金沢地方裁判所 平成7年(行ウ)5号 判決 1999年6月11日
原告
甲山太郎
右訴訟代理人弁護士
奥村回
同
橋本明夫
同
押野毅
同
二木克明
右訴訟復代理人弁護士
山口民雄
被告
金沢市社会福祉事務所長
金子衞
右訴訟代理人弁護士
合田昌英
右指定代理人
池田信彦
外九名
主文
一 被告が原告に対して平成六年三月二八日付けでした、同年四月分からの生活保護費支給額を金一四万七三八〇円に変更する旨の処分を取り消す。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が原告に対して平成六年三月二八日付けでした、同年四月分からの生活保護費支給額を金一四万七三八〇円に変更する旨の処分(以下「本件処分」という。)を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 事案の概要
一 本件は、被告の原告に対する生活保護費支給決定(本件処分)につき、原告が、右処分は、支給額算定の根拠となる最低生活費の認定に当たり、他人介護費として認定した額が著しく低廉である点においても、最低生活費から差し引いて生活保護費を算出する原告の収入に、原告の取得する心身障害者扶養共済年金をも含めた点においても、生活保護法(以下「法」という。)及び憲法に違反するものであり、さらに、右処分は、理由付記を怠った点でも行政手続法及び憲法に違反するものであるとして、右処分の取消しを求めた事案である。
二 前提となる事実(証拠その他認定の根拠を掲記した事実以外は、当事者間に争いがない。)
1 原告は、脳性小児麻痺による後遺症のため、幼少時以来完全四肢麻痺で、身体を自力ではほとんど動かせない。身体障害者手帳一級第一種の交付を受けており、障害名は、両上肢機能の全廃、両下肢機能の全廃、体幹機能障害(一級)である。原告が自力でできることは、話すこと、食べ物を咬んで飲み込むこと以外には、目、口、首、右足の先が少し動かせる程度である(甲一、三、弁論の全趣旨)。
原告は、昭和五一年三月ころ(当時二六歳)、母親の介護を離れ、自立生活を始め、昭和五二年五月から生活保護を受けている(原告本人尋問、弁論の全趣旨)。
2 原告は、原告の母が死亡した昭和六三年一月から、石川県心身障害者扶養共済制度条例九条(以下「本件条例」という。)に基づく、月額二万円の年金(以下「本件年金」という。)の受給権を取得し、その支給を受けている。右受給権は、原告の保護者であった原告の母が生前右共済制度に加入し、所定の掛金を納付してきたことに基づくものである。
3 本件処分について
(一) 本件処分
原告に対する生活保護費支給額は、平成六年三月分までは月額一五万三五五〇円であったところ、被告は、平成六年三月二八日付けで、同年四月分からの生活保護費支給額を月額一四万七三八〇円に変更する旨の本件処分をした。
右支給額が六一七〇円の減額となった理由は、三月分には生活扶助費の冬季加算額七六〇〇円が加算されていたのが、四月分からは加算されなくなったこと、他方、生活扶助費等が四月分から一四三〇円増額されたことの差し引きの結果である(乙一二、一三)。
(二) 生活保護費の算定方法
生活保護は、「厚生大臣の定める基準」により測定した「要保護者の需要」を基とし、そのうちその者の金銭又は物品で満たすことのできない不足分を補う程度において行う(法八条一項)。
(三) 本件処分に関連する生活保護行政の具体的事務の流れ(乙八、九、四五、四六、五七、弁論の全趣旨)
生活保護行政の詳細は、「生活保護法による保護の基準(昭和三八年四月一日厚生省告示)(以下「一般基準告示」という。)」に加え、「生活保護法による保護の実施要領について(昭和三六年四月一日発社第一二三号厚生事務次官通知。以下「次官通達」という。)」「生活保護法による保護の実施要領について(昭和三八年四月一日発社第二四六号厚生省社会局長通知。以下「局長通達」という。なお、以下、次官通達と併せ総称して「本件通達」ともいう。)及びその他通達にしたがって事務が行われている。右通達等による具体的行政事務の概要は、以下のとおりである。
(1) 保護の決定
保護の要否及び程度は、原則として、当該世帯につき認定した最低生活費と、認定した収入との対比によって決定する。保護の種類は、その収入を、原則として、第一に衣食等の生活費に、第二に住宅費に、第三に教育費に、以下、医療、出産、生業、葬祭に必要な生活費の順に充当させ、その不足する費用に対応してこれを定める
(2) 最低生活費の認定
最低生活費は、一般基準告示の別表においてあらかじめ定型的に定められている基準(以下これを「一般基準」という。)に示された、生活扶助、住宅扶助その他の各扶助ごとに保障すべき最低限度の生活水準に要する費用を合算する方法で、当該世帯が最低限度の生活を維持するために必要な需要を基とした費用を認定する。生活扶助費は、世帯を単位として算定した基準生活費に、必要に応じて各種加算(障害者加算その他の加算)を合算して算定する。障害者加算制度には、障害等級表一級ないし三級の者又は国民年金法施行令別表一、二級の者に対してされるもの(以下「障害者加算」という。)、特別児童扶養手当等の支給に関する法律施行令別表第一程度の障害状態にあり、日常生活において常時の介護を必要とする者等に対して別途加算されるもの(以下「重度障害者加算」という。)、及び介護人を付けるための費用を要する場合に六万八七〇〇円(本件処分当時)の範囲内で必要額を別途加算されるもの(以下「他人介護費」という。)とがある。
(3) 特別基準の設定
要保護者に特別の事由があって、一般基準によりがたいときは、厚生大臣が特別の基準を定める。これは、一般基準では、最低生活費に必要な需要が満たされない特殊事情がある場合に、一般基準によって実現されることが期待されるのと同水準の生活内容を実現するための特殊な費用を支出するものである。
特別基準設定の手続は、一般基準告示では、厚生大臣が個別的に直接設定するとされているが、実務上は、一般基準によりがたいケースが相当数出ることが予想される費目について、厚生大臣があらかじめ特別基準を包括的に設定し、右範囲内では、都道府県知事、指定都市市長、福祉事務所長限りで認定するとの取扱いになっている。
平成六年三月現在の他人介護費特別基準については、一〇万一〇三〇円までは、福祉事務所長から知事に承認を求め、その承認を受けることで当該年度の特別基準が設定されたとして、必要額を認定できた。右金額を超えて特別基準設定が必要な場合は、福祉事務所長は、厚生大臣に特別基準設定の承認を申請し、厚生大臣が右を超える額について承認した金額によって特別基準が設定され、実施機関は当該金額を認定することができる。
特別基準の厚生大臣承認分については、厚生省から事実上都道府県に対し、あらかじめ年度ごとに、申請可能な範囲(上限)の通知があり、その範囲内で実施機関が申請したものを承認するという運用になっている。
また、特別基準設定の費用認定においては、生活福祉資金その他の他法他施策による給付等であって、当該特別需要を満たすべきもの(以下「他法他施策」という。)については、事前にその有無を検討し、その活用を図るべきとされている。
(4) 収入認定
就労に伴う収入、その他の収入(恩給・年金等の収入、仕送り・贈与等による収入、財産収入その他)があれば、収入と認定(以下、ここで収入と認定された金銭を「収入」という。)する。
(5) 収入認定除外
次のイないしニを初めとする一定の金銭については、例外的に収入と認定しない取扱い(以下「収入認定除外」という。)をしている。
イ 社会事業団体その他から被保護者に対して臨時的に恵与された慈善的性質を有する金銭であって、社会通念上収入として認定することが適当でないもの
ロ 他法、他施策等により貸し付けられる資金のうち当該被保護世帯の自立更生のために当てられる額
ハ 自立更生を目的として恵与される金銭のうち当該被保護世帯の自立更生のために当てられる額
ニ 心身障害児(者)、老人等社会生活を営むうえで特に社会的な障害を有する者の福祉を図るため、地方公共団体又はその長が条例等に基づき定期的に支給する金銭のうち支給対象者一人につき八〇〇〇円以内の額(月額)
(四) 本件処分における生活保護費算定過程(当事者間に争いのない事実、乙三五)
(1) 最低生活費の算定
本件処分の内容は、生活扶助、住宅扶助である。生活扶助費は、一般基準により、第一類(個人的経費)が三万三六六〇円、第二類(世帯共通的経費)が三万七二六〇円、加算額として障害者加算二万四五〇〇円、重度障害者加算一万三三九〇円と認定し、さらに他人介護費として特別基準を設定された額である一二万一〇〇〇円(うち石川県知事承認分が一〇万一〇三〇円、厚生大臣承認分が一万九九七〇円)を認定し、以上の合計二二万九八一〇円と認定した。原告について認定した厚生大臣承認にかかる他人介護費特別基準は、平成六年三月当時の厚生大臣の認定する他人介護費用特別基準の石川県における上限額である。
住宅扶助費は、原告が身体障害者であることを考慮し、単身者基準額三万〇四〇〇円を超える特別基準額三万九五〇〇円を適用して、実家賃額三万九〇〇〇円を認定した。
以上の合計二六万八八一〇円を平成六年四月分の原告の最低生活費と認定した。
(2) 収入認定
原告の受給する障害基礎年金七万六八〇〇円、特別障害者手当二万四六三〇円、本件年金二万円の合計一二万一四三〇円を収入と認定した。
(3) 保護費の決定
原告にかかる右最低生活費二六万八八一〇円と右収入認定額一二万一四三〇円の差額一四万七三八〇円を、原告の生活保護費として決定した。
4 行政不服申立て
原告は、本件処分を不服として、石川県知事に対して、平成六年五月一九日付けで審査請求を行い、同年七月六日付けで右請求を棄却する旨の裁決があった。原告は、右裁決を不服として、厚生大臣に対して、平成六年八月三日付けで再審査請求をしたが、平成七年四月一八日付けで右請求を棄却する旨の裁決があった。
第三 争点(本件処分の違法性の有無)
一 他人介護費の認定について
本件処分で認定された他人介護費は、原告の介護需要を満たさず、法一条、三条、九条、憲法二五条、一三条に違反するか。
二 本件年金を収入と認定したことについて
1 本件年金を収入と認定したことは、法二条、四条一項、憲法一四条に違反するか。
2 原告について、本件年金を法四条一項の「資産」等ないし八条一項の「金銭」等と認定したことは、法一条、三条、憲法二五条に違反するか。
3 本件年金は、少なくとも八〇〇〇円の限度で収入認定から除外されるべきであるか。
三 手続的違法(理由付記に関する違法)の有無について
本件処分の手続は、憲法三一条、法五六条に違反するか。
第四 争点に関する当事者の主張
一 他人介護費特別基準の設定について
(原告の主張)
原告に支給すべき生活保護費決定の根拠となる最低生活費の算定に当たり、他人介護費として認定しうる特別基準に上限が設けられていること、しかもその額が著しく低額であることは、必要即応の原則(法九条)に違反し、右上限にしたがって設定された原告に関する他人介護費の特別基準は、明らかに原告の介護需要を満たさず、法一条、三条、憲法二五条、一三条に違反する。
1 介護における基本としての他人介護
従来は、高齢者や障害者に対する介護は家族介護が基本であると考えられていたが、近年意識され始めた障害者の自立、ノーマライゼーションの理念からすると、このような考えには問題がある。障害者が自立(単なる身辺自立や経済的意味での意味を越えて、精神的、社会的な意味での自立)した生活を送るには、障害者自身が自らの生活様式を自己決定できることが大前提であり、かかる前提を整えていくことを推進する理念としてのノーマライゼーションという考え方のもとでは、社会全体で障害者の自立を支えていくことが出発点となるのであり、他人介護がその基本に据えられるべきである。平成一二年四月から施行される介護保険法における介護給付についても、要介護者は、サービス事業者や各種施設など第三者との取り決めに基づいて給付を受けることになっており、他人介護が典型的な介護形態とされている。
2 原告の介護に関する実状、自宅における他人介護を必要とする事情
(一) 要介護状態
原告は、家の中での日常生活においても、身体の移動、食事、着替え、用便、洗顔、入浴、読書、洗濯、テレビ・ラジオ・パソコン等の使用、布団に横たわっての睡眠等、あらゆる動作に介護を要する、二四時間要介護者である。睡眠時も、自力で寝返りが打てず、布団を動かすことができないため、横になっての睡眠中に介護者がいないと、窒息など生命にかかわる危険がある。外出時にも当然介護が必要である。介護は原告の手足そのものであり、原告の生存にとって必要不可欠である。
(二) 収支状況、介護の実状
原告の家計の収支状況は、介護費用が支出全体の八割以上を占め、食費を削って介護費用に回す状況が本件処分時から現在に至るまで続いている。それでも、アルバイト介護者に対する支払いが滞っている状態である。食料、衣料等の日常生活費、教養、娯楽費等にもしわよせがいき、介護費用の絶対的不足のため、介護以外の生活費も極端に不足する事態となっている。
にもかかわらず、原告に対する介護は継続的に不足している。原告は、現在、後述の障害者自立センター所属の介護者一人、学生アルバイトの介護者数人、財団法人金沢市福祉サービス公社の心身障害者ヘルパー(以下「公社ヘルパー」という。)一人、障害者自立センター関係のボランティア、学生ボランティア、有償ボランティアらの介護を受けている。それでも、本来二四時間介護が必要であるのに、平均一一時間程度しか介護を受けられず、特に夜、休日は不規則である。深夜から早朝の介護は、最近では全くなくなっており、布団で横になって眠ることができない。
(三) 原告の社会的活動
原告は、自身の自立生活の維持、確保のための活動に加え、全国的に展開されている自立生活センターの活動に参加し、石川県における自立生活センターである石川県障害者自立センター(以下「自立センター」という。)の設立、運営に関与してきた。現在は事務局長として活動するなど、広く障害者の自立に向けた運動、活動に取り組んでいる。さらに、著作を出版する活動も行っている。
介護費用が増加して、介護を受けられる時間が拡大すれば、それに対応して、原告の日常生活上のあらゆる行動制約が緩和され、障害者一般の自立を目指す社会的活動のさらなる拡大の可能性も生じてくる。
(四) 施設収容による生活実態変動の可能性
施設収容は、これを希望しない原告にとっては、物理的、精神的にその自立に反するものである。
そもそも、施設に収容されたからといって、介護人員不足のため、介護が充足されるわけではない。集団生活による制約を受け、外出の自由、来客の自由が制限されることにより、社会生活から実質的に隔離されることとなるし、障害者の自立のための活動、著作活動なども停止せざるをえなくなる。
(五) まとめ
原告にとっては、介護の大幅な拡大があってこそ、はじめて日常生活と社会生活を含めた生活全般において、健康で文化的な最低限度の生活に近づくことが可能となるものである。多少の拡大であっても、せめて可能な限りの介護の拡大を目指すべきことは明らかである。
3 そもそも他人介護費特別基準に上限を設けるべきでないこと
必要即応の原則(法九条)は、生活保護制度の機械的運用の弊害を防止すべく、生活保護制度運営上の一原則として掲げられたものである。その趣旨に照らすと、法の解釈運用としての厚生大臣による一般基準の設定、さらに特別基準の設定に際しては、制度の統一性を損なわない範囲で、個人の需要における特殊性に最大限配慮されなければならない。
介護費用は、要介護者が経済的給付を受け、最低限度の生活を維持していくための前提手段的なものである以上、必要なものは充足させなければならない上、要介護者の身体状態により、個々の障害者の具体的需要には差が大きく、画一的な上限設定にはなじまない性質のものである。かような介護費用の性質に照らすと、他人介護費の特別基準に上限を設けること自体が問題である。
4 特別基準の上限額に合理性のないこと、及び原告について設定された特別基準に合理性のないこと
前記の原告の生活実態からすると、原告には二四時間介護が必要であり、その需要に見合う他人介護費を算定すると、一時間当たりの介護費を一〇〇〇円とすれば、一月当たりの金額は七二万円となる。右一〇〇〇円の時給にしても、石川県における介護サービスの慣行料金と比較してもかなり低い金額であり、全国各地の全身性障害者介護人派遣事業における時間単価と比較しても相当押さえた金額である。また、介護保険法に基づく介護サービスの費用単価を見ても、在宅サービスにおいて二九万円程度(要介護度V・最重度ケース)とされているし、原告のような重度障害者を対象とした施設の措置費でも月額三五万円程度は必要とされている。これらの介護費用の水準と比較すると、他人介護費の特別基準の上限額の一二万一〇〇〇円は、要介護者の介護需要を無視したものであり、著しく低額である。
右上限額をもって特別基準の設定を行っている運用一般が法九条に反して違法であると同時に、原告個人に対する特別基準の設定としても同様に違法である。
(被告の主張)
1 特別基準設定における行政裁量
「健康で文化的な最低限度の生活」の認定判断は、厚生大臣の合目的的な裁量に任されており、その判断は、当不当の問題として政府の政治責任が問われることはあっても、直ちに違法の問題を生じることはなく、現実の生活条件を無視して著しく低い基準を設定する等、憲法及び生活保護法の趣旨、目的に反し、法律によって与えられた裁量権の限界を超えた場合、又は裁量権を濫用した場合にのみ、違法となるものである。本件処分は、厚生大臣の定める基準に基づいて行われたものであるが、以下に述べるとおり、厚生大臣が定める保護基準に憲法及び生活保護法の趣旨、目的を逸脱する点はなく、本件処分にも憲法及び法の趣旨を逸脱する点はない。
2 特別基準設定額に上限のあることの合理性
特別基準の額は、一般基準同様、現下の社会経済情勢等から判断して、最低限度の生活需要を満たすに十分なものであり、かつこれを超えない程度の妥当な内容のものでなければならない。右特別基準設定に当たっては、国民感情(特に、介護を要する高齢者や身体障害者を抱える世帯との均衡)、他人介護費給付に関する他法他施策との均衡、介護を要する重度身体障害者入所施設等との関係、介護に関する地域における慣行料金等の実態、身体障害の程度等の諸要素を総合勘案することが必要であり、その結果、基準額に上限を設けることも厚生大臣の裁量の範囲内である。
3 特別基準設定の上限額の合理性、及び原告に関する他人介護費の認定が合理的であること
(一) 収容保護との関係
他人による介護を要する者で、一般基準によっては他人介護費が賄えない場合も、被保護者が在宅での保護を希望するときには、他人介護費に関する特別基準を設定して、在宅での保護を行うこともできる。
しかし、法三八条一項において保護施設において行う保護をも予定していること、及び、法三〇条一項但書において「介護の目的が達しがたいとき」には、施設収容が可能であるとしていることに照らすと、厚生大臣設定の特別基準の限度額を超える介護需要がある場合は、むしろその処遇等を施設によって図るべきである。つまり、介護費用が高額で在宅では生活の維持が困難となる場合も、「保護の目的を達しがたい」といえるのである。かかる場合には、収容保護決定をすることもできることも、特別基準の設定に当たり、考慮されるべき事情である。
一二万一〇〇〇円という特別基準上限額は、施設収容に至らない程度の介護を前提とした場合、合理的な金額である。
(二) 他法との比較
他人介護費の一般基準の月額は、原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律(以下「被爆者特別措置法」という。)による介護手当の一般障害分の月額と同額であり、その障害の程度もほぼ同一である。
都道府県知事承認分の特別基準の月額は、被爆者特別措置法による介護手当の重度障害分の月額と同額であり、その障害の程度も同一である。
また、他人介護費の都道府県知事承認分の特別基準額に、原告に関する厚生大臣設定分の特別基準額を加えた合計額(平成六年三月当時月額一二万一〇〇〇円)は、自動車事故対策センター法に基づき自動車事故対策センターが支給する重度後遺障害者介護料の月額とほぼ同額であり、障害の程度も同等である。
二 本件年金を収入と認定したことについて
(原告の主張)
本件年金は、その支給根拠である本件条例の趣旨からも、憲法一四条、法二条からしても、法四条一項に定める「その利用しうる資産、能力その他あらゆるもの」(以下「資産等」という。)に該当しない。本件処分は、右年金を「資産等」に該当するとした点において、法二条、四条一項、憲法一四条に違反する。また、被告の主張する次官通達における収入認定除外の運用にしたがった場合でも、本件年金のうち八〇〇〇円については、収入認定除外となるはずである。
仮に本件年金が一般的には、他法他施策の活用、あるいは収入認定されるべきであったとしても、原告の具体的状況(最低生活が保障されていない状態)においてこれを収入認定することは、法一条、三条、憲法二五条に違反する。
1 法四条一項の「資産等」について
法四条は、法一ないし三条及び憲法一三条、一四条、二五条等の趣旨を損なわない範囲で適用されなければならない。法四条一項「資産等」には、あらゆる金銭的収入を含むのではなく、一定の限界がある。
2 本件条例の趣旨
本件年金の支給根拠である本件条例によると、本件年金は、障害者が保護者のいない状況で、人間として自立して生きていくために援助することを目的とし、まさに特定の者の障害に着目し、その障害者の自立更生、福祉の増進のために支給されるものである。本件年金の受給者が、独立自活が困難と認められる者(本件条例三条)、つまり障害基礎年金等(障害者の基本的な生活資金)を受給している者であることからしても、本件年金は、その上乗せ、すなわち、障害者の福祉をさらに増進するものに当てるべきことが予定されているものである。本件年金制度発足から三〇年を経過し、その間に諸物価が高騰しているにもかかわらず、本件年金の額は月額一口二万円(二口加入したとしても四万円)と変化していないのであって、このことを、障害基礎年金等では物価スライド制の導入等により給付水準が年々上昇していることと対比しても、本件年金においては所得保障の性格は薄れ、福祉的性格が強くなっていることが明らかである。
3 法四条一項の「資産等」に含まれず、収入として認定されない金銭を認める必要性は、国民生活が多様化し、公的私的援助、サービスが充実する中で、法の目的である自立助長(法一条)の観点からすると、一定の収入は、自立を助けるために必要な場合があるとともに、それが社会通念にも合致するからである。本件年金は、その趣旨に照らし、収入と認定すべきでない(法四条一項の「資産等」には当たらないとすべき)金銭であり、これを収入認定することは、法一条の趣旨、四条一項に違反する。
4 東京都心身障害者福祉手当受給者との不平等(法二条、四条一項、憲法一四条違反)
(一) 東京都心身障害者福祉手当に関する条例に基づく心身障害者福祉手当については、収入認定しない取扱いがされている。本件年金と右手当とは、同趣旨により支給されるものであり、両者で取扱いを異にするのは、法二条、憲法一四条に違反する点で、違法かつ違憲である。
(二) 被告は、東京都においても本件年金と同様の東京都心身障害者扶養年金があり、これと東京都心身障害者福祉手当とは、制度の本質を異にするとして、前者を収入認定し、後者を認定しないことを合理性ありとする。
しかし、両者は、基本的に同一目的、少なくとも相当部分において制度趣旨の重なるものであり、そもそも東京都の心身障害者扶養年金についても、収入認定が不適当なのである。
しかも、東京都の場合は、東京都心身障害者福祉手当と東京都心身障害者扶養年金で、障害者は二重に受給できる制度となっており、ここでは、仮に年金が収入認定されたとしても、他方の手当は収入認定されずに障害者に支給され、その分手厚く保障されている。一方、石川県には、本件年金しかない。かかる状況で、本件年金を収入認定すると、障害者のために共済年金制度を設けたことが無意味になる。これは、心体障害者福祉法が地方自治体に求めている努力を放置したまま、一方で心体障害者にとって不利益な法の運用を行っているものであり、東京都の住民との不平等性は明らかである。
5 少なくとも八〇〇〇円の限度では収入認定すべきでないこと
次官通達には、収入認定しないものとして、「……社会生活を営むうえで特に社会的な障害を有する者の福祉を図るため、地方公共団体又はその長が条例等に基づき定期的に支給する金銭のうち支給対象者一人につき八〇〇〇円以内の額(月額)」と規定され、これは、本件条例一条の文言とも一致している。本件年金は、障害者の福祉の増進のために支給されるものであり、右次官通達によっても収入認定から除外されるものに該当し、少なくとも八〇〇〇円の限度で収入認定されるべきでない。
6 最低限度の生活を保障しない状態での収入認定は違憲、違法であること
本件処分では、原告の最低生活を維持し、自立を助長する前提となる介護費用に関する特別需要の認定が極めて不十分であり、その結果原告は、公的ヘルパーやボランティア等の協力を得た上でも、介護を受けられる時間は一日の半分にも満たず、介護のいない間は、食事も用便もできず、夜布団で体を横にして眠ることもできないという生活実態である。
しかも、この極めて不十分な介護のために原告が支出を要する費用は、現実の支払として、月額約二一万五〇〇〇円が必要であり、介護費用の未払が発生するほか、介護費用への支払のため、食費、家賃、衣料費等日常生活費もしわ寄せを受け、原告の生活を圧迫している。
仮に、本件年金が、特別基準を設定する場合の他法他施策の活用のひとつとして評価されるべきであるとしても、あるいは収入認定が可能であるとしても、そもそも最低限度の生活を維持できない状態での収入認定あるいは他法他施策活用は、生活保護の大前提に反するものであり、かような収入認定等は、法一条、三条、憲法二五条に違反する。
(被告の反論)
1 法四条一項の「資産等」及び八条一項の「金銭等」について
保護は、厚生大臣の定める基準(要保護者の具体的事情を考慮した最低限度の生活の需要を満たすに十分であり、かつこれを超えないものとされている。法八条二項)により測定した要保護者の需要を基にし、要保護者が「資産等」を最低生活の維持のために活用することを要件に行われ(四条一項)、行うべき保護の程度は、「その者の金銭又は物品」(以下「金銭等」という。)で満たされない不足分を補う程度である(法八条一項)。
これらの規定によると、金銭収入は、保護に優先してまず最低限度の生活の維持のため活用されるべきであり、法四条一項の「資産等」や八条一項の「金銭等」に当たるとして、収入認定することになる。
2 本件通達における収入認定及び収入認定除外の適法性
本件通達における収入認定及び収入認定除外の定めについては、以下に述べるとおり違法な点はなく、これに基づいてされた本件処分にも違法な点はない。
(一) 収入認定除外の制度
本件通達では、金銭収入は原則として最低限度の生活に活用すべきであるが、例外的に、特定の者に対しその障害等に着目し、精神的な慰謝激励の趣旨で支給される金銭等、社会通念上収入として認定することが適当でないもの、その保有を認めることが自立助長に資するものは、収入認定除外するとの取扱いをしている。
(二) 収入認定除外の趣旨
要保護者の保有するあらゆる金銭又は物品を最低限度の生活の維持のために活用させることは、将来の自立に向けての基盤を放棄することを要保護者に強いる結果となり、要保護者の自立助長との法の趣旨に添わず、社会通念に照らしても相当でない。そこで、一定の場合の金銭収入について収入認定除外の取扱いを認めたものである。
(三) 収入認定除外に関する行政裁量、通達の適法性
いかなる場合に収入認定除外を認めるかは、最低限度の生活保障との立法目的との権衡も考慮しつつ行う必要があり、自立助長や社会通念という観念も一義的に明確とはいいがたいこと、保護基準による保護の内容も時代とともに変化することから、種々の要素を総合して専門的技術的観点から行われる厚生大臣の裁量に委ねられている。
本件通達では、客観的かつ合理的に具体的な取扱いの判断が可能となるよう、当該金銭の性格(支給の趣旨、目的)、支給方法(臨時か継続か)、使われ方(自立更生等)等を総合判断した上で、収入認定除外を規定しており、その取扱いにおいて法や憲法に違反する点はない。
(四) 本件年金の取扱い
本件年金は、本件条例によると、①心身障害者の保護者の相互扶助の精神に基づき、保護者死亡後の心身障害者に年金を支給し、もって心身障害者の生活の安定と福祉の増進に資するとともに、心身障害者の将来に対し、保護者の抱く不安の軽減を図ることを目的とする(本件条例一条)、②一定の加入資格(四条)を満たす者は、加入を申し込み、知事の承認を受けた上で(五条)掛け金等を納付し、③加入者の死亡又は重度障害を要件として、その扶養していた心身障害者に対し支給される(九条)ものである。
以上によると、保護者による経済的援助を受けることが不可能又は困難になった心身障害者の生活を経済的に安定させるため、その所得を保障する趣旨の金銭であり、特定の者に対し、その障害等に着目し、精神的な慰謝激励等の目的で支給されるものではない。したがって、本件年金は、本件通達で定める収入認定除外のいずれにも該当せず、外の各種年金と同様、要保護者の最低限度の生活の維持のために活用すべく、収入認定されるべきである。
3 東京都心身障害者福祉手当受給者との比較
東京都心身障害者福祉手当は、心身障害者の福祉の増進に資することを目的として、当該障害等に着目して、当該障害に基づく不安の解消、慰安、慰謝激励を目的として支給される手当てであり、心身障害者の保護者死亡の際の障害者の所得保障を目的とした本件年金とは制度趣旨を異にするから、本件年金と東京都心身障害者福祉手当との取扱いが違っても、憲法一四条に違反することはない。
東京都が心身障害者扶養年金条例の他に、独自に心身障害者福祉手当に関する条例を制定しているのは、地方自治の本旨に基づくものである。
4 最低限度の生活を保障しない状態での収入認定は違憲、違法であるとの主張について
本来収入認定されるべきものを収入認定したこと自体が違法であるとする理論的根拠はない。
5 少なくとも八〇〇〇円は収入認定すべきでないとの主張について
次官通達によると、第7、3、(2)アに該当する給付は、「実際の受給額を収入認定する」旨規定されており、例外として、第7、3、(3)のケにおいて、「心身障害児(者)、老人等社会生活を営む上で特に社会的な障害を有する者の福祉を図るため、地方公共団体又はその長が条例等に基づき定期的に支給する金銭のうち八〇〇〇円以内の額」については収入認定から除外することと規定されている。
本件年金は、所得保障の趣旨で支給される金銭であり、地域社会の障害者に対する精神的な慰謝激励を目的とする制度により支給される金銭ではなく、右の例外には該当しない。
三 手続的違法性(理由付記の有無)について
(原告の主張)
行政処分も、憲法三一条の趣旨に照らし、手続的に正当理由を明確にすることが必要である。本件処分は、47一時扶助の認定、71基準改定、01保護開始としか記載されていない。処分の理由は、相手方に事実としての理由を具体的に明示し、不服申立てに便宜を与える程度に特定していなければならず、本件処分に示された理由は、明らかにその程度に達していない。
収入認定額自体が生活保護費決定の基礎となるものであり、また各月の生活保護費支給額が各月ごとに定められるそれぞれ個別独立の行政行為であることからすると、各月の収入認定自体に独立に、詳細かつ具体的な理由が付記されるべきである。本件処分は、実質的に何ら理由を示すことなく、一方的に不利益な処分を行ったものであり、法五六条、憲法三一条、行政手続法の趣旨に反する。
(被告の主張)
1 法の要求する理由付記の程度
法二四条二項、五項、二五条二項、二六条では、生活保護の申請に対する決定処分、職権による保護の変更、停止又は廃止の各処分について、理由付記を義務づけている。
具体的処分において要求される理由付記の程度は、たとえば、保護の申請却下処分等、相手方の申立て又は主張と異なる内容の処分については、相手方が処分の理由を知る必要性が高いことから、詳細な理由付記が必要といえる。本人からの申立てや提出資料によらず、職権で収集した事実等に基づいて行われる保護の変更等の、相手方の理解を得ることが困難と思われるものについても、同様に詳細な理由付記が必要である。
これに対して、年度ごとの基準改定、定期的な加算の計上、削除に伴う保護の変更等は、一般基準でその要件等が明確であるから、原則として「基準改定による」程度の付記で足りるといえる。
2 本件処分の理由付記について
本件処分における変更理由である、冬季加算の削除、生活扶助費等の増額は、定期的な加算の削除及び毎年度行われる基準改定に基づくものであり、一般基準で要件等は明らかにされており、理由付記としては、「基準改定」の程度で足りる。
また、収入認定額一二万一四三〇円については、三月分と同額が認定され、変更はないことから、収入認定の内容については理由付記の義務はそもそも生じていない。
3 よって、本件処分に手続的違法はない。
第五 争点に対する当裁判所の判断
一 認定事実(括弧内は証拠)
1 原告の日常生活
(一) 基本的動作(第一回原告本人尋問)
前記第二の二1記載のほか、次のとおりである。
食事は、原告がメニューを決めて介護者に指図して調理してもらったもの、あるいは加工食品や外食を、介護者に食べさせてもらっている。
用便については、小便はし尿器でする。大便は、介護者に車椅子から便座まで運んでもらい、再び車椅子に乗せてもらうため、介護にかなりの力を要する。
睡眠についても、原告は、寝返りを打てず、布団を動かすこともできないため、横になって眠るには、就寝中の介護が必要である。介護者のいないときは、車椅子に坐ったまま眠る。
電話は、以前は介護者にかけてもらっていたが、現在は、障害者用の電話を用いて自力でかけている。
外出時の移動は、介護者に車椅子を押してもらうか、介護者の運転する自動車での移動であり、バス、タクシー等の利用は困難である。
(二) 原告の社会的活動(第一回原告本人尋問)
原告は、障害者の自立に向け、自立センターの設立当初から運営に関与し、現在は事務局長として活動している。自立センターとは、障害者の自立を目標とし、障害者の権利擁護と障害者向けの情報提供を行う全国的組織である自立生活センターの、石川県支部である。自立センターの主な活動は、要介護者に対するサービス(有償介護、送迎等)提供である。原告は、自立センターの活動経費に当てるため、平日昼間、街頭でカンパ活動も行っている。
(三) 原告の在宅介護の実態(甲一、九、一三、一四、四二ないし四五、乙二二の一ないし三、二六、二七、三三の一、二、四〇の一、二、五〇、五一、第一、二回原告本人尋問)
(1) 介護実態
① 昭和五一年の自立当初から五年間程度は、金沢大学「精薄問題を考える会」所属の学生ボランティアから、五交代制で二四時間の介護を受けていた。
② その後ボランティアの人手が不足し、公的家庭奉仕員を申請しその派遣を受けたが、派遣時間が足りず、以後、主に有償介護に頼らざるを得なくなった。そのころ(昭和年代の末ころ)、自立センター発足に向けた準備会の活動が始まり、平成三年ころ、自立センターが正式に発足した。以来、自立センターとの委託契約により同センター職員である高田昌利から有償介護を受けるようになった。また、そのころから、平日の日中、公社ヘルパー(市の委託している財団法人福祉サービス公社から派遣される心身障害児(者)ホームヘルパー)による介護も受けてきている。平成六年四月当時、自立センターとの委託契約の内容は、平日の午前九時から午後五時までの介護業務を月額一五万円で委託するというものである。
③ 平成八年当時の状況を見ると、原告は、自立センターとの間で右同様の委託契約を結び、同センター職員の高田から有償介護を受ける他、公社ヘルパー一人(週二回計六時間、女性ヘルパー)、アルバイト四、五人、自立センターのボランティア三、四人から介護を受けていた。おおよその介護時間割は、自立センターの高田と公社ヘルパーが平日の午前中から日中にかけて、(高田は土曜日も含む。)、夜及び休日はアルバイトと自立センターのボランティア、深夜・早朝は自立センターのボランティアとなっていた。アルバイト、ボランティア要員は、大学寮への張り紙、イベント会場や街頭カンパでの募集その他経験者からの紹介等によって確保した。
このころ(平成八年四月〜九月ころ)の一日の介護時間の割合は、平均して二四時間のうち約五割弱、深夜・早朝(二四時から朝八時)を除くと、六割台である。平成八年六月から九月までの間で深夜・早朝の介護を受けたのは、六月が四日、七月が二日、八月が二日、九月が三日であった。
④ 平成一〇年一一月ころには、右と同様、平日の日中は自立センターの高田や公社ヘルパーから介護を受け、夜及び休日は、有償ボランティア(一か月四万円)、学生アルバイト、学生ボランティア及び自立センターのボランティアから介護を受けている。有償ボランティアとは、介護時間数及び時間帯からすると、本来もっと高額の費用を支払うべきではあるが、現状では四万円以上支払えないため、好意でその限りの支払に止めてもらっているという意味での有償かつボランティア的な介護との意味である。深夜・早朝介護は、経済的負担が大きく、ほとんど付けていない。
(2) 各種介護の問題点
① 公社ヘルパー
公社ヘルパーは、重度心身障害児(者)のいる家庭に対して介護サービスを提供する、心身障害児(者)ホームヘルプサービス事業として金沢市により行われているものであるが、ヘルパー派遣の時間帯は、特別に相談に応じてもらう場合には例外的に、平日の午前七時から九時まで及び休日の午前七時から午後七時までの時間帯も対応可能とのことであるが、原則的には、平日の午前九時から午後五時までに限られる。また、ヘルパーは全員女性であり、力仕事が困難であるうえ、男性である原告にとっては、トイレの介助を頼みづらいなどの問題点があるほか、サービスの開始時と終了時には自宅にいなければならず、行動の自由が制限される。これらの事情から、原告にとっては、従来利用してきた範囲(週二回平日の日中に合計六時間程度)以上の活用は困難である。
② 深夜・早朝の有償介護の不足
深夜・早朝の介護は、寝返り、トイレ、布団直しなど手が掛かる上、体力的にもきつい介護であり、無償のボランティアには頼みづらい面がある。しかし、すべて有償介護で対応するのは、費用が高額で(一晩一万円程度)、経済的に困難である。
また、仕事として介護を提供する有償介護と人の善意に頼るボランティアとでは、必ず来てもらえるかどうか、介護者の都合が悪くなったときの手当などの面で、安心感が違う。すべて個人の善意に頼るしかないのでは、介護が不安定になるという問題点がある。
(四) 原告の家計状況(甲一〇ないし一四、乙二二の一ないし三、二六、二七、五〇、五一、第一、二回原告本人尋問)
(1) 原告の収入
生活保護費以外に、障害基礎年金、特別障害者手当及び本件年金を受給している。生活保護費は、毎月四日に、障害基礎年金は二か月に一回一五日に、特別障害者手当は、三か月に一回、一〇日に入金される。もっとも、障害基礎年金は、原告が本を出版する際等に借り入れの担保に供したので、現実には受給できない場合が多い。
(2) 原告の支出
① 自立センターの介護委託契約による介護費は、平成六年四月現在、月額一五万円である。現実には、右センターの原告に対する介護は、原告の支払だけでは賄えず(原告の専属介護担当である高田の給料だけでも、月額一八万円を要する。)、不足は自立センターの会計から補てんしている。その他、アルバイトへの支払は、時給一〇〇〇円で月一〇万円前後である。介護費の支払は、現実には遅滞している分も多い。
② 平成八年三月から九月の介護費支出の実情
平成八年三月から九月にかけて受けた有償介護に対し、現実に支払った介護費支出は、次のとおりである。なお、表中のA欄は、「原告の当該月の理論上の総収入中の介護費の占める割合」、B欄は、「原告の当該月の総支出中の介護費の占める割合」を指す。
自立センター(円)アルバイト(円)
A(%) B(%)
三月 一一万五〇〇〇 七万四五〇〇
106.1 80.0
四月 三万一五一五 四万六五〇〇
23.2/32.3
六月 一一万 八万六〇〇〇
57.3/83.7
七月 一五万 九万三〇〇〇
138.9
八月 一一万 一二万一五〇〇
55.5
九月 三万一五〇〇 九万九〇〇〇
74.6/47.0
平均 一一万 一〇万五〇〇〇
76.3
同時期に、公社ヘルパー、ボランティア等無料の介護を受けた部分について、仮にこれを一時間一〇〇〇円に換算すると、さらに次のとおり介護相当費用が算定される。
公社ヘルパー(円) ボランティア(円)
三月 二万 四万六〇〇〇
四月 二万 五万三五〇〇
五月 二万 五万五〇〇〇
七月 二万〇五〇〇 二万八五〇〇
八月 二万二〇〇〇 三万四〇〇〇
九月 二万 五万九〇〇〇
平均 二万 五万三七〇〇
同時期に、原告が現実には介護を受けなかった時間(ただし、二四時から朝八時までの深夜介護は除く。)について、仮に一時間一〇〇〇円で介護を受けたとすると、さらに次のとおりの費用が必要となる。
四月 一七万〇四〇〇円
六月 一八万二五〇〇円
七月 一五万九九三一円
八月 一九万八五〇〇円
九月 一六万八八八八円
平均 一七万〇四〇〇円
③ その他の支出状況(甲一〇、一一、第一回原告本人尋問)
介護費以外の支出を抑えて介護費に回しているため、衣料費、娯楽費もほとんど削られており、衣料費は、平成八年三月から九月の四か月で四五〇〇円程度しか支出していない。食費も月三万円程度である。
住居は、民間賃貸アパートで家賃は五万一五〇〇円と、生活保護の住宅扶助の最高月額を超えている。原告は、エレベーターのついていない二階以上の部屋には住めないし、車椅子でも十分入れるだけの玄関やドアの広さがあること、トイレや風呂も一定の広さがあることが必要なほか、障害者に対する差別的な対応もあり、借りられる部屋は限定される。県営住宅や市営住宅は、家賃が安く障害者向きの造りであるが、絶対数が不足している上、入居条件の制限(石川県営住宅では、常時介護の必要な者の単身入居は認められていない。)から入居不可能である。
家賃や電話代も、現実には、滞納したり、遅れた分をまとめて支払うことがしばしばある。平成八年三月から九月についてみると、三月、六月は家賃未払で、四月、九月は家賃支払が一〇万円以上となっている。
(五) 原告の施設介護に対する考え
原告は、かねてから親兄弟に迷惑を掛けずに生きていく方法を見つけたいと思っていた。施設入所を考えたこともあったが、社会に出て役に立ちたいとの思いが強く、一旦入所すると社会復帰できるか不安だった。さらに、団体生活による制約から、外部の人とのつき合いや、自立センターの活動などの社会活動が事実上束縛されるのではないか、日常生活面でも干渉されることが多いのではないか等の不安から、在宅介護による生活を現在も続けている。
2 石川県における障害者施設設置状況、介護サービス事情
(一) 重度障害者向け施設(甲三〇ないし三二、乙六〇の一ないし四)
現在、石川県内の重度身体障害者の入所可能な施設として、金沢市には、金沢湖南苑(身体障害者療護施設。平成九年四月設立で、本件処分当時にはなかった。)、小松市に陽光園(身体障害者療護施設・定員一三〇人)、七尾市に青山彩光苑(身体障害者更生援護施設・定員一〇〇人)がある。平成七年一二月現在は、陽光園、青山彩光苑とも入所率一〇〇パーセントであったが、平成九年九月現在では、陽光園に定員一三〇人中九人、金沢湖南苑に定員一〇〇人中二一人の入居可能枠がある。
(二) その他の公的サービス(甲三〇ないし三二、乙三三の二)
金沢市等が実施している前記心身障害児(者)ホームヘルプサービス事業(重症心身障害児(者)の家庭にホームヘルパーを派遣して、身体介護、家事援助、相談助言指導、外出時における移動介護等のサービスを提供する事業)、身体障害者デイサービス事業、補装具交付、日常生活用具給付事業、電動車椅子貸出、リフトカー運営事業補助等がある。
(三) 施行されていない事業等(甲一七、一八、二〇、三七の一、二)
全身性障害者介護人派遣事業(全身性の重度障害者が地域で生活するに必要な介護費用を自治体の予算で賄う制度。全国二〇都市で施行。)、重度身体障害者手当制度(心身に重度の障害を有するため、常時複雑な介護を要する者に対し、福祉の増進を図る目的で支給される手当て)等は、現在のところ石川県では制度が取り入れられていない。
3 本件年金の支給根拠等
(一) 本件条例の内容(乙一)
(1) 本件年金の支給目的
心身障害者の保護者の相互扶助の精神に基づき、保護者死亡後の心身障害者に年金を支給するため、石川県心身障害者扶養共済制度を設け、もって心身障害者の生活の安定と福祉の増進に資するとともに、心身障害者の将来に対し、保護者の抱く不安の軽減を図ることを目的とする(本件条例一条)。
(2) 支給対象者
精神薄弱者、身体障害者福祉法施行規則別表第五号(乙四一)に定める身体障害者障害程度等級表の一級から三級までに該当する障害を有する者、あるいは精神又は心身に永続的な障害を有する者で、その障害の程度が前二号に掲げる者と同程度と認められる者であって、将来独立自活することが困難である者(本件条例三条一項)
(3) 本件年金加入者(「保護者」本件条例三条二項)
石川県の区域内に住所を有する六五歳未満の(本件条例四条一項一号、二号)、現に心身障害者を扶養する、以下のいずれかに該当する者
① 心身障害者の配偶者
② 心身障害者の父母、兄弟姉妹、祖父母又はその他の親族
(4) 掛金の納付(本件条例八条)
加入者は、加入承認を受けた月から規則で定めるとおり、県に掛金を支払う。
(5) 年金の給付(本件条例九条)
加入者が死亡、又は重度障害になったとき、その月から加入者の扶養していた心身障害者に対し、支給される。支給額は、一口月額二万円である。なお、昭和五四年一〇月に、二口加入の制度を設ける改正があった(乙一九)。
(二) 本件年金制度発足に至るまで(障害者扶養共済制度の沿革)(乙一九)
(1) 議論の出発点(精神薄弱者福祉財団構想)
昭和三〇年代以降、全国社会福祉協議会、全日本精神薄弱者育成会が中心となり、心身障害者福祉関連の総合的研究が進められ、昭和四一年、精神薄弱者福祉財団構想が発表された。右構想では、心身障害児(者)を持つ保護者らに共通の不安である、自分の亡き後、残された障害児(者)の面倒をどうやって見るかとの問題に対して、保護者らがその生存中一定額を拠出した基金によって、その亡き後、一定額の終生年金を障害者に毎月支給する必要性が最大課題である旨述べられている。これは、昭和三一年全国児童福祉大会で精神薄弱児の保護者から訴えのあった精薄福祉金庫の発想に由来するものであった。
(2) 当時の地方公共団体の動向
かような地域住民の要望に対応して、昭和四一年七月に栃木県足利市に我が国最初の「心身障害者特別援護制度」が発足、同年九月神戸にて「心身障害者保険扶養制度」が実施され、以後他の地方公共団体にも波及した。昭和四三年二月現在では、全国地方公共団体のうち、実施中が五市町村、昭和四三年中に実施予定が三県、二指定都市、二市、現在検討中一七都県、三指定都市、六市合計三八団体であった。
(3) 厚生省の対応(心身障害児扶養保険制度に関する懇談会)
厚生省は、かような地方公共団体の動向をふまえ、昭和四三年、扶養保険問題の学識経験者による「心身障害児扶養保険制度に関する懇談会」を設置し、国の行うべき施策について調査研究を行った。右懇談会による報告書「心身障害児扶養保険制度に関する基本的な考え方について」によると、①親の死亡後の心身障害者の生活に対する不安を和らげ、かつ地方公共団体の行う福祉行政を強化するとの二重の目的ですでに幾多の地方で実施しているこの種制度に対して、国として積極的な指導、助成を行うことが必要である、②現在地方公共団体によって行われている扶養保険は、親の私的保障を援助促進するために、地域住民のニーズに応じて創設されたものであるが、本来親の死亡後の心身障害者の福祉は、経済的保障だけでなく、その扶養する者に対し適切な養育、保護を確保するための生活指導などの公的サービスを併せ行われることも必要であるから、扶養保険制度は地域における福祉行政の実施主体である地方公共団体において社会福祉事業の一環として行われることが適切である、とされている。そして、国の役割としては、心身障害者の福祉増進のため、その全国的な普及と充実を図るべく、扶養保険についてその標準化を期するとともに、必要な指導、助成を行い、制度の合理的、円滑な運営のため中央機構を設けて、保険料の低廉化等を実現することとされている。
(4) 心身障害者扶養共済制度の発足
厚生省は、右懇談会の報告を受け、中央機構として当時の「社会福祉事業振興会」(現在の「社会福祉・医療事業団」)にその事業を行わせることとし、昭和四四年三月二六日、国会に「社会福祉事業振興会法の一部を改正する法律案」を提出、右法案は、昭和四四年一二月二日可決成立した。さらに同月二五日、「心身障害者扶養共済制度を定める政令」が公布施行された。これらに平行して、同月一〇日、社会福祉事業振興会に保険部が創設され、昭和四五年一月三一日付けで必要案件について厚生大臣の認可を受けた上、昭和四六年二月宮城県との間に扶養保険契約を締結、これに伴い生命保険会社と生命保険契約を締結したことで、扶養保険制度事業が実質的に開始された。
4 本件年金と他の年金、手当等の比較、保護の一般基準との関係
(一) 東京都心身障害者福祉手当に関する条例(乙一〇)
(1) 目的
東京都と東京都の区域内に存する市町村が一体となって、心身障害者福祉手当支給制度の実現を図ることにより、心身障害者の福祉の増進に資することを目的とする。
(2) 東京都の措置
東京都は、市町村が条例を制定して行う心身障害者福祉手当の支給に要する経費(市町村が支給要件に従って支給した場合の当該手当総額に相当する額)を負担する。
(3) 支給対象
在宅の二〇歳以上の者で、身体障害者福祉法施行規則の別表第五に定める身体障害者障害程度等級表の二級以上であるもの等。ただし、所得が基準額以上の者は除く。
(4) 保護の一般基準上の取扱い
収入認定から除外する取扱いをしている。
(二) 障害基礎年金
支給対象は、国民年金法施行令別表に定める障害等級に該当する程度の障害の状態にある、国民年金被保険者である(国民年金法三〇条一項)。
一般基準における障害者加算は、沿革的に、右年金を受給している被保護者について、保護費からこれを減額することを避けるために設けられた制度である(甲二一、三二)。
(三) 特別障害者手当
在宅の常時特別な介護を必要とする最重度障害者に対し、最重度の障害による特別な負担の軽減を図る一助として支給される。支給対象者は、在宅の二〇歳以上の者で、政令(特別児童扶養手当等の支給に関する法律施行令別表第一)で定める程度の著しく重度の障害の状態にあるため、日常生活において常時特別の介護を必要とする者である(甲三〇、三一、三八、乙四四)。
一般基準における重度障害者加算は、沿革的に、右手当を受給している被保護者について、その受給分を保護費から減額することを避けるために設けられた制度である(甲二一、三三)。
5 障害者の自立に関する近年の議論等
障害者福祉対策は、時代と共に変遷している。障害者自身の自立意識の高まりと共に、従来の施設収容型介護から、在宅型、地域型介護へと、政府関連機関においても、議論の重点が移行しつつある。以下は、近年の政府関連文書に認められる、障害者の自立(特に在宅介護)に関する議論の一端である。
(一) 「障害者対策に関する長期計画」(昭和五七年三月二三日・国際障害者年推進本部)(甲二三)
国際障害者年推進本部において、今後の障害者対策に関し、中央心身障害者対策協議会からの提言を受け、障害者サービス事業について、関係行政機関の連携を一層密にし、総合的かつ効果的な推進を図るものとする、との長期的展望を示したものである。障害者福祉サービスのうち、特に在宅介護に関連する記載の要点は以下のとおりである。
(1) 在宅サービス等
障害者の在宅志向、自立意識の高揚とともに、社会参加促進事業、重度障害者の介護サービス等を中心に、在宅サービスに対する需要が質量とも高まっている。在宅サービスを進めるに当たり、長期的視点に立った総合的体系を確立し、障害者が社会生活を営むうえで必要なサービスを十分に受けられるような体制を計画的に整備していくものとする。考慮すべき事項の一つとして、重度の在宅障害者に対する介護、移動サービスの充実を掲げている。
(2) 施設利用サービス
通所型を重点に、障害者の利用しやすい配置を考慮する必要がある。施設利用サービスについては、障害者がライフサイクルの各段階でそれぞれのニーズに応じた施設利用サービスを選択、利用できるよう、各施設の設備、処遇内容の改善、適正配置及び有機的関連、さらに在宅サービスとの関連にも配慮した、総合的施設体系の確立を図る。
(3) 生活環境改善
障害者が社会の中で自立した生活を営めるように、生活環境の整備改善を推進する。障害者の社会参加による行動範囲拡大に伴い、移動、交通手段の確保が必要となるため、公共交通機関の改善、整備とともに、リフト付きバス、改造自動車等の特別手段、ガイドヘルパー派遣等のサービスを考慮する。障害者の移動、交通手段に係る経済的負担については、一般利用者との均衡等も考慮した所要の軽減措置について検討を行うものとする。
(二) 「今後の社会福祉のあり方について」(福祉関係三審議会合同企画分科会の意見具申)(平成元年)(甲三七の一、二)
社会福祉の基本的考え方として、在宅福祉の充実を掲げ、施設福祉の拡充整備を図りつつ、高齢者や障害者等が住み慣れた地域で暮らしていけるよう在宅福祉を一層すすめ、地域福祉の向上に努めなければならない、としている。
(三) 「障害者対策に関する新長期計画」(障害者対策推進本部決定)(平成五年三月)(甲二三、三七の一、二)
基本的人権を持つ一人の人間として、障害者自身が主体性、自立性を確保し、社会的活動に積極的に参加していくことを期待するとともに、その能力が十分発揮できるような施策の推進に努める、としたうえで、計画を進める基本的考えの第一に、「障害者の主体性、自立性の確立」をあげている。
(四) 老人福祉法等の一部を改正する法律(福祉関係八法改正)(平成二年)
在宅福祉サービスの積極的推進、住民に最も身近な市町村に福祉サービスを一元化する、障害者関係施設の範囲の拡大等を目的とする法律改正が行われた。(甲二三)
(五) 「障害者プラン〜ノーマライゼーション七カ年戦略」(平成七年一二月・障害者対策推進本部)(甲二四)
「障害者対策に関する新長期計画(平成五年度から一四年度)」の具体化を図るための重点施策実施計画として、リハビリテーション(ライフステージのすべての段階において全人間的復権を目指すとの理念)、ノーマライゼーション(障害者が障害のない者と同等に生活、活動するとの理念)の基本理念に基づき、地域での共生、社会的自立を促進、バリアフリー化を促進する、生活の質の向上を目指す等の視点から障害者対策の推進を図る、としている。
6 他の制度における介護給付の水準
被爆者特別措置法による平成六年度の介護手当の一般障害分の金額は、生活保護における他人介護費の一般基準の額(平成六年度は六万八七〇〇円)と同額であり、また、同法による介護手当の重度障害分の金額は、生活保護における他人介護費の都道府県知事承認分の特別基準額(平成六年度は一〇万三〇五〇円)と同額である(乙五三)。
また、平成六年当時、自動車事故対策センターが、自動車事故対策センター法に基づく給付として、原告と同様に常時介護を必要とする重度後遺障害者に対して支給する介護料の金額は日額四〇〇〇円で、本件処分における他人介護費特別基準額(上限額)の一二万一〇〇〇円とほぼ同額である(乙五四)。
二 判断
1 他人介護費特別基準について
(一) 他人介護費特別基準設定における厚生大臣の裁量について
他人介護費特別基準の設定は、法八条二項により、年齢、性別、所在地域その他保護の種類に応じて必要な事情を考慮した最低限度の生活需要を満たすに必要かつ十分であることが必要であるところ、そもそも、法八条二項の「最低限度の生活」あるいは憲法二五条の「健康で文化的な最低限度の生活」とは、抽象的な相対的概念であり、その具体的内容は、文化の発達、国民経済の伸展に伴って向上するのはもとより、国民の一般的生活水準や国の財政状況その他多数の不確定要素を総合考慮してはじめて決定しうるものである。加えて、他人介護特別基準設定の前提となる介護需要の測定自体、専門的、技術的な判断であるのみならず、右介護需要を前提に、いかなる種類の保護をどの程度実施すべきか(在宅介護を基本にするか、施設収容によるか。在宅介護で対応する場合には、さらに具体的にどの程度の介護を要するか。)に関する判断、並びに、介護費用算定の基礎となる保護の種類ごとの時間単価(これは、介護の需要と供給の関係によっても左右され、当該地域の事情を考慮しつつも、全国的な水準に対する配慮も必要となる。)、その他介護に要する諸経費等の具体的な把握、算定等については、さらに高度に技術的かつ専門的な知見が要求される。また、保護の実施には相当の財源を要する点で、他の福祉政策及びその他国全体の諸政策との均衡も念頭に置いた高度に政策的な判断が必要となる。
以上の諸事情に鑑みると、他人介護費特別基準の設定は、厚生大臣の合目的的な裁量に委ねられているものと解され、したがって、右基準が現実の介護需要を無視して著しく低い基準を設定する等、憲法及び法の趣旨、目的を逸脱したような場合でないかぎり、右基準に基づいて行われた処分を違法ということはできない。
(二) 他人介護費特別基準の上限について
(1) 前記第二、二の「前提となる事実」及び第五、一の「認定事実」によると、原告は、日常のあらゆる動作に介護を要する重度身体障害者であるから、その介護需要を完全に充足するには二四時間常時介護が必要となり、そのための在宅介護における他人介護費用は、介護時給を控えめに一〇〇〇円と見積り、公社ヘルパーによる公的無償介護分(週六時間分)を控除して算定しても、月額七〇万円程度を要するものと認められる。また、前記「認定事実」によれば、原告は、本件処分当時も、前記認定の平成八年当時とほぼ同程度の介護を受けていたものと推認され、それが不十分なものでしかないことは明らかであるところ、その現実の不十分な介護のうちの有償介護分(公社ヘルパーやボランティアによる無償介護分を控除した部分)に対する費用だけを見ても、月額二一万円以上、二五万円程度を要することが認められる。しかも、ボランティア等による無償介護は不安定なものであり、これが困難な状況に陥れば、他人介護費用はさらに増加することとなる。
しかるに、本件処分において原告に認定された他人介護費特別基準は一二万一〇〇〇円であり、これは石川県における上限額であるが、右に認定した原告の必要介護費額とは顕著な開きがある。
そこで、右特別基準が、原告の介護需要を無視した著しく低い額で、これを基礎にした本件処分が違法あるいは違憲となるかどうかについて検討する。
(2) 前記「前提となる事実」によると、他人介護費特別基準設定については、あらかじめ厚生大臣から各地方自治体に対し、特別基準(厚生大臣承認額)の申請の上限額が通知され、各自治体は、右上限の範囲内で申請、承認を得るという運用がされている。本件処分でも、被告が右上限額そのものを厚生大臣に承認申請し、その承認を得て、特別基準が設定されている。
原告は、かような他人介護費特別基準設定の運用について、そもそも特別基準に上限を設けること自体が違法あるいは違憲である旨主張するので、まずこの点について検討する。
(3) 法九条の定める必要即応の原則、及び法三〇条一項本文の定める在宅介護の原則によると、他人介護費特別基準の設定においても、当該被保護者の介護需要につき、在宅介護を前提として、金銭給付あるいはそれに代わるべき現物給付(以下「金銭給付等」という。)で実施するのが原則形態であると解される。右原則から、いかに高度な介護需要についてもすべて、在宅介護を前提として被保護者の必要とする介護費を金銭給付等により実施すべきとの見解もありえよう。
しかしながら、他方、かような場合には、在宅における金銭給付等による保護以外に、法三〇条一項但書の収容保護の可能な場合として、その活用を図ることもできるとの解釈も十分考えられるところである。後者の解釈に立った場合は、収容保護の可能性も念頭に置いたうえで、金銭給付としては、一定の上限を設けることもやむをえないとの政策的判断の余地も出てくると解される。そこで、右のような場合にそもそも収容保護が可能かどうかについて検討する。
(4) 被保護者自身が収容保護を希望する場合は、三〇条一項但書の明文上、収容保護が可能である。問題となるのは、被保護者自身は在宅介護を希望しているときに、在宅介護費用が高額であることを理由に、三〇条一項但書の「これ(在宅介護)によることができないとき」「これ(在宅介護)によっては保護の目的を達しがたいとき」に当たるとして、収容保護によることが可能かどうかである。
たしかに、被保護者が現実に在宅で介護を受けるか、収容保護を選択するかは、その人生設計の基本になることであり、被保護者の自己決定権が最大限尊重されなければならない。
しかし、他方で、被保護者の需要を現実に満たすには、保護の実施の裏付けとなる財源が不可欠であることをも無視できない。生活保護制度の運営としては、国全体の財源に限界と制約のある中で、他の福祉政策及びその他国全体の諸政策との間で均衡を図り、配分を決定するという高度に政策的な判断を前提として、その枠内で、すべての保護者のあらゆる需要に対して、必要十分かつ平等にこれを実現させることが求められているのである。かような限界と制約をも考慮した場合、在宅介護を希望するすべての要保護者に対して、必要な在宅介護の費用全額を、それがいかに高額になっても、現在のみならず将来的にも全額保障することは、現実的には実現困難なことであるといわざるをえない。
ともすれば、在宅で介護するとしたら右に判示した見地から対応困難な程に高額の費用が見込まれる場合についても、在宅介護を前提とする限り国が介護費の全額を保障することは困難であるという意味において、「これ(在宅介護)によることができない」あるいは、「これ(在宅介護)によっては保護の目的を達しがたいとき」に当たるとして、保護の手段として収容保護を選択することも可能と解するのが相当である。もっとも、その場合においても、在宅介護を希望する者については、その自己決定権を尊重しなければならないのは前記のとおりであるから、在宅介護に相当高額の費用を要する要保護者だからといって、それのみで当然に収容保護命令(法六二条一項)の対象になるわけではないというべきであろう。
(5) 被保護者の在宅介護における介護費用が行政的に対応困難な程に高額となる場合が三〇条一項但書の収容保護の可能性の認められる場合に当たるとしても、被保護者自身が在宅介護を希望する場合に、その他人介護費特別基準設定に当たり、収容保護の可能性を考慮に入れて、金銭給付としては上限を設けるとの運用が厚生大臣の裁量の範囲内かどうかは、更に検討を要する問題であるが、この点についても、結論的には、特別基準に上限を設ける運用をすることも、行政裁量を逸脱しているとまではいえないと解される。
すなわち、保護の手段として、金銭給付と収容保護の両方を考えうる場合、当該被保護者の需要を満たすための保護の手段としていかなる手段を選択するか、すなわち、金銭給付するか、収容保護と金銭給付を併用するか、収容保護のみによるかは、前記のとおり高度に専門的、政策的な判断であり、相当広範な行政裁量があるといわざるをえない。そして、前記のとおり財源に限界と制約があるという現実も考え合わせると、かような場合には、収容保護の可能性が存在すること、及び他の制度における介護給付の水準が前記第五の一6記載のとおりであること(これは、国民一般の介護享受水準を反映したものであると解しうる。)をも勘案したうえ、他人介護費の金銭給付としては合理的な上限を設けることも、厚生大臣の裁量の範囲内の一つの政策判断であると解される。
したがって、他人介護費特別基準に上限を設ける運用自体をもって、違法ということはできない。
(6) ただし、収容保護の可能性を考慮して他人介護費特別基準の設定を行うには、被保護者の入所できる保護施設が整備されている状況が当然の前提として必要であり、この前提を欠く場合には、収容保護の可能性を考慮して他人介護費特別基準を設定することは、違法と言わざるをえなくなる。
また、金銭給付の上限を設けること自体はやむをえない一つの選択であるとしても、右上限が被保護者の現実の介護需要を無視して著しく低額に設定されている場合には、収容保護の可能性を考慮したとしても、なお、そのような特別基準の設定は、裁量の範囲を逸脱し、違法といわなければならない。原告は、本件の特別基準上限額の一二万一〇〇〇円は著しく低額であると主張するので、この点について検討する必要がある。
(7)① 本件処分当時、収容保護による可能性が実質的に確保されていたか否かの点については、重度身体障害者の入所可能な施設が金沢近郊に少なくとも二か所(定員は一〇〇人と一三〇人)存在していたところ、本件処分当時に当該施設で原告を受け入れられない、あるいは当該施設においては原告の介護需要が満たされないとの特殊事情があったと認めるべき証拠もない以上、収容保護による可能性は確保されていたというべきである。
② 特別基準の上限額が著しく低額であるか否かの点について見ると、前記(3)ないし(5)に判示したところ、収容保護が可能であったこと、及び他の制度における介護給付の水準が前記第五の一6記載のとおりであることを考慮に入れると、一二万一〇〇〇円との特別基準上限額が介護需要を無視したものであると目すべき程に著しく低額であるとまではなしがたいといわざるをえない。原告は、介護保険法に基づく介護サービスに比べてもはるかに低額であると主張するが、同法による介護は、保険加入者の保険料支払の上に成り立つ介護保障であり、生活保護とは性質を異にするから、生活保護法において同程度の介護費が支給されなければ違法となるものとはいえない。
したがって、他人介護費特別基準の上限額が一二万一〇〇〇円とされたことについても、裁量権の逸脱により違法となるとまではいえない。
③ したがって、原告について他人介護費特別基準がその上限である一二万一〇〇〇円と設定され、同額が最低生活費としての他人介護費と認定されたことについても、行政裁量を逸脱して違法であるとはいえない。
(8) 以上により、原告に関する他人介護費特別基準の点において、本件処分が違法あるいは違憲であるとはいえない。
2 本件年金を収入認定することは違法あるいは違憲か
(一) 前記第二、二の「前提となる事実」によると、本件処分では、本件年金が収入に当たるとして、これを障害基礎年金等と同様に最低生活費から差し引いて保護費を算定している。右収入認定の違法性いかんで問題となるのは、本件年金が法四条一項の「資産等」、法八条一項の「金銭等」に当たるか否かである。そもそも本件年金がこれに当たらないとなると、これを収入認定することは即ち違法となる。
(二) 法四条一項の「資産等」及び法八条一項の「金銭等」の解釈
被告は、要保護者の利用しうる資産等及び金銭等のすべてをまず最低限度の生活を維持するために活用すべきであると主張し、また、本件年金の趣旨を主として要保護者の生活保障のためと解して、そのことからも、本件年金は収入認定して最低限度の生活維持にあてるべきである旨主張する。
しかし、法四条一項及び八条一項の文言からしても、要保護者の保有ないし取得するすべての金銭を例外なく最低限度の生活維持のために活用することが絶対要件であると一義的に解釈されるわけではないというべきである。法は、最低限度の生活保障を目的とするものではあるが(法一条)、右最低限度の生活は、健康で文化的な生活水準を維持することができるものでなければならない(法三条)。また、法の目的としては、要保護者の自立を助長することも同時に掲げられており(法一条)、これらの法の目的・趣旨を総合的に考慮し、これに適合する範囲・程度において、「資産等」や「金銭等」を解釈するのが相当であると解される。この見地からすると、要保護者の取得しうる金銭等が法四条一項の「資産等」ないし法八条一項の「金銭等」に当たるかどうかは、当該金銭等の原資、給付根拠、要件、目的、金額その他の客観的諸事情等を総合考慮の上、生活保護法の趣旨に照らして、右金銭等が最低限度の生活維持に活用されるべきものであり、その余の方途に活用することが許されないものであるかどうかによって判断すべきものということになる。
(三) 本件年金は「資産等」ないし「金銭等」に当たるか
(1) 法における「自立助長」の概念について
生活保護制度は、沿革的にみると、経済的最低生活の保障のための制度との側面が強かったことは否定できない。しかし、法制定当時と比べると、国民の生活水準ははるかに向上し、その目指すところの健康で文化的な最低限度の生活概念も、制定当時からは相当違ったものになっていると思われる。また、高齢化社会の到来、障害者の自立及び社会参加の動き等、社会的な背景事情も時代とともに大きく変化している。これらに鑑みるならば、法の目的とする「自立」の概念も、単なる経済的自立(施しを受けない生活)にとどまらず、たとえば他人の介護なくして生きることのできない障害を有する要保護者との関係では、その自律的な生活を助長するとの意をも含めた、より広い概念と捉えるのが相当であると解される。
(2) 本件年金の趣旨
本件条例一条による本件年金の目的は、「保護者亡き後の心身障害者の生活の安定と福祉の増進」である(本件条例一条)。たしかに経済的生活保障という目的があることも否定できないものの、特に重度障害者の場合には、福祉増進、自立助長という目的がより強く現れてくるということができる。障害が重くなればなるほど、保護者亡き後、心身障害者がいかにして人間らしく生きていくかは、日常生活が他人による介護を切り離しては考えがたいことからも、単なる家庭毎の経済問題を超えた、より規模の大きい困難な課題であり、だからこそ地方自治体の行う共済制度にもより馴染みやすいものと解される。前記第五、一の「認定事実」における、本件年金制度発足当時の学識経験者らの懇談会の意見においても、経済的生活保障にとどまらず、福祉的公的サービスの必要性にまで言及したうえで、本件年金制度を地方公共団体の社会福祉事業の一環として行うことが適切であると指摘されており、このことからも、本件年金の目的として、経済的保障もさることながら、福祉増進、自立助長の面がより強いものと解される。
本件年金の具体的支給要件及び効果に戻ってみても、本件年金の支給要件が、保護者の死亡又は重度障害であり、保護者自身の経済力に着目しているものではないこと、本件年金受給者である心身障害者が、身体障害者福祉施行規則別表第五号に定める身体障害者障害程度等級表の一級から三級に該当する障害を有する者で将来独立自活することが困難である者等、重度障害者に限定されていること、一口二万円という支給額も、制度発足当初から見直されていないこと、以上の諸点からしても、本件年金は、経済的生活保障というよりは、むしろ、障害者の福祉増進、自立助長の面の強いものと解するのが相当である。
(3) 他法他施策の活用との関係
① もっとも、本件年金が障害者の福祉増進、自立助長という目的を強く有しているからといって、直ちに、四条一項の「資産等」や八条一項の「金銭等」に該当せず、生活保護費の上乗せ的な金銭であるとなすべきことにはならない。この点、原告の主張する東京都心身障害者福祉手当等と取扱いを同一にすべきものとは断じがたいというべきである。右手当ては、心身障害者の福祉の増進のみを目的に掲げ、かつ一定の所得制限等の支給制限はあるものの、基本的には、規定の障害を有する者について、障害者であることのみを直接の理由として支給されるとの点で、次に述べるような意味合いを有する本件年金とは趣旨を異にする面があるからである。
② すなわち、本件年金の原資は、その加入者である、心身障害者の保護者が支払った掛金であり、支給要件は、保護者が死亡あるいは重度障害に陥ったことであることからすると、本件年金については、保護者亡き後、保護者に代わるものとして支給されるとの意味合いが強いといえる。とするなら、本件年金は、法四条二項の「扶養の優先」の趣旨に照らし、他方他施策として、生活保護の実施に先立って活用されるべき余地はあるといえる。
たしかに、仮に他人介護費特別基準が、在宅介護を希望する者で相当高額の介護費を要する者にもすべて、必要額がすべて支給されるのであれば、本件年金を他法他施策として活用することはあながち不合理ではなく、前記の自立助長の目的や本件年金の趣旨をも無にするともいえないと解する余地はあろう。
③ しかし現実には、本件処分当時、他人介護費特別基準には一二万一〇〇〇円という上限が設定されており、かかる客観的状況を前提にして、原告のように、その心身の障害から実際には他人介護費特別基準の上限を相当超える介護費を要するにもかかわらず、法三〇条一項但書等との関係で他人介護費特別基準上限額の認定支給にとどまる者が、あえて収容保護ではなく在宅介護を選択する場合、本件年金は、他人介護費特別基準の金銭的限界を少しでも埋め合わせ、介護の不足を補って、自律的生活の実現を助けるのに充てられるべきものであり、その意味において、生活保護費の上乗せ的な性格のものと扱うべきであると解される。そう扱うことが、先に判示した法及び本件条例の自立助長、福祉増進の趣旨にも合致すると解されるし、また、本件年金の金額(月額二万円)に照らすと、社会通念上も許容されると解されるからである。
(4) してみれば、原告のような客観的状況にある重度障害者にとっての本件年金は、保護費算定に当たり活用を求められる四条一項の「資産等」ないし八条一項の「金銭等」には該当しないというべきである。
(四) 結論
以上(一)ないし(三)に判示したところからすれば、本件年金を収入認定することを前提としてされた本件処分は、収入認定の対象となるべき法四条一項の「資産等」ないし八条一項の「金銭等」に含まれないものを、これに当たるとして生活保護費を算定した点で法四条一項、八条一項に違反し、違法である。
3 理由付記について
本件処分は、職権による保護の変更処分であるところ、法が職権による変更処分に理由付記を求めたのは、法五六条で正当な理由のない不利益変更が禁止されていることも考え合わせると、実施機関の判断の慎重と公正を担保するとともに、いかなる理由による変更であるかを被処分者に知らしめ、その不服申立ての便宜に資するとの目的によるものと解される。
変更処分の理由付記については、保護の開始申請に対する決定の際、当該決定に関する理由を付記することが義務づけられていること(法二四条二項)も考え合わせると、従前と同様の判断過程の部分は、実施機関の判断の公正との意味でも、被処分者の不服申立ての便宜との意味でも、被処分者に対して、処分の都度通知する必要性は一般的には大きいとはいえない。変更のあった範囲についての理由付記があれば、法二五条二項の理由付記として足りるものと解される。
本件処分における変更は、被告の主張するとおり、冬季加算額の減額及び生活扶助費の増額によるものであって、収入認定額については変更がない。したがって、収入認定の点については、そもそも理由付記が義務づけられているとはいえない。
また、本件処分における理由付記は、変更部分に限った理由付記としても、たしかに簡潔に過ぎるきらいはあるものの、これらの変更がいずれも、一般基準における明示の基準によっていること、当該基準は、生活保護手帳にも記載されていることも合わせ考えると、法が理由付記を求める趣旨に反し違法であるとまでいうことはできない。
第六 結論
以上の次第で、本件処分は、本件年金を収入と認定して、支給すべき生活保護費を算定した点において違法であるから、原告の請求は理由があり、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・渡辺修明、裁判官・山本由美子 裁判官・田近年則は、転補のため署名押印できない。裁判長裁判官・渡辺修明)