金沢地方裁判所 昭和22年(ワ)169号 判決
原告 田中又四郎
被告 石川県農地委員会
一、主 文
被告が昭和二十二年十一月十二日爲した別紙第一及び第二目録記載農地に関する訴願却下の裁決はこれを取消す。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用は二分し、その一を原告、その一を被告の負担とする。
二、請求の趣旨
別紙第一、第二、第三、第四目録記載農地につき昭和二十二年十一月十二日附被告の爲した訴願却下の裁決はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。
三、事 実
原告訴訟代理人はその請求原因として、
別紙第一乃至第四目録記載の各農地は原告の所有であつたが、これにつき訴外門前町農地委員会は、自作農創設特別措置法第三條第一項に基き所謂在町地主保有の法定面積超過の「小作地」に該当するとして夫れ夫れ買收計画を樹立した。原告はこれには不服であつたので、異議の申立をしたところ容れられなかつたので更に被告に対し訴願をしたところ、被告は昭和二十二年十一月十二日右訴願の申立相立たないとの裁決をした。しかし、該裁決が支持する門前町農地委員会の右買收計画は左の事由により違法である。
(一)別紙第一目録記載農地は原告の自作地であつて小作地ではない。すなわち原告は該農地について訴外平井栄藏の懇願により同人に收穫の半量を與えた上昭和二十一年度限りで耕作の手傳をさせたにすぎず、これに小作権を與えたことはないのである。(二)第二目録記載農地について、原告は訴外高橋要藏に右と同じく昭和二十一年度の一ケ年という約束でこれを賃貸したのであるが、その後右期間満了後、同人との合意で植栽中の麦を刈取つた後に右農地を返還することにした。ところが、高橋は右時期に返還することなく現在にいたる迄実力を以つて不法にこれを耕作しているから、かかる農地は買收の対象たる小作地ではない。(三)又第三目録記載農地は元訴外長井惣三郎の小作地であつたが、昭和二十二年六月五日金沢地方裁判所七尾支部で地方長官の許可又は農地委員会の承認を條件としてこれと鳳至郡門前町字本市八ノ五十三番田二畝二十一歩、同十四ノ十九番の二田一畝七歩とを交換する旨の小作調停が成立したので原告は右に基き、同年九月五日門前町農地委員会に対しその承認願を出したところ、同委員会は右小作調停を無視し且又右承認願に対し何らの決定をしないで右農地を買收することとした。從つてかかる買收は裁判所の小作調停を無視するものとして違法である。(四)次に第四目録記載農地について原告はこれを訴外沢田勝太郎に賃貸していたところ同人は同年五月頃原告の承諾を得ないで農地委員たる訴外山崎忠に脅迫され、その耕作権を同人に讓渡したので、原告は直に右賃貸借契約を解除し、一方石川縣知事に宛てその許可願を出すと共に右農地の返還を受けその自作を開始したから右農地は原告の自作地である。(五)而して以上が仮りに理由がないとしても、原告が門前町区域内において所有する自作地は合計七反九畝二十六歩であり、小作地は合計六反一畝一歩でその合計は一町四反二十七歩にすぎないからこれを自作農創設特別措置法第三條第一項第三号により中央農地委員会が定めた石川縣における法定保有農地たる二町三反歩に比べると尚裕に約九反歩の保有が許さるべきであり、從つて本件各農地(合計四反六畝二十八歩)に対する買收計画は右の法定制限を侵した小作地の買收である。
以上の次第であるから門前町農地委員会の爲した本件各農地に対する買收計画は違法であり、これを是認する被告の昭和二十二年十一月十二日の裁決も亦違法である。仍て右違法裁決の取消を求めるため本訴に及ぶと述べ、被告の主張に対し、第二目録記載農地に関する訴外高橋要藏との合意解約につき原告において門前町農地委員会の承認を得ていないこと、前記第三條第一項第二号による中央農地委員会の定める石川縣における法定小作地面積は七反歩であることはこれを認めるが、その他はこれを否認する。原告が右高橋との間に爲した合意解約は、昭和二十二年十二月農地調整法が改正せられる以前のことであるからこれには知事の許可を要しない。仮りに当時においても解釈上その許可を要するとしても、右高橋が原告から右農地を賃借するに当り農地委員会の承認を得ていないから、これについて同人は法律上正当な耕作権を有せず、從つて何れにしてもこれを小作地として買收することは許されないと述べた。(立証省略)
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、
その答弁として、原告主張事実中訴外門前町農地委員会は別紙第一目録乃至第四目録記載農地につき原告主張の理由で買收計画を樹立したこと、右農地の所有者であつた原告はこれに対しその主張の如く異議の申立をしたが却下されたので更に訴願をしたところ、昭和二十二年十一月十二日その主張の如き裁決が爲されたこと、第二目録記載農地につき原告と訴外高橋要藏との間に賃貸借契約が爲され昭和二十一年度以降は右農地を高橋において耕作していること、第三目録記載農地は元訴外長井惣三郎の小作地であつたが、昭和二十二年六月五日これについて原告主張の小作調停が成立したこと、門前町農地委員会は右について原告主張の通り承認を爲さないで買收計画を定めたこと、第四目録記載農地は訴外沢田勝太郎において原告より賃借小作していたこと、而して自作農創設特別措置法第三條第一項第三号による中央農地委員会が石川縣について定めた農地の法定保有面積は二町三反歩であることは孰れもこれを認めるが、その他は爭う。(一)別紙第一目録記載農地は訴外平井栄藏の小作地であつて同人は原告の單なる助耕作者ではない。仮りに右農地が原告の自作地だとしても右第三條第五項第二号にいわゆる自作農以外の者が請負其の他の契約に基き耕作の業務の目的に供している農地(仮裝自作地)であるから何れにしても買收せらるべき農地である。(二)第二目録記載農地に関する原告と訴外高橋要藏との賃貸借契約は終了していない。すなわちこれについて原告主張のような合意解約などはなかつたのである。かりにこれが爲されたとしても原告において縣知事の許可を経ていないから農地調整法第九條(昭和二十二年十二月二十六日法律第二百四十号による改正)の趣旨に照して無効といわねばならない。(三)第三目録記載農地に関する原告主張の小作調停には農地の交換について農地委員会の承認又は地方長官の許可が條件となつているが、門前町農地委員会は目的農地の位置状況等を勘案し衡平を欠くとしてその承認を與えなかつたのであり、從つて右調停はその條件たる承認を欠くものとしてその効果を生じなかつたのである。(四)第四目録記載農地に関する訴外山崎忠えの耕作権の讓渡には原告は承諾を與えているし、右農地委員会も亦その承認を與えている。(五)而して本件農地の買收は自作農創設特別措置法第三條第一項に基くこと前敍のとおりであるが、地主がその住所のある区域内において所有する小作地と自作地の合計については先ず同項第三号の制限たる前記石川縣における二町三反歩を標準とし、小作地のみについては更に同項第二号の制限である中央農地委員会が石川縣について定めた七反歩を標準とし各々これを超える小作地について右買收計画が樹立されているのである。原告が元所有していた農地の総面積は四町三反四畝二十七歩であつて、その後右による買收の結果現に保有している自作地は合計八反八畝十五歩、小作地は合計七反十二歩であつて原告の法定保有面積は何ら侵されていないと述べ、原告の第二目録記載農地に関する訴外高橋要藏との農地賃貸借について農地委員会の承認がないとの主張について、当時は農地調整法に基く許可又は承認は不要であると附陳した。(立証省略)
四、理 由
一、別紙第一目録乃至第四目録記載各農地は元原告の所有であつたが訴外門前町農地委員会はこれに対し自作農創設特別措置法第三條第一項による在町地主保有農地の法定面積超過の「小作地」に該当するとてその買收計画を樹立したこと、これについて原告は異議訴願の不服を申立たが昭和二十二年十一月十二日被告は右訴願の申立相立たないとの裁決をしたこと、第二目録記載農地について原告と訴外高橋要藏との間に賃貸借契約がなされたこと、右高橋は昭和二十一年度以降これを耕作していること、第三目録記載農地について昭和二十二年六月五日その小作人である訴外長井惣三郎と原告との間に、地方長官の許可又は農地委員会の承認を條件として右農地と原告耕作地とを交換する旨の小作調停が成立したこと、門前町農地委員会は右に承認を與えなかつたこと、第四目録記載農地は元訴外沢田勝太郎において賃借していたこと、中央農地委員会が右第三條第一項第二号及び第三号につき定めた保有農地の面積は石川縣においては夫れ夫れ七反歩と二町三反歩であることは孰れも当事者間に爭がない。
二、仍て順次各爭点につき判断をする。
(一) 別紙第一目録記載農地は原告の自作地であるかどうかを考えるに自作農創設特別措置法で自作地というのは耕作の業務を営む者が所有権に基きその業務の目的に供している農地をいうのであるが右農地は原告の所有であつたことには爭がなく、又成立に爭のない甲第三号証、乙第一号証、原告本人の供述により眞正に成立したと認められる甲第二号証、証人平井栄藏、同花野正次、同木下正之、同田中惠子、同高橋要藏の各証言並に原告本人尋問の結果を綜合すると、原告は從來から門前町において農業を営み右農地をも耕作していたのであるが、平井栄藏は昭和十二年頃から名古屋え行つており、その後召集されたりして昭和二十年十月外地より復員したときは自分の耕地もなく、取敢えず他に食糧を穫得する必要があつたので、同人の依頼で原告において当時すでに苗代等の準備をしていたけれども、今年一年という約束で翌二十一年の六月頃から右平井に右農地の耕作をさせ、苗などは原告の方で提供し、その收穫は原告と半分宛分け合うことにしたこと、ところがその後右農地について原告と右平井との間に紛爭を生じたので、門前町農地委員会が仲に入り紛爭解決のあつ旋をしたこと、右農地委員会は昭和二十二年四月十九日の委員会では右農地は両者の共同耕作地であると、その後五月六日の委員会では平井の單独耕作地であると、更に五月十四日の委員会では右四筆の農地を二筆宛折半して耕作するようにと夫れ夫れ決議しその旨原告に通知したこと、原告はその結果止むを得ず、最後の決議にあるように事実上その中二筆の農地を耕作して來たのであるが、他の二筆についても最初から平井に対し共同耕作名義で耕作はさせてやるがその賃貸権や使用貸借による耕作権迄も與えることには不承知であつたことが認められる。一体農地委員会が農地に関する前敍の如き紛爭につき或は共同耕作とか或は單独耕作とかいう決議をしても地主の承諾がないかぎり、それによつて直にその決議どおりの効果を生ずるものではない。かかる決議は農地委員会が農地調整法に基き(第十五條)その処理すべき事項として、各当事者の承諾の下に爲すところの事実上の斡旋たるにすぎないのであつて從つて耕作者が地主から賃借権、使用貸借による権利其の他自作農創設特別措置法第二條所定の権利を與えられることなく、事実上又はその他の法律関係に基きその農地を耕作している場合は、たとい農地委員会がその者に耕作権ありと決議したとしても、その者を以つて法律上の小作農と言うことは出來ない。そうだとしてみると、右四筆の農地中原告の現実に耕作している二筆は勿論のこと、他の二筆も亦、成立に爭のない乙第四号証により明かな右農地に対する買收計画樹立当時たる同年十月十九日頃は右平井の小作地と認むべきではなく原告の自作地と言わねばならない。次に被告は、右農地は同法第三條第五項第二号に所謂仮裝自作地であるから結局右買收計画は適法であると主張するけれども、前認定の如く、右農地に対する買收計画樹立当時は、四筆の中二筆は原告が現実に耕作していた部分でこれは名実共に原告の自作地であつて所謂仮裝自作地と目すべきでないから、少くともこの部分に関する被告の右主張は失当である。只爾余の二筆は原告の自作地ではあるが原告が平井をして請負その他の契約に基き耕作の目的に供していたものと言うべきである。しかし仮裝自作地に対する買收は不在地主所有の小作地に対する買收の如く、法律上当然に許容されるのではなく、市町村又は都道府縣農地委員会が果して「自作農の創設上政府において買收することを相当と認め」るか否かの認定(裁量行爲)を爲した上で始めてその買收計画の追行が許されるのである。本件における門前町農地委員会の爲した買收計画は同法第三條第一項にいう小作地に対する法律上の当然買收たること当事者間に爭のないところであるが、成立に爭のない乙第一号証によると、被告は訴願の裁決において右農地に対する原処分廳たる門前町農地委員会の爲した右の買收計画につき一部その買收理由を是正し、同法第三條第五項第二号に定める仮裝自作地の理由で買收すべきであるとし、(縣農地委員会も亦自作農創設特別措置法施行令第四條により右の認定を爲す権限がある)原処分の効力を維持していることが認められるのであるがそもそも仮裝自作地についてこれを買收の対象とした所以は、從前より各地方によつて或は請負或は組合契約その他右に準ずる共同耕作とかいう小作契約ではないが、実質上は地主と小作人との関係に等しいものが種々あつたのでこれらについてもその実質関係に著眼するとこれを買收する必要のあること、他方農地の強制買收を回避する目的で右の如き小作関係を利用しようとする向もあつたので、これら脱法手段を剋服する意味からもこれを買收すべきであることによるのであるが、実際問題として、右のような契約は一方において殆んど小作契約と同視すべきものから、單なる助耕程度にすぎないものがあり、その内容において多種多様であるので、一律にこれを買收することは却つて自作農創設の趣旨に反するし、又その契約の動機が必ずしも強制買收免脱の目的のみとは限らぬので、農地委員会をしてその買收を爲すにあたつては自作農創設上これを買收するか否かの認定をその買收の要件としているのである。從つてこのように農地委員会が目的農地を仮裝自作地であると認定し、これを買收計画に組入れようとするならば右の趣旨を充分わきまえ「自作農の創設上政府において買收することを相当と」するか否かの認定を爲すべきである。本件において前段認定事実よりすると、平井栄藏は以前から居村を離れ百姓たることをやめていたもので、偶々敗戰後における食生活のひつ迫を一時切りぬける必要上、昭和二十一年六月頃今年一年だけという約束で本件農地を耕作したもので、その從耕能力においても多年右農地の外多くの農地を自作している原告に比べるとその比でないことが窺知される。かかる実情にも拘わらず、尚且つ被告において右農地は仮裝自作地であるとしてこれを買收すべきことを主張せんとするならばそれ相当の理由を明示すべきであつたのである。然るにその裁決理由によると「問題農地は仮裝自作地として全部買收すべき処」と言つて、恰も仮裝自作地であれば何らの審議を要せずして直に買收が許容されるかの如き説示をしている。而して、右第三條第五項による買收するを相当とするか否かの裁量は農地委員会の純然たる自由裁量処分に属するものと認むべきでないから、前示の如き理由による被告の裁決は右の相当性についての法意を誤つたものと言うの外はない。そうだとしてみると、被告の右仮裝自作地であるから右買收計画は適法だとの主張は結局これを採用することが出來ず、從つて門前町農地委員会の爲した右農地に対する買收計画はついに全部違法と言わねばならない。
(二) 第二目録記載農地について、原告はこれを訴外高橋要藏に賃貸したこと、その結果右高橋は昭和二十一年度よりこれを耕作していることは当事者に爭がない。そこで、右契約に関する原告主張の合意解約について考察するに、成立に爭のない乙第一号証、乙第五号証ノ一、二、証人田中惠子、同高橋要藏の各証言、原告本人尋問の結果を綜合すると、右農地に関する賃貸借契約は從來高橋が小作していた原告の実弟訴外和田又六所有農地を地主である右和田に返還するかわりに、その換え地として、右第二目録記載農地を原告の承諾の下に右高橋をして耕作させるという三者間の話合で爲されたものであるが、その際原告は昭和二十一年度限りという積りであつたので、(しかし期間について昭和二十一年度限りという証拠はない)收穫季節の終つたその年暮、小作人である高橋に右農地の返還を求めたところ、今麦が植えてあるから明年これを刈り取る迄待つて貰い度いと言われ、その結果その時に返還することになつたことを認めるに充分である。右認定に反する証人高橋要藏の供述は措信するに足らず、その他右認定をくつがえすに足る資料はない。從つて、右賃貸借契約は期間についての定めはなかつたが、昭和二十一年の暮、原告と高橋との合意解約により、明春麦を收穫した後に右農地を返還することになつたといわねばならない。被告は右合意解約について農地調整法第九條の趣旨に基く許可がないと主張するけれども、昭和二十二年十二月二十六日公布の法律第二百四十号による改正前の農地調整法においては法文上右のような縣知事の許可は不要であつたのである。而して右第九條に基く農地の調整從つて小作農の保護は改正の沿革に從いそれぞれその時の規定によるべきであるから、右の合意解約については、右の改正前の規定に從い、その改正後における如き許可等の手続は要らなかつたものと言わねばならない。從つて、被告の右主張は理由がなく合意解約はその効力を生じたと言うべきであるから、門前町農地委員会がこれを訴外高橋要藏の小作地であるとして、昭和二十二年十月十九日(成立に爭のない乙第四号証)買收計画を樹立したのは違法と言わねばならない。
(三) 第三目録記載農地に関する買收計画につき考察するに、原告の主張自体からするも、昭和二十二年六月五日成立の金沢地方裁判所七尾支部における小作調停條項には「地方長官の許可又は農地委員会の承認」を條件として、原告が右農地をその自作中の鳳至郡門前町字本市八ノ五十三番田二畝二十一歩外一筆と交換して耕作することとなつていたのであるが、証人花野正次、同長井よか、同高橋要藏の各証言を綜合考察すると、昭和二十二年九月原告から右調停條項に基く承認願が爲されたところ、門前町農地委員会では、諸般の事情を調査して右に承認を與えないこととし、ついで本件の買收計画が行われたのであるから、右の調停條項記載の條件は成就しなかつたと言うべく、且又右のような許可又は承認は行政廳の裁量に属する事項と解すべきであるから、右の買收計画は毫も裁判所の小作調停を無視した点がないと言わねばならない。從つて原告のこの点の主張は理由がない。
(四) 而して第四目録記載農地に関する訴外沢田勝太郎との賃貸借契約が解除されたものかどうかを考察するに、成立に爭のない甲第九号証、乙第五号証ノ二、原告本人の供述により眞正に成立したと認められる甲第十号証、証人沢田勝太郎、同花野正次、同山崎忠、同木下正之、同高勇藏、同高橋要藏の各証言並に原告本人尋問の結果を綜合すると、右農地は元沢田勝太郎において耕作していたところ、沢田には他に多くの耕作地があつたので耕地の少い山崎忠等よりその一部を自分に讓つてほしいと要求され、その結果沢田は原告の承諾を得ないで本件農地の耕作権を山崎にゆづることにしたこと、ところがこれを知つた原告は昭和二十二年五月頃右沢田に対し、山崎に耕作させる位なら自作にかえして貰い度いと右賃貸借契約を解除する意思表示をしたこと、而して原告はそれと共に同年五月二十七日右解除に基く許可申請を石川縣知事に宛て出したこと、然るに右申請に対し何らの許可なくそのまま申請書が原告に返戻され事実上申請が却下されたこと、ついでその許可なきままに本件の買收計画が追行されその賣渡は元の小作農たる沢田勝太郎に行われたことを認めることができる。而して農地調整法第九條に基く賃貸借契約解除に対する知事の許可がないときはその解除の効力を生じないのであるから、右農地は原告の耕作地すなわち自作地となるのではなく、依然として右沢田の小作地と認めねばならない。本件の買收は自作農創設特別措置法第三條第一項による小作地に対する買收であるが、仮りに門前町農地委員会が買收計画の当初山崎の小作地としてその計画を遂行したとしても、前示の如く右農地は小作地たることには変りがなく且つ又その賣渡が結局元の小作農に行われているのであるから右買收計画には原告主張の違法はなかつたと言わねばならない。
(五) 次に原告の法定保有小作地面積を侵害した買收であるとの主張を考察するに、原告は自作農創設特別措置法第三條第一項第三号により中央農地委員会の定めた石川縣における地主保有農地たる二町三反歩を基準とすると尚約九反歩の小作地の保有が許さるべきであると主張するけれども、右規定は地主の保有農地に自作地と小作地があるとき、その面積の合計が二町三反歩を超える場合の制限を示すものであつて、その二町三反歩のうちでも小作地の面積が同條第一項第二号による保有小作地面積の制限にふれるときは、その超過分について更に買收が行われるのである。而してその制限は石川縣においては七反歩たること当事者間に爭なく、成立に爭のない乙第八号証ノ一乃至三十二によると原告の保有小作地は約七反歩余りであることが明かである。(右に反する甲第十二号証ノ一、二の記載は俄に措信するに足らない)從つて本件の買收計画により原告の保有小作地の面積は毫も侵されていないというべきである。
以上の理由により、別紙第一目録及び第二目録記載の各農地に対する門前町農地委員会の爲した買收計画は違法として取消すべきものであり、從つてこれを是認する被告の昭和二十二年十一月十二日の裁決も亦違法であり、これを取消すべきものといわねばならない。仍て右部分については原告の請求を理由ありと認め、これを取消すべきも、その他の部分については理由がなく失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用については民事訴訟法第九十二條に則り主文のように判決する。
(裁判官 北野孝一 米光哲 向井哲次郎)
(目録省略)