金沢地方裁判所 昭和23年(ワ)131号 判決
原告 竹松証券株式会社
被告 川田八郎右衛門
一、主 文
被告は原告に対し金三万二千三百五十円と引換えに東洋紡績株式会社株式(五十円拂込済のもの、記名株式のときは白紙委任状付又は讓渡裏書あるもの)二百株を引渡さねばならない。若しその引渡しができないときは被告は原告に対し金三万六百円を支拂わねばならない。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用は三分しその二を被告、その一を原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し東洋紡績株式会社株式一株につき金五十円拂込済のもの三百株に相当する株券(白紙委任状付又は讓渡裏書済のもの)を引渡すこと、若しその引渡しができないときは金四万四千九百円を支拂うこと、訟訴費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求原因として、
原告は大藏大臣から認可をうけて有價証券業を爲す会社であるが昭和二十二年十二月二十六日被告より東洋紡績株式会社株式五十円拂込済のもの百株を一株百五十八円五十銭代金合計一万五千八百五十円と定め、又同年十二月二十九日同じく百株を一株百六十五円代金合計一万六千五百円とし、それぞれ遅滞なくこれを引渡すこととして買受けた。原告はその後右代金を提供してその引渡方を請求したが履行しなかつたからその引渡しを求めるのであるが、右株式に対し昭和二十三年九月十日右会社の増資の株主総会決議により同年十月九日正午現在の株主に対し旧株二につき新株一の割合の引受権を與えられていたところ、右新株はその後全額拂込済となつたから、右旧株二百株の賣買につき、五十円全額拂込済の新株百株も亦当然右旧株から発生した「権利株」としてこれに附加して引渡を求め得べきことになつた。(而して、若し株が記名式の場合には買主たる原告をして完全にその権利を行使しうるよう被告においてこれにつき白紙委任又は讓渡裏書を爲すことを要する)よつて原告は被告に対し右新旧合計三百株(記名株式のときは白紙委任状付又は讓渡裏書あるもの)の引渡と若しその引渡ができないときは履行に代る損害賠償として右株券の價格に相当する金五万七千九百円中右新株百株に対する一株五十円の拂込金合計五千円及びさきに被告から受領した八千円の合計一万三千円を差引いた四万四千九百円の支拂を求めるため本訴に及ぶ、被告主張事実は凡て爭う、と述べた。
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、その答弁として、
原告主張事実中原告はその主張の営業を爲す会社であること、その主張の頃その主張の株二百株をその主張の代金で賣約をしたがその引渡しをしていないことはこれを認めるが、その他は全部爭う。本件の二回に亘る株式の賣買は原告の主張する如く現物取引ではなく、被告においてその頃八千五百円の委託証拠金を差入れた上被告よりその賣りの注文をしたもので、いわゆる差金取引をしたものである。すなわち、被告において何ら現実に本件の株式を引渡す意思なく証券業者たる原告に対し右株の賣渡しの委託をしたものであるが、不幸にして右株はその後騰貴し被告の損失に帰したので前示証拠金でこれを補てんすべきことになつていた。かくの如く本件の取引は有價証券市場によらないで差金の授受を目的としてした行爲であるから法律上無効である。從つてその有効たることを前提とする原告の本訴請求には應ぜられない。仮りに右が現物賣買であるとしても、原告は被告より買受けた本件二百株の外別にこれに対する新株百株の引渡を求める何らの根拠を有しない。又右二百株についても原告よりその代金債務の履行を提供するまで右引渡債務の履行も亦之を拒むことができる筋合であるから原告の主張は失当である、と述べた。
<立証省略>
三、理 由
一、原告会社はその主張のように有價証券業を爲している者であるが、被告より昭和二十二年十二月二十六日東洋紡績株式会社株式二百株(五十円拂込済)を一株百五十八円五十銭、代金合計一万五千八百五十円とし、ついで同月二十九日同じく百株を一株百六十五円、代金合計一万六千五百円と定めて買受けることにしたことは当事者間に爭がない。
二、被告は右取引は始めより現物授受の意思なく、專ら証券市場によらないでその相場により差金の授受を目的とする無効な行爲であると主張するから按ずるに、原告代表者本人竹松小一の供述により眞正に成立したと認められる甲第四号証乃至同第十三号証に証人諸江淳二(第一、第二回)、同田鍋作次郎、同角橋安正、右原告代表者本人(第一、第二回)、被告本人(第二回)の述べるところを綜合すると、原告会社は以前から被告と株の取引を重ねていたが、原告の方ではその筋の取締りが強化されつつあるし、又信用上の観点からも常に正規の市場によらない取引には現物をつとめて早く入手し、これをとりそろえる態度をとつていたこと、本件のときも被告から別に明示しなかつたけれども勿論現物を引渡してくれるものと考えてその買受けを約し、第一回目の分はその翌日である十二月二十七日に角橋安正に、第二回目の分は同月二十九日買受けると同時に石野金次郎に轉賣したこと、ところが被告はその引渡をしないので原告の方から早く商品の引渡しをしてくれと請求したけれども、被告は小松の糸屋から東洋紡三百株を貰うことになつているからいま少しまつてくれと頼まれ、原告のところでは損害も重むので困つていたが、お客の都合もあることだし、己むを得ず田鍋証券から現物を一時借用して右の轉賣先に引渡したこと、又被告の方でも最初から現物を引渡す意思なく本件の取引をしたわけではなく、始めは矢張り引渡す考えがあつたのであつて、それだからこそ、小松で三百株入手するあてがあるというので右のように述べるに到つたことが認められる。從つて被告には本件取引当時現物の授受を爲す意思があつたといわねばならない。尤も被告本人の他の供述(第一回、第二回の一部)によれば、差金取引でなければ保証金は差入れない。本件には以前からの取引で原告から貰うべき三千円の金が預けてあつたし、その後本件の株が下ると思つたのに次第に上つていくので、追証として五千円を差入れ、これを証拠金としたから、右取引は差金取引であり、そうだからこそ、被告の方からこの八千円で取引の決末をつけて貰いたいと申入れたのである、といつているけれども前認定の如く最初から引渡しの意思がなかつたというのではなくこれはただその後商品が値上りしたので現物を引渡すことができず、從つて保証金で決済しようとしたというにすぎないのであつて、被告本人(第二回)も述べている如く、「証拠金は取引の最初から出すのではなく、取引後現物ができても金がなくて受けとれないときとか、こちらから賣つても、現物を渡すことができぬようになつたとき」に始めて証拠金を出し、相手方に迷惑をかけぬようにするのであり本件の五千円もそういう事情で追証として原告に渡したのである。かくの如く相場の変動やその他の事情で当初の意思を変じ時價で轉賣若しくは買戻しても、これがために直ちに差金取引になるというわけではないから、本件は矢張り現物の取引だつたのである。又証人東野七郎平は以上の認定に反する趣旨を述べているが、これも被告のした取引を第三者としての立場から差金取引だと思うというにすぎない。次に成立に爭のない乙第一、第二号証には「買戻」という文句があるけれども、前顕証拠に照すと、これは決して差金取引をしたということを示すものではない。してみると、本件は証券市場以外で差金の授受を目的として爲されたいわゆる差金取引であるとは言えず、その他の証拠によつてもこれをくつがえすに足るものがない。從つてその差金取引たることを前提とする被告の右主張は失当である。
三、而して、証人諸江淳二(第一、第二回)並に原告代表者本人竹松小一(第一回)の述べるように、本件の取引には当事者間で定めた明示の引渡期限はなく証券取引の取締上から遅滞なく引渡すこととされていたから、被告が原告からその請求をうけたときに本件東洋紡績株式会社株二百を引渡すべきものである。
四、次に原告は昭和二十三年十月九日正午現在の株主に対し本件旧株二株につき新株一株の引受権が與えられたから、右二百株に対する百株の新株についてもその引渡を求める旨主張するけれども原被告間に成立した本件賣買は右の二百株に関するものであつて新株百株についてはその目的とされていないのであるから原告は被告からこれを右賣買契約上の目的物引渡請求権の行使と謂う点からはその直接の目的物としてその引渡を求めることができないのみならず、旧株より発生しこれに附着した特別の利益としてその引渡を求め得べきものとも解されない。蓋し、新株の引受権なるものは株主たる地位に附随し、新株が現実に與えられるか否かはその株主が引受るや否の意思によるのであつて、たとい株主総会の決議により引受義務を負担させることにしたとしても、引受がない以上、ついに新株は取得し得ないからである。而して右については、特定の物の用法に從い收取される天然果実若しくは物の使用の対價として受くべき法定果実の如き観念の許されないこと殆んどこれ又言うに及ばないところである。ただ原告は本件二百株の賣買契約上の債務不履行を原因とする賠償の請求として本件新株百株の引渡を求めるものではないかと考えられるのであるが、損害賠償の請求は如何なる場合と雖も別段の意思表示なき限り金銭賠償によるべきものであつて、原状回復の請求の如きは許されないところであるから、この点からしても原告の右主張は理由がない。若し原告が被告の不履行に因り右新株の引受を爲す機会を失い、その結果それ相当の利益の損失があつたというなら、これは自ら別問題であるが、かかる主張も立証もない本件ではこれを斟酌することはできない。尤も、原告は右百株についても、その引渡ができないときはとして昭和二十六年一月十七日当時の時價相当の賠償を求めているけれども、これは飽くまで現物として百株の引渡あることを前提とするものであつて、その現物の執行が不能になつた場合にはじめてその代償としてそのときの時價の賠償を求めるにすぎないから、これを以つて金銭賠償の主張立証があつたとは言えない。要するに原告の右新株百株そのものの引渡を求めるのは失当である。
五、以上の如く原告は被告に対し前示二百株についてのみその引渡しを求め得るのであるが、被告はこれに対し同時履行の主張を爲しているので考えてみると原告において自己の代金債務の履行を提供の上被告に対し本件株の引渡を請求した旨主張するけれども原告においてこれを現実に提供しているとの事実はもとより、その受領を催告したことすらこれを立証しないところであるから、被告は原告よりその引渡の請求あるにかかわらず、その代金債務たる前記合計三万二千三百五十円の支拂あるまで、右株の引渡を拒むことを得るものと謂わねばならない。然らば被告の右同時履行の抗弁は理由があるから、被告は少くとも右原告の代金債務三万二千三百五十円と引換えに前示東洋紡績株式会社株二百株(五十円全額拂込済)を引渡す義務があると謂わねばならない。
六、而して、右株は成立に爭のない甲第十四号証によれば昭和二十六年一月十七日現在における相場は一株百九十三円であることが認められるから特段の事情なきかぎり本件口頭弁論終結当時たる同月十八日においても右相場を保持するものと認むべきであるから、若し右二百株の引渡が出來ないときは、強制執行不能の場合における目的物に代る代償として被告は右を標準として算定した金三万八千六百円より原告において予めその控除を認める八千円を差引いた金三万六百円の支拂を爲すべき義務があるといわねばならない。然らば原告の本訴請求は前記東洋紡績株式会社株式(若し記名株式なるときは買主たる原告をして株主として完全にその権利を行使しうるために、被告は賣主として名義書換に支障のない白紙委任状を交付するか或は讓渡裏書あるものを交付するを要する)二百株の引渡を求める部分並にその引渡不能のときにおける目的物に代る金員支拂の部分は理由があるからこれを容認すべきであるが、その他は理由がないから失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用については民事訴訟法第九十二條を適用して主文の通り判決するのである。
(裁判官 北野考一 米光哲 向井哲次郎)