下「本件規程」という。乙11)

① 取消し又は営業停止命令(法26条2項又は法30条3項の規定に基づく場合を除く。)の量定(以下単に「量定」という。)の区分及び各処分事由に係る量定は、別表(以下「量定表」という。)に定めるところによるものとする(12条。量定表2(19)より、店舗型性風俗特殊営業を営む者に売春防止法違反があった場合の量定は8月の営業停止命令である。)。

② 営業廃止命令は、12条及び16条から18条までに定めるところにより、量定の長期が8月に達した場合で、19条2号の表に掲げる処分を加重すべき事由が複数あり、又はその程度が著しい等の事情から、再び法令違反行為を繰り返すおそれが強い等営業禁止区域等において営業を継続させることが妥当でないと判断されるときに行うものとする(14条)。

オ 聴聞、意見聴取及び意見の聴取を主宰する職員の指名に関する訓令(以下「本件訓令」という。乙31)

行政手続法第19条第1項並びに聴聞及び弁明の機会の付与に関する規則第3条第2項及びストーカー行為等の規制に関する法律の規定に基づく意見の聴取の実施に関する規則(平成12年国家公安委員会規則第19号)第2条の規定に基づき、聴聞及び意見の聴取を主宰する職員を次のとおり指名する。

(1) 生活安全部生活安全企画課長の職にある者

(2) 生活安全部生活安全企画課次席の職にある者

(3) 生活安全部少年課長の職にある者

(4)  生活安全部少年課次席の職にある者

カ 石川県公安委員会事務専決規程(以下「本県専決規程」という。乙30)

石川県警察本部長は、公安委員会の権限に属する事務である、行政手続法19条の規定による聴聞を主宰する職員の指名に関する事項を専決することができる(2条、別表1)。

石川県警察本部長は、本県専決規程2条に定める専決事務のうち、定例又は軽易なものを石川県警察本部の部、課、隊、校の長又は警察署長に専決させることができる(3条)。

第3争点及び当事者の主張

本件の争点は、本件処分の違法性であり、具体的には、①本件処分は根拠となる条例の地域指定が違憲ないし違法で無効であるから違法か、②本件処分の原因となる事実は認定できるか、③本件規程の処分原因となる事実への当てはめは適切か、④本件で廃止命令を選択することは比例原則に違反するか、⑤本件で廃止命令を選択することは平等原則に違反するか、⑥本件処分は適切な証拠評価によらずに処分の原因となる事実を認定したものか、⑦本件処分に先立つ聴聞の主宰者の選定に瑕疵はあるか、⑧本件処分の理由の提示に瑕疵はあるか、⑨本件処分は処分庁が権限を濫用したものでないかの各点である。

1  本件処分は根拠となる条例の地域指定が違憲ないし違法で無効であるから違法か(争点①)。

(1)  原告の主張

本件条例11条1項1号は、風営法28条2項を受けて、石川県下の全域を店舗型性風俗特殊営業が禁止される地域と定めている。

しかし、風営法28条2項による禁止地域の指定は、風営法28条1項の禁止区域の指定に準じる限定的個別的なものであるべきところ、本件条例11条1項1号は性風俗特殊営業と地域の観光産業との結び付きを考慮せずに、一般的包括的な規制を加えている。

したがって、本件条例11条1項1号は、営業の自由を保障した憲法22条1項に違反し、または禁止地域の個別的指定を予定した風営法に反するから、無効である。

このように、本件条例11条1項1号による地域指定は無効であるから、有効な地域指定があることを前提に風営法30条2項を適用した本件処分は違法である。

(2)  被告の主張

風営法28条2項のもと、店舗型性風俗特殊営業の禁止地域をどのように定めるかは、都道府県ごとの判断に委ねられている。被告が石川県下全域を店舗型性風俗特殊営業の禁止地域としたのは、悪質な売春行為が行われやすい個室付浴室業を廃止することにより、売春行為を撲滅せんとする政策判断の結果であり、公共の福祉による合理的な制限であるから、本件条例11条1項1号が違憲ないし違法との批判は当たらない。

2  本件処分の原因となる事実は認定できるか(争点②)。

(1)  原告の主張

本件施設が強制捜査を受けた際、原告の取締役を務めていたAが、原告の従業員と共謀の上、売春婦が遊客を相手に売春をするに際して、そのことを知りながら、299回にわたり、本件施設の個室を貸与して使用させたとの本件処分の行政処分決定書(甲1)記載の違反事実を認めるに足る証拠は存在しない。

すなわち、本件施設で売春行為がされたことを認定できるとしても、せいぜい強制捜査の日に確認できた数例に限られる。また、Aの知情性も認定することができない。

(2)  被告の主張

本件処分の原因となる事実と同様の犯罪事実を認定した、原告及びAが訴追された刑事事件の第一審判決は、上級審でも支持されて確定している。本件処分の原因となる事実は合理的に認定できるのであり、原告の主張は失当である。

3  本件規程の処分原因となる事実への当てはめは適切か(争点③)。

(1)  原告の主張

石川県公安委員会は、本件の違反事実について、本件規程19条2号の表の加重事由のうち、「ハ 処分事由に係る行為の態様が著しく悪質であること」と「ニ 従業員の大多数が法令違反行為に加担していること」の2つがあるとして本件処分をしたものであるが、これらの加重事由はいずれも本件では認められない。

廃止命令の影響力の大きさに鑑みれば、廃止命令の要件である加重事由への当てはめは厳格になされるべきである。しかし、本件では原告とAが訴追された刑事事件の起訴状記載の公訴事実に対する形式的な当てはめをしただけで加重事由があるとの判断がされているのであり、加重事由について適切な当てはめがされているとはいえない。

また、実体的にも、本件で加重事由があるとは認められない。

すなわち、Aには、本件施設で働いていたソープ嬢が売春行為を行うことについてせいぜい抽象的な認識しかなく、売春行為を行うかはソープ嬢と遊客の関係次第であった。加えて、本件施設と、周辺にある同種施設(いわゆるソープランド)に、部屋数、従業員数、宣伝活動、入浴料、営業期間等で顕著な違いがあったわけでもない。よって、本件は「処分事由に係る行為の態様が著しく悪質である」とはいえない。

また、ソープ嬢以外の従業員が行っていた業務は通常の宿泊施設と変わらないもので、これら従業員が意識的に売春行為に加担したことはないのであるから、「従業員の大多数が法令違反行為に加担している」ともいえない。

このように、複数の加重事由があるとはいえない本件で廃止命令を選択することはできず、本件廃止命令は違法である。

なお、原告には却って「具体的な営業の改善措置を自主的に行っていること」という軽減事由が認められるから、上記の加重事由がいずれも認められたとしても、廃止命令を選択することが許されるわけではない。

(2)  被告の主張

売春防止法違反という本件の違反事実が既に悪質である上、場所提供業は同法の中でも重い罪として規定されている。本件施設は○○温泉の中心部に所在する、浴室付き個室4室を備える堂々たる建物であり、原告が常時30名以上の売春婦と専属契約を締結し、ホームページで広く宣伝をして営業していたことも加味すれば、本件の処分の原因となる事実は「処分事由に係る行為の態様が著しく悪質である」といえる。

また、個室付浴場業の性格からすれば、売春行為がされることは従業員にとっても暗黙の了解であると推認される上に、本件施設の各従業員の職務内容からすると、ソープ嬢以外の従業員も本件施設で売春行為が行われることを認識していたと解されるから、本件の処分の原因となる事実は「従業員の大多数が法令違反行為に加担している」といえる。

したがって、本件では本件規程19条2号の表所定の複数の加重事由が存在するから、原告に対する処分として廃止命令を選択することは許されるのであり、本件廃止命令は違法ではない。

4  本件で廃止命令を選択することは比例原則に違反するか(争点④)。

(1)  原告の主張

本件施設の所在する○○温泉は、ソープランドが林立し温泉経済に貢献している地域であり、風俗営業を禁止すべき要請が低い地域である。したがって、原告に違反事実があるとしても、違反行為が著しく悪質でない限り廃止命令を選択するのは相当性を欠くというべきである。本件の違反事実は著しく悪質であるとまではいえず、本件で廃止命令を選択することは相当性を欠くから、本件処分は違法である。

(2)  被告の主張

性風俗環境を浄化する必要があることは、温泉地域であるか否かに関係なく同様であり、原告の主張は失当である。

5  本件で廃止命令を選択することは平等原則に違反するか(争点⑤)。

(1)  原告の主張

本件で廃止命令が選択されていることは、廃止命令が出された他県の事例と比較しても均衡性を欠いており(送付嘱託の結果によれば、場所提供業で廃止命令が出されたのは、検挙事例のうちの約2割でしかなく、多くは営業停止命令をするにとどめている。)、本件より悪質性の強い事例でも、営業停止命令が出されているに過ぎない例も多数ある。さらに、場所提供業より悪質性の強い管理売春では、廃止命令が出た事例は確認されなかった。

したがって、本件で廃止命令が選択されたことは、平等原則に反するから、本件処分は違法である。

(2)  被告の主張

各都道府県の公安委員会は、本件規程と同様の処分基準を運用している。処分庁が都道府県ごとに異なる以上、地域によって処分の軽重に違いが生じることはやむを得ないが、本件規程を運用して処分している限り、他県の事例との比較において、平等原則に違反するような甚だしい処分量定の不均衡が生じることはない。

6  本件処分は適切な証拠評価によらずに処分の原因となる事実を認定したものか(争点⑥)。

(1)  原告の主張

本件処分の原因となる事実である売春防止法11条2項違反の事実は、行政処分を課すための要件であるだけでなく、犯罪の構成要件事実でもあるのであるから、行政庁がこの事実を認定するときは、明確な証拠に基づく必要があり、かつ、処分の名あて人となる原告に、証拠について反論する機会が与えられなければならない。これは、憲法31条が要請するところでもある。

しかし、本件では具体的な証拠を参照せずに、本件処分の原因となる事実が行政庁によって認定されている。被告が主張するように、起訴状や刑事事件の判決が参照されていたとしても、これらは犯罪事実に関する検察庁や裁判所の最低限の認識を記載したものに過ぎず、加重事由の存否といった、違反事実以外の点も争いになり得る行政処分における事実認定の証拠となるものではない。また、本件処分前の聴聞においてAは、事実認定に用いられるべき具体的証拠を開示してそれに関する意見を述べる機会を与えるよう訴えたが、このような機会は与えられなかった。

したがって、本件処分は適切な証拠評価によらない事実認定に基づいてされたものであるから、違法である。

(2)  被告の主張

行政処分をする前提としての事実認定に、刑事訴訟に見られるような証拠法則はない。

また、本件処分の原因となる事実を認定するに当たっては、同一の事実に関する事件である、原告及びAに対する刑事事件の起訴状や第1審判決を参照している。起訴状は捜査結果を踏まえて作成されるものであり、刑事事件の有罪判決も厳格な事実認定の結果を示すものであるから、本件処分は十分な証拠に基づくものである。

原告は、本件処分前の聴聞の際に具体的な証拠について意見を述べる機会がなかったことを問題にするが、聴聞時には既に、本件処分の原因となる事実と同一の事実を認定した刑事事件の第1審判決が出されており、原告は同判決で有罪認定の根拠とされた証拠について意見を述べることは可能であったのであるから、原告の主張は失当である。

なお、警察法47条2項が、都道府県警察本部が都道府県公安委員会を補佐すべきことを定めていることからすると、都道府県警察本部において事実認定を行い公安委員会が決裁するという形式の事務処理も許されるのであり、石川県公安委員会が自ら本件処分の原因となる事実の認定に当たらねばならないものではない。

7  本件処分に先立つ聴聞手続の主宰者の選定に瑕疵はあるか(争点⑦)。

(1)  原告の主張

本件処分に先立つ聴聞手続を主宰したBは、本件の捜査の責任者(大聖寺警察署長)であっただけでなく、本件施設の廃止命令をすべき旨の上申をした者である。このようなBは聴聞主宰者としての中立性を欠き、行政手続法19条2項6号より聴聞の主宰者となるべき者ではなかった。このようなBが主宰した聴聞には重大な違法がある。

本件処分は、前記の重大な違法についてさしたる検討がされないままされているのであり、本件処分は違法である。

なお、本件訓令によれば本件の聴聞の主宰者は生活安全企画課長であるBが務めなければならないものではなかった。

(2)  被告の主張

石川県警察本部生活安全部が関係する聴聞については、通常、生活安全課長または次席が主宰者として指名されており、個々の事案ごとに主宰者を指名することはしていない。Bは、大聖寺警察署長から石川県警察本部生活安全企画課長に異動したことから、たまたま本件で聴聞の主宰者となっただけである。また、異動の前後で、Bの立場や職務権限は異なっている。

B以外の者を主宰者とした方が望ましかったといえるかもしれないが、行政手続法19条2項は、当該事案に法律上の利害関係を有することが定型的に明らかである者を除斥するための規定であり、Bを主宰者に指名したことが同条項違反となるわけではない。

8  本件処分の理由の提示に瑕疵はあるか(争点⑧)。

(1)  原告の主張

処分基準を適用して行政処分を行った場合には、処分基準の適用関係についても処分の理由中で明らかにしなければならず、この違法は処分の取消事由となるところ、本件処分の行政処分決定書には、本件規程19条2号の表の定める加重事由が複数あり、その程度が著しいとの記載があるだけで、具体的にどの加重事由に該当すると判断されたのかが記載されていない。したがって、本件処分は違法である。

(2)  被告の主張

本件規程19条2号の表のどの加重事由への該当性が問題になるかについて、原告は本件処分に先立つ聴聞時に告知を受けている。行政処分決定書記載の事実及び聴聞時の説明から、処分基準のどの加重事由が適用されているかを認識することはできるのであり、本件処分を取り消すほどの違法はない。

9  本件処分は処分庁が権限を濫用したものでないか(争点⑨)。

(1)  原告の主張

本件施設が摘発されたのは、本件施設の前に○○温泉の総湯が建設される計画があり、本件施設があっては不都合だったからである。原告及びAに対する刑事事件の判決が確定しないうちに本件処分をすべき上申がされていることからも、これは明らかである。このように、本件処分は恣意的な動機に基づいてされたものといわざるをえない。

その他、前記1ないし8でも主張した、本件処分に至る過程に関して生じる疑義を総合的に考慮すると、本件処分は行政庁がその権限を濫用したものといえ、違法である。

(2)  被告の主張

本件施設の摘発は、本件施設で場所提供業がされているとの情報提供に基づいて行われたもので、総湯計画とは関係がない。○○温泉の他の風俗施設も、売春等の違法行為が行われていれば摘発の対象となる。このように、本件処分は恣意的な動機に基づくものではない。

第4当裁判所の判断

1  認定事実

証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる(かっこ内は裏づけとなる証拠等を表す。)。

(1)  本件施設は、平成23年1月12日、石川県大聖寺警察による強制捜査を受け、原告の取締役を務めていたAは同月15日、売春防止法違反の被疑事実で逮捕された。Aに対する売春防止法違反の被疑事実について捜査を担当したのは石川県大聖寺警察署であり、捜査主任官は同署生活安全課長のCが務めた。同署の署長であったBは、平成23年1月17日、Aを金沢地方検察庁小松支部に送致した。Bは同月28日にも前記小松支部に対して捜査書類等を送致した。(以上につき、乙1の3、1の4、弁論の全趣旨)

(2)  原告及びAは、平成23年2月2日、「被告人有限会社X(以下「被告人会社」という。)は、石川県加賀市<以下省略>に本店を置き、同所において個室付特殊浴場「a店」を営むもの、被告人Aは、被告人会社の取締役として同会社の業務全般を統括管理するものであるが、被告人Aは、被告人会社従業員Dらと共謀の上、被告人会社の業務に関し、別表記載のとおり、平成22年12月1日から平成23年1月12日までの間、上記「a店」において、売春婦であるE1ことEほか5名が、Fら不特定多数の遊客を相手とし前後約299回にわたり、売春するに際し、その情を知りながら、同女らに対して上記「a店」の個室を貸与して使用させ、もって売春を行う場所を提供することを業としたものである。」との売春防止法違反の事実(以下「本件公訴事実」という。)で金沢地方裁判所小松支部に起訴された(乙1の2)。

(3)  Bは、石川県大聖寺警察署長として、平成23年2月21日、石川県警察本部長に対し、前記の本件公訴事実と同旨の違反事実に基づき、原告の店舗型性風俗特殊営業を廃止することを上申した(乙1の1)。

(4)  金沢地方裁判所小松支部は、平成23年3月30日、本件公訴事実どおりの犯罪事実を認定し、原告及びAの両名を有罪とする判決を宣告した。原告及びAの両名は、事実誤認、量刑不当を主張して控訴した。(以上につき、乙4、5)

(5)  本件処分をするために必要な聴聞を実施するに先立って、本件訓令に基づき、石川県警察本部生活安全部生活安全企画課において、第1順位であるB(この当時、Bは、人事異動により石川県大聖寺警察署長から石川県警察本部生活安全部生活安全企画課長に就いていた。)が本件の聴聞の主宰者として適当であるかが検討されたが、行政手続法19条2項は個人的な利害関係を有する者のみを主宰者から排除していると解されること、Bは本件の捜査を担当した大聖寺警察署長の署長を務めており、本件の事案を把握しており、むしろ適当であると考えられることを理由に、Bを聴聞の主宰者とすることが決められた(証人G)。

(6)  平成23年8月17日、原告に対する店舗型性風俗特殊営業の廃止命令に関する聴聞(以下「本件聴聞」という。)が行われた。

本件聴聞には、原告の代理人として本件の訴訟代理人弁護士が出席したほか、Aも出席した。本件聴聞の主宰者は前記のとおりBが務め、Bが複数名の参考人らに対してかなりの質問を発する場面もあった。(以上につき、乙3の1、3の2)

(7)  平成23年9月27日、本件聴聞の続行期日が開かれたが、原告代理人は出席せず、代わりに陳述書を提出した。

本件聴聞は同日の期日で終了し、Bは聴聞報告書(乙8)を作成した。この聴聞報告書において、Bは、原告の主張を正当と認める理由はなく、本件処分は必要である旨の意見を記載している。(以上につき、乙7の1ないし3、8)

(8)  平成23年9月27日、石川県警察本部生活安全部生活安全企画課許認可指導係は、原告に対し、本件公訴事実と同旨の事実を原因として本件処分をする案を起案した。同案は、同課の課長であるB、同部の部長、石川県警察本部長等の決裁を経て、同月29日の石川県公安委員会定例会で決裁され、本件処分は同日付けでされた。本件処分の理由には、本件では本件規程14条所定の加重事由が複数あり、その程度が著しいことが記載されているが、具体的にどの加重事由があると判断されたかまでは明記されていない。(以上につき、甲1、乙29、32)

(9)  名古屋高等裁判所金沢支部は、平成23年10月20日、原告及びAの控訴(前記(4))を棄却した。同人らはさらに上告したが、この上告は決定により棄却され、同人らに対する判決は確定した。(以上につき、乙5、6)

(10)  原告は、平成24年1月18日、本件処分の取消しを求める本件訴訟を当裁判所に提起した(裁判所に顕著な事実)。

2  本件処分の適法性について

(1)  当裁判所は、争点⑦についての原告の主張は理由があるから、その余の争点について検討するまでもなく、本件処分はいずれも取消を免れないと判断したので、以下にその理由を述べる。

(2)  行政手続法が定める聴聞手続の規定は、不利益処分による国民の権利利益の侵害に対する手続保障の要請を具体化するとともに、不利益処分に至る行政手続過程の公正さを確保することをも趣旨とするものであると解されるから、不利益処分の前提となる聴聞手続に、手続的公正さの観点から聴聞の趣旨を没却するような重大な違法がある場合には、当該処分の内容が適正妥当か(実体的な違法があるか)否かにかかわらず、当該不利益処分は取消を免れないと解すべきである。

(3)  ところで、行政手続法によれば、同法の聴聞は行政庁が指名する職員その他政令で定める職員が主宰するものとされ(19条1項)、処分を行おうとする行政庁自身が主宰者となることは予定されていない。

また、聴聞の主宰者は、聴聞の審理の経過を記載した調書を作成して、不利益処分の原因となる事実に対する当事者等の陳述の要旨を明らかにするとともに(24条1項)、不利益処分の原因となる事実に対する当事者等の主張に理由があるかどうかについての意見を記載した報告書を作成しなければならないものとされている(24条3項)上、行政庁は不利益処分の決定をするにあたって、前記の調書の内容及び主宰者の意見を十分に参酌すべきものとされ(26条)、この「十分に参酌して」とは、原則として主宰者の事実認定に依拠すべきとの意味であると解されている。

行政庁及び処分に至る過程で行政庁を補助する職員は、不利益処分の原因となる事実があるとの心証を抱いているからこそ、不利益処分の決定に向けた手続を進行させているものと解され、不利益処分の原因となる事実や行政庁の裁量権行使に影響を与える事実の存否について、処分の名あて人となるべき者等が行政庁の理解と異なる主張をした場合に、行政庁がこれを適切に聴取及び評価することを期待できるかは疑問の余地なしとしない。行政手続法は、このような懸念を制度的に解消し、不利益処分の決定にあたって、行政庁に処分の名あて人となるべき者等の主張を適切に考慮した慎重な判断を行わせるため、行政庁が直接にこれらの者の主張を聴取するのではなく、行政庁とは別に聴聞主宰者を定めて、当事者等の主張を聴取させ、その主張の合理性を評価させた上で行政庁に報告させるという仕組みを採用したものと解される。

聴聞に関するこのような行政手続法の構造からすると、聴聞の主宰者は、行政手続法19条2項各号に列挙されている事由に該当しないことが求められるだけでなく、手続的公正さの観点から、不利益処分の原因となる事実等に対する当事者等の主張を適切に聴取及び評価することが期待できる者であることが要請されていると解すべきである。

そうすると、不利益処分を決定すべき行政庁のみならず、処分の決定に至る過程で当該案件に密接に関与した職員は、聴聞の主宰者に指名される資格を有するとはいえない。そして、聴聞の主宰者が、行政手続法により、単に調書を作成するにとどまらず、聴聞の当事者等に対する釈明権を行使し(20条4項)、あるいは当事者等の不利益処分の原因となる事実に対する主張を評価し(24条3項)、その報告書に記載された主宰者の意見は、不利益処分の決定を行う行政庁において十分に参酌される(26条)という重要な権能を付与されており、聴聞の内容及びその評価に大きな影響を与えうる地位にあることに鑑みれば、このような無資格者(当該処分の決定に至る過程で当該案件に密接に関与した職員)を主宰者としてされた聴聞には、制度の根幹にかかわる手続の違反があり、その瑕疵を許したのでは制度それ自体の信用信頼を揺るがせることになるといえるもので、実体的に処分内容が適正妥当であったか否かといった結果のいかんにかかわらず、その趣旨を没却するような重大な違法があると解さざるを得ない。

このような見地から本件を見るに、本件聴聞を主宰したBは、石川県警察大聖寺警察署長として原告に対する捜査を指揮する立場にあり、本件処分の原因となる事実を認定するための証拠の収集に関与したのみならず、本件処分をすべき旨を上申しているのであるから、本件処分に至る過程で本件に密接に関与しているものといわなければならず、本件処分の主宰者に指名される資格を有していなかったといわなければならない。

加えるに、Bは、本件について中立的であるという理由ではなく、むしろ反対に本件の事案を把握しているという理由で聴聞主宰者に指名されている(証人G)上、聴聞報告書において、聴聞における原告の主張は理由がないとする意見を述べるにとどまらず、本件処分が必要であると、石川県警察大聖寺警察署長として本件処分を上申した際と同旨の意見を繰り返している(乙8)のであり、本件の当事者の言い分を公正に聴取できる立場にあったとは到底認め難い。

以上を踏まえると、Bを主宰者として行われた本件聴聞に関しては、不利益処分に至る過程から独立した聴聞主宰者に、行政庁とは異なる当事者等の言い分を聴取させ、これを行政庁に適切に考慮させようとした行政手続法の聴聞の趣旨が全く没却されており、まさに制度の根幹にかかわる手続違反があり、その瑕疵を許したのでは制度それ自体の信用信頼を揺るがせる重大な違法があるといわざるを得ないから、この違法は本件処分の取消事由となる。

(4)  これに対し、被告は、Bが聴聞の主宰者に指名されたのは、聴聞の主宰者に指名されるべき者として本件訓令で定められている石川県警察本部生活安全部生活安全企画課長にBが異動した結果であり、意図的なものではない旨主張する。

しかし、本件訓令は生活安全企画課長が主宰者を務めることができない場合をも想定して、生活安全企画課長以外の者も聴聞の主宰者に指名されるべき者として規定していると解され、B以外の者を本件聴聞の主宰者に指名することに困難はなかったと認められるから、被告が主張する事情は、本件聴聞に重大な違法があるとの判断に影響するものではない。

(5)  争点⑦についての原告の主張は、以上と異なる趣旨をいうものではなく、原告の主張は理由がある。

(6)  なお、本件停止命令については、既に8か月の停止期間が経過していることが認められる。

しかし、本件規程18条2項によれば、営業停止命令後3年以内に認知された違反事実に基づき、営業停止命令をするときは、以前に営業停止命令を受けている事情が新たな処分の量定上不利益に考慮されることとされているところ、本件訴訟の口頭弁論終結時において本件停止命令から3年は未だ経過していないから、本件停止命令の効力により原告が不利益を受ける余地がないとまではいえず、本件停止命令の取消によって回復すべき法律上の利益がないとはいえないから、本件廃止命令と同様の違法がある本件停止命令についても、これを取り消すのが相当である。

第5結論

以上によれば、原告の請求はいずれも認容すべきであり、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤田昌宏 裁判官 千葉沙織 太田健介)

本件規程19条2号の表

加重又は

軽減事由

の区分

加重又は軽減すべき事由

加重事由

イ 最近3年間に同一の処分事由により行政処分に処せられたこと。

ロ 指示処分の期間中にその処分事由に係る法令違反行為と

同種の法令違反行為を行ったこと。

ハ 処分事由に係る行為の態様が著しく悪質であること。

ニ 従業者の大多数が法令違反行為に加担していること。

ホ 悔悛の情が見られないこと。

ヘ 付近の住民からの苦情が多数あること。

ト 結果が重大であり、社会的反響が著しく大きいこと。

チ 16歳未満の者の福祉を害する法令違反行為であること。

リ その他加重すべき事由が認められること。

軽減事由

イ 他人に強いられて法令違反行為を行ったこと。

ロ 営業者(法人にあっては役員)の関与がほとんどなく、

かつ、処分事由に係る法令違反行為を防止できなかったことについて

過失がないと認められること。

ハ 最近3年間に処分事由に係る法令違反行為を行ったことがなく、

悔悛の情が著しいこと。

ニ 具体的な営業の改善措置を自主的に行っていること。

ホ その他軽減すべき事由が認められること。

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